Excercises in Architectural Excercise A 2019 Yaguchi Studio
宿題3 見えない東京/ Invisible Tokyo - 語られる都市空間と立体表現手法 -
イタリア人作家のイタロ・カルヴィーノは 1972年、小説「見えない都市」を出版し ました。この小説の中で、フビライ・カ ンを聞き手にマルコ・ポーロは幻想の旅で 出会った55の都市を次々と口述していきま す。
I この課題では、まずあなたは12世紀の 旅人マルコ・ポーロとなり、現在の東京の 様子を語って下さい。
II 次に、あなたはフビライ・カンとなり、 マルコ・ポーロの言葉からイメージを広げ、 これを立体で表現してください。
•小説の一部は用意します。カルヴィーノの「見えない都市」の一部を 読んでください。興味ある人はぜひ、本を借りて全文を読んでください。
•模型の材料は自由です。20cm X 20cm 平面のベースを使ってくださ い。高さは20cmまでとします。
1X22A001_青木大空
奇跡の軌跡
フビライよ、私が旅した”トウキョウ”という街について話そう。私は長い航海の 末に日本にたどり着いた。そこは、見たことのない物ばかりが存在し、私の故郷の 建物など比べ物にならないほど巨大な建築物が立ち並んでいたよ。人々は奇怪な装い をし、ある者は耳からヒモを垂らし、ある者は誰かと会話するように独り言を発し 続けている。何か板の様なものに話しかけていたような…。そんなこんなで太陽が 沈む時間になった。すると、そこら中が七色の光に包まれ、多くの人々で賑わい始 めた。眠らない街という表現が妥当だろう。光っていたのは建物だけでなく、大き な通りを馬の様な速度で行き来する鉄の塊もである。私はその鉄の塊をひたすらに 見つめる1人の男を発見した。その男は三本足の何かと共に橋の上にずっといるの だ。私は気になって話しかけた。”それは何だね?”という質問に対し彼はそれを時 を記憶し写し出す機械だと言った。記憶した一枚を見せてもらうと、そこには無数 の光の線が描かれていた。光の正体は人と先程述べた鉄の塊(こちらの国ではクルマ と言うらしい)だそうだ。人々は暗がりを照らす火を持って歩いているのだろうが、 このクルマというものに関しては一体どの様な原理で七色の光を発しているのか全く もって見当がつかない。そこで男に詳細を尋ねたところ、日本国ではなんと太陽の 光と同じものを人が手にし、様々な生活に取り入れていると言うのだ。俄には信じ がたいことであろう。しかし私はこの目で見たのだ、あの人知を超越した技術を。 私があまりにも驚きを隠せないでいたので、男は不思議そうに、21世紀となった 今や世界では当たり前の技術であると言ったのだ。私はその瞬間困惑した。それも そうだ、なぜなら男は遠い未来の時代をまるで現在の様にしゃべるにだから。恐る 恐る私は男に今は何年かを尋ねた。すると男は呆れ返ったかのように2022年と答え た。そこで私は確信したのだ、今いるのは12世紀ではなく、遠い未来の日本であ るのだと。まさかの出来事に私は少々面食らったが、逆にこの時代を見れるありが たみを感じより一層都市を観察した。男が見せてくれた写し絵はとても美しく、神々 しかったので私の旅の1番の思い出となった。せっかくだからとその男は私に写し 絵を譲ってくれたのだが悔しいことに帰路の途中に手荷物からなくなっていたのだ。 時代を超えた土産を神は許さなかったのだろう。フビライよ、お主にも見せてやり たかった。
1X22A002_青木千怜 暮らしの中の芸術
初めて降り立ったこの地は「トウキョウ」というそうで、人が大変多くにぎわって いて移動が困難なほどである。トウキョウの中でも有名なシブヤという町を訪れた。 犬の彫刻を囲んで大勢の人が立ち止まっている。この犬はトウキョウの著名な犬か、 またはこの地の宗教に関係した偶像のようなものなのか。そう思ったが、誰一人と して犬に祈りをささげるものはおらず、背を向けて立っている。大変珍しい光景で あった。見渡す限り細く高い建物が建ち、どの建物もわが故郷とは違い壁が非常に 薄く透き通っており、外から室内が見えていた。 自ら訪れたものの行く当てもないので人々の流れに任せて散策してみようと思う。 人々は足早に街道を横断していく。地に目をやるとなにやら白線がいくつも並べられ ており、人々はその上を歩いている。この白線は歩行の目印か何かであろう。まれ にそれを外れてなにやら騒いでいる者もいるが、念のため私は白線が並ぶ方向に歩く ことにする。少し進むと大変にぎやかな通りがあった。人々は酒を片手に思い出話 を楽しみ、笑顔が絶えない空間であった。それを過ぎた所で、まず初めにたどり着 いたのは堂々としたアーチがいくつも連なる細く長い建築物であった。故郷では見る ことがない珍しい形に目を奪われ、しばらくの間この建築を眺めていた。他の建築 物とは異なり、大きな敷地を有しており存在感がある。アーチによってこの建築物 が芸術的なものになっていると感じた。 しばらくして他の場所も拝見しようと思い、前を歩く者の行く先を追ってみることに した。日はほとんど落ちて、辺りは暗くなっている。少しの間歩いたところ、前 の者だけでなく大勢の人が何もない場所に列を作り始めた。そのまま列に並び進んで いると、流れのままに得体の知れない機械によって上へ連れていかれた。非常に高 い場所に恐怖を感じつつ辺りを見渡すと煌びやかで美しい景色が広がっていた。人々 の生活によって生み出される唯一の景色であろうと思い、大変心を打たれた。 人々が作り出すにぎやかで美しいトウキョウを散策し、有意義な時間を過ごすことが できた。機会があれば、ぜひまた訪れようと思う。
1X22A004_赤塚航志
紅の塔、昼と夜
ある夏の日の昼過ぎのことでした。船を降り初めて東京という地に立ち、しばらく 道を歩いてみますと、辺りには何やら鉄でできた空洞の箱が無数に転がっているので ございます。その箱の中には椅子らしきものが並び、現地の者に尋ねたところ、「自 動車」と呼ばれるものだそうです。少しの間その者と通訳を介し話をして、東京と いう都市の特徴や独自の文化について聞くことを幾度か繰り返しておりますと、次第 と彼とも打ち解けてまいりました。彼には東京を代表する都市に連れて行ってくれ る、と提案していただきました。私にとっては願ってもないお話ですから、もちろ んお言葉に甘えることに致しました。その者に言われた通り自動車の中に入り込んで みますと、まるで百の馬に匹敵するほどの速さでぐんと道を進み、道の左右に立ち 並ぶ住宅をどんどん追い抜いていくのでございます。十分後にはいつの間にか横に住 宅のなくなった道路を、先ほどよりもはるかに速く自動車が走るのです。しばらく そのまま走りつづけて二十分ほども致しますと、何やら手前に大きな建造物が無数に 建っています。彼に言われ車を降りしばらく歩くと、先ほど見た建造物たちが目の 前に広がります。
まず私が驚いたのは、超高層の建物に囲まれた広場を覆い尽くす圧倒的な人の数で す。そしてその人々はみな四方の通りを抜け、各々の目的の場へと向かうのです。 そしてここで辺りの超高層建築たちを見てみると、どれも異なるかたちを帯びている ことが分かります。直方体状のもの、円筒状のもの、一面が窓だらけなもの、多 くの看板をもつもの…。私がそれらの建築たちに目を奪われていると、現地の彼は 私に一つ、ある建築について話してくれました。東京タワーと呼ばれる、高層建築 たちを優にこえる高さの紅色の塔があるというのです。私はまた彼に言われるがまま 自動車に乗り込み、その塔へと向かいました。
