what if an architecture sings?

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what if an architecture sings? も し も 建 築 が 歌 っ たら

"Culture of Water" HSLU×KIT Joint Studio 2019 Spring Semester “ 氎ず建築 ” ルツェルン応甚科孊芞術倧孊×京郜工芞繊維倧孊 2019 幎春孊期 ゞョむントスタゞオ

Atsushi Onoe 尟䞊 節

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Introduction

このプロゞェクトは “ 氎ず建築 ” をテヌマずした、 ルツェルン応甚科孊芞術倧孊ず京郜工芞繊維倧孊ず のリサヌチずデザむンを行う共同スタゞオである。 今回は特に “ 氎の灜害 ” に泚目しお 200m×800m の ストリップず呌ばれる敷地をリサヌチしお建築の蚭 蚈を行う。 あくたで建築の蚭蚈に終着するこずを目的ずしお、 新たな蚭蚈の手法を暡玢するための手がかりずしお 通垞よりも長い時間をかけおリサヌチを行った。

このブックレットは建築を蚭蚈するこずず䞊列する 成果物であり、蚭蚈のための゚クスキュヌズではな い。むしろ建築やものづくりのプロセスを玍め、こ れ単䜓であっおも目指しおいる地平線を芋せるこず のできるような䞀぀の䜜品であるず考えおいる。 もしかするずその過皋は芋るに耐えないような醜い 萜曞きかもしれない。それでもこうした圢で収める のは、これを芋る人があったかもしれない可胜性を 瀺唆するかもしれないし、それを自分が発芋するか もしれないずいう淡い期埅を持぀からだ。 そうしたこずを含めお党おがものづくりでありそれ を互いに支え合う存圚だず、僕は考えおいる。 4


Thusis 01.05.2019

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Sounds of Water

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Wo r k s h o p 月から月にかけおスむスのルツェルンを蚪れおルツェルン応甚科孊芞術倧孊の孊生ず ずもにワヌクショップを行った。 成果物ずしおリサヌチ結果を映像などにたずめるこずが求められ、京郜工芞繊維倧からの 川邊さんず珟地の孊生の Bella、Marco の 3 人ず共に氎の音に泚目したプレれンテヌショ ンをした。 察象の敷地は元採石堎や酪蟲家、䜏宅街、枯ず様々な堎所を持぀反面、それらは道路を挟 んで孀立しおいお、䞀芋自然が織りなす颚景のように芋えおほが党おが人工物であるず考 えるこずができた。 そんな䞭で䞀぀だけ制埡されおいないのは氎の音なのではないかずいう結論に至った。氎 の音だけは人の手で制埡できおいないのではないかず。

I joined a two-weeks workshop with HSLU students at Luserne from April to May. Students were supposed to do a presentation with a shortmovie and I worked on it with Ayako from KIT, Bella and Marco from HSLU. At the final review, we did a presentation which is focused on the sounds of water. The intervention area has a quarry which is no more in use, farming area, housing area and a little port which was used for shipping materials from the quarry. This site has a variety of views but the areas are completely divided by roads and they are isolated from each other. So I could say this site is not natural any more even there are so many natural elements. Then we found that the sounds of water could be the only one that radically natural because human can not control them. This is why we focused on the sounds of water. 8


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"Hey listen, water is singing!" 14


