1
2
「RESPONSE アートをめぐる 12 の建築」記録集
C ON T E NTS 2 展覧会概要 / 企画説明 6 「アートをめぐる
12 の建築」作品集
6
01
舟越桂美 術 館
14
02
日高理恵 子 美 術 館
22
03
30
04
38
05
山本基美 術 館
46
06
横山裕一 美 術 館
54
07
名和晃平 美 術 館
62
08
花田洋通 美 術 館
70
09
町田久美 美 術 館
78
10
小谷元彦 美 術 館
86
11
宮永愛子 美 術 館
94
12
三瀬夏之 介 美 術 館
記憶の伽藍
記憶の小径
玉井康晴
江川知里
塩保朋子 美 術 館 I b h aft
吉川青
松井冬子 美 術 館 表層の館
F LOA TI N G CL O I S T ER
横山裕一漫画美術館
e pi t h e l i u m
Mt .Mu s e um
うしろの正面
con fl i ct i on
A Dr aw e r of W a t e r P i e c e
DI V E E A RT H /D I V E RS E
阿波野太朗
夏目寛子
三浦星史
嶌岡耕平
宮本翔平
鈴木綾
上村康人
吉田絢子
西尾圭悟
102 付録:関連シンポジウム「アートと空間」レポート
松井冬子 / 宮永愛子 / 西沢立衛 / 竹山聖
3
京都大学竹山研究室建築作品展
「R E S P O N S E ア ー ト を め ぐ る 12 の 建 築 」 会期:2013 年 11 月 2 日(土)~ 11 月 22 日(金) 会場:イムラアートギャラリー京都
4
本展覧会で展示される 12 の建築は、京都大学竹山研究室の学生 12 名による、あるアーティストの個 人美術館の構想です。 アーティストを選択し、敷地を京都の特定の場所に設定し、建築を設計しました。設計の過程の中 で、 設 計 者 全 員 が ア ー テ ィ ス ト 本 人 へ イ ン タ ビ ュ ー を 行 い ま し た。 作 品 だ け で な く、 そ れ ら を 取 り巻くコンテクストや、その人となりをそれぞれの視点から解釈し、そこから展開される「応答‐ RESPONSE」としての建築の可能性を探る試みです。 アートやそれを生み出すアーティストが多種多様なように、アートとそれを内包する建築とのかかわ りも多様であることが、展示される 12 の個人美術館から感じられるのではないでしょうか。 私たち学生のインタビューにご協力頂いたアーティストの皆様、ならびに画廊の方々、また本展の開 催にあたり快く会場を提供してくださったイムラアートギャラリーの関係者の皆様方に、深く感謝の 意を表します。
京都大学竹山研究室一同
5
竹山研究室プロジェクト概要
P R O C E S S アーティストの分析やインタビューから現代アートが内包する要素を抽出する。
各自が選んだアーティストに直接お話を伺い、敷地選びや設計の手がかりとする。
アートと空間
竹山聖
ただ一人のアーティストのための空間を設計するという課題を考えて みた。個人美術館と言ってしまえばそれまでだ。しかしそこにはアー ティストとの応答があり、アートとの応答があり、空間そのものがこ れを取り巻く環境と、さらには社会との応答がある。単に器をつくれ ばいいというものではない。看板をかければいいという話ではない。 しかも、どのようなものをつくったとしても、完全に透明な器になる わけはない。つまり無性格でニュートラルな空間になるわけはない。 アーティストの作品をまったく邪魔しない建築ができるはずもない。 さまざまな議論を吹っ飛ばし単純化して言ってしまうなら、建築は物 体であり、アーティストの作品も物体だからだ。物体と物体が同時に 同じ場所に存在する時、相互に関わりを持たず共存することはできな い。包み、包まれ、貫いたり貫かれたり、重なり合ったりせざるをえ ない。物体であることからずれたり、溶け込んだり、ついに消滅して しまったりする作品を制作するアーティストを選んだ学生が多いの も、そんな悩みの発露なのかもしれず、あるいは悩んだあげくいっそ 建築を消してしまい、そんな欲望の現れなのかもしれない。残念なが ら建築は消えてくれない。しかも建築もまたアートであるから──想 像力の引金を聞くという意味で──アーティストにとっては余計な存 在だ。邪魔されたくはないだろう。隣で一緒に引金を引いているやつ がいてはゴルゴ13だって落ち着いて狙撃できまい。さらには美術館 という制度そのものに異議を申し立てるアーティストだっているはず だ。にもかかわらず、今回は具体的な場所に、それも京都に敷地を設 定して現実的なプログラムで空間を組み立てるという条件を課した。 アートにとって空間が、抜き差しならない関係を持つ場所を構成する のか、痕跡をとどめつつ消え去る場を用意するのか。密接に互いを鼓 舞し合う力であるのか、ゆるやかに生成を促す力であるのか。すぐ近 くで互いに支え合う関係であるのか、遠くから応援し応答しながら自 立する関係であるのか。トポスであるのかコーラであるのか。はたま た無関係に自身の論理を貫徹するのみであるのか。思考と試行、その 戦いの痕跡が、ここにある。
6
12 12
5 12 05
12 11
12 01
12 03
12 08
12 06 12 02
12 07 12 09
12 04
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
玉井康晴→舟越桂 敷地:北区西賀茂 江川知里→日高理恵子 敷地:哲学の道賀茂 吉川青→塩保朋子 敷地:下鴨神社 阿波野太朗→松井冬子 敷地:八瀬 夏目寛子→山本基 敷地:宝ケ池公園 三浦星史→横山裕一 敷地:出町柳 嶌岡耕平→名和晃平 敷地:清水山 宮本翔平→花田洋通 敷地:左京区北白川 鈴木綾→町田久美 敷地:東山区小松町 上村康人→小谷元彦 敷地:蹴上 吉田絢子→宮永愛子 敷地:深泥池公園 西尾圭悟→三瀬夏之介 敷地:桂川
12 10
敷地 京都において空間のアイデアに結びつく敷地を選定する。
RESPONSE 7
01 Artist
舟
Architect
玉井 康晴
越
桂
敷地 北区西賀茂
記憶の伽藍
Kitayama Street
舟越桂の彫刻とそれらが置かれる空間を想像してみる。何食わ ぬ顔で、ことのはじまりからそこで佇んでいたように、遠くを 見つめ続ける彫刻たちのことを想像する。舟越桂の彫刻には物 語が満ちている。それは大理石の目や、半ば開いた口や、不規 則な身体からもれだしてくる。この美術館は物語の気配の絶え Kam
ない場所、彫刻作品のもたらすいくつもの物語と出会い、辿る
oR r
ive
ことが訪れる人に新鮮な驚きを与えつづけるような、未知の物 語をもたらしてくれるような空間として構想したものである。
この美術館では作家蔵の作品を中心に、16 の作品を取り上げ 常設作品としている。作品1つずつに1個の空間を与えること で、個々の作品と向き合うための緊張感のある空間をつくり、 それらをつなぐようにして作品の気配が密に連なった鑑賞体験
敷地
のための空間を構成する。 敷地は京都北区の北山通と賀茂川の交わる川沿いの立地である。 京都府立植物園に隣接しており周囲は緑に囲まれている。また京 都コンサートホールや陶板名画の庭などの文化施設にも近い。
d iagram - plan
16 の作品と 16 の室
8
浮遊する室の輪郭
固定された開口
迷路のような動線
01
void ̶ volum e
Katsura Katsura Funakoshi Funakoshi Museum Museum / Yasuharu / Yasuharu Tamai Tamai
d i a g r am - ax on ome t r i c
mate rial : Reinforced Concrete
それぞれの構成要素は人の身体を構成するパーツと同じよ うに自律した構造を持ち、それらの総体としてこの建築は 立ち現れる。 structure ̶ colum n, beam mate rial : Steel
d i a g r am - s e ct i on 展示空間同士の距離は開口や壁厚によって操作する。壁の skin ̶ roof, wall mate rial : Steel
厚みによって開口部を身体性を触発する準空間的存在とし て捉える。 トップライトから注ぐ光は、展示空間に微細な変化とリズ ムをもたらす。
9
plan +0 1:250
plan -3500 1:500
7. office
8. storage
9. restoration room
10. mechanical
11. rest room
10
2 5
10
01
Katsura Katsura Funakoshi Funakoshi Museum Museum / Yasuharu / Yasuharu Tamai Tamai
car-parking
cafe & shop
exhibition room
rest room reception entrance
11
12
01
Katsura Katsura Funakoshi Funakoshi Museum Museum / Yasuharu / Yasuharu Tamai Tamai
lon g i t u d i n al s e c t i on 1 : 2 5 0
13
物語の気配 物語の気配
閉塞的なファサードは、逆説的に隠された物語を示唆する。おとぎ話のプ ロローグのように、外壁のスリットに隠されたエントランスをくぐって非 日常の世界へと導かれていく。
14
01
Katsura Katsura Funakoshi Funakoshi Museum Museum / Yasuharu / Yasuharu Tamai Tamai
elevation north 1:600
elevation west 1:600
15
02 Artist
日高 理恵子
Architect
江川 知里
敷地 京都市左京区 哲学の道のそば
記
憶
の
小
径
Arti st
日高 理恵子(画家)
1958 東京都生まれ 1983 武蔵野美術大学造形学部日本画学科卒業 1985 武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻修了 1995-96 文化庁芸術家在外研修員としてドイツ滞在 photo by Mie Morimoto
樹を見上げ始めてから 20 年以上経つ。 同じように見上げていても、絵の上で表現したいことは少しずつ変わってきた。 それとともに、タイトルや画面のサイズも変化してきた。 絵に生まれる空間は、描く者とっても、見る者にとっても、現実の空間ではなく知覚の中で感じる世界。 その部分の不思議さと、空の存在の不思議さと、すごく繋がるところがある。 空の存在や、こういった測り知れないものに近づくために、このテーマ、視点で描き続けているのかもしれない。 自分の知覚を通してこのとらえきれないものに少しでも近づいていきたい。 とらえきれないということを常に感じ続けるために樹を見上げ、描いている。 視点や素材、画材がほぼ同じであっても、唯一自分自身の捉え方、考え方、これは年齢を重ねることによって変わり、身体的な感覚も当然変化し ていく。 この唯一の自分自身の変化が絵には残っている。 ここに残っている自分自身の変遷そのものが、私の表現になっていく。 2013.06.15 インタビューより
