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ブ ラ ン ド は 流 動 化 し 、生 命 体 へ 。

「 ブ ラ ン デ ィ ン グ 3 . 0 」時 代 に 向 け た 日 本 ブ ラ ン ド 変 革 の 本 質 和田 千弘

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January 2015



BRANDS HAVE THE POWER TO CHANGE JAPAN これからの日本ブランドの30年に向けて

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ブランドは流動化し、生命体へ 。 「ブランディング 3.0」時 代に向けた日本ブランド変革の本質 和田 千弘


ブランディングと イノベーションが 変化した時 やや個人的な経験からお話をしたい。 2000 年、 私 は MIT(マサチュー セッツ

強く感じていたのだが、その時 期まさに、

当時、日本 企 業は一 部の自動 車メーカー

グローバル・ブランド」ランキングが作成・

業 間もないグーグルが 急 速に利 用 者を拡

しながら、 膨 大 なデ ータを分 析し、 情 緒

デ ザインの iMac が 発 売され、MIT のオ

行動を数値に転換するブランドの捉え方に、

工科大学)の MBA 課程に在籍していた。 以 外、 凋 落が 著しい時 期であったが、 創 大し、復帰したジョブズが開発した斬新な

フィスでも広く使われるといった印 象 的な

出来事が起きていた。企業経営者からは、

「デザインシンキング」の重 要 性が頻 繁に 語られ始めていた。

理 論 的にも、B.J. パインと J.H. ギルモア

による「 経 験 経 済 」やクレイトン・クリス

テンセンの「 イノベーションのジレンマ 」 の経 営 的 意 味 合いがビジネススクールで

も議 論されていた。MIT でも、エリック・

フォン・ヒッペルが オープンソースソフト

ウェアやオープンデザインを研究し、「イノ ベーションの民主化」を提唱していた。

そうした観察から、その時期はマーケティ

ングやイノベーションの考え方の変曲点の 一つとなる時期なのではないか・・・と

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2000 年、インターブランドの「 ベスト・ 公開されている。ファイナンス理論を駆使

的ベネフィットやユーザーのブランド選 択 私自身、強い衝撃を受けた。

実際、ちょうどその頃から、あらゆる市場

で、ブランドの捉え方が大きく変 化してい

る。広告によって形成される短期的イメー

ジではなく、 創 造・ 蓄 積・ 管 理されるべ き無 形 資 産であり、 企 業 のあらゆる具 体

的活動がブランドにつながるという考え方

が浸透し始めている。


ダニエル・ピンクの「ハイコンセプト」は、

この時期以降のユーザーの変化をうまく分 析している。ピンクが分析したように、 1)機能だけでなく「デザイン」 2)議論よりは「物語」

3)個別よりも「全体の調和」 4)論理だけではなく「共感」

5)まじめだけでなく「遊び心」 6)モノよりも「生きがい」

といった情 緒 的 経 験の価 値の重 要 性は高 まり続けている。そうした、ユーザーの期

待値の不連続なレベルでの高まりは、ブラ

ンディング活動の重要性を高め続けてきた。 しかし、現在、それに留まらない大きな変 化がある。

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これからのブランディングに 不可欠な、ユーザーとの共 創 これまでのインターブランドジャパンのメンバーによる論考で幾度か指摘させて頂いたが、私

たちが世界中の多くのクライアントのブランディング活動を支援する中で、日々実感している、 確実な流れがある。

それは、ブランディングのターゲットユーザーが個人消費者・企業顧客の区別を問わず、ブ

ランドがその商品・サービスのユーザーによって形成され、コントロールされるようになって きているという変化だ。ブランドを「所有」しているのは当然企業や団体であるが、ユーザー によってブランドが日々変化・進化するケースが増えている。

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「共創」「オープンイノベーション」「クラウドソーシング」などは既に広く知られた言葉であ

るが、ブランディングでは現在、その概念がさらに拡張されつつある。企業が共創を仕掛ける、

という関係を超え、情報の送り手と受け手の境界線は一層、曖昧となっている。

これは「人間がこの世界をどう経験し、この世界をどう感じながら生きていくのか」という点

における、本源的・根本的なシフトへの適応であり、あらゆるブランドは、こうした流れに 緊密かつ迅速に対応する手を打たなければ、急速に世界から取り残され、最終的には死滅

してしまうであろう。

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TIME Person of the Year 2006 http://content.time.com/time/specials/packages/0,28757,2019341,00.html

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“ Yo u ”の時 代

2006 年、アメリカの「TIME」誌編集部が選ぶパーソン・オブ・ザ・イヤー(Person of

the Year)に、You(あなた)が選ばれたのをご記憶の方も多いだろう。その号は表紙が 鏡になっていて、そこに自分の顔が映し出されるようになっていた。

その左は、YouTube の動画メニュー画面である。

改めて言うまでもなく、デジタリゼーションがブランドのあり方を劇的に変えている。何かの

ブランディング活動を考える際に、時には「What= 何を表現しようとするか」を決定する前に、

「How= いかに個々のユーザーにリーチしようとするのか」を検討し、決定することが必要 となっている。

「リアルタイム・ブランディング」や「アダプティブ・ブランディング」は、(しばしばデータ 化された)ユーザーの興味や行動に迅速に反応し、ブランドを「流動化」させて柔軟に変