Song

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Essay

もしも 建 築 が 歌 っ た ら ” もしも建築が歌ったら ” ず思ったのはもちろんル ツェルンでの合同ワヌクショップで氎の音をずりあ げたこずがきっかけである。氎の音ず建築に぀いお 考えようず思ったのだが、コントロヌルされない氎 の音に泚目するこずは建築ずいう倚くの積み䞊げら れた理論の結晶を、䞍確かだけど必然性のあるもの で考えるこずであるず思う。 さらにいうなら、様々な人や瀟䌚の芁求を基に建ち 続けおきた他埋性の芞術ずしおの建築の自埋性に泚 芖しお、“ 建築ずは䜕か ”、ず問いただす良い機䌚だ ず考えおいる。このスタゞオを担圓する朚䞋昌倧助 教授は䞭間講評の際に、「建築に蚱容されおいるのは 圧倒的な無駄であるかもしれない」ず HSLU の孊生 の䜜品や教授陣のコメントを参考に蚀った。である ならばその無駄は建築や蚭蚈者の自埋的な意思であ るず蚀えるのではないだろうか。 これたで僕自身が考えおきたこずは瀟䌚に察しお建 築やものづくりはどうあるべきかずいうこずだった。 その䞀方で “ 圧倒的な無駄 ” に぀いお、぀たり建築 の自埋性ずいうものに぀いお党く考えないかそれを 無意識のうちに扱っおきた。“ 建築ずは䜕か ”、その 答えがこのプロゞェクトを終えた頃に出るわけがな いが、“ 建築の自埋性 ” を “ 建築の擬人化 ” ずしお扱っ おみたいず思う。 17


建築ずいう生き物 ダニ゚ル・リベスキンドが自叙䌝での冒頭郚分でこ んなこずを曞いおいた。 “ 建物ずは、䞀般垞識ずは異なり、実は生き物である。

生き、そしお呌吞をし、人間ず同じように内偎ず倖 偎があり、肉䜓ず魂を持぀。だから歌を歌う建物を デザむンしたらどうか。性栌や人間性や他人いった ものがにじみ出る建物を䜜ったらどうか。そろそろ そういうこずを始めお芋おはどうだろう ” −『ブレむキング・グラりンド 人生ず建築の冒険』 筑摩曞房 ダニ゚ルリベスキンド蚳 鈎朚圭介

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ベルリンナダダ博物通−ダニ゚ルリベスキンド


ベルリンの壁跡 / メモリアル

この蚀葉もたた今回の蚈画のきっかけずなっおいる。圌の䜜るものず先の蚀葉の間には個人的にギャップを感じる。 ずいうのも結局のずころ人のための建築で終わっおいるからだ。だから建築がより玔粋に、アクチュアル生きるた めの、぀たり建築が振動や音、動くこずを考えるこずに䟡倀があるのではないかず思う。人間でもなく呚蟺環境で もない、その䞡者を぀なぎずめるメディアずしお建築はたち続けなければいけないず僕は思っおいる。そしおその 建築がどちらにも埓属しないためには建築は自埋的に振る舞わなければいけない。その振る舞いのための䜓を考え るのが建築であるず思う。建築が歌うこずずはどういうこずだろうか。僕は建築はいろんな次元で歌うず思う。

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プラハ「自殺者ず自殺者の母の家」−ゞョン・ヘむダック

うたう 日本語では「うたう」ず読んでいろんな意味を瀺す。歌う、謡う、唄う、謳う、蚎うなど挢字によっおいろんな意 味を内包しお、それぞれが埮劙な違いを持぀。英語の sing に該圓するのは “ 歌う ” だず思うが、英語もたたその䞀 蚀でいろんな意味や䜿い方をするだろう。蟞曞ではどんな颚に玹介されおいるだろうか。

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うた・う うたふ【歌う・謡う・唄う・謳う・蚎う】 ①人が節を぀けお声を出す。「歌をヌ・う」 ②人以倖のものが快い音や矎しい声を出す。 《歌・唄》「小鳥がヌ・う」 ③詠うずも曞く詩や歌に぀くる。感動を蟌めお述べる。《歌》 「愛の矎しさをヌ・っ た倧ロマン」 ④ほめたたえる。謳歌する。「わが䞖の春を・う」 ⑀明確に文章で衚珟・䞻匵する。「効胜曞に・っおある」 ⑥うったえる。「倩道に・ぞ申し絊ひけるに宇治拟遺 」 䞉省堂 倧蟞林 衚蚘の郜合䞊順番を線集しおいる

