Service Design Genealogical Studies

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Service Design Genealogical Study サービスデザインの系譜 March 2019

Daijiro Mizuno Lab Faculty of Environment and Information Studies Keio University 慶應義塾大学 環境情報学部 水野大二郎研究会


序論:サービス中心の時代の到来

1. サービス・マーケティング研究の台頭

産業革命によるモノ(物財)の大量生産大量消費、 物流網の整備、

1.1 マーケティングからサービス・マーケティングへ

情報化社会の到来等と呼応しながら、市場経済における産業構

1970 年代にスカンジナビアを中心として盛んに議論されて

造は幾度も変革を遂げた。中でもサービス産業は 1980 年代ご

いたサービス産業は、1980 年代に突入したのち、工業産業

ろから「第三次産業」として急速に発展し、その影響力は世界

や農業産業等の他セクターからの影響を色濃く受けて急速

経済において多大なる影響を与えるものとなった。

な発展を遂げる。その契機については諸説あるが、1983 年 からスカンジナビア航空が実施した大規模組織改革の影響

サービス・マーケティング分野は 1940 年ごろからアメリカ、

を受け北欧諸国に広まったとされる。(近藤、2007)

イギリスを中心に学問領域として発展した。その領域は顧客へ の財の販売戦略を検討するサービス・マーケティング領域、管

欧米ではマーケティング理論から派生したサービス・マー

理工学的なアプローチとサービス・マネジメントの統合を通じ

ケティング領域内にて研究が推進される事となる。経営学

て資源の生産性を目的としたサービス工学など多岐にわたる。

に立脚するその領域は、実務と架橋しての学術的発展を遂

ここで特筆すべきはマーケティング分野もまたサービス化の影

げた。一方で、サービス・マネジメントとして発展を遂げ

響下にあり、対象が「物財」から「サービス財」へと推移した、

たのは、北欧および欧州諸国であった。クリスチャン・グ

ということであろう。

レンルースやエバート・グメソンやノーマンを中心とする Nordic School が中心となり、研究機関を情報源として発展

サービスデザインは主にサービス・マーケティング分野とデザ

を遂げた。(蒲生、2008)

イン分野を中心に架橋する領域として 1990 年代に発展した。 現在の我が国においては主にサービスイノベーションとしての

本章では特に当該分野や急速に発展を遂げる 1980 年代

文脈が色濃く、企業活動の中のイノベーションの方法論として

以降に焦点を当てて、その歴史的変遷や研究内容について

その有用性を発揮している。一方、欧州においてはソーシャル

触れる。フィスクによるサービスの歴史的発展全 3 段階

デザインや参加型デザインの文脈を踏まえた実践が多岐にわた

(Fisk,1995)における 2 段階目に当たる「ヨチヨチ歩きの

り散見されることに明らかなように、多数の領域の融合によっ

時期(Scurrying About: 1980-1985) 」に対応する時期となる。

て誕生した「サービスデザイン」が指し示す意味は、国毎に異 なることもその特徴である。

マーケティング分野の勃興した背景には産業革命による大 量生産や大量消費の影響が大きい。市場経済において物財

そこで本論は、サービスデザイン研究の基礎をなすサービス・

(有形財)の取引機会が急増したことに伴い、消費者に魅力

マーケティング研究の潮流とその発展、領域の設立に大きく寄

的な価値を提供するために、マーケティングが要請された。

与したデザイン研究の潮流や人物に焦点を当て、研究と実務の

しかしサービス産業の台頭に伴い、その研究対象の推移が

両方から歴史的発展を整理、概観することを目的とする。本論

要されるようになった。マーケティング研究は形を持つプ

の構成は以下の通りである。

ロダクト(有形プロダクト)を中心に行われてきたが、「形 をもたない」特性を持つサービス財の取引に一部代替され

第1章ではサービス・マーケティング領域の登場と当時の研究

る流れの中で、その研究の対象がゆらぎつつあったのであ

内容に触れその変遷をたどる。第2章ではサービスデザイン

る。1974 年の様相についてウイリアムらは以下のようにま

においての基礎的な役割を果たすこととなる主要なサービス・

とめている。

マーケティング研究に焦点をあてる。第3章ではサービスデザ イン領域の誕生を牽引したドイツとイタリアにおける研究機関

1)マーケティング部門でマーケティングミックス活動を

に焦点をあて、その解説を行う。第4章では世界中に拡張した

行うことが比較的少ない。

サービスデザインの研究動向について、イギリス、スウェーデン、

2)オファリングエリアを分析する可能性が比較的低い。

アメリカ、アジアでの動向を概観する。第5章ではサービスデ

3)外部エージェントに頼むよりも、企業内で広告を作成・

ザインの歴史的変遷を概観し要点をまとめ、総括とする。

管理する可能性が高い。 4)全体的なセールス計画をしている可能性が比較的低い。

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5)セールスの研修プログラムを行う可能性が比較的低い。

1.2 サービス・マネジメント研究の諸相

6)マーケットリサーチ会社やコンサルタントを利用する

サービスの性質とは何か:IHIP モデル

可能性が比較的低い。

パラスラマンらは物財との差別化を図る上で、サービスの

7)総売上高のパーセンテージとして比較するとマーケティ

特徴をいくつか示した上で性質を定義づける IHIP model

ング予算が比較的低い。

(intangibility, heterogeneity, inseparability, perishability ) を提唱した。IHP model は 4 つの要素から構成され、まず

以上の 7 点に加え、サービス・マーケテイングに特化した

無形性(intangibility)ではサービスは無形であり、購入す

部署の予算を増やすことによって利益上昇が期待されるこ

る前にサービスに触れたり味わったりすることができない、

とを主張した。(William,1974)当時、サービス業のマーケ

としている。2つ目に不可分性(inseparability)は、有形

ティングに注がれているリソースは乏しかったが、この論

プロダクトの生産と消費はそれぞれ分離しているが、サー

文によってプロダクト・マーケティング的思考中心型から

ビスは生産と消費が同時に行われるとしている。3つ目の

徐々にサービス・マーケティング思考中心型への推移がし

消滅性(perishability)では、サービスには在庫が存在しない、

たと考えられる。

とする。そして最後に変動性(heterogeneity)は、サービ スはその提供者や提供される時間、場所に左右されるため

航空業や金融業等を対象としたサービス産業の規制緩和

変動制が非常に高い、としている。後にこの定義は、 ラブロッ

策が講じられる中、サービス化の流れは更に加速する事

クらによって一部のグッズに適用されるものとして再定義

となる。ハーバード大学のビジネススクールにおいても

される。(Parasraman, 1985)

「サービス・マネジメント・コース」が新設された。さら に、1981 年にはアメリカ・マーケティング協会(AMA)

サービスの品質はどのように評価できるのか:Nordic School /

にサービス・マーケティングに特化した会議が設立され

SERVQUAL

る に 至 っ た。AMA と は、1937 年 に National Association

サービスの品質(Service Quality)についての研究は 1980

of Marketing Teachers(NAMT) と American Marketing

年代に 2 つの方向性が指向された。1 つは、主に研究を

Society(AMS) が 合 併 し て 誕 生 し た 組 織 で あ る。[1]

先導したのはそれまで北欧を中心に研究を推進していた

NAMT はマーケティング分野の重要組織であり、AMS は

Nordic School である。グレンルースはサービス品質の定義

ニューヨークを拠点としたマーケットリサーチ、マーケ

を、サービスの知覚価値(Perceived Quality)とは顧客期

ティング部門の実務家の組織であり、学術と実務が合併し

待(Consumer Expectation)と顧客が知覚したサービス体

たものと捉えることができる。この会議開催によってア

験を比較したものとしている。そこで、このサービス知覚

メリカと北欧および欧州諸国のサービス研究者が一同に

価値(Perceived Quality of a Service)に影響する要素を

会する機会が創出された。なお、本会議に関連するもの

提示した:(Gronroos, 1984)

として、マーケティングの大原則として知られている 4P (Product,Place,Promotion,Price)に参加者(Participants)、

・技術的品質:Technical quality-instrumental performance

プ ロ セ ス(Process) 、 物 的 証 拠(Physical evidence) の

(客観的な評価)

3P を加えたサービス・マーケティングの 7P のモデルの発

・機能的品質:Functional quality-expressive performance(主

表等がある。 (Booms& Bitner,1981)また当該組織は、後

観的な評価)

のサービス・マーケティング研究の根幹を為す論文が数多

・イメージ: Image(サービスに対する印象)[fig.1]

く投稿される Journal of Marketing の版元としての役割も 果たすこととなる。 この時期の研究の話題は「サービスの品質」や「サービス・ エンカウンター 」や「サービスの分類」 「リレーションシッ プ・マーケティング」等が知られているが(蒲田、2005) 、 中でも後のサービスデザイン研究に大きく関連するものを 以下に挙げる。

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[fig.2] パラスラマンによる SERVQUAL モデル(Parasuraman, A., Zeithaml, V.A., & Berry, L.L., “ SERVQUAL: A multiple-Item Scale for measuring consumer perceptions of service quality”, Journal of Retailing January 64, 1988, pp12-40.)

