台中鐵道軸線之研究 台中鉄道軸線の研究 2015.0113 中村伸之 景觀建築士 認證 非營利組織 京都景觀論壇 都市環境設計會議
登録ランドスケープアーキテクト(RLA) NPO京都景観フォーラム 都市環境デザイン会議(JUDI)
台中文史復興組合 /譯
在台中火車站舊市區經歷空洞化及失去活
台中市の旧市街地は空洞化し、活気を
力的同時,有一群人正集思廣益,希望由
失っているが、一方で存在感のある古い
藉活化該區古建築來把台中注入新的活力。
建築を活用した都市再生活動を行う人々
這群人把100年前古老街町相連的景觀,當
もいる。
作靈感的來源。
彼らは100年前の古き良き町並み景観を、
台中舊市區在20世紀初期的日本時代進 行市區改正計畫。(註一)
アイデンティティの源泉としている。
旧市街地は20世紀初頭(日本統治時
以台中車站為中心,規劃長寬100公尺的方
代)に都市計画された。
形街區,有著簡單明瞭的都市構造, 構成
台中駅を中心とした100メートル四方の
一約半徑2公里的集中街町生活圈。
街区で構成された、シンプルでわかりや
(註一:1900年進行的市區改正,使台中
すい構造の都市であり、おおむね2キロ
為亞洲第一個實行現代都市計劃的城市)
メートル圏のコンパクトシティである。
隨著經濟發展,台中的都市圈快速擴張,行
経済の発展により台中の都市圏は拡張し、行
政及商業機能漸漸往外移轉,台中舊市區開始
政や商業の機能が郊外に移転し、旧市街地は衰
發展停滯。另外,快速擴張的都市少了蓄積歷
退する。また、急速に拡大した都市には歴史文
史文化的廣度及深度,使得缺乏靈魂的建築及
化の蓄積がなく、没個性的な景観が広がってゆ
景觀逐漸增多。
く。
目前台中火車站現在正在進行大規模改建及
現在、台中駅の大改造や鉄道の高架化が進行
高架化。
中である。
一群心繫著這些古蹟遺産的人們組成了市民團
都市にこめられた人々の記憶や近代遺産の喪失
體「台中文史復興組合」期望能透過巧思來活
を心配する市民グループが、鉄路や橋梁や鉄道
用鐵路、橋樑及鐵道宿舍,並串連成「台中鐵
宿舎を活用した「台中鉄道軸線」の形成を提案
道軸線」提案。
している。
台灣社會即將如日本社會般地開始人口減少、
台湾社会もやがて日本のように人口が減少し、
都市退縮。由擴張型都市改為集中街町的規劃
都市の縮退が始まり、コンパクトシティへの再
勢必有其必要。同時也正因為人們記憶中對文
編成が必要となるであろう。
化歷史的蓄積,讓我們一起把台中火車站為中
人々の記憶の蓄積があればこそ、駅を中心とし
心的舊市區成為人潮聚集之處。
た旧市街地が再び求心力を持ち、人々が集まる ようになる。
新的台中站所保留的舊車站主體(右方) 新しい台中駅と保存される旧駅舎(右側)
市民團體「台中文史復興組合」所提案的「台中鐵道軸線」以及其週邊文化遺産 市民グループが提案する「台中鉄道軸線」と周辺の近代遺産
現在部分的鐵路是由土堆墊高的(註二),若只是將那 些高起來的土堆原原本本地保存起來,勢必會成為街 道中的阻礙,可能造成土地利用缺乏效率。 我建議將台中鐵道軸線應該加入巧思,規劃成為密 集都市的外圍綠地,以積極地將都市構造再活用。 為了維持這地區的個性,我認為規劃出這個具吸引力、 明確的範圍,卻又不構成城市阻礙集中街町區的外圈 綠地,有其必要性。 (註二:台中車站附近地形的特殊性,車站地勢較高、 往綠川下游之西南區方向較低,而設計土堆墊高,形 成火車行駛鐵橋的特色景象) 現在の鉄路は土塁の上にある。それを保存すると いうことは、街の中に障壁(バリヤー)を残すこと にならないだろうか? また、土地利用の効率が悪く ならないだろうか? 私は台中鉄道軸線をコンパクトシティの境界とな る緑地として、積極的に都市構造の再編に活用する ことを提案したい。 地域の個性を守るためには、その範囲を示す明確で 魅力的な境界が必要だからだ。