16
02
Conce pt
Rieko Hidaka Museum / Chisato Ekawa
日高理恵子は一貫して「樹」を見つめ、描き続けてきた画家である。水平の視点に 始 ま り、 少 し ず つ 見 上 げ る 視 点 へ と 移 行 し、 見 上 げ 始 め て か ら は 2 0 年 以 上 経 つ。 彼女の目を、身体を通して捉えられたものが「樹」を通してモノクロームで描き出 される。視点や素材、画材がほぼ同じであっても、唯一自分自身の捉え方、考え方、 身体的な感覚は変化していく。この唯一の自分自身の変化が絵には残っている。自 分自身の変遷そのものが彼女の表現になっていく。日高理恵子の知覚の変遷を記憶 し、その過程を追うための、小径のような美術館を構想する。絵画は絵としての作 品であると同時に画家自身の視点の、知覚の、思考の変化の痕跡でもある。捉え方 の変化は線のように連鎖して生まれてくるものであり、作品はその過程の断片の点 と し て 生 ま れ て く る も の で あ る。 鑑 賞 者 は 点 々 と あ る 作 品 を 制 作 順 に 辿 っ て い く。 作家の変化の断片をつなぎながら、その変遷を追体験するのである。折り畳まれた 小径のような空間を歩くことで変化する見え方、感じ方。日高理恵子の知覚の変化 の履歴を追うと同時に、鑑賞者自身の知覚の変化の履歴も刻まれる美術館になるか もしれない。
Exhibition works 展示作品として、知覚の変化が感じられる7つの作品を選ぶ。 彼女のことばから空間へと繋がるものを拾い出す。
「 1 983
樹
」
あ る 距 離 か ら の 抽 象 的 な フ ォ ル ム
「 樹 を 見 上 げ て Ⅶ 」 1 993
自 分 を 包 み 込 む 空 間 そ の も の
「 樹 の 空 間 か ら Ⅳ 」
1 998
「 樹 の 空 間 か ら Ⅴ 」 作
品
の
空
間
の
拡
張
「 樹 の 空 間 か ら Ⅶ 」 2 000
視 線 の 動 き が 定 ま ら な い 位 置 関 係
「 空 と の 距 離 Ⅳ 」 2 008
2 010
自
分
の
近
く
に
よ
る
位
置
関
係
「 空 と の 距 離 Ⅷ 」 同 じ サ イ ズ に 見 え な い 位 置 関 係 作品画像・作家プロフィール画像提供:小山登美夫ギャラリー、ギャラリー16
17
h i T
e
t
o s u g a k u - n
-
m
i
c
Si t e 哲学の道は、哲学者が散策しながら思索にふけったことで知られ る小道である。
琵琶湖疎水に沿って続くこの小さな道の両側には木々が立ち並び、 周囲には静かな住宅街が広がる。
まるで思いを巡らせるために生まれたかのような道である。
「移動すること」と「思考の変化」の共通点から、この道のそばを 敷地とする。
18
02 Di agram...route
Rieko Hidaka Museum / Chisato Ekawa
C ompos i t i on
制作順に作品を追う順路。 折り曲げることで空間を分節し、上下移動を加えることで鑑賞者の身体運動 と視線の変化を重ね合わせる。
roof
Di agram...wall 哲学の道のそばに、壁により新たな小径を設ける。 展示ごとに空間の大きさを変化させ、最後に哲学の道に沿わせる。
wall
route
B ir d' s e y e vie w 19
+1600 p l an 1 / 6 0 0 0 2
20
5
10
+6000 plan 1/600
20
0 2
5
10
1.展示1
11.ロッカー室
2.展示2
12.給湯室
3.展示3
13.トイレ
4.展示4
14.倉庫
5.展示5
15.EV
6.展示6
16.搬入 EV
7.エントランス
17.作業室
8.受付
18.収蔵庫
9.オフィス
19.機械室
10.資料室
20.荷解き室
20
02
Rieko Hidaka Museum / Chisato Ekawa
Se ct ion p er s p ec t i ve 21
E x h i b i t i on 1
E x h i b i t i on 2
E x h i b i t i on 3
22
02
Rieko Hidaka Museum / Chisato Ekawa
Exhibit ion 4
Exhibit ion 5
Exhibit ion 6
23
03 Artist
塩保
Architect
吉 川
朋子 青
敷地 下鴨神社糺の森東側
塩保 朋子 1981
大阪府生まれ
2004
京都市立芸術大学美術学部美術科彫刻専攻卒業
東京環境工科専門学校自然環境保全学科一年間就学 2005
第 6 回スパイラル・インディペンデント・クリエイターズ・フェスティバル (SICF) グランプリ受賞
2008
五島記念文化財団五島記念文化賞美術新人賞受賞
photo by Fuminari Yoshitsugu
「Vortex」
塩保朋子さんは、葉脈にはじまり水の流れや風、水蒸気や細胞など、目に見える自然だけで なく目に見えない自然まで、空間いっぱいに広がる大きな紙や、何枚にも重ねられた紙にカッ ターやはんだごてなどを用いて表現されている。 一貫して自然をテーマとする作品からは繊細な美しさと同時に、力強さや迫力が感じられる。 「人はどこから来てどこへ行くのか。全てのものが宇宙から生まれ、人もその中に含まれるこ とを伝えたい。それを人々に知ってもらうことで平和に繋がっていく。」 塩保さんへのインタビューにおいて最も印象に残った言葉である。
24
03
Tomoko Shioyasu Museum / Sei Yoshikawa
25
自然そのもののパワーを感じられるような、神々しい静かな雰囲気を もつ神社やお寺、庭園などに行くのがお好きということを塩保さんか らお聞きした。 また個人美術館の敷地についても、木が多くあり、自然の力を感じら れるところがいいという要望であった。 そこで下鴨神社糺の森の東側に接する、現駐車場の土地に敷地を設定 した。
神々しい雰囲気を持ち、自然の力を感じられるこの敷地は、自然を通 して、仏教や禅、神道などにも繋がる宇宙の真理を追求する世界観を 表現したいという塩保さんの思いにも通じるはずである。
敷地の西側に糺の森があり、森の中を泉川という小川が流れる。東側 は住宅街に接する。 この敷地には現在5本の大木があり、これらはかつて糺の森がこの土 地まで連続していたことを示す。これらの既存の木々を切らないよう、 余白を滑らかに繋いで美術館とする。 敷地に対して背を向けるかたちで住宅街が近接するので、美術館を住 宅街に対しては閉じる。一方森に対しては全面を開口として開き、横 を流れる泉川とも関係を生む。 住宅街に合わせたスケールとすることで周辺の環境と融合を試みる。 site plan 1/2000
近隣住宅街
既存の木々
糺の森
26
泉川
03
Tomoko Shioyasu Museum / Sei Yoshikawa
吹き抜け
テラス
吹き抜け
Second floor plan 1/500
アトリエ エントランス 保管庫 キッチン
カフェ
First floor plan 1/500
West elevation 1/1000
A-A’section 1/1000
B-B’section 1/1000
27
28
03
Tomoko Shioyasu Museum / Sei Yoshikawa
29
美術館内に生み出す空間は大きく3つで、明るく、森をいっぱいに感じられる空間、空に向かって昇っ ていく空間、暗く、光と影を感じる空間である。
まず明るく、森をいっぱいに感じられる空間では、森を作品の背景とすることで森と作品を一体化さ せ、両者の繊細な美しさを体いっぱいに感じられる。次に空に向かって昇っていく空間では、天井部 をガラスとし、見上げるとまるで空に昇っていくかのような作品に与えられた自然の流れを目にする。 最後の暗く、光と影を感じる空間では、曲線を描く壁に作品の影を映し、影を含めてひとつの作品と なった空間を生み出す。 その他にも曲線を描く壁によって切り取られた小さな空間があり、そこでは小さな作品と一対一で向 き合う。訪れる人々は塩保さんの作品と合わさってひとつとなったそれぞれの空間を、森の中を歩く ようにめぐる。
30
03
Tomoko Shioyasu Museum / Sei Yoshikawa
31
04 Artist
松 井 冬 子
Architect
阿 波 野 太 朗
敷地 八瀬
作家
設計趣旨
現代画家・松井冬子の個人美術館を構想する。
インタビューを経て、ある作家の作品とそのための展示空間は、その空
幽霊、腑分、朽ちゆく花といった、「痛み」や「狂気」をテーマにした作
間の構築手法により互いに共鳴しあうことが可能になるのではないかと
品を、日本画の古典的技法によって描く。
考えた。
思わず目を背けたくなるような光景を、美しいものとして描く彼女の作
本計画では、日本画の技法を駆使しながらも西洋的な要素を組み込んだ
品は、生きる意味とは何かという問を見る人に突きつけるようである。
作品を生み出していくという、松井の美術作家としての在り方を、建築 空間へと変換することを試みた。
設計を行うにあたり、作品の分析や作家との対話を通じて2つの構成的 特徴を作品から抽出した。日本画と西洋画の技法を融合させ描き分ける という技術的な面と、日本的なモチーフを現代的解釈で描くという内容 的な面である。
- 日本画の線 / 西洋画の陰影 -
- モチーフとしての日本的なものの引用 -
線で描く日本画に対し、西洋画は陰影で描き分ける。松井の作品は、主
束縛の強い日本画の技法を用いつつも、伝統的な日本画のテーマを利用
に絹本に岩絵具を用いて彩色するという日本画の伝統的な手法を用いて
しつつ作品をうみだしている。例えば「九相図」の連作では本来の意味
描かれる一方で、西洋画の陰影による表現を持ち込んでいる。
とはかけ離れたテーマを作品に込めつつ、「美人が朽ち果てていく9枚 の絵画」という形式を引用し、新しい作品を生み出していると言える。
32
04
Fuyuko Matsui Museum / Taro Awano