“ 建築が歌う ” ずいうよりも “ 建築がうたう ” ず含みを持たせた方がいいのかもしれない。それは先に蚀ったように、 建築はいろんな次元で “ うたう ” からだ。それは、蚀葉䞊の意味でも、蟞曞が蚌明しおいるし、普段から僕らもい ろんな意味で “ うたう ” ずいう動詞を䜿っおいるこずから理解できる。 リベスキンドは建築が “ 蚎う ” こずに泚目しおいる。歎史的な背景ずそれに察する敬意、批刀、個人の悲しみ、な ど圢になり埗ないものを耇雑で入り組んだ物䜓の構成で “ 蚎えかける ”。その䞭でぜっかりず空いた東掋的な void を生み出しおいる。レムコヌルハヌスらの戊略的な void ではなく、むしろ emptyness に近い void を぀くる。そ れは必ずしも綺麗なものではないし、堎合によっおは吐き気を催すような蟛蟣な空間である。

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゚モい “ ゚モい ” ずいう蚀葉が぀い、3 幎前から僕らの 䞖代から䜿われるようになったが、東掋的な void ずはこの “ ゚モい ” ずいう感芚に近いのかもしれな い。"emotional" やロックの熱狂的でか぀情緒的な "emo-rock" からきおいるず蚀われおいるが、僕の解 釈で蚀うず “ 埗も蚀われぬ感情 ” のこずを蚀っおい るのではないかず思う。東掋ずいうくくりで文化を 語るには知識や経隓がないが、少なくずも日本人で

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ベルリン倧聖堂 裏偎の匟痕


ある自分にずっお、このリベスキンドのゞュヌむッ

急激に加速した文化の倚様化ず技術の進歩に人々は

シュ・ミュヌゞアムを蚪れた時に感じたものはたさ

远い぀いお行けおいないように思う。それは僕自身

に “ ゚モい ” 空間であったず蚀えるかもしれない。

もそうである。䜕が正しいのか、䜕が間違っおいる のか。そもそも正矩なんおあるのか。

しかし、堂々巡りのようになるが、そのリベスキン

こんなこずを蚀い始めるず “ 䞭二病 ” ずいっおバカ

ドの “ ゚モい ” 空間には人の生々しさがなかったよ

にされるのがオチである。そんなこずは癟も承知で

うに思えおいる。むしろ、それは “ 埗も蚀われぬ ”

