Master thesis

Page 1



はじめに

近年、AI や VR、5G や自動運転といったさまざまなテクノロジーが世の中の 様相を大きく変化させつつあることは、誰の目にも明らかであると考えてよいあ るだろう。これからの社会において都市を展望しつつその発展に寄与していくた めに、テクノロジーは根本的に社会のありようを変えうるということ、そして同 時にそれは極めて複合的に発展していくものであるということを、我々はまず認 識しなければならない。 こうした変化は相互作用的であるがゆえに、指数関数的な変化であり、理解す ることも、ましてやそれらが本当にどのようにこれから社会を変えていくか予想 することも当然容易ではないだろう。それは複雑さがかつての社会より増大した ということを意味するかは不明であるが、少なくとも複雑さの質が尋常ならざる 勢いで変容しつつあることは間違いない。 こうした様相を目の当たりにして、「何か変わりそう」ということはみなわかっ ても、どう変わるか具体的に考えることは困難なことである。そこで私は、テク ノロジーがいかに建築や都市のありようを変えるとともに可能性を広げるのか、 そしてテクノロジーによって人間はどのように変化し、ライフスタイルはどう変 化し、あるいはデザインしていくことができるのか、といった問題に真正面から 取り組みたい、と考えた。 その一つのテーマとして、VR(Virtual Reality)や MR(Mixed Reality)があ る。VR はいわば新たな世界を無数に作り出すことでもあるのであるが、同時に、 それは新たな眼を手に入れることである、といってもよい側面も有している。ゴー グルを通して私たちは異世界をのぞき込んだり、現実に様々な情報が付加された 光景をみたりすることができる。同時に、こうした技術はいわば 3 次元空間を電 子化することでもある。 人々は情報革命を通してデジタル世界という新たな空間を切り開き、そこで新 しい都市をつくった。デジタルと物質を切り離すことができなくなった世界観に おいて、3 次元空間が電子化されることは、人々の空間体験だけでなく、空間を 知覚する能力そのものや空間に対する向き合い方そのものにも作用しえるだろう。 なぜなら人は単に空間を知覚しているだけでなく、空間によって身体的な知覚能 力もまた規定され、影響をうけているからである。



建築が実学である以上、設計と研究は不可分であるが、今の社会のなかでは、 実ビジネスのなかで技術を利用していくだけでなく、客観的な考察を通して技術 そのものの意味を明らかにしたり、技術そのものへの向き合い方としての思考を 醸成したりしていくことの重要性が、より一層高まっているのではないか、と感 じている。そうしたなかで、私は設計と研究の両輪で進んでいきたい。 こうしたなかで本研究では、建築設計プロセスにおける設計ツールとしての VR および MR 空間の活用に注目しながら、VR および MR 空間の経験の特性を 明らかにしていくことを試みつつ、同時にそれらの要素がもつ意味についても、 さまざまなこれまでの空間理論や認知理論と接続を試みながら考察を展開してい く。そこでは単に利便性が高く建築の種々のプロセスの効率性を向上させるため の技術的な試みとしてではなく、空間について深く思索し、同時に設計という行 為のありかた、設計されるもののありかたについても、同時に根源的なレイヤー から思索を展開していきたい、という思いがある。 テクノロジーを考えることは、少し先の未来を考えるというよりもむしろ、テ クノロジーによって浮き彫りになる空間や人間の原初の姿を知ることなのではな いか、と思う。例えばバイオの発展は常に生命の根源について問い直すし、VR の発展は人の認識や空間そのものについて問い直す。バーチャルな空間をつくり あげていくなかで単に魅力的なデジタル空間に人が取りつかれていくというより はむしろ、実空間が有していたにもかかわらずあまり着目されていなかった魅力 を創出する隠れていたが強力なファクターに人々が目を向けることができるよう になる価値が重要であると考えられる。テクノロジーを考えていくこと自体がす でに問いであるという立場に立ちつつ、なるべく射程の長い視野をもって、議論 を展開していきたい。



論文のフォーマットについて 本研究においては、対象とする技術領域が先進的であり前述したように領域横断的な研究 となることもに鑑み、情報の整理やコミュニケーションとしての執筆に特に注力しつつ、そ うしたなかで、通常の論文フォーマットではあまりみられない「見出し」を一部採用した。 これは本論のテキストというよりも節の内容をおおまかに理解するための手掛かりとして挿 入されたものであり、段落内容のすべてを意味しているのではない。 また、本論においては研究として、設計プロセスにおける設計ツールとしての VR および MR 空間の活用に着目する論を展開しつつ、Appendix において私が青山スパイラルで展示 を行った、スマートグラスと呼ばれる MR デバイスが普及した社会における都市構想を描い た作品を収録している。第8章において、設計ツールとして VR および MR 空間を扱うこと と設計対象としてデジタルな3D 空間を扱うことという、VR テクノロジーにおいて特に重 大と思われるの狙いの差について議論を行うのであるが、こうした議論を踏まえつつ、設計 対象として MR 空間をあつかった作品を補助的に提示することで、こうした議論が具体性を 帯びると考えるためである。

著者の行った範囲 本研究では、VR および MR を用いた設計実験を実施し、その結果を考察していくのであ るが、VR の設計実験について著者は実験の計画および実施を行っておらず、データの整理、 分析、論文の執筆を行った。MR の設計実験及び考察に関しては著者が実施した。また、本 研究の VR に関する研究の一部は筆者が筆頭著者として執筆した論文に基づいているのであ るが、論文の執筆は共同研究者らとともに行った。この研究は平成 30 年度学術研究助成基 金 若手研究 (B) 「建築デザインの創造的プロセスを支えるVRを用いた対話ツールの構築(研 究代表者:酒谷粋将)」の一部として遂行された。 付録に示すデザインの実践としての都市構想の作品については、構想、リサーチ、設計、 プレゼンテーションの作成、MR プログラムの作成、展示台の設計を著者が一人で行った。 模型製作の一部および展示台の施工、模型および展示台の搬入については知人に補助をお願 いした。主に製作費用については公益財団法人クマ財団の援助をうけた。また、付録におけ る作品のプレゼンテーションボードの印刷では(株)ミマキエンジニアリングの補助を受け た。



2019 年度修士論文

VR および MR を通した空間の経験 が設計プロセスに与える影響

学籍番号:37 - 186069 氏名:石田 康平 所属研究室:千葉学研究室 指導教員:千葉学教授




01

第1章1節

研究の背景

17

第1章1節1項

コラボレーションにおける設計ツール

19

第1章1節2項

VR の普及と設計ツールとしての活用

20

第1章1節3項

MR の普及と設計ツールとしての活用

21

第1章1節4項

設計ツールの複合的な活用の必要性

22

第 1 章 2 節

研究の目的

22

第 1 章 2 節 1 項

VR 空間の経験の特性の把握

22

第 1 章 2 節 2 項

MR 空間の経験の特性の把握

23

第1章2節3項

後の今活用に向けた種々の設計ツールの特性の

23

整理

研究の背景、意義 および目的

02 研究の方法と実験 結果の概要

第 1 章 3 節

研究の方法

24

第 1 章 4 節

既往研究と本研究の位置づけ

26

第2章1節

VR を用いた設計実験

33

第2章1節1項

VR を用いた実験の概要と手順

34

第2章1節2項

VR を用いた設計実験ツールの作成

35

第2章1節3項

VR を用いた設計実験の結果の概要

35

第 2 章 2 節

MR を用いた設計実験

64

第 2 章 2 節 1 項

MR を用いた実験の概要と手順

64

第 2 章 2 節 2 項

MR を用いた設計実験ツールの作成

65

第2章2節3項

MR を用いた設計実験の結果の概要

65


03

第3章1節

デザイン概念の質的転換

96

第3章2節

技術的問題解決としての設計

96

第3章3節

意地悪な問題への応答としての問題設定

98

第3章4節

コラボレーションを通したデザインプロセス

99

第3章5節

コラボレーションにおける対話を促す設計ツー

99

ルとしての VR と MR

設計プロセスの 転換と設計ツール の重要性

04 VR を通した空間 の経験

第4章1節

VR および MR の概念の歴史的な変遷と展開

104

第4章1節1項

VR 技術の登場と概念の展開

104

第4章1節2項

AR という概念の提唱

104

第4章1節3項

MR という概念の提示と AR、VR の整理

105

第 4 章 2 節

VR の定義

106

第 4 章 3 節

HMD と STHMD による VR 空間の構築と経験

110

第4章4節

身体を介した空間の認識

112

第 4 章 5 節

移動を通した空間認識の拡がり

112

第4章5節1項

視覚的な空間の経験における移動

112

第4章5節2項

移動を通した空間の質的な認識

112


05

第5章1節

身体を通した空間の経験が設計プロセスに与える 118 影響

第5章1節1項

VR を通した設計対象の空間の評価

第5章1節2項

身体を介した空間の経験によるユーザーのフ 120

118

レームの変化 第5章2節

移動行為を通して可能になる関係性に基づく

122

空間の評価 第 5 章 3 節

小結

第6章1節

MR 空間における身体を介した空間の認識を基 128

125

VR による 実質的な空間の経 験の設計プロセス への影響

06 MR 空間での 状況的行為として の設計プロセスの 展開

点とする設計の展開 第6章2節

移動を通した立体的な空間の密度の把握に基づ 130 く設計の議論の展開

第6章3節

状況的行為としての設計プロセスの展開

第6章3節1項

設計ツールにおいて設定されるフレームが左右 133

133

する設計プロセス 第6章3節2項

行為と知識の相互作用にもとづく暗黙知の発見 134

のプロセス

第 6 章 4 節

行為を基点とした暗黙知の発見と設計への展開

第6章5節

広範囲の周辺環境を対象としたフレームの設定 140

と議論の展開

第6章6節

小結

136

145


07

第7章1節

各章のまとめ

150

第 7 章 2 節

本論の結論

152

第 7 章 3 節

課題と今後の展望

153

第8章1節

UX プロトタイピングツールとしての VR の

160

本研究の結論 および課題

08 VR 及び MR の 今後の活用に向け た展望および 哲学的考察

可能性 第 8 章 2 節

VR の思想的源流と自己の変容を促すツールと 161 しての特性

第 8 章 3 節

VR 空間における身体の変化

164

第 8 章 4 節

VR 空間の設計ツールとしての危険性と可能性

167

第8章5節 第8章6節

VR の「薬」と「嗜好品」という二面性 最後に

170 174



01 第1章 研究の背景、意義及び目的

本章では、社会の変化にともなうデザインの要請そのものの 変容にもとづく設計方法の転換を基軸として、コラボレーショ ンにおける設計ツールの重要性に触れつつ、本研究で注目する VR および MR にふれる。


第 1 章 研究の背景、意義及び目的

修士論文

成熟社会になるにつれ、システマティックなデザインから対話によるデ ザインが求められるようになった。

対話によるデザインにおける重要な要素として、対話を促す設計ツール が挙げられる。

現在急速に普及しつつある VR(Virtual Reality)は有効に活用できる可 能性がある 。

18

Fig. 1-1 The background of this study


設計プロセスの役割は 時代の変化とともに変容する。 1.1 研究の背景 1.1.1 コラボレーションを通した 設計における設計ツールの必要性

かつての成長社会では、設計 (design) には工期の短縮や効率的な生産といっ た合理的なものづくりへの寄与が求められたが、社会が成熟し複雑になるに つれて人々の暮らしのかたちやそこから生まれるニーズも多様になり、設計 の役割は大きく変化している。そこでは複数の領域を横断して不確かな状況 にも柔軟に対応できるような設計者が求められるようになってきている。そ うした中で建築分野においても様々な設計主体によるコラボレーションによ る設計が必要とされるようになってきた 1。そしてコラボレーションによる設 計においては、そのプロセスに関わる設計主体同士の対話 (dialogue) をいか に上手く展開できるかが重要になってくるのであるが、そのとき対話のプロ セスをサポートする設計ツールの重要性が浮かび上がってくるだろう。 建築設計において、設計主体は実物としては存在しない建築空間について の思考を展開しなければならない。従来の設計では設計主体は図面や模型と いった設計ツールを手掛かりにして設計の対象となっている空間を想像し、 評価をしなければならず、これは実在する空間の経験とは異なり、多かれ少 なかれ設計者としての専門的な技能を必要とするものである。 一方でコラボレーションによる設計のプロセスでは設計を専門とする人々 に限らず、ユーザーやクライアントといった非専門家も深く設計プロセスに 関わることになる。こうした人々にとって図面や模型といったツールから空 間をイメージすることは必ずしも容易ではなく、特殊な技能がなくともより 現実に近い空間の経験が得られる新しい設計ツールの実現は多主体のコラボ レーションによる設計に大きなインパクトを与えるだろう。

19


第 1 章 研究の背景、意義及び目的

修士論文

Fig. 1-2 Virtual Reality Device

1.1.2 VR の普及と設計ツールと

そうしたなかで、近年急速に普及しつつある VR(Virtual Reality)は、

しての活用

優れた設計ツールとしての活用が大きく期待できる。VR の概念は、実物 ではないが機能としての本質は同じであるような環境を作り出す技術およ びその体系を指す 2。 VR にはウェブブラウザやディスプレイ上で扱う3次元モデルといった 非没入型の VR に加え、より強くその世界に入り込む感覚が得られる没

VR 20

入型の VR があり、その代表例 として HMD( Head Mounted Display, Fig.1-2) があるが、ゴーグル型のこの機器を装着することで現実に近い空 間の経験が可能となる。以前まで HMD は高価だったが、2016 年に複数 のメーカーから一斉に安価で発売され、様々な領域で没入型の VR を使っ た新たな試みが広く展開されており、空間を対象とする建築設計の分野に おいても今後の盛んな活用が期待される。


Fig. 1-3 Microsoft Hololens

加えて、一般に「VR」と呼称される完全にデジタル情報によって構成され

1.1.3 MR の普及と設計ツールと

る狭義の VR に対して、実風景にデジタル情報を重ねて表示することのでき

しての活用

2

る MR(Mixed Reality)があるが 、こうした技術もまた同様に設計ツール としての活用が期待できる 3。一般に建築設計においては設計の対象となる敷 地や周辺街区といった既存の要素と新設部分との関係性を考慮しながら設計 を行っていくことが求められることになるのであるが、そこでは既存の空間 の要素を的確に理解したうえで実風景に設計案が重なった空間を想像で補完 しつつ、個々の要素だけでなく設計案と既存部分を一体的にイメージし検討 するという難度の高い空間の認識の能力が必要となる。 MR ではシースルー型のゴーグル(See-through Head Mounted Display、 STHMD, Fig.1-3)を用いることでデジタルモデルをまるで本当にそこに存在 するかのように現実世界に重ねて表示でき、既存部分と設計案が一体となっ

MR

た明瞭な設計のイメージを空間のイメージ能力にばらつきのある設計主体間 で共有しながらより具体的に設計案を議論していくことが可能になる。以前 は専門的で大掛かりなツールを用いなければこうした技術の活用は困難で あったが、近年さまざまな MR デバイスが発売され一般に普及するとともに 低価格化が実現されており、空間を対象とする建築設計においても、今後さ らなる MR の活用が見込まれる。 21


第 1 章 研究の背景、意義及び目的

修士論文

VR および MR 空間の経験の特性を明ら かにしつつ、設計プロセスにおける活用 の効果と可能性を探る。

1.2 研究の目的

本研究では、コラボレーションによる建築の設計プロセスにおける VR と MR の活用に注目し、人間の空間認知に関わる理論的な枠組みを援用し つつ、VR および MR を用いた設計ツールによって得られる空間の経験が 設計プロセスに与える影響について、設計事例の詳細な分析を通してその 具体的な内容を発見的に提示することを目的とする。こうした目的をふま え、以下の 3 つの課題を設定した。

1.2.1 VR 空間の経験の

研究の背景でも述べたように、VR 空間の経験が設計プロセスに対してど

特性の把握

のような影響を与えうるかはいまだ明らかにされていない部分が多い。そ こで本研究では以下の 2 つのステップを通して、VR 空間の経験の特性の把 握と設計プロセスへの影響を明らかにすることを目指す。 (1) 人間の空間認知に関わる既往の空間論を参照しながら VR を通した空間 の体験についての理論的枠組みを整理する。 (2) 設計実験から得られた設計中の設計者とユーザーの対話における発話プ ロトコルに加え、VR 空間内での移動操作や視線の動きなどの記録を対象に 設計プロセスの考察を行う。 本研究の実験は、4章で述べる空間認知に関する理論を厳密に検証し、 実証的に新しい知見を提示しようとするものではなく、理論の検証を行い ながらもそこから発見的(heuristic)に新しい知見を見出し、それをもと に次なる仮説を形成することを狙いとして、少数の事例を詳細に分析する ことを前提とした実験方法を採用している。

22


1.2.2 MR 空間の経験の

MR は VR の類似の技術でありながら、VR が主に完全にデジタル情報で構

特性の把握

築された世界を扱うのに対し、実風景にデジタル情報を重ねることで、現実 の景観や周辺の環境といった既存の要素と設計案を一体的に眺めることがで きるという VR とは異なる特性がある。 MR でも同様に VR における(1)、(2) のステップに即して理論の整理と実 験結果に基づく理論の検証、設計プロセスに対する影響の発見的な提示を行っ ていくのであるが、それに加え MR 空間の経験の特性を考察するにあたって は、既往の様々な理論的な枠組みを基として理論を整理するにあたり、VR とは異なる実世界の情報とデジタル世界の情報のあいだに生まれる関係性に 対しても注目しつつ、理論を整理し検証を行う。 こうした整理を通して、VR との差を明確にしていくための理論的な手掛 かりを得ることを目指す。

1.2.3 今後の活用に向けた種々の

本研究では、今後の VR 及び MR の複合的な利用を見据えつつ、まずはそ

設計ツールの特性の整理

の第一段階として、VR、MR それぞれがどのように設計プロセスに影響を与 えるのかを考察し発見的に提示することを主たる目的とするのであるが、上 記の 2 ステップを通して事例を検証することを通して、それぞれの特性につ いて発見的に整理しつつ、今後の複合的な利用の検討に向けた足掛かりとな る知見を獲得することを目指す。

23


第 1 章 研究の背景、意義及び目的

1.3 研究の方法

修士論文

本研究では第一に、設計プロセスの分析の対象を得るために、「設計者」 と「ユーザー」を想定した 2 人の東京大学の学生(前者は建築系学生、後 者は非建築系学生を被験者とする)をペアとして VR を設計ツールとして 用いた設計実験を行う。ここではある敷地において、ユーザーの依頼に応 じて設計者が住宅を設計するという状況を設定する。具体的には設計者が ユーザーにヒアリングを行ったうえで住宅の設計案を制作し、ユーザーと のエスキスを通して案を改善していくという、住宅設計の一連のプロセス をモデルにした実験条件を定め、エスキスを通して議論を進めていく過程 で、図面、模型や透視図といった従来の設計ツールに加え、HMD による没 入型 VR を設計ツールとして用いる。 第二に、さらなる設計プロセスの分析の対象を得るべく、ここでも「設 計者」と「ユーザー」を想定した 2 人の被験者(前者は建築系を専攻とし、 後者は非建築系の専攻とする)をペアとして MR を設計ツールとして用い た設計実験を行う。東京大学本郷キャンパスにある工学部一号館の前の広 場の一部を敷地として広場を利用する人々のための休憩所をユーザー役の 被験者と設計者役の被験者が協働して設計していくという設計実験を行う。 具体的には設計者とユーザーが互いに意見を出し合い設計案を作成し、エ スキスを通して案を改善していく。エスキスを通して議論を進めていく過 程で、図面、模型という従来の設計ツールに加え、STHMD を設計ツール として用いる。 本稿では、まず2章で詳細な分析を行う対象となる設計事例を得るため に設計実験を行い、次に3章ではコラボレーションを通した設計プロセス の背景を整理することで設計ツールとしての VR および MR の立ち位置を より明確にしつつ、4 章では既往の空間論を参照しながら VR を通した空 間の体験についての理論的枠組みを整理する。そして5章で設計実験から 得られた設計中の設計者とユーザーの対話における発話プロトコルに加え、 VR 空間内での移動操作や視線の動きなどの記録を対象に設計プロセスの分 析を行い、3章で整理した理論の検証を行うと同時に、それが設計プロセ スに与える影響についての考察を通して、新しい仮説の形成に繋がる知見 を発見的に提示していく。さらに 6 章では MR 特有の空間の認知プロセス をより深く理解するために再度理論的な枠組みを整理しつつ 7 章において 5 章と同様に実験結果の考察を行い理論の検証とさらなる仮説の発見的な提 示を行う。最後に 8 章で結論を述べる。

24


chap.

01

研究の位置づけ と目的を確認。

chap.

02

MR の研究方法 の詳細を説明。

chap.

02

VR の研究方法 の詳細を説明。

chap.

03

設計ツールの位 置づけを確認。

chap.

04

VR 空間を理論 を援用し理解。

chap.

05

VR を用いた設 計実験の考察。

chap.

06

MR を用いた設 計実験の考察。

chap.

07

種々の設計ツー ルの差の考察。

Fig. 1-4 The constitution of this paper

25


修士論文

第 1 章 研究の背景、意義及び目的 技術寄り

理論寄り

[9] 聴覚や触覚がデザインプロセ スに与える影響 (Warwick ら )。

VR

[8] 他ツールを組み合わせた統 合的な検討を行った ( 福田ら )。

[11] 仮想空間の建築設計におけ る可能性を考察 (Alan ら )。 [10] スケッチにおける VR の活 用の効果を分析 (Rieuf ら )。

没入型

[12] GIS と連携させ位置座標に連動した

MR

MR を建築の外観検討に活用 (Yan ら )。 [16] MR を基軸に、都市におけ る情報空間を検討 ( 伊藤 )。 [15] 実写を活用しながら住環境 評価システムを構築 ( 小野ら )。

VR

[4] WEB ブラウザ上で都市空間の 3 次元モデルを扱う ( 古賀ら )。

[6] まちづくりでのワークショップの 支援ツールでの VR の活用 ( 大畑ら )。 [7] 3 次元の VR 空間を共有しながら 行う景観まちづくりの会議 ( 福田ら )。

[5] 市街地整備計画案の検討で防災性能評価と併せて 3 次 元の視覚的情報を持った空間イメージを共有 ( 辛島ら )。

非没入型

MR

[13] 模型にデジタルなマテリアルを重ねて表示 することで建築外観の検討を行った ( 中林ら )。 [14] 模型にデジタルなマテリアルを重ねて表示 することで都市空間の検討を行った ( 石井ら )。

Fig. 1-5 The list of related works

1.4 既往研究と本研究の位置づけ

前述したように、VR は非没入型と没入型に分けられるが、これまでの研 究において VR を設計ツールとして活用したものの多くは非没入型の VR を扱っている (Fig.1-5)。例えば WEB ブラウザ上で都市空間の 3 次元モデ ルを扱うことができるツールを活用した古賀らによる研究 4 や、市街地整 備計画案の検討段階において防災性能評価と併せて 3 次元の視覚的情報を 持った空間イメージを共有するためのツールとして VR の活用に注目した 辛島らの研究 5、まちづくり活動におけるワークショップの支援ツールとし ての VR の活用を狙った大畑らによる研究 6、3 次元の VR 空間を共有しな がら行う景観まちづくりの会議について検討した福田らによる研究 7 など がある。こうした研究の多くは、まちづくりなどの場面を想定したコラボ レーションによる設計プロセスの中で、ユーザーをはじめとする設計を専 門としない設計主体が、設計対象の空間イメージをより正確に共有し主体 的かつ積極的に参加することができるようになることを狙ったものである。 このような非没入型の VR の活用に対し、本研究では HMD を用いた 没入型の VR に注目する。没入型 VR を設計に用いた研究としては VR や AR、BIM、CFD などの異なる技術を統合したツールを開発し、それを適 用した住宅設計のプロセスで得られるフィードバックの特徴を明らかにし た福田らによる研究 8 等、実践的な VR ツールの開発とその評価を行う研

26


技術寄り

理論寄り

VR 1.2.3 種々のツールの特性を明ら かにしつつ、設計ツールの一体

1.2.1 VR 空間の経験の特性を理論的側

的利用に向けた知見を獲得。

理論の検証とさらなる仮説を獲得。

没入型

面から整理しつつ、設計実験を通して

1.2.2 MR 空間の経験の特性を理論的側 面から整理しつつ、設計実験を通して 理論の検証とさらなる仮説を獲得。

MR

VR

非没入型

MR

Fig. 1-6 The contribution of this paper

究がいくつか見受けられる。また、視覚や聴覚および触覚といった複数の感覚に基づく VR の活用によるデザインプ ロセスの変化を定量的に評価した Warwick らによる研究 9、デザインの初期段階におけるスケッチが没入型 VR を 用いることでどう変化するか定量的に評価した Rieuf らによる研究 10 など、没入型 VR のデザインプロセスへの影響 を定量的に評価することを試みた研究、加えて理論的な立場からのみ仮想的環境を建築設計において活用すること がもちうる可能性について考察した Alan らによる研究 11 等がある。 建築領域における MR の活用に注目した研究としては、没入型 VR の既往研究としても触れたが VR や AR、 BIM、CFD などの異なる技術を統合したツールを開発し、それを住宅設計のプロセスで活用してみることを通して ツールの有効性を検証した福田らによる研究 8 や GIS と連携させ位置座標に連動した MR を建築の外観検討に活用 した Yan らによる研究 12、模型にデジタルなマテリアルを重ねて表示することで建築外観の検討を行った中林らに よる研究 13、同じく模型にデジタル情報を重ねることで都市空間の検討ツールを作成した石井らによる研究 14、住環 境を仮想的に体感するシステムを構築しその効果を考察した小野らによる研究 15 等、実践的な MR ツールの開発と その評価を行う研究がいくつか見受けられる一方で、MR に関する技術的な話題を中心として都市の情報空間に対 して考察した伊藤による理論的な研究 16 等があるが、それに対して本研究は具体的な設計ツールの開発を行いつつ、 没入型 VR および没入型 MR を通した空間の経験が有する設計ツールとしての特性に焦点を絞り、空間理論に基づ く枠組みの中で MR を通した空間の経験が設計プロセスに与える影響についての理解を深めることを目指すもので ある (Fig.1-6)。

27


第 1 章 研究の背景、意義及び目的

1 章 参考文献

1. 2. 3. 4.

