原発作業員の幹細胞採取は本当に必要ないのか 虎の門病院血液内科 谷口
修一
原発最前線で作業される方々の事前の幹細胞採取を提言した 1)。だが、原子力安全委員 会からは「現時点で幹細胞採取は必要ない」という回答であったと聞いている。最近の報 道で、原発建屋の中で作業されている方が線量計もつけずに長く働いておられると聞いた。 造血機能障害など生命危機的な被害はともかく、生殖機能破壊はより低い被曝で起こりう るため子どもを希望している作業員は外すべきであるが(もしくは精子・卵子保存)、それす ら怪しいとの報道もなされている。累積被曝量がわからない状況であるから、当然メディ カルチェックは受けておられると思いたいが、4/1 時点で今から医療隊を送ると聞いた。万 が一、過去に白血球数などの血液検査が定期的に行われていないとすると、作業員の人命 軽視も甚だしい。もしかすると、 「幹細胞採取は必要ない」ではなく「それどころではない」 のではなかろうか。これが医学専門家も交えてくだされた判断ではなく、あくまでも専門 ではない方々のみによる行政上の判断であると信じたい。 医学専門家の間でも意見が分かれているように見える。私から見ると、多くは医学的には 同じことを考えているのであるが、最終的には行政と同じように「必要」か「否」かを政 治的に議論している。もちろん、cost-benefit-risk を考えての議論は必要であるが、まずは 医学的にどうなのかの議論をすべきである。Gale RP 博士も幹細胞採取についての発表が 二転三転したように見えるが、彼は、医師として幹細胞採取は good idea だと常に認めつつ、 評論家として cost-benefit-risk の議論をしただけである。この医学的な判断と行政上の判断 は明確に分ける必要がある。 私は自分が同じ作業するなら必ず幹細胞はとっていくと発言した。造血細胞移植医療に携 わる者として、risk と benefit を考えてのものである。Risk についてはもう 10 年来健常人 ドナーさんに幹細胞提供をお願いし、医療内容を全てお話しし(全身麻酔下での骨髄採取と いう選択肢もある)、同意を得た上で通常の保険診療として行ってきた。絶対安全かと言わ れると医療の不確実性を述べるしかないが、現在でも健常人に対して行っている幹細胞採 取をリスクが高いと言うつもりもない。Benefit は前回配信の際に記載したが、基本的には 造血機能破壊に対して確実な効果があり、他の臓器障害に対しては無力であるが、緊急時 の非自己からの移植に比べると、GVHD がないため、他の臓器の治療に専念できるという 明らかな利点があることも付記する。Cost については多くの医薬品企業の賛同を得て、薬 剤等の無償提供が得られており、現時点では最大 15 万円ほどである。
幹細胞採取の是非論については、まず大量被曝がないことが一番の成功である。この場合、 100-1000 人から採取・保存した幹細胞は使われないことになるが、だから保存は「不必要」 と言えるのだろうか?
数名が不幸にして大量被曝し、幹細胞を戻して造血機能が回復し
たら「必要」だったというのだろうか?
いずれも No だ。この件を、海外旅行時の保険と
たとえる方がいる。私個人は、幹細胞が命を救う武器になりうるのでお金が戻ってくるだ けの保険と一緒にされるのは少し心外なのであるが……その方がわかりやすければ結構で ある。海外における不測に事態に備えて保険をかけた時、保険が使われることを成功と呼 ぶだろうか。健康で帰国することこそが成功である。重要なことは旅行者が自分の健康と 旅行先の医療事情を考えて自分の判断で保険をかけることにある。私のイメージとしては これに近い。 「必要」「不必要」の議論が、いかに無用であるかわかる。 現場の作業員に、現場の作業の危険度と幹細胞採取の情報が全て正確に提供された上で、 作業員自身が決めるべきである。また企業者はその判断をサポートすべきである。幹細胞 採取に関する情報提供ツールとしては既に虎の門病院で倫理審査を受けた説明文書および 実施計画書がある。作業員を派遣される事業体(東電・防衛省・警察・消防庁・関連する企 業でしょうか)にお渡しすることは可能である。是非、事業体上層部で「必要」 「不必要」の 議論する前に作業員にお渡しいただきたい。現場の作業の危険度については当然説明され ているものと考える 1) http://medg.jp/mt/2011/03/vol85.html#more