日本の建築家における試作の意義と役割 ―1960年代以降のスタディ模型に関する言説―

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日本の建築家における試作の意義と役割 ―1960 年代以降のスタディ模型に関する言説―


目次

序章……………………………………………………………………………………………2 0-1

背景と目的 …………………………………………………………………………3

0-2

既往研究と本研究の位置付け ……………………………………………………3

0-3

研究方法 ……………………………………………………………………………4

0-4

論文の構成 …………………………………………………………………………4

第一章

試作をつくる目的………………………………………………………………… 5

1-1

試作とは ……………………………………………………………………………6

1-2

デザインにおける試作とは ………………………………………………………6

第二章

建築模型の役割……………………………………………………………………8

2-1

模型とは ……………………………………………………………………………9

2-2

模型全般の役割 ……………………………………………………………………9

第三章

スタディ模型とその他建築模型の役割の違い ………………………………11

3-1

建築模型の分類……………………………………………………………………12

3-2

スタディ模型と計画模型…………………………………………………………13

3-3

スタディ模型の性質………………………………………………………………14

3-4

年代別で変化したスタディ模型の役割…………………………………………15

第四章

建築家の言説から見るスタディ模型 …………………………………………16

4-1

スタディ模型の分類………………………………………………………………17

4-2

スタディ模型に関する言説の抽出方法…………………………………………20

4-3

年代別に見たスタディ模型の役割………………………………………………21

結論 …………………………………………………………………………………………22 考察 ………………………………………………………………………………………… 23

1


序章

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0-1

背景と目的

建築における試作は、模型や図面を用いて建築物を建てるために作られ、多角的に 検討する。しかし建築の検討をする際、試作は原寸大の模型でも、正確な図面でなくて もよい。一方デザインの検討では精確な寸法でかつ原寸での検討を求められるため、 建築の検討方法はデザインにおけるプロトタイプとしては異質なものである。また建 築におけるスタディ模型は設計者の目的や意図、傾向によって大きく意味合いが異な る場合がある。例えばスタディを作る際にスケールを確認するために作るのか、ディ テールを確認するために作るのかなどスタディ模型をつくる目的は建築家によって 様々である。そのためスタディ模型を一言で定義するには難しい。そこで本論文では まず建築模型が模型全体でどこに位置づくかを明確にする。 また菊竹清訓(1928~2011)と丹下健三(1913~2005)における対談では丹下が作るス タディ模型に関して、 「丹下先生のところでは、設計の際モデルでいろいろなスタディ をされていますね。外国の建築家はみんなびっくりして、 『あんなに大きな模型をいつ もたくさんつくるのか』と、模型でスタディすることに非常に特殊な印象を受けてい るらしく、しばしばそういう質問を受けるのですが、私が知っている範囲ではサーリ ネンがずいぶん大きな模型をつくってやっており、ミースが原寸の模型を、部分的で すけどもつくってやっていた。しかし全体を模型でスタディするというのは非常に特 徴的なスタディの方法じゃないかなと思います」(1) と述べている。この出来事は日本を 代表する建築家である丹下の模型を見て、海外の建築家は非常に驚嘆していることを 表している。また日本の建築家のスタディと海外の建築家のスタディが異なることを 示している。このことからスタディ模型において特異性がある、 日本の建築家に限定 してスタディ模型を調査する。そのあとにスタディ模型が建築模型全体でどこに位置 づくかを明確にした後に建築意匠に焦点を絞り、建築における試作とは何であるかを 示す。

0-2

既往研究と本研究の位置付け

建築における試作を述べる論文は数少なく、スタディ模型の意義に関する論文は存 在しない。西田進の「スタディ模型と IT を利用した構造工学教育」は技術者教育にお いて新しいカリキュラムへ移行している。そのカリキュラムに対応できる具体策とし て、スタディ模型と教育方法を結び付けることについて言及している。このようなス 3


タディ模型を実験におけるツールとして用いる研究が大半を占めている。本研究では、 建築における試作の使われ方を年代ごとに明らかにし、建築における試作の意義と役 割について考察を行う。

