Diploma Project 2022

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DIPLOMA PROJECT March, 2023 Architecture and Building Engineering Program Univ. of the Ryukyus .


落丁本・乱丁本はお取替えいたします。 本書の無断転写、転載は著作権法上での例外をのぞき、禁じられています。


カンディンスキーとの出会い これから卒業設計が始まるという春先に、ワシリー・カンディンス キーによる抽象絵画に出会った。 具体的な形が描かれていないその絵画は、カンヴァスの上を⾃ 由な線と豊かな⾊彩が⾶び交いながらも、ひとつの形態に収斂 されていた。 その様はとても美しく、この世の真理を表しているように思えた。 建築をかたち創るさまざまな要素が⾃由に振る舞いながら、建築 の空間として⽴ち現れたらどんなに良いだろうと思い、卒業設計 に取り組んだ。 2022.03.10 我如古 和樹

「⼩さな⾚い夢」(1923) 『点と線から⾯へ』カンディンスキー著 , 宮島久雄訳 , 中央公論美術出版 ,1995. より

Kazuki Ganeko's Diploma project 2022

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⽬次 | Contents

⽬次 | Contents

01 _背景 02 _提案 03 _⼿法 04 _プログラム 05 _設計

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Diploma project, 2022

「響きのアンソロジー」 −カンディンスキー作品における Symphonic な絵画構成を通して− 所 在 地 : 沖縄県 那覇市旭町 ⽤途地域: 商業地域 主要⽤途: 広場 + 劇場 + 美術館 + 図書館 + 展望台 階

数: 地上 10 階 地下 2 階

敷地⾯積: 10,116.65 ㎡ 建築⾯積: 4,954.50 ㎡ 延床⾯積: 20,279.43 ㎡ 容 積 率: 225 %(許容 600%) 建ぺい率: 50 %(許容 80%) 最⾼⾼さ: 49.80 m 構

造: 鉄筋コンクリート構造 ⼀部 鉄⾻造

駐⾞台数: 普

⾃動⾞ 5 台

制作期間:3 ヵ⽉(構想 9 ヵ⽉)

JIA 沖縄⽀部第 26 回卒業設計作品選奨

最優秀賞

JIA 全国学⽣卒業設計コンクール 2023 出展 福岡デザインレビュー 2022

本選進出

群⻘建築展「#かってに卒制展 2023」出展 『近代建築

6 ⽉号別冊

卒業制作 2023』 (近代建築社) 掲載


背景 | Background

Ⅰ . 背景 1-1

1-3 ⾮対象絵画の成⽴―建築設計への展開

⼼⾝がアンヴィバレントな状況と建築的主題 私たちは⽣まれてから死ぬまで⼀筆書きで動

きで結ばれて説明することが困難になり、⾊々

カンディンスキーは、⾃⼰の内にある世界を外の世界に表すために、従

くもので、同時に⼆つの場所にいることはでき

な想像⼒のなかで⽣きていけることが可能に

来の絵画表現である「対象」の変わりとして「構成」を⽤いた。また、構

ないとされてきた。⾝体という意味においては

なった。

成が絵画を制作する「⾏為」に対応しているのに対し、⾊彩は精神の「状

そうかもしれないが、近年では情報空間として

しかし、意識の分散が可能となり様々な領域

態」として表現され、層をなし、動いてやまない内的精神が「響き」とし

新しいメディアが誕⽣したため、意識という観

をバラバラに捉えるけれど、⼈間のもつ⾝体と

て現れている。よってその特質は、これまで画家が主題としてきた対象性

念からすると「私」たちは異なる場所に同時に

精神は「実空間」と繋がっているという事を建

から脱却し、⾮対称絵画を制作することで「何を」描くかではなく「いか

存在することができる。そのような現象はコロ

築の主題にしてもいいのではないか。建築は、

に」描くかを主題とした点にある。

ナ過においてさらに助⻑した。つまり、「物質」

異なる様々な領域を統合する⼒がある。

建築を設計する際も同様に「何を」つくるかではなく「いかに」つくる

という観点からではなく「意識」という観念に

かに焦点を当てることで、建物の構成が「⼈間の活動」に呼応し、⽬に⾒

⽴った時、私たちの⼈⽣は始点と終点が⼀筆書

えない光や⾵、空間が「状態」として現れるのではないか。

fig01 イメージスケッチ

1-2 ワシリー・カンディンスキー (1866-1944) 20 世紀初頭に登場した純粋抽象絵画におけ る創始者の⼀⼈とされており、⾃⼰の内⾯にあ

fig03「Composition Ⅷ」(1923)

fig04「Several Circles」(1926)