これらの研究は、市場経済において物財とサービスを区別 した上で、サービスの定義や品質を定量化し管理し評価で [fig.1] グレンルースによるサービス品質モデル(Gronroosl“ A Service Quality Model and its Marketing Implications.”European Journal of Marketing, Vol.18(4), 1984, pp. 36-44)

きる形とするアプローチとも捉えられる。当時の研究が後 のサービスデザイン研究に作用した点としては、「無形性」 と「サービスの品質評価」という視点であると考えられる。

もう1つは 1988 年にパラスラマンが提唱した SERVQUAL

前者はサービスブループリントにおける「視覚化」へと強

というフレームワークである。SERVQUAL とはサービスと

く結びつき、後者は 1980 年代以降サービスの品質評価研

品質を組み合わせた造語であり、サービスの品質を測定する

究において顧客を重要視するという流れが強まった結果、

ための尺度の一つとなる。パラスラマンはサービスの特徴

HCD が援用されるに至ったと考えられる。

の中で特にその無形性、非均質性、同時性により、サービ スは評価することが非常に難しいことを指摘し、その上で、

また、この時期のサービス・マーケティング研究を概観し

SERVQUAL という品質評価基準を提示した。具体的には 22

た上でルーシー・キンベルはサービスの定義についての議

個の expectation items と 22 個の perception items を5つのカ

論は豊富である一方で、具体的な設計プロセスについての

テゴリ(信頼性、 対応性、 確実性、 共感性、 有形性)に割り振って、

議論不足を指摘している。(Kimbell, 2011)

perceived service quality(顧客が受けるサービスの品質)を評 価する方式である。 (Parasraman, 1988)

当時、オペレーションマネジメントの研究者などは、デリ バリーサービスの設計プロセスの記述、サービスのプロセ

SERVQUAL は前述した 5 つの要素の加重和を利用し、ギャッ

スのモジュール化、自動車産業生産プロセス、ビジネスプ

プ理論に基づいた調査法、統計的分析によって算出する方法

ロセスのエンジニアリング等の研究をしていたものの、設

でもある。サービスを利用する顧客の数値化された期待 (事前)

計プロセス研究としては不十分であった。例えば、1984 年

と実際にサービス享受後の経験(事後)を比較してサービス

「New services design, development and implementation

の品質を導く。SQ = P –E サービス品質は P(顧客の個人の

and the employee』」がベンジャミン・シュナイダーとデ

知覚)– E(個人のサービスに対する期待)によって決定される、

ビット・ボーエンによって Journal of Marketing に投稿され、

とパラスラマンは位置付けた。[fig.2]

翌 1985 年には「Employee and Customer Perceptions of Service in Banks. Replication and Extension」 が Journal of Applied Psychology に掲載された。サービスデザインの 顧客満足度と品質について従業員と顧客にアンケートを実 施し、それと売り上げとの関係性を明らかにした論文であ るが、「Service Design」を冠しているにも関わらず、まだ デザインプロセスにまで踏み込んだ議論が成されていない。 つまり、この時点ではサービス研究はデザイン分野との繋 がりを明示していなかったともいえる。

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ここまで、初期のサービス・マーケティング研究に焦点を

2) 分子シミュレーション法を用いたサービスプロセスの可視化

当てて変遷を概観してきた。AMA カンファレンスにおける

1982 年にショスタクは別の論文を出版する。本論文で、ショ

サービス・マーケティングの勃興によってサービスを操作

スタクはサービスデザインの基本的なツールであるサービス

可能なものとする捕捉を試み、結果としてサービスの定義

ブループリントの原型となる、ビジュアル表現ツールを提案

や品質管理のためのモデル構築に関する研究が多く登場し

した。ショスタクはプロダクトは有形で時間軸上にも空間軸

た。しかしこの当時はまだ「サービスの設計プロセス」に

上にも存在するのに対して、サービスは行動やプロセスのも

着目した研究の重要性が十分に理解されておらず、不完全

とに成り立ち、時間軸上にしか存在しないものとすることで、

であった。そのような潮流の中 1980 年にサービスデザイ

サービス研究においてプロダクトとプロセスを区別すること

ンの基礎を成す研究が発表される。

の重要性を指摘した。彼女はプロダクトとプロセスを可視化 する初歩的な方法として Molecular Modelling(分子シミュレー

-

ション的方法)を紹介している。[fig.3](Shostak, 1982)

2. サービスデザインを支える主要な研究 2.1 サービスデザインの基礎を成す研究の誕生 「管理・運用のためにサービスを視覚化する」研究 シティバンクの元副社長を務めたリン・ショスタクはサー ビスを管理・運営するという観点から「サービスブループ リント」の基礎となるアイディアを発展させた。ショスタ クは、サービスデリバリーの過程を視覚化することがサー ビスの成功にとって必須であることを明らかにした。また、 Molecular Modelling(分子シミュレーション的方法)を用

[fig.3] ショスタクよる分子シミュレーションモデル(Shostack, L.,“ How to Design a Service.”, European Journal of Marketing, Vol.16 Issue: 1, 1982, pp49-63.)

いて、サービスとプロダクトを記述し視覚的に表現した。 以下に、ショスタクの代表的な論文である「How to Design a Service」 、 「Breaking Free from Product Marketing」を参 照しつつ、特筆すべき 4 つのポイントに整理する。 1)市場は有形財と無形財の混在である ショスタクは Journal of Marketing にサービスデザインのコ ンセプトの先駆けとなる論文を複数回投稿しているが、そ の始まりは 1977 年に遡る。ショスタクはサービス・マー ケティングに関するコンセプトやセオリーに関する研究の 不十分さを提起し、市場の構成は有形の要素だけでなく有 形と無形の要素の混在である事を主張した。また、無形の 要素の重要度が高いほどプロダクト・マーケティングの考 えが通用せず、サービス・マーケティング的思考が必須と なるとした。また、プロダクトとサービス・マーケティ ングの大きな違いとして、プロダクトは抽象的なイメー ジに関連づける一方で、サービスは無形な要素やイメー ジを有形なものに関連づける必要があることを指摘した。 (Shostack,1977)

また、ショスタクはプロダクトそのものではないが、サー ビスの存在に欠かせないプロダクトを 2 種類の要素に分け、 関連要素と必須要素と呼称した。 3)顧客の求める真の利益を見極める重要性 関連要素とは購入過程で使う小切手帳のようなものであり、 サービスにのせる事で価値を発揮するような要素を指す。 必須要素とは飛行機のようなものであり、サービスの使用 や購入にあたって大きな役割を果たす重要な要素として捉 えられる。物理的なプロダクト以外にも店舗内の環境や話 し方なども適切にマネジメントすることがサービスデザイ ンの要となる。しかし同時に、顧客が求めている本当の” 利益”をそれらの要素と混同しないよう注意を呈している。 例えば、ドライクリーニングサービスに求める利益が「ク リーンな衣服」だとすると、それがサービスとして提供で きるかどうかといった具合である。ショスタクは分子シミュ レーション的方法の基礎形態に流通システム、流通戦略、 コストと価格、価格戦略、広告領域、ブランディングが及 ぶ輪を付け加えることで完成形とした。