0-3

研究方法

本研究では、日本建築学会内で 1949 年から始まった日本建築学会賞(作品)を受賞し た建築家を調査の対象とし、その建築家の言説からスタディ模型に関する言説を抜き 出す。その言説からスタディ模型の意義と役割の変遷を明らかにする。調査方法とし て 1949~2018 年の新建築、1995~2018 年の JA、1992~2018 年の GA JAPAN、計 1026 冊と建築模型に関するその他書籍から言説を抜粋する。

0-4

論文の構成

第一章から第三章ではデザインにおける試作、建築模型、スタディ模型をそれぞれ 定義する。第四章では建築家のスタディ模型に関する言説を年代別、傾注したこと別 で分類した。

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第一章 試作を作る目的

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1-1

試作とは

デザインは物体やシステム、人間と人間を繋ぐ図面の作成、構築するための計画で ある。デザインは幅広い分野で異なる意味を持つ。そのため工学、コーディング、グラ フィックデザインなどにデザインという言葉が用いられる。ここでのデザインはプロ ダクトデザインや建築を指す。プロダクトデザインや建築では、デザイナーが何かの 製品を計画及び制作する時、デザイナーの頭の中のイメージをそのままアウトプット し完成とすることは、ほとんどない。多くの場合、デザイナーはデザインの過程で思い 描いたイメージを紙に描く、模型を作るなど、実際に実体に起こす。すなわちデザイナ ーが脳内に描いたイメージを整理し、誰かに伝わりやすい形で試作をつくり出す。 試作の辞書的な意味は「本式に作る前に、ためしに作ってみること。また、そのも の。」 (2) である。つまり 1 つのアイデアから本式へ至るまでの過程に作られるものであ る。そのアイデアが実用化された際に起こりうる問題点を解消するために必要なもの である。

1-2

デザインにおける試作とは

建築やプロダクトデザインにおいて検討するということは、デザインの一つの分野 に建築やプロダクトデザインが当てはまる為、必要であるといえる。しかし、建築にお ける試作とプロダクトデザインにおける試作は検討することにおいて、同様な意味を もつものではない。プロダクトデザインの場合、試作は量産前での問題点の洗い出し の検証や試験のために作られる。プロダクトデザインの試作としてモックアップを例 に挙げる。モックアップ(図 1)は商品の大きさや色・質感などや、製造のための「原型」 としても使用される。モックアップは家電製品をはじめ自動車、航空機など、精密さを 要する製品デザインに、不可欠なものである (3) 。モックアップを用いて製品を検討する 場合、モックアップの外見や人間が触る部分などが重要な役割を持つ。モックアップ はクライアントに商品が製品化された際の正確なイメージを伝えるためのものである。 (図 2) 一方建築は実物大の建造物を試作としてつくることは不可能であるため、建造物の 規模を縮小した模型や図面などで検討を行う。そのため、建築における試作は、実物大 を用いて機能や強靭性、量産性を測るものではないといえる。よって、建築における試 作とプロダクトデザインにおける試作が検討することにおいて役割が明確に違うこと 6


が分かる。しかし建築において試作とは具体的に何を指し、誰のために行い、どのよう な特徴があるのか。そこで日本の建築家が試作として用いやすい模型を中心に調査す る。

図1

図2

ニコン D5 のモックアップ

プロダクトにおける検討の流れ

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第二章 建築模型の役割

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2-1

模型とは

模型とは既存の、あるいは計画予定の対象物(実物)の立体的特性を明示するため に、実物に似せて作ったもの (4) である。対象の特性を、視覚を通じてすみやかに伝達で きる点に第一義的価値がある。模型は、学問や産業の各分野において、実験や展示、教 育などの多様な用途をもつ実用的なものを指す。また他にも置物、あるいは製作過程 を楽しむ人々の趣味の対象となるものに大別される。 2-2

模型全般の役割

松井広志(1983~)によると日本の模型は 1900~60 年代で、模型の使われ方が変化し ていると述べる。その模型の使われ方を年代で分類すると 3 つに分けることができる。 1 つ目に明治時代に飛行機の設計を行う際に、検討する模型として生まれた「科学模 型」(図 3)。2 つ目に昭和初期に少年少女に戦争遂行の重要性を啓蒙するために、航空 模型の義務教育を行うために作られた「兵器模型」(図 4)。3 つ目に戦後以降につくら れた、実際の形状を特定のスケールに縮尺して再現する「スケールモデル」(図 5)が挙 げられる (5) 。この年代別の模型の分類を、模型を作る目的と作成した際のスケールでマ ッピング(図 6)をおこなう。マッピングをした図からスケールモデルが実際にあるもの の縮小版を作る役割をもつことが分かる。また、兵器模型は実際にあるものの実寸大 及び拡大したものを作る役割を持つ。科学模型は試作品、またはまだ存在しないもの で縮小版から実寸大に近い縮尺で幅広くつくる模型である。 現代で「模型」と呼ばれるものを先ほどのマッピング(図 7)に当てはめる。図 5 を見 ると、模型自体が作品として完結し、実物を縮小した模型、つまりジオラマやプラモデ ルなどがスケールモデルに属している。また、模型自体が作品として完結し、模型が実 物と比較して実寸大又はそれより大きい模型、分子模型や舞台セットなどが兵器模型 に属している。一方、模型自体が完成品に至るまでのプロセスで生まれる試作品、つま り建築模型や彫刻の試作に使う、小型の雛型であるマケットだけが縮小して試作され る科学模型に属している。

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図3

図6

科学模型

図4

兵器模型

図7

年代別に分けた模型の種類のマッピング

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図5

スケールモデル

現在の模型と呼ぶもののマッピング


第三章 スタディ模型とその他建築模型の役割の違い

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3-1

建築模型の分類

現代における建築模型は誰のために作るかで大きく 2 つに分けられ、「ミニチュア 模型」(図 8)と「コンセプト模型」(図 9)がある。前者は、実際の建物を忠実に再現す ることが目的とされ、後者は建物の構成や概念などを伝えることを目的としている (6) 。また模型が使われるシチュエーションや場所で建築模型を別途分類することがで

き、スタディ模型(図 10)、計画模型(図 11)、展示模型(図 12)の 3 つに分けることがで きる。スタディ模型は設計していく過程でつくる簡単な模型で、外観のイメージやデ ザインを検討する時に用いる (7) ものである。また、計画模型及びプレゼンテーション 模型はスタディ模型で検討し終え、建築家が定めた条件を満たし、かつ建物の構成や 概念など具体的に伝えるものである。展示模型はミュージアム・コレクション化する ために、すでに最適な形にしたのちに、形態の「保存」と形態の「研究」を目的とし たものである (8) 。用途目的別でみた場合の模型の分類方法を「ミニチュア模型」と 「コンセプト模型」で分類するとスタディ模型、計画模型は建物の構成や概念を設計 者が自分で確認すること、または施主に伝えるために作られるため、コンセプト模型 が当てはまる。展示模型は施工された建築を縮小される場合とスタディ模型や計画模 型がそのまま展示される場合があるため、ミニチュア模型とコンセプト模型の両者が 当てはまる。(表 1)

図8

ミニチュア模型

図9

コンセプト模型

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図 10

スタディ模型


図 11

表1

3-2

図 12

計画模型

展示模型

建築模型の誰にどこで使うかを示す分類表

スタディ模型と計画模型

ここではスタディ模型と計画模型がそれぞれ誰と誰を繋ぐメディアなのかについて 考え、そこからスタディ模型と計画模型の違いを見つける。 スタディ模型は確固たるアイデアや造形、構造へと導くツールであり、模型を手で 作り、アイデアや造形の可能性を広げ、新たな建築を手探りするためのメディア (9) で ある。一方で計画模型は完成したアイデアや造形を視覚的に、立体的に表現して伝え ることを目的とし、クライアントへのプレゼンテーションのツールやコンペディショ ンの際に計画の全体像を瞬時に伝えるメディアとして用いられる。 13


