全神経を集中させ見つめるのはただ一点、
第1コーナーの入り口。
そこに誰よりも先に飛び込むために五感を研ぎ澄まし、
スタートの合図を待つ。
目の前に張られたコーステープの向こう側にいる
フォトグラファーなど、
視界には入らない。
ヘッドフォンでお気に入りの
アーティストの曲を聴きながら、
頭の中では試走で覚えた
コースのライン取りを何度もトレース。
同じ会場のどこかでウォーミングアップしている
ラ イ バ ル た ち と ど ん な 展 開 す る の か ――
ひたすらイメージして、プランを立てる。
BEFORE
THE RACE
IN
THE RACE
頑張っているのを、
全力を尽くすのを十分承知していても
「 が ん ば れ ー ! 」「 出 し 切 れ ー ! 」 と 叫 ん で し ま う の だ 。
持てるもの全てをかけ走る君の姿を目の前にすると、
そう叫ばずにはいられないのだ。
仲間の声が聞こえるか?
愛する者の祈りは届いているか?
彼ら、彼女らは、君のために
鳴り響くカウベルの音にかき消されぬよう、
声を張りあげ君を応援しているのだ。
JCX SERIES
茨城/小貝川リバーサイドパーク
#01
JCX
スタッフによって刈り取られ
た河川敷特有の茎の太い枯れ
草 は、 想 像 以 上 に ラ イ ダ ー の
連 休、 宇 都 宮 シ ク ロ
脚に負荷をかける。
月の
クロスエキシビジョンから
3
グっと来た。
シーズン開幕にこの濃さは
ト グ ラ フ ァ ー も 多 い は ず だ。
のライダー、ギャラリー、フォ
日間シクロクロスレース漬け
3
10
年連続JCXシリーズ開幕
とげる。
ドなコースへと見事な変貌を
る頃には水も引け、ハイスピー
と こ ろ が、 レ ー ス の 準 備 に 入
も水没してしまう。
強い台風の影響により無残に
催 が 近 づ く 季 節 に は、 勢 力 の
戦 の 会 場 と な っ た こ こ は、 開
2
関西/マイアミランド
#02
JCX
前 日 の 試 走 は 暖 か く、 会 場 の 名称から安易に想像してしま い が ち な 気 候 だ っ た が、 レ ー ス当日は強風。 湖面に波を立てて吹きつけて くる風は冷たく凶暴そのもの。 冷めたい風はライダーから体 温 を 奪 い 取 り、 湖 畔 に 広 が る 砂浜は容赦なくその脚を削る。 少しでも硬いラインを見切る な ら、 水 辺 ぎ り ぎ り の ラ イ ン を選択せざるを得ない。時折、 波が打ち寄せ水しぶきが体に 跳 ね る。 こ の 砂 は、 こ の 先 続 くJCXシリーズのごく一部 でしかないのだ。
#
東北/猪苗代湖天神浜
#03
JCX
月になると朝の気温が一気に下がっ
スを高速化させた。
アミランドよりも乗車率は高く、レー
まっており、湖畔のセクションもマイ
う 砂 の 質。 防 風 林 の 中 の 砂 は 固 く 締
前週のマイアミランドとはまったく違
がした。
シーズンが加速度的に濃厚になる予感
を刺す空気の冷たさは、シクロクロス
た。猪苗代湖の湖畔で感じたキンと肌
11
関西/マキノ高原
#04
JCX
メタセコイヤの並木は、賑わう観光客
を静かに眺め、
しなやかに伸びた芝
は、その先のレース会
場を覆いつくす。
なだらかな傾斜にセッ
ティングされたコース
は、ライダーにひたすら踏み続けるこ
とを要求する。もっと踏め、もっと踏
めと。
漕がずとも、どんどん加速する下り勾
配の先には、高速コーナーが待ち構え
る。タイヤのグリップをどこまで信じ
てバイクを倒しこめるのか、勇気を試
された。
Rapha SUPERCROSS NOBEYAMA
#05/6
JCX
かなりスキャンダラスな話題だった。
滝沢牧場には泥がなかった――これは
あまりの晴天続きのせいで、この年の
も 多 い の で は な い だ ろ う か。 し か し、
用のスタッドレスタイヤに交換した人
野辺山に向かうために車のタイヤを冬
は例年通り早々と売り切れた。
に 1 0 0 0 人 を 超 え、 名 物 の「 泥 T 」
クロス。2日間での出走ライダーは悠
