金沢大学 戦略的研究推進プログラム "Kanazawa University Discovery Initiative"

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Kanazawa University Discovery Initiative


戦 略 的 研 究 推進プログラム

ごあいさつ この冊子は、金沢大学の特色ある研究「Kanazawa University Discovery Initiative」 の概要をわかりやすくご紹介することを目的に発行いたしました。 金沢大学は、 「強いところをさらに強く」との方針のもと、平成 19 年度から「重点研究 プログラム」を選定し、重点的な研究支援を進めてきました。さらに、平成 22 年度からは、 社会の課題解決を目的とした「政策課題解決型研究プログラム」を設定し、出口を重視 した研究プログラムの支援を進めています。平成 24 年度からは金沢大学の次期の研究 の柱として期待される 10 の研究プログラムを「次世代重点研究プログラム」として支援 しています。 本冊子は、金沢大学の世界をリードする研究プログラムについて、わかりやすくご紹介 しています。ぜひ一度ご覧いただき、本学の特色ある研究について興味をお持ちくださ ると幸いです。なお、個別の研究プログラムに関するより詳細な情報は、web 上でご覧に なれます。ぜひ金沢大学の研究紹介ページも併せてご覧下さい。

先端科学・イノベーション推進機構 機構長 山崎 光悦

金沢大学は、 「地域と世界に開かれた教育重視の研究大学」として、今後も真理の探求に関わる基礎研究から技術に直 結する実践研究まで、卓越した知の創造に努め、それらにより新たな学術分野を開拓し、技術移転や産業の創出等を図る ことで、積極的に社会への還元を進めて参ります。 引き続き、みなさまのご理解ご協力を賜りますようお願い申し上げます。

各プログラムの目的 学内の限られた資源を有効に活用し、本学の柱となる研究プログラムの育成、さらに次世代の柱となる研究プログラムの 育成を目的とした取り組みとして、”Kanazawa University Discovery Initiative”「戦略的研究推進プログラム」を推進して います。現在、①重点研究プログラム、②政策課題対応型研究プログラム、③次世代重点研究プログラムの 3 つのプログラ ム、合計 23 課題を支援しています。ここでは、各プログラムの目的をご紹介いたします。

① 重 点 研 究プログラム 平成 19 年度から、金沢大学の特徴ある研究プログラムとして重点的に支援を行ってきた研究プログラムです。金沢大学が世 界に誇る5 つの課題が選定されており、当該分野で世界トップレベルの成果を挙げています。また、このプログラムを中核と した研究センターの設置、さらには人材育成プログラムが学内で進行しています。

② 政 策 課 題 解 決 型 研 究プログラム 平成 23 年に閣議決定された 「新成長戦略」 を踏まえ、 「グリーンイノベーション」 「 、ライフイノベーション」 「 、震災復興対応」 をテー マに、国が設定した課題に対して解決策を提示することを目的に推進する研究プログラムです。10 課題が選定されており、金 沢大学のみならず他大学との連携、さらには企業や自治体等と連携して中長期的な視野をもって推進する研究プログラムです。

③ 次 世 代 重 点 研 究プログラム 本学の次世代 (H26-30 年を目安 : 第 2 期中期目標・中期計画後半~第 3 期前半 ) の重点研究プログラムとなり得る研究プログ ラムの育成を目的としています。したがって、メンバーは、採択時で 55 歳以下の中堅~若手教員で構成されています。将来、 金沢大学の核になると期待されている研究プログラムです。そのため、純粋な研究推進に加えて、拠点形成、異分野融合研究・ 新学術領域の創出、国際共同研究のいずれかを推進することも成果として期待されており、成果を教育に還元することも求め られています。現在 10 課題が採択されています。


Kanazawa University Discovery Initiative

Contents 重点研究プログラム 世界最先端 AFM 技術による ナノバイオロジー研究

安藤 敏夫 教授(理工研究域数物科学系)

発達・学習・記憶と障害の革新脳科学の創成 ―文理架橋型総合研究の全学的取り組みと挑戦の第二ステージ -P2

東田 陽博 特任教授(子どものこころの発達研究センター)-P4

環日本海域に見る土地・風・海の環 ―環日本海域を照準した地球環境研究拠点

栄養代謝関連症候群に対する 先端医療の開発

早川 和一 教授(医薬保健研究域薬学系)

金子 周一 教授(医薬保健研究域医学系)

-P6

-P8

「新しい海洋地球科学」の拠点形成を目指して ―陸上地質体からのアプローチ

荒井 章司 教授(理工研究域自然システム学系) -P10

政策課題解決型研究プログラム 次世代型有機薄膜太陽電池の開発

桒原 貴之 助教(理工研究域物質化学系)

次世代ダイヤモンドパワーデバイスの開発 -P12

德田 規夫 准教授(理工研究域電子情報学系) -P14

変調熱プラズマ気相反応法によるグリーン・ライフイノベーション ナノ粒子の大量高速生成手法の確立

福島原子力発電所の事故に伴う放射性物質の 広域大気・海洋汚染とその回復の環境科学研究

田中 康規 教授(理工研究域電子情報学系) -P16

早川 和一 教授(医薬保健研究域薬学系)

能登における 新しい予防医学・疫学の展開

安全創薬 ―医薬品開発の効率化に資する副作用発現機構の解明と予測系の創出

中村 裕之 教授(医薬保健研究域医学系)

-P20

がんの悪性進展制御機構の解明による 革新的診断・治療法の開発

平尾 敦 教授(がん進展制御研究所)

玉井 郁巳 教授(医薬保健研究域薬学系)

-P18

-P22

「食」による生活習慣病予防医学の展開 ―神経免疫連関による代謝制御恒常性維持機構の応用― -P24

井上 啓 教授(脳・肝インターフェースメディシン研究センター)-P26

次世代重点研究プログラム 言語コミュニケーションと その障害の認知脳科学拠点形成

グリーン・メディシナルイノベーションに向けた 異分野融合研究の推進

小島 治幸 教授(人間社会研究域人間科学系) -P28

長谷川 浩 教授(理工研究域物質化学系)

革新的キラルマテリアルの創製を目指した キラルナノテクノロジーの研究拠点形成

里山グリーンイノベーションを目指した 研究拠点形成とグローバル人材育成

前田 勝浩 准教授(理工研究域物質化学系) -P32

高橋 憲司 教授(理工研究域自然システム学系) -P34

革新的細胞核機能制御を目指す 分子輸送機構の解明

薬物動態・個体差要因可視化による 個別化 EBM(Evidence Based Medicine)の推進

Richard Wong 教授(理工研究域自然システム学系)-P36

絹谷 清剛 教授(医薬保健研究域医学系)

健康長寿社会に向けた Comprehensive Medicine in Humans の創成

大気汚染の健康影響評価のための 国際研究拠点の形成

和田 隆志 教授(医薬保健研究域医学系)

鳥羽 陽 准教授(医薬保健研究域薬学系)

-P40

アカデミアがん創薬拠点形成のための 人材と知の集約・循環プログラム

松本 邦夫 教授(がん進展制御研究所)

-P30

-P38

-P42

広汎性発達障害の 早期診断支援システムの開発 -P44

菊知 充 特任准教授(子どものこころの発達研究センター)-P46


タンパク質のダイナミクスを直接見て解析

ナノメータ世界から生命科学をけん引する

世界最先端AFM技術による

ナノバイオロジー研究

□ 重 点 研 究 プロ グ ラ ム

・研究メンバー 代表者

安藤 敏夫 内橋 貴之 古寺 哲幸 紺野 宏記 中山 隆宏 渡邉 信嗣

教 授(理工研究域数物科学系)

准教授(理工研究域数物科学系) 准教授(バイオ AFM 先端研究センター) 准教授(バイオ AFM 先端研究センター) 助 教(バイオ AFM 先端研究センター) 助 教(バイオ AFM 先端研究センター)

約20種類のアミノ酸がつながったタンパク質は、 すべての生物にとって欠かすことのできない重要な 分子の1つです。その大きさは数ナノメートルから数 十ナノメートルと非常に小さく、人間の体内に数万 種類が存在しています。しかも、それぞれが固有の 働きを持っています。 例えば、心臓や骨格筋などに存在するミオシンとい うタンパク質は、アクチンというタンパク質と相互 に作用しあい、エネルギー源となるATP( アデノシン 三リン酸)分子を加水分解して筋収縮を引き起こしま す。つまり、腕や足を動かす際にも、タンパク質が 働いているのです。また、私たちの記憶や思考でさえ、 神経細胞に存在するチャネルタンパク質や受容体タ ンパク質の働きによるものです。

タンパク質の運動を 動画で撮影できる高速 AFM 私たちの研究プロジェクトでは、体内にあるタンパ ク質など生体分子を対象に、分子の働くメカニズム を動画撮影という方法で解明する研究を行っていま す。分子の動きを直接見るという手法として開発し たのが、世界最先端の顕微鏡「高速AFM(Atomic Force Microscope:原子間力顕微鏡)」です。 この顕微鏡は、原子レベルで試料表面の立体構造を 観察することができます。探針 (プローブ)と試料の 原子間に働く力を検出することから原子間力顕微鏡

理工研究域数物科学系

安藤 敏夫 教授 2

(AFM)と呼ばれています。大気中や液体中など、様々 な環境下で自然に近い状態で観察できることが特徴 となっており、生命科学研究の最先端ナノ分析ツー ルとして注目を集めています。 私たちは約15年の歳月をかけてAFMの高速化に成


功し、今では最高1秒間に33フレームの撮影が可能で

研究成果の1つは、筋肉の収縮などに関わるモー

す。これを「高速AFM」と名付けました。また、プロー

タータンパク質ミオシンVが歩いている様子を動画と

ブが試料に触れる力も極限まで小さくし、タンパク質

して撮影したことです。ミオシンVは、細胞内でメラ

の動作を邪魔せずに観察できるようになっています。

ニン色素や神経伝達物質を運搬する際、アクチンフィ

現在は、2つの方向で研究に取り組んでいます。①

ラメント(細い線維状の構造)に沿って移動します。そ

学内外の研究者と協力し、より多くのタンパク質の

の歩幅は約36nm(ナノメートル)あり、人間に例える

働くメカニズムの理解を進めています。②生きた細

なら100mを10秒28で走る速さ。高速AFMで観察した

胞や細胞内オルガネラの表面で起こる動的分子プロ

ところ、後脚がアクチンから離れた際にグルッと回転

セスの観察を可能にする、新しい概念の顕微鏡を開

させて進行方向に踏み出す姿を確認できました。そ

発します。

の後、ミオシンVがどんな仕組みで進むのか、ATP分

②が実現すれば、例えば記憶や学習と密接に関係

解反応と運動がどのように連動しているのかも解明

する神経細胞のシナプスで起こる動的プロセス、ミ

しています。

トコンドリア内部にタンパク質が輸送される動的プ

私たちは、世界で初めてタンパク質の動きを動画

ロセスなどを直接見ることが可能になります。

で撮影した成果をさらに発展させるため、高速AFM を製品化しつつ、世界の幾つかの研究室に提供しま した。研究理念として、広く多くの研究者に利用し

細胞の表面で起こっている ダイナミクスを見続けたい

てもらうことで、多くの異なるタンパク質のメカニ ズム解明に貢献したいと考えています。 最終目標としては、この最先端の顕微鏡技術を駆

高速AFMを開発したことで、これまでの手法では

使した新しい生命科学の領域を創成し、金沢大学を

推測するしかなかった水溶液中でタンパク質分子が

その新領域での世界的研究拠点とすることを目指し

働く様子を、高精細な動画映像として直接見ること

ています。

が可能になりました。

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自閉症の治療研究を通じて

こころの発達や障害のしくみを解明する

発達・学習・記憶と障害の革新脳科学の創成

︱文理架橋型総合研究の全学的取り組みと挑戦の第二ステージ

□ 重 点 研 究 プロ グ ラ ム

・研究メンバー 代表者

東田 陽博 小島 治幸 大井 学 三邉 義雄 棟居 俊夫 横山 茂 柴田 正良 吉原 亨 菊知 充 三浦 優生

特任教授(子どものこころの発達研究センター)

教 授(人間社会研究域人間科学系) 教 授(人間社会研究域学校教育系) 教 授(医薬保健研究域医学系) 特任准教授(子どものこころの発達研究センター) 特任准教授(子どものこころの発達研究センター) 教 授(人間社会研究域人間科学系) 特任助教(子どものこころの発達研究センター) 特任准教授(子どものこころの発達研究センター) 特任助教(子どものこころの発達研究センター)

人のこころの動き、すなわち精神神経活動の解明 は、人が人を理解するための究極の目標です。しかし ながら、学習や記憶がどのような過程を経て行われる のか、どのような相互作用があるのかなど、まだま だ探求の途上です。そこで私たちは「心の発達、学習、 記憶とそれらの障害」について、生物学的な観点から 分子レベルの変化として理解する研究に取り組んで います。

人の精神神経活動を 分子レベルから解析する 私たちの研究グループは「金沢大学子どものこころ の発達研究センター」を中心に活動を行っています。 研究テーマは大きく3つあります。1つ目は、自閉症 の症状のひとつ「コミュニケーション(社会性記憶)の 障害」に関係する遺伝子の探索。 研究成果のひとつに、愛情や信頼感を生みだすホ ルモン「オキシトシン」が、あるタイプの自閉症に深 く関係していることを明らかにした研究があります。 オキシトシンには、人が生きていくために必要な 社会性を高める作用があります。私たちは、オキシ トシンが「コミュニケーション(社会性記憶)の障害」 の発症メカニズムに影響を及ぼすことを発見し、そ の働きを解明しました。この研究成果をきっかけに、 現在は自閉症の子どもを持つ家族からの申し出を受 け治療研究へと進んでいます。

子どものこころの発達研究センター

東田 陽博 特任教授 4

2つ目は、変異モデルマウスを用いた記憶の解析。 3つ目は、脳の状態や血流を計測し画像化する技術 (光トポグラフィーや脳磁計(Magnetoencephalography:MEG)など脳機能計測)を活用した、発達や記憶 障害の研究です。


