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アサヒ・アートスクエアのポテンシャル

[キーワード] スクエア ク・ナウカ 空間 劇場 装置

Research Journal Issue 02 スクエアのポテンシャル

宮城聰│ Miyagi Satoshi[演出家、SPAC ─ 静岡県舞台芸術センター芸術総監督]

1959 年東京生まれ。演出家。SPAC ─ 静岡県舞台芸術センター芸術総監督。東京大学で小田島雄志・渡 辺守章・日高八郎各師から演劇論を学び、90 年ク・ナウカ旗揚げ。国際的な公演活動を展開し、同時代的 テキスト解釈とアジア演劇の身体技法や様式性を融合させた演出は国内外から高い評価を得ている。07 年 4 月 SPAC 芸術総監督に就任。自作の上演と並行して世界各地から現代社会を鋭く切り取った作品を 次々と招聘、また、静岡の青少年に向けた新たな事業を展開し、 「世界を見る窓」としての劇場づくりに力 を注いでいる。代表作に 『王女メデイア』 『マハーバーラタ』 『 ペール・ギュント』 など。04 年第 3 回朝日舞台 芸術賞受賞。05 年第 2 回アサヒビール芸術賞受賞。

ポテンシャル

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アサヒ・アートスクエアのポテンシャル

Research Journal Issue 02

宮城聰│Satoshi Miyagi

スクエアのポテンシャル

僕が初めてアサヒ・アートスクエアを使わせていただいたのは (郡虎彦 1996 年、ク・ ナウカの『道成寺』

作)という芝居でのことで

したが、この興趣尽きない空間とほんとうに全面的に向かいあっ たのは、1999 年の『王女メデイア』においてでした。 ヨーロッパの劇場と比べると東京の劇場の多くは「無色」で(つまり 空間の側に主張がなくて)、僕はあまり興味を覚えなかったのですが、

アートスクエアには「またここでやりたい」 「この空間を味方につ けてみたい」という意欲をかき立てられるものがあったのです。 そこで『メデイア』では、アートスクエアというクセのある空間の 「クセ」を、すべてわれわれの芝居にとって必然性のあるものに してしまえないかという冒険をおこないました。 そのとき 『メデイア』の装置をデザインしたのが、建築家の木津潤 平です。さらに、技術監督に(現在 KAAT の技術監督である)堀内真人 『メ を迎えました。ふたりとも学生時代からのつきあいでしたが、 デイア』では「われわれのチームの代表作をつくろう!」という気概 でタッグを組みました。

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ク・ナウカ 『王女メデイア』 (構成・演出:宮城聰)1999 年

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アサヒ・アートスクエアのポテンシャル

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宮城聰│Satoshi Miyagi

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これがアートスクエアでの『メデイア』の装置です。 まず、空間が楕円形であることを生かして、舞台も曲面になってい ます。踏み面が曲面ですから、演者は非常に苦労するわけですが、 「まっすぐ立つだけでもたいへん」だからこそ、俳優は全身の集 中が切れることがありません。この曲面舞台の実現のために堀内 真人の技術的蓄積が開陳されました。 そしてこの巨大なタマゴを思わせる曲面舞台は、最後の場面では 「女性性」の象徴と見えてくるようにしました。 対する「男性性」の象徴は、 しもてに屹立する黒光りする柱です。 この柱はむろん男根をイメージさせますが、同時に「本棚」でもあ ります。 「書物というトゲ」のはえた男根 ─“棘の生えた男根”は 一部のサルに実際に見られるものですが、書物 =ことばを支配す ることによって男性は支配を確立させた(それいぜんの呪術による女 性支配を打ち破って)、 という意味が込められています。 (言うまでもないでしょうが)ここに柱を立てることになったの そして、

は、アートスクエアの空間に、もともと巨大な柱がどーんとそそり 立っていたからです。屋上の途方もなく重い炎のオブジェを支え

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ク・ナウカ 『王女メデイア』 (構成・演出:宮城聰)1999 年

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アサヒ・アートスクエアのポテンシャル

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宮城聰│Satoshi Miyagi

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るためのぶっとい柱を、われわれの『メデイア』にとって必然的な 存在にしようとして木津潤平が考え出した装置です。タマゴのよう な、マシュマロのようなふわっとした純白の曲面に、黒く硬い柱が 突き刺さっている空間。それが 『メデイア』の装置というわけです。 その後、幸いにして『メデイア』はク・ ナウカの代表作という評価 を得て世界各地で上演されることになりました。行く先の劇場に アートスクエアのような柱があるわけはありませんが、まるでもと もとそこに柱が立っていたかのように、僕らは柱の装置を立て続 けました。ただ、床の曲面は、二度と再現できませんでした。そも そも柱の黒と地面の純白という対比も、アートスクエアの壁面の 黒光りする鉄板の色を必然にすべく考えられましたから、他の劇 場に行ったときには床面の白も理由がなくなりました。タマゴのよ うな、マシュマロのような白い曲面に代わって、われわれが選んだ のは、白い布の中央に巨大な円い血溜まりがあるフラットな床面 です。赤い血の色が最後に女性性を現すようにするために、最後 の場面の女たちの衣裳は真っ赤なワンピースに変わりました。

ク・ナウカ 『王女メデイア』 (構成・演出:宮城聰)1999 年

こうして思い返せば、僕らの『メデイア』のコンセプトや演出が、 アートスクエアの空間の「クセ」を、言いかえればアートスクエア の空間という「他者」を、なんとか味方につけようというじたばた から生まれ、やがて「アートスクエアとプレーンな劇場空間の違 い」を考えることによって発展していったことがわかります。 「稽古 場でつくった芝居を、稽古場の通りに再現できる」ような無色の空 間を前提にしていたら、 『メデイア』は決して生まれなかったのだ なあと思います。 なお付言しておくと、アートスクエアにおける装置プランを進めつ つ、芝居そのものは「北九州演劇祭」 での初日に向けて小倉でたっ ぷり稽古をさせてもらいました。僕たちの芝居は、こうして旅のな かで、つまり他者との出会いの中で、生を受けていたのでした。

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