Creating Resilience VIEWPOINT
コロナ下で 長期化する募集期間
-空室となった路面区画の活かし方-
路面区画の 賃料収入がない空室期間に、 収入減を補う施策とは?
CBRE RESEARCH MAY 2023
1. はじめに
新型コロナウイルス感染症( COVID-19 )拡大の影響によって、主要なリテールエリアの路面店舗では募 集区画が増えた。また、コロナ前に比べて募集期間(=リーシング期間)が長期化した区画もある。競 合となる募集区画が増えたこと、経済の先行き不透明感などを背景に、リテーラーは賃貸条件に対して 慎重な姿勢をみせている。そこで CBRE では、東京:銀座や大阪:心斎橋などの主要なリテールエリア * 1 で、募集期間が長期化した区画の特徴を明らかにするための調査をおこなった。 2018年Q1から 2022 年Q4の 間に募集が終了した路面店舗を対象に、募集期間の推移や面積、賃料総額の観点から分析をしている。 さらに、空室となることで路面店舗の賃料収入が途絶える期間に、収入減を補う策として考えられるも のを国内外のケースから3つ紹介する。
*1 東京:銀座、表参道、原宿、大阪:心斎橋、名古屋:栄のハイストリートとセカンダリーエリアで行った。
2. 募集期間の長期化
2-1 時系列:コロナ前 vs コロナ下
コロナ下に入ってからの募集期間は、コロナ前に比べて長くなっている。 Figure 1 は、募集期間の推移を
2018 年 Q1 から 2022 年 Q4 までの期間で示している(箱ひげ図の見方については、下図「参考図」を参照)。 リテールの路面店舗は個別性が高い。そのため、相場を超える募集賃料や、使いづらい区画形状などを 理由に、極端に長い募集期間になることもある( Figure 1の外れ値)。そういったいわば「ノイズ」の影 響を受けずに募集期間の傾向が掴めるように、箱ひげ図の分布で表している。箱中に中央値の横棒がな い図は、中央値が下底(25%)または上底(75%)と同値となっている。
参考図: 箱ひげ図の見方
コロナ前( 2018年 Q1から 2019 年 Q4 )の募集期間の範囲は、最小値が「 1四半期」、 25 %の値は「 1 四半期」か ら「 2 四半期」の間で変動している。中央値は「 2 四半期」から「 4 四半期」、 75 %の値は「 3 四半期」か
ら「5四半期」、最大値は「3四半期」から「7四半期」の間でそれぞれ変動している。
一方、コロナ下( 2020 年 Q2 * 2 から 2022 年 Q4)の募集期間の範囲は、コロナ前に比べて幅がある。最小値 は「 1四半期」、 25 %の値は「 1四半期」から「 2 四半期」の間で変動しており、コロナ前と変わらない。
一方、中央値は「 1四半期」から「 5 四半期」、 75 %の値は「 3 四半期」から「 8 四半期」、最大値は「 3四 半期」から「 13四半期」の間でそれぞれ変動している。コロナ前と比べて、最小値や25%の値が変わらな い一方、中央値、 75 %の値、最大値はいずれも長くなっている。区画によって募集期間に差が出ている、 ということになる。
*2 感染予防の観点から、2020年Q1は調査をおこなっていない。
2-2 面積別:コロナ前 vs コロナ下
面積別にみてみよう。大きさに関わらず、コロナ下の募集期間はコロナ前に比べて長くなっていること が分かる。 Figure 2は、面積別の募集期間をコロナ前とコロナ下で示している。コロナ前の最小値は「1四 半期」から「 2 四半期」、 25 %の値は「 1四半期」から「 3四半期」の間で変動している。コロナ下は、最 小値が「 1四半期」、 25 %の値は「 1四半期」から「 2 四半期」の間の変動と、コロナ前に比べて短い。中 央値は、コロナ前が「 1 四半期」から「 4 四半期」、コロナ下は「 2 四半期」から「 6 四半期」の間でそれ ぞれ変動。コロナ下の中央値の変動は、コロナ前よりも長くなっている。また、 75 %の値はコロナ前の 「 2 5 四半期」から「 5 75 四半期」に対して、コロナ下は「 4 四半期」から「 8 四半期」の間の変動と長く なっている。最大値も、コロナ前の「 3四半期」から「 7 四半期」に対して、コロナ下は「 7 四半期」から 「11四半期」の間の変動と長くなっている。
2-3 賃料総額別:コロナ前 vs コロナ下
次に、賃料総額別にみてみよう。金額に関わらず、コロナ下の募集期間はコロナ前に比べて長くなって いることが分かる。図 3は、賃料総額別の募集期間をコロナ前とコロナ下で示している。コロナ前の最小 値は「1四半期」から「 2 四半期」、25%の値は「1四半期」から「 3四半期」の間で変動している。コロナ下 は、最小値が「 1四半期」、25 %の値は「 1四半期」から「 2 四半期」の間の変動と、コロナ前に比べて短い。
