北川貴好「フロアランドスケープ -- 開き、つないで、閉じていく」リーフレット

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サイトスペシフィック・アートの進化形 ─ 北川貴好の作品を巡って

はじめ に 新作インスタレーションにして、回顧展でもある─。北川貴好の個展「フロア ランドスケープ ─ 開き、 つないで、閉じていく」は、 そのふたつの要素を併せ 持つ。 というのも、今回発表された大がかりなインスタレーションは、北川が過 去に発表した作品が配置されて成り立っているからだ。

1974 年に大阪で生まれた北川は、武蔵野美術大学建築学科に在学中の 95年以来、 環境や建物自体に手を加え、 空間そのものを新しい風景へと変換 させていく作品を手がけてきた。そして、従来の彼の諸活動が集約されたの が本展であり、彼にとって初めての個展にもあたる。それでは、 これまで筆者が 見てきた彼の作品を中心に振り返りつつ、 今回の出品作について触れたい。

もう ひ と つ の 床 の 背 景

本展の会場に足を踏み入れたとたん、 まず圧倒されるのは、 もうひとつの床だ ろう。高さ80センチの床を出現させたのだ。 この新たな床によってアサヒ・アー トスクエアの空間は大きく変容し、個展のタイトルどおり、 「フロアランドスケー プ」すなわち 「床の景観」 を作り出した。 このプランは、 かつての彼の作品と底のあたりで通じ合う。北川がその名を世に [写真 2] 知らしめることになった作品のひとつに、 「フィクセーション・ トラック」 が挙げら

れる。 「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ 2003」で発表された同

10トントラックの荷台におよそ30トンもの土を盛って小高い山を築いた。 作は、 このトラックは屋外に展示され、 周囲の山並みに、 もうひとつの山を加えた。 [写真 7 ] また、2010 年に発表した 「ダブルスキンランドスケープ」 にも注目した

い。伊東豊雄の設計によるせんだいメディアテークの建物のガラス面は、空 気層を挟んだ二重の構造となっているが、北川はガラスにクラフト紙を貼り、 もうひとつの面を出現させた。仙台の目抜き通りである定禅寺通りの景観が 一変したことは、 いうまでもない。 このように北川は、作品を設置する場の環境を巧みに活用し、 もうひとつの何

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(光琳社) (アスペクト) (イッシプレス) しんかわ・たかし│ 1967年生まれ。著書に 『残像にインストール ─ 舞台美術という表現』 。編著書に 『明和電機会社案内』 、 『 小沢剛世界の歩き方』 など。展覧会企画なども行う。

新川貴詩[美術ジャーナリスト]


かを付け加えることで、新たな眺めを生み出し続けてきた。 こうした流れの中

だが、 これまで触れてきたとおり、北川はかねがね水をモチーフとした作品の

に、 今回の基本的な展示プランである 「床の景観」 も位置づけられる。

発表を続けてきた。 したがって 「水」は、北川作品を理解するうえで重要な キーワードのひとつである。

随 所 に仕 込まれ た 水 の 仕 掛 け 水、植 物 、穴 の 三 つ の モ チ ー フ 北川貴好が築いたもうひとつの床には、数々の作品が配置されている。そし て、 それらの大半は過去に発表した作品の再制作、 あるいは発展形である。