5.

6.

7.

8.

9.

10.

11. 28

修士論文

日本建築学会 : 人間 - 環境系のデザイン . pp. 208–231 1997 舘暲 , 佐藤誠 & 廣瀬通孝 : バーチャルリアリティ学 . 日本バーチャルリ アリティ学会 , 2011. 横矢直和 : 現実世界と仮想世界を融合する複合現実感技術ー1. vol. 49 2005 古賀元也 , 鵤心治 , 多田村克己 , 大貝彰 & 松尾学 : 景観まちづくりにお ける空間イメージ共有手法に関する研究 . 日本建築学会計画系論文集 vol. 73 pp. 2409–2416 2008 辛島一樹 , 大貝彰 & 多田村克己 : WebGIS と VR を連動させた密集市街 地整備の整備案検討支援ツールの開発 . 日本建築学会計画系論文集 vol. 79 pp. 745–754 2014 大畑浩介 , 有馬隆文 , 瀧口浩義 , 坂井猛 & 萩島哲 : 空間理解とイメージ 共有のためのワークショップ支援システム(その1). 日本建築学会計 画系論文集 vol. 584 pp. 75–81 2004 Fukuda, T., Taguchi, M., Shimizu, A. & Sun, L. : 景観検討を対象とした クラウドコンピューティング型 VR による分散同期型検討会議の実現可 能性 . 日本建築学会計画系論文集 vol. 76 pp. 2395–2401 2011 Fukuda, T., Mori, K. & Imaizumi, J. : Integration of CFD, VR, AR and BIM for Design Feedback in a Design Process An Experimental Study. Real Time - Proc. 33rd eCAADe Conf. vol. 1 pp. 665–672 2015 Ye, J., Campbell, R. I., Page, T. & Badni, K. S. : An investigation into the implementation of virtual reality technologies in support of conceptual design. Des. Stud. vol. 27 pp. 77–97 2006 Rieuf, V. & Bouchard, C. : Emotional activity in early immersive design: Sketches and moodboards in virtual reality. Des. Stud. vol. 48 pp. 43–75 2017 Bridges, A. & Charitos, D. : On architectural design in virtual environments. Des. Stud. vol. 18 pp. 143–154 1997


12.

13.

14.

15.

16.

Guo, Y., Du, Q., Luo, Y., Zhang, W. & Xu, L. : Application of augmented reality GIS in architecture. Int. Arch. Photogramm. Remote Sens. Spat. Inf. Sci. vol. XXXVII pp. 331–336 2008 田中智己 , 中林拓馬 , 加戸啓太 & 平沢岳人 : Web アプリケーションへ展 開した AR インテリアシミュレータへの 評価の分析 - 建築分野における AR の利活用に関する研究 . 日本建築学会計画系論文集 vol. 79 pp. 1063– 1069 2014 Ishii, H. et al. : Augmented urban planning workbench: Overlaying drawings, physical models and digital simulation. Proc. - Int. Symp. Mix. Augment. Reality, ISMAR 2002 pp. 203–214 2002 doi:10.1109/ ISMAR.2002.1115090 ONO, K. et al. : DEVELOPMENT OF VIRTUAL SIMULATION SYSTEM FOR HOUSING ENVIRONMENT USING MIXED REALITY TECHNOLOGY(Information Systems Technology). AIJ J. Technol. Des. vol. 11 pp. 567–572 2005 伊藤泉 : 都市における情報空間構造の検討―複合現実感技術を中心として ―. 日本建築学会計画系論文集 vol. 590 pp. 87–94 2005

29



02 第2章 研究の方法と実験結果の概要

本章では、1 章にてふれた研究の方法のうち、設計実験につ いてさらに詳細に記述しつつ、設計実験の結果を簡潔にまとめ ていく。 本章において VR を用いた第 1 ペアの設計実験を A1 のよう に表現し、MR を用いた第 1 ペアの実験を B1 のように表現する。


第 2 章 研究の方法と実験結果の概要

修士論文

設計実験を行う。敷地である 工学部一号館前広場に実際に いき、そこで実験を展開する。

最初に MR 設計ツールの 開発を行う。

発話や行動を もとに考察を行う。

最初に VR を用いた設計 ツールの開発を行う。

住宅設計を想定した設計 実験を、VR を用いて展 開する。 発話や行動をもとに考察を行う。

32

Fig. 2-1 The process of the experiments


VR および MR の設計ツールを構築。 設計実験で用いて空間の経験の特性 を考える。 2.1 VR を用いた設計実験

ここでは改めて研究の方法のうち、設計実験について、より詳細に確認し ていく。VR および MR を用いる設計実験は、概して以下のような 3 つのステッ プで整理できる (Fig.2-1)。 (1)VR および MR 空間の経験を可能にする設計ツールを開発する。 (2)設計ツールを用いて、設計実験を実施する。 (3)設計実験において得られた発話や行動といった結果をもとに考察を行う。 本節においては、第一に VR を用いた設計実験について、その手法および 設計ツールの開発の手順について記述しつつ、実験結果についての概要も同 時に示していく。そのあとで同様に MR を用いる設計実験についての手順を 整理し、設計ツールの開発の手順と仕様について記述していく。

33


修士論文

第 2 章 研究の方法と実験結果の概要

設計案の 3D モデル内を実寸で自由 に行き来できる VR ツールの作成。 2.1.1 VR を用いた実験の

第一に、建築を専攻する学生を「設計者」、他専攻の学生をユーザー(以

概要と手順

降、この被験者の学生を「施主」と呼ぶこととする。)として 1 つのペアと し、住宅を設計する設計実験を実施する。 実験は各回 30 分の計 3 回のエスキスで構成され、設計ツールの使用に関 して 3 つのパターンに沿った計 6 組のペアを対象に実験を行う。 まず第 1 回目のエスキスにおいて、設計者は施主に対して住宅への要望 についてヒアリングを行う。その内容をふまえて設計者は設計を行い、第 2 回目のエスキスにおいては図面及び模型、イメージパースまたは VR の いずれか注 5)、あらかじめ実験実施者から指定された設計ツールを用いて エスキスを行う。次に設計者がエスキスでの議論をもとに設計案に修正を 加え、第 3 回目には第 2 回目のエスキスで用いた設計ツールに加えて VR を用いたエスキスを行う。第 2 回目のエスキスで VR を用いたペアでは、 第 2 回目のエスキスと第3回目のエスキスで同様のツールを用いる。各ペ アのエスキスの中で使用した設計ツールは Table 2-1 の通りである。

Table 2-1 Design tools in each experiment

Pair Number

Drawing

34

Esquisse 2 Model Image

VR

Drawing

Esquisse 3 Model Image

VR

1

2

3

4

5

6

Fig. 2-2 The development of the VR design tool


2.1.2 VR を用いた

本実験ではエスキスをもとに作成した設計案について、まずはその 3 次

設計実験ツールの作成

元モデルをモデリングツールである Rhinoceros を用いて作成した後、Epic Games 社により開発されたゲームエンジンである Unreal Engine4 を用いて VR 空間を作成する。そのうえで、Oculus 社が発売している HMD である Oculus Rift を用いて、作成した VR 空間を施主に体験してもらう。 ここではもう少し詳細に開発のステップを述べることとする。 (a) まず設計案を作成し、その設計案を、Rhinoceros を用いて3D モデルとし て表現する。 (b) 作成したモデルを Unreal Engine4 というゲームエンジンにエクスポート する。(c) ゲームエンジン上で、機能やレンダリングを設定する。 (d) 最後に「ビルド」という操作を行う。ビルドとは3D モデルのファイルや 画像イメージ、プログラムのコードなどをコンパイルし書き出すプロセスで ある。このプロセスを通して VR デバイスやスマートフォンで VR 体験がで きるようになる (Fig.2-2)。 ( 参考 ) ゲームエンジンについて簡単に説明を加えたい。ゲームエンジンとは 3D モデルやサウンド、ア ニメーションやプログラムといった個々のたくさんのパーツを一つのシーンの中で統合的に配置し、そ れぞれのパーツが一体的に体験できるようにまとめる役割を担うソフトウェアのことである。ゲームエ ンジンはまとめ役割を担うソフトとして、ゲーム以外のスマホアプリやソフトウェアにも利用される。

Rhinoceros

Unreal Engine 4 (a) 3D モデルを作成。

(b) Unreal Engine に 3D モデルをインポートし、 環境にセットする。

(c) テクスチャや光を Unreal Engine 内で設定 する。Unreal Engine では主に Blue Print と呼ば れる VPL(Visual Programming Language)を 用いてマテリアルを作成する。

(d) Unreal Engine 4 と VR ゴーグルを接続する ことで VR 空間を体験できる。

35


修士論文

第 2 章 1 節 3 項 VR の設計実験の結果の概要

A1

施主、施主の母、夫、子供たちのための家が設計された (Fig.1)。夫婦や親子という家族の間の関係性が時間的に変 化することに注目し、子供が少しずつ自立し、施主と夫と の関係が落ち着いていくであろうことを想定した設計が 行われた。また高齢となる施主の母親の住みやすさのため にバリアフリーが重視された。エスキスの中では VR を用 いて廊下の幅や曲がり角度を施主が体感し、そのうえで議 論が深められる場面が多くみられた。

敷地:東京都練馬区平和台4丁目12−5 面積:140 平米 用途地域:第一種低層住居専用地域 建蔽率:60% 容積率:200% 設計者

施主

建築学専攻。

生命科学研究科の専攻。

設計ツール:模型+図面→模型+図面+ VR

設計要求 自身、夫、年中、年長になる子供2人の4人家族と クライアントのお母さんのための家で、一階はバリ アフリー、広めのキッチン・リビングに吹き抜けを 要求した。小さな和室に掘り炬燵、楽器の吹ける防 音の部屋、収納を家の至る所に散らすなどの諸条件 も要求した。

Fig. 2-3 Site(pair A1)

36


Fig.2-4 The 2nd esquisse plan (pair A1) 塀で住宅を囲まず、家のヴォリュームを立ち上げ、中庭を取り囲むような構成にしており、一階はバ リアフリーにし、玄関はスロープとつながったものと、土間と併設したものの二か所ある。土間からは、 客間としての小さな和室と、キッチン、中庭につながっている。

Fig.2-5 The 2nd esquisse plan (pair A1) 子供部屋、寝室などのプライベート空間はスキップフロア状に持ち上げ、大きな吹き抜けをリビングに 作っている。エスキスの内容として収納を増やして欲しい、ロフトなどを増設、バリアフリーに関して、 動線の狭さを指摘、客間の使用方法が分からない、洗濯物の干し場所を質問などがあった。

37


第 2 章 1 節 3 項 VR の設計実験の結果の概要

修士論文

Fig.2-6 The 3rd esquisse plan (pair A1) 水回り、玄関、スロープを広くし、書斎の位置を変更。寝室の狭さ、リビングの狭さを指摘。それを 解決するために、二階を増設する提案をした。エスキスの内容として、客間、玄関の使用方法につい て議論があり、客間の位置を変更する提案があった。また庭の使い方を議論。

Fig.2-7 The 3rd esquisse plan (pair A1)

38


Fig.2-8 The 3rd esquisse model (pair A1)

Fig.2-9 The 3rd esquisse VR view (pair A1)

39


修士論文

第 2 章 1 節 3 項 VR の設計実験の結果の概要

A2

施主の将来の家族が暮らすための家が設計された。書庫 が設計されていることと、庭をもちながらも閉じた雰囲気 をもつことが重視された設計となった。そのため、光の取 り方が重視されることが多く、トップライトの多い設計と なった。そしてその光のとり方に関する議論が活発に交わ され、VR を用いて上方向を見上げながら議論を行う場面 がみられた。

敷地:東京都練馬区平和台4丁目12−5 面積:337 平米 用途地域:第一種低層住居専用地域 建蔽率:50% 容積率:100% 設計者

施主

設計ツール:模型+図面→模型+図面+ VR

建築学専攻。建築設計を 行動文化学科。 専門とする。

設計要求 夫婦と子供2人の4人家族。夫婦の共通の趣味とし て読書があるので、書庫、本棚が多い家が良いと要 求。家全体は洋風で、和室が一部あるとよく、シン プルな構成が良い。広い中庭が欲しいとも要求。家 族の具体的な一日の生活を会話していた。

Fig.2-10 The site (pair A2)

40


Fig.2-11 The 2nd esquisse plan(pair A2)

大きな蔵のような書庫を配置し、同様に、箱状の部屋を3つ配置し、それらにかぶさるように、大 きな屋根をかけ、縁側に囲まれた空間をつくるような中庭のようなリビングを作った。一部二階を 持つ平屋の構成。外装は主にガラス張り。

Fig.2-12 The 2nd esquisse plan(pair A2)

エスキスの内容として、縁側に囲まれなくても良い、実際の中庭が欲しいと要求書庫、本棚もさま ざまな形態、空間を持つものが欲しいと要求。外装はガラス張りというよりも木で囲まれるような 空間を要求した。

41


第 2 章 1 節 3 項 VR の設計実験の結果の概要

修士論文

Fig.2-13 The 3rd esquisse plan(pair A2) 蔵のような書庫を置き、大きな屋根をかけ、その下に幾つかの諸室を配置。水回りや子供部屋、寝室 はまとめ、庭と連続するような縁側、ウッドデッキを設けた。家全体が書庫で構成されており、それ らが同時に構造となっている。外装は主に木で覆った。

Fig.2-14 The 3rd esquisse plan(pair A2) 本棚の具体的な使用方法についての議論があった。二階部分のきわに、手すりか壁のような転落防止 の設計についての要求があった。また、施主は周辺から見える家の外観の印象を気にしていた。

42


Fig.2-15 The 2nd esquisse model (pair A2)

Fig.2-16 The 2nd esquisse VR view (pair A2)

43


修士論文

第 2 章 1 節 3 項 VR の設計実験の結果の概要

A3

施主の将来の夫と子供と暮らす家が設計された。ヒアリン グで採光が重視されたことをうけ、それぞれの空間に光 が届きながら、家族のつながりを感じさせる構成として、 スキップフロア型の家が設計された。施主は VR を用いて 複雑な空間構成を体感しながら、それぞれの空間のアクセ スの安全性と利便性について議論を展開させ、その結果と して、階段の追加や削減、また視線のみえかたを左右する 窓の調整などが加えられた。

敷地:埼玉県さいたま市浦和区常盤1丁目8−19 面積:144 平米 用途地域:商業地区 建蔽率:80% 容積率:400% 設計者

施主

設計ツール:イメージパース+図面→イメージパース+図面+ VR

建築学専攻。建築設計を 農学生命科専攻。 専門とする。

設計要求 夫婦と子供三人、犬の住む家。キッチンは広め、ガ レージ、リビングに光がたくさん入るようなもの、 庭は道路に対して裏側、楽器が吹ける空間、和室な どを要求。

Fig. 2-17 The site (pair A3)

44


Fig. 2-18 The 2nd esquisse plan (pair A3) 全体として、スキップフロアを提案。一階にガレージとつながるキッチンと、キッチンからは玄関、 ダイニングにつながっており、玄関には3階までつながるらせん階段を設置。ダイニングからリビン グ、寝室、ホームシアタールームまで、階段でつながっている。

Fig. 2-19 The 2nd esquisse plan (pair A3) スキップフロアにしたことによって、一階まで光が入るような設計となっている。エスキスの内容と して二つの庭を一個にして大きな庭にする、縁側は裏手に回す、トイレは二つにして欲しいという要 求があった。

45


第 2 章 1 節 3 項 VR の設計実験の結果の概要

修士論文

Fig. 2-20 The 2nd esquisse plan (pair A3) クライアントから、ガレージを半地下にし、その分生まれたスペースにもっと床を増やして欲しい と提案があった。リビングの一部を延長し、床を増やしたいと提案があった。

Fig. 2-21 The 3rd esquisse plan (pair A3)

庭を一つにまとめ大きくした。敷地の奥側にひっこめた場所に縁側を配置し、庭とつなげた。ガレー ジは少し小さめにし、玄関を狭くして、キッチンを広めにとった。リビングの一部を延長させ、床 面を広くした。

46


Fig. 2-22 The 3rd esquisse plan (pair A3)

エスキスの内容として、らせん階段の一部を拡張、テラスの位置を道路面から、建築側面に移動す る。窓を一部大きくする、シアタールームの床を延長させ、面積を増やしたいと提案があった。

Fig. 2-23 The 3rd esquisse plan (pair A3)

47


第 2 章 1 節 3 項 VR の設計実験の結果の概要

Fig. 2-24 The 3rd esquisse VR view (pair A3)

Fig. 2-25 The 3rd esquisse VR view (pair A3)

48

修士論文


A4

施主の将来の家族が暮らす家が設計された。施主の要望し た吹き抜け空間に関する議論に加え、多様なニーズに対応 できるようにするため個々の空間のサイズを丁寧に調整 する議論が展開された。

敷地:神奈川県川崎市中原区市ノ坪96 面積:150 平米 用途地域:第一種住居地域 建蔽率:60% 容積率:200% 設計者

設計ツール:イメージパース+図面→イメージパース+図面+ VR

施主

建築学専攻。建築設計を

農学生命科専攻。

専門とする。

設計要求 夫婦と子供が二人か三人の家。光がたくさん入るよ うな家。全体として三階構成で、大きな吹き抜け、 各階にトイレを要求。寝室、子供部屋、キッチン、 ダイニングなど各諸室を具体的に要求した。

Fig. 2-26 The Site (pair A4)

49


第 2 章 1 節 3 項 VR の設計実験の結果の概要

Fig. 2-27 The 2nd esquisse plan (pair A4)

修士論文

全ての階に吹き抜けを設けた三階建ての構成。一階には広めのエントランスと、桜の木が望め る小さな中庭と縁側に面した和室、水回りが配置されている。

Fig. 2-28 The 2nd esquisse plan (pair A4)

二階はリビングやキッチンダイニングなど家族の場になっている。屋上は上がれるようになっ ており、家庭菜園など使えるようにした。

50


Fig. 2-29 The 2nd esquisse plan (pair A4)

変更として、和室の形、一階に吹き抜けの削除、一階に作業部屋を追加、 一階の倉庫は家からア クセスできるようにすることなどがあった三階は個室などプライベート空間となっている。エスキ スの過程では、外観から空間を眺めつつ、外装の素材に関しての言及があった。

Fig. 2-30 The 3rd esquisse plan (pair A4)

外装を白、薄木、濃木の三色を配色した。一階に作業部屋を追加し、和室の形を変更、ウォー クインクローゼットの追加をした。

51


第 2 章 1 節 3 項 VR の設計実験の結果の概要

修士論文

Fig. 2-31 The 3rd esquisse plan (pair A4) 二階は吹き抜けをつぶした分床が増えたので、リビング、ダイニングの位置を調整し、フリースペー スを追加した。

Fig. 2-32 The 3rd esquisse plan (pair A4)

52


Fig. 2-33 The 2nd esquisse image (pair A4)

Fig. 2-34 The 3rd esquisse VR view (pair A4)

53


修士論文

第 2 章 1 節 3 項 VR の設計実験の結果の概要

A5

施主の将来の妻と子供と暮らす家が設計された。施主が、 趣味である音楽や麻雀を友人らとともに楽しむための空 間が重視された。また、設計された住宅では、家族の空間 とプライベートな空間が立体的に複雑に構成されており、 施主は VR を用いてその立体的な豊かさを認めたうえで、 安全性に配慮することが重視した議論を行った。

敷地:東京都国立市中1丁目2−1 面積:130 平米 用途地域:第一種住居地域 建蔽率:60% 容積率:200% 設計者

施主

設計ツール:図面+ VR →図面+ VR

建築学専攻。建築設計を 経済学専攻。 専門とする。

設計要求 老後の家を要求。ピアノや麻雀、ホームシアターな ど多趣味な生活像を話していた。それに関する楽器 を弾けるスタジオや、ホームシアタールーム、タバ コの吸える部屋など特殊な部屋も要求。

Fig. 2-35 The Site (pair A5)

54


Fig. 2-36 The 2nd esquisse plan(pair 5)

大きく3つの矩形のヴォリュームが敷地に対して斜めに配置された構成で、地下を有する二層の家。 三つのヴォリュームの内、真ん中のヴォリューム以外を1メートルあげ、スキップフロアとしている。

Fig.2-37 The 2nd esquisse plan(pair 5)

一階は生活者やその友人が道路面から裏手の庭に通り抜けられるようなプラン。地下一階は音の鳴る 麻雀や楽器、シアターなどを防音壁で一階から隔離。老後の生活を考えて、段差をなるべく無くすこと、 書斎はあまりオープンにせず小さな小窓を付ける程度にすることや、トイレの位置の変更を要求。

55


第 2 章 1 節 3 項 VR の設計実験の結果の概要

修士論文

Fig. 2-38 The 3rd esquisse plan(pair 5) スキップフロアの内、一つのレベルを下げ、段差を解消した。階段の数も減らし、一階から地下一階 の間に防音扉を設置。トイレの位置を一階、地下一階とも同じ位置にし、トイレが、スタジオと麻雀 部屋を区切るような設計となっている。

Fig. 2-39 The 3rd esquisse plan (pair A5) エスキスの内容として、地下一階は、それぞれ音のなる諸室は全て繋げ、一体として欲しいという施 主の要求がみられた。また地下にアクセスする階段を、室内ではなく、外とつながる外部階段を追加、 また浴室には光の入る窓を要求した。

56


Fig. 2-40 The 2nd esquisse VR view (pair A5)

Fig. 2-41 The 3rd esquisse VR view (pair A5)

57


修士論文

第 2 章 1 節 3 項 VR の設計実験の結果の概要

A6

施主が将来の夫と子供と暮らす家が設計された (Fig.2)。敷 地は施主の現在の自宅がある場所である。議論のプロセス では、開放的な雰囲気や施主の自室のサイズなど、現在の 施主の住居の要素を下敷きとした設計が求められた。

敷地:東京都武蔵野市吉祥寺 面積:280 平米 用途地域:第一種低層住居専用地域 建蔽率:50% 容積率:100% 設計者

施主

設計ツール:図面+ VR →図面+ VR

建築学専攻。建築設計を 行動文化学科専攻。 専門とする。

設計要求 夫婦と子供一人の家。夫婦は共働きで夜にゆっくり できる家が欲しいと要求。具体的な諸室として、ミ ニシアター、バルコニー、駐車場などを要求。全体 として、英国風が良いと発言。

Fig. 2-42 The Site (pair A6)

58


Fig. 2-43 The 2nd esquisse plan(pair A6) 地下を有する二階建て、三層構造の住宅。一階は広い間取りにリビングダイニングがあり、奥まった ところに和室、水回りを配置した。二階は個室群れと大きな吹き抜け、地下一階はミニシアターや倉 庫を配置。

Fig. 2-44 The 2nd esquisse plan(pair A6) 一階の壁体はエッジを丸くし、二階は矩形で内装に多様な色を使用、地下一階はコンクリートに囲ま れた空間にしている。エスキスの内容としては、二階の個室は4畳半ではなく6畳に拡張、一階の和 室はやめリビングにし、水回りを仕切らずにある程度まとまった部屋にすることなどの要求があった。

59


第 2 章 1 節 3 項 VR の設計実験の結果の概要

修士論文

Fig. 2-45 The 2nd esquisse plan(pair A6)

Fig. 2-46 The 3rd esquisse plan(pair A6) 二階の回廊は回遊できるように変更し、個室の大きさを変更、またテラスや吹き抜け部の手すりのデ ザインを変更した。一階は和室を取りやめ、キッチンの詳細を変更、水回りを調整した。地下につい ても、トイレの位置や、階段下に棚を増設した。

60


Fig. 2-47 The 3rd esquisse plan(pair A6)

エスキスの内容としては、庭が多すぎること、外装のイメージが違うこと、窓の大きさ、位置などの 点を指摘。

Fig. 2-48 The 3rd esquisse plan(pair A6)

61


第 2 章 1 節 3 項 VR の設計実験の結果の概要

Fig. 2-49 The 2nd esquisse VR view (pair A6)

Fig. 2-50 The 2nd esquisse VR view (pair A6)

62

修士論文


Fig. 2-51 The 3rd esquisse VR view (pair A6)

Fig. 2-52 The 3rd esquisse VR view (pair A6)

63


修士論文

第 2 章 研究の方法と実験結果の概要

様々な角度から眺めたり入り込んだり しながら経験できる MR ツールの作成。 2.2 MR を用いた設計実験

建築を専攻とする被験者を「設計者」、他専攻の被験者を設計された空間 を実際に利用することを想定した「ユーザー」として 1 つのペアとし、広

2.2.1 MR を用いた実験の 概要と手順

場に休憩所を設計する設計実験を実施する。実験は各回 30 分の計 3 回のエ スキスで構成され、設計ツールの使用に関して2つのパターンに沿った計 6 組のペアを対象に実験を行う。 第 1 回目のエスキスにおいては、ともに敷地を歩き回り、その場で議論 を行いながら設計案を作成する。第 2 回目のエスキスにおいては図面と模 型もしくは図面と模型及び MR というあらかじめ実験実施者から指定され た設計ツールを用いてエスキスを行い、設計案に対して修正を加える。第 3 回目には第 2 回目のエスキスで用いた設計ツールに加えて MR を用いて エスキスを行う。第 2 回目のエスキスで MR を用いたペアでは、第 2 回目 のエスキスと第3回目のエスキスで同様のツールを用いる。各ペアのエス キスの中で使用した設計ツールは Table 2-2 の通りである。また、実験の 各回の後には簡易なインタビューを行う。

Pair Number

Table 2-2 Design tools in each MR experiment

64

1 2 3

2nd Esquisse Drawing and MR Model ● ● ● ● ● ●

3rd Esquisse Drawing and MR Model ● ● ● ● ● ●

4

5

6

Fig. 2-53 The development of the MR design tool


2.2.2 MR を用いた

本実験ではエスキスをもとに作成した設計案について、まずはその 3 次元

設計実験ツールの作成

モデルをモデリングツールである Rhinoceros を用いて作成する。そのうえで Unity Technologies 社が開発したゲームエンジンである Unity を用いて MR モデルを実空間に配置するためのプログラムを作成する。そして Microsoft 社が発売している STHMD である Hololens を用いて作成した MR モデルを敷 地に配置し 3D モデルと敷地が一体的になった状態を被験者に体験してもら う。ここでは、もう少し詳細に開発の手順を記述することとする。 3 次元モデルの作り方と大まかな構成は 2.1.2 の VR の設計ツールの開発 の手順で述べたものと同様であるが、Hololens の場合にはゲームエンジン として Unreal Engine を用いることは基本的にできない。本研究では Unity Technologies 社によるゲームエンジンである Unity というゲームエンジ ンを用いたのであるが、このエンジンの特徴としては Universal Windows Platform(UWP)というプラットフォームに対応していることが挙げられ る。UWP は Hololens 上で作動するプログラムを作成するための開発プラッ トフォームである。したがって Hololens 上で動作するアプリケーションを作 成するためには Unity 上でこのプラットフォームを基盤としてプログラムを 作成するように設定する (Fig.2-53)。

Rhinoceros

Unity (a) 3D モデルを作成。

(b) Unity に 3D モデルをインポートし、環境に セットする。

(c) テクスチャや光を Unity 内で設定する。 Unity のテクスチャはマッピングされる画像だけ でなく、Shader という陰影処理を行うプログラ ムも同時並行してつくる。さまざまな設定のパ ラメータを調整するとともに、Shader をときに 記述して、みえかたを微調整する。

(d) Visual Studio で Hololens でつかえるかたち にプログラムをデバッグする。そうすることで、 Hololens で MR 空間を体験できるアプリケーショ ンが Hololens 内につくられる。

65


修士論文

第 2 章 研究の方法と実験結果の概要

2.3 MR を用いた設計実験の実験

設計実験のための敷地

結果の概要

まず設計実験の条件について簡潔に記す。 敷地は東京大学本郷キャンパス工学部一号館前広場であるが (Fig.2-56)、こ の広場は正門からも近く、周辺の建物の中心的な場所にあるため、キャン パスの別の場所へ移動する人々も多くこの辺りを歩いている (Fig.2-55)。周 辺にはコンビニや生協、サブウェイやスターバックスなどの店があり、子 供連れや、コーヒーを飲みながら談笑する人々、散歩する人々など多くの 人に活用されている。加えて、東大内のなかで比較的広い広場であること もあり、サッカーや野球、バドミントンをする人たちも多くみられる。そ うした開放性のためか保育園の子供たちがあつまり遊びまわる場所とも なっている。敷地内には石や木でつくられたベンチが散置されている。集 まった人々に少し座る場所を提供する程度のもので、多様な人々の交流が 新たに生まれる場所としてはあまり機能していないように見受けられる。 縁石や芝生の上にブルーシートを敷いて楽しむ人々も多く見受けられる。 多様な種類の木々が植えられており、春の梅や秋のいちょうなど季節ごと にもさまざまな景色がみられる。

設計実験において用いる道具 使用する道具類は以下の通りである。 消しゴム2つ シャーペン2本 黒ペン5本 トレーシングペーパー 赤ペン 1 本 マーカーペン 1 本 三角定規 2 本 三角スケール(15cm, 30cm) ポストイット A3 紙× 10 枚

66

Fig. 2-54 The scene in the design experiment


Fig. 2-55 The site in the MR design experiment

1600

400

0

450

4800

5200

敷地領域 Fig. 2-56 The plan of the site in the MR design experiment

S = 1:300

67


修士論文

第 2 章 2 節 3 項 MR を用いた設計実験の結果の概要

B1

第 1 回目のエスキスで敷地の植栽にそって 2 つの曲線系のベ ンチを配置する案が作成された。ベンチの 1 つは銀杏の木の 根元に配置され、第 2 回目のエスキスでは敷地に銀杏がたく さん落ちていたことを踏まえてそのベンチの上に屋根が設置 された。第 3 回目のエスキスではそれぞれの設計案に微調整 を加えるとともに 2 つのベンチのあいだの地面に飛び石が配 置されるに至った。

第 1 回目日程: 2019 年 10 月 10 日 8:45 - 9:45 第 2 回目日程: 2019 年 10 月 21 日 8:45 - 9:45 第 3 回目日程: 2019 年 11 月 06 日 8:45 - 9:15 用いたツール: 模型+図面+ MR →模型+図面+ MR

設計者

施主

建築学専攻。建築設計を 理学部化学科専攻。 専門とする。

設計での要求: 周辺に集まる人々がゆったり過ごせる休憩 所(もしくは休憩スペース)を設計。具体 的要件として、およそ一度に 5-10 人程度が くつろげる広さを必要とし、小屋程度のサ イズを想定する。雨の日にも一部活用でき るスペースとなるように、屋根やフロアを 設計することが推奨される。ただし晴れの 日にだけ使えるスペースが一部存在しても かまわない。植栽や木々については、基本 的に既存の状態を変更しないものとします。 ただし、設計上理由があれば変更も可能と する。構造や素材については制限を設けず、 予算については条件を設けない。構造的厳 密さも要求しない。

Fig.2-57 The sketch in 1st esquisse

68


400

860

グループA 第二回 図面 S=1/100

Fig. 2-58 The 2nd esquisse plan(pair B1 )

第 1 回目のエスキスで設計されたベンチを体感しながら、背もたれの細かい形状や支えとなる座面の したの石の幅の検討などが行われた。それに加えて、銀杏の木の根元にあるベンチでは、ぎんなんが 落ちてくることを発見しつつ、屋根をかけることが検討された。

Fig. 2-59 The MR view (Hololens capture) in 2nd esquisse, pair B1)

図における右のベンチがちょうど銀杏の木の根元となっている。実験時にはここに大量の銀杏が落ちてお り、匂いがあたりに充満していた。こうした経験を通して屋根をかけることがユーザーによって提案され た。

69


修士論文

400

第 2 章 2 節 3 項 MR を用いた設計実験の結果の概要

300

1000

860

グループA 第三回 図面 S=1/100

Fig. 2-60 The 3rd esquisse plan(pair B1)

第 3 回目のエスキスでは、2 回目のエスキスと同様に詳細な寸法などに関する検討が展開された。そ うしたなかで、立体をこれ以上追加する必要性がないことを 2 人は共有しつつ、2 つのベンチのあい だに飛び石で道を作る議論も展開された。

Fig.2-61 The MR view (Hololens capture) in 3rd esquisse, pair B1)

屋根がかけられている。人々が手を洗ったりできるように水場が設けられたのであるが、3 回目のエ スキスではさらに、水場の石の色を、周辺の建物と調和させるためにレンガ調にすることなども検討 された。

70


Fig.2-62 The 2nd esquisse model (pair B1)

第 2 回目のエスキスにおいて、模型はほとんど用いられなかった。

Fig. 2-63 The 3rd esquisse model (pair B1)

第 3 回目のエスキスにおいても、模型はあまり用いられなかった。

71


修士論文

第 2 章 2 節 3 項 MR を用いた設計実験の結果の概要

B2

第 1 回目のエスキスでは、植栽などがなく空いているスペー スに普段とは異なる環境で研究者らが議論を行うための小屋 が設計された。第 2 回目のエスキスでは想定したよりも小屋 が周辺敷地と調和しないことをうけ長方形型の平面から円形 の平面をもつ小屋へと設計を変更し、同時に小屋の周囲にフ レーム型の周辺にベンチが配置された。第 3 回目のエスキス では小屋の内部の床の高さに変化をつけるとともに、ベンチ の形状の変更を行うことで利用者がより使いやすい休憩所に することを狙った設計変更が行われた

第 1 回目日程: 2019 年 10 月 21 日 11:25 - 12:15 分 第 2 回目日程: 2019 年 11 月 05 日 10:30 - 11:10 第 3 回目日程: 2019 年 11 月 15 日 10:35- 11:15 用いたツール: 模型+図面+ MR →模型+図面+ MR

設計者

ユーザー

建築学専攻。建築設計を 経済学部経営学科 専門とする。

設計での要求: 周辺に集まる人々がゆったり過ごせる休憩 所(もしくは休憩スペース)を設計。具体 的要件として、およそ一度に 5-10 人程度が くつろげる広さを必要とし、小屋程度のサ イズを想定する。雨の日にも一部活用でき るスペースとなるように、屋根やフロアを 設計することが推奨される。ただし晴れの 日にだけ使えるスペースが一部存在しても かまわない。植栽や木々については、基本 的に既存の状態を変更しないものとする。 ただし、設計上理由があれば変更も可能と する。構造や素材については制限を設けず、 予算については条件を設けない。構造的厳 密さも要求しない。

Fig.2-64 The sketch in 1st esquisse

72


4100

3000 +200

3000 グループB 第二回 図面 S=1/100

Fig.2-65 The 2nd esquisse plan (pair B2)

第 1 回目のエスキスでは、授業の合間に研究者が学生が気軽に議論を行うための気軽な空間として小屋が 設計された。

Fig. 2-66 The MR view (Hololens capture) in 2nd esquisse, pair B2)

こうした小屋を設計主体はさまざまな角度から眺めながら、その違和感を強く指摘しあい、そうした違和 感を基点として形態や材料、色などの仕上げなどさまざまな議論が展開された。

73


修士論文

第 2 章 2 節 3 項 MR を用いた設計実験の結果の概要

500

30 0

00

13

4700

グループB 第三回 図面 S=1/100

Fig.2-67 The 3rd esquisse plan(pair B2)

第 2 回目のエスキスでは直線的な形状をやめて円を選択することが検討された。こうした選択は、敷地に おける調和をもたらす幾何的な要素として円と直線のバランスを設計主体らが見出したことに由来する のであるが、3 回目のエスキスでは様々な角度からこの形態の意味と価値が検討された。

Fig.2-68 The MR view (Hololens capture) in キャプチャからもわかるように、円を中心とした設計が展開されているのであるが、こうした形態と敷地 3rd esquisse, pair B2) とのバランスを気に入った設計主体らによって、中心にある空間の床を 120°分の円ごとに 3 層に高さに 差をつけることが検討された。円形の暖房装置が木の根元に置かれ空間に供給されることとなった。

74


Fig.2-69 The 2nd esquisse model (pair B2) 第 2 回目のエスキスでは、模型をもちいて確認すると「かわいい」のに、MR だとあまりに圧迫感のある 印象になるという、ツールにおける印象の差についての議論がなされた。

Fig.2-70 The 3rd esquisse model (pair B2)

75


修士論文

第 2 章 2 節 3 項 MR を用いた設計実験の結果の概要

B3

第 1 回目のエスキスではツリーハウスの空間と地面と接地し た空間という 2 つの立体からなる空間が構想された。第 2 回 目のエスキスでは設計案が一体的な空間というよりもそれぞ れ独立したような空間になってしまうという設計案の印象が 共有され、そのうえでツリーハウスの空間、地面と接地した 空間、その中間をつなぐ空間という 3 つの空間が構想され、 それらの一体的な印象を高めるべく 3 つのボリュームを横断 するようなテントの屋根が設計された。第 3 回目のエスキス では壁の仕上げや柱の太さ、階段の位置の変更と追加といっ た微調整が加えられた。 第 1 回目日程: 2019 年 11 月 05 日 18:10 - 18:40 第 2 回目日程: 2019 年 12 月 03 日 12:30 - 13:00 第 3 回目日程: 2019 年 12 月 17 日 12:00 - 12:30 用いたツール: 模型+図面+ MR →模型+図面+ MR

設計者

ユーザー

建築学専攻。建築設計を 法学系研究科専攻。 専門とする。

設計での要求: 周辺に集まる人々がゆったり過ごせる休憩 所(もしくは休憩スペース)を設計。具体 的要件として、およそ一度に 5-10 人程度が くつろげる広さを必要とし、小屋程度のサ イズを想定する。雨の日にも一部活用でき るスペースとなるように、屋根やフロアを 設計することが推奨される。ただし晴れの 日にだけ使えるスペースが一部存在しても かまわない。植栽や木々については、基本 的に既存の状態を変更しないものとする。 ただし、設計上理由があれば変更も可能と する。構造や素材については制限を設けず、 予算については条件を設けない。構造的厳 密さも要求しない。

Fig.2-71 The sketch in 1st esquisse

76


2000

3000

3600

`

2400 グループC 第二回 図面 S=1/100

Fig.2-72 The 2nd esquisse plan(pair B3)

ユーザーからのアイディアで、敷地にある木を活用したツリーハウスを基点として空間を設計してい くことが行われた。GL にあるボリュームと屋根のボリュームは行き来するものではなく、ツリーへ ははしごをつたってはいるのが当初の設計であった。

Fig. 2-73 The MR view (Hololens capture) in 2nd esquisse, pair B3)

こうした MR を眺めることを通して、2 つの断面的に位置の異なるボリュームが違和感を分離した感 覚を利用者に想起させることが、設計主体間でスムーズに共有された。

77


第 2 章 2 節 3 項 MR を用いた設計実験の結果の概要

2000

2000

GL+600

`

1200

1000

修士論文

3600 1200

GL+2700

グループC 第三回 図面 S=1/100

Fig. 2-74 The 3rd esquisse plan(pair B3)

第 2 回目のエスキスでの議論をとおして、3 つのボリュームで設計案を構成する案が設計された。3 つの ボリュームは階段で行き来できる構成とされた。

Fig. 2-74 The MR view (Hololens capture) in 3rd esquisse, pair B3)

78

設計者主体のアイディアとして、ボリュームをまたがるテントがかけられることが提案された。こうする ことで下の方にあるボリュームの屋根は雨天の日でも活用できるテラスとなった。


Fig.2-75 The 2nd esquisse model (pair B3) このグループにおいては、ほかのグループと比べて模型を用いた議論もしばしば展開されたのであるが、 そうした中でも特にスケッチを重点的に活用しながら設計が展開された。

Fig.2-76 The 3rd esquisse model (pair B3)

79


修士論文

第 2 章 2 節 3 項 MR を用いた設計実験の結果の概要

B4

第 1 回目のエスキスでは周辺の植栽に合わせて 3 つの曲面形 状のベンチがデザインされた。そのベンチにはすべて同じ高 さの背もたれが設置された。第 2 回目のエスキスでは図面と 模型のみを用いて検討する中で想定よりも立体的な魅力が不 足してしまうことを指摘しあい、座面に設置した背もたれに 立面的な変化をつける設計案を作成した。第 3 回目のエスキ スでは MR を用いてそれらの形状や配置、幅、高さといった 要素が詳細に検討された

第 1 回目日程: 2019 年 10 月 11 日 12:10 - 12:45 第 2 回目日程: 2019 年 10 月 28 日 16:45 - 17:10 第 3 回目日程: 2019 年 10 月 31 日 09:15 - 09:45 用いたツール: 模型+図面→模型+図面+ MR

設計者

ユーザー

建築学専攻。建築設計を 国際農業開発学専攻。 専門とする。

設計での要求: 周辺に集まる人々がゆったり過ごせる休憩 所(もしくは休憩スペース)を設計。具体 的要件として、およそ一度に 5-10 人程度が くつろげる広さを必要とし、小屋程度のサ イズを想定する。雨の日にも一部活用でき るスペースとなるように、屋根やフロアを 設計することが推奨される。ただし晴れの 日にだけ使えるスペースが一部存在しても かまわない。植栽や木々については、基本 的に既存の状態を変更しないものとする。 ただし、設計上理由があれば変更も可能と する。構造や素材については制限を設けず、 予算については条件を設けない。構造的厳 密さも要求しない。

Fig.2-77 The sketch in 1st esquisse

80


平面図 S=1/100

Fig.2-78 The 2nd esquisse plan(pair B4)

本グループにおいては、敷地をひろく活用しながら、曲線的に連続的な印象を与える 3 つのベンチが設計 された。ここでは背もたれも座面の形態に呼応するように流線形に設計されているのであるが、こうした 設計はベンチのなかにひとりで座る場所、多くの人で座れる場所など差を生み出すことを狙っている。

Fig.2-79 The 2nd esquisse model(pair B4)

本実験においては、はじめは設計ツールとして模型のみが用いられた。したがって実際に敷地にたち、 そこで模型と実空間を見比べながら検討を設計主体らは行っていたのであるが、ここでは設計主体らは 実際に敷地を歩き回ったりせず、机のうえでのみ議論を展開していた様子がみてとれた。

81


修士論文

180

第 2 章 2 節 3 項 MR を用いた設計実験の結果の概要

78 20

グループD 第三回 図面 S=1/100

Fig.2-80 The 3rd esquisse plan(pair B4)

第三回目のエスキスでは、第 2 回目のエスキスで背もたれが境界としての印象が強すぎることを 受けてルーバーで背もたれが構築された。

Fig.2-81 The MR view (Hololens capture) in 3rd esquisse, pair B4)

82

第 2 回目のエスキスとは異なり、設計主体らが積極的に敷地を歩き回り設計案を検討するように なったという変化がみられたのであるが、こうした変化について設計者はインタビューにおいて、 自身のイメージしているものと異なる点がないか積極的に探す意識が生まれたことを話している。


Fig.2-82 The MR view (Hololens capture) in 3rd esquisse, pair B4)

Fig.2-83 The 3rd esquisse model (pair B3)

第 3 回目のエスキスにおいては、ルーバー越しにみえる風景について検討を行ったり、背もたれと しての有効性から幅について詳細に議論するなどの設計の展開がみられた。

第 3 回目の議論においては、模型はほとんど用いられず、主に MR デバイスと図面が用いられた。

83


修士論文

第 2 章 2 節 3 項 MR を用いた設計実験の結果の概要

B5

第一回目のエスキスでは、おにぎりを販売する業者が利用す る小屋が設計されるとともに、その周辺に植栽の配置に合わ せ 3 つのベンチが設計された。第 2 回目の模型を用いたエス キスでは小屋の内部のテーブルや開口の位置が改められると ともに、ベンチの支えとなる構造の変化など詳細なディテー ルの検討と設計変更が展開された。第 3 回目のエスキスでは ベンチの配置の間隔の微調整や小屋の壁の仕上げの変更など 引き続き詳細な検討と設計変更が行われた。

第 1 回目日程: 2019 年 10 月 26 日 18:00 - 18:30 第 2 回目日程: 2019 年 10 月 29 日 10:35 - 11:05 第 3 回目日程: 2019 年 11 月 10 日 13:00 - 13:30 用いたツール: 模型+図面→模型+図面+ MR

設計者

ユーザー

建築学専攻。建築設計を 生命科学・工学専攻。 専門とする。

設計での要求: 周辺に集まる人々がゆったり過ごせる休憩 所(もしくは休憩スペース)を設計。具体 的要件として、およそ一度に 5-10 人程度が くつろげる広さを必要とし、小屋程度のサ イズを想定する。雨の日にも一部活用でき るスペースとなるように、屋根やフロアを 設計することが推奨される。ただし晴れの 日にだけ使えるスペースが一部存在しても かまわない。植栽や木々については、基本 的に既存の状態を変更しないものとする。 ただし、設計上理由があれば変更も可能と する。構造や素材については制限を設けず、 予算については条件を設けない。構造的厳 密さも要求しない。

Fig.2-84 The sketch in 1st esquisse

84


600

2000 3000

Fig.2-85 The 2nd esquisse plan(pair B5)

第 2 回目のエスキスにおいては、ベンチの構造の変更が行われたり、小屋の仕上げが下見張りとなっ たり、屋根が方形と決められたり、小屋の出口の位置と幅およびおさまりが変更されるなど、基本 的な構成は変更されずに詳細な検討が展開された。

Fig.2-86 The 2nd esquisse model(pair B5) このグループにおいては、第 1 回目のエスキスの日も第 2 回目のエスキスの日も雨であった。今回 の MR の設計実験はすべて外部で行われていたのであるが、雨という行動の制約が、設計行為に 影響した可能性も否定できないと考えられるだろう。

85


第 2 章 2 節 3 項 MR を用いた設計実験の結果の概要

修士論文

600

4000 3000

3000

2000

500

1940

グループE 第三回 図面 S=1/100

Fig.2-87 The 3rd esquisse plan(pair B5)

第 3 回目のエスキスの日は快晴であった。引き続き寸法感覚などに関する詳細な検討が行われていった。

Fig.2-88 The MR view (Hololens capture) in 第 3 回目のエスキスにおいては、ベンチの高さや形状についても、さまざまな角度からベンチを眺めて検 3rd esquisse, pair B5) 討が展開された。

86


Fig.2-89 The MR view (Hololens capture) in 3rd esquisse, pair B5)

おにぎりやなどのテナントが入る想定の小屋においては、裏側に販売口が設けられていたため、ビューを みつつ裏側からも設計の検討が行われた。

Fig.2-90 The 3rd esquisse model (pair B5) 第 3 回目のエスキスにおいては、模型はあまり用いられなかった。

87


修士論文

第 2 章 2 節 3 項 MR を用いた設計実験の結果の概要

B6

第 1 回目のエスキスでは敷地の形状に合わせて台形の平面を もつ設計案が作成され、周辺のビューを楽しむべく広い開口 が敷地周辺の大きな銀杏の木に向けて設計され、小窓も設計 された。第 2 回目のエスキスでは模型での検討を通して設計 案が周囲に対して違和感をもつことを 2 人は共有し、屋根を フラット屋根から大きくカーブした形状へ変化させつつ開口 の位置と大きさを変更し、さらに内部に通路を作成した。第 3 回目のエスキスでは MR を用いて詳細な寸法や形状が変更 されるとともに、設計案の床がなくなり敷地と地続きの案と なった。 第 1 回目日程: 2019 年 12 月 10 日 10:20 - 10:50 第 2 回目日程: 2019 年 12 月 11 日 13:20 - 13:50 第 3 回目日程: 2019 年 12 月 13 日 15:00 - 15:30 用いたツール: 模型+図面→模型+図面+ MR

設計者

ユーザー

建築学専攻。建築設計を 人文社会系研究科専攻。 専門とする。

設計での要求: 周辺に集まる人々がゆったり過ごせる休憩 所(もしくは休憩スペース)を設計。具体 的要件として、およそ一度に 5-10 人程度が くつろげる広さを必要とし、小屋程度のサ イズを想定する。雨の日にも一部活用でき るスペースとなるように、屋根やフロアを 設計することが推奨される。ただし晴れの 日にだけ使えるスペースが一部存在しても かまわない。植栽や木々については、基本 的に既存の状態を変更しないものとする。 ただし、設計上理由があれば変更も可能と する。構造や素材については制限を設けず、 予算については条件を設けない。構造的厳 密さも要求しない。

Fig.2-91 The sketch in 1st esquisse

88


3000

1000

4000

グループF 第二回 図面 S=1/100

Fig.2-92 The 2nd esquisse plan(pair B6)

敷地の形状に合わせて外形が決められつつ、ビューを楽しむ場所として小屋が設計されたのであるが、模 型での検討の中で壁になっている側が想定よりも閉鎖的であることから壁をなくすことが検討された。

Fig.2-93 The 2nd esquisse model(pair B6) 模型での閉鎖感にかんする議論を通して、単なる床をつくることも再考されるに至った。また、内部には こたつがあるのであるが、実験日は寒さのこたえる日であり、こうした条件に設計が左右された可能性が あることを設計者自身が設計実験後の簡易なインタビューにて告白した。

89


第 2 章 2 節 3 項 MR を用いた設計実験の結果の概要

修士論文

3000

1000

4000

グループF 第三回 図面 S=1/100

Fig.2-94 The 3rd esquisse plan(pair B6)

床のありかたへの再考を通して、床が2つの島にわけられ、間に通路が設計されるに至った。また、 第 3 回目のエスキスで MR を用いて検討したことを通して、この通路には床はなく、地面をそのま まむき出すことでより周辺との連続性を強調することが検討された。

Fig.2-95 The MR view (Hololens capture) in 3rd esquisse, pair B6)

90

壁をなくすことで小屋の閉鎖性を克服する議論が発展し、壁と屋根が一体化した形状へと設計が 展開された。


Fig.2-97 The MR view (Hololens capture) in 3rd esquisse, pair B6)

MR においては、壁および屋根の穴のサイズや位置について、実際に空間の中に入り込み、周

Fig.2-98 The 3rd esquisse model (pair B6)

