work in progress: Design Research - Genealogical Studies

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Design Research Genealogical Studies Keio University SFC Daijiro Mizuno Lab.


1. はじめに

1.1 概要 本文は時系列に沿いながら、デザインリサーチの歴史と近況の概観と整理をしている。無論、デザ イン領域にはサービスデザイン、ファッションデザイン、スペキュラティブデザインなど複数のカテゴ リがあり、それぞれ独自の複雑な歴史と発展がある。ここでは、細分化された領域を細かく見てい くよりも、そのバックボーンとなるデザイン領域の大まかな動向を辿ることを目的とする。構成として は、まずデザインリサーチの歴史を初期、中期、近年と大きく三つに区分し、分析対象としてのデザ インから人間中心設計などを経て今日のデザインリサーチまでに至る流れを論じている。第 5 章、6 章ではもっとも新しい動向に関わる超包括的デザイン領域とその他展望についてまとめた。

1.2 主要文献タイムライン これは、本文を書くにあたって集めたデザインリサーチに関連する主要な文献を主に 1960 年代か ら 2018 年まで、時系列に並べたタイムラインである。本文ではタイムラインにある全ての文献につ いて触れていないが、読者が一連の文献の流れを一目で見れるように整理した。

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1933. John Dewey, How We Think. 1968. Bruce Archer, “The Structure of Design Processes”. 1970. John Christopher Jones, Design methods: Seeds of human futures. 1973. Horse Rittel, “Dilemmas in a General Theory of Planning”. 1979. Jane Darke, “The primary generator and the design process”. 1983. Donald Norman, “Design Principles for Human-Computer Interfaces”. 1984. Nigel Cross, Developments in Design Methodology. 1987. Peter G Rowe, Design Thinking. 1988. Rolf Faste, “Ambidextrous Thinking”. 1995. Bruce Archer, “The Nature of Research”. 1999. Anthony Dunne, Hertzian Tales. 2001. Anthony Dunne, Fiona Raby, Design Noir: The Secret Life of Electronic Objects. 2005. Klaus Krippendorff, The Semantic Turn: A New Foundation for Design. 2005. Bruce Sterling, Shaping things. 2007. Wolfgang Jonas, “Research through design through research: a cybernetic model of designing design foundations”. 2008. Daniel Fallman, “The interaction design research: triangle of design practice, design studies, and design exploration”. 2011. Gideon Kossoff, “Holism and the reconstruction of everyday life: a framework for transition to a sustainable society”. 2012. William Gaver, “What should we expect from research through design?”. 2015. Terry Irwin, “Transition Design: A Proposal for a New Area of Design Practice, Study, and Research”. 2017. Liz Sanders, “Design Research at the Crossroads of Education and PracticE”. 2018. Terry Irwin, “The Emerging Transition Design Approach”.

1948. Le Corbusier, Le Modulor. 1969. Rudolf Arnheim, Visual Thinking. 1972. Robert H. McKim, Experiences in Visual Thinking. 1977. Christopher Alexander et al., A Pattern Language. 1980. Bryan Lawson, How Designers Think. 1984. Donald A Schön, The Reflective Practitioner. 1986. Donald Norman, “User Centered System Design: New Perspectives on Human-computer Interaction” 1988. Don Norman, The Design of Everyday Things. 1993. Christopher Frayling, “Research in Art and Design”. 1997. Anthony Dunne, William Gaver, “The pillow: artist-designers in the digital age”. 1999. Anthony Dunne, William Gaver, “Design: Cultural probes”. 2003. Ken Friedman, “Theory Construction in Design Research: Criteria: Approaches, and Methods. 2005. Daniel Fallman, “Why research-oriented design isn’t design-oriented research”. 2006. Colin Burns, et al., “RED PAPER 02: Transformation Design”. 2007. John Zimmerman et al., “Research through design as a method for interaction design research in HCI”. 2008. Liz Sanders, “An Evolving Map of Design Practive & Design Research”. 2011. Ilpo Koskinen, “Design Research through Practice”. 2014. Liz Sanders, Pieter Jan Stappers, “From Designing to Co-Designing to Collective Dreaming”. 2015. JWolfgang Jonas et al., Transformation Design Perspectives on a new Design Attitude. 2016. Don Norman, Peter Jan Stappers, “DesignX: Complex sociotechnical systems”. 2018. Jody Forlizzi et al., “Let’s get divorced: constructing knowledge outcomes from critical design and constructive design research

