収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
The Design Evaluation Method for Relieving Health-risks Coused by Storing Motion
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
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収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
Introduction
はじめに 2
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
はじめに 本論文は読む者に対し最小限の労力で最大限の理解が得られるよう、構成に配慮したつもりである。 「1-1 研究背景」は私自身の建築やデザインに対する思想的な内容を書いたものである。 「健康」「情報」「人間」「作法」など、執筆段階で興味や関心が向くキーワードをひとつに結ぶことを目的に書いたもので ある。これを読めば私が今どういう事を考えているか理解することが出来、本研究を発想した意図が理解できるだろう。 「1-2 研究目的」はこの研究によって得ようとするものとその範囲について簡潔に述べたものである。 本研究の狙いについて理解するにはこれを読めばとりあえず理解できるかと思う。本研究の継続あるいは類似研究をしよ うとする者は、ここで述べられていることを深めたり敷衍するなどしてさらなる研究テーマを導くといいだろう。 「2 研究方法」では本文中で用いる専門用語の意味や定義、実験手順や分析項目、分析手順について述べている。 少なくとも「2-2 用語定義」には目を通しておくほうがいい。分析項目については「目次」の「3 分析」以下の項目 名を見ればよく、具体的にどのような方法で検定を行ったかなどについて興味のないものはそのまま「3 分析」に進んで 良い。尚、分析には分散分析や多重比較などの数理処理を多用しているので、これについて理解したい者は市販の統計学テ キストを参照して頂きたい。 「3 分析」では取得されたデータを処理した結果と、そこから読み取れる考察を掲載している。 よく分析項目ひとつひとつにいちいち全部のデータを掲載する者がいるが、どこに何が書いてあるのかわからず検索性に 劣り、また初見の者にとって何が重要なデータなのかわかりにくいことこの上ない。本論文ではそのようなことを避けるた め、「3 分析」で掲載するデータはすべて結果をまとめたものを掲載することとし、まとめる以前の一次データや中間生成 したデータについては巻末のデータ編にすべて寄せることとした。ここ以外の箇所でも研究理解に直接役に立たないと思わ れる図表などはすべて巻末の資料編に掲載している。これらについては本文中で該当資料ページとして付記するので、必要 に応じて参照して頂きたい。 「4 負荷値変動ダイアグラム」はこの研究の成果を簡潔に図としてまとめたものである。どの収納パターンからどの収納 パターンに変更すると負荷がどれだけ小さくなるか、ということが直感的にわかるように工夫したつもりである。実務など で負荷軽減のためにデザインを変更する際など、その変動を感覚的に求めたい場合はここを参照すればよい。
はじめに
3
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
「5 評価プログラム」はプログラムの処理内容について書かれたものである。 内部の処理について理解したい者はここを読めばよい。ここでは各評価項目の意図、描画されるグラフの概形やアルゴリ ズムのフローチャートを掲載している。実際のプログラムコードは資料編と付録の CD とに納められているので、参考にし たい者はそちらを見ると良い。 「6 批評」は、本研究で作成した評価プログラムを使って既存住宅の収納を評価したときの評価結果や、現実的に利用目 的ある場面を想定した使い方と結果の読み取り方について書いたものである。 本研究の最大の成果でもあるこの評価プログラムを実際に使って、既存の住宅収納を批評しその特徴や傾向について分析 を行うと共に、この評価プログラムを実際に利用する場面を想定したデータの読み取りシミュレーションを行っている。評 価データの読み取り方法を知りたいものはここを参考にするとよい。 「7 総括」では各章で得られた結果と考察、今後の改善課題をダイジェストでまとめたものである。本文を全く読まずに 結果のみ知りたい場合、あるいは結果の検索を行いたい場合はここを参照するのがよい。 * 安易な厚み対策で読者のユーザビリティとサーチャビリティを落とすなどということは、デザインを考える者にとってあ るまじき行為であろう。ましてや二次データとしての利用などを考えればデジタルデータの方がハンドリングにも優れてい る。これまでの悪しき慣習への挑戦として、本論文では上記のような趣旨で構成を行い、掲載する必要がないと判断したデー タについては付録の CD に収録することとした。 後進の読者の利用を考慮し、最大限にして最小限の資料分量を用意するのもまたデザインである。
はじめに
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収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
Index
目次 5
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
目次
2
はじめに
6
目次 第一部 論文編 1 研究目的
9
1-1 研究背景
13
1-2 研究目的 2 研究方法
15
2-1 用語定義
17
2-2 関連ICFコード
19
2-3 実験方法
23
2-4 分析方法 3 分析
28
3-1 被験者の正規性の検証
30
3-2 最大負荷を示す瞬間と姿勢
32
3-3 指標値と基本統計量
38
3-4 年齢層間における指標値の差の検定
41
3-5 収納パターン間の多重比較 4 ダイアグラム
47
4-1 利用の手引き
48
4-2 負荷値変動ダイアグラム 5 評価プログラム
54
5-1 利用の手引き
60
5-2 アルゴリズム 6 批評
63
6-1 サンプル住宅データ
68
6-2 サンプル住宅の評価と考察
87
6-3 利用事例と考察・展望
90
7 総括 8 参考文献 9 謝辞 第二部 資料編
目次
6
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
Thesis
Chapter One
論文編
第一部
7
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
研究目的 Purpose
One
1 8
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1-1 研究背景 「バリアフリー」というテーゼがあらゆる産業に浸透して久しい。もはやこれは「ISO****」と同じで、企業のヒューマニ ズムと貢献度をアピールするためのある種のプロパガンダとなっている。その一般化と同時に形骸化も進行しつくし、「バ リアフリー」という言葉が当初に持っていた意味も役割も、ある種の神通力も、もうほとんど意味をなさなくなった。送り 手も受け手もその言葉の空々しさを白々しい顔をして遣り取りしているように見える。むしろ真顔で「バリアフリー」と唱 えることのほうが滑稽に見えてしまうのが現実であろう。 これはすべての価値と優位性を食い物にし、良くも悪くもあらゆる価値を均一化してしまう現代メディアの功罪といって もいい。「バリアフリー」も貪欲なマスメディアの餌食となった結果、こうして一通りの陳腐化を経験し、今に至っている。 しかしこれは経験論的ではあるが、人も物も言葉も、メディアによる蹂躙のあとにいかに存在意義を失わず、またいかに挽 回してゆくかというこの一点にこそ、その真価が問われるところとなるであろう。その意味で「バリアフリー」というテー ゼはまだこれからの言葉なのではないかとも思われる。 翻って、私は以前から「バリアフリー」に対して反抗的ともいえる態度を取ってきた。あまつさえ「バリアフル」などと いう言葉を使って挑発するような事もあった。真に健康的であるには、老化現象を極限まで抑えるために恒常的に負荷をか け続ける必要があり、そのためには「バリアフル」であった方が良いのではないかという見方である。これは「バリアフリー」 とは全く逆行するアグレッシブな考え方である。そうまでして「バリアフリー」に反抗的なのには二つ理由がある。 ひとつは「バリアフリー」と唱える社会が見つめる先が、いわゆるマイノリティにしか向いていないことにあることへの 感情的反発である。社会環境の中に潜む「バリア」はマイノリティにだけ牙をむいているわけではないにもかかわらず、社 会挙げてのマイノリティ擁護ばかりが目に付くので健常者である我々は無視されているような苛立たしささえ感じる。これ は意外と多くの人が抱いている(が口にはしない)不満でもあるようだ。更にいえば、「バリアフリー」をアリガタ顔で唱 える企業や行政が、マイノリティにさえいい顔をしていれば社会貢献をしているのだとでもいいたげに脂ぎった顔をしてい るのが気にくわなくもあるのだが、これは個人的な問題か。 もうひとつは現実問題として、果たして物理的な「バリア」のない生活環境が人間の身体と精神、あるいは文化にとって 良い作用を及ぼすのかという疑問が消えないことにある。段差をなくしてつまづきの危険を減らし、負担を軽くするという ことはそれだけ筋力負荷が減るということになる。筋力負荷が減るということは逆に筋力の低下を促す危険性を孕むという ことでもある。あるいは相応のしつらえによって筋力負担を別な箇所に分散させるということは、リスクの所在が分散、あ るいは曖昧になってしまい、逆に問題を複雑にする可能性もある。敷居をなくすということひとつをとっても、文化的な側 面から見れば「敷居をまたぐ」という言葉も、敷居の段差が持っていた精神的な境界という文化的意味も同時に失うことに なりかねない。これは単なるノスタルジーなのかも知れないが、言葉の存亡は文化の存亡である。これを黙認し続けること
1 研究目的
9
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