敷地 敷地として京都の北東部、八瀬を選んだ。 比叡山への入り口でもあり、京都市中心部からそれほど遠くないが、鬱 蒼と木々に覆われ、不穏な空気が漂った、日常から切断された場所である。 歴史的観光名所や古刹・名刹が集中するような、典型的な「京都」から は切り離されているとも言える。 かつては遊園地が存在したが、現在はその場所は「八瀬離宮」という名 の大規模会員制リゾートホテルとなっている。 作家の希望である山、川といった自然に囲まれた場所という立地であり、 作品のイメージにどこか通ずる不気味さをもった場所であるということ が選定の理由となった。
敷地より川を眺める
敷地を対岸より眺める
敷地へのアクセス
付近の山々
33
構成 日本建築的な要素を、表現のためのモチーフとして用いつつ、伝統的な 日本建築では存在しなかった西洋的な操作を空間に施すことで、展示空 間を作り上げている。 5つの異なるボリュームの展示室を設け、それぞれには異なった操作が なされる。展示室同士を繋ぐ廊下にも展示を行うことを想定している。 一見日本的な既視感を持ちつつもどこか違和感、ある種の緊張感を伴う 空間を生み出すことが狙いである。 その違和感は、松井冬子の作品に通じるものを含んでおり、彼女の作品と、 展示空間との共鳴を引き起こすことができる考えている。
立面図
断面図 A-A'
34
断面図 B-B'
04
Fuyuko Matsui Museum / Taro Awano
f
z
平面図
A
l
z
A' i
b i
a B n
h
c
e
d
g
B'
o
a :
エ ン ト ラ ン ス b :
シ ョ ッ プ c :
チ ケ ッ ト カ ウ ン タ ー
d : 展 示 室 1 e : 展 示 室 2 f : 展 示 室 3 g : 展 示 室 4 h : 展 示 室 5 i : 下 図 展 示 j : デ ッ キ k : カ フ ェ l : キ ッ チ ン m : ト イ レ n : 事 務 室 o : 収 蔵 庫
35
展示室1
展示室2
展示室3
36
04
Fuyuko Matsui Museum / Taro Awano
展示室4
展示室5
廊下
37
外観図
38
04
Fuyuko Matsui Museum / Taro Awano
模型写真
39
05 Artist
山本
基
Architect
夏 目
寛 子
敷地 宝ケ池を囲む傾斜地
たゆたう庭 個展「たゆたう庭」 瀬戸内市立美術館、岡山
40
05
Motoi Yamamoto Museum / Hiroko Natsume
A r t i st Pr ofi le 山本基は床に塩で迷路状や渦状の模様を描くことで知られるインスタレ ーション作家である。実妹を脳腫瘍で亡くしたことを契機に、浄化や清 めといったイメージを喚起させる“塩”を用いた制作を開始。 「作品の一部となっている塩も、かつては私たちの命を支えていたかも 知れない。塩には『生命の記憶』が内包されている。」と山本氏は語っ ている。 制作手法は機械用の油差しに入った塩を床に押し出しながら模様を描く という気の遠くなるような作業であり、一日10時間以上も連続して制作 に集中することもあるという。塩で描かれた模様は時にうごめくように 見えたり、逆に静寂さを醸し出していたりと、見る角度や高さ、時間に よってさまざまな表情を見せる。ゆっくりと時間をかけて構成された繊 細かつ不可侵の塩の領域は、空間全体を神聖なものへと変貌させる。
山本 基 1966 広島県尾道市生まれ。 工業高校卒業後、造船所に勤務。 1995 金沢美術工芸大学 絵画専攻卒業 現在、石川県金沢市在住
たゆたう庭 個展「たゆたう庭」 瀬戸内市立美術館 / 岡山 (c) Motoi Yamamoto
空蝉 個展 入善町 下山発電所美術館 / 富山 (c) Motoi Yamamoto
(c) Motoi Yamamoto
41
Con c ep t 展示する空間が作品ごとに変わるインスタレーション作家のための個人美術館は、作品を収蔵するアーカイブとしての機能は薄れ、 常にその作家の新しい作品を鑑賞することができる、一種のスタジオになりうると言えるのではないだろうか。 この美術館は展示空間、管理機能、作家が作品を制作するスタジオ、作品制作期間中に作家が滞在するアトリエによって構成されて いる。室として厳密に区切られない階段の空間が、中央の中庭を取り囲みながらゆるゆると下降する。訪れた人は周囲の自然の見え 方が変化するのを感じ取りながら階段を下り、作品と対峙する。すべての展示空間が連続しているため、どこから描き始めるかによ って、作品の様相は大きく変化する。 山本氏は作品の制作風景を展覧会の会期前に公開したり、展覧会の最後に来場者とともに作 品に使われていた塩を持ち帰るイベントを開催しているため、その活動がより活発になり、鑑賞者が作家に直接会うことができる場 になればと考えている。
42
05
Motoi Yamamoto Museum / Hiroko Natsume
43
Site インタビューの中で山本氏は、出身地である広島県尾道市の坂から眺める瀬戸内の海 が子どものころの原風景であり、今もとても好きだと話した。このことから、遠くに 広がる水面を眺める場所に 山本氏の個人美術館を置きたいと考えた。 今回敷地に選定 した宝ケ池公園は京都市内にありながら豊かな自然に囲まれた公園であり、都会の喧 噪から離れて日中は多くの人が訪れる憩いの場である。地下鉄烏丸線の国際会館前駅 から徒歩で すぐの場所にあり、市街地からのアクセスも容易である。 この建築は池を 取り囲む小山の傾斜地に位置する。周囲は木々で覆われ鬱蒼としているが、木々の 背 より高い位置からは池とその背景にある対岸の小山の風景が水平に広がる。
Site Plan 1/1000
44
05
Motoi Yamamoto Museum / Hiroko Natsume
1. エントランス B
2.事務室 3.カフェ 7
4.展示フロア
3 2
A
5.WC
1
6. スタジオ
4
7.アトリエ 8.光庭 9.材料保管庫 5
9 5 8 4
4
6 B’
A’
PLAN 1F 1/600
PLAN B1F 1/600
45
A-A’SECTION 1/600
46
05
Motoi Yamamoto Museum / Hiroko Natsume
B-B’SECTION 1/600
47
06 Artist
横 山 裕 一
Architect
三浦星史
敷地 出町柳の鉄道沿線
「ニュー土木 (Cue comics) 」より「ブック」
「ネオ漫画」
漫画の鑑賞体験を空間化する
美 術 作 品 は 常 に 場 所、 文 化、 時 代 を 超 え て 通 用
美術作品ではふつう、作家によって制作されたオリジナルに触れなければそ
する普遍性の獲得を目指してつくられます。
の作品を「見た」とはいいません。それに対して漫画はオリジナルの原画だ けでなく、複製し流通している冊子や、ディスプレイ上に表示された画像に
横山裕一氏は表現手段としてそれまで美術とし て認知されていなかった漫画を採用し、そこか ら言葉を排し、ストーリーを排し、文脈を排して、
触れるだけでも、その作品を「見た」と表現されます。つまり作品を鑑賞す る状況や媒体はさほど重要でなく、モノそのものより作品の内容にこそ価値 があるのだと考えられます。
人間の普遍的な行動を時間軸に沿って切り取り 純化させたスタイルを生み出しました。このス
美術として漫画を扱う際には、いずれかの媒体を選択する必要があります
タ イ ル を「 ネ オ 漫 画 」 と 呼 称 し、 分 割、 変 形 さ
が、受け取る作品の印象や情報は当然媒体によって異なります。ここでは、
れたコマの連続で作られる漫画の形式によって、
展示媒体によって作品の内容に付加される要素 ( ノイズ ) が、異なる複数の
こ れ ま で 表 現 さ れ 得 な か っ た 普 遍 的 な「 時 間 」
媒体でかわるがわる体験されることで振るい落とされ、繰り返すうちに作品
を直接的に表現しようとしたのです。
の純粋な内容そのものが浮かび上がってくるのではないかと考えました。
様々なリズムが同居する空間 横山裕一氏の作品には独特をリズムをもった固有 の時間が流れています。美術館の空間も非日常の 場所としてまた別の時間軸をもっています。さら に、作品を観ながら歩き廻ることで、鑑賞者の内 面にもそれぞれ異なったリズムが生まれます。ま た敷地を線路脇に設定したことで、一定間隔で通 過する電車のリズムが建築に組み込まれ、多様な 時間軸における基準としてはたらきます。 建築に存在する様々なリズムが展示される作品の 媒体がもつリズムと結びつくことで、作品と建築 とが一体となった空間が現れてきます。
48
06
Yuichi Yokoyama / Seiji Miura
漫画を展示するための美術館 漫画美術館の計画のために下記のように要件を定めました。 ・美術における漫画の価値を体感できること ・読書体験を空間体験に翻訳すること ・普遍的な「時間」を感じられる空間をつくること
構成 漫画の読書体験を空間化するためにヴェン図の考え方を応用 します。漫画の様々な展示媒体に適した展示室をそれぞれ個 別に考え、それらを重ね合わせることで、異なる空間を同時 に同じ場所で体験できるようにします。
1 . 原 画 or igin a l ニュートラルな展示空間の展示室です。 美術館として一般的な展示を行うための基本的な機能を備え てあり、原稿やイラストなどモノそのものを展示します。
2 . 印 刷 c op y 漫画の複製可能という特性を活かした実験的な展示方法を試 みる展示室です。複製であるので展示室内に自然光を取り込 んだり、拡縮・加工を駆使して巨大なインスタレーションを 行うことも可能な空間です。
3 . 映 像 da t e 物質の制約からも離れ、モニターや投影の映像によってなさ れる展示室です。先進技術を用いたより双方向的な展示方法 などを試みることが出来ます。
ヴェ ン 図 重 ね 合 わ せ すべての展示を同時に体験するために、各媒体の展示空間を ヴェン図に落とし込みます。また一方で、他の展示室の壁面 が貫入することで、個々の展示空間にも変化が加わります。 一つの壁面を辿れば同じ媒体のまま作品を鑑賞できますが、 壁が交差する所で別の媒体へ瞬時に移られます。媒体を飛び 移りながら建築内をひたすら歩き廻ることで、作品の内容そ のものを浮かび上がらせることを意図しています。
diagram 3 1 2+3
+
2
1
1+2+3
2 1+2
1+3
1
49
50
06
Yuichi Yokoyama / Seiji Miura
51
52
06
Yuichi Yokoyama / Seiji Miura
53
54
Yuichi Yokoyama / Seiji Miura 西側立面図 1/100
A-A' 断面図 1/100
06
55
07 Artist
名 和 晃 平
Architect
嶌 岡 耕 平
敷地 清水山山腹
56
07
Arti st
Kohei Nawa Museum / Kohei Shimaoka
名和晃平 1975 年生まれ。 彫刻家、京都造形芸術大学准教授。
