構造安全性から見た わが国の建築士制度の考察
東京大学工学部 建築学科卒業論文 石原隆裕
【目次】 頁 初めに
0. 序
0-1 初めに
……1
0-2 本論の史観
……1
0-3 構成
……1-2
0-4 素材
……2
第一部 時系列に沿って 1. 建築士法以前
2. 建築士法成立
3. 現実からの乖離
1-1 明治黎明期
……3
1-2 市街地建築物法時代の設計資格と建築代願人
……3-4
1-3 日本建築士会からのアプローチ
……4-5
2-1 戦災復興院の建築士法
……6
2-2 四会連合会の建築士法
……6
2-3 内藤亮一の建築士法
……7-8
2-4 衆議院法制局および田中角榮の建築士法
……8-11
3-1 理念と現実が乖離する背景
……12
3-2 木造建築士
……12-19
3-3 耐震偽装
……20-26
第二部 俯瞰的、分析的視点から 4. 構造技術者か建築関係者か
5. 設計施工分離論 6. 伝統木造論
7. 民間からの資格制度提案
8.提言
4-1 理想過ぎた主旨
……27
4-2 architectへの回収
……27
4-3 建築関係者への拡散
……27-28
4-4 規制に傾く法体制
……28
4-5 視点をかえて
……28-29
5-1 日本の業界構造
……30
5-2 安全性と設計施工の分離
……30-31
6-1 木造の三類型
……32
6-2 技術体系の相違の問題
……32
6-3 技能士と建築士
……32-33
6-4 法基準という思考停止
……33
7-1 専攻建築士
……34-37
7-2 JSCA建築構造士
……38
7-3 JIA統括建築士
……38-39
7-4 法規外の資格の存在理由
……39
8-1 建築の構造安全性に対して積極的な存在を
……40
8-2 職能団体の充実を
……40
終りに 9.結び
……41
参考資料編 主要資料、統計集成、関連団体の系統
謝辞
初 め に
0. 序
が社会的状況の変化の中でどのように変化したのか、特 に建築士の構造安全性に対する責任を行政や社会がどの
0-1初めに 建築物の質を向上するために、的確な建築に係る法制 度が存在することは重要である。わが国において物に対 しては建築基準法が、業務に関しては建設業法が、そし て人に関しては建築士法が制定されている。建築物に関 する法は戦前から市街地建築物法が存在したが、建築士 法の制定は戦後の昭和25(1950)年である。建築士法が制 定される以前は日本では建築の設計者を定義する法律は なかった。昭和25(1950)年になってはじめて建築士なる 資格がつくられたわけだが建築士資格の創設が建築を生 業とする人間にとっては大事件であったことは言うまで もない。また、日本の建築士は西洋のarchitectから発想 されていながら、我が国独自の制度であるとも言える特 異さをもっている。それゆえ、その成立過程にはこれま でに熱意ある研究がなされている。 建築士に関する主要な研究には、史的展開に関して村 松貞次郎ら1、速水清孝 2の文献があり、建築士制度だけ の研究ではないが建築家の職能論としては市浦健の文献 3 が詳しい。また、構造安全という観点を中心に据えたも のは大橋雄二の文献4が存在する。これらは建築士法の成 立した昭和25(1950)年までを中心に扱っているため、そ れ以後の出来事、例えば耐震偽装問題以後の建築士制度 に関する研究は含まれていない。 一方で、現在の建築法規研究の主要な動機の背後には いわゆる姉歯事件に端を発する一連の耐震強度偽装事件 が存在し、研究する際の主要な視座は構造安全性をいか に確保するかという点にある。すなわち現在の法制度の 問題点と未来の法改革を目指した議論が構造安全性とい う観点で行なわれている。そこには現在に到るまで建築 士制度のたどってきた経緯への眼差しはない。 俯瞰してみると、建築士法に関する研究・議論は時間 的には始まりの点(成立の過程)と終りの点(現在の法 制度)に離れていて、その間を埋めるものが存在しない ということになる。また、内容的に見ると、建築士資格
ように考えてきたのかは問われていない。建築士法成立 時までの経緯に関しては、上で挙げたように優れた先行 研究がありながら、管見によれば、成立後の運用と修正 の史的展開を追う研究はこれまでなかった。この 間の歴 史 を、特に 構造安全性の確保 という当初建築士が担う はずだった責任に注目して書くことで、現在の建築士資 格・建築法規の議論をもっと豊かにできるのではないか と言う発想が本論文の源泉である。 本論は歴史的視座に立って現代の建築士制度を見つめ直 し、建築士の法的なあり方を明らかにするものである。
0-2 本論の史観 はじめ、建築基準法が建築物の最低限の品質を保証する ことで建築の安全性を下側から支えている法であるのに対 して、建築士法は技術者の参与を促し安全性を上側から引 き上げる法であった。次第にそれが単なる建築申請の免許 に矮小された過程が存在する。さらに現在では建築技術者 を規制する法に変えてしまったために、日本は建築の構造 安全性を向上させない法制度を確立している。
0-3 構成 本論文は戦前の建築に関連する法規・条例や建築士法 制定運動から始まり、近年の建築士法改正に至るまでを 概観して、建築の構造安全性と建築士という制度の関連 を考察する。その中で、運用の中で建築士制度が建築士 法の制定時の主旨から乖離していることを指摘する。さ らに、現行の建築士制度がその乖離をさらに推し進めて いることを明らかにし、構造安全性の保証者としての建 築士のあり方を考察する。 構成は以下のようになっている。適宜、目次を参照さ れたい。 第一部は時系列に沿っての制度の変遷を追っていく。 1章は建築士法制定以前の法令と建築士法制定運動を扱 う。2章は現行の建築士法の直接の源になっている戦後
1日本建築学会(編)『近代日本建築学發達史』丸善、1972年。
速水清孝「建築行政官の建築士法に対する意見―建築士法の成立過程に関する研究 その1―」『日本建築学会計画 系論文集』第598号、2005年12月など、巻末に詳細を記す。 2
3
村松貞次郎・市浦健『建築学体系37 建築学史 建築実務』彰国社、1968年。
4
大橋雄二『日本建築構造基準変遷史』日本建築センター、1993年。 ―― 1 ――
の官民の動きを整理する。これによって、建築士法のな かで建築士がどのように位置づけられたかを起源に帰っ て確認することが目的である。3章は建築士法が施行さ れ、実際に制度運用されるなかで建築士の位置づけが変 化していった様子を2回の法改正を切り口にして明らか にする。一つ目は木造建築士の創設であり、二つ目には 構造設計一級建築士・設備設計一級建築士の創設であ る。第二部では第一部で観てきた内容を踏まえ俯瞰的な 視点から建築士制度への考察を加える。4章では創設の 理念と現実との乖離の原因などを考察する。5章は建築 士制度の議論に通時的に存在した設計施工の分離の問題 を扱う。6章は木造(特に伝統木造)をどのように位置 づけるのかという問題を考察する。7章は建築士の法制 度の外で、民間が提案してきた資格にどのようなものが あるのかという現代の議論である。構造の技術者ではな いが、統括建築士という建築家協会の提唱する建築士も ここで紹介する。 最後に8章で分析を総括し建築士制度 への提言を試みる。9章が結である。
0-4 素材 建築士法成立以前の歴史は先行研究を取りまとめてい る。必要に応じて建築学会誌『建築雑誌』などに出てく る記事を参照している。 建築士法の成立の2章以降は建築士法に関する各立場 の考えを整理することで、この資格の法的・社会的位置 づけを明確にする。行政の立場については国会審議の場 で質疑応答されている内容から建築士制度に対する考え を抽出している。そのため一次資料として国会会議録を 利用した。 耐震偽装問題に関する国会審議に関しては政 府や議員の立法のために作成した公的な参考資料も利用 している。 また関連団体の意向や主張は『日刊建設工業 新聞』や日本建築士会連合会の会誌『建築士』や日本建 築大工技能士会『建築情報』を中心に採集した。同時 に、政府や各団体の判断を決定づけたであろう建設業界 の状況を客観的に把握するため、建設省の統計を利用し ている。 現在の議論では民間資格の制度の認定を行なう各団体 のホームページや会誌を情報源にした。 重点的に利用した資料は末尾にまとめて紹介している のでさらなる研究を志す諸子は参照されたい。 ―― 2 ――
第 一 部 ――時系列に沿って――
1.建築士法以前
験に基づく試験で1級と2級に分けられていた。9
1-1明治黎明期 明治の初期には、防火の観点から東京府による「防火 路線屋上制限」の府達など、火災に対する危機管理の観 点から建築物の構造種別の制限がなされていた。5しか し、地震や風に対する建物の構造安全性に関する議論は なされていない。明治24(1897)年に濃尾地震が起こって から耐震の議論が建築学会でも盛んになり、大正3 (1914)年にまとめられた佐野利器の「家屋耐震構造論」 で理論化されている。この研究がのちに佐野、内田祥 三、笠原敏郎らが市街地建築物法(大正9(1920)年)を
1-2 市街地建築物法時代の設計資格と建築代願人 建築学会の東京市条例案では存在した設計資格に関す る項目が、その発展形であるはずの市街地建築物法では なくなっている。なぜ建築設計資格が法制化されなかっ たのか様々な理由が考えられるが、大橋(1993)は主 な理由として 1.
た。 2.
を建築物に関する制限で確保しようとしていた。
建築士会による建築士法案に関しては後述) 3.
職としては明治42(1909)年に定められた大阪府の建築規
された。 4.
いたため、それら以外の者の必要性は少ないと判断
が、その業務に当たる人間に資格などは求めていない。6
築学会の曾禰達蔵、中村達太郎、内田祥三らを中心とす るメンバーが携わり考案された「東京市建築条例案」の なかで、設計者に一定の学歴が求められ、現在で言う申 請書類に署名を求めるように定められているのが、最初 期の専門職規定であろう。7この市条例案の作成にあた り、欧米の法規を参照している。この案は市に提出され
鉄骨造、鉄筋コンクリート造等の建築物は、建設数 が少なく、設計は高等建築教育を受けた者が行って
則で建築物の届出に際して設計者の署名を求めている
実行された法規ではないが、東京市から依頼を受け、建
木造建築物は、大工・棟梁等による生産体制が確立 していたため、新たな法制は必要性が少ないと判断
では、職能という観点ではどうであったか。市街地建 築物法以前の建築関連の法規・法令にみられる建築専門
日本建築士会の建築士法案は建設業界から反対さ れ、法制化不可能と判断された。(【筆者註】日本
作成するにあたり、木造建築物の耐震の基本的考え方を 与えている。この時期の法令は基本として、構造安全性
既存の業務従事者からの規制への反対が予想され
された。10 としている。設計者に関する建築物法の条項は申請書類 の設計図書に氏名住所を記載するという業務の規定であ り資格の規定11ではない。注目すべきものとして、この 時期には建築関連の資格として建築代願人がある。これ は、市街地建築物法によって警察に建築行為を申請する 必要が生じ、「建築主になり代わって、あるいは建築家
るも、市長の交替によって実現せず、警視庁、内務省と 相手を変えて行政に持ち込まれ、結果「市街地建築物 法」が出来たのである。8市街地建築物法に関しては次章 で詳細にみる。内地の例ではないのだが、植民地の大連 市で規定された「大連市建築規則」および「大連市建築 規則に依る主任技術者検定規則」において主任技術者と いう名称で設計資格を定めており、これは学歴や実務経 5
前掲註4、pp.31-34.
6
同上 、p.52.
7
同上、p.61.
8
内田祥三ら「都市と建築とその法規をめぐる諸問題」『建築雑誌』888号、1960年8月、p.427.
9
前掲註4、p.73.
10
同上、p.264.
11
同上、p.111. ―― 3 ――
の事務繁忙を助けるため、建築の申請手続きを代行する
市街地建築物法から建築基準法へと転換する間には第
者が現れ」12たもので、当初は法律規制は存在しなかっ
二次世界大戦が挟まっており、室戸台風の被害があっ
た。建築関連業務とはいえ、これは基本的に法律事務で
た。大戦中は市街地建築物法は停止し(昭和18(1943)
あり、大橋は「建築代願人は建築設計者も含むが、代理
年)、戦時下での物資統制や爆撃に抵抗する建築の強さ
人は手続き代理業務を行う者で、この制度は設計資格で
などが建築物規制に大いに影響を与えたが、このような
はない」13としている。代願人の実態は
状況にあって行政の事務処理の簡便化のためにも建築代
1.
建築代願代理を専業とせるもの
理士の存在は大きくなったと考えられる。
2.
代書人にして建築代願代理を為すもの
3.
建築請負業者が関係工事の代願代理を為すもの
1-3 日本建築士会からのアプローチ
4.
大工職にして関係工事の代願代理を為すもの
明治から大正、昭和の初めまで、地方条例では技術者
5.
建築設計を業として関係工事の代願代理を為すもの
の規制がなされていたが、国レベルでの法は基本的に建
であった。14しかし、一部の悪質な代願人が違反建築に
築物に関するものであり、設計資格は定められていな
関わっていると考えた行政により、「昭和5年には建築
かった。しかし、日本建築士会を中心とする業界団体か
代願人は取締の対象なり、以後各府県で規則が設けられ
らは何度も欧米的な建築家の職能を規定する法案が出さ
るようにな」った。15この地方行政による代願人の規則
れ、国への働きかけがなされている。この節では大学出
には試験の実施も含まれており、建築代願人の業務には
身の建築家を中心とする建築士法案提示の一連の流れを
製図や測量も含まれていた。そのため次第に代願人は単
見ていく。
なる書類作成の代理人ではなく、技術者としての側面を 強くしていったと考えられる。同時に、行政の側も建築
1-3-1日本建築士会の成立
代願人に小規模住宅の設計・監理の場での活躍を期待す
まず、ここで議論する日本建築士会というのは、現在
る向きがあり、建築士法の制定の後に条例として制定さ
の日本建築士会連合会のことではなく、大正3(1914)年
れた代願人は「建築士資格を得ることが難しいことの予
に発足した全国建築士会が翌大正4(1915)年に改称して
想される、そのとき現に建築代願業務を行っていた者た
出来た日本建築士会のことであることを確認しておく。
ちの既得権を保護するためにに設けられ得た」16という
これが現在の日本建築家協会(JIA)の源流である。そも
見方もできる。小規模住宅の設計・施工業務に当たる業
そも日本建築士会は少数エリート専門家としての建築家
者の既得権益を守るという観点で言えば、後の二級建築
が集まって出来た団体である。当時は建築学会内で佐野
士、木造建築士の問題と同様の構図である。
利器を筆頭に構造分野が台頭してきたころであり、「建
このように、代書人(現在で言う行政書士)から始
築学会は、建築家の団体から建築工学者、あるいは広く
まった建築代願人は建築士法の設立に際しても自らの既
建築学者の団体へと大きく性格を変えていった」 18時期
得権を守るために活動17し、この圧力の結果として、資 格試験の実施されない初年度には、実務経験のみで建築 士に選考され得るという附則が盛り込まれた形で、建築 士法は制定される。この点に関しては2章で触れる。 速水清孝「建築代理士制度の成立と展開―建築士法の成立過程に関する研究 その2―」『日本建築学会計画系論文 集』第601号、2006年3月、p.199。 12
13
前掲註4、p.93.
14
前掲註12.
15
同上、p.200.
16
同上、pp.201-202.
17
同上、p.202.
18
前掲註1、p.2053. ―― 4 ――
であった。そのような状況下で建築家の職能を確立しよ うとした200名ほどの人間が集まって日本建築士会はで きたのである。
1-3-2 建築士会の建築士法案 成立時から日本建築士会は欧米的な建築家の職能を確 立することを目標にしており、帝国議会に建築士法案や 建築士法制定の建議を提出すること12回に及ぶ。19しか し、この努力は結局実らず、第二次大戦に突入する。こ れらの法案は幾度かの変更を受けているが、その中で特 に議論されたのは当初案に第6条として載せられた建築 士の兼業禁止である。 この点を強調すれば建築士法は業務法となり、妥協 すれば資格法となるきわめて重要なキー・ポイント である。戦前および戦後における建築士法制定運動 の絶え間ない蛇行の軌跡も、また、この第6条を基 点として測定できるのである。20 日本の建設業界は大工の組織を元にしている会社が多 く、設計施工の総合請負であることから、設計施工の分 離は現実の状況からの大きな転換を迫るものである。大 学卒のごく少数の建築家が設計事務所を構えていたが、 実情は多くの建築物が総合請負の施工会社によっている 中で兼業禁止しようとすれば当前反発が生じる。 建築士法に関して日本建築士会が賛否を問うアンケー トを実施した際の返答も建設会社の関係者からはこの点 で反対を受けていた。21建築士会の目指していた欧米的 な建築家の職能法として建築士法を制定するためには、 施工会社からの独立を意味する兼業禁止は不可欠といえ る。しかし、法律の成立のためには業界内の賛同を得る 必要があり、この点に関しては何度も妥協と強硬化が繰 り返された。「日本社会の現実への妥協とレジストと が、絶えず振り子のように振れていた。苦難の歴史であ る。組織の内においても外に対しても。」22日本建築士 会の建築士法は建築家たちの非現実的夢想という側面が 見え隠れするものだった。
19
前掲註1、p.2055、具体的には第50,51,52,56,59,64,65,67,70,73,74,75回。
20
同上、p.2060.
21
同上、このアンケートは学校長、建築学会などの関連組織、学会正会員の計587回答を得ている。
22
同上、p2090. ―― 5 ――
2. 建築士法成立
結局この「建築法」は成立せずに戦災復興院は建設院
戦後、ついに建築士法が成立する。しかし、それは建 築士会の目指していた職能法ではなく、名前を同じくす る全く異なる性質のものだった。
となりさらに建設省に改組される。その結果、建築士法 は建設省住宅局のなかで扱われていく。
2-2 四会連合会の建築士法 一方、行政の建築法案とはまた別に、昭和23(1948)年
2-1 戦災復興院の建築士法 第二次世界大戦後、国土再生のために設けられた、戦 災復興院であるが、建築に関しては建築法規調査委員会 が設けられた。「 市街地建築物法の改正でその他建築法 規を整備 するため、戦災復興院総裁の諮問に応じて、建 築法規の整備に関する事項を調査審議するものであっ た。」23この委員会では現在の建築基準法と建築士法、 建設業法など合わせた包括的な「建築法」に関する議論 がなされたが、建築士資格に関しては数章しかないにも 関わらず、「しかしそれは、その審議の中では最も重点 的に、関心を集めて行なわれたようである。」24建築の 国家資格に関して、建築士会からではなく、行政の側か ら動きが出たことは大きな転換であった。同時に、この 動きには建築士会との連関も推測される。 ただ注目されることは、日本建築士会が、戦後いち 早く「建築士法」案作成に取り組んだが、昭和21年 前半から進駐軍工事に忙殺されて、一時その動きが 休止したころから、戦後復興院での試案作成が本格 化し、日本建築士会の意見聴取が行なわれていたこ と、そうした準備のうえで「建築法規調査委員会」 が設置されたころから、日本建築士会における「建 築士法」案運動が、再び活発になったことなど考え あわせると、復興院と士会両者の間に、かなり密接 な交流があったと思われることである。25
から日本建築学会を中心に、日本建築士会・日本建築協 会および全国建設業協会の4会からなる 建築技術者の資 格制度調査に関する四会連合委員会 が建築士法案の作成 に取り組んだ。この四会連合会は法案の作成や行政への 建議のみならず、建築士法の成立後も施行令や建築士選 抜の検討を行った。26注目すべきはこれまで建築士法に 積極的だった日本建築士会ではなく建築学会が中心であ る点で、建築界が総力を挙げて建築士法の成立を具体的 問題として取り組んでいた様子が伺える。以前の建築士 法はゼネコンの反対があったわけだが、全国建設業協会 から四会連合会に参加した委員には戸田利兵衛はじめゼ ネコンの関係者が含まれていたこともあり、設計施工の 分離が条文として含まれていない。27 この点からも、日 本建築士会がかねてから活動を繰り広げてきた建築士法 とは性格が異なるものである。それでは建築士会が不平 を抱きそうであるが、建設省住宅局が建築士法の成立に 向けて動き出す際、日本建築士会上層部(中村伝治会 長、石原信之専務)に対して「建築学会、建築士会、建 設業界その他各界に所属している建築技術者について、 その設計と工事監理に関する資格を定める法案」につい て見解を求め、賛意を得ている28ことから、この時期に は建築士会は法の成立を優先する方向に流れていたこと が分かる。成果物は建設省住宅局に引き継がれ29、この 法案が事実上現行の建築士法の親となる。
どのレベルでの情報交換がなされたかは定かではない が、建設院を経て、建設省となる戦災復興院の建築士に 関する議論で日本建築士会の意見聴取がなされたという ことは記憶しておく必要がある。 23
前掲註1、p.2094.
