サステナ第40号

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司会 皆さま、こんにちは。本日はお 集まりいただきましてまことにありが とうございます。ただいまよりエネル ギー持続性フォーラム第一一回公開シ ンポジウム「再生可能エネルギーベス トミックスと自然資本ビジネスの展開 ■開会挨拶1

たけうち かずひこ

武内和彦

による地域再生」を開催いたします。 開会に際し、主催者を代表して、東 京大学国際高等研究所サステイナビリ ティ学連携研究機構機構長・教授、武 内和彦より開会の挨拶を申し上げます。

行ってきました。私たちの社会はいま 石油に大きく依存しています。それを 再生可能エネルギーの利用や省エネル ギーの推進によってより持続可能な社 会にしていくにはどうしたらいいのか。 そうしたことを議論することを目的と して「エネルギー持続性フォーラム」 を協働で主宰し、これまでさまざまな

東京大学国際高等研究所サステイナビリティ学連携研究機構(IR3S)機構長・教授 国際連合大学上級副学長

皆さま、こんにちは。本日は雨のな かをようこそこの公開シンポジウムに お越しくださいました。 私ども東京大学国際高等研究所サス テイナビリティ学連携研究機構(IR 3S)は、昭和シェル石油株式会社と 一緒に、二〇〇七年より「エネルギー 持続性フォーラム」という取り組みを

研究成果を発信してきました。その一 環として、毎年このような公開シンポ ジウムを丸ビルホールをお借りして開 催してきました。おかげさまで、今回 で一一回目となります。 昨年二〇一五年は、持続可能な社会 づくりに向けて世界的に大きな成果が 得られた年でありました。 昨年九月に、 国連総会において、持続可能な開発目

)が採択されました。そこ 標( SDGs でも、万人のためにいかにして持続可 能なエネルギーを供給するかが大きな 目標の一つとなっています。また、一 二月にはパリで気候変動枠組条約の締 約国会議(COP21)が開催され、 いわゆる「パリ協定」が締結されまし た。米国や中国も参加して世界全体が 脱炭素化を目指すための大きな一歩を 踏み出しました。そのような世界の動 きを踏まえての今年の本公開シンポジ ウムです。 いまいきなり化石燃料をストップす

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エネルギー持続性フォーラム 第 11 回公開シンポジウム

再生可能エネルギーベストミック スと 自然資本ビジネスの展開による 地域再生 わが国では、東日本大震災以降,従来のエネルギー政策が大きく見直され, 固定価格買取制度(FIT)が導入されるなど,再生可能エネルギー利用拡大へ の期待が高まっています。また,国際的にも気候変動対策に関するパリ協定 が採択され,気候変動緩和策の一環として,世界各国が足並みをそろえて再 生可能エネルギー利用の飛躍的な進展を目指すことになります。 再生可能エネルギーは,ソーラー,風力,地熱,バイオマスなど,もとも と地域の自然資源のポテンシャルを活かしてその複合利用を推進することが 求められ,化石燃料とは異なる地域分散型のエネルギーの供給・利用システ ムを構築する必要があります。また,地域の農林業や観光業などと組み合わ せ,再生可能エネルギーを地域の活性化に結びつけていくことも重要になり ます。 本シンポジウムでは,地域の自然資本と生態系サービスに着目し,さまざ まな再生可能エネルギーのベストミックスについて検討を行いました。また, そうしたエネルギーを地域の農林水産業や観光業に活用し,複合的な自然資 本ビジネスの展開や,人口減少・高齢化が深刻な地域の活性化・福利向上に 結びつけていく方策について,ドイツや日本の先進的な事例を踏まえて議論 しました。 ●主催:東京大学国際高等研究所サステイナビリティ学連携研究機構(IR3S) ●共催:昭和シェル石油株式会社 ●協力:三菱地所株式会社 ●日時:2016 年 3 月 9 日(水)13:00~17:30 ●会場:丸ビルホール 2


のシンポジウムの趣旨とよく合致する ものであると思います。 また、後半のパネルディスカッショ ンでは、再生可能エネルギーのベスト ミックスと自然資本を生かした新しい ビジネスモデルに基づいて、とりわけ 日本の地域社会をどのようにして豊か にしていくのかについての議論してい ただければと思っています。 本日は長時間になりますが、どうぞ 最後までお付き合いをいただきますよ うよろしくお願いいたします。

司会 どうもありがとうございまし た。 続きまして、本シンポジウム開催に ご協力をいただいています三菱地所株 式会社を代表して、代表取締役専務執 行役員、合場直人様にご挨拶をいただ きます。

■開会挨拶2

あいば なおと

合場直人

と捉えています。都市と地方が連携す ることがこれからの日本にとって大変 重要です。 環境というテーマは、経済活動、あ るいは社会との関係でさまざまに考え ていく必要があります。環境、経済、 社会で何か一つを犠牲にして何か一つ を生かすという性格のものではなくて、 それぞれバランスを取っていくことが 大切で、そのための社会の共通価値の ようなものを作っていくといった考え 方が重要なのではないかと思っていま す。 今日のシンポジウムのテーマには自

三菱地所株式会社代表取締役専務執行役員 (現在は、三菱地所株式会社代表執行役執行役専務)

本日はエネルギー持続性フォーラム 第一一回公開シンポジウムの開催、ま ことにおめでとうございます。一一回 という回を重ねてここまで準備をされ てこられた関係者の方々に深く敬意を 表する次第であります。また、今回も 丸ビルホールのこの会場をお使いいた だきましてお礼を申し上げます。 私どもはこの地区を中心とした都市 で事業活動をしていますが、都市の再 開発において、エネルギーあるいは環 境は非常に重要なテーマであると捉え ています。そして都市の活動を支える 地方の役割も非常に高まってきている

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るわけにはいきません。また、再生可 能エネルギーにもいろいろなタイプが あります。そうしたことから、持続可 能な社会に向けてエネルギーのベスト ミックスをどのようにして図っていく のかということが現時点では重要なポ イントになります。再生可能エネルギ ーはいわゆる地産地消型のエネルギー で、一極集中よりも多極分散型の構造 により親和性が高いエネルギー資源で

す。それぞれの地域にあるさまざまな 自然の恵みと非常に密接な関係にあり ます。そのことから、自然資本を大切 にした社会をいかにしてつくっていく のか、そのなかで再生可能エネルギー をどのように組み込んでいくのかを考 えることが必要になります。これが今 回の公開シンポジウムの趣旨で、今日 は、そのような観点で議論していただ ける方々にご参加をいただきました。

基調講演で最初にお話をいただくミ ランダ・シュラーズ先生はドイツのベ ルリン自由大学の教授で、福島の原発 災害の直後にドイツのアンジェラ・メ ルケル首相が設置したエネルギーに関 する倫理委員会の委員を務められまし た。ドイツではいま脱原発の施策が進 んでいますが、 今日はそのことよりも、 再生可能エネルギーがドイツの地域社 会をどのように変えつつあるかについ てお話しいただければと思っています。 基調講演のもうおひと方は、九州大 学教授の馬奈木俊介先生です。昨年、 京都大学の植田和弘先生にここでご講 演をいただき、 「包括的な富」という持 続可能な社会の新指標について紹介い ただきました。 馬奈木先生はそれを 「新 国富」と意訳され、自然資本や人的資 本を含めた広い富の概念を用いて、こ れからの持続可能な社会づくりを考え ていくことが重要ではないかと主張さ れています。このような見方は、今回

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■基調講演1

s r u e r h c S . A a d n a r i M

ンデとは「行って戻って違う方向に行 く」ということを意味します。エネル ギーヴェンデは「エネルギー転換」と 訳すのがいいかもしれません。 エネルギーヴェンデが始まったのは、 福島の原発事故の後ではなくて、もう 三〇年も四〇年前です。エネルギーヴ ェンデの歴史はプロテストの歴史でも あります。ドイツはいろいろなことに 対してプロテスト、反対するのを楽し むようなところがあって、ドイツはプ ロテストの社会だといってもいいと思 います。エネルギーヴェンデはプロテ

ドイツのエネルギー転換と地域の再開発 ミランダ・ シュラーズ ベルリン自由大学教授、 環境政策研究センター所長

皆さま、こんにちは。私はいまドイ ツに住んでいます。私の母国語は英語 で、ドイツにいるときはいつもドイツ 語で頑張らなければいけないのですが、 今日は日本語で頑張って講演しますの で、よろしくお願いします。

エネルギーヴェンデとは ド イツで は エ ネ ルギ ー ヴ ェン デ ( )が政策の真ん中に Energiewende 据えられています(図①) 。エネルギー はドイツ語と日本語は同じです。ヴェ

ストだけではなくて、経済的ないろい ろな心配からもきています。ドイツは 日本ほどにはエネルギーを輸入する必 要はないのですが、それでも石油、石 炭、天然ガスを輸入しています。将来 のコストを考えると、輸入するよりも 自分でエネルギーを作った方がいいの ではないかと思い始めています。そし て、地球温暖化問題もあります。ドイ ツでは地球温暖化問題に対して一九九

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然資本ビジネスを展開するといったこ とも入っていて、私は大変興味深く思 っています。と申しますのは、持続可 能性に向けての取り組みは、誰かが我 慢をするといったようなことで進めて いけるものではなくて、ビジネスとし て回っていくということがなければな らないと私も常々思っているからです。 今日はそのようなことも議論されるこ とを期待し、 大変楽しみにしています。

会場の皆さまとともに今日のシンポ ジウムが実りの多いものになりますよ う祈念しまして、簡単ではありますが 私からのご挨拶とさせていただきます。

司会 どうもありがとうございまし た。 それでは講演の部に移らせていただ きます。 初めに、ベルリン自由大学教授、環

境政策研究センター所長、ミランダ・ シュラーズ様より「ドイツのエネルギ ー転換と地域の再開発」と題して基調 講演をいただきます。

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が一つの大切な要素であるからです。

にどこからきたのかというと、一つは 核兵器反対です。一九八〇年から核兵 器反対のデモがさかんになり、たくさ ん人が集まりました(図②) 。もう一つ は、自分たちの庭といってもいいよう なところに原子力発電所が作られそう

になって、反対の声があがりました。 一九七〇年代から八〇年代に、あちこ ちで原子力発電所を作ろうとするたび に反対のデモがありました(図③) 。そ のようなことを背景に緑の党が生まれ ました(図④) 。緑の党の誕生はドイツ

図⑥

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プロテストの歴史 プロテストの歴史をざっと見ていた だきます。エネルギーヴェンデが最初 図④

図⑤


〇年頃から少しずつ進歩的な考えが始 まって、先進国はエネルギー制度を変 えなければいけないと考えるようにな ってきました。 もしかしたら日本よりもドイツでの 方が、エネルギーと政治は関係してい

図① るととらえられています。エネルギー を誰が作っているのか、エネルギーは 何を代表しているのか、それは民主主 義の問題であるとドイツでは思われて います。大きな会社が作るか、小さな 村が作るのか、そのミックスがどれぐ

図②

らいだったらいいのか、そういう議論 がドイツでさかんに行われています。 また、エネルギーの問題は持続可能 性の問題であるととらえています。持 続可能な経済構造をどのように作れば いいのかということでは、エネルギー

図③

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集まっています。 これらの写真を見ると、ドイツのエ ネルギー転換は草の根からきたもので あるという印象になりますが、それだ けではありません。もう一つ大切なこ ととして、エネルギー転換を進めなけ

ればならないとする上からの動きもあ りました。メルケル首相や政府が草の 根の動きを見て、それをサポートすべ く、いくつもの新しいエネルギーの法 律を作りました(図⑩) 。そして、大き な会社もエネルギー転換のプロジェク トを進めています。今後は洋上風力発 電にもっと力が入れられると思います。

草の根からの再生可能エネルギー ドイツでも、一九九〇年には自然エ ネルギーはほんの少ししかなくて、電 気のわずか三パーセントでした (図⑪) 。 そのほとんどが水力発電でした。それ から少しずつ増えたのですが、それで も二〇〇〇年にはまだ六パーセントで した。二〇〇〇年に自然エネルギーを サポートする固定価格買取制度(FI T)を導入してから大きく増え出し、 二〇一五年一二月には電気の三〇パー セントが自然エネルギーからくるよう

になりました。二五年間で三パーセン トから三〇パーセントに伸びたのです。 福島の原発事故の前には一六パーセン トでしたから、それからの五年間で二 倍にくらいになりました。 これほどまでに自然エネルギーが関 心をもたれて増えてきた背景には、原 子力発電に対するプロテストがありま した。原子力に反対する人々は、単に 反対するだけではなかなか事が進まな いとわかり、自分たちでエネルギーを 生み出さなければいけないと考えるよ うになっていったのです。 自然エネルギーを増えたことで仕事 が増えました(図⑫) 。二〇一三年の数 字ですが、自然エネルギーによって三 七万件の雇用が生まれました。地域別 では南ドイツが多く、分野別ではバイ オエネルギーと風力が多くなっていま す。太陽光による雇用は最近では少し 落ちてきています。二〇〇八年の雇用 数は二七万で、そのあとさらに伸びた

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図⑩


のエネルギー転換の非常に大きなポイ ントとなりました。緑の党は民主主義 とエネルギーとの関わりを作った党で、 この党がエネルギー転換を最初にドイ ツの議会に入れたのです。 他にもいろいろなプロテストがあり

図⑦ ました(図⑤~⑨) 。写真を並べると、 プロテスト、プロテスト、プロテスト です。一九八〇年代には、高レベル廃 棄物の最終処分場を作ろうとしてプロ テストがありました。 二〇一〇年には、 ドイツ政府が原子力発電所の稼働期間

図⑧

を延長すると決めたことに対するデモ がありました。福島の事故の後にもデ モがありました。二〇一四年には再生 可能エネルギーの進み方が遅すぎる、 政府はもっと頑張るべきだというデモ がありました。いつもたくさんの人が

図⑨

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図⑬

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のですが、二〇一二年から落ちが始ま りました(図⑬) 。固定価格買取制度に よる支えが減ってきたためです。 ドイツのエネルギー転換は草の根か ら出てきたといいましたが、その典型 的な例として、シューナウという町の ウルスラ・スラーデクさんがいます (図 ⑭) 。 彼女はチェルノブイリの事故の後

図⑭


図⑪

図⑫ 12


気候保護のコミュニティというのは、 自分たちの町や市が地球温暖化対策を 大切にして、いろいろな政策を入れて いろいろな組織を作っているところで

す。いまのところ二七七の市や村がそ のような町になろうとしていて、その なかのいくつかのコミュニティが欧州 エネルギー賞を受賞しています (図⑯) 。 一つの例がバットシュスナリーツで、 地熱を利用している町です。 欧州エネルギー賞は、どのようなこ とをすると受賞できるのかといいます と、学校や体育館に太陽光パネルを付 けるなどしてエネルギーの効率性を高 めることから始めて、自然エネルギー の利用をさまざまに進めていくことが 求められています(図⑰) 。 図⑱はドイツの地図で、いろいろな 色に塗り分けられています。一〇〇パ ーセント自然エネルギーの地域、バイ オエネルギーの地域、欧州エネルギー 賞を受賞している地域、逆に地球温暖 化を進めてしまっている地域もありま す。ドイツの五〇パーセント以上の地 域が何かしら自然エネルギーの計画を 立てています。一〇〇パーセント自然 図⑰

エネルギーの地域の集まりが毎年開か れていて、八〇〇から一〇〇〇ほどの 町が集まっています(図⑲) 。 ドイツには一六州あって、自然エネ ルギーがさかんなところと、まだまだ これから頑張らなければいけないとこ ろがあります(図⑳) 。その違いはエネ ルギー転換を考える上で非常に大切で す。原子力は南の側に多く、風力は北 の側で多くなっています。地域の自然 エネルギーのこれからの可能性は、ま わりにどれだけの産業があるのかとい うことを考えながら計画しなければな りません。ドイツの北の方では風力で たくさんの電力を作っていますが、そ れはその周辺で使える分よりも多くて、 送電線を作って南に送ろうとしていま す。しかし、反対の声もあって難しい ところです。南の方では太陽光をたく さん入れていますが、それだけではエ ネルギーが不足します。ドイツでは三 〇パーセントが自然エネルギーででき

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で、旦那さんのマイク・スラーデクさ んと話をして、原発がほしくないのな ら自分たちで何かをしなければいけな いと考えました。そして、自分たちの 町は小さいけれども、ここで自然エネ ルギーを生み出して、エネルギー民主

主義の場を作っていこうという考えを 打ち出しました。彼女は村の人々を集 めて、どのようにしたら地域にある原 発との契約をストップして、自然エネ ルギーを作れるのかという議論をしま した。非常に面白いのは、太陽光パネ

図⑮

図⑯

ルを導入し、バイオマスを使って電気 を生み出すだけではなく、送電線を買 うことも決めたのです。送電まで自分 たちの手で始めたことから、ドイツの 新しいエネルギー制度の考え方がこの 町から始まったと評価する人もいます。 この町は世界的に有名になり、日本語 の本も出ています。 ドイツではシェーナウだけではなく、 各地に持続可能な町ができてきていま す。ハンブルグとベルリンの間にある ジーベンリンデンは小さな町ですが、 家の上には太陽光パネルが付けられ、 バイオマスの利用が進められ、環境教 育も行われて、持続可能な町のイメー ジが作られています(図⑮) 。それに魅 かれてここに住みたいと思ったら、申 し込んでインタビューを受けなければ なりません。価値観がこの町に合わな いと入れてくれません。 ドイツ人のうちの二三〇〇万人が気 候保護のコミュニティに住んでいます。

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図⑳

ているのですが、ちょうどいいエネル ギーミックスの成功にはまだ至ってい ません。次の大きな問題です。 もう一つの問題は、ベルリンやブレ ーメンやハンブルグのような大きな都 市のある州で自然エネルギーの割合が 小さいことです。三パーセントから多 くて九パーセントです。都市に自然エ ネルギーを入れていくにはどのような 方法があるのかいまいろいろな議論が されているところです。 ドイツのあちこちの地域で、エネル ギーの協同組合を作ることが始まって います(図㉑) 。大きな会社が自分たち の町にきて自然エネルギーを導入して くれるかどうかはわからないので、自 分たちでエネルギー協同組合を作って、 お金を貯めて、投資をしてソーラーパ ークを作ったり風力のパークを作った りするということが行われています。 次は驚きのグラフです(図㉒) 。ドイ ツで再生可能エネルギーの所有権を誰

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図⑱

図⑲ 16


がもっているのかという割合を示して います。一番多いのが個人です。ドイ ツにはエネルギーの大きな会社が四つ ありますが、二〇一二年と一三年の数 字では、四社で自然エネルギーの五パ 図㉓

ーセントしかもっていませんでした。 三五パーセントが個人で、一一パーセ ントが農村です。ほかに小さな会社や 銀行があります。ドイツの再生可能エ ネルギーは草の根からということがこ

のグラフからよくわかります。でも、 将来は変わっていくと思います。四つ の大きなエネルギー会社の割合が大き くなっていくと予想されるからです。 それらの会社が洋上風力を進めていく と期待されています。 再生可能エネルギーをもっと増やす べきかどうかという世論調査が最近あ りました(図㉓) 。九三パーセントが増 やすべきだと答え、六六パーセントが もっともっとたくさん作らなければい けないと答えています。反対したのは 一パーセントだけでした。固定価格買 取制度に関して、自然エネルギーのた めに支払っている費用が適当か高すぎ るか低すぎるかという質問もありまし た(図㉔) 。ドイツ人は一カ月に八四ユ ーロの電気代を支払っていて、そのう ち一八ユーロが自然エネルギーのコス トです。このコストがだいたいいいと いっているのが五七パーセント、低す ぎるというのが六パーセント、高すぎ 図㉔

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図㉑

図㉒ 18


可能な計画があって、それが成功して いることを見せられなければなりませ ん。 都市がどうしてエネルギー転換を志 向するかというと、いろいろなメリッ トがあると考えられているからです

リットがあるとされています。私が一 番面白いと思うのは、エネルギー転換 が技術革新のトリガーとなってイノベ ーションを引き起こす可能性があると いうことです。そのことは今日のシン ポジウムのテーマと関係して非常に大 切なことだと思います。ヨーロッパの 多くの町でも、日本と同じように人口 が減ったり、高齢化社会になったりし て将来が心配されています。そのよう なところからも、エネルギー転換を進 めて自分たちの町を再開発しようとす るいろいろな考えが生み出されている のです。 ドイツにボトロップという町があり ます(図㉘) 。経済的に悪い傾向がずっ と続いてきた町です。移民が多く、雇 用が足りなくて困っていました。一〇 年ほど前に市長がこの町を再開発する にはエネルギー転換を果たさなければ いけないと考え、一〇年間で二酸化炭 素を五〇パーセント削減するという目 図㉘

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(図㉗) 。一つは、大体の町はエネルギ ーを外から買わなければいけません。 自分で作れば、エネルギー供給のセキ ュリティが高められます。エネルギー 転換には環境のベネフィットや健康の ベネフィットがあり、雇用の面でもメ 図㉗


ヨーロッパは、草の根からの都市の エネルギー転換を支持しようと、都市

都市のエネルギー転換

るというのが三一パーセントでした。

図㉕ に対して賞を出しています。二〇一〇 年に始まったのが欧州グリーン首都賞 です(図㉕) 。この賞を受賞すると都市 のイメージがすごくよくなるというこ とでかなりの競争になっています。二 〇一〇年に最初に受賞したのがストッ

クホルムでした。ストックホルムは二 酸化炭素の排出を減らし、自然エネル ギーを増やして、エネルギー効率性を 高めた都市です。二〇一一年にはドイ ツのハンブルグが受賞しました。ハン ブルグはドイツの二番目に大きな都会 で、二〇二〇年までに二酸化炭素の量 を一九九〇年比で四〇パーセント減ら すことを目標として、古い建物のエネ ルギー効率性を高めたり、ごみからメ タンガスを作ったり、 風力を入れたり、 太陽光パネルをたくさん付けたりして います。 この欧州グリーン首都賞をもらえる のは大きな町で、大きな町だけがエネ ルギー転換をしてもとても足りません ので、最近もう一つ新しい賞ができま した。欧州グリーン・リーフ賞で、二 万人から一〇万人規模の町のための賞 です(図㉖) 。二〇一六年に初めて賞が 贈られ、スペインとポルトガルの町が 受賞しました。賞を受けるには、持続

図㉖

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動対策の計画を作る委員会に参加して います(図㉚) 。ベルリンの人口は四〇 〇万人ぐらいで、自然エネルギーはい まは三パーセントしかありません。二

酸化炭素を一九九〇年比で二〇五〇年 までに八五パーセント削減するという 計画を作るので、なかなか難しいです が楽しいです。やはり自然エネルギー

を増やし、建物のエネルギー効率を高 めていかないといけません。あるいは 発電施設で出している熱を使って町を 効率的に温められないかということも 考えようとしています。ベルリンでは 一九九〇年ぐらいからごみの分別をし ていますが、生ごみは分別していませ んでした。最近になって生ごみも分別 して、世界一大きなバイオガスプラン トにもっていってバイオガスを作るよ うになりました。できたバイオガスは ベルリンのごみ収集のトラックで使わ れています。 大学にも役割があります。私の大学 でも二酸化炭素の削減目標を作ってい ますが、大学としては、それだけでは 不十分で、やはり次の世代の教育に関 連することをすべきです。先週は一一 歳から一三歳ぐらいの中学生約二〇〇 〇人を学校に呼ぶというイベントを行 いました(図㉛) 。中学生が大学にきて 何をしたかというと、自分たちの将来 図㉚

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標を立てました。とても考えられない ような大きな数字で、どうやって実現 するのかというと、市長がいろいろな 大きな会社に声をかけて町に呼び込み ました。会社にあるけれどまだあまり

使われていない技術があったら、私の 町をパイロットとして利用して、その 技術を実際に使ってみてくださいと働 きかけたところ、一〇〇ぐらいの会社 がこの小さな町にきていろいろな新し

い技術を導入して、町を未来都市に変 えていくことになりました。それに加 えて、この町の近くに新しい学校を開 いて、エネルギー転換の勉強ができる 学校として若い人を呼び集めて、エネ ルギー転換のノウハウを教育していま す。 このような例はヨーロッパのあちこ ちにあります。ヨーロッパの六七九七 の市長がサインしている誓約がありま す(図㉙) 。それらの町は二〇二〇年ま でに一九九〇年比で二酸化炭素を二〇 パーセント以上減らすことを目標とし て掲げています。とくに四〇パーセン ト以上の削減を目標にしている町とし ては、ドイツからはベルリン、ムンス ター、ハンブルグ、ブレーメンといっ た大きな町がはいっています。それら はやはり自然エネルギーを使いながら、 エネルギーの効率性を高めていこうと いう計画です。 私はベルリンの二〇五〇年の気候変

図㉙

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図㉝

ツはヨーロッパで一、二番目に電気代 が高いところです。興味深いことに、 アメリカの平均家族とドイツの平均家 族がエネルギーに支払っているコスト はあまり違いません。アメリカは電気 代が安くてたくさん使っているのに対 して、ドイツは電気代が高いために家 庭で節電に力を入れていて、その結果 大体同じくらいの支払いになっている のです。 全部のドイツ人がエネルギー転換に 積極的というわけではありません。ド イツ人はプロテストが好きだと最初に いいました。エネルギー転換へのプロ テストもあります。風力発電に反対し ているグループがあります(図㉞) 。反 対があるのは、外部から投資して風力 発電所を作ろうとするときです。自分 たちの手で自分たちの地域で風力発電 をしようとするときには反対はほとん とありません。もっと大きな反対は高 圧送電線のようなインフラを作るとき

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を考えたのです。最初に地球温暖化の 話とか、技術的にどのような新しい発 展があるのかという話を聞いてから、 将来自分はどのような仕事をするのか、 そのときに地球温暖化の問題、エネル ギーの問題、資源の問題にどのように 対処したらいいのかを考えてもらいま

図㉛ した。次の世代の興味を開くためにこ のようなプロジェクトを五年前ぐらい から行っています。 これまでのところ、ドイツは自然エ ネルギーを進めることがよくできてい ると思います。次の大きな問題は、い まお話した都市です(図㉜) 。大きな町

図㉜

も小さな町も変えなければなりません。 どのようなビルにするのがいいのか、 どのような交通体系にするのがいいの か、町の計画と地球温暖化、そしてエ ネルギー転換を関連させて新しい技術 を入れていきます。二年ぐらい前に環 境省の組織が変わって、これまで自然 エネルギー部が環境省に入っていたの がエネルギー省に移り、替わって都市 開発部が環境省に入りました。環境の 面で都市が重要だということです。

エネルギーヴェンデのこれから

ドイツのエネルギー転換にはコスト がかかっています。ドイツ人が支払っ ている電気の値段は、一キロワット当 たりで、二〇〇七年には二一ユーロセ ントであったのが二〇一三年には二 八・七ユーロセントになりました(図 ㉝) 。二〇一四年はもう少し高くなり、 二〇一五年は少し下がりました。ドイ

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図㊱

図㊲

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図㉞

です。ドイツ人は結構景観を気にして 反対します。もしも地上ではなくて地 下に送電線を埋めると、コストが二倍 から一〇倍ぐらいも高くなります。で も、こういうプロテストがあることに よって新しい考えが出てきて、いまま で考えられてきたほどにはたくさんの 高圧電線は必要ないのではないかとい う議論が出てきています。地域ごとに 自分たちで電気を作る可能性があるか らです。 日本では問題にならないことで、ド イツで大きな問題となってきているの は、脱原発だけではなくて脱石炭です (図㉟) 。 脱石炭がまだあまりなされて いないのです。去年は新しい法律を導 入して、石炭工場に税を付けようとし ていたのですが、反対があってうまく いきませんでした。決められたのは、 一番古い石炭発電所は止めて、風力が 足りないときのために残しておくよう にするということでした。私は風力発 図㉟

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図㊴

ギーがかなり増えました。風力、バイ オマス、太陽光、水力です。しかし、 石炭と褐炭がかなりあって、原子力も 残っています。 皆さん、一つだけドイツ語の言葉を 覚えておいてください。エネルギーヴ ェンデです(図㊴) 。ドイツの政策のな かで大切なものの一つで、たぶんこれ からもずっと続く政策であると思いま す。

司会 どうもありがとうございまし た。 では続きまして、九州大学大学院工 学研究院主幹教授、都市研究センター 長、馬奈木俊介様より「新国富 の考え方に基づく自 Inclusive Wealth 然資本経済社会」と題して基調講演を いただきます。

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図㊳

電に反対している人の声を聞くと、そ れよりも石炭に反対した方がいいので はないかといつも思います。石炭鉱山 の環境へのインパクトは風力発電より も大きなものがあるからです。 ドイツの自然エネルギーへの転換が 果たしてうまくいっているのか、それ ともどこかに駄目なところがあるのか、 きちんと点検する必要があります。数 年前からモニタリングプログラムを入 れて、連邦政府レベルでも各州別のレ ベルでもモニタリングが行われていま す(図㊱) 。二酸化炭素の排出は減って きていますが、最近はその減り方が鈍 くなっています(図㊲) 。原子力発電所 を停止して、二酸化炭素を出す石炭を より多く使う必要が生じたからです。 そのために、二〇二〇年までに四〇パ ーセント削減するのが結構きつそうで す。 二〇一五年のドイツの電力生産を見 ていただきますと(図㊳) 、自然エネル

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オプションでも再生可能エネルギーは 推進するということは変わっていませ ん。 このような目標に対応する政策は二 つあります。一つは炭素税に相当する グリーン課税です。二酸化炭素一トン 当たり三〇〇円弱の課税が燃料に入っ ています。もう一つが固定化価格買取 制度(フィード・イン・タリフ)です。 固定化価格買取制度に関連しては、太 陽光発電などで認可は下りたけれど実 際には動いていない計画がたくさんあ るのが問題になっています。再生可能 エネルギーの普及が進んできましたの で、これまでは支援していた価格を今 後はどれぐらいのスピードで下げてい ったらいいのか議論されています。大 きく二つの変更点が考えられています。 第一が入札制度です。大規模な太陽光 発電などを行う場合には本当に適切な 価格での支援が必要で、そのためには 高すぎてはよくありませんし、低すぎ 図①

ては誰もやらないということになって しまいます。適切な価格での入札制度 を作っていこうという方向での議論が あります。第二が、地熱や水力といっ た長期のプランニングが必要なものに 対しては、入札制度ではなくて、あく まで長期的なサポートが必要だという ことです。いま計画しても実際に作り 始めるのは数年後で、そのときの価格 が大事なので、長期で価格を決めてい こうという方向に変わりつつあります。 すでに認可は得たけれども発電を開 始していない太陽光発電の計画は、実 際に発電されているものの四~五倍も あります。実際に開始しないものであ るのなら、取りやめることをどのよう にして認めていくかということが大事 になってきます。取りやめが認められ なければ、新たな投資がしづらくなっ てしまいます。ある一定期間で発電を 開始するといっていたものが、実際に 発電されるのならば太陽光発電量は増

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■基調講演2

の考え方に基づく

h t l a e W e v i s u l c n I

新国富 自然資本経済社会 馬奈木俊介 まなぎ しゅんすけ

る上で大事なことを背景としてお話を します。図①の左側が国内的な話で、 地球温暖化対策計画があって、一〇年 後、二〇年後、そして四〇年後を目標 とした短期と長期の議論があります。 短期の目標は二〇二〇年時点で二酸化 炭素の排出量を二〇〇五年に比べて 三・八パーセント減らします。原子力 発電がどのようになるのかわからない ということを踏まえて、あまり強い目 標をもたないというのが現在の政策側 の姿勢です。つまり、経産省の考えに

九州大学大学院工学研究院主幹教授、都市研究センター長

皆さま、こんにちは。今日は、われ われの研究グループが自治体や国の 方々とともにどのようなことをしてい るのかという内容と、事業者の方々に 向かってこういうことをしていきまし ょうと提案して回っている内容につい て紹介させていただきます。

再生可能エネルギーの国内事情 まず、国際的な情勢および国内の情 勢について、エネルギー・環境を考え

近いところで、三・八パーセントとい う数字になっています。その一方で、 二〇五〇年までに八〇パーセント削減 するという非常に大きな数字が出され ています。これは環境省の考え方で、 長期においては大きな削減を達成する という意思を示しています。現時点で は多くの点で不明確なこともあるので すが、長期的な大きな削減目標は維持 しているのがいまの方向性です。ちな みに、原子力がどうであれ、どの政策

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いうある種の憂いも生じます。 そしてさらにもう一つ注目すべきこ ととして、気候変動、再生可能エネル ギーにプラスして、自然の資本、つま り生物多様性あるいはエコシステムサ ービスも合わせて一緒に考えていくと いうことの重要性が増してきています。 日本の国内では、震災以降、気候変動 への関心が薄れて、再生可能エネルギ ーへの関心が非常に高まったことが、 アンケート調査などからわかっていま す。また、気候変動に関してIPCC (気候変動に関する政府間パネル)と いう専門家の取り組みが国際的にも大 きく認められたことから、生物多様性 に関して同じように専門家の知見をま とめていくIPBES(生物多様性及 び生態系サービスに関する政府間科学 政策プラットフォーム)という国際的 な取り組みが始まっています。気候変 動、再生可能エネルギー、生物多様性 について人々が取り組んだ結果、ある いは政策として取り組んだ結果をエビ デンスとしてきちんと把握して、より よくするために活かすという方向性が 出されています。

再生可能エネルギーのこれから 再生可能エネルギーの国際レベルで の展開は図②のようになっています。 注意していただきたいのは、縦軸が一 〇の何乗という目盛になっていて、上 にいくほど一気に値が大きくなります。 変化のスピードをわかりやすくするた めにこのようなグラフにしてあります。 この図から二つのことがわかります。 一つは、太陽光、風力、バイオといっ た再生可能エネルギーが非常に速いス ピードで伸びていることです。 ただし、 上のほうにある石油、原子力、天然ガ スとのギャップはまだまだ大きなもの があります。もう一つは、五〇~六〇 年の流れでみれば、石油なども過去に

は同じようなスピードで増えていった ということです。一定のレベルまでは 順調に伸びて、その後は少し伸び悩む という傾向があります。 再生可能エネルギーのシェアは、世 界レベルでは、図③の左側にあるよう に、今後非常に進展すると推測されて います。ここには日本は載せていませ んが、アメリカ、EU、中国で大きく 伸びていきます。右側の図は費用の削 減傾向です。一五年から二〇年程度で 現状から半分ぐらいになります。新し いもっとすぐれた技術が出てくればも っと下がる可能性があります。風力発 電で熱も一緒に供給するようなシステ ムなどが考えられるかと思います。 気候変動に対応するときに、いまで も主として産業レベルでの取り組みが さかんに議論されて、地域レベルでの エネルギーへの取り組みはこれまでは それほど注目されてきていませんでし た。たとえば、日本が技術的に強い自

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えます。また、取りやめることが認め られるのなら、代替する別の太陽光に 支援するということになって、そちら の方で発電量は増えます。 結果として、 どちらも増えていくという方向になり ます。

再生可能エネルギーの国際事情 一方で、国際情勢は少し違った意味 合いをもっています。気候変動に関す るパリ協定で、 アメリカ、 ヨーロッパ、 中国など主要な国々が低炭素化をより 進めていくという方向性を打ち出して います。ヨーロッパは他国が削減しな くても自分たちは削減するといってい ます。アメリカはシェールガスの開発 が進んだことと、省エネが進んだとい う二つの大きな理由によって、自分た ちもやれるとわかったので低炭素を進 める方向を選びました。中国には気候 変動政策というものは存在しませんが、

大気汚染対策、再生可能エネルギー政 策、原子力政策によって低炭素化が進 められています。大気汚染に対して健 康対策を進めれば、結果的に大気汚染 物質が減りますし、石炭から違うエネ ルギーを使うようになるので気候変動 に対してもいいということになります。 中国では、太陽光・風力などは輸出目 的で推進しています。太陽光は比較的 民間の力で、風力は国の企業で進めて います。原子力は明確に輸出目的で、 政府支援で高度なレベルの技術開発を、 先進的な企業の最新の技術をうまくま ねをすることで進めていて、輸出競争 力は非常に高くなっています。日本の 企業が他国に輸出しようとするときに 大きなライバルです。 国際情勢でもう一つ注目すべきはニ ューノーマル、新しい常識です。この 言葉は、リーマンショック後に経済が 低成長となったときに出てきた言葉で、 いまはエネルギーの業界でも用いられ

ています。どういうことかというと、 たとえばインドでは多くの人がエネル ギーにアクセスできていません。その 人々のことはとりあえず置いておくと、 いますでにエネルギーにアクセスでき ている人々に対してなら、いまもって いる再生可能エネルギーで十分にまか なえるだけのものがあります。 つまり、 再生可能エネルギーは少ないのではな くて、キャパシティとしては十分多く あって、ただ活用できていないのだと 見ることができます。そのようなこと が、インドだけではなくて多くの国で あります。 これがニューノーマルです。 このことから、再生可能エネルギーが これからどんどん導入されるというよ りも、いますでに設置されもの、ある いはいまあるプランをいかに活用する かということが大事であって、量とし てはすでに十分な供給があるので、再 生可能エネルギーの価格は今後そんな には下がっていかないのではないかと

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動車に対していかに取り組んでいくか というようなことが一例です(図④) 。 この図で、左側はガソリン車、右側は 電気自動車です。将来の技術進歩だけ ではなく、今後想定されるガソリン価 図④

格の変動、それに炭素税や排出権取引 による炭素の価値化で、実際の市場が どのように変わるのかというシナリオ を、私たちは自動車関連の会社と共同 研究しました。ハイブリッド車はすで に市場に入っていますが、プラグイン ハイブリッドも含めて問題なく社会に 貢献し、企業の収益目的にもかないま す。電気自動車は、電気代と低炭素に 関する課税の度合いによって変わって きますが、一〇年、二〇年で元が取れ るぐらいになるだろうと予測されます。 その一方で、燃料電池車には未来は ないという結果でした。燃料電池はい まの技術をどのようにレベルアップし ても、元が取れるほどまでにはうまく はいかないのです。いま考えられてい る燃料電池車を改良していくよりも、 技術の基礎研究を充実させて、元から 考え直した方がいいというのが結論で す。燃料電池を進めたい会社との共同 研究でこのような結論を出したために、

私の研究はそれで終わりになってしま いました。あまり正直にいうものでは ないということを学びました。 私はそれであきらめたわけではなく て、いまは自動運転自動車の需要の研 究をしています。多くの人は、今後九 年ぐらいたてば自動運転自動車に乗り たいということをいいます。自動運転 自動車の需要は、いま想定されるほど の費用は払いたくはないけれども結構 あるとみています。一番怖いのは事故 にどう対応するかです。保険制度を含 めて考えようと共同研究を進めていま す。

地域経済と 国連の持続可能な開発目標

次に、今回のシンポジウムのテーマ である地域経済に視点を移して、いか にエネルギーを利用し、自然資本をよ くしていくかということについて、自

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図②

図③ 34


ムを作るということです。 このような点で、富山市は成功した 事例である思います。富山市はコンパ クトシティ、またはスマートシティと して非常に有名ですけれども、そのよ うな言葉が最近注目されているから自 分たちのところでもやってみようとい うことで進められたのではありません。 もともとは健康に対してよいまちを作 ろうといところから始まって、問題点 をきちんと把握しながら進められてき たのです。その過程で、エネルギーを どう利用するかということも都市の取 り組みとして非常に大事であるという ことになって、LRT(軽量軌道交通) を活用した交通システムが考え出され るなどしました。計画を実施しつつデ ータを分析して、技術の応用でも人の 反応でもパフォーマンスを見て、それ をフィードバックして次を考えるとい うプロセスを大切にして進捗をはかっ てきました。そして国連からすばらし 図⑦

い都市であるということで賞をもらう に至りました。

ESG投資と企業の評価

二番目の話題がESG投資です。環

境( Environment ) 、社会( Social ) 、 )にきちん ガバナンス( Governance と配慮している企業に投資するのがE SG投資です(図⑦) 。環境、社会、ガ バナンスに関連した数多くの項目で自 分たちの会社のパフォーマンスを上げ ることが多くの人から投資を得られる ことにつながります。これらの点で自 分たちがどのようなパフォーマンスで あるのか、特に大きな会社では想定し うるライバル企業との比較はすでにな されていると思いますし、ESG投資 に沿った考え方が、国連の持続可能な 開発目標でどのように見られているか ということに興味をもっていると思い ます。自分たちの企業の環境対策、社

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( SDGs )でどのようなものが地域に 関連するのかお話します。国連の持続

治体レベル、政府レベルでどのように 評価し、そして企業の事業者レベルで どのように考えいくのかということを 紹介させていただきます。図⑤に挙げ た順番に三点お話します。 まず、国連の持続可能な開発目標

図⑤

可能な開発目標を地域レベルに落とし たときに大事なものがいくつかありま す(図⑥) 。ここで取り上げたいのは、 一つは、対象とする地域がいかにレジ リアントであるのか、要は住みやすい

図⑥

ところになりうるのかということ、も う一つは、パートナーシップをいかに 組んでいくかということです。一つ目 に関しては、スマートという言葉を使 ったスマートシティなどがよくいわれ ていて、自然を生かした心地よく住み やすいまちをつくることが目指されて います。よりよいまちづくりをするこ とは、国連目標という大きな目標と一 致するので、自治体としてもより推進 する理由になると思われます。 もう一つのパートナーシップについ ては、いかに早い段階からステークホ ルダーを入れ込んでいくかということ が大切です。 以前のように一方向的に、 行政が計画したものについて合意を市 民や事業者から得るというのではなく て、地域がどのような課題をもってい て、それをどのように解決するのかと いうことを、 市民の方々、 事業者の方々 と早い段階から話合いをして、合意を 得ながら話を進めていくようなシステ

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県や市の首長、あるいは行政の都市計 画、環境、社会保障、交通などの部門 の担当の方々に包括的な豊かさについ ての説明を進めています。 そして、事業者・企業の方々が提案 する技術やインフラが地域で応用され ると、どのようなESG投資の反応が あるのかということを見ていきたいと 考えています。総合評価が一番高いも のがESG投資の反応が一番いいと私 たちはいいたいのですが、場合によっ ては、そうではなく、ある一つの項目 がよいと反応がよくなるということが あるかもしれません。しかし、一つの 項目がとくにいいというときには、何 らかの副作用があるということも理解 しながら進めていきたいと考えていま す。 例えば、地域のバス交通を評価する ときに、バスには非常に大きな補助金 が出ているので、それをやめてお金を 別のことにまわした方がいいのではな

いかということがあるとします。バス はほとんど誰も運んでいなくて空気を 運んでいるようなものだから廃止して、 これまでバスを使っていた人にはタク シー券をあげても予算が余るので、そ れを別の環境への取り組みや健康への 取り組みをした方がいいのではないか というようなことです。しかし、バス に慣れた人にとってはそこが憩いの場 となっていたり、バス停まで歩いてい くことが健康にとっていいものあった りするかもしれません。それらも総合 評価に入れることによって、特定の部 局を超えて自治体のなかで広くよりよ い代替手段を議論することが可能にな るでしょう。 このような評価の仕方を、ノーベル 経済学賞を受賞した人も含めて執筆し ています。あえてノーベル経済学賞受 賞者といいましたのは、よくわからな いインデックスをでっちあげていると うさんくさく思われがちなので、そう

ではないとすぐにわかっていただくの にノーベル賞というのは非常に大きな メリットがあるからです。

包括的な豊かさの日本のランキング

包括的な豊かさの評価の結果をいく つか紹介します。包括的な豊かさはフ ローではなくてストックを評価します。 図⑩に金額で示された包括的な豊かさ が何を含んでいるかというと、丸ビル のような建物などのインフラの価値を 評価した人工資本、森林や石油・石炭・ ガスなどの資源の価値を評価した自然 資本、教育などの価値を評価した人的 資本です。次のレポートでは人的資本 に健康も入れようとしています。 総額ではアメリカが一番大きくて、 日本、ドイツ、中国の順になっていま す。変化率がオレンジ色で示されてい て、われわれとしては包括的な豊かさ を上げていくのが望ましいと考えてい