の危険性を私は思わずにいられない。 リスクをいかに小さくし、いかにメリットを最大限に引き出すかという考え方もあるだろうが、私はこの「バリアフリー」 の問題に関してはゼロサムゲームのようなものではないかと思っている。どこかに大きくアドバンテージを取ると、他方で どこかに大きなリスクを抱え込むのではないか。こういった問題にはどこかに基準を設けて固定解を設定してしまうより、 様々な可能性を内包させながらある場面での定常を設定し、ユーザーの自由意志によってそれが適宜変更可能であることが 望ましい。ユーザーの必要に応じて解の置き所をいろいろに設定できるというその多様性こそが、現代が近代以降に獲得し た豊かさといえるものの最たるものであるからだ。 多様性を生み出すものの根幹にあるものは、人間はそれ自体が一人一人異なった存在であるという認識である。「ユニバー サル」から「パーソナル」へというデザインの流れとは、つまるところ経済力と技術力に支えられた存在の可能性が多様化 したということである。また一方で、問題に対する解としてのデザインと、その役割という観点でこれを考えると、解の「パー ソナル」化とは問題それ自体が「パーソナル」なものとして捉えられてきていることの裏返しであると見なすことが出来る。 そして問題の「パーソナル」化を裏付けるのも、人間が一人一人異なる存在なのだという認識なのである。 超高齢社会の現代を豊かに暮らしていくためには QOL(Quality Of Life)を高水準で維持してゆくことが不可欠である。 精神面での質、物質面での質、QOL を支えるものは幾つかあるが、その中で最も重要なものは生命それ自体の質、いわば 健康の質であろう。こうした考えに基づき、健康の質を脅かすリスクを評価しようという動きがある。建築における「健康 リスク」の評価というと、元々は環境工学が専門としていた領域である。ホルムアルデヒドやベンゼン、キシレン、トルエ ンなどによるシックハウス対策がよく知られた例であるが、これらは微細な化学物質による内的疾患を対象とした研究であ る。他にもストレスや温熱、空調などによる環境負荷を扱ったものがあるが、これらも内的なものの部類に数えられる。 ところが QOL を脅かすのは内的疾患だけではない。高齢者が転倒し骨折をすることで寝たきりとなるように、外傷が QOL を著しく損なうこともある。特に外傷の場合は内的疾患と違って症状が突然発生的に襲って来るので、QOL は急激に 低下する。その落差に人は戸惑い、落胆し、不安に苛まれ、気を病んでしまう。外傷が QOL に及ぼす影響は明白であるに もかかわらず、これを「健康リスク」として評価しようという取り組みと研究はこれまでなされてきていないのが実情である。 衝撃や慣性モーメントなど、人体に加わる物理的負荷は計測機器の進歩によってこれを具体的な数値として計測すること が可能となってきた。これを用いることで、生活動作とそれによって発生する身体的負荷をリアルタイムにとらえることが 可能となり、これをリスク計算に用いることが一応は可能になった。ところが先に述べたように、負荷や負担をすべて取り
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収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
除けば良いというものでもない。筋力的負荷のない生活がいかに不健康なものであるかは今更言うに及ぶまい。負荷を除く こととリスクを除くこととは全く別な問題である。つまり、同じ負荷量でも年齢や性別、既往病歴などによってそれがリス キーな値として評価できるかどうか異なってくる。いわば、負荷は「ユニバーサル」な水準にあり、リスクは「パーソナル」 な水準にあるのだ。そしてこの違いもまた、人間が物理的存在においても経験的履歴においても一人一人異なった存在であ るという事実に由来しているのである。 さて、「バリアフリー」の功罪から発した問題意識を敷衍して様々に述べてきたが、ここで「リスクアナリシス(Risk Analysis)」という言葉を紹介したい。これは「ある事象について想定される危険性を事前に分析する」という意味である。 しかしこの言葉がそれ以上に有意義であるのは、「リスクアセスメント(Risk Assessment)」、「リスクマネジメント(Risk Management)」、「リスクコミュニケーション(Risk Communication)」、という三つの要素、言い換えれば三つの行為を 包含しているところにあり、そしてこれこそがまさに現代的なデザインの意義であると呼ぶに相応しいと思うからである。 先の「敷居」の例だけではないが、日本の伝統的な建築とその細部の意匠が美しいのは、単に研ぎ澄まされた美意識があ るからだけではない。それに接しようとする人間の精神と行為に対して規律を要求し、人間の緊張感に満ちた所作の美しさ と物とが一致したところに現れる人物一体の世界こそが美しいのである。言うまでもなくデザインの美しさとは物の形態の 美しさにだけあるのではない。それを用いる人間に作法を要求するところにもあり、用いる人間の行為の美しさにもある。 