24
同上、p.2095.
25
同上、p.2095.
26
同上、p.2100、法案成立後は5回の委員会が開かれている。
27
同上、p.2101.
28
内藤亮一「建築基準法建築士法の立法過程と背景」『建築雑誌』1014号、1969年9月、p.578.
29同上、四会連合会から「建築士法(仮称)制定に関する建議」と要項書が国会、政府、政党に提出された。
―― 6 ――
2-3内藤亮一の建築士法
せてぎりぎりの水準で設計される例を目の当たりにした
最終的に国会に法案が提出される時点に、建設省住宅
のである。31これを裏打ちする内藤自身の言葉がある。
局で建築士法整備の先頭にたったのは指導課長 内藤亮一
建築物の質の最低基準を確保するための手段として
だった。日本の建築士の特異性としてしばしば指摘され
建築法規の施行は欠くことができないが、その質的
る構造技術者を内包するという点は、この人物に負うと
水準の向上を計るためには、広く建築士の協力を得
ころが大きいと見られ、その背景と考えられる彼の来歴
ることが要件の1つであるというのが筆者の建築行
をまず紹介する。30
政上の経験から得た結論であった。32 この見地から考えると、同時期に成立した二つの法であ
西暦 1905
事項 愛知県 内藤利兵衛・とき 長男に誕生(12月18日)
1918
菅原尋常小学校卒業(3月)
1923
東海中学校卒業(3月)
1927
第八高等学校理科甲類卒業(3月)
いう構成である。国家が資格を与えた建築士が一般建築
東京帝国大学工学部建築学科入学(4月)
を手がけることで多くの建築物に技術参与を期待したの
同卒業(3月、卒業論文:『二十世紀ノ形態ノ問題』)
である。これは、戦前から「庶民的住宅の、いかにも技
大阪府警察部建築課 建築技手(5月)
術的に貧しいことを痛感し、彼らが学校で学んだ建築学
1936
兵庫県警察部建築課 建築技師(6月)
が、ここではほとんど無縁であることを嘆いていた」33
1941
神奈川県建築課長 地方技師・補建築監督官(8月)
1942
主任建築技術者制度制定(12月26日)
1944
関東軍軍需監理部兼任(8月)
1930
る建築基準法と建築士法は、建築物の質を下から支える のが建築基準法、上から引っ張っていくのが建築士法と
という大阪府の建築課での勤務など、彼の経歴から出た ものであることは先に挙げた速水の研究34に詳しいが、 これが日本建築士会がかねてから建築家の法律として制
内政部住宅課長(9月) 戦災復興院神奈川県建築出張所長(4月)
定を目指していた建築士法とは異なり、技術者の法とい
戦災復興院建築局炭鉱住宅課長(9月)
う性質が強い現行の建築士法に影響していると考えるの
建設院建築局監督課長(1月)
が自然だろう。四会連合会の成果物を利用した建設省案
建設省建設局監督課長兼指導課長(9月)
であったが同じ名称でありながら、我が国の法律で定め
1950
建築士法・建築基準法制定(5月24日)
られた建築士に強い技術者的側面をもたらしたのは内藤
1952
横浜市建築局長(10月、建設省依頼退職に伴い)
1962
横浜国立大学工業教員養成所教授(6月)
1968
東京大学より工学博士号授与(10月)
1971
横浜国立大学定年退官(3月)
1947
1948
1983
亮一であった。 ところで、建築基準法と建築士法はセットで効用を発 揮するものであるのに、建築基準法は建設省提案、建築
建設大臣表彰(7月)
士法は議員立法であるのは不可解に思える。これは建設
技術士試験合格(第7937号、12月)
省内の一課で二つの法案を同時に立法することが業務過
肝硬変で没(3月28日)
多であり、困難であったためである35。それゆえに、建
内藤は行政官として市街地建築物法下の建築物の規制
設省内では基準法を優先させ、士法を1年先送りしよう
が、質の向上に資するものではないと感じるようにな
という流れがあったが36、内藤の建築士法をつくろうと
る。というのは、最低基準を設けてしまうとそれに合わ 速水清孝「内藤亮一の経歴と建築士法に対する主張」『日本建築学会大会学術公園梗概集(近畿)』2005年9月、 p.232. 30
速水清孝「建築行政官の建築士法に対する意見―建築士法の成立過程に関する研究 その1―」『日本建築学会計画 系論文集』第598号、2005年12月、pp.195-197の特に4「内藤亮一と建築士法」。 31
32前掲註28. 33
前掲註1、p.2109.
34
前掲註2.
田中角榮の発言「建築行政の基本的、抜本的なる立法である建築基準法と表裏一体をなす建築士法も、現在政府提案 にしてはほとんどできないというので、われわれ議員提案として、まつたく議会と政府が一体になつて、この法案の成 立に努力」などからも確認される。『第7回衆議院建設委員会議録』第12号、1950年3月7日。 35
36
前掲註28. ―― 7 ――
する強い意思で同時立法が主張され、衆議院の建設委員
ているので、特に建築士の創設事由と構造安全性に関係
の何名かに委託するという形で国会に提出されたのであ
する説明を抜粋する。この説明から建築士資格の創設の
る。すでに建設業法が昭和24(1949)年には公布されてお
意図が構造の安全性を確保する技術者を法制度によって
り、建築基準法と合わせれば戦前の市街地建築物法の改
確立していくことにあることが示されている。
訂版が成立するとも考えられた状況で、建設省からの提
建築物の災害等に対する安全性を確保し、質の向
案でなくとも成立させようとしたところの、思い入れの
上をはかることは、個人の生命財産の保護と、社会
深さが見て取れる。こうして建設省から国会へと建築士
公共の福祉の増進に重大なる関係を有するものであ
法は移っていく。そして、託された議員の中心には田中
ります。そのためには、專門の知識、技能を有する
角栄がいたのである。
技術者がその設計及び工事監理を行うことが必要で あります。 39
2-4 衆議院法制局及び田中角榮の建築士法
これこそが建築士に求められていた役割なのである。建
以下では1950年の国会審議の場で見られる建築士法
築士の技術者としての性格が明言されていることは注目
に関する議論を中心に、内藤亮一によって技術的な参与
に値する。内藤亮一の建設省案から引き継いだ 質の向上
を期待された建築士がさらに構造の技術者としての側面
に建築士が資する という発想はしっかりと活きている。
を強めていった様子を確認する。 2-4-2 建築士試験の受験資格 2-4-1 構造中心の建築士
建築士法の本格的審議は昭和25(1950)年4月8日の衆
建築士法は建設省の処理能力ゆえに議員立法を目指
議院建設委員会から始まり、同日衆議院本会議、4月11
し、田中角榮ら衆議院議員7名に託される。この時点
日、4月19日、4月25日、参議院建設委員会を経て、4月
で、建設省の住宅局から衆議院法制局に移管されたこの
26日参議院本会議で可決されて建築士法が成立した。委
法案は、ひとつ大きな変更を受ける。「土木工学出身者
員会で主に答弁に立ったのは土木建建設業を営んでいた
についても建築物の設計と工事監理の実務経験者は建築
田中角榮であるが、質問者についても見てみると、砂間
士の選考と受験の対象となる」37というように改められ
一良(共産党)、西村英一(この時点では民主自由党の
たのである。
ちに保守合同で自由党)、瀬戸山三男(自由党)の三名
建設省でもarchitectとengineerが欧米各国で別物とし
である。先に述べたように田中は土木科出身だが、西村
て扱われていることは認識されていたが 38、ここにきて
は東北帝大工学部電気工学科出身で官僚経験者、瀬戸山
土木工学科の出身者も建築士の資格を取得できる可能性
は元は電信技師で、書記、判事を経験して、政治家に
が出たことが、この資格の性質を一段と構造の技術者よ
なっている。先に引用した、衆議院本会議での田中角榮
りのものにした。なぜこの時点で土木工学科の学歴が建
の報告では建築士試験の受験資格に関して、
築士の受験資格に含まれたのかは判然としない。これは
建築と土木の学歴のみを考慮し、衛生、工学、機
多分に推測に過ぎないものであるが、法案提出者である
械、電気等を除外した理由いかんという点に対しま
田中角榮自身の学歴が中央工学校の土木科であることも
して、我が国の学校においては、基礎学科である構
思い起こされるべき事実であろう。後の節で詳しく見る
造力学は、建築においても土木においても共通に修
が、土木技師をも包含してしまうくらいに構造の問題を
得せられ、また実務経験者においても、この両者は
重視することで、建築士法が持っていた、構造技術者の
相互に交流する場合が多く、爾余の学科では建築物
法という性質は強くなっている。衆議院本会議での田中 角榮の建設委員会の報告が簡にして要を得た説明になっ 37
前掲註28.
例えば内藤の部下であった住宅局指導課の小宮賢一は architect と structural engineer が日本では一体となっている ことに言及している。小宮賢一「建築基準法と建築士法」『建築雑誌』765号、1950年8月、p.3. 38
39『
第7回国会衆議院本会議録』第35号、1950年4月8日、p.59. ―― 8 ――
の質を確保するという学科に対し必ずしも十分でな
すべきはこれが砂防学者の赤木正雄によってなされたこ
いから、受験資格より除外した40
とである。赤城は農学部出身だが、田中に「赤木先生は
と述べられている。建設委員会内での質疑応答を見て
土木出身であり、尚且つこういう御意見を拝聴数するの
も、土木工学科が他の工学系の学科よりも優遇されてい
ですから誠に有難いのでありまするが、」44と言われて
たのは構造力学の知識を建築士の資質として非常に重視
いるように 砂防の父 として土木分野で評価された人物
していたためだと分かる。例えば、元電信技術者の瀬戸
だった。土木分野の人間といえども、赤木は橋梁などと
山が、 なぜ電気や機械の専門家は建築士資格を与えない
違い構造物の設計に係わる分野ではないためにこのよう
のに土木の専門家に建築士の資格を与えるのか? という
な質問をしたと考えられる。次のやりとりからも確認で
質問をすると、田中は
きる。
土木の課程を修める人は、基礎学科といたしまし
衆議院議員(田中角榮君) まあ専門の赤木先生が
て、建築の高等力学その他も一般学科として修めて
おられますから、土木の人達はそう建築は分らない
おることは御承知の通りであります。41
というのでありましたらならば、一つ私達ももっと
とし、土木建築が渾然一体となっている建設業界の実態
考えたいと思います。
を指摘し、他の工学分野よりも土木が建築に近しいと主
赤木正雄君 それで質問しているのです。 45
張している。また、参議院建設委員会では、初めの法案
構造力学を収めているという点ではたしかに共通項があ
説明で、土木が他の学科よりも優遇されている理由を構
るが、土木の全ての分野が建築と近いわけではない。自
造力学に関する点である旨がはっきりと示される。
らが土木工学科出身で土木建設業を営んでいた立場であ
学校の課程といたしまして建築、又は土木といたし
る田中角榮の感覚が法案の条件に最も適合するように筆
ましたのは、両学科共建築物の安全性に関係する構
者にはみえる。この因果関係は実証できないが、しかし
造力学を十分に修得しておると見られるからであり
ながら、衆議院参議院共に受験資格に関して言及した議
ます。一般に建築と土木の学歴に特に差別をつけな
員が電気工学、土木工学の関係者と、議論の俎上に載っ
かったのは、建築、衛生、設備又は意匠方面の知識
た当事者であったことは興味深い。
は建築に関する実務経験中に修得されるものと予想
経緯が判然としないのは気になるところではあるが、
せらるからであります。42
構造技術者として土木工学の出身者も建築士としての役
意匠や衛生・設備に比べて構造が重要視されていること
割を期待されていたことは間違いがない。そして、重要
がよくわかる。構造に関しても実務で学べば良いのでは
なのは、受験資格を通して構造安全性に関して経験的な
ないかという疑問も出てくるところであるが、
物ではなく、構造力学の知識を建築士に期待していると
機械、電気、衛生等の課程を修めた者も同様に取扱
いう点が示されていることである。
つたらどうかという要望もあるのでありますが、こ れらは構造力学に関して不安な点がありますので採
2-4-3 建築士の業務範囲
用いたしませんでした。43
再び、衆議院本会議での説明から引用する。このとき
として、構造力学だけが特別であることを確認できる。
は建築基準法に組み込む可能性などが考えられ、具体的
学歴における土木工学科の優遇に関して、建築学科だけ
ではないが業務範囲は
を学歴に認めるべきでないかという質疑もあった。注目
40
前掲註39.
41
『第7回国会衆議院建設委員会議録』第23号、1950年4月8日、p.5.
42
『第7回参議院建設委員会議録』第16号、1950年4月11日、p.8.
43
『第7回参議院建設委員会議録』第16号、1950年4月11日、p.8.
44
『第7回参議院建設委員会議録』第19号、1950年4月19日、p.4.
45
『第7回参議院建設委員会議録』第19号、1950年4月19日、p.6. ―― 9 ――
特殊な用途、構造または大規模なる建築物に限り建
ります。」49 としている。基準法あるいはその他の法に
築士の設計または工事監理を必要とするが、そのう
よって決定されるとしていた業務範囲は、翌昭和26
ち特に高級大規模なものは一級建築士によることに
(1951)年の建築士法改正の議論のなかで下限は150㎡と
いたしましたが、その詳細の規定は、目下政府にお
された。50これでも多くの住宅は建築士の手によらずと
いて立案中の建築基準法によることが適当46
も建てられるわけだが、地方の行政官としては、小規模
としている。
住宅にも建築士の資格が必要となると住宅行政が滞って
建設委員会の場ではさらに具体的に言及されている。
しまうおそれがあったことが指摘されている51。代願
衆議院での田中角榮の説明をまとめると、一級建築士の
人・代理士の活躍がこの分野で必要とされていたのであ
業務範囲は、学校、病院、百貨店等特殊用途の建物で、
る。そして、代願人は二級建築士への道が開かれていた
1.
鉄筋コンクリート造、鉄骨造などの非木造建築物で
ために52次第に代願人、代理士は二級建築士あるいは一
2階建て以上または延べ床面積が200㎡以上
級建築士の資格をとっていき、それにともなって昭和32
増改築の案件は、1階部分で、かつその部分が100
(1957)年に建築士でなければ設計又は工事監理ができな
㎡以下であれば前項にあてはまるものでも除外する
い建物の範囲の下限が拡大している。53建築士によって
木造建築で3階建て以上または一棟の延べ床面積が
住宅の構造安全性を向上させたいという内藤亮一の考え
500㎡以上
は正論ではあっても、有資格者が十分に存在しない地方
増改築の案件は、 1階部分で、かつその部分が250
においては非現実的であり、実情とのすり合わせの過程
㎡以下であれば前項にあてはまるものでも除外する
で建築士の業務範囲は初めは小さく抑えられ、後に資格
一般戸建て住宅は建築士の業務範囲とはしない。二級建
者の増加に伴って次第に広げられていった。建築士法は
築士の業務範囲は一級建築士の業務範囲と小規模戸建て
実行の初期段階で当初の理念から離れ始めていたとも言
住宅の間とされていた。47参議院では木造の下限が90坪
える。
(約300㎡)に変わっているが、48 それでも内藤亮一を
そもそも、無資格と一級建築士の間という定義をされ
はじめとする行政官が建築士に期待していた役割が、庶
た二級建築士の存在理由は、日本の建設業界の現実とし
民住宅に建築の技術を利用して質的な向上を目指すとい
て、鉄筋コンクリートや鉄骨の近代構造で作られる公共
う物であったことを考えると矛盾をかかえている。すで
性の高い建築物の他に、伝統構法・在来工法によって建
に1-2で触れているように、このように建築士の業務範
設される多くの木造建築の無視しがたい存在にあった。
囲が一般住宅に及んでいないのは、建築代願人や大工・
54それにもかかわらず、二級建築士という形に転身する
2.
3.
4.
工務店の存在が大きい。既得権益を保護するために、代 願人や小規模な工務店が手がけることの多い分野を建築 士の業務範囲から外したのだ。実際、「一般の木造住宅 の建築等に対しましては、大きな影響を与えないのであ 46
前掲註39.
47
『第7回参議院建設委員会議録』第16号、1950年4月11日、p.8 及び、同23号、同年4月8日、p.4.
48『第7回参議院建設委員会議録』第16号、1950年4月11日、p.8. 49
『第7回参議院建設委員会議録』第16号、1950年4月11日、p.8.
50
『第10回国会参議院本会議録』第46号、1951年5月25日など。
速水清孝「建築士法第3条:建築士でなければできない設計又は工事監理の範囲の昭和26年改正の経緯―建築士法の 成立過程に関する研究 その3―」『日本建築学会計画系論文集』第605号、2006年7月、pp.183-187. 51
初回に無試験で資格を与える対象として挙げられた 学歴のない15年以上の実務経験者 は事実上、代理士を指してい る旨が確認される。『第7回衆議院建設委員会議録』23号、1950年4月8日、p.3など。 52
昭和32年に特に大きな議論もなく国会で法改正され150㎡から100㎡に拡大している、『第26回国会衆議院本会議 録』第41号、1975年5月15日など。 53
54
小宮賢一「建築基準法と建築士法」『建築雑誌』765号、1950年8月、p.3 をはじめ、多くの言及がある。 ―― 10 ――
ことが必ずしも容易でない層を救済するために、さらに 業務範囲から多くの住宅を外してしまったことは、様々 な思惑に翻弄されて矮小化される建築士の制度の行先を 暗示しているようにも思われる。
2-4-4 設計施工の分離 工事監理に関しても建築士の職務として規定されてい るが、建築士法に兼業禁止の条項がないために、ゼネコ ン設計部などでの監理体制が確立できないのではないか という懸念は当然存在し、建築士制度の特色の1つとし て、 建築の設計は建築士に、工事の実施は建築業者に と、おのおの責任の所在を明確にすることによりま して、相互に不正、過失の防止をはかることができ る55 としている。衆議院建設委員会での質問では砂間から、 設計施工分離が明記されべきではないかという趣旨の質 疑と反対討論があったが、施工は建築業法によって監督 されており、かえって設計だけが何の規制もない状況に あるという反論がなされた。 56 建築物の安全性確保とい う観点からは施工の監理は重要な問題ではあるが、すで に見たように戦前の建築士法の議論の段階から兼業禁止 に関して建設業界から強い反発があり。このような答弁 に逃げているとも言える。設計施工分離は一つの大きな テーマなので、通史を見た後に5章で考察を加えること にする。
以上のようにいくつかの問題点を抱えながらも建築士 制度は始まった。
55
前掲註39.