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4)多様な利害関係者を前提とした時の共通言語としての

2.2 プロダクト中心からサービス中心へ:サービス・ドミナント・

サービスブループリント

ロジック

さらにショスタクはサービスの構造を客観的かつ明示的な方法

次に、マーケティング理論研究の領域からサービスデザイ

でマッピングすることが可能となるサービスブループリントを

ンの有用性を示す上で重要なサービス・マーケティング

提案した。サービスブループリントの利点として以下の3点を

理論であるサービス・ドミナント・ロジックと Customer

あげている :

Relationship Management について紹介する。

1)プラン通りに行かず、時には顧客が認識できないほどの脱

交換の最小単位を物財からサービスへ捉え直す

線や質や満足度に誤差が生じた場合、そのブレを最低限に抑え

サービス・ドミナント・ロジックは 2004 年にバーゴとラッ

られる

シュによって提唱された、経済、社会的な交換の最小単位

2)サービスブループリントを描く体系的な方法を知ることで、

を物財(グッズ)から無形財(サービス)に置き換え捉え

サービス・マーケティング担当者がサービス設計をすることが

直す論理である。従来のマーケティング理論においては、

できる

市場における交換の最小単位は物財であり、これをグッズ。

3)既存のサービスに対しても適切なマーケティング活動を促

ドミナント・ロジック(G-D ロジック)と呼称した。それ

すツールとなりうる

に対し、市場における交換の最小単位は無形財であるとし たのがサービス・ドミナント・ロジック(S-D ロジック)

ショスタクは、ブループリントはマーケティング担当者の能力

である。G-D ロジックの世界においては、グッズとサービ

の向上に寄与するもの、利害関係者がそれぞれの持つ責任の範

スは完全に分離されて考えられているが、S-D ロジックで

囲を的確に理解するための視覚化のツールであると位置付け

は、サービスは Application of specialized knowledge and

た。サービスブループリントは、デザインプロセスのいずれで

skills for the benefit of another party(他者の便益を生み出

も使用する事ができ、ブループリントは言葉の定義よりも正確

すための知識と技能(能力)の適用)として捉えられている。

であり、解釈や誤解の少ない、あらゆるサービス要素の視覚的

(Vargo, 2004)

およびある意味の定量的記述を提供するという目標を達成して いる。本論文で示唆されたサービスデザインの基盤的要素は以

所有価値から使用価値への転換

下の通りである:

G-D ロジックでは価値は物財に埋め込まれており、それら を市場で交換する事によって実現する「交換価値」を価値

1)顧客のアウトカムの追求

として捉えている。一方、S-D ロジックはプロダクトやサー

2)サービスの視覚化

ビスが顧客によって使用される過程で発生する「使用価値」

3)プロダクト中心からサービス中心世界への移行

を価値として捉えている。 「使用価値」は顧客がサービスを 消費した際に生まれるとされ、顧客とともに価値を共創す

顧客が真に求めているものを提供するとする姿勢はプロダク

る事が前提とされる。この見方の転換はサービスに関連する

ト・アウトからマーケット・インとしての転換、すなわち価値

様々な研究に強い影響を与え、プロダクト・アウトからマー

共創のコンセプトに結節する。また、サービスの視覚化のため

ケット・イン思考への転換を考える上で非常に有用な視点

のアプローチとしての「サービスブループリント」は後にサービ

であるとされた。

スデザインの基本ツールとして定着することとなる。 (Stickdorn, 2010) 初期のブループリントはマーケティング担当者がサー

-

ビスを管理するためのツールとしての意味合いが強いが、後に 多数の利害関係者とのコンセンサスを取るためのコミュニケー

2.3 企 業 中 心 か ら 顧 客 中 心 へ:Customer Relationship

ションツールとしての有用性が前面に押し出される事となる。

Management(CRM)

(武山 , 2012)また、物財とサービスを有形財、無形財とし、

1986 年 に Customer Relationship Management(CRM)

市場経済を構成する同一の単位として扱うアプローチは後の

が始まった、これは「顧客満足度の向上」を目的とした

サービス研究の基盤をなすサービス・ドミナント・ロジックの

マーケティング手法の事を指し示す。主に、顧客との関係

基本的に考え方に帰結する。 (Vargo, 2004)

を管理するために IT との連携をはかるためのシステムを差

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すこともある。具体的には、顧客の情報を取り入れて、顧

う観点からデザイン領域との接続が要請される事となった。

客満足度の向上に役立てる手法である。具体的には、顧客

特にインタラクションデザイン、参加型デザイン、デザイ

の購入履歴などに基づいてキャンペーンを展開したり、提

ンシンキング等が当該領域に大きな影響を与える事となっ

案する商品を決定したりすることであり、技術革新による

た。インタラクションデザインはアメリカが先導したヒュー

情報活用の流れの一途であるといえる。1987 年に Activity

マン・コンピュータ・インタラクション(HCI)分野に立脚

Cintrol Thchnology(ACT!)として サリバンとミューニー

している。ユーザとコンピュータのインタラクションに焦

によってソフトの開発が行われた。[3]

点を当てた同分野はパーソナルコンピュータ誕生に伴って 急速に発展した。1982 年に発表された世界最初のノート型

ポインターによるサービスにおける顧客の意義の位相の整

コンピューター「グリッドコンパス(GriD Compass) 」 を

理によると、1980 年に至るまでは企業は顧客の満足度への

生み出したビル・モグリッジは IDEO 設立にも大きく関与

関心が低く、サービス体験後の顧客にフロントでただ「ハッ

する事となる。

ピーでしたか?」と聞く程度のものであり、多くの企業が 顧客に焦点を当てようとしなかった。つまり、プロダクト

また、1986 年にドナルド・ノーマンによって紹介された

中心であり、物流中心で市場を考えていたともいえる。[4]

「ユーザ中心設計」もサービスデザインのコンセプトに色濃 く反映されている。参加型デザインは、顧客との価値共創

1980 年以降、ビジネス領域においては様々な変革が見られた。

が重要視される。デザインシンキングの発展についてはデ

プロダクトを中心とするようなブランドやサービスのあり

ザイナー独自の思考法としての「デザインシンキング」等

方とはまた異なる能力が要請されたのである。会社が大き

がスタンフォード大学 d.school 等をはじめとする大学教育

くなるにつれ顧客中心の解決法を検討する必要性に直面する

でカリキュラム化される事となり、のちにサービスデザイ

も、大きなサンプルを必要とする顧客調査はインターネット

ンの発展に大きく寄与する事となった。

がまだ十分普及されていない時代において多大なるコストが かかる事であった。

-

しかし技術の発展が進み、顧客調査の方法は電話、メール

3. サービスデザインのはじまり

へと手段を拡張する。これらは、コンピュータ・アソシエー テッド・テレフォン・インタビューイング(CATI)と呼ば れた。インターネットが十分に普及すると、それまでユニッ トごとに処理されてきた顧客調査は顧客一人一人に焦点を 当てる事が可能となり、今日における「データ・マーケティ ング」のようにビッグデータの領域と相まってマーケティ ング分野の中で発展していく事となる。[5] CRM の中で注視するべき要素は、設計時にサービスの利用 者である顧客に至るまで意識された包括的な視点であろう。 サービスによる独りよがりの設計方法ではなく、顧客のニー ズとが重要視されるような、顧客に寄り添う態度はサービ スデザインにおいても生きてくる視点である。 2.4 デザイン領域との接続 徐々にサービスのプロセスが論点となった研究や思考が立 ち現れた結果、サービスをいかに「デザイン」するかとい