このグループにおいては、多くのグループが模型を用いた検討を行わないこととくらべると比

囲をながめながら検討されていた。

較的模型を用いた検討が第 3 回目のエスキスにおいても行われた。

91


第 2 章 2 節 3 項 MR を用いた設計実験の結果の概要

技術仕様詳細

VR を用いた実験において用いた機器およびソフトウェアの構成やバージョ ンは以下に示すとおりである。

コンピュータ

CPU:Intel®Core(TM)i7-6700@3.40GHz 実装 RAM:16.0GB OS:Windows 10 Home ビデオカード:NVIDIA Quadro M2000

HMD 機器

Oculus Rift cv1 製品版 2016

ソフトウェア

Rhinoceros 5 SR14 64-bit Unreal Engine 4 Ver.4.13.2

92

修士論文


MR を用いた実験において用いた機器およびソフトウェアの構成やバージョ ンは以下に示すとおりである。

コンピュータ

CPU:Intel®Core(TM)i7-9700K@3.60GHz 実装 RAM:32.0GB OS:Windows 10 Pro ビデオカード:NVIDIA Quadro P4000

HMD 機器

Microsoft Hololens

ソフトウェア

Rhinoceros 6 SR14 64-bit V-ray for Rhino Unity Ver.2017.2.1 Visual Studio 2017 Ver.12.00

93



03 第3章 設計プロセスの転換と設計 ツールの重要性 本研究ではコラボレーションを通した設計プロセスにおける VR と MR の活用に注目し研究を行うのであるが、ここではそ うした研究のスコープの背景となるデザインプロセスの展開に ついて改めて整理しておきたい。


第 3 章 設計プロセスの転換と設計ツールの重要性

修士論文

社会の変化に伴いデザインの役割も 変化し「対話によるデザイン」が重視。 3.1 デザイン概念の質的転換

20 世紀の工業化の時代にあっては、モノが不足し生活が充足されていな かったために、量的な充足が社会によって要請されるとともに、デザイン に求められる役割もまたそうした量的充足を満たすための合理的なものであ り、そこでは問題を定式化しシステマティックなプロセスで問題解決を行っ ていくことがデザインの役割として求められた 1。一方で成長社会から成熟 社会への移行に伴い身の回りにはさまざまな人工物があふれ、生活の基本的 なニーズも満たされるようになってきており、そうした変化に伴って人々の 関心は人工物の機能や性能に加え意味や価値といった付加的なニーズに対し ても向くようになり、生活のありかたも多様化しつつある。そうした変化に 伴ってニーズもより多様化するとともに、デザインが対象とする範囲も機能 的な与条件のみならずより多層的で複雑なものとなりつつある 2。

3.2 技術的問題解決としての設計

1960 年代の高度経済成長の時代に機能の複雑化、規模の拡大化、デザイ ンの対象とする領域の広域化が展開されるとともに、生産の合理化や効率性 が求められた結果、それまで経験や勘に頼る部分が大きかったデザイン行為 は客観的に体系化される必要があり、デザイナーは合理的に行動するという 暗黙の了解の元で、分析―総合―評価のプロセスに基づく「システマティッ クなデザイン」が求められた。デザインプロセスを「要求集合(機能)から 解集合(属性)への写像」として定式化した吉川弘之の「一般設計学」や 3、 「何 を達成したいのか」と「どのように達成したいのか」の相互作用をデザイン とみなし、それを門領域・昨日領域・実態領域・プロセス領域の間の写像関 係として定式化した N.P.Suh の「公理的設計」などがある 4。 しかしさらに社会が成熟するにつれて、都市化、情報化、国際化が進む社会

96


生産の合理性が求められたこ

合理的な生産性、効率性を重

とから、経験と勘に頼ってい

視したアプローチがとられた。

複雑な状況の中から問題を新 たに見出し、フレームを設定

たデザインを体系化。問題は

吉川弘之の「一般設計学」や

しながら取り組むしていく「問

定式化できると認識された。

N.P.Suh の「公理的設計」など。

題設定」のプロセスが不足。

成長社会 Tame problem おとなしい問題

Systematic 合理的なプロセス への偏重

Problem-setting 問題設定の プロセスが不足

デザインが取り組む問題

デザインプロセス

プロセスの限界

Wicked problem 意地悪な問題

Reflection-in -action 対話による デザイン の重視

Coversation 設計ツールに 依存する 対話の難しさ

リッテルによって、デザイン

予期しない応答からの潜在的な可

さまざまな設計主体が参画す

問題は複雑で曖昧、かつ不安

能性を発見しながら、設計主体は

るコラボレーションにおいて、

定であり正解がない「意地悪

たえず状況からの応答に自らを開

専門領域や専門性のレベルの

な問題」だと指摘された。

き設計を進める必要がある。

差により対話が困難になる。

成熟社会

建築設計における空間認識の共有が専門の異なる設計主体間で容易でな い問題に対して VR および MR の活用は有効であると考えられる。

Fig. 3-1 The history of design

97


第 3 章 設計プロセスの転換と設計ツールの重要性

修士論文

的な変化の中で、デザインは多次元的で複雑な様相を見せ始めた。それに 伴ってシステマティックな設計方法論では不確実な問題に対応することが 困難であることが明らかになると、状況からの応答や他者からの応答に反応 しながら設計を行う「対話によるデザイン」が求められるようになった。

3.3 意地悪な問題への応答

現代においてデザインは多次元的に多層に広がるさまざまな要素を対象

としての問題設定

として行わなければならず、デザイン問題は複雑で曖昧、かつ不安定なもの となりつつある。こうしたデザイン問題の複雑さについてリッテルは明確に 定式化できる「おとなしい問題(tame problem)」に対して「意地悪な問題 (wicked problem)」としてデザイン問題を位置づけた 5。このような問題に あっては、与えられた問題を解決する(problem-solving)のみならず、い かに問題を発見し設定するかという問題設定のプロセス (problem - setting) が重要になってくるのであるが、技術合理性に特化した従来のデザインプロ セスにおいては問題解決のプロセスのみが強調され、問題設定を行うプロセ スが無視されてしまっていた。こうしたあり方に代わる実践のモデルとして 「行為の中の省察(reflection in action)」が哲学者であるショーンによって 提案された 6。 人は行為において暗黙のうちに多くのことを認識し判断しており、そこ では知識は行為のうちにあると考えられる。優れた設計主体はまずフレー ムを設定して状況をかたちづくり、その状況からの応答をきくことによっ て新しいフレームを発見しデザインを展開していくという「状況との対話 (reflective conversation with situation)」を通してデザインを進めていく。 そこでは予期せぬ応答からの潜在的な可能性を発見する能力が求められる とともに、設計主体はたえず状況からの応答に自らを開きつつ設計を進めて いく必要がある。

98


設計プロセスでの対話を促すツール として VR および MR の活用に注目。 3.4 コラボレーションを通した

門内は「行為の中の省察」の実践の特徴として、「判断の背後にある規範や

デザインプロセスと設計ツール

評価」、「定型化した行動に潜む戦略や理論」、「問題のフレーム(frame)を 設定する方法」、「状況に対する感情」、「自分自身の役割」といった実践する 主体にかかわる個別的な要素がそうした省察を左右することを述べているが 7

、こうした考えに基づけば、どういったデザインの主体がデザインプロセス

に参画するかによって、大きくデザインプロセスが変化していく可能性が読 みとれる。空間や建物、風景などといった環境のデザインにおける問題は複 雑化しており、単一の設計主体や組織では対応できなくなっており、多くの 設計主体が設計プロセスに参画することが一般化している。

3.5 コラボレーションにおける対

こうした状況では動機や背景、専門性や立場の異なる設計主体が相互に対

話を促す設計ツールとしての VR

話しながらデザインを展開していくことになる。こうした特性は「対話によ

と MR

るデザイン」の特性として位置づけられるが、こうしたプロセスではいかに 対話を展開していくかが重要になるのであり、対話を促し発展させることを 助ける存在としての設計ツールの重要性が浮かび上がってくるのである。 本研究では設計ツールとしての VR と MR の活用に注目するのであるが、 こうしたツールの特性については次章からさらに深く検討しつつ、5 章、6 章 では事例の考察を通してその有効性について深く考察していくこととする。 もちろん、水野が『「意地悪な問題」から「複雑で社会・技術的問題」へ』と して指摘したように 8、設計主体が対象としなければならない問題は領域横断 的かつ複雑に相互に連関しあっており、これまでとは異なる質の重大なデザ インの問題が顕在化してきている。そうした変化に伴って、「設計ツール」が 対象とする領域や役割そのものについても詳しく再考していく必要があると 考えられるのであるが、本研究においては第7章および、第 8 章において今 後の展望についてふれつつ、そうした役割と設計行為の変化についても考察 を加える。

99


第 3 章 設計プロセスの転換と設計ツールの重要性

3 章 参考文献

1. 2. 3. 4. 5.

6. 7. 8.

100

修士論文

日本建築学会 : 人間 - 環境系のデザイン . pp. 208–231 1997 石田亨 : デザイン学概論 . 共立出版 , 2016. 吉川弘之 : 一般設計学 . 機械の研究 vol. 37 1985 Shu, N. P. : 公理的設計:複雑なシステムの単純化設計 . 森北書店 , 2004. Rittel, H. W. J. : On the planning crisis systems analysis of the first and second generations. Universe Des. Horst Rittel's Theor. Des. Plan. pp. 390–396 1972 doi:10.4324/9780203851586 Schon, D. A. : The Reflective Practioner : How Proffesional Think In Action. Basic Books, 1984. Schön, D. A. : Problems, frames and perspectives on designing. Des. Stud. vol. 5 pp. 132–136 1984 Mizuno, D. : Analysis on the Nature of Design Research in Transition from Wicked Problems to Complex Socio-Technical. Keio SFC J. vol. 17 pp. 6–28 2017


101



04 第4章 VR を通した空間の経験

本章では、VR の歴史や歴史、背景を整理しつつ、VR および MR について概念を改めて確認しつつ、既往の空間認知に関す る理論を援用しながら VR および MR 空間の経験に関する理論 を整理していく。


修士論文

第 4 章 VR を通した空間の経験

実世界とデジタル世界度の割合に応 じて VR に関する概念が整理された。 4.1 VR および MR の概念の

本節ではまず VR の歴史的な展開について整理していく。VR や MR 技術

歴史的な変遷と展開

と関連する概念の変遷とその関係性を、主に空間的な特性の差に注目しなが ら整理していく。

4.1.1 VR 技術の登場と

現在のようなコンピュータグラフィックスを用いた VR の技術的な萌芽は

概念の展開

1968 年にさかのぼる。Ivan Sutherland が最初の HMD を開発したが 1、この 装置の特性は頭部に利用者の頭の回転を計測するための機械式のリンク機構 が取り付けられていた点で、この仕組みによって利用者は右を向けば右側の 映像を、左を向けば左側の映像をみられるようになった。この技術によって HMD は単なる立体視ディスプレイでなく、人間が 3 次元世界を体験するイ ンタラクティブなディスプレイ装置として位置づけられることとなった。 VR という語は 1989 年に Jaron Lanier によって用いられたのがはじまり といわれている。ラニアーが主催していた企業である VPL Research が、 1989 年に発表した VR 製品の Data Glove、Eye Phone、Audio Sphere) の紹 介から一般的に使われ始めたとされている 2。 VR に類似の概念として、それ以前では 1980 年に Marvin Minsky が提示 した「Telepresence」3 や同じく 1980 年に舘が提示した「Telexistence」な どがある 4。これらの概念は、それぞれの人々が全く異なる場所にいながらも、 それぞれがまるでそこに存在するかのように感じられる状況を実現する技術 に特化した概念であり、空間的な仮想的世界というよりもむしろ人の存在に 特にフォーカスした概念であると読み取ることができるだろう。VR に空間 的な概念として類似する概念としては Myron W. Krueger によって 1983 年 に提示された「Artificial Reality」があるが 5、この概念は自由な参加者やユー ザーの行動に対するリアルタイムの認識とレスポンスを指し、Telepresence や Telexistence に比べてより環境と人のインタラクションに目が向けられて いることがみてとれる。

4.1.2

AR という概念の提唱

1989 年に VR という語が登場したのち、1993 年に S. Feiner によって、 Augmented Reality(AR)という概念が提示された 6。AR はシースルー型 の HMD を用いて眼前の実風景に CG 映像を合成する際に用いられた言葉で ある。HMD 自体はそれ以前から存在したものの、この概念の提示を通して、 リアル世界とバーチャル世界をシームレスに接合する領域が誕生し、その領 域に名前が与えられたのである。 AR の概念は人間主体というよりも明らかに実世界とデジタル世界の融合と いう空間的なありかたにフォーカスが向けられているといえるだろう。

104


Mixed Reality (MR)

Real Environment

Augmented Reality (AR)

Augmented Virtuality (AV)

Virtual Environment

Fig. 4-1 The diagram of virtuality continuum

4.1.3 MR という概念の提示と

その後 1994 年に Paul Milgram によって Mixed reality(MR) という概念が

AR、VR の整理

提示された 7。Fig.4-1 に示すように現実世界と仮想世界の間を連続的な概念 として捉えたうえで、MR はデジタル情報の占有の度合いに応じて区別され る AR(Augmented Reality)と AV(Augmented Virtuality)という二つの 概念的領域を包含したものであるとして定義された。MR の定義を改めて確 認してみたい。横矢によれば「現実世界と仮想世界を継ぎ目なく融合して人 間に提示する技術の総称」であるとされており 8、一般に MR は部分的に現 実の実風景にデジタル情報が重ねられた状態とそのための技術を指す。

Ivan Sutherland に よって開発された ヘッドマウントディ

HMD

スプレイ。

Ivan Sutherland 1968

VR という言葉は、ジャ

Teleprecence Telexistence Marvin Minskey 1980

ロン・ラニアーによる VPL 社が開発したデー

Susumu Tachi 1980

タグローブなどの製品 発表で使用。

Virtual Reality Jaron Lanier 1989

STHMD 自体はそれ 以前もあったが、AR として使い始めたの はフェイなーとされ ている。

Augmented Reality Steven Feiner 1993

Hololens は高い完成度 で MR を実現 (2016)。

Mixed Reality Paul Milgram 1994

Fig. 4-2 The history of virtual reality

105


修士論文

第 4 章 VR を通した空間の経験

4.2 VR の定義

本研究では、VR の技術を応用した設計ツールを構築し、それを建築設 計のプロセスに適用する。 VR の概念や関連する技術的な開発の歴史は 1960 年頃にまで遡り、今日 まで様々な研究がなされてきている。舘ら 9 は、VR を「そこにない(現前 していない)にもかかわらず、観察する者にそこにあると感じさせる(同 一の表象を生じさせる)もの」であり、「人間が実際の環境を利用している のと本質的に同等な状態でコンピュータの生成した人工環境を利用するこ とを狙った技術」として捉えている。そして理想的な VR システムが持つ 特質として以下の3要素を挙げている (Fig.4-3)。

① 3 次元の空間性 人間にとって自然な 3 次元空間を構成していること

②実時間の相互作用性 人間がそのなかで、環境との実時間の相互作用をしながら自由に行動できること

③自己投射性 その環境と使用している人間とがシームレスになっていて環境に入り込んだ状態が作ら れていること

本研究においても上記の3つの要素を重視するのであるが、今回扱うツー ルが建築空間を対象としていること、そしてその設計支援を目的としたも のであることに鑑み、以下で本論における HMD を用いた VR 空間の経験 と STHMD を用いた MR 空間の経験について、理論的枠組みを整理する。 ただし、前節でも述べたように、上記の VR の概念は狭義の VR と MR を 包括した概念である。そうした背景を踏まえつつ、廣瀬・舘らはユーザー が閉じたバーチャル世界に入り込む体験とそのための技術を「狭義の VR」 とし、現実と仮想世界が混合した状態である MR もまた VR の一部である とした。本研究では狭義の没入型の VR を「VR」と表記し、MR について はそのまま「MR」と表記することとする。

106


Real Time Interaction

Sensation of Presence 3 次元の空間性

実時間相互作用

VR

Self Projection 自己投射性 Fig. 4-3 Three elements of VR

107


修士論文

第 4 章 VR を通した空間の経験

4.3 HMD と STHMD を

本研究では設計ツールとしての VR と MR の活用に注目する。

用いた VR 空間の構築と経験

前述の通り HMD および STHMD は没入型に分類され、上記で示した理想 的な VR システムの条件を少なからず満たすツールであると考えられるが、 ここでは今一度、建築設計における設計ツールとしての活用を前提とした HMD を通して経験される VR 空間の位置づけを確認したい。 今回作成した 3 次元モデルにおいて、建築のディテールや各要素の素材・ テクスチャ等のつくりこみの精度については各ペアの間に多少の差があるも のの、設計対象の物理的構成を極力忠実に表現しており、VR の 3 つの要素 でいう① 3 次元の空間性は十分に確保できているものと思われる。 一方で空間の経験を理解するためには、物理的な空間の要素や構成等だけ でなく、その空間の認識をかたちづくる人間の内的な状態にも目を向けなけ ればならない。すなわち人間の認識の対象となる① 3 次元の空間性を構築す るだけでなく、自身がその空間に入り込んでいるという感覚を伴う③自己投 射性が重要になるのであるが、HMD および STHMD を用いることで自身の 目線の高さを起点として捉えられる空間、そして首を振ったり移動したりす る行為に追随する空間を経験することができる。 こうした HMD の特徴に鑑みると、人間が空間を捉えるための媒体となる 「身体」の重要性が浮かび上がってくるだろう。すなわち身体の大きさや身 体行為を介して、経験の主体は空間との関係をかたちづくることができるの である。もちろん触覚や嗅覚、聴覚、味覚等に関わる環境からの刺激やより 自由な身体行為を介した空間との相互作用は、本研究で用いるような現在一 般社会に普及している HMD および STHMD では扱えないものの、視覚的な 現象に限ればそれ自体が世界の構成要素ともなる身体を介した空間の経験が HMD によって可能になっているものと思われる。 加えて、舘らが示した VR の3要素における②実時間の相互作用性の観点 から HMD や STHMD を捉えると、コントローラ等を用いたりしながら、VR 空および MR 間内を歩き回ったり、空間との自由なインタラクションを可能 にするツールの特性に自ずと目が向けられるだろう。 空間はもともとその全体像を与えられるものではなく、実際に人が空間の なかで歩いたり見回したりして経験していくことによって構造化され、構成 されていく。C.N. シュルツ 10 は実存的空間を「場所」「通路」「領域」という 3 つの要素の構成で捉え、「場所は、実存の意味作用を担う出来事を体験する 目標あるいは焦点であるが、また、われわれ自身を定位し、環境を手中に収 めるときの拠り所とする出発点」であり、「環境を獲得してゆくとは、通路や 場所を手段にして、環境を構造化し、諸領域に分割してゆくこと」であると 述べている。こうした考えに基づけば、VR 空間の中を自由に「移動」でき ることは、設計ツールとしての活用を想定した HMD および STHMD の重要

108

な要素となるだろう。


所を手段にして、環境を構造化し、諸領域に分割してゆくこと」であると述 べている。こうした考えに基づけば、VR 空間の中を自由に「移動」できる ことは、設計ツールとしての活用を想定した HMD の重要な要素となるだろ う。 以上の考察と整理は、STHMD を用いた MR 空間の経験についても同様に適 用できると考えてよいだろう。すなわち十分に人間にとって自然な 3 次元空 間が確保されているとともに、その空間に入りこみ、歩き回ったり首を振っ たりしながら空間を経験していくことができるのである。そうした考えに基 づけば、上記の身体と移動に着目した理論の整理は MR 空間の経験において 本節では設計ツールとして HMD を用いた VR 空間及び STHMD を用いた も有効であると考えることができるだろう。 MR 空間の経験の大きな特性として、(1) 身体を通して空間を捉えることが可 本節では設計ツールとして HMD を用いた VR 空間及び STHMD を用いた 能であること、そして (2)VR 空間内を自由に移動することによって空間の認 MR 空間の経験の大きな特性として、(1) 身体を通して空間を捉えることが可 識対象を拡げ、それらを構造化して捉えることが可能であること、という2 能であること、そして (2)VR 空間内を自由に移動することによって空間の認 点について触れた (Fig.4-4)。5章および 6 章ではこの2点を軸として具体的 識対象を拡げ、それらを構造化して捉えることが可能であること、という2 な設計プロセスの分析を行うのであるが、4.4 節、4.5 節では現象学や生態心 点について触れた。5章および 7 章ではこの2点を軸として具体的な設計プ 理学における理論を参照しながら、この 2 点についてさらに詳しく検証する。 ロセスの分析を行うのであるが、4.4 節、4.5 節では現象学や生態心理学にお ける理論を参照しながら、この 2 点についてさらに詳しく検証する。

HMD では①3 次元の 空間性は十分確保可能。

HMD により自身の目 線の高さを起点として

身体

首を振ったり移動した りする行為に追随する 空間を経験。

4.4 身体を介した空間の認識

転回

変位 HMD では VR 空間内を歩き回った り首をふって周囲を見渡すなど、

4.5 移動を通した空間認識の拡がり

空間との自由なインタラクション。

Fig. 4-4 Two perspectives of this study

109


修士論文

第 4 章 VR を通した空間の経験

身体を介することでより実際の空間 体験に近い形で空間を理解できる。

4.4 身体を介した空間の認識

ここでは上で挙げた 2 つの要素のうち、VR を通した空間の経験におけ る主体の身体を介した空間の把握が設計プロセスに与える影響について詳 細に考察する。 メルロ・ポンティは人間が環境に入り込むことを、空間のなかに自らの身 体を位置づけることとして捉え、身体と空間の関わりを通して、人は世界 を享受していると考えたのであるが 11、ここでそもそも空間認識における 身体の役割に関する理解について整理したい。 メルロ・ポンティの哲学の功績は現象学として扱う対象および思考のフ レームを〈意識〉から〈身体〉へと転換したことにその意義があるのであ るが 12、そもそもそれまでの現象学においてはデカルトに代表されるよう な精神と物体の二元論の考え方が主流であった。デカルトは、世界は 2 つ の全く異なる別の実体としての精神と物体によって構成されていると考え たのであるが、こうした考え方においては、身体は経験の対象となる客体 であるととらえられてきた。しかし感情が肉体に影響を及ぼして発汗や動 悸を生じさせたり、顔面の紅潮や落涙を引き起こしたりすることからも明 らかなように精神と物体としての肉体のあいだには相互作用が認められる のであり、全く異なる属性をもつ精神と物体という 2 つの実体がなぜ相互 に作用しあうことが可能かということが問題として取り上げられ、《心身問 題》とよばれさまざまな議論がなされ、精神は精神にのみ影響をおよぼす とともに物体は物体にしか影響を与えないと考える並行論や、精神は物体 に完全に付随して生じていると考える随伴現象説などが展開されてきたも のの、心と身がなんの媒介項ももたない異質な二つの実体として想定され ている限りでは、心身問題は解決不能な問題というほかなかった 12。

110


こうした背景の中でメルロ・ポンティは、人は身体を客体として経験の対 象としているというよりはむしろ人は身体を介して経験していると理解し、 身体は世界における客体である前に世界を構成するためのメディウムである と理解し、こうして減少額において身体の問題は世界経験の媒体として主題 化されていった。 さらに、そのうえでメルロ・ポンティは幻肢痛の問題を取りあげながら、失っ た手足などがまだそこに存在するように感じ、存在しない身体の一部に痛み が生じるという幻肢痛の現象は、対象としての身体と身体についての意識と いう二分法で整理したとしても十分に説明することはかなわないことを指摘 した 11。幻肢痛ではコカインを摂取しても痛みが消えず、そこから心理学的 な痛みであるようにも捉えられうる一方で、脳に通じている感覚経路を物理 的に切断すれば痛みが治まるという生理学的な側面も有している。 こうした事例を踏まえつつ、人間においては痛みが生じるという反射行動 ですら状況の意味の理解と関連しつつ生じるものであり、対象と刺激が一対 一対応で結びついているのではないことを指摘し、身体を介した空間の経験 と感情の惹起は、個人の過去や経歴といった要素にも強く左右されるととも に、そうした経験が展開される状況につよく依拠することを指摘している。 人は身体を介して世界を経験し享受していると考えるならば、身体の大き さやその動きと連動して体験される VR を活用することで、実空間が存在し ない設計対象であっても実際の空間体験に限りなく近い形で捉えることがで きるようになると考えられるだろう。その結果、建築設計を専門としないユー ザー等に図面や模型を用いた空間体験の想像を強いることなく、設計内容を 詳しく伝え、議論を進めることができるものと思われる。そしてそれに加え、 VR および MR 空間に依拠して構築される状況との身体を介した対話を通し て、ユーザーが潜在的に持っていた要望を引き出されたり、ユーザーは自身 の視点を起点とした新しいアイデアを生み出していくことができたりするこ とにもつながる可能性があるだろう。

身体

Fig. 4-5 The recognition the space

111


修士論文

第 4 章 VR を通した空間の経験

歩いたり首をふったりする移動を通して 高次の空間把握が容易になりうる。

4.5 移動を通した空間認識

VR 空間内の移動は、HMD に付属するコントローラを指で操作すること

の拡がり

で可能になるのであるが、そうしたツールの操作性だけでなく、HMD を

4.5.1 視覚的な空間の経験に おける移動

通した視覚情報もその移動の経験を構成している。 J.J. ギブソンによれば、人の移動の認識は視覚にその多くを依ってつくら れているという 13。ギブソンは移動を〈変位〉と〈転回〉に分けた上で 14、 〈変位〉の主要な要素であると考えられる前進と後退においては「包囲光配 列」(ambient optic array)の流出と流入が、〈転回〉の主要な要素である と考えられる方向の転向においては視界の中心や焦点の移動が重要な要素 であると述べた。ここで〈変位〉とは空間においてある点から別の点へと 基準点(身体の位置)へ移行すること、〈転回〉とは身体の方向を変えるこ とであると区別すると、室内を動き回ることに加え、見回したり、首を振っ たりすることも移動であると捉えられるものであり、本稿では移動につい てこの考え方を採用する。 ギブソンはこうした移動においては平衡感覚のような視覚を除いた身体 感覚はあくまで補助的であり、視覚によって得られる情報が重要であると している。移動しているという経験の本質の多くが視覚的であると考えら れるとすれば、VR および MR を通した空間の経験を説明する重要な要素 として移動を位置づけることができるだろう。

4.5.2 移動を通した空間の

前節において詳しくふれたメルロ・ポンティもまた、空間把握における移

質的な認識

動の重要性について述べている。空間認識は独立した現象ではなく、知覚世 界の全体構造に基礎をおくのであるが、そうした基礎としての空間構造は、 移動を通して自分の周囲の動かない要素である不変項(invariant)を見つけ

112


出すことを通して認識される 11。 すなわち、空間の知覚のプロセスにおいてはそもそも世界のなかを動き回 り、そうした環境の探索的に働きかけることを通して、不変項を差異化し発 見していくことが不可欠であると考えられるのであるが、こうした理解はメ ルロ・ポンティのみならずギブソンにおいてもみられ、ギブソンによれば、 知覚者は能動的に環境を探索し、移動に伴う光の配列パターンの変化を通し て、知覚者が移動しても光配列のある特定の高次の特性が変化しないことを 見つけ出し、そうして環境の中から空間を切り出し認識することができるの であり、空間の知覚において移動は不可欠なものであると考える点において、 メルロ・ポンティとギブソンの論は共通しており 15、そもそも空間を知覚す るために移動という行為が不可欠であると理解することができるだろう。 前述したように、シュルツは移動することを通して空間同士の関係性といっ た高次の空間構造を理解していくことができるようになることを指摘したの であるが、こうした高次の空間把握が容易になることでさまざまな設計主体 が容易に複雑な空間構成に関する議論を共有し展開していくことができるよ うになると考えられるのである。 加えて、エドワード・レルフは移動を通して、通路や経路を距離や勾配と いった計測可能な客観的なかたちではなく遠さや道の種類といった質的な観 点からとらえられるようになることを指摘したが 16、こうした指摘に基づけ ば、実際に空間を移動することで地面の距離やテクスチャが質として認識さ れることで空間の特性がより容易にユーザーに理解されたり、温かい日向か ら日蔭への遷移といった空間の関係性が体験においてもつ意味が、実際に体 感することを通して認識されたりするようになる可能性が指摘できるだろう。 こうした認識は多様な設計主体が設計案を景観や物理環境を、実感のとも なった形で検討できるようになり、単に高次な空間把握が設計主体にとって 容易なものとなるにとどまらず、そうした構造の意味や役割についても多面 的な角度から深く議論を展開できるようになる可能性が指摘できるだろう。

転回

変位

Fig. 4-5 The movement in the space

113


修士論文

第 4 章 VR を通した空間の経験

4 章 参考文献

1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16.