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会対策、ガバナンス対策が国連の持続 可能な開発目標と関連づけられるので あれば、ESG投資において高い評価 が得られる可能性があります。 問題点は、ESG投資で評価する項 目が多すぎることです。国連の持続可

図⑧

能な開発目標もやはり項目が多すぎま す。総合評価する手段がいまはまだな いので、われわれはそのための手段を 提案しようとしています。それが三番 目の話題です。

図⑨

新国富を用いた総合的評価

総合的評価に用いるのが新国富、あ るいは包括的な豊かさです。これは環 境、教育、健康といったものも通常の 経済の枠組みに入れ込んで、金銭単位 で評価していこうとするものです。私 たちは二〇一四年の一二月に国連のプ ロジェクトとして新国富の報告書を書 きました(図⑧) 。その結果をもとに科

』などでも紹介し、国 学雑誌『 Science 連の持続可能な開発目標の総合評価は 包括的な豊かさで行うべきだと提案し ています(図⑨) 。 包括的な豊かさに関して、国レベル での統計がデータベースに載せられた として、最終的に大事なのは地域単位 で活かしていくことです。実際にデー タを地域や企業が活用していけるよう に、地方創生の取り組みのなかに入れ 込む努力を私たちはいましているとこ ろです。国会議員、地方議会の議員、

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ラの改築をいかにして持続可能なもの にするかということが、人工資本をよ りよくするだけでなく、その地域をよ り住みやすい場所にして価値を上げて

いくことつながります。人工資本をよ くすることと、健康・教育・自然とが いい意味でリンクすることによって、 さまざまな価値が上がっていくという ことが重要になります。 人的資本は、ここでは教育だけです が、 日本は非常に高くなっています (図 ⑫) 。しかし、自然資本は低いです(図 ⑬) 。その理由は単純で、化石燃料がな いからです。化石燃料を外した自然資 本のランキングを見ると少し異なる結 果になります。 一人当たりランキングを見ると日本 は低いです(図⑭左) 。単純に人口が多 いからです。面積当たりでは日本は上 の方にきます(図⑭右) 。一人当たりで は北欧の小さな国、そして石油がある 国が高く、面積当たりでは発展してい る小さな国が高い結果となっています。 国内に当てはめて健康の価値も含め た総額のランキングが図⑮です。 ちなみに、われわれのこうした取り 図⑭

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ように、いろいろな土木建造物を作っ てきた結果がこれだけのストックにな って残されているということです。今 後二〇~三〇年でくるであろうインフ 図⑬


ます。上げれば上げるほどより持続的 なものになると捉えています。日本は 変化率が小さく、ロシアはマイナスで

図⑩ す。中国はプラスで高く、アメリカは ほどほどです。 人工資本という普通にいうところの

図⑪

モノだけを評価したランキング (図⑪) では、日本は高いレベルにあります。 日本は昔から土建国家といわれてきた

図⑫ 40


図⑰

福岡のように両方とも高い地域もあれ ば、山口、北海道のように両方とも低 い地域もあります。大事なのは、GD Pで見ているだけではもれてしまうも のが結構あるということです。GDP と包括的な豊かさはお互いに相関する ので、経済が強いと包括的な豊かさも 高いのですが、それがすべてというわ けではないので、自然や健康や教育も きちんと見ていくことが大事です。 自然資本について日本全体の値の過 去二〇年の変化を示したのが図⑰です。 伸びているのが、濃い緑色で示されて いる森林の木材の価値です。木がある こと自体によって人の喜びがあるとい ったエコシステムサービス的なものは 薄い緑色です。農地が赤、漁業が青色 です。増えているものもあれば減って いるものもあり、総額としては少し減 っています。 都道府県ごとに自然の価値を経済価 値で直した総額(緑色)の小さい順に

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組みは、ウェブで「新国富、馬奈木」 で検索していただきますと、新聞や雑 誌に書いたものご覧いただけるように なっています。

地域ごとに見た包括的豊かさ 次に地域ごとの違いを見ます。図⑯ は、横軸にわれわれが提案している包 括的豊かさの成長率を示し、縦軸にG DPの成長率を示しています。東京、

図⑮

図⑯

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図⑳

左から並べたのが図⑱です。小さい県 は一人あたり一年間に五〇万円ぐらい の価値しかなくて、大きな県はその何 倍もあります。二酸化炭素の排出によ って世界レベルで気候変動に悪影響が 出ますので、その悪影響分(黒色)を 差し引く計算をすると、悪影響の値が 大きいのは経済活動が大きい東京、大 阪、神奈川、愛知などです。一部の地 域では、自然価値は大きいけれど、二 酸化短素の排出による損失は低いとい うところもあります。 自然資本の経年変化を見ます (図⑲) 。 どんどん下がっている県が左側に並ん でいて、東京、香川、長崎などです。 逆に増えているのは、山口、岐阜、島 根などです。 自然資本の割合がどれぐらいあるか を示したのが図⑳です。左から森林の 価値が低い順に並べてあって、岐阜、 島根、広島、京都のように高い県は右 側にあります。

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図⑱

図⑲

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東京について詳しくみますと、緑で 示されている自然の価値は一〇年ごと に減っています(図㉑) 。その一方で、 二酸化炭素による損失分は、経済活動 が増えているので増えています。自然 資本全体に占める二酸化炭素の分が点 線で引いたもので、もとは二、三割だ ったのがいまでは五割程度になってい ます。全体のなかにおける二酸化炭素 の重要性が増していることがわかりま す。 このような地域ごとの計算をいくつ か進めています(図㉒) 。一つの例が福 岡です。私はいま福岡に住んでいて、 政令指定都市で一番人口が伸びている 都市です。もう一つの例が、政令指定 都市だけど人口が一番減っている北九 州市です。両方を合わせて中規模地域 として見ていきたいと思います。水俣 市のように人口が減っている都市、あ るいは沖永良部のような離島など、代 表的な地域を選びながら、そこの自治 体の方、関連する企業の方と全体の値 をより増やすにはどのような政策がい いのかということを議論して進めてい ます。 ちなみに、自然の価値をどのように 計算しているのか簡単にいいますと、 みんなが平均的にどれぐらい大事だと 思っているのかといったことから経済 価値に直しています。ある特定の人が そこの自然にはすごい価値があると思 っていても、平均的にあまり価値があ ると思われていなければ低い値になり ます。今後、環境教育、再生エネルギ ーの教育を進めていって、みんなが自 然をより価値のあるものであると捉え るようになれば、自然の価値は一〇倍 にも二〇倍にも増えていくということ があるでしょう。 今後大事なことがデータ化です。わ れわれがやりたいこととして、地域の 方々、企業の方々とある技術を普及さ せた場合、またはある取り組みをした

場合に、最終的にどのような反応があ ったら成功といえるのか、あるいはも っとよりよい課題があったといえるの か、そのようなことを見てとれるよう にしたいと思っています。図㉓はその 一例で、 『エコノミスト』の記事です。 データ化によって市場的な価値がどれ だけあるかを示しています、上から教 育・交通・消費者製品・電力・石油・ ガス・健康・消費者金融で、データ化 をさらに普及させることでもっと価値 を大きくできると考えています。 一つの方向性としては、新しい電力 の規制緩和を進めることによってさら に効果的に収益を上げて、再生可能エ ネルギーを普及させる取り組みがあり ます。大事なのは、自治体レベル、地 域レベルで直面している課題をあれも これも入れていくというのではなくて、 できるだけ対象で明確にして、どうう まくやるかという考え方を整理するこ とです。

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図㉑

図㉒

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ことになるでしょう。また、タブレッ トを普及させることで、電力の使用量 をチェックするだけでなくて、健康チ ェックにも使えて、総合的なライフプ ランとして提案することも可能になる でしょう。 このようなやり方は、電力の小売り の規制緩和後は非常に効果があると期 待されています。過去の一九九五年以 降の電力・ガスの規制緩和においても すでに成果を挙げていて、企業ごとの データを分析すると、企業の生産性つ まり競争力は、規制緩和によって上が っていることが示されています。合併 によっても効果が上がっています。端 的にいって、ガス会社であれば、小さ なガス会社が大きな会社と一緒にやる ことによってより包括的な新しい再生 可能エネルギープランを提案できる可 能性があるということです。 図㉔

課題設定をきちんと行う

最後になりますが、大事なのは地域 できちんとした課題設定をすることで す(図㉕) 。例えば富山市では、健康と いうものを大事にしていくということ がまずあって、そのなかから再生可能 エネルギーをいかに使うかということ が出てきて、コンパクトシティという 用語を使ってそのプランを推進してき ました。コンパクトシティのためにプ ランを進めたのではなく、市のなかで 何が大事かをきちんと見つけてそれに 取り組んだということです。プランを 立てて進めるに当たっては、きちんと データ化し、そのデータを分析するチ ームが富山にあって、その分析した結 果を自治体にフィードバックするメカ ニズムがありました。福岡県のみやま 市の事例でも、 自分たちの取り組みが、 地域の自然環境、または健康、教育を よりよくしていくということがまずは

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図㉓

例えば、みやま市という福岡県のな かで合併した市があって、九州大学と 協力して、規制緩和後にどのようなエ ネルギーオプションがあるのか、再生 可能エネルギーも含めて電力を供給す るメカニズムを提案しています (図㉔) 。 市が出資しているみやまスマートエネ ルギーと協力して再生可能エネルギー を入れて、もちろんすべてのエネルギ ーを太陽光やバイオマスから得るのは 現時点では難しいので、九州電力から も入れて、需給調整をみやま市のなか で進めます。最終的によりよい電力プ ランは、電力を売るだけではなくて電 力と水供給を両方一緒に売るとか、土 日はほとんど家にいない家庭に対して は設定を変えるなどして家庭ごとに一 番効率的な使い方ができるようにする とかして、全体として使用量を減らす ことができるプランです。それができ れば市民の方々にとってもいいし、電 力会社にとっても収益が上がるという

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■講演1

といったら、実際にそれを行う地域の 事業主体であると考えまして、私には ビジネススクールで学んだ経験もあり ましたので、事業を行う側に入ってみ ようと思ったのが始まりでした。 以来、 中小規模のプロジェクトをいろいろな 方々の協力を得て進めてきた結果とし て、省エネルギーあるいは再生可能エ ネルギーが継続的に導入できるのは地 域である、というのがいまの私の結論 です。 最初の事業は長野県の飯田市でした。

エネルギーミックスの方向性と 地域社会システムデザイン やまぐち かつひろ

山口勝洋 サステナジー株式会社代表取締役

地域で事業を興すには 私は、省エネルギーあるいは再生可 能エネルギーを実際に地域に導入して、 地域が主体になって長期的に運用して いくということを実践してきました (図①) 。かつては、経営や技術コンサ ルティングの仕事をし、それより前に 大学では化学工学を勉強しました。二 〇〇四年ごろに、日本で、省エネルギ ーあるいは再生可能エネルギー分野を 進めていくのに何が一番足りないのか

飯田市のNPOの方、市の職員の方と ご縁があって、環境と経済の好循環の まちのモデルを作るという環境省から 三年間の支援がいただける補助事業に 応募して、 企画競争で採択されました。 そのころは、太陽光発電は一キロワッ ト当たり六〇万円もかかり、採算性が 悪いといわれていた時代でした。省エ ネルギーの一二カ所の事業、太陽光発 電の三八カ所の事業、合わせて五〇カ

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じめにあるということが大切です。 多くの人にとって自分がどこのまち に住むかというときに大事なのは、健 康であったり教育であったり、自分た ちが暮らしていく上でより多くの可能

図㉕

性を長期的に担保してくれるかどうか ということにあるでしょう。そのこと をきちんと把握して、よりよくするメ カニズムを自治体の方々、そして企業 の方々ととともに進めていきたいとい うのがいま私がしていることです。そ ういったことをきちんと総合評価して 数値化することが必要であると私は考 えています。たとえ数値化に多少あや しいところがあっても、ないよりは多 くの場合にましです。総合評価として 包括的な豊かさを数値として示し、自 然資本の位置付けを明確にして、それ をいかにして上げるかということを取 り組んでいきたいと思っています。

司会 ありがとうございました。 それでは続きまして、サステナジー 株式会社代表取締役、 山口勝洋様より、 「エネルギーミックスの方向性と地域 社会システムデザイン」と題してご講 演をいただきます。

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図②

デザインに関わるようになったという のがここまでの経緯です。今日は、現 場の人間の立場からのご紹介ができれ ばと思っています。 事業を行うに当たっては、技術的な こと、経済性、工事をどのように進め るかなど、実にいろいろなことを考え て取り組んでいかなければならないの ですが、とくに大切なのは、地域のさ まざまな方に賛同していただくことで す。そのためには、どのようにしたら 地域にとっていいプロジェクトになる のかということを統合的に考えなけれ ばなりません(図②) 。地域の方々と一 緒に論点を出すところから一歩ずつ進 めて、大きなマスタープランをプロデ ュースしていくということが一番のや りがいを感じています(図③) 。

種子島のプロジェクト

種子島の西之表市で現在進行形中の

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図①

所の事業を一つに合算して採算が合う ようなプロジェクトにするということ を、民間単独ではそれだけの取りまと めはなかなかできないのですが、 行政、 市民団体、私も含めた民間の人間が協 力し合って実現しました。 それで、これはもしかしたらいいや り方ではないかと思っていたところ、 ご縁あって次に岡山県の備前市で、そ の少し後には岩手県で事業に関わるよ うになりました。最初は市民出資で、 ご賛同いただける方が自分で出資して、 それに国の補助金をプラスするという ことであったのですが、岩手の事業か らは、地域の事業には地域のお金を活 かそうという趣旨で、地域金融機関と の協同として、盛岡信用金庫や石巻信 用金庫が融資してくださることになり ました。 そして、武内先生からお声を掛けて いただいて、鹿児島県の種子島でスマ ートエコアイランドのプロジェクトの

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ただいたりしています。 エネルギーの持続可能型な未来のか たちは何かというのは、あまり直観的 には出てこないものです。地域の現状 を見ているだけではすぐに思い浮かば ないようなかなり違った未来が実はあ るのかもしれません。さきほどのドイ ツの事例のような相当にいいお手本が あっても、必ずしも日本のなかで情報 が紹介されているわけではありません。 地域で議論するときに、上手に外から 情報をインプットすることも必要です。 種子島のような離島や他の過疎地域で は、日本全体よりも問題が先進してい るということがあります。離島はいわ ば課題先進地域なのです。ということ は、日本をリードするような先進的な 取り組みができるということなのです。 その点でも外からの視点は大切である と考えています。

交通を変える 島で使うエネルギーを大きく分ける と、交通、熱、電気です。エネルギー 消費の固まりを大きく三つに分けて将 来のデザインを考えます。図④の左側 には交通について描かれています。高 齢化や人口減少が進むなかでも、島の 人たちは、みんなが集まってコンパク トに暮らすよりも、いままで通りの集 落に住み続けたいと考えています。だ としたら、高齢者の方々の足を確保す る必要があります。島を周回するコミ ュニティバスとか予約制デマンドタク シーとかがすでにあります。埼玉県の 川越や秩父地方で成功しているバス会 社の方に講演にきていただいたりしな がら、利用度をどれくらい上げられる かということを考えていきます。島に 観光にくる人の利用と融合させながら、 利用度のアップを図ることはありえま す。島にくる人の七割が港からで、残

りが飛行機です。島に着くと、多くの 人がレンタカーを借りて散っていくか、 島の南にロケットの打ち上げ基地があ るのでそちらにいくか、あるいは船で 屋久島に渡るかという状況です。島に は観光資源が結構あるので、島のいろ いろなところに立ち寄ってもらうよう なコースを作るなどして、島にもっと 滞留してもらうようにするということ も一つの課題です。そもそもの交流人 口を増やすとか、地域に落ちるお金を 増やすとかの策も考えるのです。 交通ハブが町の中心にあるという格 好で、住民の移動、観光客の移動の動 線を意識して交通のあり方を考えます。 移動の手段として自転車を使えば当然 省エネになります。自転車の基地を一 カ所町の中心に作り、他にもいくつか 自転車のある場所を点在させることが 考えられます。プラグインハイブリッ ド車や電気自動車を導入して、それを 優遇するようなことを考えれば、エネ

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図③

プロジェクトについてご紹介します (図④) 。 エネルギーについてだけ考え るプロジェクトというのもありえなく はないのですが、それですとまちづく りのほかの大事なところが抜けてしま うおそれがあります。例えば、温水を 使って地域に熱を供給するには、道路 を掘り起こして配管を埋める必要があ ります。であれば、そのために商店街 で道路を掘るときに同時に電線の地中 化も行って、見た目もよくし歩きやす くすることも一緒に考えたらいいので はないかと思うわけです。電柱が立っ ていると、車椅子の人が歩きづらいか ら、電線を地中に埋設できないかとい う声が前々からあったりします。その 議論が必ずしも成熟しているわけでは なくても、地域熱供給の計画をすると きに一緒に拾い上げて、少なくとも論 点を出して、相乗効果を考えるのがい いと思います。そのような働きかけを 私どもからして、集まって検討してい

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図⑤

の南の紫波町に、県の住宅公社がもっ ていて開発できずに塩漬けになってい たところがありました(図⑤) 。地元出 身で、国土交通省の外郭団体にお勤め になった方が町に戻ってきて、そこに 役場を移転させるとともに、民間のお 金を最大限使って商業施設を作って、 公民合築でまちづくりをするというこ とになりました。せっかくだから地域 熱供給も入れようということで、私も 代表をしている紫波グリーンエネルギ ーが民間の会社としてこの地域の地下 に配管をはわせて、市役所の暖房・冷 房、民間施設の暖房・冷房・給湯、住 宅の暖房・給湯をすることになりまし た。まち全体を新しく作るようなチャ ンスはなかなかありませんから、その ようなときに自然エネルギー化を計画 して入れていくことが大切です。四年 間ほどああだこうだと協議をして、膨 大な実務を詰めて、ようやく実現しま した。できあがってみて、やはりやっ

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図④

ルギーの観点とまちづくりの観点が合 わさって、いい計画ができていくよう になると思います。 自転車、車の相乗り、車やバスと自 転車の連携とか、どれもお決まりの内 容のようではあっても、実際に行政と 民間が本気で一体になってプロジェク トを進めているところはそうありませ ん。現在、島では一世帯に二台、三人 に二台ぐらいの自動車があって、個人 個人で乗用車やトラックを乗り回して いる状況です。それをいかに省エネ型 に変えるかというのが第一の課題です。 次いで充電式にするとか、バイオガス のCNG(圧縮天然ガス)車やバイオ ディーゼルとか、燃料からの再エネ化 につながる技術を順次入れていくこと が考えられます。

熱の利用と物質循環

エネルギーの二つ目が熱です。盛岡

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た価値があったと思います。 もう一つの事例は気仙沼で、二つの 温泉ホテルがあって年間数千万円ぐら いの重油・灯油が使われていたのに対 して、熱と電気を合わせて供給する熱 電併給にチャレンジしました(図⑥) 。 地下に配管を敷設して熱を送ると、 そこでの放熱がありますから、投入し たエネルギーに対して最も効率が高い 利用というとことではありません。そ れなのになぜやるのかというと、図⑦ の左側にエネルギーの質を図示してい ます。電気や動力はエネルギーの質が 高く、化学エネルギーがその次で、熱 は宇宙に捨てられる手前の状態で質が 低いものです。熱は、ほかに使い回し がきかなくて、熱としてしか使えませ ん。冷房、暖房、給湯で必要とするの はせいぜい四十数度とかその程度で、 気温との差はあまりありません。それ に対して電気や化石燃料など質の高い エネルギーを使うよりは、質の低い未 図⑧

利用の熱があるのなら、たとえ数字上 の効率がよくなくてもそっちを使った 方がいいのではないかということです。 発電機の廃熱、工場の廃熱、ごみ焼却 の廃熱、あるいは中国で大量普及する 低温で集めるだけの太陽熱とか、そこ にあるもの、あるいは取りやすいもの を使えるようにするといいのです。そ れを個々の家でやろうとしても設備的 に難しいので、地域でまとまることで 使えるようにするのです。 このような熱の利用を種子島の西之 表でもいま計画しているところです。 エネルギーとして質の高い電気は電気 でなければならないところで使い、熱 ですむところは熱でやろうというのが ここでの考え方です。 現状では、木質バイオマスで大きな 蒸気タービンを回して発電しても、熱 は捨てているという例がたくさんあり ます。その熱を使いましょうというこ とにすると、発電効率は若干下がるか

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図⑥

図⑦ 58


図⑨

図⑩ 61


もしれませんが、総合的な効率は高く なります(図⑧) 。ヨーロッパで普及し ているタイプでは発電効率が一九パー セント程度で、ドイツで出てきた小型 のものでは二三パーセント、高いもの では三〇パーセント近くになっていま す。熱を捨てる発電だけの場合には、 熱を得るために別途重油等を焚くこと になります。自然エネルギーの利用の 面で地域を進化させるには熱電併給を 考えたいのです。 地域でのバイオマス利用でもう一つ 大きいのはバイオガス(有機廃棄物の メタン発酵)です(図⑨) 。原料になる のは、 地方では家畜の糞尿が多いです。 家畜の糞尿に含まれている窒素、リン 酸、カリは肥料成分でもあるので、化 学肥料に代わって有機肥料として使う ことができます。地域の物質の循環を デザインすることにもなります。でき た肥料はジャガイモの畑で使えるのか、 お米に使えるのか、従来の化学肥料と

比べてどれだけメリットがあるのか、 収率が下がったりしないのか、一つ一 つ検討して勉強会を開いて実際にやっ ている農家さんに話をしてもらったり して、地域の人たちと一緒に進めてい るところです。これは農家から農家へ と物質を循環させる流れをつくること になります。外から化学肥料をもって くれば、それは化石燃料とお金を使っ て固定した窒素なわけですから、持続 可能性のためには手間がかかっても地 元での資源循環を大切に進めていこう としているところです。 種子島の地域熱供給事業案で、図⑩ の縦軸の下側にパターンBとあるのは、 比較的集めやすいところでまずバイオ ガスを使うというものです。そこから スタートして、理解が進めば、拡張し て次のパターンAへといければいいと 考えています。土地の確保がどこまで できるかということをいま検討してい て、横軸に二つの場合が書いてありま

す。中心市街地で行うか、市街地南で 行うかということです。どちらかにバ イオガスを入れ、入らなかった方には 木質の熱源を入れていこうと考えてい ます。さらにその近隣には、既存のデ ィーゼルの発電所があったり、清掃セ ンターのごみの焼却場があったりしま すので、それらも行く行くは活用して いきたいと考えています。ヨーロッパ では原子力発電所の廃熱も地域熱供給 に利用しているという例もありますの で、いろいろ障壁があるかとは思いま すが、使えるものは協議をして使って いくべきではないかと思います。

電気系統に求められる柔軟性

エネルギーの三つ目が電気で、ここ で考えなければいけないのは電力の系 統です(図⑪) 。種子島では全国に先駆 けて、再生可能エネルギーの売電抑制 がかかりました。ゴールデンウィーク

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のような電気の使用量が減る時期に、 五月など日照の良い時が重なると、太 陽光発電のしすぎが予測され、明日は そちらの太陽光発電所は送電網から切 り離してくださいということが現実に 生じました。太陽光発電の比率はまだ 六パーセント程度でそのようなことに なったので、 これから数十パーセント、 ゆくゆくは八〇パーセント、究極的に は一〇〇パーセントになるとすれば、 送電の系統をいかに制御していくかと いうことを真剣に考えなければなりま せん。ドイツでは地域の公社が配電網 を買ったという話が結構ありますが、 種子島ではいまは太陽光など再エネ発 電者が九州電力と対峙するようなこと になっています。対話する関係を作っ ていかなければなりません。新たな関 係を作るにしても、こちら側の考えを きちんともっていなければならないの で、問題をいま整理しているところで す。

そのときに、電気を使う側と電気を 作る側とで如何にして需給の柔軟性を もたせられるかということが大切であ ろうと考えています(図⑫) 。電気を使 う住民や事業所を、集合化といってい ますが、 グループとして取りまとめて、 需要と供給のマッチングに参加できる ようにするというのがこれから大事な テーマになってきます。過剰に発電さ れた分は蓄電池を入れて貯めれば解決 できるのですが、蓄電池は高価なもの なので最後の切り札です。電気が足り なくなりそうになったら使う側で冷房 を送風運転にするとかし、逆に電気が 余りそうになったら充電のできる車に 貯めるとか、みんなで系統の需給状態 に応答していくのがマッチングであり、 デマンドレスポンス(需要側応答)と 言います。それを促すように、時間に よって変動する価格設定をすることも あります。デンマークでは風力が吹き 過ぎる時間は電気の価格をマイナスに

設定して消費を促しています。 自然変動電源(太陽光・風力)は発 電量がどうしても変動します。全体の 発電量の調整をいまは火力発電で行っ ていますが、将来的には再生可能エネ ルギーで行っていけないと、高い率で の再生可能エネルギーの利用は実現し ません。一つありうるのは木質のコジ ェネレーションで調整するということ です。バッファとなれるような余力を もたせるには発電機を大きくしなけれ ばなりません。設備利用率は下がるの ですが、地域で見ればそれがベストと いうことはあるでしょう。バイオガス も同様に、能力を大きめにしてガスホ ルダーで貯めて、必要なときには多め に発電するような運用が考えられます。 太陽光発電でも集光型で蓄熱ができ るタイプがあります。アリゾナなどの サンベルトといわれる日射の特に多い ところで行われています。デンマーク でも集光型太陽熱利用が、商業化に近

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図⑪

図⑫ 62


図⑬

図⑭ 65


いところまできています。蓄熱型です と発電する時間を選べますので、活用 したいです。 これはまだ私が妄想している段階で ありますが、地図を見てハッと思った のは種子島から二〇キロぐらいのとこ ろに屋久島があって、ここには水力発 電が五万八〇〇〇キロワットもありま す。デンマークがたくさんの風力発電 を入れられているのには、ノルウェー に大きな水力発電があって、双方で補 完関係になっているということがあり ます。同じように、種子島と屋久島で 補完関係を作るのは、面白いと思いま す。 このようにデザインを考えるのは楽 しいですが、現実は結構大変です。日 本では再生可能エネルギーというと太 陽光が一気にたくさん始まって、種子 島でもメガソーラーが大きく導入され、 風力はわずかです(図⑬) 。太陽光の発 電量は日中に大きなピークができます が、需要のカーブには大きなピークは ありません。供給と需要の調整は系統 が小さいと大変です。ハワイでは実際 に難しいことになっています。これ以 上太陽光が増えると調整がきつくなり ますから、風力ももっと入れるべきで す。地域全体で見てのデザインが必要 です。 図⑬の右上にあるのがカリフォルニ アの例で、全体の需要から太陽光の発 電量を引いたものはアヒルのような形 をしていてダックカーブと呼ばれてい ます。太陽光発電が落ちてくる午後の 三時ごろから夕方にかけて、落ちる分 を補うためにものすごい量の別の発電 を立ち上げなければなりません。逆に 供給過剰になる時間帯もあります。そ れに対応するために蓄電池の量的な導 入も始まっています。ハワイでは、昼 間に発電する太陽光は一回蓄電池に入 れて夜に流すような、極端なことにな ってきています。再生可能エネルギー

を単純に増やせばいいという時代は終 わったということです。

地域の事業主体に求められるもの

以上のようなデザインを考えて実際 に事業化するには、先ほど飯田市で五 〇カ所が二カ年度の間にまとめられた と話しましたが、機敏に動く事業主体 がなければなりません(図⑭) 。事業主 体には、ファイナンスができる人間も いれば技術力のある人間もいるという ことで、継続的に事業を運営していく ことが必要です。そして、地域のなか でいろいろな呼び掛けをし、賛同を得 ていくことが大切です。広域的な議論 ができる協議会のような場があって、 そこに能力や経験のある事務局的な事 業主体が加わって、個々の事業者とと もに一緒に進めていくのがいいと思い ます。 もう一つ大切なこととして、ものに

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図⑯

〇〇万円で、私たちみたいな専門家は 一部に入るだけで、過半が地元の方と いう事業主体を作って、地元の発意と して盛り上げていけるのがいいと思っ ています。

司会 どうもありがとうございまし た。 では続きまして、大阪大学大学院工 学系研究科環境エネルギー工学専攻助 教、松井孝典様より「再生可能エネル ギーミックスの多目的最適化と生態系 サービスのシナジー利用」と題してご 講演をいただきます。

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図⑮

よって採算性が異なるということがあ ります(図⑮) 。単独で考えれば、木質 の大規模発電は採算性がいいけれど、 地域熱供給は採算面では地味だという ことになるでしょう。それで木質発電 だけを進めてしまうと、熱に消費して いる化石燃料対策など、他のことが進 まなくなります。地域熱供給はコスト がかかるけれど、全体として合わせれ ば採算が取れるというような広い視野 で見ることがぜひ必要ではないかと思 います。 また、資金供給は重要なことで、地 域金融機関と組むとともに、実際にエ ネルギーを使う人の側、今までエネル ギーをあまりよく知らなかった人も、 気持ちさえあれば地域の人々みんなが 参加できるような、事業の組み方の枠 組みをつくることも大切です(図⑯) 。 それもある意味で地域のインフラをつ くることだと思います。 私どもの経験では、例えば資本金一

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図①

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という地理情報システムが整理されて います。それを先ほどの再生可能エネ ルギーの情報と合わせると、各市区町 村がどれぐらいのエネルギー資源をも っているかということがわかります。

図②


■講演2

再生可能エネルギーミックスの多目的最適化と 生態系サービスのシナジー利用 松井孝典 まつい たかのり

可能エネルギーを最適に混ぜる方法を どのようにして決めればいいのかとい う問題について、学生と一緒にずっと 悩んでいて、 今でも悩み続けています。 本日は今までにたどり着いた一定の成 果を一度共有させていただければと思 っています。 こちらの地図をごらんください(図 ①) 。 これは新潟の佐渡島周辺の地図で、 洋上風力発電、陸上の風力発電、太陽 光発電、水力発電といった再生可能エ ネルギーの電力ポテンシャルがどこに

大阪大学大学院工学系研究科環境・エネルギー工学専攻助教

すみません、難しいタイトルで。私 はエンジニアで、今日の発表のなかで は毛色が違うかもしれないので、スパ イス感覚で聞いていただけるとうれし いです。

再生可能エネルギーを 最適に混ぜるには 今日どうしてここに私が参加させて いただいたかといいますと、もうすぐ 四年目になるのですが、地域別に再生

どれくらいあるかというのが示されて います。このデータは、環境省の再生 可能エネルギー導入ポテンシャルやN EDOのバイオマス賦存量・有効利用 可能量として公開されています。ここ には一二五種類のエネルギーが規模 別・場所別などの情報が示されていて、 この情報を初期値として使おうとまず 考えました(図②) 。 一方で、全国には一七四二の市区町 村があり、基礎自治体の境界がどこか

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図④

ものだろうかとずっと悩んでいます。 それで、今回参考にしたのは、一次 エネルギーについて経済産業省が重視 していている考え方で、 3E+Sです。 エネルギーミックスを組むときどうい う視点を盛り込まなければいけないか というのが3E+Sです。三つのEの 一つ目はエネルギー・セキュリティで、 安定的に供給できなければいけない、 二つ目のEがエコノミック・エフィシ ェンシーで経済効率性がないといけな いということです。最後の三つ目のE がエンバイロメントで、環境に適合し たエネルギーでないといけないという ことです。エネルギーを得るために環 境破壊をおこしたのでは本末転倒にな ります。森林を切り開いてメガソーラ ーを作ったが、大雨が降ったら土壌ご と一緒に流れてしまったというのでは 何もなりません。最後のSは安全性、 セーフティです。 この3E+Sを参考にして、六つの

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図③

かつ、資源エネルギー庁の都道府県別 エネルギー消費統計をみれば各市区町 村がどれぐらい使いたいのかという情 報も得られます。 ここにごく簡単な制約条件をかけま す(図③) 。エネルギーはもっている分 以上には使えないとか、屋根にパネル を貼るときには、電気パネルか熱パネ ルかどちらかしか貼れないとか、再生 可能エネルギーのすべてを発電にまわ して電力効率を上げるのか、それとも コジェネレーションにして電力の一部 をあきらめて熱を稼ぐのか、系統電源 への接続容量の限界があるのかといっ た条件です。それらの情報が揃えられ ると、再生可能エネルギーをどうミッ クスしたときにどのような社会像にな るかを数学的に記述できるようになり ます。そうしますと、いろいろなエネ ルギーをどのように組み合わせたらい いのかという問題は、何かの目的を決 めて、その目的が最大になる組合せを

計算で解けばいいという最適化問題に なります。ここで大きな問題に直面し ます。一体何を最適化すればいいのか ということです。 再生可能エネルギーのミックスをど う解くかというのは世界的に非常に重 要なテーマになっています。基本的な 流れとして、一つは、その地域で再生 可能エネルギーをどれぐらい投入した いかというゴールを設定して、それを クリアした上で経済性を最大化すると いう問題にするというもの、もう一つ は、黒字制約のもとで二酸化炭素の排 出量を最小にするという問題にすると いうものがあります。エネルギー系の 論文に見られるモデルは大体このよう なストーリーが主流になっています。 しかし、環境・社会・人間から構成さ れる人間環境複合系を最適化するとい う持続可能性科学の視点からは、エネ ルギーとお金と二酸化炭素の三側面だ けでエネルギーミックスを組んでいい

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図⑥

種類のエネルギーの賦存量がそれぞれ がどれくらいあって、民生および農業 生産という生活のベースを守るエネル ギーの需要がどれくらいあるのかとい うのが出てきます(図⑥) 。エネルギー をいろいろな組み合わせで使ったとき に、六個の指標がどうなるのか計算で きます。われわれの地域ではとくにこ ういう視点を大事にするということが あれば、そのときにはどのような組み 合わせがいいかということが算出され ます。その結果をご紹介します。 一つ目の地域が佐渡です(図⑦) 。特 に風力エネルギー資源のポテンシャル が高く、木質系・草本系バイオマスも あれば、太陽エネルギーもあるという 多様な再生可能エネルギーミックスを 組める可能性がある地域です。それと 対照するもう一つの地域がわれわれが いまいる丸ビル周辺の千代田区丸の内

地区です 図(⑧ 。)この二つの地区でど れくらいポテンシャルがあるかという

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指標をわれわれは立てました(図④) 。 例えばセーフティでは、そもそも再生 可能エネルギーは安全なエネルギーで あることが一般的なので、そのエネル ギーを使うということ自体がセーフテ ィに寄与します。経済収支では、化石 燃料代替便益、固定価格買取制とかラ

図⑤ ンニングコストなどのデータが集まっ てきていて、エネルギーの種類別に収 入が計算できます。エネルギー・セキ ュリティでは、系統との接続に問題が 起こらないようにいろいろなエネルギ ーをまんべんなく混ぜるのがいいとい うことでシンプソンの多様度指数でエ ネルギーの多様性を評価しています。 再生可能エネルギーをどれくらい使 えばどれくらいの二酸化炭素が減るの かというのはエネルギーの種類によっ てかなり違います。例えば畜産の糞尿 のような水分の多いバイオマスは一般 的に二酸化炭素の削減効果が少ないで す。それでも、廃棄していたようなも のが資源としてもう一度戻されるとい うのは、物質循環の観点からは重要な ことです。 特徴的な話としては、風力発電のバ ードストライクがあります。風力発電 のブレードが一定範囲のなかの鳥やコ ウモリなどの飛翔性の生物を撃ってし

まう可能性があります。また場所によ っては風力発電施設を立てると本来な ら草木が生えている場所を踏みつける ことになります。それら風力発電が周 辺に与える影響を計算します。 こうした制約条件を付けた多目的最 適化問題というかたちで数理モデルを 組んだのがうちの研究室の大学院生が 開発を進めている再生可能エネルギー ミックスシナリオ設計支援環境です

(図⑤) 。もとの英語名は「 the Renew -able Energy Regional Optimization Utility Tool for Environmental 」 、その頭文字を取って、 Sustainability 化石燃料に依存した社会からの「再出 発」を祈念してリルーツ(REROU TES)と付けました。

佐渡島と千代田区の結果

リルーツの具体的な挙動は、ユーザ ーが分析対象の地域を選ぶと、一二五

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こしていきますと、世代が進むについ て右上へとあがっていき、最終的には これ以上にはいくことができない限界

のラインが見えてきます。このライン はこれ以上再生可能エネルギーを多く したかったらお金をあきらめてくださ いというトレードオフ関係が表現され ており、これをパレートフロントとい います。この図は二次元で示してある ので、われわれ人間でもパレートフロ ントが認識できますが、 実際の計算は、 六個の指標が張る六次元空間で最適化 をかけてパレートフロントを見るとい うことになります。 千代田区の結果は、一万個体が一〇 〇世代の交配を繰り返して見えている パレート面が示されています(図⑩) 。 再生可能エネルギーを横軸に取ったと きに、他の指標とどういう関係になっ ているのかというのが左側のグラフで す。経済性では、再生可能エネルギー を使えば使うほど赤字になります。太 陽光で電気を稼ぐよりも熱を稼いだ方 がエネルギーの導入量としては大きく なるのですが、電気には固定価格買取 図⑨

制(フィード・イン・タリフ)があっ ても熱にはないために、電気を稼ぐ方 が優先されてしまうようなトレードオ フが生じます。再生可能エネルギーを 入れれば二酸化炭素は削減できるけれ ども、生態系とか生き物のバイオマス 循環とはほとんど関係がなくて、入れ れば入れるほど一種類のエネルギーに 帰着して多様性が減るような関係が見 えています。 この結果は、赤字を覚悟しますかと いうことをいっているのではなくて、 丸の内は実は「熱フィード・イン・タ リフ」のようなものを入れる特区とし て非常に向いているというメッセージ が読み取れるのではないかと思います。 具体的な数字を入れたのが図⑪で、モ デルにノイズがあるので数字自体はそ れほど意味がありません。縦軸が再生 可能エネルギー導入量で、横に五つの シナリオが並べてあります。再生可能 エネルギー利用率は最高でも一二パー

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と、佐渡で一番大きいのは洋上風力で す。とにかくこれが大量にあって、そ れに並んで陸上の風力があります。太

陽太陽光エネルギーはそれほどポテン シャルが大きいわけではありません。 そうすると佐渡では風をいかに使うか

図⑦

ということがポイントになります。エ ネルギーの需要側は再生可能エネルギ ーのポテンシャルに比べてかなり小さ なボリュームですので、うまくやれば すばらしい未来が見えてくるというの がわかります。それに対して、丸の内 はわずかなポテンシャルしかありませ ん。民生業務部門での大きな需要があ って、電気が欲しくてたまらないとい う状況です。 では最適解はどうなるのか。ここで は進化計算という技術を使っています。 図⑨はその概念図で、まず一二五種類 のエネルギーをどれぐらい使うかとい う個体群をランダムに生成します。そ れに対応して各個体で六つの評価指標 がどのようになるのかを算出します。 図中の右上の個体ほど、たくさんもう かってたくさんエネルギーが使える強 い個体です。右上に近い場所にいる強 い個体たちを淘汰によって選択して、 それを遺伝的に交配して突然変異を起 図⑧

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図⑫

図⑬ 77


図⑩

図⑪

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図⑮

しい状態を作ってくれます。それによ ってわれわれの社会は、資源をいただ いたり、安全をいただいたり、健康を いただいたりします。鎮守の杜のよう な森があれば、そこが祭りの場になっ て、ソーシャルネットワークを築くと いうことにも関与します。 今回、計算したのは、森林から木材 および木質燃料がどれぐらい取れるか という木材供給サービス、光合成によ って空気中から炭素をどれぐらい貯め 込めるかという炭素固定サービスです。 森林は光合成によって空気中の二酸 化炭素を体のなかに貯め込むわけで、 これは生態系サービスの言葉では炭素 固定サービスといっています。それに 対して、われわれが森林から木材を取 り出すと、森林にあった炭素が森林の 外に出ていきますので、木材供給サー ビスが得られるのはいいけれど、森林 は細るというトレードオフが発生しま す。

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セントで、そこからは赤字覚悟で熱を 入れますか、それとも程よくやめます かということです。 佐渡は非常に悩み深い結果です(図 ⑫) 。 左上にある再生可能エネルギーと 経済性のグラフを見ていただくこと、

図⑭

あるところまでは再生可能エネルギー を入れれば入れるほど経済性も上がっ て、 ウィンウィンの解となるのですが、 あるポイントを超えるとお金をあきら めて再生可能エネルギーを上げていか なければいけないというようなことが 見えてきます。そして、再生可能エネ ルギーを入れば入れるほどエネルギー ミックスの多様性は減っていき、再生 可能エネルギーを入れ続けると、佐渡 の生態系にどんどん手を入れていかな いとならないということです。 実際の数値を見ていただきます(図 ⑬) 。 赤い網掛けが濃いほど望ましいと いうことです。再生可能エネルギーと お金を重視しながら生態系に大きく関 与するか、それとも再生可能エネルギ ーの導入はそこそこでやめますかとい う二つの大きな道があります。 では、そのときに佐渡のトキはどう なるのでしょうか。バイオマスは使え ば使うほど生態系をいじめることにな

るので、トキのためにはバイオマスは 使ってはいけないという話に帰着する のでしょうか。そんなことは全然あり ません。使い方によっては生態系もハ ッピーで、人間社会もハッピーである というウィンウィンの関係を組むこと ができます。

森林生態系の最適利用

次に、うちの大学院修士学生が森林 生態系を中心にシナジーモデルを組ん だ例をご紹介します(図⑭) 。 馬奈木先生のお話でも少し出てきま したが、生態系サービスのコンセプト を見ていただきます(図⑮) 。これは国 連が世界に向かってこのフレームワー クを共有しましょうと二〇〇五年ごろ から出している考え方です。生態系の 側で物質循環がうまく行っていると、 生態系は食べ物や水を出してくれ、空 気をきれいにしてくれ、かつ風景の美

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をバサッと一気に切って、木材を大量 に取り出し、そしてもう一回植えると いうのでローテーションを組む主伐・

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う間伐です。主伐を四〇年から九〇年 の間で行うローテーションの長さで、 横方向がどれくらいの間伐をやるかと いう強度で、格子点のところに当たる 全てのシナリオを根こそぎ計算すると

図⑲

再植林です。もう一つは、森林のなか が木で詰まってきたら質の低い木を取 り除いて、残った木を太く育てるとい

図⑱


今回は、和歌山の有田川および日高 川地域で、周辺に温泉施設およびスプ レー菊の施設園芸があります(図⑯) 。 ここで、森林生態系の動態と林業をシ ミュレーション上で再現するモデルを

図⑱ 使って、二〇〇〇年から二一〇〇年ま でにどのような森林との関わり方をす ると何が起こるかをシミュレーション

してみました(図⑰) 。 森林との関わり方に二つの大きな要 素があります。一つは、ある地区の森

図⑰

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AIとともに

うことを考えますと、図⑳のような解 が得られます。この図はちょっと見に くいのですが、炭素がどれぐらい山に 貯まり、木材がどれぐらい取れて、燃 料として賢く使うというのを三次元空 間で考えると、炭素収支の観点から一 番いいのは九〇年という長伐期で主伐 をするローテーションのなかに強度が 高めの間伐を入れて山に関わることだ ということになります。 ) 人です。AI( Artificial Inteligence です。AIは電気を主食とする生命体 として、二〇四五年に生まれることが 予想されています。AI研究の界隈で は、AIが実装された社会像が本気で 議論されていて、非常に複雑な持続可 能性の問題に対して、AIを使ってい ろいろなことを解決する技術開発のプ ロジェクトをこの間立ち上げたところ です。それもすごく楽しい話なので、 また別の機会にどこかでお話をさせて

ら先はどうしたらいいのだろうかと思 い巡らせているところです。一つの答 えとしては、いろいろな地域のステー クホルダーが徹底的にもんでいただく ことだろうと思って、今いろいろな地 域のいろいろな方々とディスカッショ ンを進めています。 少し話が飛躍するのですが、ここに 新たにステークホルダーとして入って ほしいなかまがいます。高次元情報を 統合して答えを導くのが一番得意な友

