バイオマテリアルによる修繕 のデザイン
Design for Mending with Biomaterials
■ハフマン恵真
Emma Huffman
図1
京都工芸繊維大学大学院
:Kyoto Institute of Technology
菌糸体によって修繕された底の擦り切れた靴
Sammury
要旨
The fashion industry, infamous for its negative impact on
環境への悪影響で悪名高いファッション業界は、新しいバ
the environment, is now headed to a more sustainable and
イオマテリアルの発明や活用など、さまざまな方法でより
circular model exploring many ways including the inventions
循環型の持続可能なモデルへと向かっている。しかし、修
and utilizations of new biomaterials. Yet, for now, using the
理やメンテナンスによって手持ちの衣服や靴をできるだけ
clothes and shoes we already have as long as possible
長く使うことが、最も持続可能な選択肢であることが現状
through repair and maintenance remains to be the most
だ。本研究では、線形モデルから循環モデルへの移行期に
sustainable option. This research poses the need for design
おけるデザインの必要性、すなわち線形モデルでデザイン
during the transitional period between the linear model to
された製品の寿命を延ばすためのデザインの必要性を提起
the circular model; i.g. design for extending the life of liner-
している。そのようなデザインとしての「バイオマテリア
design products. It does so by exploring and speculating the
ルと共に修繕すること」の可能性をマテリアル・リサーチ
potential of inviting living organisms, specifically mycelium,
やプロトタイピング、未来シナリオの組み立てなどの手法
as a partner in repairing our daily belongings through
を用いて探り、あり得る未来を思索した。
material research in the lab and home, ideation, prototyping and future scenario building.
1)序論
材を総称している。2021 年、特にファッション業界が注
1-1 直線型モデルから循環型モデルへの移行
目したバイオマテリアルは菌糸体レザーやキノコレザーと
気候危機は人類にとって喫緊の課題である。近代化、そし
呼ばれる、キノコの菌糸体が絡まり合ってできた皮革のよ
て、急激なグローバリゼーションを経て、地球に多大な環
うなテキスタイルである。このように生物そのものによっ
境負荷のかけてきたファッション産業は、昨今、その在り
て形成・生成され、巨視的に見た時に素材となるものは
方を改め、持続可能な製品・サービスの開発と実行に本腰
Bioassembled Material[ 注3] と呼ばれ、菌糸体の他に、
を入れており、特に、循環型モデルに向けた動向が目立っ
生物の細胞(牛皮)や微生物由来の素材がそれに当たる。
ている。具体的には、2021 年に複数の大手企業 [ 注1] が
生物由来であるため、新たに加工を施さない限り、高い生
キノコの菌糸体を用いた皮革の代替となるようなテキスタ
分解性を担保できる。
イル製の靴や鞄を発表したり、単一素材で作られた靴の循
バイオマテリアルの文脈で特筆すべきもう一つの点に、
環型サブスクリプションのサービス [ 注2] がはじまって
バイオテクノロジー、バイオファブリケーションが研究の
いる。
場から市民に広がっているという点が挙げられる。デジタ
つまり、ファッション産業が循環型デザインに移行しよ
ル・ファブリケーションにより、ものづくりが再度市民権
うとしていることは明快である。しかし、一般に循環型の
を得たが、バイオ・ファブリケーションが市民によって可
製品が普及するまでまだ時間がかかる上に、まだ使える既
能になれば素材そのものを人々が各々作れることが期待で
存のプロダクトを全て捨て、新しく循環型の製品に買い直