114

Sutherland, I. E. : A head-mounted three dimensional display. Proc. AFIPS Fall Jint Comput. Conf. pp. 757–764 1968 服部桂 : VR 原論 人とテクノロジーの新しいリアル . 翔泳社 , 2019. Marvin, M. : Telepresence. Omni vol. 2 1980 Tachi, S. : Telexistence. Journal of the Robotics Society of Japan vol. 33 2015. Krueger, M. W. : Artificial Reality. Longman Higher Education, 1980. Feiner, S., Maclntyre, B. & Seligmann, D. : Knowledge-based Augmented Reality. Commun. ACM vol. 36 pp. 53–62 1993 Milgram, P. & Kishino, F. : A TAXONOMY OF MIXED REALITY VISUAL DISPLAYS. IEICE Trans. Inf. Syst. vol. E77-D 1994 横矢直和 : 現実世界と仮想世界を融合する複合現実感技術ー1. vol. 49 2005 舘暲 , 佐藤誠 & 廣瀬通孝 : バーチャルリアリティ学 . 日本バーチャルリ アリティ学会 , 2011. ノルベルグ・シュルツ : 実存・空間・建築 . SD 選書 , 1973. メルロ・ポンティ : 知覚の現象学 . 法政大学出版局 , 1945. 鷲田清一 : メルロ = ポンティ ( 現代思想の冒険者たち Select). 講談社 , 2003. J.J ギブソン : 生態学的視覚論 ヒトの知覚世界を探る . サイエンス社 , 1985. J.J ギブソン : 生態学的知覚システムー感性をとらえなおすー . 東京大 学出版会 , 2011. 河野哲也 : ギブソンとメルロ = ポンティ ( 総特集 現象学 -- 知と生命 ). 現代思想 vol. 29 pp. 286–298 2001 エドワードレルフ : 場所の現象学 . ちくま学芸文庫 , 1999.


115



05 第5章 VR による実質的な空間の経験 の設計プロセスへの影響 前章では身体を介した空間の認識と、移動によって拡がる空 間の認識という HMD を用いた設計ツールの特性を捉える 2 つ の観点を取り上げた。本章では実験で得られた設計プロセスの 分析と考察を通して上記の予備的考察を検証しつつ、この 2 つ の特性がコラボレーションによる設計プロセスに与える影響に ついて、その具体的な内容を提示していく。


第 5 章 VR による実質的な空間の経験の設計プロセスへの影響

修士論文

VR により施主も身体感覚に基づいて 積極的に議論を展開するようになる。 5.1 身体を通した空間の経験が設

今回の実験ではエスキスにおける設計者と施主との間の対話のプロセス

計プロセスに与える影響

を扱うが、このとき、いかにして設計者が設計案の内容を十分に施主に伝え、

5.1.1 VR を通した設計対象の空間 の評価

施主の意見や要望をうまく引き出せるかが重要となる。そして VR を通し た空間の経験を得ることによって、設計案の評価に施主が深く関わること が期待できるのであるが、ここでは第1ペアの第3回目のエスキスにおけ るある場面の対話のプロセスを見ながら、VR が施主による空間の評価に 与える影響について考察する。 第1ペアでは第 2 回目のエスキスにおいて模型と図面が設計ツールとし て用いられたのであるが、施主にとって模型上でその空間の幅や広さを把 握することは難しく、施主はその内容を設計者に尋ねて確認しながら議論 を行っていた。施主が設計者に、家の中庭に繋がる通路(Fig.5-1 斜線部分) の通過可能性について尋ねたり、別の場面では図面上での相対的な人の大 きさを尋ねたりしており、そうしたやりとりをしながら設計者の認識を通 して空間の寸法を理解しようとしている様子が見て取れる (Table 5-1)。 また、Table 5-2 には、第1ペアの第2回目のエスキスにおいて、設計案 の中で設けられたスロープについて、車いすでの利用の必要性を設計者が 施主に尋ねる場面を示している。ここにおいても設計者の寸法の感覚に依っ て議論がすすめられていることがわかる。更に3回目のエスキスの冒頭で

:Pathway of user

118

Fig. 5-1 The path to the courtyard discussed in 2nd esquisse (Pair 1)


Table 5-1 Discussion about the sizes in 2nd esquisse (Pair 1) Time Speaker Protocol 18:26

Client

Is there something on this side? The road? え、こっち (Fig.5-1 斜線部分 ) ってなんになるんだっけ?道?

The wall is there. 18:30 Designer そこは、たぶんね、なんもない、塀があるかな 18:44

Client

Then, without using this path, you can' t go into this courtyard. じゃ塀があったら、こう(室内から)来る以外には外からは中庭に行け ない ?

18:47 Designer

Yeah, this route is too narrow to pass. そうね、ここも狭いからほぼ通れない

18:51

You can't pass this route too? ほぼ通れないってことでいいの ?

Client

18:53 Designer

No. うん

18:53

Ok, then we can play here safely. じゃあ、うん…割と安心して遊べるんだね

Client

Client

What is the approximate size of human in this drawing ? ひとってどのくらいの大きさなの

This is a chair, so the size of human is like this. 23:10 Designer 人はねえ、まあ椅子がこれくらいの大きさだから、こんくらい? 23:12

Client

ながら確認する際にも、施主からの質問に対して設計者 が車いすで通行可能であると断言したことで議論が終了 する場面がみられた。 このように図面や模型などを用いた設計プロセスにお いてはそれらのツールを通して得られた空間の広さや大 きさに関する施主の感覚が議論のなかで十分に活かされ ることは少なく、あくまで設計者の判断をもとに議論が 進められることが多かった。

(中略) 23:08

スロープの幅に関して改善された設計を施主が図面を見

Ok へー、あそっか

一方で第3回目のエスキスで VR が設計ツールとして 用いられ、実際に空間を経験できるようになると、施主 は自らの感覚に基づいて空間を評価し、議論に参加する ことが可能になり始めた。Table 5--3 に示すのは第1ペ アの第3回目のエスキスにおいて施主が VR の設計ツー ルを用いて空間を経験し、2 階部分に設計された机の下

Table 5-2 Discussion about the slope in 2nd esquisse (Pair1) Time Speaker Protocol If your mother gets to use wheelchair, this slope should be wider, how about it? 12:33 Designer もしお母さんが車いすになったとき、ここ ( スロープ ) もうちょっと広 くしないといけないんだけど、どうですかね、車いすはどこまでバリア フリーにするか 12:47

Client

Is it narrow? あ、そうなんだ、ちょっと狭い?

Wheelchair may not be able to turn. 12:53 Designer 多分曲がれない 12:56

Client

Then the slope is useless. じゃあスロープにする意味(はあるのか?)ってなっちゃうね

It would be only for walkers, so it's better to actually widen it more 12:59 Designer 歩いてる人用になっちゃうから本当はもうちょっととった方がいいんだ けど

部の隙間に関する危険性を指摘する場面の発話プロトコ ルである。この場面では、施主が Fig.5-2, Fig.5-3 に示す 2 階の床とテーブルの間にある隙間の安全性について疑 問を投げかけたが、設計者はそれを確認した上で安全と 判断し、その旨を施主に伝えた。しかし施主が投げかけ た疑問に対する設計者の回答だけで議論が終了すること はなく、施主は設計者に繰り返しその安全性について問 い直し続けた。そして設計者が安全性についてのより詳 細な説明を加えたところで、施主はその内容を共有、納 得したものの、改めて危険性を指摘していた。こうした ことから VR を設計ツールとして用いることによって可 能になった身体を介した空間の経験を通して、施主は自 らの感覚で設計対象を評価できるようになり、それに加 えてその設計内容を前提とした実生活の中で生じる危険 性にも目が向けられるようになっている様子がみてとれ る。また施主は自身の設計対象の評価に一定の確信を持 つことができており、VR を用いない場合と比べてより 積極的に設計者との議論に参加することが可能になった と理解することができよう。 Table 5-3 Discussion about the gap in 3rd esquisse (Pair1) Time Speaker Protocol 03:42

Fig. 5-2 The dangerous gap

Fig. 5-3 View of the gap

Client

It seems that you may drop from here, table. このなんか机っぽいの、なんかめちゃすとーんって落ちそうじゃない?

03:50 Designer

I think this is safe. ここは大丈夫だと思うんですけど

03:54

Really? 本当?

Client

03:55 Designer

It is enough narrow to avoid people from dropping. そんなに、するっと人が抜ける隙間はないかな

03:58

Oh, really? あ、本当に?

Client

03:59 Designer

If you manage to drop, you can do it. 抜けようと思えば抜けれるぐらい

04:02

Yeah, you may drop. I think it is dangerous. 抜けようと思えば抜けれるよね。ちょっと危なくない?

Client

04:05 Designer

It is dangerous while the child is small, so it is better to keep it closed ちょっと(子どもが)ちっちゃいうちは危ないから閉じといた方がいい

119


第 5 章 VR による実質的な空間の経験の設計プロセスへの影響

修士論文

空間の経験を基点として施主自身も 気付いていないニーズが引き出されうる。 5.1.2 身体を介した空間の経験に

前節に加え、さらに身体を介した空間の経験が、ユーザー自身の感覚の活

よるユーザーのフレームの変化

用とユーザーの議論への積極的な参加を促すにとどまらず、さらなる議論の 発展に影響を与えることが確認できた事例として、第1ペアの第 3 回目のエ スキスにおける寝室に関する議論を取り上げる。 Table 5-4 には第1ペアの第 1 回目のヒアリングにおける施主の寝室に対す る要求が現れた場面の発話を示す。施主はそこで寝室の狭さを許容する発言 をしており、第 2 回目のエスキスに向けて設計者は施主の意見の通りに寝室 を小さめに設計した。第 2 回目のエスキスで設計者が模型と図面を用いた説 明を行った場面でも、寝室の狭さが施主に問題視されることはなかった。 しかし第 3 回目のエスキスにおいて、HMD を用いて Fig.5-4, 5-5 に示す寝 室の空間を施主が経験した時には、Table 5-5 に示すようにその空間を狭く感 じていることがわかる。そして夫婦関係の変化を前提とした寝室のあり方と いう、それまで検討されていなかった観点から寝室を再確認し、その空間の 狭さを問題視し始めた。その後施主は、自分の両親が別々の寝室で寝ている 現状についての話題を取り上げつつ、仲が悪くなった場合を想定した夫婦の 寝室における狭さの問題を改めて認識していた。

Table 5-4 Client’ s needs in 1st esquisse (Pair 1) Time Speaker Protocol 07:23

120

Client

Bedroom, bedroom…what is necessary there? All I do there will be just sleeping. 寝室…寝室、何があったらいいんだろう…寝るだけだよなぁきっと…

07:28 Designer

Well, you need small bedroom, and other rooms, like living room. まぁ、その寝室を…小さくして、それ以外のなんか、リビングとか

07:34

Ok たしかに

Client

07:35 Designer

And kids room can be larger, 子供部屋とか広くして

07:36

small bedroom is fine, all I need there is bed.. 寝室ちっちゃめでいいや。とくにベッド以外あんまり…

Client


この事例を見ると、それまで寝室に対する施主の認識は単なる夫婦が寝るための部屋でしかなかったが、HMD による身体を介した空間との関わりから得られた寝室の窮屈さの感覚をきっかけに、時間がたって互いの関係が変 わることになっても夫婦一緒に寝る部屋、といったような将来の状況を見据えたより詳細な寝室の認識へと変化し ていることがわかる。 5.1.1 で挙げた事例の分析では、施主が自分の身体感覚を通して設計対象を評価してその危険性を指摘するといっ た、施主起点の対象の評価がしやすくなると同時に、そのことが施主の主体的な議論への参加を促した事例を取り 上げ、コラボレーションを通した設計プロセスにおける VR 活用の可能性を指摘した。さらに、本節でみた事例に おいて留意すべきこととして、設計対象の空間の経験と評価を通して、施主自身のニーズやその枠組となるフレー ムが変化していたことが挙げられる。そして変化した施主の考えが設計プロセスにフィードバックされ、異なる認 識に基づく空間の広さについての検討が行われるに至ったのである。 一般に設計者にはユーザーのニーズをなるべく漏れなく的確に抽出し、それをもとに設計を進めることが求めら れる。しかし設計の初期段階ではユーザー自身も気が付いていなかったり無意識のうちに軽視していたりするニー ズも多く存在するだろう。本節で扱った事例の分析を通して、ユーザーの潜在的なニーズを設計プロセスの中で上 手く引き出すための手段としての VR を通した空間の経験の価値を見出すことができよう。

Table 5-5 Discussion about the bedroom in 3rd esquisse (Pair 1)

①はじめ施主は、夫婦の寝室

Time Speaker Protocol

を単なる寝る場所と捉え、狭

05:34

さを許容する発言をしていた。

Client

This room is small. せまいね、意外と

05:35 Designer

Yeah, a little bit small. ま、狭い、狭い…ここけっこうきつきつにしてる

05:37

Client

This room is small! ここけっこうきつきつだね!

06:06

Client

Small bed room is fine, but if it's too small, 全然狭くていいんだけどさ、ベッド狭すぎるとさ

(中略)

06:08 Designer

Yeah, あぁ

06:09

If my partner and me are on bad terms, the size would be a problem. 万一、不仲なったときにやばくない?

Client

06:12 Designer

Oh, Exactly. あぁ、確かに

②実際に VR で空間を 経験すると、その狭さ を指摘するようになり、 親夫婦が別寝している ことにふれた。

Fig. 5-5 Views of the bedroom

③「時間がたって関係が落ち 着いても夫婦で眠る部屋」へ と認識が変化した。

Fig. 5-6 View of the bedroom from the other door

Fig. 5-4 The process of changing needs

121


修士論文

第 5 章 VR による実質的な空間の経験の設計プロセスへの影響

移動を通して空間を経験することで空間 同士の関係性の理解が容易になりうる。 5.2 移動行為を通して可能になる

ここでは、移動を通した空間の経験が設計の議論の変化へ大きく影響を

関係性に基づく空間の評価

与えた事例として、第6ペアの第 2 回目のエスキスでの場面を取り上げる。 Table 5-6 に示すように、第6ペアの第 2 回目のエスキスでは、第 1 回目の ヒアリングにおいて施主の要求として提示され、その条件に基づいて設計 された和室が議論の対象となった。ここでは、一つの議論を 3 つの場面に 分けて整理しながら設計中の議論の展開を追っていく。Fig.5-6 は 3 つの場 面における施主の VR 空間内での視線と歩き回った経路を示している。 Table 5-6 Discussion about the washitsu in 2nd esquisse (Pair 6) Time 13:48

Speaker Protocol Client

Well, I assume that we use the washitsu as a drawing room, so あ、なんか和室 , ちょっと客間みたいな感じをイメージしてたんで

13:52 Designer

Yes, うん

13:54

I prefer the washitsu being not connected with other rooms, we put it on the second floor 和室、独立した部屋が和室の方がいいかな。ここに和室より上の部屋の一室が和室とかの方が

Client

① 14:00 Designer Oh, I see あー、そういう感じか 14:02

Client

It would be better for me. 私的にはいいかな、と思います

14:04 Designer

Then guests go up stairs? あ、でもお客さんを 2 階に通すって感じ?

14:07

Client

Oh, exactly あっ、確かに!

14:21

Client

Is it difficlut to make this space more separated? このエリアが、ちょっと独立した感じになるのは難しいですかね

(中略)

14:26 Designer

Yeah it would be possible, by the way, can you go to the living? Around the big table.. ま、可能だね、ちょっとさ、あの、リビングにいってもらって。メインのテーブルがあるとこらへん。

14:37 Designer

There are two large windows behind you, right? で、ちょうど 180 度うしろ、の窓がふたつあるじゃないですか。

14:42 Designer

Please imagine that these are larger than it is, それはもっとおっきいやつがパーンとあるっていう想定だとして、

14:51 Designer

and please look around, especially around the washitsu. ちょっといろいろ周りみてもらって。今畳があるようなところを…

14:53

Client

Oh, certainly! Openness is better for the room あぁー確かに!ひらけてる方がいいですね

15:03

Client

Well, I think wooden floor is better than tatami. うーん、でも、あの感じだと、あそこに畳より、全部フローリングの方が逆にいいかもしれない。

15:09

Client

I asked you to design a room whose floor is tatami. 畳ほしいって言ったんですけど。

(中略)

15:11 Designer ③ 15:14

122

Client

Ok. あぁー I feel it strange in this situation, please change the tatami to wooden floor. フローリングから突如畳になってるのが若干違和感を感じるので、普通にフローリングで、全部フ ローリングで、奥までフローリングで大丈夫で

15:24 Designer

Ok, I see. ふんふんふん、なるほどなるほど

15:29

Client

Then, we can set more tables there, たぶんそれだとこう、ちょっと、机とか増やして

15:36

Client

and we can hold home party, so please change the tatami to wooden floor. ホームパーティとかできるようなかんじなのかなって思うので、全部フローリングで。


① ③

①②③:Phase number

:Userʼs line of sight :Pathway of user

:Userʼs position

VR を通して、施主は設計された和室の空間を体 施主は設計者の指示により、和室の正面からリ

施主は空間の視線の抜けの魅力を実感したので、

感し、それが部屋として独立せず開放的であるこ

ビングへと移動し、設計者が設計の際に意図した

その構成を維持したまま設計者に設計を進めても

とに違和感を覚えた。そのうえで和室をもう少し

というリビングを中心として周囲へ拡がる視線の

らうことにした。そしてそれまでの和室の客間が

閉じた雰囲気に変更することを設計者に要求した。 抜けを体験した。この眺めは、1 方向のみにひらけ

欲しいという要望を見直し、床を畳とすることな

ているのではなく、360°周囲を見渡すことで認識

どの和室についての条件を取り下げ、床をフロー

される。施主はその眺めの良さを認識した後には

リングに変えることを提案した。空間の開放性を

和室のもつ開放感を好ましく思い、和室に対する

維持したまま、和室の床の畳であった部分をすべ

場面①での評価を改めた。

てフローリングへと変更することで、来客時など

そもそも、第 1 回目のエスキスにおいて施主は、

場合に応じて周辺の空間と和室を客間として一体

現在住んでいる自宅の開口の大きさと明るさを好

的に利用することが可能になると考えたからであ

ましく評価しており、そうした意向を受けて第2

る。

回目のエスキスの冒頭で、設計者はリビングを中 心として周囲に大きな開口を設け、視線の抜けに 配慮して設計したことを施主に説明していた。VR 空間のなかで施主自身が移動したり首を振ったり しながら空間を見まわすことで、その魅力が認識 され、設計者の設計意図を重視するに至った。

Fig. 5-7 The client's behavior in VR space in pair 6

123


第 5 章 VR による実質的な空間の経験の設計プロセスへの影響

修士論文

この一連のプロセスから VR が設計プロセスに与えた影響について考察 を加えたい。まず場面①では設計の変更を希望した和室の空間のもつ開放 感を、場面②を通して施主が好ましく思うようになったことが確認できる が、これは施主がリビングの周囲を見回したり、歩き回ったりするという、 コントローラや首振りといった自身の身体の操作による移動を伴う空間の 経験を通して、和室の空間を単体として捉えるだけでなく、リビングから 見える開口の配置や周辺の空間との関係を把握し、和室を建築全体の構成 に位置づけてそれを捉えることによって、和室がもつ開放感の有効性に気 が付くことができたためであると考えられる。場面③ではそのことをふま え、和室でなくてもそこに机等を配置することで一体となった空間で人を もてなすことができると考え直し、閉じるか開くかといった和室そのもの の開放性の議論を超えた新しいアイディアが展開されていることがわかる。 一般に建築は互いに関係づけられた複数の室で構成され、それぞれの機 能や空間の魅力はそれ単体で捉えられるものではなく周囲との関係性のな かで理解することができる。そうした建築の全体像の認識と並行した空間 の理解や評価は設計プロセスにおいても重要になるだろう。しかし建築設 計の経験が無い人々にとっては未だ実在しない建築を対象に、図面や模型 などを手がかりにして上記のような複雑な空間構成を理解することは一定 の困難を伴うものであると考えられる。その意味では今回の事例のように VR における見回したり、歩き回ったりするといった移動行為によって設 計対象の空間や他の空間との関係性を無理なく捉えられたことは設計ツー ルとしての VR の有効性を示す事象として理解できるだろう。

Fig. 5-8 The room changed to the wooden floor

124


5.3 小結

本節では、VR を通した空間の経験が設計プロセスに与えた影響について簡 潔に結論を述べておく。 まず、建築学生を対象に没入型 VR を設計ツールとして用いた設計実験を 行った。そして VR についての理論的枠組を建築空間に関する諸理論を参照 しながら設定し、実験で得られた設計プロセスの分析を行うことにより、没 入型 VR を通して設計対象の空間を経験することが設計プロセスに与える影 響について考察を行った。 その結果、没入型 VR を通した空間の経験がユーザーの身体に基づいた空 間の評価を可能にすることや、そのことがユーザーの積極的な設計プロセス への関わりを促すこと等、設計ツールとしての VR の有効性について、その 可能性を指摘した。そして設計の初期段階に出していた要望の枠組みとなっ ていたフレームが変化し、それまで抱いていなかったユーザーの潜在的なニー ズが引き出されるリフレームのプロセスへの影響についての示唆を得た。ま た周囲との関係性のなかで建築空間を評価するという一定の技能を必要とす る高次の空間認識が、VR 空間内での移動行為を通して、設計を専門としない ユーザーであっても容易になるという、VR 空間の経験を通してユーザーの空 間認識が発展する事例を捉えることができた。

125



06 第6章 MR 空間での状況的行為 としての設計プロセスの展開 本章では MR を用いた設計実験で得られたプロセスの分析と 考察を通して、引き続き身体を介した空間認識と移動を通した 高次の空間認識という 2 つの観点を引き続き活用しつつ、MR 空間がコラボレーションによる設計プロセスに与える影響につ いてその具体的な内容を提示しつつ考察を行っていく。


