アサヒ・アートスクエア エリアガイド
Research Journal Issue 01 スクエア[広場]
「ちょっとそこまで」
ルート01
墨田は怪談・奇談の類が江戸の時代より語り継 がれています。スクエアのある本所や少し離れた 向島。京島に八広に鐘ヶ淵。百では足りない場
墨東百物語 ─ 墨田区北部のアート拠点 ご紹介奇談 アサヒ ・アートスクエアの位置する東東京、 墨田・浅草エリアの魅力を、 地元目線でご紹介する 「ちょっとそこまで」 。
所や出来事に、墨田を歩けば出会うでしょう。 まち 歩きに出かける前にこの 「墨東百物語」 をご覧く ださい。限られた文字数では全てを紹介できま せんが、 少しでもこの不思議に満ちた素敵な墨田 を知っていただければ幸いでございます。 猫の話
祖母から二十歳を過ぎた猫は妖怪になると聞い たことがあります。確かに年とった猫の目を見てい
第1回は「墨東」 と呼ばれる
ると動物を見ているのではなく、意思疎通ができ
墨田区の北エリアを、
る他の何かを見ているような気がします。 さて、墨
ライターのヨネザワエリカさんがご案内します。
田区は猫が多い。 まちを歩いてふと視線を感じる
アサヒ ・ アートスクエアにいらっしゃる際は、
と、人ではなく猫であることがほとんどです。猫にま
「ちょっとそこまで」 足をのばして、 まちも一緒にお楽しみください。
つわる話を二つほど。 ─ [墨東百物語:其ノ十八話│猫又と開かずの扉]
その昔ソース工 場として使われていた建 物に 二十四歳の猫が住んでいる。年寄りの言い伝え が正しければ既にこいつは妖怪・猫又である。怪 しげな妖術を使って人を脅かしていたとしても不 思議ではない。一階にガラス扉の部屋があり、 そ こで現代美術の展示が行われているので芸術 に慣れていない人は妖術の類と勘違いする人が いるかもしれない。 ─ さて、建物を見上げると二階の辺りに錆びた扉 が見える。 しかしそこまで登る階段がない。建物 の中から扉を開ければ空なのだ。脚が長いか 羽が生えているか、つまり人間以外の何かでな ルートマップはこちらをご覧下さい。
http://asahiartsquare.org/ja/access/
ければ使えるはずもない。誰が開ける扉なのか さっぱりわからない。 この建物は SOURCE Factoryと看板が立ってい
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る。 どう考えても怪しい建物に人が寄り付くはずもな
い気にもなるが、 しかし、人の言葉で返されてしまう
いと思われがちだが、 どういう訳か寂れるでもなく賑
かもしれないと思うと迂闊に声もかけられない。触
わっている。集まってくる人が果たして本当に人なの
らぬ神に祟りなし。
か妖怪変化の類なのか、 誰もさっぱりわからない。
そこだけ赤い色をした扉が目立つ。開いたところを見たことがない。
http://goo.gl/maps/OnZ0 G http://sourcefactory.web.fc2 .com/
[墨東百物語:其ノ五十三話│夜の猫]
飼い猫でない猫は人が近づくと逃げるのが常。 と ころが墨田の猫にその常識は通用しない。東武 曳舟駅から水戸街道に出て歩くと鳩の街通り商 店街が見つかる。長さ二百メートル幅二メートル の細長い通りには寿司や呉服や花屋に美容室 など昔からある商店に加え、最近では新しく店舗 を構えた若者やアトリエを開いた芸術家の姿が ちらほら見える。人通りが増えたらしい。 ─ そんな賑わいや活気なんざ私たちには関係ござ いません、 と言いたげに商店街を猫が歩くのだ。
ふと気がつくと、 私を見ている猫がいる。
http://goo.gl/maps/UMB0 j http://hatonomachi-doori.com/
近寄っても逃げず、 それどころかじっと睨んでくる。 まるで夜の酒盛りの話のネタにしようと企んでい
墨東美女奇談
るかのようだ。
怪談に登場する美女といえば男にとり憑く幽霊
商店街の夜は早く、 日が落ちる頃にはお店のほと
や動物の変化した姿というのが定石です。墨
んどが閉店している。帰宅する人は数えるほどし
田にも美女にまつわる話がありますがそれは怪
かいないこの通りは夜になると猫の世界に変わっ
談というよりは奇談の類。
てしまう。夜に何をしているのか、猫に聞いてみた
─
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[墨東百物語:其ノ九十│黄色い箱を持った美女]