火車路空正好在這個邊界,可將現在的 鐵橋充分利用,成為「都市之門」。 鐵橋確實是在人們的記憶中,象徵性的 鐵道遺産,但因車高的限制,原地保存可 能會造成交通阻礙。因此,將原鐵橋提高, 活用作為步道橋兼瞭望台,成為更具象徵 性的「都市之門」。
さらに境界を強調する「都市の門」と して、現在の鉄橋を活用する。 鉄橋は人々の記憶に残る象徴的な鉄道 遺産であるが、車高の制限など交通の障 害となる恐れがある。リフトアップして 歩道橋かつ展望台として活用し、象徴的 な「都市の門」する。
鐵道軸線與綠川並行的景觀將成為台中市的新門面 鉄道軸線と緑川の並行する景観は台中市の新しい「顔」となる
(這個是從現在100年後夢幻的故事) 台中被認為是東亞第一個實行現代化 都市計劃的城市。當時否定了清領時
期的圓形城牆都市所象徵的領域性及 中心性,將城牆拆除,規劃為向四方 擴張的棋盤式近代都市。
(ここからは100年後の夢物語) 台中市は東アジア随一の近代的計 画都市であったと言われている。清 朝の円形城壁都市の領域性と中心性 を否定し、城壁を撤去して、四方に 拡張するグリッド状の近代都市を重 ねたのである。
二戰後,都市發展急速,擴張過度
第二次大戦後、境界を失った都市
下造成原為核心的火車站舊市區逐漸
は制限なく拡大し、中心の旧市街地
衰退,失掉了該區應有的個性。
は衰退し、個性を失ってゆく。
讓我們試想這在後現代期衰退中的 台中,它的都市構造會是什麼樣子呢?
ポストモダン期の縮退する台中市 の都市構造をイメージしてみよう。 例えば、歩いて暮らせる規模の生
例如,以步行即可正常生活的小規模 生活文化圈,有著在地特色的歷史文
活・文化圏が分立し、歴史文化が核 となってアイデンティティが形成さ
化作為核心支持,極富魅力的河川綠
れ、河川や緑地などの魅力的な公共
地構成公共空間,鐵路軸線亦將成為
空地が地域を縁どるというのはどう
重要的街町區外圈綠地,構成此區景
だろうか。鉄道軸線も魅力的で重要
觀的地方特性。
な境界を構成することになるだろう。
清代城牆包圍的台中與日本時代環山圍繞的台 中市鳥瞰圖。兩者都有明確的領域與中心,這淺 而易懂的意象。不就是成為未來城市的暗示嗎? 台中市之所以被稱為「台灣的京都」,因四面 環山的盆地,還有從北到南河流流經,這是一個 很大的共同點。 城壁に囲まれた清朝時代の台中と山脈に囲まれた日 本統治時代の台中市の鳥瞰図。どちらも領域性と中心 性が明確であり、分かりやすいイメージを持っていた。 これが未来都市のヒントになるのではないか? また、台中市は「台湾の京都」と呼ばれるが、山に 囲まれた盆地であり、北から南に川が流れることが大 きな共通点である。
過去曾經出現過的城牆都市和舊市區規模相近, 「步行生活」形成台中市未來生活·文化圈分立的 印象,一個走路範圍内就可以正常生活的形態。河 川和綠地為「綠環帶」的邊界形成。鐵路軸線納為 為一部份。這麼一來人性化區域的確立,人們將會 傾向於主動關心在自己的街道環境和景觀,使得參 與社區營造的居民增加,促成在地化的發展。
1km
かつての城壁都市や旧市街地のスケールに近い 「歩いて暮らせる」生活・文化圏が分立する台中 市の未来イメージ。河川や緑地が「緑の輪」と なって、境界を形成する。鉄道軸線もその一部に なる。ヒューマンスケールの圏域が確立し、人々 は自分の街の環境や景観に関心を持つようになる。 地域運営に参加するひと人が増え、地域文化が発 展する。
讓我們進一步用大範圍的比例尺來看。 未來的台中市街區是收納於盆地地形與 水系的自然系統中。清代城牆的都市、 舊市區的街系=都市系統構成。 在道路和中小河川編織成的自然與都 市系統為基礎, 生活・文化圈由綠環 帶形成。 於世界上形成一美麗又具獨特的城市 形態。 さらに大きなスケールで見てみよう。 未来の台中市街地は、盆地地形と水系 の自然システムの中にきれいに収まり、 城壁都市・旧市街地を核とした街路系 =都市システムを構成する。 道路や中小河川が織りなす自然と都 市のシステムを基盤に、緑の輪で囲ま れた生活・文化圏が形成される。 世界的に見ても美しく、ユニークな 都市の形である。