化させるアプローチである。デジタルメディア上の広告やコンテンツに限らず、商品・サービ

ス自体も含めたマーケティング要素のあらゆるすべてを、パーソナルな期待値を捉えて変化・ 適合させ、ブランドとユーザーの繋がりを強めることが、実際にユーザーが望む形、高まる 一方のユーザーの期待値なのである。

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ス タ ー バ ッ ク ス 社 は、「My Starbucks

Idea」というサービスで、より一層アダプ

ティブになるための新しいアイデアを公募す

ることで、ブランドのユーザーとの繋がりを 強力に高めている。

公 募アイデア対 象は、Product( 商 品 )、 Experience(体験)、Involvement(社

会参画)などのあらゆる領域に渡っており、

ドリンクやフードの種類や味だけではなく、

立地や店舗空間、カードのデザイン、音楽、

コミュニティ、注文・支払方法、社会貢献

のアイデアに至るまで、 広く募 集されてい

る。応募された総数は 10 数万件(2014

年 12 月現在)に及び、既に数 100 件が 採用されている。

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My Starbucks Idea http://mystarbucksidea.force.com/apex/ideahome


KLM オランダ航空社の「Meet & Seat」

というサービスは、実は私も大好きなのだ

が、 出 発 前 に他 の 搭 乗 者 の Facebook、 Google+ や LinkedIn などの SNS のプロ

フィールを見ることができ、チェックイン時 に隣に座る人を確認してから、座席を指定

することができる。同じ関心分野を持つ人

との出会いや、ビジネスネットワーキング の活用を意図したものである。

KLM「Meet & Seat」 http://www.klm.com/travel/jp_ja/prepare_for_travel/on_board/Your_seat_on_board/meet_and_seat.htm

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「 ブランディング 3.0 」とは

ここで、 よく注意をされたい。デジタルメディ ア、ソーシャルメディア、スマートフォンなど を、自社のブランディングにどう上 手に活

用しようか、という思考方法だけでは、ブ

ランドという概念が「流動化」し、時に自 律的な動きをする「生命体」となりつつあ

る状態には十分対応ができない。

例えばソーシャルメディアは、それ自体が 流動的である。人々の思念の集合体が、大

きな魂のようになり、その魂が器に閉じ込

められた、生命を持つ「知的有機体」とも 言えよう。

となれば、ソーシャルメディアという生命体

と上手に「お付き合い」をしながら、ブラ

ンドをどう変えていかなければならないか、 を思索し、発想し、議論し、業務を改善し なければならない。上記のスターバックス

や KLM オランダ航空は、企業内の発想・ 思考方法自体を押し広げるための、ある意 味、企業文化の変革の事例である。

「ユーザーの声を聞く」 「ユーザーからフィー

ドバックを得る」だけでは(これらも時に は必要であるが)、現在・未来のユーザー

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の心を動かすことは難しい。ユーザーをブ

ランドのストーリーに「巻き込み」、ユーザー

にブランドのストーリーを「語り継いでもら

う」ためには、「ユーザーをブランディング

活動に組み込む」ことが必要だ。そのため

には、ソーシャルメディアを広告やリサーチ に活用することや、ましてやターゲット顧客

のライフスタイル・嗜好に合いそうなオンラ

インコミュニティのプラットフォームを企業

側が準備する、といった単純な施策では絶 対に実現しない。

流動化し、知的生命体・有機体とも言える 存在となりつつあるブランドに取り組み、ブ

ランドのあり方を軸にして組織・文化・業

務オペレーションを改革していく。我々は、

そうしたブランディング活動を、 「ブランディ

ング 3.0」と呼んでいる。

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一刻を争う「ブランディング 3.0 」への 経営ルールの変 更 ブランディング 3.0 に真 剣に取り組もうと

