Loudspeaker Directivity | January 2019 | Sound A&T magazine (Japan)

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温故知新シリーズ 「スピーカ後編 ラインアレイスピーカあれこれ」

d&b の指向性制御へのこだわり Werner “Vier” Bayer, Product Manager, d&b audiotechnik GmbH Simon Johnston, Global Brand Advisor, d&b audiotechnik GmbH はじめに

指向性制御への d&b のこだわり

2018 年 4 月、d&b audiotechnik に よ る GSL シ ス テ ム

d&b audiotechnik は 1981 年からスピーカーシステム

の導入は、スピーカーシステムの指向性制御という意味に

を製造してきました。当初から同社の精神は、オーディエ

おいて、画期的な出来事となりました。オーディオテクノ

ンスの一人ひとりがリスニングゾーンのどの位置にいても

ロジー企業として d&b が世に送り出した SL-Series の最初

同様のサウンドを享受すべきであるという思想にこだわっ

のシステムとして、GSL システムは全帯域幅における指向

てきました。この公平性を重視した考え方は、同社の長年

性制御の新たな基準となるべきものと言えるでしょう。

のコミットメントである “Democracy for Listners ” に繋が

GSL システムにおいて非常に特徴的なことは「正確な指

ります。

向性制御が全帯域にわたって維持されている」ということ

この壮大なる目標は、スピーカーとアンプをはじめとす

です。これは注目すべき成果です。サウンドエンジニアで

るエレクトロニクス製品は、完璧に一体化されたものとし

あれば誰もが知っているように、周波数が低いほど、全方

て設計、構築され、妥協なき一貫性をもって稼働させる

向への分散傾向が強くなり、指向性制御を維持するという

べきであるという確信へと d&b エンジニアを導きました。

物理的課題がより大きくなります。より難しい挑戦である

この総合的な「システムアプローチ」を遵守しているから

ほど、より大きな結果がついてきます。より広い周波数帯

こそ、d&b ラウドスピーカーは d&b アンプによってのみ

域での制御が可能になれば、より良い結果をリスナーに届

駆動可能となっているのです。この「排他的」とも言うべ

けることができるのです。

き手法は、技術的に大きな優位性をもたらし、効率、性能

d&b にとって、GSL とそれに続く KSL で構成される SL-

の一貫性、及び扱いやすさを最大化するものなのです。

Series システムの全帯域における指向性制御は、30 年に

そのようなこだわりは、d&b が、スピーカーから出る

及ぶ継続した技術開発の集大成であります。蓄積された技

音の方向が実際にどの方向へ向かうのかに長年フォーカス

術と、新たな技術革新の組み合わせにより、d&b のエン

してきたこともまた意味しています。彼らは物理法則に

ジニア達は指向性制御への理解を深め、成熟させてきまし

則って、周囲へのエネルギーの拡散を避け、オーディエン

た。製品ラインナップが増えるごとに制御の対象となる周

スに音を向けることに注力してきました。

波数帯域を拡大させ、そこに立ちはだかるより大きな課題

それは簡単なことに聞こえるかもしれませんが、ご存じ

を乗り越え、今や SL-Series では指向性制御が難しい低周

のように周波数スペクトル上の波長毎のふるまいに違いが

波数帯域をも効果的にコントロールしています。

あることを考えると、それは容易ではありません。指向性 制御の有効性の改善は、長年にわたって少しずつ行われて きました。技術開発とその検証が繰り返され、時に組み合 わされ、より完全を目指してきた結果、全周波数帯域にお ける指向性制御という究極の目標に、かつてなく近づいて いるのです。 ここでの議論における「帯域幅」とは、スピーカーが指 向性制御可能な 10 オクターブのオーディオスペクトルの 部分を指します(すなわち、20Hz 〜 20,000Hz) 。 d&b の努力は、制御可能なスペクトルを広げることによって、

GSL ラインアレイ

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絶え間ない進歩を繰り返してきました。


d&b の指向性制御へのこだわり

なぜ指向性コントロールが重要なのか?

屋外での指向性制御

指向性制御により、 音響システムは必要とされるエリア、

建物やその他の近隣の障害物が音を反射し、残響場を刺

すなわちオーディエンスに音を届け、また不必要なエリア

激して離散的な反射を引き起こすような屋外では、同様の

には音を届けないということが可能になります。後者は、

基準を当てはめることができます。ここでもまた、他の面

望ましくない反射音が音の透明度、明瞭度に悪影響を及ぼ

や物体へ向けたエネルギーを最小限に抑えつつオーディエ

すので、特に音響的インパクトが大きいと考えられていま

ンスへ向けて発せられるオーディオ出力が多ければ多いほ

す。最近では、環境の問題や厳しい騒音規制によって、不

ど、より高い明瞭度を得ることができるのです。

要なサウンド(d&b 用語で言うところの「ノイズの侵入」)

周辺に障害物のないより開けた空間、例えば田園地域で

の制御はサウンドシステムの設計者にとってますます重要

行われるフェスティバルのような状況でも、効率に関して

な課題となってきています。

考慮すべき点は変わりません。このような状況でも、観客

オーディエンスエリア全体に全帯域の音を明瞭に届ける

に向けてオーディオ出力を集中させることが最高の結果に

というのは非常に難しい問題です。適切な指向性を持つサ

繋がります。なぜならそれ以外の空間へ向けて発せられる

ウンドシステムが適切に設置された場合のみ、納得のいく

エネルギーはやはり無駄なエネルギーだからです。 。

結果を得ることができます。

更に環境への配慮の観点から、サウンドシステムによっ

音を増幅させる事を全く意図せず作られた会場におい

て生み出されるエネルギーを可能な限りその空間内に収め

て、それが行われることも、しばしば発生します。最も顕

ることがますます必要とされてきています。特にこれは近

著な例はコンサートホールであり、その音響設計そのもの

隣へ迷惑をかけないという基本的な配慮や、会場の使用許

がオーケストラの音を増幅する残響空間を作り出すよう

可を与えた団体により指定された騒音レベルの限度を守る

に意図されています。このような環境でスピーカーシステ

ということに繋がります。ステージがメインの屋外会場で

ムを設置する場合、増幅された声または楽器の音をいかに

は、騒音に敏感なエリアを避ける方向に音を発するように、

して高い明瞭度でリスナーの耳に届けるかが課題となりま

指向性制御に優れたスピーカーシステムを使用して設営す

す。

ることが理想となります。

リスナーにとって明瞭度が下がるのは、スピーカーから の直接音のレベルとその残響音の差が非常に小さいか、残 響音が直接音より大きい場合です。指向性制御を備えた

音波の挙動

d&b システムの魅力は、実現可能な限りの広帯域におけ

指向性の改善のために使われた技術に触れる前に、音の

る非常に明確な指向性制御であり、オーディエンスに向け

伝達についての基本的な理論と特性、また周波数スペクト

て発せられるサウンドを可能な限りダイレクトに届けるこ

ル上での音源の特性について要約しておきましょう。基本

とです。壁またはその他の硬い表面に向けられる音エネル

に精通している方は次のセクションまで飛ばしていただい

ギーを最小限に抑えることが目的となります。 更にいうと、

て結構です!

オーディエンス以外の方向に向けて発せられるエネルギー は無駄なエネルギーであり、その拡散範囲が広くなるほど

まず理論上の点音源(理論上文字通りサイズの無い 「点」 )