と呼んでも過言ではない野辺山シクロ
もはや国内最大のシクロクロスの祭典
#
東海/ワイルドネイチャープラザ
#07
JCX
チャンスを与える。
ル に ア ド バ ン テ ー ジ を 与 え、 後 続 に
たった一度の過ちは、先行するライバ
ちをあせらせる。そしてミスを誘発。
フォームはバイクを進めなくし、気持
フ ォ ー ム が 前 の め り に な り、 そ の
い 取 る。 疲 れ て く る と ラ イ デ ィ ン グ
砂は間違いなくライダーの体力を奪
いるようだ。
に、 『日本のコクサイデ』と言われて
砂の下りセクションなどがあるため
砂の多さに圧倒される。
砂、砂、砂――100%砂。あまりの
#
湘南/中井中央公園
#08
JCX
#
走ることを諦めさせてしまうほどの長
い階段。
どこまで乗って登って行けるのか自分
を試したくなるキャンバー。
一瞬の迷いが即座にクラッシュに繋が
る固い砂のフラットコーナー。そして
勇気を試される高速ダウンヒル。
ここには不思議と全部揃っている。獲
得標高を考えたらJCXシリーズでは
一番。その割には1周のラップタイム
が恐ろしく早く、女子は8周、男子は
周もさせられた。
14
宇都宮/道の駅ろまんちっく村
#09
JCX
で見るワー YOUTUBE
はみんな知っている。それが宇都宮だ。
チームのブリッツェン所属選手の名前
ロクロスレースは知らなくても、地元
ルドカップかのように錯覚する。シク
さ は、 ま る で
キャンバーセクションに集う観衆の多
宮にはある。
がこうだったらいいのに……」が宇都
「国内のすべてのシクロクロスレース
係者の人だかり。
スタート直前の選手に群がるプレス関
る観客の人数。
スタートやゴールのコース脇に詰め寄
いる。
宇都宮は自転車レースが街に浸透して
#
中国/広島中央森林公園
#10
JCX
#
年ぶりの大寒波がやってくる」
時には気象条件に左右される時があ る。「
呼んでも良かろう。
き た 者 は、 会 場 に 着 い た 時 点 で 勝 者 と
……。 な ん の 確 証 も な い ま ま 遠 征 し て
も道路が通行止めになってしまったら
帰 り の 便 は 飛 ぶ の だ ろ う か ……。 も し
組のタイヤの跡が数本のみ。
場 に 向 か う 道 路 に は、 ホ テ ル か ら 自 走
が 鳴 り 響 く。 う っ す ら と 雪 が 積 も り 会
時折離着陸する旅客機のエンジンの音
コ ー ス は 強 風 を 遮 る も の が 一 切 な く、
広島空港に隣接する公園に設定された
た。
象情報サイトではそう警戒を促してい
「最低でも3日分の食料の確保を」気
40
東京/ CYCLOCROSS TOKYO
#11
JCX
#
ここの砂はどこの砂とも似ていない。
JCXシリーズを締めくくる最後の砂
は、さらさらとして歩くことすら困ら
せる。
春の知らせを運んできた嵐は、コース
に気まぐれな魔法をかけた。
初日、乗車困難な区間が長かった乾い
た砂地は、アスファルトの様に硬くさ
せ、軽快に乗れたはずの森林セクショ
ンをヌタヌタの泥と化した――。
過去最高の観客動員の中、若き女王は
圧倒的な実力差を見せつけ、ナショナ
ルチャンプとシリーズチャンプの二人
は見せ場を作り、日本一華やかなレー
スを演出し盛り上げた。
AFTER
THE RACE
自分の求める結果を得られず、
呆然と座り込むライダーもいる。
ハンドルにもたれ掛かり、
トップチューブを眺めて静かに涙を流す。
悔しさのあまり怒りに任せて
バイクを放り出すことも。
フ ィ ニ ッ シ ュ ラ イ ン の 向 こ う に は ――
光と影が同居する。
フィニッシュラインを通過し
レースを終えると、
数十分前に肩をぶつけ合いながら
スタートした者同士は、
ただシクロクロスが好きというだけの
自転車仲間に戻る。
眩しそうにお互いの健闘を
握手で称えあう。
勝利を仲間に祝ってもらう者もいれば、
BI KE P
