異なる二つの流れが出会う時、そこに渦が生まれる
eddy [名] 1. 渦。渦巻き
生研はその渦を生成する「可能性の泉」である
2. 反主流 [自動]渦を巻く [他動]渦を巻かせる
たとえば、社会と学術 研究室の中で営々と編み上げられていく学術は 時として社会の意思の流れに触れ 有用にして画期的な人工物、すなわち渦を創り出す それらの成果を生み出す研究者は 様々な志向の者がひしめくカオスの中で 異なる方角を目指す他者と出会い
生研プロファイル:エディ IIS Profiles: Eddy
小さな秩序、研究の共同体たる渦を成す 渦の生成は研究の場で常に起こりうる 膨大な科学知の中で発展を遂げていく工学には 「人」に意識を向ける人文知も流れ込み 新たな研究分野という渦が現れる 生み出された成果は価値の創造につながる デザインという流れが工学に触れると さらに豊かな創造の渦に育まれる そして、人類が編み上げてきた大いなる学術の世界では 普遍と革新が互いに大きな影響を与え、 螺旋状に進みゆく 「知」の渦が創り出される それら様々な位相の渦はさらに異なる者 異なる環境を巻き込み より大きな渦 より大きな運動体として 世界に変化を与えることだろう 生研は、そんな数々の渦を内に宿し これからも未来を創り出していく
[表紙写真]レオナルド・ダ・ヴィンチの「渦」のスケッチ レオナルド・ダ・ヴィンチ( 1452 年 -1519 年) が遺した 膨大な手稿の中に、水の流れが作り出す渦を描いたス ケッチがある。彼は複 雑な動きをともなう渦 、水 流 、乱 流の観察スケッチを描くことから水理学(現代の流体
[ 生研 ] 東京大学生産技術 研究 所
力学)の研究を進めていった。
[ IIS ]Institute of Industrial Science, The University of Tokyo
Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2019
社会と学術
キャンパスに溶鉱炉
静電マイクロモーター
自律型海中ロボット
象牙の塔から出でて、 大 胆に社 会と学 術を
耐震構造学
行き来する運 動 体
古 来 、科 学 技 術や学 術をたしなむ学 者は、富 裕 層や支 配階級の娯楽要員として禄を食むか、宗教や教育などを司
鉄鋼製錬
マイクロマシン
る合間の余暇として研究を続けていた。画家や音楽家、役
海中ロボット
水文学
環境科学
者といった芸術家と生活様式は変わらなかったともいえるだ 溶鉱炉 ろう。
次世代 モビリティ
19 世紀になり、戦争での勝利と科学技術での成功との 密接な結びつきに国家が気づき、軍事力増強や産業力強 化など、国力増強に資する科学技術とそれを担う人材育成 金属加工
量子
建築意匠と
占領地統治のために、いわゆる人文・社会科学の振興もは
ドットレーザー
構造の融合
かられた。 究者は、軍事研究や政府の政策研究とのかかわりを断ち、
材料
シミュレーション
に国の組織的な投資が行われる様になった。植民地支配や
第二次世界大戦後、戦争への加担を心底悔いた学術研
サステイナブル
流体
光科学技術 ロケット開発
産業界との交流も忌避するようになった。それでも残ってい た実社会と学術との緊密な関係も大学紛争で厳しく糾弾さ れて勢いを失い、社会の喧騒から離れた象牙の塔における
代々木体育館
プラズモン共鳴金属ナノ粒子
半導体量子ドット
孤高の学問こそが尊いとされるようになった。 そうした中で、生研は違った。たとえ「神と対話して真理を
真空技術
追究している」研究者集団から「猥雑な社会と対話して実利 益を追求している」とそしられようとも、世の中にあれば良いと 思うモノやサービスを見出し、それらを生み出すためならばどん な苦労も厭わない、という精神を共有してきた。わたしたちは 自分自身が美しいと思う学術を追求すると同時に、その成果 が広まり、社会に受け入れられ、より便利になったり、より自由 になったり、知的好奇心が充足されたりして、すべての人がよ
提供:東京大学生産技術研究所 川口研究室
り良い人生を過ごせるようになって欲しいと期待している。 Transdisciplinary( 従来の学問領域を越えて社会をも 巻き込んだ学問のあり方 )という言葉が生まれるずっと前か ら70 年間、生研は社会との対話を通じて、未来に何がある ともっと良いかを感じ取り、社会と学術の間を往復する試行 錯誤を通じてそれらを実現してきた。しかし、わたしたちは御 用聞きではない。学術の体系に支えられた巨人の肩に乗っ て、あるべき未来を社会と共に見抜き、一緒に実現してい く。あと70 年経てば、2100 年はすぐ目の前である。 さあ、未来へご一緒に。 沖 大幹(人間・社会系部門 教授)
日本初のペンシルロケット
社会から望まれ、持続可能性を導くレアメタル科学 日常生活では直接目にすることは少ないが、スマホなどの電子機器には多くのレアメタルが使われており、私たちは多種多様のレアメタルに囲まれ て生活している。いまやレアメタル抜きには、私たちの生活は成り立たない。また、ハイテク製品だけでなく、省エネにもレアメタルは不可欠である。 たとえば、ハイブリッド自動車の高性能モーターや蓄電池、太陽光発電用のパネルや制御器などは、レアメタルの塊と言っても過言ではない。この ように、社会が発展し生活が豊かになるほど、多量のレアメタルが必要となる。しかし一方で、レアメタルの採掘や製造に伴い、海外では環境破壊 が進んでいる。日本には巨大な非鉄産業が存在するため、岡部(徹)研では産業界と連携しながら、貴金属やレアメタルの環境調和型のリサイク ル技術の開発に取り組んでいる。レアメタルの生産技術やリサイクル技術の開発や関連する学術に関しては、今後も、生研を中心に日本が世界を リードし社会に貢献していくであろう。 岡部 徹(物質・環境系部門 教授)
03
04
自動運転技術は人とともに、社会とともに歩む 自動車の自動運転技術に注目が集まっている。今では、生研も企業との共同研究を通じて、自動運転の実現を推進する立場であるが、 ここ20 年間は、車両・交通の研究を数学と物理モデルのみで行うことに限界を感じ、ドライビングシミュレータを用いた人間工学的な検討を 行ってきた。自動運転により、人間工学的検討は不要だと考える人も当然いる。ただし、自動 運転は人間の行ってきたことを機械に置き換えることであり、その技術の進化のためには、人 間工学の研究は必要である。悩んだ時期もあったが、欧州の研究者が、 「自動運転の研究が 推進される時こそ、ヒューマンファクタの研究が重要になる」と言っていたのを聞き、考えの整 理がついた。人間と全く変わらないレベルの運転を、自動運転で実現させるには、まだまだ時 間がかかる。社会からの期待や評価は、時には過大になったり過小になったりしながら変わっ ていくが、研究開発の成果は着実にしか得られない。社会と緊密な距離を保ちながらも、流さ れないようにしなければならない。 中野公彦(機械・生体系部門 教授)
ドライブレコーダデータの 可視化に基づく事故リスク分析 ソーシャル ビッグデータ スマート農業
STEAM 教育
社会と学術の関係から価値を見出す次世代人材育成 学 術と社 会の関 係は、近 年 、著しく変 化している。生 研では次 世 代 育 成オフィス ( Office for the Next Generation: ONG )が中心となって、生研で行われてい 波力発電
る学術研究を題材として、研究成果を次世代の人材育成のための教育プログラム に展開する研究・教育活動を行っている。産官学民の連携を通して「 科学技術と 社会」のつながり、そして、 「 科学技術と教科・科目」のつながりに対する理解を深め るためのワークショップなど、様々な活動を企画、運営している。知を創出し、その知 を社会的価値に転換できる、次世代の社会をグローバル規模で牽引できるイノベー ション人材育成を行っている。 大島まり(機械・生体系部門 教授)
久慈波力発電所
05
A
B
無秩序なテーマから立ち上がる
06
A
研究者の突発的協働から
微小世界の光明
新たな位相の研究が生まれる
カラスと書きもの机の共通点が分かる人は、次のキーワード群
生 研は、社 会 課 題を工 学 的
から、ある国際連携研究センターの趣旨が想像できる。すなわ
手法で解決するものづくり集
ち、音、熱、摩擦、高周波、光、原子、半導体、電子回路、真
団である。超長寿社会という
空、針、膜、細胞、イオン、顕微鏡…これらはすべて、微小世
近年の社会課題に対し、バイ
界の不思議な現象に関わるエレメントである。日仏国際研究組
オ工 学 の 教 員が 健 康・未 病
織L IMMSに所属する研究者のテーマは一見するとバラバラで
の重要性をとなえる。そこに、建築空間設計・まちづくりの教員
あるが、彼らはときに自己組織化的に結合して新たな研究を構