本来必要とされる場所での音圧レベルは低くなるというこ

をイメージするところから始めましょう。理論上、反射、

とです。

温度変化、その他音の波を妨害するものの存在しない環境

もう一つの重要な点は、オーディエンス(通常は衣類を

でこの音源から音の波動が放射されるところを想像してく

身につけた人々と考える)は、非常によく音を吸収し、そ

ださい。このような空間では音エネルギーは球体が広がる

れを残響音場に反射しないことです。観客に向けたエネル

ように全方向へ分散し、音源から遠ざかり広域に拡がると

ギーを最大限に、かつその他のエリアへのエネルギーを最

同時に音エネルギーは減衰します。

小限に止めるように設計されたサウンドシステムであれ

計算上、球の半径が倍になるごとに表面積は 4 倍となり、

ば、高い明瞭度が期待できます。必要な場所へ可能な限り

それに従ってエネルギーも減衰します。逆二乗則としても

多くの音エネルギーを届けることで、同時に消費電力も抑

知られていますが、音源からの距離が 2 倍になるごとに

制できます。

︲6dB の変化となります。ただし、距離が 2 倍になるごと SOUND A&T No.97

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温故知新シリーズ

「スピーカ後編 ラインアレイスピーカあれこれ」

に ︲6dB というのは遮られることのない音エネルギーの最

の Electro-Voice 社のエンジニア Don Keele によって導入

大の減衰率であり、指向性制御の技術を用いたシステムで

された Constant Directivity(CD)ホーンでした。CD ホー

はより遠くまではるかに多くのエネルギーを届けることが

ンは低域から高域に渡ってある一定のレベルでの制御をす

できるのです。

るため、革新的な形をとっていました。別途 EQ を必要と

理論上では、スピーカーの指向性能を上げる最も簡単な

したため完璧ではありませんでしたが、その物理的設計は

方法はそのサイズを大きくすることです。波長が音源(ド

水平方向と垂直方向のカバレージパターンの関係における

ライバー)に対して小さい場合、指向性が上がります。こ

いくつかの制限を表していました。

れに反し、音源が波長に対して小さい場合、より無指向に

効率を上げることよりも、放射パターンへのある一定の

近くなり、軸上でも非軸上でも周波数特性は同様になりま

レベルの制御をすることを目的に設計された低音響負荷特

す。言い換えれば、スピーカーの軸上にいる観客には全帯

性のホーンは「ウェイブガイド」として知られています。

域がフラットに聞こえている場合でも、軸から外れるに従

ホーンとウェイブガイドの違いは、全てのホーンがウェイ

い高周波数域が減衰していき、低音の強い、高音の細部の

ブガイドの指向特性のいくつかを持つのに対し、全ての

抜け落ちた音になっていきます。

ウェイブガイドはホーンのある程度の音響負荷特性を持つ

低周波数のより長い波長を制御するための音源の大きさ

というところです。

には明らかに限界があり、 「サイズを大きくする」ことで は実用的な解決にはなりません。低周波の波長は長く、乾 燥した 20℃の空間においては 45Hz の波は 7.5m を超え

マルチウェイラウドスピーカーの設計

ます。低周波を効果的に制御するのに十分な大きさのス

より広い帯域に渡るより安定した放射特性を持たせるた

ピーカーを作ること、またそれらを会場まで運び、搬入す

め、スピーカーはマルチウェイシステムとして設計される

るのは容易ではありません。

ことがよくあります。異なる周波数帯域を最も効率的に再

ある一定の周波数以下となると一台のスピーカーだけで

現するための異なるサイズのドライバーへ信号を分配す

は適切な指向性を保つことはできません。カーディオイド

る、クロスオーバーネットワークを備えています。

技術の適用は、これをより低い周波数でも可能にするもの

クロスオーバー(オーディオ信号を 2 つ以上の周波数

です。カーディオイド技術については後ほど触れますが、

帯域に分割する電子フィルタ回路)は、別々のドライバに

まずは指向性制御のためのスピーカー設計者の他の工夫を

別々の信号を送ります。マルチウェイシステムは一般的に

いくつか見てみましょう。

「2 ウェイ」もしくは「3ウェイ」であり、クロスオーバー が 2 つもしくは 3 つの異なるドライバに信号を分割して

シェーピングとガイド

送ります。クロスオーバーにはアクティブとパッシブがあ ります。パッシブクロスオーバーは、パワーアンプにより

波長が短い高周波数では、スピーカーは指向性が高くな

増幅された後の信号を分割し送信する一方、アクティブク

りすぎる可能性があります。ある周波数の波長がスピー

ロスオーバーは増幅前の信号を分け、それぞれのドライ

カーのと大体同じであると「ビーミング」が始まり、波長

バーへ供給するパワーアンプへと送ります。

が音源に対して小さくなればなるほど、このビーミングは

典型的な 5.1 サラウンドサウンドシステムでは、クロ

より強まります。この帯域では、有用なカバレージを保つ

スオーバーは信号の低周域をサブウーファーへ送り、中域

ために、この極端な指向性を制限したり対処することが必

と高域の部分は「サラウンド」システムを形成する 5 つ

要となります。

のスピーカーへと送ります。デジタル領域の現代的なアク

ホーンはもともと、音響的な負荷特性のためにスピー

ティブクロスオーバーは、ディレイやイコライゼーション

カーに採用されていました。低消費電力システムの効率を

等の設定などの包括的な追加処理を各スピーカー向けの信

高め 10 倍以上もの出力音をもたらします。さらにはその

号に適用することもできます。

指向性制御特性も認識され、洗練されてきています。長年 にわたり、全周波数域に渡るより均一な音の分散を作り出 すため、 様々なタイプのホーン設計が試行されてきました。 この分野での重要な革新といえるのは、1975 年に米国 18

ラインアレイへの繋がり スピーカー設計の歴史において、指向性制御への関心は


d&b の指向性制御へのこだわり

主に中周波数域および高周波数域に集中しています。これ

となります。

は指向性制御が最も容易に達成できる周波数であるためで す。より洗練されたホーン設計から最新のコンピュータ設 計によるウェイブガイドまで、明瞭度を最大限引き出す

d&b と周波数スペクトル

ため高音域と中音域の指向性を形作ることを目指していま

d&b の指向性制御に関する長年に渡る開発は、中音域

す。後に、物理的に長さのあるラインアレイは垂直方向の

から始まり、そして低音域へと繋がりました。

低域までの指向性制御を可能にし、制御可能な領域を大き

1988 年に導入された d&b F1220 は 12 インチ /2 イン

く増やしました。

チ のポイントソーススピーカーであり、指向性制御だけ

スピーカーをアレイ状にまとめて配置するとより指向性

でなく d&b の「システムアプローチ」の新たな一歩を踏

制御が向上することは長く知られています。典型的な応用

み出しました。その中心には システムアプローチをする

は、現在の垂直ラインアレイシステムです。ラインアレイ

というのは「思いのままにコンポーネントを組み合わせる」

理論は何十年もの間存在してきましたが、プロフェッショ

という考えを改め、シグナルチェーンを総合的に捉え、制

ナルなライブエンターテインメント音響に大きな影響を与

御回路やパワーアンプをドライバー、キャビネットの性能

えたのは 1990 年代からです。

に限りなくマッチさせる、ということでした。

ラインアレイを支える理論を理解するには、前述した理

統合されたアンプ / 制御機器によって駆動された初めて

論上の「点音源」ではなく、音エネルギーは球状ではなく

の d&b スピーカー、 F1220 もまた Constant Directivity ホー

一次元的な直線から円柱状に発せられると考えることがで

ンを備えており、60°× 40°の分散特性を正確に備え垂直

きます。繰り返しになりますが、計算上、円柱の曲面の面

方向には 800Hz まで指向性を制御しました。このモデル

積は中心からの距離が倍になるのに従い倍になります。こ

は当時、劇場、オペラハウス、コンサートホールや、モバ

れは距離が倍になるのに従い音エネルギーが ︲3dB となる

イルアプリケーションにおいてのスタンダードとなりまし

ことに相当します(理論上の点音源の場合、距離の倍増に

た。

従う減衰は ︲6dB でした) 。ここから、ラインソース状の

次のステップは 1994 年の C4-TOP キャビネットの設計

配置は音エネルギーをより遠くまで効果的に届けることが

でした。この多用途同軸ホーン搭載ミッド / ハイスピー

できるということがわかります。

カーは 700Hz 以上では 35°× 35°という狭い指向特性を

正しく設計されたラインアレイはまた、音響的に極めて

備え、非常に高い SPL を保ちつつ明瞭で分かりやすい音

有益な他の特性を持っています。まず、正しい音源構造と

の再現を可能にしました。この狭いビームが、音響的に難

隣接するモジュールの同型ドライバー間の距離が離れてい

しい環境においても有利に働きました。

れば、 別々の波形が干渉し合うのではなく結合し統一され、

2003 年の Q1 パッシブ 2︲ ウェイスピーカーの導入に

アレイは「音響的なカップリング」をします。この効果は

より、d&b は指向性における更に重要な前進を果たしま

「建設的な干渉」と呼ばれることがあります。

した。ふたつの 10 インチ LF ドライバーを対極に配置し、

このようにアレイ状に設置された音源の別の特徴として

1.3 インチ HF コンプレッションドライバーがトロイダル

は、比較的狭い垂直方向のイメージと一定の水平イメージ

ウェーブシェイピング機器に取り付けられ、Q1 は 400Hz

を作り出すことです。アレイの長さが長いほど、垂直方向

に至るまで 75°の安定した水平指向特性を実現しました。

の放射はより狭くなります。これは、音を壁や天井に当て

2006 年に象徴的な J-Series が登場したことで、d&b の

ることなく観客エリアに向けて集中させるのに便利な特性

進化の方向性は低音域に特化して行きました。12 インチ

です。スピーカーの本数を増やしてアレイの長さを長くす

LF ドライバーを 2 本、10 インチ MF ドライバーを備えた

ることにより、指向性を持たせた垂直方向の放射パターン

ホーンと、ウェーブシェイピング機器に 1.4 インチ HF コ

において扱える周波数をより低いところまで下げることが

ンプレッションドライバーを 2 本備えた 3︲ ウェイ設計の

できます。

J8 は、80°という並外れた水平方向の指向特性を 250Hz

音エネルギーがより遠くまで強く届くことにより、音圧

に至るまで可能にしました。

レベルがより均一になり指向性パターンが予測可能になり ます。より多くの音が届けば届くほど、反射音や無駄なエ ネルギーを減らしつつ意図したエリアへのより安定した音 SOUND A&T No.97