これらのテーマに対し、文理架橋型の脳革新領域

行われていますが、軽度の発達障害児を対象とする脳

の研究として総合的に展開していることが特徴です。

科学の研究は数少なく、とてもユニークな研究です。

本研究では全学研究体制を構築し、医薬保健研究域、

また、大阪大学や浜松医科大学など複数の大学と連

理工研究域、人間社会研究域に所属する30〜40名が

携し、連合小児発達学研究科として教育研究に取り

常時参加しています。将来的には、障害を引き起こ

組んでいます。

す分子機能の解明、成果の社会還元、自閉症の治療

この他、光トポグラフィーとMEGを融合した次世

研究を円滑に行うことを目指しています。

代型の脳機能計測器の研究開発も行っています。こ

現在、一連の研究を基盤に、生物的なメカニズムの

の計測器を使って、幼小児の脳発達学習と記憶、ま

解明を通して、発達・学習・記憶と障害の関係を明ら

たはその障害を脳高次機能の変化として計測し記録

かにすることを目指す新たな学問領域をつくりだし、

することで、定量的に解析することを狙っています。

長期的な戦略を持った世界的な拠点として発展させ

こうした研究開発は、文部科学省知的クラスター創成

ていこうとしています。また、独立行政法人日本学

事業(第II期)に採択された石川県と富山県による「ほ

術振興会(JSPS)の若手研究者等海外派遣プログラム

くりく健康創造クラスター」、およびその後継事業と

に採択された「社会性認識と自閉症スペクトラム障害

も連動する、希少な研究と位置付けられます。

に関する分離融合研究の海外展開プログラム」とも相

さらには、社会の具体的な問題を解決するための研

互の関係を持ち、若手研究者の育成にも力をいれて

究開発を推進する科学技術振興機構社会技術研究開

います。

発センター(RISTEX)が支援する研究プロジェクトと の相互補完体制を整えたり、自閉症の原因解明と治 療、共生を考える「子どものこころサミット」といった

さまざまな研究事業と連動し、 研究の成果を社会に活かす

国内会議や国際会議(アジアNAD)を定期的に開催し、 研究の飛躍的な発展を促す取り組みも行っています。

学習や記憶に関する研究は、国内外を問わず数多く

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黄砂と微生物の関係の先駆的研究で

環日本海域に有効性のある地球環境学を構築

環日本海域に見る土地・風・海の環

︱環日本海域を照準した地球環境研究拠点

□ 重 点 研 究 プロ グ ラ ム

・研究メンバー 代表者

早川 和一

教 授(医薬保健研究域薬学系)

柏 谷 健 二 教 授(環日本海域環境研究センター) 中 村 浩 二 教 授(環日本海域環境研究センター) 鈴 木 克 徳 教 授(環境保全センター) 中 村 裕 之 教 授(医薬保健研究域医学系) 長 尾 誠 也 教 授(環日本海域環境研究センター) 小 林 史 尚 准教授(理工研究域自然システム学系) 牧 輝 弥 准教授(理工研究域物質化学系) 松 木 篤 准教授(環日本海域環境研究センター)

日本海を取り囲む地域を環日本海域と呼びます。日 本、中国、韓国、ロシア(ウラジオストック)に囲ま れた環日本海域には、世界の人口の4分の1にあたる 約17億人が暮らしています。また、この海域は強い 偏西風の影響下にあります。アジア大陸からの乾燥 気塊の流れと日本海を北上する暖流は、この地域特 有の気候・生態系をつくり出し、人間活動に様々な 影響を与えてきました。風上で大量発生する大気汚 染物質が風下側に深刻な影響をもたらすなど、国境 を越えての汚染物質問題も注目されています。 固有の歴史と文化を持つ国からなる環日本海域に おいて、環境保全を推進することは将来に求められ ることの一つです。早川和一教授は、環日本海域で 共有できる環境学を構築し、地球環境学の中核的研 究教育拠点となることを目指しています。

能登大気観測スーパーサイトで 黄砂の継続的な気球観測を実施 黄砂はアジアを代表する大気物質です。早川教授の 研究グループは、偏西風によって運ばれる黄砂と微 生物や有害化学物質の関係を重要な柱として研究を 進めてきました。早川教授は次のように説明します。 「黄砂に含まれる物質には、自然由来のものばかり ではなく、工場からの排ガスなど人為的な有害化学物 質が含まれています。これらの有害化学物質は、日本 海からの水蒸気によって化学変化を起こし、さらに有

医薬保健研究域薬学系

早川 和一 教授 6

害化するケースも少なくありません。このような環 日本海域における大気汚染の原因がどこにあるのか、 さらにはどのような方向に向かうのかを、化学的手 法を用いて追究するのが研究テーマです」 具体的な研究方法としては、金沢大学の能登大気観


測スーパーサイトと中国・敦煌の砂漠の上空で継続

黄砂によって運ばれた枯草菌の多くは、人体にとっ

的に気球観測・サンプリングを行い、黄砂に付着し

て直ちに病原性を示すような危険性はなく、むしろ水

た物質の輸送経路を三次元的に追跡しています。両

中や土壌中にごく一般的に分布するタイプの菌であ

地点で採集された試料を解析して、黄砂によって運

ることも明らかになりました。また、早川教授らは

ばれた微生物や有害化学物質が何に由来するものか

黄砂試料の枯草菌の中から納豆菌を発見。金沢大学

を同定しています。サンプリングは、気球だけでなく、

と地元企業が連携しこの納豆菌を使った納豆を作り、

航空機や立山の積雪中に閉じ込められた黄砂層でも

企業が試売したところ、テレビで紹介されるなど高

行われています。

い注目を集めました。 「黄砂研究はこれまで物理的な移動を中心に行われ てきましたが、私たちは化学という新しい視点から

化学という新しい視点から研究で 枯草菌などの微生物を確認

黄砂にスポットをあてていることが大きな特色です。 また、金沢大学は中国大陸からの影響を直接的に受け る場所に位置しています。黄砂研究には絶好のロケー

早川教授らは、これまでに黄砂の粒子表面に付着し

ションといえるでしょう。こうした地の利を生かし

た微生物の存在をいくつか確認しています。見つかっ

て研究が進められることもメリットです。これに加

た菌の同定を行った結果、とりわけ敦煌上空の黄砂

えて、中国・韓国・ロシアの研究機関と研究ネットワー

から見つかった枯草菌(こそうきん)と立山の積雪か

クを構築することで、黄砂に含まれる微生物や有害

ら分離された枯草菌の遺伝子配列がきわめて近いこ

化学物質の長距離輸送の化学的研究の体制を整えて

とが明らかになりました。これは、黄砂に付着した

います。環日本海域の空に広がる微生物からこの地

微生物の中でも、特に枯草菌が運ばれている可能性

域の生態系が作られてきたメカニズムを明らかにし

が極めて高いことを表しています。

たいと考えています」と、早川教授は話しています。

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遺伝子情報から肝臓の働きを解き明かすことで

栄養代謝に関連する疾病の診断・治療法を開発する

栄養代謝関連症候群に対する

先端医療の開発

□ 重 点 研 究 プロ グ ラ ム

・研究メンバー 代表者

金子 周一 中沼 安二 松井 修 山本 博 多久和 陽 櫻井 武 井上 啓

教 授(医薬保健研究域医学系)

教 授(医薬保健研究域医学系) 教 授(医薬保健研究域医学系) 教 授(医薬保健研究域医学系) 教 授(医薬保健研究域医学系) 教 授(医薬保健研究域医学系) 教 授(脳・肝インターフェースメディシン研究センター)

人の肝臓は、人体の中で最も大きい臓器で、新陳 代謝(代謝)や解毒、排出など、さまざまな機能を持っ ています。胃腸から流れ来る血液に乗って送り込ま れる栄養を摂取し、肝臓で作り出した代謝物を全身 に供給しています。 つまり、糖分、脂肪分、たんぱく質などの栄養代 謝をつかさどる肝臓は、栄養状態を一定に保つ働き をしています。これを“恒常性(ホメオスターシス)”と いいます。代表的な例は、肝臓が摂取した栄養から ブドウ糖などを効率よく生成し、血中のブドウ糖濃 度を一定に保っています。 ところが、栄養が過剰に摂取されると、肝臓は能力 を超えた栄養を処理できずに、その機能が破たんして しまいます。このように肝臓は、糖尿病や脂質異常症、 肥満、高血圧、がん、炎症など、栄養代謝が関連す る症候群の発症に深くかかわってきます。

肝臓を研究することが 様々な疾患への対策につながる こういった“栄養代謝が関連する症候群”を克服す るため、私たちの研究プロジェクトでは3つの柱で研 究を行っています。 1つ目の研究テーマは、まだ知られていない肝臓で つくられる物質を見つけること。具体的には、栄養 代謝に関連する症候群の発症について重要な働きを 担う肝臓がつくり出す物質と臓器障害に関する研究

医薬保健研究域医学系

金子 周一 教授 8

です。 肝臓の代謝物として生成される物質は複数ありま すが、疾病を引き起こす“有害な”機能を持っている ケースがあります。私たちは、脂肪肝が有害な機能 を持つホルモン(ヘパトカインと命名)を血液中に放


出していることを確認しました。こうした研究結果 をもとに、検査方法や治療法を編み出していくのが 醍醐味です。

肝臓は栄養の塊 脳や栄養代謝の理解から治療法の研究へ

例えば、体から肝臓の細胞を取り出して検査する代

2つ目の研究の柱は、体に異常をもたらす代謝物が

わりに血液を使った遺伝子解析で肝臓の異常を調べ

生成される原因を探ることで、脳と肝臓の関係を明

る方法を開発しました。プラスチック製の板状容器に

らかにする研究です。

無数の溝があり、その1本1本にDNAが入っています。

具体的には、肝臓と脳との連携による栄養代謝の

このバイオチップに血液を垂らすことで、血液中の

制御機構の研究です。糖代謝を制御する肝臓と脳の

物質がどのような相互作用で反応したのかを解析で

連携など、まだ解明されていない機構を解析してい

きます。

きます。

こうした研究成果は2万3000個の遺伝子を一度に調

3つ目は、栄養代謝に関連する症候群に対する新た

べることから始まります。ヒトの全ゲノムレベルで

な診断・治療法といった先端医療開発に関する研究で

解析し、重要な遺伝子の1つを発見するわけです。

す。全身を対象に、栄養代謝の理解と診断法の開発を

この他にも、例えば栄養代謝の調節機構の研究で

目指します。また、この研究は、前述した栄養代謝と

は、代謝物と代謝経路、エネルギー代謝との関連を

動脈硬化発症・がんとの関連に対する研究をさらに進

系統的に解析します。栄養代謝が血管内皮細胞に及

め、疾病における独創的な診断方法の研究開発へとつ

ぼす影響、特に動脈硬化や炎症、がんとの関連を解

ながっていきます。新しい診断方法の開発研究では、

明する研究では、細胞および動物モデルの解析に加

画像診断や病理診断に加えて、画期的な診断方法の

え臨床研究を通して各種疾病との関連を明らかにし

開発を行います。再生医療や免疫療法の観点から新

ていきます。

たな治療法の開発研究では、細胞を用いた治療法の 開発を行います。 これらの研究によって私たちは、肝臓を中心とした “栄養代謝が関連する症候群”の基礎を明らかにして いきます。その延長線上で、従来にない新しい診断・ 治療法開発に関する基盤研究を整備していきます。

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海洋底から地球内部へ掘り進めて

未知のマントル物質を採取する

﹁新しい海洋地球科学﹂の拠点形成を目指して

︱陸上地質体からのアプローチ

□ 重 点 研 究 プロ グ ラ ム

・研究メンバー 代表者

荒井 章司 海野 進 森下 知晃 水上 知行 奥野 正幸 奥寺 浩樹 神谷 隆宏 長谷川 卓 平松 良浩 隅田 育郎 遠藤 徳孝 長谷部徳子 福士 圭介

教 授(理工研究域自然システム学系)

教 授(理工研究域自然システム学系) 教 授(理工研究域自然システム学系) 助 教(理工研究域自然システム学系) 教 授(理工研究域自然システム学系) 准教授(理工研究域自然システム学系) 教 授(理工研究域自然システム学系) 教 授(理工研究域自然システム学系) 准教授(理工研究域自然システム学系) 准教授(理工研究域自然システム学系) 助 教(理工研究域自然システム学系) 准教授(環日本海域環境研究センター) 助 教(環日本海域環境研究センター)

地球の半径はおよそ6300㎞。私たちが生活してい る地球表面から中心に向かって、地殻、マントル、核 と、性質の異なる層が何層も積み重なった構造をし ています。地球の内部を直接見て触って調べること は容易ではありません。しかし、地球の営みを詳し く知るためにも、地球内部を直接調べて物質を採取 することは重要な意味を持つのです。 今まで誰もたどり着けなかった地球の奥深くに迫 り、地球科学の新たな知見を得ようという研究プロ ジェクトが「モホール計画」です。金沢大学が中心と なり、世界の研究機関と連携して計画を推進するた めの共同研究を進めています。

人類初の挑戦となる 「モホール計画」とは 地球の一番外側の層である「地殻」の厚さは、大陸 部分で30〜60㎞、海洋底で6〜7㎞です。その下には、 「マントル」がおよそ2900㎞の深さまで広がっていま す。地殻とマントルの境界はモホロビチッチ不連続 面、またはモホ面と呼ばれています。この付近で地 震波が急速に速まることが分かり、構成物質が異な る不連続な層の境界であることが分かったのです。 モホール計画では、大陸よりも地殻が薄い海洋底 からモホ面に向けて深さ7㎞におよぶ孔を掘り、未知 のマントル物質を直接採取します。モホ面+ホール (孔)から、「モホール」と名付けられました。掘削に

理工研究域自然システム学系

荒井 章司 教授 10

は、日本の地球深部探査船「ちきゅう」を使用。現在は、 太平洋上で掘削場所の検討を行っています。プログラ ムリーダーの荒井章司教授は次のように説明します。 「これまで人類にとって地殻の下にあるマントルは 遠い存在でした。しかし、このモホール計画ではマ