ある。しかし、そうした議論をする時間を十分に取

䜕かであっお圢容するのであれば正矩を “ 謳う ”、も

らないか目新しさに眩んですっぜかしおしたっおい

しくは “ 蚎う ” 神様が珟前化したような空間であっ

るかわからないが、確実に思考停止に陥っおいるの

た。だから、“ ゚モい ” ず感じたず圓時に少し怖かっ

ではないだろうか。二項察立の構図をい぀たでも頑

た。その䜓隓こそがその博物通の目指すずころであ

なに離すたいず必死になっおいる。それはその方が

るならば倧成功だず思う。そしお、その歎史ずきち

楜だから。僕もそう思う。だから、うたく刀断でき

んず向き合うこずを僕自身も空間に教えおもらった。

なければ “ ゚モい ” ず蚀えば穏䟿に枈たすこずがで きる。

だが圌の建築は、冒頭で述べたように人ではなく倧 矩や歎史のための空間であるようにも思えた。それ

その “ ゚モい ” に僕が泚目しおいるのは面癜がっお

は芖点を倉えおみるず教条的な空間だずも蚀えるだ

いるだけでもなければ、矩務感でやっおいるわけで

ろう。

もない。ただ埗も蚀われぬ状態や出来事を理解しお

そしおこうしたムヌノメントは瀟䌚的な芁請に関わ

みたいずいうごく単玔な興味からである。この “ ã‚š

るこずだず思った。ある皮の建築界におけるカりン

モさ ” の背景には䜕があるのだろうか、ずいう奜奇

タヌカルチャヌもしくはポスト・ポストモダンを切

心である。

り開く地平線を提瀺するはずの脱構築䞻矩も蚘号の 理論のうちに消費されおしたった、“ デコン建築 ” ず いうラベルによっお。

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アンドレ・マッ゜ン

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生々しい知性 僕の奜きな画家の䞀人にアンドレ・マッ゜ンずいう 画家がいる。奜き、ずは蚀っおみたものの画家でビ ゞュアルアヌティストの倧先茩である倧久保貎之さ んが facebook でマッ゜ンに぀いおいく぀かテキス トを残しおいお、それから興味を持぀ようになった。 マッ゜ンは第䞀次䞖界倧戊にフランス軍の歩兵ずし お戊堎に立ち胞に被匟し重症をおっお、その埌 2 幎 の入院生掻が続いた。その戊堎での䜓隓は圌の自䌝 に蚘されおおり、死ぞの゚クスタシヌを感じたずい う。 圌のこずを手短に話そうずぱラい野郎だず倧久保 さんに怒られおしたいそうだが、その死に察する圌 の哲孊はアンドレ・ブルトンがシュルレアリスム宣 蚀をしおすぐにオヌトマティズム 自動蚘述ずしお展 開される。死の哲孊ずいうのはある意味で逆説的な 衚珟だず僕は考えるが、生䜓 矜化 倉態ずいった生き るこずや生きたものぞの執着である。

にゆかりのある画家の䜜品を集めた展芧䌚であった。 生粋のモダニストであるず思っおいるクレヌずマッ ゜ンに芪亀があったなんお考えおもみなかったので、 興奮したのを今でもよく芚えおいる。お䞖蟞にも綺 麗な絵ずはずおも蚀えたもんではないが、その生々 しい知性は僕にずっお “ 埗も蚀われぬ ” ものである。 個人の䜓隓ず思考が善悪を超えお䞀぀の公共性を獲 埗したのは、いた倚くの人がマッ゜ンの絵に䟡倀を 認めおいるこずから明らかだろう。そしお構図から 解攟されたオヌトマティズムはその埌ゞャク゜ン・ ポロックによっおアクションペむンティングずしお 匕き継がれ画面いっぱいに珟れたラむンは重局しお 奥行きをもち、抜象でありながらアクチュアルな “ 空 間 ” を生み出しおいる。 僕にずっお “ ゚モい ” のは “ 埗も蚀われぬ ” 人間の いる颚景のこずをである。どんな些现な颚景や単玔 な構図でも、その生々しい知性に基づく空間はきっ ず新しいも叀いも超えお豊かなものであるず思う。

画集などでは圌の䜜品はみおいたが、今幎の月に ベルンにあるパりルクレヌセンタヌを蚪れた際に初 めお圌の䜜品ず面ず向かっお察峙した。クレヌず圌 25


女川町庁舎 東日本倧震灜慰霊碑からの眺め

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本胜の喪倱 小孊生の理科の授業や、䞭孊生の地理の授業だった りニュヌスで川の色が濁っおいたら䞊流で倧雚が 降っおいるからあたり近づかないようにね、なんお 蚀われた蚘憶がある。メキシコシティや東京で育っ た自分からすれば近くに川なんおないから実感が党 く湧かなかった。京郜の倧孊にきおからは䞀人暮ら しで、今では高野川ずいう鎚川の支流のすぐそばに 䜏んでいるのだがそこでようやく実感した。毎幎台 颚の季節は怖いくらいに氎䜍が䞊昇しお、川の音も 䞀段ず倧きくなる。これはダバむな、なんお思っお たらすぐ近くの裏山の土砂厩れ譊報がケヌタむに舞 い蟌んだので倧孊に逃げおきた。 僕はこれたで、運のいいこずに、そうした被害にあっ たこずがない。東日本倧震灜の際には接波の地響き のような音に危険を感じお裏山に登り助かったずい う人も倚い。そんなずきに限っお接波譊報が出おい なかったりするこずもあったようだ。それでも氎の 音を聞いお助かった。人ず氎害はいろんな圢で付き 合っおきたず思うが、氎の音の倉化に本胜的に気づ いお逃げるのはずおも自然な振る舞いだず思う。 氎を含む自然ず人間の関係は垞に “ 畏敬の念 ” を人 間が自然に察しお持぀こずで初めお成立する。建築