様々な素材・メディアを用いた独自の「PixCell = Pixel( 画素 ) + Cell( 細胞・器 )」 という概念を機軸に、多様な表現を展開。 名和の作品は、素材の持つ情報をひらき、 我々の意識の中に刷り込まれた身体的感覚を呼び起こさせる。
Photo by Nobutada OMOTE | SANDWICH
PixCell-Double Deer#6 2012 mixed media installation view, "Kohei Nawa | TRANS", ARARIO GALLERY SEOUL cheongdam, Korea, 2012 Courtesy of ARARIO GALLERY and SCAI THE BATHHOUSE Photo : Nobutada OMOTE | SANDWICH
In t e r vi e w 僕の作品は色々なシリーズがあって、展示空間の構成や配置も様々 であるが、一貫していえることは集中してみてほしい、ということ。 自分の作品は感覚を刺激するものが多いから、作品 1 つをじっとみ て、その感覚がどんどん研ぎ澄まされ飽和していく。まるで麻酔に かかったような感覚に陥る。それを実際に体験して欲しい。彫刻と いうのはやはり空間体験であるから。 そのためには、体験をフォーカスする、ということが大事。作品に 出会うまで、また出会う空間が非常に重要になります。 作品を見るまでに体が浄化されるような、都会の喧騒とか、纏わり つくものを全部剥がして、綺麗になったカラダで作品と対峙しても らうのが理想です。 展示するのは、静かな場所がいいですね。周りの環境と作品とがお 互いに影響しあうような空間があったら面白いと思います。
57
C once pt Interview から着想される建築のイメージと名和晃平の作品にある ”素材”=" 界面 -interface-" という概念をもとにして、訪れた 人が様々な要素の界面を彷徨い揺れ動きながら、作品と対峙する ことのできる空間を考える。
清水寺
Site 観光地として賑わう京都清水寺界隈から程近い距離ながら、 静かさを纏う自然で囲まれた東山地区清水山の山腹に敷地を設定する。
敷地周辺にはスギが群生しており、その木々の合間を細い山道が通る。 人で溢れる場所を通り過ぎ、喧騒から徐々に静けさと神聖さに包まれる ことで、意識が美術館へと " フォーカス”されてゆく。
58
07
Kohei Nawa Museum / Kohei Shimaoka
First Folor Plan 1/400
1. Entrance 2. Gallery 1 3. Gallery 2 4. Rest Space 5. Terrace 6. Gallery 3 7. Cafe 8. Store
A-A' Section 1/400
59
60
07
Kohei Nawa Museum / Kohei Shimaoka
61
名和晃平の作品を純粋に鑑賞するためのニュートラルな展示室。
内部と外部の中間、自然と作品とが影響しあい浮遊する屋外空間。
地上と地下の境界行き来し、地上からの光と、地下からの影に包まれる空間。
62
07
Kohei Nawa Museum / Kohei Shimaoka
M od e l phot o
63
08 Artist
花 田 洋 通
Architect
宮本翔平
敷地 京都市左京区北白川
64
Mt.Mu s eu m / 花 田 洋 通 美 術 館
08
Hiromichi Hanada Museum / Shohei Miyamoto
「何もない空間」という言葉がずっと頭に残っている。イン
展示空間は、小さなステップが刻まれた傾斜地に、ぐるり
タビューする中で出会ったこの言葉は、花田さんの活動全体
と円を描くような動きの中に、点々と配置されている。時々
にとって重要な言葉であり、作家自身の全体を表するような
刻々と直接光・間接光の状況が変化する展示室、風の抜ける
魅力的な美術館を設計したいと考えた。
展示室、水の反射光にきらめく展示室、空に照らされる展示
手掛かりとなったのは敷地である。人が集まる潜在力のあ
室、それぞれの空間は周囲の自然環境を利用しながら各作品
る場所と、その傾斜地で時間をかけてできてきた棚田のよう
と応答している。展示空間のあいだに差し込まれたレストス
な、そこでは当然の造成方法が気にとまり、「何もない空間」
ペースや中庭の他に、この美術館には子供たちとワークショッ
という言葉が、普段は意識されない空間、意識されない魅力
プを行うスタジオと作業用のアトリエが併設され、様々な使
へと変換された。敷地の傾斜地の等高線を読み、細やかに造
い方を発見できる可能性をもった空間を用意している。
成し段差を設け、そこに自然の一部を切り取るような建築を、
何気ない魅力、意識されえない求心性、そんな性質をこの
そっと配置することを試みた。
場所が持つこと、それに僕は期待している。
敷地周辺の山から町を望む。 斜面を登り始めると段々になった大地の高低差が楽しめる。 街の中心部を望める眺め、住宅の屋根が折り重なる。
65
About Art ist
花田洋通 1976 年岡山県生まれ 高知大学院教育学部卒業
美術家
1999 年から高知県で活動を開始。2002 年から活動の拠点を岡山に移す。生命の連 鎖をテーマに絵画、立体、インスタレーションを制作。またコミュニティとアートの 可能性に興味を抱き、障がいのある人との共同制作の中から互いの関係性を作品化す るプロジェクト、 「アートリンクプロジェクト」に関わる。展覧会企画、コーディネー トなども行なう。最近では教育とアートの融合を目指して地域のクリエイターと共に 子ども向けワークショップなどを企画する ecole を主宰する。
Concept Im age
展示室、カフェ、スタジオといった機能諸室を敷地に配置する。 図の左側がアトリエ・スタジオ、右側の円形状に配置されている部分が展示室である。
66
08
Hiromichi Hanada Museum / Shohei Miyamoto
D iag ram
周辺の住宅地は大きな段差で造成されているのに対して、
造形した段差の上に、展示室・アトリエといったボックスを
それをもう少し細かい段差を設けて造成を行う。敷地の等
そっと配置していく。それぞれのボックスには使われ方に対
高線の形状に沿うように新たな線を引きなおす。
応した開口が穿たれている。
コンセプト図の配置を立体的に立ち上げる。 傾斜地に配置されることで立体的な中庭が現れる。
67
Groundfloor plan
68
08
Hiromichi Hanada Museum / Shohei Miyamoto
Pe r s p e c t i ve
E x h i b i t wo r k
69
Pe r spect ive
Exhibit work
70
08
Hiromichi Hanada Museum / Shohei Miyamoto
E x h i b i t wo r k
71
09 Artist
町田
Architect
鈴 木
久美 綾
敷地 東山区小松町
「霧笛」"foghorns" 2010-13 雲肌麻紙に墨(青、茶)、顔料、岩絵具、雲母、金泥、鉛筆、色鉛筆 130.5 x 162.2cm
72
09
Kumi Machida Museum / Aya Suzuki
/町田久美(まちだ • くみ)/ 1970 年群馬県高崎市生まれ。94 年多摩美術大学絵画科日本画専攻卒業。05 年西村画廊で個展('06, '08, '10, '13)。07 年 The Sovereign Asian Art Prize 大賞受賞。主な展覧会に「MOT アニュアル No Border-『日本画』から『日本画』へ」 (東京都現代美術館/ '06)、 「 Kumi Machida」 (ケストナー ゲゼルシャフト、ハノーバー/ '08)、「Kumi Machida—ことばを超えて語る線」(高崎市タワー美 術館/ '08)等。2012 年、「町田久美画集」刊行(青幻舎)
/町田久美の制作方法/ 町田の作品の、一見一筆書きで描かれたような力強い線は、実は細かい筆跡を少しずつ重 ねることによって構成されている。確固たる完成形を断定することなく、筆をおく一瞬一 瞬の状況に応答しつつためらいながら制作するということー多かれ少なかれ作家の多くが そういった過程を通過して作品を完成しているのだろう。だが町田に関しては作品の線の 力強さを裏切るような意外性から、また作品が鑑賞者より引き出す”重層的な解釈のあり 方”と親和性が高いためか、制作のエピソードとして特に印象的に語られるようである。
/重層的な解釈のあり方と制作方法の関係について/ 町田の作品には、生と死/情愛と疎外/保護と拘束/ポップとグロテスクといった相反す る感覚を同時におもいおこさせる力があり、見るものに多様で重層的な解釈を許容してい る。ああもとれるし、こうもとれる。そのどちらでもある。町田は、自身の作品が主に海 外で「日本的」だと解釈され評価されていることに対して「茫洋とした気持ちでゴールも 決めずに書いているものを、それがただひとつの解釈であるかのように「日本的だ」と断 定されるのはしっくりこない。理路整然とした解説を求める人には、あいまいなものをあ いまいなまま解釈するということもありうるのだと、了解してほしい。」と述べている。 また『みずうみ』などの作品を例に挙げながら「青い眼をみて、西洋人だと思うだけでは なく、異国の海などを思い浮かべてもよいのでは」とも言う。ためらいを織り込むような筆 致、制作方法自体が、作品の多様な解釈のされ方と結びつき、作家における作家性を後押しする ひとつの物語として機能しているといえる。それは、逡巡と多義性の織りなす物語だ。以上のよ うな分析から、町田久美の個人美術館を設計する為には、まず美術館自体が町田の作家性を決め つけることを避けてなければならないという方針を得た。
73
fig.1 応答のリレー/応答の連鎖
/設計の方針/
fig.2 コンセプトの強化
+literature
『応答のリレー』
W →
wo rk s
+Site
ら、個人美術館を設計するためにはど
Forced concept
+Form
L
+Space
→
li te ra tu re
作家性を断定することを極力避けなが
のような方法を用いたらよいか。
ここではちいさな応答をすこしずつ紡 ぎ合わせるようにして設計を進めるこ
concept
とを考えた。作品から文学へ、文学か
Si
fig. 3 コンセプトの拡散
ら敷地へ、敷地から形態へ、形態から
→
si te
空間へと応答を積層させる。(fig.1)
多くの設計行為においてはコンセプト が先に立ち、コンセプトに沿ったり強
F
+Space +Form
fo rm
→
+literature
定まっていくが(fig.2)、本設計では
+Site
作品性≒コンセプトを断定せず、この
works
美術館が作品に新たな解釈を付与する