第 6 章 MR 空間での状況的行為としての設計プロセスの展開

修士論文

身体感覚に基づいて空間の理解が 容易になる様子は MR でもみられる。

6.1 MR 空間における身体を介し

VR を用いた実験における事例の考察では、身体感覚に基づいて空間を

た空間の認識を基点とする設計の

理解でき、設計案に対する普段と近い感覚での直感的な評価を可能にする

展開

ツールとしての VR の有効性を確認したのであるが、MR でも同様に身体 に基づく空間の理解が設計プロセスに影響を与えたと読み取れる事例を確 認することができた。ここでは第 1 ペアの第 3 回目のエスキスにおけるあ る場面の対話のプロセスを追いつつ、MR がユーザーによる空間の評価に 対して及ぼした影響を考察することとする。 第 1 ペアの設計案においては、第 1 回目のエスキスにおいて銀杏の木の 根元にベンチが設計された。第2回目のエスキスにおいては MR を用いて 設計案を検証するなかで周辺にぎんなんが多く転がっていたことから、落 下してきたぎんなんがベンチに座っている人にぶつかることを避けるため にベンチの上に屋根が設置されるに至った。屋根には、屋根に載った銀杏 がおちないようするための仕切りまで設計し (Fig.6-2)、利用者が安心して くつろげるように設計が展開されていった。第 3 回目のエスキスではこの 屋根の幅が議論されるに至ったのであるが、ユーザーが屋根の奥行きをよ り長くすることを提案し (Table 6-1)、その指摘をうけて設計者は 860mm の幅で設計されていた屋根の幅を 1100mm まで拡大するに至った。 ここではまず、ユーザーが現実での認識に近いかたちでのサイズ感の把 握をもとに設計プロセスの展開に寄与していることに注目したい。屋根 の奥行きの不足をユーザーは認識し、そうした認識を基点として寸法が 860mm から 1100mm に変更されたのであるが、こうした詳細なサイズ感 の検討は同ペアのほかの場面でもみられており、例えば水場として設計さ れていた石の高さが 1150mm から 600mm に変更されたりした。 このときユーザーと設計者は実際に空間のなかで手をかざして、自らの 手と MR によって表現されている3D モデルを重ねてみたりしながら MR の蛇口の高さを理解しつつ検討を行った。こうした評価は MR によって自 らの身体と設計案を関係づけることを起点として可能になっていると考え られ、模型や図面からでは設計を専門としない設計主体にはイメージしづ らいと推察される設計案の詳細な要素に対して、ユーザーが積極的に議論 できているようになっているとよみとれるだろう。そして屋根に関する場 面においても同様に、こうした身体を介した空間の理解に基づいて設計者 とユーザーの間で詳細な寸法感覚が共有され、議論が展開されていること が読み取れるだろう。

128


Fig. 6-1 Mixed reality view of the space

Table 6-1 User’ s opinion in 3rd esquisse (Pair 1) Time Speaker Protocol 12:08

User

12:12 Designer

Well, yes. How deep is that? 860mm, a little bit deeper, about 1100mm. Ok, 25cm longer. ああ。たしかに。今なんぼやっけ、これ。860。もうちょっと…1100 く らいにしようか、じゃあ。うん。25cm くらい長くした。

12:33

Ok. うん

User

12:35 Designer

1100

I felt that the depth of the roof should be a little deeper. でなんか、屋根もうちょっと長くしてもいいかもって思った。

Nice. 確かに。

3000

860

Fig. 6-2

The section of the prposal (Pair2)

Fig. 6-3The depth of ceiling of the designed bench

129


第 6 章 MR 空間での状況的行為としての設計プロセスの展開

修士論文

6.2 移動を通した立体的な空間の

前節では MR 空間における身体を介した空間の認識が、ユーザーの空間

密度の把握に基づく設計の議論の

理解を助けることで議論をより展開しやすくなっていると読み取れる事例

展開

を取り上げたのであるが、ここでは MR 空間における移動を通した空間の 経験が設計プロセスに影響を与えたとみられた事例として、同じく第 1 ペ アの第 3 回目のエスキスにおける場面を取り上げたい。 第 1 回目のエスキスにおいて敷地の植栽に合わせて 2 つのベンチを設置 し、第 2 回目のエスキスでは片方のベンチの上に屋根をかけるという設計 案を作成したのであるが、第 3 回目のエスキスにおいては MR を設計ツー ルとして用いて周辺を含めた実際の敷地の中にオブジェクトを配置するこ とで、スケールや幅といった空間単体の持つ要素だけでなく、周辺空間と 設計案によって生み出される空間の密度感が議論の対象となった。 ユーザーと設計者は空間のなかを歩き回り、様々な角度から MR を通し て設計案を経験することを通して、現状の設計案が十分に整理されている という認識を共有したうえで、これ以上を追加する立体的な設計要素を追 加することは空間を雑然とさせる結果となると判断し、そのうえでユーザー は二つのベンチの間に道を作成することを提案した (Table 6-2, Fig.6-4)。す なわち、立体的なボリュームをそれ以上配置しないことを決定しつつ、設 計したボリュームよりもむしろ設計したものと設計したものの間(余白) に積極的に目が向けられたのである (Table 6-3)。 移動を通して初めて自らの環境が獲得されるという考え方に基づくなら ば 1、実際の空間のなかを歩き回ることを通してはじめて空間は立体として 知覚され、模型や図面とは異なる立体的な密度感が獲得されていると考え られるだろう。すなわち、実際に空間に入り込み首をふって周辺を眺めたり、 実際に中を歩き回いたりするという移動を通して空間の奥行きや幅や配置 を多面的に把握しながら立体的な空間の感覚を設計主体間でスムーズに共 有できていると考えられるのであるが、この点は次節でさらに考察を加え ることとする。

130


間に飛び石を置くことを議論。

こちら側にも立体的な要素を追加 しない。また、こちらのベンチに は屋根もない。

斜線がひかれている領域には立体 的なオブジェクトは追加しないこ とが決定された(Table 6-2)。

第 3 回目のエスキスにおいては、 立体的な操作としてベンチの屋根 の寸法が変化することが決定。

Fig. 6-4

:Pathway of user

The movement of designer and user during 3rd esquisse (Pair2)

Table 6-2 Discussion about the hut in 2nd esquisse (Pair2)

Table 6-3 Discussion about the gap in 3rd esquisse (Pair2)

Time Speaker Protocol

Time Speaker Protocol

18:31

5:56 Designer What do you think about making a road here? どっか。なんやろうな。地面とかはどう?

User

Well, now the balance is good. なんていう、いまいい感じに

18:34 Designer Yeah, it’ s nice. なあ、ちょっと整っとうからな

6:04

18:35

6:06 Designer Yeah, or… うーん、か、どうやろうなあ

User

I think additional volume is, そう、ちょっと増えると

User

18:39 Designer That makes the design noisy, I think. あんまりな増やし過ぎたらごちゃごちゃするもんな

6:07

18:41

User

Yeah, exactly. そうそうそう。そうだね

6:11 Designer Make a road? I think it’ s nice. つける?とかも、ありかもしれんよな。どうやろう。

22:01

User

Ummm. どうでしょうねえ。

中略

22:03 Designer Ummm. どうでしょうね。 22:11

User

I think the road between two volume is appropriate. 真ん中に道があるくらい。

22:14 Designer Yes, around this area… can I watch it again? うん、このへんにびゃーっと。もう一回みていい? 22:33

User

Oh, yes. あ、はい。

22:34 Designer Thank you. よいしょ 22:49

User

I think the road is nice idea. なんていう、道があってもけっこういいかんじに。

22:05 Designer Certainly. うん、たしかにな。

6:18

User

Road? ああ、道をつくる?

User

Here, like… ここ、なんかこうー

I think so too. The texture of the site should be cleaner. そうしようかな。少なくともこの、そうだね、ちょっと綺麗にな ったほうがいい

6:29 Designer Exactly. What kind of design is good? For example, how about Tobiishi? Do you know it? It is often in Japanese temples. うん。どんなかんじ?なんか、例えば、飛び石ってわかる?お寺 とかで石がぽんぽんっておいてある感じのでもいいし 6:44

User

Ok, ok. あそっかそっか

6:48 Designer Or, Ishidatamai may be better. Or brick? Ummm. Where? 石畳っぽいのでもいいかもしれんし、レンガっぽいのとかでもい いかもしれんし、どんなかんじがいいやろうな。どのへんに? 7:10

User

Around here. ここらへんからかな 中略

9:40 Designer The size is not be precise. Like this? Or straight is nice. 大きさとかめちゃ適当やけど。例えばこんな感じとかね?たしか にこうびっとなってて、まっすぐ目な感じでいいかもしれない。 9:44

User

Yes. うん。

9:48 Designer And the road is around there. White stone. でこのへんにぴーって。白っぽい石やんな。

131


第 6 章 MR 空間での状況的行為としての設計プロセスの展開

Fig. 6-5 The view of MR space from the left and right angle

132

修士論文


模型や VR ではどの範囲までどの程度の質で 再現するかというフレームが問題になる。 6.3 状況的行為としての設計プロ

前節でみた事例においては、MR を用いることで敷地外も含めた周辺空間

セスの展開

と設計案によって生み出される空間の密度感が議論の対象となりつつ、そこ

6.3.1 設計ツールにおいて設定さ

から余白へ設計の焦点が移された。

れるフレームが左右する設計プロ

一般に建築設計においては、模型やイメージパースなどを活用ししながら

セス

周辺環境との密度間やバランスを検討し、調和した環境をつくりだすことを 目指す。このとき設計ツールにおいてどの程度周辺環境を忠実に再現すれば 密度感について検討できるかというフレームの設定について考える必要が出 てくる。 すなわち模型や VR を設計ツールとして用いることを考える時、どこまで の範囲を、どの程度のスケールで、そしてどの程度の質で周辺環境を再現す れば、密度感について検討できるかというフレームの設定について考える 必要が出てくるのであるが、仮に VR を用いて周囲の環境を限りなく精緻に モデル化したとしても、風や湿度といった要素は 3 次元の空間におけるス ケールにのみ着目した場合にはフレームの外に位置づけられる要素となって しまうことは明らかであり、触覚や嗅覚といった技術的な観点から再現し づらい空間要素があるというよりはむしろ設計主体がそうした要素に気付 かず意識できないがためにフレームの外の存在となってしまう暗黙知(tacit knowledge)2 があると考えられ、こうした要素をいかにうまく発見し新たな フレームとして設定できるかということが設計を左右しうると考えられるだ ろう。

133


第 6 章 MR 空間での状況的行為としての設計プロセスの展開

修士論文

知識は所与のものではなく、行為を 通して獲得されていく。 6.3.2 行為と知識の相互作用にも とづく暗黙知の発見のプロセス

前節では設計において周辺環境の中にある暗黙知をいかに発見し議論に おいて活用していくかが重要になることを指摘したのであるが、こうした 周辺の状況をいかに発見しているのか、という暗黙知の発見のプロセスそ のものに目を向けていく必要があるだろう。 これまでは知識(knowing)と行為 (doing) の関係について、知識は普遍 的な原理としてまず存在しており、それが行為のありかたを規定している という両者を切り離して区別する理解が浸透しているのであるが、近年の 認知科学においては、状況論(situation theory)の視点から、特定の状況 のなかで知識と行為は分かちがたく結びついており、知識はもともと状況 と結びついたものであるとともに、抽象的な形式として頭のなかに存在す るわけではないとするサッチマンの考え方が広がりつつある 3。 そこでは人々はあらかじめ与えられた客観的な世界としての環境 (circumstance)に反応して行為をするのではなく、日常的な行為を通して 世界が理解されていく。こうした状況論の考え方に基づけば、暗黙知を発 見する手段としての行為に注目することができるだろう。すなわち実際に 環境の中を歩いたり手をかざしたりするといった行為を通して、環境のな かにある知識が発見されていく。 例えば 6.2 節で扱った道の整備の必要性を指摘した場面においてユーザー は手で空間を指し示しながら、地面を綺麗に指摘する必要性を指摘してお り、見た目としての綺麗さからも空間の余白を整理する必要性を指摘した と考えられるのであるが、同時にユーザーは足で地面の感覚を繰り返し確 かめながら発言しており、ここでは足を介して理解される地面のテクスチャ の歩きにくさもまたその指摘の対象となっていることが読み取れる。こう した歩きにくさという空間の要素は実際に空間を歩き回ることを通して認 識されたものであると考えられるだろう。

134


行為

状況の中での行為

知識

ルーシー・サッチマンによれば、知識は 所与のものではなく、行為することを通 して獲得される。

Fig. 6-6 Interaction of action and knowledge

135


修士論文

第 6 章 MR 空間での状況的行為としての設計プロセスの展開

実験では、実際の行為と設計主体に 想起される行為の両方がみられた。 6.4 行為を基点とした暗黙知の発

実際の設計の場面でも敷地に赴き暗黙知を発見しながら設計するという

見と設計への展開

プロセスが展開されているということは予想される一方で、サッチマンに よれば環境における行為を通して知識が獲得されるとともに、その知識を もとに環境が知覚されそこでさらなる行為が展開されるという相互作用の 存在が指摘されている。 こうした知識と行為の相互作用がみられた他の事例として、MR 実験の 第 4 ペアに注目したい。 第 4 ペアの第 1 エスキスでは 3 つのベンチが配置され、その座面の高さ は 400mm に設定された。第 2 エスキスでは模型と図面を用いて議論され たが、ベンチの高さはほとんど問題視されなかった。第 3 エスキスでは MR を用いてユーザーは実空間のなかで 3D モデルのベンチを眺め、ベン チの座面の低さを指摘した。そこではユーザーはときにベンチに触れる動 作をしたり、足元の地面の土を足で押して確かめたりしながら歩き回った りするなどの行為がみられた。そしてユーザーは食事や休憩といったベン チ上で展開される様々な行為について話し、そうした行為の際に敷地の地 面がもつ剥き出しの土のテクスチャが、生々しいものとして利用者に嫌が られる可能性を指摘した。すなわち土のテクスチャは立っているときは生々 しくないが座ると生々しく感じられてしまうという敷地の要素が再発見さ れ、そうした発見を起点として設計案が変更されるに至った (Fig.6-6)。

Table 6-4 User’ s opinion in 3rd esquisse (Pair 4) Time Speaker Protocol 5:17

User

I still think the chair is low. 椅子がやっぱ低いかなって。

5:18 Designer

Yes, ああ確かに。

5:19

The chair should be a little higher. もうちょっと高くてもいいかなって。

User

5:21 Designer

Ok. うん、確かに。

7:02

User

Yes. はい。

User

When sitting and eating, some people tend to hesitate on a low bench because they don't like the soil and grass atmosphere. こういう土とか草の場所だから、なんか座ってもの食べる時とか、低いの嫌っていう人いそうです よね

中略 8:23

8:26 Designer

136

Oh certainly. surely. Something seems to get mixed in with the meal. ああ確かに。確かに。なんか 飛んできちゃいそうだし。


Fig. 6-6 The soil texture and the designed bench and the view

137


第 6 章 MR 空間での状況的行為としての設計プロセスの展開

修士論文

ここでは実際の行為を基点として状況における暗黙知としての地面のも つ特性が発見されるとともに、身体的なふるまいの想起を介しながら、把 握された知識と設計案のもつ要素の意味を関係づけて一体的に了解し、設 計案を評価するという、従来の設計プロセスでは高度なイメージ力を必要 としたと考えられる認識に基づく議論が展開するに至った様子が見て取れ る。こうした知識と行為の相互作用のなかで通して、身体的なふるまいの 想起という実際の経験に近いイメージを設計主体のなかに作り上げつつ設 計を展開していくことを可能にするツールとしての MR の可能性をみてと ることができるだろう。 一方で優れた設計者は模型や VR といった断片的な環境を構成するツール を通して、こうした行為を具体的にイメージしつつ設計案の特性を理解し、 その良し悪しを検討していくものであると考えられ、そうしたイメージ力 が設計者としての技量を示すものでもあると考えられるのであるが、MR を用いることで優れた想像力もさらに発展させうることも考えられるだろ う。すなわち行為は知識の発見を促し設計主体にとっての状況を構築して いくことを可能にするとともに、そうした状況の中に入り込むことによっ て促される行為があるのであり、こうした行為と状況の相互作用が存在す るというサッチマンの立場に立てば、優秀な設計者もまたこうした相互作 用を踏まえながら設計を展開していけることで、いまだ発見していない暗 黙知をさらに発見しながら議論を展開できるようになっていくと考えられ るのである。

138


行為

知識

足で確かめる、歩き回る、しゃがむ。

行為

知識

土のテクスチャを知る。

行為

知識

食事や座るといった身体的な行為を想起。

行為

知識

立っているときは平気だが、座ると 土は生々しいという敷地の暗黙知を 発見。設計案と敷地を一体的に評価。

Fig. 6-7 The interaction between the action and the knouelwdge

139


第 6 章 MR 空間での状況的行為としての設計プロセスの展開

修士論文

敷地のまわりの広範囲の環境と設計案 が結び付けられて議論が展開された。

6.5 広範囲の周辺環境を対象とし

これまで密度間に関する議論を展開した第 1 ペアの事例を出発点として、

たフレームの設定と議論の展開

そこで見られた要素について行為と知識という観点から考察を加えてきた のであるが、最後に、第 2 ペアの休憩所の形態と配置に関する議論のプロ セスを取り上げる。ここでは設計の議論と展開を 2 つの段階に分けて理解 しつつ、考察を加えていく。

第 2 ペアの第 1 回目のエスキスにおいては敷地に小屋が設計されて配置さ 段階① れ、第 2 エスキスにおいては MR を用いつつ議論が行われた。小屋の中に入っ たり、うしろにまわったりしながら設計案を検討することを通して、設計者 とユーザーはともに小屋がもつ威圧感に対し違和感を覚え、素材や高さや形 状など設計案の様々な要素を見直した (Fig.6-7, Table 6-5)。 そして円と長方形の比較という設計案の幾何について議論を展開する中で、 ユーザーは敷地の周辺にあるロータリーの曲線とその他の経路の直線によっ て構成されるバランスから敷地の調和が構成されていることを指摘した。す なわち違和感を起点として敷地に調和をもたらしている要素としての円と直 線のバランスという幾何の意味が発見されたのであるが、2 人はその認識を 設計に反映して円形の設計案を作成するとともに、天井に幾何をプリントし、 その調和の要素同士の関係性を利用者に気付かせるような設計案を作成した。 加えて休憩所の周辺に設計されたベンチもまた敷地に調和をもたらしている 円と直線という幾何のバランスを意識し巨大な円の一部に沿って配置された (Table 6-5)。

140

Fig. 6-8 The view of MR space of the design in 2nd esquisse (Pair2)


Table 6-5 Discussion about the hut in 2nd esquisse (Pair2) Time Speaker Protocol 9:05

User

Well, I feel like the hut is disturbing the street atmosphere. なんだろう、この通りを邪魔している感がなんかあるのかなって。

9:22 Designer The hut is not very open. あんまりオープンじゃないっていうか。 9:25

User

Certainly. そうっすよね。

9:27 Designer The hut has a strong impression as a lump. けっこう、塊でおいてあるかんじ。 9:30

User

I want to make the hut a little more open. wall? Is it because of the wall? もうちょっとオープンにしたいですよね。壁?壁なのかなこれは。

10:15

User

Also, it is easier to grasp the image if you look at the hut from a distance. なんか、あとこの…これ遠くから見た方がわかりやすいっすね。

10:27 Designer Oh, yes. It seems big. ああ、ほんとだ。なんか、けっこうおっきいですね。 10:49

User

Yeah, It’ s big. The image obtained from the model and the image obtained from Hololens are quite different. そうなんですよね。けっこう大きくて。模型で見るのと、Hololens でみるのとだいぶなんか、違う。

11:14 Designer When you look at the model, the hut looks cute. 模型で見るとかわいい感じがするけど 11:18

User

It seems to have a lot of pressure. けっこうどんっときますよね

11:19 Designer Yes. The height… Or the shape? きますね。たかさが…。それかすごい四角でおいてあるからなのか。 11:30

User

Circle plan is better? なんか丸とかにしたほうがいいんですかね、これって。

11:34 Designer The square plan has a distinct boundary. なんか四角にすると、ピシッと、境界というか、わかれちゃう。 11:42

User

Circle plan, and, white material with a sense of omission. 丸で、もっと、しろとか、抜け感のある素材で。

11:44 Designer Yeah. はい。 中略 28:56

User

I want to make it an open atmosphere. This site has a nice mix of squares and circles. オープンな感じにしたいのと、なんかここの場所って、すごい四角と丸がいい感じに混在している じゃないですか。

29:08 Designer Oh, yes. うーん、そうですね 29:10

User

This straight line is gathered in a circle. So is it good to use a circle? でもこの直線の中に、なんか、輪になって集まってますよね、あそこだったり。だからなんか、輪 なかんじがいいんですかね

29:19 Designer Exactly. たしかに 中略 32:00

User

Something (while looking at the rotary), if (the bench) is parallel here (to the edge of the rotary). (ロータリーを眺めながら)なんか、(ベンチが)ここに(ロータリーの縁に)平行にあれば。

32:04 Designer Yeah. ああ 32:07

User

In that way, the plan will be more conscious of this rotary space. もっとこっちの空間を、なんていうんでしょうこう、意識したようなつくりになるから。

32:10 Designer Exactly. As same as this. たしかに。これと同じ感じで。 32:17

User

How about placing the bench along the shape of the arc? アールで、やるとかどうでしょう。

141


第 6 章 MR 空間での状況的行為としての設計プロセスの展開

修士論文

段階② 第 3 回目のエスキスにおいて円となった休憩所とベンチについて議論が行 われたのであるが、まずはユーザーと設計者はⒶ地点からベンチを眺めつつ 議論が行った。そのうえで円となった休憩所の魅力を共有しつつ、フレーム についてその高さや使い方の検討が行われるなどした。その後、裏側のⒷ地 点に移動し、ベンチを眺めた。その際、設計者とユーザーは円の一部を切り 取るように配置されたベンチの周辺をその曲率に沿って歩いたり見渡したり しながら検討を行っていたのであるが、実際に設計案をみる位置と角度によっ て、設計案におけるフレームの配置のもつ意味を再発見し、Ⓐ地点の一方向 から見た際にはベンチを機能性や遊具としての使いやすさといった観点から 検討するにとどまっていたが、裏側のⒷ地点からみるとフレーム型のベンチ がどれもロータリーの中央にある銀杏の木を向くようにして配置されており、 実は敷地の魅力を楽しむためのビュースポットとなっていたという幾何がも たらした思わぬ関係性に気が付くに至った。そしてその配置を維持しつつ、 ベンチの座面の高さを修正することで、そこを実際に使う人々がよりその眺 めを楽しめるようにする案へと議論が展開された (Table 6-6, Fig.6-8)。

Table 6-6 Discussion about the gap in 3rd esquisse (Pair2) Time Speaker Protocol 23:35

User

Can I view the design plan from the other side? これでみると結構・・・ちょっと一瞬向こう側からみてもいいですか?

24:20

User

Oh. I really like this atmosphere. From here, you can see the sunbeams under the trees in the forehead. おー。えー!結構、俺は結構好きです、これ、こんなかんじ。こっちからみるとちょうど木の間の下の、 木漏れ日が額のなかにくるかんじ。

24:48 Designer Yeah, It ’ s really nice to see from here. ああ。あ、たしかに。こっちからみると、すごいいいですねたしかに。 24:52

User

Exactly. It looks meaningful. こっちからみるとすごいいいですよね意味ありげな感じに。

24:56 Designer Exactly. たしかに。 25:04

User

This is it. This looks like a forehead. で、たぶん、こいつですかね。こいつがこうなって、額になってる。

25:10 Designer Oh yes. It looks nice. ああ、たしかに。いい感じですね。 25:14

User

Nice. You can imagine a small child sitting here. いい感じです。でここにちっちゃい子が座っている。

25:20 Designer Oh yes, it looks good that the child is sitting there. ああ、たしかに、そこに座ってたりしたら、いいかも。 25:21

142

User

Cool. かっこいい。


およそこの区画が敷地。

ⒶⒷ:Scene number :Userʼs position :Userʼs line of sight :Pathway of user :Auxiliary line of design

A 地点からのビュー

B 地点からのビュー

ベンチがアールをとって配置されている。こ

ベンチがアールをとって配置されていること

こでは実際にユーザーがベンチの位置に立ち、

で、敷地周辺から離れたイチョウの木をふくむ

設計者がその様子を眺めるなどして寸法を検討

ビューが検討されている。

したりしていた。

Fig. 6-9 The movement of designer and user during 3rd esquisse (Pair2)

143


第 6 章 MR 空間での状況的行為としての設計プロセスの展開

修士論文

6.2 でみた密度感に関する議論では、周辺環境を含めた広範囲の要素が密度 感を構成する要素となったことを示唆したのであるが、本節で扱った事例に おいては模型や VR においてどの範囲まで再現すれば十分に設計案を検討で きるのかというフレームの設定の問題に対して、広範囲に暗黙知として存在 する空間要素を、行為を介して拾い上げつつ、設計案と関係づけながら検討 していくことを可能にする設計ツールとしての MR の有効性の可能性を改め て確認することができたといえるだろう。すなわち、実際に歩いたり設計案 に触れる動作をするなどといった実際の行為を介して状況から知識(ベンチ の配置がもたらしたビュースポットを生む思わぬ設計案の幾何と敷地の関係 性)を引き出し、さらにそこで座ったり銀杏を眺めたりすることを想起する という身体的なふるまいのイメージを介して、設計案を評価するに至ってい ると読み取ることができるだろう。 ここでは、敷地周辺を含む広範囲の環境と設計案を関係づけることで新た な魅力や設計案の意味を見いだしていくプロセスがみてとれるのであるが、 一方で、6.4 であつかった事例においては、種々の設計ツールにおいてどの精 緻に空間を再現するかという質的なフレームの設定の難しさに対して、行為 の状況の密な相互作用を通して、敷地がもつ質的な暗黙知をみつけだし、新 たなフレームを設定しつつ設計を展開していくことを可能にするツールとし ての MR の有用性を確認できたということができるだろう。

144


6.6 小結

MR を通した空間の経験が周辺環境も含めた設計案の利用性に対して利用 者が身体に基づいた評価を可能にしうることや、MR 空間のなかを移動して いくことを通して立体的な密度感といった感覚的で質的な立体性について議 論していくことが可能になりうることを指摘し、設計を専門としない設計主 体でもより容易に空間を認識しながら設計を可能にしていくことを可能にし うるツールとしての MR の価値を確認した。 加えて設計における暗黙知の存在とそこから発展しうるフレームの可能性 についてふれつつ、行為と状況の相互作用についてふれながら、実際に敷地 を歩き回ったり、手をふったり、土を踏みしめたりするといった実際の行為 を通して状況から暗黙知を引き出しつつ、設計案における身体的なふるまい の想起という想像の行為を介してさらに設計案や設計案と敷地の関係性を理 解しながらフレームを設定し設計を展開していくという、これまでの設計プ ロセスにおいては高度な想像力と空間把握能力を必要としていたと考えられ る設計を容易にするツールとしての MR の有効性をみてとることができた。

145


第 6 章 MR 空間での状況的行為としての設計プロセスの展開

6 章 参考文献

1. 2. 3.