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温故知新シリーズ

「スピーカ後編 ラインアレイスピーカあれこれ」

カーディオイド設計の核心

ているのは、会場外への騒音を低減するという利点です。 特に屋外環境では、周辺地域(例えば、現地住民)に放射

帯域スケールのローエンド、100Hz 以下に関し、d&b

される音量が大幅に低減されます。地元当局が騒音公害を

チームは洗練されたカーディオイド技術を開発することに

厳しく制限しているため、イベントプロデューサーは、音

よって、指向性を正確に制御する効果的な方法を発見しま

が既定のレベルを超えてサイトの外に広がらないよう確約

した。

しなければなりません。

長い波長の制御においては音源のサイズがいかに制限要 因となるかを見てきました。カーディオイド指向特性の開 発は、低周波数域における指向性制御の大幅な改善に繋が

d&b のカーディオイドの探求

りました。これは d&b が最も注目すべき結果を残した分

低周波数の指向性制御の望ましさを長い間認識してき

野であります。

た d&b audiotechnik は、長年に渡りカーディオイド技術

音響分野では、「カーディオイド」 ( 「ハート型」を意味

に特化したものを開発してきました。2004 年のいわゆる

する)は、送信機器(例えばスピーカー)のカバレージエ

「ファントム製品」︲ カーディオイドサブウーファーアレ

リア、または受信機器(例えばマイクロフォン)のピック

イ(CSA)︲ から、2018 年に SL-Series が発表されるに至

アップエリアを表す用語です。 カーディオイド・ピックアッ

るまで、同社は低周波数帯域のカーディオイドパターン制

プ・パターンを示すマイクロフォンは前方に向けて感度が

御における提唱者であり革新者でありました。

高くなり、後方にいくにつれて低くなる性質を持つため、

CSA は物理的製品ではなく、d&b の技術者による傑出

他方向からの音を遮断しながら指している方向の音を拾う

した水平思考に基づくアンプのソフトウェアに組み込まれ

ことができます。スピーカーやアレイでのカーディオイド

た物事を可能にする技術です。本質的にはこれは大型アレ

という場合、不要な後方への音エネルギー放射レベルを下

イを必要とすることなく低周波数の指向性を向上させる手

げつつ、観客のいる前方への音エネルギーの高い指向性を

法です。CSA は妥協することのないカーディオイド特性

表します。

を生み出し、その為特別なカーディオイドキャビネットを

とある空間での音の再生の質を考えた時に、低周波数で

必要とせず、低周波数の指向性に特別な要件がない場合は

の指向性を高く保つ事が重要になってきます。低域が適切

システムの最大限の効率を引き出すことができます。

に制御されることでもたらされる利点をいくつか考えて見

最小で、CSA セットアップは 3 本のサブウーファーキャ

ましょう。

ビネットにより構成されます。キャビネットの配置の指向 性により、1 本のサブウーファーは前方へ向けたその他2

まず、反響音が格段に少なくなります。屋内空間では低

本のエネルギーを補正する必要があります。前方向きのサ

周波数の拡散音場は低減され、室内の反響音の集積ははる

ブウーファーは追加のフィルタリング無しでアンプ駆動さ

かに低い次元に抑制されます。観客席内での拡散音と直接

れます。前方向きの 2 本は1チャンネルによるパラレル

音の割合は改善され、低域再現の精度を高め、明瞭度を改

でも駆動可能ですが、後方向きの 1 本は追加フィルタリ

善します。

ングをかけた別チャンネルにより駆動されます。

第 2 に、より均一なカバレージを提供します。指向性

アレイのカーディオイドの振る舞いは、メイン音源の後

を持つ音源が会場後方に向けてフライングされた場合、距

ろに第 2 の音源を定義された距離に配置することによる

離に応じたレベルの低下を減らし、観客エリア全域により

もので、それによって放射された音エネルギーを後方で打

均一に音を届けます。 これはサブウーファーでも同様です。

