1 minute read

対談:働くことは、生きること。

Nature Service代表 赤堀によるファシリテートのもと、「これからの時代を生きる人の働き方」をテーマに、地方創生を推進されてこられた松平氏と働く空間の研究に携わってこられた谷口氏にそれぞれの想いを語り合っていただきました。

Advertisement

松平 浩一氏

衆議院議員、立憲民主党長崎県第2区総支部長 、上智大学経済学部卒業、2003年司法試験合格。海外にてプロサッカークラブ創設。Baker & McKenzieに12年間在籍し、国際弁護士として国際取引、M&A、事業承継、企業再生など数多く手がける。グリー、ソニー、ヤフー及びYJキャピタルに出向。2017年、衆議院議員に当選。

谷口 政秀氏

株式会社イトーキ オフィス総合研究所所長、愛知県立芸術大学非常勤講師 マーケティング部門、空間設計部門、商品開発部門、インテリア雑貨ネット販売・リアル販売店舗起業を経て現職。著書に『make space』など。

働く人の前に立ちはだかる壁とは?

松平氏(以下敬称略) 働き方改革法案が成立した2018年、私は衆議院議員として国会に入りました。もともと複数のグローバル企業に身を置いてきた者として、これからの働き方に関する議論に積極的に参加してきたのですが、どうも政府と民間の間には感覚のズレがあると感じずにはいられませんでした。高度プロフェッショナル制度も残業代規制も、結局は時間的な観点からでしか語られていません。一方、先進的な企業ではすでに仕事の「量」ではなく「質」を重視する方向に変わってきています。量的な働き方ではなく、質的な働き方の議論を進めようと、今まさに準備していたところです。

谷口氏(以下敬称略) 働く空間に関する研究を進めてきた私も、特に「働き方改革」が叫ばれるようになった近年、いろんな疑問にぶつかることがありました。たとえば、先進的なオフィスと聞いてまず思いつくのがフリーアドレスやリモートワーク。これらを導入した企業に、イノベーションが起きたかといえば必ずしもそうではない。むしろワークスペースを狭めることでコスト削減につなげようとしただけの施策に終わっているケースが少なくないのです。心を病む人の数も一向に減らず、そもそも問題の本質はまったく別のところにあると思わずにはいられませんでした。

――日本において働き方の質が向上しない理由とは何だとお考えですか?

谷口 日本人の多くがまだ、高度経済成長期に出来上がった働き方に対する価値観の延長線上から抜け出せていないのが第一の要因だと思います。あの頃は頑張れば頑張るほど、物心両面において国民みんなが豊かになっていきました。そして、このようなスタンダードが築かれていったのです。いい大学を出て、いい会社に就職して、いい役職に就いて、結婚して、子どもを育てて、車を買って、退職金をもらう。しかし、今は人生100年時代。引退後も人生は30年以上も続きます。若い世代が年金をもらえるかどうか定かではないこの時代、少子高齢化、消費税増税、女性の社会進出、AIの登場と社会の形は目まぐるしく変わっています。そもそも仕事とは、社会の要請によって生じるものだと思うんですね。物が溢れ、家も食べ物も余っているこの時代に、欲しくもない人に、無理に消費を求める。まるで消費するために働くような空気の中で、生きづらさを感じる人が出てきも不思議ではありません。これに加え、特に都市部の企業では「売上120%アップ」などといった昔の価値観に固執し、雑巾を絞るようなコストカットの上にイノベーションまで求め始めた。この軋轢とひずみが働く人の心を蝕んでいるように思えてなりません。私たちは何のために働くのか。働く目的や意義も含め、国も企業も人も、働き方の根本を見つめ直す必要があるのではないでしょうか。

松平 おっしゃる通り、日本人の多くがかつての価値観から抜け出せていないのも事実であり、だからもっと働く人が、場所や時間だけでなく、働く意義すらも決められる仕組みが必要であることに私も深く共感します。新しい時代にマッチした働き方の一つとして、総務省がリモートワークを推奨していているのはご存じかと思います。しかし、現状でリモートワークを導入している企業の割合は十数%、その中でも実際に社員がリモートワークを利用している企業の割合は、その半分以下だと言われています。セキュリティや管理体制など、簡単にはいかないことは重々承知していますが、この数字はあまりにも少な過ぎますね。

谷口 リモートワークの本質は「自律分散型の働き方」です。しかしほとんどの場合のリモートワークは、会社以外の場所でタイムカードを押すだけの働き方に終わっています。それではただのホームワーク(宿題)です。一方で、フリーランスの方なんかとお付き合いしていると、人間の底力のようなものを感じるんですね。その人を信頼して仕事をお任せすると、工夫を重ねて期待以上の力を発揮してくれる。働く人みんながフリーランスになればいいという意味ではなく、「信頼する」という行為がどれだけ働く人の能力を引き出せるか。企業はもっとここを理解するべきだと思っています。働く人の時間と場所にかかわる縛りを完全に解いて、その人の持つ本物の能力を求める。企業にこれくらいの器量がなければ、世界を一変するようなイノベーションは起こせないかもしれません。

松平 テレワークといっても会社に監視されているような働き方では、本物の能力を発揮する前にストレスで潰れてしまいますからね。とはいえ、いきなり社員にすべてを委ねるのは企業側のハードルも高いでしょう。だから段階的に試していくのもいいかもしれません。そのための方法の一つが休暇を兼ねたリモートワーク、つまりはワーケーションだと私は考えています。1週間のうちの何回かのテレワークではなく、もっと思い切って1カ月のうちの数週間。それこそ自然豊かな地方で家族と一緒に。もちろん、必要なときにだけ会社と連絡を取り合い、成果以外のことは一切問わない。ワーケーションまで至らなければ、真のテレワークは実現できないというのが私の持論です。

働く人にとっての新しい選択肢とは?