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2. 初期デザインリサーチ

2.1 分析対象としてのデザイン 先史より人間は人工物の創出を通じてその営為を進めてきた。とりわけ産業革命以降の近代社会で は安定的に同質の人工物を生み出す生産力がもたらされ、多くの人間は伝統社会から工業化社会 という新たなシステムに移行することなった。ここでの ” デザイン ” はしたがって広く営為を推し進め るための「人工物の創出」を指す (Mizuno, 2014)。したがってデザインの研究(デザインリサーチ) とは「人工物の創出」をめぐる極めて包括的で学際的な性質を帯びる領域であるということがわかる。 一般に学術領域としてのデザインリサーチは 1962 年イギリス・インペリアルカレッジで開催されたカ ンファレンス The Conference on Systematic and Intuitive Methods in Engineering, Industrial Design, Architecture and Communications を史実的源流とみなすが、無論人工物の創出 ” デザ イン ” に関する探求や研究はとりわけ産業革命以降、工学や経営管理学などの限定的視座からも盛 んに行われてきた。 デザインリサーチ先史ともいえる産業革命以降から 1964 年に至るまでのデザインに関する研究はよ り生産的もしくは良質にデザインを行うための科学的な方法論の模索が大半を占めた。その系譜に おいて初期にあたるのが 1911 年フレデリック・テイラーによる科学的管理法 (Taylor, 1911) である。 この生産方法論に関する研究フォーディズムとして工業化社会の到来を世界に印象付けたとともに、 人工物の創出が本格的に科学の分析対象として捉えら得ることを明らかにした。人工物の創出を分 析対象とした研究は同時期に世界各地で盛んに行われており、1909 年にドイツの産業育成を目的 に結成されたドイツ工作連盟もその一つであるといえる。ドイツ工作連盟は 1919 年にバウハウス設 立、1954 年のウルム造形大学設立へと結実し、工業デザインという分野の形成を助けた。またアメ リカにおいては第一次世界大戦における米国空軍機の度重なる墜落事故を契機にヒューマンファク ター(人的要因)を起点とする科学的なデザイン方法論がとりわけ工学分野にから隆盛し、欧米か ら端を発したエルゴノミクスなどと合流しながら、人間工学の研究土壌がつくった。このよう先史デ ザインリサーチではいわゆる本質主義的な姿勢に基づくものが多く、人工物の創出に関する方程式 導出を目指すものが多かったといえる。

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ところでデザインリサーチの 史 実 的 源 流 は一 般 に 1962 年 のカンファレンス The Conference on Systematic and Intuitive Methods in Engineering, Industrial Design, Architecture and Communications とされるが、このカンファレンスもまた当時の本質主義的なデザイン研究の例外で はない。例えば当該カンファレンス参加していたジョン・クリストファー・ジョーンズやクリトファー・ アレクサンダー、ブルース・アーチャーなどはこのカンファレンスののち後述するような本質主義的 ないしは自然科学的なデザイン方法論に関する論考を著している。またカンファレンスの全体的成果 という視座では、4 年後の 1966 年に国際デザイン学会(Design Research Society)の設立が確 認でき、このカンファレンスが学術領域としてのデザインすなわちデザインリサーチの史実的源流で あることがわかるとともに、当時のデザインリサーチは他の科学と同様に本質主義的な態度に立脚 するものであったことがわかる。

