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良き羊飼い
from 905:良き羊飼い
良き羊飼い
クリス・ミズラニー
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The Good Shepherd
私は、自分の住むケープタウンの郊外にある低所得者居住区で、毎週9~13歳の子どもたちに、日曜学校を開いています。そうして毎週教え続けていることで、私は自分の信仰の基礎を深く掘り下げ、聖書の教訓を相手に理解しやすく表現する方法を見出そうとするようになりました。
ある時、羊飼いが99匹の羊を残して、迷子の一匹を探し回ったという、イエスのたとえ話について話をすることにしました。*1 これまで何度も耳にし、そして誰かに話してきたたとえ話ですが、今回、そこの子どもたちの人生に何らかの影響を与えるような説明の仕方をしたいと思いました。子どもたちが集まってきた時には、まだどのように教訓を説明すべきかまとまっていなかったのですが、ひらめきは突然やってきました。
「もし皆が100円持っていて、その内の1円がどこかにいったら、大金がなくなったと感じますか。」 私がそう尋ねると、ほとんどの子は、少し困惑した様子で首を横に振りました。「それじゃあ、1万円持っていて、その内の100円がどこかにいったら、探しますか。」 半分以上の子がうなずきました。お金の問題は、この子たちが日常的に直面しているものなのです。「なるほど。では、100億円持っていて、1億円がなくなったら、それは問題ですか。」 衝撃の声が部屋に響き渡り、子どもたちは一斉に「もちろん!」と叫んで、激しくうなずきました。さて、大切なのはここからです。
「皆さんも私も、あの迷子になった一匹の羊のようなものです。世界には何十億もの人がいるけれど、もし私たちがどこかにいなくなったら、イエスは私たちを愛しているので、探してくれます。イエスにとって、私たちは自分で思っているよりも価値のある存在です。たくさんいる人の中の一人に過ぎないと思っても、イエスは私たちの中に、計り知れない価値を見ているのです。」 部屋は静まり、私は話を続けました。「みんなで声に出して、『私は神さまにとって価値のある存在です』と言ってみてください。じゃあ、今度は、となりの人を見て、『あなたは神さまに愛されています』と言いましょう。」 子どもたちは、こぼれるような笑顔で、私たち一人ひとりが大切な存在だという単純な真実を、確認し合いました。
そして私は、最も孤独な迷える羊でさえ、疑いなく神に愛されていることを、改めて実感したのです。別に、誰よりも素晴らしく、聡明で、正しいから、愛されるのではありません。私たちは、何かをやってみては失敗し、道を踏み外しては優しく家に導かれます。驚くことに、私たちは泥の塊でありながら、宝石のように神に望まれる存在なのです。*2 神は、私たち一人ひとりがご自身の群れの中にいることを願っているので、見つかるまで探し続けてくださいます。
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1. 参照:ルカ15:3-7
2. 参照:イザヤ62:3