ここでスタディ模型と計画模型が誰と誰を繋ぐメディアなのか整理する。スタディ 模型は自らあるいはチームの思考のツールであるため、設計者と設計者自身、設計者 とスタッフ、設計の途中で施主に確認をとる必要がある場合は設計者と施主を繋ぎ、 その施主内の家族同士も結ぶメディアでもある (10) 。一方で計画模型は設計者のアイデ アや意思を正確に受注者に伝えるメディアであるため、コンペディション内において 受注者と設計者を繋ぐメディアとしての用途に限られる。そこでそれぞれ誰と誰を繋 ぐ模型なのかをメディアとしての模型の役割で分類する(表 2)。施主と家族間ではあ る一定の完成度を保持した模型でなければ、家族内での模型を通じてのコミュニケー ションが取れない。そのため、施主と家族間では抽象度の高いスタディ模型ではな く、計画模型が使われているとする。その一方で、現時点の手元にある模型を通じて 将来住む場所をイメージするため、計画模型はスケールモデルとしての一面も備え る。また誰と誰を繋ぐ模型なのかという観点以外で計画模型を見ると、計画模型は施 工される直前の試作品としての科学模型としての一面を備えながら、スタディ模型に おける最後の形を作るため、ある一定の完成品といえる。よって計画模型はスケール モデルとしての一面を持つ。 よって特定の条件下でない限り、スタディ模型は科学模型にしかなり得ず、計画模 型は科学模型とスケールモデル両方の性質を持つため、スタディ模型と計画模型は異 なる性質をもつ模型である。 表2

3-3

誰と誰を繋ぐ模型なのかをメディアとしての模型の役割

スタディ模型の性質

今まで述べられた建築におけるスタディ模型の性質を一旦整理する。模型の種類を 歴史的観点で科学模型、兵器模型、スケール模型の三つに分けた。スタディ模型は、 そのうちの科学模型に当てはまる。また今村創平(1966~)は「Model」という英語を 「原型/見本」という二つの意味に翻訳できるとした (11) 。その「見本/原型」は建築

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模型における「ミニチュア模型」と「コンセプト模型」に置き換えられる。「ミニチ ュア模型」は実際の建築物を精巧に再現し、技術力を示すものである。一方で「コン セプト模型」は建物の構成や概念などを伝えるためであり、作者が思いうかべるイメ ージを示すものである。スタディ模型は、そのうちのコンセプト模型に置き換えられ る。 以上のことからスタディ模型は、実際に建てるかもしれない建築物を実寸では何度 も検討して試行錯誤するには不適格なために縮小しなければならなかった模型であ る。またスタディ模型は作者自身の技術力を示すものではなく、作者の意図や建物の 構成や概念などを伝えることを一番の目的とする。またその目的を手早く他者に伝え る目的を含むものといえる。

3-4

年代別で変化したスタディ模型の役割

「スタディ」の意味合いが、時代によって変化した可能性として門脇耕三(1977~) からの言説を取り上げる。「筆者はスタディの方法論を学ぶなんて体験はしなかった し、そもそも建築を設計する過程には、ある種の秘術めいた雰囲気が漂っていた。建 築家のスタディの方法が開陳されることは極めて少なく、だからできあがる建築の価 値は、スタディの方法ではなく、建築家の個人的な資質に強く負っている、との認識 が、当時は強かったように思う。」 (12) とし、1995 年ではスタディが門脇にとって才能 ある建築家が行う奥義であった。しかし、2000 年では門脇は設計のプロセスが特集 として組まれた雑誌『JA39』の刊行と同時にスタディへの見方が変化し、「2000 年 以降、日本の建築界が発見したスタディの方法論は、模型の巧みな利用によって、創 造の根拠を自己から他者へと移動させるものであった」 (13) と述べた。門脇氏は 2000 年以降スタディ模型の役割が手法としての役目を強く持ち、2000 年を境に主な役割 が何かから手法へ推移したとしている。また『新建築』では 2002 年から「Making Architecture」という企画が始まった。他にも『GA JAPAN』では 2005 年から検討 段階にある建築を何回かに分けて、設計プロセスやスタディ模型の展開を載せる 「PLOT」という連載が始まった。 以上のことからスタディの一種である、スタディ模型の役割は年代で大きく異な り、かつ建築家でもスタディ模型の定義が異なるのではないかと考えられる。

