松井実,小野健太,渡邉誠.(2016).設計理念の進化とその表現型としての人工物.デザイン学研究, 63(3), 1–10

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研究論文:論説 研究論文 :

デザイン学研究執筆要領に関する検討 設計理念の進化とその表現型としての人工物 ―執筆要領改正 (3)

Instructions for Contributors the Bulletin JSSD Evolution of Design Ideas and to Artifacts as TheirofPhenotype ―Study of the Regional Museum (3) ● 千葉花子 ● 松井実

千葉大学大学院 千葉大学大学院

● 小野健太 千葉太郎 ● 千葉大学 千葉大学

Matsui Minoru Chiba Hanako Graduate School of Graduate School of Chiba ChibaUniversity University

● 渡邉誠 筑波太郎 ● 千葉大学 筑波大学

Ono Kenta Chiba Taro Chiba University Chiba University

Watanabe Makoto Tsukuba Taro Chiba University of Tsukuba University

Evolutionary Design, Extended Phenotype, Memetics ● Key words: words:Characteristic Analysis, Management, Regional Museum ● Key 要旨

進化理論の適用範囲は生物にとどまらない.本稿は文化進化

1. はじめに 人工物の設計が辿る変化を論じるにあたって,ダーウィン的

の議論を基盤に,設計の進化について論じる.設計は 2 つに大

な進化の理論を適用しようとする試みはあっても少ない.近

別される.一方は理念で,機能に関するアイディアや情報である.

年,進化理論が生物にとどまらず文化,倫理,心理,量子,果

他方は設計理念に基づいて開発された製品などである.本稿は,

ては宇宙まで,あらゆるものの変化を説明する強力なツールと

前者の設計理念は進化するが,後者の人工物は進化の主体では

して認識され,進化心理学,宇宙進化学といった独自の研究プ

ないことを示す.設計理念とその発露としての人工物の関係は, 生物学における遺伝子型と表現型の関係に似ている.表現型と は,腕や目,行動などをさし,遺伝子型はその原因となる遺伝 子の構成をさす.表現型は,生物の製作するものをさすことが ある.たとえば鳥の巣やビーバーが製作するダムなどで,「延長 された表現型」とよばれる.人工物は設計の表現型ではあるが, 人間の延長された表現型ではない.人工物は文化的遺伝子の発 露であって,人間の遺伝子の発露ではない.もしそうであれば, 人工物の良し悪しによってその製作者の遺伝子が繁栄するか否 かが影響されなければならないからだ.進化理論は,とらえが たい複雑な現象である設計を理解するには非常に有用である.

ログラムを発展させているのに比して[注 1][注 2],デザイ ン学における進化理論は,ふさわしい注目を得ていないといえ る.なぜなら,進化理論の創始者であるダーウィン自身が「種 の起源」で生物の進化の事例と人工物の進化の事例を類型とし て評価しているのをはじめとして,生物学的な進化はしばしば 人工物の設計と照らし合わせて説明・議論されるほどに設計の 諸問題と進化理論の提供する知見の適合性が高いと認識されて いるからである.そのため本稿では既に一定の成果を挙げ議論 が成熟している他の進化的な研究プログラムを参照しつつ,デ ザイン学の分野において進化理論を基盤として議論する際に特 に問題となるアイディアと人工物の関係について主に論じるこ とにする.

Summary Evolutionary theory is applicable in design as well as biol-

ションで用いられたり,新商品の開発を説明する際に安易に用

ogy. In this paper, we discuss evolutionary design based on

いられる.「進化しつづける掃除機」とか「退化した車のデザ

cultural evolution theories. Design comprises of two parts:

イン」,「企業の遺伝子」「前モデルからの正統進化」といった

one is ideas on function, and the other is artefacts devel-

用法は,18 世紀的用法であるか混同されていると Langrish は

oped based on such ideas. We argue that design ideas do

指摘する[注 3].このような捉え方の問題は,掃除機や企業

evolve, whilst artefacts are not the unit of natural selection.

が「進歩」しているという前提にもとづいている点である.社

The relationship between design ideas and their resulting

会科学においてもしばしば,進化はあらゆるタイプの進歩や向

artefacts are analogous to genotype and phenotype in biological research. Phenotype is what living object looks like, such as arms eyes, and behaviours. Phenotype sometimes refer to the production of living organisms, such as bird's nest and beaver's dam. These so-called 'extended phenotypes' do not include artefacts which are the phenotypes of cultural genes. If they were, the fitness of the artefacts should have affected the prosperity of the manufacturers and the designers of the artefacts.

工業デザインの分野では,進化という言葉は製品のプロモー

上をさして用いられる用語である.これらは,暗闇で長年生息 してきた結果失われたモグラの視力のような退化も進化である と捉える「非進歩的」な生物学的な進化とのアナロジーにはほ とんど耐えない.本稿では,このような「進化とはよりよくなっ ていくことである」というポピュラーな理解ではなく,生物学 的な進化理論の知見にもとづいて設計における進化について考 察する.具体的には,設計のアイディアが人工物に落とし込ま れる道筋とその関係性について進化の文脈で説明する.本稿の 主張は,人工物は淘汰の単位ではない[注 1][注 3]が,設 計は進化するため[注 4][注 5],人工物もまたその影響を直


接に,または間接的にうける[注 6]というものである. 1.1.

本稿の目的

デザイン学が自然科学的な性質をもちえていないのは,その 反証可能性の低さと並んで,方法論はまだしも演繹できるよう

[B-1]人工物は設計の表現型である.  [B-2]表現型は一般に淘汰の単位ではない. 仮説[C]は補助仮説を必要としない. [C]人工物は人間の延長された表現型ではない.

な理論が見当たらないことにある.生物学においても同様の困

これらのうち,[A-1]は一般的に受け入れられていると判

難はつきまとう.二重螺旋構造の発見で有名な Crick は「集団

断し(たとえば Dennett[注 1],Kauffman[注 6],Arthur[注

遺伝学は科学ではないと言わざるをえない[注 7]」と主張する.

10]は人工物やその司る機能や価値の進化が文化進化に内包

その理由の説明は金子と池上[注 8]がわかりやすい.「過去

されるという前提で論じている),本稿でもこれを前提として

からの出来事の連鎖が分離不可能に積み重なっているような, 進化の問題は,科学の対象にならないのではないかとしばしば 言われてきた.何が必然で何が偶然か議論ができないからであ る」.このように,進化理論を科学と認めない立場はデザイン を科学と認めない立場と類似する.しかし自然科学において

用い,詳しく扱わない.以下では議論が必要となる[A-2]と [B-1,2]についてそれぞれ詳しく説明していく. 1.3.

