掛下知行
かけした ともゆき
大阪大学環境イノベーションデザインセンター長・ 工学研究科長 (専門は材料科学)
の技術シーズの双方に対して知見を有し、 持続可能社会形成に向けてイノベーション をけん引しうる人材の育成を進めています。 たとえば、全学に開かれた大学院高度副プ ログラム 「環境イノベーションデザイン学」 、 そして学部共通教育科目「サステイナビリ ティ学入門」を開講する中で、環境やサス テイナビリティに関わる俯瞰的視野と教養 を備えた人材育成を図っています。 加えて、大学キャンパスの低炭素化や省 エネの推進のための評価と実践など、足も とのサステイナビリティの実現に向けた活 動も同時に展開しています。 当センターは、 大学に存在するさまざまな科学技術シーズ を総合化し、また地域・国際連携を通じ多 様な主体(ステークホルダー)と協働しつ つ、環境イノベーションデザインに関わる 分野をリードしていきたいと考えています。
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巻頭エッセイ
環境イノベーションへの挑戦
きな関心が寄せられています。これらの複
なエネルギーシステムの在り方について大
大震災を経験した日本では、今後の持続的
形で顕在化してきています。二〇一一年に
可能社会の基盤を脅かす事象がさまざまな
地球温暖化や資源枯渇の脅威など、持続
太陽光利用技術、資源循環技術、熱電変換
実践的研究を行っています。本学が有する
イノベーションを促進するための理論的・
科学技術シーズを戦略的に結び付け、環境
指すべきビジョンに対して、個別の有望な
環型・安全安心社会などといった社会が目
ていくための研究の実施です。低炭素・循
ーズを確実に社会ビジョンに結びつけてい
雑かつ喫緊の課題群に対処していくために
大阪大学では、二〇一〇年一〇月に大阪
くための研究(技術普及シナリオやロード
技術、グリーンITなど多様な技術シーズ
大学環境イノベーションデザインセンター
マップの設計、技術システムの持続性の観
は、研究領域の壁を越え英知を結集してい
(CEIDS)を全学組織として設置し、
点からの多元評価や社会実装分析、など)
を具体例として取り上げ、これら有望なシ
研究・教育活動をスタートさせました。学
や、社会実験も踏まえた実証的な研究を進
かねばなりません。
内のさまざまな部局からの協力を得つつ、
めています。
育プログラムの提供です。ビジョンと個別
ョン分野を今後担っていく人材の育成、教
もう一つの重要な柱は、環境イノベーシ
まさに領域の壁を越えた学際的な研究教育 活動を進めているところです。具体的には 以下のような活動を展開しています。 一つは、 「環境イノベーション」を先導し
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■総合司会挨拶
■開会挨拶
掛下知行 かけした ともゆき
栗本修滋
大阪大学環境イノベーションデザインセンター長/大阪大学大学院工学研究科長
このたびはSSCに関わる企業、大 学、自治体の皆さまにここ大阪大学に お集まりいただいて研究集会を開催で きますことを、私ども大阪大学の教職 員として大変うれしく思っています。 SSCは、サステイナビリティ学連携 研究機構(IR3S)のプログラム育 成期間の終了に伴って、それまでの研 究活動、啓発活動をさらに発展させる とともに、自治体・企業との連携を通 して、技術革新と社会変革に向けた実
阪大学の理事になられたのに伴って私 が研究科長になりました。
くりもと しゅうじ
本日は大阪大学環境イノベーション デザインセンター(CEIDS)/サ ステイナビリティ・サイエンス・コン ソーシアム(SSC)研究集会に、お 忙しいなかご参加いただきまして、あ りがとうございます。この研究集会の 主催団体のひとつであります大阪大学 環境イノベーションデザインセンター を代表しまして、ひとことご挨拶を申 し上げます。 私は昨年八月二六日から工学研究科 長を拝命しておりますが、それまでは 皆さんご存知と思いますが、馬場章夫 教授が研究科長でした。馬場先生が大
大阪大学環境イノベーションデザイン センター特任教授
定刻になりましたので、 研究集会 「震 災復興への取り組みと持続可能社会実 現に向けたイノベーション」を始めさ せていただきたいと思います。本日司 会を務めさせていただきます大阪大学 環境イノベーションデザインセンター の栗本です。どうぞよろしくお願いい たします。 本日は遠くからご参集くださいまし てありがとうございます。各セッショ ンに先立ちまして、私どもの環境デザ インセンター長であり、工学研究科長 である掛下知行教授よりご挨拶させて いただきます。
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特集
昨年の震災を受け,さまざまなレベルで復興へ向けた取組や研 究活動が進められています.2012 年大阪大学 CEIDS/SSC 研究 集会の第 1 セッションでは,各大学が取り組む震災復興への対 応や研究活動を総括・共有し,今後の SSC としての復興や新し い社会ビジョンづくりに向けた貢献について議論を行いまし た.第 2 セッション・第 3 セッションでは, 「サステイナビリテ ィ」を追求・実現していくための大きな鍵となる「イノベーョ ン」および「教育・人材育成」を取り上げました.第 2 セッシ ョンでは,ビジョンと技術シーズの連携によるイノベーション 誘導,技術ガバナンスの在り方等について広く議論を行い,ま た,第 3 セッションでは,5 大学が協力して進めてきたサステイ ナビリティ共同教育プログラム設計のこれまでの活動を総括 し, 「サステイナビリティ」を牽引していくことができる人材・ リーダーの育成について,またそれに相応しい教育プログラム 設計について議論を深めました.
& イノベーション
震災復興への取り組みと 持続可能社会実現に向けた イノベーション
震災復興
大阪大学 C E I D S / S S C 研究集会
●主催:大阪大学環境イノベーションデザインセンター(CEIDS) サステイナビリティ・サイエンス・コンソーシアム(SSC) 東京大学サステイナビリティ学連携研究機構(IR3S) ●日時:2012 年 5 月 25 日(金) 10:00~18:00 ●会場:大阪大学吹田キャンパス コンベンションセンター研修室
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ガバナンスなどを含めた幅広い議論が 必要です。第二セッションではそのよ うな観点から議論を行います。 第三セッションでは、教育、人材育 成が議論されます。これまでに複数の 大学が協力しつつ、サステイナビリテ ィ学に関する共同の教育プログラムの 設計が行われてきました。これらの活
動を総括して、サステイナビリティを 引っ張っていく次世代のリーダーを育 成するための教育プログラムについて 議論します。 朝から夕方まで三つのセッションが 並んでおり、非常に充実した一日にな ると期待していますが、ぜひ議論を楽 しんでいただければと思っています。 最後になりましたが、大変お忙しい なか、この研究集会の開催にあたり、 多くの皆さまに大阪大学までおいでい ただきましたことに、厚く御礼申し上 げます。 なお、明日二三日には、豊中キャン パスにある大阪大学会館でSSCの総 会を行い、そのあと、午後三時から公 開シンポジウム「持続可能社会のグラ ンドデザインとイノベーション」 を * 開催する予定になっています。大阪大 学のシンボルというものはあまりなか ったのですが、大阪大学会館を一つの
シンボルにしようということで整備を しました。非常に綺麗になりましたの で、ぜひお越しいただきますようよろ しくお願いいたします。
栗本(総合司会) それでは早速セッ ションに入らせていただきます。最初 のセッションは「震災復興への取り組 みと、大学からの貢献」です。このセ ッションにつきましては、司会進行を 東京大学の福士謙介先生にお願いして います。
* 公開シンポジウム「持続可能社会のグランドデザインとイノベ ーション」の内容は『サステナ』第26 号で紹介しています.
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践活動の展開をはかることを主な目的 として設立されました。 低炭素社会、循環型社会、安心・安 全社会といった持続可能社会を追求し ていくために、大学や産業界、自治体 などが協力して、社会を変えていくた め、ビジョンに向かって科学技術の力 を結集し、イノベーションを推進して いく必要があるということを強く感じ ています。この研究集会は、専門領域 の枠を超えて、大学関係者、企業、自 治体の方々、そして学生が活発に意見 交換を行う貴重な機会です。この研究 集会を通じて、学際的な形でさまざま な交流、ネットワークが生まれ、今後 の研究活動、あるいは産学、社学連携 の発展につながることを強く望むもの であります。 今年の研究集会のテーマは「震災復 興への取り組みと持続可能社会実現に 向けたイノベーション」です。昨年わ
れわれは三月一一日に大震災を経験し ました。大変悲しい出来事で、復旧あ るいは復興はまだ道半ばという状況で す。これまでも、それぞれの大学にお いて、復旧あるいは復興に対してさま ざまな取り組みが進められてきました。 今年の研究集会では、その第一セッシ ョンにおいては、各大学が取り組まれ ている震災への対応や研究活動を総括 して、今後SSCとしてどのような貢 献が可能なのかを議論することにして います。 第二セッションでは、持続可能社会 を実現していくため、そして社会転換 を進めていく上で必要な環境イノベー ションを議論します。私ども大阪大学 環境イノベーションデザインセンター は、 政府からのサポートをいただいて、 環境イノベーションデザインに関わる 教育・研究をスタートしたところです。 イノベーションを推進するためには、 科学技術に加えて、社会との関わり、
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■セッション1 発表1
被災企業の事業再開過程と 復興支援のあり方について サステイナビリティ学教育の取り組みから
小貫元治 おぬき もとはる
究科においてサステイナビリティ学教 育プログラムというものを運営してい ます。非常に多様な学生をいろいろな 国と分野から集めて、サステイナビリ ティ教育をして、修士サステイナビリ ティ学・博士サステイナビリティ学を 出すというプログラムです。そのプロ グラムとして、震災からの復旧・復興 にどのように貢献していくのか、どの ように教育と組み合わせていったらい
東京大学大学院新領域創成科学研究科サステイナビリティ学教育プログラム特任准教授
本日のプログラムをみますと、この 第一セッションでは、地盤工学や下水 道など、既存のしっかりとした分野か らの貢献という発表が多いのですが、 私の発表はどちらかといいますと、研 究してこういうことがわかりましたと いうよりは、どのような取り組みをし たらいいのかと格闘してきた過程のお 話になります。 私どもは東京大学新領域創成科学研
いのかといったことに取り組んできま した。具体的にいくつかのケースにつ いてご紹介させていただきます。
被災地に入るまでの不安
東日本大震災はサステイナビリティ 学にとって大きな課題です。巨大な自 然災害は人類社会の存続を脅かします。 また、災害からの復興、新たなまちづ くりを考えるときには、非常にたくさ んのセクター、いろいろな分野の人が 協力し合っていかなければなりません。 その点もまさにサステイナビリティ的 なテーマです。 東京大学のサステイナビリティ学教 育プログラムには、必ずしも防災の専 門家がいるわけではありません。それ でも、教育プログラムとしても何か貢 献したいし、そのようなことをする過 程から学生に何かを学んでほしいとい うことで、いろいろと検討しました。
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■セッション1
てきまして、緑が多く、私の母校の東 北大学工学部と雰囲気が似ている感じ がし、大変気に入りました。個人的に は両親とも阪大出身で、弟がいま阪大 におりますので、非常に近くに感じる 大学なのですが、なぜか今までなかな か訪れる機会がありませんでした。今 日は初めての阪大での一日を楽しみた いと思っています。 第一セッションは五人の発表者がい ます。東日本大震災の発生から一年少
々がたちました。各大学、各セクター でさまざまな活動が行われてきました。 震災の火中におられる東北大学からも 大村先生にきていただきましたし、や はり大変な被害を受けた茨城からも安 原先生にきていただいています。 初めの講演者は東京大学の小貫元治 先生です。震災からの復旧・復興との 関わりでサステイナビリティ学教育の 取り組みの事例をご紹介いただきます。
二〇一一年の大震災後、復興に関連してさまざまな取組みや研究活動が行われてきまし た。本セッションでは、復興に向けた大学における具体的なプロジェクトや学術的対応の紹 介に加え、今後の対応や展望について議論を行いました。また、震災後の新しい社会ビジョ ンの構築という観点からも意見交換を行いました。
震災復興への取り組みと、大学からの貢献
■司会挨拶
福士謙介 ふくし けんすけ
東京大学サステイナビリティ学連携研 究機構准教授
本日午前中のセッションの司会進行 を仰せつかりました。 大阪大学の吹田キャンパスには初め
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ないかということを大槌町の方からい っていただけて、現地に入ることがで きました。こうしたつながりがなけれ ば今回のことは実現しなかったと思っ ています。 大槌の町役場を最初に訪問したのは 昨年の五月で、まず教員が、何かでき ることはないかと探りにいきました。 大槌町の中心部は津波で流されてしま い、町役場が被災し、町長以下、職員 三〇名以上が亡くなりました。対策会 議を開こうとしていたときに津波に襲 われて、人的な損害が非常に大きかっ たのです。ですから、行政機能の低下 が厳しく、復興計画の立案、その後の 手続きの遅れがありました。 七月になると、がれきは片付けられ ていきましたが、その後は状況が膠着 してしまいました。復興計画の策定が 遅くなった関係で、何も手が出せない 状況が続き、住民の方々が大きなスト レスを感じる状況になりました。
そうこうしているうちにようやく岩 手県から復興計画の基本ラインが出さ れ、それを苦労して大槌町なりにアレ ンジして、町民懇談会で住民の方々に 説明するということになりました。そ こで何かお手伝いができないかという 話になりました。学生はボランティア 活動をすればいいという議論も一方で はあったのですが、ボランティアをす るのならサステイナビリティ学でなく てもいいわけで、サステイナビリティ 学の学生をオブザーバーとして町民懇 談会に参加させてもらい、議事録を取 ったらどうかということになりました (図⑤) 。 小さな会議にまで何人もの職 員を派遣するのでは町役場の人的資源 が消耗してしまいますから、そういう 役を買って出たいと申し上げると、ぜ ひお願いしたいといっていただけまし た。それで、邪魔をしないように気を 使いながら議事録を作成しました。学 生はそこでかなり生々しい議論を聞く
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図③ 図④
サステイナビリティ学教育プログラム では、ぜひ「木を見て森も見る」とい う経験をしてほしいと考えています。 ただ、震災はあまりにも悲惨な経験 ですから、社会からあまりまだ認知さ れていないサステイナビリティ学の学 生がそこに入っていって、うまく受け
入れてもらえるだろうかということに は大きな不安がありました。土木の専 門家が防潮堤の調査に行くとか、まち づくりの専門家が住民調査にいくとか いうことでしたら、現地の人からの期 待もありますし、説明もしやすいので すが、サステイナビリティ学という看
図①
図②
板を掲げているわれわれがどのように 現地に入っていけるのか不安でした。 しかも、私どもの教育プログラムは 留学生が七割ぐらいいて、日本語がそ れほどできない段階の留学生を連れて いっていいものかというのも頭を抱え ていました。
大槌町での経験
東京大学の新領域創成科学研究科は 柏キャンパスにあって、そこには大気 海洋研究所があります。大気海洋研究 所は岩手県の大槌町に国際沿岸海洋研 究センターをもっています。たまたま 昨年度のサステイナビリティ学教育プ ログラムの運営委員長の木村伸吾教授 が、海洋研究所と兼任でいらして、国 際沿岸海洋研究センター長とも懇意で あったことから、大槌町とのつながり をもつことができました。サステイナ ビリティ学としてお手伝いしてもらえ
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図⑦
例として大槌町にある造り酒屋の赤武 酒造を取材しました(図⑧) 。浸水域の ほぼ真中に工場があって、工場その他 すべてを流されてしまいました。転々 と避難して、今は内陸の盛岡に、家賃 補助をもらう形で移っています。どう いう避難生活を経験されたか、どうい
うタイミングで事業を再開しようと決 断するに至ったのか、復興に役立った 支援策は何だったのか、その支援策を 伝えた人は誰だったのか……、そうい ったことをインタビューで細かく聞き ました。再開の一つの大きな決め手だ ったとおっしゃっていたのは、「もしも
図⑧
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ことになりました(図⑥) 。 その後、大槌町には、東京大学を初 めとしていろいろな研究者が入り、ま ちづくりもかなり加速しましたので、 私たちの出番は少なくなりました。
図⑤
被災事業者を応援する そうこうしている間に、今度は岩手 県の沿岸広域振興局という沿岸部の振 興や事業者の支援を行っている部署の 方々と出会う機会があり、手伝っても らえないかという依頼をいただきまし
た。被災事業者の応援に学生を入れて くれないかということで、学生が自主 性を発揮して、サステイナビリティの 視点を入れたお手伝いが具体的にでき るのではないかということで、二つ目 のアクティビティが始まりました。 岩手県からいくつかの被災事業者を 推薦していただいて、学生がインタビ ューにいきました。そして、ウエブサ イトをつくって、地元の被災企業、特 に食品関係の被災企業の現状を情報発 信していくことになりました(図⑦) 。 震災発生から日が経つにつれてだんだ んと少なくなっていく被災地の情報を 伝えて、最終的には、商品を買ってく ださいとか、あるいは応援にきてくだ さいとかといった情報を出して、企業 の復興や、雇用の創出に少しでも貢献 しようとするものです。事業者からの 取材は日本人が中心にやるのですが、 留学生が多いという強みを生かして、 翻訳して多国語で発信しています。一
図⑥
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れないでほしい」とおっしゃいます。 そして 来てほしい ともおっしゃいま す。皆さん異口同音に「来るのは遠慮 しなくていい」とおっしゃいます。こ ちらも忘れていない、きちんとみてい て、かつ支援しているということを伝 えるのも、大切なことだと思います。 東大の社会学研究所の玄田有史先生
は以前から釜石に入られていて、希望 学ということをおっしゃっています。 この種の研究は継続が重要で、それが 責務だと玄田先生はいわれています。 木を見て森も見るサステイナビリティ 学の学生には、継続した関心をぜひ持 っていただきたいと思っています。 今まではアクションスタディーであ 図⑩
り、研究というよりは支援であったわ けですが、これからは、インタビュー 結果の整理・分析に入っていきたいと 考えています。率直にいいますと、イ ンタビューしましたのは岩手県からご 紹介をいただいた六事業者で、基本的 に岩手県が支援策を教えてそれに乗っ てうまくいっている事例です。そうい うものに乗れずに苦しんでいる事業者 ももちろんありますから、そういうと ころにアクセスしていくこともやらな ければいけませんし、やってもいい状 況になりつつあると考えています。 また、 ウエブサイトの取り組みでは、 生産者の顔がみえる直売モデルとか、 震災復興に限らずいろいろな形での地 域おこしが多々行われています。そう いった取り組みとの比較をすることで、 復興支援をより効果的にするような企 画を考えていくというのが重要である と考えています。 さらに、限界集落に関する議論があ
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「
」
やめるなら、今まで買っていただいた お客さんに挨拶に行っているのか?」 といわれたことだったそうです。厳し いけれど、ある意味で優しい常連さん の言葉で、再起を決意したのでした。 そして、盛岡の新事業創出支援センタ ーで、工場を二年間無料で借りられる
図⑨ という話があって、事業の再開のめど が立ったのでした。そこでは、とりあ えずリキュールなどをつくり始めたそ うです。一方日本酒は、酒蔵がないと つくれないのですが、盛岡の酒造会社 の蔵の一部借りることができて、去年 の年末に日本酒の仕込みにもたどり着 きました。二カ月に一度ぐらい取材に 伺い、フォローさせていただく活動を しています。 以上のような内容を基本に、三陸の おいしい食を守って盛り立てていこう というホームページをつくっています (図⑨) 。 復興フェアやデパートの物産 展などに出展されることもありますの で、その情報も流しています。ウエブ サイトは「おいしい三陸応援団」で検 索していただければすぐ出てきます。
高い教育効果 以上のような活動を一年間やってき
ました。土木の専門家でもなく、まち づくりの専門家でもなく、サステイナ ビリティ学として何かできないか、教 育に生かせないかということで、ある 種の個人的なつながりから始まったア クションスタディーです。教育とボラ ンティアの中間ぐらいのところですが、 現地に入ったということは、サステイ ナビリティ学としては大きく、留学生 も含めた学生の教育効果は高かったと 考えています。テレビでみているだけ ではなくて、現地にいくというのは大 きな意味をもっています。来られる方 からすると、たまったものではないと いうこともありますから、そういうこ とに気を使うのも教育になっているの ではないかと思っています。ここで経 験させたことを、きちんとこの先につ なげていきたいと思っています。 加えて手前味噌な言い方になります が、現地を応援する効果は高いものが あります。どの被災事業者の方も「忘
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■セッション1 発表2
は私には与えられなかったと思います。 震災で、 二万人の方が命を失いました。 ほとんどが津波で亡くなっています。 行方不明者もまだ三〇〇〇人ぐらいお られ、生活の場を完全に失って大変な 不自由を余儀なくされている方々が今 も大勢いらっしゃいます。そのような 甚大な犠牲を出した災害があって、今 日このようなお話をさせていただく機 会が与えられたのです。われわれの社 会は、このような災害によってさまざ
持続可能な社会形成に向けた 下水道施設を考える 東日本大震災を契機として
大村達夫 おおむら たつお
東北大学大学院工学研究科土木工学専攻教授
福士先生とは、もう何年ぐらい前に なるでしょうか、先生がアメリカから 帰ってこられてから、うちの研究室で 三年か四年ぐらい一緒に研究をした仲 です。 今日のタイトルは、「持続可能な社会 形成に向けた下水道施設を考える」と いうことで、それを東日本大震災を契 機として考えるということです。 もしも東日本大震災がなかったら、 今日こういう場で話をするという機会
まな被害を受け、それに打ち勝とうと して現在のようなインフラをつくって きました。しかし、それでもこの災害 です。持続可能な新しい社会をつくっ ていかなければならないということを つくづく感じます。
未来志向で考える
下水道施設が震災を受け、復旧・復 興を進めてきているなかから、今まで
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ります。もともと人口減に苦しんでい た地域で、本当にどこまで復興できる のかといった議論が必ず出てきます。 それに堪えるだけの生のデータを持ち つつあります。 無償で工場を使えるようにするとか、 いろいろな支援政策があるのですが、 それらを整理し、有効性などの評価を していくことも考えています。そのよ うな取り組みを通して、次にもし災害 があるときに向けて、レジリエントな 社会をどのようにつくっていくかとい う議論につなげていくことが、サステ イナビリティ学としての使命ではない かと考えております。 まだまだ先の長い粘り強くやってい かなければいけない取り組みのごくご く端緒のご紹介ですが、私からの発表 は以上です。
福士 私から一つ質問ですが、自分で
も立ち上がれるような力のあるところ はすでに再建に向けて随分と動いてい ますが、もともとやめようとかと思っ ていたようなところ、いわば底辺のよ うなところの方が数としては多いので はないでしょうか。そういうところに 行政は具体的にどのような形で入って いこうとしているのでしょうか。 小貫 行政にしても、どうしても手が 回らないところがあって、できるとこ ろにまず頑張って立ち上がってもらっ て、そこから周囲に波及してもらうと いう戦略であるかと思います。底辺と いうとやや語弊がありますが、もとも と厳しかったところをどうしていくか というのは、やはり重要です。そのよ うなところにアクセスできる政策をど う考えるのかということは大切で、研 究の対象としてもぜひ取り組んでみた いと思っています。まずは、そういう ところにも入っていくための信頼関係 をどのようにしてつくっていくのかが
私たちの課題です。 福士 他にご質問がありますか。 安原一哉(茨城大学) 質問というよ りは感想です。私は後で石巻の取り組 み事例をご紹介したいと思っています が、先ほど最後におっしゃった、粘り 強く時間をかけてやっていくというこ とに全く同感です。そのことが、大学 の役割を果たすためのキーワードでは ないかと思っています。
福士 それでは、二番目の発表にまい ります。講演者は大村達夫先生です。 大村先生は私の元上司でして、久しぶ りに上司の発表が聞けるので楽しみに しています。大村先生は東北、それか ら国レベルの下水道関連の委員会の委 員長をされていて、今回東日本大震災 を契機として、どのような下水道の災 害対策を進めたらいいのかお考えにな っています。それでは、よろしくお願 いいたします。
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手県、宮城県、福島県、茨城県、千葉 県で大きな被害がありました(図②) 。 津波と液状化によって、広域にわたっ て一気にやられたのが特徴でした。阪 神淡路大震災でも下水道施設は被害を 受けて大変な思いをして復興したので すが、今回は青森から茨城・千葉まで の非常に広範囲で被災したために、復
その点で、津波によって電源が失われ たのは非常にきついことでした。簡単 な緊急復旧をやろうとしても、電気が ないと対応する技術が使えなくて大変 困りました。 上水道と下水道と比べますと、上水 側の整備の方が進んでいます。飲み水 はなくてはならないものですから、地 震を受けても管が壊れないようになっ ています。下水道の管はそうはなって いなくて、地震によってズタズタにな ってしまいました。 上流側だけでなく、 下流側もしっかりとしたインフラをつ くっておくことの重要性を改めて認識 させられた事案がたくさんありました。 下水道のスペシャリストが必要だと いうのも痛感させられたことです。下 水道はできあがってほぼ飽和状態にな り、下水道の技術者も飽和状態になっ ていて、そういう人はもういりません ということになっていました。ところ が実際に被災してみると、誰が直すの 図③
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興は大変な困難に直面しました。阪神 淡路大震災でも、全国からの支援を集 めて復興したのですから、これだけの 広域になりますと、困難さは比べよう がないくらいでした(図③) 。 下水道施設は単独で成り立つのでは なく、処理の流れを支える部分、つま り外部のロジスティックが重要です。 図②
みえていなかった姿がみえてきました。 いまから四〇年ほど前には、下水を 集めて、沈殿して、消毒して海に捨て るというスタイルの下水処理を行って いました。その後、微生物を投入して 処理する活性汚泥法に変わりました。 どうしてそのようになったかといいま すと、下水道を整備していった人たち
図① の頭のなかに、水環境をよくする、保 全するという視点があったからです。 今日ここにお集まりの方々は、環境 の保全にとどまらず、これから社会が 変わっていくときのキーワードは持続 可能性であるということをはっきりと 認識しておられると思います。それが 社会の常識になりつつあります。その キーワードを入れた下水道施設へと変 わっていかなければならないと思って います。 したがって、今回の震災で被災をし た下水処理施設をもとに戻すのではな くて、地域の持続可能な発展につなが る施設にぜひとも転換していきたいと、 私は思っています。 ただ、 日本の政府、 地方の下水道の事業体は原形復帰を志 向しています。水をきれいにして流す という観点でつくられていた施設に戻 すということです。それであれば、復 興のためのお金を政府からいただきや すいということがあります、しかし、
未来の下水道を考えるような形でやる べきだと、国の下水道復興の委員会や 仙台市の復興の委員会で私は口を酸っ ぱくして申し上げています。 そのような私の考えをいくつかのス ライドでみていただきたいと思います。 これがすべて正しいとはいえませんの で、そのあたりはご容赦ください。
下水道被害の実態
東日本大震災の現実の悲惨さはいう までもありません(図①) 。マグニチュ ード九という観測史上四番目のものす ごい地震がもたらしたものでした。死 者は二万人、全壊家屋が一二万戸、そ れに原子力発電所の事故がありました。 津波だけであればまだしも復興に集中 してできたのかもしれませんが、原子 力発電所の事故に大きく足を引っ張ら れています。 下水道に限ってみていきますと、岩
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せん。省エネ、創エネ、エネルギー循 環などをうまく使うものに転換してい くということです。
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壊れましたので、建て替えることにな っています。都市から出る排水を処理 して流すというだけでは必ずしも産業 にはつながりませんが、下水道が持っ ているエネルギーを使ったり、物質の 循環に関わって農業に有効活用された りするようになれば、地域経済の成長 に資するようになるのではないかと、
図⑦
地域の持続的発展のために 私は、下水道施設を核にして、地域
の持続的な発展を目指すということを 考えたいと思っています。太陽光発電 のような再生可能エネルギーを組み込 んだ水エネルギー循環システムのなか に下水道も入れて、地域生活の再構築 に貢献するようなことを考えるという ことです(図⑥) 。 仙台では、南蒲生の処理場が完全に
図⑥
か、スペシャリストがいなければ直せ ないということが生じました。 また、下水道施設が復興しないこと には、本当の復興感は味わえないので はないかということがあると思ってい ます。 災害を受けますと、緊急復旧から復 旧、そして復興へ進むわけですが、復
図④ 旧についていくつかの点を挙げおきま す(図④) 。 復旧にはスピード感が求められます。 昨年の四月から五月にかけて、国とし ての提言が出され、復興といってもす ぐに新しいものはつくれませんから、 それまでの間も、公衆衛生についてき ちんと対応できるように、段階的に進
図⑤
めていくということが示されました。 災害時にも事業が継続できるように
事 業 継 続 計 画 ( B C P 、 business )をもっているところ continuity plan とないところでは、復旧に差がみられ ます。今後はBCPをつくっていかな ければいけません。 下水処理施設は一つの事業体ではで きるものではありません。下水道に関 わるすべての人たちが一緒になって円 滑に復旧を進めていける体制を考えな ければいけません。 次に、復興ですが、最終的な復興は サステイナビリティの観点からのもの でなければいけません(図⑤) 。 そのための第一は、地震や津波に耐 えるということです。沿岸域にたくさ んある下水処理施設を、災害に耐え得 る施設に変えなければなりません。原 形復帰ではありません。未来志向型の 復興で、二一世紀の諸課題の解決に少 しでも貢献するものでなければなりま
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れてくださいまして、ありがとうござ います。 震災のお話をお聞きするとき、 東北三県のデータは当然あるのですが、 私ども茨城県も被災県なのに、取り上 げていただけていないことがあります。 茨城県のことも皆さんに知っていただ きたいという気持ちがあります。先生 にはきちんと入れて下さって大変あり がたいと思います。 調査で東北三県にまいりますと、沿 岸域が沈降してしまって、海水が入っ てきて、下水道が流れにくくなってい るところがあります。 私は歩いていて、 住民の方に「この臭いは何とかできな いのでしょうか」と聞かれました。専 門外なことで答えられなかったのです が、このような問題にどのように応じ たらいいでしょうか。 大村 下水道の使命は、汚水と雨水を 集めて、きれいにして海に流すという ことです。下流の下水処理場のさまざ まな機能が低下してしまうと、下水が はけなくなって止まってしまい、溢水 として出てきます。そうなると臭いが 出ます。仙台市では自然流下ですが、 最終的なところで放流口が壊れ、応急 復旧の段階で溢水がおこりました。そ のようなところでは、ポンプで水をく み上げて、近い川に流すようなことを しました。次の段階で、衛生的な観点 も採り入れて、塩素消毒して流すこと になります。しかし、ポンプなどがな いところでは、 水がくみ出せないので、 どうしても長引いてしまいます。 安原 個人ではできないことで、行政 が対応しなければいけませんか? 大村 電源をどう確保するかという こともありますから、個人では難しい です。溢水は耐えられないような問題 になりますので、早く対処しなければ なりません。
原圭史郎(大阪大学) 先生のお話で、 単なる復旧、復興ではなく、未来志向
型の新しい社会に向かっていくべきだ というところに、非常に共感するとこ ろがありました。下水の処理について も、栄養塩を取って資源として活用す るということは今後大きなテーマにな るのではないかと思います。下水処理 施設は資源が集まる場であると考える こともできると思うのです。例えば、 下水処理施設に固形廃棄物処理施設を 隣接させるような考え方もありうるで しょうか。下水道インフラというもの をこれからどういう方向にもっていく のか、新しいパラダイムを考えるとき に、先生はどのようなことを構想して おられるのでしょうか。 大村 下水処理の新たな施設ができ るまでに四年間ぐらいかかります。今 は、簡単な曝気で流しています。復旧・ 復興の過程では我慢しないとならない こともあります。我慢した暁には、未 来型の下水処理施設ができるというこ となら、我慢の時期も何とかしのいで
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未来志向の提言をしています(図⑦) 。 南蒲生の処理場の復興への具体的な 提案を紹介します。下水処理施設のス ペースが半分くらいになります。津波 対策では、今回の津波の高さが一〇メ ートルでしたから、その高さの津波で も施設がきちんと機能するようにしま す。太陽光発電を利用します。先ほど いったロジスティックを確保するとい う意味でも、沈澱させて消毒するくら
いのエネルギーはこの太陽光発電で確 保できるようにします。南蒲生処理場 では、二酸化炭素一トンあたり処理能 力は〇・二七八トンで、同じぐらいの 規模の全国の平均と比べてもかなり省 エネの処理場でした。また、仙台市と 処理場の間では七〇メートルぐらいの 落差があるので、自然に流下させて下 水を処理場に持ってくることができま す。この利点は生かさなくてはいけま せん。津波に堪えるために、下水を一 回は一〇メートルの高さにまで上げな ければいけないのでエネルギーは食い ますが、上げたところから下がるとき に小水力発電をかまして少しでもエネ ルギーを確保しようと考えています。
未来社会のためのインフラ 最後に、 私はコスモスが結構好きで、 被災地でも秋にはコスモスが咲きまし た(図⑧) 。自然は回復する力をもって
います。震災後の五月には、田んぼの あぜ道には緑がいっぱいになっていま した。しかし、田んぼのなかには車が 残り、ヘドロがたまっていました。自 然は確実に復活しますが、われわれが つくった社会インフラは、放っておい たらいつまでも被災したままの状況で す。自らの手で復活させなくてはいけ ません。元に戻すのではなくて、多く の人たちの犠牲の上にわれわれの社会 が成り立っていることを思って、新た なより良い未来社会をつくっていかな ければなりません。
福士 ありがとうございました。会場 からご質問はありませんか。
安原 先生のいまのお話をお聞きし て、今日ここにきてよかったと思いま した。 先生に一つお礼を申し上げます。 被害のまとめのところに、茨城県が入
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図⑧
■セッション1 発表3
東北大震災後の持続的漁業再建を目指して 気仙沼延縄漁業を例として
いしむら がくし
石村学志