2.2 デザイン方法論に関する本質主義的解明 先述のカンファレンスを皮切りにした形成初期のデザインリサーチでは、ウルム造形大学での工学的 デザイン研究やモダニズム建築研究などを素地にした人工物の設計プロセスに関する本質主義的な 解明が主題となった。これには第二次世界大戦の終結によってもたらされた強靭な人工物の生産体 制が豊かな欧米社会を実現し、より効率的な生産プロセスを社会が求めたという時代的背景がある (Mizuno, 2014)。カンファレンスの中心人物だったジョン・クリストファー・ジョーンズはこのカンファ レンスでの議論を踏まえ、複雑な工業製品の設計プロセスを Systematic Design Methods として 科学的なデザイン方法論を検討した (Jones,1964)。また建築家クリストファー・アレグザンダーもデ ザインプロセスにおける設計要件をツリー構造で分析することで得られる合理的な設計方法論を同 年に提案し、ジョーンズ同様に自然科学的な姿勢でデザイン方法論を分析した (Alexander, 1964)。 そしてのちにイギリス王立美術大学 (Royal College of Arts) でデザインリサーチ学科を設立するブ ルース・アーチャーもまた自身の博士論文にて ”The Structure of Design Processes” のタイトルの もと分析・統合・評価型の本質主義的なデザイン方法論を検討し、本質主義的なデザインプロセス を肯定する潮流に加わった (Archer, 1968)。 このように 1960 年代形成初期のデザインリサーチ ではデザインプロセスの本質主義的解明を主題として、いかに再現可能で合理的なデザイン方法論 を実現するのかに関する議論が隆盛した。

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3. 中期デザインリサーチ

3.1「意地悪な問題」とデザイン方法論 先述の通り、デザインリサーチ形成初期における主要な命題はデザイン行為の科学化に関する分析 であった。デザイン行為における最適解を探すため行われた自然科学的な追求は、1970 年代を迎 えるタイミングで理論的批判対象となる。その前置きとしてあるのがハーバート・サイモンによる『The Sciences of the Artificial』(1969) だ。サイモンは何らかの目的のために人工物の創造を行う営為 をデザインと定義し、人工物の創造は人間が外部環境との申し合わせのなかで効用関数の最大値 すなわち満足解を見出すまで続くことを示した (Simon, 1969)。この議論を踏まえリッテル&ウェバー (Rittel&Webber) はデザインが取り組む問題は常に個別固有であり続けるため、デザインにおける 最適解は存在し得ない「意地悪な問題(wicked problems) 」であることを以下の 10 の観点から 説明した (Rittel&Webber, 1972)。すなわち人間は意地悪な問題を前提として満足解を見出すこと が解が取り得る最大値であるため、1960 年代に議論された最適解の導出を目指すようなデザインの 科学化は一種のオアシスをめざすような研究姿勢であったといえる。リッテル&ウェバーによる「意 地悪な問題」というデザインが取り組む問題のフレーミングは 1970 年代以前の本質主義的なデザイ ンリサーチを批判し、構築主義的なデザインリサーチへの方向転換を示唆した。

1.

解決という行為は新たな問題理解をたらしてしまう ある問題に対する理解は、解決しようとすることでも生じてしまう。

2.

解決に関して ” ここでおわり ” というものがない 永久に完全解決できないために論理的に「おわり」を決められない。

3.

解決に関しては ” 真か偽か ” ではなく” 良いか悪いか ” である

4.

解決案に関して完全な検証はできない 。

5.

解決案を一度実行すると、その問題はより複雑になる 一度問題解決案を実行してしまうと、それは問題そのものに新たな変数を与えていることになるのでより問 題が複雑化する。

6.

どんな解決案が問題解決に一番効くかわからない 問題を完全に分析して認識することができないためどんな解決案が一番ポテンシャルがあるのかはわからない。

7.

