ロザハイス 波止場の記憶

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The dockland memory in Rotherhithe ロザハイス 波止場の記憶

Shintaro Kurihara

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プロジェクトについて このプロジェクトは、南東ロンドンの旧港

た。調べ、歩き始めると興味深い発見がたく

町ロザハイスの遺産を探索し収めたもので

さんありました。本書は、2013年4〜7月の調

す。 中でも、17 世紀から1970年代まで栄え

査・撮影の記録です。

た港町の経済活動や住民の生活の名残に 着目しています。

“地図を持って町に出て、 縁石にできるだけ近づきなが

プロジェクトをはじめたきっかけは、 よくいく

ら広場を歩いてみよう。 そして好みの道具でその様子

カフェを写した一枚の古い写真でした。何

を記録してみよう。映像、写真、手書きのメモ、録音な

も知らずにコーヒーを飲んでいたそのカフェ

んだっていい。”

は、1821年頃多発した墓荒しから墓地を守

心理地理学者 ガイ・デボート

るために自警団が詰めていた監視小屋だっ たのです。 当時、波止場で働く貧しい人々が 医学解剖用に墓から死体を盗んで売ってい たそうです。 その事実に驚くとともに、 この地 域の歴史を調べはじめたのがはじまりでし 2


目次 地図 4-5

東インド埠頭 36-37

ロザハイス・ストリート 6-7

ロザハイス地区の河川景色 38-39

希望埠頭 8-9

教会への階段 40-41

パブ・エンジェル 10-11

フィンランド操船場のクレーン 42-43

グライス穀物庫/サンズ・フィルム 12-15

サリー埠頭の入口 44-45

監視小屋 16-17

目に見える波止場の記憶 46-47

聖メアリー教会 18-19

サリー商業埠頭 48-51

聖メアリーロザハイス 20-21

埋め立てられたサリー商業埠頭 52-55

ブルネルトンネル・ポンプハウス 22-23

波止場の管理事務所 56-57

テムズトンネル・ミル 24-27

引用と参考文献 58

バブ・メイフラワー 28-29 エレファント路地 30-31 開閉橋 32-33 テムズ川の景色 34-35 3


Rotherhithe/ロザハイス アングロサクソン語(古英語) で 「船乗りたちの楽園」 を意味する。 17世紀頃から造船や波止場で知られるようになった。

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1894ๅนด

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ロザハイス・ストリート 1981年 ロザハイス村への入口。 6


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希望埠頭 1979年 8


19世紀後半に建てられた倉庫は、1850年代に は石炭の輸送用に使われ始めた。 1980年代に埠頭は閉鎖され、 マンションに改 装された。 9


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パブ・エンジェル 1980年代


1620年に、 メイフラワー号の船長クリストファー・ジョーンズは、 ここで乗組員を募集した。 波止場時代は、船乗りたちは船から直接このパブにアクセス可能だった。

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グライス・穀物庫 12


サンズ・フィルム・スタジオ 1780年代から穀物庫として使われた。 現在は、 ”リトル・ドリット”など の名作を手がけた映画スタジオが入っている。

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グライス・穀物庫

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サンズ・フィルム・スタジオ コスチュームデザインの現場。

サンズ・フィルム・スタジオ内にあるロザハ イス・ピクチャー・リサーチ・ライブラリー

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監視小屋 1976年 この監視小屋と呼ばれる建物は、正 メアリー教会の前に位置する。1821 年より教会墓地の墓荒しを防ぐため に監視小屋として使われてきた。 当時 は、医学解剖用に貧困層による墓荒 しが絶えなかった。 16


監視小屋カフェ 2012年にカフェとして再利用されはじめた。

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聖メアリー教会 1901年

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メイフラワー号船長クリストフ ァーは、 この墓地に埋葬され ている。

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1925年 聖メアリー・ロザハイス (チャリティ学校)1985年

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ピーター・ヒル氏、 ロバート・ベル氏によって 1613年に設立され、1797年に今の地に移設 された学校。学校にいけない船乗りの子ども たちを無償で教育していた。 21


ブルネルトンネル・ポンプハウス 1981年 22


テムズ川の底に掘られた最古のトンネル。1843年に完成し、 ロザハイスと対岸のワッピング が繋がれた。

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テムズトンネル・ミル ロザハイス・ストリートから

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テムズトンネル・ミル 1981年 26


19世紀中頃のこの工場と倉庫は、波止場設立の初期に労働者用住居に改装された。 27


パブ・メイフラワー 1972年

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1620年にメイフラワー号は、 この地からアメリカに向けて出港した。 29


エレファント路地 1937年

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エレファント路地 1981年


第二次世界大戦後、 エレファント路地の景色は大き く変わった。商店街は姿を消し、 パブが建った。

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サリー商業埠頭入口に架かる開閉橋 1977年 32


1980年代の波止場閉鎖までは、無数の船舶がこの場所 を通過していった。今も姿は残るものの既に開閉の機能は ない。 33


テムズ川の景色(ロザハイスより)

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東インド埠頭 1963年

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積荷を運ぶ船舶はすでになく、通って行くのはレジャーボートのみ。 ただ、波止場だったころの雰囲気は所々まだ残っている。 37


テムズ川の風景(ロザハイスを臨む)1937年 38


たくさんの波止場や倉庫の建物が今なお立ち並ぶ。現在、 それらは改築され住居用 のマンションとして使われている。 39


教会への階段 40


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フィンランド操船場のクレーン 1957年

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機能は奪われているが、歴史を静かに 語るモニュメントである。

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サリー埠頭の入口 1976年 44


ここから多くの船舶が入港した。 この先の水 路は既に埋め立てられて船の通過はできな い。

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目に見える波止場の記憶


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サリー商業埠頭 1919年 48


カナダ埠頭の約半分は埋め立てられ、 ショッピングセンターに生まれ変わった。 49


サリー商業埠頭 1976年 50


グリーンランド埠頭は、 レジャーボート用のマリーナになった。 51


埋め立てられたサリー商業埠頭 1978年

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1970年代の古い地図を今のものと比べると、 およそ半分以上の波止場の 施設や水路は埋め立てられた。

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サリー商業埠頭 1976年 54


埋立地に新たな住宅街が建てられた。 住宅地に流れる運河の名残。 55


波止場の管理事務所 56


現在、生涯教育用の施設として使われている。 57


引用・参考文献 •アーカイブ写真 Ellmers, C., Werner, A. (1988) London’s Lost Riverscape. London: Viking. (p.38) John Harvard Library (p8, p38) Rotherhithe Picture Research Library (Every B/W pictures except p8, p38) •参考文献 Coverley, M. (2008) Psychogeography. Harpenden: POCKET ESSENTIALS. Roberts, M., Farley P. (2011) Edgelands. London: Randam House. Rankin Stuart. (2005) Maritime Rotherhithe. London: Southwark Council. [Map.5] •動画版 DOCKLAND MEMORY IN ROTHERHITHE (http://youtu.be/mZ65wAhUt4A)

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