減ったが、 少なくとも六ヶ所の銭湯に湯怪がいる。
東武曳舟駅近くのふじ公園にピンク色の柱が一
─
本だけある。 東武小村井駅近くの宮元児童遊園
さて、 この湯怪は解体された曳舟湯が変化した
にピンク色の滑り台がある。 どちらもピンク色は柱
ものらしい。そして母がいると言われている。湯怪
と滑り台しかなく、 そして数字が書かれている。
の話を銭湯の主人に聞くと必ず女の名前を口
─
にするという。
さて、公園にピンク色が見られるようになった同じ 頃、飲食店のカップやお皿に数字が焼き付けら れ和菓子屋では数字の焼き印が押されたどら焼 きが売られるようになり、 そして黄色い箱を持った 美女の噂が流れだした。数字のある場所には必 ず黄色い箱を持って歩く美女の姿が見られたとい うのだ。 ここ一年ほどはその噂も落ち着いたように 思えるがまた現れないとは限らない。 銭湯の窓辺に龍の湯怪が何かを守るかのように鎮座する。 [田中湯]
http://goo.gl/maps/4 LW5 w
[みまつ湯]
http://goo.gl/maps/EksRx
[三徳湯]
http://goo.gl/maps/KH5 vY
[グランド湯]
http://goo.gl/maps/Z3 QLJ
[おかめ湯]
http://goo.gl/maps/5 PUqn
[薬師湯]
http://goo.gl/maps/Ofg3 X
https://www.facebook.com/hikifuneyukai
幻の話
人の記憶は曖昧だから些細な出来事でも数カ 何かを祝福するかのようなピンク色が突如としてあらわれた。 [ふじ公園]
http://goo.gl/maps/UB6 rX
[宮元児童遊園] http://goo.gl/maps/1 SN9 e
http://www.kyococo.com/category/works/lat-long-project/
月先で思い出せば奇談になりかねません。例え ば顔が思い出せないカフェの主人は記憶の上 ではのっぺらぼうだとか、話の辻褄が合わないな ら妖怪のせいにしてしまおう、 なんてよくある話。 さて
[墨東百物語:其ノ二│妖怪の母]
「墨東百物語」 にも似たような理由で奇談となる
曳舟湯という古い銭湯が解体される頃から墨田
話があります。 さてこれは本当に曖昧な記憶なの
の銭湯に妖怪が現れるようになった。妖怪変化
か妖怪の仕業なのか。
の類は人目に触れない珍しいものと相場が決まっ
─
ているが銭湯の妖怪どもは全く様子が違ってい
[墨東百物語:其ノ八│一夜限りの旗祭り]
た。隠れるわけでもなく浴槽や番台の傍、天井
墨田区八広の道は人を惑わす。 それはまるで妖
に堂々と鎮座している。人は口々に 「あれは妖怪
怪変化の悪戯か。いつしかこんな噂が流れるよう
ではなく湯怪だ」 と言うようになった。最近は数が
になった。 「大量にあった旗がパッと無くなっていや
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がる。 」 「旗に書かれた文字を読んでも意味がさっ
入り口はとても重厚な扉で塞がれていて、簡単に
ぱりだ。 あれは人間の言葉じゃねえな。 」 「それみろ
は開けられない。深呼吸でもして気持ちを落ち着
やっぱり妖怪だ。 あの旗は百鬼夜行かお化けの
かせ、手や腕や体全体に力を込めて引っ張らな
運動会の証拠に違いねえ。 」 「ところであの旗は人
ければ到底開けられない。やっと開けることができ
間が作ったと聞いたが。 」 「聞いた聞いた、 近くの子
たとしても何か見えるのかといえば、 そうでもない。
どもや年寄りが旗を作ったと言っていたぞ。 」 「あん
真っ白な壁に囲まれた何も無い部屋しか見えな
な大量の旗を一人や二人で作れるわけがねえ!」
い人もいれば、他では見ることのできない現代美
─
術の展示の世界に吸い込まれ戻れなくなる人も
一年ほど前、大通りから少し入った四丁目あたり
いると聞く。
の路地や家々が、赤や青や黄色の旗で色とりど
─
りに飾られた。yahiro 8という場所が飾り付けの
そしてまた重い扉の閉まる音が近くの駐車場にあ
中心になっていたからあそこは妖怪の寝床かと
るお稲荷さんにまで響く。 「ガチャン」
疑われたが、 まさか、住人は近所でも有名な人 の良いデザイナーと踊り子の夫婦。妖怪のはず があるわけない。 同じ頃、近くの銭湯の窓辺に龍が出るようになっ た。おそらく妖怪どもが龍神様のお祭りをしていた んだろうと、 噂は次第に落ち着いていった。
墨田で最も大きなアートスペースといっても過言ではない。