56
『第7回国会衆議院建設委員会議録』第23号、1950年4月8日、pp.1-2およびpp.7-8. ―― 11 ――
第 二 部 ――俯瞰的、分析的視点から――
3. 現実からの乖離
すでに述べたことだが、我が国の建築業界の特徴は既 存の大工の伝統木造と西洋由来の近代構造が併存するこ
3-1 理念と現実が乖離する背景 2章で述べたような理念で立ち上がった建築士制度で あったが、運用されていく過程で構造技術者の資格とい う性質が薄れ、単なる建築関係者の検定になっていく。 内藤亮一が期待した構造技術者の参画による建築の質の 向上という展開はなく、現実と法規との乖離が進んで いった。 前提として、日本建築家協会の前身にあたる日本建築 士会が展開した建築士法制定運動により、建築士という
とである。鉄骨や鉄筋コンクリートが使われる一方で、 今なお多くの木造住宅が建てられている。そして、伝統 木造と西洋由来の構造とは力学的な体系が異なる。この ような状況にあって、建築士法で定められた建築士の資 格は構造力学に基づいて構造安全性を保証するものだっ たことが大きな矛盾を生み出す。大工棟梁の扱いであ る。衆議院建設委員会 昭和58(1983)年4月27 日での松 谷蒼一郎の発言では、 従来二級建築士をもって十分カバーできるというこ
名称が建築家を想定させたことを押さえておく必要があ
とで建築士法を施行してきたものでございますが、
る。つまり、制定時の国内の状況としてarchitectと
実情は二級建築士の業務範囲は木造建築物だけでは
engineerが未分化であったとはいえ、建築業界にあって
なくて、鉄筋コンクリートあるいは鉄骨建築物等の
は建築士という語はarchitectを連想させこそすれ、
木造建築物以外の建築物についても十分知識、技能
engineerを指す語としては受け止められ難かった。ま
を要する、また業務範囲もそういうことで定められ
た、また、建築士法制定以前から大学に建築学科が存在
ております。そのため、試験の内容等もそういった
し卒業生が社会で設計事務所を開いてはいたが、エンジ
面での試験がございまして、その点で従来から木造
ニアも建築家も社会に職業として認知され始めたのはご
建築物をもっぱらその業務範囲として活動されてい
く最近だと言える。身近に存在する地場の大工を見てき
る大工、棟梁の方々が二級建築士の資格を取得する
た多くの人にとっては建築士と言われて、設計から施工
に困難な状況にあったというような状況がございま
まで一手に請け負う大工を想像したとしても致し方ない ところである。総括して、建築士を技術者として定義す ることには最初から無理があったと言わなければならな い。それゆえ、建築士法の制定直後から建築士は構造技 術者の資格として社会に受け止められていなかった。 建築士が実際の社会では構造技術者の資格としては受 け止められなかったという事実は資格の変更が加えられ た2回の法改正で浮かび上がる。
と述べられている。 当初は、二級建築士として、一定の既得権益が保障さ れるものと考えられていたが、木造のみを手がける中小 の工務店ではコンクリートや鉄骨の構造の理解を要求す る建築士資格を取得することが必ずしも容易ではなく、 建築士を必要としないで一括請負を続けたいと考えた工 務店にとっては不十分な配慮だった。同時に、資格が取 れないことは大工にとっては技術者として評価されてい
3-2 木造建築士 この節では民間からの要望で誕生した木造建築士の資 格が、建築士の社会的な認識が建築士法の設立の理念か ら離れていく過程でどのような働きをしたのかを考察す る。
した。57
ないという不満にもつながっていった。
3-2-2 建築士法改正の準備 1982年頃から社団法人 全国中小建築工事業団体連合 会が中心となり木造資格の創設に本格的に動き始める。 当初は「技能士の最高資格制度を念頭においていた」
3-2-1大工の存在
57
『第98回国会衆議院建設委員会議録』第8号、1983年4 月27日、p.7. ―― 12 ――
が、「単独立法で 住宅の適正施工に関する法律 」か
士の地位について><三つの体系><専門建築士とその
ら、さらに「建築士法の中での制度創設」へと方針を
総括――士法の新体制への以降思案>の3項目を提示し
徐々に変化させていった。 58
た。63この中では建築士の資格に関して「現行建築士法
時期を同じくして同年9月17日の時点で建設省の松谷
をアーキテクト・アンド・エンジニア法として双方及び
蒼一郎住宅局長からメディアに、建築士制度の見直しに
その相互関係を明瞭に組み立て直されるよう検討する」
建設省が動いていることが伝えられる。599月21日に建
としている。ここでは木造建築士に関して触れていな
設省が建築審議会に建築確認、検査等に係る制度及び建
い。さらに12月2日に建設省側から基本問題分科会専門
築設計、工事監理等に係る制度の改善方針を諮問60、審
委に建設省事務当局からそれまでの審議を取りまとめた
議会に基本問題分科会、その下に専門委を設けて10月以
報告案が提出され、建築設備の設計・工事監理と木造建
降審議した。61専門委員会の構成員は以下の通りであ
築物の工事監理資格を創設することが提示される。64同
る。
日に出された佐野委員の意見書65や池田専門委員の意見
【基本問題分科会より選出】
書66からは、事務所団体の法制化など関連団体によって
今井喜三(全国中小建築工事業団体連合会会長)
は足並みが揃わない事項があったことが見て取れる。一
小宮賢一(大同工業大学教授)
方で、設備士の設立に関しては利害関係の大きな衝突は
佐野正一(安井建築設計事務所社長)
なく、一部の建築士から不満が見られた様子も伺われは
谷内富三(全国建設労働組合総連合組織部長)
するが、設備士の法的な存在を確立することに一定の進
成田頼明(横浜国立大学教授)
歩を期待するというのが建築士法改正に対する建築界の
横田一磨(理研鋼機顧問)
大体の総意であった。
【専門委員】
年がかわり1983年1月31日、建築審議会から内海建設
荒秀(筑波大学教授)
相に答申が出される。その中で、「木造住宅に係わる建
池田武邦(日本設計事務所社長)
築設計、工事監理業務等に携わる者の資格を創設するこ
圓堂正嘉(日本建築家協会会長) 大高正人(大高建築設計事務所所長) 北野幾造(日本建築士会連合会理事) 越山欽平(建築業協会設計部会長) 堀内亨一(東京建築士会副会長) 前川喜寛(住宅・建設省エネルギー機構専務理事) 矢野克巳(日建設計常務東京本社代表)62 建築士法改正に関しては建築士会や事務所協会も積極的 であるが、設備士の設立が中心である。11月4日の圓 堂、池田両委員の提言では、<建築生産体制の中の建築
58
「建築審答申を高く評価」『日刊建設工業新聞』1983年 2月7日。
59「建築士制度見直しで諮問へ」『日刊建設工業新聞』1982年
9月18日。
60
「「専門建築士」創設実現へ大きく前進」『日刊建設工業新聞』1982年 9月25日。
61
「建築士法改正と専門技術者制度」『日刊建設工業新聞』1982年 12月2日。
62
「建築士制度見直しに着手――建築審が基本問題分科会設置」『建築士』1982 11月号、pp.9-10.
63
「建築士法改正討議活発化――建築審・基本問題分科会」『建築士』1983 1月号、p.8.
64
同上。
65
「「専門建築士」は建築士の協力者」『日刊建設工業新聞』1982年 12月3日。
66
「池田専門委員が意見書」『日刊建設工業新聞』1982年 12月6日。 ―― 13 ――
とが提案された」。67もちろん、二級建築士の業務範囲
3.二級建築士の現状に鑑み、その業務範囲を拡大する
に食い込むことが関係団体の反発を招いている。68急遽
ことを配慮すること
諮問に取り上げられたことから、この段階では答申の内
II.建築設備士制度の創設について 建築設備士の業務
容も資格の必要性を認めるに過ぎず、具体性はない。答
は従来の建築士の業務をおかさないこと
申の中心は建築確認、検査の合理化と設備士制度の確立
III.建築士の登録について建築士の登録整備について
である。しかし、大工、棟梁の認識としては、当初から
の方策を図ること
士法改正は「小規模木造建築の設計、施工を行なう大
IV.建築士の業務報酬について 建設省告示第1206号
工、棟梁のための新しい資格創設を主眼とした建築士
の周知徹底を図るよう指導すること72
法、建築基準法改正案」69であった。国会に向けて戦い
3月10日の政府事務次官会議で建築士法の改正案は内
は加速する。
定され11日の閣議で正式に決定し国会に提出される。3
2月2日、社団法人全国中小建築工事業団体連合会の理
月25日に衆議院建設委員会では、「建築士法及び建築基
事会で「建築審答申を支持し、実現に向けて努力する」
準法の一部を改正する法律案」の趣旨説明が行なわれ、
という決定がなされる。70二級建築士との競合関係に関
質疑は後日に譲りつつ、国会での審議が開始される。73
しては既得権益の侵害とは思っていないとの見解を示し
この時点では200㎡以下のものの設計、工事監理を行え
ている。
る「小規模木造建築士」という資格であった。74これ
2月3日、日本建築士事務所協会連合会が単位会会長会議
は、木造建築士資格の創設に難色を示していた既存の設
を開催し、当時の建設省案の木造資格創設に関して全会
計界、具体的には日本建築士会連合会と日本建築士事務
一致で反対、検討段階にあることを踏まえ「 執行部一
所協会連合会が政府原案作成の段階で折り合いをつけた
任 という形で意見を集約した。」71日本建築士会連合会
ものだった。75しかし、あくまで大工棟梁の地位向上の
も対応策を地域会議で検討を始める。いずれも、建設省
ために譲らない諸団体が、粘り強く活動する。名称を 木
の出方を見守る向きが強い。同時に、設備士に関しても
造建築士 に、業務範囲は200㎡以下から拡大して 300㎡
専門士の創設が微妙になっている。具体的に対応したの
以下 とするべく国会審議の前に関連議員に直接要望して
は2月24日で、建築士会連合会は建設省へ要望書を提出
いく。
した。その内容をまとめると以下のようになる。
これらの両修正点とも、既存の建築設計界が、「建
I.木造建築士(仮称)制度の創設について
築士の既得権を侵害する」「地方の事務所の経営を
1.木造建築士(仮称)という名称については再検 討願うこと 2.木造建築士(仮称)の業務が二級建築士の業務に 著しく影響を及ぼすことがないよう配慮すること
「建築審の第一次答申」『日刊建設工業新聞』1983年2月1日 及び 「木造住宅資格建築士との調整に波乱含み」『日 刊建設工業新聞』1983年2月4日。 67
68
「木造住宅資格建築士との調整に波乱含み」『日刊建設工業新聞』1983年2月4日。
「『木造建築士』建設省案を修正、可決 面積300平米以下に拡大」『建築情報』通巻220号、第20巻4号、1983年5 月、p.27. 69
70
「建築審答申を高く評価」『日刊建設工業新聞』1983年2月7日。
71
「専門士制度の創設微妙に」『日刊建設工業新聞』1983年 2月5日。
72
『建築士』第32巻364号、1983年4月。
73
『第98回国会衆議院建設委員会議録』第6号、1983年3月25日。
74
同上 及び 「設備技術者の資格創設を断念 」『日刊建設工業新聞』1983年 3月11日。
75
「木造建築士は不満」『日刊建設工業新聞』1983年 5月4日。 ―― 14 ――
圧迫する」などの理由で強く反対していた。これに
に必要な知識及び技能について特殊なものが要求され
対して全建連、全建総連が面積拡大や、名称変更を
る」として200㎡の設定理由を述べた 80 。これに対し、
求めて関係各方面へ強く働きかけた76
木間は豪雪地帯の木造家屋を例に出し、「もう少し国民
こうして、国会の場で土壇場の逆転を図る。具体的に
の実態に見合った範囲を決めていくべきではないだろう
は、 全国中小建築工事業団体連合会 が木造住宅振興議
か。」「上限の二百平方メートルを三百平方メートルに
員連盟や自民党の関係議員に、全国建設労働組合総連合
すべきだ」 81 と主張し、さらに 小規模 木造建築士とい
は社会党、共産党の議員に陳情を行った。全国中小建築
う名称に関して名称の決定の経緯を問い、松谷が基準法
工事業団体連合会が設立総会を自由民主党会館で行って
の範囲内での木造建築の規模上限が3000㎡であること
いること77などから木造建築士創設運動以前から関係の
を示し、200㎡が比較的小規模な範囲であることを説明
あった議員に働きかけたのであろうことが推察される。
すると、全国建設労働組合総連合の名前を明示しながら
この働きかけは議事録からも確認され、社会党の木間議
工務店の感情を示唆し、「それでは局長、あなたが仮に
員から
木造建築士としての資格を取られたとした場合に、名刺
私は、大工さんにもいろいろ御意見を聞いてきまし
に小規模木造建築士と一体書けますか。あるいは事務所
たし、また全建総連と言いまして、いま全国的に大
を開設して看板を掲げるときに、小規模木造建築士とし
工さん、工務店の皆さんで全国建設労働組合総連
て掲げられますかどうか。率直なあなたの感想を述べて
合、こういった団体が組織をされて、78
いただきたいと思います。」 82 と松谷の個人的見解を求
などと言及されている。これに対抗して4月25日、日本
めた。木間が全建総連から働きかけられていたことを考
建築士事務所協会連合会は原案通りでの可決を願う緊急
えれば、これは誘導尋問で 小規模建築士という名称では
の陳述を行った。79
不服である という返答を引き出そうとしていたのであろ う。松谷は「小規模というのは、少し心にひっかかるも
3-2-3 国会での逆転
のがあるかどうかはわかりませんが」83と言葉を濁しつ
審議が始まる4月27日の建設委員会では、木間章(社
つこの質問をかわしたが、木間は畳み掛けるように「局
会党)からまず業務範囲に関して質問がなされた。松谷 蒼一郎(建設省住宅局局長)が答弁に立ち、 1.
大工、棟梁の経験的技術力を考慮
2.
200㎡規模であれば、設計、工事監理に著しく高 度の技術力が要求されることはない
3.
第三に、木造建築物の中で、二百平米以下のも のの占める割合件数の割合が、約97%(ほとん ど全体)
の3点を理由に挙げている。また、業務範囲を拡大した 場合、大架構の構造物が含まれ、「若干設計、工事監理
76
前掲註69、全建連は全国中小建築工事業団体連合会、全建総連は全国建設労働組合総連合の略称。
77
全建連ホームページ<http://www.zenkenren.or.jp/>最終アクセス2010年12月4日より。
78
『第98回国会 建設委員会議録』第8号、1983年4月27日、p.4.
79「原案修正は混乱招く」『日刊建設工業新聞』1983年
4月26日。
80
『第98回国会 建設委員会議録』第8号、1983年4月27日、p.4.
81
同上。
82
同上。
83
同上、p.5. ―― 15 ――
長はむしろ一級建築士をお持ちでしょうから、小規模木
見れば200㎡は小規模ではないという論を立てる。これ
造建築士の資格を取られても、あえて小規模の名刺は書
に対して松谷は木造建築士の業務範囲が住宅に限らず木
かれないと推察」84し、名称の変更を主張した。この発
造の公共施設を手がけうる可能性を指摘する。藪中の建
言は松谷に仮託して建築士全体を批判した全件総連を代
築=住宅という発想が具体的な建築界全体を前提にした
表とする大工の側の声としても言い過ぎではあるまい。
定量的な議論ではなく、感覚に頼る印象論であるひとつ
さらに試験制度の公平な運営を求め、「全建総連の皆さ
の証左といえる。この議論もここで終わる。次に藪中は
んの御意見も十分反映できるよう」85と重ねて、木間は
論点を変えて、200㎡と300㎡の建築での構造計算上の
質問を終えた。木間は繰り返し全建総連の意見を反映す
差異を問う質問をする。これは間違いなく業務範囲の拡
る事を主張しているが、全建総連が建築審議会の下部組
大を狙った質問だろう。松谷はほとんど意味のない「二
織である専門委員会に入っていることを考えればおかし
分の三ぐらいになりますので、構造計算上若干複雑にな
な話である。全建総連が直前に嘆願したものを受けてい
ると考えられます。」91 という返答で終わっている。ま
るのであろう。さらに、小野信一(社会党)が政府の住
た、木造建築士資格の取得に際して、大工の経験を勘案
宅政策と小規模木造建築士の資格創設との関連を問う質
しペーパーテスト以外の特例の可能性を開くように意見
問がなされ、再び、この資格の創設理由が説明される。
し、内海建設省から肯定的な見解を引き出している。92
86それを受けて、小野は「名称を木造建築士と変えるこ
しばらく建築基準法に関する議論が続いたのち、小沢貞
とによって何か支障がございますか。」87と問い、「木
孝(民主社会党)が、既出の質問をいくつか反復してか
造建築士ということになりますと、いかにもすべての木
ら、日本建築士事務所協会連合会から木造建築士資格に
造の建築物はその業務範囲になる」88という松谷の返答
反対が出ているという指摘がなされる。93これも事前審
を受けた。この発言は、建築士側の業務範囲を奪われる
議がなされたことをぶり返しているわけだが、松谷に
のではないかという不安を反映しているように思える。
「そういった御要請もあるということは存じてはおりま
名称に関する質疑応答はどれも印象論に過ぎず、すでに
すが、必ずしもそういう要請に応じなければならないと
名称に関しては政府の原案作成時に議論がされているの
は考えていないわけでございます。」94と突き返されて
であるから、水掛け論にならざるをえない。先の木間同
いる。しばらく既出の業務範囲の議論が続いた後、唐突
様に感情に訴える議論が続き、 小規模 と付くと「危険
に「さっきの二百平米、三百平米、率直に言って裏側の
を感ずるというか不安を感ずる」89という印象論を続け る。単に感覚的な意見を述べているだけなので、この議 論は発展しない。 さらに続く質問者である藪中義彦(公明党)も「小規 模木造建築士という名称について、これは好ましい名称 ではない」90と明言し、日本の住宅の平均的な面積から 84
前掲註80、p.5.
85
同上。
86
前掲註80、p.7.
87
同上。
88
同上。
89
同上。
90
同上、 p.9.
91
同上。
92
同上 、pp.10-11.
93
同上、p.14.
94
同上、p.15. ―― 16 ――
理事会の話では、これは大臣にお尋ねするけれども、二
党)に取り上げられているが、新建築士制度の運用に当
百を三百に直そうじゃないか、小規模は大規模、中規模
たって士会の反発があると円滑に進まないのではない
がないのだから取っていいじゃないか、こういう修正案
か?という程度で、概ね衆議院の決議をそのまま受け入
をほぼ合意しているわけです。みんな合意したら、これ
れる方向で進む99衆議院では見られなかった観点とし
は修正をしてもいいですね、大臣。」95というここまで
て、三木からは「二級建築士の存在価値が薄くなってき
の議論を亡きものにする一言を放ち、内海建設省から
たんじゃないかというような感じを受ける」 100 という
「それで決まればやむを得ないと思っております。」96
質問を受けるが、松谷からは二級建築士の業務範囲が狭
という返事を引き出し、事実上、修正を決定づけた。こ
まるわけではないこと、二級建築士のほうがより広い範
こまでくどくどと繰り返し出てきては消えていった「業
囲を守備している旨が伝えられる。続く上田耕一郎(共
務範囲の拡大」と「名称の変更」はほとんど既定事項
産党)の発言101から全建総連の陳情の具体的な内容が見
だったのである。試験の運営などの質問をはさんで、最
て取れる。
後に瀬崎博義(共産党、元瀬崎林業取締役)から
1.
名称を木造建築士に改める
小規模という文字は取り消すべきだし、それから業
2.
業務範囲を200㎡から300㎡に拡大する
務の範囲は二百平米ではなくて三百平米にすべきだ
3.
試験問題作成について大工・工務店等の団体の意見
と考えて、修正案ももちろん準備をしておったので すが、今回超党派でこれが成立する運びになった。
を求める 4.
一定規模以下の木造建築物に係る施工管理等は木造
それにやむを得ず従うというのじゃなくて、そもそ
建築士の業務範囲とし、さらに新たな資格制度の創
も建設省がこの木造建築士の創設を考えた趣旨から
設は行わない
いっても、積極的にそういう委員長提案に従う、そ
衆議院の時点で1項目目と2項目目が法案修正で満足さ
ういう決意を示してもらうべきだと私は思うので
れ、さらに付帯決議で3項目目、4項目目も反映されてい
す。大臣、答弁を求めます。97
る。102
と迫られる。結果、回りくどい言い方ながら、大臣から
5月13日参議院本会議での可決をもって木造建築士制
是認の言葉を受ける。
度が創設された。
結局、木造建築士名称を 木造建築士 に、業務範囲は 200㎡以下から拡大して 300㎡以下 と大きく修正を加え
3-2-4 木造建築士の創設以後
られ、付帯決議付きで、建設委員会を通過した。翌28
木造建築士資格の創設は既存の設計界からは反発を受
日、松永建設委員長から報告を受け、本会議でも可決さ
けつ、最後は政治力学的な趨勢から大工棟梁側に有利な
れた。 これに抗議するかたちで5月2日、太田日本建築
結論を引き出した。しかし、実際の制度が動き出してか
士会連合会会長が記者会見を行い、「木造建築士」へと
らの統計を見ると、この資格が建築業界に与えた影響が
政府案が修正され可決された事態にはっきりと不満を表
果たして大きかったのか疑問が湧いてくる。
明している。 98この反応は5月12日に開かれた参議院建 設委員会でも茜ヶ久保重光(社会党)、三木忠雄(公明 95
前掲註80、p.15.
96
前掲註93.
97
同上、p.16.
「『木造建築士は不満』」『日刊建設工業新聞』1983年 5月4日及び、「士法改正案可決に不満と太田士会連合会会 長語る」『 日経アーキテクチャ』1983年5月23日号、p192. 98
99『第98回国会参議院建設委員会会議録』第5号、1983年5月12日、pp.4-6. 100
同上、p.12.
101
同上、p.13.
