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見えない生態系が残した物語を紡ぐ
WEAVING A TALE OF EARLY-EARTH ECOSYSTEMS
火山や湖、温泉の物質からは数十億年前に存在した微生物の生態系が見えてくると 語るのは、東京工業大学・地球生命研究所 (ELSI) の中川麻悠子特任助教。異分野の 研究者たちと共に微生物の作り出した成分を解析する傍ら、ラボマネージャーとして 国内外の訪問者サポートや最先端の機材の管理などを行っている。
Q: 先生が行っている微生物の研究から どんなことが分かりますか ?
「環境と微生物生態系」をキーワードに、 環境と調和した生態系の物質循環の理 解 を 試 み て い ま す 。湖 や 温 泉 な ど の 自 然 環境の調査を行い、その環境に適応した 生態系を営む微生物群集の種の組成と、 それらの競争・共生関係を、環境物質に含 まれる「安定同位体」の比率や遺伝子情 報で 解析します。
同位体は地球上の物質を構成する元素 の中にある粒子です。それぞれの元素で は、異なる重さの同位体が、安定した比率 で存在しています。これを安定同位体比と 言います。しかし、生物は軽い元素を取り こみやすいので、生物の中の重い同位体 元素の割合は、自然環境の中よりも少なく なります。
生物は、環境中の元素を取りこむだけで なく、代謝によってつくり出した物質を周 りの環境に放出します。生物は死骸になる と、 DNA を含むその有機物は分解しやす く、遺伝情報として堆積岩から取り出すこ とは難しくなります。ですが、安定同位体 などの化学的情報は、同じ有機物でも分 解されにくいため、数十億年残っているこ とがあります。生物から放出された、その 分解しにくい有機物がどのような代謝に よって作られたのかが分かると、当時生息 していた生物の様子も分かってきます。
例えば、約 34 億年前の岩石から有機物 の塊が発見されたという報告があります。 調べてみると、炭素同位体元素の割合が 生物の作る割合に近かったことから、この 時代に生物がいたことがわかりました。こ れらのデータを積 み重ねていくことで当 時の地球環境や生物の情報を復元する 手法を開発できないかと考えています。
特に、初期地球の嫌気環境から現在のよ うな酸素のある環境に変化していった時 に、生態系がどのような機能や物質、エネ ルギーを必要とし、安定かつ効率的に循 環させるためにどのように対応していっ たのかを視覚的・数値的に描くことを目 指しています。
Q: なぜ微生物の研究をしようと思った のですか ?
私はもともと生物や自然が好きで、生物 がどういうしくみで生きているのかがとて も気になっていました。微生物は肉眼では 見えませんが、様々な場所で働き、影響を 与えています。微生物の働きはとても興 味深いもので、自分でもっと理解したいと 思い、研究者になりました。
Q: 最近の研究結果と、現在行っている プロジェクトついて教えてください
国際共同研究プロジェクトでは、コスタリ カの火山域周辺にある噴出口や温泉の 地質学的、化学的、生物学的分析を行い ました。私は温泉水の炭素同位体比分析 を担当し、地球深部から表層へ輸送され る炭素循環解析のためのデータを出しま した。他の研究機関とのデータと合わせて 解析したところ、地球深部から表層へ二 酸化炭素が供給されている量がこれまで 推定されていた量より大きいことがわか りました。その約 90% は炭酸塩として地中 に保持され、表層では数 % が温泉水中の 微生物活動により有機物へ変換されてい ました。
このような地球深部と表層間の炭素循環 は、過去から未来にかけての気候変動解 析に重要な要素であり、生物・非生物活 動も含めたモデルとして本研究で新しく 提案されたものです。
私の研究グループでは、新たな安定同位 体比の分析法開発も行っています。そこ から得られる新しい同位体比情報によっ て、これまで判別できなかった分子の生 成・消滅過程の議論を行えるようになり、 地球上の生命を支える環境条件や、地球 外惑星における生命活動の検知等への 応用だけでなく、農作物の産地判別や新 たな健康・病気診断法など、幅広い展開 が期待できます。現在、様々な分野の国 内外研究者と共同研究を行っています。
Q: 先生にはラボマネージャーの肩書きも あります。研究活動においてラボマネー ジャーの役割の重要性を教えてください
研究者が研究に集中する時間を得るた め に は 、ラ ボ マ ネ ー ジ ャ ー 職 が 必 要 に な り ますが、職名の認知度がまだまだ低く、他 の職名で代替されている状況です。例え ば、現在の日本の大学では、教職員が研 究室の運営・実験室の管理・学生の教育・ 研究活動の全てを担わなくてはならず、 多忙な状況にあります。そのため、技術員 や研究員が雇用され、それらの業務を補 佐する形がとられていると思います。
ELSI のような国際的で複合的な研究所を 運営する場合、研究者と同様の専門性を 持つラボマネージャーという職名で実験 室を管理することは有効だと考えます。
Q: ラボマネージャーとしてどんな経験を 得ましたか ?
実験室や装置の管理・維持を任されるた め、それらを利用する内外の様々な研究 員や学生と交流する機会が多いです。自 身の専門分野だけでなく、異なる分野から の研究や、装置利用法を相談されるため、 新たな利用法やより効率のいい方法に気 づいたり、考えられる機会が得られます。そ うして始まった共同研究が沢山あります。
一方で、未経験の利用者に対して研究所 や実験室の使用ルールを遵守してもらう ように確認するところは、難しいと感じま す。専門分野が異なるだけでなく、国内外 の実験室ルールも異なるため、常識が共 通ではありません。しかし、ルールを細か くしすぎると確認する方も利用する方も大 変なため、絶対遵守すべき大まかなルー ルを伝えるオリエンテーションと定期的な ミーティングを行うことで対応しています。
Q: ラボマネージャーとしてどんな機材を 管理していますか ?
私が管理している装置の中に国内で唯一 ELSI が保有している最新型の高分解能 安定同位体質量分析計があります。この 装置は、これまで分析できなかった存在 率の小さい同位体分子の計測を可能に します。ただ、新しい装置のため、メーカー のエンジニアと共にメンテナンスや分析 法の開発を進めており、最先端の分析装 置に携われていることを嬉しく思います。
Q: 最も達成感を感じる時と、これまでの 教訓を教えてください
分析すること自体が好きなので、成果報 告に必要なデータが得られた時、学生と 一緒に研究を進めている時や、必要な実 験装置や作業を適切に提案したり、成果 を出せるように補佐できた時に達成感を 感じます。
誰でも達成したいことがあります。その 道のりを長く難しく感じ、周りと比較して 落 ち 込 む こ とも あ りま す 。で す が 、何 か 進 められる環境であれば進めて続けること が大切です。最初は進みが遅いですが、 ある段階になると加速します。研究者と 交流したり、学生を見て、継続することで 成長する過程を実感しました。
ラボマネージャーとして多様な分野・国 籍の研究員や学生と関わり、これまでの 知識を別の視点から見る機会が増え、新 たな展望などに繋げられています。サポ ートする側ですが、私の研究を進めるた めの助けも得られています。
異分野融合、国際共同研究、これまで経 験のない試料や技術を扱うことには多く の障害がありますが、協力しながら一歩 一歩進めることができると学びました。
Further information
中川麻悠子 | m.nakagawa@elsi.jp 東京工業大学 地球生命研究所 (ELSI) 世界トップレベル研究拠点プログラム (WPI)
中川先生の研究についてさらに知りましょう。 Asia Research News のポッドキャストでお待ちしております。