このようなことをやってみていま感 じているのは、地域の再生可能エネル ギーシステムや森林管理では、多目的 最適化はとにかく難しいということで す。今回の森林の計算の例ではあくま でも炭素量としての最適化の話しかし ていなくて、実社会ではこの裏には経 済性があり、雇用があり、人々の生活 があります。それらも考えて、ここか

いただくことがあればと思っています。

司会 どうもありがとうございまし た。 それでは最後に、日経BP社日経エ コロジー編集&環境経営フォーラム生 物多様性プロデューサー、富山大学客 員教授、藤田香様より「自然資本を活 用したビジネスと持続可能な企業経 営」と題してご講演をいただきます。

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図⑳

いうことを行いました。 森にどれぐらい炭素がたまるのかと いう炭素固定サービスと、木材がどれ ぐらい取り出せるのかという木材供給 サービスの関係を見ると、先ほどのパ レートフロントができています (図⑱) 。 木材を取りすぎると山は細ってマイナ ス側に入ってしまいます。どこが最適 なのかということはこの段階では決め られなくて、木材をどのように使うの かという需要を考えに入れないといけ ません。 森林から木が伐り出されると、木の 太い上質な部分は建材および家具とし て使われてまちのなかに貯め込まれ、 端の部分は燃料として使われます(図 ⑲) 。 このうち燃料効率が一番いい木質 パウダーが二酸化炭素の削減効率が大 きく、それは温泉で使って、それに次 ぐペレットは施設園芸で重油ボイラー の代わりに使い、一番非効率なバイオ マス発電で都市に電気と熱を送るとい

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う掘り起こすかということです。 一点目については今日はあまり語り ませんけれども、一つだけお話してお きますと、自然資本プロトコルという もののドラフトが昨年発表されて、今 図①

年の七月に正式発表されることになっ ています(図②) 。これは、企業活動が サプライチェーンの自然資本にどのよ うな影響を及ぼしているのか、定性 的・定量的に評価するものです。これ

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には国連のFAO (国連食糧農業機関) 、 世界銀行、WBCSD(持続可能な開 発のための世界経済人会議)などの非 常に重要な団体が絡んでいます。ちょ っと注意しておいた方がいいのは、企

図②


■講演3

自然資本を活用したビジネスと 持続可能な企業経営 ふじた かおり

藤田 香

ー』でもよく取材するホットなトピッ クです。特に二〇一二年のリオ+20 の地球サミットで自然資本が大きく取 り上げられてから、企業経営のなかで も自然資本という言葉がよく出てくる ようになりました。その場合に、とく に二つの意味合いがあります(図①) 。 一点目がサプライチェーン管理です。 企業がグローバル経営をして、いろい ろな地域からいろいろな資源をもって きて活用しています。そのときに、大

日経BP社日経エコロジー編集&環境経営フォーラム生物多様性プロデューサー、 富山大学客員教授

本日は自然資本を活かして地域を活 性化するというテーマです。私は主に 生物多様性や自然資本を専門としてき ました。再生可能エネルギーを活用す る場合、しない場合の両方を含めて、 生物多様性や自然資本に関係するビジ ネスを紹介できればと思っています。

自然資本と企業経営 自然資本は、私たち『日経エコロジ

気、水、生態系、土地などの地域の自 然資本にどれだけの負荷をかけている のかということをきちんと管理して企 業経営をするのがサプライチェーン管 理です。二点目は、今日はどちらかと いうとこちらが主眼だと思うのですが、 日本の地域の自然資源・自然資本を活 用して、それを再生可能エネルギーと 一緒に組み合わせながら、生物多様 性・自然資本に配慮したビジネスをど

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より効率的に使おうという取り組みで す。 まず一点目。日本で自然資本という と、お魚とかお米とか森とかが非常に 重要なのですが、とくに水産物は世界

的にも枯渇・減少していて、それに対 してどのように配慮するのか非常に大 きなテーマになっています。大手の小 売のイオンでは、生態系に影響をあま り与えずに漁獲をされた魚を認証する

国際的な認証(MSC認証)を受けた 魚を販売する取り組みを一〇年前から 先進的に始めていて、現在では、三三 品目を販売しています(図④) 。養殖魚 についてもASC認証というのがあっ て、一昨年から日本企業で初めてAS C認証の魚を販売しています。イオン では、自然資本の持続可能な調達が大 事だという認識から、リスクの高い水 産物について「持続可能な調達方針」 を策定しています(図⑤) 。 マーケットに出している側で日本で MSC認証を取っているのは、北海道 漁連と京都府機船底引き網漁連の二カ 所です(図⑥) 。養殖のASC認証は被 災地の南三陸町が日本で初めて牡蠣漁 で取得する予定でいま審査が進んでい ると聞いています。北海道漁連はホタ テのMSC認証を取っています。認証 を取るにはそれなりに費用がかかり、 漁師さんには漁網に他の動物がかかっ てしまわないように網の目をちゃんと 図⑤

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業の非財務情報開示と結び付いていき そうだということです。企業は報告書 等でESG(環境・社会・ガバナンス) 関係の情報はすでに開示していると思 いますが、昨年、日本の年金積立金管 理運用独立行政法人(GPIF)が国

図③

連責任投資原則(PRI)に署名した ように、日本でも環境・社会・ガバナ ンスに配慮した企業に投資するESG 投資がようやく活発になってきていま す。 二週間前に出席した国際会議では、 年金基金など日本のアセットに対して

図④

行ったアンケートでは、二六兆円のE SG投資をしているとの回答が得られ たという発表がありました。

生物多様性に配慮した製品

次に、地域の自然資本を活用したビ ジネスの事例をいくつか紹介していき たいと思います。四つに整理してみま した(図③) 。一点目は、生物多様性や 自然資本に配慮して製品の付加価値を 高めて販売している例です。 二点目は、 バイオマスを活用して自然資本関係の 製品を作ったり、あるいは地域のエネ ルギーとして活用している例です。三 点目は、自然資本をフックに、地域の 人と都市の人が交流をして、それがき っかけとなって新しい自然資本のビジ ネスに結び付けているような事例です。 四点目は、ICT(情報通信技術)の 活用です。再生可能エネルギーの管理 や自然資本の管理にICTを活用して

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滅しましたが、他所から導入して野生 復帰を果たしました。コウノトリが餌 をちゃんとたっぷり食べられるように、 田んぼでは減農薬や無農薬で稲作をす るように農協が主導し、協力した農家

のお米をコウノトリ米として出してい ます。農家は減農薬・無農薬だけでな く、田んぼに水を張る時期を長くした り、あるいは水を深くしたりして、ド ジョウやオタマジャクシのようなコウ

ノトリの餌を増やしています。農薬を あまり使わないので雑草の繁殖をなる べく抑える農法も用いています。コウ ノトリの餌となるような生き物がいっ ぱいいて、生物多様性が豊かなところ で作られたお米は、人間にとっても健 康的でおいしいということで好評を得 て、このまちのお米は生産・販売が伸 びています。二〇〇三年度に〇・七ヘ クタールでスタートしたのが二〇一三 年度には二三七〇ヘクタールまで伸び ていて、販売店も五〇〇店舗に増えて います。豊岡市の資料によれば、収益 性をみると、従来の栽培法では三〇キ ロの袋で収入が一一万三〇〇〇円で、 経費等差し引いた差額の所得は二二一 二円でした。コウノトリ米でとくに基 準を厳しくした無農薬のものでは収入 が一五万三四〇〇円で、差し引き所得 が五万九五〇〇円です。農家の時給で 比べても、従来のお米が一〇〇円で、 コウノトリ米は一七五〇円となってい 図⑧

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調整するなど作業上の負担がかかりま す。それでもあえて認証を取ることに したのは、海外に輸出したいという思 いからです(図⑦) 。TPPもあります

し、ヨーロッパのマーケットはMSC 認証やASC認証に対しては非常に関 心が高いということもあります。実際 にロンドン・オリンピックの調達コー

図⑥

ドでは、会場や関連施設ではMSC認 証、ASC認証の魚しか取り扱えませ んでした。木材製品や紙でも森林を適 切に管理していることを示すFSC認 証を取っているものだけしか使えませ んでした。二〇二〇年の東京オリンピ ックでも一月下旬に調達コードのため の基本原則がオリンピック組織委員会 から発表になりましたが、 環境や人権、 社会への配慮、トレーサビリティの確 保などの原則が出されています。この ようなことをビジネスチャンスである と捉えて、北海道漁連は認証を取る決 断をしたのです。また、京都府機船底 引き網漁連も、ズワイガニの漁獲が減 ったことから、水産資源が枯渇してし まったらビジネスが成り立たないとい うことで、認証を取るに至ったと聞い ています。 次にお米の話を二つ紹介します。一 つは兵庫県豊岡市のコウノトリ米です (図⑧) 。 豊岡では一度コウノトリが絶

図⑦

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91

佐渡では学校蔵プロジェクトという のがあります(図⑩) 。今日主催されて いる昭和シェル石油のソーラーフロン ティアと東京大学が一緒に取り組んで いるプロジェクトで、廃校になった小

図⑪


て、収益性が上がっています。 佐渡でも似たようなトキ米を作って います(図⑨) 。佐渡では野生のトキが 一度はいなくなったのですが、昨年の 時点で一五九羽に増えています。ここ

でもコウノトリ米と似たような栽培方 法で作ったお米をトキ米として認証し て販売しています。佐渡の認証米の栽 培面積は島のお米の四分の一ぐらいに まで増えてきています。こちらも値段

図⑨

がずいぶんと違って、通常のお米の三 倍くらいになっています。もともと新 潟県のお米は高かったりするのですが、 さらに高付加価値となって、販売店数 も増えてきています。

図⑩

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安心・安全な暮らしができるようにし ようとしています。お年寄りばかりで はなく、1LDKから3LDKまでの いくつかのタイプを揃えて、二〇代、 三〇代の子育て世代も入居していて、 いろいろな交流が生まれています。

図⑬は一の橋の中心部にある地域熱 供給施設です。五五〇キロワットの木 質バイオマスボイラーを二基設置して、 地下の配管で地域の住宅と住民センタ ー、育苗ハウスという温室に熱を供給 して、暖房と給湯で使っています。住 民センターには、郵便局、警察、それ に地域食材を使ったカフェがあります。 そこに地域おこし協力隊が六人ほど常 駐して、おいしい料理を作ったりして います。住まれている方がそこに集ま っておしゃべりするなどの交流が生ま れています。 温室では新しいビジネスが始まって いて、コンテナ苗を育てたり、シイタ ケを栽培したりしています(図⑭) 。下 川町と企業との新しい連携が始まり、 王子ホールディングスが下川町の取り 組みは面白いということで、薬用植物 の研究をここで始めています。地域の イベントが行われるようになったり、 これまでになくなってしまっていたお

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ないかと、バイオビレッジという実証 実験に取り組むことにしました。集住 化とエネルギーの自給を実現しようと するプロジェクトを立ち上げたのです。 集住化では、一人暮しの高齢者が集ま って暮らすような集住化住宅が作られ、 図⑬

図⑭


学校を酒造りの学舎にするというもの です。尾畑酒造さんという昔からある 酒造メーカーがトキ米を使い、佐渡の 杉材を利用してここでお酒をつくって います。学校の使われなくなったプー ルにCISの薄膜太陽電池を設置して

図⑫

一〇キロワット程度の電気を作って、 お酒を造るのに使う電力の二〇パーセ ントをまかなっています。このプロジ ェクトが非常に面白いということで、 都会との交流が生まれて、都会から楽 しみにここに通っている人も増えてい ます。

バイオマスの活用 次にバイオマスを活用している事例 として北海道下川町をご紹介します (図⑪) 。 下川町は人口が三五〇〇人と 少なく、町の約九割を森林が占めてい ます。二〇一三年に自然資本宣言を出 しました。簡単にいうと、自然資本を 生かして地域を創造しましょうという 宣言です。自分たちの町に自然資本が どれぐらいあるのか定量評価し、それ を見える化することで町の価値を再認 識しようということで、自然資本会計 というものを大学と協力しながら作り

ました。 ここのバイオマスは、建材などに製 品化されたり、アロマを作ったり、エ コツアーなどにも活用されていますし、 バイオマスエネルギーとしても活用し ています。町有林の四六〇〇ヘクター ルでFSC認証を取得しています。町 には六基の木質バイオマスボイラー (一〇〇キロから一二〇〇キロワット 程度)が導入され、地域熱供給システ ムとして活用されています。暖房と給 湯で、とくに役場周辺の地域と五味温 泉などの温泉施設で使われています。 下川町で最近注目を浴びているがコ ンパクトビレッジです(図⑫) 。下川町 のなかでもさらに小さな限界集落とな っている一の橋地区というのがあって、 人口一四〇人で、高齢化率は五〇パー セントです。下川町としては、悪くい えば見捨てるかどうするかという決断 を迫られ、こういうところでもお年寄 りが住んでいけるような仕組みを作れ

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が多いので、 持続的に続けていくには、 出口づくりが重要だということで、作 ったお米を丸の内のレストランで使用 しましょうということになってみたり、 木材は系列の三菱地所ホームのツーバ イフォー住宅に使いましょうというこ

とに発展してみたりと、ビジネスとし て確立していきました(図⑯) 。 現在はどういう状況になっているか といいますと、山梨県は森のほとんど がFSC認証を取っていて、これは高 付加価値にもなるということで、三菱 地所ホームでは梁の部分と二階の床組 み材にFSC認証を受けた山梨県産材 を使うということが標準仕様となって います(図⑰) 。最近では床と屋根の構 造用合板にもFSC認証の山梨県産材 を使うことになり、またオリンピック に向けてというのもあると思うのです が、二〇一六年から二〇一九年に掛け ての三年間分の床用構造用合板のFS C認証材を山梨県から調達してもらう ということで三菱地所ホームは協定を 結んでいます。そのような取り組みの 結果、三菱地所ホームで使う構造材の 国産材の比率が五〇パーセント以上に あがり、FSC認証材の比率も住宅メ ーカーでは最大級の二〇パーセントに 図⑰

なっています。

ICTを使う

四つ目の事例はICTを使って効率 的に再エネとか自然資本を活用すると いう例です。日立製作所の事例を紹介 します(図⑱) 。 「スマートビレッジi n青森」というプロジェクトです。三 つの柱があって、一つは植物工場です (図⑲) 。 地域の間伐材や畜ふんなどを 利用してバイオマスボイラーで電気や 熱を発生させて、植物工場内で活用し ています。植物工場の環境データや電 力データはICTで管理しています。 日立製作所はグランパというドーム型 の植物工場の企業と提携して環境情報 を可視化して遠隔操作できるシステム を導入しています。 二つ目の柱は、素人への農業指導で す(図⑳) 。これはとても小さな規模な のですが、五所川原農林高校と一緒に

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祭りが復活したりしています。

地域と都市を結ぶ 三つ目が地域と都市の交流で、その 事例として三菱地所の「空と土プロジ

ェクト」があります(図⑮) 。これはも ともとは三菱地所が山梨県北杜市で地 域貢献活動として始めたものでした。 耕作放棄地や荒廃した森が多い北杜市 増富地区で、三菱地所の社員や三菱地 所のマンションを買った人やその家族

図⑮

を呼んで、田んぼ体験とか、森林の間 伐などの活動をするというのが最初で した。NPOの「えがおつなげて」が 仲介して行いました。このような活動 は最初の一年、二年は盛り上がって、 三年目ぐらいからしぼんでしまうこと

94 図⑯


見を書き込んだり、双方向のコミュニ ケーションができるような仕組みにな っています。 三つ目の柱は、ITエコ実験村です (図㉑) 。 これは神奈川県秦野市と地域

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ろいろなデータを取り、また監視カメ ラを設置して動物を監視してデータを 取って、情報をクラウドに集めていま す。最終的にそのデータをどのように 活用するかというと、例えば水田を管

図㉒

の農家とNPOが日立製作所と一緒に やっている農業再生と生態系保全の取 り組みです。 ここは休耕田があったり、 森が荒廃していたりする地域で、そこ に日立製作所がセンサーを設置してい 図㉑


進めているシステムです。学生さんが 圃場でいろいろなデータや作業日誌を 入力し、それを専門の農家が見て栽培 の仕方などをアドバイスします。いま 都会では農業をやりたいとか、週末農 業をやりたいという方が増えていて、

図⑱ そのような方々をどのようにサポート すると自然資本や農業を支えてくれる ようになるかということが一つのテー マになっているのですが、それの事例 になると思います。 また、ホームページの画面で、消費

図⑲

者は、どのような人がどのような条件 で作物を作っているのかということを 見ることができて、トレーサビリティ を確認して、安心・安全な作物が購入 できます。消費者は、何キロお願いし ますというような注文を伝えたり、意

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図⑳


[

] けいすけ)

■パネルディスカッション

モデレーター

花木啓祐 (はなき 東京大学大学院工学系研究科教授、 東京大学国際高等研究所サステイナビリティ学連携研究 機構兼任教授

パネリスト

) Miranda Schreurs

[ ] しゅんすけ)

ミランダ・ シュラーズ ( 馬奈木俊介 (まなぎ

かつひろ)

かおり)

たかのり)

山口勝洋 (やまぐち 松井孝典 (まつい 藤田 香 (ふじた

司会 それではお時間となりました ので、パネルディスカッションを始め させていただきます。ここからの進行 は、パネルディスカッションのモデレ ーターの東京大学大学院工学系研究科 教授、東京大学国際高等研究所サステ イナビリティ学連携研究機構兼任教授、 花木啓祐先生にお任せします。花木先 生、よろしくお願いいたします。

花木 今日はこれまでに五名の方か ら多面的な角度からのお話を伺いまし た。そのテーマの一つはもちろん再生 可能エネルギーなのですが、全体を通 して奥に流れている基本的な考え方と して、地域の活性化はどのようして行 うのかということがあったと思います。 再生可能エネルギーの利用だけではな くて自然資本をどう使うのかというお 話や、日本全体としてどう考えていく のかということについてのお話もあり ました。

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理するときに、気温や水温と生き物の 出現時期、個体数との関係はどうなの かという解析に使えますし、最近では シカやイノシシなどの獣害が非常に広 がっていますので、どのような気温で どのような時期にどのような場所に動 物が出るのかという解析をして獣害対 策に使えるだろう、町の環境保全計画 に活用していけないかということを考 えています。 以上、駆け足でしたけれども、いく つかの例を紹介しました。最後に私か らいいたいのは、地域の活性化は、再 生可能エネルギーありき、自然資本あ りきではないということです。それを 活用することはむろん重要なのですが、 やはり主役は地域の人たちです。地域 の人たちがちゃんと主役として入って、 地域への誇りを再発見するような仕組 みを作り、馬奈木先生の話にもありま したように、幸せとかライフスタイル

の価値をいま一度再評価するような自 然資本ビジネスのあり方が重要ではな いかと思っています(図㉒) 。

司会 ありがとうございました。それ ではここで休憩を取らせていただきま す。

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を考慮した上で、どれだけの費用がか かって、社会にどれだけの需要がある のかという研究を以前にしました。初 期費用が高すぎるために、移動体とし ての燃料電池を使うような水素社会は 難しいというのがわれわれの結論でし た。われわれのモデルでは、燃料電池 のための水素ステーションをどれだけ 作るのかとか、水素をどこから作るの かとか、いろいろな条件を考慮してい ますけれども、どのように考慮しても

初期費用が高すぎて意味がなくなって しまうのです。初期費用を劇的に下げ るような基礎技術の開発をしない限り、 移動体としての燃料電池を使うような 水素社会は難しいのです。 その一方で、固定体として移動しな い燃料電池は現時点でも有効性が高い ので、引き続き推進していくことが望 ましいといえます。つまり、固定の方 は今のまま開発を続けて、移動体の方 は企業と大学が連携して基礎研究から 取り組んでいくことが望ましいと考え ています。

花木 固定でもやはり水素をどこか ら作るかという議論があると思うので すが、それも含めて望みはあるという ことでしょうか。 馬奈木 われわれが計算したのは、鉄 鋼のプラントから水素を作るシナリオ でした。当初は原発で水素を作るシナ

リオもあったのですが、原発の事故後 はそのシナリオは外しました。できた 水素を運ぶ費用を考慮しても、固定体 はいいという結果が出ています。

花木 日本中どこでもいいというこ とではなくて、条件が整っている場所 ならいいということでしょうか。

馬奈木 そうですね。

統合の流れと地方の可能性

花木 続けて、馬奈木さんには、エネ ルギー関連企業の統合についてのコメ ントもお願いします。

馬奈木 以前に私は電力やガスの企 業ごとのデータ分析をして、過去の合 併の効果や、今後の合併を考慮したポ テンシャル、あるいは規制緩和の影響 などを分析しました。また、主要な電

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これから一時間ほど、皆さんととも に議論を進めてまいりたいと思います。 まず、ここに会場の皆さまからのご意 見をいただいています。お申し込みの 際にいただいたものと、本日いただい たものと両方あります。そのすべてを いまここで取り上げるわけにはいきま せんし、また今日の講演のなかですで に触れていただいたものもいくつかあ りますので、ここまでの講演のなかで はあまり出てこなかったものを二、三

取り上げて、最初にそれへのコメント を皆さんからいただこうと思います。 一つ目は、ほかのシンポジウムでも よく出てくる質問ですが、水素社会の 実現性についてです。馬奈木先生のお 話のなかで燃料電池車は難しいのでは ないかということでしたが、水素社会 を作っていくことと低炭素社会を作っ ていくことの関係、それは再生可能エ ネルギーからどうやって水素を作るか ということがポイントになると思いま すが、そのあたりの見通しについてコ メントをいただきたいと思います。 二つ目は、石油、電力、ガスなどい ろいろなエネルギーで別々に事業が展 開されていますが、これからは複数の エネルギーを統合したビジネスが有効 なのか、あるいはやはり競争していく べきものなのか、そのあたりについて コメントをいただきたいと思います。 そして三つ目は、今日はシュラーズ 先生からドイツの例をわれわれは学ん

だわけですが、他のヨーロッパから学 ぶものはないのか。ドイツが例えばフ ランスから電気を買っているというこ とであれば、ドイツもヨーロッパのほ かの国のエネルギー施策と関係すると 思うのですが、そのあたりについてコ メントをいただければと思います。 では、一つ目について、馬奈木先生 からお願いします。

水素社会の実現性は?

馬奈木 水素社会の実現性について お話をさせていただきます。自動車に しぼった場合としぼらない場合とがあ ります。 さきほどお話しましたのは、燃料電 池の移動体としての自動車の可能性に ついてでした。燃料電池を載せた自動 車について比較的好意的に捉えている 事業者の費用情報を踏まえ、普及が進 むことで費用が削減されるということ

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はないからできるというのは確かなと ころでもあります。しかし、ドイツは フランスから電気を輸入していますけ れど、ドイツはフランス以外の国に電 気を輸出していて、全体のバランスと してはドイツは電気の輸出国です。だ から、フランスの原子力が必ずなけれ ばドイツはやっていけないということ ではないのです。 ドイツだけでエネルギーヴェンデを やっているのはありません。エネルギ ーヴェンデはヨーロッパ全体で進めて います。ヨーロッパは二〇二〇年まで に二酸化炭素の排出量を二〇パーセン ト削減することを目標にし、二〇三〇 年までに四〇パーセントを削減します。 ヨーロッパ全体で自然エネルギーを増 やして、エネルギー効率性を高めてい くためのいろいろな目標があります。 フランスはいま電気の七五パーセント ぐらいが原子力からきていますが、バ イオマスとか風力とかの自然エネルギ

ーを増やしてその割合を五〇パーセン トにまで削減しようとしています。 フランスが非常に面白いと思うのは、 デザインがとても上手だということで す。パリの地球温暖化会議にあたって いろいろな新しい風力発電のデザイン が作られましたが、私が非常にいいと 感じたのは、公園のなかでも合うよう に木のような形をした風力発電です。 本当に小さな葉っぱが動いているよう に見える風力発電です。フランスはそ ういうのをデザインするのが本当に上 手で、私たちが今まで考えていたイン フラストラクチャーとは違うかたちの ものを作っていこうとしています。 もう一ついい例だと思うのはノルウ ェーです。ノルウェーはフランスとは 逆に原子力が全くなくて、水力がほぼ 一〇〇パーセントです。オスロではそ の電気をどうやって交通に入れていく かということを進めていて、いま新し く売られている自動車の二〇パーセン

トが電気自動車です。水力発電の電気 を交通のセクターに入れて低炭素に変 えようとしているのです。 また、ヨーロッパ連合全体としての 動きがあります。ドイツだけではなく て、ヨーロッパ全体の競争力を高める ためには、新しいいろいろな技術を作 っていかなければなりません。そのた めにたくさんの大学で持続可能性を研 究するセンターを作ったり、エネルギ ーヴェンデのセンターを作ったり、会 社との共同研究を進めたりといろいろ なことをしています。新しい研究に投 資をし、コンペティションを入れたり しています。まだほかにも新しいいろ いろな例はあると思います。

ステークホルダー間の連携

花木 それでは、ここからは共通のテ ーマで順番に意見を伺っていきたいと 思います。

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力会社、ガス会社の研究会のメンバー として現場の意見を聞き、それを踏ま えたデータ分析などもしました。今度 の四月から電力の規制緩和を進めてい くのですが、それはいい意味での企業 の可能性を増やすことになります。電 力会社がガス会社を合併する、あるい は、大きなガス会社が比較的中程度の ガス会社を合併するといったことは、 経済的合理性にかない、エネルギーの 多様性の面からもプラスに働くと考え

ています。これが場合によっては、本 当に大規模な企業だけが残って寡占的 な状況になって、価格設定を高くする ようになるというのもありえなくはな いですが、基本的にはプラスになると 思います。ただし、地方では合併をす るメリットが正直あまりなくて、地方 独自の独立した再生エネルギー・ビジ ネスはうまくいく可能性はあると思い ます。 一方で、 工場プラントのレベルでは、 自家発電が非常に増えています。二〇 一一年の原発事故以降に自家発電が増 えたようによくいわれますが、その前 から自家発電は少しずつ伸びていまし た。技術的にメリットがあるので、企 業の自己判断として自家発電は増えて いるのです。エネルギーを多く使って いる事業者にとっては、自家発電は今 後も大きな可能性があると思います。

花木 なぜこの話を出したかといい

ますと、この後の皆さんとの議論のな かで、それぞれの地域で再生可能エネ ルギー・ビジネスを立ち上げていくと いう話になるだろうと思うのですが、 それらのビジネスはたぶん小さい規模 のものです。大手が合併するというこ とですから、その両者のうまい整合を とるということが議論になってくるの ではないかと思うからです。

ヨーロッパから学ぶこと

花木 それではシュラーズさんに、ド イツ以外の国から学ぶこと、あるいは ドイツとほかの国との関係などについ ていかがでしょうか。

シュラーズ ドイツは九つの国と隣 り合っていて、フランスから電気を輸 入しています。だからエネルギーヴェ ンデができるのだという批判をよく聞 きます。一国だけが孤立しているので

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ンドデザインのようなものをつくって いくことが大切ではないかという話が 出ました。例えば、二〇二〇年までに トキをこのぐらいまで増やし、トキ米 の面積はこのぐらいまで増やして、そ れで最終的にこのようなまちづくりを したいというようなことを出していか ないと、再生可能エネルギーを何パー セントにするとか、トキ米を何パーセ ントにするとかの目標だけでは人は動 かないと思います。佐渡ではトキを活 用したさまざまな製品や、さきほどの 学校蔵のような都会との交流プロジェ クトも始まっています。まちの設計図 づくりを、佐渡市役所が住民を巻き込 んで話し合いをしていくのが一つの解 決策なのではないでしょうか。そこに 向けて動いているようです。 先ほどコウノトリの豊岡市の事例も 出しましたが、豊岡市ではお米だけで はなくエコツアーなどほかのものも組 み込むことで、まち全体が活性化して います。例えば城崎温泉も合わせたエ コツアーをして、そのなかでお米作り の体験もするようなことです。いろい ろな人たちが知恵を出し合って連携す ることで、うまくいっているのかなと いう気がしています。 それと外から入ってくるという点で は、たとえば東京から大きな資本がき てこういうものをやりましょうという のと、地方からボトムアップで上げて いってこういうものをやりましょうと いうのでは、若干の齟齬が生じること もあります。地方から東京の市場にも のを出すということを考えると、数を たくさん出さなければいけないだろう し、こういうこともああいうこともで きないといけないというのがいろいろ 出てきたりして、結局は地域の首を絞 めてしまいかねないということもあり えます。だったら、東京を見ながら生 きるのではなくて、自分たちがもって いるライフスタイルや幸せみたいなも

のを発信することで、東京の人たちが 自発的にやってくるようにできたらい いということがあるのではないでしょ うか。都会の人たちが地方にきて何か 一緒にやろうというような仕組みをつ くるには、研究者やNGOが仲立ちを するということが重要なのではないか と思います。

花木 豊岡と佐渡では違うところが あり、他の場所ではまた違ったことも あると思います。そういったいろいろ な例を外の人が伝えることで、それぞ れの地域がよりよい、その場所にふさ わしい答えを見出すのに役立つという ことがあると思います。外の人は日経 BPであるとか三菱地所であるとかそ れぞれの会社の背景があって、それぞ れにいろいろなノウハウをもっていま す。それらをある地域で応用するとき には、地域の特性に合わせて具体的な 目に見えるかたちにしていくというこ

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第一のテーマは、今日は地域再生を 前面に打ち出していますが、地域再生 をするために国が考える政策があり、 自治体が考える政策があり、そしてそ れぞれのコミュニティの住民自身が考 える計画があります。それらはそれぞ れ目的も違うし、 時間の長さも違うし、 利害なども異なります。再生可能エネ ルギーに関する計画もあるだろうし、 お米をこれからどうやって作っていく かという計画もあるでしょう。ステー クホルダーとして国があって、自治体

があって、住民があってということな のですが、それらがどのようしたらう まく連携していけるのかというのが第 一のテーマです。 それと合わせて、外から企業が入っ てきたり、あるいはわれわれのような 研究者が入ってきたりしたときに、ど ういうかたちだとうまくいくかという ことも検討したいと思います。何人か の方からすでにヒントをいただきまし たが、実際にうまくいったという例が もしあればそれをご紹介いただきたい と思います。 では、 藤田さん、 いかがでしょうか。

藤田 先ほどトキ米の話をしました が、これはトキが絶滅したために、環 境省がどうにかしてトキを増やそうと 動いたのが最初でした。そういう意味 ではまず国の施策があったのです。そ こに佐渡市が自治体として一緒に取り 組むことになって、トキ米を進めてい

くことになりました。それに対する農 家の反応はどうだったかというと、す ごく前向きに捉えた農家もあれば、や ってはみたけど大変なのでやめてしま ったという農家もありました。先ほど 四分の一の面積がトキ米のために使わ れているといいましたが、いまは横ば いです。トキを守るための農業の基準 は、農薬に対する規制とか雑草対策と かいろいろと結構厳しくて、コストや 作業の手間がすごくかかるのでつらく てやめてしまったという人もいます。 当然ですが、地域の人はトキのために 生きているわけではありません。地域 の人たちは幸せになることを目指して 生きているので、国と自治体と住民の 間で刷り合わせをすることが一つの課 題になっています。 二〇一五年一一月に佐渡でシンポジ ウムがあって、私も皆さんの議論を聞 いたのですが、 現状を乗り越えるには、 何かビジョンといいますか大きなグラ

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の方々に一回お示しして終わりという ことではなくて、この結果はこういう 意味ですかとか、こういう解釈ですか という問いかけをいただいたり、うち の地域にはこういう制約条件がありま すとか、こういう思いがありますとい うのをいただいたりして、対話を進め ることによって、数理モデルが進歩し

ていくと思っています。今日お見せし たようなツールを現場にもっていきま すと、モデルのなかに隣の村長のやる 気を入れてくれとか、水利権の紛争を 入れてくれとか、そういうことをいわ れたりします。実際の現場ではそうい ったところに実は突破口があるのかな と思ったりしています。

花木 シミュレーションは県とか市 くらいのレベルで議論するときにふさ わしい道具ということになるでしょう か。 松井 ステークホルダーの皆さんの 真ん中に置いておく道具だと思ってい ます。まずはぱっと数字をたたき台と して出して、それをもんでいただくな かで、ネットワークの形成の促進や意 思決定を支援できるような格好で使っ ていただけるといいと思います。

地域としての意思と厚み

花木 山口さんは、実際の現場でいろ いろな苦労をされていて、いまは種子 島でできそうだという感じになってき ているところかと思うのですが、その ときに国の政策、地域の政策との関係 はどのようにとらえているのでしょう か。

山口 国の政策としては、例えば固定 価格買取制度が変わるということがあ ります。日本全体の動きを見てその制 度を見直すということなのですが、そ れが種子島のような特定の地域にどの ように関係してくるのかということは、 大学の先生にはそういうところが見え やすいのかも知れませんが、私どもも 努力して見ていこうとしています。地 域の側としては、まずは地域としての 意思をもつことが大事だと思っていま す。

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とが大事だということになるでしょう か。

藤田 地域にはそこの人たちが気付 いていない価値や未利用資源がたくさ んあると思います。それを教えてあげ られるのが外の人で、東京の視点も当 然必要です。しかし、やはり地域の人 たちのニーズや思いをくみ取ることの できるキーパーソンが重要だと思いま す。

シミュレーションの活かし方 花木 松井さんからもコメントをい ただけますか。 松井 いまのキーパーソンに関連し て申し上げますと、環境モデル都市と いうのを皆さんご存じでしょうか。環 境的にすばらしい取り組みをなさって いる都市を五〇ほど選定されました。 われわれのチームで富山、宮古島、飯 田、檮原の四カ所にヒアリングしまし た。エネルギー資源だけではなくて、 環境資源全般をよりよくするステージ にどのようにして入れたのかというこ とを聞いて、 いろいろ計算をした結果、 地域社会のトランジションに共通する 四つの要素が毎回出てきました。 その一つ目が、まず地域の人が危機 感をもつということがベースとしてあ りました。二つ目が、その危機感の下 でさまざまなネットワークがキーパー

ソンに集中して、フラッグシップにな るということでした。三つ目がそのネ ットワークのなかで自然資源・人工施 設資源・人的資源を活用し、地域のシ ンボルを作り、そして四つ目が、国の ような大きなところから圧力をかける かたちでモデル都市に華々しく成長し たりするということでした。キーパー ソンは大事ですけれど、さらに発展し ていくところでは自治体、そして国と の連動が大切だというのがすごくあっ たのです。

花木 松井さんの研究ではシミュレ ーションをしていますけれど、そのよ うなことをするのが学術分野の役割か なと思いつつ、その結果を個別の市民 が使うにはちょっと抽象的すぎるよう なことはないでしょうか。道具として どういうところで使えるのでしょうか。

松井 シミュレーション結果を市民

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の指標にすることで、それぞれの中身 がやや見にくくなっているような気も するのですが、いかがでしょうか。い まここでテーマとしている再生可能エ ネルギーを増やしていくというところ からすると、石油も自然資本に入って いるというのは少し違うような感じも します。 あるいは、再生可能エネルギーのあ るプロジェクトを行ったからといって、 包括的富の数字が急に変わるわけでも ないですよね。とすると、自分たちの 置かれている状況を把握したり、再生 可能エネルギーを開発したり、あるい は農業を促進したりするときに、包括 的富はどのように使うのが賢いのでし ょうか。

馬奈木 石油も入れたかたちで自然 資本をまとめてしまうと日本が低くな ってしまって、見せ方がいまいちよろ しくないとのご指摘はあると思います。

確かにその通りです。同じデータであ っても見せ方はよく工夫しないといけ ないと思います。 日本のなかでの都道府県別、市町村 別の比較であれば、石油がないのは同 じですから、自然資本の何がどの地域 で多いかというトレンドを見るには十 分によく使えると思います。その地域 にとって何が重要であるのか、環境を 担当する部署の方によく理解してもら えるようにしていきたいと思っていま す。 これから新しい政策なりプロジェク トを行った場合に、実際に自然資本が どれぐらい増えるかということを定量 的に示すのが次にわれわれがやりたい ことで、かつ求められていることだと 思います。プロジェクトがどのくらい の効果があるのかということは、既存 研究などを踏まえてある程度はわかり ます。それを定量化するということで す。再生可能エネルギーを導入するこ

とで、購入する電力量が下げられて、 自然資本がどれだけ増えるのかという ことは、今年政策を実施したからとい って、来年度にすぐに効果が見えるわ けではありません。政策の結果として どれぐらいの変化がもたらされるのか、 それをどのようにして示すのかがわれ われの課題だと思っています。 自然資本の計算としては二つのパタ ーンがあります。日本全体を網羅した 地理情報のデータなどからわかる範囲 で市町村レベルで推計するのが一つで す。 そして自治体などから依頼されて、 そこで検討されている政策課題に一番 意味がありそうなものを別途調査する のがもう一つです。その二つを同時に 行っているところです。

アクター間のコーディネーション

花木 シュラーズ先生に伺います。ド イツにもいろいろな地区、都市があり

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花木 種子島ではプランがどれぐら い具体化しているのでしょうか。現実 にビジネスとして動きそうなのか、そ れはまだもう少し先なのか。 山口 事業主体を実際に組む一歩手 前ぐらいにいまはいると受け止めてい ます。二〇一六年度から短期的に導入 できそうな案件に着手して、中長期に は力をためていろいろチャンスをつか んで進めていきたいと考えています。 花木 そのときにいろいろな意見が 当然地元から出てくると思うのですが、 それを調整する役割は山口さんが担っ ておられるのか、それとも地元の方々 なのでしょうか。 山口 それは両方です。市役所のなか にもいろいろな側面から乗り気になっ てくださっている方々がいて、お互い

に前に進んでいこうと元気付け合って いるところです。

花木 種子島はうまく進みそうだと いうのは、お金の面で特段支援が出て いるわけではないんですよね。 山口 お金の面で種子島が特に有利 だということはありません。私どもと しては、地域に呼ばれていって実際に 始められるかどうかを考えるときに、 「厚み」 ということを重視しています。 「厚み」というのは前に向かって本気 で進めようとしている人が一人だけで はなくてどれだけいるかということで す。種子島では市長さんも賛同はして くれていますが、ビジョンを打ち出し てすごく引っ張っていくということで はありません。東京大学やプラチナ社 会のグループの研究者の方々が先にい らして、私たちは現場で社会実装をす る役割ということで後から入りました。

今回の独特な「厚み」の形です。 これまでいくつか行った事業でもの すごい勢いで動いたのは、国の官僚の 方が市役所に入って、例えば副町長に なるとか、あるいは復興支援官になる とかして、その人が縦横無尽に動き回 れる場合です。その人の任期の間にプ ロジェクトが大きく進みます。それが ない場合にも、私たちは頑張るわけで すが、地元に賛同する仲間の「厚み」 をどれだけ作れるかということを必ず しなければなりません。キーパーソン が単独だと早晩息が切れます。

包括的富の賢い使い方

花木 馬奈木先生に伺います。先ほど 包括的富をいくつかの地域・都市に適 用されていましたが、包括的富の内容 を見ますと、国際規格では石油も自然 資本のなかに入りますよね。石油まで も含めて自然資本全般をまとめて一つ

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くるだろうと最近議論されています。

花木 いろいろなアクターの間の調 整が重要だということですが、コーデ ィネートをするのはNGOだったり、 ごく普通の人々だったり、誰なのでし ょうか。 シュラーズ ドイツでは、ビジネスの 間のネットワークとか、市民グループ の間のネットワークとか、いろいろな ネットワークを作っています。ネット ワークを作るためのお金は誰が支払っ ているかというと、連邦政府です。こ ういうネットワークを作りたいからと 連邦政府に申し込むのです。 花木 政府からお金をもらってもネ ットワークの独立性は保たれているの ですよね。 シュラーズ ドイツ人はプロテスト

が好きだということをお話しました。 政府がもしコントロールしようとした ら、 逆に反対が強くなってしまいます。

自然資本を使いすぎることは ないのか

花木 では、次の質問です。さきほど シュラーズさんが、自然資本を使いす ぎると問題が起こるということを少し いわれました。いまの日本の状況は、 農業も残念ながらそれほど活発ではな くて、再生可能エネルギーもまだ十分 に使えていませんから、いまは使いす ぎる心配はありませんが、今回のパネ ルディスカッションのテーマは自然資 本の徹底活用とあるので、徹底的に使 って使いすぎるとやはりそれは問題が あるだろうとは思います。ドイツでは 実際に問題が起きつつあるのでしょう か。

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ますけれど、エネルギーヴェンデはド イツ全体で基本的に一つのポリシーな のか、それとも地域によってポリシー は違うのでしょうか。そのあたりはど のような仕組みになっているのでしょ うか。 シュラーズ ドイツではいろいろな レベルで政策を作っています。地方レ ベル、自治体レベル、国レベル、ヨー ロッパレベル、地球的レベルといろい ろなレベルがあります。その全部が大 切なのですが、レベルの間での交流が いまは不足しています。地方レベルで 作られているエネルギーヴェンデの計 画の目標が全部達成されると、国レベ ルの目標の二〇〇パーセントになりま す。 国よりも地方が元気があるのです。 しかし、全体をちゃんとみないと、ど こかの地域で無駄に効率の低い自然エ ネルギーを作ってしまう心配がありま す。下のレベルが元気なのはいいけれ ど、そのコーディネーションが大切で

す。 いまはまだコーディネーションの組 織はできていませんが、国レベルと州 レベルの間で数カ月ごとにミーティン グがあって交流するということが最近 行われています。将来もっともっと交 流することが必要になってくると思い ます。交流は政府と地方の間だけでは なくて、アクターの間でも大切です。 大学、市民、ビジネスの間の交流をコ ーディネーションする必要が出てくる でしょう。 もう一つだけいいたいことがありま す。ヨーロッパで最近よく考えられて いるのが、未来に向かって目標を立て て前に進んでいくだけではなくて、将 来いきたいところに立って、そこから 今を見るバックキャスティングです。 バックキャスティングがいろいろなと ころで行われているので、他の分野で 行われているバックキャスティングと のコーディネーションが必要になって

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バイオマス発電と熱利用 山口 自然資本の利用ということで 木について申し上げます。鹿児島県の 本土の側で以前は生木が一トン当たり 三〇〇〇円とか三五〇〇円だったのが、 いまでは八〇〇〇円くらいになってい ます。木質バイオマスを使った発電が 行われるようになって木の値段が上が ったのです。畜産農家が敷料に使って いるおが粉も、かつては一〇〇〇円だ ったものがいまでは三〇〇〇円になる ような影響が出ています。 木質発電といっても、いまさかんに 行われているのは発電専用で、熱を捨 てているものがほとんどです。熱利用 も合わせて木質発電をしようとすると、 単純な経済性は少し落ちます。それで も、地域社会のインフラとして作って いこうというのが熱利用も合わせた熱 電併給です。発電専用の方に木をもっ ていかれて値が上がってしまうと、熱

利用ができにくくなってしまいます。 自然資本とは別の話ですが、気付い てみればこれも地域共有の社会資本だ ったというのは、電気の系統です。発 電した電気をどれだけ系統に入れられ る余地があるのかということがいま重 要になっています。種子島の例をお話 しましたが、いままでは電力会社に申 請すれば、そのルールに則って発電し たものはすべて系統に入れることがで きていました。しかし、いまはそうで はありません。これは電力会社が後ろ から一方的に回答するというよりは、 地域に情報をオープンにしてみんなで 一番いい使い方を考えていくような、 地域共有の社会資本だと思っています。

松井 木木質バイオマスの利用で、二 酸化炭素の排出削減のために何が一番 いい利用の仕方かといったら熱利用で す。ところが、熱利用には固定価格買 取制のようなものがないために経済的