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本章では黎明期からサービスデザイン分野の発展を支えた 重要な研究機関としてドイツ・ケルン応用科学大学(KISD) お よ び イ タ リ ア・ ミ ラ ノ 工 科 大 学 を 挙 げ(Secomandi, 2011)、それぞれの設立の経緯、中心人物、具体的な研究 概要について紹介したい。 3.1 ドイツ:ケルン応用科学大学(KISD) 1991 年にサービスデザインの初の教育機関として名を挙 げたのはケルン応用科学大学(KISD)である。ミヒャエ ル・エリホッフ とブリギット・マーガーらが主体となり Cologne University of Applied Science に新設される形で サービスデザインの教育プログラムを立ち上げ、自らを Professor of Service Design を名乗った。[6] KISD の創立において中心的役割を果たしたエリホッフは社 会学や文学を専門とする研究者である。彼は新学科を設立 するにあたって社会や経済を跨いだ学際的なコンセプトを 志向し、サービスデザインを採用した。エリホッフは 2006 6


年にアダプティブ・パス社の WEB サイトに掲載されたイン

のオレンジ色の矢印は「インターフェース」としてのサー

タビュー内にて、プロダクトからサービス・マーケティン

ビスデザインから得られるメリットについて示しており、

グへの転換期におけるサービスデザイン分野の登場は革命

具体的には組織に対しては効率化の促進、顧客には満足度

的であったこと、ドイツの学術領域への受け入れは困難で

の向上を享受できるとされている。つまり、サービスデザ

あった点を挙げ、当時を振り返っている。[7]

インは、顧客にとってニーズを的確に反映できる場であり、 また市場のニーズをも反映できる場である。組織はサービ

一方、ブリギット・マーガーはアメリカ・カリフォルニア

スデザインを通じてマーケティング戦略やサービスコンセ

州パロアルトにある Hewlett Packard の組織開発部門に勤

プト、それに対するソリューション、ガイドラインを策定

務していた。プロダクト中心のマーケットからソリューショ

する事ができ、サービス志向のクライアントにとってそれ

ン中心のマーケットへの転換が過渡期を迎える中、彼女は

は意義深いものとなる。(Moritz,2005)

ソリューション中心マーケティング領域において、顧客や 子供に対する新しいインターフェースの開発に携わってい

まとめとして、モリッツは従来のサービスの品質、顧客の

た。当時の自身の職業について、ある意味、良いサービス

満足度の低さを指摘した上で、 「設計されていない」点を指

を届けるための組織の「デザイン」を行なっていたと振り

摘した。サービスはデザインされるにいたっておらず、サー

返っている。[8] その専門を生かし、マーガーはコミュニ

ビスをどう設計するのかではなく、デザインによってどの

ケーションのためにアート的思考や表現方法でサービスデ

ようにサービスに対処するのかという事を検討する必要が

ザインを行いつつも、KISD では組織やコミュニケーション

あるとした。その上で、今後のサービスデザインのさらなる

等に関して教鞭を取っていた。

発展に必要な重要な視点を以下のように示した:

KISD のサービスデザインの基本的考え方について、門下生

・知見のシェア(Sharing)

であるシュテファン・モリッツは 2005 年に体系的に整理

現存のサービスデザインに関する知見はイタリア語かドイ

した論考を執筆した。論考の序盤ではサービスの基本的性

ツ語で書かれたものが多く、それらを英語に翻訳し、今後

質、社会への影響、プロダクト・マーケティングの限界を

の知見として蓄積される事が重要となる。ドイツやイタリ

明らかにし、デザイン中心設計からユーザ中心設計への移

ア語で書かれた論文の殆どは英語で書かれていない。その

行について整理を行なった。 (Moritz, 2005) 論考の中で

ため資料の共有は困難でであり、できるだけ英語で、共有

注視するべきはサービスデザインの役割を「顧客と組織を

可能な語彙をさらに増やす必要がある。

繋ぐインターフェース」としている点であろう。その概略 図を以下に引用する。[fig.4]

・既存のリソース(Existing resources) すでにテストされ利用が可能になったサービスの知見を利用する 事は非常に重要である。リソースは論文や研究やプロジェクトの モデル、プロセスなどの結果から知見として蓄積されている。そ れらを比較して類似点と相違点について明らかにした上で議論す る事が非常に重要である。 ・フレームワーク(Framework) サービスデザイン発展の上で、重要となるのが共通の作業プラッ トフォームとしてのフレームワークの充実である。個別固有の背

[fig.4] KISD におけるサービスデザイン概略図(Moritz, S.,“ Service Design ­ Practical access to an evolving field ”2005)

景を持つ人々が共通して作業をせざるをえないので、ある特定の フレームワークが重要となる。本論考が示した 6 つのプロセス が非常に有用になる事が想定される。

灰色の矢印は顧客、組織から中心のサービスデザインに向 かって伸び、両領域からリソースの制約やコンテキストに

・ツール/メソッド(Collect Tools and Methods) フレームワークを充実させる上で重要なのが、ツールやメ

ついて検討される事が可能かどうかが示されている。下部 Service Design Genealogical Study 2019, Keio University Daijiro Mizuno Lab

7


ソッドとなる。フレームワークにおけるどこのプロセスを

マンジーニはサステナブルデザインの第一人者として世界を牽引

達成しうる事ができたのかを明記することがツールやメ

するデザイナーであり、研究者である。ミラノ工科大学を卒業後、

ソッドの重要性である。

80 年代を材料設計に、90 年代にはストラテジックデザイ ンに着目しデザインの可能性を探り続けていた。また、同

・サービスデザインのプロセス(Service Design Process)

時期にストラテジックデザインの修士課程とサービスデザ

サービスデザインがどのように機能し、要素同士がどう繋

インのコースをミラノ工科大学にて開設し同大学で教鞭を

がっているのかを明示するには、ある種のプロセス図が必

とった。ミラノ工科大学では The Interdepartmental Centre

要である。本論では「サービスブループリント」をプロセ

for Research on Innovation for Sustainability (CIRIS) のディ

ス図として推奨した。それは時として、学際的なプロジェ

レクターを務め、生産と消費のシステムにおける革新的なプ

クトチームの共通理解を推進するために有用な視覚化ツー

ロセスや持続可能な開発を目指したプロダクト戦略と環境

ルとなり得る。

政策の関係に焦点を当てている。[9]

・顧客の理解(Understanding Audience)

ここ数年、氏の関心はソーシャルイノベーションに対するデザ

顧客を観察対象とみなすのではなく、共にワークショップ

インの影響にある。近著である『Design, When Everybody

やサービスコンセプトの開発プロセスを行い、彼らのニー

Designs』では、ソーシャルイノベーションを展開していく中

ズや本質的に彼らに役にやつもの作る事が重要である。

でのデザイン(デザイナー)の役割を提示し、持続可能な 社会へ推移していく実践と理論についてふれている。

サービスデザインは誰もが持っている解決策のようにも取れる

ま た、 彼 に 師 事 し て い た エレナ・パセンティが 1993 年

が、 「サービスデザイン」は複雑な組織の考え方の転換を意味す

に 発 表 し た 修 士 論 文「Il Design dei Servizi」 (Design of

る。つまりサービスデザインを局所的に反映することや、サービ

Services) で は、 サ ー ビ ス の 性 質、 サ ー ビ ス が 重 要 に な

スの戦略を考える人と運用する人が分離された状態ではよいサー

る背景として産業化、自動化デジタル化等に言及しつつ、

ビスの提供は不可能であり、したがってサービスデザインは「と

サービスデザインに結節していくであろう領域のまとめを

もに」設計をすることなく達成できない事を強調している。ま

行った。その修士研究はのちのサービスデザインの基礎を

た「ともに」サービス設計を推進していく上でサービスデザイン

形成する上で非常に重要なものとなったのである。彼女は

についてのリソースの充実が求められるとした。様々な実践を関

2013 年にサンジオルジととも「Service design research

連する利害関係者全てが理解できるような形式での蓄積を重要視

pioneers」 と い う 論 文 に お い て、 イ タ リ ア で の サ ー ビ ス

し、 2004 年に組織されたサービス・デザイン・ネットワーク (SDN)

デザインの成立背景について整理している。(Pacenti &

の存在がその目的に大きく貢献している。 (Moritz, 2005)

Sangiorgi, 2010)