15


第四章 建築家の言説から見るスタディ模型

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4-1

スタディ模型の分類

本研究ではスタディ模型に関する言説を、模型から知りたい情報や作る目的別で分 類を行う。分類する項目として、「実験・検証」(図 13) 「ディテール」(図 14)「スケ ール」(図 15)「素材」(図 16)「スタディ模型の手法」(図 17)「配置」(図 18)「コミュ ニケーション」(図 19)の 7 つとした。「実験・検証」は三分一博(1968~)などが音響 や風洞などの動きや状態を確認するための環境実験をコンピュータ解析で検証する。 それと同時に、実際にスタディ模型を用いて目視や体感できる形で実験、検証を行 う。 「素材」は隈研吾(1954~)や村野藤吾(1891~1984)などが代表として挙げられる。 スタディ模型をつくる際に使う素材は建築家によって大きく傾向がある。また実際に スタディ模型で使った模型素材と建築物に現れる建築素材との関連性について述べて いる言説も抜粋している。隈の事務所では、隈自身がスタッフに「実際、どういう材 料でできているの?」と再三問い掛ける (14) 。そのため、スタッフがホワイト・モデル を作る場合でも、自然と素材を意識するようになる。 「スケール」は石上純也(1974~)などが代表として挙げられる。設計者は様々なス ケールでスタディ模型を検討し、都市から街、建築、人間まで検討で見る対象を変え ていく。また石上は模型をそのスケールで成り立つ小さな建築としてとらえ、目の前 にある模型の空間の可能性について試行錯誤できる (15) ものとしている。このようにス ケールを注視したスタディ模型は部分と全体の関係性を捉えようとすることに使われ やすい。 「ディテール」は青木淳(1956~)の BF ビルにおいてファサードの検討 (16) を例に挙 げる。窓の配置と大きさについて、ガラスの色のスタディ、夜の光の強さ、ジョイン トなどの詳細な部分のスタディを模型で行う。「ディテール」のスタディ模型は「ス ケール」のスタディ模型でスタディを行った後検討されるため、スケールとディテー ルのスタディ模型は前後関係にある。 「スタディ模型の手法」は西沢立衛(1966~)などが例に挙げられる。西沢の場合、 鎌倉の住宅のスタディでは、基本設計終了時までに、およそ 140 個程度の模型が製作 された (17) 。また[1]スタッフが無数の案を出し、可能性の広がりを見極める段階、[2] それらからひとつの方向へと絞り込み、他人から見たらほとんど違いがわからないよ うな無数の比較をする段階、[3]さらにディテールの検討などで案を成熟させる段階の 17


三段階設けている (18) ため、スタディ模型の製作において 1 つの手法を確立していると いえる。 「配置」は妹島和世(1956~)などが例に挙げられる。妹島の場合、スタディ模型を つくる際、配置とプログラムを入れたボリュームの関係から、スタディを始める。そ してあるところで、建築の全体像を決める (19) といったルールを決めている。抜粋した 言説から、配置はそのスタディのルールにおいて重要な役割を持つと妹島は認識して いることが分かる。 「コミュニケーション」は山本理顕( 1945~ )や伊東豊雄( 1941~ )などが例に挙げら れる。建築家にとってスタディ模型はコミュニケーションを図るためのツールと位置 付けている。山本理顕の場合、スタディ模型はスタッフとの意思疎通を図る手段であ り、理由としてその場で手を動かせばすぐに模型が出来上がり、スタッフが何を考え ているか一番分かるものだからとしている (20) 。

図 13

図 14

実験・実証のスタディ模型

図 15

ディテールのスタディ模型

スケールのスタディ模型

18


図 16

素材のスタディ模型

図 17

スタディ模型の手法

図 18

図 19

配置のスタディ模型

コミュニケーションを目的としたスタディ模型

19


4-2

スタディ模型に関する言説の抽出方法

本論文では日本建築学会賞(作品)を受賞した建築家に絞って、書籍内にあるスタデ ィ模型に関する言説のみを抽出し、その言説を研究対象とした。抽出箇所は書籍内か ら建築家のエッセイ、作品解説、対談などを抜粋する。抜粋する言説を選定する基準 として、スタディ模型の作成理由が書かれた言説であることとする。またはスタディ 模型をどのように見ているか、言説内で定義づけ、もしくは示唆しているものを選定 する。まず抽出の手順として、日本建築学会賞(作品)を受賞した建築家からスタディ 模型に関する言説がある建築家と言説がない建築家に分ける。抜粋した言説は「実 験・検証」「ディテール」「スケール」「素材」「スタディ模型の手法」「配置」「コミュ ニケーション」の7つに分類する。抜粋した言説が、分類した項目に 2 つ以上当ては まる場合がある。その為、抜粋した 1 つの言説は 1 つ以上の項目に振り分けられる (図 20)。