な有利性がありません。しかも地域の 熱需要が高齢化などによって小さくな って、熱を作っても地域では使い道が あまりないという状況もあります。結 局、木質バイオマスは非効率になるか もしれないけれども発電に回して、作 った電気を都市に送ろうということに なっているのです。だから、それが都 市・農村連携だということになるので すが、自然を大事にする地域こそが持 つ地域の自然資本の活用の仕方として そういうことでいいのだろうかと疑問 に思っています。

花木 さきほどのシミュレーション で、千代田区には再生可能な資源がな いので、農村からバイオ発電で作った 電気がくるということでしたけど、そ れだと問題があるのでしょうか。

松井 山で取れる資源を山村で燃や して電気にして、都市部のものすごく

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シュラーズ いろいろな例はあるの ですが、一つは、ドイツでは自然の状 態の土地が年々少なくなっています。 土地は限られた資源で、人は家を作っ たり、道路を作ったりいろいろな使い 方をします。風力発電でもバイオマス でも土地を使うときにはその影響をよ く考えないといけません。最近ヨーロ ッパではバイオマスが結構批判されて いて、農業に使える土地は農業のため に残していく必要があるということが よくいわれています。将来地球の人口 が増えると予測されているので、農業 に使える土地はとても大切な資源です。 他の目的のために使ってしまっていい ものなのか、目的の間の競合に気を付 けないといけません。 馬奈木 自然から取りすぎてしまう ということについて、農業、林業、水 産業を見ますと、日本の現状では水産 業が一番よくない状況で、次が林業、

その次が農業です。経済規模でいうと 一番小さいのが水産業で、その次が林 業、その次が農業です。 かつて日本の水産業は世界一の漁獲 量がありました。しかし、漁業管理を しなかったせいで、獲りすぎで魚が小 さくなってしまいました。みんなで協 力して獲りすぎないようしていればよ かったのですが、自分が獲らないと隣 の人が獲ってしまうということで獲り すぎになったのです。魚が半分に小さ くなったら値段も半分になるかという と、そうではなくて誰も買わなくなっ てしまいました。それでODAでアフ リカに送るということをしました。漁 業改革のプロジェクトで、漁業資源を きちんと管理すれば、年間予算が四〇 〇〇億円ぐらい余って、いまの漁業者 の六割ぐらいが退職しても退職金を払 えるという計算結果をわれわれは出し て、漁業者の方々の前で話をしたら大 顰蹙でした。一時期はそのような議論

をしていたのですが、東日本大震災が あって、漁業者は守るべきで責めるべ きではないという流れになったので、 われわれのプロジェクトは終わりまし た。 林業は漁業の次に管理がうまくでき ていなくて危うく倒れかねない状況に あります。農業は自然の活用が十分に はできていないけれども、TPPを含 め現在考えられている政策はそれほど 大きな影響は与えないとみられていま す。水産業も林業も農業も経済的に最 適な自然の利用の仕方はあると思いま す。しかし、政策決定は経済合理性だ けに基づいているわけではないという ことは気を付けないといけません。そ れでも、自然の利用がどういう状況に あるかということをきちんと認識した 上で、次の一歩を考える必要がありま す。

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ライフサイクルCO2をゼロにすると いうすごく大きな目標を掲げています。 電気自動車や燃料電池車の開発で、自 社の製品が排出する二酸化炭素は減っ ていくけれども、部材メーカーなどの サプライチェーンの上流側も含めて二 酸化炭素の排出を減らさなければいけ ないということで、サプライチェーン 全体で二酸化炭素をゼロにするという のを目標として掲げたのです。それと 同時に、トヨタは自然共生社会も目標 として掲げました。二酸化炭素を減ら すためにバイオマスを使ったり、シー トの一部にバイオペットを使ったもの を導入したり、タイヤに天然ゴムを使 ったりすると、生態系に何らかの負荷 をかけることになります。その間のト レードオフをとることが課題だとトヨ タの方はおっしゃっていました。 二酸化炭素の削減と生物多様性のバ ランスをどう取っていくのか、行政の 長や会社の経営者の判断がとても重要

な時代になったと思っています。

花木 二酸化炭素は総量で議論する のだけれども、生物多様性の場合は個 別に見ていくことが重要なので、判断 が難しいということもあると思います。 地域のもつ可能性 花木 さて、残り時間があと五分にな りました。最後に一言ずつコメントを いただきたいと思います。 シュラーズ 私は福島の原発の事故 の後で何回も日本にきました。この五 年間で何が変わったかというと、エネ ルギーあるいは資源の持続可能な使い 方の話がすごく深くなってきています。 ドイツ人は自分たちがエネルギーヴェ ンデのリーダーであると考えていて、 日本でもやっていますよとドイツ人に いうと、 「ああそうですか」という程度

の反応しかありません。でも、日本も ほかの国もいろいろなことをやってい るので、ドイツ人もよその動きにもっ と気を付けないといけないと私は思っ ています。 日本は福島の事故の後で原子力発電 を全然動かしていない時期があって、 その間にいろいろな動きが始まって、 地方でも会社でもいろいろなことが行 われ、新しい発展があります。いまの 日本はもしかしたらまだドイツには追 いついていないのかもしれないけれど、 キャッチアップスピードが非常に速い ので、将来は日本はドイツと並んで、 この方面で競争するようになると思っ ています。

花木 ぜひその期待に応えたいと思 います。

馬奈木 私は経産省系の研究所で人 工知能の経済学というプロジェクトの

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大きな需要のうちのほんの少しをまか なうというのが、果たしてバイオマス の正しい使い方なのかというと、しっ くりこないところがあります。

花木 山で過度に燃やしたら問題が 起きると思いますが。 松井 自然の成長力と燃やす量との バランスをうまく保てれば、都市農村 連携型の自然資本の活用のひとつのオ プションとしては成り立ちうると思い ます。 生物多様性とのトレードオフ 藤田 再生可能エネルギーをどんど ん導入していくと、当然、生物多様性 とのトレードオフになってきます。二 酸化炭素の削減についてはパリ協定が あり、生物多様性については愛知目標 があって、その両者の関係はこれから

大きな問題になっていくと思っていま す。 私が取材をしたなかでは、少し前の 話ですが、風力発電と景観の問題でも めた事例がありました。出雲市が山の 端に何十基かの風力発電を建てようと したところ、それが松江市の側から見 えるようになるので、ラフカディオ・ ハーンが愛した故郷の風景が壊されて しまうと、松江市民が建設に反対しま した。松江市はそのときに景観条例を 作り、両市の間で相当に議論になりま した。 最終的には、 本数を減らしたり、 風の条件は少し悪くなるけれども建て る場所をずらしたりして、折り合いを 付けたということがありました。 風力発電には景観とともに、騒音の 問題や羽根に鳥がぶつかるバードスト ライクの問題があります。鳥は渡りの ルートが決まっていて、そこに風力発 電の位置が当たってしまうということ が結構あります。環境省の環境アセス

法が改正されて、風力発電をどこに建 てるかというところからアセスが必要 になりましたが、アセスの調査期間が 短くて、生態系を守る立場からは不十 分なところがあります。 二酸化炭素削減と生物多様性のトレ ードオフをどのようにするのがいいの か、私にはいまはまだわかっていませ ん。馬奈木先生や松井先生がなさって いるようなツールで、自然資本全体を 見て、二酸化炭素の削減にはどれが最 適なのか、あるいは生態系はどこまで 守るのが適切なのかをざっくりと見た 上で、現場の市民の話し合いで方向性 を出して、最終的には市長が判断する ようなことではないかと思ってはいま す。 同じようなことは企業のなかにもあ ると思います。最近、トヨタを取材し まして、トヨタは環境チャレンジ二〇 五〇という二〇五〇年に向けた大きな 目標を昨年の一一月に発表しました。

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ますが、再生可能エネルギーあるいは 自然資本ありきではなくて、地域の人 が幸せになるような再生可能エネルギ ーの使い方、自然資本の使い方がやは り重要であると思っています。また、 馬奈木先生がおっしゃったように、私 もICTの活用というのは非常に有効 なのではないかと思っています。 再生可能エネルギー、自然資本ビジ ネスに都会の企業が参入される場合に は、地域の人との人的交流が活発にな って、都会と地方を行ったり来たりす る人が大勢になっていくように交流を 活性化させるビジネスモデルを作って ほしいと希望しています。

花木 ありがとうございました。今日 は残念ながらフロアから直接ご意見を 伺うことができませんでしたけれども、 いろいろなお話をお聞きすることがで きました。 毎年このエネルギー持続性フォーラ

ムを行ってきまして、最初は議論が広 がる傾向があったのが、だんだんと何 を議論したらいいのかが見えてきて、 地域でエネルギーの持続性を目指した ときに何が問題であるのかということ を考える方向へと進んできました。次 のステップは、ではどのようにしたら うまくやっていけるのかということだ と思います。具体的にどういうテーマ を立てることになるのかまだわかりま せんが、来年も続けてさらに議論を深 めていきますので、また次回もご参加 いただければと思います。 それではこれで終わらせていただき ます。パネリストの方々、どうもあり がとうございました。

司会 お時間となりましたので、ここ でパネルディスカッションを終了させ ていただきます。皆さまありがとうご ざいました。 それでは最後に、本シンポジウムの

共催者であります昭和シェル石油株式 会社を代表し、常務執行役員、伊藤智 明より閉会の挨拶をさせていただきま す。

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代表として一月に研究をスタートさせ たところです。その趣旨・目的は二つ あって、一つは少子高齢化で人がいな くなっていくなかでも、技術または新 しい知恵をうまく活用することで、い ろいろな資本を活用できる手段がある はずだということです。千代田区でド ローンを飛ばして万一失敗でもしたら 大問題ですが、畑のなかでなら問題は 少なくてすむでしょう。人口が減って いる地方でこそ、そのような実験がで きるというのは大きな意味があると思 います。 もう一つは、ICTを含めたいろい ろな手段を過去にないやり方で導入す ることによって、いままではわかって いなかった自然の価値が見出されてく るのではないかと思います。 人工知能ブームはあと二年ぐらいで 終わって、また普通にもどるとは思う のですが、新しい知識と考え方を自然 資本の活用の仕方を導入してトライす ることは非常に大事だと思います。

山口 種子島で、交通までも含めた全 体のエネルギーの持続可能化を考える と、どこかで水素を導入するのではと 感じます。再生エネルギーで賦存量が 一番大きいのは洋上風力です。洋上風 力を活用して自動車の動力にまでもっ ていこうとすると、乗用車は蓄電池に 直接充電が効率が高いですが、トラッ クなどでは蓄電では足らないとなれば、 水素を経由して燃料電池での駆動が考 えられます。バイオディーゼルもあり ますけれど、全体の量的には足りませ ん。水素の利用はすぐに経済性がある わけではない段階ですので、研究者の 方々にはぜひ地域と長いお付き合いを していただければと思っています。 また、大企業の方々も地域で事業を しようということであれば、やはり長 いお付き合いをしていただくというこ とが大事ではないかと思います。三年

以上くらいは現地に住むような体制を とっていただけると、地元の人との話 し合いの密度が高まって、事業が進ん でいくようになるのではないかと思い ます。

松井 私はいつも自分の仕事に関し て、再生可能エネルギー導入のベスト ミックスを計算する男ですと名乗って いるのですが、今日はシュラーズ先生 のスライドを拝見して、再生可能エネ ルギーの復活とありました。よくよく 考えると、昔は再生可能エネルギーを 使っていて、それが化石燃料に置き換 えられて、今度また再生可能エネルギ ーだというのですから、復活なのです ね。だから次からは再生可能エネルギ ー復活のベストミックスを計算する男 というようにいわせていただこうと思 います。

藤田 先ほどの話の繰り返しになり

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夜間照明の色を赤ではなく緑に変えた らぶつからなくなったと聞いています。 石油会社もエネルギーのことだけでは なくて、生物側のことも知るようにし て自然共生に努めなければいけないと いう事例だと思います。そこまで考え ないと、よかれと思った事業も失敗に 終わってしまうということもありうる のではないかと思います。 来年もこのシンポジウムは続きます。 来年以降も皆さまのご参加をぜひよろ

しくお願いいたします。本日はありが とうございます。

司会 伊藤常務執行役員、ありがとう ございました。 皆さま、ご静聴ありがとうございま した。これにて本日のプログラムを終 了させていただきます。本日はお忙し い中ご来場いただきましてまことにあ りがとうございました。

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■閉会挨拶

いとう ともあき

伊藤智明 昭和シェル石油株式会社常務執行役員

本日は足元が悪いなか、長時間にわ たってご参加いただきまことにありが とうございました。またご講演ならび にパネルディスカッションに参加して いただいた先生方、会場をご提供いた だいた三菱地所の皆さま、武内先生を 始めとする東京大学IR3Sの皆様方、 まことにありがとうございました。心 よりお礼申し上げます。 この公開シンポジウムも今回で一一 回目を迎えました。そのあいだにさま ざまなテーマを取り上げてまいりまし たが、さきほど花木先生がおっしゃっ ていた通りに、ここまでくると焦点が たいぶしぼられてきたかなという印象

を私ももっています。再生可能エネル ギーと地域再生、そして自然資本とい ったテーマがここ何回か議論の中心に なっています。 悪の代表みたいな石油会社の人間が なぜこのようなシンポジウムを共催し ているのかと言われることもございま すが、 私どもも、 地域への貢献として、 新潟県の亀田郷で水路に法面に太陽光 パネルを取り付けたり、あるいは佐渡 島で太陽光パネルを置いたりしていま す。 先ほどのお話にもありました通り、 佐渡島では再生可能エネルギーのポテ ンシャルが一番大きいのは風力であり ますが、トキがいる島で大きな羽根を

回していいのだろうかという当然の疑 問がございます。太陽光パネルであれ ば私どもから供給できますので、それ を使っていただくことになりました。 武内先生のお知り合いでもある尾畑酒 造さんが太陽光パネルで発電した電気 を使ってお酒を造ってみようというこ とになって、たいへんおいしいお酒が できるようになりました。私も定期的 に送っていただいております。もちろ んただではなくて、ちゃんとお金を払 っています。 「学校蔵」という名前のお 酒です。皆さんもご興味があればぜひ お試しください。 先ほどバードストライクの話が出て まいりました。われわれの親会社であ るシェルはあちこちに油田をもってい て、そのなかのひとつに北海原油を採 掘するプラットフォームがあります。 そこでは夜間に相当数の渡り鳥がぶつ かって、鳥にダメージを与えているこ とがあり、 いろいろと調査をした結果、

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を指導するのは学芸員の役目です。 学芸員が忙しいのには博物館関係の予算が 不十分であるのも一因としてあります。日本 に博物館は五七〇〇館ほどあり、数はかなり あっても学芸員はほんの若干名のところが多 く、一人もいないところもあります。博物館 は文科省の生涯学習政策局の所管で、一九五 〇年代には同局が予算規模で最大であった時 期もありましたが、高度経済成長期の後は、 これからは研究立国だということで、先端的 な研究に大きなお金がまわるようになり、生 涯学習関係の予算は減ってしまったのです。 高橋明也さんによると、三菱一号館美術館 には年間四〇万近い来館者がいますが、七〇 年代から八〇年代に美術館ブームで建設され た地方の美術館の多くが入館者数の低迷に悩 んでいるといいます。動物の自然な生態が見 られることで大人気の旭川市旭山動物園も、 かつては入園者が年々減少して厳しい時期が ありました。展示の仕方を大胆に変えたこと で一気に盛り返したのです。すべての博物館 が旭山動物園のようになれるわけではないと

しても、博物館のもつ特性を活かした可能性 はきっとあると思います。それを見つけ出す のは学芸員の大きな使命です。 学芸員を志望される人には、自分の専門を もつとともに広い視野をもっていただきたい と思います。日本美術を専門とする人でも、 西洋美術にも目を向けることで、新たな切り 口での展示が考えられるようになるでしょう。 学芸員が忙しいのは、逆にいえば何でもやる ことによって、オンジョブトレーニングで幅 広く自分を鍛えられるということでもありま す。広い視野のもとで斬新な企画を提案し、 新たな関心を掘り起こし、訪れてくれる人の 反応を見てさらに工夫を重ねることで、来館 者数が増えていくようになれば、大きなやり がいを感じるようになるでしょう。博物館が 変わることで来館者も変わり、相互にフィー ドバックがかかって進歩していくというのが 地域における博物館のあり方として理想なの ではないでしょうか。 学芸員の仕事は大変ですが、それだけに頑 張りがいがあると思います。

連載 エッセイ

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学芸員の仕事 博物館や美術館で働く学芸員というと、一 般の人々はどのようなイメージをもっておら れるでしょうか。三菱一号館美術館の館長を されている高橋明也さんが月刊誌 『文芸春秋』 (二〇一六年六月号)に次のように書いてい ます。「上野の国立西洋美術館の学芸員として 最初に勤務した一九八〇年当時、『美術館で働 いています』と言うと、一般の人々とはそこ で話がとぎれてしまう。 言葉に窮した相手は、 『毎日入場券を切るのは大変ですよね……』 とか、『展覧会場でずっと座っているのは疲れ るでしょう……』と気の毒そうに続けるのが やっとだったのだ」 。 学芸員は、博物館(美術館、郷土館、科学 館、動物園、水族館、植物園などを含む)で 仕事をする専門職員で、文部科学省が所管す る国家資格です。多くの場合、大学で学芸員 になるための必須科目を取ることで卒業と同 時に資格が得られます。学芸員の資格は人気 があり、毎年新たに一万人ほどが習得します

が、実際に職に就けるのは一パーセントにも なりません。 学芸員は中小企業の社長さんより忙しいか もしれません。入場券を切ることまではしな くても、たくさんのことをこなさなければな りません。まず研究調査です。動物が専門の 人なら動物を調査し、 標本を収集し、 整理し、 他の人たちが使えるように登録し、そして保 管します。欧米の博物館では収集、整理、保 管のそれぞれが専門の職務として分業となっ ているのがふつうですが、日本では一人の学 芸員がすべてを行っています。さらに、研究 調査をどのように展示に結びつけていくかを 考えて企画を立案し、実際の展示づくりにも 取り組みます。学芸員にとっての展示は、研 究者が学術論文を書いて発表するのと同じよ うに、社会に向けて発信するとても重要な仕 事です。展示を見にくる来館者に説明したり 質問に答えたりするのはボランティアに頼る ことが多いのですが、ボランティアの人たち

林 良博

はやし よしひろ

独立行政法人 国立科学博物館長

(専門はバイオセラピー)

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かな手――別の千年紀の年月から成る蓄音 機に流れこむ音楽――ニューヨークのビル 群の耳―― おれが信じるもの――見たもの――葉に 犬 に 目に はてしなく探す――つねに過失、 欠乏――それでおれはかんがえる―― おれを創った欲望、おれが体のなかに隠す欲望、 すべての人間に死を知らしめたいという欲 望、バビロニアの可能世界をしのぐ欲望 それに駆られておれの肉体は あんたの名前の オルガスムを揺する あんたの名前をおれは 知らないし これからも知らないだろう語 らないだろう―― 人類に言ってやってくれ 大いなる鐘が す べての無数宇宙における鉄のバルコニーで 黃金の音色を響かせるのだと おれはあんたの預言者 この世界に戻ってきて 耐えがたい名前を思いっきり叫ぶおれの五 感を通して あんたの手を知っている おぞましい第六感を通して あんたの手は男根 に乗っかって死の電球に覆われている―― 平和よ、おれが幻をメチャクチャにする場を解

決する者よ、上からおれの脳味噌に入る柔ら か口のヴァギナよ、死の大枝をたたえた方舟 =鳩よ。 おれを狂わせてくれ、神さまおれは精神崩壊の 準備ばっちりなんです、大地の眼前でおれを 辱めてください、 おれの毛むくじゃらの心臓を恐怖で襲ってく ださい、おれのちんぽこ食ってください 死 の蛙の見えない鳴き声よ おれに飛び乗っ てくれ 光の涎 (よだれ)たらしてる重たい犬 の群れよ おれの脳味噌をむさぼってくれ 果てしない 意識のひとつの流れよ、おれはあんたの約束 が怖い おれの祈りに恐怖の叫びを上げさ せなくては―― 降り来たれ おお光よ 人類を創り 喰らう 者よ、爆弾と殺戮の狂気に陥った世界をかき 乱せ、 肉体の火山をロンドンに、パリに目の雨を―― トラック何台分もの天使心臓でクレムリン の壁を汚せ──光の髑髏杯(スカルカップ) をニューヨークへ――

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神のエキス

この世界は翼に乗っていて 何が来るのか誰 にもわからないから おお おれの心が来る年も来る年も追い求め る亡霊よ 天から降りてきて この震える 肉体を訪れ 果てを知らない巨大な光のなか おれの儚(はか な)い目を捉えよ―― 不可分の――主―― 落葉だらけの時間の外にいる巨人――宇宙の 守護神――赤い雲が現れる場たる〈無〉の 魔術師―― もはやない道路を司る 言葉にしようのない 王――墓場から駈け出してくる理解不能な 馬――コルディエラス山脈と昆虫(木の節の ごとき蛾)とに広がる日没―― 嘆き悲しむ者(グリーヴァー)――口のない笑 い、死すべき肉体を持ったことのない心臓― ―交わされなかった約束――救済する者(リ

リーヴァー) 、その血は傷ついた百万の動物の なかで燃える おお あわれみを 世界を破壊する者よ、 お お あわれみを 胸ある幻影を創る者よ、お お あわれみを 耳障りな戦争の口をした 小鳩よ、来たれ、 神のセックスでおれの身体に侵入せよ、堕落の 無限の愛撫でおれの鼻をふさげ、 おれをぬるぬるの芋虫に変容させろ 浄 (きよ) い 生きた超越の芋虫に おれはまだ生き ている、 現実より醜いものでおれの声を嗄 (か)らせ、あ んたの百万の口を喋る たましいのトマト、 無数の舌をもつおれのたましいよ、怪物か天使 か、永遠におれをファックしにくる恋人よ― ―目のないイカに着せた白いガウン―― 宇宙のケツの穴 おれはそのなかに消える― ―ハート・クテレーン *に声をかけたしなや

大崎 満

おおさき みつる

北海道大学大学院教授

(専門は根圏環境制御学・植物栄養学)

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熾天使 (セラピム) たちがあんたの名を歓呼し、 でした。なんというか、これまでもやもやしてい あんたみずから ただちに宇宙の巨大な口で たものを一気に晴らしてくれる感じがしました。 肉に答えさせますように。 これまでどろどろしていたものが一気に結晶化し たという感じです。 この詩は、一瞬、フランツ・カフカが『変身』 を詩にしたのではないかと思わせる箇所もありま * ギンズバーグが敬愛していた、幻視されたニ す。卑猥な猥褻な表現が多いのですが、それも含 ューヨークを力強く歌った詩人(一八九九‐一 めて、 欧米文化のエキスを感じさせます。 つまり、 九三二) アレン・ギンズバーグ「魔法の聖歌 Magic 心身二元文化というものがいかなるものであるの かを、なんと赤裸々に、具体的に綴ってくれてい 」 (一九六〇年六月、柴田元幸訳) (新潮 Psalm 二〇一六年六月号)より。 るのです。柴田元幸の選択眼は、さすがとしかい いようがありません。 この文を先に読み進む前に、 是非、もう一度このビートニック詩人の詩を読み 返してみてください。この後の奇妙で複雑な話の 羅針盤となってくれると思います。途中で話の筋 を見失ったら、是非、この詩を読み返してくださ い。

この詩は、雑誌「新潮」の「アレン・ギンズバ ーグ、五編の詩」 (村上春樹・柴田元幸訳)から抜 粋したものです。表紙に思わず目がいったのは、 アレン・ギンズバーグというより、村上春樹・柴 田元幸が訳しているためです。アメリカ合衆国の 文学に造詣の深い、この二人がアレン・ギンズバ ーグの詩を訳するという、意外性に引きつけられ ました。長々と引用しましたが、この詩が優れて いるとか、 惹かれるとかいうわけではありません。 しかし、この詩は、大げさに言えばかなりの衝撃

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宝石で飾った無数の足を北京の中庭に――電 気ガスのベールをインドに降らせろ――バ クテリアの都市が脳を侵略し――たましい は 楽園の 波打つゴムの口へと逃げてい く―― これは大いなる叫び声、これは永久戦争の警鐘、 これは星雲で殺害された精神の叫び、 これは存在したことのない教会の黃金の鐘、こ れは太陽光線の心臓の轟き、これは死に瀕し ての蛆虫のラッパ、 手のない去勢者のうったえ 施しをつかむ 世界の地震と火山を通った 未来の黃金の 種―― おれの足をアンデス山脈の下に放りこめ、おれ の脳味噌をスフィンクスの上にまき散らせ、 おれの髭と髪をエンパイアステートビルに ふわっと掛けろ、 おれの腹を苔の手で覆え、おれの耳をおまえの 稲妻で満たせ、預言の虹でおれを盲 (めしい) にしろ おれがついに 存在の糞を味わえますよう、椰 子の木のなかであんたの性器に触 (さわ)れま

すよう、 未来の広大な光がおれの口に入り あんたの永 遠に生まれぬ創造を響かせますよう、おお おれの世紀には見えぬ美よ! おれの祈りが おれの知力をしのぎますよう、 おれが虚栄心をあんたの足もとに棄てますよ う、おれがもはや この世のアレンに対する 審判を恐れませんよう ニューアークに生まれて ニューヨークで永 遠に入り 言葉にできぬものの聖歌をうた う人間の舌を欲してペリーでふたたび泣い て、 超越をもとめる欲望をおれが超越し 宇宙の たおやかな水に入りますよう この波をおれが乗りきり、じぶんの想像力の洪 水で永遠に溺れたりしませんよう じぶん自身の狂気の魔法によっておれが殺さ れたりしませんよう、この犯罪が死の慈悲深 き牢獄において罰せられますよう、 人びとがおれのことばを かれらのトルコ人 の心から理解し、預言者たちが宣言でもって おれをたすけ、

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を精神( 「神」の精(エキス) )と呼んでいるもの のようです(その意味で、精神という日本語訳は 実に絶妙に西洋の世界観を言い表していると、い つも感歎させられます) 。つまり、この神から注入 される「精神」 ( 「神のエキス」 )が、心身二元論(心 身分離)の重要な点です。この心身二元論につい ては、言うまでもなく、神学、哲学、それらを束 ねた思想において、 これまで無数の議論がなされ、 無数の論文や書物が出版されています。今更、素 人が心身二元論に口出す余地など全くないといっ てよいでしょう。 (それぐらいは心得ています。 ) 心身二元論の是非やその成り立ちや、それを支え る思想は専門家に任せておきます。ただ、その専 門家が具体的に教えてくれないことで、では心身 二元論を受けいれるとすると、人間の中で、それ は具体的にどういう状態で、どう機能するのか? 「心(魂) 」と「身」が分離してそれが合体して機 能するようにする機作は具体的に何なのか? そ して、なによりも、 「心(魂) 」は神(あるいは絶 対者)から注入されるとすると、具体的にどんな 感じで、それをどう認識できるのか? 子供には 「心(魂) 」はないとする西洋文化で、では成人す

ると注入される「心(魂) 」とは何なのか? すく なくとも、心身一元論の東洋(多くの例外はある としても)では、心身は生まれつき一体のもので す。 「三つ子の魂百までも」ということわざがある ぐらいですから。少なくとも「心(魂) 」は、生ま れおちたときから具わっていると思っている文化 の中で、心身二元論のように、 「心」 「身」が分離 していて、しかも「心(魂) 」が後から注入される とはいかなることなのか? その瞬間をどう感じ られるのか? どう認識されるのか? あるいは、 心身一元論の未開と称されているわれわれには、 具体的にどうすれば心身二元論に転換できるの か? アレン・ギンズバーグの冒頭の詩は、哲学 者や思想家や宗教家が教えてくれない「心身二元 論」観(論)を、具体的にどう認識し、どう感じ るのかを如実に教えてくれています。万巻の哲学 書より、アレン・ギンズバーグの詩が、その具体 的感性 (彼らにとっては理性) を教えてくれます。 アレン・ギンズバーグはビィートニック詩人と 呼ばれています。六〇年代ヒッピーのカウンター カルチャーを象徴する詩人です。ヴェトナム戦争 で、そしてそれがもたらした麻薬で、アメリカ合

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1.神のエキス・ コード 無数の舌をもつおれのたましいよ、怪物か天使 か、永遠におれをファックしにくる恋人よ― ―目のないイカに着せた白いガウン―― このギンズバーグの詩は、 これまでに見てきた、 ポール・ヴァレリーの詩片と、全く同じ構造をし ています。これらは、神の醗酵の胤 (たね)を注入 されて、胎内に神の子(分身?)を身ごもるとい う、超「外観的世界」観の詩と同じ感性(彼らに は理性?)なのです。 残酷な天の賚 (たまもの) 。邪婬の主よ、すぐに、 すぐに、 息 (や)めてくれ、おお、神の醗酵の胤 (たね) よ、 情人もない純粋なこの腹の中に、 ……空しい懐妊を装ふ佯 (いつは)りを 「アポロンの巫女」 ( 『ヴァレリー詩集』鈴木 信太郎訳、岩波文庫)

また、これらは、D・P・シュレーバーの回想 録に、繰り返し出てくる「光線ないし神の神経の 絶えざる流入の結果として官能的快楽神経が私の 肉体に充満している状態は、今となってみれば、 すでに六年間以上も間断なく持続している。それ ゆえ、私の肉体が、女性の肉体における同種の現 象によってもほとんど凌駕されない程度まで官能 的快楽神経に貫かれ、満たされているというのは 何ら驚くべきことではない」という感性(理性?) とも同じです( 『ある神経病者の回想録』渡辺哲夫 訳、講談社学術文庫) 。 ポール・ヴァレリーやD・P・シュレーバーは 何を記述しているのかというと、極端な「外観的 世界」観です。 「外観的世界」観とは、人間の内部 からでなく、神(あるいは世俗的神が死んだとし ても、さらに深みに存在し続ける絶対者、絶対的 根源)により、絶対的真理とか、理性とかを、外 部者(神)から与えられるという思想です。多分、 彼らが感じている(理解している)のは、我々が 感じている感性でなく、 理性と呼ばれるものです。 「外観的世界」観では、神から注入されるもの

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レーバーやアレン・ギンズバーグが見事に応えて くれました。 「神のエキス」はあまり露骨に言わなければ、 「神の愛」でした。 「神の愛」はギリシャでは、神 話と結びついています。エロス、ナルシス(自己 愛:神に見初められたという自己中) 、オイディプ ス(母性への愛、ジークムント・フロイトによる エディプスコンプレックス)等です。つまり、こ れらの「愛」 (神々)がキリスト教の神に統合され ていったのでしょう。なぜなら、西洋では、 「神の エキス」である「神の愛」にはこれらのギリシャ の要素が色濃く残って、繰り返し、芸術に立ち現 れるからです。 さて、D・P・シュレーバーの『ある神経病者 の回想録』 (渡辺哲夫訳、講談社学術文庫)の表紙 の裏扉に、 「フロイト、ラカン、カネッティ、ドゥ ルーズ&ガタリなど、 知の巨人たちに衝撃を与え、 二〇世紀思想に不可逆的な影響を与えた稀代の書 物。 」と書かれていて、 「神のエキス」は太い地下 水脈となりドゥルーズ&ガタリにまで注入されて いるようなのです。この解説には驚嘆させられま す。精神病シュレーバーの「神のエキス」の虚妄

を、ポール・ヴァレリーやアレン・ギンズバーグ が共有しているというのだけでも、十分驚きです が、それがなんと二〇世紀を代表する、知の巨人 たちにも影響を与えている(注入されている)と いうのです。驚きをこえて、こういうのをなんと いうのでしょうか。ウッソーですか? ドゥルーズ&ガタリはD・P・シュレーバーの 記載を一つの手掛かりにして、 『アンチ・オイディ プス』まで書いてしまいます。つまり、ドゥルー ズ&ガタリも「心身二元」観の根源「神のエキス」 を実感していたのは間違いありません。単にシュ レーバーのテキストを参照しただけで、 『アンチ・ オイディプス』のような大著をしかも微々細々に いたり書けるはずがありませんから。ドゥルーズ &ガタリは、 「シュレーバー院長が、ただ生きなが ら天からの光線によってオカマを掘られるという 運命を知っていたばかりでなく、死後にフロイト によってオイディプス化される運命をも承知して いたことである。シュレーバーの狂気の政治的社

、言 、も 、語 、ら 、 会的歴史的な膨大な内容については、一 、て 、い 、な 、い 、。あたかもリピドーがこうした事柄に れ

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衆国では、あらゆる価値観が崩壊した六〇年の象 徴です。ゲイでドラッグ常習者で、愛人のバロウ ズとヤーヘと呼ばれる究極のドラッグを求めて南 米を彷徨いますが、その書簡集でいかに麻薬に汚 染されていたかが分かります(ウィリアム・バロ ウズ/アレン・ギンズバーグ著 『麻薬書簡 再現版』 山形浩生訳、河出文庫) 。 ポール・ヴァレリーやD・P・シュレーバーは 一九世紀の人で、アレン・ギンズバーグは二〇世 紀の人です。西洋では、二〇世紀に入り二度の大 戦で弱りかけていた神が木っ葉微塵になり、文化 が崩壊し、あらゆる規範の箍が緩み、アメリカで はさらにヴェトナム戦争でアメリカ合衆国の正義 が吹っ飛び、麻薬(ヤク:以下このような薬のた ぐいをヤクといいます)が蔓延し、文化構造がさ らに崩壊しました。ヴェトナム戦争を第二次アヘ ン戦争という人がいるくらいです。ポール・ヴァ レリーやD・P・シュレーバーの世紀と、アレン・ ギンズバーグの世紀では、あらゆる面で断絶し、 一九世紀までの既存文化や価値観は、二〇世紀に はほとんど消滅したと教えられてきました。それ にも、かかわらず、ポール・ヴァレリーの「神の

(の注入) 」やD・P・シュレーバ 醗酵の胤 (たね) ーの「光線ないし神の神経の絶えざる流入」を引 き継いで、アレン・ギンズバーグは「怪物か天使 か、永遠におれをファックしにくる恋人」と詠っ ているのです。ビィートニック詩人なので、さす がに表現は汚く「ファック」といっていますが、 ポール・ヴァレリーやD・P・シュレーバーと同 じ「神のエキス」の注入のことをいっています。 「神のエキス」とは、きれいな表現でいうと「神 の愛」といわれていることでしょうか。これが西 欧でいわれている心身二元論の「心」 「身」を具体 的に結びつけるものなのです。そしてそれを現実 として受け容れ、実感できるようなのです。実感 できなければ、そもそも「心身二元」観(論)を 基盤とした文化や芸術(絵画、彫刻、音楽、文学、 演劇)も花開くわけがありません。西洋では「心 身二元」観(論)は、骨身に滲み、骨身に刻まれ ていますが、一方、 「心」は骨身から分離している と明確に認識している意識構造です。 このように、 「心」と「身」が分離している人間 とは具体的にいかなる状態なのかという長いあい だの疑問に、ポール・ヴァレリーやD・P・シュ

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私には、もちろん理解不能ですが、一つだけ確 かなことは、ドゥルーズ(&ガタリ)はシュレー バーに同化してしまっていることです。溶け込ん でしまっている。まるで「神のエキス」がブレン ドされたような感じがしてきます。

2.機械・ コード 「神のエキス」はドゥルーズ(&ガタリ)にも 注入されていました。 『アンチ・オイディプス』は いきなりこんな文章で始まります(第一章 欲望 。 [ドゥルーズ&ガタ 機械 第一節 欲望的生産) リの文章は何をいっているのか、何をいいたいの かまるで不明ですが、とりあえず我慢して、散文 として読んでみてください] 。 〈それ(エス) 〉はいたるところで機能してい る。中断することなく、あるいは断続的に。 〈そ れ〉は呼吸し、加熱し、食べる。 〈それ〉は排 便し、愛撫する。 〈それ〉と呼んでしまったこ

とは、何という誤謬だろう。いたるところに機 械があるのだ。決して隠喩的な意味でいうので はない。連結や接続をともなうような様々な機 械の機械がある。 〈器官機械〉が〈源泉機械〉 につながれる。ある機械は流れを発生させ、別 の機械は流れを切断する。乳房はミルクを生産 する機械であり、口はこの機械に連結される機 械である。拒食症の口は、食べる機械、肛門機 械、話す機械、呼吸する機械(喘息の発作)の 間でためらっている。こんなふうにひとはみん なちょっとした大工仕事をしては、それぞれに 自分の小さな機械を組み立てているのだ。 〈エ ネルギー機械〉に対して、 〈器官機械〉があり、 常に流れと切断がある。シュレーバー控訴院長 は、尻の中に太陽光線をきらめかせる。これは

、陽 、肛 、門 、である。 太 〈それ〉が機能することは確 信していい。シュレーバー控訴院長は何かを感 じ、何かを生産し、そしてこれについて理論を 作ることが出来る。何かが生産される。この何 かは機械のもたらす結果であって、単なる隠喩 ではない。

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はかかわらなかったかのように」(ドゥルーズ&ガ タリ『アンチ・オイディプス 資本主義と分裂症 上』宇野邦一訳、河出文庫) (以下『アンチ・オイ ディプス』と記述)と、フロイトのオイディプス 解釈(つまり「神のエキス」解釈)を痛烈に批判 します。ドゥルーズ&ガタリはフロイトのオイデ ィプスは帝国主義で、閉じたオイディプスと断言 します。そして、シュレーバーのそして自分達の いう「オイディプスは、開かれた社会の中にたえ ず開かれている。オイディプスは社会野の四方八 方に、つまりその隅々にまで開かれている」のだ といいます。ドゥルーズ&ガタリはシュレーバー の世界に同化しています。 ちなみにドゥルーズのいう 「開放オイディプス」 のより細かい説明を見ると、以下のようです(同 上書) 。 子供にとって生死にかかわり情愛にかかわる 両親の重要性を否定することが問題なのでは ない。欲望的生産における両親の位置や機能が 何であるのかを知ることが、問題なのである。 逆のことをして、欲望機械のあらゆる働きをオ

イディプスの制限されたコードに切り詰めて しまってはならない。両親が他の諸代行者と関 係しながら、特別な代行者として占めることに なる位置や機能は、いかにして形成されるのか。 なぜならオイディプスは始めから社会野の四 方に向かって開かれ、またリピドーによって直 接的に備給される生産野の四方に向かって開 かれているという仕方においてだけ、存在する からである。

ひとつの問題が子供に提起されている。この問 題は、おそらくママと呼ばれる女性に「関係づ けられる」ことになるが、しかし、彼女との関 係で生みだされるものではなく、欲望機械の作 用の中から生みだされるのだ。たとえば、 〈口 ‐空気〉機械あるいは味覚機械の次元で、次の ような問題が生みだされる。――生きるとは何 か、呼吸するとは何か、私とは何か、私の器官 なき身体の上にあって呼吸する機械とは何か、 といった問題である。子供は形而上学的存在な のだ。

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のを止める本です。それをなぜ、とにかく読み終 程の最中に、第三の契機として「不可解な、直立 えたのかというと、D・P・シュレーバーの『あ 状態の停止」 がやってくる。 そこには、「口もない。 る神経病者の回想録』が、ドゥルーズにも奔流の 舌もない。歯もない。喉もない。食道もない。胃 ごとく流れ込んでいるらしいからです。奇妙な思 もない。腹もない。肛門もない」 、 「もろもろの自 想や芸術を生んだ二〇世紀の文化そのものが流れ 動機械装置は停止して、それらが分節していた非 込んだ源泉がそこにあるのは確かのようですので、 有機態的な塊を出現させる。この器官なき充実身 歯を食いしばって読みました。 体は、非生産的なもの、不毛なものであり、発生 さて、ドゥルーズによると、 「欲望機械」は哲学・ してきたものではなくて始めからあったもの、消 思想のみならず、文芸(つまり文化)におよんで 費しえないものである。 アントナン・アルトーは、 います。 いかなる形式も、いかなる形象もなしに存在して 対ベケット: 「ベケットの作品の人物たちが決心 いたとき、これを発見したのだ。死の本能、これ して外に出るときである。 まず、 いかに彼らの様々 がこの身体の名前である。 」 対プルースト: 「 「統一性が現われる。しかし、 な振る舞いが、それ自身において綿密な機械をな この場合それは、霊感から生まれ、傍で構成され しているか注目すべきである。そして次には自転 た何らかの断片のように集合に付着するのであ る。 」 プルーストはバルザックの作品の統一性につ いて、また同じく自分自身の作品の統一性につい て、こう語っているのだ。また、 『失われた時を求 めて』 という文学機械において、 あらゆる部分が、 対称的でない側面、中断された方向、閉じられた 箱、底の通じていない器、仕切り壁のようなもの として産みだされているのは、 驚くほどである。 」 、

〈母‐肛門〉機械と、 車。 〈自転車 警-笛〉機械は、 どんな関係をもっているのか。 」 対アントナン・ アルトー: 「欲望機械は、私たちに 有機体を与える。ところが、この生産の真っ只中 で、この生産そのものにおいて、身体は、組織さ れる[有機化される]ことに苦しみ、つまり別の 組織をもたないことを苦しんでいる。いっそ、ま ったく組織などないほうがいいのだ。こうして過

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、ん 、ち 、ゃ 、っ 、 ドゥルーズ&ガタリの書物では、このな 、「機械」というのがやたら出てきます。で、 て 「機 械」は機械そのものではなく、なにやら表象的も しくは抽象的な使われ方をしていて、しかもいく ら読み進んでも定義がでてこないので面食らいま す。他人の解説やドゥルーズ(&ガタリ)の解説 で多少理解できるようになる造語もあります。幸 い、 「機械」にかんしては、次のような解説があり ました。 「ドゥルーズ/ガタリが自著を語る」という討 論会で、モーリス・ナドーが「 《欲望する機械》と いう概念が登場しますね。しかし、この概念は門 外漢にはいささかわかりにくいので、もう少し定 義をしてもらいたいと思います」という質問に対 して、ジル・ドゥルーズは「われわれは機械とい うものの意味を、とくに流れとの関係においてた いへん拡張して考えることになりました。われわ れは流れの遮断システムそのものを機械と定義す ることにしたのです。たとえば、技術機械という 言い方の場合には、普通の意味で使っているわけ

ですが、それ以外に、社会機械という言い方もす れば、 欲望する機械という言い方もするわけです」 と答えています(ジル・ドゥルーズ『ドゥルーズ・ 宇野邦一監修、 河出文庫) 。 コレクションI 哲学』 つまり、ドゥルーズとガタリは「機械」を「機械 そのもの」と「遮断システム」等のまったく別の 意味に使い分けています。門外漢には、全く意味 がくみ取れないわけです。意味が分からぬといい ながら、こういうのも変ですが、どうも、ドゥル ーズの造語(造概念)には、常に二重の、正確に は三重の意味(用法)が潜んでいるようです。ド ゥルーズのキー概念で「実在」 (哲学的にいうとリ アリズムとか実存)と、 「表象」と「抽象」の三つ のヒエラルキーに対応する「語」です。例えば、 さきの冒頭の〈それ(エス) 〉は、開いた〈それ(エ ス) 〉のようです。つまり、フロイトの〈それ(エ ス) 〉とは、まるで意味(概念)は違うといいなが ら、全く同じ語を全く違う意味に使っているわけ です。もう素人にはお手上げです。 本当にお手上げというか、私は何度もこの本を 投げ捨てて(床にたたきつけたり) 、踏みつけてや りました。普通なら、最初の数行を読んで、買う

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ったということでしょうか。 それにしても、ドゥルーズの「欲望機械」とは、 身体を観念的「身」 (表象的身や抽象的身)に昇華 する装置に他なりません。これは、以前みた、哲 学ゾンビ(意識だけがない身体だけの人)すら否 定して、身体まで観念化する装置(機械)です。 哲学ゾンビは「行儀よく、まともで、外見からは われわれとまったく見分けがつかない存在だ。ど んな医学的検査や心理テストを受けさせても、い かなる観察者によっても、人間と哲学的ゾンビは 見分けられない。/唯一の違いは、哲学的ゾンビ には意識がない」 (ジュリオ・トノーニとマルチェ ッロ・マッスィミーニ『意識はいつ生まれるのか』 亜紀書房)で、まだ生身は残っていました。ドゥ ルーズ(&ガタリ)は、哲学的ゾンビすら退治し てしまうのです。 ドゥルーズ&ガタリの本とデスマッチの後で、 ドゥルーズ(&ガタリ)が何度も肯定的に取り上 げているアントナン・アルトーの詩を読んでみる と、これが実によく理解できるように感じられま す。

