アクティベート ・ リーフ No.737
大人になっても必要なこと
褒められることの大切さ 築 紫 裕 子
「褒 感じたのは、つい最近のことでした。子育てで褒めるこ
められるって、こんなに気持ちがいいんだ・・・」 そう
とが大切なのは自分の育児経験からも知っていましたが、まさ か自分が褒めてもらってこんなに感動するとは思ってもいませ んでした。良い仕事をしたことで上司や先輩に褒められるとか、 頑張っていることを周りの人が認めてくれるということはあり ます。でも今回褒められたのは、リハビリを受けていた時のこ とでした。 数ヶ月前、突然くも膜下出血で倒れた私は、脳の手術の後、 いくつかのリハビリを受けていました。まずは、歩いたり、階 段を登ったり、足の指で電池をつかんでバケツに入れたり、と いう身体機能の回復を促すリハビリです。さらに、脳の機能回 復のためのリハビリも受けていました。 なぜなら、体の麻痺、話せない、といった支障は出なかった ものの、後遺症の一つとして、認知障害のような症状が出てい たからです。徐々に症状が出るのではなく、突然、記憶が飛ん だり、時間の経過がわからなくなったり、うまく人の声を聞き 取れなかったり、という障害が始まったのです。 ひどい時には、病室に運ばれてきた昼食を食べたことも分か らなくなり、看護師さんに、 「すみません。まだお昼御飯が来て ないんですけれど」と言うと、 「あら、さっき美味しい美味しいっ て沢山食べてたでしょ。覚えてない?」と言われ、わけが分か らなくなることがありました。 こういう会話は、介護施設や、親の介護をしている人たちの 間ではよくありますが、一度ならともかく、何日も続いたので、 私は、自分が認知症になってしまったのではないかと、とても 不安になりました。認知症ではなく、くも膜下出血によくある 後遺症だから大丈夫だと言われたのですが、そんな症状が頻繁 に出ると、やはり不安でした。 でも、心配ばかりしていても何も変わりません。それで、必 死でリハビリをする決心をしました。ただ、身体機能のリハビ リは割と簡単でどんどん進歩しましたが、脳機能のリハビリは 簡単ではありませんでした。脳のリハビリにはいろいろな種類 があって、レベルも異なりますが、大抵、単純作業です。それ なのに、ものすごく疲れるのです。 初日は、新しいことにチャレンジしている感じで、次のリハ ビリが待ち遠しくなりました。内容は、保育園児や小学校低学 年の子どもがするゲーム感覚のドリルのようで、 「なーんだ、簡 単じゃん。昔よく子どもたちと一緒にやっていたのと同じだ」 と高をくくっていました。 さて、二回目のリハビリの日が来ました。意気揚々と取り組 んだのですが、10 分もしない内に突然、脳が疲れてきて、集中 できなくなってしまいました。当然、間違ってばかりで、すっ
かりしょげてしまいました。 「こんなこともでき なくなってしまった・・・」という絶望感で、も う脳のリハビリはやめたくなりました。 それで、リハビリに行くために療法士さんが病室 に入ってくると、 「今日はお腹が痛い」とか「身体 がだるくて起きられないので、午後になってから 考えます」みたいに、まるで不登校の子が学校に行 くのを嫌がるような状態になってしまったのです。 そのことを察知したのか、ある日、別の若い療 法士さんがやってきて、 「今日は天気がいいから、 リハビリの替わりにちょっと外に出てみない? 病院の庭から、ヤギが見えるところがあるのよ」 と、散歩に誘ってくれました。病院の隣に大学の 農場があり、時々ヤギが姿を現すというのです。 動物好きの私にとっては興味をそそられる誘い で、身体はしんどかったものの、外の新鮮な空気 に触れ、ヤギを見ることもできるかもしれないと、 重たい体を起こして、やっと動くことができました。 結局、ヤギは見られませんでしたが、療法士さ んに付き添われて散歩に行って楽しい会話ができ たことで、すっかり元気づけられたのでした。何 であの時、あんなに元気を取り戻すことができた のだろうと考えていて、その一つの理由は、小さ なことで沢山褒めてもらえたからかもしれないと 思うようになりました。 「今日は、しっかりと歩けているね。だいぶ進 歩したじゃない!」とか、 「この調子で、歩く距 離を伸ばしていくと、どんどん良くなっていく よ!」 「その帽子、なかなか似合ってるね」のよ うに、たわいない会話の中で、ちょっとしたこと を褒めてくれたのです。それがどれほど落ち込ん でいた私を励ましてくれたことか・・・。 小さな誉め言葉は当時の私にとっては何よりの 薬で、私は、毎朝療法士さんが来てくれるのを楽 しみにするようになりました。すると、脳トレの 方にもやる気が出てきたのです。思ったほどでき