をしていました。 地震の一カ月前にも、 流された場所にいて、いろいろな話し 合いをしていました。その後、震災が 起こり、これからどうするかというプ ロジェクトをおこなっています。 今日ここには工学系の方が多いよう ですが、漁業専門の方、水産業に関わ っている方はおられますでしょうか。 農業ですと関係する方は若干おられる と思われますが、漁業、水産業だと人 がいないというのが日本の現状です。 日本は水産大国でありながら、水産
北海道大学サステイナビリティ学教育研究センター特任助教
私は気仙沼で漁業関係の研究をおこ なっています。 それらの概要を話して、 生物経済の分野での特徴的な分析を少 し出したいと考えています。
震災前からの厳しい状況 気仙沼の近海漁業は、震災前から経 済的に厳しい状態にありました。非常 に閉塞した状況が一〇年余り続いてい たのです。震災前から気仙沼に入り、 そこの漁業をどう建て直すかという話
資源管理という分野に関して、非常に 人材が不足しています。水産学でも遺 伝学とか分類学とかでは世界的に高い レベルにありますが、資源管理や経済 分析などの数理的分野になると人材が 圧倒的に不足しています。日々これだ け魚を食べている日本に、水産資源管 理に関係する研究者が少ないのは、残 念ながら驚くことではないのです。
持続的漁業とは
最初に、どのような漁業が持続的で あると私が考えているのか、少し説明 します(図①) 。漁業のシステムのなか には、二つのコンポーネントがありま す。海のなかを泳いでいる魚とわれわ れの社会です。二つをつなぐ存在とし て漁業という産業があります。漁業が あることで、われわれは食料としての 水産物を得ています。 それともう一つ重要なのは、特に気
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いただけるのではないかと思っていま す。日本では、この機会に新しい下水 処理施設にしないのなら、そのような ものをつくることは当分できなくなる でしょう。もしかしたら発展途上国と かで早くにつくることがあるのかもし れません。 下水道がもっているエネルギーをう まく使って、スマートなエネルギー循 環を考えましょうということを申しま したが、太陽光発電と下水道とはやは り異質なシステムです。先ほどいいま したように、電源が失われたときに、 太陽光発電があればすぐエネルギーを 取れるということがあると思います。 また、地域での電力の自給を考えます と、下水道がもっているエネルギーを 使い、太陽光発電も組み入れていかな いと、うまくいかないのではないかと 思います。 物質循環については、いまは下水処 理で出た汚泥は焼却炉にもっていって います。それを資源化することをぜひ 考えていきたいです。下水処理も持続 可能性に貢献できるようになります。
小貫 この規模の地震、津波がきたと きには、耐えられる下水道にしなけれ ばいけないとおっしゃったのですが、 一方で、堤防の議論では、一〇〇〇年 に一度の津波に耐える堤防を本当につ くるのか、 それとも、 堤防は低くして、 一〇〇〇年に一回のクラスの津波だと 超えてしまうけれども、すべてをハー ドで対応するのではなくて、逃げられ るようにするやり方もあるという議論 もみられます。高い堤防をつくること が景観にいいのかどうか、それにコス ト的にも膨大になります。下水道で津 波に耐えられるというのは、どういう レベルでのことをお考えでしょうか。 大村 津波対策委員会でもその話は ありました。茨城県の下水処理施設を 新しくして復興しようというときに、
どのぐらいの津波を想定したらいいの かということはだれもいえません。少 なくとも、下水処理施設が機能停止に 陥らないようなレベルにしなければな らないでしょう。下水処理施設は日々 水をきれいにしているので、堤防とは 少し違います。下水処理施設の方がよ り選択肢がないような気がします。仙 台の蒲生の処理施設でいうと、七〇万 人の命に関わってくるものですから、 一〇〇〇年に一度ぐらいの地震にも耐 えられるということを考えないといけ ません。ただ、下水道でも分散型とい うことはあるのかもしれません。地域 のいろいろなステークホルダーの人た ちとコミュニケーションを経て、初め てどのような下水処理施設を選ぶのか 決められることだと思います。
福士 大村先生、ありがとうございま した。次は北海道大学の石村先生のご 発表です。
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う三重の被害を受けました 図(② 。) ほとんどの船がやられてしまいまし た。今でも気仙沼にいくと、船が陸に 上がってしまっている様子をみること になります。五〇〇トン近い大きな船 も陸に上がってしまいました。それら は水に戻すよりは解体するほうがコス 図②
トが安いということで、船はほとんど が使えなくなりました。 気仙沼港はかなり地盤沈下しました。 元から埋め立て地で、かさ上げしては また沈むということを繰り返してきま した。加工工場のあった場所は埋め立 て地で、津波をかぶったうえに、全体 的に沈みました。陸に水が入ってきて 魚が泳いでいるのが現状です。とりあ えず道路のかさ上げはやっているので すが、地盤が駄目になったのは、港の 復興には厳しいことです。 そして、地震がおこったときには流 通の供給チェーンが断たれてしまいま した。それらのことから、気仙沼は壊 滅的な状態になりました。 ここでご紹介する近海延縄の船団は、 二〇一一年の震災前には一八隻の船が いて、一六隻が生き残りました。遠洋 に出ていたからです。近海延縄といっ ても、日本からは遠く離れて、日付変 更線近くにまで出向き操業します(図
③) 。 外洋に出ていた一六隻は津波の影 響を受けませんでしたが、二隻は港の なかにいて完全に燃えてしまいました。 残った一六隻をどう使うかが気仙沼の 復興の鍵になっています。 延縄漁業は、皆さんはみたことがな いかもしれませんが、ほとんどはマグ ロ類です、大体の刺身になるグレード の魚はこの延縄で獲っています。 気仙沼の近海延縄の船団はマグロ漁 業といっているのですが、マグロはほ とんど獲っていません。メカジキとヨ シキリザメという二つの魚種が中心で、 それで大体年間水揚げの大半を占めま す。日付変更線までいって漁をしてい て、近年の燃料費の高騰と労働力不足 が深刻になって、経済的に苦しくなっ たというのが震災前の状況でした。 もう一つ重要なのは、地場産業と密 接に結び付いていることです(図④) 。 フカヒレとかフカヒレラーメンとか食 べられたことがあると思うのですが、
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仙沼で重要なのですが、漁業という産 業があるために、雇用が創出されると いうことです。気仙沼は地理的に隔離 された場所ですから、漁業という産業 なしでは成り立たない地域です。 私の専門の資源経済では、魚という
図① ものを再生産性の天然資源であると捉 えます。一番大切なのは、漁業という 業があって、 魚を利用する人間がいて、 初めてそれが資源として認識されるこ とです。この資源は再生産性でありま すから、適正な形で管理していきさえ すれば、永続的な利益をわれわれは得 ることができます。再生産性を保つと いうことは、資源を単純に管理すると いうことだけではなく、もう一つ、産 業を管理するということです。産業自 体がないと、資源の永続的な利用、持 続的な漁業が成り立ちません。
気仙沼近海延縄船団と大震災
気仙沼は二〇一〇年の水揚高は全国 九位で、遠洋漁業の基地になっていま す。カツオとかメバチマグロとか、気 仙沼産の魚を食べたことのある方は多 いと思います。人口七万三〇〇〇人の うち、 漁業の直接雇用が二九〇〇人で、 一六二の食品加工場に六五〇〇人が雇 用されていいます。つまり一万人ぐら いが漁業、水産業に雇用されて携わっ ていますので、七万人の市の人口のほ とんどが、この産業に依拠しているこ とになります。 震災の直接的なダメージとしては、 皆さんもリアルタイムでごらんになっ ていたと思いますが、リアス式の湾の 奥に非常に大きな津波が入ってきまし た。津波が燃料タンクに当たって火災 がおき、鎮火しない状態がずっと続き ました。地震のうえに、水をかぶった うえに、すべてが焼けてしまったとい
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なくなりましたので、メカジキは全く 水揚げができなくなりました。サメも ほとんどの加工業がやられてしまい、 やはりほとんど水揚げができなくなり ました。いまは、次第に戻ってきては います。
近海延縄船団の立て直し 気仙沼の復興での鍵はこの近海延縄 船団をどう立て直すかです。経済的に も立ち行く漁業を再生しなければなり ません。そこでわれわれは三つのアプ ローチを考えています。復興のための 漁獲行動の最適化、地域参加型研究を 通した漁業者のビジョン形成、 そして、 サメ漁業を保護するための国際戦略の 立案と海外での積極的なプロモーショ ン活動の展開です。この三つの最初の 部分について少し詳しくお話します。 メカジキ漁業は、資源量は非常にあ るのだけれども利益が出ない状態が続
いていました。二〇一一年に私とハワ イの統計学者、ジョン・ブロイザック 氏と二人でやった資源評価では、国際 委員会で認定されているものがありま すが、メカジキの資源は非常にいい状 態にあると結論しました。たいていの 漁業が立ち行かない状況になるのは、 資源が悪い状態にあるからで、メカジ キ漁はそうではないのです。 メカジキ漁で何がおこっているのか、 どうすれば利益を上げられる漁業に変 えられるのかという分析をするために、 価格モデル、費用モデル、漁獲モデル をすべて掛け合わせた生物経済モデル をつくりました。 メカジキで非常に重要なのは鮮度で す。魚はフレッシュなものがいいに決 まっています。ところが、鮮度は非常 に主観的なもので、それを示すデータ が世界中でほとんどありません。われ われのところには詳細な航海記録が何 十年分かありましたので、それを分析
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震災の直後は、漁に出ていた船は、 家と連絡が取れなくなったので、とに かく気仙沼に向かって帰ってきたので すが、なかなか気仙沼には到着できま せんでした。魚は銚子とか三崎にとり あえず揚げていましたが、値が付かな い状態が続いていました。 気仙沼では、 冷凍・冷蔵の手段も、輸送する手段も 図⑤
気仙沼のサメ加工の産業を支えている のがこの延縄船団です。世界のほかの 場所では、サメはひれを切ってあとは 捨てています。しかし、気仙沼では、 骨から皮から身からすべてを使ってい て、それができる世界に唯一の場所で す。 この漁業がなぜ日付変更線までいく
図③ ようになったかというと、とにかく船 をいっぱいになるまで獲ろうという漁 獲行動によって、遠くへ遠くへと進む ようになったからです。この満船主義 が実は逆に経済的な逼迫を招いたとい う分析を後でお話します。 気仙沼の延縄の年間水揚げの八〇~ 九〇パーセントがメカジキとヨシキリ
図④
ザメの二つで占められていますが、こ の二魚種では、ターゲットとしている 市場の性格が非常に異なります。メカ ジキは直接食べる市場にまわります。 刺身とかフィレとか味噌漬けとかで、 価格はもちろん鮮度に非常に依存しま す。それに対してヨシキリザメは、ほ とんどが加工にまわります。ひれは香 港を介して世界市場へ、骨とか一部の 皮はコンドロイチンなど薬剤の材料と なり、身ははんぺんなどになります。 はんぺんはいまは代替品が出ています が、ヨシキリザメの身を使うのが味覚 の上でどうしても重要だった時期があ ります。皮は以前はイタリアに輸出し てハンドバッグなどをつくっていまし た。触り心地はいいしロマンもあるの で、気仙沼でハンドバッグをつくって 産業の起爆剤にしようという話が以前 はあったようです。大きく分けて、メ カジキは生鮮市場に出て、ヨシキリザ メは加工市場に出ます。
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〇パーセントから三〇パーセントでし た。燃料費が全体の経営を圧迫してい るのがわかります。 こうしたデータを全部積み重ねて一 つの漁獲モデルをつくりました (図⑦) 。 Y軸がメカジキの漁獲量、X軸が航海 日数です。黒いラインがどれだけメカ ジキが獲れたかで、航海日数あたりの 利益が点線で示されています。二〇一 〇年までの結果では、船はだいたい四 一日走って漁獲は最大の状態にまでい きます。 しかし、 利益は出ていません。 といいますのは、遠くにいけばいくほ ど鮮度が落ちて単価が落ちるのと、い けばいくほど燃料費がかかるという二 つの要素によって、利益が出なくなる のです。計算によってそのことが明快 に出ています。航海はだいたい二五日 にして、満載にしない方が利益が出る という結果です。実は、そのような話 は漁業者もしていて、短くすればいい のではないかといっていながら、しか
し、それができずにいました。はっき りとした数字がなかったのと、満船に する漁獲行動を取らせる要因があった からです。 どうして満船主義がおきたかという と、利益配分の問題があります。船に は、船を操作する船頭さんがいて、船 頭さんと船員の取り分は総収入の三二 パーセントです(図⑧) 。その残りから 船主がコストを払って利益を出します。 船頭さんや船員は獲れば獲るほど収入 が増えますが、船主の方はコストを考 えなければいけないので、両者の間で は経済的なインセンティブの遊離があ ります。そのために、利益を最大にす る行動が取れなかったのです。 では、どうすれば最適化できるのか というと、数値が出ましたから、次の ステップは、利益配分の形を変えるこ とです。 いまの話はメカジキ漁で、船はヨシ キリザメと両方をターゲットにして航
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することで、一日遅れるとどのぐらい 値が下がるのかという計算をしました (図⑥) 。基本的に、日数がたつほど価 格は下がります。 もう一つキーになるのが燃油費です。 原油高が続いていますので、現在のと ころコストのうち燃油費が四〇パーセ ント以上を占めます。九〇年代は、二 図⑧
図⑥
図⑦
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図⑩
サメ漁業に対する批判で、それについ て紹介しておきます。二〇一二年二月 に、イギリスの『ガーディアン』にす っぱ抜きをされて、サメ漁業に対する 批判が集中的におこっています。シー シェパードがくるという話も一時あり ました。それに対して、戦略的な対応 を考えています。ヨシキリザメは資源 的にはいい状態にあります。それにつ いては今年の国際委員会で出る予定で す。それともう一つ、気仙沼の場合は 地場産業と密着していて、ほかのとこ ろのサメ漁業とは非常に違うというこ とを強調していきます。 香港にあるNGOと先月話し合いに 行ってきましたが、気仙沼のサメ漁が 持続的漁業であると認められれば、気 仙沼のフカヒレはプレミアムを付けて 売れるのではないかということがみえ てきています。他のサメの漁業は、ア フリカでもインドネシアでも、サメを 獲ってきてヒレだけを切って、乾かし
て香港に送るというものです。それは 持続的でないし、加工もどこでやって いるのかわかりません。気仙沼だけが 加工を一貫して行ってサメ全体を使っ ています。持続的な漁業であるという 認証が取れる可能性があります。それ を取ることでプレミアムを付けて世界 市場に打って出て、地域再生の起爆剤 にできたらと考えています。
福士 大変興味深い発表で、質問をい ろいろしたいところですが、時間の制 約がありますので、後でもし可能なら 質問を出していただこうと思います。 次に安原先生の発表に移ります。安 原先生は茨城大学の名誉教授で、IR 3S発足当初からさまざまなご協力を いただいています。今回、東日本大震 災のことに関しての発表をお願いしま した。
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海しているときがありますので、分析 を拡張させていくことになります。
ビジョンをもつ 震災のなかで一番問題であると考え ていますのが、 「もう駄目だ、立ち上が
図⑨ れない、やめるしかない」という気持 ちになることです。インタビューをす るなかで一つわかってきたのは、ビジ ョンをもつことの重要です(図⑨) 。ビ ジョンがあれば課題に立ち向かうこと もできます。 私は資源経済が専門ですが、北海道 大学ではリーダーシップ論の教員とし て働いています。そこでは、何か大き な問題に直面したときに、ビジョンを 掲げていかなければいけないというこ とをいっています。ビジョンは、良く なるとか悪くなるとかの単純な見込み ではありません。現実的な数字があっ て、それに対してどのようなパスをつ くっていくかということもあるもので す。 ビジョンをもつようにすることを、 地域参加型研究という形で進めてゆこ うとしています(図⑩) 。最初に漁業者 に、 「どれだけの収入があれば、自信を もって持続的な漁業だといえるのか」 、
つまり「あなたのお子さんにこの漁業 を譲り渡したいと思えるようなるの か」と尋ねます。例えば二億円という 数値が出てきましたら、その数値を共 有して、「そうなるためには一体どこを 変えていけばいいのですか」と尋ねる のが次のステップになります。 われわれの研究の要は方向性を変え ていくことにありますが、同時に、被 災者も自発的に考えて、ビジョンを形 成するプロセスを自らつくっていきま す。ゆくゆくはここで調べたことを一 つの論文にしたいと思ってはいますけ れど、これは単純な研究ではなくて、 被災した方々が再生していく、未来を つくっていく過程そのものです。そこ でのキーがビジョン形成であると考え ています。
持続的漁業システムの再建
最後に、 いま問題になっているのが、
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図② 国土地理院のデータを見ますと、本 当に大きく地表面が変位し、東北で約 一メートルの地盤の沈降をおこしてい ます(図③) 。やはり風間先生からお借 りした写真(図④)ですが、地震が起 きる前と後で、浸水域がどれほど広が ったかがおわかりいただけると思いま す。
石巻市の地盤沈降 私が地盤沈下のことに関わるように なったのは、NHKの取材を受けてい るうちに、地域のことへとのめり込む ようになったためです。 石巻市渡波 (わたのは)地域に万石浦 という内湾があります(図⑤) 。津波の 影響はそれほど大きくは受けていない のですが、一メートルぐらいの地盤沈 降がおきて、浸水の影響を受け、どう 対応していったらいいのかという課題 が出ています。私の地元の茨城県も震
災でいろいろと大変なのですが、もっ と大変な石巻市の事例を検討させてい ただいて、そこで得られた経験を茨城 県にも生かしていくことができるので はないかと考えて、チームをつくって 取り組みを始めました。 図⑤、図⑥は、宮城県からお借りし たデータで、図⑥は震災の直後の浸水 の状況です。まち全体がすごいことに なっていて、特に大潮のときに広範囲 で浸水してしまいます。一生懸命に水 をポンプで外に出していて、一年たっ たいまも続けている状況です。 この渡波地区でどういう取り組みを 始めたかといいますと(図⑦) 、市や県 からは頑張ってくださいと応援はいた だくのですが、お金はありませんとお っしゃるので、私が代表理事をしてい るNPO組織の皆さんにほとんどボラ ンティアで手伝っていただき、大学に お願いしてお金を、何十万円というレ ベルですが、いただきました。幸いな
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■セッション1 発表4
東日本大震災の教訓と地盤工学的課題 克服するための取り組みと大学の役割
やすはら かずや
安原一哉
か、チャレンジをしていかなければな りません。ここでは、三番目にありま す、地殻変動に伴う沿岸域の地盤の沈 降に対してどういう対応をしていけば いいかということをお話をさせていた だきます。 地殻変動に伴う地盤の沈降は、われ われの工学の分野で通常いうところの 地盤沈下とは違っています。 今回の地震に伴う地盤沈降で重要な のは、地盤が沈降するとともに、海面 上昇の影響を受けつつあるということ
茨城大学名誉教授/茨城大学地球変動適応科学研究機関産官学連携研究員
一見して私の演題は壮大です。私は 地盤工学学会に所属していて、何か学 会長が話をするような表題になってい ます。ここでの話題は一つだけに限ら せていただきます。
地殻変動に伴う地盤の沈降 地盤工学に突きつけられた課題は何 か、東北大学の風間基樹先生が非常に 綺麗に整理されています(図①) 。それ に対してわれわれはどう解決していく
です。台風による高潮などのときに、 浸水する領域が広がります(図②) 。風 間先生の言葉を借りますと、温暖化の 影響はまだまだ先の話だと思っていた のが、今回の地震でいきなり大変だと いうことになりました。ゼロメートル 地帯がいきなり五倍ぐらい増加しまし たので、浸水域が増加していく恐れが あります。
34
図①
図⑤
図⑥ 37
図③
36図④
するだけでなく、日常的に浸水がおこ るようになるかもしれません。それに 対してインフラをどうしていくのか、 放っておけない問題です。いつからそ のような状況になるかという予測には、 やはりモニタリングのデータが必要で す。沈下のモニタリングと、海面上昇 のモニタリングの二つを続けていかな ければなりません。
護岸への対応 私は地盤工学が専門ですから、その 立場から、護岸がどのように被災し、 どう対応していかなければいけないの かということをお話します。岸壁が倒 れ、道路の盛土だけが残っている状況 で、地盤が下がって、大潮で水が上が ってきますと、本当に大変なことにな ってしまいます。 とりあえずの復旧の作業として、土 嚢を岸壁のあったところに並べました。
その土嚢が、住民の方によると、足で 蹴るとドボンと下に落ちてしまいそう な積み上げ方だったという話をされて いました。市も県もなかなか大変なの ですが、もう少しちゃんとやっていた だけたらという気はします。もう少し 固定されるような土嚢を使うとか、前 の方に置くとか、いろいろな工夫はあ るのではないかと思います(図⑨) 。土 嚢に入れる土砂にがれきの燃やした後 の灰を利用することも考えられるので はないかと思います。
防災・ 減災と適応策
私どもが所属する地盤工学会で、温 暖化や気候変動というキーワードを出 しますと冷ややかな目でみられます。 ですから、私は学会ではどちらかとい うとマイノリティです。海面上昇は本 当に温暖化によるのかとか、集中豪雨 が増えて台風が大きくなるのが本当に
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データを探したら、二つあって、両者 とも、トレンドとしては、顕著な勢い で海面が上がっています。 そうしますと、先ほどの話の繰り返 しになりますが、地盤の沈下と海面上 昇の複合化ということで、大潮で浸水 図⑨
ことに東北大学の風間先生や東北学院 大学の飛田先生、地元のコンサルタン トに協力していただいています。コン サルタントは県から調査資金をもらっ ています。 地盤沈下の要因として地殻変動によ るものが大きくて、それが少し回復し
図⑦ つつあるのではないかという議論があ ります。地殻変動のほかに、液状化に よる沈下もあります。湾の周辺には粘 土地盤が堆積していて、これは地震の ときに壊れることはないのですが、地 震後ゆっくりとした沈下が進みます。 これらの合計とし陸地は沈みますので、
今後の予測はなかなか難しいのです。 ということで、測量と長期的なモニタ リングが必要です。GPSとICセン シングタグなどの機器を利用してモニ タリングをやっていこうとチームで議 論をしているところです。土地の測量 にはいろいろと難しい問題があります ので、地元の方々に歓迎されるような 方向で、少しずつ時間をかけて、いろ いろな議論を重ねながら根気よく進め ていこうと思っています。 一つデータをお見せします(図⑧) 。 今回の地震ではなくて、一九七八年の 宮城県沖地震の直後に沈下した場所で、 その後もダラダラと沈下が続いていま す。それは地殻変動に伴う地盤沈下と は違った要因でおきるものです。同じ ようなことが今回の地盤においてもお こるのでないかということが、私ども のモニタリングをするきっかけになっ ています。 一方で、石巻市近傍の潮汐の変動の
図⑧
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お二人を軸にしていろいろな分野の 方々が集まりました。政策担当者も何 人かがこられましたが、どちらかとい うと技術系の方が勢いが強く、それは あまりいいことではなくて、政策の担 当をする方からも、技術に対して、も っと注文がほしいところです。フォー
ラムを一回行って終わりではなくて、 この後はどのようにしていこうかとい ま考えているところです。 われわれは大学にいますから、大学 の役割について考えていかなければな りません(図⑫) 。震災に対応して、県 や市との協力し、住民と協力するとい う連携をしっかりとやっていかなけれ ばなりません。実際に現場に行きます と、住民の方への話し掛け方がなかな か難しいと感じることがあります。大 学が出て行くのを、市町村が嫌がると いう面もあるようです。適応策の推進 には、大学が大きな役割を果たしてい くべきではないかと考えています。
福士 安原先生、どうもありがとうご ざいました。 私からの質問で、最後に大学の役割 についてお話されましたが、学生の役 割はどのようにお考えでしょうか。
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図⑬
うということでした。茨城大学の三村 信男先生が適応策の立場で、東京理科 大学の龍岡文夫先生が土木の立場から キーノートスピーカーになっていただ きました。竜岡先生は私どもの学会の 前会長で、 バリバリの土木の先生です。 お二人は論争にはなりませんでしたが、 図⑫
温暖化が原因なのかという疑問が出さ れます。また、私は石橋克彦先生が「大 地動乱の時代」とおっしゃっているの を、その通りだと信じていて、温暖化 と大地動乱が重なると自然災害が激甚 になると考えています(図⑩) 。今日の このような場ですと、そうだと皆さん
図⑩ も納得していただけるのですが、私ど もの学会では、それはおかしいのでは ないかと反論されます。 私は最近は、従来の防災・減災の考 え方に、新しい視点として、適応策の 考えを入れていくべきだと発言してい ます(図⑪) 。適応策とは、気候変動に
図⑪
伴う災害に対して、防護、順応、避難 で対応するものです。防災・減災も同 じような仕方をとるべきだと主張する と、 「適応策って何なの?」と、なかな か受け入れてもらえません。気長に言 い続けていくしかないと思っています。 もう一つ、十分には受け入れられて もらえないのが、技術と政策との融合 です。技術を政策へ反映していく、あ るいは、政策の方から新しい技術の展 開を促す、そのような融合がキーにな るのではないかと思います。それと、 ハードとソフトの融合、統的技術と新 しい技術の融合、…、いずれも融合が キーワードです。 防災・減災と適応策の融合に関して、 茨城大学で防災と適応に関するフォー ラムを開きました( 『サステナ』第 号 にその一部が紹介されている) 。 フォー ラムの趣旨は、気候変動に対する適応 策と防災・減災が一つになるようにし て取り組む方向性について議論をしよ
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■セッション1 発表5
都市を支えるインフラの脆弱性 福士謙介 ふくし けんすけ
ないかもしれませんが、関東ではつい 最近、水道水にホルマリンが含まれ、 広範囲で水道が止まるという騒動があ りました(図①) 。 ホルマリンがどうしてできたのかと いいますと、ヘキサメチレンテトラミ ンが原因物質だとわかってきました。 水道法で、水道水には塩素をかけない と駄目だということになっています。 ヘキサメチレンテトラミンと塩素が反 応するとホルマリンが生じます。ホル マリンにどれほどの毒性があるかとい うことには若干の研究が必要です。日
東京大学サステイナビリティ学連携研究機構准教授
私は土木学会の会員で、サステイナ ビリティ学には八年前ぐらいから関わ っています。土木というのは都市もし くは社会基盤のサステイナビリティに 関わる分野ですから、サステイナビリ ティと土木は全然違うものではないと 思っています。
水道にみる脆弱性 私は東大の建設系の教員としてここ 三年ほど、 脆弱性研究を行っています。 関西ではあまりニュースになってい
本の基準はWHOの基準の一〇分の一 で、そのレベルであれば、短期間の曝 露なら、それほど問題がないと思って います。 ホルマリンのために千葉では三五万 戸が断水しました。先ほどの大村先生 がお話された震災による断水と比べれ ば、規模が一桁違いますが、大変に多 くの家で断水となりました。関東の水 道というのはそれほど強固なものでも ないということのようです。 東京では三郷浄水場が止まりました。 三郷浄水場が止まるということは基本
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安原 学生の活動は重要です。私はい まは学生のいないところにいるもので すから、現地調査には学生さんは加わ っていません。 ボランティアを募って、 今回はエンジニアが一〇人、ボランテ ィアが二人、NPOが八人でした。こ れからの解析や分析には学生に加わっ てもらうと考えています。学生と一緒 に取り組んでいくことは重要です。 田村誠(茨城大学) 大学の役割につ いての補足で、茨城大学のいろいろな 活動を少し紹介しておきたいと思いま す。 茨城大学では震災後の昨年三月下旬 に震災調査団を組織しました。その事 務局が茨城大学地球変動適応科学研究 機関(ICAS)にあって、三村先生 がリーダーとなって、ICAS以外の 学内関係者や学外に声をかけて、特に 茨城県における震災調査を行いました。 昨年のSSCの研究集会でも三村先生
がその途中経過を報告をしています ( 『サステナ』第 号に掲載) 。一二〇 名ぐらいが参加し、そのなかにはNP Oや学生もいました。一部の学生は卒 論の研究として継続して取り組んでい ます。 もう一点、安原先生がお話された適 応フォーラムに私も参加しまして、大 学の役割についていくつかの意見をい ただきました。新聞記者さんにいわれ たことを紹介します。「今回の震災にし ても、大学はもっといろいろな形で情 報発信をしてほしい。例えば放射能の 健康への影響という問題ではいろいろ な情報が出されていて、どれを信じた らいいのかわからない状況にある。大 学は、先生方がもっている情報を、信 頼されるような出し方で発信してもら いたい」と指摘されて、非常に大きな テーマを与えられた気がしました。大 学がどのように情報を出していくのが よいのか、もっと議論しなければいけ 20
ません。
福士 現場に行くことは非常に大切 だと、私も震災の調査に行って実感し ました。私たちの大学人の現場力のな さに我ながら愕然としました。現場力 というのは、深い理解と経験に基づか なければできてこないものですから、 学生たちには、現場力をみんなで頑張 って付けていこうということをいいま した。 では、次は、私自身の発表です。総 合討論の時間に食い込んでいますので、 手短にさせていただきます。
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る効率五八パーセントのガス発電所で すが、そのガスを供給するパイプライ ンがあって、 そこからガスをもらって、 付臭して配給しています。 津波によってマレーシアから輸入さ れる液化天然ガスの気化装置や付臭設
イプラインからの供給に一〇〇パーセ ント切り替えることで、早期にガスの 配給が再開されました。 震災の直後に私も仙台にいって、風 呂に入れない状況が続き、早く水もガ スも復旧してほしいと思いました。し かし、水道が通じ、ガスが通じて、人々 が風呂に入り出すと、下水の量が増え ますから、下水処理施設の壊れた南蒲 生あたりでの下水処理が大変になるこ とがわかっていましたので、複雑な思 いでした。
下水にみる脆弱性
東北地方の中央には奥羽山脈という 背骨のような山脈が通り、東側に太平 洋があって、その間に都市があります (図④) 。仙台市では、山の方から供給 される水を使って、排水して海洋へと 流していきます。全体がなだらかな斜 面になっているので、水道水も下水も
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図④
備が破壊されてガスの供給が止まりま した。地震動によって各戸での被害も ありました。それでも、仙台市のガス 配給は四割が耐震化され、基本的には 地下施設であることもあって、それほ ど多くの被害はありませんでした。パ 図③
的にあり得ないことで、 想定外でした。 東京の水道はどちらかというと脆弱性 が低いと思っていましたが、三郷が止 まるのをみると、そうでもないのかな という気がしています。ただ、東京の 浄水は広域のネットワークを組んでい
図① るので、 断水はおこらずにすみました。 仙台市では震災後に一八日間の配水 停止がありました(図②) 。それだけ長 くなった原因は、二・四メートルの管 が一カ所外れたことで、その復旧に時 間がかかりました。また、仙台市には
図②
二系統の水道があって、その連携が当 時進行中でした。もし連携ができてい れば、これだけ長期の断水にはならな かったと思います。断水の原因はこれ だけではなく、復旧には、水道管のチ ェックを非常に労働集約型であちこち でしなければならず、時間を要しまし た。 この二つの事例を見ても、水道の脆 弱性がある程度わかるかと思います。
ガスにみる脆弱性
一方で、震災においても、ガス供給 は頑健性を示してくれました(図③) 。 仙台市にはある程度ラッキーな面もあ りました。仙台市のガス供給源は主に マレーシアから輸入される液化天然ガ スが主要なもので、仙台港の近くで気 化させて各戸に配布しています。それ にプラスしてもう一つの系統がありま す。仙台新火力発電所は東北電力が誇
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菜を育てていた畑ですが、私の知り合 いの農学部の先生は、ここはもうラッ キョウかネギぐらいしかできないとい っておられました。 日本の農業にはいろいろな形態があ ると思いますが、土地改良区の一例を 図示します(図⑧) 。揚水機場で川から 図⑦
揚水して、田んぼに配水し、そして排 水機場で排水して海に出します。津波 がくると、排水機場がやられて、排水 ができなくなります。あるいは、地盤 沈降があって、海水が入ってきて塩害 をおこします。排水機場がやられたの に揚水機場を動かしますと、田んぼは
水浸しになってしまいますから、排水 機場を直さないと揚水機場は動かせま せん。塩害に対しては、塩を水で洗い 流さなければならないのですが、排水 機場が壊れていると、塩の排除は雨で しかできなくなります。 農業の排水機場は、土木がつくるも のと比べて非常に小規模ですから、復 旧にはそれほど時間がかからないと思 ったのですが、実はすごく時間がかか っています。 航空機についてみますと、地震発生 から一時間で仙台空港に津波が押し寄 せました(図⑨) 。飛行場というのは、 もともとレジリアントな設備です。空 港だけ直せば、周りの設備が復旧しな くても、飛行機を飛ばすことができま す。飛行機は点と点を結ぶ交通手段で す。仙台空港から四月一三日に第一便 を飛ばしています。その三週間前に交 通局に伺ったときに、一カ月以内に飛 ばすように日本航空に指示を出したと 図⑧
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自然流下です。南三陸の場合には、上 水が地下水で供給されるところも多い のですが、排水は自然流下です。 ですから、東北地方の下水道ネット ワークは、平常時は自然流下で大きな 省エネになっていますし、電気が止ま っても流れるものは流れていきます。
図⑤ 下水は下水処理場で処理されてから、 あるいは、ポンプ場を介して、海に放 流されます。問題は、津波がきて、下 水処理場もポンプ場もやられてしまっ たことです。下水処理場は大体ひとけ のないところに建っていますので、そ こがやられて水があふれても、海に流
図⑥
れ出ていくだけですが、ポンプ場は、 河川に沿ってであるとか、人が住んで いるようなところにあって、水圧を上 げて外に水を送り出しています。ポン プ場が津波でやられてしまいますと、 人の住んでいるところに水があふれて しまいます(図⑤) 。住民にとって不満 感の高い状況になります。 陸前高田の浄化センターでは、窓に 松が刺さっていました(図⑥) 。陸前高 田の海岸には松原があったのですが、 写真の松がそこからきたものかどうか はわかりせん。がれきによる二次的な 被害が相当にありました。それで、沿 岸域には木造の住宅を建てるべきでは ないと、極論のようなことをいう人も います。
農地にみる脆弱性
農地の被害もありました。写真(図 ⑦)は荒浜のあたりで、もともとは青
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私たちに与えられた研究の課題だと私 はとらえています。途上国は、インフ ラの整備がほとんどされていないとこ ろもたくさんありますから、今後どの ような都市計画をしていくのか大きな 課題です。 先進国では、すでに都市がある程度 できています。東京のようなところで は、どのようにして都市を変えていく のかが課題です。再開発で変えていけ るのか、ソフトでやるのかハードでや るのか、いろいろな方法があると思い ますが、互い矛盾するような命題に応 えられる形で都市計画を進めていかな ければならないと思います。