ントルにある物質を直接観察し、物質を採取できる

トとは、プレートの衝突で陸上にのし上げられた過

ようになります。実現すれば、地球科学は飛躍的に

去の海洋底のかけらです。かつての海洋底の地殻と

前進することになるでしょう」

マントルの境界およびマントル最上部もそこで観察

地球内部のマントルは、氷河のようにゆっくりと流

できることから、「海洋底の化石」と呼ばれています。

動しています。マントル対流の上昇流の出口ではマ

オフィオライトは世界各地に点在しますが、荒井

グマが生産され、海洋底をつくります。一方、マグ

教授らは中東のオマーンを主要な対象としています。

マが冷えて重くなり、地球内部に沈み込むところに、

オマーン・オフィオライトは、厚さ10数㎞におよぶ

日本列島のような島弧が形成されます。海洋底やマン

オフィオライトが数100㎞に渡って地上に露出してい

トルを理解するということは、こうした地球規模の

るため、様々な調査研究に適しているのです。

物質の大循環システムを知ることにつながるのです。

一方、学生の教育にも力を入れています。オマー

地球環境や地下資源、あるいは地震などの理解を深

ン・オフィオライトをフィールドとした「モホール学

めるためにも重要です。

校」を実施。学生を募って、地殻やマントルについて の講義や野外実習などを行っています。 「モホール計画には、研究室が一丸となって取り組

中東オマーンを拠点として オフィオライトを調査研究

みます。一人ひとりが戦力になるように、学生や若手 研究者をしっかりと育成したいと考えています。地 質学や地球物理学、地球化学を統合した新しい地球

モホール計画の成功のためには周到な準備も必要

科学『モホール・サイエンス』を構築したいですね」と、

です。そのために、荒井教授らは「オフィオライト」と

荒井教授は語っています。

呼ばれる地質体の研究を進めています。オフィオライ

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塗布する太陽電池の研究開発で

日本の脱化石燃料社会づくりに貢献する

次世代型有機薄膜太陽電池の開発

□ 政 策 課 題 解 決 型 研 究 プロ グ ラ ム

・研究メンバー 代表者

桒原 貴之 髙橋 光信 加納 重義 前田 勝浩 井改 知幸

助 教(理工研究域物質化学系)

教 授(理工研究域物質化学系) 教 授(理工研究域物質化学系) 准教授(理工研究域物質化学系) 助 教(理工研究域物質化学系)

太陽光発電は再生可能エネルギーとして注目され ています。また、二酸化炭素の排出量削減の観点か らは、火力や原子力に代わるエネルギーとも言われ ています。環境に優しい(環境負荷の小さい)発電方 法であることから、国際的にはグリーンイノベーショ ン、すなわち環境関連技術による産業戦略の1つとし て位置付けられています。 現在の主流製品は、シリコンをベースにした太陽 電池です。日本でも、政府や自治体の後押しがあり 実用化が進んでいます。その素子や製造技術の研究 は広く行われていますが、実際には太陽電池メーカー の経営破綻や事業撤退が起こっています。こうした 状況にあって必要となるのは、発想の転換による研 究開発です。 これまで太陽電池の研究開発は「変換効率の向上」 を目指してきました。変換効率とは太陽の光が持つエ ネルギーを直接電力に変換する際の割合で、世界的な 研究成果としては40数%を記録しています。一般家 庭用の太陽電池では、理論値30%に対して実質20数% にとどまっています。

優れた特性を持つ 有機薄膜太陽電池 私たちの研究プロジェクトでは、この「変換効率の 向上」に務めながらも、具体的な利用イメージに基づ いた研究テーマを設けました。それが「設置場所を選

理工研究域物質化学系

桒原 貴之 助教 12

ばない形状と性能」をテーマにした太陽電池の研究開 発です。なぜなら国土が狭い日本では、太陽光の届 く場所ならどこにでも太陽電池が設置可能であるこ とが重要だと考えたからです。 具体的には「低コスト」 「 軽く柔軟」 「 大気中でも安


定」といった特性を有効活用できる製品開発を行って います。より多くの場所に設置できれば、結果的に より大きな電力を得ることができることを強みにし

材料の選び方で 太陽電池の形状が自在に

たいのです。

将来的には、太陽電池の繊維化も視野に入れていま

私たちが開発を進める「有機薄膜太陽電池」には、シ

す。有機薄膜太陽電池を直接繊維に塗布することで、

リコン太陽電池などにはない利点があります。まず、

巨大な1枚布や反物のような長い太陽電池が現実のも

環境に与える負荷が非常に小さい点です。材料確保

のとなります。もしくは、着ている服で発電するこ

から製造、設置、破棄、リサイクルに至るまでの全

ともできるようになるかも知れませんね。

工程を考えた場合、二酸化炭素の排出量がもっとも

本研究では、これまでの太陽電池にはない新しい価

少なくなるという試算を得ています。なぜなら、高

値を付与した「次世代型の有機薄膜太陽電池」の開発

温や真空といったプロセスが不要だからです。

を目指しています。そのために、実用化に向けて4つ

製造方法は、材料を塗り重ねる塗布法と呼ばれる

の課題と10年間で到達すべき目標を設定しています。

もので、印刷技術を応用できることが特徴です。従

①変換効率の大幅な向上:太陽光照射における変換

来の太陽電池では不可能な大面積の太陽電池や自由 に曲がるフレキシブルな太陽電池を安価に製造する ことができます。 材料の選び方次第では、透明や特定の色調の太陽 電池を製造することも可能です。つまり、従来より もデザイン性に優れた太陽電池パネルを作ることが できます。

効率8%以上の達成 ②信頼性の確保:太陽光連続照射1000時間における 性能維持率80%以上の達成 ③生産技術の革新:大気中での大面積フレキシブル 太陽電池の製造基盤技術の確立 ④次世代構造技術の革新:透明型、繊維型の太陽電 池製造基盤技術の確立 これらの課題・目標を達成できれば、「低コスト」 で「軽く柔軟」かつ、「携帯しやすい」あるいは「設置場 所を選ばない」太陽電池が実現します。新しい観点か らつくる太陽電池が新しい産業の創出にも大きく貢 献します。

13


未来の省エネルギー・低炭素社会に必須

ダイヤモンドパワーデバイスの実現を目指す

次世代ダイヤモンドパワーデバイスの開発

□ 政 策 課 題 解 決 型 研 究 プロ グ ラ ム

・研究メンバー 代表者

德田 規夫 猪熊 孝夫 山崎 聡 竹内 大輔 小倉 政彦 牧野 俊晴 加藤 宙光

准教授(理工研究域電子情報学系)

教授(理工研究域電子情報学系) 主幹研究員(産業技術総合研究所) 主任研究員(産業技術総合研究所) 研究員(産業技術総合研究所) 研究員(産業技術総合研究所) 研究員(産業技術総合研究所)

パワーデバイスは、電力の変換や制御を行う半導体 素子。エアコンや冷蔵庫等の家電機器からハイブリッ ド自動車や電気自動車、鉄道、新幹線、航空機、そして、 太陽光発電、風力発電等の幅広い分野で、電力変換・ 制御のために重要な役割を担っています。 さらに、二酸化炭素の排出削減、スマートグリッ ドの実現のための省エネルギー技術の推進を掲げる グリーン・イノベーションでも重要な技術として研 究が進んでいます。 現在、パワーデバイスの材料では、主にシリコンが 用いられています。しかし、シリコンパワーデバイス は、更なる低消費電力化、高電圧化、そして高温環境 下での使用が困難であり、デバイス性能の限界が指摘 されています。この問題を解決する半導体材料とし て注目されているのがダイヤモンドです。ダイヤモ ンドは、極めて高い熱伝導率やキャリア移動度、絶縁 破壊電界等の優れた物性を持つ半導体材料なのです。

物性の課題を克服して 高品質な基板を作る技術開発へ 德田規夫准教授は、産業技術総合研究所エネルギー 技術研究部門と共同でダイヤモンドパワーデバイス の研究に取り組んでいます。 「ダイヤモンドパワーデバイスが実現すると、シリ コンパワーデバイスに比べて、1,000分の1以下とも いわれる大幅な電力の低損失化が可能で、耐熱性な

理工研究域電子情報学系

德田 規夫 准教授 14

ども極めて高く、過酷な環境下でも動作するパワー デバイスの開発が期待できます。ダイヤモンドパワー デバイスを実現するには、まずは高結晶性かつ抵抗率 が制御されたデバイスグレードの単結晶ダイヤモン ド基板が必要です。しかし、半導体デバイスに用いら


れている単結晶シリコンに比べ、単結晶ダイヤモンド

品質化・高速成長を実現し、「CVD単結晶ダイヤモン

は、結晶製造時に非常に多くの結晶欠陥が発生し、多

ド(111)自立基板」の開発に世界で初めて成功しまし

くの不純物を含有してしまう問題があります。実際、

た。現在は、この単結晶ダイヤモンド基板の無転位

現在市販されているダイヤモンド基板は、抵抗率が制

化、大面積化、低コスト化に向けての技術開発を行っ

御されておらず、また結晶欠陥や不純物が多いため、

ています。

半導体デバイスのグレードには達していません。」

最終の目的であるダイヤモンドパワーデバイスの

こうした単結晶ダイヤモンド基板に関する問題を

開発に向けても德田准教授らは着実に研究を進めて

解決するために、德田准教授らのグループでは、半

います。現在は「デルタドープチャネルを用いたMOS-

導体デバイスとして用いられる、品質の高いダイヤ

FET」という超低損失ダイヤモンドトランジスタの開

モンド基板の開発に取り組んでいます。このテーマ

発に取り組み、研究の成果を積み重ねています。

にはアリオス株式会社が共同研究に加わり、産学官

「半導体デバイスの実用化には2インチ以上の基板

の連携による研究が進められています。

が必要といわれています。私たちの開発した単結晶 ダイヤモンド自立基板をさらに高品質に、大面積に していき、5年ぐらいで実用化したいですね。今後は、

単結晶ダイヤモンド自立基板の 大面積化で実用化をめざす

研究ネットワークの強化と拡大を図ることで研究開 発スピードを加速し、ダイヤモンドパワーエレクトロ ニクスの実現を目指したいと思います。実現すれば、

德田准教授らのダイヤモンド基板の開発では、ダイ

莫大な規模の市場の開拓が見込まれ、新たな雇用の

ヤモンドを原子レベルで制御する究極の表面制御技

創出やGDPの増加といったわが国が抱える問題の解

術と結晶成長技術が使われています。こうした基盤技

決にもつながるでしょう」

術を応用することによって、ダイヤモンド基盤の高

15


ハイパワー熱プラズマの制御技術で

ナノ粒子の大量&高速生成を確立する

変調熱プラズマ気相反応法によるグリーン・ライフイノベーション

ナノ粒子の大量高速生成手法の確立

□ 政 策 課 題 解 決 型 研 究 プロ グ ラ ム

・研究メンバー 代表者

田中 康規 上杉 喜彦 山田 外史 八木谷 聡 大谷 吉生 瀬戸 章文 中村圭太郎 渡邉 周

教 授(理工研究域電子情報学系)

教 授(理工研究域電子情報学系) 教 授(環日本海域環境研究センター) 教 授(理工研究域電子情報学系) 教 授(理工研究域自然システム学系) 教 授(理工研究域自然システム学系) 研究員(日清製粉グループ本社) 研究員(日清製粉グループ本社)

ナノ粒子は、色素増感太陽電池や自動車の光触媒 をはじめ化粧品や医療品など、特に電子・環境・エ ネルギー・医療分野ではニーズの高い材料です。こ のナノ粒子とは、直径がナノメートルオーダー(10の -9乗メートル)の超微粒子を指します。 粒子の直径が極端に小さい場合、表面積が体積に 比べて非常に大きくなるため、粒子の持つ反応性が 高くなります。もしくは微粒子化したことで、物質 がもともと持っている性質が大きく向上するケース、 新たに化学的な性質や光学的な性質や電気磁気的な 性質が発現するケースもあります。 ナノ粒子が注目を集めるのは、こうした性質の変 化が、様々な機器や材料の高性能化に役立つからで す。私たちの研究プロジェクトでは「機能性ナノ粒子」 の大量生成法の確立をターゲットにして、ナノ粒子 の大きさ制御やナノ粒子の大量生成技術開発に取り 組んでいます。

ナノ粒子の合成を産業化するために ハイパワープラズマを制御する 私たちがナノ粒子を「高精度に」 「 安価に」 「 大量に」 「高速に」 「 選択的に」 「 高純度に」生成する手法として 用いているのが、ハイパワーの熱プラズマ発生装置 です。 熱プラズマは、ナノ粒子をつくる原料を瞬時に溶か すほどの高温状態を生み出します。雷の放電や溶接

理工研究域電子情報学系

田中 康規 教授 16

のアークと同じような性質をもっているものですが、私 たちが用いる装置では温度にして約1万K (ケルビン/熱 力学温度の単位)を発生させることができます。 ちなみに、太陽の表面温度は約6000度(約6000K)。 これほどの熱でナノ粒子の原料を原子の状態にした


後、急激に冷やすことでシンプルかつ高速にナノ粒 子をつくることを可能にしています。 誘導熱プラズマ発生装置とは、密閉した空間の周

ができる ⑥原料を急激に冷却するため、通常では得られない 物性のナノ粒子が得られる

囲にコイルを巻き、高周波の電流を流すことで生ま れる電磁誘導現象を利用して、アルゴンガスなどの 不活性な気体を高温熱プラズマ状態にする装置です。 イヤモンド薄膜の合成、金属内包フラーレンの生成、

「変調誘導熱プラズマ(PMITP)」で ナノ粒子の大量生成に取り組む

有毒ガスの分解などに利用されています。現在最も

これまではナノ粒子の粒径分布(ばらつき)の制御

注目されているのが、ナノ粒子の合成に利用する

が難しく、生成時のエネルギー効率が低いという2つ

ケース。

の課題がありました。

では、なぜ誘導熱プラズマ気相反応法が、ナノ粒子

この課題に対し、私たちの研究プロジェクトでは

を高速で大量生成するのに適しているのでしょうか。

「変調誘導熱プラズマ(PMITP)」技術を独自に開発しま

①熱して冷やすシンプルな工程なので、原材料から

した。特別な電源を使用し、装置に流す電流を高速で

この誘導熱プラズマ装置は、微粉末の球状化、ダ

直接ナノ粒子を高速生成できる ②電極消耗などがなく、連続生産(量産)かつ高品質 なナノ粒子の生成に適している ③他の物質と化学反応を起こさない不活性ガスの中

大きくしたり小さくしたり制御することで、急冷/ 急加熱を可能にしています。その後、PMITPの変調(急 冷/急加熱)タイミングに合わせて、原材料を断続的 に投入する新しい手法も編み出しました。