中央値は、コロナ前が「 1 5期」から「 4期」、コロナ下が「 2 四半期」から「 4四半期」の間の変動となっ ており、大きな差はない。一方、 75 %の値はコロナ前が「 3 四半期」から「 6 四半期」の間の変動に対し て、コロナ下は「 4 75 四半期」から「 7 四半期」に伸びている。最大値は、コロナ前の「 4 四半期」から 「7四半期」の間の変動に対して、コロナ下は「9 四半期」から「11四半期」の間の変動と長くなっている。
2-4 コロナ下の募集期間を分析する
コロナ下の募集期間は、面積や賃料総額に関わらず、コロナ前に比べて募集期間が長期化する区画があ ることが分かった。ここでは、コロナ下に募集期間が 6四半期以上だった募集区画の傾向についてまとめ ている。面積ならびに賃料総額別の最大値が 6 四半期以上だったこと、 CBRE の仲介経験として、 6 四半期 以上は比較的長いと感じることなどを考慮した。
対象となる募集区画は、計 76 件あった。このうち、面積 50 坪未満、賃料総額 500 万円未満の区画が 32 件 ( 42 %)と、最も多い。この大きさは稀少性が高く、賃料総額も抑えられるため、テナントが決まりや すいとされている。一方、出店できるリテーラーが小さな商材を扱う業態に限定される、という側面も ある。そのため、立地などの観点から時計やジュエリー、雑貨などを扱うリテーラーの選定基準から外 れると、募集期間が長期化しやすい。
次に多かったのは、面積 100-200 坪未満、賃料総額 1000-2000 万円未満の区画で 9 件( 12 %)だった。ハイ ストリートの中でもラグジュアリーブランドの出店立地からは外れているもの、またはセカンダリーエ リアの募集区画だった。ラグジュアリーブランドが出店する立地であれば、複数のニーズの中から時間 を掛けずにテナントが決まるケースが多い。しかし、その立地から外れるとリテーラーからの引き合い がやや弱くなり、結果として募集期間が長期化しやすい。セカンダリーエリアの 100 坪を超える区画は、 このエリアで出店ニーズのあるリテーラーにとって、適正面積を超えていることが多い。なぜなら、そ ういったリテーラーの多くは出店の資金がそれほど潤沢ではなく、ランニングコストなどの支払いが負 担になるためだ。
その他として、最大区分となる面積 300 坪以上、賃料総額 3000万円以上の区画は 4件( 5 %)だった。この 区分の募集区画は 13 件あったが、 9 件は 4 四半期以内にラグジュアリーブランドやスポーツブランドなど の出店が決まっている。いずれも、日本やアジアに向けてブランドの情報を発信し、体験を促す旗艦店 舗として、好立地かつ比較的大きな面積であることが決め手となった。一方、募集期間が 6 四半期以上 だったこの区分の区画は、こうしたリテーラーの出店立地からは外れていた。
3.空室区画の有効活用
コロナ下でテナントを募集していた区画のうち、従前のテナントが退出するまでに後継テナントが見つ からず、物理的に空室となるに至った区画は 80 8 %だった。コロナ前の 64 6 %に対して、 16 2 ポイント増 えている。空室となることで路面区画の賃料収入がない期間に、収入減を補う施策として考えられるも のを、国内外のケースから3つ紹介する。
3-1 ポップアップストア
1つ目は、ポップアップストアと呼ばれる期間限定店舗である。図 4をみると、コロナ前の 2019年には、対 前年比で 85 7 %増となる 195 件の出店 * 3 があった。コロナ下の 2020 年は、対前年比で 52 8 %減の 92 件に止 まっていたが、 2021年は 134 件、 2022 年には 172 件と再び増加傾向にある。エリア別では、表参道と原宿へ の出店が多いが、銀座や心斎橋でもみられている。実際に、本レポートの集計対象となった、空室が長 期化した募集区画の中には、ポップアップストアを誘致したケースが複数あった。賃借期間としては、 1 カ月から 3 カ月程度が多いものの、 3 年という期間もあり幅がある。業態としては、ファッション、ラグ ジュアリーブランド、アウトドア・スポーツで 8割程度を占めている。また、エリアによっては、アニメ などのコンテンツ事業やカプセルトイ、食物販などもみられている。
新商品のプロモーションやテストマーケティングをおこなう目的のリテーラーであれば、賃料水準は相 場を超えることも考えられる。一方、商品の販売が主目的だと、店舗の採算性が最優先となるため、賃 料は相場を下回る可能性もある。貸し方としては、 ➀ オーナーが自らテナントに賃貸する、②広告代理 店などに運営委託または賃貸する、という 2 つのパターンがある。内装は、空調設備や照明機器の設置、 床を張って前面道路との段差をなくすこと、などへの投資が求められるケースが多い。
3-2 デジタルサイネージ