102
衆議院建設委員会の付帯決議4項と6項が対応する。 ―― 17 ――
以下、建設省・国土交通省の建築士・建築士事務所の
不景気のあおりを食いやすく、廃業する数が多かったと
登録ベースの統計を利用する 103。建築士全体の人数自体
も考えられる。これらの推察以外の原因も考えられる
は概ね増加傾向であるが、二級建築士に対する木造建築
が、どの場合も二級建築士の価値が変化したことが事務
士の人数はおよそ2%程度で推移している。19頁に木造
所と有資格者の変動が反している事態から導きだされ
建築士創設以後の建築事務所件数、建築士人数のグラフ
る。
を掲載する。事務所は更新があるが、建築士の場合、死 亡や失踪に際して届出がなければ、いわば 幽霊建築
3-2-5 木造建築士という事件の考察
士 となって残ってしまう場合があるので、実質的な人数
二級建築士の木造限定のバージョンのような木造建築
よりも登録人数のほうが多いと考えるべきである。
士であるが、創設後に普及したかというと、そうは見え
まず、注目すべきは木造建築士の人数の少なさで、二
ない。一体この資格は何であったのか。全国中小建築工
級建築士と競合関係にあるとは言いがたい人数比である
事業団体連合会会長の今井喜三によれば、「私共の技術
(図-1)。木造建築士の創設後たしかに二級建築士事務所
を正しく評価して、それなりに社会的に位置付けてほし
の数は減っているが、同数の木造建築士事務所が創設し
いという願望」が木造の技術者にはあり、日本の建築士
ているかというとそうではない(図-2)。総数が小さいの
法は「実質的には建築技術者であることの公的証拠提供
で簡単に比較はしづらいが、同時期に木造建築士事務所
制度の感すら」あるという認識を示している104。そもそ
も減少傾向を示している。したがって、二級建築士事務
も、この法案が出てきた際には、「技能士の最高資格」
所の減少を木造建築士事務所の設立が影響しているとは
が想定されていたことからも、推進団体からは木造建築
見れない。
士が実質的に大工への栄誉称号のように考えられていた
以上から判断すると、木造建築士は2級建築士と競合
と見てよい。 小規模 の有無のように名称へのこだわり
関係になると考えられていたが、実質的なインパクトは
を示していたのも、心理的な問題が大きかったことの現
ほとんど無かった。同時に、着工戸数で見ても、この資
れであろう。木造建築士とはつまるところ、大工の精神
格によって木造の件数が飛躍的に増加したり、新築に占
的充足のための資格であったとさえ言える。もし、小規
める木造の割合が増加したりという現象は生じていない
模工務店の実務で必要とされていたのであれば、明らか
(図-3,4)。わずかに資格創設の1983年、木造の比率が増
に資格取得者が少ないことから実行上の効果はあったと
加した様子が見られるが、比率低下の大きな流れは変化
言えない。資格の創設にこそ意義があったのではない
していない。
か。
木造建築士に限らず変化を見てみる。事務所件数と資
このような制度を成立させたことは、大工の立場から
格者の登録数をあわせて考えると、二級建築士の登録者
すれば、自分たちに公的な認証を与えられ、地位の向上
数が増加しているにも関わらず、二級建築士事務所件数
につながったと見ることができよう。しかしながら、建
は減少傾向にあり、ここに矛盾が見られる(図-1,2)。一級
築士制度からいえば、「構造の安全性を向上させる技術
建築士事務所は増加が止まらないという事実を踏まえる
者」という当初の建築士の資格が、「役所に建築の申請
と、二級建築士が限定的な範囲を手がける人のための資
ができる公認技術者」に矮小化されている事態を是認し
格から、一級建築士になるためのステップに変化したと
ていしまったと言える。建築士はもはや、構造に限らず
仮定できるのではないか。すなわち、二級建築士取得者
建築に係わる人間が取る建築検定のようなものになって
の多くがすぐには開業せず、一級建築士取得を待って開
しまってたのである。建築士制度の意味合いの変容に関
業したと考えられる。別の仮説としては、失われた10年
して、木造建築士はきっかけではないが、一つの節目で
と呼ばれる1990年代から2000年代初頭にかけて、小規
あった。
模事務所が多いと考えられる二級建築士事務所のほうが
103
建設省調査統計課監修『建設統計要覧』1983年∼2010年を利用し集計した。
104
今井喜三「木造建築士について」『建築士』1983年7月、p.24. ―― 18 ――
図-3 着工戸数
図-1 建築士人数 800000
2000000
600000
1500000
400000
1000000
200000
500000
0
0
1976 1981 1986 1991 1996 2001 2006 一級建築士
二級建築士
1972 1978 1984 1990 1996 2002
総計
木造
オイルショックやバブル景気に影響を受けて増減
木造建築士
している。木造も全体に伴って変動しているが必 木造建築士が圧倒的に少ないことが見て取れる。建築士全
ずしも同じ変化をしているわけではない。木造建
体で増加傾向が近年も続いている。木造建築士の創設は二
築は長期的に見ると減少傾向であり、木造建築士
級建築士に影響しない。
創設時期に底を打っている。木造の増減が建築界 全体の変動によるものなのかを見るため以下に木 造の比率を示す。
図-2 建築士事務所件数
図-4 着工件数に占める木造の
100000
75000
50000
25000
0
1972 1976 1980 1984 1988 1992 1996 2000 2004
1976 1981 1986 1991 1996 2001 2006
一級建築士事務所
二級建築士事務所
木造比率
木造建築士事務所 建築士事務所件数は資格ごとに変化が大きく分かれてい
木造建築士の創設にも関係なく木造の比率が低下してい
る。一級は増加傾向を続けていたが2000年代に入ってか
く。1988年頃に底を打ってから横ばいの状況が続く。全体
ら停滞状況に入った。二級は横ばいから減少傾向になっ
の着工戸数(上図-3)と比較するとバブル期に木造以外の着
ている。木造は全体数が少なく同列に論ぜられない。
工が多かったと考えられる。 ―― 19 ――
3-3耐震偽装
西暦 2006/3
いわゆる姉歯事件として知られる耐震偽装事件は 2005年の冬に始まり、建築士法の改正のきかっけを 作った。初めは単一の偽装事件と考えられていたが、次
2006/4
第に問題の大きさや根深さが認知され、建築界の制度改 革にまでいたった。以下ではこの事件の概略とその後の
2006/5
建築士法改正の議論及び、結果できあがった2010年現 在の建築士制度の考察を行なう。
3-3-1 耐震偽装事件の発生 年表105で事件の発生からの流れをまとめておく。 西暦 2005/11
2005/12
2006/1 2006/2
姉歯事件 国交省が姉歯建築設計事務所が耐震強度 を偽装し、その建物が竣工している可能 性があると発表 国交省が姉歯秀次1次建築士本人を呼び 「聴聞会」を開いた 国交省が「緊急建築確認事務点検本部」 設置 国交省が姉歯秀次1級建築士を建築基準法 第20条違反容疑で警視庁に告発 政府の「構造計算書偽造問題に関する関 係閣僚による会合」が開かれ「構造計算 書偽造問題への当面の対応」が取りまと められた 「平成17年度1級建築士の処分事例につ いて(第2回)」の中に構造計算書偽造事 件の姉歯1級建築士の「免許取消」の処分 も含まれた 北側一雄国土交通相が、耐震偽装問題を 受けた再発防止策「建築物の安全性確保 のための建築行政のあり方について」を 「社会資本整備審議会」に諮問 国土交通大臣の私的諮問機関として「構 造計算書偽装問題に関する緊急調査会 (巽和夫座長)」設置 12月12日の諮問「建築物の安全性確保の ための建築行政のあり方について」を受 け、社会資本整備審議会建築分科会の 「基本制度部会」が初会合 国土交通省が「社会資本整備審議会建築 分科会基本制度部会」に「中間報告案」 を提示、部会が報告案を大筋で了承 姉歯元建築設計事務所が関与した構造計 算書の偽装で東京都は、都に登録されて いる元請け建築士事務所6事務所につい て、建築士事務所の登録取消し処分にし た 「社会資本整備審議会の建築分科会」が 基本制度部会の「建築物の安全性確保の ための建築行政のあり方について、中間 報告」を、建築分科会の中間報告として 了承
2006/6
2006/7
2006/8
姉歯事件 建築基準法、建築士法、建設業法などを 改正する「建築物の安全性の確保を図る ための建築基準法等の一部を改正する法 律案」が衆院に提出される 国土交通大臣の私的諮問機関「構造計算 書偽装問題に関する緊急調査委員会(巽 和夫座長)」が最終報告書 国交省住宅局建築指導課が、建築士設計 制度の見直しに向けた論点について各団 体から個別に意見聴取(ヒアリング) 衆議院国土交通委員会で、村上建築学会 長、建築士会連合会宮本会長とJIA小倉会 長、JSCA大越会長が出席、意見陳述及び 6党からの質問に答える。小川日事連会長 は6月に参院に招致された 国土交通省が、偽装物件を見逃した民間 の指定確認検査機関4機関の確認検査員 (建築基準適合判定資格者)18人を登録 取り消しや業務禁止の処分とした 建築士法、建築基準法の改正を盛り込ん だ「建築物の安全性確保を図るための建 築基準法等の一部を改正する法律案」が 可決成立。6月21日公布 6月26日に開かれた社会資本整備審議会 建築分科会基本制度部会で「建築士制度 の見直しの方向性について(素案)」が 提示される 社会資本整備審議会建築分科会基本制度 部会が開かれ、国交省から、前回6月の 「素案」とは別の「新案」が提示されて 議論が紛糾。7月31日に改めて審議しな おすことになった 社会資本整備審議会建築分科会基本制度 部会が「最終報告書(案)」を審議、で パブリックコメントの実施へ 8月31日に開催された社会資本整備審議 会建築分科会で「建築物の安全性確保の ための建築行政のあり方について」報告 が取りまとめられ、社会資本整備審議会 答申として国土交通大臣に手交された
2006/9 2006/10 2006/11
2006/12
「建築士法等の一部を改正する法律案」 が閣議決定(10月24日) 士法改正案の国会審議で、宮本忠長建築 士会連合会会長、仙田満JIA会長、本多昭 一新建築家技術者集団全国代表幹事が衆 議院国土交通委員会に参考人として出席 村上周三建築学会長、三栖邦博日事連会 長、大越俊男日本建築構造技術者協会会 長、牧村功建築設備技術者協会会長が参 議院国土交通委員会に参考人として出席 「建築士法改正案」、他が可決成立(12 月13日)。公布は2006年12月20日 耐震強度偽装事件で、建築基準法違反と 議院証言法違反(偽証)、建築士法違反 ほう助の罪に問われた元1級建築士姉歯秀 次被告ら2人の判決公判が東京地裁で開か れ、川口政明裁判長は求刑通り懲役5年、 罰金180万円の実刑を言い渡した
「耐震偽装問題発覚から今日までの動き…3会の動きと建築界・社会の動き」『建築士』第662号、2007年11月、 pp.26-31を中心に国会議事録中の参考人などを追加した。 105
―― 20 ――
西暦 2007/1
2007/2 2007/3
2007/4 2007/5 2007/6
姉歯事件 元1級建築士姉歯秀次被告が1審東京地裁 判決を不服とし、東京高裁に控訴した 国土交通省が、京都市内の「アパヴィラ ホテル京都駅前」「アパヴィラホテル京 都駅堀川通」で構造計算書の偽造と耐震 強度不足が確認されたと発表した 「建築物の安全性の確保を図るための建 築基準法等の一部を改正する法律」の施 行期日を定める政令案と「同法律」の施 行に伴う関係政令の整備に関する政令案 が3月13日閣議決定、3月16日公布 国土交通省は3月14日の社会資本整備審 議会建築分科会第12回基本制度部会に、 「改正建築士法の施行に向けた検討体 制」として「建築士制度小委員会」と 「業務報酬基準・工事監理小委員会」の 設置を提案 国土交通省は、改正建築基準法で義務化 された一定規模以上の共同住宅への中間 検査や構造計算書の確認手続きなどを盛 り込んだ「確認審査等に関する指針」 (仮称)案をまとめた 国交省が構造計算適合性判定に関する講 習会の結果概要を発表 耐震強度偽装事件を受けた「特定住宅瑕 疵担保責任の履行の確保に関する法律」 が5月24日の衆院本会議で可決、成立 国土交通省が改正建築基準法に係る告示 「確認検査等に関する指針」等を公表 改正建築基準法と改正建築士法(「建築 物の安全性の確保を図るための建築基準 法等の一部を改正する法律」)が6月20 日付で施行
建築士法成立時は「役所の技術レベルが非常に高くて 民間は低い」時代であったのに対して、現在は「民間の 高い技術レベルの建築が役所に申請されてきて、一方、 技術力の低い人がそれを審査する立場になってきた」と いうことがまず言える。106技術的な問題から言うと、 「膨大なコンピューターによる構造計算の全過程を書面 のみで迅速に審査することは困難」107という面もあっ た。違法建築をチェックする建築確認が機能しなかった のである。検査される建築士の側も「構造計算方法は、 限界耐力法に象徴されるように、レベルが高くなってき ており、(中略)専門用語がやたらにでてきて、また数 値の扱いも複雑になって」いるために構造設計が単なる 計算のプロセスになってしまっているという指摘も有識 者から出ている。108 そもそも、建築確認という制度によって、設計者が責 任を持つのではなく法適合性を担保することによって安 全性を確保しようとしたことも問題があった。行政の審 査さえ通過してしまえば建築行為が可能であるために、 構造設計者がもつ責任が曖昧になっていた側面がある。 アメリカの建築確認制度では行政に責任はなく、図面に サインをしている構造設計者が全責任をもつことになっ ている。場合によっては行政による審査がなく、ピアレ ヴューに代替される場合もある。構造設計者が自らの責
3-3-2 背景
任において設計を行い、建築主が確認のために同じ職能
耐震偽装事件が姉歯秀次元一級建築士の単独の問題で
である構造設計者にチェックを依頼する仕組みが出来上
あったならば、被害者の救済と犯人への制裁で事件は収
がっている。109確認審査が機能しなくなったと同時に構
束したかもしれない。しかしながら、姉歯事務所に関
造設計者の責任が曖昧になっていたことにも事件発生の
わっていない案件が発覚したことから、制度上の問題が
遠因があった。
大きいのではないかと考えられるようになり法改正にま
姉歯事件では一級建築士という有資格者がプログラム
で発展する。
の改ざんを行ったということがクローズアップされ、建
まず指摘されたのは、昭和25(1950)年以来、抜本的な
築士という資格の厳格化が議論されるようになる。
変更を受けていない建築士法が構造設計をめぐる環境の 変化についていけていなかったことである。
106
巽和夫の発言「巻頭インタビュー 構造計算書偽装問題から学ぶこと」『建築雑誌』1563号、2007年6月、p.7.
107
国土交通省住宅局建築指導課「建築物の安全確保のための建築行政のあり方について中間報告」2006年2月24日。
108
須藤力弘の発言「特集:耐震偽装問題を総括する」『建築士』第662号、2007年11月、p.17.
高木次郎、小堀徹、和田章「米国における建築構造設計の審査制度とピアレビューに関する調査」『日本建築士会構 造系論文集』第616号、2007年6月、pp.201-206。 109
―― 21 ――
3-3-3 関係各団体の意見
1.
職業倫理の欠如
建築・建設関連団体の耐震偽装事件への見解を示す。
2.
設計・建築確認・工事にいたる各業務のチェック体
主に衆議院調査局国土交通調査室 編「建築物の安全性の
制の不備
確保を図るための建築基準法等の一部を改正する法律案
であるとし、対応策として、かねてから日事連が唱えて
(内閣提出第88号)参考資料」(2006年4月)に掲載さ
きた設計監理業法の内容を踏まえた法改正の提言を行っ
れている提言書を中心に収集した。
た。以下が具体的な項目である。
建築学会の場合 110 。事件の背景として以下の3点を指
1.
管理建築士の業務管理責任の明確化と要件の強化
摘している。
2.
元請け下請け契約の責任の明確化
1.
技術者倫理の低下
3.
工事監理記録等の記録の励行・義務化
2.
経済・産業・技術システムの構造的変化
4.
故意による違反設計行為の罰則の強化
3.
建築基準法の制度疲労
5.
違反設計の相談行為の禁止
この前提にたって、学術団体として建築学会自身が取り
6.
建築士及び建築士事務所の名義貸しの禁止
組む課題として6項目を掲げる。
7.
設計図書への記名・捺印制度の改善
1.
技術者倫理教材の刊行と倫理研修の実施
8.
罰則や行政処分の全般強化
2.
構造技術者向け継続的能力開発研修の実施
9.
指定法人の調査権能等の強化
3.
建築の安全性や性能に関する専門知識の分かりやす
10. 建築士および建築士事務所の団体への加入義務化
い解説書の刊行ならびにホームページからの発信
11. 構造設計資格等専門資格の制度化と責任の明確化
4.
(仮称)住まいづくり支援建築会議の創設
12. 建築士及び建築士事務所の専門領域、業務、講習履
5.
建築分野の保険制度等の現状に関する調査研究
6.
建築生産の上流から下流までの、補完の連鎖が途絶
歴等の情報開示 13. 建築士事務所の業務に関し、設計賠償保険への加入
えない仕組みの構築に関する調査研究
義務化
日本建築士会連合会の場合111。耐震偽装事件に先行し
14. 建築士の登録更新制度の導入と更新講習の義務化
てCPDや専攻建築士制度(後述)を整備していたことを
15. 複数県にまたがる建築士事務所の監督権限を国土交
踏まえて設計監理業の適正化を提言した。
通大臣に移管
1.
違反行為等の罰則強化
JSCAの場合。構造設計を理解し本質的に確認できる仕
2.
設計・工事監理の実務に携わる建築士の建築士会へ
組みを作らなくてはならないと考え以下の提言を行っ
の加入の義務化
た。
3.
登録更新制の導入による建築士の実態把握
1.
構造設計者の明示
4.
資格の基盤としての専門性の制度化(専攻建築士)
2.
専門性の高い構造設計者の資格の制度化
5.
管理建築士の責任の明確化と要件の強化
3.
コンピュータープログラムを過信するのではなく構
6.
受験資格の実務経験の適正化
7.
設計賠償保険制度の加入の義務化
造設計者が経験を積み重ねることを重視する 4.
構造設計の内容を確認審査で精査
日事連の場合112。基本認識として耐震偽装事件の発生
5.
大臣認定プログラムの廃止を含む検討
原因を
6.
構造計算書の再計算は無意味
㈳日本建築学会「耐震強度偽装事件の再発防止に向けた要望」2006年3月、 <http://www.aij.or.jp/jpn/databox/ 2006/060310-1.pdf>。 110
111㈳日本建築士会連合会「わが国の建築士制度改善にむけての提言」2006年1月、
photo/flash-data/kozo-gizo/youbosho/youbousho.swf>。
<http://www.kenchiku-cpd.jp/
㈳日本建築士事務所協会連合会「建築士法の抜本改正の提言」<http://www.njr.or.jp/m01/05/051226/ teigen.pdf>、同「別紙 法律改正を検討すべき事項(提言事項)」<http://www.njr.or.jp/m01/05/051226/teigenmatter.pdf>。 112
―― 22 ――
7.
新しい審査方法の提案
である。
8.
さらに優れた耐震安全性能の確認方法の提案
9.
耐震相談の継続と耐震安全性能に関する講習の開催
各々の団体の特色が反映されているが、共通項を抜き
10. 耐震安全性レベルの説明
出すと、構造設計者の明示化や、意匠・構造・設備に専
11. 構造設計者の選択と構造設計にかかる費用の公表
門分化している実務に制度が対応することを期待するこ
日本建築家協会の場合。
と、継続講習の実施が挙げられる。
緊急提言113として耐震偽装事件後にJIAから声明が出さ れている。その中ではまず建築士制度の問題点を6項目
3-3-4 国会審議での論点
指摘している。
耐震偽装事件後、その問題の背景に潜む建築法制の構
1.
戦災復興のため建築技術者を急ぎ世に送ることを主
造的問題を改革する必要から、第164回国会で「建築基
眼とした法律である点
準法改正」、第165回国会で「建築士法等の一部を改正
2.
建築家、技術者の区分が明確でない点
する法律」、そして第166回国会で「特定住宅瑕疵担保
3.
有資格者が多すぎる点
責任の履行の確保等に関する法律」の3段階での法整備
4.
過当競争を生み、業務環境を悪化させている点
が試みられた。
5.
建築設計の公益性が脅かされている点
耐震偽装問題を受けての国会の審議はその背景となっ
6.
設計業務の独立性が侵されている点
た建築士制度そのものを議論するものであったはずだ
これらを踏まえ、緊急の提言として資格制度に関して4
が、実際には姉歯問題への言及も多く見られる。例え
項目を挙げている。
ば、衆議院国土交通委員会での亀岡偉民(自由民主党)
1.
構造技術者・設備技術者の専門資格の創設
の質問は「まず最初に、この法案が提出されるに至った
2.
統括建築士の創設
事件であります姉歯問題について質問させていただきま
3.
建築士・技術者登録を更新制へ移行
す。」 114 とはじめられ、その後も建築士制度や建築士
4.
設計監理業務と施工業務の独立
法の議論ではなく、姉歯問題への対処が重点的に問われ
これに加えて2006年6月26日に社会資本整備審議会分化
ている様子が見られる115。
会基本制度部会が「建築士制度の見直しの方向性」を提
同時に、構造の安全性の議論が専門分野分割の議論と
示し、2006年7月11日にそれに関する説明をしたのに対
なり、設備技術者の専門確立に飛び火したことで、また
して提案と要望として上記に加えて提示した内容があ
新たな問題を生んだ。構造技術者が建築学科卒業の建築
る。主に以下の点になる。
士である場合が多いのに対して、設備技術者は機械系学
1.
登録更新制に伴うCPDにJIAの講習を含める
科を卒業しており建築士ではない場合も多く、建築士の
2.
二級建築士の廃止を含んだ検討(資格のマスタープ
上位資格として設備設計一級建築士を設置したことが現
ラン)
状にそぐわないという議論であった。構造よりも設備に
3.
新建築士の実績認定を厳しく
関して有資格技術者の確保が難しいのではないかという
4.
芸術性などへの評価
懸念である。衆議院では亀岡、伊藤、川内ら、参議院で
5.
新建築士は指示ではなく統括を行なうべき
も小池など多くの議員が言及しているが、この問題は大
6.
高さによる切り分けはなくす
きなテーマであり、構造安全性の議論を中心に見るため
7.
資格更新にインセンティブを組み込む
本論文では扱わない。後の研究に期待したい。
8.
受験資格をUIA基準の5年に合わせる
㈳日本建築家協会「「建築士法改正」へ向けて日本建築家協会からの緊急提言」2006年6月、<http://www.jia.or.jp/ news/jia_news/2006/06kinkyuuteigen.pdf>。 113
114
『第165回国会衆議院国土交通委員会議録』第5号、2006年11月28日、p.2.
115
同上、pp.2-3、及び『第165回国会衆議院国土交通委員会議録』第6号、2006年11月29日、pp.20-23. ―― 23 ――
これら以外に法制度に関して国会で取り上げられた問
こり、それを契機として建築制度、建築行政全般に
題は非常に多かった。契機は姉歯問題と称される耐震強
ついての見直しの議論をしたのであるということで
度偽装問題ではあったが、建築士法制定以来の諸問題が
はないですか。118
湧き上がって国会での議論は争点が必ずしも定まったも
と問うている。建築士は法の上では建築関係の知識を万
のではなかったのである。建築士の労働環境や登録団体
全に備えた存在として考えられているが、実際には各分
(建築士会)への加入義務付けと名簿作成の是非、設計
野分業が進んでおり、その問題が姉歯事件をはじめとす
施工の分離、管理建築士の職務の明確化、建築士の技術
る耐震強度偽装の一連の事件の根底をなしていると考え
維持のための講習など多くの議題が提示された。116全般
ている。
には、建築士に対して厳格な態度を取ることと構造・設
建築士に元請をさせるということがそもそもの発想
備が専門分野として存在するという業界の現実に法制度
であったのではないかというふうに私は推測をする
をあわせることに向かって議論がなされた。
んですけれども。119
前提として姉歯問題を中止とする耐震強度の偽装問題
とさらに続く発言からは、建築士が元請けとして業務契
の再発防止のために制度の厳格化が肯定され、討論はな
約を行い、それを構造や設備の専門家に下請けとして出
く衆院を通過している。
し、業務を行っているという認識が見られる。
下条みつ(民主党)の発言の一端に見られる、
3-3-5 国会審議に見られる建築士像
耐震技術が進歩し、構造設計が複雑化する中で、意
まずここで注目したいのは、国会の議論のなかで、建
匠設計事務所の下請に追いやられて120
築士の業務が、すでに建築物の構造安全性を向上するた
という表現からも確認される。さらに、糸川正晃(国民
め、設計に携わることではなく、建築士が意匠、構造、
新党)の質問
設備に分化しながら実務に当たっているという認識が国
今回のこの建築士法の改正で大臣が目指されている
会で支配的であるという点である。川内博史(民主党)
建築士像、これはどういうものなのか、建築士が果
の質問では、
たすべき役割は今後どうなっていくのか、ここにつ
専門的な技術者という言葉をお使いになられました が、建築士が意匠、構造、設備の三つの分野の専門
いてお聞かせいただけますでしょうか。 121 に対して、国交相の冬柴鐵三が
的な技術者であるというふうに国土交通省は断言い
建築士は、常に品位を保持し、業務に関する法令及
たしますか。117
び実務に精通して、建築物の質の向上に寄与するよ う、公正かつ誠実にその業務を行う122
と問われている。さらに、続けて、 法律上は意匠、構造、設備について専門的な知見を
と返答している。また、日森文尋(社民党)が建築士の
有する者が建築士でなければならないが、しかし、
社会的責任とは何なのか法として明示すべきでないか123
実態としてそうなっていないから耐震偽装問題が起
という質疑を行った際も、同様の内容を返答している。
116
『第165回国会衆議院国土交通委員会議録』第5号、2006年11月28日、同第6号、11月29日など。
117
前掲註114、p.15.
118
同上。
119
同上、p.16.
120
同上、p.13.
121
同上、p.25.
122
同上。
123『第165回国会衆議院国土交通委員会議録』第6号、2006年11月29日、p29.
―― 24 ――
この表現からは、建築士が構造技術者であるという認識
3-3-6 構造設計一級建築士
ではなく、建築士は建築関連業の一般的な資格となって
耐震強度偽装問題が、構造設計の問題であったため
いることが確認される。 すなわち、100万人を超える登
に、一級建築士の上に構造設計一級建築士を設けること
録者を擁する建築士という集団が、実質的には様々な業
こそが直截的に姉歯問題へ対処している項目であると考
種の集合であるという認識である。この点は、建築士会
えて良い。建築士法の中では構造設計一級建築士とは以
連合会会長の宮本が国会の参考人質疑の場で「建築士の
下のように定義されている。
場合には、実態は建築関係の異業種の集まりである」124
1.
一級建築士として五年以上構造設計の業務に従
と言明していることと合わせると、国会のみならず建築
事した後、「登録講習機関」が行う講習の課程
界にも通じることであろう。
をその申請前一年以内に修了した一級建築士
さらに、建築士法の制定時には構造力学についての学
2.
国土交通大臣が、構造設計に関し前号に掲げる
習が判断基準となっていた建築士試験の受験資格の学歴
一級建築士と同等以上の知識及び技能を有する
要件も、学科主義から科目主義を掲げ、「建築の構造、
と認める一級建築士 127
建築の設備、建築計画、建築施工、それから法規という
国会審議において、構造設計一級建築士を創設すること
ような、いわば五分野ぐらいの分野からバランスよく全
事態を否定する意見はあまり見られないが、実現性への
般的に科目を」125指定するものとしている。構造力学を
疑問などが質疑で出されている。その主要なものは構造
重視し土木学科も認めた1950年時とは違い、建築全般
設計一級建築士の業務従事者の人数に関してである。伊
に理解を求めている様子がここにも伺える。同時に、こ
藤渉(公明党)の質問では、
の対応は、設備系の学科でも、建築関係の科目を履修さ
専門性を持った十分な人材が確保できなければ、
えすれば建築士の資格が取れるということで、設備士へ
専門を持った一級建築士、数が少ない一級建築士の
の対応という側面もあったと考えられる。実際、電気設
もとに一般の建築士などが集まって、最終的には、
備の技術者が法改正で資格取得に関してどのように扱わ
その資格を持った方がいわゆる判こをつくというか
れるのかについて、政府参考人の榊は次のように述べて
サインをするというか、そういった形式的なものに
いる。
なりかねないという側面も持っていると思います。
電気学科にいると設備の関係は多分取得されている
128
と思いますので、その在籍中に建築の設備ですとか
と指摘し、人数不足によってこの資格が形骸化する可能
計画に関するような科目をとっていただければ、受
性を示唆している。同じく、有資格者の確保が難しいの
験資格ができる126
ではないかという指摘を、下条は建築士会連合会が中心
学科主義は建築学科内で、構造系科目を履修することを
になって調査した建築士実態の統計を参照しながら指摘
明示すると同時に、設備系の電気学科等に配慮したもの
している。 人数的に言えば、一級建築士で構造設計に従事して
でもあったことが分かる。
いるのは約一万人ぐらいですね。その中で、五年以 上の実務経験がある人は少なくとも五千人ぐらいだ ろうと言われています。単純に言えば、構造設計の
124
前掲註123、p.2.
125
前掲註114、p.20など。
126
同上、p.20.
127
建築士法第10条の2抜粋。
128
前掲註114、p.7. ―― 25 ――
専門家が一万人いて、五年以上は五千人とすると、
発端が姉歯事件であったことから、構造の資格を創設
簡単に言えば、従事する人が半分に減るということ
することは国民に対する分かりやすいパフォーマンスで
は業務が倍になる129
もあり、国会の審議ではウエイトが置かれていないよう
同時に、構造設計の高度な技能を有する建築士は都市部
な印象をうける。
に集中しているのではないかという疑問も提示されてい
建築界での反応はどうであったか。設備設計一級建築
る。これに対し、政府の見積もりは、構造設計一級建築
士が人員の確保について現実に問題を抱えていたのに対
士の関与する物件が6∼7万件、また日本建築構造技術者
して、構造技術者は建築士資格を有する層が多かったた
協会の建築構造士と日本建築士会連合会の構造専攻建築
めか強い反発があったようには見えない。それよりも、
士の人数から有資格者が3000∼3500人と見ている。130
民間資格として専攻建築士が存在したため、それとの比
また、実務経験は法施行までの2年間で増加する見込み
較がされている。少し長いが雑誌に寄せられた投書から
があり、都市部への集中に関してははっきりとした返答
建築士の意見を引用する。
が見られない。およそ、準備期間の2年で努力して解決
求められる専攻建築士制度の充実
しようという姿勢で、具体的な策は示していない。 131参
今度は構造設計一級建築士か。建築士法の改正案
議院において、谷合正明(公明党)によって、ピア
を聞き、こう思ったのは私だけだろうか。建築設計
チェックのための専門家が都市部に偏在しているのでは
業務と建築士資格の乖離は久しい。しかし、この問
ないかという質問と絡めて、再び構造設計一級建築士の
題と耐震偽装問題を同じ俎上に載せるのは違和感を
確保が可能か問われている。132ここでも衆議院同様の返
覚える。
答である。
(中略)
あと二年半近くございますので、そういった地域的
私の所属する建築士会でも昨年「専攻建築士制度」
に見ても人材不足のないような形で人材育成を努め
が発足した。その認定式で居並ぶ審査側の面々から
ていきたいというふうに思っているところでござい
の認定者が非常に少なかったのが印象に残ってい
ます。133
る。諸団体でも資格新設の動きが少なくないが「資
また、資格創設時と同様に既得権益に関する議論はこ
格の追いかけっこ」よりも裾野を押し上げることが
こでも出ている。山下八洲夫(民主党)の質問では、一
重要だろう。実現しつつある「専攻建築士制度」の
級建築士の上位資格として構造設計一級建築士を設ける
充実こそが大切ではないか。136
ことは、建築士の業務範囲を限定することにつながり、 一級建築士から仕事を奪っているのではないかという内 容が問われる。134これに関して、政府側の榊は「一級建 築士自体が一通りの設計を終えた後でプロの構造設計の 方にチェックを受ければ足りるということもございます ので、そういった意味で一級建築士としての業務独占範 囲に変更はないのではないか」135という返答をしてい る。 129
前掲註114、p.10.
130
同上、p.7.
131
同上、pp.10-11.
132『第165回国会参議院国土交通委員会会議録』第5号、2006年12月7日、p.10. 133
前掲註114、p.10.
134
前掲註132、第6号、2006年12月12日、p.7.
135
同上、p.8.
136
西澤正宏「声」『建築士』第56巻652号、2007年1月、p.40. ―― 26 ――
4. 構造技術者か建築関係者か 4-1 理想的過ぎた主旨 田中角榮の国会答弁には建築士の資格を与えるのに際 し、構造力学の理解が重要である旨が繰り返し出てく る。田中自身の経歴が中央工学校の土木科出身であるこ とも無視できない事実であるが、実際に法案作成に関し て主体的な立場だったと推察される人物は、帝大建築学 科を卒業した建設省の官吏 内藤亮一であり、建築士の構 造技術者という性格の源泉は彼にある。それゆえ内藤の 法案作成のモチベーションに注目すべきである。戦前か ら繰り返されてきた建築界、特に日本建築士会からの 「建築士法」制定に向けた運動は基本的に欧米的な architectとしての建築家の国家資格化であった。内藤は 学生時代から建築界からの内発的運動は知ってはいた が、建築士作成に当たるまでに官吏として働いた経験が 彼の中に「最低基準を示す物の法ではなく、技術者が構 造安全性を向上する人の法が必要である。」という考え が芽生えさせたと見ることができるとすでに2章で述べ た。 建築家の法をつくろうとした戦前の建築士法制定運動 の流れを汲みながらも、構造技術者の建築への参与に よって建築物の構造安全性の向上を期待したことが、我 が国の建築士法の特色である。欧米ではアーキテクトと エンジニアが別々に存在することを知りながら、建設省 内藤亮一は構造の技術者として建築士を定義し、建築の 質を下支えする建築基準法とセットで日本の建築を改善 していこうとしたのだった。そこには建築士という技術 者達によって日本の建築を良くしていきたいという理想 があった。 しかし、建築士法は様々な立場の思惑や都合で理想の ままに終り、現実との乖離が生じる。
構造設計者の資格とは到底言えない。資格創設の主旨と 現実の乖離はなぜ始まったのか。 建築士資格と現実の建築設計業が乖離した原因として 第一に建築士の独占業務である設計監理業務が建築技術 の高度化に伴って専門分化していったことにある。設計 が意匠と構造に別れると、構造技術者は関係上、施主と 直接に契約を結んでいる意匠設計の下請けに位置づけら れる。法制定時にはまだ建築家と構造家が渾然一体と なった状況が日本では存在したが、現在に到るまでに意 匠と構造はほぼ完全に分かれている。分離に際して意匠 設計が建築士法における 設計 となり、構造設計が下請 け業務となることで構造設計者が建築士である構図が成 立しなくなった。日本独自の構造と意匠が一体となった あり方から欧米同様にarchitectとengineerの二つに分化 する際に建築士資格はarchitectの側のものになったので ある。専攻建築士の約6割が統括設計(architectと同義 とみなす)であることも一つの証左である。
4-3 建築関係者への拡散 建築士資格と現実の設計業が乖離した第二の原因に は、設計監理業に従事しない者が建築士資格を取得した ことがある。全国で建築士資格の取得者は爆発的に増加 した。資格が創設されてわずか5年しかたっていない昭 和31(1956)年時で二級取得者が5万人を超え、さらに業 務範囲の拡大(木造150㎡以上から100㎡以上に変更) に伴って選考を行い二級建築士数が昭和33(1958)年には 一気に増えて10万人を突破する。一級建築士の増加は二 級ほど急激ではないが平衡状態に至ることはなく増え続 け、昭和40(1965)年頃には5万人を超えていた。138現在 に到るまでに登録者数にして一級建築士と二級建築士合 わせて100万名を超えるまでに至った。その背後には、 建築確認が建築士の業務となったことで施工業者も資格 を取得したことや、不動産業者などの周辺業者が資格取
4-2 architectへの回収 日本建築士会連合会の専攻建築士(7章で詳述)では 構造設計専攻の比率が9%である。137これでは建築士が
得を行った事実があると考えられる。したがって増加し た全ての建築士が設計・監理業務に携わっているわけで はなく、昭和51年に建築士法改正に向けて行なわれた調
137
2010年現在、具体的な人数は巻末資料参照。
138
登録ベースの統計「建築審議会一次答申」『建築士』第366号、1983年 3月、pp.50-52. ―― 27 ――
査では設計・監理業務に携わっているのは一級建築士で
う前向きな建築士法の当初の理念とは反対側を向いたも
50.6%、二級建築士では31.9%に過ぎない。139 設計監
のだったと見える。構造設計者が責任をもって設計に取
理業以外の施工業や不動産業者など建築関係の人間が建
り組むことを制度化するのではなく、建築士を遵法者で
築士の資格を取ることで、建築士資格は構造技術者どこ
あればそれでよいとする方針を示した。一見、安全性を
ろか設計者という性格も薄れていったのだ。平成22
確保するように見えて、実際には内藤亮一らが改善しな
(2010)年の一級建築士合格者に占める構造設計従事者は
ければならないと考えた市街地建築物法時代の行政に戻
7.7%であり、これに建築設計と工事監理を合わせても
ろうとしているのである。
55.1%である。残りは現場管理や行政、設備、積算、研 究教育などで、140建築士は設計すらしていないのが現実
4-5 視点をかえて
である。
しかし、建築士という資格が質の向上に資する構造技
結果として建築士は設計に携わる構造技術者であると
術者のものでなくなったと同時に、結果として立ち現れ
いう当初の理念とは違い建築の一般的な検定のような位
た 建築士 という名の建築に関する専門知識を有する多
置づけに変化した。巽和夫は耐震偽装に関するインタ
くの人材が社会に広く存在するという状況は肯定的にも 捉えうるものである。先に挙げたインタビューで巽和彦
ビューの中で以下のように述べている。 実際の建築士はどうでしょうか。専業事務所で設計
は建築士の存在を以下のように捉えている。 我が国の建築士制度というのは外国にはない非常に
や工事監理に携わっている人がどのくらいいるかと
良い制度だと思います。社会のあらゆる分野に建築
いうと、日本建築士会連合会の調査から推定すれ
教育を受けた専門家がいて、立場は違うけれども、
ば、一級建築士で4割くらいです。二級建築士、木造
良い建築を建てようという共通の目的で相呼応して
建築士や建築士会の会員でもない一般の建築士を含
努力するという仕組みは優れた制度です。設計や工
めると、本当に建築士法がイメージしていた建築士
事監理の従事者だけを建築士として扱うのは話が逆
は3割くらいではないでないかと思います。141
さまで、本当の建築社会の実態がわかっていないと
以上のように設計業務から構造設計が分離されたこと、
思います。142
さらに建築士が設計業の従事者ではなくなたことの二つ
創設時の理念からするとまったく違う制度として捉えら
の要因で建築士による構造安全性の向上という理想と現
れているが、実態を肯定的に捉えるならばこのように見
実はかけ離れたものとなったのである。
られるのは確かである。この発言を受けて、松村秀一は 昭和25年に建築士法ができて以降、至るところに建
4-4 規制に傾く法体制
築士がいるという状況が、いかに日本の建築生産の
耐震強度偽装事件によって、上位資格として構造設計
ポテンシャルを全体として高めてきたかという、肯
一級建築士が誕生し、建築士が建築の安全性を向上させ
定的理解が行き届いていないというところがありま
る構造技術者ではないという認識が決定的となった。た
すね。143
しかに、建築基準法や建築士制度が現実とそぐわないこ
と返している。建築士はもはや構造設計者の資格ではな
とが事件の背後には存在したが、解決策としてできた新
いと割り切って、建築に関する専門知識の普及に建築士
制度は技術者の審査で法適合を確認することによって最 低基準を保証するという方向性をもち、能力のある建築 士による優れた技術の建築への参与を期待していくとい
(あるいは建築士試験)が大きな役割を果たしたとも言 える。建築関係者の全体像を建築士とするならば、新し い構造家の資格を検討し構造設計者の職能を確立するこ とができれば、層の厚い建築技術者の社会が構築できる
139
同上の統計より
140
建築技術普及センターHP< http://www.jaeic.or.jp/1k-data.htm >の統計より。
141
前掲註106、p.6.