る感情や情念などの精神性を絵画として表現し た。彼が⽬指したのは⾳楽のような絵画である。 図版出典

カンヴァスという⾯に、対象を持たない独⽴し

1) カ ン デ ィ ン ス キ ー の 絵 画 は す べ て「kandinsky」<https://www.wassilykandinsky.net/ > ( 参 照 ⽇ 2022-09-23) から引⽤した 2)『岩波 世界の巨匠 カンディンスキー』著 = ラモン・ティオ・ベリド , 訳 = 清⽔敏男 , 岩波書店 ,1993. 3)『カンディンスキー著作集』⻄⽥秀穂訳、美術出版社 全 4 巻、2000 年 . 4) 〜 12)図版出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』( 参照⽇ 2022-09-23)

た点と線を⽤いて、内的精神により⽣み出され た⾊彩を組み合わせて絵画を制作した。与えら れた線の形態と、豊かな⾊彩の緊張関係を絵画 的コンポジションとして表現し、その状態を「響 き」と呼んだ。

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fig02 Wassily Kandinsky

参考⽂献 『25 ⼈の画家 現代世界美術全集 (25 ⼈ ) 第 20 巻カンディンスキー』有川治男 , 講談社 ,1981. 『現代世界美術全集 21 ムンク / カンディンスキー』後藤茂樹 , 集英社 ,1973. 『KANDINSKY』ハンス・K・レーテル , 千⾜伸⾏ , 美術出版社 ,1980. 『抽象芸術探求』⼟肥美夫 , はる書房 ,1996. 『カンディンスキー / コンポジションとしての絵画―宗教的主題の解読』江藤光紀 , コスモ・ライブラ リー ,1998.


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提案 | Proposal

Ⅱ . 提案 2-1 カンディンスキー作品における Symphonic な絵画構成を通して ⾳楽のようでシンフォニックな構成とも呼ばれるカンディンスキー の絵画は、観る者に主観が移り⼀連の空間体験として構築されている。 このことから⼈間のもつ⾝体および精神と密接な関係にあることが推 測される。カンディンスキーが制作した絵画の分析を通して、空間と ⼈々の活動が響き合う建築を提案する。

2-2 カンディンスキー理論による新しい建築空間の創造

fig05 様々な領域が響き合うイメージ

本提案は、カンディンスキーの絵画を⼈が知覚するうえで「⼼⾝の共 鳴」が重要な意味を持っていたと仮定するものであり、建築と⼈の距 離を近づけ、実の空間体験を豊かにしていこうとする試案である。カ ンディンスキーが⽣涯、絵画制作の重要因⼦として扱っていた「点・線・ ⾯」によるコンポジションと、精神性を表した⾊彩論により建築空間 を構成し、複合施設の計画を⾏う。

2-3 「響きの空間」―アンソロジー的設計⼿法 抽象的な幾何学による建築形態と、場所から表出する光、その空間 を体験する個⼈の経験や感情が交差する場を本提案では「響きの空間」 と呼ぶ。また、それらを統合する⽅法を「アンソロジー的設計⼿法」と 名付けた。

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fig06「響きの空間」とアンソロジー的設計⼿法のイメージ


fig07 バウハウス時代(1922-1933)に制作された絵画の分類表

Ⅲ . ⼿法

図版出典:<https://www.wassilykandinsky.net/>(参照⽇ 2022-09-23)

3-1 研究対象―バウハウス時代(1922-1933)に基づく絵画の選定 カンディンスキーの⽣涯を調べると、7 つの時代に区

れを踏まえて、バウハウス時代に制作された絵画を⾊彩

分することが可能であり 8 つの絵画の変遷があることが

と形態の緊張関係を軸として主観的に分類を⾏った。本

分かった。絵画の選定に⾄っては、カンディンスキーの

提案ではカンディンスキーによる「響き」の概念を空間

理論が最も顕著に反映された幾何学的構成の強いバウハ

化するため、「シンフォニックなもの」が⽰された絵画

ウス時代 (1922-1933) に絞り絵画分析を⾏う。

32 作品を選定した。

カンディンスキーは、バウハウス時代の⾃⾝の絵画の ⽅向性について、 「メロティック(旋律的)なもの」と「シ ンフォニック(交響的)なもの」があるとしている。そ

fig08 カンディンスキーによる形態論(左) 、⾊彩論(右)を⽰したダイアグラム

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⼿法 | Method

3-2 絵画分析―建築設計までの流れ 絵画分析では、カンディンスキーによる抽象絵画の点・線・⾯による構成を、空間を 規定する尺度として捉え、⾊彩による⼼象描写から波及される空間について考察する。

fig09 絵画分析から建築設計のフローチャート

3-3 絵画的コンポジション―建築的コンポジションへの変換 絵画の形態による構成をマテリアルによる建築の構成へと展開し、⾊彩による表現を 建築空間を体験する際の光による⼼象描写へと展開する。