が応える。このようにして、ヘルスケアとまちづくりの関係者を
築する。曰く、メカと細胞の融合、環境に寄生するエレクトロニ
結びつける健康デザイン研究会が設立された。
クス、銀 河 宇 宙の起 源を探る光の扉
カオスは新しい考え方を生み出し、秩序は社会へ還元する過程
…もうお分かりであろうか、Why is a
で利用される。時代の流れとともに、新しいものを生み出し、社
raven like a writing desk? 無秩
会へ還元する仕組みを備える組織、それが生研である。どの時
序から秩 序を生み出す不 思 議の国 、
代でも、秩序の中にカオスの源がちりばめられた組織が、創造
それが生研である。
性をリードしていくのだ。
年吉 洋(情報・エレクトロニクス系部門 教授)
松永行子(機械・生体系部門 准教授)
Ⓒ2019 breezepaper design
B
カオスと秩序
独 的 研 究 者が 独創 交 交錯するカオスから、 多 多数の秩序が 創 創り出されていく
C
最 近 半 世 紀 の 非 線 形 科 学 の 大きな進 歩 によ り り、従 来 の 一 定 状 態( 平 衡 点 )を安 定に保つ 静 的 安 定 性や周 期 的 振 動 状 態(リミットサイクル)、 準 準周期的振動状態(トーラス)を安定に保つ動的 安定性の概念を越えて、新しい動的秩序とも呼ぶ べき決 定 論 的カオス( D e t e r m i n i s t i c C h a o s ) 状 態が非 線 形システムに広く存 在することが明ら かになった。カオスは、それ自身の決 定 論 的 法 則 に従ってそれ自身 の 軌 道を不 安 定 化し続ける非 線 形ダイナミズムを安 定に維 持する性 質として特 徴付けられる。この性質は「バタフライ効果 」とも 呼ばれ、ほんのわずかなゆらぎの影響を時間ととも に指数関数的に拡大する。そして、この世界に実 在するほとんどすべてのシステムは非 線 形システ ムであるため、カオスがその数学的現象を越えて、 この世の中に遍 在することも示された。神 経 細 胞 や 脳も、カオス的ダイナミクスを内 在する情 報 生 成系である。
時間・空間スケールの異なる分野が ベクトルを合わせる妙味
C
生 研は、個々に尖った独 創 的 研 究を推 進する いわばカオス脳を有する先 端 的 研 究 者 の 集 団で 構成されている。そして、これらの研究者たちが、5
生研には電子や分子スケールの 現 象を対 象としている研 究 室か ら宇宙のスケールの現象を対象 としている研究室までがあり、生 研の大きな特徴はカバーする時 間・空間スケールの広さにある。これらの現象や研究分野は、一 見、相互の関係が全く無く、無秩序に研究分野が乱立しているか のように見えるが、実は、これらの現象を支配する法則には共通 する点が多い。革新的シミュレーション研究センターは、種々の現 象の法則により支配される複雑な実現象をスパコン上に具現化 する、数値シミュレーションという共通技術の研究開発を介して、 各分野の研究者のベクトルを合わせ、分子設計から都市環境に 至る、広い意味でのものづくり分野の発展に貢献していく。 加藤千幸(機械・生体系部門 教授)
つの各 研 究 部 門 、様々な研 究センターや社 会 連 携研究部門などの研究組織、さらには多様な自己 組 織 的グループなどを通じて、自由かつ柔 軟な相 互作用によって動的にネットワークを組み換えなが ら、多 彩なメタ秩 序としての研 究 成 果を次々と生 み出す。この意味で生研は、カオスネットワークに よって構築された一種の複雑系である。そして、こ のようなカオスネットワーク的 複 雑 系としての生 研 の研究者集団が非定常的に生成する時空間ダイ ナミクスが、生研の研究や教育のアクテビティを支 え、これからも全く新しいイノベーティブな研究成果 を創出し続けていくことであろう。 合原一幸(情報・エレクトロニクス系部門 教授)
07
人文 科 学と工 学
絶えず流れ込む 人文科学が生成する 豊かな工学の渦
都市学
×
情報学
=
デジタルシティ学
文化
×
工学
=
文化工学
美容と健康学
×
マイクロ工学
=
予防医工学
ファッションデザイン 「社会的日常性の形をとっている世俗的価値の破壊
×
または逆転ということが風流の第一歩である」 『「いき」の構造』 で知られる九鬼周造( 1888-1941 )
数理科学