本展のインスタレーションには、数多くの植木鉢が床に開けられた穴に設置

たとえば、全自動洗濯機を用いた作品は、2008年に東京で発表された

されている。水と同様、北川貴好は以前から植物を作品のモチーフとしてき

“Twilight Zone – water erosion” がもとになっている。絶えず運転を続ける

[写真 3] た。たとえば、2007 年に広島で発表された 「吉島庭園プロジェクト」

洗濯機によって、 排水や泡の顔つきがさまざまに変化していく作品だが、 旧作

は、空き地に残るコンクリートの基礎に約 400もの穴を格子状に開け、 そのひ

は洗濯機が一台のみだった。だが今回、三台に増えたことで、排水と泡の表

とつひとつに植樹するという作品である。そして、 その発展形が今回の植物を

情はいちだんとバリエーションが加わり、 より複雑で多層な表現となった。な

用いた展示である。

お、一台の洗濯機では水が単純に循環するにすぎなかったものの、三台を

ここで見落としてはならないことがある。旧作と本作に共通するのは、 等間隔で開

用いることで、 水の流れの連鎖も思い起こさせる効果も生まれた。

けられた穴と植物だけではない、 という点である。 より重要なのは、 あまりに場違

また、細くて小さなシリコンチューブから水滴が垂れる作品は、 「無数の労働

いなところに植物を出現させる取り組みにある。 コンクリートの基礎に花や野菜

と環境の構築」の再制作である。同作は「取手アートプロジェクト2006 一

を植えるという営みはあまりにナンセンスだし、 当たり前だが植物の生育に不向

人前のいたずら─ 仕掛けられた取手」展で発表されたが、 その展覧会の

きである。 だが、 その景観はがらりと変わった。 そして、 今回の会場は自然光がまっ

会場は、戸頭終末処理場という名のすでに閉鎖された汚水処理施設であ

たく入らず、 やはり植物は育ちづらい。 そのような場所にあえて植木鉢を設置する

る。 しかも、北川が展示した一室は水質調査実験室だった。 この特異な磁力

ことによって、 北川は当惑するほどの唐突さを空間にもたらせたのだ。

を備える場が北川の作品に及ぼした作用は計り知れない。一方、場の力に

一方、今回のインスタレーションをもっとも特徴づけているのは、穴に他ならな

依存せずに作品を成り立たせようと試みるのが、 今回の展示である。

い。 もうひとつの床の全面に、北川は膨大な数の穴を開けた。そして穴も、か

それから、 微かに揺れるチューブは、 穴の開いた壁に囲まれた一室にあるベッ

ねて北川作品の重要なモチーフである。その一例に、元売春宿の壁や天

ドにもいくつも生えている。先に触れた 「無数の労働と環境の構築」の別バー

井、床に30センチ間隔で直径五センチの穴を無数に開けた作品「眠りにつ

サイトスペシフィック・アートの進化形─北川貴好の作品を巡って

ジョンであるが、 これは 2008 年に発表された 「Twilight Zone 眠り─ 都市」 [写真 4] の再制作である。

[写真 5]がある。 2008年の「黄金町バザール」で発表された同 く前の残像」

作について北川は次のように記している。

そして、数多くの空き缶を使用した噴水は、 「水/物質/自然が再生し、繋がっ [ 写真 6 ]に片鱗を示す。同作は、 (2009 年) ていく土地」 新潟市の赤塚砂丘に

建築に穴を開ける行為によって、 本来通らないはずの音や光が行き来し始める[註]

約 1,500本もの古タイヤを組み上げた巨大なインスタレーションである。 タイ ヤに囲まれた中央に池があり、 そこに設置されていたのが空き缶による噴水

今回の北川の個展は、 それぞれ独立した作品が結びつき、 ひとつのインスタ

だ。つまり、 旧作の一部の要素を今回の展示にも導入した。

レーションとして成立している。個々の作品は互いに呼応し、 響き合っている。 そ

このように、今回の北川のインスタレーションには、水をモチーフとした仕掛け

の回路の役割を果たすのが穴である。たとえば、壁で仕切られた一室のベッ

が随所に見られる。 これは、本展の会場が隅田川沿いに位置することと無縁

ドに滴る水の音も、壁に穴が開いているからこそ、室外にいても耳を澄ませば聞

ではないし、 ここがかつてビール工場だったこととも関連している。

こえるはずだ。つまり、 穴の存在によって、 それぞれの作品が関係を持つのだ。

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そして、数多くの穴を通して、個々の作品の水が循環する。 また、 自然光の当 たらない展示会場で水は、植物の貴重なエネルギー源となる。つまり、 水と植 物、 そして穴 ─ 北川貴好がかねて重視してきた三つのモチーフは、本展で は切り離しがたく存在している。

作家略歴

北川貴好[きたがわ・たかよし] 1974 大阪府大阪市生まれ 1999 武蔵野美術大学建築学科卒業

照 明 機 材 という 場 の 特 性

現在、東京都在住

www.takayoshikitagawa.com

これまで繰り返し語ってきたとおり、 北川貴好はつねに、 その場の環境や特性に

[主なグループ展]

応じた作品を手がけてきた。 よって、昨今の美術用語に基づくと、北川をサイト スペシフィック・アートの作家として位置づけることは、 むろん可能だ。 そして今回 の作品も、会場の特性が大いに活用されている。 しかし、 ここで特筆しておきた いのは、北川が会場の空間や立地条件のみならず、機能や設備にも着目し

2000 [取手]「取手アートプロジェクト2000」東口仮設住宅 2001 [東京]「アートロジィ 向島博覧会 2001」向島地区 2002 [取手]「取手アートプロジェクト2002」利根川河川敷葦林 2003 [十日町]「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ 2003」十日町