近くに着いたころには日も落ちてきていて、夜空に大きく存在を放って煌々と光る 東京タワーの姿が見えました。なるほど、確かに大きさは今まで見てきたものとは 比べ物になりません。形状はサンジミジャーノの直方体状の塔などとは違った、上 部に行くにつれ細くなって行く四角錐状であり、彼の言った通り白のなかに鮮やかに 紅色の光をおびており、まるで太陽の光を一体に集めたような美しい輝きをみせるの でした。その後塔の展望室にのぼり、すっかり暗くなった空を背景に街を見下ろし てみますと、そこらじゅうで無数の光の点が照っているのです。その光景はまるで 夜空に浮かんだ星たちが落ちてきたかのようでした。
1X22A005_赤羽和子 硝子の島
南西の方向に進んでいくと天王洲アイルに参ります。四方を運河に囲まれた島で、 空は高く澄み渡り、一日に数十もの白い鳥が空を羽ばたいております。水面の輝き もまた見事なものでございます。しばらく水面を眺めておりますと、いくつかの船 が桟橋に積み荷を降ろしている様子がうかがえます。この町を南北に貫く様に、線 が張りその上を何かが動いておりました。人々がその線から現れ、彼らに話を伺い ますと、その“何か”は、“モノレール”という乗り物であると言います。内陸部 に進んでいきますと、そこには幾百もの硝子の塔が並び集まっております。それら の硝子の塔には先ほど見た水面の様子が映り込み、それもまた、美しいものでござ いました。さて、夜になると、この町から、不思議な出来事を見ることができます。 なんと昼間には、橋が架かっていたところが、虹色に輝き、運河に虹がかかるので あります。夜に虹がかかるとはなんと不思議なことでしょう。この様子を、私の言 葉で説明するには、言葉が足りません。
1X22A006_赤松陽華
2つの顔を持った都市
東京を出て南に歩いていくと、真っ赤なうんと高い塔がございます。その塔は様々 な方角から見つけることが可能でございます、その存在は東京の象徴ともなってお り、目印でもあります。そこからさらに西へ行きますと、六本木にたどり着くこと ができます。さて、六本木の都市の名前の由来ですが、6本の松の木があったこと からつけられたのだといわれております。ここは寒い季節になりますと、街のかが やきをいっそうに増すのでございます。きらめく都市には、2つの特徴的な建物が ございます。1つ目は、近未来を感じさせる建物でございます。そこでは、ホテ ルや美術館、展望台などが揃っており、至福のひとときを過ごすことができるので ございます。2つ目ですが、和風モダンな建物がとりわけ有名でございます。こ こではイベントが開かれるためたくさんの人々が集う場となっております。さらに、 緑が豊かであるため、やすらぎの空間として過ごすことができるのでございます。 様々な人は、一度ここに訪れ、1日を過ごすことを夢に見るのではないでしょうか。 このような贅沢をおこなうことができる都市は、富裕層、成功者の場所と思いがち ですが、一つだけ異なる点がございます。昼の雰囲気とは一変、太陽が沈みますと 辺りはネオンの光を増し、華美に着飾った若者たちの姿を拝見できるのでございま す。この者たちの声は朝まで消えることがないため、六本木は眠らない街とも呼ば れているのでございます。若者、年配者、富豪、外国人、日本人、この街は虹 色のような多様性をもっております。様々な人々が共生しているまるで虹のような街 でございます。
1X22A008_雨宮響吾 タイトル まがりみち
これは日本の首都「東京」という都市の話である。まず気がつくのは、見渡す 限りに建物が建っていることだ。西側へ行くに連れて建物は高くなり、外見は豪華 になってゆく。高くそびえ立つガラス張りの建物の入り口では、スーツ姿の人々が 飲み物片手に出入りする様子が伺える。そんな建物が何件か連なるが、すぐに雰囲 気の違った建物が現れる。重厚感あふれる石造りの建築がガラス張りのビルの隣にあ る光景は、ここ「東京」では珍しくない。他の地区へ訪れても、隣り合うビルの 高さに差があったり、素材や外観の雰囲気が異なることが普通に思える。街全体で 景観を合わせる傾向にあるヨーロッパと比べると真逆だ。道路のタイルは通りを一貫 して同じものになっているが、目線を上げると様々な色・形が密集している。これ 聞いて統一性が無いという人がいるかもしれない。だが、実際に訪れてみると案外、 好印象である。しかし、なぜそう思うのかは分からない。カーブよりは直線、ラ ンダムよりは規則的、はっきりとした色の違いよりはグラデーションを好む人間心理 からは少し外れている。そんなことを考えながら歩いていると、あることに気がつ いた。数百メートル歩いただけなのに、後ろを振り返るとさっき左手に見えていた 建物が見えなくなっている。つまり、道が曲がっているのだ。今まで歩いてきた一 本道を一挙に振り返ろうとしても、ここ東京ではそれは難しい。直線の道が短く、 すぐに湾曲する東京の道を歩くとすぐに景色が変化する。これこそが、東京の景観 の複雑さ・混雑性を引き起こし、その特徴を美しく見せている原因だと感じた。東 京では通りではなく、交差点に名前が付いているので初めて訪れると迷子になる。 ただ、それも東京の楽しみ方の一つであるように思ってしまう。
1X22A011_飯原彩絵
都市の誘導
私が行きついた先は、どこまでも暗闇が続いているようなトンネルがある地下空間で ございます。多くの人が大きな箱に乗ってこの場所に降り立つのです。その人々の 波に乗って進んでいくと、さらに波が合流し、どこかで分岐していくのでございま す。その分岐点には光が差し、私を地上へと導いてくれたのでございます。ようや くたどり着いた地上では、人々は様々なベクトルに進み、もう波に身を任せること はできないのでございます。しかし立ち止まっては、踏み潰されてしまいそうな雑 踏なので、思いのままに足を動かしてみると、いくつもの坂が現れるのでございま す。上ったり、下ったり、まっすぐ進んだりを繰り返しているうちに先ほどいた場 所に戻ってきてしまうのでございます。さらに、空から響き渡る人工音と若者の話 し声が不協和音となり、統一感のない色の風景が私を苦しめるのでございます。私 はこの都市が苦手なのでございます。
1X22A012_石川ゆり
歌舞伎町
夜の10時に歌舞伎町のアーケードをくぐると、看板やらネオンやらで目が眩むほ ど眩しい街が広がっている。路上では若い男性やらよくわからない酔っ払いが様々な ことを話しかけてくる。日本人はシャイな人が多いと聞いていたがここではそうでも ないようだ。仕事終わりの人も多いようだが、行き場のないような人もたくさんい て、座り込んだり闇雲に歩くだけであったりと混沌としている。しかし顔には恍惚 の表情を浮かべている。
とりあえず1人の男に誘われるままに店に入ると、漫画のようなルックスの女性 がミニドレスで接客をしている。客は大概中年の男性といった印象で、酒を交えな がら会話を楽しんでいるようだ。なるほど酒もそうだが、スナックも何もかもが他 の店よりも高額で。、他に席料や指名料といった金を取られるシステムがあるよう だ。
いろいろな店を回ってみたいと思っていたのと 難しいシステムで金が不足する懸念 があったため長くは滞在しなかったが、それでも店には好感が持てた。見たことの ない酒が大量にあったことや、久しぶりに人とまともに会話したこともあったが、 何よりも接客をしていた女性の知性と自信に驚いた。私の知る女性はいつも男性に対 して一歩引いていて、その存在を開すように生活している印象である。しかしここ 歌舞伎町の女性は自信に満ち溢れており自分が男性に対して劣っているなどとは考え もしていなそうであったし、私たちの会話を理解して時には意見した。そんなあり 方はとても好ましく感じられた。
音楽の聞こえる方に歩いて行くと、バーがあった。客も店員も全員男のようだ。 しかし格好は女のようだったり、際どかったり、もう何かよくわからなかったりと それぞれ重い思いの格好をしているのがとても印象的だ。ひと揃いになっている服を いつも着ている私とはかなり違って見える。彼らはその違いを楽しんでいるようで、 個人が際立って見えて新鮮であった。
