OECD 経済審査報告書
日本
主な結論 2019年4月
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成長率は高まったが、 日本は長期的な課題に直面している
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日本の財政の持続可能性を確保するためには詳細かつ具体的な計画が必要
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環境を改善し、気候変動を抑えることにより幸福度が向上すると考えられる
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経済成長は緩やかなペースで継続する見通しとなっている
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雇用の障壁を取り除くことが最優先の課題
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生産性の向上は、労働投入の減少の影響を相殺する上で重要
2 - OECD経済審査報告書 日本
主要な提言 金融政策と金融セクター
• 費用とリスクとを緊密に監視しながら、物価上昇率が持続的に2%の目標を上回るまでの間、金融緩和を継続すべき である。
• 金融監督当局は金融機関に対し、リスク負担が増大している分野におけるリスク管理の改善を促すべきである。 労働力人口減少の緩和
• 企業が定年年齢を設定する権利を廃止するとともに、年齢差別を禁じる立法措置を強化すべきである。 • 新たな360時間の残業規制を厳格に運用し、違反事業者に対する罰則を強化すべきである。拘束力のある最低限の勤 務間インターバルを導入すべきである。
• 保育所の待機児童の解消に焦点を当て、子供を持つ女性が労働市場からの退出を余儀なくされることを無くすととも に、教育と雇用における女性差別を防止する措置を強化 すべきである。
• 教育も含め、外国人が日本に順応することを支援するプログラムを提供するとともに、賃金の公平な処遇と外国人労働 者を呼び込むために必要な諸条件を確保すべきである。 生産性の向上
• スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードの原則の履行を注意深く監視し、多額の現金準備を投資 に振り向けること、取締役会の多様性の向上、株式の相互持合いの減少を促すべきである。
• 労働力不足に直面する中小企業の合併や事業分割・譲渡を促し、生存能力のある企業への経営資源の統合を推進す べきである。
持続可能な財政の実現
• 具体的な歳出削減策と、更なる漸進的な消費税率の引上げを含めた税収増加策とを備えた包括的な財政健全化計画 を策定し、財政の持続可能性を確保すべきである。
• 長期在院療養を縮減し、在宅ケアへと重点を移すべきである。後発医薬品を医療保険の償還基準とすることでその使
用を更に促進するとともに、所得と資産を評価する有効なシステムを通じて応能負担原則を確立することにより、高齢 者の自己負担率を引き上げるべきである。
• 公共サービスや社会資本の行政区域を越えた共同運営やコンパクトシティの形成を推進すべきである。 • 高齢者の雇用を拡大する措置を講じつつ、年金の支給開始年齢を65歳以上に引き上げ、十分高い水準の所得代替率 を維持すべきである。配偶者控除など、労働参加を阻害する税制や社会保障給付制度のゆがみを取り除く一方、被用 者保険の対象を拡大すべきである。 グリーン成長の促進
• 2050年を視野とする温室効果ガスの低排出型の発展に向けた戦略を策定すべきである。 • 送配電業者が垂直統合された既存電力事業者から十分に独立することを確保して電力市場における競争を促進する とともに、地域間連系線の容量を拡大すべきである。
• 経済社会に及ぼす影響を考慮しつつ、実効炭素価格を徐々に引き上げるべきである。
OECD経済審査報告書 日本 - 3
成長率は高まったが、日本は長期的な課題に直面 している 現在の日本の景気拡大局面は戦後最長となっている。
アベノミクスの三本の矢―大胆な金融政策、機動的な 財政政策及び構造政策―に支えられ、一人当たり産出 の成長率は2012年以降加速し、OECD平均付近に達し た(図A)。長引く物価下落は終わり、財政赤字は2012 年の対GDP比8.3%から2.4%程度にまで低下した。
図B. 2050年の日本の人口は OECD加盟国の中で最も高齢化が進行
図A. 日本の一人当たり産出の 成長率は加速した
備考:65歳以上人口の20-64歳人口に対する比率。 出典:OECD 人口統計データベース 。
出典:OECD 経済見通しデータベース 。
日本は人口の高齢化と高水準の政府債務という相互に 関連し合う課題に直面している。高齢化の一部は平均 寿命の延伸によって進行している。2007年に生まれた 子供の2人に1人は107歳まで生きることが見込まれ ており、 このことが労働市場に与える意味は大きい。高 齢者の生産年齢人口に対する比率は2015年の50%か ら2050年には79%に達し、OECD加盟国の中で最高水 準を維持し続ける (図B)。
高齢人口の増大は1992年以降社会保障経費を急増さ せている。27年続く財政赤字により、政府の粗債務残高 対GDP比は2018年にOECD加盟国の中で過去最高の 226%に達した。政府の試算では、人口高齢化により医 療・介護支出が2060年までにGDP比で4.7%上昇する と見込まれている。支出が増加する一方、高齢者一人当 たりの生産年齢人口が2.0人から2050年には1.3人に まで減少する中で、日本の社会保障の持続可能性を確 保するための措置を講ずることは最優先の課題である。
4 - OECD経済審査報告書 日本
経済成長は緩やかなペースで継続する見通し となっている 世界貿易の減速による輸出の弱含みに伴い、経済成長は2017年以降減速している.
とはいえ、労働及び生産設備の不足と記録的高水準 の企業収益が設備投資と賃金を下支えし、経済成長 は2020年にかけて¾%程度で推移すると見込まれ る。2019年10月の消費税率の8%から10%への引 上げの一時的な影響は、 これを緩和する財政措置によ って2014年の税率引上げ時よりも小さくなると見込ま れる。
日本銀行は、 リスクやその他の問題を考慮に入れつつ、 物価上昇率の目標が達成されるまでの間、金融緩和を 継続すべきである。消費者物価指数の上昇率は2016 年にマイナスを脱したが、2%の目標を下回った状態 が続いている。量的・質的金融緩和の下で、中央銀行が 保有する国債はGDPの85%に達している (図D)。
世界経済の不確実性が経済見通しの重荷となる。貿易 摩擦が経済活動の見通しに翳りをもたらし、投資やグ ローバル・バリュー・チェーンの攪乱要因となっている。 また、日本は中国の国内需要の減速に対しても脆弱で ある。国内では、賃金の成長が大きな不確実要因であ る。民間消費を下支えする上では、基本給の上昇率の 引上げが重要である。
図D. 日本銀行の保有国債は劇的に増加した
図C. 経済成長は2019年及び2020年に¾%程度で成長する見 通しとなっている
1. 日本は2019年3月、米国は同年1月、 スウェーデンは2018年11月の 値。 出典:OECD 経済見通しデータベース。
1. 2019年の消費税率引上げの影響を除く。 出典:OECD 経済見通しデータベース。
OECD経済審査報告書 日本 - 5
日本の財政の持続可能性を確保するためには 詳細かつ具体的な計画が必要 政府は現在、2025年度の基礎的財政収支黒字化を目標としている
期待を下回る経済成長、累次の補正予算の編成、消費 税率の8%から10%への引上げの延期により、2018 年度の基礎的財政赤字のメルクマールは達成されな かった。加えて、2019年の消費税率引上げによる追加 的な税収の一部を新たな社会保障支出に充てること が決定された。 こうした状況の中で、2010年に決定さ れた2020年度の基礎的財政収支黒字化目標は現実 性を失った。日本は具体的な歳出削減と税収増加策を 盛り込んだ包括的な財政健全化計画とともに、その実 行を担保する財政政策の枠組みの強化を必要として いる。OECDの試算によれば、2060年までに政府債務 残高GDP比を150%にまで低下させるためには、GDP 比5%から8%程度の基礎的財政黒字を維持するこ とが必要である。. 歳出増加を抑制するには、医療・介護に焦点を当てる 必要があり、医療・介護に投入される資源をより効率的 に活用しつつ、質の高いケアを提供することが求めら れる。優先的課題として、病院における長期療養を介 護にシフトさせるとともに、在宅ケアに焦点を当てるこ と、後発医薬品の更なる使用促進、予防的ケアの改善 が挙げられる。日本の総人口が2050年までに5分の 1減少して1億人程度となることが見込まれる中、多く の地域が人口減少に直面している。医療・介護や社会
資本を含め、行政区域を越えた公共サービスの共同運 営やコンパクトシティの形成により、行政運営の効率性 が向上すると考えられる。 日本は主として消費税に依拠して歳入増加を図るべき である。 これは消費税が相対的に安定的な財源である こと、経済成長を阻害する効果が小さいこと、世代間の 公平性を改善する効果をもつことによる。現行の8% の税率はOECD加盟国の中で最も低い部類に属する。 十分な水準の基礎的財政黒字を消費増税のみによっ て確保するためには、OECD平均である19%を超え、税 率を20%から26%の間の水準へと引き上げることが 必要となる。環境に関する税を現在の比較的低い水準 から引き上げることも有益であろう。 さらに、個人所得 税の課税ベースの拡大は、格差や労働供給に対する負 の誘因を縮減させつつ税収を増加させるであろう。雇 用と成長を促進する政策は財政健全化にとって決定的 に重要である。
6 - OECD経済審査報告書 日本
雇用の障壁を取り除くことが最優先の課題 労働市場への参入・退出率に変化が無いとの仮定の下では、2050年までに労働力人口は4分の1 減少する。.