分散型と集約型
そのための一つの方策として考える のは、分散化と集約化のバランスです (図⑫) 。私は下水も研究しますので、 インフラというと頭のなかには下水が
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で、自然は複雑であると私も思いまし た。 インフラの整備をしつつ、高い防災 機能と高い災害復旧機能をもった都市 を形成するというのは、持続的発展と 同じく、今後の途上国の課題です。夢 物語であるかのような感じもしますが、 それでも、これが今回の震災を機に、 図⑫
こなかったらならそれはそれで問題で しょう。もしかすると二〇メートルの がくるかもしれません。 私の父は理学部出身で、よくいうの は、自然はわれわれが考えるより複雑 であると。工学部出身である私はより 演繹的に考えて、人間の頭はそれほど 悪くないと思っています。今回の震災 図⑪
局長がおっしゃっていました。空港で は、アメリカ軍がみたこともないよう な大型の重機を使って、ガンガン直し ていました。
頑健な都市とは ベトナムのフエで、年間平均で一〇
図⑨ 日ぐらいは水が溢れます(図⑩) 。水が 出ても、人々は普通にしていて、一見 して、大変にレジリアントです。アン ケートを採りますと、「起きたら水が寝 床まできていてびっくりした」とかい うので、私としては、それでは死んで しまうのではないかと思うのですが、 その人たちは笑いながら答えています。
図⑩
しかし、このようなところでは富の 蓄積は基本的におこりません。年間一 〇日も水に浸かるようなところには、 どの会社も本社をつくる気には到底な りません。基本的に富の蓄積がおこら ないので、被害があっても大した金銭 的被害にはなりません。洪水の後で水 が引けば、あっという間に乾いて、店 ではテーブルクロスを掛けてすぐ営業 を始めます。 高機能、高収入、頑健な都市とはど のような都市かといいますと、技術で 自然をコントロールする都市です(図 ⑪) 。日本の都市もそうですし、オラン ダの都市などもそうです。問題は技術 の限界です。予測するのも技術で、自 然はその予測を超えます。大村先生は 下水処理の施設を高さ一〇メートルで つくるとおっしゃいましたが、一〇メ ートルの高さの波がいつくるのかはわ かりません。もちろんこない方がいい のですが、もしも一〇〇〇年たっても
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と思っています。 何か質問がありますか。 住明正(東京大学) 今日聞いていて、 震災の問題は、一歩一歩進んでいると いう気がしました。 今度の大震災で、既存のフレームを 変えなければいけないと、社会が思っ たことが大事です。時間がたつとだん だんとそれが忘れられて、面倒だから もとのままでいいかということが出て きてしまいます。そうならないように するのが非常に大事なので、このよう な議論、研究を継続してやっていく必 要があります。 そのときに一番必要とされているの は、個別具体的な例です。いろいろな ケースが現実におきていますから、個 別具体的なケースを積み上げて議論す ることが非常に大事です。 今日も話に出ていたと思いますが、 本当のことをいうと、成り立たなくな っているような産業が日本にはたくさ んあります。それを抜本的に見直すべ きだという話と、そんなことをして未 来があるかというせめぎ合いになって いる気がします。震災によって、より 状況が深刻化しました。それでどうす るのかということを、具体的に議論の 場をつくっていくことが大事です。 学生さんの話が出ていました。復旧 は復興に参加した学生が、次の場所で 何かをおこすようなことにつながるこ とがあるといいでしょう。それは教育 そのものに関わってきます。これはリ アルな問題で、演習ではありません。 学生がリアルな問題にどう踏み込んで いくのか、これからの課題です。 いずれにしても、ディシプリンが固 まっていない段階で、物事をどうやっ て積み上げていくのかという試みです ので、できうれば、結果を出して共通 財産にしていくようなことを留意して 進めていくことが非常に大事だと思い ます。
福士 それではセッション一をこれ で終わりまして、マイクを栗本先生に お返しします。
栗本(総合司会) 貴重なご講演とご 意見、 どうもありがとうございました。 私どものような関西に住んでいる者 は、一九九五年の阪神淡路大震災を経 験しておりますが、津波の経験は身体 的にはなかなか理解できなかった面が ありましたので、今日のご講演を聞い て、理解、共有が進んだと思います。 阪神淡路大震災のときには、ボランテ ィア学が非常に進み、三年後のそれが 一九九八年のNPO法に結び付いた経 緯があります。今後も、違う面の学術 が発展していくのだろうと思っていま す。 お昼の休憩時間の後に、一三時三〇 分よりセッション二を始めます。少し 前にここにお集まりいただきたいと思 います。
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あります。システムは、集約すること によって、基本的には効率的になりま す。下水も上水もそうです。工場も大 規模な方が効率はいいですし、 人間も、 一カ所に集まっていた方がいろいろな 産業が生まれ、生み出す金も多くなり ます。地方の寒村では、渋谷にあるよ うな変わった服を売っていてあまり人 が行かないような店は成り立ちません。 集約することで効率はよくなりますが、 その一方で、 脆弱さは増えていきます。 今回の震災を機に、分散化するとい う議論が出されています。分散化する と基本的に効率は低くなります。エネ ルギーを食いますし、分散化には技術 力も必要です。ただし、多様性が生ま れ、 脆弱さが低くなります。 たとえば、 微生物の世界をみますと、下水処理シ ステムのなかで、汚染物質を食べてい る微生物はなどはほんの一握りで、た いていの微生物は何の機能もしていな いようにみえます。本当に何もないの
かどうかはわからなくて、そうしたも のも含めて微生物の世界は成り立って います。私たちの社会でも、あまり使 いものにならないなと一見思われるよ うな人やものも、実はいろいろな意味 で社会の役に立っています。つまり、 無駄というものの重要性を見直したら どうかと思います。 美しいデザインというようなものも、 無駄だといえば無駄です。社会は常に 最適化されているわけではありません。 コストとリスクの最適化からはかなり ずれたところにある場合もあって、安 全側にシフトしていたり、もしくは危 険側にシフトしていたりすることもあ ります。最適解こだわる必要は全くな いと思っています。 都市のインフラは多様な技術によっ て支えられることで、サステイナビリ ティとレジリエンスが与えられるのだ と思います。多様なことが必要です。 多様性を生み出す機動力が大学になけ
ればいけないと思います。ただしそれ はほとんどが無駄な場合もあります。 そこからいいものを取って実現させて いくこと、あるいは、無駄なものにも 投資をしていくことが、産業界の役割 ではないかと思っています。無駄とさ れるようなものも、本当は無駄ではな いのかもしれません。 学術と産業は、私が所属する工学の 分野では二人三脚でやっていかなけれ ばなりません。サステイナビリティと レジリアンスを社会に与える形で進め ていかなければいけないと思っていま す。
福士 ここから司会者に戻りまして、 総合討論に移るのですが、予定の時間 はほぼ終わりです。 震災のテーマは、昨年に北大のクラ ーク会館で行った研究集会からの継続 です。たぶん来年も続いて、さらに今 後も継続して討論していくことになる
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イナビリティ・サイエンスに関わるさ まざまな研究を進めてきました。研究 の一つの特徴は、問題構造の俯瞰的な 理解でした。例えば地球温暖化問題が そうですが、どういった原因・メカニ ズムで温暖化がおきるのかという話か ら、気温の上昇が社会や生態系にどう いうインパクトを及ぼすのかというと ころまで、大変に複合的かつ複雑な構 造・関係性が内包されています、俯瞰 的な理解なしには正しい解決方法や対 処法を見出すことができません。 また、 将来ビジョン提案や、それに付随した 将来シナリオの設計なども重要な研究 テーマでした。こういったビジョン・ シナリオ提案に加えまして、戦略的な 知識の統合・構造化に関する議論も行 ってきました。 一方で、今日の議論の重要なポイン トになりますが、これから、どうやっ てこういった将来のビジョンを達成し ていくのか、という点が重要になって きます。つまり新しい社会への「トラ ンディション(移行) 」過程をさらに明 確化し、しかもどうやってその移行を 達成してくのか、という点については 今後さらに考えていく必要があろうか と思います。まさにこれから発展させ なければいけない未開拓の研究領域で あるともいえます。 本セッションで特に議論したいこと は、われわれの身の回りに存在してい る有望な科学技術シーズを適切に活用 しつつ、低炭素社会や循環型社会とい ったビジョンを達成していくための方 法論、あるいは研究の枠組みです。環 境に関わるさまざまな科学技術シーズ を適切かつ戦略的に活用することによ って、社会転換を実現すること、新し い価値を生み出して新しい社会を形作 っていくこと、これを広い意味での環 境イノベーションと位置付けて議論し たいと思います。 環境イノベーションにおいては、技
術の役割が重要であるのは明白ですが、 これらの技術シーズの有効活用の仕方 や技術ガバナンスの観点も含めて議論 する必要があります。技術は社会にど のように受け入れられるのか、あるい は、誰が技術を管理するべきか、とい った観点も非常に重要となってきます。 本セッションでは、これらの観点を含 めまして多角的に議論しようというの が狙いです。 最初は私の発表です。早速始めさせ ていただきます。
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■セッション2
技術シーズと環境イノベーション
■司会挨拶
原 圭史郎 はら けいしろう
大阪大学環境イノベーションデザイン センター特任准教授
昼食後、早速集まっていただきまし
てありがとうございます。このセッシ ョンは、午前のセッションで議論され た内容とは若干趣が異なりまして、「技 術シーズと環境イノベーション」と題 して広い角度から議論したいと思って います。 IR3Sでは、五大学と六つの協力 機関がネットワークを組んで、サステ
低炭素社会などさまざまなビジョンが提起されている一方で、大学、研究機関、企業におい てはさまざまな科学技術シーズが日々生み出されています。これらの研究成果あるいは科 学技術シーズをどのようにビジョンへとつなげていけばよいのでしょうか。本セッションでは 「 環境イノベーション」 を一つのキーワードとしつつ、企業のイノベーション戦略、成長いちじ るしいアジア地域における環境イノベーションの視座、科学技術とガバナンスについて、広く 議論を行いました。
栗本(総合司会) それではセッショ ン2「技術シーズと環境イノベーショ ン」を始めさせていただきます。この セッショの司会進行は、私ども大阪大 学環境イノベーションデザインセンタ ーの特任准教授、原圭史郎先生にお願 いしております。よろしくお願いいた します。
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図② 震災」については、午前中のセッショ ンで議論されました。このようにさま ざまな課題があるなかで、対処療法的 なアプローチではなく、物事を俯瞰的 にみて因果関係の構造的を理解し、同 時に将来ビジョンを提案していく、と いうのが、サステイナビリティ・サイ エンスの基本的な役割ではなかったか と思います。 既存の研究とサステイナビリティ・ サイエンスは何が違うのかということ をまとめてみます 図(② 。)たとえば 「研究開発マネージメント」という項 目がありますが、サステイナビリテ ィ・サイエンスではまさに持続性を高 めるという価値判断のもとで技術開発 がされるべきである、という論点が出 てきます。一方、 「シナリオデザイン」 のところをみますと、これまでの学問 体系では現状延長型の予測がされてき たのに対し、サステイナビリティ・サ イエンスにおいては、まず持続可能な
将来シナリオや像を提起したうえで、 そこからのバックキャストによって将 来と現状との差を認識し、そのうえで 移行モデルを考える、ということを考 えてきました。また、 「時間スケール」 というところでは、当然ながら短期で はなくて中長期で議論するべきである ということが強調されました。
環境イノベーションの現状と課題
これから研究が必要だと思われる領 域についてお話して、新しい研究テー マ・枠組みの提案をしたいと思います。 それが次のスライドにあります環境イ
ノベーションの現状と課題です 図(③ 。) 大学では日々の研究活動から、さま ざまな技術、あるいは研究シーズが生 み出されています。大阪大学において は、環境に関連する研究室・講座が文 系・理系を合わせ少なくとも一四〇ほ どあります。これらの研究はすべて、
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■セッション2 発表1
ビジョン・メゾ・シーズモデルの提案 環境イノベーション研究への視点
はら けいしろう
原圭史郎
最初に、サステイナビリティ・サイ エンスでこれまで議論してきたことの まとめを少しだけさせていただこうと 思います。われわれもすでに認識して いるように、生活の質の劣化につなが るさまざまな問題・課題が複雑な形で
サステイナビリティ・ サイエンスの 課題
ご意見をいただければありがたく思い ます。
大阪大学環境イノベーションデザインセンター特任准教授
本日冒頭にセンター長の掛下先生か らもお話がありましたように、環境イ ノベーションデザインセンターでは本 年度から新しい研究がスタートいたし ました。今日は、サステイナビリティ・ サイエンスの枠組みでこれまで大阪大 学が進めてきた研究とのつながりも考 えて、環境イノベーションに関わる新 しい研究の枠組みについて提案をさせ ていただきます。スタートしたばかり の研究ですので、これから発展させて いく必要があります。ぜひいろいろと
顕在化しており、持続可能性を脅かし ています。これらの複雑な課題群の解 決と新しい社会のビジョン提案を主な 目的として、IR3Sのメンバー大学 はサステイナビリティ・サイエンスを 推し進めてきました(図①) 。スライド にいくつかの具体的な課題が挙がって いますが、 三番目に書いてあります 「大
図① 54
図④
図⑤ 57
何らかのかたちでサステイナビリティ、 あるいは低炭素社会、循環型社会の実 現に貢献しうるポテンシャルを有して いるはずです。一方で、これまでも、 例えば政府レベルで、持続可能社会に 向けた将来ビジョンやシナリオがいろ いろと提案されてきました。 ところが、 これら技術シーズと将来ビジョンが必 ずしも明確にはつながっていないとこ
図③ ろに問題がありました。最先端の環境 研究・技術開発が進めば、これらのビ ジョン達成に貢献するはずだ、と信じ て研究者は皆努力しているわけですが、 これらの技術シーズの全体像、また技 術シーズとビジョンとの関係性が俯瞰 的・構造的にみえていないのが最大の 課題ではないかと思います。そこで当 センターでは、シーズとビジョンの両 者をつなぐような研究領域が必要であ ると考えました。双方の中間領域とい う意味合いで、われわれは「メゾ領域 研究」と呼んでいます。 低炭素社会のイメージやビジョンあ るいは対策については、これまでもい ろいろと提案されてきました(図④) 。 政府のほうでも、温室効果ガス排出量 削減量についても、具体的な数値目標 とターゲットが検討されてきましたし、 どのような対策や施策が存在するのか、 それらの実行可能性はどうか、などに ついても、いろいろな委員会、研究チ
ームで議論されてきました。この図に ありますように、低炭素型交通システ ム、低炭素型産業・住宅などさまざま なセクターごとに対策が列挙されてい ます。これらの対策群をリストアップ したうえで、数値目標の達成が可能か どうか、という議論がなされるわけで すが、本当に、これらの対策をまじめ に積み上げていけば目標が達成できる のかどうかについては、もう少し冷静 な議論が必要なのではないかと考えて います。 図⑤をみていただきますと、上の方 に、社会のニーズ/ビジョンの例とし て二〇五〇年に温室効果ガス八〇パー セント削減、という目標が掲げられて います。その下に、先ほどの資料にあ ったような領域・セクターごとの多様 な対策メニューが記載されています。 例えば、 家庭でのエネルギー需要削減、 という問題を考えますと、省エネ機器 の普及、などいろいろな対策・要素が
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後の社会ビジョンを描いていても、こ ういった時間差にまつわる不確実性や 不透明性を把握することも容易ではあ りません。 第四に、技術が社会の中でなんらか 図⑦
の形で普及したとしても、それから目 にみえる形で効果が発揮されるまでに も時間がかかります。しかもどれほど の時間がかかるか、という点について は多分に不確実性が存在します。 第五に、ある対策が講じられたり、 政策が実行されたりした際に、消費者 がそれにどれくらいの感度で反応する のか、あるいは反応するまでどれほど の時間を要するのか、という点につい ても不確実性がありますし、事前に把 握することは困難です。 最後に、社会における新しい技術の 評価、技術アセスメントの仕組みが現 時点では未成熟です。参加型の技術ガ バナンスの醸成が今後さらに必要です。 ビジョン・ メゾ・ シーズモデルの 提案 以上列挙したような課題が例として 考えられますが、われわれがこれらの
問題や不確実性に対処しつつ環境イノ ベーションを推し進めていくために有 効であると考えている研究フレームが 「ビジョン・メゾ・シーズモデル」で す(図⑦) 。ビジョン側からみますと、 バックキャストを通して明示化される 対策領域があります。一方で、技術シ ーズ側からビジョンや目的に応じた形 で、ボトムアップ的に示される対策に ついても検証する必要があります。ビ ジョン側からトップダウン的に示され る対策と、シーズ側からボトムアップ 的にみえてくる対策とをメゾ領域にお いてうまくマッチングさせるのが重要 なポイントになります。これが図の中 でいうところのビジョンとシーズの縦 のつながり、となります。それだけで なく、同時に横のつながりも最適化す る必要があります。産業での対策の効 用と、家庭や民生での対策の効用など を適切に構造化する必要があります。 これが横のつながり・マッチングとな
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考えられます。さらにそれらの対策群 の下のレベルには、これら対策を支え るであろう技術シーズが載っています。 これらの下位レベルに記載してある技 術シーズや対策、上位のビジョンまで をどのようにうまくつなげていくのか、 という点が、われわれが重要視する論
図⑥ 点です。技術は、開発されたときから それ自体が重要な意味を持つわけです が、目的に応じて適切に社会実装され ていかなければ、あるいはうまく社会 に受け入れてもらえなければ、社会の ニーズ/ビジョン実現には貢献してい きません。現在、これらの技術シーズ や対策、そしてビジョンまでの一連の 関係性がうまく構造化されていないの が現状であり、課題ではないかと思い ます。 どうして下のレベルに記載されてい たさまざまな技術シーズと、上位レベ ルに書いてあったビジョンとがうまく つながらないのかをもう少し考えてみ ます(図⑥) 。第一に、さまざまな技術 シーズが社会の中で製品などの形で実 装された際のことを考えてみますと、 技術間のトレードオフが存在している かもしれないし、あるいは相乗効果が 存在するかもしれません。これらトレ ードオフや、相乗効果は事前に予測・
判断することが難しい、ということが あります。これらの技術がもたらす効 果はすべて事前に把握するのは難しい ということを示しています。社会全体 で得ることができる効果、その最適性 の観点から考えますと、いろいろな技 術オプションを俯瞰したうえで、ビジ ョン達成を目的とした最適な選択・社 会普及を本来は考える必要があります。 第二に、ある対策領域において効果 を発揮するであろう技術シーズが複数 あった場合に、それらすべてを普及さ せる場合と、一つの技術シーズを普及 させる場合とでは違った効果が出てく ると想定されますが、実際にどのよう な効果があったのか、効果の違いはど の程度であったのか、などといった点 は事前にはみえにくいところがありま す。 第三に、技術ごとに、開発に要する 時間や、市場に普及していくのに要す る時間には当然差があります。一〇年
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像も当然変化していきます。常に社会 的文脈のなかでこれらのアイデアや技 術シーズを活用、動かしながら時間経 過とともに検証を行っていく必要があ
以上お話をしたような項目を実証し ていくべく、具体的なケーススタディ を少しずつ始めています。 その一つが、 午前中にもお話がありました下水道シ ステムをテーマとした研究です。下水 処理システムはものすごくエネルギー を必要とするインフラです。これをで きるだけ省エネ型、資源循環型にして いくことをビジョンとして考えたいの ですが、技術シーズレベルではすでに 有望なものがいろいろと存在していま す。新しいビジョン(省エネ型・創エ ネ型下水処理システム)を実現するた めには、どのようなシーズをどのよう な論理で組み合わせていくか、どうい った視点でメゾ領域を考えていく必要 があるのか、現在丁寧に整理をしよう
としています 図(⑨ 。) このような具体的なケースをこれか ら積み上げてビジョン・メゾ・シーズ モデルの方法論を体系化していこうと 考えています。ほかにも、水処理技術
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図⑩
ります。また、そのような社会実験や 検証の過程においてはいろいろなステ ークホルダーの参加や関わりが重要と なります。 図⑨
ります。そうした縦と横のつなぎ・マ ッチングを適切に進めることによって、 社会変革・イノベーションの可能性が 大きく広がるのではないかと考えてい ます。 では、こういった縦横のつながりを
図⑧ どのようにつくっていくのか、現在、 われわれは、いくつかの特徴的な技術 シーズを例に取り上げて、ケーススタ ディを行っていくことを考えています (図⑧) 。 ここに書いてありますビジョン主導 型アプローチというのは、ビジョン側 から対策領域を明示化していく、とい うものです。現在、大阪大学では、超 長期ビジョンの設計を念頭に、約七世 代先ぐらいまでの時間スパンで将来ビ ジョンとそのころの社会像を描こうと 考えています。 そのくらい先になると、 社会のあり方が今とは大きく変わる可 能性がありますし、おそらく価値観も だいぶ異なっていると思われます。そ うしたビジョンの設計をもとに、バッ クキャストシナリオからの研究領域を 明確化するということを進めようとし ています。 シーズ主導型アプローチというのは、 下位レベルに記載されている技術シー
ズから議論がスタートします。これら の技術シーズをどのように社会実装し、 普及を図っていくか、他の技術シーズ とのつながりはどうか、など出口戦略 を主に考えます。 シーズの最適な選択、 パッケージ化、社会実装などについて 議論しています。技術を社会に普及さ せたとき、技術には当然多元的な効用 があり、場合によっては環境的あるい は社会的に負の効果が出てしまうかも しれません。それも含めて、多元的な 評価を行う必要があります。技術間の 競合・コンフリクトや相乗効果の分析 も進める必要があります。 もう一つ重要なのは社会実験です。 どんなに有望な技術シーズやアイデア であっても、実際には、社会のなかで 活用してみないとわからないことがあ ります。 持続可能な社会のビジョンも、 ある時点で描いてそれで終わりという ことではありません。時代の流れによ って社会の求めるものや価値観、社会
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■セッション2 発表2
理方式が開発され、BODの除去は、 十分に達成されましたが、八〇年代ぐ らいからは、窒素やリンなどの栄養塩 類の除去が目的として大きく取り上げ られてきました。栄養塩類の除去がう まくいかないと、大阪湾なら赤潮、琵 琶湖ならアオコが生じてしまうことも あります。下水処理場では、栄養塩類 を除去するために、二次処理・三次処 理として、微生物を使ったさまざまな 技術が開発されてきました。 栄養塩類も除去されるようになって、
低炭素社会に向けた静脈系都市インフラの 評価指標とそのイノベーション技術 そうだ さとし
惣田 訓 大阪大学大学院工学研究科准教授
午前中のセッションでも下水道が議 論されていましたが、私も静脈系都市 インフラのなかで下水道にターゲット を絞って話をさせていただきます。と くに日本の下水道を例に考えていきま す。
下水処理の課題 下水処理の主目的は、従来はBOD で代表される有機物の除去に重きが置 かれていました(図①) 。いろいろな処
最近では、下水処理場が、日本の温室 効果ガス排出量の約〇・五パーセント に相当する量を排出していることが注 目されるようになりました。下水処理 によって、かなりの量の二酸化炭素、 一酸化二窒素、メタンが排出されてい るのです。低炭素社会、地球温暖化問
図①
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シーズを対象に、ビジョンに応じた技 術開発・発展・普及の歴史的展開を過 去に遡って検証するという研究を行っ ています。時間軸の中で、また社会の ニーズ・ビジョンの変化の中でどのよ うに水処理技術の開発・イノベーショ ンがおこったのか、ということを検証 しようとしています。このように多面 的な角度から、実証を積み上げていっ て、モデルをさらに具体的、実用的な ものに作り上げていきたいと思ってい ます。
また、先に述べましたように多様な ステークホルダーが参加する社会実験 もメゾ領域研究では重要な要素である と考えており、現在、関西の自治体な どと緊密に連携をしながらこのような 実験も含めて研究を育てていこうと考 えているところです。 私の発表は以上です。
原 ここから、司会に戻りますが、何 かご質問がありましたらお願いします。 ――発表のタイトルのなかにメゾとい
う言葉を入れられましたが、どのよう なことを伝えようと思っているのでし ょうか。 原 メゾというのはまさに中間領域 で、どこからどこまでがメゾかという のは議論のあるところでして、実際に は非常に広い概念といえます。二〇五 〇年に八〇パーセント温室効果ガスの 排出量を削減しますというビジョンが あったとします。それには、例えば電 気自動車が貢献するでしょうし、それ に関連したさまざまな技術シーズがあ ります。そのビジョンとシーズの中間 領域、特に技術と社会の間にあるダイ ナミズムや複雑な構造をメゾ領域では とらえる必要があると考えています。
原 では次に進みます。大阪大学の惣 田先生に、静脈系都市インフラの評価 指標とイノベーション技術と題してご 発表をお願いします。
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きれいになった処理水でも、まだ多 少の窒素やリンが残っています。それ が放流されますと、湖沼や河川からメ タンや一酸化二窒素が排出されてしま います。処理方式によって、処理水に 残存する栄養塩類の濃度は大きく変わ り、赤潮やアオコが発生しやすかった り、温室効果ガスが大量に排出された 図④
りと、影響が大きく変わってきます。 下水処理方式の評価方法として私ど もが提案しているのは、第一に富栄養 化影響です(図④) 。下水一立方メート ルを処理するために必要な電力消費に 伴う窒素酸化物の排出量や、処理水に 含まれる栄養塩類の濃度をLCI(ラ イフサイクル・インパクト)の計算方 法にしたがって、リンの等量に換算し て算出しました。 第二の指標は地球温暖化影響です。 やはり下水一立方メートルを処理する ために必要な電力消費に伴う二酸化炭 素の発生量や、一酸化二窒素、メタン の排出量を二酸化炭素等量で算定しま した。 第三の指標は下水一立方メートルを 処理することで発生する汚泥量です。 水を処理することで、二酸化炭素やメ タンといったガスが発生するだけでな く、 初沈汚泥や余剰汚泥が発生します。 これらの下水汚泥は、地方ではコンポ
ストにすることもありますが、都市部 では従来は廃棄物として扱われていま した。最近では、溶融スラグにして路 盤材の原料にしたり、リサイクルする ようにもなってきています。
下水処理方式の評価の対象
日本の下水処理方式には、いろいろ なものがありますが、浮遊生物法と呼 ばれる一〇種類の処理方式を比較しま した(図⑤) 。標準活性汚泥法や嫌気好 気活性汚泥法などの処理方式が採用さ れている処理場数が表に示してありま す。標準活性汚泥法は、小さな施設か ら大きな施設にまで導入されています。 表の右欄には計画放流水質が示されて います。窒素を除去するための硝化脱 窒法ならば、窒素の濃度は一リットル 当たり二〇ミリグラム以下になり、嫌 気好気活性汚泥法ならばリンの濃度が 一リットル当たり三ミリグラム以下に
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題といった新たな観点から下水処理シ ステムを見直す時代になってきていま す。 下水処理場からどのような内訳で温 室効果ガスが出ているのか、国土交通 省のデータがあります 図(② 。)二〇〇 四年度の排出量は二酸化炭素相当量で
七〇〇万トンです。下水処理場では、 BODを除去するための曝気動力とし て使う電力が大きく、発電に用いる化 石燃料の燃焼に由来する二酸化炭素に よって、下水処理場の温室効果ガス排 出量の半分ほどになります。また、下 水処理場では微生物を使っていますの
図②
図③
で、微生物がメタンや一酸化二窒素を 排出します。
下水処理方式の評価方法
日本が開発してきたさまざまな下水 処理方式を評価するにあたって、解析 の対象を全体として図③のようにしま した。 下水処理場にBODや窒素、リンを 含む下水が入ってきて、そこに酸素を 吹き込むと水がきれいになっていきま す。このときに電力を大量に消費し、 それに由来した二酸化炭素が排出され ます。酸素がある好気的な条件では、 微生物は有機物を二酸化炭素に分解し ますが、酸素が少なくなると、温室効 果の非常に高いメタンも放出します。 また、窒素を除去するには硝化反応と 脱窒反応が必要で、その中間代謝物や 副産物として一酸化二窒素が発生しま す。
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図⑦ 指標がだいたい一リットル当たり五ミ リグラム以下になっています。栄養塩 類を除去する目的の方式では、標準活 性汚泥法に比べるとかなり水がきれい になっています。酸素活性汚泥法やス テップエアレーション法など、栄養塩 類を除去する目的以外の変法について は、当然ながら、富栄養化影響はそれ ほど下がっていません。それらの利点 は別の指標で評価する必要があります。 次に地球温暖化影響指標を示します 図(⑦ 。)未処理の下水には有機物がた くさん含まれていて、そのまま水環境 に流れ出てしまいますと、温暖化ガス であるメタンや一酸化二窒素がかなり 発生してしまいます。下水を標準活性 汚泥法で処理すると、放流先の水環境 で排出される温室効果ガスは、ほぼな くなりますが、その代わりに下水処理 場で使う電力に由来した二酸化炭素が 多くなりますが、それでも、未処理の 下水に比べると少なくなっています。
しかし、窒素、リンを除去するための さまざまな方式では、電力をさらに大 量に消費しますので、標準活性汚泥法 に比べて、総じて温室効果ガス排出量 が増えます。 富栄養化影響指標を縦軸に、地球温 暖化影響指標を横軸に取ってグラフに しますと、両者は明らかにトレードオ フの関係になっています(図⑧) 。未処 理の下水は地球温暖化影響もそれなり に高く、富栄養化影響は飛び抜けて高 い状態にあります。これを標準活性汚 泥法で処理しますと、富栄養化影響は 格段に低下し、下水処理の目的が確認 できます。そして、地球温暖化影響も 少し下がっていて、一つの理想的な技 術であると考えています。 また、栄養塩類を除去するための処 理方式は、確かに水がきれになって、 富栄養化影響は低下していますが、そ の代わりに地球温暖化影響は増加して います。すなわち、低炭素社会とは逆
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なります。その他にも、表の下方に示 しているステップエアレーション法や 酸素活性汚泥法など、バリエーション があります。 これらの下水処理方式には、それぞ れに特徴があります。標準活性汚泥法
図⑤ には、 最初沈殿池と最終沈殿池があり、 その間に、空気を吹き込んで微生物を 活性化させてBODを除去する曝気槽 があります。硝化循環式活性汚泥法で は、無酸素・好気槽という酸素濃度が 異なる反応器を設置し、硝化液を循環
図⑥
させることで窒素を除去しています。 ステップ流入式多段硝化脱窒法や、硝 化内生脱窒法など、さまざまな処理方 式が開発され実装されています。さら には、下水を処理する時間を二四時間 と非常に長く取ることで、余剰汚泥の 発生量を削減する長時間エアレーショ ン法や、純酸素を供給して微生物の濃 度を高めたり、曝気時間を半分に短縮 したりするような変法もあります。
下水処理方式の評価の結果
まず、富栄養化影響指標の計算結果 を示します(図⑥) 。未処理の下水には 高濃度の窒素やリン、BODが含まれ ています。富栄養化影響は、リン等量 にして一リットル当たり二〇ミリグラ ムを超える値になっています。下水を 処理しますと、標準活性汚泥法、その 他の変法でBODは十分に除去されて いて、残っている窒素やリンによって
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響を横軸に取りますと、下水汚泥の発 生量も地球温暖化影響とトレードオフ の関係にあります(図⑩) 。 下水汚泥は、従来の考え方では廃棄 物であって、酸素活性汚泥法やOD法 は、必ずしも汚泥の減容化を目的とし
要があります。しかし、下水汚泥がバ イオマス資源としてみなせるようにな ると、必ずしもトレードオフの関係で はないということになります。下水汚 泥から消化ガスを発生させてガスエン ジンや燃料電池で発電したり、炭化し て燃料にする技術開発も積極的にされ ており、今は価値観の大きな転換期で あって、もしかすると、汚泥発生量を 増やす下水処理方式が必要とされるよ うになるかもしれません。
下水処理技術のイノベーション
日本下水道協会が『 Sewage Works 』という本で紹介して in Japan 2010 いるイノベーション技術があります。 例えば、微生物のもっている有機物の 蓄積能力に着目したエネルギー効率を
改善する方法です 図(⑪ 。)余剰汚泥を 引き抜く前に下水中の有機物を微生物 に吸着・摂取させて、バイオマスとし
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てはいなかった技術ですが、エネルギ ーを使うことで、微生物の自己酸化を 促進し、汚泥発生量を減らしていたと 考えることもできます。下水汚泥の処 理方式にも、さまざまなものがあり、 それらの地球温暖化影響を評価する必 図⑩
図⑪
の方向にこれまでの水処理技術の開発 がされてきたことになります。これか らは、新たな視点から下水処理場を見 直さなければならず、既存の技術開発 とは全く違った方法を考える必要があ
ります。 第三の指標として下水汚泥発生量を 示します (図⑨) 。 標準活性汚泥法では、 最初沈殿池と最終沈殿池でほぼ同量の 下水汚泥が発生します。栄養塩類を除
図⑧
去する方法でもほぼ同じですが、なか には長時間エアレ―ション法やOD法 など、最初沈殿池がなく、汚泥が総量 として減っているものもあります。こ の第三の指標を縦軸に、地球温暖化影
図⑨
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図⑮
私どもの研究室が提案している技術 もあります(図⑭) 。標準活性汚泥法は 栄養塩類がそれほど取れない方法です が、その処理水を人工湿地に導水して 水生植物を栽培することで、残ってい る栄養塩類を除去し、余剰植物体から はカーボンニュートラルなバイオエタ ノールを生産するということを提案し ています。ただし、植物を使った方法 は、暖かい地域で、広い場所が確保で きないと設置が難しいという問題があ って、日本では導入が難しいかもしれ ませんが、タイやベトナムなどの東南 アジア諸国に向いていると思っていま す。
メゾの視点から 最後に今日の話のまとめです (図⑮) 。 下水道分野でのビジョンとシーズとメ ゾを整理してみました。現在、水質保 全と低炭素社会に向けたビジョンが提
案され、さまざまなイノベーション技 術が存在しています。このビジョンと シーズをつなぐメゾというアプローチ の一つとして、地球温暖化影響指標、 富栄養化影響指標、汚泥発生量の指標 を用い、ビジョンの実現に向けた技術 の発展を目指していきたいと考えてい ます。
原 ありがとうございました。富栄養 化、地球温暖化という指標をみたとき に、トレードオフの関係にある技術に 対する多元評価のお話もありましたし、 また、どういった社会を目指していく のか、というビジョンのところから、 技術や技術システム開発の方向付けが なされうる、というお話でもあったか と思います。ご質問等ございますでし ょうか。 福士謙介(東京大学) 富栄養化の指 標についてですが、境界をどこにとっ て解析しているのでしょうか。栄養塩