は「 風流に関する一考察 」で、俳諧に由来する「 不易
=
(不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず) をは 流行」
じめ、 日本文化の諸相に触れながら独自の思想を展開 した。そこでは内から逸脱して起こる風の流れが重視さ
服飾マイニング
れ、 「『 昨日の風は今日宣しからず、今日の風は明日に 用ゐがたきゆゑ』 ( 去来抄)、古い型は常に革新されて ゆかなければならぬ」 と、定型化や慣習化への警告が なされている。こうした古典にみられる発想は往々にし てものづくりやイノベーションの精神とも通底していて、 今後のヒントも豊かに含んでいるように思われる。 一方で大学を顧みれば、文理の定型化に疑問が呈 されて久しい。知の統合そして社会との協創が求めら れているが、そもそも常に新たな風を、対流の渦を生 み出す場でありうるかどうかが、問われているといえる だろう。 生研には産学連携の長い伝統がある。社会の要請 には技術的な価値ばかりではなく社会的・倫理的な価 値が含まれ、成熟社会においてはさらに感性的・文化 的な価値を加味した総合的な価値が求められる。その 接触界面は時代の変化を敏感に反映し、そこには自 然と、既存の学問の領域を越える流れが生じていく。 この対流を繊細に意識し、活発なものにしていくことで より豊かな工学の展開に繋がるだろう。 一方で近代以前、知あるいは学問はより自然に融合 していた。科学も芸術も本質的に目指すところは同じ で、美術と工学は繋がり、調和の追求として音楽と数
本 間( 裕 )研 究 室 では 、 ファッションブランドのコレ クション 情 報を数 理 解 析 用 データとして 一 元 管 理 し、最 新トレンドの 分 析や 評価を行うシステムの構築 を行っている。パターン抽 出やクラスタリングといった データマイニング手 法を通 じ、流行ファッションの類似 性や傾向変化が明らかになりつつある。その研究成果の一部 は、既にギャラリーや特集記事として共同研究先の Webポータ ルサイトで公開しており、一般ユーザーに新たなるファッションの 気付きを与えている。将来的には、本システムを活用したブラン ドから、既存の価値観に囚われない斬新なデザインが発表され る日常も実現できるだろう。そのような服飾文化に寄り添うプラッ トフォームとしての可能性を追求(マイニング)したい。 本間裕大(人間・社会系部門 准教授)
学は不可分であった。工学の基盤に、本来、親和性 の高い芸術や人文科学を積極的に組み込むことで工 学の強化のみならず自然な知の統合化に繋がるだろ う。芸術への敬意と俯瞰的な視点は時に日常の発想
×
=
工学リテラシー学
08 8
×
工学
戸矢理衣奈(人間・社会系部門 特任准教授)
教育学
たな対流を起こすはずである。
コミュニケーション
を覆しつつ、基礎研究そして社会実装の両面にもあら
住環境学
情報学
×
物理学
=
情報物理学
古典文学
×
地球科学
=
歴史気象学
×
=
地震工学
土木工学
災害安全社会実現学
× 民主主義
世界の地震による人的被害の最大の原因は、途上国を中心に
=
存在する膨大な数の組積造(石やレンガなどを積み重ねてつく る)建物の脆弱性である。この改善は、先進国の耐震技術の 導入や基準の改定などでは解決できない。現地の様々な条件を
社会基盤工学
考慮した上での技術的・社会学的なアプローチが必要である。 目黒研究室では、世界中で入手可能な安価な材料( PP-バンド など)を用いた誰でも施工可能な耐震補強法と、それを普及さ せる社会制度(家の持ち主、政 府、投資家、保険会社などの関
住宅・道路・鉄道などの整備は、自然と社会の両方を相手に展開
係者が全て得をするもの)を合わ
されていく必要があり、技術開発により非常に巨大な工業製品
せて研究し、世界の地震被害の
とも呼べる社会インフラが構築されてきた。生研では、要素技術
軽減に貢献している。この研究
の開発に傾倒するのではなく、持続性を考えながらどう社会実装
は、対象地域の環境調査に基づ
するかを常に意識し、地域の安全、歴史、文化、地球規模での
く、住環境学 × 地震工学=災
課題解決などに貢献してきた。そこには市民・地域といった多数
害安全社会実現学である。
のステークホルダーとの対話すなわち民主主義が存在し、工学を 道具として持つ社会学が存在するとも言える。理工学的なアプ
目黒公郎(人間・社会系部門 教授)