全ての問題が固有であるため分類できない 全ての意地悪な問題はそれでしかあり得ないため、 教科書のように 「◯◯のパターン」 といったように問題を分類化して、 解決に直接役立てることができない。

8.

全ての問題は他の問題の前兆である。

9.

問題がいかようにでも説明ができるため、その説明の仕方が解決案の方向を左右してしまう

10.

意地悪な問題に取り組む者は、解決案に責任を負うことになる 学術的な世界ではある理論がある理論に取って代わられても、否定された理論を提唱したものは 決して責められない。しかしながらこうした「意地悪な問題」に取り組む者は、以上のような 9 つの「意地悪な」性質あるにもかかわらず、その解決案の実行に 責任を負うことになる。

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3.2 デザイン思考ー実践的デザインプロセスの分析 また 1970 年代のデザインリサーチでは 1960 年代のデザイン方法論に関する研究を下地に、デザイ ナーや建築家による意地悪な問題へのアプローチプロセスを観察、分析するものが増えた。その著 名な研究の一つが当時スタンフォード大学教授であったロバート・マッキムによる Visual Thinking である。マッキムは「描く・視る・考える」のフィードバックループを活かした創造的思考プロセス をビジュアル・シンキングとして体系立て、同大学にて講義コード ”ME101” として知られる講義の原 型を作り上げた (1972, Mackim)。そしてこの ME101 は現在の d.school(スタンフォード大学にお いてデザイン思考を教えるジョイントプログラム)の原型となった。また同大学教授であったデビット・ ケリー(David Kelley)はこの ME101 や両利きの思考(Ambidextrous Thinking)(Rolf, 1993) で知られる ”ME313” を素地にデザインコンサルティングファーム IDEO を創業した。マッキムらによっ て明らかにされたフィードバックループを通じた意地悪な問題への取り組みとしてのデザインは、まさ しくサイモンが指摘した「代替案の探索を通じた満足化」であり、1960 年代に目指されたデザイン の科学化に対する批判でもあった。 1970 年代のデザインリサーチではマッキムの他にも、デザイナーや建築家の実践に関する構築主義 的な分析が進んだ。1979 年にはジェーン・ダーク(Jane Dark) が建築家が最終的な解を検討する ために仮説的な解「一次生成案 (Primary Generator)」をつくりながら個別固有の問題の解決を図 ろうとするデザインプロセスを明らかにした (Dark, 1979)。またこのダークの分析はのちにブライア ン・ローソンのデザイン思考 (Design Thinking)(Lowson, 1980) やドナルド・A・ショーンの省察 的実践 (Reflective Pracitice)(Schon, 1984) という異なる形式をもって同様にまとめられ、デザイ ナーや建築家が意地悪な問題に対してプロトタイピングを通じて、その満足解を探索していることが 明らかになった。

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3.3 人間中心設計 1980 年代に入ると商用コンピュータなどが徐々に社会へ浸透し、サイモンが指摘した人工物の内部 環境がより複雑なものとなった。したがって人工物はこれまでのように単純な内部環境と外部環境 の申し合わせだけでなく、そのインタフェースとしての人工物内部と人間という外部環境の申し合わ せにもさらされることとなった。そうした意味でデザインに関する意地悪な問題の性質はより増幅し たため、人工物の使い手やステークホルダーを巻き込んだ対話型のデザイン方法論が要請された (Mizuno, 2014)。こうしやユーザー参加型デザインに関する著名な初期議論は 1971 年ヴィクター・ パパネックによって著された『生きのびるためのデザイン』である。パパネックはこの著書のなかで、 ユーザーの理解や協働を通じたデザインプロセスについて検討している。またドナルド・ノーマンも またこれに関連してユーザーの認知理解をデザインプロセスに求めるユーザー・センタード・デザイ ンの重要性を指摘している。なおユーザー・センタード・デザインについてはのちにヒューマン・セ ンタード・デザインという形式をもって同様の意味内容が示される。この背景にはパパネックが示し たようにプロセスに人工物の使い手を巻き込むことでユーザーはデザイナーとしての役割を担い得る ために、単純なメーカーとユーザーの二項対立を回避するためにヒューマン・センタード・デザイン という形式ができた。また人工物のインタフェースと人間の関係性に関する取り組みはデザインリサー チのみならず、1985 年の計算機学者ニコラス・ネグロポンテらによる MIT Media Lab の設立や、 英王立美術大学でのコンピュータ・リレイテッド・デザイン学科が創設など工学的研究の流れを汲 む領域においても活発になされた。