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ての価値を高いものにできると考えら れています。この汚泥を嫌気性消化し たら、メタンの発生量が増加すること が期待できます。 有機物のもっている化学エネルギー を直接電気に変換できる微生物を利用 して、下水から直接電気を回収する微
図⑫ 生物燃料電池も提案されています(図 ⑫) 。消化ガス発電に比べると、周辺設 備が少なくて、非常にスマートです。 しかし、いまのところは、下水処理と 発電を兼ね備えた技術にまでは至って いません。 途上国向けの技術として開発されて
図⑬
いるUASB‐DHSというシステム もあります(図⑬) 。上向流で嫌気性処 理を施した後に、下向流で好気性処理 を施すというもので、非常に電力消費 が少ない優れた技術です。ただし、原 理的には栄養塩類の除去は必ずしも十 分ではありません。
図⑭
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■セッション2 発表3
企業の研究開発戦略と環境イノベーション 小林英樹 こばやし ひでき
い う M O T ( Management of )にも携わっています。 Technology 最初に本日の発表内容を見ていただ きます(図①) 。ビジョンと技術のシー ズをつなぐメゾレベルというのは、政 策や制度、あるいは消費者のライフス タイル、企業活動などが、渾然一体と なっているような領域です。そこにお いては、とくに時間軸が大事であると 私は考えています。 企業におりますと、 いかに理想的なビジョン、あるいはし っかりとした技術開発があっても、タ
東芝研究開発センターエコテクノロジー推進室室長/ 大阪大学環境イノベーションデザインセンター招聘教授
今日の参加者のほとんどが大学の 方々だと思いますので、少し毛色の変 わったお話ができるかと思っています。 私は、東芝で、広く環境技術、ある いはサステイナビリティに関する技術 を担当していて、大阪大学では先の原 先生や他の先生方とメゾレベルの研究 に携わっています。私自身の専門は、 ライフサイクルエンジニアリングやデ ザインエンジニアリングです。バック グラウンドは機械工学系で、最近では 技術をいかに経営に活用していくかと
イミングを逃しては何の意味もないと いうことを常に感じています。時間軸 といかにして整合してつながるかが非 常に重要です。 今日はとくに、企業の研究開発と環 境イノベーションについてお話します。 企業で研究開発するにあたっては、そ
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図①
類、とくにリンが外に出てしまいます と、二酸化炭素を無限にメタンに変え ていくような可能性も捨てきれません。 水域の状況にもよるとは思いますが。 だからこそ栄養塩類はできるだけ取っ た方がいいということで、予防原則に 近いかたちで高度処理をするようにな ってきたと理解しています。 惣田 境界については私もかなり悩 みました。自然界がどのような状態で あるかによっても、メタンや一酸化二 窒素の発生は異なります。今回はIP CCの設定している自然界での転換率 を採用して一律に計算しました。具体 的にどのような河川、どのような海洋 ということははっきりいえなくて、有 機物や窒素、 リンが入ってきたときに、 何パーセントぐらいがメタンや一酸化 二窒素になるのかという、IPCCで 設定されている設定を使っています。
大村達夫(東北大学) 将来、どのよ
うな技術をつくっていくかということ で非常に参考になる説明で、ありがと うございました。午前中に震災関係で 話をしたのですが、今後の下水道施設 は、持続可能な地域をつくっていくう えで、非常に重要視されてくると考え ています。日本全体の温室効果ガス排 出量の〇・五パーセントを出している ということで、それだけでも少なくな ればいいので、地球温暖化指標、富栄 養化影響指標、汚泥の量で、いろいろ な処理の形式を評価していくのは重要 であると思いました。 それで、福士先生がいわれた境界の 問題とも近いのかもしれませんが、地 域の物質循環を考えて、循環型とはど ういうことかというあたりから指標を つくっていったら少し視点が変わって くるような気もします。難しい問題を 含んでいるかもしれませんが、下水道 処理の方式を選ぶときに説得力をもつ ようになると思います。
惣田 下水の技術選択は難しくて、全 国一律でできるとは思っていませんし、 日本と途上国とでも異なります。その 場所であるとか、その時代に応じた設 定が必要です。今回は下水汚泥だけに 絞ってお話しましたが、先生のいまの ご指摘のなかには、下水道だけではな くて、ごみ処理とも組み合わせて、循 環型まちづくりを考えるようにという ご提案もあるかと思います。もっと横 の広がりにも注意してこれからの研究 をしていきたいと思います。
原 惣田先生、ありがとうございまし た。 では、続きまして、企業の研究開発 戦略について、東芝研究開発センター の小林英樹先生にお話いただきます。 小林先生はわれわれの環境イノベーシ ョンデザインセンターの招聘教授でも いらっしゃいます。よろしくお願いい たします。
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して示されていますが、こちらは政策 への反映は要求されていません。 中国では、いろいろな五カ年計画を 進めています。ポイントは、これから も経済発展を優先させるということで す。エネルギー消費量を減らすといっ
図④
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ールが非常に期待されました。現段階 ではかなりしぼんでいて、これから行 われる大統領選挙の結果次第では政策 も変わる状況です。 日本の政策はどうでしょうか (図⑤) 。 震災の後で、エネルギー基本計画を白
図⑤
ていますが、GDPあたりのエネルギ ー消費量、いわゆる原単位を減らすと いうことで、総量としては増えていき ます。 アメリカでは、オバマさんが大統領 になったときに、グリーンニューディ 図③
の外部環境であるメガトレンドや環境 政策はよく知っていなければいけませ ん。そのことを簡単にご紹介しつつ、 研究開発と環境の関わりについてお話 して、最後に具体的な事例として、私 どもの研究所で採り入れている研究開 発マネジメント、とくに環境技術を世 の中に入れていくための研究開発マネ
図② ジメントの実践をご紹介します。
メガトレンドをおさえる 世界にはいろいろなメガトレンドが あります(図②) 。エネルギー関係、資 源の分野、化学物質や生物多様性の面 で予防原則が拡大していること、さら には、水・食料・気候変動の問題の顕 在化もあります。それぞれの分野のト レンドにおいて、年によって流行が異 なります。エネルギーでいいますと、 いまの日本では、低炭素化よりも安定 供給に力が入れられているようです。 大切なのは、メガトレンドをよくお さえて、本質的な流れと、そうではな い一時的な流行とを見抜く必要がある ということです。 EUでは一〇年おきぐらいに環境行 動計画を立てて、戦略的に物事を進め ています(図③) 。サステイナビリティ が全体のキーワードになっていて、体
系的に進めているとみることができま す。そのなかのエネルギー戦略に関し て、二〇二〇年度にエネルギー効率を 二〇パーセント上げるとか、再生可能 エネルギーの比率を二〇パーセントに するとかいったことが掲げられていま す。その数字は、各国の政策に反映さ れて拘束力をもちます。それに向けて の技術シフトがおきていきます。忘れ てならないのは、 世界の動きのなかで、 EUは主導的な立場を採ると明確に主 張していることです。 EUには二〇五〇年をターゲットに した二つの似たような長期の戦略があ ります(図④) 。二〇五〇年に温暖化ガ スの排出量を八〇パーセントぐらい減 らすというものと、低炭素社会に向け たエネルギーのロードマップです。実 態としては、後者の方が重要です。各 国の政策への反映を要求しているから です。資源に関しても、二〇五〇年の 資源確保ということがロードマップと
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ところに、いわゆる自転車のシェアリ ングが記されています。ただ、メーカ ーとして対応できますのは、まずはプ ロセス・プロダクトのところで、そこ だけにとどまらないよりイノベーティ
ブな環境イノベーションをおこすため に、いろいろな方々と協力していく必 要があります。 環境イノベーションをもう少し簡単
コデザインの分野で有名なブレゼット 教授が描いたもので、縦軸がファクタ ーといわれる環境効率の改善率です。 詳しくは説明しませんが、ファクター が二なら、環境負荷が半分になるよう なイメージでとらえていただいていい と思います。 ファクターのそれほど大きくないと ころは、製品の改善や革新で手当てが できます。日頃メーカーはそのところ で頑張っています。ファクターを上げ ていくには、機能を変えなければなり ませんし、さらにはシステムをイノベ ーションしなければなりません。最近 ですと、 スマートグリッドがいわれて、 イノベーションの大きな可能性が期待 されています。企業だけでなくて、制 度や政策ともセットで考えていかなけ ればいけないということです。 イノベーションをおこすにはどうし たらいいのか、私見ではありますが、 日頃考えていることを書いてみました
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な絵にしたものがあります 図(⑧ 。)エ 図⑦
図⑧
紙から見直すといって、まだ結論が出 ていません。 要するに、いろいろな国がそれぞれ にいろいろなことをいい、それが数年 もすると変わってしまう可能性があり ます。つまり、国が示す政策にあまり
図⑥ にもディペンドして研究開発を行った のでは非常にリスクがあります。 その一方で、法規制は別です。世界 各国で環境に関するいろいろな法規制 があります。法規制は守らなければ商 売になりません。各国の法規制をすべ て知っているだけでも大変なことです。
企業の研究開発と環境イノベーション 企業にもいろいろありますが、私は メーカーの立場から、そのアクティビ ティについて申し上げます 図(⑥ 。)流
れとしては、根底に研究開発があり、 次に設計があって、ものをつくって流 通の乗せてお届けし、使っていただい て、そしてリサイクルするということ になります。 私が担当している研究開発は、技術 シーズを生み出すところですが、そこ ではイノベーションが求められます。 イノベーションは、古典的なシュンペ ーターの定義からすると、必ずしも技 術革新だけではなく、いろいろなプロ セスにおいて新しいものをつなげる新 結合によっておきるといわれています。 目を環境イノベーションに向けます と、環境省が環境イノベーションの事 例をまとめた図があります(図⑦) 。縦 軸はイノベーションの対象で、プロセ ス・製品、組織・マーケティング、制 度・仕組みとなっています。横軸はイ ノベーションの方法で、右側にいくほ どよりイノベーティブなものになって いるようです。制度や仕組みに関わる
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いうことを考えますと、環境効率を一 〇倍ぐらいにするという目標になりま す。それを経営の目標として、研究開 発をする人たちがどのような方向付け をしていくかということになります。
法論としてきちんと確立しているのは 第三世代で、第四世代は事例がいろい ろ蓄えられつつあるといった状況です。 ここでご紹介するのは、第三世代の 研究マネジメントをベースに東芝の研 究開発センターで実装しているもので す。大きく四つの手順に分かれていま
す 図(⑪ 。)最初に、サステイナビリテ ィリサーチを行います。科学的な調査 に工学,経営的な観点を入れたものと 考えていただければいいかと思います。 そのような基礎的なところも必要です。 そこでビジョンをつくり、それから自 分たちの会社で必要な技術・テーマを 揃えて、現実と見比べて、必要な研究 があるならば新しく興します。 そのような流れのなかで、定期的に 研究テーマを評価し、リソース配分に 活用するという、割とシビアなことを やっています。大学ですと、面白いテ ーマをどんどん進めていくということ でいいのでしょうけれど、企業は限ら
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環境技術の研究開発マネジメント 次に、研究開発マネジメントの実際 についてご紹介します。メゾレベルで の企業の実践例の一つになると私はと らえています。 研究開発マネジメントの方法論は世 代が分けられています。第一世代は、 天才みたいな人に任せて、ブレークス ルーに期待するというものでした。ブ レークスルーがなかったらそれでおし まいです。もう少しプロジェクト管理 をしっかりやりましょうというのが第 二世代です。現在は第三世代と第四世 代が並存しています。第三世代は、い わゆるマーケットニーズに駆動されて、 それと企業の戦略が整合したかたちで 研究開発をするというものです。第四 世代は、ステークホルダーと共進化し ていくということで、不連続なイノベ ーションをおこすオープンイノベーシ ョンという言い方もされています。方 図⑪
(図⑨) 。 技術に根差した企業としては、 技術が一番大事で、ここをしっかりや るのが最も基本です。 「技術は人なり」 といいますが、優秀な人をいかに確保 するかがポイントです。 次に、目指すべき方向です。ビジョ
図⑨ ンがないとどうすることもできません。 政策や法規制に対応する必要はあって も、それだけでは非常に不十分です。 政策の大きな方向性は変わらないのか もしれませんが、小さなレベルではこ ろころ変わります。自分なりの経営ビ
図⑩
ジョン、あるいは技術のビジョンをも って、自分自身で責任を取る必要があ ります。 第三に、 マネジメントです。 シーズ、 メゾ、ビジョンというモデルで考えま しても、シーズとビジョンをつなぐと ころをいかにマネジメントするかが企 業では大事です。マネジメントはルー チンとしてきっちりやればいいという ものではなく、臨機応変に、その時点 で正しいことは何かを判断していくの が大事です。 会社には二つのビジョン,経営のビ ジョンと技術のビジョンがあります。 環境に関しての経営ビジョン(よく環 境経営ビジョンという)をいろいろな 会社が出しています。東芝グループで は、二〇五〇年に環境効率を一〇倍に する,ファクター という目標を出し ています(図⑩) 。世界の人口がこれか らも増え、途上国で経済発展が進み、 それでも二酸化炭素の排出を減らすと
10
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ンを求めるなかで、長期のビジョンを 考えるのは、結構しんどい仕事です。 それができる人材を送り出してくださ いというのが、大学への期待として一 つあります。 企業が単独でおこすイノベーション には限界があります。技術力が変わら なのにマネジメントするだけではどう
にもならないとか、各企業のがもつビ ジョン同士の整合性は全く保証されて いないとか、実際に技術が世の中に出 ていったときにどうなるかわからない とか、企業ではコントロールできない 制度や法規制、あるいは、消費者のマ インドがどう変化するのかとか、いろ いろな課題があります。皆さまといろ いろな議論をして、少しでも限界を超 えていきたいと考えています。
原 小林先生、ありがとうございまし た。企業の視点から、メゾレベルの議 論も含めてお話いただきました。時間 が押しておりますので、質疑応答は、 最後の討論の時間が取れましたら、そ こでお願いします。 続きまして、立命館大学の仲上先生 にアジアの視点を含めまして、環境技 術とガバナンスについてご報告をいた だきます。 よろしくお願いいたします。
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いろいろな政策には、国のレベル、 産業界のレベル、いろいろなレベルが あって、そういったものの表と裏をよ くみなければいけないということを最 初にお話ししました。 企業はビジョンを興し、ビジネスの 機会を拡大しようといろいろな取り組 みをしています。企業が短期のリター 図⑬
図⑭
れたお金で運営していますので、テー マが広がる一方では困ります. 一つ例として、省電力ビジョンがあ ります(図⑫) 。世の中では、省エネ技 術が大事だといわれています。いくら 省エネしても、ゼロにはできませんか ら、一体どこまで省エネすればいいの だろうかという疑問がわいてきます。
図⑫
何年頃にどのぐらいの省エネ技術を目 指すのが理想なのか示す必要がありま す。 私たちが出している結論としては、 すべての分野を平均して現状から六割 カットです。省エネしやすい分野とし にくい分野があって、九〇パーセント 以上省エネできる分野もあれば、三割 ぐらいで仕方がないという分野もあり ます。 このような結論は、いくつかの前提 から導き出されています。ビジョンの 大前提には、企業なり人の思想も反映 されます。公平性ということから、全 世界の人が全く同じ生活をするという ビジョンもあると思います。ただそれ は非常にチャレンジングすぎて、二〇 五〇年くらいでは現実性が担保できな いということもあります。この場合の 省電力ビジョンは、世界人口の七割の 人が先進国並みの生活を送るというこ とで考えています。脱化石燃料比率が 七〇パーセントであるとか、電化社会
がかなり進むとか、結構大胆な仮説に 基づいています。脱化石燃料比率七〇 パーセントといっているのは、IEA のブルーマップという野心的なシナリ オをそのまま使っています。もしもこ れが達成できませんと、六〇パーセン トの省エネでは足りなくて、八〇パー セントとか、現実には存在しない一〇 〇パーセント以上の省エネ目標を立て なければいけなくなります(図⑬) 。途 上国の都市化が予想以上に進みまして も、目標とする省エネ率が大きく変わ ります。つまり、いろいろなファクタ ーがありますので、自分の進むべき道 はやはり自分で発見するのが大事です。
企業の限界を超えて
研究テーマの評価についてお話する 予定でしたが、時間がなくなりました ので、割愛して、まとめに入ります(図 ⑭) 。
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導するかという問題。 (4)技術偏重からの経路転換。 これ政策科学の視点の背景として、 環境イノベーションは技術偏重だとと らえられていることがあります。社 会・経済の面から考えるのが重要だと いう視点です。 先進国におきましては、日本でも、 環境問題への対応は、やはり環境技術 によるものでした。より発展するため に、地球環境問題との関係で、環境イ ノベーションがいわれるようになり、
先ほど原先生からご紹介がありました ように、メゾ領域が課題として出てき ました。問題の枠組みを大きくとらえ ることによって、IR3S、そしてS SCでも主張しているグローバル・サ ステイナビリティが、新しい思想の条 件として出てきているのだと思います。 日本ではサステイナビリティは、おも に技術や工学、科学が中心になって考 えられていますが、ヨーロッパなどで は、思想的なところと接近して議論を されています。 環境イノベーションと社会・経済で 注目すべき第一は、環境投資プロジェ クトにおける社会・経済の関わりです。 これまでは資源の制約に技術的に対応 していく側面が強く出されていました ので、環境イノベーションは、社会と の関係をみるだけでなく、マーケティ ングの視点も必要ではないかという議 論が出されています。社会・経済の視 点も入れることで、グローバル・サス
テイナビリティの実現可能性も考えら れるようになると思います。 私たちは、基本的には環境を良くし たいと考え、環境を良くしなければ、 私たちは持続可能でないと考えていま す。そこで、一つの論点として考えら れているのが、支払い容認価格です。 市民および企業がこのことをどのよう にとらえていくかが重要です。 もう一つ、環境投資と社会経済との 関係で、私的限界費用をどこまで削減 できるのかという問題があります。市 民や企業が気持ちよく支払ってもいい とする額をいかに考えたらいいのか、 議論はあまり十分にされていません。 そのときに、市民も企業もコストは なるべく抑えようという従来の発想で は、うまくいきません。社会全体が変 わらなければならないということで、 その一つのきっかけとしてはESD (持続可能な発展に対する教育)が実 践的ツールとして重要であるとして注
83
■セッション2 発表4
環境技術とガバナンス
済のなかでどのようにとらえられてい るか。 (2)環境技術とガバナンスの問題を どう考えるのか。いまガバナンスがど のように変化しつつあるのか。 (3)アジアがいま急速に成長してい ることを、日本の新成長戦略との関係 でどのように考えるか。私の専門は水 問題ですので、水との関連で少し詳し くご紹介します。 (4)アジアにおける持続可能社会を 実現するための環境イノベーションの
アジアにおける環境研究の視点から
なかがみ けんいち
仲上 健一 立命館大学政策科学部教授
私が所属しています政策科学部は、 学部としては非常に珍しい名称ですが、 科学技術と政策は深い関わりがありま す。その一つとして、環境技術とガバ ナンスの問題をどのように考えたらい いのかというのが私に与えられた今日 のテーマで、原先生からは、アジアと いう視点も入れてほしいというご要望 もありましたので、そのあたりのこと も少しご紹介をさせていただきます。 今日の報告の内容は大きく四点です。 (1)環境イノベーションは社会・経
あり方。
環境イノベーションと社会・ 経済
環境イノベーションと社会・経済を どのように考えるかという国際公共経 済学会の会議が二年前にドイツのベル
リンでありました。 Vienna University of Economics and Businessの 教授が、二一世紀 Gabriel Obermann の一番重要な概念はサステイナビリ考 えることで、環境イノベーションで、 サステイナビリティを本当に社会的な リアリティを獲得できるのではないか と述べました。とくに重要な問題とし て四つを挙げています。 (1)社会的限界費用の削減を、従来 の視点と違ってどう考えればいいのか。 (2)社会的責任としての自然資源の 利用。 (3)公共政策主導による資源の光と 影。市場が主導するか、公共政策が主
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ナンスです。環境ガバナンスは一言で いうと、社会が環境を管理する能力や 仕組みです(図②) 。ガバナンスの形態 や主体は、社会的状況によって大きく 変わります。各主体の積極的な関わり や交流によってガバナンスが変化し、 よりよいガバナンスが具現化していく と考えられています。 図③
図③は、真ん中に環境ガバナンスが あり、上に形態と書いてあり、下に主 体と書いてあります。右側は中央集権 的な側面、左側は分権的社会的な側面 です。従来は、環境技術をより発展さ せるということでも、中央集権的な側 面が強くありましたが、より分権的な 社会で環境技術をイノベーションして
いこうとした場合には、市民、女性、 先住民、若者、市民団体、企業、学会 といったさまざまな主体の役割が重要 になってくるという議論がされていま す。 ガバナンスについてもう少し別の視 点から整理したのが図④です。従来は おもに技術の視点から環境がとらえら れることが多かったのですが、環境技 術だけでなく、環境経済、環境社会、 法制度といった、それぞれが一つの原 理をもっているものの全体を視野にお さめて、ガバナンスのあり方を議論す ることが非常に重要です。 そこで環境技術とガバナンスのフレ ームワークを五点に整理しました。 (1)目標設定。 (2)技術の適正利用 と社会的責任。 (3)ステークホルダー の多様性と健全なコミュニケーション の保障。 (4)ガバナンス形態の柔軟性 の創造。(5) 環境資源の限界性の確認。
85
図②
目されています。 環境イノベーションと社会・経済で 注目すべき第二は、自然資源の利用と コミュニケーションです。自然資源の 利用に関して、原材料調達の主体とし ての企業と、受動的な消費者としての 市民というように、いわば対立的な考 え方だけでは、それ以上に議論が発展 しません。 そこで、 少し視点を変えて、
図① 市民がより能動的に、社会的責任とし ての資源の利用に対して影響力を行使 して、当事者として社会的責任を負う システムにしようということがいわれ ています。関係マーケティングやエン パワーメント的な能力向上プロセスな どが議論されています。 環境イノベーションと社会・経済で 注目すべき第三は、財政・経済的危機 と環境イノベーションというテーマで す。環境はときに持続可能性の危機要 因として対応しなければならないとい う側面もありますが、その反対に、財 政・経済の危機を救うものとして環境 イノベーションが考えられることもあ ります。環境イノベーションが新しい 産業を興し、国の財政を救うというこ となのですが、現実には、日本におい ても、ヨーロッパにおいても、アメリ カにおいても、財政は非常に厳しく、 政府が環境イノベーションを応援する ことで、果たしてうまくいくのかどう
かということが議論になっております。 従来からある発想として、技術開発 →産業創造→創造された産業による製 品の大量製造→大量消費による経済発 展、 という流れが考えられてきました。 そのような短期的発展経路ではなくて、 別の経路として、雇用創出→経済開発 →財政状況改善、という中長期的なパ スをみつけることが重要ではないかと いわれています。これが環境イノベー ションにおける社会経済の一つの発展 になると思われています。 以上のように環境イノベーションと 社会・経済についてみてきますと、こ れからは、サステイナブル・イノベー ションというような考え方を作り上げ ていく必要があるのではないかという 主張が出てきています(図①) 。
環境ガバナンス
次に、二つ目の話題である環境ガバ
84
図⑤
図⑥
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アジアの問題 三つ目の話題、アジアの問題に進み ます。アジアでも水問題は非常に重要 です。ここではとくにメコン河につい てご紹介します。 グリーン成長、そして低炭素社会を 実現するために、メコン地域をどのよ うにしていったらいいのか、 「グリー
図④ ン・メコン」に向けた一〇年間のイニ シアティブがあります(図⑤) 。 目指すべきグリーン・メコンがある 一方で、現実には、たとえば日メコン 経済産業協力イニシアティブといった かたちで、いろいろなインフラストラ クチャーを建設していくプロジェクト がたくさん進んでいます(図⑥) 。メコ ン地域全体の経済発展をはかろうとし ているわけですが、貧富の格差がかな り出てきているという問題が生じてい ます。 だからこそ、グリーン・メコンとい う視点で、全体の問題が解決できない ものかと期待されて、メコン河流域委 員会でさまざまな議論がなされていま す。たとえば、メコン河には計画され ているダムが一二以上あり、上流の中 国においても四つ計画されています。 ダムの影響によって、ベトナムの南の 方では漁業が壊滅してしまう懸念が出 されています。 このようなことに対し、
メコン河流域委員会が調節するガバナ ンスが必要なのですが、実際にはあま りできていません。中国はダム建設に よるインパクトは小さいと主張し、メ コン河の開発には中国も他国と同等の 権利を有するということで開発を進め ています。そのために、現実はグリー ン・メコンとは違う方向に進んでしま っています。 日本がアジアとどのように関われば いいのかということで、一例を挙げま すと、北九州市によるカンボジアへの 水道技術協力があります(図⑦) 。カン ボジアでは非常に評判のいいものです。 また、昨年は、タイ、ラオス、カンボ ジアで水害がおこっていますので、気 候変動に対応した技術を提供するとい うことが重要になってきています。 時間の制約で、図をご覧いただくだ けにしますが、新成長戦略とアジアの 関係では、アジアが成長するために、 より個別具体的な分野で協力して、特
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アジアの繁栄と安定を支える環境政策 の確立と環境技術の開発。 (2)環境技術の適正・社会性では、 公害対策の普及と環境適正技術の適応 による持続可能な発展。 (3)ステークホルダーの多様性とコ ミュニケーション保障として地域、国 図⑩
考えるのか。 このような視点から、新成長戦略と アジアの関係が議論できると思ってお ります。 その上で、アジアにおける持続可能 社会実現のための環境イノベーション についてまとめたのが図⑨です。アジ アといっても、それぞれ地域特性が違 いますから、それについて配慮しなが ら、 環境問題を考える必要があります。 環境イノベーションの原動力となるの は、社会経済システムの変換であり、 技術偏重からの成長経路の転換です。 それを実現するためにも、 新しい主体、 新しい形態、持続可能な社会、コミュ ニケーションシステムをいろいろと議 論して作り上げていくガバナンスがア ジアで求められています。
震災への対応も含めて
最後に一言だけ、震災について触れ
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家、国際機関による情報の共有。 (4) ガバナンス形態の柔軟性として、 アジア各国はかなり分権化が進んでき ていますので、第三の道があるかどう か。 (5) 環境資源の限界性として、 河川、 森林、海洋、土壌の変化をどのように 図⑨
に人材育成の面に力を入れてアジアの 環境問題を解決していこうという構想 が出されています(図⑧) 。 そして、環境技術とガバナンスの視 点から、日本とアジアの関係をまとめ てみます。 (1)環境ガバナンスの目標設定は、
図⑦
図⑧
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■セッション2 発表5
社会とともに創り進める環境科学技術 参加型イノベーション・ガバナンスの観点から
ひらかわ ひでゆき
平川秀幸
めていくための要件は何かというのが 二つ目の話題です。最後に、今年の一 月に始まった「科学技術イノベーショ ン政策のための科学」という事業につ いて紹介します。その事業の人材育成 拠点の一つとして、大阪大学・京都大 学の合同の拠点ができました。その代 表が私の所属しているコミュニケーシ ョンデザインセンターの小林傳司教授 で、私もメンバーに入っています。
大阪大学コミュニケーションデザインセンター准教授
いま仲上先生がお話されたことにそ のままつながるようなことを少しお話 したいと思います。 あらすじとしては、 いわゆるグリーンイノベーションやラ イフイノベーションというようなイノ ベーションが、科学技術政策のなかで 現在どのように扱われているかという のが一つ目の話題です。具体的には、 昨年から始まった第四期科学技術基本 計画の特徴についてお話しします。そ れを踏まえて、今日のテーマである参 加型イノベーション・ガバナンスを進
科学技術政策の転換
第四期科学技術基本計画は、 本来は、 昨年の三月に閣議決定して、四月から 実施される予定でしたが、 地震、 津波、 原発事故の三重の災害があったことか ら少し先延ばしされ、震災対応も付け 加えられて、昨年の八月に閣議決定さ れました。その計画の特徴をここでは 三つ挙げておきたいと思います (図①) 。 第一が「科学技術政策から科学技術 イノベーション政策へ」 。 単に科学技術
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ておきたいと思います。学会連携・震 災対応プロジェクトというものを立ち 上げました。主に政策系の学会が現在 約四〇学会集まっています。年に四~ 五回議論をして、情報を共有していま す。その基本的な考え方は、図⑩の中 央にありますサステイナビリティです。 サステイナビリティを中心して、 安全、 環境、アジアという三つの視点から震 災の問題を考えていこうということで す。
原 環境イノベーションは、技術その ものだけが存在しているわけではなく て、多様なステークホルダーがそのよ うに受け入れていくか、ガバナンスが 非常に重要であるというお話でした。 何か質問等ありますでしょうか。な いようでしたら、私から一つお伺いし ます。 日本から技術移転や技術普及でアジ アに貢献しているということがあると
思いますが、地域の特性に合わせて、 テーラーメイドでつくっていくのも、 ガバナンスのあり方としてあると思い ます。先生のご経験で、日本の研究者 がアジアで環境イノベーション、サス テイナビリティ・イノベーションを進 めていくときのポイントがあれば伺い たいと思います。 仲上 四月一八日に参議院調査会に 呼ばれまして、アジアの環境問題、水 問題、食糧問題を日本はどのように考 え、どのように関わっていけばいいの かという質問が出ました。 私の答えは、 日本は日本流で、誠実に着実に、地元 のことを考えて貢献していくのがよく て、それしかないのではないかと答え ました。 アジアはいまものすごく動いていま す。中国がかなり大きく動き、インド も動き、アラブ地域もアジアと接触が 深くなっています。そのなかで、日本 は戦略性に乏しいというか、戦略がな
いに近いぐらいです。サステイナビリ ティは、戦略性も長期性もありますか ら、サステイナビリティの視点を踏ま えて、一つ一つきちんといい仕事をし ていくのが大切だと思います。 先ほどのカンボジアの水道技術は北 九州市が進めている例です。非常に高 く評価されています。影響力を及ぼし て、アジアを変えようというのではな く、地元の要求に基づいて、地域の発 展に貢献するのがいいと思います。そ れと、人材の育成の面で、アジアが発 展していくための一つの大きな貢献を 日本はできるのではないかと思ってい ます。
原 仲上先生、ありがとうございまし た。 では、続きまして、大阪大学の平川 先生に参加型ガバナンスの視点からお 話いただきます。よろしくお願いいた します。
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社会のさまざまなリソース使ってのイ ノベーションが提示されています(図 ③) 。 イノベーションのプロセスにおい ても、政府や、企業、市場だけではな くて市民社会もアクターとして関わっ ていくような参加型のアプローチがと られて、さらにゴールにおいてもソー シャルな結果、つまり社会的課題の解 決や社会の期待の実現につながるよう なイノベーションが求められています。 第二は、社会的課題あるいは期待の 可視化と戦略形成の仕掛けと実践。先 ほどいいましたような課題達成型を進 めるためには、そもそも何が社会のな かで解決が求められている課題なのか を見定めるためのさまざまな取り組み が必要です。イギリスにはフォーサイ ト・プログラムというのがあり、担当 セクションがビジネス・イノベーショ ン・スキル省の政府科学局に置かれて います(図④) 。技術が解決・対応しな ければいけない将来的な課題や、技術
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訳してから、非常に技術中心的に考え られようになりましたが、シュンペー ターがイノベーションを定義したとき のもともとの意味はもう少し広いもの でした。近年はソーシャル・イノベー ションということで、社会的な課題に 向けて、 社会のいろいろなファクター、 図③
第一は、ソーシャル・イノベーショ ンとしての観点。先ほど仲上先生も技 術偏重ではないかたちのイノベーショ ンということを強調されていましたよ うに、イノベーションは技術だけの話 ではありません。一九五七年の『経済 白書』でイノベーションを技術革新と 図②
政策ではなくて、研究開発の成果が社 会に実装され、普及し、社会にいろい ろなインパクトを与えて、社会の変革 をもたらしていく、そういうイノベー ションプロセスまで含めて政策の視野 に入れているのが、 一番目の特徴です。 第二が、今日のこのセッションで最
図① 初に原先生が話されたことがそのまま ずばり当てはまることです。従来のよ うにもっぱら研究シーズの側から考え る重点分野設定型から、社会的な課題 を出発点としてそれとシーズとを結び 付けるような課題達成型へ転換すると いうのが二番目の大きな特徴です。第 三期まで、毎期五年間あたり研究開発 に二〇兆円ぐらいずつ投資してきまし たが、あまり成果がみえないというこ とが、近年、問題視されるようになっ てきました。特に政治家からアカウン タビリティの要求もあり、今後は成果 が得られやすいように、具体的な課題 を設定したうえで、いろいろな研究を 結び付けていく戦略的な対応が必要で はないかということで、こうした転換 が図られました。 第三が、参加型イノベーション・ガ バナンスに直結する話で、「社会ととも に創り進める」 というコンセプトです。 国民の視点に基づく科学技術イノベー
ション政策の推進ということで、政策 の企画立案および推進に対して、国民 参画を促進するということがうたわれ ています。倫理的、法的、社会的課題 に対応することも含めて、テクノロジ ー・アセスメントを導入していこうと いうことも盛り込まれています。さら に、社会と科学技術イノベーション政 策をつなぐような人材の養成および確 保もうたわれています。
環境イノベーションの要件
この三点が第四期の大きな特徴です が、それに基づいて、持続可能な社会 に向けてのイノベーションをどのよう に考えていったらいいというのが次の 話題です。研究者それぞれに大事とさ れる要素はたくさんあるでしょうが、 私自身の問題関心から、イノベーショ ンの要件として四点を挙げてみたいと 思います(図②) 。
