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845:二つの秘訣

二つの秘訣

Two Secrets

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マリー・アルベロ

平安や満足というのがどんな姿をしているのか、人によって思い浮かべるものはさまざまです。私が思い浮かべるのは、ゆるやかに波打つ緑の丘や、美しい庭のある森の小屋。夕方にはフロントポーチで時間を過ごし、ブランコに腰掛けて、夕日を眺め、家族・友人とおしゃべりすること。そして、預金口座に充分な残高があることです。私の思い浮かべる「幸せな世界」では、子どもたちが皆、満足のいく充実した生活を送っており、大人になったら幸せで健やかな家庭に恵まれ、家族全員が元気で幸せでいます。まさに平安を感じるし、充実し満足した人生の模範と言えるでしょう。

でも現実を見れば、この世界は問題だらけです。子どもたちは悪戦苦闘することだってあるし、夫と私の関係もうまく行かない時があります。経済的にいつも余裕があるわけではないし、疲れてくたくたになることも度々あります。楽しくなくてもやらなくてはいけないことや、するのが大好きだけれど滅多にできないことだってあります。家にはフロントポーチがあるけれど、毎晩ゆったりブランコに乗ってもいられません。

でも、最近福音書を読み直していて、人生に対するイエスの姿勢を見てみると、実に興味深いことが分かりました。イエスの手本から学べることは多くありますが、今回の主題に関して、特に私の目を引いたことが二つあります。

・ イエスは、ご自身の父をよく知っていたので、父を信頼することができた。

・ イエスは、この世の喧騒から日常的に逃れるようにしていた。

不安や失望、不満、動揺、ストレスを感じる時、その解決策はこの二つのいずれかに帰結すると私は確信しています。学んだり、変えたり、したりすべき何か実際的なことがないというわけではありませんが、それもまた、このどちらかに根ざしていると言えるでしょう。単純なことだけれど、簡単ではありません。さいわい、生きていると、日々実践を積み、向上を遂げる機会があります。

イエスが喧騒から退かれた例を幾つかあげてみます。

「[奇跡について話さないよう、イエスが頼んでいたにもかかわらず]イエスの評判はますますひろまって行き、おびただしい群衆が、教を聞いたり、病気をなおしてもらったりするために、集まってきた。しかしイエスは、[よく]寂しい所に退いて祈っておられた。」*1

「イエスは弟子たちと共に海べに退かれた。」*2

「イエスは[バプテスマのヨハネが首を切られたという報告]を聞くと、舟に乗ってそこを去り、自分ひとりで寂しい所へ行かれた。」*3

そして、イエスが神を信頼された例ですが、生涯で最も辛い時に口にされた、こんな言葉があります。

「父よ、みこころならば、どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの思いではなく、みこころが成るようにしてください。」*4

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1. ルカ5:15-16(マルコ1:45も参照)

2. マルコ3:7

3. マタイ14:13

4. ルカ22:42

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