3.4 構築主義的デザインリサーチ 1970 年代の本質主義的デザイン研究の批判は構築主義的な研究姿勢に基づくデザイン研究を切り 開き、デザイン実践の分析を通じた創造性の研究や参加型デザインに関する知見をデザインリサー チの系譜に並べた。しかしながら 1980 年代において、デザイン実践の成果そのものを研究の中心 に据えたデザインリサーチの学術的貢献は確認できない。しかし 1993 年になるとクリストファー・フ レイリングによって実践的デザインリサーチ(Research through Design) の礎石が築かれる。フレ イリングはデザイン研究を以下の3つに大分することで、ここまでのデザイン研究を整理しつつ、デ ザイン実践を通じた学術的貢献の所在可能性を示した (Frayling, 1993, p5)。

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① Research into art and design(アートやデザインに関する研究) ・・・歴史研究/美学研究/デザインやアート関する諸理論に関する研究 ② Research through art and design(アートやデザインを通じた研究) ・・・マテリアル研究/制作実践/アクションリサーチ ③ Research for art and design(アートやデザインのための研究) ・・・制作実践のための学び そしてこのフレイリングによる論考はイルポ・K・コスキネン (Ilpo K. Koskinen) らによって批判継承 される。コスキネンらはこうしたデザイン実践をも学術的貢献とみなす構築主義的なデザインリサー チの研究姿勢を構成的デザインリサーチ (Constructive Design Research) と呼び、その研究フ レームワークとしての理論的根拠が精緻化された。この構成的デザインリサーチという研究の枠組み においてコスキネンらはデザイン実践を通じた研究を実験型(Lab)・フィールド型(Field) ・展示 型(Showroom)の三つに分け説明し、人工物の創出に関わる幅広い実践を研究の枠組みに落と し込んでる (2011, Koskinen et al.)。また 2013 年には実践的デザインリサーチ (Rsearch Thrugh Design) に関わる学術カンファレンスも開催されており、デザイン実践を研究の中心の据えた学術領 域は確かにその所在を示している。この実践的デザインリサーチは 1960 年代からの本質主義的な 立場に基づくデザインリサーチにおいて、構築主義的な研究姿勢を明確に打ち出し、意地悪な問題 を前提としたデザインに関わる今日のデザインリサーチの素地となった。

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04. 近年のデザインリサーチに関する動向

産業革命以後、近年の情報技術の発達により世界はより複雑化が進んだ。これまでの問題が領 域を横断し、政治から経済、倫理などと複雑化が進んだ。元 CMU デザイン学科の所長であった Richard Buchanan が 1992 年の「Wicked Problems in Design Thinking」を Design Issues に て発表をし、複雑化によって作られた Wicked Problems、つまり先述の「意地悪な問題」という概 念を整理した。これらの問題に対して「解決」という行為を行うことによって、新たに二次的な問題 が発生し、問題がより複雑化した現象を捉えた。これまでデザインは問題解決の手法として扱われて いたことを批判し、「解決」という行為に対して議論を及ぼした。むしろ、問題は「解決」すること を目的とするのではなく、寄り添っていくことが重要であることが明らかになった。 ある課題に対して最終的なプロダクトやシステムだけではなく、デザインの途中の過程において 生産されるプロトタイプ やアーティファクト自体を研究対象として Research in art and design (Christopher Frayling 1993) があげられる。デザインにお いての研 究を research ( 小 文 字 r) and Research ( 大文字 R) と分類をし、前者は探索や実験的な研究、後者はより学際的な研究メ ソッドとして確立するための研究と提示した。二つの研究のあり方を元に、デザイナーにはクラフ トワークなどの実践だけではなく、理論や研究メソッドの確立することを呼びかけた。しかし、こ れまでの Human Computer Interaction (HCI) などで代表される情報科学研究者などの研究方 法で進むと、メソッドを問題に対しての仮説を検証する手法として捉えてしまうことを指摘した。そ のために、Education through Art (Read, 1943) を背景に Research into art, research for art, research through art とデザイン及びアートにおける研究手法を分類し、フレームワーク内で各分類 における性質について説明をした。Read のフレームワークに基づいてそれを拡張することによって、 Frayling はアーティファクトについての新しい知識と理解の蓄積を主要な基準としておいたデザイン の研究論を確立した。