やものはその二人を繋ぐ倧事なメディアなのではな いだろうか。 察象敷地の山から流れおくる小川は、䜏宅を䜜るた めに被害を避ける甚氎路ぞず姿を倉え、氎の存圚を 远いやろうずする。それでも暗枠ずしないのはスむ ス人なりの自然ぞの敬意なのかもしれない。しかし この状態は小川を敬遠する関係になっおしたっおい るように思えた。 䞡者の関係を調停しお氎の音の矎しさや、時には恐 ろしさ、その䞡者を内包するメディアを、建築を考 えおみたいず思った。 ルツェルン湖沿いの䞀垯は芳光地ずしお、倧昔から 有名であり湖沿いにそびえ立぀岞壁にカトリックに 基づく神話に登堎する悪魔の名前を぀けたり、岩肌 を削っおキリスト像を䜜っおきた。各枯には倧小様々 な教䌚があり、お遍路のように回っおいくこずが䞀 ぀の芳光コヌスであったずいう。日本の神道由来の 神話から倧きな岩に名前を぀けたりするこずず䌌お いるず思う。 日本ずスむスを比范しおみおも自然ぞの意識は共通 するこずが倚いよに思う。䞡者共に起䌏のある土地 に䜏んでおり山もおおいこずが理由なのだろうか。

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気仙沌の枯の颚景

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自然な振る舞い 今回のプロゞェクトには “ 氎ず灜害 ” が共通のお題 ずしおある。だから、氎をなにがしかの圢でコント ロヌルするのが課題の趣旚ずしおふさわしいのかも しれない。あえお、ずいう぀もりは党くないが、最 初に述べたように、物理的なコントロヌルに重点を 眮くのではなく、出来るだけ氎の自然な振る舞いの 可胜性を匕き出したかった。その可胜性は氎の音に あるのではないか、ずいうこずである。 自然な氎の振る舞いだけでなく、人ず氎の関係も出 来るだけ自然なものにしたいずも思った。では人ず 氎の自然な関係ずはどのようなものなのか。 いずれにしおも珟代の氎や自然に察する人の振る舞 いはやや䞀方的であるず思う。それは物理面だけで なく粟神的な面でもそうだず蚀える。 特に日本では地䞋鉄サリン事件を皮切りに䜕か宗教 を信じるいうこずに消極的になっおしたった。結果 的にクリスマスや倧晊日などの幎末行事はその日に よっお信じるものを倉えお祝う。瀟䌚もそれを売り にしお経枈的なチャンスずみなす。もっず信仰に節 くなれず蚀いたいわけではない。ただそうなっおし たっおいるずいうこずを確認したたでである。僕自 身もアメリカドラマの芋過ぎで぀い "Jesus!" なんお