で生成するので、高純度のナノ粒子が生成できる

原材料を連続して供給すると装置中央部分の温度

④使用するガスを選ばないので、純粋材料(金属)と

が低下してしまいますが、断続的に投入することで、

化合物(酸化物や窒化物など)を同一装置で粒子化

温度の低下を防ぐことができます。これらの技術と

できる

手法を組み合わせて、粒径のばらつきが少ないナノ

一方、産業化するには材料に合わせた装置の調整

粒子を効率的に生産できるようになりました。この

が欠かせませんが、それも解決済みなのです。

研究プロジェクトを通じて、ナノ粒子の大量生成技

⑤外部電磁場を用いてプラズマ状態を制御すること

術の確立を目指しています。

17


放射性物質の広がりを追跡・調査し

予測シミュレーションモデルの精度を高める

福島原子力発電所の事故に伴う放射性物質の

広域大気・海洋汚染とその回復の環境科学研究

□ 政 策 課 題 解 決 型 研 究 プロ グ ラ ム

・研究メンバー 代表者

早川 和一 山本 政儀 長尾 誠也 鳥羽 陽 亀田 貴之

教 授(医薬保健研究域薬学系)

教 授(環日本海域環境研究センター) 教 授(環日本海域環境研究センター) 准教授(医薬保健研究域薬学系) 助 教(医薬保健研究域薬学系)

2011年3月11日に発生した東日本大震災は、被災地 はもとより、我が国に未曾有の人的・物質的被害を もたらしました。特に直後に発生した津波の被害は 甚大で、福島原子力発電所の放射性物質放出事故を 誘発しました。 この放射性物質による空気や土壌、農作物や飲料 水などの汚染は、原子力発電所周辺だけでなく、東北・ 関東などの広い範囲に拡散し、人々に大きな不安を与 えました。その影響は未だに終息していません。早 川和一教授は次のように説明します。 「今後の事故対応や緊急時の安全対策には、福島原 発から放出された放射性物質の挙動を追跡して明ら かにし、現行の予測シミュレーションモデルの信頼性 を高めることが重要です。私たちの研究グループは、 原発事故発生以来、日本海沿岸の放射性物質の大気・ 海洋汚染について広域な調査研究を行い、危機管理 施策に必要なデータを蓄積しています」

モニタリングネットワークと 低レベル放射能実験施設を活用 早川教授の進める研究プロジェクトには、これま で手掛けてきた研究や金沢大学の研究設備が大きな バックボーンとなっています。 早川教授は、中国、韓国、ロシアの研究機関と連 携した国際的な共同研究を推進しています。これま でにも、化石燃料の燃焼やタンカー油流出事故に伴っ

医薬保健研究域薬学系

早川 和一 教授 18

て発生する環境汚染物質にスポットを当て、追跡・調 査を実施してきました。各国主要都市の大気や日本海 域の海水を継続的に採水して、環境汚染物質の汚染レ ベルを追跡し、その発生源を明らかにするとともに、 将来の予測をシミュレーションしています。


さらに金沢大学は、世界でも最高水準の極低レベル

丸」による調査を実施。日本海北部から南部にかけて

放射能測定環境を有する「低レベル放射能実験施設」

7つの観測線を設定して表層海水を測定した結果、青

を保有しています。同施設では、2004年から続けて

森津軽半島沖、北海道渡島沖ならびに石狩沖の測線で

いる大気のサンプリング試料を用いて、環日本海域

放射性セシウムの濃度が最大値を示しました。また、

における放射線量の変化を継続調査してきました。

同年10月には各観測線近くを商業船「飛鳥Ⅱ」で調査

こうした実績の下に、早川教授らは原発事故の発

しましたが、石狩沖とオホーツク海を除いて放射性セ

生以来、日本海域における大気や海洋の放射線汚染

シウムの濃度は検出限界近くまで下がっていました。

レベルの追跡・調査を続けています。日本含む各国

4カ月間で放射性セシウム濃度が大幅に減少した理由

のモニタリングネットワークと低レベル放射能実験

は、本州に沿って北上する対馬海流によって水塊が

施設を活用して、予測シミュレーションモデルの精

北に押し上げられたものと推察されます。

度向上に欠かせない日本海域の放射性物質の挙動に

「日本では日本海沿岸に原子力発電所が集中してい

関するデータを集積しているのです。

ます。韓国では原子力発電所が稼動していますし、中

具体的には、調査船で日本海の北から南まで海水を

国も原子力発電所の建造が予定されています。環日本

継続的に採水して、低レベル放射能実験施設で放射

海域で万一の原発事故を想定して、精度の高い放射性

能性核種を測定。その測定結果から、放射能汚染の

物質の挙動の予測シミュレーションモデルを作成し

回復メカニズムを明らかにし、これまで調査してき

ておくことは重要です。この予測シミュレーション

た環境汚染物質の挙動との比較解析を行っています。

モデルは、他の物質にも応用できると予想され、様々 な危機管理に活用されることが期待されます。今後 も継続してモニタリングを実施し、精度の向上を目

調査船で日本海表層海水の セシウム放射能濃度を測定

指したいと考えています」と、早川教授は研究の意義 を語ります。

2011年6月には北海道大学所属の調査船「おしょろ

19


能登半島で展開する

長 期 的 ・ 継 続 的 な 疫 学 と﹁ ス ー パ ー 予 防 医 学 ﹂

能登における

新しい予防医学・疫学の展開

□ 政 策 課 題 解 決 型 研 究 プロ グ ラ ム

・研究メンバー 代表者

中村 裕之 山田 正仁 三邉 義雄 和田 隆志 天野 良平 早川 和一 中村 浩二 長尾 誠也 井上 英夫 鈴木 克徳 宇野 文夫 神林 康弘

教 授(医薬保健研究域医学系)

教授(医薬保健研究域医学系) 教授(医薬保健研究域医学系) 教授(医薬保健研究域医学系) 教授(医薬保健研究域保健学系) 教授(医薬保健研究域薬学系) 教授(環日本海域環境研究センター) 教授(環日本海域環境研究センター) 教授(人間社会研究域法学系) 教授(環境保全センター) 特任教授(地域連携推進センター) 講師(医薬保健研究域医学系)

疫学は、人に対して病気や死亡の頻度、その原因 を研究する学問です。感染症の広がりを明らかにす ることからはじまり、現在では、がん、心臓病、脳 血管疾患などの生活習慣病の危険因子に関する因果 関係を明らかにすることによって、病気の発症を未 然に防ぐ予防法を提供してきました。 しかし、これまでの予防に関する健康福祉政策で は、その対象は健康意識が高い人に偏るため、健康格 差が広がってきました。また画一的な予防方法によっ て行われてきたために、予防の精度が十分高いとは 言い難く、逆に生活習慣病の罹患率増加という結果 をもたらしてきました。

能登半島の自治体と協力し、 個人の生涯を通じた健康状態を記録 金沢大学医薬保健研究域医学系環境生態医学・公 衆 衛 生 学 教 室 と 石 川 県 志 賀 町 は、2011年3月12日、 地域と同教室が一体となって住民の健康診断と病気 予防に取り組むことを内容とした「健康づくり連携 協定」を結びました。この協定を結んだことで、20 年以上の長期間にわたり全住民を対象に、住民1人 ひとりの健康状態を把握することが可能になりまし た。これは、個人の生涯を通じた健康状態を記録し、 個人単位で疫学上のデータを分析できる点において 非常に有意義と考えられます。 協定先として能登半島の町を選んだのは、金沢大

医薬保健研究域医学系

中村 裕之 教授 20

学から近いだけでなく、半島というフィールドが“長 期間の追跡を原則とする疫学調査”にとって好条件が そろっているからです。 調査方法は、乳幼児から高齢者までを対象にした 全数調査に加え、任意参加者による健康診断を実施


します。前者は、詳細な症状、日常生活動作能力、

医学ではカバーできなかった“生まれながらの遺伝子

生活習慣、QOL( 生活の質)、慢性疼痛、心理的特性

と疾病リスク”に対し、ゲノム解析など遺伝子診断を

などの総合的な調査にあたります。後者は、酸化ス

組み込んでいる点と、予防対象の網羅性にあります。

トレス関連蛋白などの動脈硬化予測因子、がん予測

従来の予防医学では、想定される疾病への準備や

因子、遺伝子などの検査を行います。さらに、自治

対策を3段階(1〜3次予防)に分けて考えます。1次予

体による健康診断や学校での健康診断、企業が参加

防は病気の発生リスクを未然に防ぐこと、2次予防は

する職域検診などと連携し、住民の健康状態につい

重症疾患の早期発見・早期治療を指し、3次予防は再

てより広範囲な追跡調査を実施します。

発防止や社会復帰のための行動を意味します。「スー

一方、住民に対しては、食育や環境教育などの健

パー予防医学」では、これに、遺伝子が持つ疾病リス

康予防プログラムの実施や地域の環境に含まれる金

クを早期診断で回避する0次予防を加え、予防に対

属などの化学物質のモニタリングを行い、地域に還

する網羅性を高めています。

元していきます。さらに、生活習慣病の兆しが見え

バイオインフォマティクス(生物情報科学)分野に

る住民に対しては適切なアドバイスを行うなど社会

含まれる0次予防は、1次予防と組み合わせれば効率

貢献にも務めます。

よい予防法の確立につながります。また、バイオイ ンフォマティクスを利用した悪性新生物(がん)の早 期発見システムの構築は、2次予防の革新的進化を

遺伝子レベルの予防策を組み込んだ 「スーパー予防医学」

支えます。さらに3次予防の再発防止にも対応する ことができます。 スーパー予防医学は、従来のマクロ予防を得意と

私たちの研究プロジェクトが目指しているのは、

した社会医学と、ミクロ予防を専門とする臨床医学

保健と医療が一体となった新しい予防医学制度をモ

の有機的な連携により、予防や治療の効果を最大限

デル地区で構築することです。そのためにも予防医

に引き出す新しい制度なのです。スーパー予防医学

学の土台となる地域住民全員の参加による健康状態

の展開によって生活習慣病の罹患率の劇的な低下と

の追跡調査は欠かせません。

住民のQOLの向上を具体的な数値を伴った形で目指

そこで私たちは、新しい予防医学として「スーパー

すことから、スーパー予防医学の実現は健康施策で

予防医学」を提唱しました。特徴は、従来までの予防

もあると言えます。

21


薬の副作用や毒性を早期に見つけて

効率的な創薬ができる評価法を確立

安全創薬

︱医薬品開発の効率化に資する副作用発現機構の解明と予測系の創出

□ 政 策 課 題 解 決 型 研 究 プロ グ ラ ム

・研究メンバー 代表者

玉井 郁巳 横井 毅 川井 恵一 国嶋 崇隆 崔 吉道 加藤 将夫

教 授(医薬保健研究域薬学系)

教 授(医薬保健研究域薬学系) 教 授(医薬保健研究域保健学系) 教 授(医薬保健研究域薬学系) 准教授(附属病院) 教 授(医薬保健研究域薬学系)

一つの薬を開発するには9年から17年もの長い年月 がかかります。基礎研究で薬の元になる化合物を見つ け、非臨床試験では動物や細胞を使って薬の安全性、 効き目を調べます。試験にパスした後に臨床試験(治 験)に移り、人に対する効き目や安全性を確かめるの です。最終的に承認審査を経て認可されてようやく 販売可能な薬となります。開発費用も数百億円に上 ります。 基礎研究で見つけられた化合物が薬として認めら れる確率はわずか数万分の1です。長い年月と工程の 途中に、様々な要因で脱落してしまうのです。中で も最大の要因は、副作用や毒性の発現です。薬の効 き目には大きな個人差もあるため、副作用や毒性の 予測は極めて困難です。開発段階では予測できなかっ た副作用などが、服用対象患者が増えるため市販後 に初めて発覚することもあります。もしそうなれば、 投与された患者はもちろんのこと、製薬企業にとっ ても大きな損害となります。

安全性に優れた創薬と 薬物療法の最適化を推進 玉井郁巳教授らは、薬を開発する工程での副作用や 毒性の発現機構を解明する研究に取り組んでいます。 予測の困難な副作用や毒性を、創薬の段階で早期に発 見し、効率良く薬の開発ができるよう支援するための 研究プロジェクトです。具体的には、安全性に優れ

医薬保健研究域薬学系

玉井 郁巳 教授 22

た創薬と薬物療法の最適化を推進するために、①副 作用・毒性発現メカニズムの詳細の解明、②発現メ カニズムに基づいたバイオマーカーと評価法の樹立、 ③それらのツールの医薬品開発段階への応用、の3つ を目指した研究を展開しています。


これらの研究によって、創薬段階で副作用・毒性を

識だけでなく、薬の影響を受ける生体の知識も必要で

予測して迅速に回避することが可能となります。ま

す。そのため玉井教授らは、薬物代謝、体内動態のメ

た、抗がん剤などの副作用で苦しむ患者にとっては、

カニズムや組織移行解析、病態特性、化合物合成な

副作用発現の前兆や予測因子を明らかにし、適切な

ど多様な知を集結した学際的研究を推進しています。

補助療法や薬剤の減量基準を与えることで、苦しみ

この研究プロジェクトは、6名の学内研究者を中心

に立ち向かい、乗り越えてゆくことを後押しするこ

として、学外の大学や製薬メーカーなどの研究機関

とができるようなるでしょう。

と積極的に共同研究を展開しています。

「ひと口に副作用・毒性といっても、重篤なものと

現在、反応性代謝物の検出法、薬物性肝障害の予測、

軽度なもの、極めて希な場合と頻度の高いものなど、

薬物作用・副作用に関連する輸送体の同定と活性変

多種多様です。そこで重要なのが、創薬現場の情報で

動、薬の吸収・肝動態・腎排泄と内因性・外来性因

す。しかし、これは企業秘密ですから普通なら入手で

子との相互作用といった様々な研究プログラムが進

きません。私たちは、いくつもの製薬企業と信頼関

められています。

係を築き、現場に出向いて開発中のどの段階でどの

「金沢大学は、薬物動態に関する研究において国内

ような副作用が発現したかなど、様々な情報を集め

でも環境が整備されているといえるでしょう。例え

ています」と、玉井教授は研究活動の特色を語ります。

ば、生体内の薬物の情報を視覚的にとらえながら研究 できるイメージングの設備も充実しています。私た ちの研究成果によって、多様な副作用・毒性発現機

学内外から多様な知を集結した 学際的な共同研究を推進 副作用・毒性を理解するためには、化学や薬学の知

構を一つでも多く明らかにし、その情報を元に、予 測性の高い評価法を確立することで、安全な医薬品 の創出に貢献することを目指しています」と玉井教授 は語っています。

23


未来のがん治療開発を確立して

基礎研究をいち早く創薬につなげる

がんの悪性進展制御機構の解明による

革新的診断・治療法の開発

□ 政 策 課 題 解 決 型 研 究 プロ グ ラ ム

・研究メンバー 代表者

平尾 敦 松本 邦夫 大島 正伸 高橋 智聡 矢野 聖二 鈴木 健之 向田 直史

教 授(がん進展制御研究所)