=
Sp
化するようにして他のあらゆる物事が
concept
ことを設計の方針とする。応答を重ね
ac
e
るごとに物語が付与され、作品と美術 sp
館が語られる可能領域を拡張していく potential area (for concepts)
→ : response
答のリレー」を行う。
W
/作品から文学へ/
L
Si
F
Sp
谷崎潤一郎『秘密』より
………町田の描くあの怪しげな生き物達のすみかについて、文学の中に思い当たる
場所があった。谷崎の言う『パノラマの絵のように、表ばかりで裏のない、行き止
まりの景色』のその向こう側、あの場所こそ彼らに相応しい。人々の生活に隣接し
ていながら表に現れない場所、生きている世界の隅々を承知している、という人間
の傲慢の裏をかく場所。秘密。…隠された場所の存在は、私たち…少なくとも私にとっ
て、退屈から一時的に解放される陶酔を示唆しつづける。……崇高な場所、すばら
しい世界。…うしろの正面、という言葉。……
74
ような設計方法(fig.3)として、「応
「夜の出来事」"Happening of a Night" 2005
雲肌麻紙に青墨、顔料、岩絵具、銀箔 60.5 x 73 cm
………谷崎の「秘密」に出てくる場所は、実際には京都市のどこかだったと思うのだけど、この応答の連鎖に相応しいのは郵便が正しかろう宛先に届かないこと、であろうし、そういうわけなので、別に場
所を見繕う必要がはあった……祇園、東山区小松町の一角、現在七階建てのホテルと、そのホテルの駐車場として使われている場所を、敷地に設定することにする。石畳の小道と、塀のように連なる町屋郡
に二重に囲われた区画の内側にこの敷地はあるので、「外部に対してファサードをもたない敷地であるいえる」…という分析をしたのは私ではなく別の方なのだが、その分析を興味深く思う、「顔無し」とい
寺院
産婦人科医院跡地(現在
はカフェとギャラリー)
- 敷地の現在の状況を示す地図。三方向を町屋、一方向を寺院に囲まれている。
うのがパノラマの絵という谷崎の表現と好対称に思えた、という点で。……石畳サイドから一見するといかにも京都らしい小さなスケールの町並みが続いているのだが、所々町屋が歯抜けになっている箇所
SITE
- 敷地/東山区小松町
ホテルの駐車
場
Sp F Si L W
奥を覗き込めば、町屋の背後に隠れる空間のだだっ広さが垣間見え、都市に潜む空白の大きさを観測することになるのがよい………
塀、塀、塀
7階建て のホテル
Kumi Machida Museum / Aya Suzuki
09 /文学から敷地へ/
75
76
見慣れた町屋の向こうに、変形されたイエガタの展示室を5つ配置する。
五つの展示室はいずれも町屋から出発して、各々幾何学的な
ルールに基づいて構成された。
- 配置図
F
イエガタの展示室である。石畳の側から敷地を覗き込まれた時、見慣れた平凡な風景の背後に似て非なる形態の建築が見せることで、相反するものが併置される違和感を生み出そうとしている。
可能だと思われる。………最終的には「町屋」と「町屋ではないもの」を混在させる方針を建てて形態を生み出す運びなった。町屋が歯抜けになった箇所に、町屋ではないものを配置する。……町屋ではないもの、とは変形された奇妙な
Si
とグロテスク、それらの同居。すみわけない、ということ………「あるもの」と「それとは異なるもの」が同居していることに纏わる違和感という共通の性質を帯びることにより、この敷地と、この敷地にたつ美術館を関係づけることが
L
り合いの方の親戚だったために。現在では高級なカフェに改装されているが、背後には相変わらず七階建てのホテルがたっている、というコントラストが何ともおかしい。…祇園という街の華やかさと路地の仄暗さに接した場所、ポップ
W
……ところで、なじみ深いというほどではないにしても、この場所のことを私は知っており、そればかりか知ってからというもの心にひっかかってもいた……敷地南西の一角にかつては産婦人科医院があり、その産婦人科医というのが知
/敷地から形態へ/ Sp
Kumi Machida Museum / Aya Suzuki
- アクソメイメージ
77
展示室2 外観
展示室2 内観
展示室 5 外観
展示室 3 内観
展示室 4 内観
78
4.
5.
2.
1.
3.
Si
Sp
F
スケッチを行い、空間を設計した。
展示室 1 内観
L
形態から空間へ。その形態が生み出すことのできる内部空間の
W
/形態から空間へ/
09
Kumi Machida Museum / Aya Suzuki
79
10 Artist
小谷
Architect
上村 康人
敷地 蹴上
A-A' section perspective
80
元彦
10
Motohiko Odani Museum / Yasuto Uemura
Confliction 小谷元彦の『彫刻』は実に多様である。具象彫刻に始まり、写真、映像などその手法は多岐に渡るが、不可視なるものの体現を目指して身体の変容や 幻影を表現するそれらは時間であり、空間であり、表面でもあり、まさに彫刻である。 ここでは、そのうな作品の特性を読み取り最大限に増幅することを試みた。挿入した地形によってゆるやかに場が形成され、大屋根によって空との関 わりを模索する。その間において出会う彫刻は、空間を規定し、出会う者に強烈に対峙するのではないだろうか。
81
S
i
t
e
axonometr y
蹴上は京都の三条通りを東へ進んだ山科区との境界付近であり、のど かな住宅地が密集する一方で、墓地やサナトリウム、神社が所在する。 東山を挟んだ清水寺周辺の賑やかな雰囲気とは対照的であり、物静か なこの場所は、日常と非日常、聖と俗の境界が曖昧に感じられる場所 でもある。
82
C o m p o s i t i o n = Tw o D i m e n t i o n
10
Motohiko Odani Museum / Yasuto Uemura
壁は二つの領域を作りながら蛇行し様々な空間を形成する。
展示領域Ⅰ 抽象性の強い作品のための空間。 長い廊下、高い天井、狭い場所、広い場所が交互 にシークエンスを形成する。
展示領域Ⅱ 素材感の強い作品のための空間。 抽象性は保ちつつも外部からの光や天候の 影響を強く受ける。
83
A
B' 2 3
1 B
4
-2000
1. レセプション 2. 収蔵庫 A'
3. カフェ 4. W.C GL+1500 plan1/800
B-B' section 1/800
84
10
Motohiko Odani Museum / Yasuto Uemura
85
86
10
Motohiko Odani Museum / Yasuto Uemura
87
11
A D r a w e r o f Wa t e r P i e c e
Artist
宮 永 愛 子
Architect
吉田絢子
敷地 京都市北区 深泥池のほとり
Artist
Interview
宮永愛子
宮永愛子さんへ「アートと空間」をめぐりインタビューを 行いました。 photo by ARAI Takashi
1974 年 京都市生まれ
1999 年 京都造形芸術大学 美術学部彫刻コース卒業
日時:6 月 14 日 場所:京都造形芸術大学@カフェ
2008 年 東京藝術大学 美術学部先端芸術表現専攻修士課程卒業 この形を作りながらこの形のことを見ているのではなくこの形をおく
現代美術家 宮永愛子は、日用品をナフタリンでかたどっ
周りの景色のことをみながら作っている。制作をする前に空間を見る。
たオブジェや、塩を使ったインスタレーションなど、気配
今はこの建物がある、そのもっと前はどんなことがあったのかなと考
の痕跡を用いて時を視覚化する作品をつくることで、私た
える。今はこんな街があるけど、今この街ができたのはどうしてなん だろう、どうやってこの街が発展してできたのか、例えば近くに川が
ちをとりまく世界のしなやかさ、強靭さを見るものへと伝
あるとか、みんなにとってこの川がどんな存在だったのかとか、街に
えます。
流れてる時間とかを探すのが好き。それをうすっぺらくはがして、ま た戻すみたいな。 よく観察していくと、葉脈を取り出してよく見てみたら、急に Google Map の俯瞰した地図のようにみえてきたり、そういえばこれは水の路 だ、その土地で育った木ということはその土地の水で育ったというこ と。その土地の水で育った水の路がたくさん葉っぱから生まれてる。 いろんな地方の葉っぱを集めたらもっと大きい新しい地図ができるか もしれない。 ナフタリン自身が光を通す性質があるから、下から光を当てると透光 性があるから美しく見える。ナフタリンが光を通すから全体的に光を
waiting for awakening -chair- 2012 撮影:豊永政史 ©MIYANAGA Aiko Courtesy Mizuma Art Gallery
88
手紙 2013
通す作品になって美しく見えて結晶が光って見える。まっくらい部屋
©MIYANAGA Aiko Courtesy Mizuma Art Gallery
の方が作品が映える。キューブの作品だと、向こうにいろんな景色が 映りこんだりしてそれもきれい。
―― 場所の記憶
―― 「うすっぺらくはがして、また戻す」
宮永愛子は作品を展示する空間やその土地を見て、作品を
宮永愛子は、普段私たちが忘れかけているけど、そこに在
制作されます。彼女は場所に流れる時間やものに宿る記憶
り続ける ( かもしれない ) ものを、そっとはがして作品を
を引き出すように、新たな物語を紡ぎだします。
のせることで顕在化します。
Aiko Miyanaga Museum / Ayako Yoshida
site plan
Site
京都市北区 深泥池公園
―― 深泥池 深泥池は、低くなだらかな今の京都盆地が数万年前湖底に 沈んでいたということを示す、数少ない遺構の一つであ り、13 万年を越える歴史をもつ自然の池です。 周囲は約 1540m、面積は約 9.2ha で、池の中央に 3 分の 1 の面積を占める浮島が存在します。 浮島は夏に浮かび上がり、冬に沈んで冠水する特性をもつ ことから多様な植生が育まれ、豊かな生物が今なお息づい
深泥池、北東からの俯瞰
ています。
―― 深泥池公園 深泥池南隣の公園であり、地下鉄北山駅から徒歩 10 分の ところに位置します。公園から階段を上がった北側の側道 からは、深泥池を一面見渡すことができます。公園一帯は くぼ地となっており、公園内から目線レベルでは池を見る ことができません。また既存の公園では西側に遊具やベン チが集まっており、これを保存し東側に新しく美術館を計 画します。
深泥池公園側道から見た景色
89
円弧のスリットに沿って展示室をめぐる
Concept
水の流れを辿る美術館
宮永愛子の作品が場所の記憶を引き出すように、建築に水 を湛えることで、京都の地に根付く池の記憶に接続しう る、水の流れを辿る美術館を構想します。