どこを歩いてもみな個性的な格好をして動きをして楽しそうに胸を張っていた。ネ オンの眩しさも相まってかその街はユートピアのようであった。
次第に夜が明けて空が明るむと人の活気が減ってきた。看板も照明を落としていく ので眩しいネオンになれた目には無機質な部分だけが飛び込んでくる。路上に座り込 んでいるのは昨晩店で接客してくれた女性だった。日が完全に昇っても夜のような眩 しさはない。
1X22A013_板谷美玖
雑居する街、それでいて隣が見えない都市
東京へは電車と呼ばれるものに乗って向かいました。電車は乗り物だというのに快適 な乗り心地で、中は暖かくガラスの窓からは外の景色が見えました。外はかくかく した灰色の建物が並び、目的地も同じような場所であると想像がつきました。 私が訪れた都市は東京の中でも栄えている地域だそうです。電車を降り、停車場 から続く階段は地面の下に続いていました。そこは地下であるはずですが、地上と 見紛うくらい明るく、人の往来も多く、店が道の両側にありました。
駅から外に出ると人々が歩く街は夜だというのに明るく、照らしている光は街灯もも ちろんのこと、車という乗り物に付いているライト、人々を誘う店の看板が光源と なって街は明るく輝いていました。夜の街が明るいのには述べたように幾つも要因が あり、その光は人の多さに比例して、駅から離れるにつれて弱くなっていきました。 駅から続く幅の広い大通りは3つに区分されていて、真ん中には大きい車という電 車を細かく切断したようなものが走っており、その両側に人々が歩く道が整備されて いました。車が走る道は車道と呼ばれ、人のための道は歩道というのですが、二つ の道は高さが微妙に異なり背の低い柵が境目にありました。
建物は、電車の窓から見えた通りどれも四角く灰色や白、青いガラス窓が多く使わ れていています。特に大通りの両側には背の高い建物が聳えたっていて、空が半分 も見えませんでした。活気が感じられる地上部分と、星が見当たらない空は高い建 物で切り離されているような隔絶した浮世であるかのように感じられました。 背景の色が薄い街で人々の目を彩るのは、店の看板、ガラス窓の中に展示されてい る商品、店から漏れ出す明かりと人々がまとう服でございました。目に写り込んで くる服は様々な形をしており、丈が長いコートや短いもの、服の生地は毛皮のよう にふわふわしているものや絹のように光沢のあるものまで見られます。 大きな建物はビルと呼ばれているそうで、だいぶ昔の時代に名前も技術も外国から輸 入したものだと聞きました。ビルは10階以上の高さがあるものもあり、ビルは地 面と平行に階層が積み上げられています。
広告には、ビル一面を覆うような大きなもの、ビルの側面に積み上げられているも のなどがあり、明かりが灯っています。中には広告自体が発光していて、動くもの もありました。
一つのビルには大小様々な店が入っていて買いものにきた人で賑わっていました。ビ ルには2つのタイプが見られ、規模が大きいビルは窓が一切ないものもあります。 建物全体に統一感があり一つの街がそこにあるかのようでした。 一方で、小さなビルにはジャンルの異なるお店が、例えば食事処と事務所が、重なっ て積み上げられているように感じました。同じ入り口を通っていくのに階層によっ て違う景色が広がっているのはなんとも不思議な心地がしました。そのようなのを、 雑居ビルというそうです。 ビルの中にはそれぞれに小さな異世界が広がっているようで、街の中に何層もこと なった世界が重複して存在しているように感じます。個々で独立した世界の中身を外 から見えるところもあれば、全く見えないところもあります。大きな建物に隠れて 一本隣りの通りあるいは隣のビルの様子がわからない街でした。あの街に暮らしてい る人々の様子はというと、熱気や活気は感じられるのですがそれはどこからきている ものなのか、ビルの表面的な広告なのか、なかにいる人々から感じられるものなの か輪郭が曖昧にしかつかめません。人々も同じようにお互いに無関心で、同じ場所 で過ごしているものの、見ている景色は異なるように感じました。 雑踏とした都市でありましたが、区画は整備されていて全体を見ると計画的な整備が 施してある街だとわかります。しかし、枠はきれいに整えられたのに中身をきれい に均すことができなかったかのような、アンバランスさが魅力となっています。 東京は、様々な物が雑居している、店や人が溢れるまち、でもどこか、隣が見え ない不思議な都市とまとめることができるかと思います。
1X22A015_稲垣里菜
それ自体が、作品
辿り着いたその都市は、四方を果てしなく高い壁で覆われた豪華絢爛な広場のよう な場所でありました。壁は決して平たい単調なものではございません。大きな立方 体や直方体、あるいは円柱といった様々な形が複雑に組み合わさり、まるで巨人が 積み木を組み立てたかのような不思議な建物が空に向かって伸びているのでございま す。積み木一つ一つは単純な無地のものであったり、鏡のように周囲を写し出して いたり、あるいは窓や装飾が施されたものもあり、それらが組み合わさった建物そ のものが一つの大きな芸術作品であるかのようでございます。そう考えると、この 開けた広場に対してぐるりと囲むように建物が置かれているのも、建物の隙間を縫う ように道が続いているのも、巨人が自分たちの作品を展示しわれわれに鑑賞してもら うためのものなのかもしれないと思えてくるのでございます。彼らは作品を際立たせ るように黒や白、灰色の落ち着いた壁面の随所を色とりどりの眩い板で飾り、見や すいように道に沿って並ぶ木々で建物の足元を光り輝かせ、街中を明るく照らしてい るかもしれないのでございます。
ところで、私がこの都市を訪れたのは太陽が眠る支度を始める宵のころでありまし たが、どうやらこの都市は眠る支度をする気配も無いようでございます。先ほどか ら述べている燦爛と光り輝く都市の様子、そしてどこからか絶え間なく街中に響き 渡ってくる軽快な音楽や話し声、むしろ今からが目覚めなのかもしれないのでござい ます。闇に染まりゆく空は居心地が悪そうに狭い頭上に追いやられておりました。 その窮屈そうな闇を背に建物同士をつなぐ白や銀に光る架け橋がかかっておりまし た。こちらから橋を渡る彼らが透けて見えているので、彼らもわれわれのことが見 えているのでしょう。あのような高いところでは、小さなわれわれのことなどたわ いない地面の模様の一部となっていることでございましょう。少し肌寒くなってきた ためでしょうか、彼らを待つ温かい家を目指しているのでしょうか、地上を歩く人々 は顔を覆いややうつむきがちに光る木々の照らす道の先へせかせかと進み行くのでご ざいます。時には隅で立ち止まる者、あるいは四角く平たい板を片手にどんどん進 み行く者、溢れんばかりの人々が縦横無尽に行き交う様子は、確かに無秩序な模様 を創り出しているのでございます。もしかしたらわれわれも、巨人の思う作品の一 部に含まれているのかもしれないのでございます。
1X22A016_井上真翔
四面性
南へ15分、次の都市へとまいります。この都市には幾何学的に舗装された道と、 その両脇には伸びた街灯があります。西側には数多の塔ががそびえ、人々はみな同 じ姿をして、忙しそうに歩きます。大通りには黒い箱が並び、光の色が変わるごと に様々な方向に散っていくのです。朝は巨大な都市には似つかわしくないほど静か で、地面を足が蹴る音がよく響き渡ります。私は太い塔の途中から二本の塔へと分 岐する形をしている塔の正面まで来てみました。塔は堂々と街を見下ろしています。 あまりの大きさなので都市をべ塔自らの所有物であると言わんばかりの佇まいです。 先ほどの西側で見かけた人々は塔に飲み込まれ、夜まで出てこないのです。塔に飼 われている同胞を見ると嫌気がさすのです。