デザインと設計の用語上の定義

ここで,本稿におけるデザインと設計という言葉の使い分け について説明する.

も,反証不可能なプログラム仮説を補助仮説として導入するこ

生物学で用いられる「デザイン」という用語と,デザイン学

とを認める立場からは,進化理論は科学である.そして何より

ほか文化研究で用いられる「デザイン」は異なる意味をもつ.

進化理論は生物学の発展に大いに貢献している.進化理論をデ

生物学では,この世界の全ての実現している蓄積した構成と構

ザイン学に適用する研究プログラムも,生物学的進化理論との

造をデザインと表現することが多い.たとえばシカの角は淘汰

完全なアナロジーには耐えないにしても,設計が生成される複

によりデザインされた性質だし,タンパク質の構造もデザイン

雑なしくみを解きほぐすための強力なツールとなるのではない

であり,縄張りや言語もその範疇に含まれる.本稿でもこのよ

かと考える(同様の立場をとる進化設計学の論文には例えば

うな生物学的用法に従い,「デザイン」という言葉を用いる場

Whyte[注 9]がある).

合,人を含むあらゆる自然現象がなした蓄積的な進化のプロセ

本稿の目的は,既往研究のレビューをとおして進化理論が設

スの結果を指すことにする.

計を解きほぐすための有用な視点を提供しうることを説明した

一方,文化の文脈ではデザインは人間によって蓄積された知

うえで,進化理論を設計に適用する際に注意すべき設計理念と

識に限定されることが多い.例えば Dawkins は,人工物を「デ

その設計表現型の区別について論じることである.本稿では生

ザ イ ン さ れ た も の 」 で あ る と し て デ ザ イ ン 物 体 designed

物学的進化理論の提供する知見を用いて人工物の関係性を検証

object とよび,生物や石などを「デザインされたかのように

することが有用であるか,また生物学的な進化との相違のみを

見えるもの」としてデザイノイド物体 designoid object とい

論じ,進化理論を適用する上で検証が必要になる諸条件の詳細

う造語を考案している.しかし Dennett は,デザイナー不在

や,設計の進化的な振る舞いに関するシミュレーションなどに

のデザインであっても進化さえあればデザインが可能であるこ

ついては他稿に譲る.

とを強調し,生物や石などもまたデザインされた物体であると

1.2.

して双方ともにデザイン物体と呼称するように提案する.その

仮説

前節で本稿の目的を述べたが,その議論を整理するために, 以下に本稿で主張する仮説を列挙する. 本稿の仮説は「設計は進化するが,人工物は淘汰の単位では ない.また,人間の延長された表現型でもない」である. [A]設計は進化する.  仮説[A]は次の 2 仮説[A-1,2]を説明することで演繹さ れる. [A-1]設計は文化の部分集合である. [A-2]文化は進化する. 仮説[A]をもとに,次の仮説[B]を提起する. [B]人工物は淘汰の単位ではない. 仮説[B]は次の 2 仮説[B-1,2]を説明することで演繹さ れる.

かわり「ある機能を満たすようにデザインされたかのように見 えるもの」,例えば SF 映画に登場する非現実的な宇宙船(実 際ははりぼて)こそがデザイノイド物体であると再定義してお り,本稿でも Dennett の立場を採用する. 本稿においては,設計は人間によって蓄積された人工物に関 する知識と,その発露としての製品などの人工物をさす[注

11].上述の Dennett の主張に照らし合わせても,設計は狭義 のデザイン,デザインの部分集合であるということができる. 2. 生物進化 仮説[A-2]で述べた「文化の進化」について説明するには, そもそも進化とは何かについて説明する必要がある.本章では 進化生物学と文化進化の関連について説明する.


(b) (b)

(a) (a)

(c) (c)

(d) (d)

Soup Replicator Replicator Tk

Mi

Replicator

Tj

Resource

図1 真の自己複製子replicatorのふるまい

しなければ増えられないことを勘案した図が図 1-(c) である. 破線は何かが矢印の先の対象へ「奉仕」する関係を表している.

Charles Darwin が 18 世紀中頃に提案した進化理論は,現

この反応を化学反応のように表現すると,金子と池上を参考に

在に至るまでさまざまな反駁を受け,そのたびに修正と新理論

すると[注 12].T は Tape,M はテープを読み込む Machine

を追加しながら姿を変えて生き抜いてきた.こんにちでは進化 生物学はあらゆる生物学の基盤となっている. 2.1.

進化の定義

である.生物 Mi が食物 Tj を読み込み,2 個体に増え,環境 への影響 Tk を残す.

Ji + hj

ここまで注意せずに進化ということばを用いてきたが,その 定義はまちまちである.進化の概念は本稿において極めて重要 であるため,本節で一度明らかにしておく.

2Ji + hk

ここで Tj は食物や太陽光など環境からの資源,Tk は排泄物 や死体などの環境への影響と読み替えることができる.実際に

進化理論は理論群であり,その全容を説明するのは困難であ

は,開かれた系である地球においては,環境には再生能力があ

る.エッセンスだけ取り出すと,「ある事物の継承される変異

ると考えてよい.そのため,図 1-(d) 中 Resource で示した

が淘汰されるとき,その事物は必ず進化する」という理論のこ とを指す.これは汎用の表現である.生物学においてはより厳

ように資源側も自己複製的なふるまいをしていると捉えられる [注 13].

密さを求めて「個体群内での遺伝子型の頻度の変化」と定義さ

つぎに表現型 phenotype について説明する.生物学におい

れることが多い.もう少し寛容な定義では「世代を経るごとに

て表現型とは,見かけに表れる遺伝子型のおよぼす効果,性質,

生物の性質が変わっていくこと」とされる.しかし,個体や個

形状のことである.身体は遺伝子にとって最もわかりやすい表

体群,遺伝子型,世代などにあたるものがはっきりしない設計

現型の例である.たとえばビーバーの遺伝子にとってビーバー

や文化進化の文脈では,このような進化生物学における定義を

の身体は自身の表現型である.多細胞生物は「細菌のように永

転用することはできない.本稿の冒頭で述べたように,設計や

遠に分裂を続ける不死の運命」を放棄した[注 14].不死の運

文化進化を論じる際には,Arthur が行ったような,次のふた

命を放棄した表現型としての体細胞である.「精子と卵子を生

つの意味の分離が極めて重要である.