――日本にワーケーションが定着すれば、地方はもっと元気になるでしょうね。

松平 その通りです。テレワークの先にワーケーションがあり、ワーケーションの先に地方創生がある。常々そう考えてきました。政府も同じ考えのもと、企業への呼びかけを進めてきましたが、残念ながらここにも大きな感覚のズレが生じていたのです。政府が企業に呼びかけていたのは「本社機能の地方への移転」。いくら補助金が出るといっても、これでは企業側のハードルが高過ぎます。本来なら、本社移転の前にサテライトオフィスの移転・設置を先に論ずるべきです。ただしそれでも企業側のハードルはまだ高い。そこでワーケーションです。ワーケーションを通して、働く人がその土地を知り、人を知り、社会を知り、魅力を知る。人を中心に考えていかなければ、地方創生はいつまで経っても進まないでしょう。

谷口 同時にそこにはイノベーションのカギも眠っていると思いますね。働く人が、会社以外の場所、特に地方に出て会社以外の人とふれ合う。まったく違う価値観を肌で感じることは、必ず働く人に幅広い知見や新しい発想をもたらしてくれるはずです。「社員をサーフィンに行かせよう」という本をご存じでしょうか。パタゴニア創業者による経営論が書かれているのですが、勤務時間中は登山でもフィッシングでもランニングでも、ほかのどんなスポーツに出かけても構わない。社員は好きなことをするために、仕事を効率的に進め、時には仲間の手を借りながら自らの責任をまっとうするようになったそうです。アウトドアブランドの会社でもありますから、社員の自由闊達なフィールドワークがどれほど商品の価値を高めたことか。会議室で議論しているだけでは、世界的なブランドにはなれなかったでしょうね。

松平 本当にそう思います。仕事以外のフィールドワークが、仕事に思わぬ価値をもたらしてくれた話はよく耳にします。また、現役時代から地方に出ることは、働く人の将来を担保することにもつながってくるはずです。「老後は地方で」というのが一般的な考え方になっていますが、年金が支給されるかどうかも分からないこの時代、地方コミュニティとの関わりを築くのは早いに越したことはないでしょう。老後に待っている30年以上もの人生、昔のような悠々自適な暮らしが夢となりつつあるのなら、今のうちから新天地の人に自分という人間を知ってもらい、生活の礎を構築しておく。これも自分の人生を豊かにするための一つのフィールドワークであり、一つの戦略だと思います。もちろん、現役のうちに地方移住を考えるきっかけになればこの上ないことですが。つまり一番に考えるべきは「生き抜くためのスキル」です。これからの時代、お金よりも必要なものになってくるのは間違いないでしょう。ですから、企業が働く人に「生き抜くためのスキル」を身につける機会を提供するのは、ある意味で社会的責任の一つになってくると思います。

働く人にとっての本当の幸福とは?

――働き方を考えることは、人生を考えることになるんですね。

谷口 太古の昔から人間にとって「働くこと」は「生きること」だったはずです。飽食の時代になり「生きること」の意味は薄まっても本質は変わってはいないでしょう。同時に人間は一人では生きられません。仲間と協力して知恵を出し合い、コミュニティの中でやっと命をつないできました。だからコミュニティに対して貢献できたと実感したとき、私たちは生きることの喜びを心の底から噛み締めるのです。おそらく、人間って自分が思っている以上に、いろんな能力を持っていると思うんです。個人が持っている能力を存分に発揮し、社会や会社や家族に還元し、より多くの幸せを味わえる。そんな生き方、働き方を個々が自由に選択できる世の中になることを私は願っています。

松平 私も「働くこと」を楽しめない社会では「生きること」も楽しめなくなると思っています。人間って相手が楽しんでくれると、不思議と自分も楽しくなるものですよね。きっとそれは、地方にも企業にも働く人にも当てはまることだと思います。だから、どちらかが一方的に押し付けるような働き方改革、地方創生ではなく、まずはお互いを理解し合い、お互いにとって「楽しい」が生まれる場をつくること。すべてはここから始まるのではないでしょうか。Nature Serviceさんが手がけられている長野県信濃町ノマドワークセンターは、その可能性が充分に秘められている場であると私は感じています。地方と企業と働く人をつなぐ架け橋となり、いろんな立場の人にとっての「楽しい」が生まれる場になることを期待しています!

――ありがとうございました!

This article is from: