卒業論文「中国延安市靠山式窰洞における近代化による空間構成の変容」(2009年度)

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中国延安市靠山式窰洞における近代化による空間構成の変容  1G06D180-9 松井美奈歩 1G06D046-7 荻野彰大 目次 (第1章)序論  1-1.研究背景と目的  1-2.既往研究との位置づけ     1-2.1.半透明空間の定義     1-2.2.半透明空間を形成する要素     1-2.3.半透明空間の性質     1-2.4.既往研究と本研究 (第2章)中国住居について  2-1.中国住居の背景   2-2.中国住居の近代化による変化      中国住居の構造類型による分類及び近代化による変化      中国地方住居の近代化による変化マップ      中国都市住居の近代化による変化マップ      延安の位置づけ  2-3.調査地概要     2-3.1.歴史的、社会的背景     2-3.2.地理的背景           延安市の風土     黄土高原の風土|黄土高原        黄土高原の風土|気候     2-3.3.住居形態        住居の出来方|靠山式と下沈式        住居の出来方|靠山式窰洞        窰洞住居での生活|気候        窰洞住居での生活|空間構成

(第1章)序論   □研究目的  地形と共存する伝統的集落に今現在住む人々の生活がいかにして社会的変 化に適応しているか現状を明らかにすると共に、増築した結果どのような空間性 を獲得したかを明らかにすることを目的とする。  今現在変化している集落を調査するため、現在全土で近代化をしている中国 の集落を調査することとする。

(第2章)中国住居について □中国住居の構造類型による分類及び近代化による変化

伝統型

定住型

過渡期

近代型

(第3章)調査概要及び調査結果・データシート  3-1.調査対象  3-2.調査内容      各住居実測      アンケート      魚眼レンズによる撮影      照度計  3-3.調査結果とデータシート      配置図(2枚)      連続断面図(5枚)      各住居調査(全53戸)        平面図       断面図       アンケート結果       魚眼レンズによる撮影       照度計 (第4章)集落における要素の基本分布図・相関分布図に見る増築部の特徴  4-1.基本分布図から見る増築部の特徴    4-1.1.ヤオトンと増築部    4-1.2.階高    4-1.3.素材    4-1.4.建設年代    4-1.5.増築方法    4-1.6.増築目的    4-1.7.出身地    4-1.8.基本分布図からの考察  4-2.基本分布図の重ね合わせによる相関分布図から見る増築部の特徴    4-2-1.建設年代と素材    4-2.2.増築年代と増築方法    4-2.3.増築年代と増築目的    4-2.4.増築目的と増築方法 4-2.5.増築目的と出身地  4-3.基本分布図・相関分布図から見る増築部の特徴についての考察 (第5章)傾斜角と前庭空間面積による増築パターン

移住型

集団

個人

中国伝統住居についての既往研究全46タイトルを引用し、中国住居の変化を 伝統型、過渡期、近代化に分け再構成した 『中国住居の構造類型による分類及び 近代化による変化』 を作成すると増築などをしている過渡期は住民のそのときの 個人 欲求が顕著に現れているといる。  これらの変化を地方、都市に分けると、地方は生活用品の変化から始まる、都 市の影響は受けない非常にゆっくりとした変化をしており、都市部は区画を一掃 して高層ビルが建ち並んでいたり、観光化を進めるあまり住人の生活が守られて いないような、過渡期を迎えない早いスピードの変化をしていることがわかった。

(第6章)立体角量と連続断面図による外部空間分析   6-1.個々の住居の開放性および他の住人の認識方向  6-2.前庭空間の住居同士の関係性 (第7章)終章  結論   参考文献 謝辞 (付録)調査資料

増築などをして過渡期を迎えている集落 (写真左:客家土楼 右:靠山式窰洞)


□中国地方住居の近代化による変化マップ

(第3章)調査地概要および調査結果 □歴史的・社会的背景   陝西省  陝西省延安市は、石油 産業により好景気を迎えて おり、急激な都市化による 市外からの出稼ぎ労働者 の流入している、人口が今 現在も増加している地方都 市である。