む生殖細胞だけが,不死の可能性を維持している」[注 14].

P:「バレエやイングランドのマドリガルの『進化』のように, 何かが段階的に発展すること.これは狭い意味での進化,ある いは『発展』」である[注 10].

その引き換えとして多細胞生物は生殖細胞以外の細胞の死を 「発明」した.自己複製子である生殖細胞にとって,表現型で ある肉体は,短期間のみ使役して使い捨てる,その場限りの道

Q:「もうひとつは,初期集団からの共通の系譜という結び

具にすぎない.すなわち,生物学において[B-2]表現型は一

つきで関連している集団がたどってきた過程だ.これが完全な

般に淘汰の単位ではないといえる.ただし,表現型の助けなく

意味での進化」である[注 10].

して自己複製子は自らを複製できない.そのため,表現型の性

発展や進歩を示唆する前者 P の用法が,本稿冒頭で述べた「掃 除機の進化」といった 18 世紀的な用法である.後者 Q の用法 が,非進歩的な進化であって,本稿での用法である. 2.2.

生物の自己複製子と表現型

能は自己複製子の複製の成功度のめやすである子孫の数を左右 する. 2.3.

文化進化という考え方の重要性

前節では自己複製子とその表現型の関係を一般化して説明し

生物にかぎらず,あらゆるタイプの進化を理解するには自己

た.文化の進化の重要性は社会科学の分野のみならず,生物進

複製子と表現型のコンセプトが極めて有用である.自己複製子

化 の 観 点 か ら も 重 要 で あ る. た と え ば, 進 化 生 物 学 者

とは何らかの方法で自らの複製をつくるものである.自己複製

Maynard Smith と Száthmary[注 15]は,文化が人間の行

子は生物の遺伝子を念頭において考案されたものだが,その定

動の産物であるからには,また人間が生物の一種であるからに

義は遺伝子にとどまらず,文化にも適用できることを後で述べ

は文化も生物学からアプローチされなければならないと考えて

る.

いる.「生物学者は言語の起原だけでなく,儀式によって社会

最初期の地球には混沌とした分子のスープがあった.そこか

化 さ れ る 能 力 も 説 明 し な け れ ば な ら な い と 思 わ れ る[ 注

ら何らかの方法で自己複製子が生成された(図 1-(a) で示し

16]」.同様に「進化生物学者なら[...]こう言いたいだろう.

た).実線は,そこから何かが「生成」されていることを表す.

どんな器官についても,もちろん言語装置も含めて,その起原

遺伝子は自己複製子である.図 1-(b) の Replicator が自己複

は熟考されるべきである[注 17]」としている.このような考

製子である.自らに回帰する実線は「自らを生成する」自己複

えから,言語の進化に関しても触れている.類人猿に話すこと

製の回路を表している.自らを複製する際,周囲の資源を消費

を 教 え る 際 の 困 難 の ひ と つ が, 類 人 猿 の 発 音 で き る 音 素


1860

1960

1970

1980

1990

2000 Evolutionary Physics Evolutionary Chemistry

FO

RM

AL

SC

I

C EN

E

Evolutionary Medicine

Cybernetics

Wiener N

Turing A

Molecular Biology

Mendelian Inheritance Mendel GJ

Nucleic Acid Double Helix Crick F Watson J

Kimura M

Neutral Theory

Sueoka

Jukes T

Dobzhansky T

Uniformitarianism

T NA

UR

AL

SC

IE

N

CE

Natural Selection Sexual Selection

Darwinism Darwin C

Wallace A

Huxley J

Baldwin Effect

Baldwin JM

Fitness Landscape

Wright S

DNA polymerase enzymes New Synthesis Lack D

Neo Darwinism Inclusive Fitness

Lorenz K

Central

Trivers R

Tinbergen N Kin Selection Hamilton WD Maynard Smith J

King J

Dooley K

Self Organization

Reciprocal Altruism Red Queen's Hypothesis Parent-offspring Conflict Nearly neutral theory of molecular evolution Dogma Handicap Theory

Hamilton WD

Evolutionarily Stable Strategy

Holland JH

Kauffmann S

Kauffmann S

Gell-Man M

Extended Phenotype r/K selection theory

Alden E

Dawkins R

Evolutionary Anthropology

C SO

NC

E

Sociocultural Evolution SocialSpencer Evolution H

Winter S

Campbell D

An Evolutionary Theory Of Economic Change

pre-memetics

Burroughs WS

Evolutionary Economics Nelson R

Dawkins R

Chomsky N

Psycholinguistics

Feldman M Lumsden C

Cavalli-Sforza LL

Wilson EO

Complexity Economics

Social Systems Science

Evolutionary Linguistics Philology

Memetics

Steels L

Bloom P

Hull D

Viruses of the Mind

Cultural Evolution Laland KN Hodgson GM O’Brien MJ

Cultural Drift Mesoudi A Dunbar R Nakao H

Lynch A

Dennett DC

Lysenko

Myth

Henrich & McElreath Plotkin H

Lewontin R Dumbar R Boyd R Richerson P

Hofstadter D

Hidalgo C Haussmann R

Evolutionary Ethics

Pinker S

Dual Inheritance Theory

Lamarckism

Network Biology

Darwinian Literary Studies Evolutionary Educational Psychology Evolutionary Development Psychology

Evolutionary Epistemology

IE

Omics

Cognitive Science

Evolutionary Psychology

Biological Anthropology

SC

System Biology

Phenotypic Plasticity Denial Of Central Dogma Major Transition Evo-devo Epigenetics Szathmary E Plotkin H Venter C Dolly the Sheep Multilevel Selection Theory Genome Project Wilson DS Evolutionary Genomics Sober E

Human Behavioral Ecology

The Selfish Gene

L IA

Evolutionary Robotics

Complex Adaptive System

Structural Biology

Zahavi A

Sociobiology

Haldane JBS Wright S Fisher RA

Cloning

Evolutionary Game Theory

Maynard Smith J Wilson EO

Population Genetics

Smolin L

Evolutionary Architecture Sullivan J Evolutionary Evolutionary Musicology Computation Connectionism Evolutionary Computer Science No Free Lunch Theory Simulated Evolution Deep Learning Artificial Intelligence Evolutionary Programming Agent-based Model Artificial Life

Computational Theory Of Mind Chaos Theory Evolution Strategy

Prigogine I

Evolutionary Cosmology

Quantum Evolution Evolutionary Art

Ant Colony Optimization

Neural Network

Complexity

Ashby WR

Dissipative Structure

2010

Blackmore S

Sperber D Brodie R Aunger Rushkoff D

Csikszentmihalyi M

Sterelny K

Neo Lamarckism Intelligent Design

1860

1960

1970

1980

1990

2000

2010

図2 ユニバーサルダーウィニズムの年表/地図

phoneme(物理学における素粒子に相当するような,これ以

きな影響を及ぼした.たとえば長谷川ら[注 20]や Hodgson[注

上分割できない発音)が人類に比べて少ないことであった.「解

21]を参照.図 2 中下方に伸びた腕が社会科学への影響である.