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fig10 建築的コンポジションの展開イメージ

fig11「Blue」(1927) による絵画分析から空間化の例


fig12 32 作品の絵画分析と空間化


⼿法 | Method

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本提案は、光と幾何学を軸に建築空間を設計した。太陽による東から登っ て⻄に降りていく運動の普遍性と、⽇射の持つ⾵⼟性による対⽐から、この 場所でしか成⽴しえない建築空間があらわれている。⼀⽅で、幾何学による 空間は既存の意味を持たない。カンディンスキーの絵画分析を通して得られ た幾何学による抽象的な形態は、敷地や⽤途に合わせて変化する⼀⽅で、場 所から表出する光によって固有の空間を創造することが可能である。 カンディンスキーの抽象絵画が具体的な形が描かれてないことにより、鑑 賞者が絵画から感じたことを⾃由に思い描けるように、建築を体験する⼈が ⾃由な感性で主体的に関われる空間を⽬指した。そして、これらの要素と⼼ ⾝が共鳴することで⽣まれた「響きの空間」は、⼈々の活動を受け⽌め⼼⾝ の拠りどころとして機能するだろう。

fig14 左上

Small Worlds iv(1922) による空間

fig15 左下

Heavy Circles(1927) による空間

fig16 右上

Accent on Rose(1926) による空間

fig17 右下

Compensation Rose(1933) による空間

fig13 模型写真 1

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プログラム | Program

Ⅳ . プログラム 4-1 プログラム―都市空間から個⼈空間までを内包した複合施設 抽象絵画は敷地やプログラムに捉われない性質を持つ。本 提案では、事例として計画敷地を沖縄県那覇市旭町とし、カ ンディンスキーから連想される広場、劇場、美術館、図書館、 展望台による複合施設を計画した。利⽤者は、建物内部に⼊ 射した光による空間の変化を体験しながら、建物を巡る⾝体 の運動と交差することで固有の経験を得る。 広場→⾯的な空間

劇場→舞台構成「⻩⾊い響き」

美術館→絵画作品

図書館→著作『点と線から⾯へ』

展望台→点的な空間 ⾯的な広がりをもつ都市空間の要素が強い広場から、個⼈ fig18 Program diagram

( 点 ) 空間の要素が強い展望台へと移⾏する動線によりシー クエンスが繋がる構成とする。

4-2 計画敷地―沖縄県那覇市旭町 計画敷地は、琉球王町の時代より港町として栄える貿易の 中間地点であり、混じり合う⽂化の原点と呼べる場所であっ た。主要道路やゆいレール、国際通りと近接していることか ら観光的側⾯が強く、また、那覇港の歴史性、現在の利⽤状 況より都市のランドマークおよび⽂化の交わりの原点である と位置づけた。 fig19 計画敷地周辺のビル群

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fig20 計画敷地の向かいにある⼊江

fig21 Site plan


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プログラム | Program

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4-4

建築構成―絵画分析による空間と余剰空間

Symphonic Drawing―空間をつなぐシークエンス

本提案は、絵画分析によって空間化された 32 の

シンフォニックドローイングと名付けた右図は、

「響きの空間」、響きの空間を受け⽌める余剰空間の

空間体験によるキャプション、平⾯図、空間のシーン、

「Composition」、主にスタッフが利⽤する「管理エリ

32 作品の絵画により構成されてる。この図を元に

ア」、内部空間に光と眺望を提供する「ガラスのファ

した建築計画では、光による空間の変化を体験する

サード」によって構成されている。「響きの空間」は、

なかで都市空間から個⼈空間へと進んで⾏くストー

光による空間の変化と⼀本の動線計画をもとにシーク

リーを構想した。

エンスの展開を縦に積み上げて建築空間を設計した。

シークエンスは、上部から⼊射する光が印象的な エントランスや、円形状のスロープを巡る図書館な ど様々に変化し、最後に到達する最上階の展望台か らは利⽤者⾃⾝が中⼼となり、眼前に広がる計画敷 地周辺の景⾊を⾒渡せる構成としている。

fig23 左 Axometric diagram

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fig22 模型写真 2

fig24 右 Symphonic drawing


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設計 | Design

Ⅴ . 建築設計 5-1 Section drawing 断⾯計画では、上部から⼊射する光、上階に 向かって移動する⾝体の運動、吹抜け空間から を空を⾒上げる時に起こる感情など、 「響きの 空間」による形態的特徴がそれぞれのプログラ ムと交差するようにした。例えば「blue」と名 付けた劇場空間は、幾何学による円の持つ求⼼ 性を備えた円形劇場であり、空間に⼀体感を創 出した。また、中⼼にある円形の開⼝部からは

− A-Aʼ Section −

内部空間に印象的な光が⼊射する。

− Section drawing −

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− B-Bʼ Section −


fig25 左上

平⾯ドローイングスダディー「あの⽇のリズム」

fig26 央中 Small Dream in Red(1925) による空間スタディー fig27 左下 fig28 右

タイトルデザイン & 俯瞰図 模型写真 3

Kazuki Ganeko's Diploma project 2022

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設計 | Design

fig30 Mark with Accompaniment(1927)による空間

fig31 Compensation Rose(1933)による空間

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fig29 模型写真 4



5-2 Floor plan―Conposition Ⅰ - Ⅺ 内部空間に⼊射する光を軸として、スタッフが利 ⽤する管理エリアを北側に配置し、「響きの空間」の 形態的特徴と建物の機能の考察を経て平⾯計画を ⾏った。

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− Composition Ⅰ −

− Composition Ⅱ −

− Composition Ⅲ −

− Composition Ⅳ −


− Composition Ⅴ −

− Composition Ⅵ −

− Composition Ⅶ −

− Composition Ⅷ −

本提案では、カンディンスキーの絵画の連作 「Composition シリーズ」から派⽣して、平⾯ 図を建築空間の連続「Composition シリーズ」 − Composition Ⅸ −

− Composition Ⅹ −

− Composition Ⅺ −

として位置づけ、Ⅰ - Ⅺまで計画した。

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設計 | Design

5-3 Elevation drawing ⽴⾯計画では、内部空間の形態や⼈々の活動 がファサードとして現れるようにガラス張りと した。そうしたことにより内部空間に場所から 表出する光を取り組むことができた。⼀⽅で、 内部空間からは計画敷地周辺の眺望を確保する ことができた。 「響きの空間」 での⼈々の活動は、 新たな都市の景観として機能する。

− South Elevation −

− Elevation drawing −

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− West Elevation −


カンディンスキーが活躍した時代は、ロシア構成 主義やデ・ステイルなど様々な芸術運動が⾏われた。 それらが建築になるとき、当時の建築家たちは形を ⽬指したのではないかと思った。 カンディンスキーの絵画は、カンヴァスの上を⾃ 由な線と豊かな⾊彩が⾶び交いながらも、点・線・ ⾯が互いの存在を認め合い、ひとつに収斂されてい た。私はその様相を体験して「空間」を⽬指そうと 思った。なによりも、様々な領域をバラバラに捉え ることが可能なこの時代に、建築空間として構築し fig32 模型写真 5

Kazuki Ganeko's Diploma project 2022

ようとする意思を⽰したかった。

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fig33 左 「響きの空間」

Diploma Project 響きのアンソロジー

“世界は響いている。黙しているものは何⼀つない” Wassily Kandinsky,1866-1944

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fig34 右上

模型写真 6

fig35 右下

模型写真 7


響きのアンソロジー ―カンディンスキー作品における Symphonic な絵画構成を通して―

2023 年 3 ⽉ 10 ⽇

初版発⾏

編集・執筆 我如古 和樹 所属 琉球⼤学⼯学部⼯学科 建築学コース 発⾏元 ○○会社 ○○出版 〒○○○ - ○○○○ 沖縄県○○市○○ 原稿レイアウト作成ソフト InDesign 図⾯作成ソフト Auto CAD, Jw cad, illustrator 3D モデリングソフト Sketchup パース作成ソフト Lumion, Photoshop, Lightroom 表紙デザイン Urban Housing「群⻘ House」1F 平⾯図 裏表紙デザイン 沖縄県那覇市⾸⾥⾦城町地区 周辺図 印刷・製本 ○○会社 ○○出版 〒○○○ - ○○○○ 沖縄県○○市○○ 落丁本・乱丁本はお取替えいたします。 本書の無断転写、転載は著作権法上での例外をのぞき、禁じられています。

ISBN ○○○ - ○ - ○○○○○ - ○○○ - ○ Printed in Japan ©Kazuki Ganeko


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0000000000000 定価:本体 0,000 + 税 ISBN ○○○ - ○ - ○○○○○ - ○○○ - ○ C0000 ¥0000E


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