2 つ目は、デジタルサイネージと呼ばれる壁面広告である。数としてはまだ少ないものの、表参道や原宿、 渋谷などでみられている。広告掲載の判断は、前面道路の歩行者量、区画の間口の大きさ、外観にガラ ス素材を多く使っていることなどを鑑みて判断される。広告掲載の期間としては、 2 週間から 3 カ月程度 まで、空室期間に応じてオーナーの方針に沿って柔軟に設置や撤収ができる。掲載に際する設備投資や 機器の搬入に、デジタルサイネージを提供する企業側でさほどコストが掛からないためだ。すなわち、 投資コストの回収が短期間でしやすいという特徴がある。業態としては、既に自動車や家電、観光振興 を目的とした広告などがみられているが、今後は業態の幅が広がると予想する。
オーナーへの収入は、ポップアップストアに比べると収入は少ない一方、内装への投資はなくなる。ま た、物件自体の広告をおこなうことで、認知度を上げることもできそうだ。
参考写真:東京・南青山MA5でのWPMのライブ例 - 2022年11月30日
3-3 サービス型店舗や体験型店舗
3つ目は、日本ではまだ導入ケースがあまりないものの、ニューヨークやロンドンなどではみられている 空室区画の使い方となる。 1つは、ニューヨークで多くみられているメドテイル( medtail
)と呼ばれる医
療系サービス店舗である。これは、空室期間の収入減を補う施策にとどまらず、常設店舗にもなり得る 新たなリテールプレイヤーと言える。
メドテイルは、コロナ下によって人々の健康への関心が高まったことを背景に、銀行跡などの路面区画 に出店がみられるようになった。相場賃料が下がったことも、メドテイルの出店を後押しした。面積は、 軽度の病気の診察であれば 50 坪程度から、理学療法士によるトレーニング施設併設であれば200 坪を超え るものもある。こうした医療系サービス店舗が路面区画に出店する理由として、人々が物理的にも心理 的にもアクセスし易いことなどが挙げられる。実際の出店には至らなかったが、銀座でも未病治療をお こなう医療系サービス店舗の出店ニーズがみられていた。今後、対面診断の新たな形として、日本での 展開が広がることが予想される。
もう 1 つは、ロンドンで多くみられているエンターテインメント型体験型店舗である。拡張現実( AR : Augmented Reality)を使った体験型施設で、没入感が高く注目が集まっている。 ARを使った施設は、日本 でもみられるようになっている。しかし、主要なリテールエリアの路面店舗でのケースは、未だ少ない。 ロンドンのケースは、 AR で作った熱帯雨林や砂漠などの自然環境を通じた、 5G(第5世代移動通信システ ム)体験を目的としている。高速・大容量の 5 G によって通信速度が飛躍的に向上し、超高解像かつ大容 量の動画が楽しめるようになった。 その技術を使って 、 没入感の高い体験空間を創り出している。 メ ディア主催の期間限定イベントで、ロンドンのハイストリートの中でも好立地にあり、賃料水準も相対 的に高い。ただし、建築基準法や消防法上の用途制限については、充分な確認が必要となることを留意し て欲しい。
テクノロジーの進化に伴い、こうした技術力を紹介する体験型店舗が、日本の主要エリアの路面区画に 出店する可能性はありそうだ。
4.さいごに
今回の調査によって、コロナ下の募集期間は、コロナ前に比べて長くなっていることが分かった。最小、
25%の値に大きな差はない。しかし、中央値、75%の値、最大値は、面積や賃料総額といった賃貸条件に 関わらず、コロナ下は長くなる傾向がみられた。コロナ前と変わらない募集期間でテナントが決まって いる区画がある。一方、テナントの決定に時間を要している区画もあり、区画によっては差が生じている。
空室となった路面区画を有効活用する施策として、本レポートでは 3 つ紹介した。既に日本でも複数の ケースがあるポップアップストア、デジタルサイネージ。そして、ニューヨークやロンドンでみられて いる、医療系サービス店舗とエンターテインメントの体験型店舗になる。この他にも、コロナ下に出現 した新しいリテールプレイヤーが世界の主要なリテールエリアでみられている。
契約期間や、リテーラーの受け入れ業種などに柔軟に対応することで、路面区画の募集・空室期間を短 縮できる可能性はある。新しいリテールプレイヤーの出店は、エリアの活性化や賑わいの創出に繋がっ ていくと考えられる。
Creating Resilience コロナ下で長期化する募集期間 ‐空室となった路面区画の活かし方
Appendix
:主要な商業エリアのハイストリートならびにセカンダリーエリア (Map参照)にある路面店舗のうち、2018年Q1から2022年Q4の間に、 募集が終了した区画
調査方法 :実地、ならびにヒアリング調査
Contact
大久保 寛 リサーチヘッド hiroshi.okubo@cbre.com
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