重大なことは この世界の 秩序の背後に もう一つの秩序があるということを われわれが知っていることだ。 それはどんなものか。 それはわからない

この領域において可能な仮定の数および秩序 は まさに 無限なのである! では無限とはなにか われわれはそれをよく知らない! それは われわれの意識が 法外な、

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「プルーストにおいては、罪悪感という見かけの テーマには、このテーマを否定するまったく別の テーマが絡みあっている。つまりそれは雌雄両性 の仕切り壁における、またシャルルスの出会いや アルベルチーヌのまどろみにおける植物的な無邪 気さであり、ここでは、花々が君臨し、狂気が無 垢なものとして示されている。シャルルスの明白 な狂気であれ、アルベルチーヌの推定される狂気 であれ。 」 対ジョイス: 「 『失われた時を求めて』の鉄道の 旅においては、 決して全体が見えるわけではなく、 眺める観点にも統一性はない。むしろ全体や統一 、断 、線 、の中にあって、旅行者は夢中に 性は、ただ横 なって窓から窓へ移動し「途切れたり対立したり するもろもろの断片を近づけ、あるいは移しかえ ようとして」 、このような横断線を描くのである。 近づけ、あるいは移しかえるということ、これを まさにジョイスは 「あらためて形態を与えること」 と呼んでいた。器官なき身体はひとつ reembody の全体のように生みだされるが、それはまさにそ れ自身の場所において、生産のプロセスの中で、

この全体によって統一化も全体化もされないもろ もろの諸部分の傍らに生みだされる。 」 さらに、ドゥルーズは、 「ミッシェル・カルージ ュが文学作品の中に発見したいくつかの幻想的機 械を「独身機械」名付けたものに、デュシャンの 『裸にされた花嫁……』 、カフカの『流刑地にて』 の機械、レーモンド・ルーセルの諸機械、ジャリ の『超男性』の諸機械、エドガー・ポーのいくつ かの機械、ヴィリエ・ド・リランダの『未来のイ ヴ』等々があり」 、これらを一つにまとめる「独身 機械」の特徴は、 「拷問、暗い影、古い〈掟〉を具 えていることによって、古いパラノイア機械を示 している」ことだといいます。 ドゥルーズは「流れの遮断システムそのものを 機械と定義する」といっていますが、ここで引用 されている文芸・芸術から推察すると、「欲望機械」 (遮断システム)とは「遮断するシステム」とい うよりは、 「遮断されたシステム」のことをいって いるようです。なにを遮断されたシステムなのか というと、 「神の精(エキス) 」から遮断されたシ ステムです。二〇世紀は、 「神の精(エキス) 」 (魂) が薄まり、あるいは遮断され、 「身」が剥き身にな

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可能性の空間は ある日私に与えられた まるで私がひり出す 大きな屁のように しかし空間についても、 可能性についても、 私はそれが何だかよく知らなかった、 それを考える必要も私は覚えなかった、 それらは 一つの要求の 切迫した必要に直面して 実在し あるいは実在しない 事物を定義するために発明された 言葉である この欲求とは観念を、 観念とその神話を打ち消し、 そのかわりにあの爆発的な必要性の 雷鳴のような表出を 君臨させようとする欲求である、

私の内部の夜の身体を拡張すること、 私の自我の 内部の無の身体 夜であり、 無であり、 無思考であり、 何か 置き換えられるべきものが 存在するという 爆発的な確信である 私の身体。

そしてほんとうに それをあの臭いガスにおとしめてしまうとい うのか、 私の身体を? 私の内部に 発生する

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果てしない、法外な 可能性にむけて 、か 、れ 、る 、のを 開 示すため われわれが使う 一つの言葉である。 意識とは一体何だろうか。 われわれはそれをよく知らない。 それは無である。 われわれに何か理解できないことがあるとき どの側面においても これを理解できないか 示すために 一つの無を われわれは使用する そのとき われわれは 意識といい、

意識の側面というのである、 しかし他にも、無数の側面が存在するのである。 それで? 意識は われわれの内部で 性欲に 飢餓に 縛りつけられているようだ。 しかし意識が こういったものに まったく 縛られないこともありうるであろう。 (中略)

それで? それで

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実は逆で、ドゥルーズ(&ガタリ)が、アルトー の詩から抽出した観念を特殊な造語に加工して超 観念を創造したのが、 ドゥルーズの観念世界です。 そして、ついに哲学的ゾンビまで虐殺されます。

3.バリ・ コード アントナン・アルトーの「神のエキス」がドゥ ルーズに流れ込んでいるのは、確かなようです。 アルトーがこのような奇妙な詩を書き、演劇を創 作したのは、すでにこれまで見てきたように、バ リを始めとする未開(と欧米が勝手に定義してい る)の精神文化の影響が強く作用したためです。 しかし、バリの精神文化は、 「心身二元」観(論) の対極にある「心身一元」感に基盤をもっていま す。アントナン・アルトーは、バリの演劇を残酷 劇として「心身二元」論(観)の演劇の原始型と 解釈しましたが、それは間違いです。バリの精神 文化は、それほど特殊なものでもありませんし、 少なくともインド(南アジア) 、東南アジアン、極

東アジア、雲南(ヒマラヤ・チベット)に分布す る文化が、少々純化し特殊化したものといっても 良いでしょう。そこで、もう一度、バリの精神文 化( 「心身一元」感)を照射して、 「心身二元」論 (観)の文化の骨格を透視しておきましょう。な お、かつて述べたように、 「心身一元」感(論)は 「内観法」と呼んだ認識法(感)で、 「心身二元」 論(観)は「外観法」と呼んだ認識法(観)です。 つまり、 「内観法」は「プラトンの洞窟」にとどま り個人の内部構造を徹底的に問うことにより得ら れる認識法で、 「心」の基盤は個人の内面にありま す( 「心」の個人主義) 。 「外観法」は「プラトンの 洞窟」から出て光の外界を徹底的に解析すること により得られる認識法で、 「心」の基盤は、外部か ら照射される光(根源的イデイアの光)で個人の 「心」が初めて認識され、したがって心の原型は 外界(人間の外)にあることになります。外観法 を支えるのは分析・分解的で、断片的で、アトム 的で、それらを統合しても基本はモザイク的認識 の世界観にしかなりません。一方、内観法を支え るのは、外部刺激を極力断った脳内過程における 認識法で、瞬間的空間把握や感性や自然共生を主

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臭いガスがあるから 私は身体をもっているんだって? (中略)

私は窒息するしかない、 そして私はそれが攻撃なのかどうかわからな い けれどもこうして私を問いでおしつぶし 問いがなくなり 問いが無になるまで 私のなかで 身体の観念が 身体であることが 窒息するまで 人は私をおさえつけた、 私が猥雑を感じたのはそのときである そして私が 錯乱によって

過剰によって 窒息に反乱して 放屁したのはそのときである。 つまり私の身体にいたるまで 身体にいたるまで 人は私をおしつぶしたのだ

そのときである 私はすべてを爆発させた 私の身体に 人は決して触れることはできないから。

アントナン・アルトーの「問いが提出される ……」 ( 『神の裁きと訣別するため』河出文庫) より

このアントナン・アルトーの詩を読んでいると、 不思議な感覚に捉えられます。これは、ドゥルー ズが書いた詩ではないかと、錯覚させられるので す。特に、ドゥルーズ&ガタリの本とデスマッチ の後ではそれを強く感じます。しかし、たぶん事

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思想の解体を迫るほど強烈な体験であったようで す。このアルトーの叫びは、叫びとして感じる以 外にありませんが、それは「心」と「身」の凄ま じい分離感覚(観)です。あるいは、その逆の「心 身」一体化への絶望的希求です。宇野邦一と鈴木 創士の解説によると、アントナン・アルトーの歴 史的「身体」は、 「 「精神」とともに、 「精神」のこ ちら側で、まさしく永続的な内乱状態のうちにあ り続けた。それは「悪」のただなかを通り抜けよ うとするグノーシス的な「身体」であり、時間を 知らない全面的なカオスに接した「器官なき身 体」 」です。 アントナン・アルトーのバリの「残酷劇」が、 ドゥルーズの手にかかると、 「生身」を失った欲望 機械へと昇華され、形而上化されます。つまり、 アルトーに与えたバリ演劇のインパクトは、ドゥ ルーズにより上品な観念論へとロンダリングがな されていきます。以下、ドゥルーズの『アンチ・ オイディプス』から、ロンダリング過程を見てみ ましょう(ただし、意味がとれないと思いますの で、西洋のロンダリングの手口を感じるだけで我 慢してください) 。

欲望機械は、私たちに有機体を与える。ところ が、この生産の真っ只中で、この生産そのもの において、身体は、組織される[有機化される] ことに苦しみ、つまり別の組織をもたないこと を苦しんでいる。いっそ、まったく組織などな いほうがいいのだ。こうして過程の最中に、第 三の契機として「不可解な、直立状態の停止」 がやってくる。そこには、 「口もない。舌もな い。歯もない。喉もない。食道もない。胃もな い。腹もない。肛門もない」 。もろもろの自動 機械装置は停止して、それらが分節していた非 有機体的な塊を出現させる。この器官なき充実 身体は、非生産的なもの、不毛のものであり、 発生してきたものではなくて始めからあった もの、消費しえないものである。アントナン・ アルトーは、いかなる形式も、いかなる形象も なしに存在していたとき、これを発見したのだ。 死の本能、これがこの身体の名前である。この 死には、モデルがないわけではない。実際、欲

、た 、、死をもまた欲望するのである。 望はこれもま

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体とする総合的認識の世界感となります。 バリ・コードを通して見ると、 「心身一元」感と 「内観」法、 「心身二元」観と「外観」法はきれい な対概念(あるいは表裏概念)になっていること が分かります。以下に、具体的事例を見ていきま す。 演劇:アントナン・アルトーがこのような奇妙 な詩を書き、演劇を創造したのは、すでにこれま で見てきたように、バリを始めとする(原始的と 称する)精神文化の影響を強く受けたためです。 形而上学的なもの、 神秘的なもの、 断固とした弁証法の存在するところに、 私の飢えの 大きな結腸が ねじれるのを私は聴く そしてその暗い生命のさまざまな衝撃のもと で 私は私の手に 衝動のダンスを教えこむ

私の足にも あるいは腕にも。

演劇と歌のダンスは、 人体の悲惨の たけりくるった反乱の演劇である 人体は侵入することのできない問題をまえに している その問題の受動的で 特殊で、 理屈屋で、 とっつきにくい あいまいな性格は 人体をこえている

この詩は以前にも引用した、アントナン・アル トー『神の裁きと訣別するため』 (宇野邦一、鈴木 創士訳、河出文庫)にある、 「残酷劇」の〈追伸〉 によります。 「残酷劇」は、フランスのパリで上演 されたインドネシアバリ島のバリ演劇に触発され て書かれたもので、それは、アルトーの中で、欧 州の「意識」の演劇(心理劇) 、ひいてはその文化、

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で革新的何かを与えたのでしょう。しかし、バリ 舞踊自体はそのようなものではありません。しっ かりとした、心身一元感の世界の元にあります。 安田登は動作に関わる筋肉として、表層筋と深 層筋があり、能では深層筋(大腰筋)が極めて重 要であるといいます(安田登『疲れない体をつく る「和」の身体作法 能に学ぶ深層筋エクササイ ズ』祥伝社黄金文庫) 。幼児の歩き方は、五歳くら いまでは、体幹をねじっている子供はおらず、皆 「二軸歩行」をしています。それが、大人になる と、中心軸感覚の「一軸歩行」になると木寺英史 は指摘します。世阿弥は、理想の能、理想の演技 は「幽玄無上の風體」といい、 「童形 (どうぎよう) なれば、何としたるも幽玄 (いうげん)なり。 」と断 言しています(世阿弥『風姿花伝』岩波文庫) 。バ リのレゴンダンスも、 「二軸動作」が基本です。ア ルトーはこのバリのレゴンダンスをみて、「あのロ ボットの軋 (きしみ)み、命を与えられたマネキン 人形の踊り」といいました。アルトーには、深層 筋による舞踏が、ロボットのように、マネキン人 形の踊りのように、そしておそらく操り人形のよ うに写ったのです。西洋の舞踏は表層筋の舞踏だ

からです。西洋は、舞踏だけでなく、絵画も彫刻 も、表層筋(あるいはそれに皮膚を被せた)の描 写に心血を注ぎます。ただし、架空の神の理想的 表層筋を知る(認識)するために想像的描写をす るわけですから、その過程で生「身」は形而上学 的「身」として扱われるわけです。つまり、 「神の エキス」を注ぐにふさわしい形而上学的「身」 (限 りなく神に近い「身」 )を追求するのが、芸術の目 的ですので。アルトーは、バリ舞踏をみて、理屈 で固められた西洋舞踏の本質的限界を悟ったのは 確かです。上記の詩は、その悟りの叫びです。し かし、アルトーはバリ舞踏は「深層筋による舞踏」 で、それは、 「心身一元」感に基づく「内観法」的 文化から立ち上げってきた、そのような文化基盤 を全く理解できなかったようです。むしろ、バリ 舞踏を西洋の「外観法」的見方で理解し、西洋舞 踏をますます分解的に切り刻み、微分的世界観へ と墜ちこんでいきます。「心身」 はますます分離し、 ずたずたになっていきます。 「心身一元」感のバリ 舞踏が「心身二元」観(論)に基づく西洋舞踏の 解体を促進したのは全く奇妙なことです。アルト ーがバリ舞踏を誤解しただけの話です。しかし、

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なぜなら死の充実身体は、みずからは動かずし 載せると、 「身」は「欲望機械」となり、 「器官な て欲望を動かすものであるから。ちょうど生の き身体」となります。論理はもちろん全く分から 、動 、す 、る 、機 、械 、 ないですし、感覚においても共感できるものはま もろもろの器官が作 working るでありません。ただ、上記の文章から理解でき であるからこそ、欲望が生を欲望する machine るのは、シュレーバー控訴院長とアントナン・ア ことになるように。こうしたことが、いかにし ルトーがジル・ドゥルーズのなかで、完全に融合 て一緒に進行するのか、いまは問わない。こう した問題それ自体が、抽象の産物なのである。 していることだけです。シュレーバー控訴院長は 欲望機械は、たえず自分の調子を狂わせながら、 分裂症者のようであり、アントナン・アルトーは まさに変調の状態において作動するのである。 ヤクで常に意識が朦朧としていました。ドゥルー シュレーバー控訴院長は「長いこと、胃もなく、 ズ(&ガタリ)の「心身」のなかで実際、何が起 腸もなく、ほとんど肺もなく、食道は裂けて、 きていたか知るよしもありませんが、何らかの理 由(切っ掛け)でアルトーやシュレーバーと「神 膀胱もなく、肋骨は折れたまま生きていた。か のエキス」を共有できる「心身」状態に限りなく れはときどき、自分自身の喉の一部を食べてし 墜ちていったのです。 この三者に共通なのは、「心」 まっていた。以下同様。 」器官なき身体は、非 「身」も形而上化し、 「欲望 生産的なものである。にもかかわらず、それは、 の錯乱状態において、 機械」のような、 「器官なき身体」のような観念的 接続的総合の中で、その時と場所をえて、生産 身体と化すことです。 する働きと生産されるものとの同一性として アントナン・アルトーは、バリ舞踊を残酷劇と 生みだされる(分裂症者の机は、ひとつの器官 捉え、そして、上記のような心身二元論的解釈で、 なき身体である) 。 「身」自体を観念化してしまいました。それは、 西洋の心身二元論的世界においては、有効なので しょうし、西洋の硬直化した思考や思想には新鮮 心身二元論的思考で「身」を形而上学の俎上に

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九七六年に開館し、ここにカマサンスタイル、バ 応するシステムです。 全くの私見で、 当たっているか分かりませんが、 トゥアンスタイル、ウブドスタイルなどの伝統的 古代インドの仏教やヒンドゥー教が浸透した地域 なバリ絵画の展示館、バリ島在住のオランダ人ア は、山の裾とそれに続く平野の境界領域、いわゆ リー・スミットの作品を集めた展示館、現代イン る里山といえる地域でなかろうかという気がしま ドネシア絵画を集めた展示館があります。この中 す。つまり、農耕だとか、山裾の産物の運搬に必 でも、 バトゥアン村のバトゥアンスタイル絵画は、 要な、深層筋[内筋]を主とした労働が必要な地 コロニアル時代にバトゥアン村に滞在した外国人 域。ヒマラヤ・チベットの裾、雲南、東南アジア に画家はいなかったため、この地域の絵画は西洋 の山岳や島嶼部、極東アジアで、ヒンドゥー教や の影響をほとんど受けていないといわれています。 仏教が広がった地域です。モンゴルには、ラマ教 バトゥアンスタイル絵画はインド叙事詩やヒンド が入りましたが、乗馬というのは深層筋を使った ゥー神話の物語をテーマにした暗めの色彩でキャ 「二軸感覚動作」で、したがって「心身一元」感 ンバスいっぱいに緻密に描かれた細密画です。一 があると理解されます。ジンギスカンの故郷は、 九三〇年代にバトゥアンスタイルが確立していま ウランバトルの北にあるヒンティー山脈の麓です。 す。グレゴリー・ベイトソンとマーガレット・ミ 心身が一体となって、なおかつ自然とも分離しな ードは一九三六年から一九三八年にかけて、バリ い、そのような「心身一元」感は、サトヤマ(里 島中部においてフィールドワークを実施し、バト 山の農用林という意味でなく、人と自然の共生・ ゥアン村にも滞在し、絵師イダ・バグス・ジャー 共存圏という意味で、かなり広く捉える)生存圏 ティ・スラーの作品を分析していますが、ベイト に特に強く発達して来たのではないでしょうか。 ソンとマーガレット・ミードがバトゥアンスタイ ル絵画に影響を与えた痕跡はありません(ベイト ソンは各地の文化を調査する際に、極力介入しな いように心がけていた) 。 絵画:バリ島のウブドにあるネカ美術館は、著 名な絵画コレクターのステジャ・ネカによって一

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それが、大騒ぎの源となっていきます。 バリ舞踏を私はそれほど特殊で奇妙とは思いま せん。バリ舞踏は、指先の一本一本にまで気を配 った手の動き、二軸歩行や多彩な足運びで外反母 趾的足運びもあるのが特徴的で、内筋(大腰筋) を中心とした運動のようで、 見せるというよりは、 演じる(体を動かす)ことに主体が置かれている 感じがします。このような特徴は、古代インドか ら続く舞踏で、身体使いが、普段あまり使わない 動作で、その筋肉も普段はそういう使われ方をし ないようなものです。つまり、非日常的動作をふ んだんに取り入れている舞踏です。 どうもそれは、 もともとは舞踏というよりも体操(ヨガ)みたい なものだったのではなかろうかと推察されます。 インドのこの深層筋(大腰筋) [内筋と呼びます] の基本動作は、仏教やヒンドゥー教とともにアジ アに広がった動作機作のように思えます。農耕と かなり関係があるかも知れませんが。 バリ島の東にロンボク島があり、この両島の間 にあるロンボク海峡をウォレス線(アルフレッ ド・ラッセル・ウォレスが発見)が走り、生物相 が生物地理区で東洋区(バリ側)とオーストラリ

ア区(ロンボク側)にきれいに区分されます。こ の海峡は、最も狭いところでは幅一八キロメート ル程度ですので、気象はそれほど大きな違いはな いのですが、バリ側植生は湿潤熱帯性ですが、ロ ンボク側植生はオーストラリア区の乾燥地適応植 物で占められ、土壌も極度に乾燥しています。植 生が土壌特性を変えていて、気象にも影響をおよ ぼす大変興味深い生態系が隣接してあります。ま た、ロンボク海峡を境に、舞踏や織物や面や食な どの文化が大きく異なってきます。パプアまで行 くと、舞踏などは、まるでアフリカのような錯覚 に陥ります。パプアでも舞踏は、深層筋[内筋] が主体に見受けられますが、バリと異なるのは、 リズムが主体となり、跳ねたり、腰を振ったり、 筋肉をピクピクさせたり、体全体がドラムに合わ せて振動している感じがします。 バリ島以西では、 深層筋[内筋]の舞踊ですが、手足で型を描くよ うな仕草になり、 パプアに比べると静的舞踊です。 アジア・アフリカの舞踏の基本は深層筋[内筋] で、 「心身一元」感の世界で、内観的認識の体操と 思います。ヨーロッパの舞踏の基本は骨格筋[外 筋]で、 「心身二元論」の世界で、外観的認識に対

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職人的な技能が比較的低次の冗長性を司っ ている場合、今述べたことが明確に観察される。 例としてバリ島、バトゥアン村の絵師イダ・バ グス・ジャーティ・スラーが一九三七年に描い た作品を使おう。バトゥアン画派の絵画はほと んどがそうであるが、この絵にも背景に濃密な 葉の繁みが描き込まれており、そこに基本的で はあるが高度に訓練された技能が発揮されて いる。ここで冗長性は、まず葉形の均一性ない しリズミカルな繰り返しという形で得られて いる。しかしこれは、いわば「もろい」冗長性 だ。その隣に汚点を配することで、あるいは次 にくる葉のサイズまたは色調を変えることで、 この種の冗長性は簡単に壊れたり途切れたり するものである。 バトゥアンの絵師が他人の作品を見るとき、 まず背景の繁みのテクニックに注目すること が多い。葉の描き方を言うと、まず最初に鉛筆 のフリーハンドで輪郭をふちどり、それから一 枚一枚黒のペンでしっかりなぞる。すべての葉 の輪郭が出来上がったのち、筆に薄い墨を含ま せて一度塗り上げ、それが乾いてから二度目は

外縁を除いて、葉の中心部近くを塗り、その次 はさらに内側と、同心円状に重ね塗りをやって いく。こうして、縁が白っぽく、中心に行くに したがって色濃くなっていく葉の群れが描き あがる。 (中略)

しかしこうした「正確さ」の上に、レベルの 異なる冗長性がくる。低次の画一性を「変奏」 するところに高次の冗長性が生まれるのだ。あ る箇所の葉を別の箇所の葉とどう違えるのか。 そしてそれを違えながらも、その違いがそれ自 体なんらかの冗長的な繰り返しのなかに── つまりより大きなパターンのなかに──収ま るためには、全体をどうあしらったらいいのか。 実際のところ、第二のレベルを成立させるこ とこそ、第一レベルにおける制御の必要生と機 能があるのだ。この絵かきは、その気になれば 葉を均一に描くことが出来る、という情報を鑑 賞者が受信できなければ、その均一性が変奏さ れることの意味が消えてしまうわけである。 つねに一定の音色を出せるバイオリン弾き だけが、音色の変化を芸術的効果のために使う

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バリ絵画の大きな転換期は、一九二〇年代オラ ンダ支配下のウブドの領主チョコルダ・スカワテ ィ一族に招かれた、ドイツ人画家・音楽家ワルタ ー・シュピースが西洋絵画を教えことによるとい われています。そして、これまでまるで、シュピ ースがバリ絵画を創設したみたいなことが流布さ れていますが、これは西洋の自己中的解釈(宣伝) にしか過ぎません。確かに、絵の具だとか絵筆と かで、西洋風の絵画の描き方を教えたでしょう。 色彩は鮮やかになったでしょう。しかし、当時(ほ とんど現在も)の絵で、油絵的な西洋技法の特徴 のひとつである解剖的手法はほとんど見られませ ん。バリ島在住のオランダ人アリー・スミットの 作品をみると、むしろバリ絵画を模倣した感じの 油絵を描いています。バリ絵画と比べると、むし ろ構想や創造の貧しさを感じます。 バトゥアンスタイルの作品はユニークではっき りとわかる特徴があります。ひとつの作品に描か れたいくつかの場面は物語的要素を持ち、全体と してひとつのストーリーの中で描かれています。 また、小さく様式化された人物が空間を埋め、西 洋技法の特徴のひとつである解剖学的手法はほと

んど用いられていません。絵は暗くミステリアス な雰囲気を持ち、宗教テーマの作品では装飾的な 群葉や茂みに囲まれて行われる儀式を効果的に描 き出しています。そもそも、バリ島の絵画は、西 欧的な「芸術絵画」とは異なり、バリ・ヒンドゥ ーの祭礼や儀式に使われる伝統的奉納画として伝 承されてきたものです。絵画を描く動機もまるで 異なることは重要です。 グレゴリー・ベイトソンは、バリの絵画をよく 観察しています(G・ベイトソン『精神の生態学』 佐藤良明訳、思索社) 。

芸術と呼ばれる行動、あるいはその行動の産 物(これも芸術と呼ばれる)は、ほとんど例外 なく、二つの特性を持っている。まず第一に、 芸術は技能(スキル)を必要とする。あるいは 技能を披露する。そして第二に、芸術には冗長 性とかパターンとかいうものが含まれる。 しかし芸術家の技能はまず冗長性を維持す ること、そして次にその冗長性を「変奏」する ことに発揮されるわけだから、右の二つを別個 に扱うことはできない。

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感じで、いわゆる絵画にはほとんど見るべきもの がありません。整理が悪いですが、細密画は充実 しています。ウダイプル派パンナーラル『マハー ラーナー・ファテ・シン、チットールでの虎刈り』 の細かな葉の描写は、 バリ細密画そのものです (山 。細 田和『インド ミニチュアール幻想』平凡社) 密画は精霊のいる風景の描き方として最適である ことを、水木しげるから学びました。例えば、水 木しげるの『水木しげるの戦場──従軍短編集』 (中公文庫)などをみると、動きのない風景画が 所々挟まれていますが、 これにははっとさせられ、 彩色はされていませんが、 まさに細密画なのです。 水木しげるの細密画は、まさに精霊が自然の中に 潜んでいるという感覚を与えます。インドも精霊 に満ちている、バリも精霊に満ちている、そして 日本にも。その精霊のいる風景を描けば、一つは 細密画になるのです。 「サイケデリック」 (サイケ=精神、デリックス =拡張剤)やヤクを用いてかかれた絵画は、アメ リカやヨーロッパの現代美術館にいけばいやとい うほど見ることができます。原色の光の束のよう であり、バラバラな具象だかなんだか分からぬ、

得体の知れない群れです。武井秀夫+中牧弘弁允 『サイケデリックスと文化 臨床とフィールドか ら』 (春秋社)は、いまではありえない、各種「サ イケデリック」を自ら試して、研究した成果を本 にしたものです。描写からすると、ぐちゃぐちゃ の世界が現れてきて、東洋の内観的瞑想によるイ メージの出現とはまるで異なるようです。欧米が 「サイケデリック」やヤクで、まるで内観的世界 を獲得したかのような気になっているようですが、 それ自体が全くの幻想であることがこの本から読 み取れます。 [座禅・瞑想等の内観法的深層内面像 とヤク・サイケデリックによる外観的表層内面像 の文化的意味はまるで異なるので、はっきり区別 して議論しないといけません] 。 サイケデリックの それは、アントナン・アルトーが描いて見せた、 バラバラのグロテスクな世界にしかすぎません。 あるいは、ヤク中のサルトルが『嘔吐』で書いて 見せた意識像です。サルトルの場合に、単に幻覚 であり、それが実存とすると、 (サルトルの)実存 とはいかにも軽薄な概念に過ぎないことも理解で きます。マロニエの樹の根元をみて、嘔吐に襲わ れるのは、心(観念)はなぜか樹の根に「神のエ

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ことができるということだ。 この原理は美的現象を考える上で基本にな るものである。技能とパターンとの結びつきは、 美の鑑賞にはほとんど普遍的なものだが、その 理由も今の原理から説明されると思う。例外も たしかにある。手を加えていない自然、拾って きたものをそのまま陳列する「ファウンド・オ ブジェ」 、インクのしみ、統計の点々図、ジャ ッソン・ポロックの作品。これらが美を伝える ことはある。しかしそこには同じ原理が逆から 例証されていないだろうか。目にするオブジェ そのものの構成はたとえランダムであっても、 より大きなパターンのなかで、そこに制御が働 いているという錯覚がうまれることはあるだ ろう。また中間段階のケースもある。バリの木 彫りの像ではよく、像の形と表面の細部をあら わすのに自然の木肌がそのまま生かされる。こ こで彫師の腕(スキル)は、細部をいかに「構 成する」かではなく、すでに構成されている木 のなかに、どのように自分の発想を忍び込ませ ていくのかという点に発揮されるわけだ。ここ に単なる具象によって得られるのとは違った、

特別な芸術的効果が生まれる。彫師のデザイン

、働 、してこの像の と自然の物理的システムが協 姿を決定しているということが伝わってくる ところに、独特の美的効果が生まれるのである。

ベイトソンは「バリの木彫りの像ではよく、像 の形と表面の細部をあらわすのに自然の木肌がそ のまま生かされる。 」と指摘しますが、これは重要 な点です。西洋では、像を彫るとき空想(想像) 的理想像を刻み込んでいきますが(観念的操作、 微分的解析操作) 、 バリでは素材から像を取り出す というのです。これはいってみれば、円空の仏像 とおなじ創作原理です。円空は確か、 「仏様を取り 出す」 というようなことをいっていたと思います。 絵画も彫刻も、バリでは結局、自然から取り出す ものということになります。ベイトソンにはそれ (取りだされるもの)が精霊であるとは理解でき なかったようですが。 バリの細密画の起源は不明ですが、インドの細 密画の影響が考えられます。インドのニューデリ ーにある国立博物館は整備が良くなく、すさんだ

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加藤清はパブロ・アマリンゴの油絵に微視的サ イケデリック体験(小曼荼羅化、知覚の変貌、情 動的錯視、共感覚、色彩酩酊、有情化、相貌化、 相貌的直角、身体的心像の変容)をみたといい、 そしてサイケデリック体験自体はそのようなもの なのでしょう。しかし、パブロ・アマリンゴの細 密油絵は、精霊を自然のなかに感知出来るかどう かを示していて、それはそういう文化がないとこ ろに、 「サイケデリック」を投入しても、欧米の現 代美術が証明するように、無残なただバラバラに なっただけの「心」の残骸が累々ということにな ります。本当に「サイケデリック」がこのような 細密画を生みだすなら、このような細密画が溢れ ているはずですが、欧米の現代美術館を随分見ま したが、まったく見かけません。むしろ、欧米の 現代美術館には文化の共同墓地を感じさせます。

山田詠美『熱帯安楽椅子』 (集英社文庫) :山田 詠美の小説には、著者が第三者となり、さらにま せた女の子(大人の純な女)が覚めた目で、他人 の性を観察するような構造(文体)が多いです。 濃密な性を描きながら何処かで覚めている。つま

吉本ばなな『マリカのソファー バリ夢日記』 (幻冬舎文庫) :マリカの多重人格の話で、まるで バリの精神文化に共鳴したような、不思議な感覚 世界を描き出しています。

れるはずのθ波とが強大なパワーで出現すことを 明らかにしました(雑誌『科学』の特集「感情を 支配するものは何か」七五巻六号、七一三‐七一 八) 。 つまり、 バリの舞踊は、 アルトーや西洋の人々 が考えるような残酷劇でも、悪魔が取り憑くよう なトランス(憑依)でもないのです。どうも舞踊 による動的 「禅」 と言ってもよいかもしれません。 バリを舞台にした、日本の小説や紀行文でも、欧 米人のような異常反応を示すことはほとんどあり ません。むしろ非常に強い共感や共鳴感を示しま す。

小説:バリの舞踊ではトランス(憑依)状態に 入って行くことがしばしばあるようですが、大橋 力は脳電位データを取り、憑依下で暴れ狂ってい るのに、清明な意識で憩い安らいでいるときに現 れる脳波α波と、浅い睡眠状態に入って初めて現

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キス」を注入したくなったのでしょうが、身が身 を挺して嘔吐して、心(観念)の暴走(制御不能) をようやく止めたというしだいです(という風に 私には読めます) 。ヤク中のたわごとです。フッサ ールがいう実存なぞという大それたものではあり ません。 「心身二元」論の世界では、ヤクや「サイ ケデリック」は心(観念)の暴走をもたらすだけ のようです。 先の『サイケデリックスと文化 臨床とフィー ルドから』で、加藤清はペルーのシャーマン画家 パブロ・アマリンゴの油絵で、その中でも「精霊 の神話的な変化」は、 「我々の個々に細分された微 視的サイケデリック体験(小曼荼羅化、知覚の変 貌、情動的錯視、共感覚、色彩酩酊、有情化、相 貌化、相貌的直角、身体的心像の変容)を集積し、 それを材料にして、ペルーの風土の下でそれを統 合し、芸術的に表現しているように思われ、筆者 は大変感動した」と述べていますが、これは、多 分、間違がった見解でしょう。この絵は実に素晴 らしい細密画なのですが、少なくとも、 「サイケデ リック」で微視的サイケデリック体験のようにバ ラバラになるだけの心象から、このような細密画

は生まれてきません。ペルーのシャーマンですか ら、ヤクのたぐいを使ってはいるのでしょうが、 それは深い瞑想への導きのようなもので、深い瞑 想なしにこのような細密画が描けるわけがありま せん。また、大江健三郎のもらったフィチヨル・ インディアンのつむぎ糸絵画(ヤーン・ペインテ イング)は、 「絵のなかばまであざやかな青のつむ ぎ糸で埋められている。それを背景にやはりあざ やかな赤でふちどりした、単純なかたちの人物が ふたりむかいあっている。片方はまっすぐ背をの ばしているが老年の師匠(パトロン)のようであ り、片方の若い弟子のような人物は、極端に首を うなだれている。 両者の間を大きな樹木が区切り、 かれらの頭上には太陽と月があって、それらもみ な幻覚作用を介して描かれるようなおそろしいあ ざやかさのオレンジ、紫、グリーン、白である」 です( 『 「雨の木(レイン・ツリー) 」を聴く女たち』 新潮文庫)の「 「雨の木」の首吊り男」より) 。フ ィチヨル・インディアンも幻覚剤を使いますが、 「つむぎ糸絵画」の幻想性と鮮やかな彩色はすば らしいもので、欧米のヤクによる画とはまるで異 なっています。

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が精霊を守る(養う) 、それは精霊の棲む自然を守 ることでもあります。このようなアニミズムは緻 密な環境情報を自然から取り出すための儀式かも しれません。自然に潜む精霊達とこれほど濃密に つきあえば、自然の異常はたちどころに感知され るはずです。精霊は人と自然を繋ぐ媒体です。ア ルトーや西洋の人々はバリ舞踏のなににおびえた のでしょう。日本の作家達が、異常反応しなかっ たのは、文化の根底が何であるのか、深い意味を 投げかけていると思います。

4.大地・ コード かつて西洋では、 「神のエキス」とは「大気圏外」 の神(絶対者)から注入されるという「外観的」 世界観が圧倒的で、そういう世界観を人々が共有 していたからこそ、それをデカルトが「心身二元」 論(観)として纏められたのだと思います。文化 とはそういうものです。回りに共鳴する者がいな ければそういう文化が成立するはずがない。漠然

とであれデカルトと意識を共有する集団がそうと う数いたはずです。しかし、近代の一九世紀から 現代にかけて、西洋の基盤中の基盤であるはずの 「心身二元」論(観)自体が深傷を負います。特 に、思想や文化や芸術において、 「神のエキス」は 薄まり続けます。 「神のエキス」は、本来、天空か ら「身」 (人)に注入されて来ていましたが、一九 世紀後半からは、なぜか「身」 (人)を通り抜けて、 「大地」へと注入され始めます。

ポール・ ヴァレリー:初期にはギリシャの神々へ の讃歌である、 「エレーヌ」 「オルフェー」 「ヴェニ ュスの誕生」 「妖精の国」等々の詩を書き連ねてい ます。そして「アポロンの巫女」 ( 『ヴァレリー詩 集』鈴木信太郎訳、岩波文庫)では、神の醗酵の 胤 (たね)を注入されて、胎内に神の子(分身?) を身ごもるという、 「外観的世界」観の詩を書きま す。自意識過剰のナルシスなのか、コンプレック スの塊のオイディプスなのか、私には分かりませ ぬが、いわゆる神々による自意識の強烈な目覚め とでもいいましょうか。そして晩年に近づくにつ れて、過剰な自意識は大地へと逃れていきます。

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り、どうも「心」 「身」の分離を眺めている感じが します。ところがバリを舞台とした『熱帯安楽椅 子』 でもそのような構造を取っているはずですが、 この小説では、バリの熱帯で精霊達のなかで、自 身(主人公)の心と体(身)があまりにも濃密に 融合してしまい、生命を爆発させていくような、 まるでバリの憑依の世界に身を任せているような 不思議な感じが出でいます。 椎名誠『あやしい探検隊 バリ島横恋慕』 (角川 文庫) : 「古きよき時代の遠い昔の日本の風景を眺 めているようなやさしさがある。まだここでは人 や動物が田んぼの緑の中に融合している。 」 「これ ほどまで真剣に大地に頭を垂れ、目の前のものに 思いを一心に捧げるということが今まであっただ ろうか。 少なくともぼくは初めての体験であった。 山と宇宙が目の前で一体となっている。 」 「端の方 に二列に並んだガムランの演奏団がいる。一見単 調のようだが、しかし聞いているとさまざまに奥 の深い、打楽器を中心にした音楽の中で、古典的 な衣装をつけた踊り子が力をこめた踊りをるふま ってくれた。それぞれに、〝動く様式美〟という

ようなものを感じる。 」

中島らも『水に似た感情』 (集英社文庫) :取材 で出かけ、数人の関係者をナントカチャン呼び合 う仲で、 それぞれ特徴的気質の持ち主集団ですが、 この本をバリで読んでいると、誰がどうだったか どうでもよくなってきて、人物達がなにやらバリ の雰囲気のなかでは、 溶けて融合してくるのです。 個性とか、性格とか、人格とか、カルチャーとか、 とにかくどうでも良くなってくる感じがしてしょ うがない。

バリの精霊たちは、 そこら中に潜んでいるから、 葉に載せた御供えがそこらじゅうに置かれていま す。道路、玄関、塀、あらゆる所に。しかも一日 に三度も御供えをします。これは、もう精霊を養 っているという感じです。寺院が無数にあり、祠 が無数にある。祭りの際には、各家庭の玄関先に はペンジョール(日本の七夕の竹飾りにも似た、 竹の飾り付けで、その家の独特の文様がある)が 立てられ、祖先霊や神々は、このペンジョールを 目印に各家庭に降り立つといわれています。人間

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ハイデガー:ハイデガーは、青年期、故郷メス キルヒ近郊のボイロン修道院にて、本格的な深い 瞑想生活に入ります。度重なる心臓発作(神経性 心臓病)のなかで、ハイデガーは、 「死を極限まで 思うそのメレテ・タナトの行法がこうじたある日、 最終最後のあるなにかを、しっかりつかむ。それ は、 「驚異中の驚異、つまり、存在者が《存在する そのこと》 」をはっきり認識し、 「なにか神のよう

に時空をこえて旅をしました。 「大気圏内」の神 (神々)‐リルケの「内観的世界」‐生命の根源 の「大地」 (井筒俊彦がいうところの「地的生命」 ) が、 リルケの歳と共に繋がっていく感じがします。 リルケは「大気圏内」→「内観的世界の身」→大 地」へと抜けていきました。

『マルテルン手記』のなかで、ホフマンスタ ールの「詩人の目には瞼がないみたいだ」に呼 応して、リルケは「僕には僕を覆う屋根がない。 雨は僕の目にしみる」と書いた。(中略)ヴェル レーヌといえば、名を言っただけで、 「都に雨 の降るごとく、わが心にも雨ぞ降る」という句 は誰にでも浮かんでくるだろう。この句のなか で、 「わが心」は外の雨から遮断され、守られ ている。外と内は区別されている。そうであれ ばこそ、外の景色で心の内側が「表現」されて いるのである。その「心」は近代の「意識」で あり、そしてそうした心を「表現」することが 近代芸術の本質だった。近代芸術の本質は「表 現」だった。 「表現」は人間の心の表現に帰着 する。

です。 加藤泰義は、ハイデガーは「実存」をリルケに よって分かり易く説明しているといいます。この 「実存」の説明が、わたしにも最も分かり易い説 明でしたので、少々長いですが引用してみます ( 『リルケとハイデガー』芸立出版) 。

) 」を感じたという神秘体験を書 なもの( ein Gott いています(古東哲明『ハイデガー=存在神秘の 哲学』講談社現代新書より) 。そして、ハイデガー は天空の神を抜け、実存(絶対神の実在)を身体 内に一瞬感じ、 『存在と時間』後は、 「大地」の哲 学(思索)を続けます。天空(神)→身体→大地 へと抜けていった、まるでリルケそのもののよう

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ここで、自意識はもちろん「神のエキス」です。 下記の詩片は、 「神のエキス」が大地に注入された 感覚を描いています。 ……貴重なる堅さよ…… おお 大地の感覚 よ、 わが歩みは、神聖なる確信を 汝の上に据ゑた るなり。 然るに わが生きたる足の、 触れ探り 安神 を産み しかもまた恐怖を抱きて誕生の約束を思ふ その下に、 大地は鞏固不動なれど わが思考の臺座に迫 り来る。 『ヴァレリー詩集』 (同上)の「若きパルク」 より 深い地底の祖父たちよ、住む者も居ない頭よ、 土を掬 (すく)つて盛り掛けた重みの下に 土と化し、わが歩調 (あしどり)も識別し得ない 人々よ、 本當に蝕 (むしば)む者、墓蟲でないとは證明し

切れない蛆蟲 (うじむし)は、 墓場の石の下に眠る祖父たちの為ではなく、 生命を啖 (くら)つて生きて、俺を離れることが ない。 『ヴァレリー詩集』 (同上)の「海邊の墓地」 より

リルケ:神品芳夫によると、リルケは「キリス ト教にはもっぱら批判的で、 教会の形骸化を嘆き、 人間が神と直接交わるのを妨げる「仲介者」イエ ス・キリストの役割を否定することに重点を置い てきた。神は遠いところにあった。しかしロシア 体験によって人間と神との距離が近づいたのであ る」といいます( 『リルケ 現代の吟遊詩人』青土 舎) 。ここでいう「神」は、絶対「神」ではありま せん、リルケの「神」は、 「神さま」で何やらアニ ミズム的です。 井筒俊彦はトルストイを「地的生命」といいま す。ロシアの大地は「地的生命」をはぐくみます。 ここでは、 「地的生命」とは「内観的世界」観をも った生命と理解します。 リルケの詩は初期には「大気圏内」を縦横無尽

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つけた。そのなかで、 ああ 生とは 生とは 外にいるという ことだ という決定的な句を書き残した(略) 。それの意 味するところは、人間の生には「内」の庇護は 一切なく、外へ吹き曝されているということに ほかならない。 人間存在を「実存」から捉えるハイデガーは、 を原意どおり「外へ出ているこ 実存 Existenz と」として捉える。この意味は、第一には、リ ルケと同様、人間は内側で「外」から守られた 「意識」として存在しているのではなく、その まま外へむき出しのまま曝されているとする ものである。 むき出しのまま外へ出ているということは、 第二には、外のものと初めからつながっている ということである。 「外」と「内」がそれぞれ 先ず切株のように別個にあって、次にそれが関 係してくるというのではない。初めから外のも のとつながり、かかわっているというのである。

リルケの場合、すべてを「つながり」から捉え ることが彼の基本だったことは先に見た。ハイ デッガーも人間存在をかかわり、つながりとし て捉える。

さて、この解説を読むと、実存がすっかり分か った気にさせられ、人間存在は「つながり」だと いわれると、 「そのとおり」と、すっかり納得させ られてしまいます。しかし、 「 「意識」がそのまま 外へむき出しのまま曝されている」状態って、ど ういう状態なのか全く理解できません。 これだと、 「意識」は単なる外界に曝されたセンサー(感覚 器官)ということになりかねませんか。これって、 「心身一元論」のようだけど、結局、「心身」の「心」 を「身」の外に一部曝すといった、 「心身一・五元」 論じゃないのかと疑われます。ハイデガーは「タ オ(道) 」を随分研究したように思われますが、結 局、ハイデガーは、 「タオ(道) 」が「心身一元」 であることを理解できなかったと私は考えます。 それは西洋の伝統にしたがってハイデガーも 「心」 を「身」からの出し入れで考えたせいではないで しょうか。

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それに対してリルケは「雨が僕の眼にしみ る」と書いた。そこには内を守ってくれる壁は もうない。そのまま外の雨に曝され、外に対し て剥き出しにされている。そのような在り様が 「実存」と言われるものである。リルケはそう した在り様を「生」という語で示してはいる。 しかしハイデガーは、自分の言う実存概念の内 容がそこに示されているとして、リルケによっ て「実存」を説明した。 リルケの場合、曝されているということは基 本語の一つといっていい。次のような詩がある。 心の山上で曝されて 見よ あそこに何 と小さく 見よ 言葉の最後の村落が そしてもっ と高いところに しかしそれもまた何と小さく まだ感情 の 最後の農園が あれが見えるだろうか 心の山上で曝されて 手の下の 岩の大地が そこにはおそらく 花がいくらか咲いている 無言の絶壁か

らは 知ることに無縁な花が歌いながら咲き出 ている しかし 心の山上で曝されて 知る者は ああ いま知り始め そして沈黙する者 はどうなのか そこには すこやかな意識をもって おそらく いくらかのものが いくらか の山の獣たちが 安心して徘徊し 出没しているだろう そして大きな 守 られた鳥が 純粋な拒否の頂をまわって輪を描く── しかし 心の山上のここでは 守られることもな く……

人間は剥き出しの自然に放置されているといった 意味の詩です。さらに、加藤泰義は次のように指 摘します。

リルケは一九二六年十二月二十九日に死んだ が、その病床でおそらく最後の詩を手帖に書き

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飲んだのか。 この稚 (おさな)いオアーズの流れを前にして、 俺に何が飲めただろう。 ──楡 (にれ)の梢に声もなく、芝草は花もつけ ず、空は雲に覆われた。── この黄色い瓠 (ひさご)に口つけて、ささやかな 棲家 (すみか)を遠く愛しみ、 俺に何が飲めただろう。ああ、ただ何やらやり きれぬ金色の酒。 俺は、剥げちょろけた旅籠屋 (はたごや)の看板 となった。 ──驟雨が来て空を過ぎた。 日は暮れて、森の水は清らかな砂上に消えた。 『神』の風は、氷塊をちぎりちぎっては、泥池 にうっちゃった。 泣きながら、俺は黃金を見たが、──飲む術は なかった。 「錯乱 Ⅱ」 『地獄の季節』 (同上)より

ここは、ヒースの荒地(泥炭地)ですが、開発を 拒んできた地です。泥炭地の水は、腐植酸により 紅茶色ですが、ランボーはこれを黄金色といって います。ランボーにとって、 『神』の風は、無為無 力です。俺(ランボー)は水を飲むことすらでき ない。美味しい自然ではない。拒絶する自然。 『神』 は「神のエキス」どころか、自然すら与えてくれ ない。 このランボーの目は、ゴッホの目のようにも感 じられます。小林秀雄は、ゴッホが自殺する直前 に描いた有名な複製画を上野の展覧会で見て愕然 としたと書いています ( 『ゴッホの手紙』 角川文庫) 。

熟れきった麦は、金か硫黄の線条のように地面 いっぱいに突き刺さり、それが傷口のように稲 妻形に裂けて、青磁色の草の緑に縁どられた小 道の泥が、イングリッシュ・レッドというのか しらん、牛肉色に剝き出ている。空は紺青だが、 嵐を孕んで、落ちたら最後助からぬ強風に高鳴 る海原のようだ。全管絃楽が鳴るかと思えば、 突然、休止符が来て、鳥の群れが音もなく舞っ ており、旧約聖書の登場人物めいた影が、今、

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ランボー:ランボーは「キリスト教を信じた事 はない。刑場で歌を歌っていた人種だ」と宣言し ます( 『地獄の季節』小林秀雄、岩波文庫) 。 「神の エキス」の注入もない。いきなり、悪魔が出て、 地獄が出てくる。ランボーの場合には、プラトン の洞窟そのものからスタートする感じです。その 洞窟は、闇で、地獄で、悪魔が蠢く。リルケのよ うに、地上の精霊との出会いもない。ドゥルーズ のような、 「神のエキス」を注入する大地もない。 俺は毒盃を一盞 (さん)見事に傾けた。──た またま俺が受けた忠告には、くれぐれも礼を言 って置こう。──臓腑は焼けつく。劇毒に四肢 は捩 (ねじ)れ、形相は変り、俺は地上をのた打 った。死にそうに喉は乾く、息はつまる、声も 出ない。地獄だ、永劫の責苦だ、どうだ、この 火の手の上りようは。俺は申し分なく燃え上が っている。悪魔め、ぐずぐずするんじゃない。 俺は、善と幸福とへの改宗を、救いを予見し てはいた。俺はこの幻が描けるか。地獄の風は 讃歌なぞご免だと言う。神の手になった、麗わ

しい、数限りないものの群れ、求道の妙 (たえ) なる調(しら) べ、力と平和と高貴な大望の数々、 ああ、俺は何を知ろう。 『地獄の季節』 (同上) 「地獄の夜」より

ランボーの詩にも、 「神」という言葉が無数に出 て来ます。しかし、その神は機能していない。つ まり、 「神のエキス」なぞ、これっぽっちも期待で きない。ランボーの足元の大地の地獄には悪魔が いる。 「実存」も機能しない。自然と対峙するのみ である。西洋が見下していた、自然とようやく対 峙したのです。リルケは自然の精霊と融和した。 ランボーは、裸の自然と向き合っている。悪魔の 潜むといわれてきた西洋の自然(おもに大地)と 対峙している。地獄の自然と対峙している。次の 詩は、大げさですが、西洋の三千年紀の呪縛を逃 れた詩ではないでしょうか。

鳥の群れ、羊の群れ、村の女たちから遠く来て、 はしばみの若木の森に取りまかれ、 午後、生ぬるい緑の霧に籠められて、 ヒースの生えたこの荒地に膝をつき、俺は何を

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の概念に都合の良い様に好き勝手に論理を構成し ていきます。それは見事な手口ですので、少々長 く引用します。 (そもそも、バリ演劇なぞどうでも よいという姿勢もみられます。というか、もうほ とんど触れもしません) 。 (スーザン・ソンタグ『ア ルトーへのアプローチ』みすず書房) 。 (実際、 )アルトーのいやしがたい意識の苦 痛を惹き起すのは、まさしく精神を肉体から切 りはなして個別に考えることを拒否するから にほかならない。彼の意識は肉体から遊離する どころか、その苦難がまさに肉体と直接関連し ていることに由来するような意識なのである。 ありとあらゆる位階的意識概念、あるいはたん に二元論的意識概念との戦いのなかで、アルト ーはつねに自分の精神をあたかも一種の肉体 であるかのように扱う──しかもそれはあま りにも無垢であるかあまりにも汚辱にまみれ ているために、彼には《所有》できない肉体で あり、またその錯乱によって彼が《所有されて いる》 [憑かれている]神秘的な体験でもある のだ。

アルトーを嘆かせる困難は、その場に閉じこ められる。なぜなら彼はそもそも考えられない こと──肉体はどのようにして精神であるの か、いかにして精神は肉体でもあるのかという 問題──について考えつづけるからである。こ のかぎりないパラドックスは、同時に反芸術で もある芸術を生み出したいというアルトーの 願いにも反映している。とはいえ、後者の逆説 は現実的というよりもむしろ仮説的なもので ある。

どちらかといえば話し言葉のほうに向いて いるヨーロッパの俳優が、心の《運動選手》と して再訓練されるような演劇を提唱すること によって、アルトーは、精神的・肉体的努力─ ─試練としての芸術への根深い嗜好を示す。/ アルトーの演劇は、精神の概念を完全に《物質 的な》事件にかえる激烈な機械であり、そのな かには情熱自体もふくまれる。感動や思想を表 現するのにヨーロッパ演劇が何世紀にもわた って言葉にあたえてきた優位性に反対して、ア

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スーザン・ ソンタグ:アルトーはバリの演舞から、 全く基本コンセプトの異なる(理解していない) 残酷劇を創作します。つまり、 「心身一元」感のバ リ演劇を、 「心身二元」観の西洋演劇に作りかえま す。スーザン・ソンタグは、このアルトーの残酷 劇を、西洋の地下の文化に結びつけます。バリ演 劇が換骨奪胎される見事な手口をソンタグを通し てみてみましょう。これが、西洋観念論(形而上 学)の一つの手口(ロンダリング)なのです。ス ーザン・ソンタグの記述からすると、彼女はバリ 演劇を見たことがないようで、言葉だけで、自分

れまでのように神が与えてくれた「美味しい(美 麦の穂の向こうに消えた――僕が一枚の絵を 鑑賞していたということは、あまり確かでない。 味しい)自然」ではなく、対峙する自然です。ど うも、ランボーの目にも、自然はそう写った、そ むしろ、僕は、ある一つの巨 (おお)きな眼に見 据えられ、動けずにいたように思われる。 う感じられます。この視点は、 「心身二元」論(観) をどういじっても出てくるものではありません。 どこかで、西洋の自然観を抜け、 「心身二元」観も 抜けだした感じがしますが、では、抜けだして、 どこに自分の「場」を見出したのでしょうか。そ こは、洞窟でもなく、吹きさらしの荒野です。荒 れ地です。

この「巨きな眼」 (思想)は、 「彼(ゴッホ)に は自然とは不安定な色彩の運動ではなく、根源的 な不思議な力で語りかける確固たる性格なのであ り、人間も、この力との直接的な不断の交渉によ ってのみ、本当の性格を得ると彼は信じてきた」 といったもので、さらにたたみかけるよう次のよ うに述べています。 彼(ゴッホ)のナチュラリスムとは、自然との 不断の格闘のことであり、この格闘により、自 然は人間の刻印を受け、人間は自然の刻印を受 ける。この一全体を、饒舌と作為とによって解 体しようとする現代に抗して彼は「人間性(ユ マニテ) 」と呼ぶのである。彼を駆り立てる彼 に親しい魔神もそこにいた。 このゴッホの「自然との不断の格闘」とは、こ

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いう感覚、のけものにされているという感覚、 神が不在となった宇宙のなかで人間の心を苦 しめる魔神の力にとりつかれたという感覚で ある。 (中略)グノーシス派の隠喩においては、精神 はうち捨てられたもの、失墜したものとして肉 体に閉じ込められている。

精神を解放するものであるためには、演劇は 生そのものよりもっと大きな衝撃を表現しな ければならないとアルトーは考える。しかしこ の事実はアルトーの自由観自体がグノーシス 派のそれであることを示している。 アルトーの主要隠喩は古典的グノーシス派 のそれである。肉体は《物質》にかえられた心 なのだ。肉体が魂を圧迫し歪めるように、言語 もまた同じ作用をおよぼす、というのも言語は 《物質》にかえられた思考にほかならないから だ。アルトーが自分自身に課した言語の問題は 物質の問題と同一である。肉体への嫌悪と言葉

への反感は、同じひとつの感情のとった二つの 形態にすぎない。アルトーの心象によってたて られた等価関係のなかでは、性的関係は肉体の 腐敗堕落した活動であり、 《文学》は言葉の腐 敗堕落した活動なのである。もろもろの芸術に おける活動を精神解放の手段として利する希 望をアルトーが完全に捨てたことはなかった が、芸術はつねにうさんくさいものだった── 肉体がそうだったように。そして芸術に托した アルトーの希望は、肉体にたいするそれと同じ く、やはりグノーシス的なものであった。全体 芸術のヴィジョンは肉体的救済のヴィジョン と同じ形を取る( 「肉体は肉体だ/それは独自 に存在し/いかなる器官も必要としない」── アルトーは最後の詩のひとつにそう書いてい る) 。芸術は、救済された肉体と同じく、それ 自体を超越するときに──いいかえればそれ がもはや器官(ジャンル)をもたず、さまざま な異る部分をもたなくなったときにはじめて 救済をもたらすものになる。アルトーの想像し た救済された芸術にあっては、個々に分離され た芸術作品は存在せず、ただあるのは全体芸術

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ルトーは、感動の有機的基盤と思想の肉体性を、 俳優たちの体を通して示そうとする。 プラトンの見方の基盤は、生と芸術、現実と 表現とのあいだにのりこえがたい差異を想定 することにある。 『国家』の第七巻にみられる 有名な比喩的表現のなかで、プラトンは無知を、 巧みに照明された洞窟のなかの生活にたとえ ている。その住人にとって生はひとつのスペク タクルなのだが、ただそのスペクタクルは現実 の出来事の影だけからなっている。洞窟は劇場 である。そして真理(現実)はその外の日のあ たる場所にある。 『演劇とその分身』にみられ るプラトン的比喩表現において、アルトーは影 とスペクタクルについて、より寛大な見方をし ている。偽りの影(およびスペクタクル)と同 じく、真の影(およびスペクタクル)もありう ると彼は考え、人はその両者を区別できるよう になれるはずだと考える。洞窟を出て白昼の現 実をみつめることこそが叡智なのだとみなす どころか、近代の意識は影の欠落に苦しんでい る、とアルトーは考えるのである。そのために

とるべき策は洞窟にとどまることである、しか しよりよいスペクタクルを創造しなければな らない。アルトーの提唱する演劇は、 《影を命 名し、影を導く》ことによって、さらには《新 しい時代の影への道を準備する》ために── 《人生の真のスペクタクル》はその道のまわり に集まるはずなのだが──《偽の影》破壊する ことによって意識に奉仕する。

ニーチェが精神の無神論的神学、否定的神学、 神なき神秘思想を冷静に受容したのにたいし て、アルトーはある特定のタイプの宗教的感受 性──グノーシス派のそれ──の迷路のなか をさまよった(ユダヤ教、キリスト教、イスラ ム教の場合それぞれ異端的辺境に押しやられ ているとはいえ、ミトラ信仰、マニ教、ゾロア スター教、およびタントラ派仏教の中心に位置 する永遠のグノーシス派の主題は、さまざまな 宗教にさまざまな用語であらわれているが、つ ねにある共通の輪郭をもっている) 。グノーシ ス説の主要なエネルギーは、形而上の不安と激 越な心理的苦悩に由来する──捨てられたと

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ん。そこで、ダビッド・ラプジャードの解説をた どってみます( 『ドゥルーズ 常道を逸脱する運 動』堀千晶訳、河出書房新社) 。 一般的にいって、哲学が根拠の問いを立てると き、否応なくこの問いは、大地に棲みつき生息 することの問いになる。これはたんに、ドゥル ーズの哲学や、ドゥルーズとガダリが共同執筆 した哲学にのみ、当てはまるようなことではな い。おそらくこれこそが、ニーチェにおける「大 いなる政治」の意味であり、ニーチェはすでに、 国家主義的な再領土化と闘う術を知っていた のだ。人間が地上に登場することによって、な にが起こったのか。こうニーチェは問う。動物 的条件を離脱することによって、人間は地上の なにを変化させたのか。その病はいかに地上に 広がったのか。キリスト教とニヒリズムの全世 界的運動を、いかに打倒すべきか。これは、ベ ルグソンが『道徳と宗教の二源泉』で提起する 問いの意味でもある。いかなる手段によって、 人間は大地を占拠するのか。人間が抱く「生へ の愛着」は、どうして大地を占拠するような人

間を規定するのか。人間はたんに、生への愛着 を抱いているだけなのか、それはいかなる形態 をとるのか。 「大いなる政治」の問いが、いつ も、大地にすみつき生息する様式にかかわって いること、また、この生息様式が存在者たちの 生の力能を触発する手段にかかわっているこ とを、どうして看過できようか。この意味で、 ドゥルーズとガダリは、ハイデガーが「民衆、 大地、血について見誤った」と主張しうるので ある。というのも、ハイデガーにおける大地は、 生の力能に一切結びつこうとせず、むしろ、 《存 在》の根底に、詩的な棲処による《存在》の護 符に結びつくからだろう──この棲処は、なん

、分 、にひたっていることだろう。逆に、 と奇妙な気 ニーチェ、ベルグソン、ドゥルーズにおいて、 大いなる政治は、生の問いと不可分であり、大 地に棲みつき生息する様式をとおして行われ る、生の諸力の価値評価の問いと不可分なのだ。 すなわち、 「文明の医師」としての哲学者であ る。これこそおそらく、 『千のプラトー』にみ られる「存在以前に、政治が存在する」という

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という環境だけであり、それは魔術的、発作的 であり、浄化作用をもち、そして結局のところ 不透明なのである。 私は、ただただ感歎するのみです。お見事。アル トーの書いた物には、理解が間違っているとはい え、まだバリ香が残っていましたが、ソンタグは 西洋形而上学の強力な脱臭力をもちいて、無味無 臭(そして無意味)なユニバーサル理論(普遍的 と称する文化論・芸術論)をでっち上げます。 ジル・ ドゥルーズ: 『アンチ・オイディプス』には 「欲望と生産の未開の原始的統一体とは、大地機 械」であると、 〈大地〉がでてきます。なぜか分か りませんが、西洋には〈大地〉の哲学が綿々とあ るのだといいます。 欲望と生産の未開の原始的統一体とは、大地機 械である。なぜなら大地はただ分割される多様 な労働対象ではなく、また不可分な唯一の総体 でもあり、自然的あるいは神的な前提として、 生産諸力の上に折り重なり、生産諸力を自分の

ものとして所有する充実身体なのだから。土地 は生産の要素であり、所有の結果として存在す るが、大地は、生み出されることなく、始めか ら存在する大いなる鬱積であり、土地の共同的 な所有と使用を条件づける生産よりも上位の 要素である。 〈大地〉という表面に、生産のあ らゆる過程が登記され、労働のもろもろの対象、 手段、力が登録され、生産の代行者や生産物が 分配される。ここで、 〈大地〉は、生産の準原 因として、欲望の対象として現われる(この〈大 地〉の上で、欲望と欲望それ自体の抑制が結び

、地 、機 、械 、は、社会体の最初 つく) 。したがって大 の形態であり、原始的登記の機械であり、社会 野を蔽う「メガマシン」である。大地機械は、 もろもろの技術機械と同じものではない。技術 機械は、手動的といわれるような最も単純な形 態においても、すでに、作動し伝達しあるいは 動力として働きさえもする非人間的要素を含 んでいる。

ドゥルーズの論理にはまったくついて行けませ

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ガダリと同じぐらい、何がいいたいのか、何を解 説しているのか理解できません。それでも、ダビ ッド・ラプジャードから、学び取れることはたく さんあり、それは西洋の観念論の根幹にかかわる ほど重要です。まず驚きは、ドゥルーズがニーチ ェやベルグソンのなかにきっちり嵌め込まれてし まうのです。ぴったりですよ。時代を隔て、思想 も、価値観も、神も、自由・平等・平和も、国家 主権も、ファッションも、嗜好も何から何まで変 化しても、ドゥルーズが西洋の哲学断片の内にみ ごとな象嵌細工のように嵌め込まれてしまうので す。さすが、西洋観念論はパワフルです。何でも 飲み込んで消化してしまう(失礼、嵌め込んでし まう、そして跡形もなく異化してしまう) 。素人に はこのプロセスは驚嘆です。

5.偽造偽証・ コード 現代の欧米では、意味不明の文化・芸術・思想 が氾濫しています。これは、一九世紀後期から二

〇世紀初期にかけて、あらゆる分野で起きたこと で、単に各分野の一人の天才が成し遂げたことで はありえません。それを探り、明らかにすること は、じつは地球の持続性に極めて重要です。

ソーカル事件:岡本裕一郎は「フランス現代思 想史をどう理解するか」という自らの問いに、プ ロローグで、 「ソーカル事件」は避けて通れない問 題であるといいます ( 『フランス現代思想史 構造 主義からデリダ以降へ』中公新書) 。 「ソーカル事 件」とは、ニューヨーク大学の物理学教授のアラ ン・ソーカルがしかけたイタズラで、 「著名なフラ ンスやアメリカの知識人たちが書いた、物理学や 数学についてのばかばかしいが残念ながら本物の 引用を詰め込んだパロディ論文」を作成し、現代 思想系の『ソーシャル・テクスト』誌に投稿した ところ、このインチキ論文がなんと掲載されてし まったというのです。ソーカルは「わたしはこの 論文を、まともな物理学者や数学者なら(いや、 物理や数学の専攻の学部生ですら)だれでもイン チキだとわかるように書いている」 ことを公表し、 この雑誌の編集長は、「著者でさえ意味が分からず、

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定式の意味なのだ。大いなる問いとは、 《存在》 との関係における人間の存在をめぐる問いで はなく、むしろ、地上における生の「運営(ジ ェスチオン) 」 、破壊、保存の政治をめぐる問い なのだ。いかなる手段であれば、大地=地球を 絞め殺す死の組織から逃れることができるだ ろうか。こうした死の組織といかに闘うべきか。 人間の病──キリスト教、知性、神経症、ニヒ リズム、資本主義など──が、いかにして地上 、の 、問 、題 、。 の生を妨害するか。生 それゆえ、たとえ世界資本主義のやり方とま ったくちがっていたとしても、たとえ手法が取 るに足らないものであったとしても、今度は哲 学者自身が、いかなる権利によって、大地を占 拠し、配分しうるかを決しなければばらない。 ドゥルーズとガダリの哲学哲学的野心は、全世 界組織(エキユメーヌ)ではなく、平面体を(プ ラノメーヌ)を、脱領土化した《自然》や《大 地》の平面を構成することにある。おそらくこ れこそ、ドゥルーズとガダリの哲学の究極の問 いなのだ。すなわち、大地の哲学を構成するこ

と、大地を起点として大地の上ですべてを思考 すること、すべてを大地との関係に導くこと。 しかし、そのためには、大地が思考によって脱 領土化され、思考もまた大地によって脱領土化 されるのでなければならない。大地は、思考の 大地になり、思考のための大地となる。これは、 おそらく生にとっての好機となるだろう。領土 化、脱領土化、再領土化といった用語で、すべ てを思考すること。繰り返しになるが、 『千の プラトー』の「対象」とは、 《大地》と、 《大地》 に棲みつき生息することだけなのだ──あら ゆる根拠の彼岸で。

(それゆえ、 )判断すること=裁くことは、 範疇や、類や、種や、神学的階梯や、道徳的、 認識論的な位階序列にもとづいて、 《存在》を 分割し振り分けることなのだ。 『千のプラトー』 はついには、大地を地層化するあらゆる文節、 あらゆる形式、あらゆる組織は、神の裁きなの だ。

ダビッド・ラプジャードの解説もドゥルーズと

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設定すべきは多様体から一なるものを引くこ と、nマイナス1で書くこと。このようなシス テムは「リゾーム(根茎) 」と呼ばれうるだろ う。 この文章の前には、「樹木のイマージュ」 とか、 「側根システム、またはひげ根システム」の記述 があるのですが、 「リゾーム(根茎) 」の説明やそ れに連結するような文はなにもありません。前後 の説明なく「nマイナス1」がなんで「リゾーム (根茎) 」になるのだと、まともな読者はここで立 ち往生です。でも先に何か重要なことが書かれて いるかも知れないというので、上記の文の続きを 読んでみましょう。 地下の茎としてのリゾームは根(ラシーヌ)や 側根(ラデイセル)から絶対的に区別される。 球根や塊茎はリゾームである。根ないし側根を 持つ植物も、まったく別の観点からリゾーム状 でありうる──植物学が、その特殊性において、 総体としてリゾーム状ではないかということ は、解明すべき一つの問題である。動物でさえ、

その群れをなす状態においてはリゾームであ って、ねずみはまさにリゾームである。また、 巣穴がそうだ、住居、食糧貯蔵、移動、避難、 切断といったそのあらゆる機能によって。リゾ ームそのものが四方八方に分岐したその表面 の拡張から、球根や塊茎としての凝結まで実に さまざまな形をしている。ねずみが折り重なっ てたがいの下に隠れるときもそうだ。リゾーム の中には最良のものと最悪のものが二つとも ある──馬鈴薯とはまむぎのような雑草と。動 物でありかつ植物でもあるはまむぎは、まさに クラブ・グラス[蟹草]と呼ばれる。それにし てもリゾームの近似的な特徴のいくつかを列 挙しなければ誰にも納得してもらえないだろ うということはよくわかっている。

地下茎(学術用語として根茎は使わない)は茎 の変態形で、地上部に引き出せば、単に茎となる だけです。茎になれば、草本でも樹木でも樹木状 に発達していく。樹木では分かりにくいですが、

草本では単子葉でも双子葉でも、節単位( nod unit と我々は定義している)があり、その節単位は、

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しかも無意味と認める「論文」を記載した」理由 によって、イグノーベル賞まで受賞した、という 有名な事件です。しかし、影響は編集者にとどま らず、引用された文献の多くが、フランスの現代 思想家達の文章だったので、今まで、フランス現 代思想は 「難解」 だからこそ崇拝されてきたのが、 実際にはむしろ、「ばかげた文章とあからさまに意 味をなさない表現に満ちている」ことが白日のも とにさらされました。彼らが物理学や数学「的」 な概念を使って書いた文章は、全くナンセスだっ たのです。さらに、ソーカルはジャン・ブリクモ ンとの共著で『 「知」の欺瞞』を出版し、フランス 現代思想家達の文章を広範に取り上げ、それらが いかに意味不明であるかを、完膚なきまでに暴き 出しました。 その「日本語版への序文」で、 「われわれは、ラ カン、クリステヴァ、ボードリヤールやドゥルー ズといった有名な知識人たちが、科学的概念や術 語をくりかえし濫用してきたことを示す。濫用の ひとつは、科学的概念を、何の断りもなくその通 常の文脈を完全に離れて使うことだ。ただし、わ れわれはある分野から他の分野へと諸概念を拡張

することに反対しているのではなく、何の議論も なしにそうすることに反対なだけであることに注 意。もう一つの濫用は、論点と関係があるかどう かどころか、その意味さえ度外視して、科学を専 門としない読者に向かって科学の専門用語を並べ 立てることである」と述べています( 『 「知」の欺 瞞 ポストモダン思想における科学の濫用』岩波 現代文庫) 。

リゾーム( 根茎) :ドゥルーズのリゾーム(根茎) 概念はまさに、科学的概念や術語をくりかえし濫 用している典型的例です。ソーカルは物理学や数 学をやり玉に挙げていますが、ドゥルーズの生物 学もひどいの一言です。ドゥルーズの概念の一つ のキーになっているらしい言葉が「リゾーム(根 茎) 」で、ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタ リ 『千のプラトー 資本主義と分裂症』(宇野邦一、 田中敏彦、小沢秋広、豊崎光一、宮林寛、守中高 明訳、河出書房新社) (以下、 『千のプラトー』と 記述)の序として「1 序──リゾーム」がわざ わざ書かれています。

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ネといわれています。マネの《草上の昼食》は、 服を着込んだ男性と裸の女性とが森のなかでピク ニックする場面がモチーフとなっていて、オルセ ー美術館でも有名な画です。ところが、当初は、 このモチーフが不道徳であるという理由で世間か ら大変な非難を浴びたという曰わく付きの画です。 マネはジョルジョーネットの《田園の奏楽》に想 を得たと主張しました(世間体的には演奏の場面 だと裸でも構わないらしい) 。また、 《オリンピア》 は、ティツィアーノ《ウルビーノのヴィーナス》 の形式(全裸でベッドに横たわる)を踏襲したも のですが、当時の人たちからすればこれが「娼婦 の部屋」を描いたものであるのは一目瞭然で、良 識ある市民が非難をしたといいます。ルーブル美 術館で大量の「天使の裸画」をみた後で、オルセ ー美術館にいき、このマネの《草上の昼食》画を みると、 何が問題だったのか全く理解出来ません。 《草上の昼食》画がなにゆえ大問題となったの か?なにゆえ、二〇世紀初頭の西洋社会では、一 般婦人の裸は猥雑で、一般婦人の裸と区別が付か ない天使の裸は、ゆるされたのか? いろいろな 理由が考えられていますが、天使とは「神のエキ

ス」の一部なのだと考えると、天使の裸は神聖な 抽象画となり崇拝の対象となることが、たちどこ ろに理解できます。 「心身二元」論(観)とは、そ ういった芸術的解釈そのものにまで強い影響力を 持っていたと考えて良いでしょう。一方、 「神のエ キス」を受け容れる側として、神聖なエロスが不 可欠であったことも示唆していて、こう考えると 長年の疑問が自分の内では氷解しました。そうい う意味では、印象主義というのは、確かに「心身 二元」論(観)の神(絶対者)の規範からようや く脱出を始めた徴候を描いているとも理解できま す。 [神が欲望するのではなく、自分が欲望するの だと] 。 西洋では文化・芸術も、数学・物理学と同様に 絶対的原理があると固く信じてきたことから、絵 画、彫刻、建築、音楽、文学のあらゆる分野で、 「幾何(構造)‐微分‐積分」の解析手法が導入 されてきました。建築は幾何で、音楽は微分‐積 分(音階に音を切り出し、その要素音の組合せで 曲を作る) 、絵画と彫刻は幾何‐微分‐積分(神の 理想世界の想定[幾何] 、それを要素に分解しつつ 再構築[微分‐積分] )です。絵画(油絵)は事象

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葉‐分枝 (分けつ) ‐上根‐下根の源基と節間 (茎) で構成され、生育とともにその節単位が積み重な っていく構造です。 この節単位が地下にあるとき、 葉の源基は退化(生育抑制)し、分枝が地下茎(リ ゾーム、発達しない植物も多いが)となり、根が 発達し、この節単位が地上にあるとき、葉と分枝 が発達し、根の源基が退化(生育抑制)します。 主根と花の発達はホルモンの作用でこの節単位が 変態します。ドゥルーズのリゾーム自体が科学的 には全くのでたらめです。この実体のないリゾー ムが、あたかも実体があるかのように扱われて、 それが、どんどん表象化され、抽象化され、とて つもない大理論が構築、創造されます。ドゥルー ズは身を挺して(業界を裏切って) 、西洋の哲学・ 思想のマジックの種明かしをしてくれたのかも知 れません。 ドゥルーズの各種の本を読みながら、なんとな く分かったのは、リゾームには、というかドゥル ーズの用語法のほとんどすべてに、三つの階層性 (構造)が在るらしく、それらをごちゃ混ぜにし て、議論(もう議論というよりはお話)をしてい るということです。ドゥルーズの議論を色々拾っ

てみると、次のようなヒエラルキー(階層性構造) が存在するようです。 現実界‐想像界‐記号界 実在‐表象‐抽象 幾何(構造)‐微分‐積分(これは私の想像) ドゥルーズが複合構造の解析・分析手法は、ば らし方の手法で、繰り返しでてきます。それは、 構造をばらしていく「差異化=微分化

[ différentiation ]」 と 「 異 化 = 分 化 ] 」の二つの手法よりなります。 [ différenciation 私には理解できませんが、 「リゾーム(根茎) 」概 念が「差異化=微分化」と「異化=分化」の強力 な数理的武器のようです。

天使のヌード: 「心身二元」論がはっきり認識さ れるようになるにつれて、 「神のエキス」が注入さ れると感じる(感じさせる)文化、芸術が花開い てゆきます。ルネッサンスで天使や女神の裸像が あふれ出すのも偶然ではないでしょう。天使や女 神の裸像は「心身二元」論(観)の妄想文化の賜 物と思います。 印象主義絵画誕生のきっかけとなった画家はマ

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一九〇七年春。ピカソは「洗濯船(バトー・ ラヴォワール)のアトリで制作している。 (中略) このずんぐりとした男が何ヶ月も苦闘してき た作品、つまり関節が外れた女たちが描かれた 巨大なキャンバスを前にしている光景は一見 に値する。実際にこの信じがたい顔、ばらばら

突然、ピカソが「ピカソ」になったのです。一九 〇七年以前のピカソは普通の絵描きです。スペイ ンのバルセロナの「ピカソ美術館」で、ピカソの 生涯にわたる絵画が展示されていますが、そう感 じます。ただ、この「ピカソ美術館」には、ピカ ソが「ピカソ」になった一九〇七年の絵画はあり ません。それで、ニューヨーク近代美術館 (MO MA) まで、出かけるはめになります。 一九〇七年にピカソに何が起きたのか、ほとん ど無数に近い、議論や論考がなされています。し かし、納得のいく説明はまだ無いと思います。ピ エール・カバンスの大著『ピカソの世紀 キュビ スム誕生から変容の時代へ 一八八一‐一九三 七』 (中村隆夫 訳、西村書店)によると、一九〇 七年とその前後のピカソは次のようです。

一九〇七年初頭から春にかけて、ピカソは墨 と鉛筆で裸婦の習作を何点かと、関節の外れた フォルムの《浮かれた水兵たち》をグワッシュ で二点描いた。(中略)これらは《アヴィニョン の娘たち》に先立つ一連の作品の初めのもので ある。

の腕、何にもたとえようのないてんでに乱れた フォルムのもたらす無秩序が作り出す幾何学 的構成は、縁日の掘っ建て小屋の人形倒しの標 的としか言いようがない。幾つもの面で構成さ れた薔薇色をした肌の身体は、光や明暗によっ てモデリングされるのではなく、まるで鋏で切 り取ったかのようである。そこには冷静な激し さと留まることのない情熱でばらばらに解体 された胴体に、狂気の眼をした顔が描かれてい る。 ピカソは数ヶ月前からこの絵に一人向かい 合っていた。(中略)この頃は仲間も来なくなっ た。モンマルトルの丘のビストロでは、ピカソ はもうすぐ発狂するぞと噂された。彼の描く絵 を見れば、そう思われても仕方がなかった。

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を一筆一筆の断片に分解(微分)し、それを重ね ていくことにより(積分)構成されます。また、 彫刻は素材を削り込み(微分) 、限りなく理想原型 に近づけていきます(幾何と積分の同時進行) 。つ まり、これら西洋芸術は「幾何(構造)‐微分‐ 積分」手法で「現実界‐想像界‐記号界」と「実 在‐表象‐抽象」構築することをいいます。この 定義によると、西欧の芸術・文化はすべて、抽象 的記号界よりなっているといえます。実体がある ようで、実体の否定こそ芸術と呼ばれているもの の真髄です。彼らにとってプリミティブこそは、 神を恐れぬ(理解できない)最低の状態をさしま す。 そうすると、 「神」 (あるいはプラトンのイデア) を想定した理想的幾何のプロトタイプ(模写の対 象)が崩れると、どうなるのでしょうか。高次階 層の「記号界」と「抽象」も、あたり前ですが崩 れてしまいます。当然、その途中の、 「想像界」と 「表象」も崩れます。それでも、 「幾何(構造)‐ 微分‐積分」の手法だけは残りますから、芸術生 産は可能です。 ただ、 再構築する糊 ( 「神のエキス」 ) がない(薄い)ので、ばらされたものが、バラバ

ラに配置されるだけとなります。これが、現代の 抽象芸術の本質です。シュールレアリズムの原理 でもあります。無音階音楽の原理でもあります。 「残酷劇」の原理でもあります。そしてこれは、 「心身二元」観(論)と繋がりがあり、 「心」に供 給されるべき「神のエキス」の薄まりと深い関係 があると思います。

ピカソの剽窃:高階秀爾は「ピカソは構図には きわめて弱い画家である。弱いと言って悪ければ 無関心と言ってもいい。彼の多くの「剽窃」作品 も実は根本はすべてこの構図への無関心からきて いるのであって、彼はいつもまず構図を他の作品 から借りて、その中で形態の無限の変貌と華麗な 色彩花火を試みるのである。 」( 『ピカソの剽窃の論 理』ちくま学芸文庫)と書いていますが、これは ピカソ理解のためにはかなり重要です。つまり、 パクリが彼の基盤であり、それが、現代欧米の現 代芸術の基盤となっているからです。 一九〇七年はピカソにとって、ひいては欧米芸 術にとって、大変重要な年です。 《アヴィニョンの 娘たち》が描かれた年です。この一枚によって、

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霊感源から黒人芸術へと移行する必要性を感 じたのだろうか。 ピカソは誰かから何かを、または美術史上の ある時代からある様式を借用するたびに、それ をあからさまに公表するのだった。たとえば彼 の言うことがしばしば多くの点で疑わしいと しても、その「合法的な盗みの哲学」は、彼に とっては常に完璧で自然なやり口だった。アフ リカの影響だとか、特定の作品郡に付された 「黒人芸術の時代」という形容に苛立ちを覚え たピカソは、一九二〇年、 『アクシオン』誌の インタビューで、 「黒人芸術だって? そんな もの知らないね」と答えるのだった。 アフリカの彫刻家たちの表現力は、その単純化 と象徴化にある。彼らは客観的に見るだけでな く、対象に関する知識を考慮し、外見を捉える ということよりも認識を重要視する。 ピカソの 《アヴィニョンの娘たち》 については、 喧々諤々の議論があますが、私は意外に理由は単

純だと思っています。ジョン・リチャードソンの 大著『ピカソⅡ キュビストの叛乱 一九〇七‐ 一九一六』木村哲夫訳、白水社)がその辺の事情 を明らかにしてくれています。(彼らはこの事実を 重要視しないか、ほとんど無視しますが) 。

ブラックが阿片に耽ったかどうか、知るすべは ない。ただロシェの日記によると、 「カブ」が ポートレットのパーティーの「常連」なのはた しかで、 「常連」が阿片常用者の意味にとられ るのには、それなりの理由もある。

ドランはアポリネールと飲んで騒ぎ、地元の阿 片窟や娼家に誘うのにくわえて、モダンアート の早わかりも伝授した。

ピカソがフェルナンドを口説いたときに媚薬 の効能を発揮した阿片が、 「関係改善」を容易 にしたかも知れない。いずれにしろフェルナン ドはこのころを、とりわけ麻薬と関わりの深い 時代と考えた。それは「わたしたちの誰もが、 これまでにない新しい感覚を味わいたいと思

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様々な解釈が《アヴィニョンの娘たち》に対 して行われたが、なかでも最もユニークなもの はレオ・スタインバーグの解釈で、娼婦たちを 「乱痴気騒ぎへの耽溺」や「ディオニソス的感 情吐露」というイメージと同一化している。確 かにこの絵をピカソとフェルナンドの(完全で はない)別離と、ベル・エポックの風俗開放の 風紀とに結びつけて考えることが可能ならば、 ピカソの性的興奮はほとんど絶えることがな かったことは否定できない。 魔術、悪魔祓い、神への取りなし、この作品 に関しては何でも引き合いに出し、何とでも推 測することができる。当時別居していたフェル ナンデスとの問題や、ジェルメーヌとの辛い思 い出を想起すれば、故意に行われた女性に対す る突然の暴力とさえ解釈することができる。ピ カソはこの作品にたった一人で立ち向かい、す べての力、冷たい怒り、野生のような激しさ、 そして創造の限界までの突き進み、誰をも超越 し驚かせて見せるという意欲を作品に投入し

た。

《アヴィニョンの娘たち》の右側二人の描き 改められた頭部は本当に「黒人芸術」に由来す るのか──。一見したところでは異論の余地が ないように思えるが、さらによく観察してみる と、その頭部に描かれた平行な斜線、これ以上 に簡略化できないほどに表情を抑えた口元な ど、すべてはピカソ自身の創造であり、これら の特徴は《アヴィニョンの娘たち》制作以前に 描かれた頭部にも見られる。イベリア彫刻の他 にカタルーニャのロマネスク時代の絵画、そし て一九〇四年にある評論家からその才能を、 「マダガスカル出身の作家から放たれる芸術 表現」と評されたセザンヌの影響をも受けてい る。 美術史家と評論家を最も驚かせたのは、その あまりにも有名な右側の女の変形された姿で あり、ピカソがゼルヴォスに告白した黒人彫刻 から受けた衝撃との関係であった。しかし肝心 な点はまだ解決されたわけではない。ピカソは トロカデロ博物館を訪れた後、なぜイベリア的

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だ構図をキャンパスに叩きつける。高階秀爾が指 摘するように、ピカソには構図化が極めて苦手だ ったことから、剽窃癖がなければ、ヤク中毒のピ カソには《浮かれた水兵たち》のような画しか描 けなかったはずです。ヤク中毒に犯された脳を、 剽窃癖によってある程度制御(構図化)できたの が、 彼の芸術の本質です。 この剽窃癖がなければ、 ピカソの画は《浮かれた水兵たち》レベルにとど まり、せいぜい画家のフランシスコ・ベーコン止 まりだったでしょう。 ヤク意外にもう一つ、ピカソは「神のエキス」 をまったく信じていなかったと思います。彼は性 欲の塊のようであったことが知られていますが、 「神のエキス」などといった品行方正な信仰(性 欲)はまるでなかったと思います。西洋的「心身 二元」論的世界観(神を中心と世界観)を持ち合 わせなかった。そして、それは欲望そのものが神 に代わって彼を支配していたのではないでしょう か。ヤク中毒のピカソの脳に写る画像は、悪魔の 仕業とは決して考えず、躊躇なくキャンパスに写 し取ることができたのです。 ヤク中毒のピカソの脳に、いろいろな断片画は

浮かんでは消え、消えては浮かんだでしょう。そ のなかに、黒人芸術もあったでしょうし、イベリ ア彫刻やカタルーニャのロマネスク時代の絵画も あったでしょう。そのどれがヤク中毒のピカソの 脳に写ったかなど議論しても不毛です。「黒人芸術 の時代」という形容に苛立ちを覚えたピカソ自身 が、 「黒人芸術だって? そんなもの知らないね」 と言い切っているのは、その時ヤク中毒のピカソ の脳に何が写っていたか、そんなものは知らんと 言っているだけです。別な言い方をすると、いく ら剽窃をしてもヤク中毒脳に写る画をシャッフル すれば、その瞬間にすべて自分のオリジナルにな るということをピカソははっきり認識していたで しょう。コピーしてデフォルメ(ただしヤクが必 要)してキャンパスにプリントする、いわゆるド ゥルーズのいう、 絵画マシーンと化しただけです。 つまり、ピカソの画自体が革新的芸術なのではな く、ドゥルーズのいっているような意味での絵画 マシーンを開発したことです(これは立派な発明 ですが) 。この絵画マシーンを使えば、ほとんど自 動的にピカソブランドの画が無数にプリントされ て出てきます。これが芸術と認められ、じゃんじ

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い、それを求めて奇妙な宵を幾晩か過ごすのを ュで二点描いたことが知られていますが、 これは、 厭わなかった時期」だった。ピカソも阿片はか 明らかにヤクの効果のもとに描かれたと思います。 なり好き──なんて知的な匂いがするのだろ ヤク中毒の画家は相当数いたはずですが、この脳 う、とよくくちにした──だったけれども、ハ に氾濫した無秩序画を、誰も描かなかった(画像 ッシッシとはあまり相性がよくなかった。フェ がすぐ消えるので描けなかった?)のを、ピカソ ルナンドが伝える、一九〇八年春の一夜の様子 の脳にはその残像が鮮明にのこり、それを画とし からするかぎり、少なくともそう推察できる。 て表象出来る才が、ピカソにはあったと考えて良 その晩、フェルナンドとピカソはアポリネール、 いでしょう。 《浮かれた水兵たち》こそ、ピカソを「ピカソ」 マリー・ローランサン、ポール・フォール、サ たらしめたものですが、それは露骨にヤク中毒に ルモン、マックス・ジャコブ、そしてプランセ 犯されていることが明確な画なので、ピカソ自身 と連れ立ってアゾンの店に行き、ハッシッシの も、その取り巻きも、後世の評論家も無視を決め 「錠剤」を配られた。このときに限ってピカソ 込んでしまいます。比較的に無難な《アヴィニョ はひどくヒステリックになり、自分は写真を発 ンの娘たち》が、ピカソを「ピカソ」たらしめた 明したと大声で叫んだ。もう何も学ぶことがな という嘘がまかり通るようになった。《アヴィニョ くなったので、自殺したいとも言った。いずれ ンの娘たち》には、黒人芸術的要素があり、ピカ 壁が自分の成長を阻み、 「新たな瑞々しいもの ソも一時期心酔していた節があるので、ストーリ にしたいと願う美術の神秘」を理解し洞察する ーが書きやすい。ヤク中毒をたくにみにかわすこ のを邪魔しようとするだろう。ピカソの不安は とができます。 抱負を浮き彫りにする。 もう一つ、 《浮かれた水兵たち》のグロテスクか ら、ピカソを救ったのは剽窃癖です。他人の画の 構成をヤク中毒に犯された脳に浮かべ、その歪ん

《アヴィニョンの娘たち》に先立ち、関節の外 れたフォルムの《浮かれた水兵たち》をグワッシ

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る。始めでも終わりでもない。リゾームはもろも ろのプラトーからなっている。 」とジル・ドゥルー ズ+フイリップ・ガタリはいいます( 『千のプラト ー』 ) 。 グレゴリー・ベイトソンは「プラトー」とい う語を、極めて特殊なものを指すのに用いまし た。すなわち、さまざまな強度の連続する地帯、 みずからの上に打ち震え、何かある地点へ、あ るいは外在的目標に向かうあらゆる方向づけ を回避しつつ展開される地帯、です。ベイトソ ンが実例として引いているのはバリ島文化で あり、そこでは母子間の性的な戯れ、あるいは 男同士の喧嘩はあの奇妙な強度の静止を経由 し、 「一種の連続した強度のプラトーがオルガ スムにとって代わっている」 、戦争にあるいは 頂点にとって代わっているのだ。西欧的精神の 困った特徴は、もろもろの表現あるいは行為を、 外在的または超越的諸目的的に結びつけてし まうことだ──それらをそれ自体としての価 値によって、一つの内在平面で評価する代わり に。例えば、一冊の本は章から構成されるかぎ

り、それなりの頂点、それなりの終着点をそな えている。逆に、もろもろのプラトーからなる 本、脳におけるように、いくつもの微細な亀裂 によってたがいに通じ合うプラトーからなる 本の場合は、どのようなことが起こるであろう か?一つのリゾームを作り拡張しようとして、 表層的地下茎によって他の多様体と連結しう る多様体のすべてを、われわれはプラトーと呼 ぶ。われわれはこの本をリゾームのようにして 書いている。それをさまざまなプラトーによっ て構成した。

グレゴリー・ベイトソンによると、プラトー は「バリの生活に子供たちが組み入れられていく につれて、彼らの行動からクライマックスのパタ ーンが消えていき、それに代わって高原状態(プ ラトー)──強度の一定した持続──が現れてい くと論じることは可能だ。バリ社会ではトランス

、さ 、か 、い 、も、こうしたプラトー型の行為連鎖に もい そって進行する傾向を持つ」 (G・ベイトソン『精 神の生態学』佐藤良明訳、思索社)という特性を

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ゃん金が入り、どんどん有名になるので、ピカソ にはたまらなかったでしょう。ヤクこそが、絵画 マシーンを動かす原動力でした。ただ、この様式 (マシーン)が確立すると、今度は自分の作品を 剽窃すれば良いので、ヤクには頼らなくてもよく なったかも知れません。 (ここは、ごまかさないで 是非研究しておくべきテーマです。欧米の二〇世 紀芸術とは何であったかの本質が分かるはずで す) 。

です(ランボー『地獄の季節』小林秀雄訳、岩波 文庫) 。ランボーは「心身二元」論(観)的世界を いきなり断ち切って出てきて、神の制御が効かな い世界を詠ったと思います。ピカソはランボーが 「神」を断ち切った世界に共感したのだと思いま す。

─苦々しい奴だと思った。──俺は思いきり毒 づいてやった。 俺は正義に対して武装した。 俺は逃げた。ああ、魔女よ、悲惨よ、憎しみ よ、俺の宝が託されたのは貴様らだ。 俺はとうとう人間の望みという望みを、俺の 精神の裡に、悶絶させてしまったのだ。あらゆ る歓びを絞殺するために、その上で猛獣のよう に情け容赦もなく躍り上ったのだ。

「プラトー[高地・大地]はつねに真ん中にあ

6.プラトー・ コード

ピカソはランボーにも共感したようで、ピエー ル・カバンスによると、 ピカソはランボーを読み、 その詩片が書きとめられていて、 「ある夜、俺は 「美」を膝の上に座らせた──彼女をつれないと 思った──俺は彼女を罵った」 (A・ランボー『地 獄の季節』より)です。 『地獄の季節』の冒頭にあ るこの部分を小林秀雄訳でみると、 かつては、もし俺の記憶が確かならば、俺の 生活は宴であった、誰の心も開き、酒という酒 はことごとく流れ出た宴であった。 ある夜、俺は『美』を膝の上に座らせた。─

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の島を征服して、粗野な住民の教化に努力し、そ の生活様式や文化や市民的教養を現在ほとんど世 界に類を見ないくらい高度なものに引き上げた人 である。ユートパス(王)は、征服後、大陸につ ながっていた地を、土木工事により開鑿し、約十 五マイル離れた孤島としたが、岩礁を複雑に残し てあるので危険で水路を知らない外部の者が入っ てくることは出来ない。河川も防御と水源確保の ために徹底的に改変しているし、不毛な土地を徹 底的に改良して肥沃な地にしている。また、材木 が入手しやすいように、一つの森を根こそぎ引抜 き、海岸か河か都市の近くに移している。これら のことから、ユートピア国の特徴は、高度な土木 工事により、人間の都合の良いように徹底的に自 然を改変するのを理念としている。 多様性否定理念:ユートピア島には、五四の壮 麗な都市(あるいは州都)があり、すべて同じ国 語を用い、生活様式も制度も法律も皆同じで、都 市はすべて同じように作られ、同じ服装をしてい る。同じ服装をしているのは、金銀が腐るほどあ って、奴隷の足枷・手枷の鎖や便器に使い、金銀 を汚いものという観念を植え付けるため、飾りに

しないためらしい。これらのことから、ユートピ ア国の特徴は、標準化、規格化、単純化が極めて 進んでいる。 奴隷制理念:ユートピア国の農業は、専業農家 の人数は極めて少ないようで、農家には、基本的 に都市から順番でやってくる四〇名の市民(徴農 制?)と二名の奴隷があてがわれる。これらは、 聡明で思慮に富む農家の主人・主婦の取り締まり を受けるとある。ユートピア国が、奴隷にするの は彼ら自身の同胞が凶悪な犯罪をおかしたため自 由を剥奪された者か、他国の都市で重い罪科のた めに死刑の宣告を受けた者かに限られているとい う。が、 「外国で哀れな労働者として酷烈な仕事を やらされていた者で、自ら志願してユートピアの 奴隷となった者」もいて、これは現在では植民地 からの移民に等しい。 植民地理念:ユートピア全島にわたって人口過 剰をきたすような場合には、各都市から一定の市 民を選んで、これを、人は住んでいるが荒れ果て た土地の多い、近くの陸地に送り、自分たちの法 律の下に一つの新しい町を建設させる。もし土地 の住民が彼らとともに住むことを拒み、彼らの法

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もちます。 さらに、ベイトソンは、 「バリ島の音楽、演劇、 その他の芸術形態の一般的特徴として、クライマ ックスの欠如ということが挙げられる。音楽に関 して言えば、その進行は形式的な構造に基づき、 また強度の変化は、これらの形式的関係の展開の しかたと時間的長さによって規定される。近代の 西洋音楽に特徴的な、強度を次第に増しながらク ライマックスへと盛り上がっていく構造はなく、 よりフォーマルな規則性にしたがって音楽が流れ ていくのである」といいます。 実際、バリの象徴的バロン劇では、バロンは、 獅子の姿をした聖獣で、別名バナスパティ・ラジ ャ(森の王)で、善を象徴しており、一方、反対 に悪の象徴である魔女ランダと対をなします。バ ロン劇では、魔女ランダはたとえ倒されても必ず 復活し、バロンと永劫の戦いを続けます。バロン は神々の住む山の、ランダは魔物のすむ海の象徴 で、さらに、バロンは善、聖、清、太陽、病を治 す象徴、ランダは悪、魔、穢れ、暗闇、死の象徴 で、善悪のバランスが取れている世界がバリ界に あり、この原理で動いている社会をベイトソンは

プラトー社会と呼んだのです。

ユートピア( ピーク社会) : 西洋哲学では、デ カルトを始めとして、堅牢な「心身二元」論を構 築してきました。この「心身二元」論に基づく理 想社会とはいかなる社会であるのかを、最初に描 いて見せたのはトマス・モアの『ユートピア』 (一 五一六年)ではなかろうかと思います。この理想 社会は、自然と人の完全支配をめざします。以前 にも触れましたが、これは西洋、特にアングロサ クソンのユートピアで、それ以外の民族にとって はデストピアといってよいものです。 トマス・モア『ユートピア』 (平井正穂訳、岩波 文庫)を読んで驚くのは、ユートピア国の対外戦 略・国家戦略は、帝国主義そのものです。それが、 「心身二元論」の思想の反映と思います。二〇世 紀に至るアメリカ合衆国が、トマス・モアの描い た『ユートピア』国でした。以下に、トマス・モ アの描くユートピア国の性格について見てみます。 自然支配理念:ユートピア島は幅二〇〇マイル で、両端は五〇〇マイルの巨大な新月のような形 である。ユートパス(王)は、一七六〇年前にこ

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なく、むしろ勝手に判断したら罰せられます。経 営者も無駄な情報をスタッフに与える必要もなく、 実に効率的です。また、客も偉くなった気分にさ せられる。これは、 「心身二元」観そのままの世界 です。ここでは、マニュアルが「神のエキス」の 代用となっています。[人を支配することが基本構 造です。 ] 星 野 リ ゾ ー ト の ホ ー ム ペ ー ジ ( http://recruit.hoshinoresort.com/work/ )から、 その経営理念を拾ってみます。 星野リゾートには、ユニークな制度がたくさ んありますが、その基盤となっているのがフラ ットな組織文化です。年齢や性別、国籍や職位 に関係なく、社員同士が対等な関係の中で議論 ができる組織文化です。スタッフが自らの判断 で行動し、一人ひとりの自由な発言を大切にし、 「誰が言ったか」ではなく「何を言ったか」を

会社全体の競争力の源泉となる、何よりも大切 な文化だと考えています。 サッカーの世界では、監督がチームのビジョ ンを共有した上で、それを体現すべく個々人が 創造性を発揮するチームが理想とされていま す。私たちが目指すのはこうした世界観。星野 リゾートグループの組織は「ユニット型組織」 と呼ばれ、階層を最小限にした組織形態です。 ユニットは、ユニットディレクターと呼ばれ るチームのキャプテンが指揮統率し、個々のプ レイヤーが自由に動きまわりながら同じゴー ルに向かう一つのチームです。ユニットディレ クターは、顧客満足度と収益性向上のための戦 略を打ち出し、ビジョン実現に向かってスタッ フとともに最前線で闘う変革請負人。一方プレ イヤーは、上から押し付けられた仕事をこなす のではなく、創造的な活動と行動を通じてチー ムに貢献していくという働き方をしています。

重 視 し ま す 。 一 人 ひ と り が 「 Hospitality 日本の「サービス」のユニークさは、 (1)ホテ 」を目指すために議論し、行動する。 Innovator チームの目標達成に向けてお互い切磋琢磨し ルのおもてなし、 (2)アメリカで生まれたコンビ ながら前進していく。フラットな組織文化は、 ニエンスストアに「日本ならではの便利さ」を詰

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律に従うことを拒むようなことがあれば、彼らは その土地を自らのものとして定め、その領地から その住民をすべておいはらってしまう。もしその とき、住民が反抗して暴動を起こせば、彼らは直 ちに住民に対して戦いを開く。なぜなら、ある国 の国民がその土地をただ無意味に遊ばせているく せに、自然の法則にしたがってその土地によって 生活しようとする他の国民にそれを拒むことは、 これこそ戦争のもっとも正当な理由と彼らは考え るからである。 戦争理念:彼らが戦争をおこす主な目的は要求 事項の貫徹であって、それさえ前もってえられた らいたずらに戦争手段にまで訴えることはない。 しかしそれが不可能な場合、彼らは徹底的に当の 責任者に対する残酷な報復を試み、二度と同じこ とを繰り返させないようにする。また、戦争に際 しては、贈り物や報酬金で謀略の限りを尽くし、 傭兵を高額で雇用して代理戦争を基本とする。 モアの「ユートピア」は、グレゴリー・ベイト ソンの言っている「プラトー」社会とは、真逆の 社会で、それはむしろ「ピーク」社会と定義づけ たほうがいいでしょう。ユートピアを理想とする

欧米社会は「ピーク」社会そのもので、これは神 から選ばれたという「心身二元」論を基盤に作ら れる社会です。

フラット社会( おもてなし) : 日本の「サービス」 について、徹底検証したNHKスペシャル(ジャ パンブランド 第1回 日本式サービス 強さの 秘密 二〇一四年一一月八日(土)午後九時〇〇 分~九時五八分)は、ささいな「サービス」を通 して、 社会構造の違いを明らかにしてくれました。 (バリ)フォーシーズンホテルでは千項目のマ ニュアルで世界中に等しいサービスを提供します。 「星野桂路」旅館では、マニュアルはなく、 「おも てなし」 (先回りした親切)で接客し、それは状況 に応じてスタッフが考えるシステムです。一般的 に、欧米式では、客‐スタッフの関係は上(客) 下(スタッフ)関係ですが、日本式では、客‐ス タッフの関係は対等です。日本式「おもてなし」 では、客や天気などの条件で実に多彩な状況が生 まれますが、その千差万別の状況に対応しようと するのが「おもてなし」です。マニュアル主義だ と、マニュアルに従うだけでよく、考える必要が

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た。一二~一三人のエジプト担当の美術館員全員 と顔見知りになるしまつ。まったく、調べようと もしない。美術館員ですよ。知らぬは恥とは露ほ ども考えない。美術のプロですよ、世界を代表す る美術館の。結局、入口の石室にある大壁画でし た(出口から回ったので、入口が裏に当たり、単 なる壁だったのでここになかなか至らなかった) 。 時間のロスと苛立ちは大きかったですが、フラン スの社会構造も美術館に動態展示されていること が分かり、むしろ収穫は大きかったです。そこに 動態展示されていた社会構造をまとめると、 (1) すぐに平気で嘘を教える、 (2)美術館員は無能に して、(自分の専門以外の) 美術に興味が無い、(3) 情報を共有・探査するシステムがない、 (4) 「お もてなし」という文化がない、ことなどがわかり ました。ここの美術館員は、知名度と規模からす ると、世界でもっとも無能な美術館員たちです。 無駄なことには一切対応しない訓練が行き届いて いて、欧米では最も優秀なエージェントなのかも しれませんが。 欧米は完全縦割り社会なのです。一人一人の行 動に如実にあらわれています。おおげさな社会論

など持ち出すまでもないです。マニュアル以外の ことには一切対応せず、自分の対応範囲外のこと は、即座に嘘でごまかす(そうマニュアル化され ているのかも知れない) 。情報は共有しない、とい うか情報を与えないし自分でも取りに行こうとし ない(そのほうが、教育実習コストがかからず、 機密保持にもなるし、 (自分にとっても)無駄な時 間を大幅に削減できます) 。 養老孟司は「私は欧米人が平気で「真っ赤な嘘」 をつくことに、 若いうちは真剣に腹を立てていた。 でもいまではそれが文化の一面だと理解するよう になった。言葉が上手に使えることと、嘘がつけ ることは、同じ能力の上に成り立つ。ヒットラー を思えばわかるだろう。詳細のすべてを「事実」 でガチガチに固めた嘘を科学という。嘘を評価す る能力と、事実を追求する能力は併走する」と書 いています( 『身体巡礼 [ドイツ・オーストリア・ チェコ編] 』新潮社) 。こういったことを書くと、 ヘイトスピーチのたぐいと勘違いされて、品格を 疑われるせいでしょうか、良識有る方々はけっし て書いてはくれません。 養老孟司が、「真っ赤な嘘」 は「文化の一面」と言い切るのはさすがです。 「真

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め込み、 (3)大阪の生徒一四人の算数塾が、東南 アジアに進出し一万人の生徒を獲得、 (4)QBハ ウスの東南アジア展開では、 「習うより慣れろ」戦 術、等々。これらみな社会論・経営論としては些 細なことなのですが、これが「心身一元」感社会 の基盤です。[人の能力を最大化するのが基本構造 です。 ] 卑近な例で申し訳ないのですが、オランダで飛 行機(アリタリア航空)が欠航になり、どうして もその日にスペインに移動しなければならなく、 急遽、別会社(KLM)の航空券を購入しようと 考え、当日券を購入できるカウンターを探したの ですが分からず、KLMフロアーですので、KL M女性従業員に聴くと、はいあちらの何番の柱の 所ですと即答します。これが、真っ赤な嘘。その だまされたところで、また別のKLMの女性従業 員に聞くと、今度は下の階だとか、いってること がしどろもどろで、こいつは嘘の付き方が下手だ とぴんときます。そこで、当日券売り場は、どう せ端だろうと考えて、右か左かえいやと決心して 端に行くと、そこにちゃんとあり、ぎりぎりで最 終便に乗れました。(自分の会社のこの程度のこと

も知らない) 。日本に帰ると、空港で、女性従業員 が、腰に無線機をつけて、かいがいしく動き回っ ているのをみると、思わず文化の違い感じます。 嘘かどうか判断する必要も無く、分からなければ 即座に無線で問い合わせてくれます。涙が出ると までは言いませんが、そんな感じに襲われます。 川田順三も、 たしか、 日本の飛行場に降り立つと、 女性従業たちが、すり足で、腰に専用携帯無線機 をつけて動き回ってる姿を飛行場の「早乙女」と 書いていました(時につれ、職種は変わっても行 動様式は変わらないという意味だったと思いま す) 。 もう一例(書き出すとききりがないですが) 。パ リのルーブル美術館で、時間も無いので、公式ガ イドブックを買って、見たいものをピックアップ し、ルートを決めいざ出陣。で、最初にエジプト の農耕の壁画を見ることに。ところが、一巡して も見当たりません。そこで、美術館員(警備員と は違う)に公式ガイドブックの写真を見せて聞き ますが、どれもこれも、いい加減な返事で、あっ ちだ、こっちだとでたらめの限りで、挙げ句の果 てには貸し出しているとうそぶくものまでいまし

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識とはいかなるものかを、ここにきて、多少は考 える必要があります。 ジュリアン・ジェインズは「意識とは何か?」 の問いに、次のように答えます( 『神々の沈黙―意 識の誕生と文明の興亡』柴田裕之訳、紀伊國屋書 店) 。 時代によって「精神」と「物質」 、 「主体」と 「客体」 、 「魂」と「身」などと呼ばれた二つの 想像上の存在を結びつけようと試み、意識の流 れや状態、内容にかかわる果てしない論考を行 い、様々な用語を区別してきた。そうした用語 には、 「直感」 、 「センス・データ」 、 「所与」 、 「生 の感覚」 、 「センサ」 、 「表象」 、 「構成主義者」の 内観における「感覚」や「心像」 「情緒」 、科学 的実証主義者の「実証データ」 、 「現象的場」 、 トマス・ホッブズの「幻影」 、イマニュエル・ カントの「現象」 、観念論者の「仮象」 、エルト ン・マッハの「感性的諸要素」 、チャールズ・ サンダース・パースの「ファネロン」 、ギルバ ート・ライルの「カテゴリー・ミステイク」 、 などがある。しかし、これらすべてをもってし

ても、意識の問題はいまだに解決されていない。

そして、次の項目を章立てて、説明します。

(1)物質の属性としての意識:私たちが内観 において感じる一連の主観的な様態は、系統発 生的な進化の過程をずっとさかのぼり、相互に 作用する物質の基本的な属性にまで辿ること ができる。 (2)原形質の属性としての意識:意識とは物 質自体に帰せられるものではないが、あらゆる 生命体の基本的な属性である。 (3)学習としての意識:意識が生まれたのは、 物質とともにではなく、動物の誕生とともにで もなく、生命がある程度進化した特定の時点だ った。 (その時点は、連合記憶、あるいは学習 出現) 。 (4)形而上の付与物としての意識:意識、言 い換えれば、観念や原理、信条が私たちの生活 や行為に与える大きな影響が、ほんとうに動物 の行動から起こりうるだろうか。 (5)無力な傍観者:意識は何ら活動しておら

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っ赤な嘘」が西洋そのもの文化構造で、それは、 「心身二元」論(観)つまり観念論・形而上学と 密接な関係にあります。そこで、 「マニュアル」と 「おもてなし」 のプロセスの違いを纏めてみると、 以下のようになります。 「心身二元」論(観) :価値の源泉は神に属す る 人間同士(個人)への不信 神(絶対的 原理)中心の全体主義 集中支配システム マニュアル化 「心身一元」感:価値の源泉は個人に属する 人間への信頼 人間中心の世間主義 分散 動的システム おもてなし あれ、これって西洋の教えと、どこか捩れて一部 「全体主義」だっ 逆転していませんか? 西洋が、 て? ふざけるなとお叱りを受けそうですね。西 洋は人(身)には、価値を置きません。 「心身二元」 論(観)はそういう主義です。神(絶対者で通俗 的神でなくても良い) がいなければ、 個々の人 (身) なんて何の価値もない。絶対者に支配されて(見 初められて) 、初めて人(心身が統合した)と認め

られる。底なしの人(身)不信です。したがって、 絶対者と人(身)の間に無数の中間搾取構造が発 達します。はっきりいうと、支配のために都合の 良い、 「支配者主体的個人主義」です。 「支配者主 体的個人主義」に基づく社会は「ピーク社会」で す。こういう社会は縦の繋がりが重要です。個人 の機能は限定的で従ってマニュアルが重要になり ます。 「心身一元」感では、個々人の中に能力の全 てがあり、 「個人主体的個人主義」です。 「個人主 体的個人主義」に基づく社会は「プラトー社会」 です。 こういう社会は横の繋がりが重要です。 個々 に考えて個々が相応の機能を果たす全能型個人が 基本になります。その良い例が、百姓です。農業 だけでなく、百の職能をこなす百姓です(渡辺京 二『逝きし世の面影』平凡社ライブラリー) 。

7.二分身・ コード

「心身一元」感と「心身二元」観(論)を対比 的に見てきましたが、その「心」のもとである意

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私たちの主観的で意識ある心に対し、ミケーネ 人のこの精神構造は〈二分心〉と呼べる。 〈二分身〉仮説は、遠い昔、人間の心は、命 令を下す「神」と呼ばれる部分と、それに従う 「人間」と呼ばれる部分に二分されていた。 だがそうした幻聴の声とは、どのようなもの だったか。外部で発せられる声と同じように聞 こえる内なる声がありうるなどとは想像もで きないと思う人もいる。なんと言っても、脳に 口も発声器官もないのだ。 脳のどの領域が使われるにせよ、そうした声 がたしかに存在し、その声がまるで実際の音の ように聞こえることは間違いない。さらに古代 の〈二分心〉の声が、現代人のそうした幻聴と 質的には非常によく似ていた可能性は非常に 高い。完全に正常な人の多くも、程度の差こそ あれ幻聴を経験している。 いわゆる急性の朦朧状態では、白昼でさえ、 天国の門が開いて神が患者に話しかけている といった宗教的性質を帯びていることの多い

場面を、そっくり幻覚体験する場合もある。ま た、ベルシャザル(注釈 バビロン最後の王。 酒席で運命を示す文字が壁に現れたという)の 前に文字が現れたように、患者の前に文字が現 れたりする。ある偏執病患者は、看護人が彼に 薬をのませたまさにそのとき、 「毒」という言 葉を空中に見た。幻視が現実の環境に溶け込ん でいる例もある。人の姿が病棟を歩き回ってい たり、医師の頭上に立っていたりする。アキレ ウスのもとに女神アテネが現れたのも、その例 だろう。幻聴とともに幻視が起こるとき、その 幻視はたんに輝く光や、濃い霧であることが多 い。アキレウスのもとに母なる女神テティスが、 モーセのもとにヤハウェが現れたときとちょ うど同じだ。

ある部族が修飾語と命令語をある程度蓄え ると、そこで初めて古い原始的叫び声のシステ ムを固定した形で維持する必要性が弱まり、修 飾語や命令語の指示対象を示せるようになる。 たとえば、 「ワヒー!」が、かつては切迫した 危険を意味していたとすると、叫び声の強さに

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ず、実際、何もすることはできない。 (6)創発的進化:創発的進化の主要な概念は 比喩だ。 「濡れている」という性質が水素と酸 素の性質のみからは導けないように、意識も進 化のある時点で個々の構成要素からは導かれ えない形で「創発」したのだ。 (7)行動主義:意識が存在しないとする学説 で、行動主義である。 (8)網様体賦活系としての意識:意識を宿す 脳の部位を見つけ、その構造上の進化をたどる。 現在、意識の神経基質の有力候補に挙がってい るのは、脳幹にある「網様体」と呼ばれる部位 だ。 しかし、ジュリアン・ジェインズはこれまでの 意識の解明に限界を感じ、意識を歴史的にたどっ てみます。ギリシャの『イリアス』 (確実な翻訳が 行える言葉で書かれた人類史上最初の著作)に出 てくる神々の意識を調べます。驚いたことに、お しなべて、 『イリアス』には意識というものがない ことがわかりました。したがって、おしなべて、 意識や精神の活動に当てはまる単語もないことも

分かります。そこで、ジュリアン・ジェインズは 「 『イリアス』の登場人物に、主観的な意識も心も 魂も意思もないとしたら、何が彼らを行動へと導 くのか」という疑問を呈します。彼の結論(仮説) は「神々が意識に代わる位置を占めている」とい う、奇妙な結論です。

この神々は、今日では幻覚と呼ばれるものだ。 普通、神々は話しかけている特定の英雄にしか その姿は見えず、その声も聞こえない。まず、 到来を暗示させる視覚的オーラが現れ、それに 続いて霧に包まれて登場するかと思えば、鉛色 の海や川の中から出現することも、空から降臨 する場合もある。しかし、神々は何も伴わずに 登場することもある。たいていは正体を隠さず、 声だけということがよくあるが、相手にごく近 しい者の姿を借りて現れる場合もある。

『イリアス』の英雄は、私たちのような主観 を持っていなかった。彼らは、自分が世界をど う認識しているかを認識しておらず、内観する ような内面の〈心の空間〉も持っていなかった。

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ア、バリ等でみられます。この「 「神」の心」は文 字に取って代わられ、西洋では「心身二元」観(論) に移行していったのかも知れません。

8.サステナ・ コード エマニュエル・トッドは、現在、これまで人類 が経験したことのない人類学的革命の時期にある といいます。ホモサピエンスの最初の重要な転換 は新石器時代(農業/定住革命)で、現在、二番 目の転換点になる三千年紀にあたるとしました ( 『グローバリズム以後』朝日新書) 。その根拠と して、人類はこれまで経験したことのない、次の 四つの未曾有の事態に直面しているといいます。 ①共同体的な展望の欠如(共同体的な信仰の喪 失、特に経済的合理性という「最後の信仰」 の崩壊) ②高齢化 ③教育革命(社会を分断する教育レベルの向

上) ④女性の地位の向上 これに、

⑤情報革命(全球サイバー空間化:リアリズム の喪失、バーチャル化、観念化、抽象化)

を加えると、五つの未曾有の事態に突入しつつあ ります。後世の歴史家は、二〇一五/一六年が実 はその転換点であったと記述するかも知れません。 新たな三千年紀の。それは次のような出来事によ ります。 二〇一五年

・気候変動インパクト: COP21 パリ協定、 SDGs 協定、スーパーエルニーニョの発生 二〇一六年 ・経済効率信仰の崩壊:植民地主義・資本主義 本家本元のイギリスのEU離脱の国民投票、 アメリカ合衆国におけるトップ一%が支配 する戦争依存型新自由主義的「暴走資本主

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よってさらに区別が起これば、トラが接近した 場合は「ワキー!」 、クマなら「ワビー!」と 叫んだかもしれない。これらは主語名詞と叙述 的な修飾語から成る、最初の文と言えるだろう。 そしてそのような文は、紀元前二万五〇〇〇年 から紀元前一万五〇〇〇年の間の、いずれかの 時点で現れたのかもしれない。 これはただの推測ではない。まず修飾語、続 いて命令語、そしてそれが定着して初めて名詞 へと発展していったのは、たんなる偶然の順序 ではない。それぞれの時期も、必ずしも勝手に 選んだのではない。修飾語の現れた時代が、以 前よりはるかに優れた道具が生まれた時代と 一致しているように、動物を表す名詞の出現し た時代は、洞窟の壁や骨角器に動物の絵が描き 始められた時代と一致しているのだ。 次の段階では事物を表す名詞が発達するが、 動物を表す名詞の続きのようなものだ。そして、 生き物を表す名詞が動物を描き始めるきっか けとなったように、事物を表す名詞は新しい事 物を生じさせる。この時期には、陶器やペンダ ント、装飾品、逆棘 (さかとげ)のついた銛や槍

の穂先などが発明されたのではないか。とくに 最後の二つは、人類がより過酷な気候帯へと移 動していく上で、重要な役目を果たしたはずだ。 この時期に人類の脳、とりわけ大脳中心溝の正 面に位置する前頭葉が、現代の進化論者を今な お驚かせるほどの速さで発達したことは、化石 が実証している。またこの頃──マドレーヌ文 化期(訳注 旧石器時代後期の最終期で、紀元 前一万五〇〇〇〇~一万年、大崎注:縄文文化 の始まり)に相当する時期かもしれない──大 脳皮質の言語野として知られる領域が発達し たと思われる。

ジュリアン・ジェインズの〈二分身〉仮説は、 「遠い昔、人間の心は、命令を下す「神」と呼ば れる部分と、それに従う「人間」と呼ばれる部分 に二分されていた」とする、大変興味深い仮説で す。それにしたがえば、新石器時代以降、 「 「神」 の心」が芸術作品を生み出します。幻想的な絵画 で、写実でも抽象でもない。たとえば、マヤ・ア ステカ文化、アンデス文化、縄文文化で、現代で もそのような造形がアフリカ、オセアニア、パプ

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かも知れませんが、それは、間違いです。外筋文 化と内筋文化の対比もしてきました。それは、現 代、外筋文化が極端に突出したために、バランス を崩していると思うからです。そもそも、外筋と 内筋とがなければ、人は動きません。どちらが偉 いかという問題ではありません。 「ピークの文化」 そのものを否定しているのでもありません。「プラ トーの文化」が重要というときは、現代欧米では 「ピークの文化」に全てを純化し、これで全てを 支配しようとする文化・社会に対する否定として です。人類がこれまで、こういった二項の「内」 と「外」に気づいて、その機能を開発してきたの は確かです。しかし、不幸なことですが、一次的 な成功のためにか、西洋が「外」にかかわる文化 に異常に特化してしまった事に対する、 「内」から の批判です。 「内」と「外」の中間の「中」といっ た、中庸を唱えているわけでもありません。 「内」 と「外」の両方がうまく機能しないと全て(人も 社会も)のバランスが崩れます。誤解はないと思 いますが、念のため記しておきます。 シュール( 超) 観念論:グレゴリー・ベイトソンは

バリ社会を観察し「クライマックスの欠如した文 化」をプラトーと呼びました。ジル・ドゥルーズ とフェリックス・ガタリは『千のプラトー』で、 プラトーを「一つのリゾームを作り拡張しようと して、表層的地下茎によって他の多様体と連結し うる多様体のすべて」と定義します。ドゥルーズ &ガタリのリゾームとは、実体を脱構築した「表 象」さらに「抽象」物の総称ですから、ドゥルー ズ&ガタリがいうプラトーはむしろピークといっ たほうがしっくりきます。欧米の観念論者には、 決定的に見えていないのは、プラトー社会とは、 「心」 「身」が分離していない「心身一元」感の社 会で、また「心」身」と「自然」も分離していな い社会です。ピーク社会とは、 「心身」が分離した 「心身二元」観(論)の社会で、また「心」 「身」 「自然」とも分離した社会です。 ドゥルーズ(&ガタリ)は「心」だけでなく、 「身」まで観念化して、全てを統合しようと目論 んだと思います。それは、これまでだれも試みな かった驚くべき思想です。これまで、ドゥルーズ (&ガタリ)の意味不明の文章を延々と引用して きたのは、意味・論理は不明ですが、 「身」まで観

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義」のトランプ大統領による破壊・崩壊(た だ、これは次なる大暴走の序章かも知れない が) ・資本主義のモラル崩壊:タックス・ヘーブン、 不正・不具製品 二〇一五/一六年 ・地勢図の崩壊:欧米の中東政策の失敗(イス ラム教徒との対峙) 、ロシアの台頭、中国の 覇権主義台頭 ・情報収集イノベーション: IoT 化、ドローン・ マイクロサテライト ただ、三千年紀ということ自体、欧米史観にす ぎず、縄文という数奇な文明から考えると、一万 年紀になります。縄文文化では、都市構造がみら れないことから、 縄文文明というと、「何事か」 と、 歴史家にはお叱りをうけることになりますが、「神 の脳」文化が世界で初めて明確に出現したのは縄 文文化です。これは「意識」からすると新たな精 神文化の鏑矢となったもので、しかも一万年にわ たって持続した文化で、それはまさに人類史的に いうと文明的出来事のはずです。ジュリアン・ジ

ェインズのいう、 「 「神」の脳(意識) 」を最初に、 しかも他文明に先駆けること数千年前にです。物 的証拠もあります。縄文土器です。 「 「神」の脳(意 識) 」が人類史上初めて、高度に表象化したもので す。 欧米の史家のいう、三千年紀とは、精神文化か ら評価すると、 「ピークの文化」が主体ですので、 これが行き詰まった現代、 「プラトーの文化」とそ の文明化を考える必要があります。 縄文文化は 「プ ラトーの文化」といえます、そして、それは延々 と日本列島に息づいています。そこで、二〇一五 /一六年は新たな「プラトーの文化」の一万年紀 の紀元と考えることもできます。一万年紀とは大 げさなというかもしれませんが、 「ピークの文化」 が引き続き覇権を握れば、地球自体は一〇〇年も 持たないでしょうから、 「プラトーの文化」を中心 とした一万年紀のタイムスパンの思考・思想が要 請されているのではないでしょうか。 なお、蛇足になりますが、 (1)外観法と内観法、 (2) 「身体二元」観(論)と「身体一元」感、 (3) 「ピークの文化」と「プラトーの文化」のような、 二元論的対比の様に考えを進めていると思われる

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る。多くの点でベーコンにはアルトーと共通点 さて、このようなドゥルーズ(&ダガリ)のシ があると思われる。 〈図像〉とは、まさに器官 ュール(超)観念論を社会実装したらいかなる事 なき身体である。 (身体のために有機体を、頭 になるのでしょうか。ジル・ドゥルーズは毛沢東 部のために顔を解体すること) 、器官なき身体 についてシンパシーを持っていて、毛沢東をずい とは肉体であり神経である。波動がそれを横断 ぶんと持ち上げていますが、それを、ピエール・ し、その中に諸水準を刻み込む。感覚とは、波 ローズが代弁している討論会があります(ジル・ 動と、身体に働きかける〈諸力〉との出会いの ドゥルーズ『ドゥルーズ・コレクションI 哲学』 ようなものである。 「情動的体操」であり、叫 宇野邦一監修、河出文庫)の「ドゥルーズ・ガダ び‐息なのだ。感覚がこのように身体に結ばれ 。もちろん、ドゥルーズ ると、感覚はもはや表象的であることをやめ、 リーが自著を語る」より) 、酷 、は、何かおそろしい とガタリも出席している討論会です。 現実的になる。そして残 ものの表象と関係するのではなく、ただ身体に ピエール・ローズ:毛沢東主義的な「イデオロ 対する諸力の作用となり、つまり感覚になる ギー革命」の概念がイデオロギーと政治=経済 (扇情的なものの反対である) 。器官の切れ端 的なものとの単純な対置と絶縁することによ を描く、悲惨主義的な絵画とはまったく反対で、 って、欲望の政治的なものへの還元(議会と諸 ベーコンはいつも器官なき身体を、身体の強度 党派間の争い)や政治のディスクール(党首の) 的現実を描いてきた。ベーコンの絵の、洗浄さ への還元が一掃されて、多数の戦線における多 れ、ブラシをかけられた部分は、中和された有 数の戦争の現実が見直されるようになりまし 機体の部分であり、帶域や水準の状態に還元さ た。この方法こそ『アンチ・オイディプス』の れている。 「人間の顔はまだ自分自身の面貌を なかにおける国家批判にアプローチする唯一 見出していない……」 [アルトー] 。 の道なのです。

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念化しようと目論んでいるのを理解いただきたか ったからです。もちろん、この観念化は「身」だ けでなく、 「自然」もです。あえていえば、地球ま でも、宇宙までもです。ドゥルーズ(&ダガリ) のいっていることは、まるで「心身一元」感のよ うに錯覚させられますが、 「心」 「身」ともに観念 化して統合しようとする、恐るべきシュール(超) 観念論なのです。これまでの「心身一元」感や「心 身二元」観(論)と明らかに区別しないとさらな る混乱を引き起こしますので、ドゥルーズ(&ダ ガリ)の「心身」論を、 「シュール心身一元」的観 念論と呼んで区別しておく方が良いです。 そして、 それは東洋の持っているプラトー感覚ではなく、 西洋のピーク感覚そのものですが、それをも凌駕 した、シュール(超)ピーク観(論)です。少な くとも、こう考えておけば、ドゥルーズ(&ダガ リ)の唱えていることは意味不明でも、判断を誤 ることはないでしょう。 ドゥルーズのシュール(超)観念論にもう少し つきあってみましょう。意味不明でも、もう大丈 夫です。我々は、今、ドゥルーズのシュール(超) 観念論を逆手にとって、西洋文化の骨格を透視す

ることが可能になりましたので。 フランシス・ベーコンはピカソと違った手法で、 身体をずたずたに切り刻んで描いてみせました。 ジル・ドゥルーズのフランシス・ベーコンへの論 評を読むと、ジル・ドゥルーズのシュール(超) 観念論が実にくっきりと映えてきます(ジル・ド ゥルーズ『フランシス・ベーコン 感覚の論理学』 。 宇野邦一訳、河出書房新社 より)

もろもろの感覚の基盤としてのリズム的統一 性は、有機性を越えなければ発見できない。 (中 略)有機性の彼方に、さらには生きられた身体 の限界として、アルトーが発見して名づけたあ の器官なき身体がある。 「身体は身体である。 それだけである。器官を必要としない 身体は 決して有機体ではない もろもろの有機体は 身体の敵である」 。器官なき身体は、器官に対 立するというより、有機体と呼ばれる諸器官の あの組織作用に対立するのだ。それは強度の内 包的身体である。(中略)全肉体において、感覚 はじかに神経の波動や生命的感動に向けられ

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(超)観念論という化け物を生み出そうとしただ けです。身体だけで心がない人間状態は哲学ゾン ビといいますので、ドゥルーズの「心身」ともに 観念化した人間状態を「哲人ゴジラ」 (全くの空想 で怪物化した人間)ということにしましよう。 さて、哲人ゴジラの出生の秘密を探ります。原 爆による変態・突然変異? 結構近いですが、ブ ッブーです。もったいぶらずにいうと、 「ヤク」で す。ヤクが精神を焼くという意味では、哲学的原 爆といっても良いかもしれません。二〇世紀の欧 米の精神文化は、 「ヤク文化」と定義してもそれほ ど大きな間違いはないと思います。哲学的原爆で 精神が焼け野原になったのです。そのぐらい考え ないと、あらゆる分野でほぼ一斉に精神構造や文 化構造が破壊されたことの説明が付きません。 サルトルは哲学・哲人ゴジラ、ピカソは絵画・ 哲人ゴジラ、アンドレ・ブルトンやアレン・ギン ズバーグは詩・哲人ゴジラ、アントン・アルトー は演劇・哲人ゴジラ等々です。候補者はたくさん います。作品そのもの、日記、交遊録を調べれば、 イモずる式に哲人ゴジラを検挙できるはずです。 一度、徹底的なドーピング調査をすべきです。欧

米人には後ろめたさがあるでしょうから、日本の 研究者が徹底的に調べ上げるべきです。なぜそん なことをするのか? それは簡単な理屈です。哲 人ゴジラが、強力なヤクを飲み幻想をばらまき、 金を飲み込み(商業主義に毒され) 、地球資源をも 飲み込み(地球自体を資源化しようとしている: 金銭化) 、 さらに強大化し凶暴化する危険が甚大だ からです。 西洋では表面上はすっかり古代の「 「神」の心」 は消え失せた感じです。 ところが、 ヤクによって、 強制的に意識を攪乱すると、 「 「神」の心」のよう なものが見えてきたのではないでしょうか。そし て、それは、西欧が馬鹿にしてきたプリミティブ と呼ばれる文化の中に何やら原型らしきものがあ ると気付いたはずです。少なくとも、ピカソはそ うでしょう、 アントン・アルトーもそうでしょう。 それを利用した後は、ピカソは黒人芸術を否定し ますし、アルトーはもう一つ西欧の地下に潜んで いるグノーシス派を取り出そうとします。 文化とは、当然のことながら一人が何か革新的 なことを摑み取って表現しても、それに回りが共 感しないと(できないと) 、それは文化にはなり得

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もう一人、 プラトー的な自立共生を唱えている、 イヴァン・イリイチですが、コンヴィヴィアル(自 立共生的)とコンヴィヴィアリティ(自立共生) の重要性を説きます。で、これも社会実装すると どうなるかというと、 「 (おそらく)毛体制下の中 国を例外として、今日、自立共生的な方針にそっ て社会を再構築する能力をもつ政府は存在しない (イヴァン・イリイチ『コンヴィヴィアリティの ための道具』渡辺京二・渡辺梨佐訳、ちくま学芸 文庫)という、とんでもない結論になります。 毛沢東はご存じのように、「二〇世紀指導者の誰 よりも多い七〇〇〇万有余という数の国民を平時 において死に追いやった人物」 (ユン・チアン+ジ ョン・ハリデイ『真説 毛沢東 誰も知らなかっ た実像 上下』土屋京子訳、講談社+α文庫)で す。 「ピーク」文化圏の思想家達が「プラトー」を 理想として、夢や思想を語りますが、実に底の浅 い論理や思想の展開に終始します。なぜ? それ は簡単です。 「プラトー」の基盤は、 「心身」融合 で、 「心身」と「自然」も融合しています。 「プラ

トー」の社会では、 「心身」と「自然」が全てが実 体化しています。実体が表象的に扱われることは もちろんありますが。 このシュール(超)観念論(思想)は、別にド ゥルーズ(&ガタリ)だけではありません。しか も、思想だけでないのです。実は、欧米の芸術・ 文芸全般に深く認められる傾向なのです。シュー ル(超)観念論があふれ出すのは、二〇世紀に突 入するとすぐにです。 これまで見えなかったもの、 認識されなかったものが、なぜ、二〇世紀の幕開 けとともにあふれ出したのでしょうか。個々人の 作品や個々人の能力・性格を細かく解析しても多 分、答えは得られません。二〇世紀の特徴として は、 (1)経済破綻(世界恐慌) 、 (2)戦争(世界 大戦) 、 (3)ヤクの蔓延(精神の荒廃) 、 (4)大 量生産(個性の喪失)です。因果連関で言うと、 大量生産が世界恐慌をよび、世界大戦を誘発し、 精神的不安定と逃避からヤクが蔓延し、これらが 極度の精神の荒廃をもたらしたという、 流れです。 少なくともドゥルーズ(&ガタリ)はこの巨大な 「負の因果連関」に立ち向かおうとしたのだと好 意的に見ることもできますが、結局は、シュール