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開発や政策にフィードバックする。さ らに、社会に実装した後でも、その影 響をモニタリングし、結果をフィード バックする。そのようなイノベーショ ンのプロセスの全般的な舵取りが行わ れるのがガバナンスです。ガバナンス というのは、もともとはラテン語でグ
必要があるでしょう。プロセスの最初 の段階である課題設定においても、何 がそもそも課題なのか、何が解決すべ き問題なのかということを、社会の現 場にいる人々がどのように考え、どの ような解決を望んでいるのかというこ とを理解することが大切です。そうし ないで、研究開発サイドだけで進めて しまうと、需要と供給のとんだミスマ ッチがおきてしまいます。そのような ことを事前にできるだけ避けていくた めにも、参加型の舵取り、ガバナンス が重要になってくるはずです。 ちなみに、テクノロジー・アセスメ ントについては、日本でも一九九〇年 代の終わりぐらいから、さまざまな社 会実験が試みられてきました。コンセ ンサス会議、シナリオワークショップ など、 いろいろなタイプの手法があり、 それらを使った参加型のテクノロジ ー・アセスメントの会議の実施例があ ります。近年ですと、BSE問題に関 図⑦
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ーベルナーレ( guvernare )という言 葉で、船の舵取りという意味がありま す。ガバナンスとはそもそも何かとい ったら、舵取りをイメージするといい と思います。 そのようなガバナンスには、さまざ まなステークホルダーが関与していく 図⑥
が社会に入っていくことでどのような インパクトがプラス面・マイナス面で あるのか、二〇年、場合によっては五 〇年といった長いスパンで予測的にシ ナリオを描きながら、それを現在の政 策に反映していくというプログラムで す。
図④ そのなかでとくに面白いのが、英語 名でホライゾン・スキャニング・セン ターで、日本では将来展望センターと 訳したりしているようですが、そこで もホライゾン・スキャニングという将 来予測をする仕組みになっています (図⑤) 。 こうしたものを日本でもぜひ
図⑤
つくってはどうかと、何年か前からい ろいろなところで私は話をしています (図⑥) 。たとえば、JSTの研究開発 戦略センター(CRDS)で、おとと しから社会的期待発見研究会というも のを、吉川弘之先生が中心になって始 めています。そこでフォーサイト・プ ログラムを日本でもやってみてはどう かという話が出てきています。ただし フォーサイト・プログラムを実行する 場合に、単にセンターをつくっただけ では機能しません。分散的、ネットワ ーク的に展開していく必要があります。 第三が、今日の副題に入れておきま した、参加型イノベーション・ガバナ ンスのための仕掛けと実践です (図⑦) 。 実際に研究開発が進み、その結果、将 来出てくるであろうさまざまなテクノ ロジーが、社会にどのようなインパク トをもたらしうるのかを、テクノロジ ー・アセスメントを行って検討し、予 測的にシナリオを描いて、それを研究
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会的、文化的、自然的な条件に適合し たソリューションが必要です。 たとえば、特殊な例かもしれません が、途上国で有効な技術として、阪大 の基礎工学のOBである藤村靖之さん がやっている非電化工房で開発した非 電化冷蔵庫があります。熱力学の簡単
な原理を使っているだけで、電気なし の冷蔵庫でものを冷やすことができま す。 イノベーションをおこすには知識の 使い方が大事で、知識のフロンティア は、いわゆる「最先端」の前方だけで なく、三六〇度全方位であるという発 想をもつ必要があるのではないかと思 います。
政策ための科学
熟議を今後もっといろいろなものと 組み合わせながら、全国的にさかんに していこうと考えている一つの基盤に、 文科省の科学技術イノベーション政策 における「政策ための科学」の事業が あります。 これは昨年度から始まって、 大きく分けて、公募型の研究開発プロ グラムと、基盤的研究・人材育成拠点 整備事業があります。研究開発プログ ラムはJST社会技術研究開発システ
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図⑪
ています。 第四が、全方位のイノベーションで す(図⑩) 。技術偏重ではなく、もっと 俯瞰的、総合的、文理融合的に、全方 位的に考える必要があります。学問的 な意味でのブレークスルーだけでなく、 それぞれの解決すべき問題に固有の社 図⑩
する討論型世論調査が北海道で北大の 人たちを中心に行われています。私自 身もこの三月まで、JSTの社会技術 研究開発センターからの委託研究の一 環として、分散型の熟議をしました。 熟議というと、一〇人とか、多くても せいぜい二〇人ぐらいのメンバーでじ
図⑧ っくり議論をするというイメージがあ るのですが、それだと参加者数が少な いという難点があります。世間で話題 になっているテーマなら、いろいろな タイプの人たちの関心をひき、参加し てもらうことができますが、そうでな いと、集まるのが一般市民の代表とい
図⑨
うよりは、もともと科学技術に対する 関心が強い、その意味でかなり特殊な 人たちになってしまいがちです。その ような熟議の弱点を補うために、もっ と参加しやすくて、全国的にいろいろ な場所で同じフォーマットで簡単に開 催できて、いろいろな人たちの意見を 集められないかということで、そのた めの仕掛けを開発してみました (図⑧) 。 熟議キャラバンと呼んで、二〇一〇年 に再生医療をテーマにして実施しまし た(図⑨) 。 そのような取り組みは、他でもさま ざまに行われています。私たちの研究 プロジェクトでは、国内で行われたさ まざまな実施事例をデータベース化し て、このようなことに関心のある人、 やってみたいと思う人たちが使えるよ うにしています。今後は、さらに実施 事例の情報を各地の実践者から送って もらい、データベースをみんなで育て ながら活用できるようにしたいと考え
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うな人材です。 来年度から教育プログラムがスター トしますが、教育だけで終わらせない で、実際に国全体、あるいは地域レベ ル科学技術イノベーション政策に、何 らかの貢献ができるようにしたいと考 えています。 さらに、現実の社会のなかで、産学 官民で交流するためのプラットフォー ムを、関西を中心としてつくっていこ うと考えています。どういうかたちの アーキテクチャーになるのかはまだ検 討中で、皆様からもいろいろなお知恵 をお借りしたいと思っています。近畿 圏でのイノベーションに何とか貢献し ていきたいと考えていますので、ぜひ 皆様からさまざまなお知恵、お力をお 借りできればと思っています。
原 平川先生、ありがとうございまし た。サステイナビリティの問題も含め て、社会の課題に関わるさまざまなイ
ノベーションを考えるうえでは、ステ ークホルダーの参加プロセスが非常に 重要であるということが述べられたと 思います。教育の観点からの話もあり ましたが、次のセッションではサステ イナビリティ教育に関する議論が行わ れることになっています。 質問がありましたら受けたいと思い ますがいかがでしょうか。 ――参加型というところでお伺いした いのですが、参加型、あるいは熟議は 非常に重要だと私も考えています。た だ、実際にやるのはなかなか難しいと 感じています。たとえば、タウンミー ティングをやるときに、設定された課 題に関心がある人というのがそもそも 多様ではないので、いろいろな立場の 人をどのように集めたらいいのか、そ れが質問の一点目です。 二点目は、異なる意見の人たちが討 議をするときに、理論的には、その人
たちは討議のなかで学習して、それぞ れに成長していくということになって いるのでしょうけれど、お互いに言い っ放しで結論が出ないということもよ くあるのではないかと思います。実際 にはどうなのでしょうか。 三点目は、技術開発政策の目標とか 意識のところで、どのような変化があ ったでしょうか。 平川 一つ目に関しては、海外の事例 でも、日本国内の事例でも、よくある のは、例えば住民基本台帳のようなも のを利用して、ランダムに招待状を送 って、返事の返ってきた人からまたラ ンダム抽出するというやり方です。そ の場合でも、返事が返ってくるという のは、それなりに関心がある人ですか ら、やはり偏りはあると思います。で も、ガバナンスの問題の観点から考え ていくと、実際に何か問題が起きたと きに、真先に関心をもって反応する人 は、何かの呼び掛けがあったときに反
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図⑫ ムで公募し、人材育 成拠点は全国で五つ が選ばれています。 政策科学研究大学院 大学、東京大学、一 橋大学、大阪大学と 京都大学の合同、そ れと九州大学です。 大阪大学と京都大 学が合同で進めてい るのは、「公共圏にお ける科学技術・教育 研究拠点」で、略称 が S T i P S ( Science and Technology in )です。 Public Sphere 来年度から阪大にお いては副専攻プログ ラムとして開講する 予定です。取り組む アプローチは二つあ
ります。一つは公共的関与(パブリッ クエンゲージメント)です。科学技術 の問題に関して、さまざまな立場のア クターが関わって、共同で参加型のガ バナンスを行っていくための仕組みづ くりと運営のための教育と実践を行い ます。二つめは倫理的、法的、社会的 問題への取り組みです。もともとはア メリカのヒトゲノム計画のなかで行わ れた人文社会系の研究領域の総称で、
(E Ethical, Legal, and Social Issues LSI)と呼ばれています。育てる人 材像としては、二種類の「つなぐ人材」 を考えています(図⑫) 。一つは異なる 分野、異なる領域の間に立って橋渡し をするような人材です。もう一つは、 個別の分野の研究、たとえば工学でエ ネルギー関連の研究をしながら、同時 に関連する他分野や社会との橋渡しが できる人材です。第一のタイプの人た ちと一緒に共同して、いろいろな参加 型ガバナンスのための活動ができるよ
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リティの中身が何かというと、もう一 つ詰め切れないという思いをもつこと があります。一つ目の人材がもつべき 資質をどのように記述されているかを 伺いたいのが第一点です。 第二点が、熟議とかいわれているも ので考えられてきたのは、必ずしもみ んなが興味をもっているわけではない けれども、重要な課題に対して、どの ようにしたら皆さんに入ってきてもら って議論をする場を設定するかという ことで、そこに努力が傾けられてきた と思います。去年の震災以降におきた 事象は、もう沸騰といいますか、放っ ておいてもいわせろと、いいたい人が どんどんくるような状況ではないかと 思います。議論を整理するのが、たぶ ん今までそれほどまでの激しいものは なかったと思います。ものすごくみん なが興味を持って入ってくるときにど のように対応して、どう整理したらい いかということに対して、何かアイデ ィアをお持ちでしたらお聞かせくださ い。 平川 まず一つ目については、正直申 し上げますと、私どももまだ開拓中で す。求められるものが一体何なのか、 サステイナビリティ教育や、いろいろ な先行事例からお知恵を借り、経験を 伺いながらまとめていく必要があると 思っています。ただ、漠然と考えてい るのは、完全にマルチな対応ができる 人はいませんので、基本的にはどこか に主分野をもっていて、それだけにと どまらずに、主分野プラス副分野のよ うなかたちでいくつか得意分野があっ て、分野間の橋渡しができる人。それ と、人との付き合いとかも含めて、ネ ットワークをつくるのが好きであると か、話すよりも聞くのが好きであると か、そういった能力もある人。そのよ うなことに当てはまりそうな人はポツ ポツ浮かびますが、もう少し体系的化 して、教育プログラムのなかにいかに
落とし込んでいくかというのは、新し く始まったプログラムのなかで今後や っていかなければいけない課題として 立てています。 もう一点は、三・一一以降の動きと しては、私自身もそう思っていること です。 みんなが議論をしたがっている、
意見をいいたがっています。 Twitter を見ても、三・一一以降は、情報収集 だけでなく、情報発信をしたいという ことで、ソーシャルネットワークサー ビスの利用者人口は大きく拡大しまし た。参加型ガバナンスを単に理念では なくて、本当に社会のなかに根付かせ ていく大きな波がきていると思います。 その波に応えることをわれわれもやっ ていかなければいけないと思っていま す。ただ、現実としては、地震以降ず っと思っていることなのですが、人材 がまだまだ限られていることです。参 加型のいろいろな会議の事例を挙げま したが、実はやっている人たちは非常
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応が返ってくる人たちで、そういう人 たちがある種のステークホルダーにな るわけですから、そういう人たちが実 際に何を考え、何を期待し、何を懸念 するのかということを事前にアセスメ ントするという意味では、偏っている 人たちがくるということでも意味があ るかと思います。 それと同時に、テーマとなる問題に ついて一度も考えたことがないような 人にもきてもらう工夫はどんどんして いく必要があります。たとえば、阪大 は京阪電鉄との共同事業として、中之 島新線のなのわ橋駅で、トークイベン トのできるスペースを運営しており、 先ほどお話ししました再生医療につい ての討論の一部もそこで行いました。 帰りがけのサラリーマンや買い物帰り の主婦がぶらりと寄って、参加してく ださいました。普段はこのような問題 を全然考えたことがない人たちをいか に呼び込むのか、そのためには人々の
生活動線のなかにこちらから入ってい くような工夫が必要だと思います。 第二点、第三点については、いろい ろな立場の人たちを集めて議論すると、 確かに相互学習がおこって、場合によ ってはある種の合意めいたものができ ることもあります。私自身としては、 合意をつくることは、公共的討論の主 目的ではないと考えています。 むしろ、 どうような意見の分布や隔たりがある のか、あるいは、議論を通じてどのよ うな学習がおこるのか、どのような意 見の変容がおこるのかということを観 察して、出てきた論点などを明らかに して、実際に政策決定するところへつ なげることが目的だと考えています。 最終的な合意づくりなり、政策決定な りは、いわば力技が必要で、合理的な 合意とは異なるものでもあります。政 治的な決定は、公共的な議論とは切り 離して、政策決定者が決定して、その 責任も政策決定者が負うものです。公
共的な議論はいろいろな論点を出して 議会制民主主義を補完するものである とするのが、熟議民主主義だと思って います。
小貫 二点伺います。二つの人材とい うのが非常に面白いと思いました。実 は私どものサステイナビリティ教育の なかで、似たようなことをやってきま した。どこかの分野をもっていて横と つながることのできる人と、媒介にな れる人の両方がいるのではないかと思 っています。サステイナビリティ・サ イエンスのなかには、サイエンス・オ ブ・サステイナビリティと、サイエン ス・フォー・サステイナビリティがあ るような議論があって、最初の人材は サイエンス・オブ・サステイナビリテ ィの人で、二種目の人材はサイエン ス・フォー・サステイナビリティの人 かなと思って伺っていました。究極的 に、サイエンス・オブ・サステイナビ
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■セッション3
サステイナビリティ教育と人材育成
持続可能社会を具現化していくためには、社会のなかで「 サ ステイナビリティ」 を構想し、牽引していくことができる人 材を育成することが極めて重要です。SSC教育部会では、 大学間連携の下でこれまでサステイナビリティ教育プログ ラム開発を進めてきました。本セッションでは、SSC教育 部会での活動実績や、共同教育プログラムの開発とその理 念について報告を行うとともに、サステイナビリティの教授 法、次代を牽引していくことのできる人材・ リーダー育成の 理念やその方法について広く議論を行いました。
栗本(総合司会) それではセッショ ン3「サステイナビリティ教育と人材 育成」を始めさせていただきます。本 日の最後のセッションです。このセッ ショの司会進行は、大阪大学環境イノ ベーションデザインセンターの特任准 教授、上須道徳先生にお願いしており ます。よろしくお願いいたします。
■司会挨拶
うわす みちのり
上須道徳
大阪大学環境イノベーションデザイン センター特任准教授
午前中のセッションで、東日本大震 災における大学の役割を論じ、午後の 最初のセッションで、環境技術・科学 技術が社会の変革にどう結び付くのか という観点での議論をしました。その
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に限られています。せいぜい三〇人ぐ らいです。多くは、毎年六月に阪大に 集まってワークショップをやっている 人たちで、 互いにみんな知っています。 非常に限られたサークルでしかまだ対 応できていないので、この大きな波を 受けながら、もう少し枠を広げていき たいと思っています。 その点で私自身が考えているのは、 何か話をしたいという思いは、技術だ けのことではないということです。そ うした思いの広がりは、広い意味での 社会イノベーション、ソーシャル・イ ノベーションの動きであるわけですか ら、それにうまく乗って、技術の話題 も考えてもらうことができるのならば、 議論の枠も広げられ、人材も広げられ るかなと思っています。
原 ちょうど時間がまいりました。ま だ議論したいことはありますが、これ ぐらいにしたいと思います。
今日は、環境イノベーション、ある いはソーシャル・イノベーションに関 する議論を多角的に行いました。技術 は重要だけれども、そういったものが 社会のなかでどう受け入れられていく のか、あるいは、それらのシーズはど のようにビジョン達成に貢献していく のか、技術と社会との複雑なダイナミ ズムをしっかり考える必要があると思 います。社会的な文脈の中での技術の 在り方、あるいは技術と社会の関係性 こそが、まさにメゾ領域で考えるべき 課題です。それから、メゾ領域での研 究を進めていく上では、多様な分野の 人の協力や協働が必要になります。同 時に、先ほども話に出ましたが、この 研究分野をリードする人材をどう育て ていくかということがこれからの重要 な課題となります。次のセッションの テーマは人材育成です。引き続き議論 にご参加いただければと思います。 ではこのセッションはここで終わり
にしたいと思います。どうもありがと うございました。
栗本 議論がまだ十分消化し切れて いなくて、皆さんのなかにはたぶんモ ヤモヤが残っているのはないかと思い ます。評価軸がいろいろあるというお 話ですとか技術だけでは解決していけ ないとか、ガバナンスの視点であると か、私は非常に興味深く聞いていたの ですが、ガバナンスの主体はどこにあ るべきなのかということを少しお聞き してみたいなと思っていました。 聞き足りない、話し足りないことに つきましては、夕方からの懇親会もあ りますので、どうかご参加くださいま すようよろしくお願いいたします。
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■セッション3 発表1の1
共同教育プログラム 「サステイナビリティ学最前線」の現在 おぬき もとはる
小貫元治
サステイナビリティ教育への取り組み
東京大学大学院新領域創成科学研究科サステイナビリティ学教育プログラム特任准教授
このセッションのコーディネーター をされている上須先生から、IR3S の時期も含めて、SSC教育部会の活 動実績と、その活動の目玉となってい る「サステイナビリティ学最前線」の 設計理念について、最初から関わって いる一人としてまとめをしてほしいと いうご依頼がありましたので、その報 告をいたします。
まず、IR3Sのなかでどのように して教育部会が立ち上がったかといい ますと、IR3Sは二〇〇五年に準備 期間がスタートし、二〇〇六年四月に メンバーが揃って正式発足しました。 北海道大学、茨城大学、東京大学、京 都大学、大阪大学の五大学が最初のメ ンバーで、その他に五大学と一研究所 が協力機関として加わりました。IR 3Sは、サステイナビリティに関連す
る知識・情報を構造化して、新たな統 合的学問分野としてのサステイナビリ ティ学を創成することを目指すネット ワーク型研究拠点として形成されまし た。フラッグシッププロジェクト制が 採られ、主に三つの研究分野、サステ イナブルな地球温暖化対応策、アジア の循環型社会の形成、グローバルサス テイナビリティの構想の展開・社会経 済システムにおける科学技術の役割で、 研究を進めてきました。 それに加えて、教育プロジェクトと して、サステイナビリティ学連携教育 プログラムをつくるということがうた われました(図①) 。世界の大学におけ るサステイナビリティ教育のベンチマ ークとなるべきプログラムの構築を目 指すということが最初の計画にあって、 サステイナブルな社会を構築するのに 国際的に活躍できる専門家を養成する ために、修士のプログラムをつくると いうことが書かれていました。国際的
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なかでも、将来を担う人材をどのよう に育成するのかという話が出されまし た。 サステイナビリティ・サイエンス・ コンソーシアム(SSC)の前身であ りますサステイナビリティ学連携研究 機構(IR3S)では、東京大学、京 都大学、北海道大学、茨城大学、そし て大阪大学の五大学が共同でサステイ ナビリティ学教育プログラムを運営、 実施してまいりました。どのようなこ とをするのか、どのような課題が残さ れているかということを、五大学でず っと共有してきました。 IR3SからSSCに引き継がれま してからも、五大学が協力し合ってサ ステイナビリティ教育を進めてきまし た。大阪大学に環境イノベーションデ ザインができるなど、新しい取り組み もあります。セッション2で平川先生 が紹介された取り組みもあります。 このセッション3では、SSC教育 部会の具体的な取り組みをご紹介いた だいてから、藤田先生に超域イノベー ション博士課程プログラムについてご 講演いただきます。その上で、パネル ディスカッションに進みたいと思いま す。パネルディスカッションでは、人 材育成のあるべき姿がみえてくるなか
で、お金や人材など限られた資源を使 ってどのような教授法を行い、どのよ うなカリキュラムを組んだらいいのか ということを、議論をしたいと考えて います。 それでは、最初の発表を小貫元治先 生にお願いします。
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グラムは、現在私が所属しているとこ ろで、そこでは修士サステイナビリテ ィ学を出しています。ここだけで独立 した三〇単位の修士の課程をもってい ます。茨城大学は、修了証書プログラ ムとしてのサステイナビリティ学プロ グラムに加えて、理工学系のなかの環 境学専攻のコースとして、ディグリー プログラムも走らせています。IR3 Sのなかでも、茨城大が最もトップダ ウン的にかなり強力に教育プログラム を推進されました。
東大の教育プログラム 各大学の紹介は、この後のパネル討 論でもありますので、私からは東大の プログラムについて少しだけご説明し ます(図③) 。東大の新領域創成科学研 究科のなかの環境学研究系の六専攻を 横断するプログラムとしてつくられま した。六専攻を横断していますが、独
自のカリキュラムをもっていて、三〇 単位で修士サステイナビリティ学が出 ます。 二〇〇七年に始まり、二〇〇九年に は博士課程も加わりました。いまのと ころ、博士課程の学生はいますがまだ 博士は生まれていません。プログラム は英語のみで、 国際的に学生を募集し、 国際奨学金も用意し、留学生の割合が 七割から八割です。もともとのデザイ ンでは日本の学生と留学生が半分ずつ というのを目指していたのですが、い まは留学生の方が多い状況です。 カリキュラムとしては、サステイナ ビリティ学を俯瞰的に押さえる講義を 体系的につくっています。環境学系の 六専攻が教育プログラムをつくること で、学問的なバックグラウンドをカバ ーし、加えて短期合宿形式のプログラ ムがあります(図④) 。東京大学では、 サステイナビリティ学のプログラムが できるかなり前、一〇年以上前から、
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京都大学のサステイナビリティコース、 茨城大学のサステイナビリティ学プロ グラムがそれに当たります。北海道大 学と大阪大学のプログラムは全学の大 学院生に開放されています。 もう一つが、修士号を出すプログラ ム、ディグリープログラムです。東京 大学のサステイナビリティ学教育プロ 図③
に活躍できるということから、教育は 英語を中心にし、多様性、国際性、学 際性がそなわった人材を育てていくと いうこともありました。 このようなミッションが課されて、 IR3Sの教育部会が発足しました。 参加五大学から教育担当の先生と実務 の担当の先生が決まって、メンバーは 一〇人ぐらいでした。遠隔会議などで 年に数回のミーティングをもち、年に
図① 一回は各大学の持ち回りで集まって会 議をしました。最初のころは、これか らつくらなければいけないIR3S教 育プログラムについて情報共有をする こと、それに、プログラムのデザイン を議論することが会議の内容でした。 そのなかで、 必修のコア講義として サ ステイナビリティ学最前線 を準備し て、それができあがってからは、運営 についても話し合ってきました。誰に
図②
修了証書を渡すかというプログラムの 修了認定も仕事の一つになっています。 当初の方針は、各大学の特徴、強み を生かして、どのようなものがつくれ るかを考えて、進められるところまで 進めましょうということでした。その 上で、大学間の連携を図り、遠隔講義 の導入や、単位互換を実施して、相互 補完・総合化を行って、IR3Sとし ての真の連携教育プログラムをつくる 努力をして、最終的にIR3S共同教 育プログラムができあがりました。 五大学で、大きく分けて、性格の異 なる二通りのプログラムがつくられる ことになりました(図②) 。一つは、修 了証書プログラムです。サーティフィ ケートプログラム、もしくはマイナー プログラムとも呼ばれるものです。主 専攻のほかに、決められた何単位かを 取ると、修了証書がもらえるプログラ ムです。北海道大学のHUIGSプロ グラム、 大阪大学の高度副プログラム、
106
」
「
けばいいのかという最先端の議論を経 験してもらうことを目標に掲げました。 内容は、メンバー大学のトップランナ ーの先生によるリレー形式の講義です。 その後、IR3SがSSCに継承さ れ、教育部会もSSCの教育部会とし て継承されて、サステイナビリティ学 教育プログラムの普及を続けています。 共同教育プログラムの修了生は、二 〇一二年の三月までで一二九名です。 茨城大学が一番頑張っていてすでに六 五名の修了生を出しています。各大学 のプログラムの修了生は、これと重複 もありますが、さらにもう少し多くい ることになります。
サステイナビリティ学最前線
「サステイナビリティ学最前線」の 最初の講義は、IR3Sの初代機構長 の小宮山先生に担当していだきました (図⑦) 。 サステイナビリティ関連領域
109
二〇〇八年度にスタートしています。 俯瞰型科目はすでに各大学にあります から、それとは異なるもので何が最も いいのか議論しました。その結果、ネ ットワーク型研究拠点におけるサステ イナビリティ学研究の最先端に触れて、 それぞれの分野の広さと相互関連性を 知り、それらをどのようにして統合し てサステイナビリティ学を創成してい 図⑦
ナビリティ学最前線」です(図⑥) 。こ れは五大学を遠隔講義で結んで実施し、 基本的に土曜日を三日間使った集中講 義です。 さらに四単位分を、各大学がそれぞ れ指定する選択科目リストから取って、 計一〇単位にするというのが、IR3 Sとしての共同教育プログラムです。 「サステイナビリティ学最前線」は 図⑥
短期合宿形式のプログラムの経験をも っていて、 それを拡充してきています。 フィールドで他分野の専門家と一緒に 活動し、地域住民とも交流するような 実習のノウハウの蓄積を生かしたプロ グラムです。 加えて、専攻の学生が全員参加する ゼミがあります。自分の研究している
五大学でそれぞれにプログラムをつ くるのと並行して、サステイナビリテ
共同教育プログラム
ことを他分野の人にきちんと説明でき るのか、あるいは、他分野の人の研究 をきちんと興味をもって俯瞰的に理解 できるのかということを徹底的に鍛え る教育をするのが特徴です。
図④
ィ教育で何が本当に必要かという議論 を、 教育部会のなかで続けてきました。 そのなかコアとなるものを抽出して、 連携プログラム、もしくは共同教育プ ログラムをつくりました (図⑤) 。 まず、 各大学で俯瞰型科目を用意します。サ ステイナビリティは俯瞰的な視野が必 要であるという各大学とも共通した認 識があり、そのような科目が各大学に ありますから、それをそのまま各大学 で俯瞰型科目として指定します。東大 ですと、「サステイナビリティ論」 や 「環 境のサステイナビリティ」といったい くつかの科目が俯瞰型科目として指定 されています。そのなかから二科目、 四単位取りなさいというのが、共同教 育プログラムの選択必修として課せら れています。 これだけでは各大学でバラバラのプ ログラムになってしまいますから、何 か一緒にやるものをつくろうというこ とで生まれたのが必修科目「サステイ
図⑤
108
頭五分くらいで遠隔講義を切断して、 各大学で質問を整理するようにしまし た。各大学でその場にいるスタッフで 答えられることは答えて、本当に大事 な質問をきちんと話せるようにしてか
ら、五大学でつなぐことで、学生の不 満はある程度カバーできるようになり ました。 加えての反省点は、ディスカッショ ンを遠隔講義で行うことの難しさです。 各講義とサステイナビリティの関連を 学生に議論させるということをやって みましたが、それが非常に難しかった のです。対応策として、各講師の先生 に、持続可能な社会をどのように考え ているのか、講義の最後で必ず述べて くださいとお願いしました。かなり大 変なお願いだという認識はあるのです が、快く皆さんに答えていただきまし た。それに加えて、講義の質疑時間を 増やしたことで、統合ディスカッショ ンでは、各講師が話された持続可能な 社会像に対して批判的に検討して、ど のようにしたらそれをサステイナビリ ティ・サイエンスにもっていくことが できるのかというのをある程度議論で きるようになりました。それをまとめ
てラップアップすることで、全体の統 一感が出るようにもなりました。ラッ プアップの内容については、次に原先 生から説明をいただけると思います。 このようにしてできあがったものが 二〇一一年のシラバスです(図⑨) 。こ の七月には二〇一二年度版を予定して います。
上須 小貫先生ありがとうございま した。簡単に確認などありましたら受 けますが、後でディスカッションの時 間もありますので、ご質問はその折に お願いいしたいと思います。 続いて、小貫先生からも少しだけご 紹介がありましたが、「サステイナビリ ティ学最前線」のラップアップについ て、実際に具体的にどういうことが議 論されてどういうまとめ方をしたのか ということを、原先生から発表してい ただきます。
111
図⑨
をバランスよくカバーできるように、 人文社会学系と自然科学系・応用科学 系から、一コマずつ各大学から出すこ とを原則として、オムニバスでつなげ ます。加えて最終の五コマ目にディス カッションを置いて、遠隔講義でも、 ディスカッション能力、コミュニケー ション能力を引き出すようなことにチ ャレンジしました。試行錯誤の連続で
した。 「サステイナビリティ学最前線」を 実施しつつ、問題点を出して改善する ということをしてきました(図⑧) 。一 つは、当然のことですが、イントロダ クションの重要性です。最初の年は、 全部の講義でどういうエリアをカバー しているのかという全体の説明を三〇 分ほどでしてから、小宮山先生のビジ
図⑧
ョンの講義に入りました。俯瞰的科目 を各大学でやっているとはいっても、 その内容にやはりばらつきがないわけ ではないので、反省点として、サステ イナビリティ・サイエンスの最新の理 論をレビューして、どのようなことが 議論されているのかを最初に入れた方 がいいということに気付きました。現 在では、サステイナビリティ・サイエ ンスで議論されていることを少しレビ ューするようにし、それによって収ま りがよくなりました。 反省点の二つ目は、多地点遠隔講義 の特性からくるものです。技術的な問 題もありますが、質問を受けるだけで も時間がかかってしまって、質問した くてもあまりできなかったとか、先生 がきちんと対応してくれなかったとか、 不完全燃焼だという不満が学生から出 されました。それへの対応として、講 義を延長して、質問に十分な時間を取 るようにしました。加えて、質問の冒
110
線」では、各大学からいろいろな分野 の先生方がそれぞれのご専門性から講 義をされますが、考え方やサステイナ ビリティに対する視点については、そ れぞれのご専門を反映して実に多様で す。われわれは、意見の多様性を含め て、さまざまな視点を大事にすること こそが、サステイナビリティ教育にお いては重要であると考えているのです が、そのような意見やテーマの多様性 が、 (特に短期間の集中講義の中では) 学生のサステイナビリティに対する理 解をやや困難にしている面があります。 短期間であまりに多様な意見を聞いて しまうことで、内容や意味を咀嚼する ことが困難になる場合もあります。 講師の先生方には、 各講義の最後に、 「持続可能な社会とはどういうものな のか?」という問いに答えていただい ています。その先生方の意見・考え方 に対して、学生は、自分の専門性(た とえば工学的に)から批判的に自分た
ちの意見を構築していきます。その考 えはおかしい・違うと感じたり、ある いは共感したり、さまざまな反応があ ります。ここでは、異なる視点や専門 性から出てくる議論を一度整理したう えで、先生方の見方、あるいは周りの 学生の視点と、自分の意見の違いや共 通点を相対化できるようになることが、 一つの重要なポイントになるのではな いかと思います。最後の取りまとめの セッションは、学生のみなさんの理解 や思考作業の手助けをしようというこ とで始めました。同時に、われわれ教 員にとっても、取りまとめを行う過程 で、サステイナビリティ教育の中で今 後活かせる見方や方法論について拾い 上げることができるのではないかと思 っています。 二〇一一年の講義の全体構造を振り 返ってみます。先ほど小貫先生からも お話がありましたように、最初のイン トロダクションでは、サステイナビリ
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視点をうまく取りまとめて、学生のみ なさんに理解していただくという意味 では極めて重要であると考えています。 このセッションの内容をここでおさら いしておくことは「サステイナビリテ ィ学最前線」の全体構造や意義を再確 認する上でも意味があるのではないか と思っています。 さて、 「サステイナビリティ学最前 図②
■セッション3 発表1の1
ラップアップセッションに見る 「サステイナビリティ学最前線」の到達点 はら けいしろう
原 圭史郎
「サステイナビリティ学最前線」で は、サステイナビリティに対する学生 の理解を少しでも助けるために、冒頭 に全体のイントロダクションのセッシ ョンを設けており、また、最後にラッ
取りまとめ) ラップアップ( の必要性
ョン( Wrap-up session: 取りまとめの セッション)の内容についてお話しさ せていただきます。
置付けられているラップアップセッシ
大阪大学環境イノベーションデザインセンター特任准教授
小貫先生のほうから、われわれ五大 学でこれまで設計してきた共同教育プ ログラムの全体のデザイン、それから プログラムの設計理念についてお話を いただきました。そのなかに、 「サステ イナビリティ学最前線」という五大学 共通の科目があります(図①) 。これは 五大学をポリコムというシステムでつ なぐことによって、大学間で学生同士 も議論ができるという画期的なもので す。私のほうからは、この「サステイ ナビリティ学最前線」の中の最後に位
プアップセッションで講義全体のお話 を取りまとめて締める、という構造に なっています(図①) 。この最後のラッ プアップセッション自体は、おととし からスタートしたものでして、今後も その内容については改善を行っていか なければいけないものです。このセッ ションは、各講義の中で出されたサス テイナビリティ・サイエンスの大事な
図①
112
をもたらす原因を理解しつつ、原因と 結果の複雑な関係性・構造を包括的に 理解し、そして課題に対処していくた めの新しい学術的アプローチであると いうことを理解してもらいます。 第二が、 俯瞰的な視野と理解です (図 ⑤) 。たとえば、地球温暖化は因果関係 や問題構造が非常に複雑です。温暖化 がどうしておこるのかという原因、温 暖化に伴う気温上昇の度合い、また気 温上昇に関わる生態系や人間社会への 影響、などさまざまなレベルのことを 考えていかなければなりません。そこ には複雑な構造、因果関係があって、 全体構造の把握自体が容易ならぬ問題 です。しかしながら、この全体を俯瞰 的したうえで、システム的に問題を捉 えて理解していくことが非常に重要で あることを学生のみなさんと共有しま す。 第三は、サステイナビリティ・サイ エンスにおける特徴的な視座(エッセ