教 授(がん進展制御研究所) 教 授(がん進展制御研究所) 教 授(がん進展制御研究所) 教 授(がん進展制御研究所) 教 授(がん進展制御研究所) 教 授(がん進展制御研究所)

がんは、1981(昭和56)年から国内の死因第1位を占 めている疾患です。2010( 平成22)年には年間35万人 ががんで亡くなっており、近年では約2人に1人が生 涯のうちにがんにかかると推計されているほどです。 国内の大学や研究機関では、がんの予防、診断、治 療のためのあらゆる基礎研究が進められています。し かし、基礎研究の成果を創薬に結び付ける研究活動 が十分に進んでおらず、欧米などと比較しても遅れ をとっているといわれています。 これらの課題解決を目指しているのが金沢大学が ん進展制御研究所です。がん進展制御研究所は、大学 の枠を超えて全国の研究者が利用できる「共同利用・ 共同研究拠点」として文部科学省に認定されており、 「がんの転移・薬剤耐性に関わる先導的共同研究拠点」 として活動しています。中でも特に、がんの薬剤耐性、 転移といったがんが悪性化して進展する過程の研究 を柱とし、そのための切り口として、 「がん幹細胞」 「が ん微小環境」 「 分子標的薬の耐性機構」の3つを研究課 題としています。

新たながん治療標的の探索や 治療薬の開発を目指して がん進展制御研究所に所属する平尾敦教授らのグ ループは、新たながん治療標的の探索や治療薬の開発 を目指す研究に取り組んでいます。平尾教授は、研 究所の研究課題のひとつ「がん幹細胞」を専門として

がん進展制御研究所

平尾 敦 教授 24

います。その研究の中で、慢性骨髄性白血病への投 薬の効果を妨げ、再発の原因にもなっていたがん細 胞中の物質を発見しました。この発見は『ネイチャー』 に発表され、国内外から高い関心を寄せられています。 慢性骨髄性白血病は現在、投薬での治療が主流で


す。しかし、薬では完全に白血病細胞を取り除くこと

クづくり、創薬のための共同研究の3つを柱とした研

ができず、再発する可能性も高いのです。平尾教授

究活動を進めています。

らは、がん細胞をつくり出すがん幹細胞に注目。マ

2012( 平成24)年には、その第一歩として、何10万

ウスを使った実験で、がん幹細胞は通常のがん細胞

種類もの化合物の作用を評価するため、「金沢大学が

に比べて、転写因子のFOXOと呼ばれる物質の働きが

ん創薬・ケミカルバイオロジーユニット」をがん進展

活発で、そのために薬が効きにくいことを突き止め

制御研究所内に創設しました。現在、東京大学創薬

ました。FOXOの働きを制御した場合、マウスの生存

オープンイノベーションセンターと共同で、化合物

率が高まったことも確認されています。

の大規模スクリーニングを行い、がん治療薬のシー

「FOXOの活性を調節する分子を標的とした治療が

ズを探索しています。

開発できれば、効率的に治療が進むほか、再発の恐れ

一方、既存薬ライブラリーを用いた標的分子探索

も減ると期待されます。このような研究成果を、実

(ケミカルバイオロジー)にも取り組んでいます。この

用化するための研究にも取り組んでいるのです」

ほか、創薬プロセスに必要なノウハウやテクニック、 知的財産戦略などの生きた情報を得るため、定期的 にセミナーや研究会を開催して、学内外の専門家と

「金沢大学がん創薬・ケミカルバイ オロジーユニット」を創設

交流を深めながら、共同研究を推進しています。 「日本のがん研究のレベルは高い。しかし、その成 果を創薬に結びつけるという点で、海外の先進国と比

平尾教授らのプロジェクトでは、大学におけるが

較して立ち遅れています。私たちの研究活動が、基

んの基礎研究の成果を創薬研究につなげるための明

礎研究と創薬や新しい治療法を結びつける起爆剤に

確なシナリオを作成し、実行することを狙いとして

なってほしいと思っています」と、平尾教授は語って

います。そのために、創薬研究に必要な機器・設備

います。

の整備、創薬研究のノウハウを得るためのネットワー

25


﹁ 食 ﹂の 持 つ 機 能 性 を 利 用 し て

生活習慣病の予防・治療法を開発

﹁食﹂による生活習慣病予防医学の展開

︱神経免疫連関による代謝制御恒常性維持機構の応用︱

□ 政 策 課 題 解 決 型 研 究 プロ グ ラ ム

・研究メンバー 代表者

井上 啓

教 授(脳・肝インターフェースメディシン研究センター)

櫻井 武 教授(医学系)/尾崎 紀之 教授(医学系)/山本 靖彦 准教授(医学 系) /檜井 栄一 准教授(薬学系)/吉岡 和晃 助教(医学系)/太田 嗣人 准 教授(脳・肝インターフェースメディシン研究センター) /木戸 良明 教授(神戸 大学大学院保健学研究科)/松本 道宏 部長(国立国際医療研究センター研究所) /野原 恵子 室長(国立環境研究所)/杉浦 実 主任研究員(農業・食品産業技 術総合研究機構)/傅 正偉 教授(浙江工業大学生物・環境工程学院) /阿部 圭 一 Vice President(Cerebos Pacific Limited)/柴田 浩志 所長 ( サントリーウエ ルネス健康科学研究所) /廣塚 元彦 所長 ( 不二製油㈱フードサイエンス研究所) /藤井 健志 幹部職(カネカ学術・知財グループ)/相澤 宏一 課長(カゴメ株 式会社総合研究所)/高橋 二郎 部長(富士化学工業株式会社)/春日 雅人 総 長(国立国際医療研究センター) /阿部 啓子 教授(東京大学大学院農学生命科学 研究科)/宮澤 陽夫 教授(東北大学大学院農学研究科)

人間の体には、常に体内の環境を一定状態に保とう とするメカニズムが備わっています。これを恒常性 維持機構といいます。例えば、食事を摂り大量の栄 養素が吸収されても、血液中の糖分(血糖値)はほぼ 一定に保たれます。この恒常性維持のメカニズムは、 単一の臓器で完結するものではなく、複数の臓器が 連携することで運用されています。このような連携 を可能にするのが臓器間連関システムという、臓器 同士が代謝情報を伝え合うネットワークです。 体全体を1つの臓器として見ると、肝臓や脂肪、筋 肉、血管をはじめあらゆる臓器と神経細胞、免疫細胞、 内分泌細胞などを含めた臓器間連関システムによっ て相互作用し合うことで、健康という恒常性を維持 します。つまり、人間の体は何重もの恒常性維持機 構によって制御されているというわけです。

糖尿病をモデルにして 肝臓など主要臓器の解明を目指す 生体の健康を維持している臓器間連関システムに よる恒常性維持機構に異常が発生すると様々な疾病 を発症します。特に、生活習慣により引き起こされ る肥満などは、臓器間連関システム異常に伴い、エ ネルギー代謝に関連する糖尿病などの生活習慣病を 引き起こします。最近では、このような生活習慣病 が日本人の死因別死亡割合の約60%を占め、こうし た状況を危惧した日本政府が、科学・技術政策のな

脳・肝インターフェースメディシン研究センター

井上 啓 教授 26

かで生活習慣病予防・治療法の開発推進を提言しな ければならない程になっています。 私たちの研究プロジェクトでは、 「食」による生活習 慣病の予防をテーマに、産官学が連携し、新しい予防・ 治療法の開発を行うことを目的としています。研究の


土台となるのは、生活習慣病の病因と直結する、臓

の治療や予防に有効だといえます。私たちは「食」の

器間連関システムによる代謝制御恒常性維持のメカ

持つ機能性が、新たな生活習慣病予防・治療法のシー

ニズムの解明と応用です。特に、臓器間連携システ

ズ(種)だと考えています。

ムの中核に位置する肝臓に注目しています。肝臓は、

民間企業が素晴らしいのは、数万単位の食品成分

エネルギー代謝がもっとも活発な臓器であり、恒常性

を保有している点。「メカニズムは不明だが、○○に

に異常が発生すると、脂肪肝などの肝臓疾患だけでな

効くようだ」という食品成分を多数抱えています。そ

く、糖尿病や脂質代謝異常症など体全体の異常を引き

の中から効果や活性を示すものを、コンソーシアム

起こします。そこで、生活習慣病をモデルとして病態

全体で探し出すことに取り組んでいます。

の解明および生命維持の観点から肝臓の生理現象の

プロジェクトがスタートして約3年、企業との共同

解析と、食品メーカーとの共同研究を通じて予防ツー

研究をきっかけに2つの研究成果が得られています。

ルを探す2つのアプローチからプロジェクトに取り組

必須アミノ酸の1つであるヒスチジンが脳に作用し、

んでいます。端的に表現すれば「何を食べれば人は生

肝臓での糖代謝機能を改善させることを発見しまし

活習慣病の予防になるのか」 「 予防ツールとしての食

た。当初は「肝臓にいい作用を及ぼしているらしい」

品の機能を再評価」となります。

という話で持ち込まれたのですが、実は脳に働きか

実際に食品成分は様々な機能を持っており、体内

け脳からのシグナルにより肝臓での糖代謝を抑えて

に存在するアミノ酸などはあらゆる種類がサプリメ

いたことが分かりました。

ントとして製品化されています。一方で、食品成分

また、ミカンの色素に含まれるβクリプトキサン

の機能の有用性という観点では、まだまだ解明され

チンやアスタキサンチンが脂肪肝に対して効果が期

ていないことがたくさんあります。そこで私たちは、

待できることを解明しています。

食品科学分野や医薬学、環境学など様々な研究領域の

このように、私たちがターゲットにしているのは、

力を借り、民間企業(主には食品メーカー)との共同研

すでに市場に出ているか、その直前にある食品成分で

究を進めるためにコンソーシアムを結成し、プロジェ

す。どの臓器に作用しているのか、どんなメカニズム

クトを進めています。

なのか、どの細胞、どの代謝にいい作用を及ぼすの かを明らかにしていきます。食品成分の再評価(理論 づけ)を行うことで、私たちは生活習慣病に関わる臓

「食」の持つ機能性を研究シーズ(種)から 共同研究による成果を積み上げる

器の解明につなげ、企業は製品づくりに役立てます。 最終的には、こうした知見を踏まえ、人が摂取し 続けていくとどうなるかを研究していきます。私た

「食」に着目したのは、臓器間連関システムによる代

ちの研究プロジェクトを通し「エビデンスに基づく食

謝制御恒常性維持機構を破たんさせる生活習慣の1つ

(Evidence based functional dietetics)」による、金沢

が「食生活の悪化」だからです。裏を返せば「食」や「食

大学の生活習慣病予防の拠点化につなげていきたい

品成分」についてもっとよく知ることが、生活習慣病

と考えています。

27


脳の認知機能の解明を出発点に、

問題を抱えた人たちにも暮らしやすい社会をつくる

言語コミュニケーションと

その障害の認知脳科学拠点形成

□ 次 世 代 重 点 研 究 プロ グ ラ ム

・研究メンバー 代表者

小島 治幸 入江 浩司 堀田 優子 武居 渡 小林 宏明 荒木友希子 谷内 通 松川 順子 大瀧 幸子 阪上るり子 新田 哲夫 吉川 一義 竹内 義晴 柴田 正良 大井 学

教 授(人間社会研究域人間科学系)

教 授(人間社会研究域歴史言語文化学系) 准教授(人間社会研究域歴史言語文化学系) 准教授(人間社会研究域学校教育系) 准教授(人間社会研究域学校教育系) 准教授(人間社会研究域人間科学系) 准教授(人間社会研究域人間科学系) 教 授(人間社会研究域人間科学系) 教 授(人間社会研究域歴史言語文化学系) 教 授(人間社会研究域歴史言語文化学系) 教 授(人間社会研究域歴史言語文化学系) 教 授(人間社会研究域学校教育系) 教 授(人間社会研究域歴史言語文化学系) 教 授(人間社会研究域人間科学系) 教 授(人間社会研究域学校教育系)

脳機能の研究は、現在、現代科学の大きな潮流の1 つとなっています。特に、人間にとっての脳機能は、 私たちが日頃外界からの刺激に対し何かを感じ考え た結果行動を起こす――すべてに関わっています。人 間の脳機能を研究することは、人間の行動やこころの 仕組み、特徴を調べる研究と密接に関わっています。 こうした研究は、心理学や言語学、人類学、教育 学など複数の学問分野にまたがる領域に広がってお り、認知機能の解明に対し様々な角度から研究を行っ ています。また、人のこころに関する問題だけでなく、 発達障害や認知症といった脳神経の疾患や障害、脳 機能の機能不全といった側面からも研究が行われて います。研究が進むことで、治療法や対処法、社会 的な取り組みに役立つ知見が得られるものと期待さ れています。

言語コミュニケーションを切り口に こころの問題を解明する 私たちの研究プロジェクトのメンバー(認知科学研 究グループ)は「言語」や「コミュニケーション」の問題 を中心に、人間行動の仕組みとその障害に関する研究 を行っています。コミュニケーションの研究は、私 たちの日常生活の行動を理解する上で大変興味深い 問題であるばかりか、脳機能や発達障害とも大きな 関わりのある課題です。 例えば、私たちが日頃何気なく行っている言葉を

人間社会研究域人間科学系

小島 治幸 教授 28

使ったコミュニケーションは、様々な脳の働きが統合 された結果もたらされる高度で複雑な認知行動です。 このように複雑な言語コミュニケーションによる人 間行動を理解するためには、ひとつの学術面からで はなく、多方面からの多様な研究アプローチと研究


の融合が必要となります。

を持つ患者さんの行動データの収集と解析、②脳血

そこで、本研究プロジェクトでは、研究者ごとに

流の解析です。

点在している認知機能や認知行動に関する研究を結

前者では、人の意思疎通や意思伝達にとって必要十

ぶことで、今まで以上に社会に対し研究成果を還元

分な条件とは何か、言語処理や言語コミュニケーショ

していくことを目指しています。研究テーマの柱と

ンなど、人が生きるために最低限必要な基本的な脳

なるのは、多角的な視点からアプローチする脳機能

機能との関連を調べます。

の研究です。また、単に学術研究を進めるだけでなく、

後者では、脳の血流量を計測する光トポグラフィ装

言語コミュニケーションに障害を持つ方々をサポー

置や脳波計と、様々な脳機能画像法(fMRI、MEGなど)

トする組織(実践型の協力組織)づくりも目指してい

を用いて脳領域の機能や活動特性を調べています。特

ます。

定の言葉を聞いた時や会話している間に脳内の神経

最終目標として描いているのは、いろいろな問題

がどう反応しているかを計測する研究手法です。

を抱えた人たちを含め、より多くの人が暮らしやす

研究環境として金沢大学を見ると、言語特性や認

い社会をつくることです。

知過程の研究を行っている言語学分野の研究者が多 数在籍しています。発達教育分野では、多くの教育 者が発達障害などの研究に長年携わり、着実な業績

認知科学や言語学など様々な研究分野から 脳の活動にアプローチする

と社会貢献を行ってきた歴史があります。 たとえば、自閉症などの発達障害は、先天的な問 題であり、行動学的にはコミュニケーション学習に

個人と社会を結ぶ道具として言語や多彩なコミュ

関する障害とも考えられることが分かってきました。

ニケーション方法があり、それを認知する機能とし

本研究プロジェクトでは、こうした成果を1つずつ

て脳が存在しています。

積み上げ、人間行動の基本的行動の解明と社会的課

私たちの研究プロジェクトでは、メンバーそれぞ

題に挑戦し、コミュニケーション行動原理の解明や

れの研究成果を十分に生かしつつ、2つの手法で認知

発達障害の原因解明などを通じて、社会に対して大

機能の解明に取り組んでいます。①脳疾患や脳障害

きく貢献することを目指しています。

29


﹁環境﹂ ﹁ 健 康 ﹂の 先 端 技 術 で

アジアの未来に貢献する産業をつくる

グリーン・メディシナルイノベーションに向けた

異分野融合研究の推進

□ 次 世 代 重 点 研 究 プロ グ ラ ム

・研究メンバー 代表者

長谷川 浩

教 授(理工研究域物質化学系)

平 山(白土)明 子 准教授(医薬保健研究域薬学系) 児 玉 昭 雄 教 授(理工研究域機械工学系) 三 木 理 教 授(サステナブルエネルギー研究センター) 後 藤(中川)享 子 准教授(医薬保健研究域薬学系) 鳥 羽 陽 准教授(医薬保健研究域薬学系)

現在アジア地域は急速に成長しています。急激な産 業発展と人口増加に伴うエネルギー消費の拡大は、今 後の環境問題や衛生環境の悪化を予見させる一方で、 私たちは日本の“環境問題や感染症などに関する対策 や技術”という経験値を生かせるのではと考えました。 これからアジア各国が経験する環境問題や健康・医 療問題に対する解決法を、今から準備をして産業化 するのがこの研究プロジェクトの狙いです。国際貢 献型の技術開発プロジェクトと位置付けています。 私たちの研究プロジェクトでは、次世代の成長産 業として「環境と健康」に関わる先端技術を中心とし た新しい産業戦略「グリーン・メディシナルイノベー ション」を提唱しています。 健康的な生活を営むための環境を整える技術―― たとえば理工学と医薬生命科学、環境学を融合する ような技術開発です。それぞれの学問の垣根を取り 払い、連携し、補完し合うことで、国際貢献につな がる新たな産業を生み出す試みを進めていきます。

沿岸海域の環境を改善する 「海の森づくり」 「デシカント空調機」 具体的な取り組みのひとつとして、医薬学と工学 の産学連携プロジェクト「海の森づくり」の実用化研 究を展開しています。 海中に藻類の森を作りだすことで自然サイクルを 活性化し、環境を修復することを目指す研究です。研

理工研究域物質化学系

長谷川 浩 教授 30

究のフィールドは比較的水深の浅い沿岸海域。藻類 を活性化する方法として、微量の鉄化学種などを利 用します。海中の藻に注目したのは、大気中の二酸 化炭素を効率的に取り込み固定化(吸収しエネルギー に変える)することができるから。藻類の森には豊か


な海洋生態系が育まれ、沿岸海域の新しい環境改善・

内の汚染化学物質が生体に与える医学的なリスク評

保全技術として期待されます。

価をはじめ、環境中の極めて微量な化学物質の分析、

海は生命の母――という言葉にあるように、藻類

環境への拡散、検証手法の確立など、総合的環境浄

の森がその海域の環境を改善する過程で、海から新

化技術の確立を目指しています。

しい医薬品や我々の健康増進に役立つサプリメント、 さらには生体機能を解き明かす鍵となる化合物が生 み出される可能性も広がります。 「海の森づくり」研究 では、大型実験施設や海域環境シミュレーション設 備を活用し、試験区域の藻類の育成状況や化学物質、

アジア諸国を中心に 世界各国の大学と連携

生物由来物質などの環境や健康への影響を調べてい

本プログラムの将来像は、科学技術や医薬生命科

きます。

学の進歩から単純に発想される「物質的な豊かさ」の

これと並行して取り組んでいるのが、大気環境の改

みを目指すものではありません。社会学、哲学、法学、

善です。乾燥剤や除湿剤を利用して、室内外の大気

文化人類学などの人文・社会学領域との文理融合を視

汚染物質を同時に脱着排気する「デシカント空調機」

野に入れて、人類が共有すべき「真の豊かさ」を価値観

の開発を進めています。日本の経験値として生かせ

や社会制度の点からも追究し、持続可能な環境モデ

るのが、光化学スモッグや黄砂などへの対処法。こ

ルを創出する総合的生存基盤研究を行っていきます。

うした知見をもとにした技術を、アジア各国の未来

そのために国外に向けた取り組みとして、中国、韓

のために準備し、将来的には成長産業として育てて

国、タイ、ベトナム、バングラデシュなどアジア諸

いこうと考えています。

国の大学と共同研究を進めながら、アメリカ、オー

また、本プログラムの特徴は、ものづくりの観点だ

ストラリアなど欧米の研究拠点との連携を深めてい

けではなく、環境分析や医学的なリスク評価という

きます。

観点からもアプローチを行う点です。たとえば、室

31


人工高分子のらせん構造をデザインして

生体高分子のように高度な機能を持たせる

革新的キラルマテリアルの創製を目指した

キラルナノテクノロジーの研究拠点形成

□ 次 世 代 重 点 研 究 プロ グ ラ ム

・研究メンバー 代表者

前田 勝浩 生越 友樹 太田 明雄 井改 知幸 桒原 貴之

准教授(理工研究域物質化学系)

准教授(理工研究域物質化学系) 准教授(理工研究域物質化学系) 助 教(理工研究域物質化学系) 助 教(理工研究域物質化学系)

「キラリティー」という言葉をご存知でしょうか。キ ラリティーは、ギリシャ語で「掌」を意味します。例え ば、右手と左手は互いに鏡像でありながら、重ね合 せることはできません。左手の甲の上に右手の掌を 重ね合わせると形が一致しないことがお分かりです か?化学では、このような性質の分子構造を「キラル」 「キラリティーがある」と呼びます。 自然界に存在する有機化合物の多くはキラル分子 で、高度な機能を担っています。遺伝子情報を担う DNA(デオキシリボ核酸)やタンパク質のような生体 高分子は、規則正しいらせん構造を形成しています。 らせん構造には右巻きと左巻きがあり、互いに重ね合 わない「キラル」な関係です。この関係を利用すると、 キラル分子ではない分子に対して、人工的ならせん 構造を形成して付加することでキラルな分子を作る ことが可能になります。

生命維持の機能を有する 生体高分子のらせん構造 DNAのような生体高分子は、右巻きの一方向巻き らせん構造を形成し、生命維持に不可欠な高度な機能 を担っています。一方向巻きらせん構造に由来する 機能には、キラル物質の右手体と左手体を識別する 「分子認識機能」、右手体と左手体を作り分ける「触媒 機能」、自己複製、自己増殖および情報伝達を司る「情 報機能」があり、これらの機能が生命維持に重要な役

理工研究域物質化学系

前田 勝浩 准教授 32

割を果たしているのです。 一方、身のまわりにあるプラスチックのような、化 石資源から人工的に合成された汎用高分子は、一般 的に糸まり状のランダムな構造をしています。こう した汎用高分子に生体高分子のような一方向巻きの


らせん構造を付与する「人工らせん高分子」の研究に

確立した研究者の一人です。この研究は『ネイチャー』

取り組んでいるのが、前田勝浩准教授らの研究グルー

で紹介され、国内外の研究者から注目を集めました。

プです。

こうした前田准教授たちの研究によって、現在では、

「汎用高分子に一方向巻きらせん構造を与えること

人工らせん高分子の巻き方向を自在に操れるように

で、生体高分子のもつ高度な機能を発現させようとい

なっています。

うのが研究テーマです。すでに先達の研究者が一方向

前田准教授らの研究グループは、こうした技法を駆

巻きらせん構造を有する人工高分子の合成に成功し

使して、人工高分子のらせん構造のデザインや構築

ています。私たちはこれを発展させて、人工らせん

を行い、機能性分子材料の可能性を探索しています。

高分子に様々な機能を発現させる研究に取り組んで

そのために、化石資源やバイオマスから人工高分子や

います。既存の材料の性質をはるかに凌ぐ機能をもっ

超分子を合成し、その反応、構造、機能、物性など様々

た、革新的なキラルマテリアルを創製することを目指

な側面から総合的な研究を展開。着実に成果を積み

しています」と前田准教授は、研究の目的を語ります。

重ねています。 「目標を達成するためには、化学を基盤としながら も専門の異なる研究者の協力が必要です。私たちは気

異分野融合の若手研究者が 多彩な側面から研究を展開

鋭の若手研究者からなる異分野融合の研究グループ を組織し、互いの専門知識や技術を生かすだけでな く、それらを共有・融合し、革新的なキラルマテリ

溶液中でらせん構造の右巻きと左巻きが自由に入

アルの創製のために多面的な研究を実施しています。

れ替わる「動的らせん高分子」は、前田准教授の専門

私たちの研究は、機能性材料、生体適合性材料、医薬

分野のひとつ。動的らせん高分子のらせん構造は、

品、高感度センサー、電子デバイスなどの開発につな

様々な刺激で反転し、未知の機能を発現します。前

がることと期待されます。次世代の日本の科学技術・

田准教授は、このような揺れ動く性質のある動的ら

産業を支えるキラルナノテクノロジーを確立したい

せん高分子の巻き方向を一方向に固定化する方法を

と考えています」

33


里山の未利用バイオマスを用いた

グリーンイノベーションの構築

里山グリーンイノベーションを目指した

研究拠点形成とグローバル人材育成

□ 次 世 代 重 点 研 究 プロ グ ラ ム

・研究メンバー 代表者

高橋 憲司 仁宮 一章 田岡 東 前田 勝浩 生越 友樹 井改 知幸 田中 康規 石島 達夫 本多 了 榎本 啓士 山本 茂 川西 琢也 前田 隆 大友 信秀

教 授(理工研究域自然システム学系)

助 教(環日本海域環境研究センター) 助 教(理工研究域自然システム学系) 准教授(理工研究域物質化学系) 准教授(理工研究域物質化学系) 助 教(理工研究域物質化学系) 教 授(理工研究域電子情報学系) 准教授(サステナブルエネルギー研究センター) 助 教(サステナブルエネルギー研究センター) 准教授(理工研究域機械工学系) 教 授(理工研究域電子情報学系) 准教授(理工研究域自然システム学系) 教 授(人間社会研究域経済学経営学系) 教 授(人間社会研究域法学系)

国内資源に乏しい日本は、海外から多くの物資を 輸入しています。特に、石油など化石燃料について は世界屈指の輸入大国です。ところが地球規模で見 ると、化石燃料はいずれ枯渇すると考えられていま す。これからの時代、化石燃料に代わるエネルギー源・ 化学資源が必要になります。 2011年に発生した東日本大震災をきっかけに、新 しいエネルギーとして太陽光発電や風力発電といっ た“再生可能エネルギー”に注目が集まっています。私 たちの研究プロジェクトでは、植物から生まれた生 物資源「バイオマス(Biomass)」に着目しています。

未利用バイオマスで 化石燃料依存から脱却する 生物資源バイオマスは、化石燃料とは異なり、枯 渇する可能性が低いのが特徴です。また、エネルギー として利用する際に排出される二酸化炭素は、生物資 源バイオマスが成長過程で吸収した二酸化炭素と同 じもの。つまり二酸化炭素の動きに注目すると、生物 資源バイオマスは二酸化炭素を増加させることのな いカーボンニュートラルなエネルギー源となります。 現在、バイオマス燃料(バイオエタノールやバイオ ディーゼルなど)として一般に知られているものは、 サトウキビ、トウモロコシ、イモ類などを原料にして います。ところが、これらの植物は人間や家畜の食料 です。バイオマス燃料として利用量が増えたことで、

理工研究域自然システム学系

高橋 憲司 教授 34

トウモロコシなど価格が高騰し、間接的に食肉の価 格をも引き上げています。 私たちが着目する稲藁(いなわら)、竹、間伐材と いった非食用の材料で作る未利用バイオマスなら、食 料品の価格上昇の問題は回避できます。より環境に


負担をかけず循環型社会を構築する可能性を持った

学製品の原料を作ることができます。化学製品を燃

未利用バイオマスは第2世代のバイオマスと呼ばれて

焼する際に発生する二酸化炭素は、植物に吸収され

います。

新たな未利用バイオマス原料の成長に利用されます。 そして、リグニン由来物質を精製してできるナフサ は、バイオプラスチックの原料となります。

資源循環型社会を目指す 里山バイオマスリファイナリー

もちろん、石油で製造されている全ての物をバイオ マス由来の製品に置き換えることはできません。し かし、20〜30%でもバイオマス由来の製品に置き換

私たちの研究プロジェクトは、金沢大学のある石

えることができれば、化石燃料への依存度を減らす

川県能登半島の豊かな自然を活用した「里山バイオマ

ことができるはずです。

スリファイナリー」の形成を目指しています。豊かな

里山バイオマスリファイナリーを実現させるため

自然とは“循環型の環境”を意味しています。里山には

には、数多くの分野が連携し、各分野の知識やアイ

未利用バイオマスの原料があふれていますので、研

ディアをまとめていく必要があります。例えば……生

究に適した環境といえます。

物化学工学、高分子化学、反応工学、プロセス制御

里山で集めた未利用バイオマスの原料から、陽イオ

工学、燃焼工学、環境工学、経済学、法学など。現在、

ンと陰イオンのみからなる100℃以下でも液状の物質

文理融合した行動派グループを構築し、里山バイオ

である「イオン液体」によってリグニンを抽出します。

マスリファイナリーの実現に向けて研究を進めてい

リグニンからは、ベンゼンなどの原油成分と同等の芳

ます。

香族系化合物を生成でき、熱源として利用できます。

同時に、人材育成にも力を入れています。化石燃料

リグニンを抽出した後に残るセルロースからは、エ

に依存する現代社会の危険性を知り、バイオマスが

タノールや化学製品を生成できます。セルロースを

作る循環型社会に夢を託す学生を育てることも、研

糖化させることで生成できるグルコースからは、化

究プロジェクトの大きな目的の1つです。

35


ナノの世界で物質輸送の役割を担う

核膜孔複合体のダイナミクスを理解する

革新的細胞核機能制御を目指す

分子輸送機構の解明

□ 次 世 代 重 点 研 究 プロ グ ラ ム

・研究メンバー 代表者

Richard Wong

教 授(理工研究域自然システム学系)

安 藤 敏 夫 教 授(理工研究域数物科学系) 源 利 成 教 授(がん進展制御研究所) 白 川 昌 宏 教 授(京都大学) 杤 尾 豪 人 准教授(京都大学) 中 村 卓 郎 部 長(癌研究会) 廣 川 信 隆 特任教授(東京大学) Günter Blobel 教 授(Rockefeller University) 陳 建 国 教 授(北京大学) Andre Hoelz 准教授(California Institute of Technology) 船 坂 龍 善 研究員(理工研究域自然システム学系) 橋 爪 智 恵 子 研究員(理工研究域自然システム学系)

真核細胞の細胞質中にある細胞核は核膜で覆われ ています。この核膜には、直径が約40ナノメートル ほどの多数の孔が開いています。この孔は筒状の構造 をしたたんぱく質からできており、核膜孔複合体と 呼ばれています。核膜孔複合体の役割は、核と細胞 質間の物質の輸送を制御することです。例えば、こ の孔より大きな直径5ナノメートル以上のたんぱく質 などは自由に通過できず、通過するには他の通過能 力のあるたんぱく質と結合する必要があるのです。 このような物質の輸送に異常が発生することで、が ん、発育欠陥などの疾患をもたらすことが報告されて います。核膜孔複合体は、約30種類のヌクレオポリ ン(核膜孔複合体因子)というたんぱく質で構成され ており、そのいくつかの機能は解明されていますが、 全体のメカニズムは解明されていません。核膜孔複 合体のダイナミクスを明らかにすることは、将来の 臨床応用も視野に入れた新たな知見になると期待さ れているのです。

ヌクレオポリンの解析で 細胞分裂期での新規機能を発見 Richard Wong教授は、「核膜孔複合体のダイナミク ス解析」を研究テーマとして、核膜孔複合体の役割や 機能の解明に取り組んでいます。 「細胞内の物質輸送は、物質を正確に分配し輸送す るために精密に制御されています。この物質輸送に

理工研究域自然システム学系

Richard Wong 教授 36

異常が起こると、がんなどの様々な疾患をもたらし ます。細胞分裂期には、核膜孔複合体は個々のヌク レオポリンに分離し、何らかの新規機能を発揮する と考えられており、一方、細胞分裂期における異常 が、がんなどの疾患を引き起こすことが明らかとなっ


ています。」とWong教授は説明します。

核膜孔複合体タンパク質をナノスケールで観察して

これまでにWong教授らは、約30種類あるヌクレオ

います。細胞レベルでは、共焦点レーザー顕微鏡に

ポリンのそれぞれの機能について解析を行い、そのう

よる高解像度ライブイメージングによって、視覚的

ちいくつかのヌクレオポリンの機能を解明しました。

な画像解析を進めています。個体レベルでは、ヌク

例えば、ヌクレオポリンは、細胞分裂期に正確な染

レオポリンを発現するトランスジェニックマウスを

色体分離が行われるよう制御していることなどを発

使った実験を行っています。

見しています。現在は、この新規機能をさらに詳し

Wong教授らの研究の特色は、医学や薬学分野との

く調べていくとともに、残りのヌクレオポリンの機

研究者と共同で研究を進めていることです。特に、ヌ

能の解明を目指しています。

クレオポリンとがんとの関係の研究には注力してお り、学内外の医学系や薬学系の研究室、また研究機 関との共同研究を積極的に推進しています。 「最終目標は、核膜孔複合体を再構築すること。自

医学や薬学を視野に入れ 共同研究を積極的に推進

分たちの手で核膜孔複合体をつくりたいですね。ま た、医学系・薬学系との共同研究をさらに推進し、私

Wong教授の研究グループは、これまでの研究で得

たちの研究成果を医療に役立てたいと考えています。

た成果をさらに詳細に解明するため、原子、分子、細

核膜孔複合体の解明は、様々な疾患に対する制御薬

胞、個体レベルそれぞれの階層で解析を行い、核膜

剤・医薬リード化合物の探索・開発や、ナノテクノ

孔複合体ダイナミクスの総合的な理解を目指してい

ロジーを用いて薬物の細胞核内への移行を制御する

ます。

ドラッグデリバリーシステムを構築する際において

原子・分子レベルの解析では、X線結晶構造解析や

も重要な鍵となると確信しています」と、Wong教授

NMR (核磁気共鳴)法、また原子間力顕微鏡を用いて、

は語っています。

・様々な疾患に対する制御薬剤、医 薬リード化合物の探索 ・細胞核内への移行を制御するドラッ グデリバリーシステムの構築など

37


︶の 推 進 Evidence Based Medicine

1人ひとりに最適な医療を提供する

個 別 化 E B M︵

薬物動態・個体差要因可視化による

個別化EBM ︵ Evidence Based Medicine ︶ の推進

□ 次 世 代 重 点 研 究 プロ グ ラ ム

・研究メンバー 代表者

絹谷 清剛 中西 猛夫 川井 恵一 田中 志信 柴 和弘

教 授(医薬保健研究域医学系)

准教授(医薬保健研究域薬学系) 教 授(医薬保健研究域保健学系) 教 授(理工研究域機械工学系) 教 授(学際科学実験センター)

医薬品を用いた治療は、病名に対して画一的な治療 が行われていた時代から、個々の症例における遺伝子 情報にあわせた個別化医療(Personalized medicine) へと変わってきました。医療現場において、こうし た治療の最適化は今後ますます患者さん1人ひとりに 合わせた形へと進化していきます。 一方では、遺伝子情報のみに基づいた個別化医療 は、患者に投与された薬物の体内での分布や挙動を把 握しないままに行われているため、効果が不十分で あったり、予想外の副作用が出たりする可能性が残っ ており、まだまだ完全なものとは言えないのが現状 です。

医学・薬学・保健学、理工学などとの 連携で、「個別化 EBM」の実現を目指す 私たちの研究プロジェクトでは、現状の個別化医療 をヒントにして、さらなる最適化を得ることを目標と しています。つまり、選択した薬物の体内での動き(薬 物動態)を治療前に把握・解析し、不適切な部分を適 正化することを考えています。私たちは、そのよう な治療方法を「“個々の患者における証拠”に基づく最 適な医療(Personalized evidence based medicine:個 別化EBM)」と名付けました。 特徴は3つ。①投与された薬の体内での分布を体の 外から時間経過とともに観察すること。このために、 薬の体内での動きを可視化する技術を開発します。体

医薬保健研究域医学系

絹谷 清剛 教授 38

の外から可視化する技術としては、放射性アイソトー プ(放射線を出す原子)を用いることが考えられます。 その他、体内のある部分の細部を可視化するために は、光を用いるイメージングや、血管内視鏡なども 使えるでしょう。つまり、体の中の状態を見て、そ


れを解析することができれば、可視化の方法を限定

ちのプロジェクトでは、この治療モデルを広く一般

する必要はありません。

薬にまで応用することを考えています。

②可視化によって、薬が病巣に集積しているかを 治療前に検証すること。正常細胞とがん細胞の比較 を行い、がん発生後に発現する特有の分子をターゲッ トとして決定します。可視化によって、病巣への薬の 集積が十分ではないと判断されれば、得られた情報を

診断と治療を同時に行いながら 体に負担をかけずに経過を観察する

解析してその原因を探り、病巣に効果的に薬を届ける

こうした技術の開発を通じて個別化EBMを実現し、

技術の開発に繋げたり、薬の変更を行ったりします。

社会に普及させるのが、本研究プロジェクトの目的

このような可視化アプローチにより副作用の予測も

です。

可能になり、それを避ける方策をとることができる

個別化EBMのメリットは、治療効果の最大化に加

ようになります。

え、副作用を最小化することです。その結果、患者

③治療方針を決め、治療中も常に確認しながら進め

さんの利益を治癒や痛みを取るなど状況に合わせて

ること。ここで活躍するのが、投与した放射性トレー

最大限実現することができます。患者さん1人ひとり

サーを観察するPET(Positron Emission Tomography:

に最適化した医療を、最短コースで提供することが

陽 電 子 放 出 断 層 撮 影 )やSPECT(Single Photon Emis-

この治療法の特徴です。また、副作用に対する医療

sion Computed Tomography:シングルフォトン放出

を省くことができるため、社会全体の医療費削減に

断層撮影)です。

もつながることが期待されます。

PETやSPECTは、放射性薬剤を体内に取り込ませ、

私たちの研究プロジェクトでは、こうした新しい医

患部で放出される放射線を特殊なカメラでとらえて

療の形を実現するために、医学・薬学・保健学・理工

画像化します。その後、より効果の期待できる医薬品

学の知識、技術を統合した幅広い連携での研究を推進

を選び、投与後の薬の効き具合を観察しながら、患

していきます。最終的には、金沢大学に個別化EBMの

者さんに最適な条件のもとに投与するというサイク

拠点を形成するとともに、個別化EBMをキーワードと

ルで治療を行います。

した広い知識を持った人材の育成を目指しています。

この治療のモデルとしてイメージしやすいのは、放

また、その過程で新たな教育・研究分野の創出に向

射性医薬品を用いた放射線内用療法でしょう。私た

けた基盤づくりを行っていきます。

39


全身の生体ネットワーク機構を解明し

超高齢化社会の先端医療・予防医学を確立

健康長寿社会に向けた

の創成 Comprehensive Medicine in Humans

□ 次 世 代 重 点 研 究 プロ グ ラ ム

・研究メンバー 代表者

和田 隆志 山本 博 金子 周一 太田 哲生 谷内江昭宏 多久和 陽 浅野 雅秀

教 授(医薬保健研究域医学系)

教 授(医薬保健研究域医学系) 教 授(医薬保健研究域医学系) 教 授(医薬保健研究域医学系) 教 授(医薬保健研究域医学系) 教 授(医薬保健研究域医学系) 教 授(学際科学実験センター)

日本はいまや、高齢化社会のさらに先をいく「超高 齢化社会」に突入しています。現在、国内の高齢者(65 歳以上)人口は約3000万人に達しており、2030年代に は国民全体の約3分の1が高齢者になると予測されて いるほどです。 超高齢化社会が直面する課題として、生活習慣病の 増加が挙げられます。糖尿病、がん、脳・心血管系疾患、 腎・肝疾患に、国民の多くが罹患してしまうことが 予想されるのです。そのため、従来の発想や視点を 超えた医療の実践が求められています。 この課題に挑むのが和田隆志教授らの研究プロ ジェクトです。ヒトの身体をひとつのシステムとして とらえ、健康状態や病気を包括的に理解することを目 指す学問分野、 「生体ネットワーク学, Comprehensive Medicine in Humans」の創成を目指す研究を進めてい ます。

臓器ごと、疾患ごとではなく 包括的な全身医療を目指す 和田教授は腎臓内科学を専門としています。腎臓 は、体内の環境を調節し、全身の臓器と密接なネッ トワークを持つ重要な臓器です。例えば、腎臓病が 進むと心臓の疾病も併発するなど、病態に大きな影 響を与える心臓と腎臓の連関(心腎連関)が存在する ことが知られています。このように、生体内の各臓 器は独立した機能を担うだけでなく、互いに連関し

医薬保健研究域医学系

和田 隆志 教授 40

て生体の適応をつかさどっています。 しかし、どの臓器がどの臓器と連関し、どのよう な影響を及ぼしあっているのかなど、生体のメカニ ズムには未解明な部分が数多く残されています。和 田教授は研究の意義を次のように語ります。


「生体では、心腎連関のように二つの臓器が連関し

関係するものではありません。お互いの臓器が助け合

ているだけでなく、肝臓、心臓など様々な臓器が連

うようなメカニズムも働いているはずです。例えば、

関し合ってネットワークを形成していると考えられ

障害臓器が自己回復しようとするのを、他の臓器が

ます。その全身の生体ネットワークを解明できれば、

手伝うといったメカニズムです。そういった良い連

これまでの医学や医療が大きく変わるでしょう。例え

関のメカニズムが解明できれば、治療や創薬にも役

ば、何らかの疾患に対してひとつの臓器を診察する

立つはずです」

だけでなく、連関する臓器も診ていくといった、包

生体ネットワークを理解することは、生体バランス

括的な全身医療に変わるはずです」

のメカニズムを知ることにもつながります。生体バラ ンスの変化は、生活習慣や栄養、環境などの変化に 伴うものです。和田教授らの研究は、治療だけでなく、

予防意識の改善に貢献し 超高齢化社会の健康長寿を実現

生活習慣・栄養・環境といった予防意識の改善にも貢 献することになります。特に、超高齢化社会に関連が 深い糖尿病、がん、脳・心血管系疾患、腎・肝疾患には、

生体ネットワークを解明するには、幅広い医学の

予防医学の重要性が強調されています。超高齢化社

専門分野を結集する必要があります。この研究プロ

会における健康長寿の実現のためにも、研究の進展

ジェクトには、和田教授のほか、糖尿病、肝・胆・膵、

が待たれるところです。

免疫学、血管、動物学の研究者が参加。それぞれが

「 私 た ち が 構 想 し た『Comprehensive Medicine In

協力し合いながら、生体ネットワークという視点か

Humans』を積極的に展開して、これからさらに進む

ら各臓器間の連関メカニズムの解明に取り組みます。

超高齢化社会に対しての先端医療・先端予防医学の確

「臓器間の連関は病気が悪化するような作用にだけ

立を目指していきます」と、和田教授は語っています。

41


アジア地域の大気を観測して

環境問題の解決に貢献する

大気汚染の健康影響評価のための

国際研究拠点の形成

□ 次 世 代 重 点 研 究 プロ グ ラ ム

・研究メンバー 代表者

鳥羽 陽

准教授(医薬保健研究域薬学系)