きる。さらに、バイオマテリアルは地産地消の可能性をも
すことは合理的とは言えない。そのため、様々な理由から
つことも重要なポイントだ。
捨てられてしまう直線型デザインの衣類や靴を廃棄せず に、なるべく長く使い続けるためのデザイン、循環型社会 への移行期のためのデザインが必要だと考える。
2)研究のコンセプト 現在、ファッション産業におけるバイオマテリアルの応 用先は環境負荷の低い新製品を作ることに止まっている。 本研究では、ファッションの文脈におけるバイオマテリア ルのさらなる可能性として、リペアやリメイクに用いられ るのではないか、と考えた。すでに、 「菌継ぎ」と称し、 割れた陶磁器を微生物を用いて修繕する可能性の探索が始 まっている。陶磁器のように何かの拍子に割れて、使えな くなる製品とは異なり、衣類や靴はその素材や使用方法か ら、日々、すり減っていくという特徴がある。そこで、日
図2
移行期のためのデザインを示す概念図
1-2 修繕
常的に服や靴を育て、メンテナンス(Take-care)していく、 という点において、DIY 可能なバイオ素材を用いた修繕に
製品や素材を長く使うための具体的な方法に、share(共
絞ることにした。そして、現在の修繕に用いられている素
有する), mainrain/prolong(メンテナンス、 引き延ばす),
材は、グローバリゼーションによって、世界中から抽出さ
reuse/redistribute( リ ユ ー ス、 再 分 配 ), refurbish/
れた素材を用いているが、地域の生物や素材を用いて修繕
remanufacture(再構築) 、recycle(リサイクル)[ 注2]
することが可能になれば、輸送コストや抽出のコストも抑
があり、リストの先の方が、エネルギー消費が小さいので、
えることが可能である。
修繕などのメンテナンスをして長く同じ製品を使うことが
以上を踏まえ、人々が日常的にバイオマテリアルと共に
環境に優しいことがわかる。修繕は、壊れたり、使い勝手
衣類をなおすことは、持続可能なあり得る未来であると考
が悪くなったりしたを製品を直すことで、現存の修繕に関
える。そこで、本研究は Bioassmebled Material と共に靴
するサービスには、ユーザーが製品を自ら持ち込む地域の
をなおすためのデザインと、それが実践される有り得る未
修理・修繕屋、自身で治すための修繕キット、市民が壊れ
来を提示して、人々に議論してもらうことを目的とする。
た製品を持ち寄り、知識を共有して、共に修繕するリペア カフェなどがある。しかし、リペアをする人は少数派であ
修繕
ることが実態だ。[ 注3]
修繕
ファッション産業
1-3 バイオマテリアル
ファッション産業
持続可能性に向けての昨今のファッション産業の動向と
バイオマテリアル バイオマテリアル
してバイオマテリアルへの注目、開発、利用が挙げられ る。バイオマテリアルは自然由来の素材を含んだ全ての素 図3
現状の課題解決のアプローチ(左)と本研究が探求する領域(右)
3-3. アイディア発想 3)デザインの内容とその方法
研究のプロセスにおいて、研究のステージに合わせて複
3-1. デザインプロセス
数回アイディア発想をおこなった。
本研究のデザインプロセスは、①マテリアル・リサーチ、
アイディア発想一回目(アイディア発想①) :バイオマテ
②アイディア発想、③アイディア検証のためのプロトタイ
リアルを用いた修繕方法の発想のために「言葉の掛け算」
ピング、④スタイリングデザインのためのプロトタイピン
方を用いた。具体的には文献調査から明らかになった服が
グ、そして、⑤未来シナリオの構築に分けられる。それぞ
捨てられる理由と2種類のバイオマテリアルを掛け算し、
れ並行して取り組み、 得た知見や発見が、 それぞれのステッ
マテリアル・リサーチから明らかになった素材特性から考
プにおける方向性やデザイン的決断に影響し合いながら、
えられるバイオマテリアルを用いた18修繕の方法を書き
プロジェクトは進められた。[ 図 4]
出した。例えば、 「穴が開く」×「菌糸体」=「穴を塞ぐ ように直接菌糸体を培養する」、「小さすぎる」×「コンブ チャ」=「服を切って、間にコンブチャを培養して拡張し ながら、くっつける」 、 「柄が気に入らない」×「菌糸体」 =「菌糸体で新たな柄を付加する」などがある。 アイディア発想二回目(アイディア発想②) :修繕の対象 を衣類全般から靴に絞り、靴のパーツ×コンブチャまたは 菌糸体でアイディア発想をおこない約30個の方法を書き 出した。例えば、「天然素材のアッパーが汚れる」×「菌
図4
本研究のデザインプロセスのタイムライン
糸体」=「菌糸体を分解者として用いてさらにダメージ加