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題・トピックが先生方から提示されま す。学生のみなさんにまずは、これら の課題や脅威を共有してもらいます。 温暖化についても、人間の生存基盤あ るいは地球システムに対する大きな脅 威として認識しなければ、問題を解決 するという方向には進んでいきません。 そしてサステイナビリティ・サイエン スは、これらのさまざまな課題や脅威 図⑤
ントにまとめてみました。 第一に、我々の周りにさまざまな脅 威( Threats )が存在していることを まずは認識しましょう、ということか らスタートします(図④) 。地球規模あ るいはローカルレベルでも、さまざま な課題が生じています。成長の限界、 超高齢社会、 災害、 食糧安全保障など、 持続性に対する脅威として、多様な問 図④
ティ・サイエンスの世界的な潮流等、 最新情報を皆さんにお伝えしました (図②) 。その後、切り口やテーマが異 なるさまざまな講義が三日間にわたっ て続きます。学生はこれだけ多様なお 話を聞くことでやや混乱してしまう可 能性があります。みなさん、環境やサ ステイナビリティに興味はあるけれど も、エネルギー、都市デザイン、食料
生産などなど、テーマの異なる講義を 次々に聞くなかで、サステイナビリテ ィのエッセンスといいますか重要なポ イントは結局何なのだろう、と疑問に 感じる可能性もあります。そこで、最 初のイントロダクションではまず、講 義全体でくみ取るべき視点はどういう ものか、何を三日間で学ぶのか、とい う情報を俯瞰できる形で少しインプッ トします。また、一日の終わりには、 大学ごと学内でのディスカッションを 通して、各大学の先生方にファシリテ ートいただきながら、その日の講義の テーマや、サステイナビリティとの関 係などを議論し、できるだけ理解の助 けを行うようにしていきます。 三日目(最終日)の午前中まで講義 がありますが、午後は五大学をつない で学生同士で意見交換を行います。そ して最後にラップアップセッション、 という流れです。この最後のセッショ ンではまず、サステイナビリティ・サ
図③
イエンスと従来のサイエンスとの違い を含めて、三日間で何を学び、何をこ れから学んでいく必要があるのか、今 後の課題など含めて、教員側のから俯 瞰的・トップダウン的に整理を行いま す。ここでトップダウン的といいます のは、それぞれの講義にはいろいろな 重要な要素が含まれていますので、そ れをみえやすくするには、教員側がう まく整理する必要であると思うからで す。しかもその整理は、サステイナビ リティ・サイエンスはこういうものだ、 と教えるのではなくて、学生のみなさ んに、これから自分たちの専門領域を 深めていく中でサステイナビリティを より深く考えていってもらうための種 といいますか、きっかけを与えるとい う位置付けで行います(図③) 。 二〇一一年の講義でのラップアップ セッションの中で何を結局つたえたの かという観点から、非常に粗い整理に なってしまいますが、以下六つのポイ
114
遅 い へ) 、 Hard( ハ ー ド か) ら Slow( ソフトへ 、 大きい から Soft( ) Big( ) 小さい へ)、あるいは Smart( ス Small( マート へ)と、こういった価値観の転換 に関わるキーワードが出てきました。 また、ほかの講義では「幸福」につい ても議論がなされましたが、幸福を論 じる上では、この規範性や価値観が非 常に重要な意味をもってきます。社会 図⑧
の文脈の中での価値判断は、例えば日 本と中国とでは違うかもしれません。 価値観や規範性を十分考慮したうえで、 あるべき社会を議論していく必要があ るのではないかということです。 第五は、持続性を追求する上での方 法論や対策についてです(図⑧) 。どの ような戦略や方法論でもって物事に対 処するのかということも重要なテーマ 図⑨
です。講師の先生方のお話の中にも、 「緩和」 「適応」 「レジリエンス」など と、特徴的なアプローチ、単語がいく つも出てきます。また、技術開発の例 で、ビジョン志向型の技術開発の必要 性についてもお話がありました。これ まで通り、市場によって育てられる技 術だけではなくて、先の規範性の議論 にも関係しますが、社会の価値観や社 会的なニーズが共有されたうえで、そ のようなニーズやビジョンから導かれ る技術をこれからはより積極的に考え ていく必要があるのではないでしょう か。 第六は、判断や公平性に関わること です(図⑨) 。持続可能社会を形作って いく中では、 さまざまな利害関係者 (ス テークホルダー) が関わるわけですが、 それぞれの役割や責任があります。場 合によっては、それぞれの利害を乗り 越えてある種の合意形成にたどり着く 必要があります。昨年の一つの講義の
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ンシャル・ビューポイント)について です(図⑥) 。ここでのエッセンシャル とは、サステイナビリティ・サイエン スに「特徴的な」という意味あいをも ちます。持続可能性の議論の仕方はそ れぞれの専門性によっても多少異なっ てくるでしょう。サステイナビリティ の定義も、人によって、あるいは専門 性によって異なります。 最大の課題は、
図⑥ 誰(何)のためのサステイナビリティ を考えているのか、あるいは何をサス テイン(持続する)のか、という問い です。往々にして「誰(何)のために、 何を持続させるのか」という点につい ては、曖昧になったままサステイナビ リティの議論が進められることも多い のですが、自分なりにしっかりとこれ らの点について定義を考えていきまし
速い か)ら ます。講義の中では、 Fast(
ょうということをお話しします。 また、 バウンダリ―(境界)の取り方によっ ても、 持続可能性の評価アプローチや、 問題の定義・理解の仕方が変わってき ます。この点も重要です。それから、 同じく重要だと私が考えているのが文 脈性です。問題・課題に対しては単一 の答えが存在するのではなく、地域性 や社会的な文脈によっても求められる 答えや適切な解、というものは変わっ てきます。問題解決型の学術であるサ ステイナビリティ・サイエンスにおい ては、このような文脈性が重要な意味 をもつのではないかと思います。 第四は、規範性です(図⑦) 。サステ イナビリティ・サイエンスにおいて、 この「規範性」も非常に重要なポイン トだと思います。ある講義の中でも先 生がいわれていましたが、価値観の転 換がこれからの持続可能な社会を作っ ていく上では、重要ではないかと思い
図⑦
116
動に移していく力を養うことではない かと思っています(図⑫) 。自分の役割 を問うて、アクションに結びつけてい く力を養っていただきたいと思います。
上須 どうもありがとうございまし た。短い質問、確認事項がありますで しょうか。なければ、次に移りたいと 思います。 それでは、大阪大学機械工学専攻教 授である藤田喜久雄先生に、大阪大学 による新たな取り組みとして、大阪大 学超域イノベーション博士課程プログ ラムについてお話をいただきます。大 阪大学には、分野や領域を超えた研究 教育を推進しようということで、総長 がトップになって未来戦略機構という 部門ができまして、藤田先生はその第 1部門長を務めておられます。
119
ローチを学んだわけですが、持続可能 な社会を作っていくうえで、自分はど のような役割を演じうるか、それぞれ 考えてください、 とうメッセージです。 三日間の講義で学ぶことは多々あると 思いますけれど、大事なのは、それぞ れが咀嚼して自分の専門性の中で活か していくこと、また、今後重要なステ ークホルダーの一員として何かしら行 図⑫
の意味もでてくるのではないかと思っ ています。 実は、昨年のラップアップセッショ ンの最後に、私のほうから学生のみな さんに一つメッセージを出しました。 それが「理解から行動へ」というもの です(図⑪) 。三日間でいろいろなこと を学びましたが、サステイナビリテ ィ・サイエンスの特徴的な視点やアプ 図⑪
中では、エネルギーリスクの問題につ いて議論がありました。リスクの考え 方についてさまざまな同意・反対意見 が出されました。リスク一つとっても、 どのように理解をして判断を下してい くのか、それは利害関係者によっても 見方が異なり非常に複雑な課題である ということを学生の皆さんは議論を通 して理解できたのではないかと思いま
図⑩ す。さらに、このような認識や判断の 違いを超えて、合意形成へと至るのは 非常に難しいということも学ぶ機会と なりました。 これからの課題 まとめに代えて、このサステイナビ リティ学最前線の到達点と今後の課題 についていくつか整理してみます(図 ⑩) 。 サステイナビリティの議論において は、 「ある条件設定の下で問題を解く」 という従来の学問アプローチだけでは 限界があります。規範性の議論を採り 入れた途端に、ものごとの評価の仕方 がガラッと変わってきます。これらの 特徴的な視座については、 先生と学生、 あるいは学生同士の議論を通して学ん でいく必要があると思います。人によ って、あるいは専門性に応じて、物事 の定義の仕方、問題に対する対処の仕
方や方法論、視点が異なり、多様な議 論がありうる、ということをまずは知 ることが大事だと思います。一方で、 自分の専門性からくる物事の見方や条 件設定の仕方、など自分の依拠する専 門性を客観的に理解することも大切で、 そのためにも討論やグループワークが 用意されています。各教員が講義の最 後に提起する「持続可能な社会像」に 対して批判的に議論をすることもよい トレーニングとなります。クリティカ ルな思考を通して、唯一の解を得るこ とが目的ではなく、自分の立ち位置を 客観的にとらえることが可能となりま す。 三日間の集中講義を受講した学生は 大いに刺激を受けるようです。できれ ば、それぞれの専門性のなかで、この 集中講義の中で学んだ視点や考え方を どのように生かしていくか、というこ とに対して教員側も何かしらのフォロ ーアップができれば、さらにこの講義
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にはどうようなものがあるのか端的に 列挙するために写真を集めました(図 ②) 。 私の専門は機械工学ですけれども、 これらの問題は、もちろん機械工学だ けでなく、いろいろな工学が絡み、さ
121
ングプログラムです。 これまでにも、大学院教育の改革は 進められてきました。従来は、個々の 先生に付いて勉強するということでし たが、この一〇年ぐらいでコースワー
図②
らに人文社会から社会科学まで絡んで こなければ、 解けないものばかりです。 このような専門分野の枠を超えた問 題に対応できるように、大学院を抜本 的に改革しようというのが、リーディ 図①
■セッション3 発表2
大阪大学超域イノベーション博士課程 プログラムの理念と教育 ふじた きくお
藤田喜久雄
ラムの背景がどういうものかを少し説 明しますと、この事業のスキームの絵 (図①)を最初にみて、われわれも意 味がよくわかりませんでした。この絵 の趣旨がどういうことかといいますと、 昔の大学教育は、一文字で中身が説明 できて、そこで学ぶと、三〇年、四〇 年にわたって仕事をしていけるような ことが得られました。そのときの学問 は小さな木であったと、描かれていま す。
大阪大学大学院工学研究科教授/大阪大学未来戦略機構第1部門超域イノベーション 博士課程プログラム兼任教授・大阪大学未来戦略機構第1部門長
文部科学省では、昨年度から博士課 程リーディングプログラムが動いてい まして、阪大では二件が採択されまし た。そのうちの一件がここでご紹介さ せていただく「超域イノベーション博 士課程プログラム」です。
博士課程リーディングプログラム とは まず、博士課程リーディングプログ
進学率が高くなり、世の中が複雑に なってきますと、いろいろな分野が増 え、木がどんどん茂ってきました。も ともとあった一文字の学部が消え、山 のようにというとしかられますが、い ろいろな分野が出てきました。それぞ れが重要なことをしていて、学術とし て深いところを探っています。 しかし、 サステイナビリティが典型であるよう に、複雑な問題に対して、学問全体が つながって一丸となって解かなければ いけない状況になってきました。その ときに、木を横に広げて学問がつなが ろうとするだけではどうも具合が悪く て、木の頂点を引き上げて、全体を見 渡して、新しい軸になるようなリーダ ーがいるだろう、そのようなリーダー を育てようというのが、リーディング プログラムの趣旨のようです。 去年の一一月八日に私たちの提案に 対するヒアリングがありまして、一五 分間で説明するために、横断的な問題
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のは、国内外の政財官学界で活躍しグ ローバル社会を牽引するトップリーダ ーを養成するために、大学の叡智を結 集した文理統合型の学位プログラムで す。
超域イノベーション博士課程 プログラムとは
私たちは、申請の準備に半年以上か けて議論しました。初めは、何が要求 されているのかよくわからないという 状況で、たとえば、文理統合という言 葉はどう解釈したらいいのかわかりま せんでした。文理融合という言葉は前 からありましたが、文理統合はそれと どう違うのか、どういうプログラムを 組めばいいのか、いろいろと議論しま した。その結果、申請のごく間近にな って、大阪大学では「超域イノベーシ ョン博士課程プログラム」という名称 で申請することになりました(図④) 。 趣旨は二つあります。第一は、特定 の分野だけでは解けないような課題に 挑戦する。その内容は、あらゆる分野 の専門知をつなぐ、つなぐために汎用 力の教育をする、そして、全研究科か らの学生の混成教育をする。
第二が、このようなことを達成する ために、全学体制で新しい学位プログ ラムをつくります。そこには外の人に も加わってもらい、研究科横断型の教 育を行う新しい大学院教育の形をつく って、全学の教育の改革も牽引してい きます。つまり、博士課程教育のオー プンイノベーションをおこすというこ とです。 深い専門性と汎用的能力を二本柱に して申請し、採択されて、四月から授 業を動かし始めています。申請の時点 では、いわば絵に描いた餅のようなも のでしたので、実際においしい餅にす べく、いま右往左往しています。
イノベーションをおこすために 超えるべきもの
出発点は、世の中にはいろいろな課 題があるということです。課題は漠然 としていて、きちんとはわかっている
123
図④
クが入ってきました。リーディングプ ログラムでは、コースワークをもっと 幅広く行うと同時に、試験 ( = 、QE を)し Qualifying Examination
て、研究の提案書を書かせて、本格的 に研究をしていく能力があるかどうか をみてから、研究に入ってもらいます (図③) 。博士論文を書いた後は、非常
図③
に幅広い勉強をしたということを受け て、大学や研究機関だけでなく、産学 官の幅広い分野で活躍するようになる と考えています。 リーディングプログラムの募集は、 オールラウンド型、複合領域型、オン リーワン型の三つタイプがあります。 環境に関連したところでは、複合領域 型が多いかと思いますが、私たちが申 請したプログラムはオールラウンド型 です。オールラウンド型が求めている
122
かるようなことも含めて世の中から情 報を得ます。日本の問題を解くにして も、国境を超えてグローバルな視点で 解く。既存の解き方を疑ってかかり、 旧来の思考パターンを超えます。科学 技術決定論を超えます。理工学的には 非常に緻密にモデルに基づいていろい ろな予測ができますが、世の中にとっ てどのような価値をもつかということ は、科学技術による予測を超えていま ます(図⑤) 。専門領域を超える。文字 す。それから、私的利益を超えて公共 を考えます。 独善的エリートを超える。 リーダーを養成するといっても、常に 自分がリーダーになるのではなくて、 あるときはフォロワーになったり、賛 同者になったりして、その使い分けが できて、さまざまな人間関係をつくれ るような底力を付けておく必要があり ます。そして組織を超えた働きをしま す。 イノベーションはどのように進めて
いくのか、いくつかの段階に分解しま すと、 最初が、 新しい課題の発見です。 次に、解決するためのモデルを描き、 個別の専門だけでは解けませから、ネ ットワークを形成し、リソースを結集 して、そして、決断して実行します。 そうしますと、リーダーに必要なの は、課題設定力、モデルをつくる力、 プロセスを駆動する力、そして責任の もとに決断する力です(図⑥) 。これら の力を文理統合の汎用力の教育で養っ ていくのが、超域イノベーション博士 課程プログラムです。さらに、そうし た力があって、実際に物事をきちんと 動かしていくためには、論理的に、あ るいは科学的にきちんと説明ができな ければなりません。それを培うのはや はり専門分野での教育です。専門分野 においてきちんとした研究能力を身に つけることも、当然ながら大切です。 そのようなことのすべてを五年間の プログラムで身につけることはできな
いでしょう。オールラウンドなトップ リーダーに到達するには、いろいろ経 験を積んで、一〇年とか一五年とかか かるでしょうから、リーディングプロ グラムではそのための素地をしっかり 植え付けたいと考えています。
効率的に展開するループ
具体的にどのような教育体系でプロ グラムをつくろうとしているかといい ますと、従来の博士課程では、研究科 に入ってそこで勉強していくわけです が、 それはそのままにしておきまして、 副専攻型としてこのプログラムを走ら せます。三〇単位から四〇単位で、学 生にはかなり負荷のかかるコースです けれども、それをこなしてもらって、 専門力とともに汎用力を身に付けても らいます。途中に、プレQEとQEと の関門を設けています(図⑦) 。 もう少し細かく描いた図を見ていた
125
わけではありません。課題を明確に定 義付けて、技術によって解決しようと するだけではなくて、社会全体に波及 していく汎用性や継続性を含めて、社
会システムを変えるようなイノベーシ ョンを引き起こそうということで、そ のようなイノベーションを牽引してい くような人材をつくるのが目的です。
図⑤
イノベーションをおこすには、超え なくてはならないものがたくさんあり ます(図⑤) 。専門領域を超える。文字 情報偏重を超えて、感性とか、体でわ
図⑥
124
次に移るところで一つの関門があって、 専門性と汎用力の進捗具合を見ます。 そして、三年次が終わるときに研究提 案書を書いてもらい、英語の能力が付 いているかも見て、その上で、さらに 専門の研究と、超域ラーニングを続け てもらいます。最終的には研究科で学 位論文を書いて、その内容が超域イノ ベーションとしての意味をもっている のか、あるいは汎用力がきちんと付い ているかを審査して、それに通れば、 「超域イノベーション博士課程プログ ラムによる」というキーワードの付い た学位を授与します。 非常に欲張った内容を教えようとし ているわけですから、従来のように講 義であれもこれもと教えていたのでは、 時間がかかりすぎて、人材が育つ頃に は活躍できる時期を過ぎているような 事態になりかねません。自分の専門を しっかりと持ったうえで、異分野の人 の話が理解できてメタな視点から束ね
図⑨
127
だきますと(図⑧) 、研究科の前期課程 の入試を通過してきた学生を対象に、 公募型の選抜試験をします。合格した 学生は、専門の教育を受けながら、超 域ラーニングの教育を受けます。三年
図⑦
図⑧
126
図⑩
なっただけでなく、土木から兵器など のさまざまな知識のもとにあらゆる分 野で活躍しました。 今度のプログラムでは、入学してき た学生が切磋琢磨して、研究科の専門 はあるのかもしれませんが、社会に出 ていくときに、専門にとらわれずに、 今までになかったような分野で、われ われにもわからないようなところで、 新しい仕事を自分で定義づけて、リー ダーとして活躍してほしいと考えてい ます。
上須 サステイナビリティ学教育に 共通する部分もあれば、新しい視点、 学ぶべき点も多かったと思います。も し質問がありましたら受けたいと思い ます。 ――ひとつ気になるのは、博士号を取 得する要件として、所属研究科との兼
ね合いがあるのではないかという点で す。そのあたりの調整はどうされてい るのでしょうか。 藤田 所属研究科での教育について は従来通りで進めています。所属研究 科で博士号を取得してもらって、それ にプラスアルファとしてしっかり頑張 っていただくということです。
――工学ですと博士課程が三年で修了 することもありえますが、文系ですと 通常でも四年、五年、六年とかかる人 も多くいます。そのなかで、これだけ のことができるのかという見通しはど うなのでしょうか。 藤田 私は工学系ですので、あまりう かつなことはいえませんが、人文社会 系の大学院教育、とくに博士課程教育 については、以前から改革が課題にな っているということはあるようです。 このリーディングプログラムに限らず、 プログラムをつくったならば、計画さ
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ていく汎用力を、効率的に付けること を考えないといけません。 そのために、 学ぶべきことを把握し、知識として学 習し、学んだことを統合して、それを 展開するというループをうまく回すこ とを考えます(図⑨) 。その中身として は、たとえば研究室のローテーション をします。専門とは異なる研究室に入 って、他の分野ではこういう勉強の仕 方をしているということがわかったり、 自分の知っていることでは足りないと いう自覚が生まれたりすると、専門の 勉強もより熱心になるでしょう。それ で知識が高まってきたならば、ワーク ショップのようなことをし、さらに、 ここで培ったものをベースにインター ンシップに出て実践的な力をより付け ていきます。いろいろな気付きの機会 を得ながら、このループをグルグル回 ることで、五年間で非常に高い能力を 養いたいと考えています。 インターンシップについては、イン ターンシップといいますと、どちらか というと先進国といいますか、最先端 のところをみてくるということがある かと思いますが、グローバルな問題を 解くのに、多様性を知ることは重要で すから、先進国とは異なった環境に連 れていくことは、ある意味で学生たち の目を覚まさせることになるかと思い ます。先ほどブータンの話が出ていま したが、ゴールデンウイークにブータ ンに一週間ほど行ってきました。現地 での体験をベースにした多様な学びは 大切であると考えています。
源流は適塾 どのような流れでこのプログラムが 進んできているのかといいますと、去 年の八月にオールラウンド型で八大学 が申請しました。そのなかから、一一 月末に三大学が採択されました。三大 学のなかで、たぶん私たちの動きが一
番早くて、二月の末を締め切りに願書 を受け付け、書類選考と面接による一 次選抜と合宿形式での二次選抜を経て 三月末までに二〇名を選びました。合 宿選抜では、小論文を書かせ、グルー プディスカッションなどをさせました。 実施体制としては、外部の方にも加 わっていただきながら、プログラムを 進めています。 最後に、私たちが何を狙っているの かという説明で、これがわかりやすい と勝手に思って使っている絵(図⑩) があります。阪大の源流の一つである 適塾と超域イノベーション博士プログ ラムを並べています。適塾は緒方洪庵 が大阪の北浜に開いた蘭学の私塾で、 当時の最先端科学である医学を学びに 学生たちが集まってきていました。オ ランダ語の辞書は一冊しかなかったの で、昼夜を問わず、それを奪い合いな がらディスカッションをして勉強をし ました。適塾で育った人は、医学者に
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■セッション3 パネル討論
サステイナビリティの教授法と人材育成 ・
アンソニー チッテンデン n e d n e t t i h C . R y n o h t n A
北海道大学サステイナビリティ学教育研究センター特任助教
たむら まこと
田村 誠 茨城大学地球変動適応科学研究機関准教授
小貫元治 おぬき もとはる
東京大学大学院新領域創成科学研究科サステイナビリティ学教育プログラム特任准教授
もり あきひさ
森 晶寿
(コーディネーター)
京都大学大学院地球環境学堂准教授
上須 道徳 うわす みちのり
大阪大学環境イノベーションデザインセンター特任准教授
上須 最初に、討論の趣旨を簡単に私 から申し上げます。 この六年間、メンバーの多少の入れ 替わりはありましたが、お互いに密に 叱咤激励しながら議論を深めてきまし た。東大の味埜先生のリーダーシップ のもと、すごくいいチームワークでや ってこられたと自負しております。 繰り返しになりますが、地球環境問 題から、 エネルギー資源問題、 感染症、 食糧問題、心の病気まで、われわれの まわりには、さまざまなサステイナビ リティの問題があります。それぞれ表 面上は違う問題としてみえていますが、 根本的には共通した原因が横たわって いるということで、私たちは問題意識 を共有しています。今日はいらしてい ないのですが、茨城大学の中川先生、 北海道大学の田中先生、それに私がI R3Sで最後にまとめた本の中に、サ ステイナビリティ教育で考えなければ ならないものとして、二つを提示しま
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れた修了年限で出ていけるということ が要請されているのだと思います。い まのご質問は、各研究科の先生方がそ のような動きをどうとらえるかにも関 わっていることだと思います。答えに はなっていないのかもしれませんが、 私たちのプログラムが、そのあたりを どう考えるかという議論のきっかけに なればいいと感じています。
三村信男(茨城大学) 非常に魅力的、 刺激的なプログラムで大変参考になり ました。われわれがサステイナビリテ ィ学の教育を議論したときの考え方と かなり似ているところがあると思いま した。最初の年なのに多数の応募があ ったのはすごいなと思います。学生さ んたちは、いろいろか研究科からきて いるのでしょうか、そして、どのよう なところに魅力を感じているのでしょ うか。 藤田 応募がどれくらいあるのか、締
切の前日までひやひやもので、それな りの数になってホッとしたというのが 現実です。対象としている全研究科か ら応募者がありました。最終的に決ま った履修学生は二〇名で、二~三の研 究科が抜けただけで、いろいろな研究 科の学生です。 何が魅力と感じているのか、私たち もよくはわからないのですが、社会に 出て実践的なことをしたいという学生 さんが集まってきているようです。学 生を集めるための入試広報を始めたの は二月一日でした。学内の何箇所かに 大きなテレビがあり、そこに一〇分か 一五分おきに私などがプログラムにつ いてしゃべっている映像を流すという、 かなりインパクトのある広報をしまし た。私としては、学内を歩きにくい状 態だったのですが……。
上須 この超域リーディングに参加 している学生には、私たちの環境イノ
ベーションデザインセンターの高度副 プログラミングにも参加している学生 が数名います。あふれる好奇心を抑え られないような感じです。 続きまして、パネル討論に入りたい と思います。 これまでIR3S時代から六年間、 教育部会として活動してまいりました。 最初の制度設計から始めて、理念など を議論し、どのようなカリキュラムを 組むのか、いろいろな試行錯誤をして 今日に至っています。実際にどうよう なことをどのような方法で教えるのか といった中身は、まだまだこれからも 議論していかなければいけません。今 日はこの場で、五大学のメンバーで、 サステイナビリティの教授法の課題に ついて議論してみたいと思います。
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と研究されて、人材育成が行われてい ます。一方で、感性や直観を大事にし て、人をいたわるようなこころのこと もカリキュラムのなかに入れましょう ということをしています。 では、実際にどのようにして教育す るのかという部分では、まだまだたく さんの課題があります。たとえば、わ れわれも含めて、現在の教員の多くは 従来型の高等教育でトレーニングを受 けてきました。それで新しい教育をす るのですから、まだまだ試行錯誤、手 さぐりで格闘している状況です。 学内における制約も実際にあります。 横断的な教育・研究には、反発といい ますか、あまりよく思っていない先生 方もいらっしゃいます。制度的な壁も あります。プロジェクトベースで進ん でいるプログラムも多くて、金銭的に も人的にも大きな制約があります。そ のなかで、新しい教育を行っていかな ければなりません。
さらに、学生のニーズや、社会の要 請とどのように合っているのかという のも、十分に検証できていません。 そのようないくつかの課題がありま すことを最初に提示して、各大学でど のような取り組みをして、どのような 課題があるのかということを、具体的 にご紹介いただければと思います。で は、北海道大学のチッテンデン先生か らお願いします。
チッテンデン 北海道大学のサステイ ナビリティ研究センター(CENSU S)の教育プログラム、HUIGSを 紹介します。 小貫先生からさきほどお話がありま したように、北海道大学のプログラム は、修了証書を出すサーティフィケー ト・プログラムです。プログラムの受 講者は、センターの学生のほかに、他 学部生・大学院生があちこちからきて います。 カリキュラムはオムニバスで、
うちのセンターのスタッフと、選出さ れた大学の教員が講義しています。 各先生に対して、こういう講義をし てくださいと、あまり厳しくはいって いません。サステイナビリティとは何 かという見方やビジョンを学生に教え てくださいとお願いしています。学生 はいろいろな話を聞きながら、自分な りにサステイナビリティとはこういう ことだとか、自分なりのビジョンをつ くってほしいと思っています。 われわれのセンターは、世界のいく つかの大学とつながっていて、アフリ カの大学、中国の大学、インドネシア の大学とインターネット会議システム で、 週に一回、 共同講義をしています。 それによって、いろいろな国の教員の 立場、考え方を聞くことができます。 教室ではすべて英語です。留学生が 多く、多様性が高いです。私の意見で すが、北大のコースの大事なポイント は多様性と文化です。相手の国の文化
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した。合成の誤謬と、生命の営みの分 断です。それを解決するような教育が サステイナビリティ学には必要です。 合成の誤謬というのは、経済システ ムでも学問領域でも、それぞれの分野 においてそれぞれのプレイヤーは専門 性を高めて、より深く掘り下げること を自分の目標とし、それがよいことで あると考え、それによって経済システ ムも学問領域も進化してきました。と ころが、それらの分野を足し合わせて みますと、実は、社会的に、もしくは 環境的に、いろいろな齟齬が生じてい ます。サステイナビリティの問題が共 有するものとして、合成の誤謬が一つ あると考えられます。 生命の営みの分断というのは、社会 経済のなかでいろいろなものが分業化 されて、たとえば、自分の食べるもの がどこからきているのかわからなくな っています。生産の現場では効率性を 求め、そのためにBSEのような病気 が発生しています。生命の営みの分断 というようなものを、経済システムの なかで本当に解決できるのか、疑問に 思う人もいます。 そのような共通認識のもとで、サス テイナビリティ教育では、ある枠組み の中で理解した、もしくは最適に得ら れた解を合わせるだけでは駄目だとい うことで、要素還元アプローチを補完 する必要があります。それで、次の五 つを念頭に置いて教育していこうとし ています。 一つ目はホリスティックな世界観で す。 すでに話に何度も出てきましたが、 俯瞰的な視野をもつ、全体性を見渡す ということです。 二つ目はT字型の専門家。各大学の プログラムにはいろいろな特徴があり ますが、やはり専門性をもつことが大 事です。それがT字の縦の部分です。 それに加えて、他の領域の研究者や異 分野の人たちと協働する横のつながり
をもつために、コミュニケーション能 力や俯瞰的な知識を身に付ける必要が あります。 それがT字の横の部分です。 三つ目は多様な教育法です。座学だ けでなく、現地に赴いて異分野の人と 協力しながら、現地の人とコミュニケ ーションをとって課題を発見していく 実習など、多様な教育法を導入してい きます。 四つ目は地球市民教育です。原先生 の話にも出ていましたが、何をサステ インするのか、誰のためのサステイナ ビリティかという問題があります。国 境がなくなるような地球社会になって きましたから、地球市民としてサステ イナビリティを考えられるようになる 教育をします。 五つ目は、 それにも関わるのですが、 こころの教育です。大学では論理的に 物事を説明する教育をしています。論 理的な説明はいろいろなところへの応 用がききますから、教授法もいろいろ
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学研究科に、一〇単位の副専攻型のサ ステイナビリティ学プログラムがあり ます。 科目としては、先ほどご紹介があっ たサステイナビリティ学最前線がまず あって、 加えて、 地球環境システム論、 図③
持続社会システム論、人間システム基 礎論があります。 これらの基礎科目が、 俯瞰的な「知」を学ぶ部分に相当しま す。 「心 や「技」に相当するのは演習 科目です。ファシリテーション能力開 発演習でコミュニケーション能力向上 を図ります。国際実践教育演習ではタ イのプーケットでホームステイをしな がら現地調査を行い、国内実践教育演 習では茨城県の大洗町や行方市で現地 調査とまちづくりの提案を行います。 さらに専門的な「知」を深める専門課 程の科目があります。 二〇〇九年度から大学院修士課程の プログラムとして始めていて、今年が 四年目です。それぞれの科目が、さき ほどの交流や変容のどこに重点を置い ているのか示したのが図③です。サス テイナビリティ学最前線は、最初のこ ろは、各大学のトップランナーの先生 方の講義を聞くいわゆる伝達型の授業 でした。毎年少しずつ改善して、グル
ープワークをしたり、先生との議論を 深めたりして、少しずつ交流型の授業 へと変わってきています。この他の座 学形式の講義も伝達型が多いのですが、 それでも普段とは違って、工学系の院 生の隣に人文系の院生が座っていたり して、自分とはかなり違った視点から の質問が出ますので、多様性に気づく ということがあります。 演習ではいろいろなレベルでの協働 があります。国際演習の場合、自分と 違う専門をもった学生同士が協働し、 教員もホームステイして一緒に行動し ますので、教員と学生の協働があり、 さらに、現地の大学の人たちや現地の 住民との交流や協働があります。その ような協働から、問題を切り取るのは なかなか難しいですが、学生にとって はたくさんの気付きがあることは確か です。 茨城大学には四八〇名ぐらいの修士 課程の学生がいて、そのうちの四〇名
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」
を考えながら講義しています。 北大のプログラムの目的は、サステ イナビリティの重要性がわかる学生を 育てて、社会に送り出すことです。社 会のみんながサステイナビリティの重 要性に目を向けてくれるようになるの が目標で、そこまでいったらたぶん十 分だと思います。 田村 茨城大学では「心・技・知」と いう言葉を掲げています(図①) 。いわ ゆるT字型教育を、もう少し構造化し たものです。T字の縦は専門性で、横 は他の専門分野と結ぶ部分で、合わせ てT字は「知」に当たります。横に結 ぶときに重要なのが、 「心」と「技」で す。「心」 はモチベーションや信念など、 「技」はコミュニケーション力やコラ ボレーション力などです。 教授法について確認しておきます。 教授法には三つの類型があります。伝 達(トランスミッション) 、交流(トラ
ンスアクション) 、変容(トランスフォ ーメーション)です。これを参照しな がら、サステイナビリティ教育の教育 目的、教育手法をどのように体系化し ていくのかを考えています。 実際に、茨城大学で行われている授
業をご紹介します(図②) 。茨城大学に はもともと四研究科があって、理工学 研究科のなかにサステイナビリティ学 コースがあります。これは主専攻型で 三〇単位です。それ以外に、理工学研 究科、農学研究科、教育学研究科、農
図①
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図②
分野の間や社会と間に入ってつなぐこ とができる人材。そのような人材をつ くる必要があると考えて、その能力を 授けることをわれわれはやってきまし た。 そのために、東大で重視しているの は、演習やゼミです。それぞれの学生 の抱えている課題は全部違っています。 それを全員が参加するゼミで発表させ ます。その発表の仕方では他の分野の 人に全く伝わらない、何をいっている のかわからないと徹底的に叩きます。 一方で聞いている側の学生も、全然違 う分野の発表だから自分には関係ない という顔をするのは許されなくて、他 の分野の話にも興味をもって、自分の 分野になにがしかをつなげて消化しな さいと、非常に厳しくいいます。時に は方向性の異なる学生が入ってきて、 自分のことをやるだけで精いっぱいで 横のことをみている暇はないという学 生もいますが、それではいけないとや