以上がモリッツによって整理された KISD のサービスデザイ

そこで本節ではイタリアのサービスデザイン研究機関の発

ンの概略である。クライアントや組織がフラットに協働する

展における持続可能性、プロダクト・サービス・システム(PSS) 、

ためのインターフェースとしてサービスデザインの役割を示

DESIS network の設立について述べる。

唆し、異なる背景を持つ利害関係者同士が協働しやすくする ためのナレッジやリソースの蓄積が急務であるとした。

サービスデザインと持続可能性 サービスデザインと持続可能性に関する研究はミラノ工科

-

大学が先導するいくつかのプロジェクトによって推進され た。1998 年から 2000 年にかけて行われた SusHouse は

3.2 イタリアにおける初期サービスデザインの研究

ドイツ、ハンガリー、イタリア、オランダ、イギリスが参

同時代のイタリアでは、ミラノ工科大学、ドムスアカデミー、イ

加し、持続可能な家事を評価・発展することを目的とした

ンタラクション・デザイン・インスティテュート・イブレアなど

リサーチプロジェクトである。(Vergragt, 2000 )買い物

がその筆頭機関となり、エツィオ・マンジーニやダニエラ・サン

や料理、洗濯に着目し、環境に優しいか、ユーザにとって

ジオルジーらがサービスデザイン研究を牽引した。

魅力的か、ビジネスチャンスの有無が評価軸となった。ま た、2001 年から 2004 年にかけて行われた HiCS(Highly

Service Design Genealogical Study 2019, Keio University Daijiro Mizuno Lab

8


customerised solutions) は EU が 投 資 し た リ サ ー チ プ ロ

抽象的な要求は、具体的な指標に変換することが困難なこ

ジェクトとして持続可能性のある問題解決を提案するデザ

とが多く、提供者は何を提供すべきかや、クライアントの

イナーのための方法論やツールを制作を行なった。 (Manzini,

経験を見極めるのが困難になる。マンジーニは PSS を物理

Collina and Evans, 2004) また、プロダクト・サービス・

的なプロダクトだけでなくプロダクトに関連するシステム

システム(PSS)手法のサービスデザインへの応用にも注

やサービスもデザインの対象とするビジネスの方法を提案

力がなされた。

するイノベーション戦略と捉えた。 (Manzini, 2014)プロ ダクトとサービスの融合、つまり無形のサービスと有形のプ

プロダクト・サービス・システム(PSS)とサービスデザイン

ロダクトの融合率の検討は、限定されたリソースを用いて全

PSS とは、ユーザのニーズを満たした市場需要のあるプロダ

体の価値の最大化するかが論点となる。つまり、生産性の向

クトとサービスの組み合わせである。 (Goedkoop,1999)具

上といった持続可能性に対するアプローチの一つとして環境

体的には PSS はそのシステムが内包するプロダクトとサー

に配慮したシステム開発の可能性が込められている。

ビスの比率に応じて,Product-oriented PSS(PoP),Useoriented PSS(UoP) ,Result-oriented PSS(RoP) の 3

そこで彼は環境効率型 PSS 手法に注目し、その可能性と制

つに大別することができる。Tukker(2004) によると、PSS

約をより明確にするべく iddi & Gori、Allegrinint、Klüber、

は上記 3 分類よりもさらに細かく:

AMG の 4 社のサービスを例として選び比較検討した上で、 イタリアにおける PSS の共通点を導き出した:

(1)Product-related (2)Advice and consultancy

1)既存の技術や社会的状況に依存する物が多く導入が比

(3)Product lease

較的簡単な短期的な戦略である

(4)Product renting/sharing

2)技術革新に根付いたイノベーションではなく、企業が

(5)Product pooling

潜在的なニーズを認識し既存の技術(ハードとソフト)を

(6)Activity management

組み合わせて作り出されたサービスである

(7)Pay per service unit

3)サービス全体に関わる人々の複雑な関係性の構築と顧

(8)Functional result

客との密接な関係性

の 8 つに分類することが可能であるとした。[fig.5]

イタリア企業の PSS 導入方法は1)プロダクトライフサ イクルに付加価値を与えるもの、2)カスタマーに最終的 成果を提供するもの、の2つに大別され、イタリア国内で は PSS のコンセプトを重要視しているサービス提供主体の 割合が多い事が確認された。そしてマンジーニは、全体的 な解決策を提供しクライアントのニーズを満たすには、各 フレーズで資源を最適化するのではなく、いかにサービス 全体で満足感を高めていくかにシフトする必要性を指摘し、 本 PSS のモデル図を示した上で共同生産によるイノベー ションと新しい組織形態をもたらす短期的な戦略プロセス と捉えるべきであると締めくくっている。(Manzini, 2014)

[fig.5] Tukker による PSS モデル図(Tukker, A.,“ EIGHT TYPES OF PRODUCT– SERVICE SYSTEM: EIGHT WAYS TO SUSTAINABILITY? EXPERIENCES FROM SUSPRONET ” Business Strategy and the Environment Bus. Strat. Env. 13, 2004, pp. 246–260)

Design for Social Innovation and Sustainability(DESIS) 2009年、 Design for Social Innovation and Sustainability(DESIS) が発足した。DESIS はソーシャルイノベーションや持続可能

基本的に(1)から(8)にいくにつれて、プロダクトへの

性のための活動を推進する国際的なネットワークとしてデザ

依存度が低くなり、より抽象的な言葉でクライアントのニー

インの教育機関や研究組織の充足に貢献している。

ズが策定されている。どのカテゴリーも、提供者はクライ アントの真のニーズを満たすのに自由度がある。しかし、 Service Design Genealogical Study 2019, Keio University Daijiro Mizuno Lab

9


DESIS は 2006 年から 2008 年の間に実施された 3 つのプ

た。1990 年代には Sustainabillity(持続可能性)、Product

ロジェクトによって組織された:

/ Service(プロダクトサービス)、Service interaction(サー ビスインタラクション)研究が多く見られた。その後は持

1)EMUDE(Emerging User Demands for Sustainable

続可能性の中でもとりわけ PSS、ソーシャルイノベーショ

Solutions)

ンへ、またサービスインタラクションに焦点を当てた研究

2)UNEP の CCSL プログラム

が推進されることとなったと整理がなされている。[fig.7]

3)国際カンファレンス Changing the Change これらの活動が国際的なネットワーク形成の機運を高め、 DESIS の設立へと結節した。デザインスクールが持続可能 なソーシャルイノベーションの推進源となりうるという理 念をもつ DESIS は 2011 年までに各国のデザインスクール へネットワークを広げ、地域や政府ともパートナーシップ を結びながら持続可能性のためのソーシャルイノベーショ ンを支えている。 また、マンジーニは世界初のサービスデザインの博士号、 修士号を学生に与えている。博士過程に在籍していたロベ

[fig.7] ミラノ工科大学における、1990 年代サービスデザインのながれ(Sangiorgi, D,.& Pacent, E,.“service design research pioneers An overview of Service Design research devoloped in

ルタ・タッシィはサービスデザインの「ツール」について

Italy since the ’90s ”Design Research Journal , 2010)

の歴史的変遷をコミュニケーションデザインとサービスデ ザインという観点から整理した。 (Toffett, 2008)タッシィ はツールの成り立ちの系統図作成をおこなった。[fig.6]

本章では、サービスデザインが誕生した初期の研究機関に焦 点を当ててその変遷を辿った。KISD のサービスデザインと ミラノ工科大学のサービスデザインの様相の比較を行うと、 サービスデザインの解釈の違いが明らかである。KISD はサー ビスデザインを「インターフェース」として捉え、インター フェースを介してクライアントや組織がフラットに協働する ことの重要性が示されている。一方でミラノ工科大学はサー ビスデザインを「持続可能性に対する布石」として捉えている。 PSS 手法との接続により有形のプロダクトの割合を低下させ る事によって、環境に配慮したマーケットの整備へと結節さ せる。そしてミラノ工科大学は初のサービスデザインの PhD 学位を付与するなど研究に特化し、一方で KISD ではサービ