146

修士論文

河野哲也 : ギブソンとメルロ = ポンティ ( 総特集 現象学 -- 知と生 命 ). 現代思想 vol. 29 pp. 286–298 2001 マイケルポランニー : 暗黙知の次元 . ちくま学芸文庫 , 2003. ルーシー . A, サッチマン : プランと状況的行為 人間 ‐ 機械コミ ュニケーションの可能性 . 産業図書 , 1999.


147



07 第7章 本研究の結論および課題

本章においてはここまでの各章の内容を簡単に振り返りつつ、 本研究の結論を述べる。そのうえで、本研究の課題を述べ、8 章において今後の展望について述べる。


第 7 章 本研究の結論および課題と今後の展望

7.1 各章のまとめ

修士論文

ここでは改めて各章において記述及び検討した内容をまとめておきたい。 第 1 章においては近年の建築設計プロセスの質的な転換とデザインへの 要請の変更について触れながら、本論におけるスコープとして、設計ツー ルとしての VR および MR を通した空間の経験に注目することを述べた。 そのうえで、空間認知に関する諸理論を援用し、VR および MR 空間の経 験について理論的な側面から整理しつつ、設計ツールを作成し設計実験で 用いることを通して理論を検証しながら新たな仮説につながる発見的な知 見を提示していくという研究の方法について簡潔に触れた。 第 2 章においては第 1 章にて述べた研究の方法について、設計実験の手 順や設定および設計ツールの構築方法について詳細に述べつつ、各回の設 計実験の結果について概要をまとめて整理した。 第 3 章においては、コラボレーションを通した設計プロセスにおける設 計ツールとして VR および MR を通した空間の経験に注目するという本論 のスコープを踏まえつつ、設計ツールの役割を改めて理解するべくその背 景となる社会の変化とそれに付随するデザインへの要請の変化と対話によ るデザインの重要性の高まりについて述べた。またそのうえで設計ツール の位置づけおよび求められる役割について整理した。 第 4 章においては VR の概念および技術の歴史的な変遷を整理しつつ、 VR が没入型の狭義の VR だけでなく MR も概念的に内包することにふれ つつ、本論における VR という語と MR という語の使い方について述べ、 さらに VR および MR 空間の経験が設計プロセスに与える影響を考察す るにあたり、身体を介した空間認識と移動を通した高次の空間把握という VR および MR 空間の経験の特性について述べた。

150


第 5 章においては、VR を用いた実施した設計実験においてみられた 3 つ の場面に特に注目しながら、発話プロトコルや VR 空間内の移動といった設 計実験で得られた結果を基に考察を行いながら、4 章で述べた VR 空間の経 験に関する理論を検証しつつ、さらに VR 空間の経験がさらなる議論の発展 に影響をあたえたとみられる事例についてふれ、考察を行った。 第 6 章においては MR を用いて実施した設計実験においてみられた 2 つの 場面に注目し、4 章で確認した VR 空間に関する理論的な枠組みを引き続き 検証しつつ、そうした考察を基点としさらに設計行為の状況的行為としての 側面に注目し、敷地のなかにあるものの設計主体の意識の外側にある暗黙知 も設計の対象としてフレームを設定しつつ、設計を展開していくことを可能 にするツールとしての MR の可能性を認識した。

151


修士論文

第 7 章 本研究の結論および課題と今後の展望

7.2 本論の結論

本研究では VR および MR の設計ツールを用いた設計実験で得られた 結果をもとに考察を行い、特に以下の 2 点において設計プロセスにおける VR の価値を確認した。 (1)没入型 VR を通した空間の経験がユーザーの身体に基づいた空間の評 価を可能にし、そのことがユーザーの積極的な設計プロセスへの関わりを 促すとともに、ユーザーがそれまで抱いていなかった潜在的なニーズを引 き出し設計における問題の焦点である「フレーム」を変化させ設計を発展 させていくプロセスを促すという効果についての示唆を得ることができた。 (2)「移動は主に視覚的に構成される」という J.J ギブソンによる考え方を もとに VR 空間における移動について考察し周囲との関係性のなかで建築 空間を評価するという一定の技能を必要とする高次の空間認識が、VR 空 間内での移動行為を通して設計を専門としないユーザーであっても容易に なるという VR 空間の経験を通してユーザーの空間認識が発展する事例を 捉えることができた。 さらに、MR を用いた設計実験を通して、特に以下の点において設計プ ロセスにおける MR の価値を認識した。 (3)MR を通した空間の経験がユーザーの身体に基づく設計案の評価を可 能にしうるとともに、設計案と実風景が一体となった環境における行為と 知識の相互作用を可能にすることで、敷地のなかにあるものの設計主体の 意識の外側にある暗黙知も設計の対象としてフレームを設定しつつ、設計 を展開していくことを可能にするツールとしての MR の可能性を認識した。

152

①身体を介して空間を経験

②移動を介して一つの空間

③身体的なふるまいと環境

④設計ツールにおけるフ

することを通して思わぬ

を周辺の空間と関係づけな

の相互作用を通して敷地に

レームを設定せずとも広範

ユーザーのニーズを見出す

がら理解するという高次の

ある暗黙知の発見を促しつ

囲にある多様な要素を同時

ことを可能にするツールと

空間認識を容易にするツー

つ、設計案と一体的に理解

に扱いつつ、移動を通して

しての VR の有効性。

ルとしての VR の有効性。

することを可能にするツー

多面的に設計案を評価して

ルとしての MR の有効性。

いくことを可能にするツー ルとしての MR の有効性。


7.3 課題

本研究を通してみられた事例や、本論で行った考察を踏まえつつ、本研究 の課題および今後の展望について以下の3点より分析を加えることとしたい。

①種々のツールの特性の差と設計

本研究を通して、VR および MR の設計ツールとしての欠点とともに模型

プロセスへの影響

や図面といったツールが今後どういった観点から有用性を発揮するかという 展望が少しずつ望むことができるようになってきたのであるが、ここではそ うした可能性と限界について、ツールの特性を比較していくことから整理し たい。 まず、設計実験において多く見られ場面として、VR および MR 空間はあ まりに具体的すぎるため、設計主体らがもう一度案を根本的に見直すことが 起こりにくく、ディテールの詳細な検討に陥りやすいという限界が見受けら れた。すなわち VR、MR のなかで設計を専門としないユーザーが空間につい て対等に述べることはできる一方で、具体的な検討用件においてそれぞれの 設計案をどうより大胆に発想しながら展開していくかという発想力には困難 がみられたといえるだろう。 一方では模型を用いた議論ではその抽象度が高いために施主役のユーザー が設計意図を本来の設計者の意図とは異なる形で理解し、しかしむしろそこ から思ってもみなかった発想が広がるなどの創造的な対話もみられた。加え て、実際の設計の現場においては材料を手のしながら設計のイメージを広げ たり、メタファーのような言葉を用いるといった多様な設計ツールを用いて 設計が展開されていくのであるが、こうした種々のツールの特性を改めて整 理していく必要があると考えられる。 すなわち没入型 VR、MR、模型といった設計ツールは、優劣が存在すると

153


第 7 章 本研究の結論および課題と今後の展望

修士論文

いうよりもむしろ一長一短であり、VR や MR がこれまでの設計ツールに代 替するというよりはこれまでの設計ツールでは到達できていなかった検討を 可能にするものである。すなわち模型と図面から VR の利用へといったよう な単純な遷移ではなく、それぞれの強みと弱みを正確に把握しながら複合的 な利用を構想していく必要があるのであるが、本研究では特別注目しなかっ た設計ツールとして、ほかにメタファーなどの言葉も設計ツールになりうる。 言葉も設計におけるさまざまな検討の可能性を拡張したり、設計主体間のコ ミュニケーションを円滑にしたりする設計ツールとして利用できるものと考 えられるが、設計に求められる役割をますます果たしていくためには、こう した種々の設計ツールの特性をさらに詳細に明らかにしつつ、それぞれの特 性をうまく活用しながら新しい設計プロセスを構想し実証していくことが求 められるだろう。 こうした比較から得られる展望として、たとえば模型においてスケールと いう次元がずれているように、MR 空間においては物理法則の次元がなくな ることに注目できるだろう。コンセプト模型を実際に実寸で空間に配置した り、躯体が出来上がる前に、先に壁を浮かせて、左官職人や施工の担当者を まじえて、初期段階で仕上げの詳細な検討から始めることもできるように、 MR による新たな検討もありえると考えられるといえるだろう。

②断面方向の空間の検討の困難

MR の実験において第 3 ペアでは、空間とのインタラクションの不足がか なり指摘された。そしてマテリアルを、空間をタップすることで入れ替えて 複数案をすぐに検討できるようにしたり、モデリングツールでインタラクティ ブに設計案を変更し都度確認しながら設計を行っていくことを可能にする機 能の必要性が指摘されたのであるが、こうしたインタラクションの不足を覚 えた点については、次のように考察することが可能であると考えることもで きるだろう。 そのグループはほかのグループが一層の建物を基調として主に平面的な設 計を展開したのに対して、設計を主に断面方向に展開していた。すなわち、 他のペアが実際に空間に入り込んで見まわしたりしながら空間とインタラク ションすることができたのに対して、第 3 ペアでは空間に入り込むことがで きなかったのである。 こうした考察からは、VR 空間においては 2 階も 3 階もコントローラなど を用いて自由に行き来できるために、ある程度設計案の断面方向の特性を検 討できると考えられる一方で、MR においては実際の物質がなければ基本的

154


には 2 階などにあがってみることはできず、空間とのインタラクションが途 切れてしまうという問題が発生している様子を読み取ることができるだろう。 こうした限界をこえるには、VR と MR を適切に使い分けることが一つの 手段として示唆できるのであるが、それに加えて MR の中でも特に AV (Augmented Virtuality)の活用をもっと考えるべきだろう。AV とは、デジ タル世界のなかに実世界のコップや風景といった情報を取り込み表現するこ とを指すのであるが、例えば建築物の躯体ができあがったときに、VR 空間 の位置情報と躯体の位置情報を結びつけることで、外の風景や取り入れたい 設計の要素は VR 空間内に取り込みつつ、詳細な仕上げなどは VR で検討す るといったことも一つの手段として考えられる。

③種々のモダリティを用いた空間

VR の技術は未だ途上の段階にあり今後さらなる発展と普及が進んでいく

の経験への理論の拡張

と考えられる。それと同時に建築設計における VR の活用もより一般的なも のになっていくものと考えられ、設計ツールとしての有効性や問題点などを 明らかにする理論的研究がツールの普及に先んじて今後も求められるだろう。 今回は視覚的な VR による空間の経験に注目し「身体を介した空間の理解」 と「空間における移動」という 2 つの観点を切り口として分析と考察を行っ たが、イーフー・トゥアンによれば、触覚や聴覚も空間の把握における重要 な要素であり、遠くない将来、そうした多様な人間の感覚を扱う VR 技術の 発展も見込まれ、本研究で構築した理論的枠組みが対象とする領域をそうし た種々の感覚モダリティを扱う技術へと拡げていく必要があるだろう。加え てメルロ・ポンティは種々の感覚は独立なものではなく、互いに相互作用し あうものであることを指摘しており、そうした現象を共感覚とよんだのであ るが、こうした考え方に基づけば多様なモダリティを設計ツールとしての空 間のなかで再現していくことは視覚や聴覚といった感覚同士の関係性によっ て生じる視点や認識もまた設計の中で活用されるようになると考えられ、こ うしたことが人々の新たなニーズを引き出したり、設計における議論を通し てより深く空間そのものを理解し、設計へと展開していけるようになるといっ たプロセスの質的な変化がより発生していくといった可能性も指摘できるだ ろう。

155


第 7 章 本研究の結論および課題と今後の展望

7 章 参考文献

156

1.

修士論文

イーフー・トゥアン : 空間の経験 身体から都市へ . ちくま学芸文庫 , 1993.


157



08 第8章 VR 及び MR の今後の活用に向けた さらなる考察と可能性の提示 本章においては、設計ツールとしての VR および MR の活用 に関する展望を整理することを目的として、本研究の設計実験 においてみられた事例をもとにしながら VR の思想的な歴史背 景を深めながら、VR および MR 空間の経験の特性と展望につ いてさらに深く考察していく。


第8章 VR及びMRの今後の活用に向けたさらなる考察と可能性の提示

修士論文

UX の検討ツールとしての VR および MR の価値の考察。 8.1 UX プロトタイピングツール

本章においては、改めて VR の歴史や背景を振り返りつつ、今後の可能

としての VR の可能性

性についてさらに展望を深めていく。本章において単に VR と表記すると き、没入型の狭義の VR および MR の両方を含むタームであると整理する。 本節では、UX デザインのプロトタイピングツールとしての VR の可能性 に改めて触れることとしたい。 まず、MR を用いた設計実験のグループ C の第 2 回目のエスキスにおけ るある場面を取り上げたい。このグループでは、設計案の内部空間にソファ が置かれる設計がなされていたため、被験者らは MR をもちいてそうした ソファと空間が一体化した状況を実際に体験した。そしてエスキス後のイ ンタビューにおいてユーザー役の被験者は、空間の印象を評価するにあた りソファの印象が多分に影響を与えていることを指摘した。同時に、設計 案の机にコーヒーが置かれていることとお茶が置かれているのでは、設計 案そのものに対する評価が全く異なるものになるであろうことを示唆した。 建築設計においてはしばしば模型に添景という、縮尺に合わせた家具や人、 植栽といった空間の雰囲気を形作るための模型が添えられる。100 分の 1 や 50 分の 1 といった縮尺における検討ではこうした添景は手で作業するに あたり十分なサイズがあるとは言えず、そのディテールが詳細に作りこま れることはあまり多くない。しかし VR および MR 空間においてはより詳 細につくりこむことができるとともに、人々の空間に対する印象を左右す る要素となりうることが、こうした事例からは読み取れよう。同時に、VR や MR が単なる建築物だけの設計のために用いられているというよりはむ しろ、そこでの飲食やくつろぎかたといったふるまいのイメージ、すなわ ちその空間での UX をイメージすることに寄与しており、そこでは建築物 以外の構成要素も空間の設計にかかわりうる重大な設計要素なっているこ とも読み取ることができるだろう。 建築設計を人工物のみを設計する行為ではなく、空間における UX のデ ザインとして捉えるならば、VR 空間の経験は質の高い経験を生み出すた めの設計ツールとして活用できうると考えられる。こうしたツールとして の価値は「どうつくるか」のみならずクライアントや施主といった意思決 定を行う人々も含めたプロセスにおける「なにをつくるか」を検討してい くうえでも当然重要になってくるのであるが、ここではさらに、こうした UX ツールとしての VR および MR の活用に目を向けそうした活用がどの ような可能性を持ちうるか考えることとしたい。

160


歴史的な背景から、VR の技術にお ける「変容」という観点に注目する。 8.2 VR の思想的源流と自己の変

VR の UX プロトタイピングツールとしての可能性と特性について考察を

容を促すツールとしての特性

深めていく前に、ここでは再度 VR の思想的な歴史を整理し、VR がそもそも こうした自己の変容を発生させることを狙うツールであったことを振り返る こととする。ここでは 1950 年代における科学技術への無批判な偏重の歴史か ら整理を始めることとしたい。 1950 年代には冷戦を主要なきっかけ及び背景としてさまざまな科学技術が 発展した。例えば宇宙技術や原子力、コンピュータなどがそれにあたる。 冷戦を主要な背景としたこうした技術への盲目な偏重は、潜在する危険性 や今後の展開への十分な省察を欠いていた。原子力や地球の外へ出ることは 木田の言葉を借りれば「神の業」である 1 が、人は盲目的にこの神の業にす がろうとしたのである。アーレントやハイデッガーは科学技術が盲目に宇宙 を目指したり、原子力を開発し利用することの危険性(原爆ではなく、平和 利用そのものを危険視した)を指摘したりもしたが、このような立場は限定 的であった 2。 一方でこうした地球外視点の発見はあらためて人間に対して地球が人間の 住むコンテンツであることを強く意識させるきっかけとなる。宇宙開発は衛 星放送を発展させ、結果としてメディアテクノロジーも著しく発達し、1960 年代にはマクルーハンが「グローバル・ビレッジ」が現実に表出しつつある など地球ひとつへと「繋げる」テクノロジーの進歩が著しい時代であった。 そこでは地球の裏側で起こっていることも当然のように放映され、ハイデッ ガーが距離感の喪失として指摘したように、距離の差を無視して情報や交流 がいきかう世界観が拡張しつつあったのである。 そして同時に、こうした全体化への反発として様々な運動がおこりはじめ るようになる。若者は拡張される大きなシステムに組み込まれることに反発 して学生運動をおこし、ヒッピー文化が興隆したりもした。ハーバード大学 のティモシー・リアリーが LSD を用いることで精神の開放を求める運動をお こし、これが薬物をつかった政治運動やアート活動にもつながっていくこと で、サイケデリックやドラッグ・カルチャーが広がっていった。そしてスチュ アート・ブランドが「ホール・アース(全地球)」とよばれる活動で地球規 模の意識の高まりを個人の視点から捉えなおそうとしたり、マクルーハンの 理論を支持するグループがエコロジーを重視し、自分ですべてこなす「Do It Yourself」の精神で生きる若者の新しいライフスタイルを 1968 年に提案した りした。 こうした全体性への反発はテクノロジーの領域においてもみられた。全 161


第8章 VR及びMRの今後の活用に向けたさらなる考察と可能性の提示

修士論文

体性を志向する巨大なコンピュータシステムへの反抗としてパーソナルコン ピュータが開発され(スティーブ・ジョブズもヒッピーだった)、同時にこう したパーソナルコンピュータによって新たなコミュニティが生まれてくる。 例えばブランドの活動はやがて 80 年代には WELL というパソコン通信を通 して西海岸を中心としたオンラインコミュニティを醸成し、「ハッカー会議」 や「サイバーソン」といった先進的な集まりの形成を通して、80 年代、90 年 代にわたるデジタルコミュニティーが形成されていった 3。 こうした中で、全体性への反動としてのパーソナルコンピュータなどのテ クノロジーとその発展の土壌となったドラッグ・カルチャーが結びつき、ド ラッグの快楽と感覚をテクノロジーによって代替しさらに発展させようとす る動きがでてくる。実は現在主流となっている「Virtual Reality」という概念 は、こうしたカルチャーの中におけるドラッグの代替物としての活用が、そ の源流となっている。 VR にはもともと様々な立場があり、それぞれに用語が存在した。1980 年 代から 90 年代にかけては、舘らに代表される Telexistence という言葉を用い て「拡張」として VR をとらえる立場がみられたり、William Gibson の代表 作である『ニューロマンサー』を端緒として広がった人工世界に没入し身体 から抜け出し異世界での交歓を愉しむ別世界(Cyberspace という語が特に用 いられた)として VR をとらえる「超越」の立場、W.Krueger に代表される アーティストらが支持した「表現」として Artificial Reality という言葉で VR をとらえる立場、そして自己の「変容」(metamorphosis)を促すツールとし て Virtual Reality という言葉で VR をとらえる Jaron Lanier らによる立場な どがあった。ほかにも Virtualized Reality や Virtual Environment といった 用語も存在した。 上記のひとつである「変容」とは「VR の、感覚的器官の直接的刺激によって、 意識内容を人為的に入れ替えるテクノロジーを利用し、世界の “ 実質 ” をまっ たく別の内容で世界の魔術的変容を目論む」立場である 4。こうした立場には、 意識変性におけるドラッグの活用を主導した T・リアリーなども期待を寄せ ていたとされている。前述したように、こうした解釈は、コンピュータ業界 に君臨してきた権威主義的なメインフレームアーキテクチャへのカウンター としてパーソナルコンピュータを対抗的に開発し普及させてきた 1980 年代の ヒッピームーブメントの支流でもあったのであるが、結果的に VR という語 その後周辺技術の文脈において中心的存在となり、VR はドラッグの代替物と しての立場に依拠することとなった。 162


ハイデッガーはテクネ―とは自然をいじることではなく、自然の中から何 かを取り出すことであると理解した 5。宇宙や原子力といった技術においては 人間以外の自然へとテクネ―の視点が向けられた。例えば原子力においては、 人は神しか知りえなかった自然の潜在的な力を利用する術を見つけてしまっ たのである。VR においては、人間という自然そのものへと目が向けられた。 すなわち VR は、人間の外にある自然を志向した原子力や宇宙開発というテ クノロジーに対して、人間という自然そのものへ志向したテクノロジーなの である。こうした観点からみると、改めて VR がそもそもドラッグのありよ うと軌を一にしているとみることもできるだろう。

163


第8章 VR及びMRの今後の活用に向けたさらなる考察と可能性の提示

修士論文

空間の知覚に先立つ身体の「変容」 という VR 空間の特性に注目する。 8.3 VR 空間における身体の変化

さて、ここまでおおよそドラッグの代替物としての VR への見方が中心 的な存在となってきたことを整理してきた。ここでは、変容の一つの重要 な観点として、身体そのものの変容に注目したい。 VR 空間における考察を展開するにあたり、VRChat という具体的なサー ビスを眺めることとする。VRChat は社会的交流のための VR 空間である。 ユーザーはさまざまな空間をしつらえてアップロードし、そこに人を招く ことができる。VRChat は人々の手軽な交流の場として現在急速に普及し つつある。 このサービスの人気の機能として自ら自由にデザインしたアバターを VR 空間内で利用できるというものがある。ユーザーはさまざまな服装を楽し むだけでなく、カエルをモチーフにアバターを作成したり、キノコをモチー フにしたりといったさまざまなキャラクターを製作して楽しんでいる。ユー ザーはストアなどでデータをダウンロードし組み合わせてアバターを作成 するだけでなく、3D オブジェクトを自らモデリングソフトなどを活用し て編集して自分だけの特別なアバターを作成して空間に参加できる。この ことはどのような意味をもつのであろうか。 メルロ・ポンティは人が自らの身体と空間のかかわりのなかで空間を認 識していくことを指摘したが 6、これまでの長い歴史の中で日常生活におい て私たちの身体は一人一人固有のものであったにもかかわらず、VR では、 VRChat で際立ってみられるように、ユーザーは人間の根本であった身体 を部分的に放棄することが可能になっていると捉えることが可能であるだ ろう。アクセサリーや種々の道具、義足など身体の拡張はこれまでの人類 の歴史においてもみられた現象であるものの、VR 空間の経験では身体が 根本的に変質していたり、部分的に喪失していたりといった不連続な変容 がその特徴として注目することができると考えられる。すなわち身体が空 間を知覚する媒体(medium)である以上、空間を仮想的に経験するという ことと同時に発生する身体の変容を空間の知覚に先立つ VR 空間の経験の 特性として挙げることも可能であるだろう。 こうした身体の変化が、利用者の認識や知覚に対して大きく影響を与え たことが確認された研究はすでに多く存在するのであるが、その一つには Banakou らによる研究があり、そこでは VR 空間でアインシュタインのア バターを用いて計算問題に取り組むと計算能力が上がるという結果が示さ れている 7。また Piryankova らによる研究では、自分の実際の身体よりも ふくよかな身体をもつアバターを用いることで、ふるまいが普段よりも緩

164


慢になることが明らかになっている 8。 加えて、実際の身体感覚を VR 世界に持ち込むことはできないが、人間が およそ人間ではない形態をしたアバターに対しても部分的に身体感覚を宿せ ることが研究でよく知られている 9。すなわち、身体のデザインはアバター のモチーフがカエルであれウサギであれ、空間の認識とそこでのユーザーの ふるまいに大きく影響すると考えられるものであり、あらゆる VR コンテン ツにおいて、身体のデザインとその受肉は空間経験において本質的に重要な 役割を担うことになると考えられるだろう。 もちろん、建築設計においても設計主体はさまざまなユーザー像と身体条 件や制約などを具体的にイメージしながら利用条件の検討を行ったり、使い 勝手の確認を行ったりしていると考えられるのであるが、上述したように身 体的な変化に伴うそもそもの認識能力の変化にみられたような空間把握にか かわる人々の内的プロセスの特性の変化は設計に大きく影響を与えうるだろ う。例えば VR 空間で生まれたニーズは日常生活とは異なる人格によって構 成されたものであり、普段のユーザーが抱く感覚とはすでにずれが生じてい る可能性も生じうると考えられる。 一方で、アバターの変化に基づく感覚の変化には、人々にさまざまな共感 を可能にするために活用していくことが可能なことも知られており、たと えば Yee らによる研究においては老人の身体を実際に体験してみることで 老人への共感が増すことが明らかにされていたり 10、色覚異常者の世界を体 感することで色覚異常者の支援にそれまでより2倍の時間を支援に使うよう になったりした研究が知られている 9。こうした考え方はエンボディメント (embodiment)11 と呼ばれている。これらの事例は、さまざまな空間を異な るアバターで体験することを通して、我々が自らの実空間でのふるまいを変 化させ他者と共存したり、他者への理解をより容易に獲得したりできるよう になる可能性を示唆しているとも理解することができよう。例えば、設計主 体が老人のアバターや妊婦のアバターを用いることで、空間の感じ方や見方 を変化させながら設計プロセスを展開していくようになる可能性も指摘でき るだろう。 前節でも指摘したように、VR とは自己の変容に着目した概念であると整 理できるのであるが、本節で見たように身体の変容という観点から VR 空間 の経験の特性を考察すると、身体感覚の変容に随伴して、自分自身と空間の 知覚そのものが変容しうることが VR 空間の経験の特性の一つとして注目で きるだろう。こうした立場から設計ツールとしての VR の可能性を考える時、 165