―― 水と美術館をつなぐスリット 建築の全体は長方形のボリュームに円弧のスリットが刻ま れ、展示室が入る凹の空間と、水で覆われた凸の空間から 構成されています。入館者は展示室を周りながら、水が壁 面を伝う廊下空間、水盤が池まで連続する開けた空間、水 に四周を覆われた空間をめぐります。
―― 3 つの展示室 宮永愛子の作品展示にあたり、3 つの異なる性質の展示室 を設けます。1F 中央のボックス状の展示室、西側の暗い 通路状の展示室、東側の吹き抜けで一筋のスリットのあく 展示室です。また2F 水盤が開けて見える室に、作家のア トリエを設けます。
90
水と光が壁を伝うカフェ・ショップ
11
Aiko Miyanaga Museum / Ayako Yoshida
空間構成図
公園の緑が足下から映り込む展示室 B
吹抜けで上部にスリットのある展示室 C
91
roof plan 1/500
1 展示室 A 2 展示室 B 3 展示室 C 4 ラウンジ 5 アトリエ
north elevation 1/500
6 会議室 7 受付 8 EV 9 機械室 10 空調機械室 11 電気室 A-A' section 1/500
1 ラウンジ 2 展示室 A 3 回廊 4 カフェ・ショップ 5 機械室 6 空調機械室 west elevation 1/500
92
B-B' section 1/500
11
Aiko Miyanaga Museum / Ayako Yoshida
1 休憩室 2 アトリエ 3 ラウンジ 4 展示室 C 5 会議室 6 トイレ 7 EV 2F plan 1/500
1 エントランスホール 2 受付 3 展示室 A 4 展示室 B 5 展示室 C 6 カフェ 7 ショップ 8 トイレ 9 EV 10 事務室 11 倉庫
1F plan 1/500
roof plan 1/500
93
94
Aiko Miyanaga Museum / Ayako Yoshida
95
三瀬夏之介の美術館を構想します。
12
建築を構成するための原初の要素〈柱〉と、堤防の高さ 2100 ㍉を便りにして、木造で仮設することを考えます。 「すべての柱が作品を掲げるための依り代となり、同時に 作品が内部空間を分節する唯一の要素となる」
Artist
三瀬 夏之介
相互の関係性によって「美術館」は成立し、その存在が一
Architect
西尾 圭悟
展開し続ける三瀬作品に対して、その受容体としてのひと
敷地 桂川堤防沿いの空き地
96
時的に担保されます。
つのモデルになるのではないかと考えています。
12
Natsunosuke Mise Museum / Keigo Nishio
Ar t is t 三瀬夏之介 画家 1973-
10 mにも及ぶ大きなスケールの「絵」は、宇宙のような広がりを感じさせる 一方で、作家の日常の記憶と「えがき」続ける作業の痕跡が精緻に結びつけら
ぼくの神さま Diverse Gods 雲肌麻紙、白麻紙、青墨、胡粉、金箔、アクリル、 ハトメ、印刷物
れた集積体である。
347.5 × 854cm
それは様々な経緯によって生まれた絵の断片が互いに手を取りあい、層をなし
2013
てひとつの状態を保っている。しかしそれは継ぎ足しされたり、他の作品と結 合したりしながら、その姿は変容し続ける可能性をもっている。
Site Plan
Site
敷地図 1:2500
敷地は京都銀行の研修施設の跡地である。
京都という都市の中で、その色濃い文化がつくり出す独
西を阪急嵐山線の線路に面し、南に小学校、北には住宅街
自のムードを一歩外からながめ、思いをはせることので
が広がる。堤防沿いの道が主なアクセスとなっている。
きる場所である。
97
「絵画はイメージであるけれども、同時に物質でもある。 絵の具という物質を溶くところからはじめて、だんだんとイメージに仕上げていく。 けれどふとした時にイメージは裏切られることがある。 そうした(物質とイメージのあいだにあるような)感覚がしっくりきている」 (2013.05.18 三瀬さんへのインタビューより)
4 つのコンセプ ト
1. 敷地
2. 〈ゆらぎの中に建築する〉
環境
〈自然の変化をとり入れる〉
歴史上で幾度となく氾濫してきた桂川の周辺地域は、
堤防のレベルを参照し、床は地面より 2 メートルの
河川と適切な距離を保ってきました。
高床 にし ます。床 下にも 太陽 光が入 りま す。 豊富 な
季節 のめ ぐりと水位の変化、そうした〈ゆらぎ〉の
水源と光が植物を生育し、敷地は緑の海のように変
中にフィックスしない美術館のかたちを考えます。
化していきます。
断面図 1:500
98
12
Natsunosuke Mise Museum / Keigo Nishio
他の建築要素に対して柱を優位に表現する。
3. 構成
4. 〈大きさと連続性を担保する〉
回遊性を保ちつつ外部環境の挿入しながら、空間の 「ぬけ」つくりだします。 建築の壁はすべて内部と外部を隔てるものに限定す
展示
〈作品によって空間を形づくる〉
大きなスケールの作品は内部空間を分節したり、内 外の境界上にあることで、空間の様相に変化をもた らします。
ることで展示作品は内部空間に強い力をもちます。
99
10000 00
00
20
20
25
00
25 00
十字柱のシステム グリッド上に配置された十字の柱によって建築を構成し ます。柱と柱の間に壁を挿入することで内部と外部をつ く っ て い き ま す。 同 様 な シ ス テ ム の 繰 り 返 し に よ っ て 様々なスケールのモデルを形成することができます。
100
12
Natsunosuke Mise Museum / Keigo Nishio
柱、展示作品、鑑賞する人のスケールの関係。
Concep tu al Ax on om e t r ic
Pilla r
Ex h ib it ion Wor k s
Ex t e r ior S l ab
I n t e r ior Sl ab
R o of
+2000
- red
+2000
+10000
- orange
+4000
- pink
+500
101
102
347.5 × 854
162 × 845
H. ぼくの神さま
I. 肘折幻想
( 作品展示例 )
363 × 740
346 × 679
337.6 × 484
E. 日本の絵~小盆地宇宙~
F. 日本の絵~笑月~
272 × 1456
D. だから僕はこの一瞬の永遠のものにしてみせる
G. ぼくの神さま
272 × 1456
182 × 272
B. 空虚五度
272 × 360
A. エディプスの子
C. 権現
SIZE(cm)
TITLE
間の様相は大きく変化します。
作品は壁に依存せず十字柱に渡して展示します。展示方法は様々であり、それによって空
D.
E.
B.
I.
F.
G.
A.
H.
平面図 1:1000
C.
Natsunosuke Mise Museum / Keigo Nishio
柱によって見え隠れする作品が、次の空間へと導いていく。
12
103
アートと空間
RESPONSE 展 シンポジウム
ゲスト: 松井冬子
( 画家 ) × 宮永愛子 ( 美術家 ) × 西沢立衛 ( 建築家 ) × 竹山聖 ( 建築家 )
日時:2013 年 11 月 17 日(日) 14:00 - 17:00 / 会場:京都国立近代美術館講堂 主催:京都大学竹山研究室 / 共催:イムラアートギャラリー / 協力:京都国立近代美術館 / 後援:PARASOPHIA( 京都国際現代芸術祭組織委員会 )
展覧会の会期も終盤にさしかかった 11 月 17 日、「RESPONSE アートをめぐる 12 の建築」を土台として、 一線で活躍するアーティストと建築家をお招きし、「アートと建築」の関わりを議論するシンポジウムを開催しました。
PRESENTATION & REVIEW 前半は、展覧会の様子を映像で紹介した後、竹山研究室の学生 5 人による プレゼンテーションを行いました。その後、ゲストの松井冬子さん、宮永愛 子さん、西沢立衛さんにプロジェクト全体やそれぞれの作品について講評を いただきました。また大西麻貴さんをはじめ、関西で建築家や教員として活 躍されている、キドサキナギサさん、河井敏明さん、梅林克さんにもひとこ とずつコメントをいただきました。
・松井冬子さん
1. 吉 川 青
2. 江 川 知 里
3. 玉井康晴
塩保朋子美術館
日高理恵子美術館
舟越桂美術館
I bha f t
記憶の小径
記憶の伽藍
4. 吉 田 絢 子
5. 阿 波 野 太 朗
るんですけど、消えるのではなくその場所によって変わっていくだ
宮永愛子美術館
松井冬子美術館
よっていう話を吉田さんにしていて、そのようなことが彼女の中に
A Drawer of Water Piece
表層の館
「まず作家さんの作品をみなさんがすごく大切にされているなと思 いました。( 松井冬子美術館については ) 作品と建築のコンセプト が完全にリンクしていて、 作品に対する深い理解を感じました。( 八 瀬を敷地に選んだことは ) 私の作品はグロテスクだったり不気味 だったりするので、 「魔をもって魔を制す」というイメージで、強 いネガティブなものをネガティブな場所におくことでポジティブな 意味が生まれていて、効果が高いと思いました。 」
・宮永愛子さん 「( 宮永愛子美術館について ) 私が育った伏見稲荷からは遠い深泥池 という敷地にまずびっくりしました。何万年もかけてできてきた風 景の中を選んでいて、( 学生との ) インタビューのときに、自分の 作品は一方的な方向からみると消えていくなんて想像される方もい
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Symposium Report / Art & Space 入って、そして温められてこの場所が選ばれたんだなということが
と建築家という一対一の関係の場合、建築としての欲望、アーティ
感じられて嬉しかったです。 」
ストに対しての欲求を、建築家サイドから投げかける部分があって もいいと思うんです。そういう意味では、今回は受け手になってし
・西沢立衛さん
まったのかなと感じました。
「個人美術館というテーマなんですけど、 本質的には「アートと空間」
敷地に関しては、京都を都市と捉えるのか、環境と捉えるのかで変
なんですね。それで一番感激したのは、アーティストに直接アポイ
わってくると思うのですが、今回、みごとに ( 京都の ) 田の字の中
ントをとって、双方向的なコミュニケーションの上でつくるという
につくっている人がいなくて、都市に対するまなざしが薄いと感じ
ことで、それは素晴らしい体験だったんじゃないかと思います。
ました。それと建築が平面的で、敷地に対する断面の考え方、特に
ただ建築の視点からすると、保守的というか建築っぽい感じがしま