http://goo.gl/maps/m5 ozs http://www.c-a-f.jp/
[墨東百物語:其ノ四十八│本の少ないこすみ図書]
無いはずのものがそこに在るなんてのは怪談奇 噂の旗は 2012 年の秋ごろに掲げられていた。数少ない証拠写真だ。
談によくあるが、 こすみ図書は在るはずのものが
http://goo.gl/maps/G0 ZSW
無い。鳩の街通り商店街に面した大きなガラス
http://yahiro8 .seesaa.net/
扉から覗くと見えるのは幾つかの本棚とそこに置 かれた数冊の本だけ。図書と聞いて想像する程
[墨東百物語:其ノ十五│重い扉]
の量がそこに在るようには見えない。
東向島駅から高架沿いを歩くと左に 「美」 と大き
─
くて四角い看板を掲げた現代美術製作所と言
ところで、本には書いた人の魂や大切に読む人
われる工場がある。元はゴム手袋工場というその
の魂が込められているという。本に印刷された文
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ヨネザワエリカ│Erika Yonezawa
字はかつて生きていた物語や思考が耐久性を
して園芸の出来栄えが良い。送られた本人も最
得るために一時的に死んでいると考えてもおかし
初は不思議に思って訝しがっていたが、 どうやら
くない。 もしかするとこすみ図書には本から飛び
褒められている事に気づくと自慢気に近所に話
出た魂や物語や思考が生きて飛び交っているの
すようになった。
ではないか。 そう考えた人が多いのだろう。驚いたことに人の出 入りが多い。夜の遅くまで灯りが付いて賑やかに 話す声まで聞こえるという。 さて、 ガラス扉を開けた ら何が見えるのか。
ここから眺めていても本があるようには見えない。
軒先に所狭しと並べられた芸術的な路地園芸。
http://goo.gl/maps/PGaWv
http://goo.gl/maps/X7 rsE
http://kosumitosyo.blogspot.jp/
http://sumidart.exblog.jp/
ふってわいた幸福
[墨東百物語:其ノ十二│増える友人]
身に覚えのないことで褒められた経験はあります
筑波の山から若い学生が数名、墨田にやってき
か。大抵昔の付き合いや何気なく助けた人や動
た。文花にちょうど良い家を見つけ 「あをば荘」 と
物の縁からつながるものでしょう。湧いてでてきた
名付けて住み着いた。あをば荘は古く部屋の中
幸運にまつわる奇談を二つ。
はボロボロだったから、少し年上の知人にお願い
─
をして改装をしてもらった。 もちろん、学生たちは手
[墨東百物語:其ノ五│金の植木鉢トロフィー]
伝った。汗だくで作業をしている学生を見た隣近
明治通りと水戸街道の間に家がたいそう密集し
所の住人が飲み物や西瓜のお裾分けをするよう
た京島という場所がある。庭が無いから路地に
になった。学生たちは素直に喜び自分たちなりの
はみ出した園芸がとても盛んなのだが、数年ほど
お返しをした。
前から金の植木鉢トロフィーを送られる家が出て
─
きた。年に一度しか送られないが、 その家は共通
さて思っていたよりもあをば荘の完成が延びてし
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ヨネザワエリカ│Erika Yonezawa
まったので、知人の友人が手伝いに来たが、 そ れでも進まないので知人の友人の友人が手伝 いに来た。なんとか出来上がったあをば荘でお 祭りを開いた学生たちは、知人も知人の友人も 知人の友人の友人も招いた。祭りには知人の友 人の友人の、 さらにまた友人や知人が次から次 へと足を運び、 あをば荘の前の道路にまで人が あふれた。 数名でやってきた学生たちは半年も経たずにた くさんの友人と墨田の暮らしを楽しむことになっ
毎月のように新しくイベントが行われ、 新しい友人が増えている。
http://goo.gl/maps/kAWyg http://awobasoh.com/
た。 これは墨田でよくある話。
ヨネザワエリカ│Erika Yonezawa
1979年熊本生まれ大阪育ち。広告会社などを経て東京を中心にライターとして活動している。墨田区では鳩の 町通り商店街、墨東まち見世、すみだ川ものコト市などへ関わる。ファッションと美術とおいしいものをこよなく愛する さすらいライター。
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