ち消します。3 もしくは 3 の倍数の本数のサブウーファー

第 3 に、ステージにいるパフォーマーにとって大きな

の真ん中もしくは一番下のキャビネットを後方向きに設置

利点があります。サブウーファーキャビネット背面への音

し、効果的なカーディオイド放射パターンを作り出します。

の回り込みが低域し、結果的にステージ上のサウンドへの

アンプチャンネルの 1 つは、後ろ向きの音源に望ましい

影響が大幅に抑えられます。ステージ上のフィードバック

位相とレベルを設定するために、CSA 機能が選択された

前の最大ゲインを増やすことができ、ステージ上の LF レ

状態で、通常は 3 つの中央にある後ろ向きのキャビネッ

ベルの制御はモニタリングによって決定されます。

トを駆動します。

最後に、今日のオーディオ業界でますます重要性が増し 20


d&b の指向性制御へのこだわり

アクティブ カーディオイド サブウーファー

パッシブカーディオイドサブウーファー

CSA により定義されたカーディオイド放射の原理が 1

2008 年、d&b は「背面への音放射が低減したスピー

つのサブベースキャビネット内に包括された時、同社の低

カーシステム」を完成させ、特許を取得しました。そして

周波数指向性制御は次の段階へと進みました。 この成果は、

2009 年に導入され受賞をした B4 サブウーファーへと繋

2006 年に大きな成功を収めた d&b J-Series と併せて使用

がるのです。特許取得技術の初導入となった B4-SUB は非

する J-SUB と J-INFRA カーディオイドサブウーファーの導

常にユニークな製品であり、このカーディオイド技術をア

入で初めて紹介されました。

ンプの 1 チャンネルのみの利用で可能にしました。

J-SUB

B4-SUB

d&b の特許取得済みパッシブ カーディオイド サブウー ファーデザインは、キャビネット前面の音源と背面の音源 とを、ある距離に定義しています。ただし、両方の信号源 に必要な異なる振幅と位相の応答は、専用の電子信号処理 ではなく、フロントとリアのドライバーに対して異なるエ ンクロージャーを設計することによって作り出されます。 J-INFRA

あらゆる音響技術的革命がデジタル シグナル プロセッシ

アクティブ駆動の 2- ウェイ バスレフデザインの J-SUB

ング (DSP) の力を基に展開していた時代において、この革

には 18 インチのネオジウム ロングエクスカージョン ド

新は ( 一般的な d&b のスタイルでは「プライウッド ) ( 合板 )

ライバーが 3 本使われており、そのうち 2 本は前方、1

シグナル プロセッシング」または「PSP」と呼ばれました。

本は後方へ向いています。J-INFRA は同様の原理を 3 本の

B4 は音響工学および木工の熟練の努力によるものであり、

21 インチドライバーで実践しています。この手法による

いくつもの業界の賞を受賞しました。

カーディオイド放射パターンによりシステム後方での不要

前方の音源はバスレフエンクロージャー内の低周波ドラ

なエネルギーを取り除き、低域の残響音場を大幅に減少さ

イバーであり、後方の音源はどちらのポートもキャビネッ

せ、同時に低音域における最高の再現性をもたらします。

ト背面に向け出口のある 6 番目のバンドパスエンクロー

これは、非常に大きく強力なサブウーファーにおける最

ジャーデュアルチャンバー内のもう一つの低域ドライバー

も効果的なデザインです。2018 年に SL-Series と共に導

により作り出されます。特定のバンドパスチューニングと

入された SL-SUB は、 独自の革新も併せもつ最新のアクティ

非常に特別な低周波ドライバーのパラメーターとの組み合

ブサブウーファーデザインの後継機です。

わせにより、フロントソースの周波数応答を一致させキャ ンセルするために必要な位相シフトとローパスフィルター の両方を背面キャビネットに提供します。どちらのドライ バーも同じ入力信号を使い、アンプの 1 チャンネルから SOUND A&T No.97