剖学的には,人類は咽頭が下がって,発生できる音の範囲が増

ユニバーサルダーウィニズムにおいては,「生物が進化するメ

した.ただし,ものを食べたり飲んだりするときに喉を詰まら

カニズムと文化が進化するメカニズムはさまざまな点で似てい

せる機会が増えたことは致し方ない[注 18]」.このように,

る」という視座から多様な分野で進化生物学の知見が応用され

文化の進化や設計の進化を論じる際には,基盤となる生物(設

てきた.文化の進化は,生物の一種であるところの人類の所作

計の場合は人間)の進化との関連を無視することはできない.

であるからには進化生物学の範疇でもあるし,また社会科学全

文化や道具の進化は人間の進化に強く依存しているし,また人

般が進化理論の黎明期から社会ダーウィニズムなどをへて取り

間の進化には文化や道具の進化が影響を及ぼしているからであ

扱ってきた話題でもある.本章では,前章の議論をもとに,仮

る.

説[A-2]文化進化について説明する. 3.1.

3. 仮説[A]: 文化進化

ミーム論

ミームの概念は Dawkins[注 22]によって導入された.ミー

前章では生物の進化について設計の進化に関連のある部分だ

ムとは,一言でいえば人の脳を媒介として模倣される情報のこ

け要約して簡単に説明した.人間の進化と文化の進化は相互に

とである(Dawkins[注 22][注 23]).ただミームの定義は

影響しあう.現代のダーウィン主義であるネオダーウィニズム

曖昧で研究者によってまちまちに設定されている.というのも

は生物学の主流としての地位を獲得した.しかし研究者たちは

ミームの実体が確認されていないからで,さまざまな説明を簡

それには飽きたらず,進化理論の適用の拡張に拡張を重ね,ユ

便にする作業仮説ととらえたほうがよい[注 1].比較的わか

ニバーサルダーウィニズムとして生物以外の分野にも浸透する

りやすい定義をいくつか紹介する.

一派を形成した[注 19].その受容の年表を図 2 に示した.ほ

ミームは,赤いとか丸いとか,暑さ,冷たさといった単純観

とんどあらゆる分野へダーウィニズムが影響を及ぼしてきた状

念のことではない.むしろアーチ,車輪,衣類を身につけるこ

況を概覧できる.上部に形式科学(数学など),中央に自然科学,

と,正三角形,暦,脱構築主義のような「はっきりと記憶でき

下部に社会科学に属する諸学問をおいた.本稿の位置付けはユ

る単位にまで仕立て上げられた,複合観念」であると Dennett

ニバーサルダーウィニズムと総称される濃い網掛け部分の理論

は定義する[注 1].Dawkins は, 「交響曲全体の流れから抜き

群の一末端である.進化のアルゴリズムの現実的かつ理論的な

出すことができるくらい十分に目立ち,しかも覚えやすいある

応用は,遺伝的アルゴリズムのような形式科学で多く行なわれ

楽句」ほどのスケールのものを一つのミームとしている[注

てきた(図中上方に伸びた腕).生物学以外の自然科学もまた

24].Brodie は[注 25]で「その存在が自身の複製を他人の

進化の思想の影響を受けている.とくに社会科学に対しては大

心の中へつくってしまうことのある心の中にある情報の単位」


としている.

狭義のミームとほぼ同値である.なぜ直接コピーされないかと

まとめれば,自己複製子であるミームは人の脳から人の脳へ

いうと,i-culture はそれ自体では非力な情報=コードであり,

と伝播する,文化的な遺伝子のような存在である.ライオンに

それをデコードする環境が必要だからである.遺伝子も同様

とってシマウマが生活・繁殖に必要な資源にすぎないように,

に,それ自体では単なる塩基の塊であり,それが生物として機

ミームにとって,人の脳は繁殖に必要なデバイス,またはフィー

能し,環境と相互作用するには,遺伝子の情報を読み取って解

ルドにすぎない.Dennett は「私の脳というのは,他人の観

釈し,物質に適用するような,つまり情報をデコードしてくれ

念という蛆虫どもが,自分のコピーをいわば情報のディアスポ

る環境が必要である.

ラとしてあちこちに送り出す前に一息入れる,肥だめのような

3.2.2. m-culture=ミームの表現型

ものだ」と表現した[注 26].重要なのは,伝播しコピーされ

m-culture はその直接の表現型としてわれわれの間を行き交

るたびにその受容のされ方が違うということである.たとえば

う物体 material の文化である.m-culture に含まれるのは,

講義を受けて何か新しい事実を学んだとしても,あなたの受け

次の 3 つである[注 28].(A) 物理的な構造(たとえばネジ自

取り方と隣に座っていた人の受け取り方が全く同じだというこ

体).(B) A 同士の関係性(たとえばボルトとナットの関係性).

とは考えられない.このように変異したコピーが個々人の脳に

(C) 文化的指示である i-culture のふるまいによってもたらさ

存在することになり,その優劣を競って自然淘汰され,ミーム

れる (B) の変化や維持(たとえば女性の社会進出によるズボ

は進化する.文化はそのような情報の総体だから,もしミーム

ン の 形 態 的 な 変 化 ), で あ る. も と も と,i-culture と

が存在するのならば,[A-2]文化は進化する.1.2 で述べたと

m-culture の分類は「動物の文化についての行動学は可能か?」

おり,[A-1]に関しては一般的に受け入れられている.その

という動物行動学からの発想である.m-culture に対応するも

ため[A-2]によって仮説[A]は説明される.