[fig.6] サ ー ビ ス デ ザ イ ン の ツ ー ル の 変 遷 ま と め 図(Tassi,R,.“ Communication Design and Service Design. Implementing services through communication artifacts”, 2008 )

ツールの変遷に注目すると、デザインやサービスの領域だ けでなく文化人類学領域におけるエスノグラフィーや社会 学も知見が引用されている事がわかる。特にサービスデザ インのプロセスの初期にあたるユーザ調査で実施される シャドウイングやカルチュラル・プローブなどが該当する。 ここまで、2010 年代に至るまでのミラノ工科大学が先導し たイタリアのサービスデザイン分野の発展について概観し Service Design Genealogical Study 2019, Keio University Daijiro Mizuno Lab

スデザインの意義や合理性を主張し新しい分野としての意識 形成に焦点をあてた出版物や論文の作成に貢献する事となる。 (Fernando Secomandi, Dirk Snelders,2011) 当初、論文の多くはドイツ語やイタリア語で執筆されてい た(Segelström,2010)が、1997 年にサービスデザイン研 究のまとめとして、マンジーニとエリホッフの共著で書かれ た「Dienstleistung braucht Design」 ( 英 題:Service Needs Design)が翻訳され、世界中に広がる事となった。2000 年 代、サービスデザインは世界中に拡散する。ドイツ、イタリ アで勃興したサービスデザインは欧州諸国を中心に実務と研 10


究の双方とも広がりを見せ、アメリカへと飛び火する事とな

Embedding Service Design とは、サービス組織内におけ

る。次章ではサービスデザインが該当諸国の如何なるリソー

るサービスイノベーションのアプローチのためにその手法

スと迎合したのかに焦点をあて、その概要を示す。

やフレームワークの導入方法を検討する領域である。また New Service Development はサービスのモデルを新しく、

-

あるい改善するための取り組みとしてのサービスデザイン の応用を目的としているものである。また、関連したセク

4. サービスデザインの広がり

ター毎に行った再分類は以下の通りである。[fig.9]

4.1. イギリスにおけるサービスデザイン イギリスにおける動向の中で周知されているものとして、 2001 年に世界で初のサービスデザインに特化したコンサ ルティングファームとして旗揚げを行った、Livework が あげられる。Livework とは自動車会社や病院等、幅広く サービスのデザインを手がけるコンサルティング会社であ る。[10] 一連の動向の中で実践的な取り組みが取り上げら れるイギリスであるが、本節では研究領域にも焦点を当て る。特に 2014 年に行われた「Building the Service Design Research UK Landscape」を参照した上でその変遷を概観 したい。本プロジェクトは全 3 日間のワークショップを中

[fig.9] イギリスにおける主なサービスデザインの研究関連セクター別領域図(Sangiorgi, D,. Prendiville, A,. & Ricketts, A,.“ SERVICE DESIGN RESEARCH UK NETWORK Mapping and developing Service Design Research in the UK ”, 2014)

心にイギリスにおける研究、実務動向を整理する事に焦点 を当てた。また、成果は Serv.Des 2014 にて発表された。 (Sangiorgi, Prendiville, & Ricketts, 2014)

イギリスにおけるサービスデザインの取り組みは特に公共 セクター、中でも医療に関する分野が顕著である。特にに 精力的に取り組んでいる組織として、キングス・カレッジ・

公共セクターにおけるサービスデザイン

ロンドン、シェフィールドハラム大学、グラスゴー美術学

まず、イギリスで台頭した研究テーマ別に整理すると、以

校等があげられる。また、サービスデザインの公共セクター

下のように概観できる。[fig.8]

における応用はイギリスのみならず欧州を中心に世界的に 広まっているが、この潮流について SDN が隔年で発行して いる『Impact Report』が大きく取り上げている。[11] サービスデザインは行政セクターの公共課題の増加や費用 削減という課題に対し「費用対効果が高い」アプローチと して導入されている傾向にあるとした。具体例としては、 デザインコンサルタンシーの Uscreates、イギリス政府の Policy Lab、労働年金省、保健省との共同プロジェクトが挙 げられる。「ヘルス&ワークブック」の作成にあたって、 人々 が健康で長く働くためのサポートサービス改善のためのデ ザインプロジェクトを推進した。[12]

[fig.8] イギリスにおける主なサービスデザインの研究トピックに関する領域図(Sangiorgi, D,. Prendiville, A,. & Ricketts, A,.“ SERVICE DESIGN RESEARCH UK NETWORK Mapping and developing Service Design Research in the UK ”, 2014)

大きく分けると Embedding Service Design、New Service Development、Service Innovation と 3 つ の 潮 流 が あ る。

Service Design Genealogical Study 2019, Keio University Daijiro Mizuno Lab

また、政策立案においてサービスデザイン型のプロジェク トを導入する意義について、複雑なシステムの中であって も市民との対話を可能にする点を利点として挙げている。 政策はコラボラティブに作られるべきという視点からイギ リスでは特に政策立案にサービスデザインを取り入れる動 11


きが強まったのち、2014 年には政府主導の Policy Lab が

れている。また、商品とサービスが区別され、主に管理分野

設立された。[13] また、行政の動きと教育機関が連動し

(サービス工学等)の研究に対応している。ここにおけるサー

Royal College of Art(RCA) で は 2015 年 に The Design

ビスとは商品(Artifact)の中の特定の機能と捉えられている。

Policy Network として政策デザインのネットワークを創設 に至った。[14]

右上象限(Service Engineering): デザインは問題解決型として捉えられているが、交換の最

後 天 的 に 立 ち 現 れ る サ ー ビ ス「 の た め の 」 デ ザ イ ン: Designing for Service

小単位が「サービス」であることに留意する必要がある。

前節においては、手法の提案や既存のサービスやプロダク

ザインという意味は「設計」という側面が強い。

そのため、サービスエンジニアリングと呼称している。デ

トをより良いものにする改善型のアプローチをとった研究、 実践が多く紹介された。本節で紹介する「Designing for Service」はサービスデザインが成熟していくにあたって見 えてきたある種の限界性について示唆している。

左下象限(Non-engineering Design Disciplines): デザインは探索型のプロセスとして捉えられている。プロ ダクトもサービスも対象になっています。プロダクト(有 形のもの)に対象を絞った場合、インテリアデザイン・イ

ルーシー・キンベルはイギリスのオックスフォード大学等

ンタラクションデザインなどの工芸品が対象となる。具体

で研究に従事する研究者、教育者、そしてデザイナーである。

的には、デザインの学校にて伝統的に教えられているよう

彼女は 2011 年までに実施されたサービスデザインの主

な分野などに立脚するものである。

な研究トピックをデザイン経営の分野の論文のレビューと コンサルティング企業調査を通じて整理した。研究の主要

右下象限(Designing for Service):

トピックとしては、サービス・デリバリー・システムのデ

「Designing for Service」と呼称し Designing Service と差

ザイン、サービス品質向上のためのプロセス設計、サービ

別化を図っている。「For」に込められた意図として、サー

ス・エンカウンター、サービス・ブループリント、物的証

ビスを設計する事は不可能であり、後天的に立ち現れるサー

拠、サービススケープ(serviscapes)であった。その研究

ビスの「ため」に設計行為を行う事が考えられる。サービ

の潮流を概観した上でキンベルはサービスデザインに対す

スの設計の完遂後においても、関連するアクターにはサー

る Constructivist に根付くアプローチとして Designing for

ビスをデザインする事が要請されるのである。つまり、後

service というコンセプトを示唆した。ここではデザインプ

天的に発生する価値関係がサービスコンテキスト内で関与

ロセスへの全利害関係者の包摂、顧客の経験の重視、サー

するアクターによって具体化されるため、サービスの完全

ビスを価値交換の基盤とする事が前提とされ、その傾向を

な設計を完全に想像し、計画したり、定義することが不可

以下の図としてまとめている。[fig.10]