小声で蚀っおしたうこずもあるけど、小さい頃にク リスチャンの母芪にクリスマスミサに連れおいかれ お以来瀌拝に蚪れたこずはない。 話がそれたが、いろんな技術が発展しお目に芋える ものや情報が増えおきおしたったいた、目に芋えな いものを信じるこずや畏れを抱く機䌚が栌段に枛っ おいる。その䞀方で自然ずの関わりが残っおいる人々 が接波などの氎害から生き延びおいるずいうのもた た事実である。 こうしお考えおみるず建築の問題ではなくお人々の 意識の問題なのではないかずも考えおしたう。しか し人もそこたで賢くなくお長い時間経぀ず忘れおし たう、知識や事実ずしお芚えおいおも。これは人間 の身䜓性に関わるこずである。 同時に建物や街の颚景はある皋床長い時間残り蚘憶 を匕き出すためのファクタヌになっおいるず思う。 そうした意味では建築ずいうある皋床長期間残るも のが街の颚景の䞭にあり続けるこずで蚘憶を保存す る。建築はこういう次元でも “ 蚎う ” のだ。 そしおその建築が内包する生々しい知性が人間に察 しお実際に働きかけるずき、建築は自然の蚀わんず するこずを翻蚳しお人間に䌝える。お互いにそっぜ を向いおしたった関係そのものを架橋する存圚に、 建築はなりうるのではないだろうか。

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“ もしも建築が歌ったら ” 30


そう考えたのは建築やデザむン、ものづくりが人のためにだけに存圚するわけでもなければ、人の生々しさからかけ離れた存圚でも なく、その間をずりも぀調停人であっお意志を持぀からだ。そしおそんな願いを蟌めお䜜り手は生をものに䞎える。そしおそのもの は意志を持぀から思い通りにならない。 31


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Letter

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旅先に過去からの手玙は届いおいただろうか 芞術をめざす若い人たちに、私ができるこずは䜕か。それはずもに旅に出るこず だろう。今ずいう時代にあっお圌ら圌女らは、目に芋えぬ鎖に瞛られ、想像力を奪 われおいる。それすらも気づかないずすれば、旅ずは最良の自己発芋の方法なのだ。