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4.1 クリティカルデザイン 1960 年のポスト・モダニズム建築思想及びイタリアラディカルデザインの概念を背景に、市場に 合わせた工業的なデザインや技術者を中心としたデザインに対しての抵抗として、政治や倫理的な 視線で社会課題を捉える新たな手法である Critical Design の思想が生まれた。Radical Design, Discursive Design など様々な分類、表現方法があるが、Hertzian Tales (Dunne, 2006) の出版に より、Critical Design としての認知度が高くなった。社会課題に対して新たな視点をアーティファク トを通して示すデザインメソドロジーとして、具体的な方法論を紹介するよりも、あえて過去の様々な プロダクトデザイナー、アーティスト、建築士などがデザインしたプロダクトの挑戦を数々紹介してい る。技術発展により、専門家だけではなく様々な人が社会と未来について議論を生む場としてニュー ヨークの MoMA 美術館にて Design and the Elastic Mind (Antoinelli, 2008) が展示され、大きく 社会に反響を及ぼした。フォローアップとして Talk To Me (Antoinelli, 2011) が MoMA 美術館で発 表され、この展示では来客とアーティファクトとのインタラクションが重視された。このように、クリティ カルデザインは多数の場で紹介され、注目を浴びている。未来にありうる架空の現実や現在の社会 課題を延長した未来を描くことによって、現在では話されていない議論を持ち出すことが実践的に行 われるフレームワークの一つとして Critical Design が位置付けられている。

4.2 HCI とデザインリサーチ 2000 年に入ると、 HCIとデザインリサーチの関係がより密接になる。HCI の文脈で言われる従来の 「デ ザイン」 とは engineering design ( 開発者が仕様を満たすデザイン ) と creative design( デザイナー が問題を再構築したり前提を見直すデザイン ) の二つであった。そのような中で、Daniel Fallman が 2005 年の論文にて HCI そのものがデザイン領域であると主張し、research-oriented design と design-oriented research という言葉を初めて使い、HCI におけるデザインリサーチの誕生の重 要な契機となった (Fallman, 2005)。その 2 年後に、アメリカの John Zimmerman, Jodi Forlizzi, Shelley Evenson は HCI の分野におけるインタラクションデザインの必要性と役割について執筆し、 デザインリサーチャーを HCI のエンジニアと行動科学研究者と同等レベル(上下関係のない)協力 者として位置付けた (Zimmerman et al., 2007)。