「実行」段階に関する深い考察と、現場で

がほぼ不可能な、複雑性が生じる。その複

る経営ルール変更の必要性が大きく高まっ

すれば、結果、予測困難で、コントロール 雑性は管理不可能な水準であることへの理

解が、貴社の経営陣・従業員にはあるだろ

うか?複雑性は、「正しく、正面から付き合 う」という考え方が必要なのである。

すなわち、ブランディング 3.0 時代において、

ている。

大手玩具メーカーのレゴは、自社の LEGO

Ideas というサイトで、ユーザーからアイ

デ アを 募 集している。これ は 2008 年 に Cuusoo(= 空想)という名前で、日本か

ブランドオーナーは「良いアイデア」を基

ら始まったプロジェクトである。ユーザーか

ことになる。ユーザーは、受動的な消費・

するのであるが、その中で投票が 10,000

軸に広告にするだけでは、成功を望めない

購買・使用だけでは満足せず、能動的でア

クティブな参 加を望むことになるが、その 参加行動が発生するのは常に、ユーザーが

実在し、サービスが提供される現場である。

このため、「経験戦略はこういうカスタマー

ジャーニーで・・・」などと本社が企画・ 立案しても、現場で最適経験が提供されな

らアイデアを募集し、他のユーザーが投票

票 に 到 達したアイデアは、レゴ 社 内 のレ

ビューボードで検討され、合格したアイデ

アが実際の商品になり世界中で発売される。

これだけではないのが、レゴブランドの面白 いところである。大人のレゴファン("Adult

Fan of Lego" = "AFOL" と略して呼ばれ

ければ、失敗するだけである。

る)による、レゴブランドコミュニティを意

ブランディング 3.0 時代のユーザー経験と

る。

ブランドのあり方は、微細な心で慎重に設

計・構築されるべきであり、あらゆる商品・

サービスが、正確無比に丁寧に提供される べきなのである。

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の最適で柔軟なオペレーション実行を支え

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識した様々な仕組みやサイトが存在してい


例えば、LDraw は、AFOL が 開 発したレ

ゴ用の CAD(コンピュータ利用設計システ

ム)で、ユーザーは工業デザインをするよ

うに、バーチャルなレゴのモデルやシーンを 描き出すことができる。LDraw は、オープ

ンスタンダードのフリーソフトウェアであり、

レゴの部品で実際に作ったモデルを文書化

し、説明書を作成でき、バーチャルモデル

の 3D 写 真はおろか、アニメーションまで 制作できる。

LEGO Ideas https://ideas.lego.com

AFOL は自らのレゴ作品を、MOCpages.

com などの多くのサイトにアップロードして

い る。MOCpages.com に は、2014 年

12 月現在、40 万点以上がアップロードさ

れている。 他にも、 様々なレゴ関 連サイト

が存在している。

ファンよるこうした製品の二次創作・改造・

改変・公開を許容するばかりか、刺激し、 守ってすらいるレゴ社の姿勢が、ユーザー

の心を動かす。レゴ社は、重要な経営判断

として、自社製品に関する一部の権利を意

図的に放棄することで、実に強力なブラン

ドを構築することに成功しているのである。

MOCpages.com http://www.mocpages.com

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ブランディング 3.0 時 代に適 合していくた

めには、そうした経営ルールの(多頻度な)

ブランディング 3.0 時代の流れが否応なく

なる。言うまでもなく、正しい企業文化には、

な勝負することになるのか。いかなる価値

の共通理解をベースにして、社員を揺るぎ

悟が必要なのか。ブランディング活動に関

変更を許容する、企業文化の改革が必要と

正しい選択(経営レベル・現場レベル共に)

進展するグローバル市場で、どこまで苛烈 観や方針の転換が必要なのか。いかなる覚

なくまとめる力がある。

して、対応できていないことは何か。どうい

しかし、ブランディング 3.0 に向けた正し

のか。そうした根源的な部分について、改

う思考方法を組織に浸透させていくべきな

い企業文化は、 トップダウンで「志」 「ビジョ

めて考えて頂きたい。そして、今日からすぐ

トムアップでワークショップを繰り返すだけ

に取り組んで頂きたい。これこそが、強い

ン」を言語化するだけでは生まれない。ボ

でも生まれない。ユーザーや社員、あらゆ

るステークホルダーが触れるもの・目に見

えるものの、正しいクリエイティブデザイン からスタートしながら、社員同士、ユーザー

と社員、さらにはユーザー同士が相互に協

力し合い、改善するためのプロセスを繰り 返して、 少しずつ、まさに Kaizen 的に築

き上げる必要がある。

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自社のブランドを真 摯に見つめ直した時、

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にでも、自社のブランディング活動の改革

グローバルブランドの確立にむけて、「日本

ブランド」が今取り組まなければならない 課題である。



インターブランドジャパン 和田 千弘 Chief Executive officer 松尾 任人 Creative Director 橋島 康祐 Creative Director インターブランドについて インターブランドは、1974 年、ロンドンで設立された 世界最大のブランドコンサルティング会社である。世界 27 カ国、約 40 のオフィスを拠点に、グローバルでブランド の価値を創り、高め続ける支援を行う。インターブランド の「ブランド価値評価」は、ISO により世界で最初にブラ ンドの金銭的価値測定における世界標準として認められ、 グローバルのブランドランキングである “Best Global Brands” などのレポートを広く公表している。 インターブランドジャパンは、ロンドン、ニューヨーク に次ぐ、インターブランド第 3 の拠点として、1983 年、 東京に設立された。ブランド戦略構築をリードするコンサ ルタント、ブランドのネーミング、スローガン、メッセー ジング、ロゴ・パッケージ・空間・デジタルのデザインを 開発するクリエイターが在籍し、さまざまな企業・団体に 対して、トータルにブランディングサービスを提供している。 www.interbrandjapan.com


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