終身雇用、年功序列賃金、定年制という日本の伝統的 な雇用制度は人生100年時代への適合性を著しく欠く ものであり、女性や高齢者の雇用と労働市場の流動性 を阻害する。60歳で再雇用される人々の多くが責任が 軽く賃金の低い非正規雇用に転じることを踏まえれば、 企業が定年年齢を60歳に設定する権利を廃止するこ とは、雇用の拡大と生産性の向上につながることとなろ う。定年制の廃止はまた、年功序列賃金の役割を低下さ せ、女性労働者に多大な恩恵をもたらすと考えられる。
い非正規雇用の3分の2を女性が占めることを考えれ ば、労働市場の二重構造の打破も不可欠である。 このこ とは、所得格差や貧困をもたらす重要な要因の除去に もつながることとなろう 外国人労働者の役割の向上は不可欠である。新たな在 留資格が、比較的技能の低い外国人に対し、労働力不 足に直面する分野での就労を認めたことは、 これに向 けた大きな一歩である。
女性は雇用の障壁に直面しており、指導的地位に占め る割合も低い。例えば、衆議院で女性が占める割合は約 10%に過ぎない。女性に対する障壁を除去するには、i) 年間360時間の残業規制を厳格に運用し、仕事と生活 の調和を図ること、ⅱ) 保育所の待機児童を更に減少さ せること、ⅲ) 早期の昇進を伴うキャリア・パスから女性 を排除する差別を廃することが必要である。賃金が低
環境を改善し、気候変動を抑えることにより幸福 度が向上すると考えられる 日本は二酸化炭素排出量及び大気汚染の減少という課題に直面している。
日本はより効率的な火力発電所の新設を計画してい る。 とはいえ火力発電所は他の発電所よりも多くの二 酸化炭素を排出する。優位性を増しつつある再生可能 エネルギーの使用拡大は、二酸化炭素排出量の減少と 大気の質の改善をもたらしうる。そのためには、電力市 場への参入促進が必要である。既に高水準となってい る電力価格や日本で経済社会に及ぼす影響を考慮に 入れつつ、徐々に炭素価格を引き上げることは、費用対 効果の高い方法で排出削減を達成し、日本の高いエネ ルギー効率を更に向上させるための選択肢の一つとな ろう。
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生産性の向上は、労働投入の減少の影響を相 殺する上で重要 労働時間当たりの生産量はOECD加盟国の上位半数と比べて4分の1以上低い
政府は2020年までに労働生産性の伸び率を倍増さ せ、2%とする目標を設定した。鍵を握る分野の一つは コーポレートガバナンス改革であり、 これを通じて企業 が保有する多額の現金が設備投資や賃金へと振り向け られる可能性がある。2015年に日本はコーポレートガ バナンス・コードを導入したが、 これまでのところ、主な 変化は実質面よりも形式面に表れてきた。政府は同コー ドの実施、 とりわけ、政策保有株式の減少や取締役会の 多様性の向上の状況を緊密に監視すべきである。
図 F. 日本における大企業と中小企業の 生産性格差は大きい
図 E. 日本の労働生産性は低く、 労働投入量は多い 出典:財務省。
不可欠である。政府は中小企業に対する信用保証及び 保証債務の比率を縮減させた。更なる支援の縮減は、 金融機関による適切な監督と、中小企業の生産性向上 への動機を強化することにつながるであろう。起業を促 進し、個人保証の活用を減少させる政策を首尾よく実 行することで、革新的な企業の創造が加速されよう。中 小事業主の高齢化は、事業承継の問題を引き起こす一 方、規模の経済を実現する機会をも提供する。
出典:OECD 経済見通しデータベース。
もう一つの優先課題は中小企業に係る改革である。中 小企業に対する手厚い政策支援にも関わらず、2017 年度における大企業製造業の生産性は中小企業よりも 2.5倍高く、国際的に見て大きな生産性格差がある (図 F)。生産性格差の是正は包摂的成長の実現のために
OECD 経済審査報告書
日本 日本は現在、戦後最長の景気拡大局面にあり、2012年以降の一人当たり産出の成長率はOECD平均付近となって いる。 しかしながら、景気拡大はピークを越え、世界的な不確実性が今後の見通しに翳りをもたらしている。拡張的 な金融政策と2019年の消費税率の引上げを相殺する財政措置に支えられ、緩やかな経済成長が継続すると見込 まれる。女性の労働力参加の拡大にもかかわらず、 日本の人口減少と高齢化を反映して労働力不足は深刻化しつ つあり、労働市場改革の重要性を強調している。年功序列賃金や定年制といった伝統的な雇用慣行は、人生100年 時代には適合しないものとなっている。企業が定年年齢を設定する権利の廃止や、女性の雇用を阻害する要因の 除去等を含めた包括的な改革が不可欠である。人口高齢化はまた、公的社会支出や、既にGDP比でOECD加盟国 の歴史上最高水準に達している政府債務を更に上昇させる圧力となっている。 日本は、具体的な歳出削減と歳入 拡大の方策を備えた包括的な財政健全化計画を策定し、財政の持続可能性を確保することが必要である。医療・ 介護支出の増加を抑制するとともに、人口減少の下で地方公共サービスの行政区域を越えた共同運営を拡大する ことや、 コンパクトシティを形成することが不可欠である。
特集:人口高齢化の下での労働市場の改革、財政の持続可能性の確保