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4.3 デザインリサーチパラダイムの確立 同時期に起こっていたのがデザインリサーチのあらゆる分岐や分類の整理である。例えば、2007 年に Wolfgang Jonas は「リサーチデザインパラダイム」の確立を目指し、2003 年に Nelson と Stolterman が 提 唱したデ ザインプロセスモデ ル:the true, the ideal, and the real の 進 化 版: analysis, projection, synthesis を提案した。また、2008 年には Liz Sanders がデザインリサーチとデ ザイン実践の様々な進化と発展をわかりやすく表現するマップを公開した。アプローチとマインドセット (design vs. research led approach, expert vs. participatory mindset)を軸に利用することで、 クリティ カルデザイン、参加型デザイン、ユーザーセンタードデザインなどの領域の違いを明確に提示した。 そして 2011 年に、デザイン学研究者の Ilpo Koskinen が RtD(Research through Design) の3つ のカテゴリー分類を示した。このカテゴリーを水野大二郎は次のようにまとめている: (1) Lab, 実験室などの閉鎖的な場における研究 (2)Field, フィールドなどの問題が発生する現場における研究 (3)Showroom, 展覧会などの共有、議論する場における研究 (Koskinen et al. 2011) Lab を通した RtD は生態学的心理学にルーツをもつ、ユーザーの感情に根ざした人工物の反復的 施策や評価実験に主眼が置かれる。一方、 Field を通した RtD とは主に文化人類学にルーツをもち、 ユーザーがいる空間や環境の文脈理解を写真や映像、テキストなどによって可視化される領域であ る。他方、Showroom を通した RtD は Speculative Design などに代表される未来志向的な製品 やサービスの開発、 発表、 議論の誘発を目的とする。その上で、 コスキネンはデザイン学における「分 析の文化」は共存する4つのモデル (Koskinen, 2015) に分類可能だと指摘する: (1) 統計とデザイン (2) 社会科学における質的調査とデザイン (3) 人文科学とデザイン (4) アート&デザイン

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05. 拡張するデザイン デザインの対象が少しずつ拡張した先にたどり着くのが超包括的デザイン領域である。より複雑な 社会・技術的問題を対象とし、より多くのステークホルダーを巻き込むこの新しいデザイン領域に は現段階では複数のアプローチが示されている。その中には Ezio Manzini の DESIS(Design for Social Innovation and Sustainability) という、insert short blurb from mizunosensei paper 領 域 (Manzini, 2015) などがある。その背景、詳細、そして他複数のアプローチについては水野が 2017 年の論文「 『意地悪な問題』から『複雑な社会・技術的問題』へ」でまとめている。ここでは、 特に持続可能な社会へのトランジションにフォーカスとした研究領域や主要論文(Transformation Design, Transition Design など)について書く。

5.1 トランスフォーメーションデザイン (Transformation Design) Transformation Design は Hilary Cottam が ディレ ク タ ー を 務 め る 英 国 の 国 家 戦 略 機 関 DesignCouncil 内 に 設 けられ た 研 究 開 発 チーム RED を中 心 に 提 唱され た。Transformation Design は、“ 複雑化する社会的、技術的問題に対して多様な専門分野のグループと協働でデザイン ソリューションを見つけていく事 ”、“ 複雑化する問題へのソリューションは一時的な対応策をデザイ ンする事ではなく、その問題に対して継続的に対応し、再考を行い、解答をだし、そして社会の変 化に適応するツール、組織作り、スキルをデザインする事 ”、さらに、” 全体的に複雑化した問題を 俯瞰して検討し、その問題を形作る要素間の関係性を把握し、問題の枠組みを理解した上で、未踏 のデザイン分野でデザインを適用し、新しい組織、新しいシステム、新しいポリシーを形成していく 事 “ を大きな特徴として持つ超包括的デザイン領域の一つである。

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5.2 トランジションデザイン(Transition Design) Transition Design は、アメリカのカーネギーメロン大学の Terry Irwin, Gideon Kossoff, Cameron Tonkinwise らに提唱された。「デザイン主導による持続可能な未来への社会的移行」を目的と掲げ るこのアプローチの中核には、長期的なタイムラインを念頭に置いたデザイン、問題に関わるあらゆ るステークホルダーを同じ方向に歩ませること、システムズシンキング、毎日の生活に根付いたコス モポリタンローカリズム(地域経済圏と地球規模問題の連動)などがある (Irwin, 2015)。2015 年 に紹介されてから、複数のデザイン教育機関のカリキュラムに取り入れられたり(RMIT University, Universidad de Palermo, Schumacher College, EINA (Centre Universitari de Disseny i Art de Barcelona), UNSW (University of New South Wales) などを含む) 、カリフォルニアのオーハイ市 (Ojai)の水資源危機に対して Terry Irwin 自らが市と連携して Transition Design アプローチを実 践するなど、勢いを見せている (Irwin, 2018)。