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温故知新シリーズ

「スピーカ後編 ラインアレイスピーカあれこれ」

パラレルで駆動されます。

バランスを保ちます。残響空間においては、拡散音に対す

この設計により信号処理を含むアンプチャンネルが節

る直接音の比率をより安定させるため垂直方向の指向性を

約され、このシステムでは 2 線のケーブルのみを必要と

調整することにより、明瞭度を上げることができます。

するので設置と配線が簡略化されます。d&b のアンプは 4

2016 年 に d&b は、 国 際 規 格(ISO 9613-2 お よ び

線のケーブル一本を使うことにより一つの出力からパッシ

Nord2000)に従って計算された、定められたエリア外で

ブフルレンジキャビネットとアクティブサブウーファーと

の騒音をモデル化するため ArrayCalc からの複雑なデータ

を駆動することができます。MixTOP/SUB モードでは、ア

を利用する NoizCalc ソフトウェアを発表しました。観客

ンプの各出力コネクターのピンから 1 チャンネルはサブ

のリスニングゾーン周辺への音漏れの計算結果は、3D 地

ウーファー、 もう一方はトップキャビネットに繋がります。

形図として表示されます。この視覚的な表現により、その

B4-SUB エンクロージャーには、2 つの長いエクスカー

地域での騒音規制や特定の場所での規則に従いつつも観客

ションネオジムドライバーが収納されています。正面向き

にとって最適な実際のシステムの性能を見ることができま

にはバスレフ設計の 15 インチドライバー、そして背面向

す。計算結果の信頼性を確実にするため、NoizCalc には

きには 2 チャンバーバンドパスデザインの 12 インチドラ

音波の加減に関する複雑なデータが含まれており、いくつ

イバーが備わっています。この設計により、キャビネット

かのラインアレイ、サブウーファーアレイ、そしてディレ

背面における不要な音のレベルを全帯域において 15dB 以

イシステムから成る一つのスピーカーシステムにおける組

上下げ、40 Hz から 150/100 Hz までの低周域の再生に

み合わせや相互作用を表すための位相情報も含まれます。

おける最高の再現性に繋がります。 キャビネットは D6 と D20 により駆動された時、それ ぞれ 128dB SPL と 131dB SPL に到達します。この非常に 経済的な中型サブウーファーはカーディオイド特性の持 つ音響的利点により SR システムを全く新しい段階へと引 き上げ、それは B4 の登場の頃導入された d&b T-Series と E-Series のスピーカーシステムのセットアップも含んでい ます。