のとして,Dawkins は「言語,音楽,視覚イメージ,服装の

3.2.

i-cultureとm-culture

前節では,ミームを導入することによって文化進化[A-2] を説明できることを示した.ミームは有用な考えではある[注

3]が,問題も山積している.本節では,ミームを i-culture と m-culture の 2 つに分類することで議論を整理する. 利己的なふるまいをする遺伝子のみが安定して進化できたと

スタイル,顔や手のジェスチュア,さらにはシジュウカラの牛 乳瓶の蓋あけとかニホンザルの小麦洗い」のような技術を挙げ ている[注 29]. 4. 仮説[B]: 設計進化 本章では,上述した i/m-culture の関係を用いることによっ

いう利己的な遺伝子論では,自己複製子の複製の能力を支え,

て,設計と人工物の進化についての理論を展開する.

増強するための道具としての身体(表現型)を乗り物に例える.

4.1.

仮説[B-1]

乗り物=ヴィークルの概念は,文化における複製や模倣の単位

設 計 は Cloak の i-culture の ク ラ ス に 属 す る「 理 念 」 と,

と 定 義 さ れ た ミ ー ム に も 拡 張 で き る. そ れ が 次 に 述 べ る

m-culture のクラスに属する「人工物とその現実世界でのふる

i-culture と m-culture の分類に対応する.

まい」によって構成される.これらを i-design と m-design と

3.2.1. i-culture=ミーム

名づけてしまってもよいのだが,1.3 で述べたように,本稿で

Cloak[注 27]はミーム論の先駆けであり,Dawkins[注

は概念を区別し,わかりやすくするために設計とデザインを使

22]以前にミームと同等のものを i-culture と m-culture に分

い分け,人の営為によるデザインを「設計」とよんでいる.そ

離して整理した.i/m-culture による文化の分類は,むしろミー

のため,前者を設計理念,後者を設計表現型とよぶことにする.

ム の 定 義 よ り も 明 確 で あ る と Rose は 主 張 す る[ 注 28].

設計理念は,思い込み,信念,思想,造形のクセ,車輪の概念,

Dawkins も同様に,「不幸にして,クロークとちがって,ラム

ネジの概念,スマートフォンの概念など個人の脳に巣食う設計

ズデンとウィルソン[...]のように,わたしも一方の自己複製

に影響を与えるさまざまなものをさし,設計表現型は設計理念

子としてのミームそのものと他方の『表現型効果』あるいは

の帰結,発露としての具体的な特徴やその働き,車輪そのもの,

『ミーム産物』との区別をあまりはっきりさせていなかった.

ネジそのもの,スマートフォンそのものなど身の回りにあって

ミームは脳のなかに住み着いている情報の単位(クロークの『i

事物や人間に影響を与えているものをさす.すなわち, [B-1]

文 化 』) と み な さ れ る べ き で あ る 」 と 認 め て い る[ 注 29]

人工物は設計の表現型である.

(Lumsden and Wilson に関しては[注 30]).

4.2.

仮説[B-2]

i-culture は, 脳 神 経 細 胞 の ネ ッ ト ワ ー ク と い う 物 理 的 な

本節では,前半で生物における表現型と延長された表現型が

フォーマットをとり,直接複製されることはない文化的な知

自己複製子とどのような関係にあるのかを,後半では人工物と

識,指示 instructrion であり,前述の Dawkins の言うような

人間の遺伝子がどのような関係にあるのかを説明する.本章で


(b)

(a)

(c)

(d)

Chicken Egg Produce

Replicator

ChickenEgg

Produce

Phenotype

Produce

Hen

Bird

i-culture

Produce

Birdnest

Food Serve

Produce

Esun Hen

m-culture

図3 さまざまな表現型と延長された表現型のふるまい

E-sun

図4 図3-(b)を厳密に表現した場合

は特に,[B-2]表現型も延長された表現型も,淘汰の単位で

図 3-(c): 延長された表現型は表現型によって製造されるが,

はないことを説明する. ここで延長された表現型 extended

その根本的な原因は遺伝子である.図 3-(c) においては,簡単

phenotype とは,鳥の巣やビーバーのダムのような,個体群

のために Bird が自己複製子であるかのように表記している

における遺伝子のシェアをあげるためのツールのことである.

が,この場合の Bird は巨視的に捉え,遺伝子による自己複製

巣をつくれないツバメに比して巣をつくるツバメは子孫をより

回路を内包したコンパクトな表記である.つまり,自己複製子

確実に残せるだろう.ツバメの遺伝子が身体という表現型を製

を含む鳥 Bird が巣 Bird’s nest を自らの繁栄のために製造

造することで自らの複製の量と質を向上しているのと全く同様

する.

に,ツバメの遺伝子はツバメの肉体を使役して使い捨ての巣を

Bateson[注 32]は延長された表現型[注 33]の考えに疑

製造させることで自らの複製の量と質を向上している.本稿で

問を呈し,「鳥はある巣がもうひとつの巣をつくるための方法

用いてきた模式図を応用しながらその関係を以下に説明する.

であると主張してよいことになりはしないか」と述べた.つま

4.3.

り,鳥によって製造された巣も,鳥というヴィークルを使役し

自己複製子と表現型

本節では,Rose[注 28]を参考に,さまざまな自己複製子

て自己複製していると表現できるのだから,自己複製子として

とその表現型について模式図(図 3)を用いて説明する.図 3

扱われるべきで,鳥はその巣に使役される表現型ということに

はさまざまな自己複製子と,その複製に貢献する表現型の関係

なってしまわないかということである.たしかに鳥の巣だけに

を表している.左から,(a)(一般化した)自己複製子とその

着目すれば,鳥は甲斐甲斐しく鳥の巣を製造し,補修している.

表現型の関係を表し,(b) は (a) の一例として鶏卵(自己複製子)

しかも自らの子孫にも同様の巣を作るような遺伝子を遺すこと

と鶏(表現型)を表している.(c) は自己複製子を含む表現型

でさらに次世代の巣を作らせており,その自己複製と繁栄に貢

が延長された表現型を製造している例である.鳥が前者であ

献 し て い る, と 捉 え ら れ な く も な い. し か し こ の 考 え は

り, 鳥 の 巣 が 後 者 で あ る[ 注 31].(d) は i-culture と

Dawkins により次のように反論されている.「生物学的発生に

m-culture である.それぞれについて以下で説明する.

おいて因果関係の矢は遺伝子型から表現型へのびており,逆の

図 3-(a): 自己複製子とその表現型を一般化して模式図にす

矢印はない[注 34]」.つまり鳥の巣は表現型の一種であって,

ると図 3-(a) のようになる.自己複製子 Replicator はループ

鳥の巣を原因として遺伝子型とその進化が生じるわけではな

状の自己複製回路をもち,自らの複製を幇助させるために表現

い.手助けするだけである.鳥にとって,また鳥の遺伝子にとっ

型 Phenotype を製造するが,表現型は使い捨てであり,自

て,鳥の巣は使い捨ての道具にすぎない.「鳥も鳥の巣も,遺

らに回帰する実線(自己複製回路)をもたない.