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06. デザインリサーチに関わる展望

6.1 他分野との衝突や協力 超包括的デザイン領域の研究や実践が増える中、新たな課題や注目点も見えてきている。ここ 2、3 年の論文を見ると、デザインリサーチの様々な分野と文脈を整理しようとする努力と、他分野との衝 突の和解を模索する努力がみられる。 日本では、2017 年に水野によるデザインリサーチの論文レビューが発表されている。そこで、水野 は日本における RtD (Research through Design) の展望について「これまで生活学がその基礎と していた社会学、建築学、家政学といった領域にデザイン学、環境学、情報学などを加え、現在日 本で生活する人々が経験する場の「生成」を研究対象とすることが日本から世界に打ち出せる日本 独自のデザイン学の展望だ」と主張している (Mizuno, 2017)。 同年に、Liz Sanders はデザインリサーチの研究現場(大学機関等)と実践現場の間に壁が立ちは だかっている現状を問題として提示した (Sanders, 2017)。具体的には研究機関による発見をデザイ ナーが実践現場で活用していない問題、デザイナーの満たされていないニーズが研究者によって調 査されない問題、デザイナーが受ける教育と実践の場でデザイナーに求められるスキルが一致して いない問題などを指摘している。Sanders はアカデミアと実践(practice) を融合するよりも、その 間に新しい空間を作り、活用方法を模索するよう呼びかけている。 今年(2018 年)には、Forlizzi, Koskinen, Hekkert, そして Zimmerman が Constructive Design Research と Critical Design の区別化を促す論文を発表した。実用主義的なデザインリサーチとク リティカルリサーチを同カテゴリーに入れると評価の場などで衝突が起きるためだ。そしてこの区別 をした上で、それらを連続体の2つの端として認識し、研究プロジェクトによって様々な組み合わせ や独自の評価基準の必要性があると主張している (Forlizzi et al, 2018)。衝突の和解というと、デザ イン思考と政府などの公共部門における組織的文化衝突と、複雑な社会問題に立ち向かうためにそ れを乗り越える必要性についての研究も発表されている (Swan, 2018)。

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6.2 ポストヒューマンデザイン また、Collective Dreaming や超包括的デザイン領域を引き金に、human-oriented design から人 工知能や tech-oriented design への関心が広がってきている。つまり、user-centered design か ら post-human design への移り変わりが起こっている。Post humanism とデザインの関係性につ いてまとめた論文を Laura Forlano が 2017 年に発表している。デザインが複雑な環境・社会・技 術的問題を見つめるようになったからには、動物やロボットなど、人間以外の主体を考慮する必要 がある。Forlano はこのような分野にデザインが取り組むためには「以前の方法、モデル、フレー ムワークを支えてきた基本的な前提を再考し、新たな社会理論の妥当性を検討することが不可欠で ある」と主張している。そして彼女はポストヒューマンデザイン領域に深く関わる5つの社会的理論を 提示した : 1. Actor-Network Theory and the Non-Human 2. Feminism New Materialism and the Posthuman 3. Object-Oriented Ontology and Things 4. Non-Representational Theory and Lifeworld Inc 5. Transhumanism and Human Enhancement その一方で、ポストヒューマンデザインの批判として、non-human agents を考える前に歴史的に差 別されてきたマイノリティ問題や、デザインを decolonize するミッションの方に重点を置くべきだとい う声が多いことも指摘している。

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07. 参考文献

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