指向性制御におけるソフトの側面 指向性における d&b の進歩は部品レベル、また機械的 な領域でのみ達成されたわけではありません。ハードウェ

NoizCalc

SL-Series:全帯域における指向性制御

アはもちろん非常に良く設計されており複雑な技術の恩

d&b は 250Hz に至るまで、またカーディオイド技術の

恵を受けていますが、全ての d&b システムは d&b チーム

適応により 100Hz 以下での指向性制御を可能にしたこと

が「可能にする技術」と呼ぶソフトウェアにより強化され

により「指向性ジレンマ」と呼ばれる問題を引き起こしま

ています。また指向性制御において使われる主要な技術は

した。これは 100Hz と 250Hz との間に生まれた、指向

d&b ArrayProcessing です。

性制御がそこまで効果的ではない「ギャップ」を指します。

2015 年に導入された ArrayProcessing は d&b ArrayCalc

このギャップにおける制御の欠如は 2 つの異なる状況

パッケージのオプションとなっており、d&b スピーカー

での問題に繋がります。屋内ではこの帯域のエネルギーが

システムの性能と普及について高度な展望を提供してい

空間に漏れることにより反響音場を容易に作り出してしま

ま す。ArrayProcessing は d&b の SL、J、V、Y、 そ し て

い、結果として明瞭度が下がります。また屋外では遠方で

T-Series のシステムの音響的可能性を最大限に活用し、聴

の騒音測定をした際に 50Hz と 200Hz の間の 2 オクター

衆にとって均一の環境を整えるための垂直方向のカバレー

ブが通常問題の帯域となります。

ジにおける音バランスを改善させます。またそれは狙った

従って、のちに「SL-Series(Special Loudspeaker)」と名

エリアにおける放射レベルをより精密に制御することを可

のつく新たな d&b システムの開発においては、目的は非

能にし、吸収分を補正し長距離においてもより一貫した音

常に明確でした。それは全周波数帯域における指向性制御

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d&b の指向性制御へのこだわり

の維持です。SL-Series の完成により、この目標は達成さ

くの場合サブベースをフライングする必要がなくなりまし

れたことになります。

た。より多くの低域ヘッドルームを必要とする場合には、

SL-Series の 2 ウェイアクティブラインアレイのうちの

SL-Series では 2 本の専用カーディオイドサブウーファー

2 つである GSL8 と GSL12 は、最低周域から 18kHz に至

を用意しています。SL-SUB はフライング可能な 2 ウェイ

るまで、ほぼ全帯域幅においてそれぞれ 80°と 120°とい

アクティブ カーディオイド サブウーファーで、SL-GSUB

う水平指向角度を維持しています。

は同様の特性を持つグランドスタック専用のものです。 GSL システムはその優れたリアリジェクションと前例のな い効率の良さにより、サウンドエンジニアやイベントプロ デューサーに繰り返し感銘を与えてきました。 最後に、これら全ての技術革新の成果として、中規模の クラブから大規模フェスティバルまで、あらゆるジャンル の設営に対応可能なシステムによる全帯域幅の指向性制

GSL8 ISO bar

御があります。SL-Series は残響音の発生を最小限に抑え、

GSL8 と GSL12 のスピーカーは音響的に同一の特性を持

ヘッドルームを大幅に拡大し、快適なステージレベル、 オー

ち、機械的にも互換性があり、同じ垂直方向の指向性、サ

ディエンスゾーン全域における優れた明瞭度、そして会場

イズ、設置面積、重量、リギング、ドライバーの補完性を

外の騒音に対する非常に優れた制限を提供します。 30 年

共有しています。2 つの 14 インチ LF ドライバと 2 つの

以上の努力の歴史と共に、SL-Series は d&b の指向性への

サイドファイアリング 10 インチ LF ドライバを備えた 2

こだわりがもたらした最高の成果となりました。 【Werner “Vier” Bayer / Simon Johnston】

ウェイアクティブデザインです。これらは、前例のないほ どの低域のヘッドルームを生み出し、前面へ向けての LF

翻訳構成:

出力を高めるためのカップリング、そしてカーディオイド

ディーアンドビー・オーディオテクニック・ジャパン株式会社

技術の応用による背面方向へのキャンセリングを併せ持つ

マーケティング スペシャリスト 田森 則行

よう巧みに設計されています。 ドライバーは 1 つのホーンを搭載した 10 インチ MF ド ライバーと、 専用のウェイブ シェイピング デバイスに 3.4 インチボイスコイルを備えた3つのコンパクトに構成され た 1.4 インチ HF ドライバーで完成しています。中心部に 配置された同軸の MF と HF の周りに対象に配置されたネ オジウム LF ドライバーが、クロスオーバー設計において スムーズなオーバーラップを可能にします。14 インチ LF ドライバーはアンプの 1 チャンネルにより駆動され、そ の他全てのコンポーネントは全てパッシブクロスオーバー されアンプの 2 チャンネル目を使用します。 GSL8 の 80°水平指向性パターンは超低周域まで途切れ ることなく維持され、気候条件により 100m(330 フィー ト ) 以上の距離に渡り高い出力でカバーします。GSL12 は 同様に全帯域幅においてより広い水平指向特性を保ちま す。SL-Series の小型姉妹モデルである KSL8 と KSL12 の スピーカーも同様に低周波数に至るまでパターンコント ロールを保つ製品です。これらは 1 月の NAMM Show に て正式に発表されました。 この実績ある性能により、大型の GSL システムでは多 SOUND A&T No.97

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