142
同上。
143
松村秀一の発言、「巻頭インタビュー 構造計算書偽装問題から学ぶこと」『建築雑誌』1563号、2007年6月、p.7. ―― 28 ――
可能性を建築士制度が育んでいるといえる。建築士法に おける建築士の定義「建築物の設計、工事監理等を行う 技術者の資格」の「等」を拡大解釈し、もはや建築に関 連する全ての職域をこの資格の中に見出そうという立場 は現実的ではある。
―― 29 ――
5. 設計施工分離論
諸外国の状況を見てみる。146フランスの場合は建築事務
我が国の建築士資格をめぐる一連の議論で常に争点に なり続けたのが設計施工分離の問題である。戦前の建築 士法制定運動がまとまらなかった主要な原因も設計施工 の分離(兼業禁止)の点で合意が得られなかったためで ある。また、耐震偽装問題後の論議においても、構造安 全性を保障するために設計施工分離が必要ではないかと いう考えも存在した。例えば、第164回国会で民主党が 政府の改正案に対案として提出した法案では、設計施工 分離を法改正「第一の柱」として位置づけている。144設 計施工の分離という観点で建築士制度を見てみる。
所勤務の場合のみがアーキテクトとして登録可能であ る。つまり専業でなければアーキテクトになれない。ド イツの場合は日本の建築家協会のように専業建築家のみ を集めた職能団体が存在するが、法によっては専業兼業 を規定していない。イギリスの場合は職域でアーキテク ト資格を失うことはない。専業か兼業かは職能団体 (RIBA)に関しても区別されていない。制度に関しては 解明されているが、実態に関しては明らかでない。
5-2 安全性と設計施工の分離 建築物の安全性の議論で言えば、設計施工の分離には 二つの側面がある。肯定側の主張として、設計と施工の
5-1 日本の業界構造 設計施工の分離に関して決着が着かない一因には、欧 米各国では建築生産で設計者と請負業者が分離している のが一般的であるのに対して、我が国では棟梁の下に各 種技能者が束ねられて設計施工の一括請負を行って来た という伝統がある。明治に入り建築家が日本に誕生して からも建設業各社は設計部を内部につくり設計監理業務 が独立することはなかった。現在では施工部門を有さな い設計事務所も数多く存在する一方で、業界におけるゼ ネコンのプレゼンスは大きく、簡単に分離を主張できな い実情がある。いわゆるスーパーゼネコンと大手組織設 計事務所の資本金額145を比較しても規模感の違いがよく わかる。
癒着が監理業を成立させない、あるいは、設計者が施工 会社に雇われることでサービス設計がなされ、労働環境 の悪化につながるというものである。否定側の意見とし ては設計と施工の密な連携によって技術的に高いレベル の品質が実現でき、同時に責任者が単一になるため、設 計者と施工者が罪をなすりつけ合い、責任の所在が分ら ないという事態が避けられるというものがある。 国会審議の場で設計施工が扱われたシーンを実際に確 認してみる。1950年の建築士法制定時では砂間一良 (共産党)から反対の表明がある。ゼネコンの不正工事 を許容する原因として、設計と施工が一体となっている ことを念頭において、次のように述べている。 設計と施工とをはっきりと分離する。そしてそのお
企業
資本金(日本円)
のおのの責任を明らかにするということが必要であ
鹿島
814億
ると思うのでありますが、その点が本法案によりま
竹中
500億
すと、明確になっておらないのであります。147
大林
577億
設計施工の分離を唱えていたのが専業建築家の団体であ
大成
112,4億
る日本建築士会に限られていたこともあり、設計施工の
清水
743億
分離はこの段階では議論の中心とはならない。すでに本
日建設計
4億
論文の2-4で見たように設計施工の問題は建設業法と併
日本設計
1億
せて、設計者と施工者を適正に調整する法律が存在する
久米設計
0.9億
ようになったとしている。しかし、そのような法があっ
衆議院調査局国土交通調査室『居住者・利用者等の立場に立った建築物の安全性の確保等を図るための建築基準法等 の一部を改正する法律案(長妻昭君外4名提出、衆院第22号)参考資料』2006年4月、p.6. 144
145
久米設計を除き一億円以下切り捨て、2010年12月現在、各社ホームページより。
146
瀬口哲夫「アーキテクト資格と職能団体による各国比較」『建築ジャーナル』2002年2月、pp.42-44.
147
前掲註41、p.8. ―― 30 ――
ても設計施工が一貫していれば秘密裏に全行程が進むな
よって第三者性が保持され監理業務も円滑に遂行できる
かで法令遵守が確認できないというのが問題の根本にあ
のではないかというのである。ゼネコンの存在を無視し
ると考えれば、これでは答になっていない。
えない条件としてもつ我が国ではこのように設計施工の
日本のゼネコンの業態を否定することになりかねない
一貫を否定せずに設計の独立性を獲得する方法が探られ
設計施工分離は簡単には片付けられない問題であり、明
てきたのである。技術的な面で言えば設計と施工の綿密
確な規定をせずに逃げざるをえない。これは戦前の建築
なコミュニケーションが有益であるのは事実であり、本
士法制定運動が如実に示している。
多は「設計と施工を分離したほうがいいというのは、経
耐震偽装問題の発生時の国会審議では、長年の制度上
営の問題として分離した方がいいということを言ってい
の問題として設計施工の分離が注目された。士法改正の
るのであって、実際につくっていく上では、設計者とい
政府案が建築士資格厳格化や厳罰化を軸に検討されてい
えども、一方的に、独断的に施工者にこれをやれという
たのに対して、対案を建てたい野党側が政治戦略上の選
ようなことをすべきでない」152とも述べている。
択として利用した面もあろう。2006年の第164回国会で 長妻昭らが提出した「 居住者・利用者等の立場に立った 建築物の安全性の確保等を図るための建築基準法等の一 部を改正する法律案」では設計者がゼネコンやディヴェ ロッパーの下請けの状態にならないよう「建築士事務所 の開設者を建築士に限定し、株式会社とは異なる建築士 法人制度を新設」148するなどの対策を提示している。こ の法案の是非はここでは議論しないが、構造の安全性の 議論で出てきた法案で設計施工の分離が問われている事 実は確認しておきたい。 2007年の国会では、建築士法の改正にあたり、国会 の質疑では設計者が施工者に対して弱い立場に立ってい ることで監理業務が遂行できない、あるいは過酷な労働 環境を強いられるという側面が取り上げられた。衆議院 の国土交通委員会での参考人招致では仙田が「設計を サービスで行いますよという形で、特に建設会社が多く 行っています」149 とのべ、本多が「設計と施工を一体 にやることによって設計の部分をサービスするとか、あ るいは安くするとかそういうことが行なわれていては設 計専業でやる人の報酬というのは保障されない」150と続 けて述べている。この問題に関しては仙田が、日本の建 設業の現実を鑑みて、分離を法律で強制するのではな く、設計契約と工事契約を別個に結ぶことによって設計 報酬を明確にするという考えを示している。 151これに 衆議院調査局国土交通調査室『居住者・利用者等の立場に立った建築物の安全性の確保を図るための建築基準法等の 一部を改正する法律案(長妻昭君外4名提出、衆法第22号)参考資料』2006年5月、p.7. 148
149
『第165回国会衆議院国土交通委員会議録』第6号、2006年11月29日、p.9.
150
同上。
151
同上、p.10.
152
同上、p.13. ―― 31 ――
6. 伝統木造論
力に対して壁で抵抗させようという考え方が定まり、科
木造建築についての議論、特に伝統木造を建築法規の 中でどのように位置づけるかは非常に大きな問題系であ り、一つの論文の中で片付けられるわけがない。それを 承知で以下には建築士法の中での木造技術と木造技術者 の評価について大局的な議論を展開する。木質構造の解 析的な研究と併せてどのように木造技術を評価するのか の議論がなされるべきかもしれないが、ここでは基本と して法制度に的を絞って議論する。
学的な実験が行われ出したのは1930年代半ばからで、 柱と梁の仕口の実大実験などもほぼ同じ時期に行なわれ た」154が、その後もしばらくは大工が筋かいや金物を嫌 う傾向があった。戦後、建築基準法施行令など文書で基 準を設け、壁で抵抗することが基本的な方針として広ま る。これによって木造建築も力学的に安全性を検討でき るようになったのである。一方で、この間に、土台を基 礎に緊結しない等の理由で伝統構法は法に適合しないよ うになる。155 大工棟梁の要望に基づき、木造建築士資格が創設され
6-1 木造の3類型 木造建築を構造力学的な特性から、便宜的に3つに分 類する。1つ目は木質構造という構造解析を利用した力 学体系に基づくもので大規模建築などに用いられるも の。2つ目は伝統構法という日本古来の木造技術による もの。3つ目は在来工法という金物や筋かいを用いて補 強する伝統構法から発生した技術で作られるものであ る。伝統構法の発展形として在来工法をとらえて同一視 することもできるがここではあえて分けている。
たが、二級建築士と同等の技術者で木造に特化した資格 として位置づけられているため、伝統木造のように力学 的な評価ができない構造を扱う資格ではない。建築士の 体系に組み込まれている以上、構造力学的な合理性を求 めた在来木造を前提としている。したがって、木造建築 士が創設された後も、建築士制度が構造力学の知識に基 づく西欧由来の建築技術者の制度である点は士法制定以 来変化していないのである。
6-3 技能士と建築士
6-2 技術体系の相違の問題 上に挙げた3つの分類には建築士制度から見て大きな 違いがある。建築士制度は試験に基づいて有資格者を決 めているが、試験で問われる構造に関する知識は構造力 学に基づいている。ところが、伝統構法は大工の経験的 な技能に基づいて構造の安全性を検討している。木質構 造は鉄骨や鉄筋コンクリート同様の力学体系のなかで評 価できるので問題ないが、伝統木造は必ずしも力学的に 評価する基準が整っていない。在来工法が発生したのは 金物や筋かいを多用することで伝統構造から剛性を高 め、 構造力学的に 安全な木造建築を作るためである。 153伝統構法は未だに構造力学的に評価することは簡単で
はない。伝統構法を力学的に評価ができないために金物 や筋かいなどで耐力壁をつくり、剛性を高めることで構 造力学の知識で木造を扱えるようにしたのが在来工法で あるともいえる。濃尾地震(1891年)の経験から筋か いを入れることが大学出身者を中心に広まるが、「水平
前節で見たとおり、伝統構法の技術者を評価する枠組 みは出来ていない。また3章で見たとおり、木造建築士 の資格が世間に広まっているとは言いがたい。その点で は木造技術者の資格は多くの問題点をかかえていると言 える。 伝統木造が法制度の中で位置づけるのが難しいのは構 造安全性が工学的に必ずしも簡単に定式化できないため であるが、資格整備が的確でないために伝統木造が十分 に利用出来ていないとしたら、それは損失である。ま た、社寺建築が法に適合しない状況にもなる。これは建 築士資格の問題ではなく建築基準法の問題であるが、仮 に建築基準が伝統木造を許容したとしても、棟梁に建築 士資格がなければ建築できない状況にあることもまた問 題の一つである。 いままでは工学知識に基づき設計を行う資格である建 築士の枠組みの中に、伝統的技能を利用することで建築
153
杉山英男 編 『木質構造』第四版2008年4月、pp.7-17.
154
杉山英男 編 『木質構造』第四版2008年4月、pp.15-16.
155
例えば、建築基準法施行令第42条2「土台は、基礎に緊結しなければならない。」で石場立てが禁じられる。 ―― 32 ――
の品質を確保する大工を位置づけようとしてきたが、木
に安全性を判定する方向性に疑問符を投げかけるもので
質構造ではなく伝統構法を評価するのであれば、今まで
ある。
とは別の取り組み方が必要だろう。工学知識ではなく伝 統技能を根拠に安全性を保障する大工の評価は、建築士 の枠組みから出て、技能の評価とあわせて構造安全性の 保証能力を評価する制度ができない限り伝統木造の利用 は難しいだろう。 設計施工の分離にも係わることだが、建築物を施工す る能力で総合的な責任を取るのであれば、設計資格とは また別の枠組みとなる。日本建築士会連合会の専攻建築 士にも棟梁という専攻が存在するが、これも建築士であ ることを前提としているので便宜的な物といえる。建築 基準法の施行令とあわせて木造には木造の資格制度が検 討されるべきである。 6-4 法基準という思考停止 木造技術者の問題は、建築士制度と建築の安全性の問 題に一つの示唆を与えている。伝統木造は金物の不使用 や石場立て(基礎と土台の緊結を行わない)によって、 在来木造の法基準に適合しないのであるが、構造の安全 性に関して安全であることの実証的研究同様、危険であ るという研究も進んでいない。例えば、CiNii156 で日本建 築学会構造系論文集に掲載された 伝統木造 がタイトル に含まれる論文を検索すると、2010年12月時点で該当 件数が22件、最古のものは2001年発表の村岡 宏、菅原 進一「台東区における寺社建築とその防火管理に関する 実態調査 : 都市部の伝統木造建築物の火災安全に関する 研究」(2001年、1月)である。構造に関する研究とし ては腰原 幹雄、藤田 香織、大橋 好光、坂本 功「1923 年関東地震による鎌倉の社寺の被害」(2003年11月) が初めで、研究的蓄積が十分とは言えない。 研究が十分ではない状況で、基準に適合するか否かの 判定だけに安全性の判断を任せることは一種の思考停止 である。基準を守ることももちろん重要であるが、経験 の蓄積された技術者を活用することで安全性をその都度 確認することで安全性を保証するあり方を考えるべきで はないか。この問題は建築士法の当初の理念にも通じる ものがあり、同時に、個別に規制をかけることで形式的
156
国立情報学研究所 CiNii <http://ci.nii.ac.jp/>。 ―― 33 ――
7. 民間からの資格制度提案 建築士法で規定される建築士が、実際の建築業界に適 合していないことから、医師の標榜科のように得意分野
専攻建築士は以下の8つの専攻領域に分けられてい る。専攻領域内に専門分野がそれぞれ存在する。建築士 会連合会によれば、 専門分野表示は、消費者から見て「表示があった方
を明示できるようにした民間独自の資格として、日本建
が分かりやすい」という視点から設けることを原則
築士会連合会の専攻建築士が誕生した。また、日本建築
としています。専門分野表示は、業務内容を狭める
構造技術者協会(JSCA)には建築構造士の資格が存在し
側面もあるので、全ての者が専門分野表示をする必
ている。この二つはすでに耐震偽装後の法改正の際に構 造設計一級建築士の人数を見積もる際に利用されていた ことからも分かるように、国からも一目置かれていた。 構造技術者の資格というのではないが、統括建築士とい う建築士の上位資格を建築家協会は提案している。以下
要はありません。159 となっており、得意分野を明示するためのシステムであ ることが分かる。これらのうちから3つの領域まで表示 でき、5年で更新する。
の節ではこれらの資格の概要を確認し、建築士という国 家資格がありながら、このような民間の制度が存在する 理由を考察する。
7-1専攻建築士157 日本建築士会連合会では 新しい建築士像 として 1.
幅広い基礎的素養
2.
高い専門能力
3.
健全な職業倫理
1.
まちづくり
2.
統括設計
3.
構造設計(専門分野は耐震診断・補強)
4.
設備設計
5.
建築生産
6.
棟梁
7.
法令
8.
教育研究
このうち、統括設計と構造設計が特に構造の安全性に係
をもった建築技術者集団を想定し、その中で、建築士と いう法的制度と同時に社会的制度として専攻建築士制度 を提案している。158これは耐震偽装問題の発生以前から
わるものである。 それぞれ、実務内容と認定の要件は以下の通り。 統括設計専攻 建築士免許を必要とする建築の設計及び工事監理等
考案されていた制度で、平成14(2002)年度から士会連合
に係わる業務。一般に、建築設計事務所、建設会社
会と各建築士会、関連団体で「専攻建築士制度推進特別
の設計部門等で「建築設計者」「技術スタッフ」等
委員会」を設置して検討開始、平成15(2003)年度より試
として従事している者。その他、官庁・地方自治
験的に制度運営をはじめていた。創設の目的は専攻建築
体・公共団体や民間企業で、設計・工事監理等に従
士制度によって、消費者保護の視点に立ち、高度化しか
事している者も含む。「APECアーキテクト」は申請
つ多様化する社会ニーズに応えるため、専門分化した建 築士の専攻領域及び専門分野を表示することで、建築士 の責任の明確化を図ることである。一部の名称が(例え
に基づき認定される。160 構造設計専攻は
ば構造専攻から構造設計専攻に)変わるなど考案当初と は若干変更がなされているが、2010年現在まで継続的 に運営されている。
建築士免許を必要とする建築の構造設計及びその工 事監理等に係わる業務。 「1級建築士」を対象とする。 「構造計算適合性判 定員」・「構造設計一級建築士」・「JSCA建築構造
157
この節は日本建築士会連合会HP<http://www.kenchikushikai.or.jp/>を参照した。
158
「専攻建築士制度推進特別委員会2003レポート(抄)」『建築士』611号、2003年8月、pp.32-45.
159
日本建築士会連合会HP<http://www.kenchikushikai.or.jp/senko/summary.html#no2>。
160
同上。 ―― 34 ――
士」・「APECエンジニア (構造)」は、 申請に基づ き認定される。161 この制度は、CPDと呼ばれる、継続的な職業講習制度と セットになっている。更新制度と連携した講習によって 技術・知識の維持に努めるようなシステムである。さき に述べたとおり、耐震偽装問題の発生以前に立ち上がっ た制度であったため、士法改正の議論に際してはこの制 度も参考人招致などで参考にされているが、行政の側か らこの制度を追認するような動きはない。専攻建築士制 度は建築士法に基づく国家資格に関して、変革を迫るよ うなものではなく、法的制度と社会的制度が補完的に機 能すれば良いというスタンスで創設されている。このこ とは日本建築士会連合会の見解として 現行の<建築士法>は少なくとも、その基本スタン ス及び基本システムの点では、国際的議論にも十分 耐えられるしっかりとしたものとなっている。 162 と明言していることからも建築士法そのものを尊重して いる様子がよくわかる。 この資格の制度運営の現況(2010年現在)を見てみ る。次のページに都道府県、専攻ごとの登録された専攻 建築士数(2010年4月時) 163を示す。まず、登録者の総 数が1万人であるが、これは建築士の登録者数が100万 人に近いとされる164ことを考えるとかなり少ない。ま た、全体の6割ほどが統括設計専攻になっており、この 専攻が最も多い。二番目に多い建築生産は21%で、施工 や積算を業としている者を対象としている。構造設計は 9%であり、全体に占める比率は低い。後述するJSCAの 構造士と比べても実数も少ない。また、各専攻ごとに各 都道府県の専攻建築士が全国に占める割合の表を見てみ る。構造設計専攻は全専攻の合計と比べると東京一極集 中の度合いが特別に高いわけではない。 この統計から、以下のことが推察される。 1.
専攻建築士制度の普及はまだまだ進んでいない
2.
建築士資格は統括設計者の資格という性質が強い
3.
まちづくり専攻は東京に集中してる
161
前掲註159.
162
前掲註158、p35.