はり非常に厳しく指導します。 東大で重視しているもう一つは、わ れわれのプログラムを活かすために非 常に重要なことです。学生をどこから 採るかということです。東大のプログ ラムは七割から八割が留学生です。サ ステイナビリティを学びたいという学 生を国際的に募集し、学部時代に何を やっていたかということを問いません。 その分野でそれなりのことをやったと いうことを示してくれれば、われわれ は採ります。できるだけいろいろな国 籍のいろいろな分野の学生を採ろうと しています。 藤田先生が紹介されたプログラムは、 それとは対照的に、すでに阪大に入っ ている学生、そこには日本人だけでは なくて留学生もいると思いますが、阪 大に入っている学生を鍛えて能力を上 げていくという方式です。 われわれのなかでも、実は、ものす ごい議論がありました。東大の学生は
能力はあるけれども、視野の狭さのよ うなものがあるから、それをもっと広 げる教育をすべきたという考え方があ って、そちらを志向する先生方もたく さんいらっしゃいます。われわれとし ては、東大のなかにいる学生を選抜す るだけでは得られない多様な学生が、 サステイナビリティ学のプログラムに は必要だと考えていますので、とにか く外から、いろいろな分野から、いろ いろ国から学生を採ることが重要なの です。
森 私が所属する京都大学の地球環 境学堂は二〇〇二年に設立され、今年 の三月で一〇周年を迎えました。その 地球環境学堂のなかにサステイナビリ ティコースをつくっています。 地球環境学堂で、学生の教育をする 場を学舎といっています。そこでの教 育は、もともと、サステイナビリティ 学の教育とほぼ同じことを志向してき
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ぐらいが毎年このプログラムを専攻し ています。二〇一〇年度、二〇一一年 度とそれぞれ修了者が出て合計六〇名 を超えています。 二点目は、茨城県が昨年の震災の被 災県ということもあって、震災調査な どを大学として取り組んできたことに 関わります。本プログラムの受講者か ら震災調査に参加すると手を挙げてく れる学生が出てきています。演習で現 場をみていることから、実際の問題に 関心をもつようになる効果が出ている のだと思います。 三点目は、 いま抱えている課題です。 午前中のセッションで小貫先生がおっ しゃっていた話は、私も共感するとこ ろがあります。現地の被害調査に、サ ステイナビリティ学として入っていく 必要があるのかどうか。短期的には、 下水道への影響はどうなのか、農業へ の影響はどうなのかなど、対象を絞っ て、被害の調査をして解決策を考える 方がより早く、実践的である面があり ます。一方、サステイナビリティ学と して入っていきますと、抽象的になっ てしまう場合があります。サステイナ ビリティ学には、短期か中長期かとい う時間軸の問題と、地域をどのぐらい の範囲で捉えるかという空間軸の問題 が横たわっています。そこは何度も逡 巡して、 いまだに答えが出ていません。
小貫 先ほどの藤田先生の話を聞い て考えましたことを、あまり過度に単 純化してはいけないのですが、社会に は特定の分野で解決できない問題があ って、それを何とかする人材を社会は 求めています。われわれもそのように 考えてサステイナビリティ教育を進め てきました。現実に震災を目の前にす ると、一文字学科がやはり強くて、わ れわれとしては何をしたらいいのかわ からなくなるような面はあるのですが、 特定の分野だけでは解決できない問題
があると、社会全般とまではいかなく ても、少なくとも、文科省ないしは文 科省にアドバイスをする立場の先生方 が考えているのは確かです。サステイ ナビリティにしても、超域イノベーシ ョンにしても、キーワードは異なるけ れども、何が求められているのかとい うところでは同じだと、話をそこまで 単純化しますと、東大のサステイナビ リティ学のプログラムでやっているこ とは二つにまとめられると私は思いま す。 一つは、他の分野を理解できるよう なコミュニケーションする力をもった 人材を育てる。あるいは、平川先生の お話でいうところの二種類の人材です。 自分の分野を比較的強くもった上で、 他の分野や社会のことがわかる人材が 一つで、もう一つは、自分の分野がそ こまで強くはなくて、いくつかの分野 をそれなりに押さえていて、コミュニ ケーション能力に長けているために、
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既存の技術を前提にするのではなく、 技術開発のロードマップを考慮に入れ、 また技術開発と普及を促進する観点か ら政策の組み合わせや統合を検討をし ていかなければなりません。そして、 実際に実現することは非常に困難です ので、政策手段の導入を容易にするた めの意思決定の仕組みもあわせて検討 しなければなりません。 そういう意味で、環境経済学という 学問自体が経済学をベースにしたI字 型ではなく、T字型でなければいけな いでしょう。学生がどうやって学んで いくかというのと同時に、教員自身が T字を理解した上で、どのように教育 をするかが問われているのです。それ をこの教科書では実験的にやってみま した。実験的にやりすぎたために、学 生からは(教員からも)難しいと認識 され、売れ行きがよくないと出版社か ら文句をいわれています(笑) 。
上須 論点がたくさんありすぎて私 にはまとめきれませんが、一つキーワ ードとして挙げられるのは、多様性だ と思います。育成すべき人材像におい ても、 「サイエンス・フォー・サステイ ナビリティ」を身に付けた人材を育成 するのか、ディシプリンとしてのサス テイナビリティ学を学んだ人を育成す るのかということと、学内にある既存 の制度との整合性から、それぞれのプ ログラムによって多様であるのだと思 います。 SSCの共同教育プログラムとして は、各大学それぞれの事情、いろいろ なアプローチ、いろいろな考え方があ るなかで、共有する部分を持ち合いな がら、サステイナビリティ教育を運営 してきたというのが、この六年間で培 われた成果だと思います。 では、フロアの方から質問、コメン トをいただければと思いますがいかが でしょうか。大学の外にいらっしゃる
方で、このような教育方法について、 あるいは望まれる人材について、どの ように思われるのか、コメントをいた だけるとありがたいです。
小林英樹(東芝) 企業にいる身から 少しコメントしたいと思います。T字 型というお話がいろいろに出てきてい ますが、そのような人材は企業でも非 常に必要としています。そして、Tだ けではなく、πの二乗とかいっていま すが、足は何本あってもいいのです。 企業に余裕があった時代には、企業の なかでローテーションして人材を育て ていました。また、余裕のありなしだ けでなく、いろいろな問題が時間と空 間で拡大してきますと、それに対応で きる人材を企業だけでは育成するのは 難しいということになります。ですか ら、大学で育てていただけるのは非常 に意味があると思います。 一方で、新卒を採用するときに、一
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ました。グループディスカッション、 野外実習、インターン研修など、いろ いろなことを実験的に行ってきました。 もちろん講義もあります。 インターンは必修科目です。修士課 程なら三カ月から五カ月、博士課程な ら五カ月以上一年以下の期間を設定し ています。そこで問題になるは費用で す。学生は大学に授業料を払っていま すから、インターンのためにまた費用 がかかるとなると、学生はお金の二重 払いだと怒ります。資金的なサポート が必要です。資金をどう回していくの か、大学院自体のサステイナビリティ といいますか、サバイバビリティが問 われています(笑) 。 サステイナビリティ学コースは地球 環境学堂の環境マネジメント専攻の一 つのコースでしかなく、地球環境学堂 はそれ以外にもさまざまなプロジェク ト経費を獲得してそれぞれに対応した コースを設置してインターン研修の資
金を捻出しているというのが現状です。 私は経済学の出身で、環境経済学を 教えています。二〇〇八年に、京都大 学の同僚と一緒に『環境経済学講義』 というテキストをつくりました。その 本の背表紙に「時間と空間を超える環 境問題」 、裏表紙に「環境問題の進展と 研究領域の拡大を踏まえた新テキスト。 環境保全の目標や政策手段は、持続性 の観点から検討されるようになった」 とあります。いままでの環境経済学で は、どちらかといえば、長期の影響を 及ぼす問題や越境汚染を引き起こす問 題はあまり考えずに、既存の技術、既 存の制度を前提にして、環境被害がこ れだけあって、対応技術にこれがあっ たときに、社会的なコストがミニマム になる点で目標を決め、それに対して 費用が一番安くなる政策手段を採ると いうのが基本的な考え方でした。 しかしこの考えでは、時間的・空間 的に広がる地球環境問題に対処するこ
とはできません。自分たちが認識しな いところで被害を受けている人たちが います。その人たちの意見をどう採り 入れるのかということを考えないとな りません。あるいは気候変動問題のよ うな長期影響が発生する問題では、ま だ生まれていない人たちの意見をどう 採り入れるのかを考えなければなりま せん。そうした人たちの豊かさを考慮 して政策の効果を測るということは、 従来の環境経済学のテキストでは十分 に議論されていませんでした。 ですので、将来世代のニーズと地球 規模の環境影響を含めた持続可能性の 向上を目標として設定することが必要 となります。しかしこれを目標とした 場合には、いままで環境経済学が想定 していた(限界削減費用と限界便益の 交点で決まる)環境目標よりもずっと 厳しいものになるでしょう。政策手段 の選択、たとえば炭素税がいいのか排 出権取引がいいのかという選択でも、
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今日は学生さんもお越しいただいてい るので、学生さんから一つだけコメン トをいただいて、フロアからの質問は 最後にしたいと思います。 ――サステイナビリティ学ではいろい ろなネットワークを組んでいると思う のですけれど、一気にグローバルなネ ットワークというよりも、もう一歩手 前の段階で、リージョナルといいます か、韓国とか中国とか、アジアや太平 洋地域でのネットワークはつくられて いるのでしょうか。 小貫 どこの大学も基本的にアジアを 重視していると思います。実際に、ア ジアとのネットワークはいろいろあり ます。ただ、危惧するのは、中国のト ップ層や韓国のトップ層は、グローバ ルにアメリカと直結したいと思ってい たりすることです。そこで、われわれ も両方を見て、アジアを重視し、世界 ともつながるということで進めていい
ます。SSCの前身のIR3Sも、ア ジアのネットワークと、世界のネット ワークの両方をつくることを非常に大 事にしてきました。 森 ネットワークをもっと密接にしよ うと考えるならば、茨城大学のタイの 話がありましたが、教員同士で一緒に 教育をするとか、一緒に研究をすると か、教員個人のつながりがものすごく 重要です。私も、学堂とかサステイナ ビリティとかと関係なく、個人のつな がりで北京大学とソウル大学と京都大 学で合同ゼミを開いており、こうした ■総括コメント
みの たかし
味埜 俊
ものは学生同士の交流はグッと進みま す。 組織にはもちろん力があるけれど、 教員個人の力も大きいのです。 組織も、 そもそもそれを動かす人がいなければ 動きません。ネットワークをつくって やろうと、 学生の側から動き出したら、 案外進んでいくこともあると思います。
上須 貴重なお話、ご意見をありがと うございました。 それでは最後に、東京大学の新領域 創成科学研究科の味埜先生より、総括 のコメントをいただきたいと思います。
っとやらせていただき、それから、S SCの教育部会でも取りまとめをやら
東京大学大学院新領域創成科学研究科・副研究科長・教授
私にこの役が与えられましたのは、 IR3Sに教育部会で取りまとめをず
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つのことをコツコツと深く掘り下げて 成果を出している学生と、何となくま ったりと広くやってきましたという学 生が並んだときに、どちらを採用する かといいますと、普通はわかりやすい 判断基準で採ることになります。そう ではなくて、 ごく少数ではありますが、 広い経験をしてきたことを自分なりに 咀嚼していて、自分にはまだ実績はな いかもしれないが、こういうポテンシ ャルがありますと、明確に話せる人が いれば、そちらを採用しようというこ ともあります。そういう人は、やはり 後で活躍しますので、そのような学生 を育ててくれれば、企業の方もどんど ん採ってみたくなると思います。 ――続けて企業の側からですが、私ど もの会社が使いこなせていない部分も あるのかもしれませんが、T字型とい いますか、ある専門性をもちながらも オールラウンダーみたいになったとき
に、それで何をしたいのかということ がないと、企業としては扱いに困りま す。サステイナビリティ学にとってT 字型教育が必要なのはわかりますが、 教育することが目的ではなくて、その 先に、世の中を変えていくのが目的と してあるのだと思います。ですから、 何をやりたいのかを明確にできるよう な学生を育てていただきたいと思いま す。 私どものところにきて、二〇年後の 世界を想定して、バックキャストして 商品開発のプランニングをするとしま すと、そこではイマジネーションが必 要となります。イマジネーションは、 目的意識があるから磨かれる部分があ ると思います。学問とビジネスがつな がっていく意識を培うようなことをし てくださると、もっともっとよくなる と思います。日本の叡智を集めた先進 の大学ですから、その辺をぜひお願い したいと思います。
森 バックキャストによるプランニ ングは、私たちもとても重要だと思っ ています。ですので、インターン研修 においても、企業の方に、ぜひそうい うところも協働教育を依頼しておりま す。しかし残念ながら、断られてしま うことが多いです。なぜかといえば、 それはまさに企業の戦略の中核に関わ ることで、そのようなところに学生は 入らせたくないのです。学生がインタ ーンでやるのは、もっと周辺的で、プ ログラム化できるレベルに落としたと ころにしてほしいといわれてしまいま す。本当にやりたいことができない悩 みでもありますので、ぜひうまく協力 してやれるような枠組みをつくれると いいなと、切に思っている次第です。
上須 貴重なコメントをいただきあ りがとうございます。社会にはいろい ろなステークホルダーがありますが、
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を超える、組織の壁を超えるというこ とをおっしゃいました。 実は私どもも、 サステイナビリティ学グローバルリー ダー養成大学院プログラムという名前 で、リーディングプログラムの一つと して、藤田先生のプロジェクトと同じ 時期に採択されています。その理念の 一つとして、トランスバウンダリーと いう言葉を使っています。全く同じ考 えであると思います。複雑な問題に対 して、何らかの形でアタックして、み んなで考えて、次のステップをデザイ ンしていくことにつなげようというこ とで、何かを超えるという議論が出て きているわけです。 四番目のポイントとして、何人かの 方がご指摘されていたと思いますが、 森先生の表現が一番わかりやすいと思 いますのは、時間のスケールと空間ス ケールで境界を超えるということです。 長期的な視点を導入し、国境とか地域
を超えて、地域的なある広がりをもっ て問題を考えないといけません。 最後のポイントは、上須先生の最初 のスライドにありましたが、新しい教 育の要素が入ってこなければならない 教育しているわれわれが、実はそうい う教育を受けていないということです。 私自身にとってのジレンマです。サス テイナビリティ学最前線では、オムニ バスの講義を行って、若い先生方がそ れをつなげる役割をしてきました。一 人ひとりの先生方には自分の専門分野 を語り、自分のビジョンを語るという ことをやっていただいていて、それを つなぐ役割をする教員が必要です。I R3SとSSCの活動の一番といって いい成果は、そのような役割を担える 若い先生が教員側に育っているという ことだと思います。これは非常に重要 なことです。
それから、 一言だけ付け加えますと、 企業の立場からということで、目的意 識をきちんと持って動くということを 徹底させてくださいというコメントが ありました。学生たちに向かって、目 的意識をもて、自分がいま語りかけて いるオーディエンスがどういう人かを 意識しろということを、言葉としては 常にいっています。それを実際の教育 のなかで、きちんとどう位置付けるの か、今日は一つ宿題をいただいたと思 っています。 ありがとうございました。
上須 では、これにて第三セッション を終了します。司会を栗本先生にお返 しします。
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せていただいている関係からだと思い ます。 SSCの教育部会の一番重要な仕事 は、共同教育プログラムを運営して、 学生を実際に教育することです。今日 ここで最初に私が強調したいのは、理 念であるとか、抽象的に聞こえるよう な話が多かったかと思いますが、それ は非常に具体的な教育をやっている結 果として、このような議論があるとい うことをご理解いただきたいと思いま す。 まとめるのはなかなか難しいのです が、このセッションのタイトルに「サ ステイナビリティ教育」という言葉が あって、そもそもサステイナビリティ 教育とは何であるかということについ ては、全く話がなくて、議論が始まり ました。ここにいる方々は、具体的な 教育の中身に関しても五年ぐらいやっ てきていて、すでにその前から、前提
としてサステイナビリティ教育は何か ということはあるからなのです。 具体的にトピックとして何を扱って いるのか、あるいは手法として何を採 っているのかということは、各大学そ れぞれに違う中身があります。今日こ こで理念として出てきたのが、その共 通項だということです。 その一番のポイントは、私なりにま とめますと、サステイナビリティに関 わる具体的な問題を前提にして、サス テイナビリティ学があるということで す。具体的な問題は複雑だという話が ありました。簡単な例でいいますと、 環境と開発のジレンマ、先進国と途上 国のジレンマ。立場が違うと見え方が 違い、正解がこれ一つだというものが ない問題です。温暖化の問題でも、食 料の問題でも、 エネルギーの問題でも、 いろいろなところにジレンマがあって、 どうしたらいいのかというのが、サス
テイナビリティ学に与えられた課題で す。
そういう前提の下で、二番目のポイ ントとして、いろいろな分野が協力し ないといけないという話が出てきます。 藤田先生が、超域イノベーションのご 紹介で、特定の分野だけでは解けない 課題に挑戦するとおっしゃいました。 サステイナビリティ学も全く同じ問題 意識を共有していると思います。私は 個人的にはサステイナビリティ学とい う名前にこだわっているわけではあり ません。呼び方は何でもよくて、その ような問題意識からくる態度、視野が 重要なのです。
それから三番目のポイントとして、 藤田先生のスライドの中に、「○○を超 える」 というのがたくさんありました。 学問分野を超える、 文化の壁を超える、 文字情報の壁を超える、独善的な視点
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す。 時代の熱気といいますか、歴史をみ ればわかりますが、困難な時代には、 いろいろな人が出てくるような雰囲気 があります。逆にいうと、出てくるべ きときに、出てこなければだめなので す。 「野に遺賢あり」という言葉があり ます。才能ある者を野に残してしまっ ているのは、 われわれかもしれません。 われわれは非常にフェアにいろいろな 可能性を探りながら、未来のいろいろ な課題に向かって挑戦をしていくとい う、ファイティングスピリットをもっ て、野に遺賢のないようにしていくこ とが大事です。 SSCが誕生して二年目に大震災が おき、具体的な問題が山のごとくに降 ってきました。それに対してサステイ ナビリティ学が本当に有効な対応が採 れるのかどうか、鼎の軽重が問われて います。それで応えるべく努め、何と かして乗り切って、次の時代が開ける
ように頑張っていきたいと思います。 引き続きご支援、 ご鞭撻をお願いして、 今日の終わりの言葉としたいと思いま す。本日はありがとうございました。
栗本 それでは、本日の研究集会をこ れにて終わりたいと思います。本当に 長い間ありがとうございました。
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栗本(総合司会) 今日お集まりの 方々には、 大学関係者だけではなくて、 企業の方もたくさんおられると思いま す。私どもの教育の話を聞いていただ いた上で、ぜひとも、卒業生を温かく 迎えて、育てていただきたいと思いま
■閉会挨拶
住明正 すみ あきまさ
す。学生が社会において活躍していき ませんと、われわれ自身の評価も下が りますので、ぜひお願いしたいと思い ます。 それでは最後に、東京大学の住明正 先生にごあいさつをいただきます。
非常に大事なことは、時代の挑戦を 受けているという覚悟をもつことだと 思っています。新しい問題は山のよう に降ってきます。問題などは降ってき てほしくない、安穏に暮らしたいと、 人は思います。大学の教員としては、 古いノートを使って毎年同じ講義をし て給料がもらえたら楽でいいと思うの
東京大学地球持続戦略研究イニシアテ ィブ統括ディレクター教授
本日は一日、 長い間ご苦労様でした。 非常に多岐にわたる話題があり、お疲 れになったと思います。まだまだ話し 足りない人も多くおられると思います が、それはこの後の懇親会で、アルコ ールでも入れながらゆっくり語ってい ただくことにして、最後に一言だけお 話します。
かもしれません。しかし、現実には問 題は降ってきています。それを見ない ようにすれば逃げ切れるかもしれませ んが、そういうことをしてはいけない のだというのが、スターティングポイ ントだと思います。 サステイナビリティ学は、答えがあ って教えられる学問ではありません。 サステイナビリティ学はまだ発展途上 の学問ですし、ある種の答えがあるの かどうかもわかっていません。チャレ ンジングな課題に、頑張って立ち向か おうとしているわけです。そのとき、 学生さんも重要なパートナーです。大 学の先生も教えるとか偉そうなことで はなく、教員も知識がそうあるわけで なく、経験がそうあるわけでもありま せん。みんながうろうろしているのか もしれません。 だけど、 明らかなのは、 学生には教員よりも時間があることで す。やはり将来のある人が、物事を担 っていくことになるのは非常に確かで
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はその取材をしていた)ほんの五〇年後には 生きていない可能性が高い。三〇〇年後に生 きている人なんて誰もいない。昨今の少子化 で、そもそも三〇〇年後に、日本人は、日本 社会はどうなっているか、 混とんとしている。 それなのに、 「三〇〇年間安全に保管・管理し ます」と言い切る人に、科学的な想像力や責 任感はあるのだろうか。私は、六ケ所村を訪 問して、 「これは将来世代に対する犯罪だ」と 心から恐ろしくなった。 一家庭のことで想像してみると、毎月の収 入が二〇万円だとしたら、その二〇万円でな んとかやりくりをして節約できるところは節 約し、できれば子供たちのために貯蓄をして 財産を残そう、とするのが健全な市民ではな いだろうか。原発を止めてはいけない、とい う人たちの主張は、とにかく電気を使え、足 りなきゃ原発作ればいい、核廃棄物という負 の財産は将来の世代につけまわせ、と言って いるのに等しい。 「原発の技術を絶やしてはいけない」とい う人もいる。しかし、これまで原発のために
つぎ込んできた何兆円にものぼるお金を、再 生可能エネルギーの開発に使っていたら、今 頃日本はそれこそ世界にすばらしい技術力を 示せていたかもしれない。 被災地から出た山のような核廃棄物をなん とかしようと、政府は唐突にまず関東地方の 国有林に埋めようとしている。当然言われた 方の自治体はびっくり仰天、とんでもないこ とと断固拒否の姿勢だ。 社会がどんなに変わっても「誰かを不幸に して自分が幸せになることはできない」とい う真理は変わらないと私は思っている。これ からは便利な生活を楽しむには、 「リスク」も 必ず受け入れるべきだろう。つまり、工場で 大量の電気が必要であれば、原発は工場の隣 に、核廃棄物は工場の敷地内で安全に処分す る、ということにするべきである。大量の電 気を使って楽しい生活をしたい市民は、原発 もすぐ隣に建設し、核廃棄物も町内の処理場 で処理することを受け入れなければならない。 それでも、原発は必要と言うだろうか。
連載 エッセイ
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黒い大きなピラミッドをいくつも地上に作っ ていた。高レベル核廃棄物はどうするかとい うと、 地下数百メートルに埋めるのであるが、 その説明をしてくれた北海道電力から出向し ていた社員の方は、「この廃棄物はここで三〇 〇年間安全に保管・管理し、その後は公園な どとして安全に使えます」 と言ったのである。 「三〇〇年間安全に保管・管理」? いった い誰が? どうやって? 「三〇〇年間」という年月がいかに非現実 的かは、今から三〇〇年前をさかのぼって過 去を考えればわかる。三〇〇年前といえば、 徳川吉宗の時代である。もしその頃一時的に 良い生活をするために危険な廃棄物を埋めて いたとして、その後三〇〇年間も将来世代に つけを回していた、としたら、 「なんという無 責任かつ勝手極まりない人間たちか」とあき れるだろう。 その時の電力会社の社員も、その時説明を 聞いた地方都市の政治家たちも(それは「二 〇%クラブ」という環境都市の集まりで、私
とだか えみこ
千葉大学准教授
(専門はリスクコミュニケーション)
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原 発 私ごときが言ってもしょうがないことなの であるが、どうしても書いておかねば気が済 まないことがある。 それは、 原子力発電所のことである。 以前、 新聞記者だったころ、青森県の六ヶ所村の取 材をしたことがあるのだが、その際私はとん でもないものを見て、とんでもない説明を電 力会社の人間から聞いてしまったのだ。それ 以来、原発は私の心の中で常に将来に対する 不安の種として存在し続けてきた。 そして、二〇一一年三月一一日の東京電力 福島第一原子力発電所の事故が起きたのであ った。あれほどの深刻な事故を起こせば、い かに電力会社、政治家といえども、もう原発 はあってはならない、と身に染みて思うだろ うと信じたのだが、どっこいそうは問屋が卸 さない昨今の動きである。 私が六ヶ所村の原子燃料サイクル施設を訪 問したのは、一九九九年頃であった。広大な 施設では、低レベル核廃棄物をドラム缶に詰 め、それを積み上げてコールタールで固め、
戸髙恵美子
変、すなわちミューテーションが、保存され 他の人に広く拡散して人類共通の知識として 定着することが創造性の発揮となろう。反芻 的な思考の中で行われる従来とは異なるミュ ーテーションが創造であり、このミューテー ションの確率が高いことが創造性の高さの条 件である。反芻的な思考を行う際にミューテ ーションを容易に行うことができる人が、創 造をなす可能性の高いことはもちろんである。 知識の蓄積による束縛の少ない若い人がミュ ーテーションを起こす確率が高いことも、ま あ、納得できる。天性の素質として知識の束 縛から自由な人が、ミューテーションの確率 が高く、創造性の高い人であることも疑いな ゐ。しかし、努力すれば必ず報われることを 信じたい凡人としては、天性の素質がなくて も、努力すれば凡人も創造性を獲得できると いう希望が欲しい。 かみ合わなかった議論は「ミューテーショ ンの確率が低くても、反復的な思考を数で稼 ぐことのできる人は創造性が高い」という日 本人の私の主張を英国人の彼に納得していた
だけなかった点にある。 大事なことはミューテーションの総合的な 回数でしょう? 回数は、その発生確率と反 復回数で決まる。たとえ発生確率が低くても 反復回数を重ねれば必ずミューテーションが 生じ、生命は進化し、創造が行われる。回数 を稼ぐのに個人には限界があるが、人の数を 増やせば回数も増える。ミューテーションの 確率の高い天才が、少ない努力で創造性を発 揮するであろうが、凡人の集団も正しくチャ レンジすれば必ず創造を勝ち取れる。凡人に もチャンスはあり、集団になればさらにチャ ンスは広がるはずである。若い人のミューテ ーションの確率は大きいであろう。それに加 えて努力を重ねれば、大きな創造性を発揮す るであろう。しかし、老いてミューテーショ ンの確率が低くなっても脇目も振らず努力し て反芻思考を繰り返せば、努力に比例して創 造性は発揮できる。 私はこれからもそうした努力は重ねたい。
連載 エッセイ
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れを脅かす老いの衰えに、恐れを抱くのはや むを得ないであろう。体の変化と同様に頭脳 の柔軟さは失われてきているのであろうか。 歳を重ねて知識は増大した。たぶんこの増加 に反比例して、情報の処理速度は多少、遅く なった気がする。二人のよもやま話は、必然 的に年齢に強く相関すると一般に思われてい る「創造性」に向う。写真がもたらした副作 用であろうか。 創造性を生物の進化に類推させることは良 く行われる。生命の進化ほど自然がなす創造 的な仕事はない。地球上に実に多様な生命が 溢れている。こうした生命の進化の本質を一 言で表すなら、「生命の根幹となる遺伝子の絶 え間のないコピーの過程で生じるミスコピー すなわち突然異変が、種の中に拡散し定着し て生じる」ということであろう。人の創造性 をこの生命の進化に類推させると、その人が 行う反芻的な思考の中で生じる知識の突然異
若さは創造性の必要条件ではない 知り合いの英国教授が久しぶりに来日した。 せっかくの機会なので特別講義をお願いした。 彼は講義に先立ち、三〇年ほど前、同じよう に来日して特別講義をした際に撮影した集合 写真を聴衆に披露した。写真は彼と東京大学 の縁を雄弁に語る。 三〇年も前の写真である。彼も私も実に 若々しく輝いていて、現在の水膨れした顔立 ちや体型、勢いの失われた髪をいやが故にも 思い起させる。彼に他意のないことは明らか であるが、結構、残酷な写真である。講義と は別に二人で、研究の思い出や取り留めのな いよもやま話をしたが、私は年月がわれわれ に課した無残な容姿の変化を口にできなかっ た。 肉体の衰えは明らかであるが、これは頭脳 の衰えに対する潜在的な恐怖にリンクする。 大学人として研究をその生業にする私の存在 基盤が頭脳の働きにあることは疑いない。こ
加藤信介
かとう しんすけ
(専門は都市・建築環境調整工学)
東京大学生産技術研究所教授
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料理哲学は、揚げもの(ディープ・フライ)の ための揚げもの専用の深鍋を用意してしまった ために、フライというと浅いか深いかの、せい ぜい二種類くらいの(鍋の深さに応じた)分類 しかできなくなってしまった。 その点中国人は、 大きな中華鍋一個を用いるために、そこに落し た一滴の油がいっぱいの海になるまでのあらゆ る過程で、さまざまの材料がさまざまに異なる かたちに変化していくさまを連続的に眺めるこ とができるのである。 といったぐあいです。 一方、日本料理では、切ることとそれを盛りつ けること、つまりカッティングとディスプレイの 技術が、料理人を料理人たらしめる不可欠の要素 となっているといいます。つまり、日本では料理 のことを、 割烹 と呼ぶことが多い。これももと は中国から伝わってきた言葉で、〝割〟は割(さき) 切ること、〝烹〟は(火を用いて)煮たり焼いた りすることの意味といいます。 西欧(ヨーロッパ)料理では、火を通す前に、 素材と味の調整はほぼ終了していて、時間をかけ て火を通し素材に味を染みこませ、素材と味を一
体化します。中華料理では、強い火で素材を変成 させながら味を絡めていく、いわば、味で素材を 包んでいくような調理法といえます。日本料理で は、素材への火の使い方や味の付け方は大変複雑 で、 基本的には、 出来るだけ素材の原型を崩さず、 味を食べるそのときに合わせるように工夫してい るといえます。つまり、さきに、日本食の特徴と して、 「点(味)と線(素材)との 間 」にあるこ とを指摘しましたが、西欧(ヨーロッパ)料理や 中華料理では、調理法からして「点と線との 間 」 を味わうことは困難といえます。
」 「
」 「
さて、レヴィ ス =トロースは、文化人類学的に は、 《焼いたもの》と《煮たもの》の対立の背景に おいても、 《自然》と《文化》の対立、そして社会 の階層性との対比が見いだされるといいます。 《煮たもの》は(容器の)内部で料理されたも のであり、 《焼いたもの》は外部から料理された ものである。 《煮たもの》は多くの場合には、 《内 料理》とでも呼べるようなものに属しており、 それは親密な間柄にある人々のために作られ、 他人の入り込めない小グループが使うことを目
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「
」
食の幾何学Ⅱ 食の多面体 1 料理の三角形と四面体 クロード・レヴィ ス =トロースは、言語学では 世界中のすべての言語における音素間の対立の複 雑な構造を『母音三角形』や『小音三角形』の体 系に還元できるという成果にもとづいて、言語と 共に文化の基盤を支える料理についても、民話や 伝承の解析から、世界中の料理に共通する構造が あることを明らかにしました。 それは、《生もの》 、 《火にかけたもの》 、 《腐ったもの》のカテゴリー を頂点とする三角形をなす体系で、これを、 「料理 の三角形」構造とよびました(クロード・レヴィ ストロース『料理の三角形』 (西江雅之訳、みす = ず書房の『クロード・レヴィ ス =トロースの世界』 より) ) 。 ところで、玉村豊男は、レヴィ ス =トロースの 「料理の三角形」にヒントをえて、調理に関する 一般原理の基本要素を、 (1)火、 (2)空気、 (3)
水、 (4)油とし、これらを四要素頂点とする「料 理の四面体」を提案しています( 『料理の四面体』 中公文庫) 。 世界の料理の調理法は 「料理の四面体」 で全て纏めることが出来ますので、調理法に基づ いて食を議論する場合には大変有効です。たとえ ば、 中国では、鍋を基本的万能調理器として料理の システムを発展させてきたので、ロースト料理 )のレパートリーに乏しい。ロース (烤 (かお) ト料理用のオーブンなど家庭にはないし、だい たい焼き魚すら中国人は食べないのである。直 火は必ずいったん鍋の底で受けてしまうのが彼 らの流儀なのだ。これに対して、暖炉→オーブ ンを万能調理器として活用してきた西欧人は、 ふつうの煮物までオーブンの中に鍋ごと入れて しまうようなクセがつき、火にかけた鍋で油を 操るテクニックには習熟しなかったのかもしれ ない。そのうえ目的に応じてさまざまの大きさ や深さの鍋を使いこなす〝個別主義化〟の西欧
大崎 満
おおさき みつる
北海道大学大学院教授
(専門は根圏環境制御学・植物栄養学)
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ょにつく。それがコンヴィヴィウム conuiuium だ」と。共生 convivialité に会食の根拠を求める 」 態度は、正餐」を意味するラテン語 ケーナ cena の解釈にも及んでいるといいます ( 『食の歴史Ⅰ』 ) 。 ギリシャ人とローマ人によって築き上げられた食 生活の様式(調理法、肉の摂取、犠牲供犠の否定 等)は、三~四世紀以降、キリスト教文化とゲル マン文化という二重の圧力の前にうち砕かれてし まいますが、 一方では、 中世のほぼ全体を通じて、 会食、宴会(ラテン語でいうコンヴィヴィウム 「
「
)こそは、平和と協調の上に立った関 conuiuium 係を、否応なく表現させるためのもっとも雄弁な 手段として、むしろ機能強化されていきました。 近代ヨーロッパにおいて、この「饗宴」の機能 がサロンに引き継がれたと理解すると、 たとえば、 プルースト『失われた時を求めて2 スワン家の ほうへⅡ』 (岩波文庫)が、よく理解できるような 気がします。第二部 スワンの恋」では、ブルジョ ワ階級のサロン(ヴェルヂュラン家)と貴族のサ ロン(サン=トゥーヴェルト家)という対照的な 社交風俗が描かれます。ブルジョワでパリ社交界
の寵児スワンが、社交界の名士をパトロンにして 暮らす粋筋(ココット)の女オデットに恋焦がれ る話でも、まず、サロンに出かけていかないと会 うことができない仕組みになっていて、いかにサ ロンに呼んでもらうかが悩みの種です。で、サロ ンで親しくなった後は、勝手に逢瀬を重ねればい いと思うのですが、 まずサロンに行って、 その後、 送る許可をサロン主から得てからしけ込むという 手はずとなります。 つまり、 属するサロンの認可、 監視下に社会的・性的関係が構築されるという理 解不能の閉鎖的社会構造がありますが、その原型 は「食」をとおして築かれた、古代ギリシャ・ロ
機能であると理解す ーマ以来の共生 convivialité ると、何となく合点がいきます。サロンは「共生」 ですが、それは他と区別するためのサロンですの で、社会全体としては「排他」的グループのモザ イク態を形成していることになります。つまり、 食をもとに組織された「共生」態が、社会全体と しては「排他」的モザイク態を生み出します。そ の意味で、古代よりめんめんと食の形而下的思想 が作りあげた閉鎖的社会構造をプルーストの『失 われた時を求めて』は実に見事にえがいていると
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「