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われわれは久しく、経験科学の場で「時間」 と称される対象を受け容れるのを当然視して きた。しかし、時間に関連するものには、他に、 過去・現在・未来を識別する「時制」もあれば、 経験を可能とする現場に固有な「今」もある。 この「時制」と「今」のいずれも経験科学の守 備範囲のうちに含めるなら、これまで守られて きた禁制を破ることになるのか? あるいは、 無用の混乱を新たに引き起こす事態になるの か? この問いかけが、本書の出発点である。 経験は間断のない観測から成り立つ。その観 測は経験世界の内部のみから生じて来る。経験 世界内に現れる個物はなんであれ、他の個物と 関係を持つとき、相手から受ける影響を特定で きる限りにおいて、その相手を固定する。しか も相手を固定する、とする観測はこの経験世界 の内で絶えることがない。何が何を観測しよう とも、その観測は後続する、果てしのない観測 を内蔵する。これを内部観測と言う。

経験世界のうちに現れる行為体は、生物個体 やサッカー選手がそうであるように、いずれも 延々と継起する観測と決定という連鎖運動に 組み込まれている。観測によって決定が更改さ れ、それが引き続き新たな観測を喚起する、と いう連鎖が際限なく継起する。行為体は運動そ のものが内部観測の表れとなる。しかも、その 運動は、われわれがすでになじみとしている物 理学のうちで展開されてきた運動理論におけ る運動とは異なる。 物理学における運動法則は、運動履歴によっ てその内容を変えない。しかしながら、この無 時制の法則性は行為体の示す運動には適応さ れない。行為体の運動の基本は、みずから経験 し、観測するそれ自身の運動履歴に応じて、絶 えず更改される行為の決定にある。その決定更 改をもたらす要因の最大公約数が、行為体が示 す持続のうちに見出される。(中略) しかし、この内部観測それ自体は、二正面か らの厳しい攻撃にさらされることになる。その 一つは、西洋の伝統である懐疑主義とそれに由 来する、向かうところ敵なしの威勢を誇るかに

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ません。ピカソの画界を追体験できた者が相当数 いた、アルトーの劇界を追体験できた者が相当数 いた、と考えなければなりません。追体験出来る 母数が、どれほどいれば芸術なり、文化となるの か、これは面白いテーマですが、どの程度ヤクに 汚染されていたかを丁寧に調べると分かるはずで す。芸術となる、文化となる、その閾値が分かる はずです。 《アヴィニョンの娘たち》をみて、驚嘆 し、共感・共鳴できたということは、その評価者 (観察者)も明らかに似たフォルムをヤクでラリ にながら一瞬でも脳にスパークしたのを見たはず です。そうでなければ、共感・共鳴が出来ない。 それで疑問なのはドゥルーズです。ガタリは多 分、きまじめで、こんなラリった世界は見えてい なかったはずです。ドゥルーズは、アルトーやシ ュレーバーにほとんど同化しています。というこ とは強烈な追体験があったはずです。 ヤクなのか、 気質なのか、はたまた爆音等で脳の位相が狂った のか、強烈な精神的ストレスがかかったのか、は たまたそれらの複合なのか、実に興味深いことで す。その辺がわかると、欧米が二〇世紀に哲人ゴ ジラを生み出した理由も明確になってくるでしょ

う。そのへんが明確になると、ドゥルーズが産み の親といっても良い哲人ゴジラの超観念論は、デ カルトの心身二元論をさらに飛躍的に進化、革新 化した思想家として、欧米の思想史に燦然と輝く ことでしょう(あるいは、理由不明の単なる突然 変異) 。

「 内部観測」 論:欧米は、文化・芸術分野におい て明らかにシュール(超)観念論に向かっていま す。 これは巨大なピークの構築です。 二一世紀版、 バベルの観念塔。シュール(超)観念論による、 シュール (超) ピーク社会にいかに対抗するのか。 その可能性が一番高い「内部観測」理論について みてみます。 「内部観測」は、松野孝一郎が提案し ている理論と方法論です( 『来たるべき内部観測 一人称の時間から生命の歴史へ』講談社選書メチ エ) 。これも難しい論考ですが、ドゥルーズ(とダ ガリ)のような論理のすり替え、飛躍はありませ んので、安心して読んで下さい(私には解説する 能力がないので、引用で済ませます) 。以下、 「は じめに」よりです。

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置づけられる。 ここまでの「三人称」は、 「神(あるいは絶対者) [世俗的神ではなく] 」 と読み替えても大きな間違 いないでしょう。こういった論述になれていない 方は、とりあえず、 「三人称」を「神」と読み替え るだけで、言っていることがすっきり理解できは ずです。 内部観測が特異なのは、それが一人称と三人 称の間を仲立ちするところにおいてである。そ のため、内部観測は三人称で参照される表象や シンボルではなく、あくまでも一方で一人称に、 他方で三人称に接する指標であにとどまる。そ の仲立ちを実践する行為体が、内部観測体であ る。物体としての内部観測体は、抽象を介して 三人称で参照される対象と化すことを可能に しながら、内部観測を実践することにおいては、 あくまでも一人称行為体でしかない。これは、 すでに無効になってしまった物活論の蘇生を 意図しているのではない。三人称で参照される かぎりでの、抽象を受けてしまった内部観測体

は、まぎれもなく物体として対象化された、あ る構造をともなう。その三人称に位置づけられ る構造の成り立ちが、外部観測者のなじみとす る表象や記述のカテゴリーとしてではなく、一 人称に基づく行為に由来する、というねじれを 避けがたくする。

ここに至って、観測命題にとっての限界が明 らかになる。定立としての観測命題の肯定性を 支えるのは、内部観測由来の持続である。それ に対して、論理命題を支えるのは、時制・時間 をいっさい含まない定立である。論理命題にそ の真理値・決定性を与えるのは、観察命題とは 異なり、理論家自身である。論理学における公 理・定義が論理命題として正当であるかぎり、 時間を超越する仕方での定立であること、そし て、いついかなるときでも成立することが要請 される。その要請を内部観測に由来する観測命 題に適応することはできない。観察命題は定位 の体を装っていながら、その実、正当な定立に なりえていない。それが観測命題にとっての限 界である。

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みえる主観、独我論からの批判である。そして、 今一つは、経験科学を可能にする恒存する実在、 客観からの批判である。 主観の正当性を弁明した典型は、ルネ・デカ ルト(一五九六‐一六五〇)に認められる。と ころが内部観測体はデカルトの主観とは異な る。デカルトの主観の核心は、主観と称する一 人称を三人称現在を用いて肯定するところに ある。 「あらゆることに疑いの目を向けること のできる私に同じ疑いの目を向けることはで きない」という弁明によって、一人称を担う 「私」を三人称で参照し、その根拠を三人称現 在形で草される命題に求める。ここで根拠づけ られているのは、三人称に基づく記述が保証さ れる、という前提のもとでの一人称主観である。 そこには、三人称が一人称を支える、という屈 折した反転が認められる。客観視される対象の 三人称記述を認め容れるなら、そこに表出され た客観を超越する、記述者としての一人称主観 が必然になる。同じ三人称に配されながら、主 観は客観を超越する。 デカルトの主観は、あくまでも三人称記述を

行使できるという前提に立った上での一人称 主観である。(中略)もっとも、デカルトの主観 には、それを僭称しさえすれば、三人称記述で 体裁を整えた勝手な意見にも客観性を強要で きる、という負の側面が秘されている。もちろ ん、その責めを負うのはデカルト自身ではなく、 それを僭称した側である。 一方、内部観測自体はあくまでも一人称に基 づいた主体であって、その成り立ちにおいて、 デカルトの主観の場合とは異なり、三人称化は 持ち込まれてない。(中略) 内部観測体は、デカルトの主観に擬せられる 超越的な外部観測者とは異なり、その守護を求 める先をあくまでもそれ自身にのみ限定する。 それに応えるのが、みずからに備わっていると される観測能である。内部観測体は、その持ち 前の観測能の行使によって、みずからの存続を 可能にする条件の同定行為とそれ自身の存続 を一体化させることで、みずからを持続的に支 えることを可能にする道を拓くに至る。かつて この地球上で迎えることになった生命の起源 は、一人称行為体の出現の顕著な事例として位

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ことを容認しながら、そこからいち早く中間段 階の組織性にたどりつく方策として、何か手頃 のものがないかどうかを探査することになる。 ここでヒントになるのが、経験現象とその具 体性である。経験の相手となるのは、必ず具体 的な個である。しかも、経験を介することによ って個の間に新たな親和性が現れるなら、ある いは、経験そのものの成り立ちが個の間に可能 となる新たな親和性の現れであるのなら、それ によって新手の組織性の樹立が期待される道 が開けることになる。これはガリレイが意図し た物理学とはまったく異なっている。 ガリレイは、物体から観測行為を含む精神的 な色彩のあるものをいっさい排除し、その抽象 化された物体から逆に物質世界を構成するあ らゆる組織体が立ち上がる、と考えた。この物 質世界から排除された精神に光をあたえたの が、ガリレオに続くデカルトだった。ところが、 このガリレオとデカルトによってもたらされ た仕組みこそヨーロッパ諸学を危機的状況に 陥れた元凶である、として断罪したのが、二〇 世紀前半、最晩年のフッサールである。しかし、

フッサールの備えは万全ではなかった。メルロ

ポ =ンティはフッサールが設定した現象学の路 線、余計な抽象を可能なかぎり退ける路線を踏 襲しながら、物体に主観性を回復する道を開い た。にもかかわらず、新たな親和性の発露は手 つかずで未開拓のままとどまることになって しまった。デカルトによる主客分離を批判的に 乗り越えながら物体に主観性を回復させるの は、その物体が物理科学で遭遇する物体と比較 したとき、明らかに定性的に異なることを具体 的に開示することが求められる。

生物と物理を分ける鍵は、この化学的親和性 [大崎注:前文からすると、典型例として静電 作用]の実現において、異なる時制を持続する 履歴をともなうか否かにある。同じ物質運動で ありながら、物理と生物を分ける分水嶺は、そ の基本述語が状態なのか、それとも履歴なのか を見定めることにある。生物はその内から外に 向けて働きかけることを特徴とするが、それは 摩訶不思議な何かが内に秘されていることを 意味しているのではない。内から外へ向けての

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観測命題は、すでに完了した対象を参照する。 それに対して、経験そのものは絶えず進行しつ つあって、完了とは無縁である。そのため、内 部観測を完了形に凍結し、それを現在形で参照 するのは、やむをえない一つの歪曲である。そ の誹 (そし)りを甘受しつつ、経験科学者が打っ て出るための何か新たな策はないだろうか。 本書が意図するのは、その問いに対する一つ の試みであり、時制と不可分の関係にある内部 観測の新たな評価である。 「はじめに」の後、第I章 アーサー・プライア 第Ⅲ章 熱 ーの謎、 第Ⅱ章 量子論からの決定性、 力学からの一人称、第Ⅳ章 一人称行為体からの 量子論、第Ⅴ章 インフォメーション──、第Ⅵ 章 意識を操ること、第Ⅶ章 時制をまたぐ脳、 第Ⅷ章 生命の起源にたどりつく、と章が続き、 終章の「持続する今」をもたらす親和性にたどり つきます。内部観測の概念が、詳細に検討されて いて、西洋の生物の記述の根本的欠陥を明らかに します。その先にある「意識」についても鋭いメ スが入ります。私にはこの大論説をまとめる力は

ありませんので、ただただ、本書『来たるべき内 部観測 一人称の時間から生命の歴史へ』をご一 読くださいとしかいいようがありません。ただ、 終章を引用しつつ、内部観測概念の骨格だけは何 とか掴みたいと思います。

生体組織は原子と分子という物質で構成さ れているのだから、原子と分子を用いて分析さ れるべきである、という論は、見かけ上、正当 でありながら、文字どおりの実行は可能ではな い。そのため、述語には生物組織体の分析にか なうものが選ばれる。酵素、遺伝子、染色体、 細胞内小器官、細胞などが、その典型例である。 それらが成功事例になりえたのは、選ばれた述 語それ自体がすでに十分な組織性を備えてい たからである。 ところが、生命の起源が対象となると、それ を記述するために、あらかじめ生命組織体を前 提とした述語を選択することはできない。そう であるにもかかわらず、われわれの知る生命組 織体は原子と分子で構成されている。ここでの 火急の課題は、原子と分子を基本述語に配する

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プロジェクトのサブプログラムとして、 IR3S 北海道大学ではサスティナビリティ・ガバナン ス・プロジェクト( Sustainability Governance ( SGP ) )を実施しました。ガバメント Project ( Government )は法律で規定されたフォーマル な政治的機構で 強制力を伴い、ガバナンス ( Governance )は社会を構成する多様な利害関 係者間の調整を基礎とする機構で強制力を伴わな いと定義し、主に、人‐自然相互関係(作用)の 持続性( Sustainability )を中心に取り組みまし とはそもそも た。その際、 Sustainability Science 何であるか、議論を重ね、 Sustainability Science は弱い相互作用系を主体とした超複雑系を解明す る科学と定義しました。人間を含む生物個体の挙 動は弱い相互作用系(弱い共生系・排除系、間接 的相互作用)が主体の系で、これまでの自然科学 の基盤である、強い相互作用系(原子・分子、化 学物質、遺伝子、代謝)と極めて弱い相互作用系 (統計処理可能な系で分子衝突、流体等)を主体 として発達してきた科学とは明らかにことなる研 究手法と概念が必要であると考えたためです。こ の「弱い相互作用系」という考えは、松野のいう、

「組織体要素の間に働く親和性」 に他なりません。 生命原理とその持続性について、さらにいうと 生命体としての生命の認識(意識)について、松 野が「内部観測」概念をとおして、生命原理を「親 和性」に求めたのに対して、我々は、 「内観法」概 念をとおして、 「弱い相互作用系」に求め、それら は奇妙な一致をみせました。

サステイナビリティ( Sustainability ) 学の罠:欧 米で二〇世紀初頭に始まった、大量生産が世界恐 慌をよび、世界大戦を誘発し、ヤクの蔓延による 極度の精神の荒廃をもたらしたという、因果連関 の鎖が、地球環境にまでおよんで来ていて、ドゥ ルーズ風にいうと、暴力機械のパワーが全開とな っています。サステイナビリティ学はさしずめこ の暴力機械のブレーキと考えて良いでしょうか。 サステイナビリティ学の概念装置は、本当にブレ ーキとして機能することができるでしょうか。そ れは二〇世紀をどう見るかによるところがありま す。欧米の二〇世紀はというと、基本的特徴とし て、地球の環境・生態に対しては、物理的な徹底 的な破壊の世紀でした。その機動力となった精神

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働きかけは、履歴をともなった物体が外に向け て発揮する親和性の現れにすぎない。この親和 性そのものは化学に由来する。 そこで浮上するのが、時間の素性である。物 理では、抽象を受ける以前の「持続する今」で はなく、すでに抽象を受けた前後関係のみに留 意する無時制の時間を重視する。それに対して、 時間の最も素朴かつ具体的な姿である「持続す る今」 、履歴を参照することのできる「今」に、 明示的に着目し始めたのが生物である。その生 物の一員には、言語を操るわれわれも含まれる。 しかも、言語のうちに現れる時制は「持続する 今」からの抽象であり、無時制の時間は時制か らのさらなる抽象であって、他の時制を制して 現在時制のみを特別視する。 生物組織体は、物理組織体と同じ物質現象で ありながら、明らかに異なっている。われわれ は、生物と非生物の違いを、ほとんど一瞬のう ちに、しかも間違いなく識別する。ここで、ど うしてそのようなことが可能になるのかが、深 刻な課題として浮かび上がってくる。生物であ れ、非生物であれ、組織体は組織体要素の間に

働く親和性を前提とする。とすると、その親和 性の働き方が生物と非生物の間で異なる、とい う解決策しかありえないことになる。

本書で試みたのは、生物を特徴づける物質由 来の親和性の探査である。その候補が、無時制 の下で物理組織体をもたらす親和性に対比さ れる、異なる時制の間をまたぐことのできる持 続する親和性であった。その異なる時制をまた ぐ親和性の実例は、物質交換に見出される。生 物組織体の成り立ちは、この異なる時制の間を またぐ履歴をともなった親和性の特異さに求 められる。 経験とは、異なる時制をまたいで発揮される 親和性の別名である。

松野の「内部観測」は、我々がこれまで考えて きた「内観法」とほぼ同じ考えといってよいです が、 「内部観測」のほうがはるかに深く考え抜かれ ています。ちなみに、 「内部観測」に対比される「外 部観測」は、 「外観法」に対応します。

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それは、 ( 効 率 主 義 )、 Efficiency-ism (資源主義) 、 Capital-ism (資本主 Resource-ism 義)により、自然を使い尽くせ、食べ尽くせとい う、外観的「神」の指令のためです。この三つの 主義は、結局ピークの思想(主義、観念)へと纏 められるものです。 グレゴリー・ベイトソンはバリ社会を観察し 「ク ライマックスの欠如した文化」をプラトーと呼び ました。ドゥルーズは西洋のピークの文化が危う いのは理解していたはずです。しかし、西洋のピ ーク思想とは、そもそもプラトーの否定によって 構築されてきた思想ですので、西洋のピーク思想 でプラトー思想を構築するということ自体が、自 己撞着に陥ります。そのことが理解できないのも ピーク思想(社会)の特徴です。二一世紀の大転 換期にあり、プラトー文化を保持しているであろ う、欧米以外の文化圏(イスラム教文化圏も含め て:イスラム教は一神教ですが、社会自体は「心 身二元」論を採っていないと思います)になにが できるでしょうか。何かしなければ、地球がピー ク思想(社会)で食いつぶされる。 ジュリアン・ジェインズの〈二分身〉において、

「 「神」の心」がはっきり形象を結ぶのは、土器や 神話からすると、文明が成立したせいぜい三千年 紀(もちろんそれ以前にも出現していたでしょう が)でしょうか。ジュリアン・ジェインズは知ら なかったのだと思いますが、縄文文化からすると 我々は一万年紀の大転換点にいるといえます。縄 文文化の「 「神」の心」はその土偶にはっきり、凄 まじい躍動感をもって残っています。縄文文化の 「 「神」の心」は弥生時代にはすっかり消えてしま います。 それはジュリアン・ジェインズによると、 文字のせいということになりますが、弥生時代に 文字が威力をもって、 「 「神」の心」を退治したと は考えられません(変化はしたでしょうが) 。少な くとも、日本では文字を持って「 「神」の心」を「神」 に転換することはなかったと思います。文字を持 って以後も、無数の「 「神」の心」 (たぶん精霊と か魂と感じている心)はいまだに生き続け、自然 と人の間を自由に行き来し、人と自然を繋いでい るのです。 ジュリアン・ジェインズによる「 「神」の心」を 消滅させるのには、文字の発明だけでは不十分だ ったと思います。文字に「神」的機能を持たせる

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的倫理的社会規範の特徴として、4 ism (イズム) あるといいます。しかし、欧米には次の三千年紀 を上げておきます。 の指標がない。 (現実主義)が、欧米 Real-ism がこれまで信じてきた「神」 (世俗的神でなく絶対 (現実主義) : 「神」にかわる、精神的 Real-ism 支柱だったのではないかと睨んでいます。ヤ 者)に替わることなどとうていできません。欧米 クによりバラバラになった世界は確かに存 はジュリアン・ジェインズ の二〇世紀 Real-ism の〈二分身〉仮説でいう、 「 「神」の心」をようや 在するという共同幻想をシュールリアリズ く掴んだというレベルです。しかも、ヤクで掴ん ムと呼んで、もてはやされましたので、 「神 だ「 「神」の心」を次の「神」に祀るべく、シュー のエキス」によらない世界観を発見したとい う素朴な歓び。中南米の内観的小説や詩が、 ル(超)観念論を生み出してしまいました。アン 一瞬、ヤクの世界観に似ているように錯覚し、 ドレ・ブルトンがいみじくも、ラリった心象をシ ュール(超)リアリズと宣言したのは、まさにこ それを「魔術的・悪魔的リアリズム」として のことです。さらにラリった心象をもって、身体 もてはやし、中南米のノーベル文学賞ラッシ まで抽象化し、観念化するという驚くべき思想を ュにもなった。 ドゥルーズ等は生み出してしまいました。心身共 (効率主義) :活動全てに対する Efficiency-ism 評価基準 に観念化された人間がいるとすると、それは「哲 人ゴジラ」としかいいようがありません。プラト (資源主義) :自然資源のみなら Resource-ism ず人まで資源としてあつかう、悪魔の主義 ンの洞窟内で人類は、 「 「神」の心」を授かった。 (あるいは神のブラック化) 西洋ではそこから這い出して、 文字の発明により、 「 「神」の心」を人間から取り出し外界に「神」の 座を設置し、そこから人間達に指令が届くように した。この壮大なシステムが、なぜ、今、行き詰 まってしまったのか。 :自然全体を金銭換 Capital ism(資本主義) 算し、一部を売り買いする。地球(自然)の 価値を金に換算する。 エマニュエル・トッドは三千年紀の大転換点に

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「 さすてな」 : われわれは、サステイナビリテ ィ学の研究をしながら、雑誌『サステナ』を一〇 年にわたって刊行していますが、サステイナビリ ティ学の抜け落ちている所を、巧みにカバーして いるのが『サステナ』です。つまり、英語に出来 ない、したがって欧米のサステイナビリティ(学) は含まれていない、 [共生、循環、無、世間、風土、 とは違う) 、 「道」 、 「気」 、丹 里山、自然( Nature 田]という言葉(概念)を基盤に、サステイナビ リティ(学)を構築しようとした努力が認められ ます。これらの概念は、じつは、プラトー社会(思 想)の岩盤に相当すると思います。また、ここで いう「無」は、虚無の意味での「無」ではありま せん。プラトーの基盤になる「無」で、養老孟司 のいう「無」です( 『無思想の発見』筑摩新書) 。 養老孟司が、 「日本の思想は、心身一元論で対立概 念が発達せず、 形を重んじる」がゆえに思想がな く(形には思想はないから) 、茶道、華道、武道、 神道、仏道、修研道は 道 (思想ではなく経験の 重視)を重んじるが故に無思想である」という意 味での「無」です。養老孟司のいう「無」は身体

機能に繋がっていますので、明らかにピーク社会 (観念論社会)でなく、ピークが「無」のプラト ー社会です。 『サステナ』はそれらをよく取り上げてきたと 思います。ピーク社会(思想)の暴走は、欧米の サステイナビリティ学では止められません。プラ トー社会(思想)を主体とした、 「サステナ」が、 今、必要なのです。 「サステナ」の命名は良いので すが、いかにも借り物という感じがしますので、 私は「さすてな」として、今後さらに、内部観測 (内観法)を主体にしたプラトー社会(思想)を 考えていきたいと思います。 「さすてな」の基本を とりあえず、三つ挙げておきます。

「心身」を分離しない 「心身」‐「自然」を分離しない 「自然」を餌(資源)と考えない(精霊のすみ かだから)

これに、エマニュエル・トッドがいっている、三 千年紀の大変動の少子高齢化、女性の進出の要因 を加えると、サステイナビリティ学

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」 「


にはどうしたらよいか? それは多分、徹底的な 人間不信を基盤とした生業文化からしか生まれな いような気がします。人を信用出来ないから、文 字による記録を極度に重要視するようになった文 化圏があったはずです。文字によるルールを決め て違反したら厳しく罰する。こうした世界では、 「 「神」の心」を「神」に統一し、 「神」の絶対的 ルールの下で生活する必要があります。私は文字 と絶対的人間不信が融合したのが「神」と考えま す。ですから、 「神」から「愛」をもらわなければ 生きてゆけない。こころの飢餓に陥る。ま、これ が「神のエキス」です。ドゥルーズにもこれが必 要だったのでしょう、 そしてそれを拡大解釈した。 「 「神」の心」を人の「身」から追い出し、 「神」 にしたメリットは絶大でした。 「神」は人間のため に自由に使ってよい自然を与えてくれました。ト マス・モアのユートピアを参照するまでもなく、 自然を使いたい放題、食べ放題ということで、 (効率主義) 、 Resource-ism (資源 Efficiency-ism (資本主義)が威力を発揮し 主義) 、 Capital-ism ます。この三主義がフル稼働してきました。この 美味しい自然を食べ尽くすためにさらに威力を発

揮したのが、自然科学です。松野がいう、外部観 測的思考が、数学や物理学でうまくいき、ますま す、 「神」はパワーアップします。世俗的な教会の 神は嘘がばれて、権威を失墜しますが、宇宙開闢 の絶対「神」は揺るぐことなく存在し続けている はずです。そうでなければドゥルーズのような、 思想家が出てくるわけがありません。あるいは、 現代芸術が成り立つわけもありません。 さて、縄文以来のプラトー文化を保持している 人々は、ピーク文化の暴走を抑えることができる でしょうか。ピーク文化の弱点を松野が暴きまし た。外部観測の成功が、ますます昏迷を深めてい ます。外部観測系を内部観測系に強引に当てはめ ようとしても上手くいきません。外部観測系は数 学、物理で一部上手くいきましたが、生物には外 部観測系の完全適用は困難であります。

サステイナビリティ( Sustainability )は、ま だ、外部観測系で達成できるという概念のようで す。とくに、サステイナブル・デベロップメント

( Sustainable Development (SD) )は外部観測 系をどういじくるかというテーゼのように思えま す。

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二〇〇六年からは 生命も 環境も 持続的に撫でる 破壊してはならない 精神的な落ち着きで 生命の尊さをとりもどし 豊かさを撫でて 貧しさを甦らせ 貧しさを撫でて 少しでも豊かさを 日本人よ 撫でる行為を 忘れるな このままでは 持続可能ではない

にて(完) COP22

長谷川龍生「愛媛新聞」二〇〇六年一月一日 現代詩手帳二〇〇六年一二月号 (再録) マラケシ

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生命は尊い 自己にも他者にも 心根を撫でる いつまでも やわらかく撫でる つよく撫でる 愛が生まれてくる 脳を撫でる 胸のうちを撫でる 手と足とを撫でる 指さきまで撫でる 日本人よ 疲れている このままでは 持続可能ではない 時空間の一点を見つめている 自己にも他者にも 心根のすみずみまで見つめる 生命を見つめる いとおしく 撫でるように見つめる 健康が波動してくる 大人の社会が 子供の社会を見つめ やわらかく撫でる つよく撫でる 日本人よ 生活 (たつき)のために疲れている このままでは 持続可能ではない

連載 エッセイ


( Sustainability Science ) ピ[ーク社会のブレー キにはなるかも知れないが、ピーク社会自体を変 えられない に]替わる、 「さすてな」学 (Sasutena の構築は可能で、プラトー社会の基本設 Science) 計も出来るはずです。 参考のために、内観法に達した外観法文化圏の 人を挙げておきます(日本や東洋には無数にいる ので無視) 。 ・内観法域に達した:ゴッホとリルケと詩人パ ウル・ツェラーン ・一瞬内観法に近づいた:ヘルダーリン、ムン ク、カフカ、ハイデッガー、ハンマーホッフ (デンマークの画家) 、ポー、エメリー ディ キンソン ・中観法:内観法と外観法の中間のような中観 法で、大地性をもったロシアの作家達(とく に、筒井俊彦『ロシア的人間』 (中公文庫)が 取り上げた、プーシキン、レールモントフ、 ゴーゴリ、ベリンスキー、チェチェフ、ゴン チャロフ、ツゥルゲーネフ、トルストイ、ド

ストエフスキー、チェホフ) ・擬似内観法(外観法の純化) :ヤクを媒介とし た擬似内観法芸術(つまりシュール観念論化 した外観法芸術)は現代美術館に溢れている (特に、アメリカ、ドイツ、フランス)

長谷川龍生の一九五七年処女詩集 『パウロの鶴』 (書肆ユリイカ)に、 先端を切っていく一羽 それは抵抗と疲労のかたまりだ。

という詩片があります。この詩を、雑誌『サステ ナ』 の長年の労をねぎらって送りたいと思います。 唯一、長谷川龍生がサスティナブルの詩を書い ています。この詩は、 「さすてな」に近い感じで、 閉じるにあたり、この詩も『サステナ』に捧げた いと思います。なお、この詩は『サステナ』が始 まった頃に書かれました。

「持続的(サスティナブル)に撫でる」

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できるくらいの余裕はあった。 翌日に残りの片方の手術を済ませて完了で あるが、ここで前日に手術をした眼の眼帯を とった。ずっと眼帯をしていたせいもあるの だろうが、開眼第一声は「やっ、眩しい」 。そ れはそうだろう。今まで濁ったレンズ越しに 見ていたものが、突然、磨き上げた新品のレ ンズに代ったのだから眩しいに決まっている。 そして翌日、もう片方の眼帯をとって新品 の目で景色を見る。世の中はこんなに明るか ったのか。 特に青い色が鮮やかである。 おお、 東京の空はこんなにも青い。はっきり見える だけでなく色彩の鮮やかさに感動した。世の 中一変したというのがその時の思いである。 さてそうなると、目が見えないために返上 してしまった運転免許が惜しい。映画館に行 って大画面のスクリーンが見たい。暫く止め ていた絵も描きたい。やりたいことが次々に 出てくる。どうも本業の研究のことは何も出 てこない。ただ、仕事上のことでいえば、書 棚の本の背表紙の文字が読める。捜しても見 つからなかった本を三冊も見つけた。本屋に

行き書棚の最上段の文庫本のタイトルが読め る。何よりもひとりで海外に行ける。これは 有難い。海外の知らない街で、殊に夜となる と視力がきかず困ったことがある。空港の発 着案内ボードも見えない。思いあまって娘を 連れて行ったこともある。これは便利である が費用が二倍になる。 そんなに好い事づくめなのに、なぜもっと 早く手術を受けなかったのか。はっきりした 理由があるわけではない。「何となく漠然とし た不安」からである。大体、目の手術と云え ば眼球をえぐりだして…などと想像したこと もある。これには子供の頃に読んだ探偵小説 が影響していて、犯人が義眼を取り出す描写 を思い出したことである。その本は大正時代 に書かれたものであるから、ほぼ百年前の話 である。頭の中では理解していても、子供の 時に刷り込まれた記憶がよみがえる。私には こうした変な思い込みがよくあり、石炭の採 掘にツルハシとザルをもって坑道に入ると云 って家族に笑われる。 「三つ子の魂百まで」と 世間では言う。

連載 エッセイ

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目の手術

九月の初旬に白内障の手術を受け、今は見 るもの眺めるもの全てが新鮮で、劇的な日常 世界の変化に、 驚きよりも寧ろ当惑している。 手術自体はよく言われるようにごく簡単な もので、濁った水晶体を超音波で砕き、それ を吸引してそこにレンズを装着するだけで、 一五分か二〇分で終わる。痛みと云う程のも のはない。時々目玉を押されるような圧迫感 があるが、痛いという感覚ではない。目玉の 手術であるから当然目は開けたままで始まる。 最初のうちは、目を覗き込む医師や看護師の 顔が見えたが、直ぐに半透明のシールのよう なもので眼球表面を覆われたような感覚にな った。それから液体を目にかける。何かして いるなと思っていると、黒や赤、時には黄色 が抽象画のように現れ、動き回る。そのうち 音楽ともいえない電子音がピロピロと鳴りだ し、視野の中心部に強い光線のような白色の

領域が現れる。要するにこのピロピロは、砕 いた水晶体を吸い取る音で、ジュジューとい う生々しい吸引音をカモフラージュするため の電子音ではないかと思う。とすると、もう この時には水晶体はなくなっているから、あ の黒や赤や白の光は実際の光ではなく、視神 経か脳が感じた色ということになるのか。 それから新しい人工の水晶体が挿入される。 その間も黒や赤は動き回り、時々液体がかけ られる。するとぼんやりとではあるが、医師 の手のようなものが動くのが見えるがそうで あるのかどうかは判然としない。とにかくこ こまで来ると手術は終わりである。眼帯をか けられて「ハイ終わりました」 。やはり緊張し ていたのか、力が抜けていく。出口を出たと ころで壺状の器をもった看護師とすれちがっ た。 「それ私の目の残骸ですか」と尋ねたとこ ろ、 「いえ、これは違いますよ」という会話が

山田利明

やまだ としあき

東洋大学教授

(専門は中国哲学)

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を失くしてしまい、働く意欲も失ってしまっ た。工場には通っていたが、まともに働くわ けではなく、伯父が面倒を見ていた。父は、 工場にゴミが落ちているのが気になるらしく、 工場では、 いつもゴミ拾いをしていたらしい。 偶に実家に帰ると、工場で働く人が清掃を心 掛けず、俺はいつもゴミを拾っていると言っ ていた。工場の清掃は父の役割でなく、また 父一人でできる筈もない。 父は他にすること、 できることもなく、一人、自分の手さえあれ ば、いつでもできるゴミ拾いに専念していた のであろう。 事の真偽は知らないが、開頭手術の際に、 クリップ止めの難しい別の動脈瘤への対応の ため、命と引き換えにこれに続く前頭葉の血 管をクッリプ止めし、一種、ロボトミー状態 になってしまったと、母は話している。人間 らしさを生み出す前頭葉を障害すると、好奇 心を失くし、働く意欲も失くすらしい。前頭 葉で醸し出される高次の脳機能を失くした原 始の脳は、父の場合、通路に落ちているゴミ を拾うことであったのだ。父は、手で拾える

ゴミを拾うが、作業場に積もったほこりやチ リは気にならなかった。手でつまめるゴミだ けが気になっていた。 最近、私もゴミを拾う。自身の行動が障害 を得た後の父に似ていて、とても気になる。 自宅や職場で、手でつまめるゴミが気になっ て仕方がない。子供の時、腕を巻き込まれた コンベアのローラのゴミが気になったことの ぶり返しである。私の家内は、小さなゴミの 散らかりは気にならないようで、自宅には彼 女のまだふさふさの頭から抜け落ちた髪が至 る所に落ちている。私の髪は、ほとんどなく なってしまっており、長い髪の毛が落ちてい れば、間違いなく我が妹のものである。髪の 毛を掃除機でちゃんと吸引するのは難しいら しく、掃除機をかけた後も、しっかり残って いる。私は、これを手で拾い集めて捨てる。 捨てるたびに父のゴミ拾いを思い出す。私の 前頭葉も老化して高次機能が衰え、原始の脳 を呼び起こしている。父と同じく、ゴミ拾い をさせられている。 私は、確かに父の子である。

連載 エッセイ

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ゴミ拾い 父は小さな工場 (こうば)を父の兄と一緒に 経営していた。父が営業を担当し、伯父が製 造を担当していた。家内工業に毛の生えたよ うな工場であった。父は、休日でも、工場に 用事があるときは、 時々、 私を連れて行った。 工場には、子供には見慣れない機械がたくさ んあって、一緒に行くのは楽しかった。休日 で、働いている人は少なかったと思うが、工 場は動いていた。父が、用事を済ます間、工 場の中で一人、遊んでいた。 ある日、父についてまた工場に行った。休 日で、人気の少ない工場には、稼働中のベル トコンベアがあった。そのローラにゴミが巻 き付いていて、回転に合わせてゴミが揺れて いた。子供の自分には、そのゴミが、巻き付 いてゆらゆらしながら動いていることが、と てつもなく、ふさわしくなく、また美しくな く、 気になってしょうがなかった。 ついには、 手を伸ばしてゴミを取り除こうとした。 結果、

巻き付いたゴミは、私の右腕をローラに引き ずり込んだ。右腕が輪留めとなったのか、コ ンベアのローラは止ったが、ローラを駆動す るモータは空転したまま、回り続け、私の右 腕はローラで締め上げられた。幸い、近くに いた人が異変に気付き、モータを止めてくれ た。モータはスイッチ操作では逆転しないも ので、コンベアベルトを切断して私を助け出 してくれた。父や伯父、また周りの人に、ど んなにか叱られるかと、覚悟したが、叱られ なかった。こうした巻き込み事故では、腕を なくしたり、死んだりする人もいたので、叱 られなかったのであろう。私のこの巻き込み 事故は、なんとなく秘密され、母も含めてこ のことを詳しく知る人は少ない。 私が、大学院に進学したころ、父はまだ五 十代前半の働き盛りであったが、クモ膜下出 血に罹患した。破れた動脈瘤をクッリプ止め する手術の予後が悪く、様々なものへの興味

加藤信介

かとう しんすけ

東京大学生産技術研究所教授

(専門は都市・建築環境調整工学)

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図1 柳野の猟師さんと一 緒に解体した約 75 キロの イノシシ.

図 2 筆者(左から 3 番 目)も加わった踊り.

い、ヤンヤの喝采も起きる。地域のか つての賑わい、人のつながりの濃さ、 思わぬ人たちが活躍して地域の人気者 になっていく様を感じられる場であっ た。 敬老会は、普段あまり顔を合わせる ことが無くなったお年寄り同士が会う 機会でもある。別れ際には「お互いに まあ元気でやっていかにゃあねえ」と 話すオンチャンたち。お孫さんや娘さ んたちに手を引かれて病院からやって きたオンチャンもいる。杖をつきなが ら、ようよう公民館にたどり着いたオ バアチャンも。かつての柳野では、田 んぼや焼畑での作業、水車や道の管理 などでいろんな共同作業があった。イ イと呼ばれる労働交換も盛んだった。 それもほとんど無くなり、お年寄りた ちにとってはお互いに会う機会はごく 限られたものになった。周辺の地区で は人手が足りず、もう敬老会はやめよ うかという声が挙がっているとも聞く

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忘れられた当たり前を探す¨ 目からウロコのフィールドワーク⑳

考えていた。しかしながら、借りた畑 はいつの間にか五反あまりにまで増え、 自分の畑の草刈りなどをちゃんとやる だけでも大変なのに、あちこちの畑の 手伝いや地域の行事にも顔を出すから、 まあなかなか忙しい。夜は夜でコウゾ

続・ フィールドに根っこを生やす たなか もとむ

田中 求 高知大学地域協働学部講師 (専門は環境社会学)

卒論以来、二〇年あまり居候を繰り 返してきた高知県いの町柳野地区で古 民家を借りるようになり半年が過ぎた。 柳野に家を借りたら、ゆっくり原稿を 書いて、畑仕事もして、その合間に地 域の手伝いもしてというようなことを

のヘグリ(表皮を取り除いて白い靭皮 繊維のみにする作業で、和紙の原料に なる)をしたり、小麦の種籾についた コクゾウムシを除けたり、声が掛かれ ば夕方からイノシシの解体・精肉の手 伝いに行くこともある(図1) 。移住し て、のんびりと原稿を書いて、という のは叶わぬ夢なのかも知れない。 先月は地区の敬老会に参加した。七 五歳を過ぎたオンチャンオバチャンに たくさん笑って長生きしてもらおうと いうことで、私もエビやカニの仮装ダ ンス、法被を着て「これから音頭」 、女 装をして「あれが噂のエマニエル、ハ ァウハウハー」と踊った(図2) 。 柳野地区には戦後しばらくまで桜田 劇団という地域の芸達者が集まった劇 団があった。各地に呼ばれて公演する ほど人気があったという。敬老会の催 しも一ヶ月前から練習を始め、かなり の熱意で踊りや出し物の練度を上げる。 敬老会ではたくさんのお捻りが飛び交

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た地域の人たちの思いを軽視すること になったりすることもある。柳野地区

招いたこともあった。 しかしながら、 柳野地区の敬老会は、 今のところ地域の人たちがとても大事 にしている行事であり続けている。ま た敬老会は村に戻ってきたオンチャン や移住者が地域でつながりを作ったり、 子どもたちを含めて新しいメンバーが いろんな役割を担い始めるための入り 口にもなっている。今回の敬老会で一 番の拍手を集めていたのは久し振りに 柳野に戻り、敬老会は初参加となった オンチャンだった(図4) 。そして一番 拍手をして歓声をあげ、笑い、喜んで いたのはそのオンチャンのお母さんだ った。 敬老会が終わって三週間ほど経った 今でも、道などで会えばオンチャンオ バチャンたちから、敬老会ではありが とうねえ、 楽しかったねえと話が弾む。 踊りを間違えたりもしたけれど、来年 はもっと笑ってもらおう、何をやろう かなあと考えたりもしている。

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でも盆踊りの再構築に外部者の関与を 強めようとしたことで、地域の反発を

図 4 帰村者や移住者も活躍する敬老会.


図 3 敬老会を楽しむ柳野のみなさん.

けれど、柳野地区には敬老会を楽しみ にしてくれている人が多い(図3) 。 柳野地区でも行われなくなった行事 はいくつもある。盆踊りも奉納相撲も 虫送りも御神楽も行われなくなったけ れど、その一部を敬老会で演じたり踊 ったりすることで少しでも受け継いで いこうとしている。柳野の敬老会は、 いろんな来賓を迎えて、堅苦しい挨拶 やためになるお話を聞き、お弁当を食 べて帰るという場ではなく、演者も客 もみんなが楽しもう、 たくさん笑おう、 久し振りに会おうという場にしたこと で続いているのではないかと思う。 伝統行事の時期や内容、 目的、 格式、 担い手、規則、作法などを変えない、 変わらないものとして固執すると、成 り立たない行事もある。外部者が関わ りすぎたり、人を集めることを重視し すぎることで、 「地域の行事」という意 味合いが薄れ、単なるイベントになっ てしまったり、ずっと行事を担ってき

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表 面 を 少 し く ぼ ま せ た 形で 浮 か ぶ 。 放 っ て お

の 一 円 玉 が 、 そ う っ と 水 に 浮 か べ ると 、 水 の

そうなので 、 一円玉で 実験。 水よ り重いはず

が 、 さ す が に ア メ ン ボ で 実 験 す る の は かわ い

アメンボが 沈まない理 由の一つが 表面張力だ

い て お う ち で で き る 簡 単 な 実 験 を して み た 。

わ が家 も 、 水の ふ し ぎ な 力 、 表 面 張力 に つ

という印象があったが、楽しみながら色んな

と思う。自由研究、何をしようか悩むのが常

ね、と話しつつ、実験もなかなか奥が深いぞ、

もこうなっちゃうよねえ、気をつけないと

す。仲良し仲間に異変が起こり分裂してしま

れ離れになり、そのうちパタパタと沈みだ

力が弱まり、アッという間に一円玉同士が離

ちょっとつけて水の表面をつつくと、表面張

く と 、 一 円 玉 同 士は だ ん だ ん 近 づ いて お 互 い

学びがあるのはいいことだ。

旅行記を作ったり。

に く っ つ き 、 き れ い に まと ま り を つ く る 。 そ

(親子サステナ

文・構成 平松 あい)

よ う な 構 図。 悪 口と か言 う と お 友 達 で

・ ・ ・

こで、台所用洗剤の 登場。つまようじの先に

【第 40 号】


る。飾られた作品を見て歩くと、低学年なのに、

して 、 実に 多様 な 自 由 研 究 が で き る 環 境 が あ

き の キ ット や イ ベ ン ト など も 充 実 して い た り

プなどで簡単に手に入り、さらには自由研究向

単にネタ探しができ、多様な材料が百円ショッ

や手芸もあった。最近は、インターネットで簡

車などの工作が多かったような気がする。標本

にある空き容器や木材などを用いて、貯金箱や

昔から変わってきているように思う。昔は、家

うだ。ただ、使う素材やら内容やら完成度は、

出される。これは今も昔も変わらない宿題のよ

小学校に入ると、夏休みの自由研究の課題が

調べ学習の成果をまとめたものも多かった。

いたらしい。工作やものづくりの作品のほか、

時間には縁日状態になって子ども達が遊んで

など、完成度の高い作品が並んでいた。休み

動販売機(本当に出てくる!) 、銀河系の模型

る福引の抽選で使う回すくじ引き機)や、自

わが子の学校では、ガラガラポン(いわゆ

同じ親としてその労苦を賞賛するのである。

協力とバックアップも見え、なおさら感心し、

研究。というわけで、作品群の影に親たちの

るほど、親の協力なしにはできないのが自由

のが、夏休みの自由研究。また、低学年であ

手をつけるとなるとなかなか本腰が入らない

夏休みの自由研究

大 人 が 見て も目を 見は る くら い立 派 な 作 品 も

世界地図上に生息する動物をまとめたり、塩

の結晶を作ったり、植物を育てて観察したり、

あって、勉強になるやら、感心するやら。 そうはいっても、やはり他の宿題と比べて、


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