メカニックによって完璧に整備され 綺麗に磨き上げられたバイクは、 整然とバイクラックに並べ掛けられ、静かに決戦の時を待つ。 これから向かう戦いの場がドライであっても、泥であっても、砂であっても、 己の輝きを最大限放ち、存在を静かに熱くアピールしている。 ウォーミングアップが終わりスタートを待つ間も、 ライダーの身体を支え静かに待つ。 目指すのはホールショットか、誰よりも先にラップを重ねゴールすることか……。 その思いはライダーとシンクロしているはずだ。
PO RN
COU R S E P O RN
芝、泥、砂、コースは誰をも拒まない。 時折、雨や雪、 そして冷たい風をトッピングして ライダーを迎え入れる。 「さぁ走ってごらんなさい」 そんな母なる大地の声が ファインダー越しに聞こえる。 前日試走がドライだとしても、 レース当日も 同じコンディションとは限らない。 ひょっとしたら大雨かもしれない。 そんなときはこう考えよう。 1 度で 2 度美味しいと。 せっかく遠くまで レースしに来たのだから、 楽しまなきゃ損だ。 それに過酷なレースほど 終わった後の 爽快感は大きいはず。
このレースにはファンライドを 目的に来るライダーは一人もい ない。全員が年に一度のビッグ チャンスを掴もうとすべてを懸 けてやってくる。少しぐらい故 障していても無理をしてまで合 わ せ て く る ―― そ ん な レ ー ス だ 。 前夜激しく降り注いだ雨は強烈 なスパイスとなり、コースの味 付けを変えた。前日試走の時に 通過できたコーナーを乗れなく してしまい、下りの細かいター ンのブレーキングコントロール をシビアにする。 パワーもテクニックも必要とさ れたこの年のコースは、まさに 日本一を決めるにふさわしい コースだった。
N AT I O N A CHAMPIO
AL IONSHIP
GOAL SCEN
AL ENE
だからゴールは可能な限り派手に決めよう。 両手を広げて空を抱きかかえてもよし、 拳で何度も空を突き上げるもよい。 決してシレッとして通過してはいけない。
G OA L
SC E N E
ひとつのクラスにたった一人にしか許されない勝利の瞬間。 フィニッシュライン正面に陣取るフォトグラファーたちは、 その瞬間を逃すまいと ひたすらシャッターボタンを押し続ける。
EDITOR’S NOTE シクロクロスレースを撮り始めてから 5 年。 シーズンが始まる前から「このシーズンはちゃんと形に残そう」と決意していた。 自分の存在価値を確かめたいとか、 そんな挑戦的なことではない。 日本の自転車業界は広そうで、とても狭い。 ことレース関係になるとなおさら狭い。 誰かを通して必ず繋がっていると言っても過言ではなかろう。 5 年間現場に通って感じた。 シクロクロスは、特別に人間関係が強い。 無機質ではない何かで繋がっている。 目に見えないその繋いでいるものを表現するために、 この Photo-zine には“Strings”と名付けた。
決して自分の写真に自信があるわけではない。 型遅れの機材だし、カメラ、写真に対して ちゃんとした知識を持っているわけでもない。 常に自分に対して「オマエ、その写真撮れるのか?」と 問いかけながら撮影している。 『その写真』が撮れているかどうかは見る側の判断に委ねるしかないが、 ここに掲載した写真は、 現場の雰囲気をリアルに伝えられそうなショットをセレクトした。 シクロクロス、写真に関係なく“繋がり”から いろんな方々に手伝ってもらうことにより、 やっと形にすることができた。 ――出会ったすべての人々に感謝の気持ちを込めて――
E
CREDIT P h o t o a n d Te x t : S a t o s h i O d a Te x t E d i t i n g : S h i z u k a K u r i m o t o D e s i g n : Ta m i h i t o W a t a n a b e __ S p e c i a l T h a n k s __ W a k a Ta k e d a Noy'z Design Alisa Okazaki Masahiro "Kossy" Koshiyama