ローチを突き詰めていくだけでは解決できない、問題解決・社会 実装につながる人文・社会学との融合が、生産技術の中にこれ からも必要であろう。 統計物理学
超分子化学
×
金融工学
×
=
有機デバイス工学
竹内 渉(人間・社会系部門 教授) 経済物理学
×
ナノマイクロシステム
×
分子デザイン
=
超分子工学
人の暮らし方は、その場所の気候や風土、習俗によって強く影響されてきた。食べ物、衣服、住まいなど は、地域ごとに異なる方が当然であったといえるだろう。しかしながら、前世紀の科学技術は、そうした地域 ごとの差異(=文化)を消し、各地に似たような都市や文明を作り出してきた。一方、21 世紀の科学技術 は、もう一度、各地の暮らしを支え、差異を尊重し、その上で豊かな暮らしを実現する方向に発展するはず である。過疎化・高齢化が進む和歌山・加太地域に分室を開室し、地域の漁業、林業、観光業を詳細に 調査することで、科学技術が解決しうる地域課題を発見するという民俗学的アプローチによる工学のあり 方は、科学は人を幸せにすることができるのか、という本質的命題への回答になるはずである。 川添善行(人間・社会系部門 准教授)
民俗学
×
空間工学
=
民俗的空間工学 09
写真:加藤康( Yasushi Kato )
Ready To Crawl Rami
付加製造( 3Dプリンティング)の特性を用いた、歩くロ
付加製造( 3Dプリンティング) を用いて製作された
ボットシリーズ。複雑な曲面や柔らかい構造で、なめら
機能的で美しい陸上競技用義足。
かに動く。
PENTA
Plasmonic Lightpainting
OMNI
未来の住宅のプロトタイプ。付加製造( 3Dプリント) さ
金属ナノ粒子のアンサンブルによる光の彫刻。回転
生研の海中探索の実績を幅広く社会に還元するために開発
れたジョイントで、規格化されたパーツを組み立てること
するガラス上の粒子が光を受け、色の異なる反射、透
した低コストで様々なデータを取得できるシステム。設計図や
により、 自分の家を自分で建てられるようになる。
過、散乱光を生み、多彩なパターンを描く。
データは、 オープンソースでだれでもアクセス可能。
お互いの可能性を切り拓いていくデザイナーと技術者の協働 デザイナーは人々 (ユーザー) の体験をいかに豊かにできるかを常に考えている。技術者(研究者) との協働を通じて、デザイナーは未知の技術(シーズ) と出会い、 その手段を応用して、 かつて無い 新たな体験・世界をユーザーに対して届ける興奮を味わいたい。デザイナーはサービス精神の塊 で、 そのための手段を選ばない。一方で、技術者も自らの技術が活かされるデザインの現場に立ち 写真:Gottingham
会うことで、 その限界を知り、新たな課題を発見することで、社会に真に求められる技術の可能性 を探求できる。このようにデザイナーと技術者の協働には、お互いにとっての可能性が開かれてい る。生研に新しくできた価値創造デザインの場ではこうした試みが着々と進んでいるのだ。 今井公太郎(人間・社会系部門 教授)
10 0
DLX Design Lab 生 研にできた価 値 創 造デザインの場ではデ ザイナーと技術者が協業する。
プロダクトや生活の視点を
デザインとエンジニアリング
取り入れて、バイオ人工知能の 未来ビジョンを紡ぎ出す デザインラボが出来た当初から、継続的に一緒に活 動をさせてもらっている。私たちの研究の成果や技術 的制限などを理解してもらい、研究を軸に未来のプロ ダクトや生活を発想する過程から、研究者として多く のことに気づかされ、学ばされた。生み出されたアイ デアやビジョンは私たちの研究にも影響を与えてくれ るし、研究の伝え方についてたくさんのことを教わっ
「 作り出すもの」の持つ 意味・価値を 発展させていく 価値 創 造デザイン
た。デザインラボはdeployable product(使えるも の)を成 果 物として生み出すことを目指しているが、 私たちの研究(脳のパーツを作って繋げる)は生研 で一番 deployableから遠くて難しい題材なのではな いか? と思う。それでも果敢に取り組み、煌めくアイ デアを出して、私たちの研究を鼓舞してくれる彼らと楽 しい時間を共有できることに感謝している。 池内与志穂(物質・環境系部門 准教授)