的としている。他方、 《焼いたもの》は《外料理》 に属し、それは客に供するものである。昔のフ ランスでは、鶏肉の煮込み料理は家族の夕食の ためのもので、焼いた肉は饗宴のためのもので あった。 《煮たもの》は肉とその汁とをまるまる保存す る方法を提供し、それに対して《焼いたもの》 は破壊と損失をともなっている。そこで一方は 《節約》をも意味し、他方は《浪費》をも意味 しており、後者は貴族的だが前者は大衆的とい うわけである。この様相は、個人またはグルー プの間での身分上の差別を規定している諸社会 では前面に出てくる。(中略)/そのグループが とる展望が民主的であるか貴族的であるかによ る《煮たもの》と《焼いたもの》に関する評価 のこういった差異、欧米の伝統の中にも観察さ れる。 「料理の三角形」構造は世界の民話や伝承の解析 から明らかにされたものですから、食の調理法が 社会の文化・精神構造に深く関わっていることも、 当然といえば当然かも知れません。
2 共生
é t i l a i v i v n o c
の排他構造
レヴィ ス =トロースに導かれて、料理(調理) の幾何(学)が、じつは社会構造そのものに深く かかわっているという、驚くべき結論に至りまし た。ヨーロッパでは、料理の食べ方自体も、社会
構造に深く関わっているようです。J L-・フラン ドラン/M・モンタナーリ編『食の歴史Ⅰ』 (藤原 書店)によりますと、古典古代のギリシャ・ロー マ人が文明生活のモデルを明確に作りあげようし たさいに、決定的に重要な役割を果たしたのは食 に関する規範で、非・文明、非・都市、つまり、 蛮人達の未開の生活様式と自分達の文明生活の様 式との違いを、 「一、みんなでいっしょに食べるか 否か」 、 「二、なにを飲み食いするか」 、 三、料理 と栄養学的にはどうか」という三つの観点から捉 えようとしたと述べられています。つまり、古代 ギリシャ・ローマ世界が作りあげた価値体系にあ って、文明人を動物、また蛮人から区別する第一 の要素は、 食卓の共有」だったというわけです。 古典古代ローマのキケロ曰く、 友人同士とは、 生を共に生きてる者同士。だから、食卓もいっし
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「
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つ出してテーブルに置いたのである。突然、金 の勘定が二十数年前に森さんがフランスに着い た当時の単位に戻ってしまったのだ。(中略)再 び私たちは湖に沿って数百歩戻った。/(中略) それから二ヶ月後の、 一九七六年一〇月一八日、 森さんはすべての苦しみから解放された。 まさに壮絶な昼食会で、フランス文化の真髄の宴
と接して暮らさなければならず、人間と動物の関 係を明確に断絶する必要性が生じ、それを極端な までに強調する人間中心主義を生み出したという のが「断絶理論」です。人と動物の間に、 「断絶」 を必要とした理由を、 以下のごとく述べています。 家畜といっても、ヨーロッパの場合、 お馬の親 子は仲よしこよし」式にはいかない。何十頭、 何百頭もの大群が放牧状態におかれているのが ふつうである。そういうところでの発情期の混 乱はたいへんである。ただ本能のままに気狂い じみた乱交がくり返される。しかも、それが身 近に見聞できる現象であってみれば、人間に特 定の発情期がないからといって、それらの現象 を平気でみおとすことはできない。当然、人間 が家畜といっしょにされてはたまらない、そう いう乱交あるいは乱婚に対する嫌悪感が、知ら ず知らずのうちに累積されることになる。その 結果が、人間の意志の価値を極限まで強調し、 一夫一婦制や離婚禁止を強行することになった のであろう。
インドでも飼育頭数の点ではヨーロッパ並みで、
「
会(コンヴィヴィウム conuiuium )に殉じたとい えまいか。フランス文化の精神を生き抜ぬこうと したのです。
3 肉食の断絶理論 ヨーロッパでは土地生産性が低く、近世以前で も、ヨーロッパ人の穀物依存率が意外に低く、肉 食の割合が高かった。主食と副食を区別しない食 生活パターンを取っていました。このような、食 生活、食文化から、いかなる思想が生まれてきた かを、鯖田豊之が『肉食の思想 ヨーロッパ精神 の再発見』 (中公新書)で、鮮やか示しています。 つまり、ヨーロッパの高い食肉率から多数の家畜
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いえます。 森有正の最後の会食は、まるでフランス文化に ながれる食の掟に殉教したかのような印象を受け ます。フランス文学者・哲学者の森有正は、一九 五〇年にフランスに留学し、そのままパリに留ま り、パリ大学東洋語学校で日本語、日本文化を教 えていましたが、一九七六年に、血栓症がもとと なりパリで客死しますが、そのときの様子を、二 宮正之が、 『私の中のシャルトル』 (ちくま学芸文 庫)の一章「詩人が言葉をうしなうとき─『日記』 以後の森さんのこと」で、清楚な文章で淡々と描 写しています。数年前から、頸動脈に変調をきた していて、一カ月ほど前にはかなり強烈な発作が あり、共に昼食をすることになっていた友人のデ ィアーヌ・ドリアーズからその前日電話があり、 「森さんの健康状態が思わしくない」という状況 下での昼食会です。 アンギャンの家につくと、森さんは三階の書斎 で椅子に腰をおろし口をきくのが大儀なようで あった。一見してまともに外出できる状態でな いことはわかったのだが、森さんは断固として
予定通りにことを運ぼうとする。(中略)森さん は医者を呼ぶことも医者のところへ行くことも 一切拒んで、思いつめたように床をじっと見つ めたまま、いや、三人で湖畔の金鯉亭(カルプ・ ドール)に行きましょう、とより言わないのだ から。(中略)森さんの意志が表明される限り、 その意志にのみ応じて肉体の故障には断然目を つぶる、 それが森さんを尊敬するということだ、 と。(中略)森さんの重い体が崩れ落ちないよう に文字通り手をつくして、階段をおりる。/(中 略)望みの方向に進み始めた森さんは微笑を浮 かべていた。こうして私たちは一歩一歩と超現 実の世界に入っていった。/(中略)森さんが サン・ピエールという飛切り立派な名前の魚料 理をとったことは今でも覚えている。森さんの 右腕はすでに感覚を失いかけていた。手にした フォークをすぐに落としてしまうのである。 (中 略)一口食べてはフォークを落とし、また平然 と次のフォークを受けとるのだった。/(中略) いよいよ勘定を払う段になって、決定的な変調 があらわれた。二百数十フランという額に対し て、森さんは大きながま口から一フラン玉を三
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ス』 (ジャン ロ =ベール・ピット、千石玲子訳、 白水社)によると、フランス料理はルイ一六世 などを代表とする王侯貴族らのすさまじいグル マン狂奔によって沢山の料理人を雇い、他と争 い合うことによって発展してきた。こうした中 で、素材をより遠くの地方から求めるようにな っていった。 たとえば魚介類などがそうである。 …海岸からパリに着くまで何日もかかってしま う。そこで素材をその産地で一次加工しなけれ ばならなかった。煮炊き、塩づけ、酢づけなど である。パリの料理人はそういうものを素材に して料理をつくらなければならなかった。だか ら素材の原型を崩し、他のものと混ぜ合わせ、 その味も濃くしていかざるをえない。しつこい 味のフランス料理の誕生である。 フランスに限らず西欧は、そもそも塩漬食文化 です。秋にオークの森で、豚にドングリをたっぷ り食べさせ、 来年の繁殖用を残して全てと殺して、 各種の加工はするにしても基本は塩付けです。 熱帯で野外調査をしていると、汗が吹き出し、 水ばかり飲んでいると塩分が欠乏してきて、力が
抜けてきて気力が弱まり倦怠感に襲われます。そ んなとき、塩を舐めると、体にすーっと力が入っ てきます。塩が指先にまで入って来て、細胞がピ ンと音を立てて生き返るような気がします。そん なとき、この世に、塩ほど美味いものはないと感 じます。また、やはり汗が噴き出し、水が底を突 き、熱射病状態になったことがあります。頭が痛 くなり、朦朧としてくる。塩の快感がよぎり、そ うか塩を舐めればいいのだと錯綜し、 舐めた瞬間、 口腔内に唾液がふきだし、胃がけいれんして嘔吐 が始まりました。脱水状態のとき、塩は猛毒とし て働くのはあたり前なのですが、それが朦朧とし て判断が付かない状態だったようです。まわりが 異常に気づいて、 「み…水」とかろうじて発するこ とができて、難を逃れることができましたが、危 ないところでした。
塩は毒にも活力にもなります。肉を主食にする と、肉を塩漬けにして保存するため、塩の毒性を 軽減する食様式を開発するしかないでしょう。ま ず、基本は塩抜きです。肉汁は薄めてスープ等に 利用する。人の方はというと、脱塩のために、運
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ヨーロッパと同じように、身近な家畜に対する態 度決定から出発した人間中心主義や断絶論理が基 盤に在りますが、それは結局グラグラしてしまっ て、 最後までつらぬけなかったと指摘しています。 それは、インドでは、家畜を食用にと畜すること に大きな抵抗があったからで、それは、ヨーロッ パとちがって牧畜適地ではなく、むしろ、穀物栽 培の適地だったからです。 ここから重要な結論を引き出すことができます。 つまり、家畜の飼育は「断絶理論」形成に関わる ものの、それを強化し徹底化する原動力は、むし ろ独特の食生活パターン、特に、肉食偏重による ことが推定されます。ヨーロッパの強烈な断絶理 論(思想)は、動物からさらに、非ヨーロッパ人、 ユダヤ人と順次疎外していき、最後に「ほんとう ごく少数の支配者階級 の人間 として残したのは、 だけとなる、強烈な差別、階層、階級社会を形成 したと、鯖田氏は論考しています。
4 食の「 微分・ 積分」
西欧、とくにフランスの料理は、素材と味を、 徹底的にばらし (微分) 、 ごちゃ混ぜにする (積分) 、 いわば素材(自然)を徹底的に破壊して、人工的 な味を想像するという意味で、素材の原型をとど める「幾何」 (どちらかというと物理的)よりは「微 分・積分」 (どちらかというと化学的)の思想に近 いと思います。椎名誠のエッセイはフランス料理 の真髄を言い得ていると思いますので、以下に引 用します(活字たんけん隊「手食の四〇パーセン ト」岩波「図書」二〇〇〇年九月号) 。 いったいフランス料理のどこがいいのだ、とぼ くは本当に思う。…フランス料理のアヤシイと ころはおしなべて素材がはっきり見えないとこ にある。肉でも魚でも野菜でもぐちゃぐちゃに してしまう。そうして大きな皿の真ん中にちょ こっとそのわけのわからないかたまりをのせて 「フランス料理はソースです」といわんばかり に赤だの緑だの黄色だのペンキみたいな色のソ ースをどろどろとかけて、ますますその食物の 正体をわからなくさせてしまう。『美食のフラン
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」
収され、ニシンの臭みも余り感じられず、ようや くマリネ的魚料理を食べることができました。 パリ郊外で、友人が同居りしていた家の主が夏 季休暇でいないので、泊めてもらったことがあり ますが、冷蔵庫にいろいろな練り物があり、パン につけて食してみましたが、レバーペーストなど で食られたものではありません。もちろん、レバ ーペーストをそのまま食べようものなら、吐き気 がしてきます。バターを塗るのも、もともとは、 パンに味を付けるというよりは、バターのしつこ さを消して、油を食べやすくしているのではない でしょか。 ヨーロッパのパンは、結局、肉食に対応して、 臭みや脂っこさを中和する食材として、ほそぼそ と生き続けてきたのではないでしょうか。それよ りは、石毛直道が指摘するように、他の食材(副 食物)と相性の悪いパンが、日本でなぜここまで 普及しているのかがむしろ不思議です。GHQの 謀略? 当時はそういった側面もあったかも知れ ませんが、しかし、味にうるさい日本人がいつま でも、GHQの謀略に気づかずに欧米の不味いパ
ンを食べ続けるでしょうか。実は、日本人が今食 べているパンはパンではなく、いわば日本食化し たパン、いってみれば「和・パン」と呼んでも良 いかもしれません。アンパン、ジャムパン、クリ ームパンの菓子パンに始まって、カレーパンから キムチパンにいたるまで、パンを包みの食品に変 えてしまったことが大きいように思えます。そう だとすると、自給自足のために、米の消費拡大を 訴えても、 「和・パン」の勢いを止めることは出来 ないでしょう。 最近は、米の粉を極微粉砕する技術の向上によ り、米粉でもパンを作ることが可能で、結構良い 味も出るようになりました。しかし、これをパン として利用しても余り普及することはないでしょ う。それよりも、包みの食材として、あるいは巻 の食材として使うべきです。もともと、米は風味 もあるし、味も良いし、他の食材や副食物との相 性も抜群なので、小麦粉よりもはるかに幅が広が ると思います。B級グルメには、ご飯や麵の丼物 が多いと思うのですが、丼の具を米パンで包み、 米パン丼を開発するというのはどうでしょうか。
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動するか、風呂か、サウナで、汗を流す。さらに、 食事の前中後において、多量の水やビール・ワイ ンを摂取して、塩の体内濃度を下げる。現在は、 冷蔵庫の発達で、肉を塩漬けにしなくてもよいの で、ヨーロッパではここ五〇年足らずで、料理の 塩加減は劇的に変わってきているはずです。 ヨーロッパの食体系で、パンは不思議な位置を 占めています。 ヨーロッパでパンは主食ではなく、 基本的に肉食の副食です。石毛直道『食事の文明 論』 (中公新書)は、パンと副食物の関係は、パン と和風の副食物、パンと中華風の副食物は対立関 係にあり、パンの食事は洋風だけで完結し、和風 や中華風をうけつけない、クローズド・システム となっていると述べています。たとえば、 湯ドウフや八宝菜でパンを食べることはまずな いのである。パンと結合関係にあるのはステー キ、フライ、サラダなど洋風の副食物である。 パンが主食として登場することがおおいのは朝 食においてであるが、そのさいにはサラダ、ハ ムエッグ、チーズ、バター、ジャムなど洋風の 食物をともない、飲物もコーヒー、紅茶、ジュ
ース、牛乳など洋風の飲物として認識されてい るものにかぎられる。それにたいして飯が主食 となったさいには、一般に飲物として日本茶を ともなうことだけが原則で、副食物は和風、洋 風、中華のいずれとも自由な組合せをもつ。 といいます。パンには長い歴史がありますが、ヨ ーロッパでは主食の座を得られず、また、洋風以 外の副食物との相性の幅が極めて小さいといえま す。パンの食事における機能とは一体何でしょう か。
コペンハーゲンの運河沿いのレストラン街のレ
ストラン Galionen で海の幸を堪能しようと目論 みますが、オイスターとニシンの燻製は絶品なの
に、手をかけたデンマーク料理 Skaldyrs Tal はぴ んときません。あるいは、レストラン
で、ニシンの三種類のセ Københavener Caféen ット料理を頼みますが、どのニシン料理ももった りして、うまい感じはしません。ところが、デン
マーク料理レストラン Slotsk Ælderen では、ぼ そぼそのパンの上にマリネ的な魚料理を載せて出 してきて、ねっとりとしたのがほどよくパンに吸
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2「 手食」 の幾何 「手食」というのは、意外と複雑に味を合わせ ることが出来て、食べる直前に自ら調理するとい う性質から、 「巻食」のさらに原型といってもよい と思います。 インドネシアでは、米が主食ですから、皿に米 と各種料理を取り合わせて、指で混ぜながら、捏 ねながら食します。 香辛料が効いているので、 (こ) 混ぜることによって米に味が付き味自体がマイル ドになるような感じがします。 インド料理の代表は、カレーですが、普通の家 庭でも一〇種類ぐらいの香辛料を混ぜますし、二 〇種類近くも混ぜ合わせるのもざらで、味として は実に奥が深いです。カレーも、やはり指で米と 捏ねて食べるのが一番上手いです。チャパティー なども、カレーをすくうようにして食べるのです が、 「巻食」の原型のようでもあります。 メキシコや中米は栽培・食用植物の宝庫(原産 地)で、デンプン作物のトウモロコシ、 サツマ イモ、カボチャ、インゲンマメ、ジャガイモ(南
米が原産地として知られるが、メキシコにも三種 の原種が山岳地帯に自生している) 、野菜・果物の トマト、ヒィトマテ(ホオズキに似ていてサルサ・ ベルに使う) 、 パパイヤ、 ノパル (ウチワサボテン) 、 ズッキーニ、ピーマン、香辛料・サルサ(液状調 味料)のトウガラシ、カカオ、バニラときます。 サルサは塩味をベースに、サルサ・ロハ(トマト、 トウガラシ、コリアンダー) 、サルサ・ベルデ(ヒ ィトマテ) 、ワカモレ(アボガド) 、モーレ(チョ コレートベース)等、極めて多彩です。トウガラ シも生、乾燥、発酵があり、ざっと一〇〇種類く らいあると思われます。これだけの食材を開発し た民族が、豊かな食文化を発達させないわけがな いと思うのですが、それが、なぜ油ギタギタで不 味いメキシコ料理になってしまったのでしょうか。 メキシコにある国際小麦トウモロコシ改良セン ター(通称CIMMYT)で、客員研究員で二年 間研究していたとき、メキシコの大西洋側の低地 のポサリカに、亜熱帯性気候の試験地が在り、毎 週のように高地から低地に通っていました。ポサ リカのベラクルス州からユカタン半島にかけて、 湿潤な亜熱帯性気候のせいでしょうか、スペイン
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食の幾何学Ⅲ 食法の幾何 1 フォークとナイフの幾何 世界の食法として、 (1)手食がアフリカ大陸、 西アジア(イラン、イラク、トルコなど) 、インド 亜大陸、東南アジア、オセアニア、中南米などで 全体の四〇パーセント、 (2)箸食が中国、朝鮮半 島、日本、台湾、ベトナムなど三〇パーセント、 (3)ナイフ、フォーク、スプーン食がヨーロッ パ、アメリカ、ロシアなど三〇パーセントといい ます(一色八郎『箸の文化史』 (お茶の水書房) ) 。
な原色レストランばかりです。古代ローマ人も赤 と緑の二色に特別の色彩感覚を持っていたようで、 『トリマルキオの饗宴』の作者ペトロニュウスも 「赤い織物」とか、 緑のお仕着せ」といったよう にさまざまな個所で赤と緑の色に着目して記述し ています(青柳正規『逸楽と飽食の古代ローマ 『トリマルキオの饗宴』を読む』 (講談社学術文 庫) ) 。赤と緑は食とどういう関係があるのでしょ うか。緑は草原で鮮やかな狩猟場面の象徴、赤は 血で、仕留めた獲物の象徴。レストランでは、肉 は固く、フォークは切れぬ。固い肉をフォーク(爪 の象徴)で押さえ、ナイフ(牙の象徴)で切り分 ける。草原で、仕留めた獲物を爪で押さえ、牙で かみ切りる気がしてきて、本当は味なぞどうでも よいのだ、食事とは格闘技なのだとここでは教え てくれます。 「
ナイフとフォークは、歯と爪が外化されたもの で、本来的には、肉食のための道具です。イギリ スはロンドンのピカデリー界隈のステーキフリッ トレストランに入ろうものなら、レストランとい う概念が吹っ飛ばされてしまい、食事というより は、料理と格闘する格闘技に邁進している気がし てきます。まず、レストランの内装が、原色の赤 いソファーに原色の緑の壁。この界隈はこのよう
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ですが、お茶に呼ばれて、今日は美味しいコーヒ ーを御馳走しますといって、わずかの水に溶いた コーヒーの粉を、三〇分近く話しているあいだひ たすら錬っているのです。そして、そこに湯を注 ぐだけなのですが、一口飲んで驚きました。ミル クのないミルクコーヒーのようで、マイルドでも コーヒーの香は立っています。特別のコーヒー種 かと思いきや、普通のネスカフェのインスタント コーヒーなのです。 また、インドでは田舎の路上でたてているよう な紅茶でも美味いです。 紅茶とミルクを煮立てて、 カップめがけてそれぞれを高いとこからジャーッ と注ぐだけなのですが、それが美味い。イギリス で能書きの多い紅茶をよく飲まされますが、不味 くはないが、なんということのない銘柄も分から ないインドでのミルク紅茶の方が、 私は好きです。 おそらく、空気と混ぜるのがポイントのような気 がします。
風レストランで、韓国料理を堪能しましたが、ビ ビンバとは混ぜ料理の雄であることを知りました。 ビビンバとは混ぜることなりといわれてひたすら
先生流の正式な混ぜ のにむしろ辛い。なお、 Lee かたは、まず具を全部取り除き、コチジャンでま ず混ぜる、次にコチジャンとトウガラシを加えて 混ぜる、辛いのが好きならさらにコチジャンとト ウガラシを加えて混ぜる、そして、具を入れてさ らに混ぜる。奥が深い、 「混ぜ食」文化なのです。
スプーンは、基本は汁用かと思っていたのです が、これは混ぜ用としても重要であると分かりま した。箸ではよく混ざらない。そうすると、スプ
先生、 それではだめだと申して、 混ぜますが、 Lee それをまず食べてみなさいといって、容器を取り 上げ、見本を示しましょうと、みずから混ぜに混 ぜ、コチジャンをどんどん入れ、トウガラシをど んどん入れていく。真っ赤っかに染め上がったビ ビンバを恐る恐る口に含むとあら不思議、それほ ど辛くない。辛さは口の中でじょじょに効いてく るのですが、マイルドな辛さなのです。私の混ぜ た方が、コチジャンやトウガラシが少ないはずな
インドも混ぜ・練りの食文化だと、つくづく思 ったのは、錬ったコーヒーを飲んでからです。イ ンドのヒサールにあるハリアナ大学によく行くの
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人の肌に合わないために、比較的虐殺と土地の略 奪が少なく、 インデオ原住民が比較的多くいます。 かれらを実験補助で雇用していたのですが、圃場 で仕事をしていると、一〇時ぐらいになるといつ の間にかに消えてしまうのです。こっそり付けて いくと、弁当を食べているではないですか。ドク トールもどうぞというので、トルティリャに各人 が持ち寄ったらしい具を載せ、サルサをちょっぴ り付けてたべると、あっさりとし、食材の味も香 りも豊かで、美味い。これが、マヤの食文化かと 感動しました。ベラクルス州は、大西洋の海の幸 も豊かで、エビのサルサカクテルも鯛のベラクル スソース煮も絶品で、この地域のマヤの食文化は どれほど豊かであったか、痕跡からだけでも、そ の深み・滋味を想像して心打たれます。 アフリカでは手食が基本です。キャッサバ、ジ ャガイモ、ミレット、バナナといったデンプン質 のペーストと煮豆、 チキン、 川魚といった副食を、 手で捏ねて食べます。外国人と見ると、フォーク とナイフが出るのですが、こんなもので食べると 全く不味い。手で捏ねる食べ方が、最高の食法で
す。ジンバブエのヴィクトリアフォールズのMA
族の伝 MA AFRICAレストランで、 Shona 統料理で、豚肉を壺で香辛料とで煮込んだものと キャッサバの錬ったデンプンを手で錬って食べま したが、なかなかいけます。ウガンダのカンパラ
という Uganda 料理店で、ミトレッ の Steak Out トやバナナの練り物、キャッサバやジャガイモや サツマイモといったイモ類の蒸かしたもの、 煮豆、 ライス、チキンと錬り合わせて食べます。味はか なり単調ですが、結構いけますよ。
手食は、ただ手でつまんで食べるというだけで なく、 「混ぜる」と「合わせる・和する」という、 重要な機能があり、味を豊かなものにしていると 思います。フォークとナイフは、 「手食」料理を基 本的に不味くするだけです。
3 スプーン( 「 混ぜ食」 ) の幾何
韓国の東国大学でセミナーのあと、
先生方と、大学の近くの田舎屋 Kwang-Geun Lee
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由度が極めて高く、牧元氏のような嬉しい悩みも あります。 例えば銀座の「ほかけ」の吹き寄せちらしが、 目の前に運ばれてきたといたしましょう。/ふ だん使わない頭も、 ここぞとばかりに働き出し、 舌なめずりをしながら、段取りを演算するわけ です。/淡い味わいの白身から、濃い味に移行 して、右肩上がりの演出をしようか。それとも 甘いイカで、いきなり血糖値をあげようか。/ いや旦那、マグロの赤身で勢いをつけるっての もいいですぜ。赤身につけた醬油を、わさびを 乗せたご飯に少したらして、一緒に掻き込んだ らうまいでしょ。/コハダは、おぼろをのせた ご飯を巻いて食べ、三位一体の味わいを楽しも う。/海老もおぼろだ。醬油をつけずにおぼろ をまぶして食べ、すかさずご飯といくか。/お ぼろつながりのコハダと海老は、前半と後半に 分かれてもらおう。/味の濃い煮蛤や穴子は後 半戦だな。するってと、いくらや貝類は中盤に 散らすか。/締めはしっとり仕上がった、玉子 焼きで決まりですね。/おっと、椎茸の位置取 りが難しい。こいつはいわば中盤、折り返し地
点に配備しよう。/そうそう、合いの手に、適 時生姜を入れるのを忘れずにと。/おや、奈良 漬けがある。こいつは一旦味を切るリフレッシ ャーとして、煮物の後だな…(中略)/一時、 昔風の食べ方にあこがれて、吹き寄せちらしと 燗酒を頼み、上にのったすしダネだけで一杯や ってから、最後に悠然と酢飯を食べていたこと がある。/あん時は、次はどれを食べようか、 締めにはなにをもってこようか、このネタなら 二杯はいけるなと、わくわくしながら飲んだも 「脚本構築」で楽しんだ のだ。(中略)/さて、 後は、 「景色鑑賞」という楽しみが待っている。 /酢飯の上に広がった、赤、白、焦げ茶、銀、 黄 紅白、緑、淡桃。巧みに彩りを計って配置さ れた姿を、愛でるのだ。/景色の違いを観察す 「確認」 るのも肝要だ。(中略)/第三の喜びは、 である。/自ら立てた筋書に間違いがないか、 一つ一つの味をかみ締めながら食べていく。 (中 略)/小さな空間に込められた、起承転結の味 わい。吹き寄せちらしは、 「人生ドラマ」なので ある。 (マッキー牧元『東京・食のお作法』 )
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、
ーンは何が外化したものかというと、掌というこ とになると思います。概して、混ぜると錬るとで 味がマイルドになるようです。これは、空気と混 ぜることなので、味の尖った成分と酸素が触れて 酸化さたとも理解できます。酸化とは燃焼の一種 ですから、この混ぜる錬る過程は、極々弱い火で 焙るようなもので、ある意味では高度な調理手法 かもしれません。
4 箸の幾何 日本食は指を外化した箸にほとんど特化してい ます。汁物もスプーンをつかわず、器に直接口を つけて食べるというか、 すする。 具を箸でつまむ。 日本人は「唇が敏感な民族」になったと、マッキ ー牧元はいいます( 『東京・食のお作法』文春文庫) が、これは箸食の賜です。 すっと唇に吸い付くような、塗りのお椀の湾曲 と感触を感じたときの安堵。勢いよくそばを手 繰ったときの快感。/人肌燗を満たした盃が、 ぴたっと唇に馴染んだときの平穏。一口すすっ
た盃が、唇からなにもなかったかのように、切 れ味よく離れていくときの恍惚。/ざぶざぶと 音を立て、茶漬けを掻き込んでいるときの充足 感。/そこには、どうだい、日本人以外にはわ かるめえ、という達成感がある。
すするということは、唇の間を素早く通過させ ることで、空気の高速流入も同時に行っていると いうことで、そうすると、香りが口蓋に広がり、 味と香を同時に味わうことができます。香りは熱 いときほど立ちやすく、熱物を唇ですすると、空 気で冷ましながら、香はほとんどそのまま立って くる。そうすると、すするというのは下品な食法 でなく、実に高等技術ということになります。
さらに、箸でなければ味わえない、食の作法が あります。 マッキー牧元は、「ちらし寿司のお作法」 で、吹き寄せちらしを前にして、どれから食べる か、どの順序なら後悔しないのか、思い煩い、い じいじ悩むわけです。日本の料理の基本は合わせ であるとすると、その組合せ方で無数の味が生ま れてくる、つまり、日本の料理とは、食べ方の自
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食の幾何学Ⅳ 食の東西南北 食文化を幾何学的に論じることが可能でした。 「調理」の視点からすると、 (1)クロード・レヴ ィ ス 、 《火にかけたもの》 、 =トロースの《生もの》 《腐ったもの》 のカテゴリーを頂点とする三角形、 、 《空気》 、 《水》 、 《油》 (2) 玉村豊男の《火》 のカテゴリーを頂点とする四面体に分類されます。 調理の軸を南北にとって、南に《生もの》 、すなわ ち人がほとんど手のかけない「ネーチャー」を配 し、北に《火にかけたもの》 、すなわち人が手をか けた「アート」を配してみます(図参照) 。 一方、 「食法」の視点からすると、 (1)味の調 理は済んでいて口に入れるだけの単純化のカテゴ リーを西に配し、 (2)口に入れる前に錬ったり、 捏ねたり、巻いたり、混ぜたり、合わせたりで複 雑な調整が必要で、食し方が多彩であるような複 雑化のカテゴリを東に配してみます(図参照) 。 そうすると、それぞれのコーナーに代表する料 理を配してみますと、北西コーナーにはフランス
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日本食というのは、食べ方の藝術でもあるとい うのをつくづく教えられました。 食べ方上手を、 もう一人挙げると、 小川薫堂で、 雑誌「ダンチュウ」で、 「一食入魂」の連載エッセ イを書いています。 これから選んだエッセイ集 『人 生食堂一〇〇軒』 (プレジデント社)の中扉にある 「人生食堂」格言・その二で「 「あぁ、おいしかっ た」と言わせる店は名店、 「あぁ、楽しかった」と 言わせる店は完璧なる名店」と書いています。食 のエッセイは幾多もありますが、 「人生食堂」格言 に習って申せば、 「あぁ、食べてみたい」と思わせ るエッセイは名エッセイ、 「あぁ、もう十分味わっ た」と思わせるエッセイは完璧なるエッセイとい えます。小川薫堂のそしてマッキー牧元のエッセ イは、もう一緒に十分味わったという雰囲気にさ せてくれるので、一緒にごちそうさまといいたく なるような、そんな名文なのです。 箸は「点と線の間」を繋ぐもので、日本料理は 「点と線」の「間合」で、料理人と食人との共同 作業で始めてなりたつ食体系(思想)で、それを 「和食」といってよいでしょう。柳宗悦の「民芸」
においても、作り手と使い手の調和において始め て、 「民芸」へと昇華するようなものであると感じ られます。 「食の民芸」とは、料理人と食人との巧 (たくみ)といえないでしょうか。
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小麦による、 「究極の醤油」づくりに挑んでいると のことです。究極の自然の一滴が生まれようとし ています。長い伝統の果てに、東西南北の洗練さ れた自然の「粋」が、点と線の曼荼羅として丼に ただよい、その一杯をすすった瞬間に、口蓋に味 と香りの粹点が結ぶ、そのようなラーメンが誕生 することを期待しています。
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うか。この図を風呂敷と思って、アートとネイチ ャーを結んでみる。その結び目が、技術(アート) の限りを尽くして、抽象的天然(ネイチャー)を 創造するのが日本の食文化なのではないだろう か? 結び目を粹点と呼んでも良いのでしょう か? 石庭や枯山水や盆栽は、自然の要素を抽出し取 捨し再構成した自然の要素の「間」の美といえま す。日本庭園と日本の食も似たところがあるよう な感じがします。特に弁当や丼物や重箱では、料 理は、味(点)と素材(線)の「間」の美食の小 宇宙を構成します。そして、味わい方に無限の可 能性を残す、それが「自然」の「粋」というもの です。 熊野への玄関、和歌山城の近くの「麺屋ひしお」 で、七五〇年の伝統をもつ湯浅醤油を使った湯浅 吟醸醤油ラーメンをすすりながら、そう思いまし た。湯浅醤油は、 「十勝プロジェクト」で、北海道 十勝平野、折笠農園の折笠健さん(無農薬・無肥 料のリンゴ栽培を成功させ木村秋則さんの弟子) の協力を得て、無農薬・無肥料で栽培した大豆と
連載 エッセイ
料理、北東コーナーには中華料理、南西コーナー にはアフリカ料理を配することできると思います。 南東コーナーが空いているので、日本料理をい ったん配してみます。ここでネイチャーとは、素 材そのものを指すので、天然の素材そのものを料 理にする志向が強いので、一見よいような気もし ますが、天然の素材とみせながら技術の限りを尽 くす(アート)ですから、そう考えると中華の位 置に来てしまいますが、中華とは大きくかけ離れ ている。これは、和食には、技術(アート)の限 りを尽くして、天然(ネイチャー)を創造すると いう、料理の絶対矛盾を含んでいるようで、定義 が難しい。 それはいったんおいて、インド料理を配してみ ますと、東西線と南北線の交点に位置するらしく 思われます。カレーで香辛料はたくさん使うが具 の形はある程度たもたれているし(南北の中心) 、 「手食」でカレーと米と錬ったり、チャパティー で包んだりで、食べる直前の多様性は高いが、他 の付け合わせが少ない(東西の中心)ので、中心 に配しても良いでしょう。 そうすると、これは、日本を除くと、世界地図
の位置取りに似てきます。なお、重 (かさ)なるの で書きませんが、日本料理の位置に東南アジアの 料理を配置しても良いかもしれません。 では、日本料理の基盤は、南方系にあるのでし は雲南やベトナムで多いので、 ょうか? 「巻食」 照葉樹林の食文化なのでしょうか? B級グルメ は、 インド料理の所に位置するような気がします。 懐石料理は、中華料理の所に位置するような気も します。そうすると、南北線の東の全領域を占め るのでしょうか?
この「料理の東西南北」図を頭に描きながら、 今夏、熊野古道を歩いていました。熊野や熊野古 道には、いたるところに南方熊楠の痕跡がありま す。東西南北の軸をいじったり思いあぐねている と、熊楠翁の曼荼羅(本人がそう呼んだのではな いですが)がよぎります。いろいろな図形や線が 描かれていますが、熊楠翁はそれは本来三次元で あるといっていますので、立体の一断面を描いた ものとなります。その三次元の図が収束する点を 〝粹点〟と呼んだと解釈されます。 「料理の東西南北」図を立体にしてはどうだろ
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『 いちばんあいされてるのはぼく』 宮西達也・一二六〇円(ポプラ社) ティ ラ ノサウ ル スが 主 人公 か つ 独 特 な 絵 で あり な が ら 、 ス ト ― リ は 思 わ ず 胸 にじ ー ん とく る 感 動 も の 絵本。『おまえうまそうだな』を皮
サも…。子どもの頃はわからない
どもより大人がは まるというウ ワ
もだけど、電気代も気になる…。 「これ一
もうすぐ暖房器具を使う冬になる。
ワットチェッカー
切 り に シ リー ズ 化 し た 第 9弾 。 子
親の心 情 ってあり ますね。最新 作
文・構成
平松 あい)
2
(こどもサステナ
町村で貸出しているところもあります。
5千~1万円と少し高いのですが、市区
気使用量が測定できます。
込み、その上から電化製品をさすと、電
問にお答えする機器。コンセントに差し
O C
にまなぶ
こども サステナ
0歳からの
体どれだけ電気使ってるの?」という疑
エコワット、ワッ トモニターとい う名の商品も。
は『 ずっとずっといっしょだよ』。
秋の号 2012
インパクトか、それとも正確さか 以 前 、 保 育園 ・ 幼 稚 園で の 環 境 教 育 プ ロ グラ ム の 紹 介 を し た が 、 今 回は 小 中 学 校 の 紹 介 を 。わ が 子 の 教 育だ け で は 飽 き た ら ず 、と う と う 幼 児 、 小 学 生 、 そ して 中 学 生 に も 手 を 出 そ う と い う 熱 の 入 りよう…というわけではなく、仕事の一環である。 小 中 プ ロ グラ ム で は 教 科 の 中 に 温 暖 化 に 関 す る 内 容 を 入れ 、 実 験 や 作 業 、 デ ィ スカ ッ シ ョンを 取 り入れ実感を伴うような工夫がされている。 さて 、 テーマは 省 エ ネ。 学 校 ・ 教科に よ って 内 容が 異 なるのだ が …。エ アコ ンのみ を 扱 った子ど も と 、 様々な 機 器 の電 気 消 費 量を測 定 し た子ど も を 比 べ る と 、 様 々 な 機 器 測 定 を し た 子 の 方が 省 エ ネ 行 動 意 欲が ア ッ プ し た 割 合 が 低か っ た 。 かつ 、 む し ろ 行動 意 欲 が 下が っ た 子 も 同割 合 程 度 い た 。 エ ア コ ン は 目 に 見 えて 省 エ ネ 効 果 が わ か り やす い が、ドライヤーやテレビの音量などを測ると、 「な
んだこんなもんか」という印象で逆にやる気ダウ
ン!の恐れあり…なのではないかと思われた。シ
ンプルにインパクトを与えるか(エアコン)、包
括的でより正確な情報を与えるか(様々な機器) 、
これは教育側としては悩ましい問題だ。
子ども達、また市民の方々にいかにわかりやす
く正確な情報を伝え、アクションを促すかという
課題だが、将来の温暖化予測でも同じようなこと
がある。不確実性も含めた、より正確な情報を伝
えようとすると、長くなり難しくなり、どうもイ
ンパクトにかける。メディアはこういうのはあま
り好まない。短く一言でバン!とインパクトがあ
る内容がいいのだ。その方が市民の反応もいい。
しかし正確性に欠ける。この乖離を埋めるため、
温暖化研究者とメディア関係者の間でフォーラ
ムを数回行ったことがある。昔に比べると、徐々
にお互い納得のいく方向へと変化しつつあるが、
こういった対話はまだまだ必要そうである。