延安市

人口総数

延安市 人口 2500000

□中国都市住居の近代化による変化マップ 2000000

1500000 人口総数 1000000

500000

0 1953年

1964年

1982年

1990年

2000年

2006年

□伝統型窰洞住居形態  窰洞住居には下沈式と靠山式の2種類ある。今回調査対象となったのは斜面 に直接横穴を掘って住居空間とする靠山式窰洞である。靠山式窰洞の中でも作り 方に種類があり、掘削という方法は窰洞の作り方の中でも、中国全土の住居形態 の中でも最も古い住居形式である。 その後土造だけでなく石造、 レンガ造の窰洞 も表れた。

□中国全土の中での延安市の位置づけ  中国の今現在の変化を見るには、都市だけの要素でも、地方だけの要素でも 十分でなく、両方の要素が共存している場所が適当と言る。  今回の調査地である陝西省延安市は、急激に高層マンションが建つ都市の要 素と、靠山式窰洞という地形を生かした土着的な伝統型住居に今現在増築など をしながら住んでいる地方の要素が混在しており、調査地として適当と言える。

伝統型靠山式窰洞

靠山式窰洞アクソメ

調査対象地 延安市 増築された靠山式窰洞 石造窰洞工法 「中国の地下住居 中国の人と生活と住居」 より (Ⅰ)

調査対象地 延安市 近代化する都市部

(Ⅱ)

(Ⅲ)

(Ⅳ)

(Ⅰ)→(Ⅳ) で近代型になる靠山式窰洞 「中国の地下住居 中国の人と生活と住居」 より


□.調査結果

□調査対象地概要

配置図  連続断面図

調査の対象となった宝塔区丁泉砭は、市内 の中心から北西に徒歩5分ほどのところにあ る。 ここは市内に近く、山のふもとには商店や 幼稚園などがあり今現在も多くの住人が住ん でいる場所である。事前調査の段階で、一様 な住居形態でなく個々の住人の判断による多 くの住居形態が見込めそうであったことと、家 族が住まなくなった窰洞の居室や増築部を賃 貸にしている例が多く見られたことから都市 からの影響を強く受けていると考え、 この場所 を調査対象とした。  この集落は、 オーナーの家族が住まなくな った窰洞の居室部分や増築部を賃貸用として いる例が多くみられた。借りている住人は、市 外からの出稼ぎ労働者が大半を占めており、 単身者または家族で一部屋に住んでいる。賃 貸になっている部分は、家族が住まなくなっ た窰洞の居室部分や、元々家族が住むために 増築した部分でも家族がいなくなったため賃 貸にしている住居や、元々賃貸を目的とし増 築している住居もあった。

延安市

調査集落3D

各住居平面図・断面図 全48戸/68戸  魚眼レンズ写真 全38戸/68戸・照度計 全34戸/68戸

・近年起こっている住人の入れ替わり

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親族用

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非親族用の賃貸

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また、増築パターンには大きく分けてヤオトンの前庭空間に平屋を建てる前庭 増築型と、ヤオトンの上部に増築する2階増築型があることが調査の中でわかっ た。 ・増築パターン  前庭増築型

2階増築型

アンケート 全53戸/68戸 基礎情報 1.氏名、年齢 2.世帯主出身地 3.家族構成 4.世帯主職業 ヤオトンについて 前庭をどう使っているか?儀式などでは使うのか? これからもヤオトンに住んでいきたいか? 昔と比べて近年生活がどのように変化したか? 今の集落の生活で不便なこと、便利なことは何か? 都市部にどのようにして・何のために・どのくらいの頻度で行くか?