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旅は生きるこずそのものである。だから旅は芞術

いく。旅で感動したず思っおいるだけのものは、䞀

を象城しおいる。旅は人を匷靭にする。旅は人をあ

月もすれば消えおいく。カメラやビデオなどに頌り

らわにし、日垞の䞭でたずっおいるものから人を解

぀づけた者の心には、䜕も写っおいないこずもある。

攟するこずがある。だから旅は人をあらわにする。

旅に行っただけで䜕も倉わろうずしない者は、行か

旅は人が背負い蟌んでいる無意味な荷物を忌々しく

なかった者よりも深い闇に閉ざされるこずがある。

思わせる。だから人は、旅で産たれ盎すこずがある。

旅は時には人を傲慢にし、たた増長させる。旅は畏

私の旅にはい぀ものように、産たれ盎したいず願っ

怖ず光明に満ちおいる。

おいた者たちが名乗りをあげおくる。 旅を前にしお人は困惑させられる。旅は人がい぀

旅には恐ろしいこずもあり、危機もある。安党地

も䟝存しおいる諞々の集団が䜕ら圹に立たないこず

垯にいるず思い蟌んでいる者、危険を避けお旅を拒

を、はっきりず突き぀けおくる。無甚の長物を投げ

んだ者が、本圓の恐ろしさを知らずかえっお危険に

捚おお、過去ぞの劄執に別れを告げた者たちが集たっ

さらされおいるこずがある。困難を経た旅は、時に

おくる。行かない理由こそ、その人が倱いたくない

至䞊の時空ずなり、至犏の聖地に心身をいざなう。

ものの倧きさをあらわにする。倱いたくないものに

人ずいう小舟に乗った魂は、旅人の姿をしおいる。

よっお、より倧きなものを倱っおいるこずに気づい

旅は終わりのない氞遠の道皋である。苊難ず詊緎

おいるものは少ない。旅に出るこずを拒むのは、自

に立ち向かい旅で苊悶した者には、旅先に手玙が届

由になり自分を倉えるこずを䜕よりも恐れるからだ。

いおいるこずがある。だからすぐれた芞術は、旅か ら生たれ出る。ここそこに行っお䜕を芋たではなく、

旅は知識や芳念で倢想したものを厳しく戒め、曞

旅先に過去からの手玙が届いおいたか、 旅先に過去

物に曞かれたものの限界を思い知らせる。

からの手玙は届いおいただろうか。

旅の䞭で、人は芋おいるようで䜕も芋おいないこず がある。知識があるようで䜕も知らないでいるから、 心の䞭で芋お孊んだものでないものはすぐに忘れお

内海 信圊 内海信圊サマヌスクヌル 2007 「萜氎荘ワヌクショップ 報告集」より

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旅先からの手玙 今回のスタゞオ課題は定員に空きが出たず聞い お友人に誘われたのがきっかけで、スむスでの ワヌクショップなど海倖の建築に觊れるいい機 䌚だくらいの軜い気持ちで参加した。スタゞオ の内容もほずんど確認しないたた申し蟌んだ が、偶然にも今回のスタゞオのテヌマが “ 氎ず

それから 6 幎たっお今幎もたた蚪れた。飜き

灜害 ” であった。それは、ここ 6 幎間僕が宮城

もせずたた文章を認めた。この間ふず最初に

県の女川町や気仙沌に通っおいたこずず繋がっ

蚪れた時どんなこずを曞いおあったのか気に

おいる、ず蚭蚈を進めるに぀れお思うように

なっお、facebook を遡っお発芋した。どうも

なっおきた。

青臭い文章だけど、それ以䞊に生々しいず思っ た。それは高校 2 幎生の文章であるわけだけど、

先に匕甚したのは建築や絵画、芞術そのものを、

久々に芋返しおみた瞬間に手玙を受け取ったよ

ものを぀くる人のスタンスを僕に叩き蟌んでく

うな気分でいた。

ださった画家の内海信圊先生の蚀葉である。圌 もたた毎幎孊生を匕き連れお旅をする身であ

旅先ではないが未来の自分に向けお毎幎手玙を

る。僕はそれに䞀床も参加はしおいないけれど、

ちゃんず曞いおいたした。その時からずっず頭

僕なりに圌の蚀わんずする旅のあり方を実践し

を離れなかったこずがいたたさに蚭蚈によっお

おいる぀もりである。

解決ずいうか、蚀いたかったこずが建築を目指 す人間ずしおひず぀の䜜品にできる機䌚が蚪れ

毎幎セルフワヌクショップず称しお女川町ず気

たんだなず぀くづく感じる。

仙沌に旅をしおいる。先生の蚀うものほど倧し

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たものではないのだが、毎床同じ堎所に蚪れお

6 幎前に送った手玙ず、昚春にい぀かわからな

いおもその床にいろんなこずや人に出䌚う。そ

い未来に送った手玙の二぀を玹介しようず思

しおその郜床垰りしなにタむムカプセルを埋め

う。はっきり蚀っお綺麗な文章ではないが、僕

るような気分で文字起こしをしおいる。

にずっおものづくりのきっかけになっおいるの

それが䜕かの矩務感ではなくお、なんずなく残

はこういう生々しさだず思っおいるし、嘲笑い

したいず思っお始めた。

ながらでもいいので読んでもらいたい。


この手玙は誰かにも届くのだろうか、届いおいるのだろうか

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Scribbles

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走り曞きぞのお節介 “ 生々しい知性 ” ずいう蚀葉を゚ッセむで䜕床か䜿ったが、それに執着 する理由はもうすでに瀺した。それがどう建築の蚭蚈ず関係があるのか。 それは劂䜕しようも無い走り曞きや萜曞きだず思っおいる。 こうしお蚀っおみるずなんだかすかしおいるか、倢芋がちな少幎に戻っ おみたした、みたいなよくいる建築家の蚀うこずず倉わらないかもしれ ない。それもあながち間違いではないかもしれないが、それ以䞊に僕は その “ 知性 ” に基づいお筆をずる。それはただの思い぀きや、無条件に 面癜さを求めたものではない。 そう蚀うのは蚭蚈の゚クスキュヌズを぀くるためでなく、むしろそれら が本質を圢䜜っおいるずいうこずの宣蚀である。建築ずは䜕か。そのあ りもしない答えに向けた思考の軌跡そのものも建築やものづくりの䞀郚 であるず思う。 走り曞きからすれば、みられたくないず思うだろうが君たちが目に芋え る方がよっぜどいいんだよ、ずいうお節介である。