図 20

建築家の言説における抜粋及び分類の例

この調査を作家別で見た時、SANAA(妹島、西沢含む)はどの分類に対しても言説が 残され、最も多い。SANAA はスタディ模型の検討においてどの角度からも検討して いる。このことから SANAA はスタディ模型を検討において重要なツールでありなが ら強い信頼があることが分かる。また丹下は 1954 年の時期に早くも模型をつくる際 20


の注意点として、粘土、紙、バルサでつくるモデル、それぞれ模型の素材でその表現 の限界の志向性があって、デザインそのものまでが素材によって影響されることを挙 げている (21) 。

4-3

年代別に見たスタディ模型の役割

建築家の言説と分類した建築家の言説を 1967 年から 2017 年までを 10 年ごと (2007-2017 のみ 11 年)に分け、10 年ごとの言説の増減と建築家がスタディ模型の製 作で重視したことの傾向を見る。(表 3) 年代別に言説全体の統計を見る。建築家の言説の総数は 1967 年から 1996 年は横 ばいであった。しかし 1997 年以降、言説の総数が大幅に増加している。このことか ら 2000 年前後でスタディ模型への関心が建築家の中で高まっていたと考えられる。 年代別に分類別の言説を見る。1997 年から 2006 年にかけてスタディ模型の作り方や スタディの手順などスタディ模型の手法により関心が集まった。2007 年以降はスタ ディ模型をつくる際に用いる素材に関する言説や、スタディ模型を第三者とのコミュ ニケーションツールとして扱う言説が注目された。 表3

各年代におけるスタディ模型に関する言及の変遷

21


結論

22


結論 日本の建築家において試作を作る意義は、設計者が計画する建築を検討することと 第三者にデザインの意図を伝えることを手早く行うことである。また日本の建築家に おける試作の役割は、建築家が試作を作ることで、その作り方や検討の行い方が正し いものかを試作を通じて客観的に捉える。また建築家にとって試作とは建築家と他者 が試作を通じて思考を循環させるツールとして活用できるものであった。 一方、試作であるスタディ模型は 1967 年から確認できる、スケールや素材感など 建築を検討する役割に、デザインをするための仕組み、コミュニケーションツールと しての直接建築に関係しない役割が 1997 年以降に付随したといえる。

考察 本論文の考察として、試作であるスタディ模型の意義がある時期から意義が更に加 えられたと考えられる。以前は模型を作り、自分の中で検討する役割、自分と模型を 反復するために試作を作る意義があった(図 21)。しかし 1997 年以降、試作であるス タディ模型は設計者以外の人、公共施設であれば市民に理解されるために作られるよ うになった(図 22)。そのため試作の意義が自己的なものから公共のためにつくるもの として移行したと考えられる。よって設計者のものから公のものへと強く意識し始め たと考えられる。そのため、建築家が手法の公開やスタディ模型の掲載に至ったと考 えられる。