この巨大な都市は地面の下にまで広がっています。しかし、同じような形が連続し ていて人々を困惑させます。目印のない画一的な構造が方向感覚を奪います。人が 増えてしまうと、都市は上に大きくなるか下に潜るかの二択しかありません。それ でも道の両脇は商店が立ち並び活気があります。 東側に移動してみると、先ほどとは打って変わって華やかな街へまいります。ここ は匂いに満ちています。道ゆく男女は獣の毛皮を自慢げにまとい、宝石をぶら下げ ながらふらふらと千鳥足です。時折濁った声でけたたましく笑います。西側にいた 人々も少々いるようです。女が振り撒く柑橘の匂い、うずくまる乞食の体臭、金色 の髪の男が吐き出す吐瀉物の腐臭、やはり、ここは色々な匂いで満ちています。 この街を歩く人々は自信を持って歩いているようにみえます。ここは誰もが活躍でき る街なのです。どうやら東側ではあらゆる欲求を満たすことができるようです。あ まりに都市が明るいので、空が暗くなっていることに気がつくためには少々時間がか かりました。この都市の他に類を見ない燦爛たる様は不夜城を想起させます。 南側はまた、東西とは全く異なる表情をしています。東側は混沌とした雑多な道で ありましたが、南側ではこの都市で初めてのシンプルな動線があります。それゆえ に無数の人々がそれに沿って進むのですから、異様で仕方がないものです。広場で は、若い男女や西側の人々が所々で腰を下ろしています。彼らは西側の塔を見なが ら談笑しています。その人々の靴を磨き金銭を得る男が次の客を探しています。 こちら側はひびもなければ汚れたところもなく整理されております。さらに進むと、 久しく見ていなかった緑色が目の前に広がります。緑の中へ入ると先ほどまでの東西 の喧騒から引き離されるのです。この慌ただしい都市の中でこの木々に囲まれた空間 は唯一、心を休ませることができる場所なのでしょう。 この都市は歩く方向を少し変えただけで、全く異なる様子の街へと私を連れて行きま す。どうやらこの都市は気分屋のようです。
1X22A017_井上優
都市と明かり
西早稲田の石とコンクリートでできた工場から地下へと続く動く階段に乗っていく と、たちまち暴風に見舞われます。この暴風に耐え、竜のごとく現れる長い銀色の 乗り物に乗り込み、次の停車場で降り、地上に出ると日本の都、東京の中心地新宿 に繰り出されます。さてこの都市(まち)で真っ先に驚かされるのは聳え立つ数多 の塔であります。空高く昇るこの塔一つ一つのアイデンティティを確立しているの は、側面に敷き詰められたガラスの配置なのか、塔の頂上なり入口なりに取り付け られた光る看板なのか、はたまた塔の先端の形なのか、定かではございませんが、 ただはっきりとしていることは、複雑に交差するアスファルトの道路に沿ってびっし りとならぶ長方形の塔には一つとして同じものはないということでございます。緩や かな坂道を上り、いくつもの信号を渡ると、ゴシック調の建物や角張った建物が並 ぶ、ひときわにぎわった通りに出ます。それらすべての建物が光る看板やら光る文 字やらでこれでもかと自分たちの存在を主張してきますので、あたりはかなり明るく なっております。道に連なる木々たちですら輝く星を実らせているのでございます。 この都市(まち)の明るさは街中が燃え上がっているほどともいえるでしょう。夜 になっても消して途絶えることのないこの都市(まち)の明かりが恋人との思い出 や金曜の夜に酔いつぶれて帰った日などたくさんの想い出を作り出してきたことは容 易に想像できます。その通りをさらに進んでいくと、無数の男女が千鳥足で歩き回 る郊外の街に降り立ちます。そこでは夜な夜な喜悦の声や子供のように泣きわめく声 が聞こえてきたことを思い出させるばかりであります。
新宿は東京の中心というだけあって、都市(まち)は人々であふれかえっておりま す。銀色の乗り物が発着する建物の近くではまるで周囲の人と競争をしているかの如 く人々は早く歩いております。いかにもそれは、門限の直前まで遊び、母に怒られ まいと帰宅する子供のようでもございますし、あるいは後ろから迫りくる化け物に気 づいていないふりをしながら逃げる人のようでもございます。この忙しなさはこの都 市(まち)のどこでも一貫して感じます。それはこの都市(まち)の歴史が人々 をそうさせるのか、都市(まち)の何かしらのシステムの性質がそうさせるのか定 かではございませんが、この忙しなさは私の心に大きな疲労感を残していきました。 わずか二時間ほどの滞在でしたが、故郷が恋しくなってまいりました。 この都市は不可思議なものや信じられない瞬間にあふれております。まず驚かされた のは馬より早く道路を駆け回る無数の鉄の箱でございます。その姿は足がタイヤに変 わった巨大な昆虫ともとれるでしょう。この都市(まち)では道路を駆け回る昆虫 もいれば、塔にへばりつく巨大な蟹もいます。蟹が出たかと思うと、とつぜん目頭 から目じりまで優に私の身長を超えるであろう大きな瞳もございました。ほかにも チェスのボードが地面に突き刺さったような地下へと続く入口や、先端に真っ赤に光 るクワガタの角を持った塔もございました。また道を歩いているときれいな女性とす れ違うたびにバラやらスズランやらミモザやらへと香りが変わっていくのです。目を つむればそこは世界中のお花が集まるお花畑でございました。この魔法のような物 体や信じられない現象を近くで見聞きしてもなお何一つ表情を変えないこの都市(ま ち)の人々は優れた技術を持った、ほかの事物に対して無関心な人たちのように見 えるのでございます。
1X22A018_井上陽太 中目黒に生きる
西早稲田から出発して2時間ものあいだ南の方へと歩いていくと中目黒に参ります。 向かう途中には都会の喧騒に包まれ、若者と外国人が賑わい、居酒屋や風俗が乱立 する街、渋谷を通りました。都市には喧騒を忘れさせる閑静な住宅街から、目黒川 に沿った緑を持つ並木道、天田の文化を繋ぎ、伝統が継承される衣服屋と飲食屋が 並ぶ、一度立ち寄ると、魅了され奥に吸い込まれるような街でございます。中目黒 の街並みは交差と平行を重んじていられます。空中を走る東急電鉄東横線は都市一の 大通りである山手通りと交差しておられます。この交差に意味を持たせることができ るのであろうか。山手通りから奥に一進みするとみられるのは山手通りに平行する目 黒川でございます。目黒川は四季に合わせ複数の顔を持ち合わせておられます。寒 く水が嫌がられる冬季には併設する並木道が紅の葉をつけ目黒川は人間からの注目を 集めていたのでございます。橋には少々の心の安らぎを与える川の音と昼間から飲酒 する生活に余裕のある老若男女が見られます。異国から持ち込まれてきた衣服屋や日 本の衣服を重んじた文化をつなぐ衣服屋がございます。空中をはしる鉄道の線路の下 には若者の心をつなぐ洒落た料理屋や甘味処、土産屋が立ち並んでございます。数 多もの魅力的な建物が人々を魅了しつなげるのでございます。
1X22A019_今津順也
都市と巨大迷路
混沌とした街中に出た。張り巡らされた巨なる建物群の間隙から差し込む一筋の光が 眼前の景色を鮮明にする。雑多な建物や乱雑な配色に行く先を戸惑う。そこはまさ に巨大迷路である。遠方に見える大きな建物を目指す。袋小路や四方八方に広がる 道の繰り返しであり、行き先はまるで近づいている様子がなく、只々道を進み続け ている。木造建物の傍にコンクリートの建物、その傍には小売店などと配色や高さ も様々である。どうしてこの国の都市はこうも統一感がないのだろうか。道という 道が交錯しておりそこを車や自転車、人が行き来している。日が暮れてきた。西の 空はうっすら橙色がかっているが、ここでは夕日を見ることさえできない。建物に 囲われ閉じ込められている気分にさえ陥ってしまう。そんな牢獄を抜け出し、行く 手が目前まで近づいてきた。何故にこの街はここまで散乱とした街になってしまった のだろうか。