(第4章)分布図作成からの集落の近代化による変容の分析・考察  配置図作成・アンケート調査により得た情報を元に、集落の近代化に関する要素 について集落内の分布図を作成し、 その傾向や特徴を分析、考察する。 □基本分布図作成  「ヤオトンと増築部の配置」 「階高」 「素材」 「建設年代」 「増築方法」 「増築目的」 「出 身地」について各住戸を色分けし、それぞれの要素における特徴を分析・考察する 。 また標高によって集落をa∼fまでエリア分けし、特定のエリアにおける特徴や高 位から低位へ向かうにつれて表れる傾向を見出し、考察する。

□相関分布図作成  集落をレベルによって6つのエリアに分け、それぞれの要素の特徴から他と の関連があると考えられたため、他の項目と重ね合わせる相関分布図を作成す ることで各項目同士の関連性を分析・考察し、主に近代化による集落の変容を もたらす増築部の特徴について述べる。 ex.)増築年代と増築目的  増築された年代と目的の関連性を分析・考察 家族の 倉庫・ 賃貸

ex.)建設年代  各建物の建設年代(10年ごとに分割) を表示

59 59

居室 キッチン

59

2000 年代

:ヤオトン

1990 年代

:増築部 増築部

59 59

60 58

58

1980 年代 :2000 年代

:ヤオトン

:1990 年代

:増築部

:1980 年代

:その他

59

60

57 61

1970 年代

59

57

59

61

57

56

1960 年代

59

60

58

:その他

62

56

59

1950 年代

60 60

58

55 62

55

54

60 60

57

62

55

62

58

58

:1970 年代

63

54

63

63

61 61

:1960 年代

57 61

57

56

53 47

62

:1950 年代

52

56

49 51

:1940 年代

55

62

55 62

:1930 年代

49 50

62

50

55

54

63

54

63

45

47

51

33

45

32

45

49

34

31

45

50

45 44

49

34

31

35

30

28

18

17

37

14

03

27

02

10 10

28

07

15

05

15

22

05

03 05

05

03

39 22

38

38

13

40

13

11

11

23

23

13

01

04

02

40

39

12

11

07 14

02

39 24

06

10

28

38

23

24

04

38

38

38

11

11

03

38

21

10

07

27

21

05

15

27

22

04

02

09

05

23

03

08

27

05

08 16

38

38

22

05

37

09

16

29

21

10

11

07

17 29 28

38

10

05

15

27

67

21

05

07 28

37

20

09

07

15 15

27

67

29

28

27

48

36

19

18

09

16

10 10

67

36

19 36

17

37

08 08

35

18 30

30

37

09

16

29

27

48

30

41

41

37

20

09

17 29

66

35

31

42

42

36

32 31

67

48

19

17

66

48

67

36

19

18

29

34

31

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36

17

65

67

48 35

18

32

44 43

42

31

41

41

30

48

33 33

32

45

66

35

35

30

65 33

44

43

34

30

30

47

46

45

42

42

47

46 51

51

66

48

32 31 31

52 51 50

65

32

44 43

42

48

33

44

64

47 49

65

46

45

44

43

63

47

46 51

53

49

64

39

03

24

40

39

25

26

01

01

24

04

25 01

06 12 39 13

13

01

40

13

25

(分析・考察)

26 26

01

01

25 01

・ヤオトンの建設年代と素材の相関グラフ (分析・考察)

賃貸

・ヤオトンの建設年代

・増築部の建設年代

1970年 1980年 1990年 2000年

家族の居室

a

a

b c d e

倉庫・キッチン

b

1930年 1940年 1950年 1960年 1970年 1980年 1990年 2000年

1950年 1960年 1970年 1980年 1990年 2000年

c d

0

5

10

15

20

25

30

35

40

(棟)

・賃貸利用を目的とした増築は新 しいものが多い(主に集落下部) ・家族の居室増設を目的とした 増築は新旧関わらず多く見られ る。 (集落中・上部)。 ・集落下部における近年の賃貸 利用のための増築は人口流入・ 増加および都市化に起因してい ると考えられる。

e

f

f 0

5

10

15

25 (棟)

20

0

・高位から低位に向かって古くなる ・aの1930年代とcの1970年代に集 中している。 →集約的に建設されている

5

10

15

20

25 (棟)