ず、ガッカリする日もありましたが、さすがプロの療法士 さんは皆、 褒め上手です。ちゃんとできていないことを、 「よ くできました」なんて言ったりはせず、私自身でさえ気づ いていない小さな進歩に気づいて褒めてくれるのです。た とえば、 「さっきは 3 分かかったのに、二回目は二分半で できた。すごいじゃない!」というように、少しの進歩に 気づいて、大きく励ましてくれるのです。 また、 何かの理由で私が集中できずにいると、 「あらあら、 もしかして今、何か別のこと考えてなかった? 何を考え ていたのかな?」みたいに、 私が苦労しているのを察して、 優しく諭してくれるのです。病院でのリハビリは、療法士 さんとの一対一のセッションなので、療法士さんも私の性 格や感じ方を理解してくれるようになり、次第に私は療法 士さんたちに心を開き、自分の感じていることや、病院で の悩みも話せるようになりました。それが、どれほど私の 心を軽くしてくれたことでしょう。 私は長年、福祉施設でボランティアをしてきましたが、 まさか自分が、こんなふうに世話される立場になるとは 思ってもいなかったので、色々考えさせられました。世話 をする人の苦労や、世話を受ける人の繊細な気持ちについ て。人の心は、体が弱っていると繊細になり、元気な時な ら冗談ではねのけたり、他のことで気を紛らわせることが できても、調子が悪い時にはそれができないのです。 そんなことを考えていた時、同じ病室にいる一人の患者 さんのこんな言葉が聞こえてきました。 「そうだね、私できるんだね。大丈夫だ、大丈夫だ。 」 その高齢のおばあちゃんは、まるで幼児のように、看護 師さんの言葉をそのまま繰り返していました。その看護師 さんの語りかけの優しいこと・・・。まるで赤子をあやす ように、 簡単な言葉を何度も優しく声掛けしているのです。 そして、その言葉を繰り返している患者さん。そこにはと ても不思議な優しい空間がありました。 定期的に見回りにくる若いリハビリ担当の療法士さん も同じでした。 「〇〇さん、今日は散歩行く?」 「足の調 子はどう? ちょっと足を上げてみて。動くかな?」 「やった! 動くじゃない!」 「ご飯はもう食べた?」 ま るで、息子が年老いた母親のもとにお見舞いに来て話しか けているような優しい会話で、私はつい自分の息子のこと を思い出して、寂しくなってしまいました。 そんな心境の中で、私にできたことは、必死で神に求め ることだけでした。すると看護師さんや療法士さんの優し さの中に、神からの愛と慰めを感じるようになり、次の聖 句を思い出しました。
今の日本では、そんな愛と理解を必要としている人 がいかに多いことでしょう。でも、どんなに暗闇が大 きくても、神の愛と恵みは、その暗闇を打ち負かすこ とができます。神の愛に癒せない傷はないからです。 そして、褒めることが、どれほど人を励ますことに なるかに気づいた今、これからは、もっと相手の励ま しになるようなことを言うことで、傷ついている人た ちを癒せるようになりたいと思いました。特に今回私 が感じたのは、褒められることを必要としているのは、 子どもたちだけではなく、大人や年寄りも、つまりす べての人が、もっと褒められることを必要としている のではということでした。 どんなに立派に見える人でも、経験豊かな年配者で も、心の中には子供のような部分もあるし、弱虫な面 もあるものです。誰かを褒めることで、世の中の悲し みや痛みを少しでも減らすことができるなら素晴らし いことです。そのことに気づけたのは大きな収穫でし た。互いに、もっと相手の良いところ、頑張っている ところを見つけて、褒めたり暖かい言葉をかけること で愛と励ましを周りの人に伝えましょう。
親切で慈しみ深くありなさい。あなたに出 会う人がだれでも、前よりも気持ちよく明る くなって帰れるようにしなさい。親切が、あ なたの表情に、眼差しに、ほほえみに、暖か く声をかける言葉に表れるように。 ・・・世話 をするだけでなく、あなたの心を与えなさい。 - マザー・テレサ
「きょう」といううちに、日々、互に励まし合 いなさい。 - 聖書 ヘブル人への手紙 3 章 13 節
互に励まし合いなさい。思いを一つにしなさ い。平和に過ごしなさい。そうすれば、愛と 平和の神があなたがたと共にいて下さるであ ろう。 - 聖書 コリント人への第二の手紙 13 章 11 節
「神は、いかなる患難の中にいる時でもわたしたちを 慰めて下さり、また、わたしたち自身も、神に慰めてい ただくその慰めをもって、あらゆる患難の中にある人々 を慰めることができるようにして下さるのである。」 -- 聖書 第二コリント書 1 章 4 節
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