1X22A021_岩田舞
不自然への乖離
三月トウキョウ行きと書かれました切符を手汗の出る手の中で握りしめ、人間の作 り出した高速移動手段シンカンセンで暫くの間、受動的に揺られていますと、そこ はもちろんトウキョウにたどり着く。平面上でしか体験したことのないトウキョウと いうものがいかがなものであるかと、苦い期待と淡い欲望を寄せながらも、トウキョ ウという都会に恋し焦がれる気持ちが離れはしなかった。そんな若い女の娘の小さな 欲望を乗せたまま、高速移動手段は自然を真二つに開いた山道の中をさっそうと走り 抜けていく。眠り眼をこすりながらふと外を見ると、ここまでグラデーションにな るものかと疑いをかけたくなるほどには、見渡す限り田んぼの農村から高層階級のビ ル群が立ち並ぶ都会へと景色が変わりに変わっていった。
高速移動手段が静止し、ふと目を覚ますとそこはもうトウキョウであった。あら ゆる人々が忙しそうにあらゆる人々の目的の地の場所へと向かってゆき、みな目的の 地しか見えておらず、わき見をすることでさえ禁止されているかと若い女の娘は不思 議そうに路上で足を止めていた。さらに、箱型をしており、数々のパンタグラフが ついた乗り物の中に息がしづらくなるほどまでに乗りつめ、どこか違う場所へと大勢 の人間が連れられて行く様子を、娘はまじまじと見つめていた。わけもわからない まま娘もその中に乗り込み、トウキョウの隅々を探遊してみることにした。
チカテツは嗅いだことのない独特なにおいがした。むわん、と身体にまとわりつ くようなその空気感と薄暗く、モノがかすんで見えるような明暗は娘にとって初め ての視覚感覚であった。その空気感とのコントラストに立ち眩みがしてしまうほど、 地上に出ると、見たこともない物質でできた細胞膜のような美しい建築物やありとあ らゆる格好をした人々で溢れかえっていた。思わず口をあんぐりと開けて、建物の 一つ一つに目をやると、こんにちの空を鏡のようにうつしだしたガラスなるものでで きた箱型の高層建築物があるが、下を見てみると銀色をした複雑な足場なるものが大 量に組まれており、真っ青なつるつるとした布やアルミの編まれたコートが一面にか けられている。それらは、箱型の居住地から出てきて、移動する箱型の乗り物に乗っ て、箱型の建物の入り口へと足しげく通う人々のそばに、四六時中ある。一体何の ために建物を常に包み、開発しているのだろうかと娘は不思議に思ったが、疲れた 足を休ませるため、緑のある場所を探した。ビルとビルの隙間を縫うようにして公 園があり、突如自然として現れるその公園は少し不自然にも感じられた。近くのカ フェテリアやコンビニエンスストアで得ることのできる飲み物や食べ物を片手に人が 群がっていた。いかにして、その自然は不自然に感じられ、都市の中で宙ぶらりん に浮かんでいる都市工作物のように思えた。このトウキョウというまちは、不透明 なものを重ねに重ねた歴史的で、誰もが憧れるまちでありながらも、クリアに人間 の営みや意図が透けて見える、意外とわかりやすい街でもあるのかもしれない。ま た、建設的で向上心溢れる街でありながらも、不自然への乖離の道をたどっている のかもしれない。
1X22A023_内田英里
トウキョウと人
ひたすら旅を進め、ようやくたどり着いた場所はニッポンでございます。ニッポン にたどり着くのは、なかなかたやすいことではございませんでした。それというも のの、何日かけてたどり着いたか、三日以降数えておりませぬ。ニッポンの中でも ニッポンの都トウキョウは、かなり文明が発達しているようでございました。目に 入るもののほとんどが知らないものであります。なかでも最も便利でありましたのは デンシャというものであります。これは、ニッポンにおいて最も多くの人々に使用 されている乗り物でありますが、そのデンシャと呼ばれるものには、生き物などは ついていないのであります。そして、線の上を行くのでございます。時間によって は信じられないほどの人が押し込められていることがあるのであります。なぜそこま で乗りたがるのかわからないのであります。理由を聞こうと話しかけてみても、無 視されてしまうのでございます。シンジュクエキという名の場所で、好きな色のひ ものデンシャに乗ると、目的地につくのであります。シンジュクエキという場所は 不思議な場所でございます。人も建物も、様々なものがひしめき合っているのでご ざいます。人々は、みな真顔でせわしなく動いているのであります。 とある日に、ピンクと紺色のひものデンシャに乗ってみたのであります。朝から多 くの人がおりてきたデンシャに乗って、素早く変わる景色を眺めていると、だんだ んと建物が低くなり、遠くのきれいな景色まで見られるのであります。デンシャか らは細い道を移動している人々の様子がうかがえるのであります。さらに見ていると 黒い鳥が多く見受けられる場所がございました。この鳥は、カラスというものであ ります。よく見てみると、灰色の鳥もいるのであります。鳥たちに、みな麺麭を あたえおります。そこで私も羅森で麺麭を買い、与えてみたのであります。さらに 旅を続けるとだんだんと建物が少なくなり、しだいに人の数もまばらになっていった のであります。
最後にたどり着いた場所は、タカオサンという場所であります。シンジュクエキ からは考えられないほどの豊かな自然が目に入るのであります。ほかにもシンジュク エキとは対極なものが沢山ございます。建物は低く、シンジュクエキでは、せわし なく歩いていた人々がゆっくりと歩き、顔の表情が豊かになっていたのであります。 みな、あちらから声をかけてくるのであります。話を聞いてみるとどうやらみなこ の自然追い求めてきているようであります。
デンシャに乗ることでこのトウキョウという場所と人々のあり方が見えてくるので あります。
1X22A026_瓜生知花 光と陰りの街、トウキョウ
そろそろ燃料も尽きてきたころ、いくつもの海を渡りついた先にはトウキョウ、シ ブヤという都市がございました。
その都市は、何もかもがせわしなく動いておりました。人々や建物の間を動き回る 箱たちは、何者かの号令によってピタリと止まり、一方が一斉に動きだし一方がと どまる、という動きを繰り返しておりました。動きだしたものたちは素早くその場 を去っていき誰も立ち話などは致しません。人や箱たちはこのように号令に従いな がらもその者たちの動きは乱れており、スピードも歩幅もバラバラでございました。 ただ箱たちは、方向を変える時まではいつまでも整列しているようでした。試しに 止まった人々の先に出てみるとそこを動く箱たちから大きな音を出され人々はどよめ き始めておりました。それらはまるで統率の執れていない軍隊の様であり、我々の 知る街とはかけ離れた光景でありました。
その都市は、建物までもが統率の執れていない軍隊のようなありさまでございます。 そびえ立つ建物すべてが私が見上げても先の見えないような高さでありました。それ らはあの屈強な兵隊たちを思い起こさせ、わたくしは勝手ながらもおびえておりまし た。さらにはそれらは道に沿って真っすぐ整列されており、一つ一つの姿かたちは 違いながらもみなが同じように我々に威圧感を与えておりました。