能であることが示唆されている。 4.2 北欧におけるサービスデザイン 北欧においては公共サービスや参加型デザイン依拠する取 り組みが散見される。例えばデンマーク政府のシンクタン クとしての役割を担う MindLab は、デンマーク国内におけ る公共課題に参加型デザインを応用する形で取り組んだ。 [15] 一方、スウェーデンではリンショーピング大学にて 教鞭をとるステファン・ホルムリッドを中心にサービスデ

[fig.10] 2011 年までのサービスデザイン研究傾向(Kimbell, L,.“ Designing for service as one way of designing services. ”International Journal of Design, 5(2), 2011, pp. 41-52)

ザインの教育、研究が推進された。[16] 氏の関心はサー ビスディベロップメントやイノベーションの方法論、サー

左上象限(Engineering) : 左上の象限では、デザインは問題解決のためツールと見なさ Service Design Genealogical Study 2019, Keio University Daijiro Mizuno Lab

ビスの視覚化の技法、ユーザ中心設計、インタラクショ ンデザインとサービスデザインと多岐にわたっているが

12


[17] 、2007 年にはサービスデザインをインタラクショ

生徒がサービスデザインの実践的な授業を受講可能にした。

ンデザイン、インダストリアルデザイン等と比較した上

この動きは 2015 年に新領域として提唱された Transition

で、サービスデザインはインタラクションデザインとイン

Design(トランジションデザイン)との関連が深く思われ

ダストリアルデザインの専門性と連動していると指摘した。

る。サービスデザインはトランジションデザインとソーシャ

(Holmlid, 2007)

ルイノベーションデザイン下位概念としてのスケールに位 置付けられている。[fig.11]

参加型デザインに対する「価値共創」という視点 サービスデザインの要素の中で非常に重要なものとして「共 創」があるが、この観点は参加型デザインから大きく影響 を受けている。ホルムリッドは参加型デザインとサービス デザインの相互補完的な関係に着目し、その差異を明らか にした。参加者の能力をサービス開発の源とするサービス デザインは参加型デザインそのものであるとした 。中でも、 サービスデザインとってもっとも有用な参加型デザインの エ ッ セ ン ス と し て Collective Resource Approach(CRA) を紹介し、イタリアの研究者であるサンギオルギーが既に サービスデザインへの応用を検討している事について触れ た。(Sangiorgi & Clark 2004) また、参加型デザインにとって有用となるサービスデザイ ンの要素として、様々な利害関係者と達成するべき目標に 対する中立性を主張した。つまり、従来の参加型デザイン プロジェクトにおいては「参加する側」と「参加させる側」

[fig.11] Irwin, T,.“ Transition Design: A Proposal for a New Area of Design Practice, Study, and Research. The Journal of the Design Studies Forum, 7(2), 2015)

の二項対立で語られてしまうが、サービスデザインの要素 はこれを緩和するというのだ。具体的には、参加の目的を 必ずしも一致させる必要はなく(つまりユーザと労働組合 の目標を労働組合の経営陣の事業目標を犠牲にしてまで推 進する必要はなく)、各アクターが中立地点として設定され た各々の目標に向かい、全てのアクターを活用するという 視点が非常に有用であるとした。 4.3 アメリカにおけるサービスデザイン アメリカにおいてサービスデザインの勢いが強まったのは 2000 年初頭である。主な教育機関としてはカーネギーメロ ン大学(CMU)やスタンフォード大学、実務領域において はコンサルティング会社の IDEO が分野の発展を牽引した。 複雑化するデザイン領域とサービスデザイン 2014 年の CMU デザインスクールのカリキュラム改革に おいて、サービスデザインは新領域でなく、すでに確立さ れたデザインの一分野として取り入れられ、幅広い分野の

Service Design Genealogical Study 2019, Keio University Daijiro Mizuno Lab

この枠組みを用いてサービスデザイン再認識すると、より 狭い領域に焦点を当てたデザインとして認識することが可 能となる。また、CMU ではアメリカ主導のインタラクショ ンデザインとサービスデザインの接続についても論じられ ている。( Forlizzi & Zimmerman, 2013) この論文においては、社会が複雑化していく中でインタラ クションデザイナーの対処領域の拡張が強調されている。 つまり従来のように Web サイトのユーザビリティ改善だけ ではなく、社会的問題への対処の領域が拡張するという視 点である。その上で、インタラクションデザインにもまた サービスデザイン的な思考のフレームワークが要請されて いるとする。特に、サービスデザインの代表的なツールと してのサービスブループリントやプロセスフレームワーク を有用なものとして列挙し、中でも有益な要素としてシス テム思考的なアプローチや PSS に関するフレームワーク、 コ・プロダクションを指摘している。一方でサービスデザ インの限界として、ステークホルダーの単純化や、デジタ ルサービスへの親和性の低さ等の限界性にも言及している。 13


このように、いずれの領域においても対処領域の拡張、つ まりトランジション・デザイン的な視点が付与されている という点が CMU のデザインにおける特徴として整理でき るだろう。 デザインシンキングとサービスデザイン アメリカにおけるサービス・マーケティング領域の発展はつ ねに学術と実務が架橋によって支えられてきた事は先に述べ たが、実務の領域においては IDEO がその責を担った。 1991 年にスタンフォード大学の教授であるデビット・ケ リーやイギリスのビル・モグリッジ他の 4 つのデザイン ファームの合同会社として設立され、プロダクト、サービ

[fig.12] 拡大するサービスデザイン領域(Moritz, S.,“ Service Design ­ Practical access to an evolving field ”2005)

ス、デジタルエクスペリエンスの支援を行う会社として特 にマネジメント・コンサルティング領域を牽引した。特に

2004 年には Service Design Network(SDN)がケルン応

スタンフォード大学 f.school や同大学の機械工学科からの

用科学大学、カーネギーメロン大学、リンショーピング大

リソースが大きく、デザインシンキングを取り入れたアプ

学、ドムスアカデミーなどを中心として世界中で組織され

ローチがその特徴である。 (Kelley 2001; Kelley & Littman

た。また、2007 年初のサービスデザインに関する国際学会

2001)

として、Service Design Global Conference(SDGC) 、ま た Emergence 2007 や Nordic Service design conference

以上、イタリアとドイツから波及したサービスデザインの

の後続として Serv.Des 等のカンファレンスが開催される事

受容について、3 つの国と地域に焦点を当てその特徴的な

となった。[19] 2010 年にはヤコブ・シュナイダーらによっ

研究について概観した。イギリスでは世界初のサービスデ

て This is service Design Thinking が出版され、サービス

ザインコンサルティングファームの設立があったこと、ま

デザインの世界的な認知度がより高まる事となる。

た公共セクターとの連携がいち早く実現に至ったこと、政 策デザインにサービスデザインを取り入れることなどの先

-

進的な取り組みが認められた。北欧、とくにスウェーデン では参加型デザインとサービスデザインの融合的研究が進 み、サービスデザインのもつ「共創」の重要性が明らかになっ

4.4 アジアにおけるサービスデザイン そして現在、サービスデザインはアジアやオセアニアに至

た。アメリカではインタラクションデザインへのサービス

るまで普及し、今もなお拡張を続けている。オーストラリ

デザインの影響について触れ、インタラクションデザイナー

アでは行政が「デジタル・ガバメント推進方針」として行

の対処領域の拡張を補助する役割としてのサービスデザイ

政サービスのデジタル化を進めている。[20] 先に行政主

ンが議論されていることを示した。

導でサービスデザインの普及を行っているイギリス・Poilcy Lab が掲げている 3D(デザイン、データ、デジタル)に依

以上、サービスデザインの世界的な拡張について概観した

拠しつつ、行政セクターと市民の連携をより強めるための

が、モリッツが 2005 年に作成したサービスデザインマイ

施策を検討している。また、行政サービスの利用者価値の

ンドマップ [fig.12] をみると、世界中にネットワークが張り

最大化というところに注力するため、市民を対象にリサー

巡らされている事が明らかである。イタリアやドイツを中

チを行い、市民が直面する課題について理解を深めた。現

心に産声をあげたサービスデザインは今となっては、世界

在は、政府と市民のやりとりがよりスマートかつ簡潔に、

中に広がる事になった。

そしてシームレスに行う事ができるように、プラットフォー ム+アジャイル型の電子政府化を推進している。従来の政 府主導型ではなく、利用者の価値の最大化に軸足をうつし、 その観点からデジタル前提で行政サービスの再設計すると いう方針はサービスデザイン的であろう。同州は政府の HP