社会を変えるような新しい価値を生み出すためには、優れた技 術とともに、技術の意味を見出し、人々の幸福に結びつけるため のデザイン視点が必要である。すなわち、デザインとエンジニアリ ングはイノベーション推進の鍵である。しばしばエンジニアリング の後でデザインが、あるいはその逆という風に、両者は切り離され た状態で進められる。しかし実はそうする必要はなく、同時進行で 互いに絡み合わせることもできる。科学の視点でモノに機能を宿 すエンジニアリングと、アートの視点で社会や人々のニーズを理 解するデザイン、どちらのアプローチにも利点はあるが、この二つ を完全にバランスさせて双方を取り入れるやり方もあり得るだろ う。それにより革新技術を目に見える魅力的な実体として世界に 向けて発信できるようになる。つまり、科学と社会、物質と概念を 結びつけてイノベーションへと導く真に分野横断的なアプローチ を構築できる。 生研のデザインラボでは、このような分野横断的なアプローチ を通じて、社会が直面している広範囲の問題の解決に取り組ん でいる。例えば、安価な海洋センシングシステムを開発して大規
3 D Neuron Interface 池内研ではマイクロデバイスでの培 養で、体 外で神 経のネット
模な海洋観測を容易にしたり、付加製造( 3Dプリンティング)を 活用した新しい義足を創り出したり、金属ナノ粒子の巧い使い
ワーク回路組織を作ることに成功した。バイオ人工知能を作る
方で材料科学の深淵さを示したりしてきた。このようにユニーク
ために必要な技術を共同で検討している。
かつ先駆的な方法で研究者とデザイナーを結びつけることによ り、 ドラマチックなイノベーションがもたらされるはずである。 工 学や科 学の研 究 現 場のすぐ近くでデザインを進めるアプ
東京大学生産技術研究所 70 周年記念展示 「もしかする未来 工学 ×デザイン」
ローチを、私たちは今後も推進していく。当面の目標は、このア プローチをより多くの研究室に浸透させ、デザインとエンジニア リングの融合から生まれるイノベーションを生研の日常の一部と
デザイナーと研究者の協働によって制作されたテクノロジーの未来を描くプ
することにある。そのためにエンジニアとデザイナーが日常的に
ロトタイプを中心に、生研の研究成果を幅広く紹介した展示。
会話し、展望を共有していく。それにより社会のニーズと科学・ 工学を結びつけ、課題の発見と解決へと導くことができると信 じている。デザインとエンジニアリングの完全なバランスが私た ちの求めるものであり、このこれまでに無いアプローチが生 研 のイノベーションを駆動する、言うなれば“difference brings
difference ”だ。 ペニントン マイルス(機械・生体系部門 教授) 写真:太田拓実( Takumi Ota )
11 1
普遍と革新
赤外光を研ぐ 放っておくとバラバラに振る舞う光たちも、環
普遍と革 新という 2 つの位相を 螺 旋 状に行き来する 渦のダイナミズム
境が整えば互いに息を合わせ、規 則 正しく波 打つ。レーザーという仕 掛けは光に秩 序を宿 し、太平洋を横断する情報伝送、飛び回る原 子の冷却など、いくつもの不可能を可能にして きた。巨人の肩の上に立ち光科学はさらに進 む。例えば赤外域の光科学。赤外光は原子・ 分 子レベルの構 造を識 別する天 賦の才に恵 まれる。レーザーの仕掛けを突き詰め、何十万 色にもわたる秩序を形成すると、閃光のような 強さと波形の自由度が宿され、赤外光の真価 が発揮される。呼気分析による健康診断、化 学 反 応を意のままに操る技 術 、電 子を瞬く間
研究は常に最先端の新しい知見を切り開き、革新をもたらす。そ の革新は旧来の体系に変革をもたらし、やがてその革新から新しい 体系が作りだされ、普遍的な知識となっていく。普遍化により新し
可能にする。
い知見はより広い分野の研究者に伝搬し、幅広い分野で次の革
芦原 聡(基礎系部門 准教授)