その都市は軍隊のようにも思えましたが大きな森の様でもございました。大きな道の 先には少々小さめの、それでいてその高さは高い建物たちが連ねております。行く 先々の建物すべてが空を見上げるほどに高いため、建物同士の間をつなぐ細い道を歩 くとまるで大きな木の生えた森深い森に迷い込んでしまったと錯覚するようであり、 それらも私をおびえさせる一つの要因となっているようでございました。 その都市のほとんどの建物には光の発する板や絵画のようなもの、またはガラスの どれかははめ込まれておりまして、板から発する映像や絵画には目を奪われつつも、 その上からすべてを照らす日や建物にはめ込まれたガラスの光の反射によりまして、 満足にそれらを鑑賞することはかないませんでした。その都市はそのような板から発 せられる光やガラスから漏れ出てくる光、また、建物や木にまとわりつく光によっ て日が落ちても街の明るさを保ち、夜の来ない街でありました。そのためなのか、 人数は日が落ちても減らずいつまでも一日が続いておりました。 その都市は陸路の上に巨大な橋を築き、その上にふたをした巨大なトロッコのような もの乗せ、人々を移動させておりました。朝と夕方には、トロッコに定員以上の人々 が乗り込み、これまでの航海で体験したことの無いような恐怖を感じておりました。 わたくしが思うに、トウキョウ、シブヤという街は明るくも暗い街であるのでしょ う。日が落ちたとしても光は消えないけれども、建物や人々の動きによる圧迫感に より私はそこに見える人々の陰りのようなものを感じざるを得ないのでございまし た。
1X22A027_榎並大空 一筆都市
この国に来てから一年が経った。この地はこの国で最も情報量が多い場所と聞く。 そして、その地に立つと様々なものを感じる。行き交う人々。飛び交うクラクショ ン。目まぐるしくかわる信号機。巨大なディスプレイ。広告板。文字。数字。 聳え立つ高層ビル。客。店。商品。タバコの吸い殻。アスファルト。点字ブロック。 高架下。錆びたフェンス。錆びていないフェンス。抉れた地面。そこから顔を出 す雑草。路地裏。電柱。案内板。ガードレール。それに座る人。地面に座り込 む人。それを見る人。気にしない人。俯瞰する空の青。そこに浮かぶ小さな雲の白。 赤。黄。紫。緑。茶。黒。日向。日陰。日向の中の日陰。日陰の中の日向。 たたんだ傘を持って歩く人。それを見て雨が降るのかと不安になる人。雨は降らな いと思っている人。雨が降るなんて気にしていない人。広く賑わう路地。手入れさ れた植栽。柔らかい地面。奥に長い建物。キッチンカー。階段。エスカレーター。 対峙する二匹の犬。リードを引く飼い主。それを避けて通る人々。なかなか気がつ かず近くまで来てから驚いたように止まる人。カフェ。本屋。自動ドア。従業員 専用入口。エアコン。照明。テーブル。椅子。 その地で感じることのできる全てが、その地に存在する意味を持っている。何か理 由が、意味が、因果があり、そこに存在する。そして一見関係のないそれらは、 見えない糸で繋がっている。全てが複雑に絡み合い、互いに関係し、影響し合っ ている。行き交う人々、飛び交うクラクションは信号機の支配によってもたらされ るものであり、広告板に惹きつけられた人々が客として店の商品を購入する。高架 下では雨に濡れる位置のフェンスは錆び、濡れない位置のフェンスは錆びていない。 高層ビルには空の色が反射し、日陰の中に日向を作り出す。ただ忘れた傘を取りに きただけの人は、たった今三人の人の意識に影響を与えた。手入れされた植栽があ り、アスファルトよりも地面の柔らかいここの方が、犬が歩くには向いている。リー ドに繋がれていたとて、この場で一番自由なのはこの犬たちである。犬の行動にそ の道を行く人々の行動は制限される。
全てがバラバラで、全てが繋がっており、全てが同一のこの地では、まるで全てが 一筆書きで描かれたかのような景色が広がっている。
1X22A028_榎本悠花
都市と憧れ
しばらく旅をしていると、東京にまいります。長く未開の地を旅していましたか らこのような多くの人が集う色鮮やかなまちにはどこか新鮮さを感じられるのではな いでしょうか。すなわち、その構造を全く想像し得ない摩天楼がそびえ立ち、それ に囲まれながら人々は個々の時を過ごす。友と気の置けない会話をする者、後の時 代に生み出されたものであろうか、薄く折り畳み式の機械を用いて作業を行う者とさ まざまでございます。ふと外の自然に目を向けると、キラキラと輝く穏やかな海が あり、まるで会話をしているようなかわいらしいいばらや草木がこちらを向いており ます。太陽が1日の役目を終えた時、空には微かに輝く星たちがお目にかかれましょ う。東京をはじめて訪れる方は、まるであらゆるものが煌めいているような、純粋 な憧れの眼差しを向けることでしょう。ここでもう1つフビライさまに申し上げるこ とがございます。東京は常に進化を続ける人々の憧れの地でありながら、それゆえ そこに暮らす人々ですら追いつくことのできない消耗の地でもございます。東京の大 部分を構成する建物は、わずか30余年で使われなくなりガラクタのようにまちの中 に取り残されてゆく。人々の内面も消耗されやがて閾値に達してしまうのではないか といった考えが纏わりついて離れないのです。当初の私が感じたような憧れのつまっ た大都市東京は、都市全体としてどこか違和感や脆さを抱えているとも言えるのでは ないでしょうか。
1X22A031_大澤萌香
流動する都市
その都市は、天を衝くかというほど高く伸びた構造物が所せましと並べられ、それ らの幾何学模様の建物や高さのバラつきはまるで子どもが積み木遊びにより作った王 国のようでもあります。幾本も張り巡らされた線路や駅から吐き出された人々は建物 と建物の隙間、あるいは内部の隅々をめぐる血流のようで、これだけの密度にもか かわらず、血の巡りにはよどみがありません。このような庭のなかで、スーツに 身を包んだものは足早に電話をかけ、若者のグループは笑いながら駆けて行ったり、 道端にたむろしたりしています。奇抜な髪型や服装で歩くもの、道端で歌声を披露 し銭を集め、大成への夢を見ているもの、寝どころを持たず新聞紙を引いて暮らす 老人、カフェで談笑する婦人やカップル、大きなカバンを運ぶ旅行者、さまざまな 背景を持つものがいます。しかしながら半分はこの都市の住人ではなく、互いに過 度には干渉することなくその日を暮らしています。 街頭の巨大な画面から流れる、その時々の流行りの音楽、車や電車の駆動音、信号 の切り替わる音、人々の会話、これらの音の奔流もまた都市を覆っていますが、不 思議と自分の横をすり抜けていきます。耳栓のようなものをつけ、自身の世界に没 入しているものも多くいます。
この世のすべての商品が一つの都市に集約されているのかというほど繫栄し、空間を 上下に重ね続け、生み出していく多様さ。迷宮のような駅。大通りのガラスのショー ウィンドウにはきらびやかな装飾が施され、それ自体が、一つ一つのパッケージが 行儀よく道に陳列されているようです。着飾った人々が次々と吸い込まれ、各器官 に栄養を届けるように経済を回していくのです。 一つ境界を超えるとそこには、遊戯店や雑多に並ぶ飲み屋や風俗店、酒にあやかり 喧噪を生む者どもの世界へと変貌します。道端にはタバコや瓶の残骸、ラクガキ。 騒々しくはありますが、活気や欲望にあふれ、それらを許容している懐の広さを持 つこの領域は、この都市の一つの顔であります。
街に埋もれるように神社というこの土地の信仰のよりどころも顔を出します。変化 の激しい中でも楔のように街にこれはしっかりと根付いているのです。
太陽が傾き、影が手を伸ばし、夜になっても都市は寝静まらずに時間は延びていき ます。色とりどりの広告や店の看板、車のライト、街灯が街を照らし、人の流れ は止まりません。
これが、新宿という都市であります。
1X22A032_大場貴仁
夜の東京