た点である。 本展の会場であるアサヒ・アートスクエアは、 ジャンルに限定されない芸術活 動の発表と創作の場である。だが、実際の利用状況は、ダンスや演劇など パフォーミング・アーツの催しが多くを占め、劇場としての側面が強い。よって 照明機材が美術館やギャラリーよりもはるかに充実しているのが特徴だ。 そこに目を向けた北川は、特色のある照明プランに取り組んだ。一般的な展 覧会のように一定の明るさを保たず、 プログラムされた調光によってさまざま なあかりのシーンを展開する。つまり、時間の流れに沿ってインスタレーション は異なる情景を刻み、 あたかもパフォーミング・アーツ的ともいえる照明プラン である。 このように北川は、会場の機能や設備という特性を巧みに活用し、み ずからのインスタレーションにいちだんと強度をもたらせた。さらに、サイトスペ シフィック・アートの定義を一歩前に進めた。 サイトスペシフィック・アートの進化形─北川貴好の作品を巡って

1995 [東京]「小平野外展」小平中央公園

2006 [取手]「取手アートプロジェクト2006」旧戸頭終末処理場 2007 [広島]「旧中工場アートプロジェクト2007」高速道路建設予定地  2008 [東京]「ART ADVANCE ADACHI 2008」シアター 1010 ギャラリー [横浜]「黄金町バザール 2008」初音スタジオ [横浜]「BankART

Life2」BankART Studio NYK 屋上

[東京]「多摩川アートラインプロジェクト2008」田園調布せせらぎ公園 [広島]「広島アートプロジェクト2008」ボートパーク広島

2009 [新潟]「水と土の芸術祭 2009」赤塚砂丘 [東京]「墨東まち見世 2009」鳩の街通り商店街

2010 [横浜]「横浜 wo 発掘 suru vol.1 黄金町のアーティストたち展」横浜市民ギャラリーあざみ野 [神戸]「六甲ミーツアート芸術散歩 2010」

オルゴールミュージアム ホール・オブ・ホールズ六甲裏山 [名古屋] 「あいちトリエンナーレ 2010」長者町繊維会館 [仙台]「せんだいメディアテーク開館 10 周年事業」せんだいメディアテーク

2011 [横浜]「黄金町バザール 2011」八番館

また、 これまで北川の作品は室内よりも屋外で発表される機会が多かった。 一日の太陽の動きや天候によって、 その作品は多様な顔つきを示す。本展で

[神戸] 「六甲ミーツアート芸術散歩 2011」

オルゴールミュージアム ホール・オブ・ホールズ六甲

北川が時間の要素を備えた照明プランを採用したことは、 このことと重なり合 う。水が流れ、穴から光が射し、植物が育ち続けるように、北川貴好の作品 [ 2011年11月末に執筆]

は絶え間なく変化を伴うのだ。

註 ─ 北川貴好、 「 黄金町『 眠りにつく前の残像』 」、 「 パブリックアート ・マガジン」、2009 年、

NPO 法人アート&ソサエティ研究センター、17頁

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上記の略歴は作家より提供されたものに基づく。展覧会歴に関しては[都市名] 「展覧会名」会場名の順に記載した。


1 《ウチを開く》2000年 Photo: ARCHINOLOGIO Ltd. 2《フィクセーション・トラック》2003年 3《吉島庭園プロジェクト》2007年 4《Twilight Zone 眠り─ 都市》2008 年 Photo: ARCHINOLOGIO Ltd. 5《眠りにつく前の残像》2008年 ©ANZAÏ 6《水/物質/自然が再生し、 繋がっていく土地》2009年 7《ダブルスキンランドスケープ》2010年 8《アカリノラウンジ 長者町の光》2010年

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北川貴好 作品紹介│ Takayoshi Kitagawa selected works

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[展覧会] アサヒ・アートスクエア オープン・スクエア・プロジェクト2011 企画展 北川貴好 つないで、閉じていく」 「フロアランドスケープ─開き、 [土]─ 2月5日 [日] 会期:2012 年 1月14日

会場:アサヒ・アートスクエア 主催:アサヒ・アートスクエア 協賛:アサヒビール株式会社  [リーフレット] 編集・発行:アサヒ・アートスクエア デザイン:木村稔将 発行日:2012年1月14日 ─ アサヒ・アートスクエア 東京都墨田区吾妻橋 1 -23 -1 スーパードライホール 4 F

Tel: 090 -9118 -5171 E-mail: aas@arts-npo.org http://asahiartsquare.org/ [オープン・スクエア・プロジェクト] 公募により選出されたアーティストが、 アサヒ ・アートス クエアのユニークな空間を活かした作品制作と発表 を行います。創造性豊かなアーティストと、創造力を ・アートスクエア] が出会うことで、 刺激する空間[=アサヒ

それぞれの新たな可能性を提示すること。そしてアー ティストの飛躍の機会となることを目指しています。 本リーフレットはアサヒ ・アートスクエア オープン・スクエ ア・プロジェクト2011 企画展 北川貴好「フロアランド スケープ─ 開き、 つないで、閉じていく」に合わせて制 作されたものです。

©Asahi Art Square, 2012


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