3-2. マテリアル・リサーチ (2020 年 11 月~ 2021 年 9 月)
工を施す」、 「かかとの内側が破れる」×「コンブチャ」=「収
ここで、マテリアル・リサーチは素材への理解を深め
穫したてのコンブチャをのせて乾かす」、「靴底が擦り切れ
るための実験と振り返りをさし、 「アイディアの検証のた
る」×「菌糸体ブロック」=「新たなソールを直接培養する」
めのプロトタイピング」における実験とは意図が異なる。
などがある。その後、未来シナリオや実験のことを加味し
まず、修了研究(以下、研究)を始める前(2020 年 11 月
て、アイディアの実現可能性や面白さなどから17のアイ
~ 3 月)に先行研究や事例を参考に菌糸体レザーやコンブ
ディアを選び、想定される修繕方法の設計図 [ 図 6] を書
チャレザーの培養実験や素材を用いた制作をおこなった。
き起こして、具体性を高めてさらにアイディアを検証した。
研究初期(2021 年 4 ~ 5 月)は化繊や自然素材の複数種 の布地に各バイオマテリアルを直接培養する実験を行い、 バイオマテリアルの直接培養による修繕の実現可能性を確 認した。[ 図 5,6] また、 本研究の成果物には反映されなかっ たが、2021 年 8 ~ 9 月は既往研究を参考に繊維科学セン ターの増谷一成研究員の指導のもと菌糸体レザーをなめす 実験を行い、DIY バイオファブリケーションの文脈でなめ しは可能か、また本研究の提案に必要かを検討した。
図6
修繕の設計図スケッチ
3-4. プロトタイピング プロトタイピングはアイディアを検証するための実験的な プロトタイピングと、成果物をデザインするためのスタイ リングのためのプロトタイピングの2種類に分けられる。 (1)アイディア検証のためのプロトタイピング 前述のアイディア発想で着想した修繕方法の中から数種類 選び、実験方法を計画し、実行した。 図5
6種類の布の穴や擦り切れを菌糸体で塞ぐ実験の結果
たとえば、アイディア発想①の「菌糸体で新たな柄を付加 する」というアイディアを検証するために、デザインした 柄の通りに菌糸体が育成すように枠を制作して布に直接培
養する、徐々に伸びていく菌糸体でグラデーションを表現
キノコと靴の写真を用いてフォトコラージュによるコンセ
するために布を菌糸体に対して垂らして培養する、などの
プトイメージ複数を作成し、先述のイメージプロトタイプ
実験をおこなった。異なる方法で四回ほど実験したが、良
で得たイメージとの相性や培養に型を用いるという条件か
い結果が得られなかった。[ 図 7] アイディア発想②で着
ら、キノコの傘のような曲線が印象的なデザイン [ 図 10]
床した「新たなソールを直接培養する」というアイディア
を選定した。
を検証するために、靴を収めた状態の型に菌糸体ブロック を培養するなどの実験をおこなった。数週間の培養の後、 菌糸体ブロックが靴と合体して培養できたため [ 図 8]、 このアイディアを洗練し、未来シナリオを組み立てていく ことにした。
図9
図7
スタイリングデザインのためのイメージプロトタイピング
柄をつける実験の結果
図10
スタイリングデザインのためのフォトコラージュ
3-5. 未来シナリオの構築 未来シナリオは、バイオマテリアルによる修繕が可能な 未来における人々の暮らしを提示し、望ましい未来につい て議論をすることを目的としている。 図8
菌糸体ブロックを直接靴に培養する実験
(2)スタイリングデザインのためのプロトタイピング
研究初期から徐々に検討をはじめ、ファブ・ラボとリペ アカフェの融合、職人、DIY キットなどを議論した。10 月
スタイリングデザインをするために「菌糸体でソールを
に具体的な時代背景やユーザーのペルソナを設定し、キッ
修繕された靴」のイメージを膨らませる必要があった。そ
トを注文して、DIY でバイオマテリアル修繕を行うシナリ
のためにモデリング、ラピッドなイメージプロトタイピン
オ① [ 図 11] を書き、指導教授や他の学生と議論をした。
グ、フォトコラージュを行った。
その際の気づきとして、DIY で行う場合、生き物である菌
モデリングは、 菌床の材料であるオガクズで粘土を作り、
糸体に敬意を持った適切な扱い方が担保できるのかという
著者と他の学生の二人でユーザーの体験や菌糸体について
ことがあった。そこで、シナリオに菌糸体の正しい扱い方
話しながら、造形した。その後、造形したモデルを見なが
ができる職人を加え、初回は職人と菌糸体によって修繕し、
らリフレクションを行い、 「菌糸体らしさ」 、 「自由」、「有
職人の指導を受けて二回目以降からユーザーが家庭で菌糸
機的」などがキーワードだと判断した。イメージプロトタ
体と共に修繕していく新たなシナリオ②を示した。また、
イピングは、大きな菌糸体ブロックを靴の底の形に切り出