そこから南東に進むと夜の東京にまいります。都市には煌びやかな建物、まだ灯り のついた部屋、誰もいなくてもつきっぱなしの街灯、人の手元には奇妙なものがご ざいます。この街に初めて足を踏み入れた者は、辺りの明るさに驚愕することでしょ う。この都市の特徴は昼間は大変賑やかで人で混雑しています。日が落ちて静まっ たと思うとあたりはライトアップされ綺麗な夜景になりますがとても眩しく、夜に歩 いていては目が覚めてしまうでしょう。いつものように東京の大都会を見ているもの は、田舎の自然溢れる景色に憧れを抱いております。しかし人間は誰しもないもの ねだりで、自然豊かな地で育ったものにとっては東京という都市は憧れの的になるの かもしれません。たどりついた東京という都市は、大きなビルが無数に佇んでおり、 その中では夜遅くまで作業をしている人がたくさんございます。彼らのおかげで建物 には灯りがついたままで、都市の夜景がより輝いて見えます。街ゆく人の手元には きらきらとひかるものがございます。空から見たこの都市の景色はまるで夜空の星 を眺めているようでございます。道を歩いていくと等間隔で街灯がございます。一 直線に並んだ街灯たちは視界の奥まで無限に続いているように見えます。人の通らな い場所の街灯は一体何を照らしているのでしょうか。遠目で見ると綺麗に見えるもの が、本当に綺麗なものなのかは私にもわかりません。このようなことを感じながら 旅をしているのです。
画廊都市
渋谷駅ハチ公改札をでると目の前に広がるのはすさまじい人の波であった。そこは 私の行動の自由を奪い、流れに身を任せることを強要した。腰まで水につかってい るかのような動き辛さがある。どうにか波から抜け出し島に着くと、少し周りを観 察する余裕ができた。まず下を見ると何やら白い線が等間隔に並んでいる、そして どうやら波の流れも白線によってコントロールされているように思える。なるほど、 白線を利用すれば波の流れがわかるのか。次に波の上の方を見てみると、驚くこと におびただしい量の絵画で埋め尽くされていた。絵画はほぼ単色で構成されており遠 くからでも視認できるほど大きい。その中にひときわ大きな絵画があった。何やら ガラスでおおわれているようで、この絵画は重要であることが感じ取れる。実際、 そこに向かう波がかなり存在している。しかし不思議なことにその絵画は真っ暗で あった。解せぬ。とても1日で見て回れないようなすさまじい量の情報を内包する 都市の区画であった。
1X22A034_岡庭圭吾
都市の洞窟
道に点在する階段を三十段降りると地下の迷路にまいります。地下には無数の鍾乳 石、天井につられる時計、古びた木造の駅舎、至る所に金銀財宝がございます。 このような高揚感は、旅人ならば何度も体感しておるものばかりでございます。行 先を告げるアナウンスに誘われて、人々は銀色の甲虫に吸い込まれていくのでござい ます。金銀財宝を積んだ甲虫は迷路を迷いなく走っていくのでございます。等間隔 で同じ経路を徘徊する甲虫の群れには、軍隊のようななんらかの統率された意志を感 じるのでございます。
迷路を移動する中、人々は自分の持つ財宝に目を落とし、考え事にふけるのでござ います。このような閉鎖的な空間が人の心も閉じ込めてしまうのか。あるいは、こ のような暗がりが宝石の輝きをより魅力的にするのか。
「毎日のことではございますが、地上は道を歩くだけでも人の目にさらされます。 絶えず流れる人、情報にのまれ自分の内をみる暇はないのであります。人々は日々 同じようにコンクリートのビルを往復するばかりで、あふれる新しいものに誰もきづ かないのであります。いや、私はきづかない方がいいことはわかっているのであり ます。もうすでに人の内は飽和しているのだと。」地上のものはこう言うのでござ います。
「だからこそ、色も匂いもない隔絶された地下は私たちに自分の内をみつめる機会 を与えるのです。甲虫が運ぶのは財宝や人ではなく、閉鎖的な空間であるかもしれ ません。甲虫の走る揺れが、生き物として人が都市の持つ支配的な力にあらがう術 なのでございます。」
1X22A036_岡本綾乃 都市の二面性
都内でも屈指の巨大ターミナル駅。新幹線、JR、私鉄、地下鉄と多くの路線が通っ ており、1日中多くの人が行き交う街です。ここは山手エリアと下町エリアという 2つの顔を持つ街でもあります。 まず駅を出て北西の方角へ進みましょう。この辺りは山手エリアになります。木々 が立ち並ぶ自然豊かな公園が広がります。春は桜、夏は蝉の合唱、秋には紅葉と、 四季折々の自然を感じる事が出来る場所です。公園を進んでいくと美術館、博物館、 コンサートホール等、芸術的な建物群が点在しています。更に公園の奥には動物園 があります。老若男女様々な年代の人が楽しむことが出来る公園です。そして公園 の南西の方角へ進むと大きな池が広がっています。一面に広がる蓮をかき分けながら 優雅に泳ぐ鳥の群れ、スワンボートを楽しむ人等のんびりとした光景が広がります。 山手エリアは文化の杜として発展し、今も訪れる人々を魅了します。 駅に戻ってまいりました。駅の南側には大きな商店街が続きます。この辺りが下町 エリアです。戦後交通の拠点だった駅を中心に闇市から始まったここは、400店舗 あまりが軒を連ねる日本有数の商店街です。年末には買い出しに来た人々の混雑が風 物詩としてニュースになるくらいに有名です。歩いているとまわりから馴染みのない 言語が飛び交います。ここには地元民の人だけでなく、外国人も多くいるようです。 食品、雑貨、衣料品等が山積みされた様々なジャンルの店が連なり、店員の威勢の 良い掛け声が飛び交います。居酒屋からは昼間からお酒を飲んでいる男女の声が響い てきます。多国籍で混沌とした商店街は賑やかで行き交うのも大変ですが、ぶらぶ ら歩くだけで楽しみもあります。さらに商店街を歩くと、お寺にたどり着きます。 ここは商店街の活気で溢れた雰囲気とは全く異なる、ゆっくりとした時間が寺院に流 れています。 商店街を後にし、駅の東側に進みましょう。こちらはオフィスやマンションが立ち 並びます。神社や寺も点在し、先程の商店街の喧騒とは違う落ち着きが感じられま す。同じ駅なのにこれほど違う顔を持つ駅は交通の要所である巨大ターミナルとして 発展してきたからでしょう。
大都市東京の中心、日比谷は非常に面白い都市でございます。都市を訪れる前に写 真を見ると、高い建物が並び圧迫感のある街であると思いましたので、非常に驚き がありました。道を歩いていますと、目の前に大きな川が流れておりました。大都 市の中に、このような大きな川が流れているのは驚きなのですが、その対岸を見て みると森になっていたのです。東京の中心であるのにも関わらず自然が多いのです。 川はその昔、この都市が入り江であったため、その名残でもあるそうです。そのた め今私の歩いている場所も、もともと入り江であったのでしょう。森は木々が生い 茂り、その先は何か見えません。橋もかかっておらず、渡ることすらできません。 都市には二つの異なる大きさの箱を重ねた車というものが凄い速さで走っています。 しばらく都市を歩いていたのですが、建物の高さが低く、そして高さが一定であり ます。写真で見たような高い建物は遠くにはあるのですが、道を歩いていますと見 当たりません。外観はまるで古代ギリシャの宮殿のようです。大きな太い柱が印象 的そのような建物がいくつも並んでおりました。他にも、西洋の教会のような建物 がありました。まるで先ほどと違う国の違う時代の都市を歩いているかのようにも思 えました。建物のいくつかは取り壊しの途中でありました。 先ほどから都市を歩いていたのですが、この都市は人の関りが少ないです。男の人 たちは皆黒い服を着用に険しい顔で素早く私の横を通り過ぎてゆきます。彼らはすれ 違う瞬間に、相手の身の上を思って想像をめぐらすのでしょうが、実際は顔色一つ 変えず、挨拶も会釈もせず、一瞬にらみ合ってまた次の想像へと移り変わってゆく のでしょう。気品にあふれたマダムたちもまた早歩きで都市を歩いていきます。若 者は耳になにかをつけ、手の板を見ながら歩みを進めていきます。都市は多くの人 がいますが、それらの多くはこのような人たちでした。彼らは都市の中に自分だけ の世界を作っていました。
一番気になるのは、常に視線を感じます。歩いている人らは先ほど話したような人 たちなので、彼らではないでしょう。建物の陰から常に誰かに見られているようで す。