新の種を生み出していく。このような革新と普遍の動きは渦となっ て広がっていくが、その具体的な好例が量子力学の発展であろう。 量子力学は 20 世紀の物理学の大革新の一つであり、その一 見突拍子もない理論は、ニュートン以来積み上げられた古典物理 学の体系に根本からの革新をもたらし、ナノの世界での物質の振 る舞いをつかさどる法則を解明した。最初は全くの革新そのもので あった量子力学も、次第に体系化され、普遍的な学問体系へと成 熟していった。そして量子力学に基づいて発展した固体物理学は、 トランジスタからLSI 等に発展する半導体産業、さらには現代の IT 産業といった巨大産業を生みだした。テレビも、コンピュータも、ス マホも、インターネットも、量子力学が無ければ、そもそも存在すらし なかったであろう。 もちろん、量子力学の構築の過程では、その産業応用など微塵 も考えられていたはずはなく、純粋な知的好奇心に基づいて、多く の物理学者により学問体系が作り出された。それが新技術を生み 出し巨大産業にまで成長したのは、量子力学が学問としての普遍 化により広い分野の研究者に共有されたが故である。また、逆に 量子力学誕生の端緒となったプランクの光量子仮説は、実は溶 鉱炉内の温度を溶けた鉄鉱石の色から知りたい、という極めて工 業的な要求の解決の過程で生まれた、ということも忘れてはならな い。量子力学とその関連分野は、産業と学問の間で、革新と普遍 化が相互に渦巻いて発展してきたのである。 量子力学の場合もそうだったが、学問的であれ産業的であれ、 革新が生み出されつつあるときには、それがどのような応用に発展 するかは誰にもわからない。革新はしばしばこれまで誰も見たこと の無い世界を生み出すものであり、その世界で何が起こるかなど、 見たことの無い者にわかるはずが無いのである。その研究が何の 役に立つのか、という問いがいかに愚問であるかは、歴史が証明 している。 志村 努(基礎系部門 教授)
12
に移 動させる技 術など。光を研ぎ澄ます挑 戦 は様々な分 野を横 断し、また新たに不 可 能を
強いは弱い、弱いは強い 高分子材料はゴムやプラスチックとして幅広く使われている。高 分子の共有結合の一部を弱い結合に置き換えると、普通なら材 料強度は弱まると予想するであろう。しかし実際には、置き換える 位置を的確に選ぶと元の材料より強靭になる。力が加わったとき に弱い結合が切れて力を分散し、他の共有結合を保護するからで ある。弱い結合として例えば水素結合を使うと、一旦切れても力を 取り除けば再び結合する。このため破壊や疲労から回復する自己 修復性材料や疲労回復性材料としても期待されている。猪突猛 進に強さばかりを追求するのではなく、ときには柔軟さを取り入れる
量子の旅
ことで技術革新が生まれることがある。工学研究でも人とのかか
深奥なる物理学への挑戦は、源泉となる普遍性にたどり着くこと
吉江尚子(物質・環境系部門 教授)
二足の草鞋が拓く新たなマテリアルワールド ∼無いものを創る時代から必要なものを創る時代へ∼ アメリカ化学会に登録されている化学物質数は爆発的に増加しており、我々は、50 年前に比 べて1000 倍の化学物質が存在する世界へ足を踏み入れたともいえる。これら化学物質群を 掌握し、活用する道筋をつけることは、今後の科学技術における最重要課題である。活用へ の道筋を確立するには、 「 高い専門性」とともに、 「 全体を俯瞰する能力」が必要となる。 社会的需要に応じて生まれた生研発の放射性セシウム吸着“布”は、専門の異なる研究室間 の共同研究成果である。研究室間の垣根が低く、科学技術全般を見渡す機会に恵まれた生 研の特長が反映されているといえよう。生研が新しいマテリアルワールドを切り拓いていく。 石井和之(物質・環境系部門 教授)
わりでも、 しなやかさを大切にしたい。
を夢見ながら、量子ひとつのふるまいを解き明かし、制御の高み
「水素」を突き詰める普遍性
にまで至る。エネルギーは、川の流れのように時々刻々その姿を変 え、優等生の電気、冒険家の光、やんちゃ坊主の熱は、量子間を ためらいなく行き来する。常に大集団で世界中を旅する量子も、
この世 界で最も豊 富に存 在する元 素 、それは水 素であ
ついには一つひとつを操る技術が確立され、一人旅をすることで
る。宇宙の進化において、クリーンなエネルギー源として、
初めて可能になる革新的技術が生まれている。個々の量子制御
また生体から無機材料にいたる広大な物質世界の構成
が作り出す流れが、量子間の扉となる変換技術とハイブリッド量
元素として、枢要な役割を担っている。その変幻自在な性
子科学によって交わり、作り出される新しい渦が多くの研究者を
質は、水素の持つスピン・電荷・プロトンという3 つの普遍
巻き込んで次世代の科学技術を拓く。
的要素に由来する。この 3 つの基本要素、それ自身は永
野村政宏(情報・エレクトロニクス系部門 准教授)
遠の存在でありながら、相互の複雑に絡み合った運動が 高効率のエネルギー変換を可能にし、新奇電子磁気物性