伝子が次の遺伝子をつくるのをたすける[注 35]」.たしかに

図 3-(b): 前述のとおり,(b) は (a) の具体的な例である.こ

鳥の巣の究極の原因は自己複製子である遺伝子なのだが,鳥の

の例は,Darwin と同時代の作家 Butler による「メンドリは

肉体という表現型を介して製造される.「巣は真の自己複製子

鶏卵がもうひとつの鶏卵をつくるための方策にすぎない」とい

ではない.なぜなら,巣をつくるときに,いつも使う草のかわ

う名言をもとにしている.

りにマツの針葉が偶然に混入するといった<非遺伝的>『突然

図 1-(c) で説明したように,実際に表現型を製造するには環 境からの投資が必要だが,表現型の説明には無関係であるため

変異』が起きたとしても,それは将来の『巣の世代』において 永続しないからである[注 36]」.

省略している.この回路において,環境からの投資(平たくい

図 5 は図 3-(c) を詳しく記述したものである.自己複製子

えば身体を製造するためのエサ)を明示し,正確に記述すれば

Egg が,鳥 Bird を製造し,さらに延長された表現型である

図 4 のようになる.Egg が Chicken を製造するには何らか のエネルギー供給が必要であって,エネルギー供給は独立栄養 生物による産物 Food,たとえば植物の表現型である穀物を介

してであり,その究極のソースは太陽の発するエネルギー E

であることを示している[注 13]. 4.4.

延長された表現型

次に延長された表現型について説明する.

巣 Bird’s Nest を製造するが,両者ともその究極の目的は

Egg の自己複製の手助けであることを表す.

このような回路と設計理念は人工物を生成する回路と類似性 がある(図 6).以下にそれぞれを詳しく説明する. 4.5.

自己複製子と表現型のアナロジー

図 6-(a): { 自己複製子:たとえばツバメの卵 } がエサを食べ て { 表現型:ツバメの肉体 } を製造し,表現型がさらに { 延


(b)

(a) (a)

Egg Produce

(c) (c)

(b)

Swallow Egg

Plant

Plankton

Food

Serve

Swallow

Serve

Bird Produce

Twig

Petroleum

Branches

Ape

Swallow’s nest

Ape’s Tool

Human: Manufacturer

Design of Balloon

Balloon

Bird’s Nest 図5 自己複製子とその表現型,さらにその延長された表現型

図6 いろいろな自己複製子が表現型を介して製造する,延長

のサービス/プロダクト関係.図3-[B,C]を合成した回路

された表現型や人工物の製造回路

長された表現型:ツバメの巣 } を製造する回路を表す.この図

有効な奉仕を編み出している図式であり,これを延長された表

ではツバメの巣が何に奉仕しているかを省略しているが,図 5

現型と呼んでいる.どちらの場合も図 5 に関連して説明した通

と同様,Swallow Egg の自己複製を助けている.

り,奉仕している先は究極的には生物的な遺伝子であり,その

図 6-(b):(自己複製子を内包する){ 生物:樹木 } によって

繁栄のための道具である.一方図 6-(c) は (a),(b) と類似して

製造された { 表現型:枝 } が,(自己複製子を内包する)生物

はいるものの,根本的に異なる.奉仕先が生物的遺伝子ではな

の { 表現型:サル } によって材料として用いられ,{ 延長され

く,文化的遺伝子だからである.

た表現型:アリの巣からアリを釣るために使う道具 } が製造さ れる回路を表す.

Dawkins は,人工物の成否が人間の遺伝子に影響を与えな いことを根拠にこう述べる.「非専門的な人たちにこんな質問

図 6-(c):(自己複製子を含む){ 表現型:古代のプランクトン }

をされることがある – そして私はよくそのような質問を受ける

の死体が長期間の圧力により { 石油 } となり,それが材料と

のだが – 建物は延長された表現型なのか,と.私は違うと答え

して { 設計理念:風船のデザイン } によって用いられ,{ 人工

る.建物の成否がその建築家の,遺伝子プールでの遺伝子頻度

物:風船 } が製造される回路を表す.{ 人間:製造者 } はその

に影響を及ぼさないからだ[注 34]」.「遺伝子プールでの遺伝

生産を助ける環境的な要因と位置付けられる.

子頻度に影響を及ぼさない」というのは,建築家がどのように

このように設計が人工物を生産するまでの回路は一般化でき

素晴らしい建物を設計しようと,建物の出来が建築家の子孫を

る.共通して言えることは,生物にとっての表現型や延長され

殖やす一助にはならないのならば,建築家としての能力は遺伝

た表現型も設計にとっての表現型も,自己複製子によって生成

子に奉仕していない,ということである.また,現代的な建物

されるヴィークルであり,自己複製子の淘汰の結果に大いに貢

を設計する能力は遺伝子に刻み込まれたものではなく,つまり

献するものの,[B-2]一般に表現型は淘汰の単位ではないと

コーディングされていない類のものだ.人間の遺伝子にとって

いうことである.これを平易に表現すれば,一般に表現型は使

の延長された表現型と呼べるものは,生得的な行動や,反応の

い捨ての道具にすぎず,進化の主人公ではない.

類である.ツバメが巣をつくるように本能的には近代的な製品

ここまでで[B-1]人工物は設計の表現型である上に, [B-2] 一般に表現型は淘汰の単位ではないことが示されたので,仮説 [B]について説明できた.次章では仮説[C]を説明する.

を設計できない(学習が必要)のだから,それらはわたしたち の延長された表現型ではない.同様に,養子縁組や避妊のよう な延長された表現型では説明できないたぐいの,個体の適応度 を上げないどころかむしろ下げるような人間の文化的な習性

5. 仮説[C]

は,「読書,数学,ストレスによる病気などと同じように,そ

文化はそれ自身の自己複製子をもっており,それは非遺伝子

の遺伝子が自然淘汰を受けてきた環境と根本的に異なる環境で

的な道筋で複製と変異を繰り返すのではないかということを前

生活している動物の産物である.人工的世界における行動の適

章で説明した.それでは人工物は延長された表現型だろうか.

応的意義に関する問いは提出されるべきではない[注 37]」.