古 内 正 美 教 授(理工研究域環境デザイン学系) 松 木 篤 准教授(環日本海域環境研究センター) 亀 田 貴 之 助 教(医薬保健研究域薬学系) 畑 光 彦 助 教(理工研究域環境デザイン学系) 平 山(白土)明 子 准教授(医薬保健研究域薬学系) 早 川 和 一 教 授(医薬保健研究域薬学系)

アジア地域の環境問題として大気汚染が指摘され ています。大気汚染は、肺がんや気管支ぜんそく、ア トピー性皮膚炎、花粉症といった様々なアレルギー 疾患の要因の一つと考えられています。例えば、化 石燃料の燃焼によって生じる粉じんの多くは、粒径2.5 マイクロメートル以下(PM2.5)。PM2.5は、毛髪の太 さの約30分の1程度と非常に小さく、人体の肺の奥ま で入り込んで健康に大きな影響をおよぼすと考えら れています。さらに粒径50ナノメートル以下のナノ 粒子は肺の最深部まで容易に達して、循環器系に移 行すると推定され、さらに強い毒性を発現する可能 性があります。 こうした大気汚染の人体への健康影響を評価し、環 境問題の解決に取り組んでいるのが、鳥羽陽准教授 らが進めている研究プロジェクトです。

アジア全域を視野に入れた 国際的な共同研究体制を構築 鳥羽准教授は大気汚染について、次のように指摘 します。 「アジア地域では、中国、インドなど急速に経済が発 展している国が多数あります。これらの国では石炭 などの化石燃料が多く使われており、その地域の大 気汚染につながっています。さらに、化学物質が吸 着した黄砂の飛来に代表されるように、大気汚染は 国境を越えて被害を及ぼします。各国が独自に解決

医薬保健研究域薬学系

鳥羽 陽 准教授 42

できる問題ではなくなっているのです」 問題の解決には、アジア全域を視野に入れて実態 を把握する必要があります。そこで重要となるのが、 アジア各国の研究機関とのネットワーク作りです。鳥 羽准教授の研究グループは、各国の研究機関に呼び


かけ、その連携を深めながら大気汚染問題の解決や

による室内空気汚染が深刻となっていることを実証

人体への健康影響評価などに取り組んでいます。

しています」

国際的なネットワークとして、すでに中国、韓国、

このような研究を進めていくためには、ナノ粒子や

ベトナム、タイ、カンボジアと、ロシア(ウラジオス

PM2.5を含む粉じんのサンプリング技術、汚染物質の

トック)の研究機関と共同研究体制を構築。これらの

人体への曝露量評価や毒性評価技術が必要です。こ

大学間交流協定校を含む多くの研究機関と緻密な交

れらの技術を、より容易に、確実に実行するために、

流を図りながら、それぞれの国に出向いて共同研究を

鳥羽准教授のグループでは新しい機器や装置の開発

進めています。具体的には、化石燃料の燃焼、特に自

にも取り組んでいます。

動車排ガスの燃焼によって生じる粉じん(PM2.5)を主

古内正美教授(理工研究域環境デザイン学系)は、ナ

な対象として、粉じんの捕集と分析、曝露量や毒性

ノ粒子を捕集する装置「ナノ粒子サンプラー」の開発

の測定を行い、各国の大気汚染の地域特性や地域住

と小型化に世界で初めて成功。現在、アジア各国で試

民への健康影響などを実証的に明らかにしています。

験運用を始めています。また、鳥羽准教授は、従来の 技術では困難であったディーゼル車排ガスの個人の 吸収量を採尿だけで測定できるバイオマーカー分析

世界初のナノ粒子サンプラーと 尿による汚染物質分析装置を開発

技術の開発にも成功しました。現在、実際の測定結 果を検証し、その有用性を証明しているところです。 「発展途上国などでの大気汚染は今後も増大すると

鳥羽准教授は中国との共同研究で粉じんの調査を

予想されることから、若手研究者の育成にも力を入れ

実施しました。

ています。各国での共同研究には学生も積極的に参

「例えば、中国では工場や暖房で使用される石炭の

加させて人的交流を深めることで、アジア諸国と連

燃焼による粉じんの増加で大気汚染が進行しており、

携できる環境リーダーの育成も目指しています。こ

人体の健康にも影響を及ぼす可能性があることを数

れからも新たな交流協定校の開拓に力を入れていき

値データで明らかにしました。また、東南アジアの

たいですね」と、鳥羽准教授は語っています。

農村では、換気設備のない室内での薪や木炭の燃焼

43


大学発のシーズを創薬につなぐ

研究開発の連携と創薬人材の育成

アカデミアがん創薬拠点形成のための

人材と知の集約・循環プログラム

□ 次 世 代 重 点 研 究 プロ グ ラ ム

・研究メンバー 代表者

松本 邦夫 平尾 敦 源 利成 鈴木 健之 玉井 郁己 加藤 将夫 千木 昌人 前田 勝浩 宇梶 裕 添田 貴宏 佐藤 賢二

教 授(がん進展制御研究所)

教 授(がん進展制御研究所) 教 授(がん進展制御研究所) 教 授(がん進展制御研究所) 教 授(医薬保健研究域薬学系) 教 授(医薬保健研究域薬学系) 教 授(理工研究域物質化学系) 准教授(理工研究域物質化学系) 教 授(理工研究域物質化学系) 助 教(理工研究域物質化学系) 教 授(理工研究域電子情報学系)

現在、新薬として登場する医薬品のうち半数以上 は、その発見のルーツをたどるとアカデミアであ り、欧米の創薬ベンチャーによる開発品に至ります。 欧米では基礎研究を創薬につなげるために創薬ベン チャーが大きな役割を担っています。大学発の基礎 研究の成果に基づいて、研究者自らが創薬ベンチャー を起業することも多くあります。初期臨床治験を創 薬ベンチャーが主導し、医薬品候補の安全性や効果 が認められてはじめて、大手医薬メーカーは医薬品 としての開発を進めます。 一方、国内では大学での基礎研究は活発ではあるも のの、創薬への関心が低く、創薬ベンチャーも育ち 難い状況です。このような現状に対して、大学初の 創薬シーズを医薬品候補とするための研究を加速し、 製薬企業との橋渡しをするためのプラットホームの 構築が国策として急速に進められています。 「国内の大学では創薬を見据えた研究がなされてい ないこと、研究者間の連携が乏しいことなどもが日本 発医薬品が育たない要因と考えています。こうした 傾向を払拭し、研究者が創薬シーズを自分たちの手 で育てていく仕組みづくりをしようというのが、私 たちのプロジェクトです」と、松本教授は語ります。

がんの転移や薬剤耐性に関する 高い研究実績と豊富な創薬シーズ 金沢大学がん進展制御研究所は、2010( 平成22)年

がん進展制御研究所

松本 邦夫 教授 44

度、がん転移・薬剤耐性にかかわる先導的共同研究 拠点として、文部科学省から共同利用・共同研究拠 点の認定を受けました。がんの転移・薬剤耐性に関 わる優れた研究成果を挙げるとともに、がんの転移・ 薬剤耐性の克服につながる創薬シーズを豊富に有し


ています。 松本教授らの研究を例に挙げると、HGF(肝細胞増 殖因子)に対する阻害剤開発です。HGFががん細胞に

「社会の役に立ちたい」と願う 創薬の志をもつ人材を育てる

作用すると細胞の動きが活発になり、がん転移が促

がん進展制御研究所では平成24年度からがん創薬

されます。HGFの作用を阻害することは転移を阻止す

ユニットを設置し、スクリーニング機器などを配置す

ることにつながります。また、肺がんに対する医薬「イ

ることによって、創薬シーズの探索を加速する準備を

レッサ」が使用されて1〜2年以上経過すると、肺がん

整えました。それから基礎研究を創薬につなげるた

はイレッサに対する耐性を獲得し、薬剤の効果がなく

めには、創薬シーズの高機能化が大切です。このため、

なります。その仕組みの一つが、HGFが肺がん細胞に

理工研究領域や医薬保健研究領域(薬学系)の研究者

作用するとイレッサ存在下でもがん細胞が生存して

と連携して研究を進めています。創薬につながる基

しまうことです。この成果は、がん進展制御研究所の

礎研究と異分野の技術を組み合わせ、化合物の活性

矢野聖二教授によって発見されました。したがって、

化向上や薬効解析などを加速します。

HGFを阻害することはイレッサ耐性の克服にもつなが

また、人材育成のため、合同セミナーやシンポジ

ります。松本教授らは計算科学、化学合成、結晶構

ウムを開催して、若手研究者や学生の創薬に対する

造解析といった、専門の異なる研究者とチームを作っ

意識向上を図っています。

てHGF阻害剤の創製を進めています。創薬につなげる

「人材育成で何より大切なことは、『社会の役に立

研究者の連携と人材育成がプロジェクトの目的です。

ちたい』 『人の命を救いたい』と強く思う気持ちを芽生

このプロジェクトには「がんや難病に苦しむ人を救い

えさせること。創薬の志ともいえる思いを持つ人材

たい」という松本教授らの熱い思いが反映されてい

を育てることに力を注いでいます。」と松本教授が語

ます。

るように、金沢大学発の創薬シーズや創薬人材が社 会に出て活躍することが30年先、50年先の金沢大学 を支えることにつながるでしょう。

45


画像診断装置の開発による早期診断で

﹁ 幼 児 に 優 し い ﹂脳 機 能 検 査 を 実 現

広汎性発達障害の

早期診断支援システムの開発

□ 次 世 代 重 点 研 究 プロ グ ラ ム

・研究メンバー 代表者

菊知 充 東田 陽博 小島 治幸 大井 学 三邉 義雄 棟居 俊夫 横山 茂 柴田 正良 東田 知陽 三浦 優生

特任准教授(子どものこころの発達研究センター)

特任教授(子どものこころの発達研究センター) 教 授(人間社会研究域人間科学系) 教 授(人間社会研究域学校教育系) 教 授(医薬保健研究域医学系) 特任教授(子どものこころの発達研究センター) 特任准教授(子どものこころの発達研究センター) 教 授(人間社会研究域人間科学系) 協力研究員(医薬保健研究域医学系) 特任助教(子どものこころの発達研究センター)

広汎性発達障害は、100人に1人以上の割合で発症 する脳機能の障害です。日本では約100万人を数える といわれていますが、有効な治療法はまだ確立され ていません。しかし、幼児期のできるだけ早期に診 断して適切に介入すれば、予後に大きな改善をもた らすと考えられています。 広汎性発達障害は、3歳児でその特徴が明らかにな ることが多い疾患です。現在、その診断は、本人や 親との面談、または本人の観察を通じた問診のみで 行われます。菊知充特任准教授 (金沢大学子どものこ ころの発達研究センター)は、次のように説明します。 「微細な脳機能の異常を検査するには、画像診断を 加えた検査システムを確立し、診断精度を高める必 要があります。こうした現状に対して、金沢大学と 横河電機が共同で、発達障害の子どもに対する早期 診断支援システムの開発に取り組んでいます」

幼児の頭のサイズに合わせた 超伝導センサーを開発 脳機能画像診断方法には、単一光子放射断層撮影 やMRI(磁気共鳴画像装置)、CTスキャンなどがありま す。成人用としてはこれらを用いた脳機能検査は行 われています。しかし、幼児に対しては問題が多く、 研究も進んでいませんでした。例えば、成人と比べ て放射線被曝によるリスクが大きいこと、検査の際 の閉所に長時間安静でいることが難しいことなどが

子どものこころの発達研究センター

菊知 充 特任准教授 46

挙げられます。そこで菊知准教授らは、脳磁計(Magnetoencephalograph、MEG)に着目しました。MEGは、 超伝導センサーで、大脳の神経活動を磁場の変化と してとらえて頭皮上から測定できる装置です。横河 電機では医療機器としてMEGの開発・製造を進めて


いることから同社との共同研究を行っています。

横河電機金沢支社に設置されています。現在、世界

「MEGの仕組みは、ヘルメット状のセンサーに頭部

に2台しかない幼児用MEGで、診断精度を検証する研

を入れるだけで簡単に検査できます。頭部以外の身

究を進めています。

体は幅広い空間が確保されるので、閉所に長時間い

一般の3〜5歳児を対象として、呼びかけなどの言

る必要もありませんし、親がそばにいることもでき

葉の刺激や視覚情報、触覚刺激などを与えながら、脳

るので、子どもでも検査しやすいのです」

のネットワーク活動を記録するというものです。6分

既存のMEGは、成人用しかなくヘルメットが幼児

程度の短い時間で測定でき、幼児に優しい検査とい

の頭のサイズに合わず、良好なデータを計測できませ

えます。

んでした。横河電機との共同研究では、幼児の頭のサ

菊知特任准教授は、現在、幼児用MEGを使って実

イズに合わせ、頭部全体をカバーするヘルメット状

際に子どもたちの脳機能画像診断を行い、診断の精

の超伝導センサーを開発。動きの多い幼児に対して、

度を検証しています。発達障害児の脳内ネットワー

体が動いてもセンサーが動きを追跡して記録を継続

ク構造の特徴を抽出した上で、健常児35人、発達障

できる「追跡型バーチャルセンサーシステム」も開発

害児35人を診断した結果、8割程度という高い診断精

しています。成人用より機能を向上させ、幼児でも

度を得ることができました。

高感度で脳の活動を記録することができるようにな

「現在、健常児や発達障害児の脳内ネットワーク構

りました。

造の基礎データを追加しつつ、診断精度の向上を図り たいと考えています。また、MEGのさらなる機能アッ プも研究テーマのひとつです。こうした、一連の研究

子どもたちへの検査を実施し 幼児用 MEG の診断精度を検証 開発された幼児用MEGは、金沢テクノパーク内の

と開発により、幼児に優しくて、現実的な検査シス テムが実現することを目標としています。将来的に は発達障害児の治療法の解明に結び付けたいですね」 と、菊知特任准教授は語っています。

47


重点研究プログラム 政策課題解決型研究プログラム 次世代重点研究プログラム

事務担当:研究推進部

48


金沢大学 先端科学・イノベーション推進機構 〒920−1192 石川県金沢市角間町 http://www.o-fsi.kanazawa-u.ac.jp/about/section/research/ 発行日:平成25年3月15日 文中の職名、所属は平成25年3月現在のものである。


Ka


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