・ほぼ全てが1980年代以降に建設 ・集落の高低に関係なく恒常的に集 落全体で増築が行われている。 →分散的に建設されている

□a∼fにおける各要素における特徴・傾向 ᘏᗋ㠃✚⋡

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□増築部の特徴

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家族用増築(1970年増築)

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賃貸用増築(2000年増築)

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1.素材と建設年代 2.増築年代と増築方法 5.増築方法と増築目的 3.増築年代と増築目的 4.増築方法と増築目的

増築部はそれぞれの住戸のヤオトンに対応しながら存在する。ヤオトン は石や土・レンガなどの素材を用いてひとまとまりの年代、戸数で建てら れるのとは対照的に、増築部はほぼレンガ造で特定の期間に定まらず恒常 的に集落全体で建設が繰り返されている。また増築方法は前庭空間に増築 する前庭増築型とヤオトンの2階に増築する2階増築型に分けられ、それ らの方法は斜面を掘削・造成して建設される靠山式ヤオトンによって2次 的に生まれる空間に対応している。前庭増築は集落全域で従来から行われ ている増築方法であり、目的も多機能である一般的な増築方法であるのに 対して、2階増築は都市部に隣接している集落下部に集中しており、主に 賃貸利用による目的で建設され、集落外部の出身者である世帯主が多く見 られることから都市化の影響を強く受けていると言える。


・谷側方向に他の住人の認識方向がある2階増築型

(第5章)傾斜角と前庭空間面積による増築パターン  考察1で作成した基本分布図の中から増築方法による分布図を取り出し、な ぜ下の方が2階増築型が多く、なぜ上の方が前庭増築型のみのものが多いのか を明らかにする。  各住居の傾斜角,および前庭の奥行きと高さの比と前庭空間面積による増築 パターンの散布図を作成する。

山側方向

谷側方向

・他の住人の認識方向とコミュニティの重ね合わせ

傾斜角と前庭空間面積による増築パターン :認識方向谷側

前庭増築型

2階増築型

:認識方向山側

:コミュニティ 発生空間

α/β比と前庭空間面積による増築パターン

・コミュニティが発生する空間の分類

個々の住人の判断によりされた増築方法は、傾斜角および前庭空間の面積と関 係性があることがわかった。

:前庭からの視線の ぶつかり合いがある場所

(第6章).立体角量と連続断面図による外部空間分析 :住居以外の公共空間

前庭増築型と2階増築型の前庭空間の特性および集落内の外部空間の特性 を明らかにする。  前庭増築型は谷側方向を向くと増築部しか見えないが、 ヤオトンの屋根の上 は人が乗ることができるという特徴から、山側方向には他の住人を認識すること が出来る。  2階増築型は山側方向は増築部で見えないけれど、開放的な谷側方向には他 の住人の認識方向はあると言える。

・山側方向に他の住人の認識方向がある前庭増築型

非親族同士で集まって住んでいるようなコミュニティが形成されにくく思える 延安市カオサン式ヤオトンにおいて、限定され互いの認識の方向性があることは 、集落全体ではない2,3の住居間くらいに細分化されたコミュニティの形成がで きることに寄与している。 山側方向

谷側方向

(第7章)結論  現在の延安市靠山式窰洞は、個々人の判断でされた増築部が都市へ流入して きた短期労働者の受け皿になっており、都市の変容の中で必要になった機能を補 完している。増築のされ方は傾斜角の緩急と合致しており、その結果全体ではまと まりのある景観を生み出している。 また道やたまり場のような場所だけでなく前庭 という外部空間をそれぞれの住居が有している事と、増築される事により結果とし て流入してきた短期労働者も含めたコミュニティを形成することに寄与している。  個々に対応した更新の仕方は様々であるが、集落の標高により段階的に類似性 を有しており、それらが積層される集落は多様性と全体の連続性が共存した空間 構成を獲得している。 このことは都市における高密度集住における新しい空間を 提案する一助になると考えられる。


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