結論から言えば,人工物は設計の表現型であって(表現型の一

Dennett はもう一歩踏み込んで「学者は蔵書がいま一つの蔵

種であるから,生物の表現型と同様に図 3-(d) のように表現で

書を作り出す手段にすぎない」と主張した.ただしこの主張は

きる),人間の遺伝子の延長された表現型ではない[注 33].

Rose[注 28]によって「やや言い過ぎ」であると指摘されて

以下でその説明をする.

いる.Dennett の発言を前述の延長された表現型と同じよう

図 6-(a) と (b) は本質的には同質の関係を表している.どち

に解釈すれば,学者が蔵書の延長された表現型になってしまう

らもある生物の肉体が自らの遺伝子を繁栄させるために奉仕し

からである.より正確には,「学者も蔵書も,その『運搬』し

ており,環境に存在する無生物(ナッツを砕く際に使われる石

ている文章(という i-culture)の複製を助ける」と表現する

など)や他の生物の表現型(枝や骨,毛など)を用いたさらに

べきである.このとき蔵書は文章の表現型である.ミツバチが


クローバーの繁殖を幇助するのと同じように,設計理念は,人

そもそも生物進化における遺伝子の突然変異率は,その変異を

工物と人間に幇助されて繁殖するのである[注 3].

修復する機能が染色体自体に備わっていることもあり極めて低

こうして,人間という生物の行為の結果であるはずの人工物

く(一般に 10 億から 100 億分の1程度といわれている),高

のうち,特に近代登場したものの相当部分は,個体の遺伝子の

い突然変異率をもった個体群はその進化が阻害され,絶滅に至

繁栄に貢献していないため,延長された表現型とはよべないこ

ることが知られている.それに対し文化においては伝承の際に

とが説明できた[注 38].[C]人工物は人間の延長された表

しばしば改変され,短期間のうちに原形をとどめない変化を遂

現型ではない.人工物はあくまでそれらが司る機能や思想,指

げることが多い.この相違を認めたうえで,それでもなお文化

示などの複製に貢献する表現型である.これが,ツバメの巣と

進化が可能なメカニズムを提唱する理論も存在する[注 39].

人工物の最大の違いである.前者は製造者の遺伝子の繁栄に奉 仕するが,後者は設計理念の繁栄にのみ奉仕し,製造者の遺伝 子の繁栄には貢献しない.

6.3.

個体や種の概念の曖昧さ

つぎの争点は,個体や種といった生物学的なクラスの概念を 援用しにくいことである.生物学においてもそれらは便宜的な 区分であり,たとえば真核生物以外では明確な境界線はひけな

6. 設計の進化と生物の進化のちがい

い.しかし人工物では個体の概念はそれに輪をかけて曖昧であ

前章では人間以外の動物による製造物と人間による製造物の

る.ひとつの携帯電話のなかにはネジやガラス板などほかの個

ちがいについて述べた.ここまで本稿では設計の進化と生物の

体が住みついており,個々の電子チップには無数の特許が適用

進化の類似点や,理念とその繁栄に供する実体の有用なアナロ

されており,複雑に相互作用しておりどこからどこまでがひと

ジーについて中心的に論じてきた.本章では,設計の進化だけ

つの設計理念とその表現型であると決定することが難しい.た

でなく非生物にダーウィン主義的な進化理論を適用する諸分野

だしこの相違は,設計の進化を論じるにあたってそこまで大き

でも同様に議論されている争点をとりあげることで,それらの

な問題を引き起こさない.じゅうぶんに小さく,また明確に周

注意すべき相違点について簡単に論じる.

囲と異なるひとつひとつの形質にかんして,独立に検証すれば

1 章でも述べたが,進化理論の適用は生物学にとどまらない. 重要なのは,進化設計学をふくむユニバーサルダーウィニズム は生物学的進化理論を他分野に厳密に適用する研究プログラム ではないため,厳密なアナロジーは成立しないのがむしろ自然

よいためである(たとえば Nia らによるヴァイオリンの f 字孔 の進化[注 40]). 6.4.

進化のアルゴリズムの不整合

さいごに,進化のアルゴリズムそのものに関する議論であ

であるということだ.

る.たとえばダーウィン的な進化が成立するのに必要十分条件

6.1.

であるといわれる「遺伝」「変異」「適応度の差(淘汰)」につ

自己複製子が記述されている物質の未発見

ひとつめの争点は,多くの人工物に関して,生物的進化理論

いて,それらが設計のプロセスで十分観察できるのかについて

において基幹となる遺伝子に対応する物体の存在が確認されて

は今後の研究課題である.そのうえ,生物以外の事物の進化に

いないことである.染色体は,その生物の「設計図」であると

おいては,生物学においては否定されているラマルク的な獲得

俗に表現される.しかし,人工物を製造するための設計図もし

形質の遺伝に類似した進化のプロセスが大幅に採り入れられて

くは三次元データなどが人工物にとっての自己複製子であると

議論されることが多い.たとえば図 2 でも登場した進化経済学

捉えることはできない.なぜなら,印刷された設計図もまた独

においては,経済や社会で発生する進化を説明するメカニズム

立して設計された人工物であるうえ,それだけでは製造できな

はダーウィニズム的な,ランダムな変異を原動力とするメカニ

いからである.人工物がその繁栄に供する自己複製子はあくま

ズムよりも,ラマルク的な(とはいえ生物学で用いられるラマ

で設計理念と本稿で呼称する理念,知識,指示であって,紙に

ルキズムという用語とはまた異なった意味合いを持つ)目的追

印刷されたインクではない.設計理念,もしくは i-culture が

求的・合目的的なメカニズムであるとする論者が主流である[注

完璧に記述された「データ」が発見されればこの問題は解決す

21].

るが,おそらくこのようなデータは脳内のシナプスどうしのつ ながりそのものとしてあらわれているとされており,その確認 が極めて困難であるという現実的な問題が残る[注 39]. 6.2.

突然変異率の高さ

7. おわりに 本稿では,文化的な自己複製子のひとつ「設計」のメカニズ ムの解明のために進化生物学の理論を拡張して適用することを

ふたつめの争点は,そのような自己複製子が想定できるとし

提案した.特に,人工物とその製作の原因となった設計の理念

ても,設計進化をふくむ文化の進化においては,進化が不可能

が,生物学でいう「表現型」と「遺伝子型」に対応するという

なレベルに突然変異率が高いのではないかという指摘である.