163
㈳日本建築士会連合会ホームページ<http://www.kenchiku-cpd.jp/senkou/search/member.htm>より。
164
前掲、3章建築士数の図-1を参照のこと。 ―― 35 ――
まちづくり 北海道
構造設計
設備設計
棟梁
建築生産
法令
教育研究
合計
14
220
28
4
1
143
21
2
433
8
114
9
1
2
60
2
2
236
10
229
20
2
3
62
19
2
347
8
203
18
4
7
106
11
5
362
3
144
16
2
101
6
3
181
26
4
1
52
4
2
273
4
212
39
6
9
65
6
1
342
3
33
9
9
1
5
62
15
1
16
4
1
104
9
185
34
4
5
70
20
5
333
5
92
41
2
2
29
3
6
148
33
3
11
68
10
4
283
157
1299
213
51
23
216
46
25
2030
神奈川
37
369
73
16
6
128
42
5
676
7
169
24
6
95
14
1
316
長野
26
503
51
11
5
186
3
2
787
12
249
43
3
13
74
13
4
411
7
293
30
1
2
56
7
1
397
9
484
68
5
3
137
16
4
726
6
212
20
3
64
17
3
325
6
173
22
4
68
9
1
283
8
150
34
3
7
54
11
1
268
6
113
9
5
8
83
26
1
251
3
123
13
1
4
49
4
1
198
滋賀
6
37
6
2
11
5
5
74
10
1
4
20
1
3
118
大阪
36
543
95
24
4
161
42
21
926
15
175
43
3
57
9
3
305
2
148
18
3
56
5
10
94
38
3
1
27
8
1
182
4
127
33
2
3
48
1
2
220
25
211
25
5
4
109
30
1
410
8
158
16
3
3
43
6
4
241
12
366
54
9
3
196
32
7
679
8
102
29
5
1
59
4
2
210
5
59
14
20
1
2
101
1
92
7
2
48
2
152
3
65
12
1
49
6
163
1
135
22
4
4
42
1
209
21
419
70
9
5
147
19
5
695
2
112
青森 岩手 宮城 秋田 山形 福島 城
栃木 群馬 埼玉 千葉
都 道 府 県 ・ 専 攻 ご と の 人 数
設計
東京 山梨 新潟 静岡 愛知 岐阜 三重 富山 石川 福井 京都 兵庫 奈良
和歌山 鳥取 島根 岡山 広島 山口 徳島 香川 愛媛 高知 福岡 佐賀 長崎 熊本 大分 宮崎
鹿児島 沖縄 合計
272
55
174
67
232
7
76
5
21
1
7
105
22
1
2
41
7
7
256
36
3
15
108
10
3
438
8
39
10
6
13
5
2
83
5
147
27
2
19
239
22
1
4
169
41
2
581
9796
1543
209
―― 36 ――
4 189
185
78
6
91
25
5
265 406
42
9
2
269
3478
550
138
16550
北海道 青森 岩手 宮城 秋田 山形 福島 城
栃木 群馬 埼玉 千葉 東京
神奈川 山梨
専
長野 新潟
攻
静岡
ご
岐阜
愛知
と
三重
の
石川
富山
都
福井
道
京都
滋賀
府
大阪
県
奈良
の 比 率
兵庫 和歌山 鳥取 島根 岡山 広島 山口 徳島 香川 愛媛 高知 福岡 佐賀 長崎 熊本 大分 宮崎
鹿児島 沖縄
まちづくり
設計
構造設計 設備設計
棟梁
建築生産
法令
教育研究
合計
2.4%
2.2%
1.8%
1.9%
0.5%
4.1%
3.8%
1.4%
2.6%
1.4%
1.2%
0.6%
0.5%
1.1%
1.7%
0.4%
1.4%
1.4%
1.7%
2.3%
1.3%
1.0%
1.6%
1.8%
3.5%
1.4%
2.1%
1.4%
2.1%
1.2%
1.9%
3.7%
3.0%
2.0%
3.6%
2.2%
0.5%
1.5%
1.0%
1.0%
0.0%
2.9%
1.1%
0.0%
1.6%
0.5%
1.8%
1.7%
1.9%
0.5%
1.5%
0.7%
1.4%
1.6%
0.7%
2.2%
2.5%
2.9%
4.8%
1.9%
1.1%
0.7%
2.1%
0.5%
0.3%
0.6%
0.0%
0.0%
0.3%
0.2%
0.0%
0.3%
0.9%
0.6%
1.0%
0.0%
0.5%
0.5%
0.7%
0.7%
0.6%
1.5%
1.9%
2.2%
1.9%
2.6%
2.0%
3.6%
3.6%
2.0%
0.9%
0.9%
2.7%
1.0%
1.1%
0.8%
0.5%
0.0%
1.1%
1.0%
1.5%
2.1%
1.4%
5.8%
2.0%
1.8%
2.9%
1.7%
27.0%
13.3%
13.8%
24.4%
12.2%
6.2%
8.4%
18.1%
12.3%
6.4%
3.8%
4.7%
7.7%
3.2%
3.7%
7.6%
3.6%
4.1%
1.2%
1.7%
1.6%
0.0%
3.2%
2.7%
2.5%
0.7%
1.9%
4.5%
5.1%
3.3%
5.3%
2.6%
5.3%
0.5%
1.4%
4.8%
2.1%
2.5%
2.8%
1.4%
6.9%
2.1%
2.4%
2.9%
2.5%
1.2%
3.0%
1.9%
0.5%
1.1%
1.6%
1.3%
0.7%
2.4%
1.5%
4.9%
4.4%
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1.6%
3.9%
2.9%
2.9%
4.4%
1.0%
2.2%
1.3%
0.0%
1.6%
1.8%
3.1%
2.2%
2.0%
1.0%
1.8%
1.4%
1.9%
0.0%
2.0%
1.6%
0.7%
1.7%
1.4%
1.5%
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3.7%
1.6%
2.0%
0.7%
1.6%
1.0%
1.2%
0.6%
2.4%
4.2%
2.4%
4.7%
0.7%
1.5%
0.5%
1.3%
0.8%
0.5%
2.1%
1.4%
0.7%
0.7%
1.2%
1.0%
0.4%
0.4%
0.0%
1.1%
0.3%
0.9%
0.0%
0.4%
0.9%
0.8%
0.6%
0.5%
2.1%
0.6%
0.2%
2.2%
0.7%
6.2%
5.5%
6.2%
11.5%
2.1%
4.6%
7.6%
15.2%
5.6%
2.6%
1.8%
2.8%
0.0%
1.6%
1.6%
1.6%
2.2%
1.8%
0.3%
1.5%
1.2%
1.4%
0.0%
1.6%
0.9%
0.0%
1.4%
1.7%
1.0%
2.5%
1.4%
0.5%
0.8%
1.5%
0.7%
1.1%
0.7%
1.3%
2.1%
1.0%
1.6%
1.4%
0.2%
1.4%
1.3%
4.3%
2.2%
1.6%
2.4%
2.1%
3.1%
5.5%
0.7%
2.5%
1.4%
1.6%
1.0%
1.4%
1.6%
1.2%
1.1%
2.9%
1.5%
2.1%
3.7%
3.5%
4.3%
1.6%
5.6%
5.8%
5.1%
4.1%
1.4%
1.0%
1.9%
2.4%
0.5%
1.7%
0.7%
1.4%
1.3%
0.9%
0.6%
0.9%
0.0%
0.0%
0.6%
0.2%
1.4%
0.6%
0.2%
0.9%
0.5%
0.0%
1.1%
1.4%
0.4%
0.0%
0.9%
0.5%
0.7%
0.8%
0.0%
0.5%
1.4%
1.1%
0.0%
1.0%
0.2%
1.4%
1.4%
1.9%
2.1%
1.2%
0.2%
0.0%
1.3%
3.6%
4.3%
4.5%
4.3%
2.6%
4.2%
3.5%
3.6%
4.2%
1.2%
0.8%
0.3%
0.0%
0.0%
0.6%
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1.4%
0.7%
1.2%
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0.5%
1.1%
1.2%
1.3%
0.0%
1.1%
1.2%
2.6%
2.3%
1.4%
7.9%
3.1%
1.8%
2.2%
2.6%
1.4%
0.4%
0.6%
0.0%
3.2%
0.4%
0.9%
1.4%
0.5%
0.9%
1.5%
1.7%
1.0%
0.0%
2.2%
1.1%
0.0%
1.6%
3.3%
2.4%
1.4%
0.5%
2.1%
2.6%
4.5%
3.6%
2.5%
0.7%
1.7%
2.7%
1.0%
0.0%
1.2%
1.6%
1.4%
1.6%
―― 37 ――
7-2 JSCA建築構造士165
2.
社団法人 日本建築構造技術者協会(JSCA)は1981年に
2年以上の責任ある立場での構造設計業務の実務経 験があること
設立した構造家懇談会から発展し、1989年に 社会に貢
の両方を満たすこととしている。JSCAのホームページに
献する構造技術者集団 として誕生した。まず構造家懇談
よると筆記試験では「与えられた建築図に対して、構造
会の設立の主旨から確認していく。構造技術者の連帯を
設計概要書(構造設計の方針、構造計画の説明)と、概要
望む声は古くからあったが、1981年に新耐震設計法実
書を説明する略図を作成する。それらの解答により構造
施が決定し、「新法理解のための情報の収集・交換の必
設計の説明能力を判定する。」という問題が出される。
要性と、新法による構造設計のman・day増加の明白さ
単に構造設計を行なうだけでなく、その内容を説明する
に対応すべきFeeの裏付けの不明確さから来る生活危機
ことが求められているのが特徴的である。JSCAのホーム
感の切迫」166が契機となり構造設計者の組織化が生じ
ページ上では建築構造士が都道府県別になって名簿公開
る。
されている。2010年7月認定で2557名である。
構造家懇談会の目標は「建築構造技術における専門的
この資格は日本建築士会連合会の専攻建築士と同様に
職能集団としての機能発揮」 167とされている。その活動
社会制度として機能しているが、「将来的には発展的に
の一環として各種の基準作成と同等に資格の認定が早く
改編し、国家資格として確認申請提出の必要条件とな
から重視され、「自主的でかつ異議なく社会に通用する
る」170ことが考えられていたという、法制度への展開が
ような資格認定制度を確立しなくては真の職能集団とは
期待されていた点が特徴的である。もっとも現在のとこ
言い難い」168という考えが示されていた。構造家の定義
ろ民間資格のままである。
は元構造家懇談会代表 矢野克巳によれば「建築について の全般的知識と円満な人格をもつとともに、構造工学に
7-3 JIA統括建築士
ついて特に深い知識と構造設計についての経験を有する
この節では社団法人 日本建築家協会が提唱した統括建
人」となる。構造家懇談会から発展したJSCAの建築構造
築士を扱う。統括建築士とは日本建築家協会が建築設計
士も同等の資質を有していると推察される。
監理全体を統括する存在として創設を提言した資格であ
JSCA建築構造士は以下のように定義されている。
る。専攻建築士やJSCAの建築構造士とは異なり、民間資
豊富な専門知識と経験を基に優れた技術力を用い
格として発足しているわけではないが、JIAには登録建築
て、構造計画の立案から構造の設計図書までを統括
家という制度が存在するので、これがある意味では統括
し、構造に関する工事監理も行うなど、構造設計一
建築士の現行の制度と考えられる。現在JIAが公開してい
級建築士の中でも特に建築構造の全般について、的
る登録建築家は2160名である。171
確な判断を下すことの出来る技術者です。169
統括建築士の提言は同時に専門資格として構造と設備
認定はJSCAが試験を行っている。試験内容は面接と構造
の技術者もまた別に見当しており、各々の専門分野で責
設計に関する筆記試験で、現在の受験資格は
任の所在を明らかにしようとするものであった。日本建
1.
築家協会の来歴を考えると、この統括建築士は戦前に日
構造設計一級建築士を取得していること
本建築士会が制定運動を展開した 建築士 に近い存在で
165
㈳日本建築構造技術者協会 HP<http://www.jsca.or.jp/>。
166
井上博「構造家懇談会の誕生と現状、および将来への展望」『建築年報(活動編)』1983年、p20.
167
同上。
168
同上。
169
JSCAのHP<http://www.jsca.or.jp/vol3/11as_eng/index_as_eng.php>より。
(社)日本建築構造技術者協会「建物の構造安全性能確保に向けての提言」2006年2月14日<http://www.jsca.or.jp/ vol2/23news_release/2005False/jsca20060214-1.pdf>。 170
171
JIA建築家資格制度<http://www.the-japan-institute-of-architects.com/>より。 ―― 38 ――
あると考えられる。構造含め建築技術者の上位資格とし
いたために、構造・意匠・設備の各々の分野が専門分化
て建築家を定義し直そうという意図が見受けられる。国
している実態に対応した資格が存在しないという事態に
土交通省住宅局建築指導課「建築士制度の見直しに向け
対しては建築業界で共通の問題意識があった。上で挙げ
た論点」ヒアリングについてのJIAの見解172でも意匠設
た資格はそれぞれの推進団体のバックグラウンドを反映
計者が統括責任者となって、構造・設備の技術者への指
しつつ、この問題に対応していると見ることができる。
示及び調整を行なう存在として考えられている。この中
建築士法を前提に存在している日本建築士会連合会は
で、構造安全性に関する責任の所在が統括建築士である
現行建築士を否定することなくその中で専門を明確化し
のか、構造の専門資格者であるのかに関しては以下のよ
ようという方針だった。構造家懇談会という構造設計者
うに述べている。
の集団から発展したJSCAの建築構造士は構造設計の職能
専門分野別資格者に対しての指示には、責任を負わ
を確立する自立的な働きだった。 この資格に関しては構
ねばならないし、専門分野の資格者間の調整を行う
造技術者の職能が確立され社会的な認知をえられなくて
には、専門分野の一定の知識を有していることが必
はいけないという構造技術者の内発的な意志もあった。
要となる。
建築家協会は責任を持つ建築家の職能を確立することで
意見が食い違った場合の最終決定者は統括者とすべ
構造のみならず建築全体の問題が解決できると考えた。
きである。専門資格者の責任範囲と統括者の責任範
振り返ってみると建築士法の制定された当時、日本建
囲を法律で明確にしておくことが必要。
築界が置かれていた状況は構造技術偏重の時代であった
平成18(2006)年5月29日に他団体と連名で再び出された
とも言える。佐野利器、内田祥三をはじめとする構造系
「建築設計資格制度の改善に関する提言」 173 でも同じ
の重鎮がまだ業界の上層部には存在したし、同時に建築
主張が含まれている。
の技能者が完全に分離せずとも業務を遂行できた時代で
建築家協会の仙田満会長が国会に参考人招致された際
もあった。しかし、時代の流れで建築設計の置かれた状
の発言174からは、建築士の枠組みの中で構造や設備の資
況は大きく変わったのである。
格者を取り扱うのではなく、統括建築士のみを建築士と
建築士法が制定されたときは、建築士一人で構造も
し、構造・設備は別枠であるべきだという考えが伺え
設備も意匠も全部できた時代です。計算尺で簡単に
る。
構造もできたんですが、今は全くそうではありませ ん。175
7-4 法規外の資格の存在理由
大きく変わった状況に対して法整備は機敏とは言えな
建築士法によって建築士という資格があるにも関わら
かった。むしろ漫然と過ごすうちに耐震偽装問題が発生
ず、以上で見たような資格が各種の団体で設けられてい
したと言ってよい。建築士法が対応しきれない部分を社
るのはなぜなのか。
会制度によって対応する動きが専攻建築士やJSCA建築構
全ての資格に共通して言えるのは、建築士が現実の建
造士であったが、そういった取り組みが社会的に認知さ
築業の業態にきちんと対応していないという問題に対応
れ功を奏するまでに事件が発生したのである。
しようとしているということだ。4章で見たように、建 築士資格は現実の建築業態や業界構造に適合はしていな かった。本来、構造の面が中心に考えられていたはずの 建築士が実際には建築の一般的な資格になってしまって
㈳日本建築家協会「「建築士制度の見直しに向けた論点」に対するJIA見解」2006年5月、<http://www.jia.or.jp/ news/jia_news/2006/0522jia-kenkai.pdf>。 172
日本建築家協会「建築設計資格制度の改善に関する提言」<http://www.bcs.or.jp/asp/request/pdf/ 20060530095425.pdf>。 173
174
前掲註123、p3-4,7.
175
三栖邦博の発言 『第156回国会参議院国土交通委員会議録』第5号、2006年12月7日、p17. ―― 39 ――
8. 提言
ぜなら高度な技術を持った技術者は専門知識を不断に学
4章から7章で、建築士法がたどって来た経緯を俯瞰的 に眺め、いくつかのテーマで分析した。この中で明らか になったことを踏まえて、いくつかの提言を試みる。
習し、情報を交換するとともに、同業者とのつながりの 中で自立的監督機能によって職責と職能に相応しい倫理 観を育む必要があるからである。同時に、社会に認知さ れることで十分な地位と相応の責任を得ることで構造設 計者が責任ある設計を行えるようにするのも職能団体の
8-1 建築の構造安全性に対して積極的な存在を 建築士の担う役割としては、構造の安全性を担う技術 者が想定されていた。それにも関わらず、資格制度運営 の過程で建築士は建築関係者全般の資格に変わってし まった。建築士資格が設計者として十分な資質を保証し ていないことが耐震強度偽装事件を通して世間一般に認 知され、結果として建築士制度の厳格化が求められた。 時代を経るにつれて、建築士のレベルが下がったかどう かは客観的に見る資料がないが、建築士法制定時に「お よその見当で考えますと一級建築士が全国で約1万前 後、二級の者が3万前後くらい」 176と見積もられていた 建築士が2008年時点で「一級建築士:329508人 /二級 建築士:706219人/木造建築士:15664人」177と明ら
役割だと考えられる。JSCAがそのまま職能団体として相 応しいかどうかをここで議論することはしないが、7-2 で見たとおり、構造技術者の職能団体がすでに存在し、 専門家の認定や教育を行なっていることを踏まえ、社会 に広く認知される職能団体の成立の可能性を探るべきで ある。耐震偽装事件の発生を許してしまってから果たし て構造技術者の社会的な認知は向上したかというと、未 だに危ういものがある。建築士の資格はある程度の指標 にはなるが、現代の構造技術の高度化に配慮して、十分 な技術力をもった者が所属するように厳しい認定の基準 をもつ構造家独自の職能団体をつくることが重要であ る。
かに過多をきたしているため、当初と同じ水準を保って いるとは考えがたい。 建築士の平均的なレベルが仮に下がっているとしたと きに、構造設計一級建築士を創設することで高等な水準 の人材を確保したことにして安心することはできる。し かしそれだけでは、建築士制度の再構築にはならない。 制定の起点に帰れば、建築士法は建築基準法とセット で、建築物の構造の安全性を上から引き上げるための存 在として建築士の働きを期待していた。レベルが低下し た建築士にかえて上位資格を設定しても、その役割が建 築基準法を守ることに終始する限りは、市街地建築物法 時代同様に最低基準をクリアすることを目指して最低レ ベルの建築がつくられかねない。単純な技術者のレベル の問題ではなく、構造の安全性を積極的に追求する存在 が整備されなくては、建築の安全性は向上していかな い。積極的な構造技術者が必要である。
8-2 職能団体の充実を 積極的に安全性を追求する構造技術者が広まるには、 構造設計者の職能団体が整備されなくてはならない。な 176
建設省住宅局長 伊藤五郎の発言、前掲註40、p.4.