この都市は様々な時代が交差する都市でありますが、人は孤立していく不思議な都市 でありました。
1X22A038_岡本百葉
独立した都市
東京にある秋葉原という街を紹介いたします。秋葉原と言う都市は建物や人の流れが 多いところです。多くの建物の表面や屋上には看板がつけられており、その色彩は、 赤や黄色、山吹色と少しの青であります。看板の文字はゴシック体で書かれている のも印象的です。しかし、それらの建物を路地から見てみると、その側面や背面は ただの灰色の箱のようです。こんなにも張りぼての建物も、夜にはネオンの明かり で照らされ街全体が光輝きます。
建物に面した通りには、アイドルやメイドと呼ばれる職業の若い女性がチラシ配りの ために立っています。彼女たちは、フリルのミニスカートに厚底の靴を履き、たい ていは髪を二つに結わいています。彼女たちの持つポップでかわいらしい雰囲気と、 この都市の建物との組み合わせに、どこか不自然さを感じさせられます。それは、 まるで違った世界の物が重ね合わさったかの様です。 さらに、チラシを配る彼女たちの目の前を通る人のたいていはスーツを着た人です。 スーツとは、日本では仕事着として用いられるフォーマルな装いのことです。その スーツを着た通行人もまた、チラシを配る女性たちとは違う世界から来たかのような 不自然さがあるように感じます。
雑多な空間に多くのものが詰め込まれているアンバランスな組み合わせは、独特の雰 囲気を創りだしています。この都市ではそれぞれが、周りを気にすることなく独立 して存在しています。自分の興味のあるものを更に深く知ることのできるところでも あります。専門的な知識を持った人達、物が集まるところでもあります。 例えば、ある建物の中では、何十人もが狭い空間の中で、イヤホンという機械を耳 にはめ一人でじっと音楽を聴いています。音の世界を追求しているのです。例えば、 彼らはアニメと呼ばれる映像作品の模型を一人熱心に選び、大量に買っていきます。 例えば、店先のワゴンや、店の中の壁一面に並んだ精密機械の部品を、宝探しのよ うに楽しんで見つけている者もいます。片やメイド喫茶と呼ばれるところで、その 家の主に見立てられ給仕されることを楽しむ者もいます。 様々な種類のものが混在しつつもそれぞれが独立することによって、ものだけでな く、人々の行動や特性にも独立性や固有性が生まれています。それらが創りだす独 特の空間がこの都市の魅力であり特徴であるのです。
1X22A039_岡本由基
東京の玄関
埼玉と呼ばれる区域から、長い、長い穴をすすんでまいりますと、そこには東京と いう都市が広がっているのでございます。埼玉という区域は自然が多く、人工的に 作られたものが少ないのです。それが東京という区域に入りますと、一変して人工 的な構造物が現れるのでございます。それゆえに、東京という都市はほかの区域と の境界線が明確なのでございます。
東京という都市には自然が少ないとしましたが、灰色の建物が混ざる中、ところど ころに水辺が溢れているのでございます。そのようなあたりは自然がたくさんあるの でございます。灰色が主の東京なのでございますが、水の青や、草木の緑が開放的 な気分を味合わせてくれるのでございます。 東京に入ってすぐには、北千住という街が広がっております。東京という区域は、 更に二十三区という区域に分かれているのでございます。この、北千住という区域 は、足立区という区域に属しております。この場所は、いうならば東京の玄関なの でございます。埼玉やほかの都市から夢と希望に満ちた人々が東京に入る、そんな 状況をつくりだしているのでございます。 北千住とよばれる街を歩いておりますと、ところどころに非常に高い建物がたくさん あるのでございます。このような建物は、なんと十階も二十階もあるのでございま す。目で見るのがやっとのことなのでございます。 北千住からしばらく長い道をすすんでまいりますと、非常に細長い建築物があるので ございます。この建物は長く、三百メートルを超えているのでございます。色は赤 く、なんと、夜になると色が変わるのでございます。東京という街は技術の発展が 非常に目覚ましいのでございます。
しかし、東京にはこれよりも長い建物があるのでございます。更に北千住と近い位 置には、先ほどの建物よりも更に細長い建築物があるのでございます。この建築物 は非常に長く、およそ六百メートルもあるのでございます。これは先ほどの二倍を 超えているのでございます。このような長さの建物はほかにないのでございます。
色は薄くて青い色をしておりまして、先ほどと同じように、夜になると様々な色に なるのでございます。
東京スカイツリーの近くにも水が溢れており、その周りをさくらとよばれる薄赤色の 植物が囲っているのでございます。東京は気温の変化が明確でございますから、暖 かい時期にはとても美しく咲いているのでございます。
1X22A040_奥原万詠 三層の都市
東京という町はなんとも奇妙でございました。建物は横に広くはありませんが頂上が 見えないほど高く、空が狭く感じるほどでありました。町中の人が手のひらに収ま るほど小さく薄い板を持っていて、それを耳に当てたり、眺めたり、つついてみ たりするのでした。至る所に動く絵画や光り輝く店の看板らしきものがあり、私は 初めて目にするものばかりで困惑いたしました。しかし何よりも驚愕いたしました のは、町の主体が馬のいない馬車とそれが通るための道であったことでございます。 馬車は形や大きさが多種多様でありましたが、最も多かったのは前後左右に一つずつ 黒い車輪のついた縦長の箱のようなものでした。前後の車輪の間には扉が2つずつ両 側にあり、前方、側面、後方に窓があります。高さは陛下の馬車の半分ほどでした。 道には巨大な黒い石が敷かれているようで土埃は一切立ちませんし、草などはほとん どなく平坦でありました。馬車が何百台も連なって走る様子を私は見たことがありま せんでしたので、それほどまでに高貴な人々が多い町だということだろうかと思いま したが、しばらく歩いておりますと、どうやら東京は町全体が縦に三段に分かれて いるようだと思い至りました。と言いますのも、平民が通る道の上にはどこまでも 続く橋のようなものが架かっておりまして、一層高貴な方々が馬車を使って移動する もう一つの道路となっているようなのです。この道の入り口を見つけましたが、ど うやらこの道には馬車しか入れないようでございました。道に入っていく馬車も下の 道を通る馬車もさほど見た目に変わりがありませんでしたので、走る場所を分けるこ とで平民と貴族を分けているのでありましょう。また、なにやら地面の下に続く階 段を上って地上に出てくる人間もおりました。地下の者は馬車に乗れないようで歩い ておりましたので、貧民とみられます。 今回私は丁重な接待をお受けいたしまして、四角い黒色の馬車に乗って上部の道へ 行って参りました。馬車の4つの扉のうちの一つが私に向かってひとりでに開き、 中に御者が一人座っておりました。御者は細い車輪のようなものを回転させることで 馬車を操縦しておりました。しばらく上の道路を進んでおりますと、同じ人物の肖 像画が描かれた巨大な板が4つほど立て続けに道の両側に現れました。第一級の画家 に描かせたのであろう大変写実的な肖像画の人物は、私がつい最近中国で新たに発見 したばかりであります眼鏡をかけ、綺麗に整った白い歯を見せて鮮やかな背景に笑顔 で堂々と立っております。その煌びやかな様子から察するに、その御方は東京の統 治者、あるいは日本の王に違いありません。他にも写実的に人物を描いた板は見ら れましたが、ここまでたくさん掲げられていたのはその方の肖像のみでした。上部 の道を通ることのできる人間だけが王様のお姿を仰ぎ見ることができる仕組みとなっ ているのです。王様を大いに尊ぶ文化に私は感激いたしました。