短手断面についての考えがプレゼンテーションから見えにくかった
した。建築にあんまり可能性を感じていないんじゃないかなと。す
という点が気になりました。 」
ごく思いやりをもってつくったことが、逆に注文住宅みたいにみえ てしまう。現代美術の一番すごいことは、作家が今生きていて双方
・梅林克さん ( 建築家・京都大学非常勤講師 )
向的なやりとりがあるということです。建築をつくるっていうこと
「建築がかっちりとしすぎていて、作品との関係が見えづらく、
に興味を限定するんではなくて、ひとつの経験をつくる、作品を中
フォーマルな関係ができてしまっていると思います。作家によって
心とした場をつくるというように思ってやれば、ここまで「作品」
はそういうものがない方いい人もいるよね、周辺に溶け込んでいた
と「コンクリート造の建物」というふうに分かれないんじゃないか
りしていた方がいいものもある。かっちりとしているものでも成功
なと思います。 」
している場合もあるけど、その方向ばっかりではないのかなと思い ます。 」
・大西麻貴さん ( 建築家・竹山研 OB) 「全体の感想としてはすごく美術館っぽいなと感じました。必ずし
・河井敏明さん ( 建築家・竹山研 OB・京都大学非常勤講師 )
も作品を展示する場所が美術館でなくても構わないし、 「家」 でも 「カ
「( 作家が作品を ) つくり出す時点のスタンスへの読み込みから、自
フェ」でもほかの何か新しい名前のプログラムでもいいのかもしれ
分たちが何かを派生させようということがなかったわけではないと
ない。全体として内部空間の体験というものにすごく執着があるん
思います。ただやり方が不器用だったなと。たとえば宮永さん美術
だなと感じて、それに関してはいいなと思いました。一方で敷地選
館では、時間と関係する作品とのつながりを建築化するという非常
びに関しては、 あまり興味がないのかなと感じました。 「抽象的な森」
に高いハードルを超えるのが難しかったんだろうと思います。時間
みたいに抽象的に考えているという感じがします。もし私が個人美
というテーマに対してやわらかいアプローチをすることもできるけ
術館を考えるなら、敷地選びは相当に重要になってくるんじゃない
れど、そういう不器用な匠みたいなアプローチもありだと思います。
かと思います。 」
同じ視点で考えると、敷地が郊外で文脈がないところを選んでいて、 周辺の自然のコンテクストに依存するという方法論に終始している
・キドサキナギサさん ( 建築家・京都工芸繊維大学准教授 )
んですが、それなら京都の街中で「かっちりした」建物の中に囲ま
「ふつう美術館をつくるときはキュレーターの方が入られますよね。
れながら、それらをものにしてしまうというようなアプローチでも
そういう場合、建築家をキュレーターの欲望のようなものを整理す
よかったのかなと感じました。 」
る立場になることが多いのかなと。でも今回のようにアーティスト
105
TALK SESSION 後半は、トークセッションに先立って、ゲストの 3 名による「自作についてのショートプレゼンテーション」をしていただきました。 西沢立衛さんには、豊島美術館、軽井沢千住博美術館、ルーブルランスなど近年の美術館のプロジェクトを中心に紹介していただ きました。また松井冬子さんには横浜美術館で個展「世界中の子と友達になれる」での作品や展示計画について、宮永愛子さんに は作品集「空中空」の作品を中心に展示についての考えをお話いただきました。
「パラノイアとラフ」
竹山 : そうだとすると、今回の課題でレスポンスを繰り返す中で 学生諸君が良かれと思ってやったことは、結局作家の表現の幅を 縮めてしまったのではないか?という気がするんですよね。空間
竹山 : アーティストもそれぞれ背景によって全然持っている世界
が作品を育てるということがありうるということを学生たちは設
が違うのだなぁという分かりきったことを改めて思いました。し
計を通して考えていたとは思うんですよね。西沢さんが内藤礼さ
かしお二人ともすごい執念深いですよね。異常なパラノイアっぷ
んと協働された豊島美術館に関して言うと、頭上に大きな穴が空
りというか…12万枚張り合わせるなんてすごいなあと思います。
いてますから当然雨が吹き込んでくるわけですけど、まあそれは
普通に見ているよりずっと解像度の高い世界を何らかの形で目に
それでいいんじゃないかって内藤さんも納得してるんでしょ(笑)
見えるようにしている、という感じがしますね。時間にせよ空間
アートの緻密な思考とかいいますか、ものすごく考えつくされた
にせよ。それに比べるとどうですかね、西沢さん。建築ってすご
世界観に向かい合う時、ひょっとすると建築は、器を与えるって
いラフですよね(笑)
いうよりも、ま、邪魔してもいいや、くらいの気分で望むほうが いいのではないか、建築はアートと拮抗するのだという気持ちで
西沢 : ラフ、…そうですね、土建屋っぽいですよね(笑)
設計すると、アートがますますおもしろくなるのではないかと、 そんな気がしたんですけど…ちょっと乱暴かしら(笑)そんな風
会場: (笑)
に設計をされるとアーティストの方は困るのでしょうか。
竹山 :( 豊島美術館のように ) 土で型枠作ってシェルをつくる時、
松井 : 先ほど西沢さんがおっしゃってた、学生さんの提案に対して
1.2cm のずれなんて誤差の範囲ですものね。
の 「建築っぽすぎる」 って言葉がずっと頭にあるんです。建築がアー トになるかならないかという問いかけに対しては、私は建築はアー
西沢 : そうですね。精度については日本人は細かいほうですが、現
トになり得ると思っているんです。というのは簡単に言ってしま
場では先ほどお見せしたようにみんなで寄ってたかってつくって
えば、巨大な彫刻として考えてつくった場合ですね。誰からの出
いますし、なんだかおおざっぱなものですよね。改めてアートと
資も受けずに自分のマスターベーションという形で制作すれば建
建築は相当違う世界だなという印象を受けました。
築物もアートたりうるのではないかと。
竹山 : 今日は「アートと空間」というテーマなんですが、先ほどの
竹山:西沢さんはどう思いますか。
宮永さんの話を例に挙げていうと、十和田市美術館で展示をする のと国立国際美術館で展示をするのでは全く別ものになる。 「場」 を読んでアートというのがまた生み出されてくるということがあ るんですよね。
宮永 : はい。自分がもっている世界とか、自分の知っている範囲っ て、自分では詳しく知っているつもりでも限定された小さな世界 ですよね。新しいものに出会うときはハッとしますし、教わるこ ともあります。見知らぬ世界の空気に触発されて、作品が深まっ たり新しいものが生まれる、ということはあると思います。
竹山 : 松井さんも横浜美術館で展覧会をされたとき、横浜美術館の 空間に応じて自分の作品を位置づけるという作業があったんです よね。
松井 : はい、作品を9つのカテゴリに分けて「受動と自殺」や「腑 分」等と名付けられた9つの空間に各々配置しました。
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西沢立衛さん
Symposium Report / Art & Space 「建築っぽすぎるとは。 」
どの松井さんの絵について言うと、単純に死を描いているわけで はないですよね。死体を描いているのではなくて、死んでゆく人 の周りの、ゆっくりした流れを早く、早い流れを遅く描いている と言いましょうか。作品を通じて普段は感じ取れない時間の流れ
西沢:アートの定義はひとまずおいておくとして、人間の手によ
を感じさせますね。
るものづくりとして捉えれば、建築はアートの一部になりうるの
建築も、普通は感じ取れないような世界を感じさせる、とか驚き
かなと思っています。ただ建築を専門に仕事をしていて、アート
をあたえる、喜びをあたえる、別の世界をつくるということは当
と決定的に違うなと思うことは色々あります。
然考えるわけです。だから僕も建築にはアートという側面がある
一つには、やっぱり歩んできた歴史が違うということでしょうか。
と思っているんですけど、そこに現実問題として「建築のものと
さっき学生の案に「建築っぽすぎる」って言いましたが、ここで
しての特性」というのを無視できないんですよね。たとえば目地
いう建築っぽいというのはつまり…胡散臭いってことですね ( 笑 )
を切っていかないとひび割れてしまいますよ、ということですね。
モダニズム以降、建築の経済的な消費財としての側面を無視でき
もちろんヒビ割れてもいいんですよ、それはそれですごい美しい
なくなって。それが建築をダメにもしたし、豊かにもした。その
から。でも陶芸ではひび割れたら美しいねって言ってもらえても、
点で特にモダニズム以降、アートと建築は相当違う歴史を刻んで
建築でひび割れたら怒られるんですよ(笑)そういった物性の違
いるのではないかと。ピラミッドなんかアートとも建築ともいえ
い、もしくは巨大なスペースをつくるときの制約、その中で人間
ないというところがありますし、建築の柱一本がいま美術作品と
が善かれ悪しかれ安全に、何らかの生活をしていかなきゃいけな
して展示されたりもしますから、アートと建築が似たようなもの
いという前提。それから自分の手ではなくて、他者だとか機械だ
だった時期もかつてはあったと思うんです。でも現在では歩んで
とかいろんなものによってつくられていくということ。そうやっ
きた歴史が違うから、バックグラウンドが違う、そうなるとこの
て、他の要素を考え合わせながらつくっていくこと。建築という
さきの未来も違うのではないかと。
のはそういう、ちょっとゆるいアートなのかな。
もう一つは、科学と建築の関係ですね。建築って何か大きいもの を作ろうとすると科学ってものが出てきちゃうんですよ。橋を架
松井:そこに確固たるコンセプトが存在すれば、どんなものもアー
けるときとか、宗教的な空間を半径 30 メートルで作ろうとすると
トになりうるのだと思いますよ。
き、どんなやり方でもできるわけではわけではないですよね。こ こで必ず科学というものを使うようになる。あるいはもっと小さ
西沢:あと建築で僕がもうひとつ気にしているのは、社会性、と
ければ、構造とか空調とか、考えなくてもなんとかなるんでしょ
いう部分ですね。アートと建築の社会参加の仕方は全く違うと思
うが、30 メートル級にもなれば建築がどうやってもやれるという
うんですよ。どちらにとっても社会性というのがすごい重要なモ
レベルじゃなくなるというのがあるかなと。
チベーションであることは同じなんですけど。 ヨーロッパ建築の起源であるパルテノン神殿というのは、まさに
竹山:アートというのはひとつに、普通は感じ取れないものを感
アートで。人間は中に入っちゃいけなくて、外から見なければい
じさせてみせる力、だと言えると思うんですよね。例えばさきほ
けないんです。パルテノン神殿における空間経験というのは、内