仮説のもと,より厳密に因果関係を区別し,設計進化の主体は


遺伝子型にあたる設計理念であり,人工物ではないという見方

いう物質を明確に分離する必要がないのと同じ理由付け

を示した.さらに,人工物は鳥の巣のような延長された表現型

で正当化される.

の一種ではないかという可能性を否定し,あくまで個々人の脳

14) 前掲書6), 312

を伝播する設計理念の依り代であると主張した.

15) Maynard Smith, J., Szathmáry, E., 長野敬訳:進化す

進化理論から設計の研究と設計の提案に援用した研究は歴史 が浅く,前章で述べたとおり不確定な領域も広く残されてい

る階層:生命の発生から言語の誕生まで.シュプリン ガーフェアラーク東京, 1997

る.これらの問題は本稿が拠り所としたミーム論など文化進化

16) 前掲書15), 378

に関する諸理論の抱える問題と同等のものである.しかしなが

17) 前掲書15), 407

ら,このような文化的遺伝子の進化からのアプローチは,とら

18) 前掲書15), 440

えがたい現象である「設計」とそのメカニズムを把握し,解明

19) しかし, たとえば, 浮気をしないつがいは生命全体ではま

するには極めて有用であるということができるだろう.

れ「である」という命題を, まれ「である」のだから人間 でも浮気を容認する「べきである」という命題に読み替

注および参考文献

える誤謬によってしばしば貶められてきた.本稿もまた ,

1) Dennett, D.C., 石川幹人,大崎博,久保田俊彦,斎藤孝

人工物の設計が進化のアルゴリズムのプロセスであると

訳: ダーウィンの危険な思想: 生命の意味と進化, 青土社,

2000 2) Dawkins, R., 垂水雄二訳: 遺伝子の川, 1st ed., 草思社, 189, 2014

版会, 2000

21) Hodgson, J.M., 西部忠監訳,森岡真史,田中英明,吉川

3) Langrish, J.Z. : Darwinian Design: The Memetic Evolution of Design Ideas, Des. Issues. 20, 4–19, 2004 4) Steadman, P.: The Evolution of Designs: Biological Analogy in Architecture and the Applied Arts, Revised, Routledge, 2008 5) Arthur, W.B.,

いう仮説の検証のみを目的としている

20) 長谷川寿一, 長谷川眞理子: 進化と人間行動, 東京大学出

日暮雅通訳 : テクノロジーとイノベー

ション: 進化/生成の理論, みすず書房, 27, 2011

6) Kauffman, S., 米沢富美子訳: 自己組織化と進化の論理: 宇宙を貫く複雑系の法則, 日本経済新聞社, 1999

英治,江頭進訳:進化と経済学:経済学に生命を取り戻 す, 東洋経済新報社, 2003

22) Dawkins, R. ,日高敏隆,岸由二,羽田節子,垂水雄二 訳: 利己的な遺伝子 <増補新装版>,紀伊國屋書, 2006

23) Dawkinsはミーム論memeticsの創始者であると思われて いるが, 本文41)や巻末でMaynard Smithが述べている よ う に こ の 著 書 は 既 に 研 究 さ れ た Popp er や Cavalli-

Sforza, Cloak, Sperberらの内容の寄せ集めとその推進で ある. Dennett はミームの考えが「人間界の分析に対し

7) 前掲書1), 142

て, 正当には評価されていないが強力な役割を持っている

8) 金子邦彦, 池上高志: 複雑系の進化的シナリオ: 生命の発

42)」としてDawkinsの考えをさらに推し進めている

展様式, 朝倉書店, 1998

9) Whyte, J.: Evolutionary Theories and Design Practices, Des. Issues. 23, 2007

24) 前掲書22), 302 25) Brodie, R. 森弘之訳: ミーム: 心を操るウイルス, 講談社, 1998

10) 前掲書5), 23

26) 前掲書1), 458

11) 指示は設計を含むが設計はあらゆる指示をさすわけでは

27) Cloak, F.T.: Is a cultural ethology possible?, Hum.

ない(デザイン⊃指示⊃設計).

12) 前掲書8), 204 13) 記法はIkegamiとHashimotoによるテープ・マシンの自己

Ecol. 3, 61–182, 1975, 439 28) Rose, N.: Controversies in Meme Theory, J. Memet. Evol. Model. Inf. Transm. 2, 1998

複製ネットワークによるものに類似させている.当該論

29) 前掲書22), p212

文はIkegami, T., Hashimoto, T.: Active Mutation in

30) Lumsden, C.J., Wilson, E.O.: Translation of epigenetic

Self-reproducing Networks of Machines and Tapes,

rules of individual b ehavior into ethnographic

Artificial Life 2, 3, 305-318, 1996. が, 理論的な連続性は

patterns., Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 77, 1980

失われている.またこのダイアグラムにおいては, 情報と

31) 鳥は真の自己複製子ではないが,図3では簡単のため省略

エネルギーと物質の流れを意図的に混同している.これ

し, 自己複製子と表現型を総体として扱っている.つまり

は生物学において遺伝子に記載された情報と生殖細胞と

(c)のBirdはその中にEggが, さらにその中にはRが入れ


子状に存在することを示唆している.

32) Bateson, P.: The nest's tale. A reply to Richard Dawkins, Biol. Philos. 21, 553–558, 2006 33) Dawkins, R., 日高敏隆,遠藤彰,遠藤知二訳:延長され た表現型: 自然淘汰の単位としての遺伝子, 紀伊國屋書店,

1987 34) Dawkins, R.: Extended Phenotype – But Not Too Extended. A Reply to Laland, Turner and Jablonka, Biol. Philos. 19, 377–396, 2004 35) 前掲書33), 192 36) Dawkins, R.: Replicator selection and the extended phenotype. Zeitschrift für Tierpsychologie, 51, 184200, 1978. 訳文は33)192より. 37) 前掲書33), 80 38) 自らの遺伝子が原因でない上に, その繁栄に貢献しない道 具(最たる例では避妊具)を大々的に用いる生物は今の ところ人類のみが知られている.このことは, 仮説 [B-1]を補強する.

39) 中尾央:ミームという視点, 科学哲学科学史研究, 45–64, 2010 40) Nia, H.T. Jain, A.D. Liu, Y. Alam, M. Barnas, R. Makris, N.C.: The Evolution of Air Resonance Power Efficiency in the Violin and its Ancestors, Proc.R.Soc. A, 471, 20140905, 2015 41) 前掲書22), 294 42) 前掲書1), xii


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