重い水を空から測って
を発現させる。これらのダイナミクスを解明して水素の真
地球水循環に迫る
理を解き明かすことこそが、その秘めた力を最大限に生か し、将来の革新的技術へと発展する。
光と音で訴える革新的高速化
福谷克之(基礎系部門 教授)
「 重い水 」 とは、水素や酸素の重い安定同位体である2 H や 18 Oを含む水分子のことである。水の相変化が生じる際 に、気体側よりも液体側に、液体側よりも固体側に「重い
大規模データ処理(今風に言うと、ビッグデータ処理)の高速化を一貫して進めている。ソフトウェアを根っ
水」がより多く分けられるという特徴(同位体分別) を持つ
こから変えていくと、同じハードウェアで10 倍、100 倍、1,000 倍とどんどん速くなる。やっている当人は興
ため、地球水循環過程の指標として利用され、1950 年代
奮しっぱなしなのだが、残念ながら他分野の方はおろか、専門家の方にもなかなか伝わらない。学生時代
から広く研究が行われてきた。近年では、 これまで用いられ
に買ってもらった武骨なハードウェアを引っ張りだして、一回り近く若い後輩とデモマシンをこしらえた。ソフ
てきた質量分析法に代わり、分子ごとの吸光特性の違い
トウェアの高速性を、光(アクセスランプの LEDがピカピカ派手に光る)と音(ディスクのモータがブンブ
を利用した分光分析法が盛んになり、現地での秒単位で
ン唸る)で訴える。実験室で精魂込めて書いたグラフを見せるより、なぜか圧倒的にウケがよい。小さな変
の高頻度観測や人工衛星からのリモートセンシングが可
化は分かりやすい。大きな変化は伝えるのも一苦労と痛感した。勿論、後者の研究がひときわ楽しい。
能となってきた。いま、 こうした「 重い水 」についての爆発
合田和生(情報・エレクトロニクス系部門 准教授)
的に増加した観測情報を用いることで、私達の地球水循 環に関する理解はさらなる深化を遂げようとしている。 芳村 圭(人間・社会系部門 教授)
蚊の針に学んだ無痛のニードルパッチで予防医学に 19 世紀、機械工学の発展で人類は人体の限界を超え、20 世紀、トランジスタの発明と半導体技術の革命で知能の限界を超えた。21 世紀、残った限 界は命。迅速診断・高度計測により病気を予防し、健康を維持する予防医学を目指して、これまで生研で培ってきたマイクロマシニング技術のバイオ工 学への応用に取り組んでいる。例えば、薬剤を固めたとても細い針を並べて、マイクロニードルパッチを作った。肌に貼ると、針が角質層を通り抜けて溶 け、薬が体内で効果を発揮する。痛みはない。様々なワクチンや皮膚病の治療に応用可能である。また、生分解性多孔質ニードルとセンサーを組み合 わせれば、手軽に血糖値などのモニタリングができる。人にやさしい予防医学への一歩である。 金 範埈(機械・生体系部門 教授)
生体分解性多孔質マイクロニードル(血糖値センサー用の無痛針)
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人工衛星の分光計によって観測された「重い水蒸気」のスナップショット
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突き詰 める。 そして、突き抜 ける。 岸 利治
門坂 流『 渦潮』 ( 1988 年制作・銅版画)
[ Director ]岸 利治(生産技術研究所長) [ Editors ]吉江尚子 芦原 聡 竹内 渉 戸矢理衣奈 松山桃世 拡大企画運営室(生産技術研究所) [ Advising Editor ]清水 修( ACADEMIC GROOVE MOVEMENT ) [ Designer ]古田雅美( opportune design Inc. ) [印刷]株式会社 Dream Packers 編集・発行 東京大学生産技術研究所( IIS ) 〒153-8505 東京都目黒区駒場 4-6-1 駒場リサーチキャンパス内
東京大学生産技術研究所
Institute of Industrial Science, The University of Tokyo 2019 年 11月26日発行 Ⓒ Institute of Industrial Science, The University of Tokyo
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