松井冬子さん
宮永愛子さん
107
部空間に現れるものではなく、ものとしての神殿の放つ光を見る
西沢:もちろんものにもよりますけど、ニューミュージアムでカー
ことと換言できるんです。はじまりがそうなんですけど、これが
ルステン・ヘラーの個展を開催したときは、4階から2階まで貫
ローマ時代のパンテオンになりますと、市民社会の時代になるの
く31m の滑り台を展示してたんですが、来場者の方も体験でき
で人間が建物の中に侵入してくるようになる。円形に閉じた神殿
るものだったので、もうわいわいしちゃってわけわかんないこと
なんだけど、神様が一列に並んでる奇妙な建物なんですね。その
になってましたよ(笑)
真ん中に、みんなで入る。みんなで入って空間を共有するってい うことが、はじめて建築的に実現されたものだったんですね。丘
松井:確かに美術館では空間の設えが見ている人の集中力を引き
に立つ記念碑的なものだったのが…それと同時に大変な閉鎖性が
出す機能を担うことはあると思います。でもどのような環境であ
生まれるんですが…個としての建築を犠牲にして、みんなでひと
れどんな作品であれ、それを見ている人に哲学を考えさせる力を
つのことを目撃する場所へと変化していったのではないかと思う
持っていることがアートにおいて重要なのではないかと。それが
んですよね。
ふざけた作品であっても、鑑賞者のなかで疑問がわいて出る、と いいましょうか、哲学を生み出す作用があればアートとして成立
竹山:…あの、さっき西沢さんがさっき『わいわい系』って言っ
するので、美術っていうのは結局宗教に近いなと思いますね。
たでしょ。 西沢:それと矛盾するようなお話かもしれないですけど、僕はアー 西沢: 『わいわい系』 。 (笑)
トとか建築には目的は無いと思っていたんですよ。でもお二人と も先ほどのレクチャーの中で面白かったのは、この作品はこうい
竹山:内藤さんの作品を見るのに、内藤さんの作品は『わいわい系』
うことを意図していますと言って目的を明快に提示されてました
向きでは無いよね。静かにじっと向き合う。でも考えてみると多
よね。それには納得がいったのですが、同時に作品自体は説明さ
くのアートってそうなんですよ。んでね、建築って『わいわい系』 、
れた意図とは全く異なる抽象性を獲得しているじゃないですか。
でしょ。
完成したものには意図を超えるような広がりがあって、そのギャッ プがすごく面白かったんですよね。
会場: (笑) 竹山:意図を超える無意味な労働があるから、意図を超える所に 竹山:ぼくはパンテオンは…巨大な穴がてっぺんに空いてる直径
いっちゃうんだろうね ( 笑 )
が 43m のドームなんですけど…もう感動して、じっとたたずみま すよね。建築やってると感動してじっとたたずむ人が多いと思う
西沢:哲学の意味を建築で考えようとすると、建築はさっき話し
んですけど、 一般の人は『わいわい』してますよ。もう「わーわー」っ
たような機能とか、経済とかと関係しちゃうんですけどね。
て通りすぎていく。建築の空間ってじっと味わうっていう人はあ
建築って長くもつもので、建築家はある機能を想定して設計する
んまりいないですよね。でもアートって言うのはやっぱりじっと
んですけど、使われたり所有者が変わる中で機能がどんどん変化
味わってもらいたいものでしょ。というかじっと味わってもらう
していって、最終的には機能なんてどうでもいいじゃないかとい
集中力を要求するものですよね。
うところに行き着くんですね。不思議なことなんですけど。でも
108
Symposium Report / Art & Space
例えば壁があったらよけなくてはならない。ある壁のありようは
が建てた」って言って、鹿島建設の豊田郁美さん ( 豊島美術館の
歩き方を示唆しますよね。あと、イタリアン用にキッチンを作っ
施工管理者 ) みたいな人も「俺が建てた」って言う(笑)みんな
てしまったら、中華はつくれないでしょ。機能というものはどう
「俺が建てた」って言うことが成り立つ世界なわけで。それはやは
してもこう食べる、こう生きるっていうことを左右するんです。
り、個人じゃないというか、建築をつくる過程である種の不思議
機能なんて最終的にはどうでもよくなっちゃうんだけど…建築と
な恊働性があるからですよね。僕は個人美術館でももちろん同じ
いうものは機能というものを通って、どのように生きるか、どの
ことがあり得るのだと思います。作家が「俺が建てた」って言うし、
ように考えるかってことを空間的に表明してるといえるんですよ
施工者も言うし発注者も言う。そういう部分には、建築家として
ね。哲学っていう崇高なものが、建築の場合では結局具体的なディ
可能性を感じています。
テールとか卑近な機能ってものの積み重ねの中に生じるんじゃな いかと。
宮永:私は最初にこの話をいただいて学生さんとやりとりした時 に、 「なんですべて新しくつくらなきゃならないのか」と聞いたよ
竹山:西沢さんが経済性とか合理性っていうと、とってもすばら
うな記憶があるんですね。 「新しくつくらない」というのは、すで
しいと思うんですが(笑)
にある時間の中に入っていって改めて何か足したり、そこをうま く使っていくということですね。傾斜を利用してつくるだとか、
西沢:どういう意味ですか(笑)
すでにある土地勘を利用してつくっていく、ということに近いの かな。そういう美術館が、 今回生まれて出てきても良かったのでは、
竹山:機能について ROLEX ラーニングセンターに行ってみて思っ
とはすごく思っています。そういう「場所づくり」をしていれば、
たことなんですけど、あの曲面にはちょっと地形に合わせるとか
西沢さんから「注文住宅みたいだね」と言われることもなかった
周囲の空気に合わせるとか、いろんな意図や説明の仕方があると
のではないかなと。
思うんですけど、まあ通常は平たいと思われている床が波打って
なんでも新しく全てを生み出すことなんかしなくてもいいんです
いるのだとしますと。すると一般的な、つまり哲学とか宗教がわ
よね。今あるものを観察して何か繋いでいくべきものが見つかれ
からない人は、こんなの使いにくいっ!て言うかもしれない(笑)
ば十分で。その繋いでいくべき大事な筋さえあれば、その続きに
けどある種の特別な日常性を望む人は、それを見て「ふーん」と
新しい線を引くことができるのだと思います。それを繋いでいっ
思う。盛上がっていたりへこんでいたりすると、そこに楽しい生
た先に、ひとつの環のように既存のものからあたらしいものへ繋
活を触発しますよね。楽しい使い方も。こういった大きさみたい
がった世界というものが見えそうな気がすごくしました。とくに
なものが、もし建築をアートたりうるとするとちょっとしたヒン
今回の課題は、京都の中につくるという制限があったようなので、
トかもしれませんね。
京都の中に既にある「時間」というものにフォーカスする方法も
さっき西沢さんが言われたけど、一般的には注文住宅みたいって
あり得るのかな、と思いました。
いうのは、普通は機能的に使いやすくしているということなんだ けど、そういったこととは違う発想で、ある種の違った価値の優
竹山:ありがとうございます。実は 5 時 15 分で絶対終われ、とい
先順位を高めて、ほら空からこんな光が入るでしょとか雨が入っ
うお達しが入りましたので(笑)ディスカッション盛り上がって
てもいいでしょとか水が流れたら楽しいでしょというような事を
きたところでとても名残惜しいんですけれども、時間がきてしま
共有できる場で人とプロジェクトをできると面白くなりますよね。
いましたので締めの挨拶に移りたいと思います。本当に今回お忙 しい中お越しいただいたお三方、それから今日いらっしゃいませ
西沢:たださきほど、建築とアートのぶつかりあいっていったと
んけれども、学生たちに応答してくださった 12 人のアーティスト
ころで、誤解があるかと思うんですけど、名和晃平さんと話して
の方に心から感謝を申し上げたいと思います。学生たちはまだ建
いて名和さんが彫刻をつくるのと一緒に美術館をつくっていて、
築家ではなく卵なのですが、長い目で見て、学生たちもとてもい
そのお施主さんがいうのは、 「建築が出しゃばりすぎる。やっぱり
い経験をさせていただいたと思います。それから今日コメントを
個人美術館は作品中心でしょ」 。それで建築はどうあるかっていう
いただいたお方々や、様々な協力してくださった方々、それから
ので、でも建築家を呼ぶとどうしてもでしゃばっちゃうから、名
集まっていただいた方々にお礼を申し上げてディスカッションを
和さんにお願いします、っておっしゃった。僕はその話を聞いて、
締めたいと思います。どうもありがとうございました。
「賢いお施主さんだな」と思った。ひとつの世界をつくるのに全部 名和さんに任せるというのが賢明な判断だと感じたんです。そう いうわけで、やはり個人美術館という場合は、中心にその作家の 世界観というものがある前提でやり取りをしているのだと思いま す。
一方で、住宅なんかで考えると顕著なんですけど、住宅って結構、 お施主さんが「俺が建てた」って言うんですよ。で、建築家も「俺
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本記録集は以下の展覧会に出展された作品及びシンポジウムの概要を記録するものです。 制作にあたり、作家さま方の作品画像等につきましては、展覧会時に使用の許諾をいた だいたものをそのまま使用させていただきました。
京都大学竹山研究室建築作品展 「RESPONSE アートをめぐる 12 の建築」 会期 : 2013 年 11 月 2 日(土)~ 11 月 22 日(金) ( 日・月・祝祭日は休廊 ) 開場時間 : 11:00 – 19:00 会場 : イムラアートギャラリー京都 ( 京都市左京区丸太町通川端東入東丸太町 31)
RESPONSE 展関連シンポジウム「アートと空間」 日時:2013 年 11 月 17 日(日) 出演 : 松井冬子 ( 画家 )、宮永愛子 ( 美術家 )、西沢立衛 ( 建築家 )、竹山聖 ( 建築家 ) 会場:京都国立近代美術館講堂 第一部 (14:00 - 14:50)「学生によるプレゼンテーション及び講評」 第二部 (15:00 - 16:45)「トークセッション」 主催:京都大学竹山研究室 共催:イムラアートギャラリー 協力:京都国立近代美術館 後援:PARASOPHIA( 京都国際現代芸術祭組織委員会 )
また一連の企画の土台となったゼミ活動の記録については 2013 年 10 月発行の「traverse」 第 14 号 ( 京都大学建築系教室有志による年刊の機関紙 ) に所収しています。
2014 年 3 月 1 日 企画・編集:京都大学竹山研究室 http://takeyama-lab.archi.kyoto-u.ac.jp
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