177
㈶建築技術教育普及センターホームページ、<http://www.jaeic.or.jp/k-seidozenpan.htm#5>による。 ―― 40 ――
終 り に
9. 結び 日本建築士会の建築士法制定運動から始まり、建築士 法の成立・運用の過程を追い。現代の民間からの提案ま で眺めた。これに基づき建築士資格について分析した結 果以下のことが明らかになった。
建築士法の制定から時が経ち、建築士も登録ベースで 100万名の多きにのぼる。その間に、この資格が構造技 術者の資格として定義され、創設の目的が 建築生産に技 術参与することで日本の建築の質的向上を期待するこ と であったという当初の理念と現実の建築士の実態が乖 離した。建築士の実態は構造設計者の資格でもなければ 設計監理業の業務資格でもない。広く建築関係者であ る。そこには木造技術者の評価や設計施工の分離など大 きなテーマが流入しており、巨大な問題体系を孕んでい る。 本論文では、構造安全性を中心に議論したがその観点 から言っても問題点は多い。高度な構造力学を修めてい るはずの建築士の上に屋上屋を架すようにして対処療法 的に構造設計一級建築士が設けられるなど制度の矛盾も 生じている。 最も重要な問題としては 積極的に建築の 質を引き上げる建築士 という存在を失ったことで、経済 原理に流されれば多くの建築が最低限を目指すという事 態に十分な対処が出来ていないということがある。ま た、現在の法制度は制限や最低基準を設け、技術者を縛 り付けることで行政や消費者の不安を取り除こうとする 傾向がある。最低基準を守ることは無論重要だが、構造 の安全性を積極的に追求する存在なくして、安全性の向 上は期待できない。法適合を確認して最低基準を遵守し ていることを確認するだけでなく、積極的に構造技術を 使う技術者が求められる。 一方で、建築士はもはや建築一般の検定のようなもの だと割り切るなら、日本は層の厚い建築関係者の集団を 抱えているという前向きな評価もできる。
この事実を踏まえて以下の提言を行った。 積極的に安全性を向上させるために高度な技術をも ち、倫理観を備えた技術者の存在を建築士の中から発生 させるべきである。また、そのためには職能団体の充実 や構造設計者の社会的認知が必要である。 ―― 41 ――
参 考 資 料 編
主要参考文献 主要な書籍 日本建築学会(編)『近代日本建築学發達史』丸善、1972年。 ※今回の研究では利用しなかったが、復刻版が出ているので紹介する 日本建築学会(編)『近代日本建築学發達史』文生書院、2001年。 村松貞次郎・市浦健『建築学体系37 建築学史 建築実務』彰国社、1968年。 大橋雄二『日本建築構造基準変遷史』日本建築センター、1993年。
主要な論文 大橋雄二「建築士制度と構造安全の確保に関する考察」『日本建築学会構造系論文報告集』第439号、1992年9月。 速水清孝「建築行政官の建築士法に対する意見―建築士法の成立過程に関する研究 その1―」『日本建築学会計画系 論文集』第598号、2005年12月。 同上「建築代理士制度の成立と展開―建築士法の成立過程に関する研究 その2―」『日本建築学会計画系論文集』第 601号、2006年3月。 同上「建築士法第3条:建築士でなければできない設計又は工事監理の範囲の昭和26年改正の経緯―建築士法の成立過 程に関する研究 その3―」『日本建築学会計画系論文集』第605号、2006年7月。 同上「帝国議会上程期の建築士法案に対する考察―建築士法の成立過程に関する研究 その4―」『日本建築学会計画 系論文集』第607号、2006年9月。 同上「建設業法第26条:主任技術者制度の成立過程と建築士法―建築士法の成立過程に関する研究 その5―」『日本 建築学会計画系論文集』第610号、2006年12月。
議事録 『第7回国会衆議院建設委員会議録23号』1950年4月8日、1-8ページ。 『第7回国会参議院建設委員会会議録16号』1950年4月11日、7−11ページ。 『第7回国会参議院建設委員会会議録19号』1950年4月19日、1−6ページ。 『第7回国会参議院建設委員会会議録20号』1950年4月25日、1−6ページ。 『第98回国会衆議院建設委員会議録6号』1983年3月25日、38-39ページ。 『第98回国会衆議院建設委員会議録8号』1983年4月27日、4-22ページ。 『第98回国会参議院建設委員会会議録5号』1983年5月12日、4-6、12-13ページ。 『第165回国会衆議院国土交通委員会議録5号』2006年11月28日、2-26ページ。 『第165回国会衆議院国土交通委員会議録6号』2006年11月29日、1-32ページ。 『第165回国会参議院国土交通委員会会議録5号』2006年12月7日、1-28ページ。 『第165回国会参議院国土交通委員会会議録6号』2006年12月11日、1-16ページ。
新聞・雑誌 日刊建設工業新聞社『日刊建設工業新聞』 日本建築士会連合会『建築士』 日本建築大工技能士会『建築情報』
士会連合会専攻建築士実人数
北海道 青森 岩手 宮城 秋田 山形 福島 城 栃木 群馬 埼玉 千葉 東京 神奈川 山梨 長野 新潟 静岡 愛知 岐阜 三重 富山 石川 福井 滋賀 京都 大阪 兵庫 奈良 和歌山 鳥取 島根 岡山 広島 山口 徳島 香川 愛媛 高知 福岡 佐賀 長崎 熊本 大分 宮崎 鹿児島 沖縄 合計
まちづくり 14 8 10 8 3 3 4 3 5 9 5 6 157 37 7 26 12 7 9 6 6 8 6 3 6 5 36 15 2 10 4 25 8 12 8 5 1 3 1 21 7 7 7 8 5 19 4 581
統括設計 構造設計 設備設計 棟梁 建築生産 法令 教育研究 合計 220 28 4 1 143 21 2 433 114 9 1 2 60 2 2 236 229 20 2 3 62 19 2 347 203 18 4 7 106 11 5 362 144 16 2 101 6 272 181 26 4 1 52 4 2 273 212 39 6 9 65 6 1 342 33 9 9 1 55 62 15 1 16 4 1 104 185 34 4 5 70 20 5 333 92 41 2 2 29 3 174 148 33 3 11 68 10 4 283 1299 213 51 23 216 46 25 2030 369 73 16 6 128 42 5 676 169 24 6 95 14 1 316 503 51 11 5 186 3 2 787 249 43 3 13 74 13 4 411 293 30 1 2 56 7 1 397 484 68 5 3 137 16 4 726 212 20 3 64 17 3 325 173 22 4 68 9 1 283 150 34 3 7 54 11 1 268 113 9 5 8 83 26 1 251 123 13 1 4 49 4 1 198 37 6 2 11 5 67 74 10 1 4 20 1 3 118 543 95 24 4 161 42 21 926 175 43 3 57 9 3 305 148 18 3 56 5 232 94 38 3 1 27 8 1 182 127 33 2 3 48 1 2 220 211 25 5 4 109 30 1 410 158 16 3 3 43 6 4 241 366 54 9 3 196 32 7 679 102 29 5 1 59 4 2 210 59 14 20 1 2 101 92 7 2 48 2 152 65 12 1 49 6 163 135 22 4 4 42 1 209 419 70 9 5 147 19 5 695 76 5 21 1 2 112 105 22 1 2 41 7 185 256 36 3 15 108 10 3 438 39 10 6 13 5 2 83 147 27 2 78 6 265 239 22 1 4 91 25 5 406 169 41 2 42 9 2 269 9796 1543 209 189 3478 550 138 16550
JIA登録建築家 都道府県 北海道 青森 秋田 岩手 宮城 山形 福島 東京都 神奈川 埼玉 千葉 城 栃木 群馬 山梨 新潟 長野 富山 石川 福井 愛知 岐阜 静岡 三重 大阪 兵庫 京都 滋賀 奈良 和歌山 鳥取 島根 岡山 広島 山口 徳島 香川 愛媛 高知 福岡 佐賀 長崎 熊本 大分 宮崎 鹿児島 沖縄 海外 合計
人数 112 18 12 20 63 15 26 676 84 24 37 10 8 17 4 7 34 34 33 14 170 14 27 28 198 82 53 22 19 24 1 11 21 24 7 16 23 8 15 80 2 11 1 8 6 14 25 2 2160
全 専 攻 に 占 め る 当 該 専 攻 の 比 率
岩手 宮城 秋田 山形 福島 城 栃木 群馬 埼玉 千葉 東京 神奈川 山梨 長野 新潟 静岡 愛知 岐阜 三重 富山 石川 福井 滋賀 京都 大阪 兵庫 奈良 和歌山 鳥取 島根 岡山 広島 山口 徳島 香川 愛媛 高知 福岡 佐賀 長崎 熊本 大分 宮崎 鹿児島 沖縄 合計
まちづくり 2.9% 2.2% 1.1% 1.1% 1.2% 5.5% 4.8% 2.7% 2.9% 2.1% 7.7% 5.5% 2.2% 3.3% 2.9% 1.8% 1.2% 1.8% 2.1% 3.0% 2.4% 1.5% 9.0% 4.2% 3.9% 4.9% 0.9% 5.5% 1.8% 6.1% 3.3% 1.8% 3.8% 5.0% 0.7% 1.8% 0.5% 3.0% 6.3% 3.8% 1.6% 9.6% 1.9% 4.7% 1.5% 4%
統括設計 66.0% 56.1% 52.9% 66.3% 62.0% 60.0% 59.6% 55.6% 52.9% 52.3% 64.0% 54.6% 53.5% 63.9% 60.6% 73.8% 66.7% 65.2% 61.1% 56.0% 45.0% 62.1% 55.2% 62.7% 58.6% 57.4% 63.8% 51.6% 57.7% 51.5% 65.6% 53.9% 48.6% 58.4% 60.5% 39.9% 64.6% 60.3% 67.9% 56.8% 58.4% 47.0% 55.5% 58.9% 62.8% 59%
構造設計 5.8% 5.0% 5.9% 9.5% 11.4% 16.4% 14.4% 10.2% 23.6% 11.7% 10.5% 10.8% 7.6% 6.5% 10.5% 7.6% 9.4% 6.2% 7.8% 12.7% 3.6% 6.6% 9.0% 8.5% 10.3% 14.1% 7.8% 20.9% 15.0% 6.1% 6.6% 8.0% 13.8% 13.9% 4.6% 7.4% 10.5% 10.1% 4.5% 11.9% 8.2% 12.0% 10.2% 5.4% 15.2% 9%
設備設計 0.6% 1.1% 0.7% 1.5% 1.8% 0.0% 0.0% 1.2% 1.1% 1.1% 2.5% 2.4% 0.0% 1.4% 0.7% 0.3% 0.7% 0.0% 1.4% 1.1% 2.0% 0.5% 0.0% 0.8% 2.6% 0.0% 1.3% 1.6% 0.9% 1.2% 1.2% 1.3% 2.4% 0.0% 0.0% 0.0% 1.9% 1.3% 0.0% 0.5% 0.7% 0.0% 0.8% 0.2% 0.7% 1%
棟梁
0.9% 1.9% 0.0% 0.4% 2.6% 0.0% 1.0% 1.5% 1.1% 3.9% 1.1% 0.9% 1.9% 0.6% 3.2% 0.5% 0.4% 0.9% 0.0% 2.6% 3.2% 2.0% 3.0% 3.4% 0.4% 1.0% 0.0% 0.5% 1.4% 1.0% 1.2% 0.4% 0.5% 0.0% 1.3% 0.6% 1.9% 0.7% 0.0% 1.1% 3.4% 7.2% 0.0% 1.0% 0.0% 1%
建築生産 17.9% 29.3% 37.1% 19.0% 19.0% 16.4% 15.4% 21.0% 16.7% 24.0% 10.6% 18.9% 30.1% 23.6% 18.0% 14.1% 18.9% 19.7% 24.0% 20.1% 33.1% 24.7% 16.4% 16.9% 17.4% 18.7% 24.1% 14.8% 21.8% 26.6% 17.8% 28.9% 28.1% 19.8% 31.6% 30.1% 20.1% 21.2% 18.8% 22.2% 24.7% 15.7% 29.4% 22.4% 15.6% 21%
法令
5.5% 3.0% 2.2% 1.5% 1.8% 1.8% 3.8% 6.0% 1.7% 3.5% 2.3% 6.2% 4.4% 0.4% 3.2% 1.8% 2.2% 5.2% 3.2% 4.1% 10.4% 2.0% 7.5% 0.8% 4.5% 3.0% 2.2% 4.4% 0.5% 7.3% 2.5% 4.7% 1.9% 1.0% 1.3% 3.7% 0.5% 2.7% 0.9% 3.8% 2.3% 6.0% 2.3% 6.2% 3.3% 3%
教育研究 0.6% 1.4% 0.0% 0.7% 0.3% 0.0% 1.0% 1.5% 0.0% 1.4% 1.2% 0.7% 0.3% 0.3% 1.0% 0.3% 0.6% 0.9% 0.4% 0.4% 0.4% 0.5% 0.0% 2.5% 2.3% 1.0% 0.0% 0.5% 0.9% 0.2% 1.7% 1.0% 1.0% 2.0% 0.0% 0.0% 0.0% 0.7% 1.8% 0.0% 0.7% 2.4% 0.0% 1.2% 0.7% 1%
専攻の比率
3%1%4%
21%
1% 1% 9%
59%
まちづくり 統括設計 構造設計 設備設計 棟梁 建築生産 法令 教育研究
都 道 府 県 の 比 率
北海道 青森 岩手 宮城 秋田 山形 福島 城 栃木 群馬 埼玉 千葉 東京 神奈川 山梨 長野 新潟 静岡 愛知 岐阜 三重 富山 石川 福井 滋賀 京都 大阪 兵庫 奈良 和歌山 鳥取 島根 岡山 広島 山口 徳島 香川 愛媛 高知 福岡 佐賀 長崎 熊本 大分 宮崎 鹿児島 沖縄 北海道 青森
まちづくり 2.4% 1.4% 1.7% 1.4% 0.5% 0.5% 0.7% 0.5% 0.9% 1.5% 0.9% 1.0% 27.0% 6.4% 1.2% 4.5% 2.1% 1.2% 1.5% 1.0% 1.0% 1.4% 1.0% 0.5% 1.0% 0.9% 6.2% 2.6% 0.3% 1.7% 0.7% 4.3% 1.4% 2.1% 1.4% 0.9% 0.2% 0.5% 0.2% 3.6% 1.2% 1.2% 1.2% 1.4% 0.9% 3.3% 0.7% まちづくり 3.2% 3.4%
設計 2.2% 1.2% 2.3% 2.1% 1.5% 1.8% 2.2% 0.3% 0.6% 1.9% 0.9% 1.5% 13.3% 3.8% 1.7% 5.1% 2.5% 3.0% 4.9% 2.2% 1.8% 1.5% 1.2% 1.3% 0.4% 0.8% 5.5% 1.8% 1.5% 1.0% 1.3% 2.2% 1.6% 3.7% 1.0% 0.6% 0.9% 0.7% 1.4% 4.3% 0.8% 1.1% 2.6% 0.4% 1.5% 2.4% 1.7% 統括設計 50.8% 48.3%
構造設計 1.8% 0.6% 1.3% 1.2% 1.0% 1.7% 2.5% 0.6% 1.0% 2.2% 2.7% 2.1% 13.8% 4.7% 1.6% 3.3% 2.8% 1.9% 4.4% 1.3% 1.4% 2.2% 0.6% 0.8% 0.4% 0.6% 6.2% 2.8% 1.2% 2.5% 2.1% 1.6% 1.0% 3.5% 1.9% 0.9% 0.5% 0.8% 1.4% 4.5% 0.3% 1.4% 2.3% 0.6% 1.7% 1.4% 2.7% 構造設計 6.5% 3.8%
設備設計 1.9% 0.5% 1.0% 1.9% 1.0% 1.9% 2.9% 0.0% 0.0% 1.9% 1.0% 1.4% 24.4% 7.7% 0.0% 5.3% 1.4% 0.5% 2.4% 0.0% 1.9% 1.4% 2.4% 0.5% 0.0% 0.5% 11.5% 0.0% 1.4% 1.4% 1.0% 2.4% 1.4% 4.3% 2.4% 0.0% 0.0% 0.0% 1.9% 4.3% 0.0% 0.5% 1.4% 0.0% 1.0% 0.5% 1.0% 設備設計 0.9% 0.4%
棟梁 0.5% 1.1% 1.6% 3.7% 0.0% 0.5% 4.8% 0.0% 0.5% 2.6% 1.1% 5.8% 12.2% 3.2% 3.2% 2.6% 6.9% 1.1% 1.6% 1.6% 0.0% 3.7% 4.2% 2.1% 1.1% 2.1% 2.1% 1.6% 0.0% 0.5% 1.6% 2.1% 1.6% 1.6% 0.5% 0.0% 1.1% 0.5% 2.1% 2.6% 0.0% 1.1% 7.9% 3.2% 0.0% 2.1% 0.0% 棟梁
0.2% 0.8%
建築生産 4.1% 1.7% 1.8% 3.0% 2.9% 1.5% 1.9% 0.3% 0.5% 2.0% 0.8% 2.0% 6.2% 3.7% 2.7% 5.3% 2.1% 1.6% 3.9% 1.8% 2.0% 1.6% 2.4% 1.4% 0.3% 0.6% 4.6% 1.6% 1.6% 0.8% 1.4% 3.1% 1.2% 5.6% 1.7% 0.6% 1.4% 1.4% 1.2% 4.2% 0.6% 1.2% 3.1% 0.4% 2.2% 2.6% 1.2%
法令 3.8% 0.4% 3.5% 2.0% 1.1% 0.7% 1.1% 0.2% 0.7% 3.6% 0.5% 1.8% 8.4% 7.6% 2.5% 0.5% 2.4% 1.3% 2.9% 3.1% 1.6% 2.0% 4.7% 0.7% 0.9% 0.2% 7.6% 1.6% 0.9% 1.5% 0.2% 5.5% 1.1% 5.8% 0.7% 0.2% 0.4% 1.1% 0.2% 3.5% 0.2% 1.3% 1.8% 0.9% 1.1% 4.5% 1.6%
建築生産 33.0% 25.4%
教育研究 1.4% 1.4% 1.4% 3.6% 0.0% 1.4% 0.7% 0.0% 0.7% 3.6% 0.0% 2.9% 18.1% 3.6% 0.7% 1.4% 2.9% 0.7% 2.9% 2.2% 0.7% 0.7% 0.7% 0.7% 0.0% 2.2% 15.2% 2.2% 0.0% 0.7% 1.4% 0.7% 2.9% 5.1% 1.4% 1.4% 0.0% 0.0% 0.0% 3.6% 1.4% 0.0% 2.2% 1.4% 0.0% 3.6% 1.4% 法令
4.8% 0.8%
合計 2.6% 1.4% 2.1% 2.2% 1.6% 1.6% 2.1% 0.3% 0.6% 2.0% 1.1% 1.7% 12.3% 4.1% 1.9% 4.8% 2.5% 2.4% 4.4% 2.0% 1.7% 1.6% 1.5% 1.2% 0.4% 0.7% 5.6% 1.8% 1.4% 1.1% 1.3% 2.5% 1.5% 4.1% 1.3% 0.6% 0.9% 1.0% 1.3% 4.2% 0.7% 1.1% 2.6% 0.5% 1.6% 2.5% 1.6% 教育研究 0.5% 0.8%
都道府県の比率 北海道 青森 岩手 宮城 秋田 山形 福島 城 栃木 群馬 埼玉 千葉 東京 神奈川 山梨 長野 新潟 静岡 愛知 岐阜 三重 富山 石川 福井 滋賀 京都 大阪 兵庫 奈良 和歌山 鳥取 島根 岡山 広島 山口 徳島 香川 愛媛 高知 福岡 佐賀 長崎 熊本 大分 宮崎 鹿児島 沖縄 0%
3.8% 7.5% 11.3% 15.0%
年 1972 1973 1974 1975 1976 1977 1978 1979 1980 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005
総計 1807581 1905112 1316100 1356286 1523844 1508260 1549362 1493023 1268626 1151699 1146149 1136797 1187282 1236072 1364609 1674300 1684644 1662612 1707109 1370126 1402590 1485684 1570252 1470330 1643266 1387014 1198295 1214601 1229843 1173858 1151016 1160083 1189049 1236175
木造 1111846 1120484 869637 907389 992966 946489 955158 909534 750653 653647 666960 590848 594144 591911 633858 741552 697267 719870 727765 623003 671130 721431 721431 666124 754296 611316 545133 565544 555814 522823 503761 523192 540756 542848
木造比率 61.51% 58.81% 66.08% 66.90% 65.16% 62.75% 61.65% 60.92% 59.17% 56.76% 58.19% 51.97% 50.04% 47.89% 46.45% 44.29% 41.39% 43.30% 42.63% 45.47% 47.85% 48.56% 45.94% 45.30% 45.90% 44.07% 45.49% 46.56% 45.19% 44.54% 43.77% 45.10% 45.48% 43.91%
着工戸数
プレハブ
2000000
1500000 139245 138830 136820 127235 122824 138494 146679 162833 177842 203365 247455 218716 211210 219186 219774 252398 246108 227331 224758 251296 206532 182399 185724 175069 165257
1000000
500000
0
1972 1976 1980 1984 1988 1992 1996 2000 2004
総計
木造
1972 1976 1980 1984 1988 1992 1996 2000 2004
木造比率
関連団体の 系統
辰野金吾
ゼネコン系
大阪土木建築業組合(1908)
初代理事長 東京土木建築業組合(1911) 竹中藤右衛門
四会連合会メンバー
BCS 建築業協会(1911)
AIJ 学会と言う名称だが 日本建築学会(1886) 実務者を内包する 1887年『建築雑誌』創刊
改称・日本建築学会(1897) 1905年財団法人化 JIA 少数エリートの 辰野金吾 日本建築士会(1914) 建築家職能団体 長野宇平治 中條精一郎ら 四会連合会メンバー
関西 AAJ 建設業界系 日本建築協会(1917) 日本土木建築請負業連合会(1919)
1891年 濃尾地震
1934年 室戸台風
四会連合会メンバー
佐 野 利 器
内 藤 多 仲
内 田 祥 三
日本建築設計監理統制組合(1944) いわゆる構造派世代
(改称)日本建築設計監理協会(1948)
四会連合会メンバー
1950年 建築士法制定
全建 全国建設業協会(1948) 1951解散
日本建築士会連合会(1952) ゼネコン労組
建築士法で定められた 建築士が加入
JCV 日建協 日本建設産業職員 労働組合協議会(1954)
一定規模の事務所が 合流
JIA 個人会員向けに改組 (旧)日本建築家協会(1956)
大工系 今和次郎が初代会長
1957任意団体発足
全日本建築士会(1958)
1959財団法人化 全事連 全国建築士事務所協会連合会(1975) 社団法人化 三栖邦博 日事連 日本建築士事務所協会連合会(1975)
全建総連 全国建設労働組合総連合会(1960) 家協会による日事連への 対抗処置 日本建築設計監理協会連合会(1975)
全日本中小建築工事業団体連合会(1971) 中小工務店系 1974 社団法人化
構造家懇談会(1981) (財)建築家技術教育センター(1982)
1984社団法人化 1984年一級建築士試験 事務開始 1986年二級・木造建築士 設備士 試験事務開始
JIA (新)日本建築家協会(1987) 構造エンジニアの 職能団体 JSCA 日本建築構造技術者協会(1989)
1995年 兵庫県南部地震 2005年 耐震偽装事件 法定団体化 日事連(2009)
謝辞 この論文は東京大学工学部建築学科の卒業論文として 東京大学大学院新領域創成科学研究科社会文化環境学専攻空間 環境学・情報社会環境学分野教授の神田順博士のもとでまとめたものです。 まず、指導教官の神田先生には論文の内容や書き方に始まり、貴重な資料を貸していただくなど熱心に指導していた だき、誰よりも感謝しています。ありがとうございました。法律という建築学科ではあまり扱われていないテーマでの 論文作成に、これまでの活動の経験から様々なアドバイスを頂きました。ときには目からウロコが落ち、また時にこれ から建築生産に関わろうとする者として背筋を正す思いになる日々でした。 また、合同研究室会議では高田先生や助教の糸井さんにも様々な質問やアドバイスを頂きました。これも調査を進め る上で非常に有益でした。ありがとうございました。 柏と本郷に離れているために先輩方とは日常的に接する機会がありませんでしたが、研究室の打ち合わせや、見学会 などでお世話になりました。不甲斐ない後輩の面倒を見てくださったことに感謝しております。
諸般の事情で挫けそうになったときに励ましてくれた友人と家族にも感謝しています。
今回は研究のテーマが少々変わっていたこともあり、建築学科内の資料では不十分な事が多々ありました。東大経済 学部図書館、法学部図書館、情報学環、国立国会図書館にもお世話になりました。とくに国会図書館には専門雑誌や専 門新聞を調査するに当たり大変お世話になりました。
たくさんの方にお世話になりながら、この程度の論文しか書けなかったことは一重に私の浅学非才にして無知無能な ところによるものです。最高学府で学士となろうというのに、果たしてこのようなレベルで許されるのかと未だに悶々 としております。どうしてこんなにも自分は駄目な人間なのか。何度唇を噛み締めたことでしょう。感謝の気持ちと共 に、自らの低劣な学才を謝罪し、謝辞とさせていただきます。
額を銀杏並木にこすりつけながら 石原隆裕 2010/12/06