図 21

1996 年以前のスタディ模型の使われ方の認識

23


図 21

1997 年以降のスタディ模型の使われ方の認識

24


参考文献 1) 丹下健三 菊竹清則「特集 環境と建築をつなぐもの」『新建築 1970 年 10 月号』、 新建築社、1970 年、166 頁 2) デジタル大辞典、http://kotobank.jp/word/試作-518879 3) 朝日新聞出版発行「知恵蔵」、https://kotobank.jp/word/モックアップ-186512 4) ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典、https://kotobank.jp/word/模型-142288 5) 松井広志「メディアの物質性と媒介性――模型史からの考察(特集 メディアの物質 性)」、マス・コミュニケーション研究 No.87、2015 年、80-91 頁 6) 今村創平「日本建築模型小史」西牧厚子編『ja 91 号』新建築社、2013 年、24 頁 7) 建築用語大辞典、https://www.weblio.jp/content/スタディ模型 8) 西野嘉章「〈幻想美術館〉建築編の試み」松本文夫編『MODELS 建築模型の博物 都市』2010 年、9 頁 9) 今村前掲書、24 頁 10) 松井広志 西田司「建築と模型とメディア #01“触発する媒体”と物質性の論 考」http://beyondarchitecture.jp/magazine/kenchikuunchiku/matsuinishida01/ 11) 今村前掲書、24 頁 12) 門脇耕三「2000 年以降のスタディ、または設計における他者性の発露の行方」、 『10+1web site』2012 年、http://10plus1.jp/monthly/2012/04/2000.php 13) 同上 14) 隈研吾「浅草文化観光センター編」『GA JAPAN 97』新建築社、2009 年、62 頁 15) 石上純也「ちいさな図版のまとまりから建築について考えたこと」INAX 出版、 2008 年、123 頁 16) 青木淳「東西アスファルト事業協同組合講演会 最近のプロジェクトについて 建物をつくるプロセス」https://www.tozai-as.or.jp/mytech/03/03_aoki03a.html 17) 門脇前掲載、ttp://10plus1.jp/monthly/2012/04/2000.php 18) 藤村龍至「批判的工学主義の建築

―ソーシャルアーキテクチャをめざして―」

NTT 出版、2014 年、134-135 頁 19)妹島和世「新しい形と新しい関係

外部と混じり合った環境単位」『新建築 2008

年 12 月号』新建築社、2008 年、63 頁

25


20) 山本理顕「山本理顕 インタビュー」、『建築模型とその提案書』DESIGN ASSOCIATION NPO、2014 年、222-223 頁 21) 丹下 菊竹前掲書、166 頁

図1

中村文夫『CAMERA fan

銀塩手帳

日本カメラ博物館

特別展「あなたのカ

メラができるまで」』、https://camerafan.jp/cc.php?i=605 図3

小泉雅生「鴻巣市文化センター」『ja 39 号』新建築社、2000 年、26-27 頁

図4

Amazon.co.jp、Doc.Royal 手関節骨模型

人間の自然な 1:1 のサイズ手関節骨

シミュレーション モデル、https://www.amazon.co.jp/Doc-Royal-手関節骨模型-人間 の自然な-のサイズ手関節骨シミュレーション-モデル/dp/B00XXRQGFU 図 5 小林健二「航空模型少年の夢の本棚」『アーティスト小林健二の道具や技法』、 http://ipsylon.jp/2016/01/17/pro-tool-book01/ 図 8 今村創平「日本建築模型小史」西牧厚子編『ja 91 号』新建築社、2013 年、24 頁 図 9 白江龍三「東松山市南地区市民活動センター」『新建築 1996 年 4 月号』、新建築 社、1996 年、268 頁 図 10 妹島和世+西沢立衛/SANAA『Before architecture, after architecture』、アクセ ス・パブリッシング、2009 年 図 11 Cinra.net 、『 STUDY MODELS KAZUYO SEJIMA / RYUE NISHIZAWA / SANAA』https://www.cinra.net/news/gallery/73253/3/ 図 12 山本理顕「ザ・サークル_チューリッヒ国際空港」、『建築模型とその提案書』 DESIGN ASSOCIATION NPO、2014 年、227 頁 図 13 三分一博「(仮称)直島町民会館 風洞実験模型 scale:1/100」西牧厚子編『ja 91 号』新建築社、2013 年、44 頁 図 14 三分一博「自然体感展望台六甲枝垂れ 着氷実験模型 scale:1/1」前掲書、51 頁 図 15 石上純也「大学のカフェテリア

スタディ模型 scale:1/20」前掲書、31 頁

図 16 村野藤吾「谷村美術館」前掲書、18-19 頁 図 17 西沢立衛「《鎌倉の住宅》のスタディ」『ja 39 号』新建築社、2000 年、48-49 頁 図 18 東孝光「丘と塔」『新建築 1996 年 3 月号』新建築社、1996 年、169 頁 図 19 藤森照信「空飛ぶ住宅」、『建築模型とその提案書』DESIGN ASSOCIATION NPO、2014 年、14-15 頁 26


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