Service Design Genealogical Study 2019, Keio University Daijiro Mizuno Lab

14


にデジタル化においてシステムのデザインについて、デジ

1)「共創」の重要性

タルガイドとして、その変更点や指針についてオープン化

参加型デザインではクリアし難しかった「参加する人」「参

するに至る。[21]

加させる人」二項対立の構図を崩しうる中立性を帯びてい る「共創」という要素であることが確認できた。それはサー

他にも中国や台湾、シンガポールにもまた動きが広がって

ビス利用時のユーザとプロバイダーだけでなく、サービス

いる。台湾大学では、2008 年にサービスサイエンス研究

設計時に多様なバックグラウンドを持つ人々が、サービス・

所を創設、サービスイノベーションやサービスデザイン等

ブループリント等「みんなにわかる」ように視覚化された

のコースも開設した。そしてその 1 年後には産業技術研

資材を用いている時にも対応する。対立構造でなく、全利

究所はサービスデザインとデザイン思考を組み合わせた

害関係者で価値を共創するという共創モデルが非常に重要

「Dechology プロジェクト」を経済省と共同で行うに至っ

である。

た。サービスデザインの行政セクターへの応用が多く見ら れ、具体的には policy making, cultural and organisational

2)多様な利害関係者をとりまとめる「作業プラットフォー

change, training and capacity building and citizen

ム」としてのフレームワークやツールやメソッド

engagement. など多岐にわたるが、特に増加している応用

モリッツは企業がプロダクト思考からサービス思考への転

領域は電子政府(Digitalization)への対応である。

換する事は容易ではない事を指摘し、フレームワークやメ ソッドのみに頼る危険性を指摘している。フレームワーク

-

やメソッドは多様な利害関係者間の協働にあたっての「作 業プラットフォーム」としての利活用が示唆されている。

5. 総括 第1章では初期のサービス・マーケティングの発展につい て述べた。AMA カンファレンスの登場とサービス・マーケ ティング分野の勃興によって、物財との差別化を図り、サー ビスを操作可能なものとしての捉え直しを試みた。しかし 設計プロセスに着目した研究についてはその重要性が十分 に理解されておらず、不完全であった。 第2章ではのちのサービスデザイン研究の発展における布 石となった重要な研究としてショスタクのブループリント、 サービス・ドミナント・ロジック、CRM について紹介した。 第3章ではサービスデザイン研究の始まりとして、分野の 発展に大きく寄与したドイツの KISD、イタリアのミラノ工 科大学の研究の特徴を概観し、サービスデザインの捉え方 の差異を明らかにした。 第4章ではドイツ、イタリアから飛び火する形でスウェー デン、イギリス、アメリカへ発展したサービスデザイン研 究を追った。各々の国で先行し、発展していた研究分野へ の迎合や内省について触れた。サービスデザインの歴史的 発展を概観した上で重要となる観点について以下のように

また、ツールやメソッドはプラットフォームを補完する要 素としての役割を担う。サービスデザインはフレームワー ク、メソッド、テクニックが豊潤な分野であるが、今一度 基本的な意義を再確認することでそれらを導入する際の一 助となる事が期待される。 3)自国のリソースとの接続 サービスデザインはドイツやイタリアにて勃興し世界中に拡 散するに至ったが、注目すべきは各国毎の受容のなされ方で ある。具体的にはイタリアは PSS 手法、イギリスは行政セク ター、アメリカでは UI・UX やビジネスとの合流が見られた。 また、オーストラリアでも行政セクターでの導入が迅速であっ たが、これはイギリスと似通ったシステムが採択されている らとも考えられうる。他にも、アメリカではデザインシンキ ングをサービスデザインとして再発見するといった動きも見 られた。 現状、我が国においてはサービス・イノベーション分野との 接続が主流と見られるが、他にも迎合しうる要素が数多に考 えられる。我が国と同様の状況やシステムを保持している先 行国はどこか、また再発見できるリソースはいかなるものな のかについても、再考の余地があるのではないだろうか。

整理できる。

Service Design Genealogical Study 2019, Keio University Daijiro Mizuno Lab

15


文内脚注

[13]Blog Policy Lab

[1] AMA カンファレンスの成り立ち

https://openpolicy.blog.gov.uk/category/policy-lab/

https://archive.ama.org/archive/AboutAMA/Pages/History.aspx

アクセス日 2018 年 12 月 20 日

アクセス日 2018 年 1 月 18 日 [14]Royal College of Art Service Design Launches Research [2]A tiny history of Service Design https://service-design.co/book-a-

Network to Internationalise Design Policy

tiny-history-of-service-design-368ed603797c

https://www.rca.ac.uk/news-and-events/news/rca-launches-design-

アクセス日 2018 年 12 月 7 日

policy-research/ アクセス日 2018 年 12 月 20 日

[3]ACT! の歴史 https://www.acttoday.com.au/blog/the-history-of-act-crm

[15]MindLab

アクセス日 2018 年 12 月 7 日

https://eng.em.dk/ アクセス日 2018 年 12 月 20 日

[4]Customer guge ttps://customergauge.com/blog/a-brief-history-of-customer-success

[16]Design for Service-Increasing importance Linköping University

アクセス日 2018 年 12 月 14 日

https://liu.se/en/research-area/design-for-service アクセス日 2018 年 12 月 20 日

[5]Customer guge2 ttps://customergauge.com/blog/a-brief-history-of-customer-success

[17]Marketing Activities in the Service Industries

アクセス日 2018 年 12 月 14 日

https://www.ida.liu.se/~steho87/publications/ DRJspecissueServiceDesign2010/EditorialServiceDesign_Holmlid_

[6]KISD について

DRJ1_2010.pdf

https://www.stylepark.com/en/news/column-michael-erlhoff-07

アクセス日 2018 年 1 月 18 日

アクセス日 2018 年 12 月 14 日 [18] 省庁間の抱える複雑な社会問題を参加型デザインの手法で解決する [7] ミヒャエル・エリホッフのインタビュー記事

https://www.worksight.jp/issues/352.html

https://www.stylepark.com/en/news/column-michael-erlhoff-07

アクセス日 2018 年 12 月 20 日

アクセス日 2018 年 12 月 14 日 [19]Emergence 2006: Service Design [8]2015 年に実施された Adaptive Path 社による Brigit Mager への

http://jamin.org/emergence-2006-service-design/

インタビュー記事 http://www.adaptivepath.com/ideas/birgit-mager-

アクセス日 2018 年 1 月 18 日

and-the-evolution-of-service-design/ アクセス日 2018 年 12 月 14 日

[20]co-Lab innovation hub https://www.dta.gov.au/help-and-advice/co-lab-and-events/co-lab-

[9]Prof. Ezio Manzini profile

innovation-hub

http://www.mishablackawards.org.uk/medal/manzini

アクセス日 2018 年 1 月 18 日

アクセス日 2018 年 12 月 14 日 [21]2018 年 04 月号特集 オーストラリア諸州政府によるデジタルサー [10]Live/work official Web site

ビス改革の実践 一般社団法人行政情報システム研究所

https://www.liveworkstudio.com/

https://www.iais.or.jp/articles/articlesa/20180410/04/

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[11]SDN

New building blocks for digital service

https://www.service-design-network.org/books-and-reports/impact-

https://www.dta.gov.au/news/new-building-blocks-digital-services

report-public-sector

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アクセス日 2018 年 12 月 20 日 オーストラリア政府がデザインシステムを発表したので調べてみた [12] 世界の公共部門へのサービスデザイン活用に関する調査・分析レ

https://note.mu/ryopan/n/nb58937c22578

ポート『Service Design Impact Report : Public Sector』日本語翻訳版

アクセス日 2018 年 12 月 14 日

をリリース https://www.concentinc.jp/news-event/news/2017/11/service-

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