第8章 VR及びMRの今後の活用に向けたさらなる考察と可能性の提示

修士論文

設計主体にとっては、自己と固く結びついた主観にのみよって設計を展開す るのではなく、複数の主観を行き来する客観的な観点をもち、複数の視点を 行き来しながら設計を展開していくことが必要になると考えられるのである が、こうした行為自体が設計者自身の人格を大きく変容させたりする可能性 も否定できない。なぜならこうした経験は可塑的に空間への向き合い方に作 用するのみならず、時に不可逆的に空間を認識する自己を変容させていくも のでもあり 9、設計に向き合う自己そのものを大きく変えてしまうことで設計 内容が著しく変容していく可能性がみとめられるのである。 逆に言えば、設計ツールを構築する際のアバターの選択にかかわるイデオ ロギーも UX を含む設計プロセスや成果物に重大な影響を与えるものと考え られる。 設計ツールとして VR を用いることの危険性は、VR を活用したツールをし ばしば用いる専門家にとっては、その時間分だけ知らぬうちに VR に影響を うけており、自分が勝手にツールによって書き換えられてしまう危険性が存 在しうるということである。単なる内覧ツールとして VR や MR を用いてい るような気軽な活用であっても、それを知覚するアバターのデザインによっ て嗜好性が操作されている可能性もある。ゲームのような危険な生活空間と なることはしばしば危惧されるが、真に危険なのはツールとして、あくまで 道具として認識して用いることによって引き起こされる、人格と世界の気づ かないうちの変容であると考えられることも可能であるだろう。

166


ジンとマリファナの歴史との比較から 作法の必要性を考える。 8.4 VR の「薬」と「嗜好品」と

ここまでおおよそドラッグの代替物としての VR への見方が中心的な存

いう二面性

在として VR の発展においてみられたことを整理し、変容の具体例として 身体に注目した。 こうした変容を促すツールとしての VR および MR を考える時、技術へ の適切な取り扱い方と態度を醸成することが重要になってくる。ここでは、 VR は孕む危険性をもう少し多角的に考えていくこととする。VR にはまず、 明らかな薬としての効果および医療装置としての有効性が認められる。VR はこれまでうつ病の治療やリハビリ、PTSD の克服、幻肢痛の軽減などす でに「薬」として活用されてきている 9。こうした治療は一定の成果を上げ ており今後ますます活用が見込まれている。 同時に、VR には嗜好品としての特性もある。多くの VR 技術やコンテン ツの発展がポルノを背景としていることからも容易に想像がつくが、近年 では VR におけるサウンドなどを巧妙に操作することでトリップするため に VR を用いる事例なども出てきている 12。 薬としての側面と濫用の危険性に伴い、嗜好品としての一面もある以上 VR の危険性について一定の理解をしていくことは重要であると考えられ、 こうした立場からも理論的に VR 空間の経験の考察は意義を持つと考えら れるのであるが、ここではこうした危険性に向き合う態度についての考察 をすすめるにあたり、同じく薬、濫用の対象、嗜好品としての側面をもつ ジンと大麻の歴史を概観したい。

①ジンの薬としての発展と濫用の発生 ジンにおいては、そもそもジンの風味づけに用いられるジュニパー(西 洋ネズ)にその薬効が知られていた。ジンは基本的に穀物を中心としたス ピリッツに、ジュニパーの実(ジュニパー・ベリー)などのボタニカルを 加えて蒸留したものである。そもそも蒸留という技術自体が錬金術を背景 として生まれたのであるが、こうしたなかで蒸留したアルコールが医薬品 の賦形剤として利用できるのではないかと研究が進められてきており、そ うした背景の中で誕生したのが、修道士がつくった「最初のプロト・ジン」 である。それは膀胱と腎臓を治療する薬としてのジュニパーをベースにし た蒸留液だった。 その後数百年間、蒸留液は一度廃れるものの再度復活し、ジュニパーの 蒸留液はその後数世紀にわたり、貴族の強壮剤および嗜好品として楽しま れることになるのであるが、ペストの爆発的な蔓延に伴い薬としてジュニ 167


第8章 VR及びMRの今後の活用に向けたさらなる考察と可能性の提示

修士論文

パーが広く市民に求められたこと、そして多くの人の死により労働力が農村 部から都市に留任したことを主なきっかけとしてジン(このときにはまだ穀 類のスピリッツではなかったとされる)が少しずつ一般市民の手に広がった。 17、18 世紀になると、都市の過密化と労働者の増加、貧困者の増加などを 背景として、ジン・クレイズ(狂気のジン時代)とよばれるジンの乱用の時 代が訪れ、その後の規制の展開や、ジンの飲み方に関するカルチャーが醸成 されていったことを通してジンが人々に安定して受け入れられるようになっ ていった 13。

②マリファナの利用と政治的思惑の介入 マリファナも同様に、1839 年にウィリアム・オシャウネッシーというアイ ルランド人医師がカンナビスの医療効果について史上初の論文を発表したこ とを皮切りとして 14、様々な研究がなされ、ガン、てんかん、多発性硬化症、 緑内障、PTSD、睡眠障害、アルツハイマー病などさまざまな疾患の治療や 防止に効果を持つことが明らかになりつつある。 ジンと同様に、1920 年代のアメリカでは、それまで医薬品として広く使わ れていたのであるが、メキシコから労働者の流入をきっかけとしたメキシコ からの大麻の大量の流入と、メキシコ人への差別的な偏見から生まれた大麻 が発狂を引き起こすというストーリー、また当時米国政府の麻薬局長であっ たハリー・J・アンスリンガーが手柄をあげるために広く人々に使われていた 大麻利用の規制に目を付け、ルーズベルト政府を説得したことをうけて展開 されたマリファナへのネガティブキャンペーンなどを受けて次第にマリファ ナは悪であり危険なものであると認識されるに至っていった。 さてここで、VR、ジン、マリファナを等価に並べ作法という観点から考え てみたい。ジンは、文化的な飲み方の開発やブランドの醸成を通して、濫用 される安酒のようなイメージを脱却し社会に普及するようになった。マリファ ナもこの流れにもれず、高価なブランドの醸成に伴ってかつてアンダーグラ ウンドで大麻栽培に関して高度な知識をもつと注目されていたジョセフ・マ レイがコンサルタントとしての正規の仕事を獲得するようになったり、スタ イリッシュな上質な大麻の楽しみ方をリードするべく Serra はデザインにも 力を入れて製品を展開している。 VR においても、同様の作法とカルチャーが醸成されていくべきなのでは ないか、と思う。技術が放任されたまま発展するとき、そこにはテクネ―に 168


よる自然の濫用とでもいうべき、技術の生活への侵食と中毒的な依存がみら れることがある。 ゲームが普及するにつれて、現実世界とゲーム世界の区別がつかなくなる ゲーム脳の危険性が注目されたが、VR においては、詳しくは次節で触れるが、 従来のゲーム以上の人間への影響がある。今後はこうした危険性についても 目を向ける必要がある。落合陽一は貧者のバーチャルリアリティで現実逃避 の手段としての VR の利用可能性を指摘したが 15、宗教などと結びついて人々 を都合よく変容させ扇動させることを狙ったコンテンツが増えてきてもおか しくない。 もちろん、ジンや大麻の問題においては、社会的な情勢だけでなく、粗悪 品やそれに基づく売春の広がりといったように問題は複合的であるものの、 それぞれの事例は、人間を自然として扱い、そこに介入するテクネ―への向 き合い方の難しさを示しているだけでなく、そうした技術には濫用と適正な 利用のバランスをとることが必要であること、そうした十分な検討がなけれ ば、濫用という危険な状態に人々が流れて行ってしまうことを示していると 理解してよいだろう。 VR もまた単なる仮想的な空間体験というよりもむしろ自己の変容として の側面をもつツールであることは理解する必要があり、こうした技術がいた ずらに広がれば、設計そのものを行う設計主体や、あるいは日常的なユーザー が影響をうけうることは留意すべきことであると考えてよいだろう。

169


第8章 VR及びMRの今後の活用に向けたさらなる考察と可能性の提示

修士論文

VR 空間の経験の危険性を「データ」と 「交流」の 2 つの観点で詳細に考察する。 8.5 VR 空間の設計ツールとして

ここではさらにどのような中毒が発生しうるかをもう少し現代の種々の

の危険性と可能性

ツールなどに目を向けつつ具体的に検討しながら、中毒につながる VR の 側面が設計ツールとしてどのような価値につながりうるかについても考察 を深めていくこととする。 ここでは、VR が設計ツールとしていかに利用者にとって危険になりうる かを「データの活用」および、 「社会的空間としての VR 空間におけるコミュ ニケーション」という 2 つの観点から考察してみたい。 第一に、データの活用は UX ツールとしての VR の可能性を大きく広げ うるとともに、同時に危険な側面も有することに留意しなければならない。 Web デザインや UI デザインにおいては Cookie や Canvas などの解析ツー ルを用いてデータを大量に取得しながら、いかに人を長時間そこに滞在さ せ、購買行動に誘導できるかといった視点から最適化を行うかが重要になっ てくるのであるが、VR 空間においてもこれまでのインターネットと同様に、 人を没入させていくためにデータの価値がきわめて重要であると考えられ る。いわばこうしたデータに基づく利用者の設計者の設計のための空間へ の没入は、設計行為を UX として捉えたとき、その心地よさを向上させ滞 在時間を長くさせることで経済的な効果を高めることにつながると考えて よいのであるが、こうしたデータに裏付けされたユーザーの没入は経済的 なインセンティブによって加速され、いわば VR の経験に中毒性を生み出 す要素となりうる。 加えて設計ツールにおいては創造的な会話を導くように誘導するべく データを大量に取得し、解析しながら UI の最適化が行われていくのみな らず、設計のための VR および MR 空間そのものが、データ取得の容易さ や、ハードウェアのセンサーの特性、統計処理をする際のデータ構造とデー タの種類の相性による必要なデータセットの選択といった観点に重きを置 きながら構築されていきうることが想定される。すなわち対話によるデザ インを、データに基づいて合理的かつ効率的に最適化しながら展開してい くという逆説的な展開が行われていくことが予見できるのであるが、VR および MR を用いた設計ツールの UI をデザインするプロセスにおいては、 設計および対話を行っていく環境となるバーチャル空間そのものが、デー タ取得の観点から最適化され制限され、結果として空間設計の自由度が失 われてしまうとともに設計に関する議論が限定的になっていく可能性も指 摘できるということである。 こうした矛盾は、設計主体の数をこれまでと比べて膨大な数に増やすこ

170


とで、両立していくことも可能になるとよみとくこともできるだろう。これ までの建築設計のプロセスにおいては、一般に設計にかかわることのできる 設計主体の数は限定的であり、設計主体間の対話および状況との対話は密に 行われていき、そこでの議論が設計に反映されていったのであるが、こうし たプロセスには限界もあるだろう。密な対話に基づいて創造的な議論の展開 が導かれうることが可能性として指摘できうる一方、3 章で述べたように問 題の発見という観点から設計プロセスを眺める時、設計主体が網羅的に様々 な与条件を発見し、調停しながら議論を展開していくことは容易ではないだ ろう。一方で VR 空間ならば、設計案のデータを、ウェブサイトなどを通し て配信することで設計案の検討過程で数万人や数十万人といった不特定多数 の設計主体を参画させ、各々の多様な視点から検討を行っていくことが可能 になるのであり、こうしたプロセスが可能になることで、より広く設計され ている建築を活用する人々からフィードバックを受けながら議論を展開して いくことが可能になると考えられるのである。 つまり一人一人の VR の利用時間は短いものの、多くの人が空間を経験し 議論することで、そうした不足を乗り越えるという考え方である。同時に、 こうしたコラボレーションを踏まえながら設計主体が VR 以外のツールにお いても十分に時間を確保し設計の検討を進めていくことで、VR 空間におけ る UI がはらむバイアスをなるべく軽減することもできるだろう。 加えて、VR 空間そのものが単なる設計ツールをこえて多くの設計主体の 協働のフィールドであり、一つの社会的な交流のための空間(=社会的現実 4

)となっていくこともまた予見できる。人はデジタル空間において、そこで

は FOMO(Fear of missing out)とよばれる投稿や進捗を見逃すことへの恐 怖からほかの人とのコミュニケーションにおいて中毒症状に陥る傾向があり 16

、こうした観点からみるとき、設計主体間の関係性およびコミュニケーショ

ンも適切にデザインしていく必要があるだろう。 一方で、こうした設計プロセスが可能になることは、単に網羅的な角度か ら設計案を検討することを可能にするのみならず、数多くの人々を、単に実 現された建築を享受するユーザーではなくむしろ設計の担い手であり作り 手にしていくことを可能にするととらえることができるだろう。特に VR や MR を活用する設計プロセスにおいては、密な対話によるデザインプロセス と、データに基づくデザインを併用しつつ設計プロセスを構築していくこと で、よりユーザーのニーズに合致するだけでなく、作り手でもある利用者に 親しみを感じてもらえる建築を作り上げていくことも可能になっていく可能 171


第8章 VR及びMRの今後の活用に向けたさらなる考察と可能性の提示

修士論文

性が指摘できる。すなわち、中毒性の高まるデザインは避けつつそこでの 人々の活発なコミュニケーションを可能にすることで、より多くの人が主 体性をもって参画できる設計プロセスを構想することも可能になると考え られるのである。

172


173


第8章 VR及びMRの今後の活用に向けたさらなる考察と可能性の提示

8.6 最後に

修士論文

ここまで述べてきたように、本研究においては、あくまで VR および MR を設計のために用いる道具として扱い研究を行ってきた。建築領域に限らず 様々な設計領域において VR の活用も見込まれる社会的な背景のなかで、こ うした立場がもつ意義と狙いについてもここで整理することを試みることと したい。 ハイデッガーは技術に対する人の態度は大きく分けて 2 つあり、1 つは手 段として技術を用いること、そして技術そのものが行為となることであると 分類した 5。当然目的のために手段として技術を活用することもまた行為とな りうることについてはハイデッガーも指摘している一方で、こうした枠組み に基づいて建築設計という観点から VR のありようを整理してみると、VR を 設計や施工のためのツールとして用いる態度と、VR 空間そのものを設計対 象とする態度の存在が浮かび上がってくるだろう。 近年では、VRChat や Cluster といったオンラインサービスの展開によって、 VR 空間は人々の日常的な交流の場になりつつあり、ショッピングの空間や 美術館、あるいは YouTube や Netflix といった動画サービス、ゲームをはじめ、 映画体験や釣りのような娯楽が VR 空間で行われるようになっており、その ためのパッケージ化されたコンテンツも多数販売されている。こうした変化 から、人々の生活のための空間としても VR や MR 空間が重視されるように なってきたことがうかがえるのであるが、そのような昨今の社会の変化を踏 まえれば、VR および MR 空間そのものを設計対象として設計を行っていく 必要性も認められるだろう。 建築計画学においてもさまざまな空間を評価し、バリアフリーなどの観点 から寸法の最低幅や設計の基準などが検討されてきたように、VR や MR 空 間においても同様に、VR および MR 空間自体を対象とする設計方法論も展 開していくことは可能であるだろう。事実、最近ではバーチャル建築家を名 乗り、アバターを用いて人前にたちながら主に VR 空間に出店されるショッ プなどを設計される設計者も現れてきている。 本研究の大部分をもちいて示してきたように、VR や MR の空間の経験に はデザインにおける対話を円滑にしつつ、より創造的なデザインを実践して いくためのツールとして活用していくことが可能でありうる。本研究では VR や MR をあくまで設計ツールとして扱い、設計対象としては扱わなかったの であるが、ここではこうした方法についてこれまでとは異なる角度から眺め、 その意義について考察したい。 これまでの産業革命以降にはまず、機械を動かすための主たる動力として、

174


石炭や石油が用いられ、1900 年代以降には電気がさまざまな機器を動かす動 力として用いられるようになってきた。こうした電気を活用してプロダクト やサービスを開発・運用する構図は少しずつ偏在するようになり、今では電 気は根本的に社会を支えているといっていいだろう。 同時に、1900 年以降の 100 年以上にわたり人々を支える根本的な発明が、 電気に代替されていっている。例えば、情報伝達や発信はインターネットや 通信サービスの発展に依存するようになり、電子化された情報の総量と送受 信される量は爆発的に増加した。またクレジットカードやポイント、決済サー ビスなど、通貨にまつわる体験も電子化されつつあるのであるが、近年注目 されはじめたブロックチェーンを用いたビットコインにおいては、その正当 性を示す目的と、通貨を獲得するために強大な計算能力を有するコンピュー タを稼働させ暗号を解除することが必要であり(正当性を示す目的のための 演算はプルーフオブワーク⦅Proof of work⦆)と呼ばれ、コインを獲得する ための演算はマイニング⦅mining⦆と呼ばれる)、このために甚大な電気が消 費されている。通貨は、はじめは金や銀といった鉱物を主に信用の担保とし、 次第に国家や共同体の信用を担保としてきたのであるが、こうした担保が電 気に変化した捉えることができるとともに、システムの運用にも大量の電力 を必要とし、結果として電気代の高い地域ではこうした技術はあまり用いら れず、電気代の安い地域に演算を行うコンピュータを集めた施設が建設され るなど、電気そのものが新たな価値を生み出してもいる 17。加えて、人間の 知能も膨大な統計的演算処理として一部外部化されるようになっている。 一方で、そうした電気を利用した様々な発明やサービスによる社会の変化 を眺めてみれば、インターネットにより情報は民主化された一方で、孤独を 恐れ SNS に浸る新たな社会中毒 18 が蔓延したり、プライバシーの保護におい てもさまざまな問題が発生している。ビットコイン技術の基幹技術であるブ ロックチェーンは、電気の安さによる産業構造の変化を生み出したとともに、 計算能力と電力を大量に有する人が産業構造のヒエラルキーを制することが できるという、部分的には民主化の逆の流れが展開されつつある一方で、難 民や戸籍を持たない人々にも ID を安全に付与できるようになりつつあり、適 切な人権が民主化されつつあることも事実である。また、“ 知能 ” が社会に新 たな利便性をもたらしつつある一方で、そうした知能の行動に対する責任問 題なども重視されるようになった。当然、音や絵、映像なども電子化し、車 の運転や飛行機の運転さえも電子制御されている。 こうした流れの中で、VR や MR はいわば空間および環境の電子化である 175


第8章 VR及びMRの今後の活用に向けたさらなる考察と可能性の提示

修士論文

ととらえることができるのであるが、上述した技術が大量の電力を必要とし、 地球の資源を無尽蔵に消費しつつある流れと軌を一にして、人々が電子空間 に移住するとしたら、そこでは信じられないほど膨大な電力が消費されてい くことは想像するに難くないだろう。 もちろん、これまでの技術の発展が、電力に大きく依存してきたことは間 違いないであろうし、そもそもデジタル技術の根本には電子的な 2 進法があ る。しかし VR 空間の活用におけるパラドックスは、空間的なものである。 すなわち VR 空間がこれまで以上に生活のための空間および人々の交流空間 として活用されるようになればなるほど、電力を膨大に必要とする。こうし た需要から森が伐採されソーラーファームがつくられたり、原子力によって 得られた電力が活用されたり、石油を消費して生産される電力が利用されて いくことは自明であるが、VR や MR 空間をより豊かにデザインし、人々を 惹きつけ、大量に引き込むことは、同時に環境や森林、および景観のような 実空間を破壊していくことにもつながりうるのである。 昨今のウェブデザインや UI(User Interface)デザインの潮流において Cookie などの解析ツールを用いてデータを大量に取得しながら、いかに人を 長時間そこに滞在させ、購買行動に誘導できるかといった視点から最適化を 行う潮流を見れば明らかなように、VR 空間においても、経済的合理性の観 点から、人をできるだけ長く滞在させ、企業や事業者にとって都合のいい活 動をユーザーが行うようにデザインが行われていくことは明らかであると考 えられるのであるが、そうした状況が実際に社会に浸透すれば、基本的に人 は徐々にではあっても VR 空間を頻繁に利用するしかなく、地球環境を破壊 しながら仮想世界に没入するというパラドックスが助長されていくと考えら れる。 一方で、廣瀬や舘らが指摘したように 19、VR を用いることで、商品開発 のためのプロトが効率よく作れたり、安全に検討できたり、環境負荷を減ら したりすることも可能である。同時に、環境破壊による異常気象や海水面の 上昇による街の沈没を、実際にリアリティを伴って人々に体験させることで、 警告として VR や MR を用いることも可能であるのであるが 9、こうした観 点に共通するのは、VR 空間や MR 空間への快適な滞留を目的とするという よりもむしろ、実空間の設計や環境をよりよくするために VR や MR を活用 するという立場であると考えてよいだろう。 すなわち、VR および MR 空間を設計対象として扱うか設計ツールという 道具として扱うかどうかは、技術への偏重に伴う人間の環境そのものへの向 176


き合い方を左右する態度を反映しているものでもあり、設計ツールという道 具として VR 空間を活用していくことを狙うことは、常に実環境を豊かにデ ザインしていく視点が中心に据えられている態度として理解することができ るだろう。 もちろん、一方で、VR 空間を適切に設計していくこともまた重要である。 新たな電子化された空間を適切に設計することで、これまでにない医療空間 として扱えたり、人々のより良いつながりを可能にする場としても活用でき たりする可能性も指摘できよう。すなわちどちらか一方へ偏重するというよ りはむしろ、適切なバランスを探っていく必要があるのである。 こうした取り組みの一環として付録に著者が製作した、MR デバイスであ るスマートグラスが、スマートフォンに代替し普及した社会における都市構 想作品を収録した。著者は今後も様々な角度からこうしたバランスを探りな がら、新たな空間を構想していきたいと考えている。

177


第8章 VR及びMRの今後の活用に向けたさらなる考察と可能性の提示

8章 参考文献

1. 2. 3. 4. 5. 6. 7.

8.

9. 10.

11.

12. 13. 14. 15.

178

修士論文

木田元 : 技術の正体 . deco, 2013. マルティンハイデッガー : 放下 . in ハイデッガー選集第 15 巻 理想社 , 1963. 服部桂 : マクルーハンはメッセージ メディアとテクノロジーの未来はど こへ向かうのか? . 2018. 大黒岳彦 : ヴァーチャル社会の〈哲学〉―ビットコイン・VR・ポストト ゥルース―. 青土社 , 2018. マルティンハイデッガー : 技術への問い . in 技術への問い pp. 8–66 平凡社 , 2013. メルロ・ポンティ : 知覚の現象学 . 法政大学出版局 , 1945. Banakou, D., Kishore, S. & Slater, M. : Virtually being Einstein results in an improvement in cognitive task performance and a decrease in age bias. Front. Psychol. vol. 9 2018 Piryankova, I. V. et al. : Owning an overweight or underweight body: Distinguishing the physical, experienced and virtual body. PLoS One vol. 9 2014 Bailenson, J. : VR は脳をどう変えるか?仮想現実の心理学 . 文藝春秋 , 2018. Yee, N. & Bailenson, J. : Walk a mile in digital shoes: The impact of embodied perspective-taking on the reduction of negative stereotyping in immersive virtual environments. Proc. PRESENCE pp. 147–156 2006 Peck, T. C., Seinfeld, S., Aglioti, S. M. & Slater, M. : Putting yourself in the skin of a black avatar reduces implicit racial bias. Consciousness and Cognition vol. 22 pp. 779–787 2013 ルービンピーター : フューチャー・プレゼンス 仮想現実の未来がとり戻 す「つながり」と「親密さ」. ハーパーコリンズジャパン , 2019. Lesley Jacobs, S. : ジンの歴史 . 原書房 , 2018. 佐久間裕美子 : 真面目にマリファナの話をしよう . 文藝春秋 , 2019. 落合陽一 : これからの世界をつくる仲間たちへ . 小学館 , 2016.


16. 17. 18. 19.

LeCun, Y., Bengio, Y. & Hinton, G. : Deep Learning. 2016 doi:10.1038/ nature14539 デジタル・アイデンティティ : Blockchain Handbook for Digital Identity 2018 volume1. blkswn publishers, 2018. Sherry, T. : Alone Together: Why We Expect More from Technology and Less from Each Other. Basic Books, 2012. 舘暲 , 佐藤誠 & 廣瀬通孝 : バーチャルリアリティ学 . 日本バーチャルリア リティ学会 , 2011.

179


Turn static files into dynamic content formats.

Create a flipbook
Issuu converts static files into: digital portfolios, online yearbooks, online catalogs, digital photo albums and more. Sign up and create your flipbook.