シナリオ②作成のために職人の仕事場の立地を具体的に京
したものを靴の底にそわせて撮影 [ 図9] し、菌糸体があ
都の一条寺とし、仕事内容を考える過程でキノコやオガク
る程度自由に生育し、人間による介入がある姿のイメージ
ズの調達を京都市内で済ませをリサーチし、ローカルな循
を創造した。その後、よりキノコらしさを追求するために
環型サービスの可能性を発見した [ 図 12]。そこで、シナ
リオの主人公をユーザーから職人に変更した。 未来シナリオの媒体には、絵本を選定した。絵本を媒体 として選んだ理由は次の2点である。①思索的な未来観を 絵本の持つ優しい語り口を通して、読み手にとって想像し
①菌糸体を用いたすり減った靴の修繕方法 すり減った靴の底を菌糸体を直接培養することで修繕す る方法を確立した。[ 図 13] 既存の製品を修繕する目的で菌糸体マテリアルを用いる
やすくし、わからないことに対する拒絶反応を回避して、
前例が見つからないので、菌糸体素材の新たな可能性を提
すぐに建設的な議論をするため、②子どもにも伝わる内容
示できたといえるだろう。
にして、未来を担う世代の意見の聞くため。また、移行期 であることを示すためにに、絵本の着色には菌糸体レザー やコンブチャレザー、 菌床、 一般的な織りやニットをスキャ ンして用いた。 絵本の他に、ユーザーや職人の具体的な体験を示し、課 題となりうることを明らかにするためにサービスブループ リントを作成した。
図13
本研究で明らかになった手順で培養の準備をする様子
②修繕のための型 菌糸体を用いたすり減った靴の修繕のための型をデザイ ン、制作した。[ 図 14] 組み立て・分解可能な機能をデザインしたことで、本製 品の使われ方を通した未来の日常を示せた。キノコらしい 有機的な形を取り入れたが、 「未来のエステティクス」と いえるほど現存のデザインから逸脱はできなかった。 また、 空気に触れていない部分の菌糸体が育成不良だったことか ら、空気穴を設けるなど型のデザインは改良できると判断 図11
シナリオ①の一場面
図12
地図などを用いてローカルな循環を検討
する。
4)成果報告、およびまとめと考察 本研究の成果物は、①菌糸体を用いたすり減った靴の修繕 方法とレシピ、②修繕のための型、③菌糸体によって修繕 された靴、④菌糸体と共に修繕する未来シナリオを描いた 絵本の4つである。以下にそれぞれに対してまとめと考察 を述べる。
図14
靴に菌糸体を直接培養用するための型
③菌糸体によって修繕された靴
WW 今後の展望は修繕された靴を実際に履けるようにす
底が擦り切れた運動靴を本研究で確立した修繕方法で直し
ることだ。そのために、より菌糸体が育ちやすい型のデザ
た。[ 図 15]
イン、実際に履いて歩くことを加味したソールのデザイン
実際の靴に菌糸体ブロックをソールの形で直接培養するこ
などが考えられる。また、同時に人間中心設計から多種と
とに成功し、未来の靴のあり方を示せた。しかし、②に述
共に生きていくことをデザインの要件としたときに、他種
べた通り、菌糸体が育成不良を起こし、ソールの強度が部
と協力して人工物をなおすことが他種にとっても有益であ
分によって差がある。型を改良することで、解決できると
るようなデザインをしていく必要があるだろう。
予測する。 6)注および参考文献 1)Addias, Hermes, LuluLenmon 2)Made to be remade by Addidasa 3) Circular Economy Systems Diagram, Ellen McArther Foundation, www.ellenmcartherfoundation.org 4)田村有香:衣料品のリペア (「お直し」) 行動の実態ア ンケート調査結果、京都精華大学紀要、42 号、53-73 頁、 2013 5)Fashion for good, "UNDERSTANDING“BIO” MATERIALINNOVATIONS:a primer for the fashion industry", 6 頁
図15
菌糸体ですり減った靴底を直した靴
④菌糸体と共に修繕する未来シナリオを描いた絵本 [ 図 16] 菌糸体と共に靴をなおす「菌治屋」の日常を通して、バイ オマテリアルによる修繕が行われる未来を描いた。こども のいる方から「テンポ感がよく子どもが引き込まれた」と いうフィードバックがあり、絵本らしさのある絵と文章に なったと考える。文字間を設けておらず、読み着替えをす る大人が読みづらいという意見もあったので、改善の余地 がある。2 月の卒業制作展を、多くの人に読んでもらい、 フィードバックを得る場として設けている。
図16
未来シナリをを描いた絵本
5)今後の展望