走り曞きはおおよそ時系列順である。時々メモにならなかった疑問が湧 き出す。スタディを進めながらアヌカむブしお思考を敎理する過皋の開 瀺であるこずを目指しおいる。

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敷地に察する芋方の敎理

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このプロゞェクトはいかに䌝えられるかのメモ

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どうしたら建築は歌うのだろうか 音の反響にた぀わるスタディ

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氎の音をスピヌカヌによっお誇匵しお、反射させ、音叉で぀たえる

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芋えないものを芋えるものにする 顕圚化するこずずはここでは䞀䜓䜕だろうか

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敷地のトレヌスず遊歩道

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平面はどうあるべきか、屋根はどうあるべきなのだろうか

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敷地のコンタラむンず幟䜕圢態の間の暡玢 党䜓のボリュヌム感

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これだけ手を動かす必芁があっただろうか。

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氎のおばけ

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氎玉ずいう蚀霊

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どうしたら建築は歌うのだろうか 音の反響にた぀わるスタディ

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あずがき

プロゞェクトに際しおこうしたブックレットを䜜るのは今回で 回目である。最初は文章を連ねるこずで蚭蚈の手がかりにするこ ずができるのではないかず考えおいた。 回目は卒業蚈画のために曞き始めたが、むしろブックレットそ のものが結果的に卒業蚈画の倧半を占めおいた。卒業蚈画ずいう 倧䞀番で僕が取り組んだのは文章を曞くこずだった。 建築孊科を目指す前は文孊郚に行きたいず思っおいたこずが無関 係ではないず最近になっお思う。 建築を建築の倖偎から考えおいる、ずいうこずになるがこうしお ブックレットを䜜る最終的な目的は建築にはない。僕にずっお建 築は衚珟や解決、ものづくりの䞀぀でしかないず考えおいる。 ぀たり、こうしおブックレットを䜜るのは文章や装䞁ずいったデ ザむンや文化的衚珟であっお建築もそれず同等に扱っおいるずい うこずだ。このブックレットで蚭蚈を説明するこずもできるし、 蚭蚈でブックレットを説明するこずもできる。 こう考えるようになったのは僕個人が絵を描いたり文章を曞いた り、もちろん建築を蚭蚈するこずも奜きだけど、それらが芋おい る地平線は同じなのではないかず卒業蚈画の時に思ったからだ。 ブックレットずいう圢でこのプロゞェクトに察する日々の思考を アヌカむブするこずで、ないがしろにされがちなデザむンのプロ セスを公衚する。そうするこずで、建築やものづくりはスケッチ や走り曞きなどの生々しい知性が぀くるものをより魅力的にする ず信じおいる。

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Afterword

This is the third time to make a booklet which is related to architecture projects. I thought it might be helpful to design an architecture when I make it for the first time. I also made my booklet for the graduation project and it was much more important than architecture project itself. I thoght it was not irrelevant that I hoped to study literature at university when I was a junior highschool student. It is possible to summarize my aim that I have been working on architecture from other fields. But strictly speaking, designing architecture is not the final destination for me. I think architecture is just one of the solutions or representations. In other words, architecture is one of the cultural representations as writing or book-design are. So I think there are no hierarchies between any kinds of creations. Therefore, I can explain a project from booklet and the reverse is also true because they are heading to the same destination. I like to paint and write as well as design architecture, and as I mentioned above they are on the same line. I thought so when I found out while I was working on my graduation project. By archiving footsteps of my design esquisses for the project, I can show how important the process is. And I beleive the outcomes which includes sketches or scribbles with raw intelligence would be more attractive.

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Fi n.






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