翻訳:マンキュー,リチャード・ローティを悼む

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「リチャード・ローティ」 (G・マンキュー,リチャード・ローティを悼む)

経済学者 G・マンキュー(ハーヴァード大学)のブログに掲載された記事を訳して 紹介します.先日 死去した哲学者リチャード・ローティの話題です. ☆原文:“Greg Mankiw's Blog: Random Observations for Students of Economics,” Monday, June 11, 2007

哲学者のリチャード・ローティが亡くなった. 『タイムズ』に追悼記事がでている. このことを取り上げるのは,個人的な理由からだ:プリンストンの新入生だったとき,ぼ くはローティの哲学入門コースを取っていた.同じ学期に,哲学科は新入生向けに入門コ ースをもうひとつ用意していた.そちらのほうが学生のウケはよくて,履修人数も上回っ ていた.けれど,両方のコースに2週間ほど出てみて,まちがいなくローティのほうがじ ぶんに合っていると思った.ローティの講義は華やかなものではなかったけれど,真剣で 奥が深かった.一方の人気講師は,学生を愉しませようとしているようだった.ローティ は,彼じしんが苦闘している問題群について懸命に考えるよう学生をいざなっていた. そのコースを終えたあと,短い間ながら, 「哲学を専攻してこの分野で Ph.D を取ろうか」 と思案した時期もあった.だけど,哲学専攻の院生と話をして,それはやめることにした. (哲学で大学に職を得るのはむつかしい.) それでも,ローティのコースはぼくにとってお

おきなインパクトだった.彼が課した 2 冊の本──アルベール・カミュの『シジフォスの神 話』とジョン・スチュワート・ミルの『自由論』──は,ぼくの世界観に深く影響している.

心の深いところで,いまでもぼくは一面で実存主義者であり,一面で功利的自由主義者だ. 影響されやすいったらない. そういえば,そのコースで出たレポート課題のせいで,しばらくのあいだとはいえ,食事 の習慣が変わってしまったことがあった.課題のトピックは,こんなものだった: 《よその惑星からエイリアンが来襲する.知性は人類を凌駕している.地球に来た目的 は,人類を食料にするためである.我々を食べないようにエイリアンたちを説得する論 証として,どんなものが考えられるか? ただし,その論証は我々のビールの消費に当て はまるものであってはならない.》 レポートにどう書いたか思い出せないけれど,ただ,そのあと数週間ほどベジタリアンに


なったのを覚えている.しだいにまた肉をたべるようになったものの,べつにそれはいい 議論を思いついたからではなくて,狡くもその問題を頭の外に追いやっただけのことだ. プリンストンを去ったあと,ローティには会っていない.それどころか,あのコースはあ まりに人が多く,そしてぼくはあまりに内気で,一対一で彼と話したことはついになかっ たのではないだろうか.ひとりの教授が会ったこともない学生にいかにして深く影響を及 ぼすかということの,これはまたひとつの例にすぎない. ローティの追悼記事には,こんな引用がある: 《知識と真理を決める基盤は,ただひとつ,対等な人々が主張と反論と論拠を公に交わ し合うなかである考えを受け入れることをおいてほかにない.》 こう記していた時,きっとローティは経済学のことを考えてはいなかっただろう.だけど, これは〔経済学にも〕完璧にあてはまる.彼の講義に出席していた時から 30 年以上経った いまでもなお,ローティ教授は,不気味なほどに問題の核心を見抜く能力のひととして, ぼくの心に浮かぶ.■


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