デザインの美しさを規定する要素のひとつは、このような人と物とのインタラクティビティにあると言ってもよく、そして 日本には伝統的にそのようなものを愛でる美意識があったのだ。 ところが現代に至りそのような美意識は廃れてしまった。少なくとも精神面への要請は棄却されたと言っていいだろう。 これは近代化の流れの中で住空間が変容していったこと、封建的家族観が崩壊しそれを支えていた宗教的観念が受け容れら れなくなっていったこと、あるいはデザインそれ自体が美しくなくなっていったことが理由に挙げられるだろう。事ここに いたり、その美意識を取り戻そうとすることにも重要な意義はあるのだろうが、今更旧時代の生活様式が受け容れられるは ずもなく、ならば日本の伝統的な美意識にも内在していたデザインの本質的な意義を斟酌して現代に応用可能な意義に解釈 し直すことの方がより前向きな取り組みであろう。 ユーザーとの間に意識と行為の両面においてインタラクティブな関係性を作り出すというところにデザインの本質の一端 があるとするなら、これを建築のデザインに読み替えるとどうなるのか。そこで「リスクアナリシス」である。QOL の維 持という文脈で建築のデザインを考えるとき、住空間に内在する健康リスクの所在を分析し(Analysis)、住み手にとって
1 研究目的
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収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
できるだけリスクが少なく、なおかつ適度に負荷のある状態を維持するように更新と管理を行い(Management)、またそ の事実を住み手に伝えてゆく(Communication)ということは住空間と住み手との間に発生したインタラクティブな遣り 取りであり、これはこの意味においてまさしくデザインである。そしてこれを実現するための技術的な手段、いかにして分 析を行い、管理し、伝えるか、というソフトウェア的プロセスの構築もまた同様にデザインである。 中世的な意匠の役割が利用者に要求していた作法における暗黙知は現代ではすでに失われたといっていい。意匠はそれ単 体では何も語らず、何も伝えなくなった。ところが現代のマイクロマシニングは物それ自体に情報を載せ、また発信させる ことを可能にした。ということはつまり、中世の意匠が利用者の暗黙知を前提にしていたインタラクティブな遣り取りを、 現代の意匠は暗黙知を必要とすることなく先端のテクノロジを用いてそれをエミュレートすることが可能になったのだ。失 われつつあったデザインの本質を情報技術が補完する可能性がここに見いだせるのである。もちろん、ここでエミュレート されるのは個々の意匠に仮託されていた具体的なインタラクションではなく、インタラクションの可能性である。デザイン 段階でどういったインタラクションを予期するかについてはデザイナーの職能の領域であり、またあるいはデザイナーの予 想に反してユーザーが独自に獲得してゆくものなのかも知れない。
この研究は、建築空間の中に潜む QOL を脅かすリスクを発見・分析し、個々人の身体的プロパティに合わせてリスクを コントロールする方法を検討するものである。しかし人間の生活は流動的で常に変化してゆく。常にオートポイエティック である。したがって、単なる分析にとどまるのではなく、住み手としてのユーザーとそれを取り巻く周辺環境との関係性に おいて評価を様々に変え、研究成果の適用方法とその選択可能性をユーザーに対して示すというプロセスまで含めた提案、 すなわちデザインが要求される。つまりそれは、住み手の生活行為や生活意識と、建築の意匠とのインタラクションのデザ インに他ならないのである。
1 研究目的
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1-2 研究目的 住空間に内在する「健康リスク」として腰部疾患に対するリスクを取り上げ、特に収納動作によって生じる負荷について 検討を行う。これを分析したデータを用い、個人の身体的プロパティ(身長、体重、年齢)に合わせたリスクの所在を明ら かにすることで、最適な収納計画を提案するための指針となる評価手法を作成する。 本研究で腰部疾患を取り上げるその理由は、日本人の自覚症状有訴者率の中でこれが男女ともに上位を占める(図 1.1) こと、一度罹患すると症状が慢性化してしまうことなどから、腰部疾患が現代人のQOL低下を引き起こす重大なファクター (健康ハザード)であると考えたからである。また、腰部に負荷を及ぼす動作として収納動作を取り上げたのは、これが生 活者の特性による特殊性が介在しない日常的な動作であり、研究成果の利用対象となる生活者が広く一般に設定できること が期待されるからである。 本研究では負荷に対して、収納設備を利用する回数や姿勢の保持時間などのファクターを取り扱っていない。評価プログ ラムにおける負荷値の算出はあくまで「その収納パターンを利用した際の負荷値」であり、負荷値総和とは「すべての収納 パターンを一回ずつ使用した際の負荷の総和」ということになる。もちろん本来的には、ユーザーのプロパティに応じた一 日の動作パターンをモデル化し、それをもとに平均利用回数などから負荷値を予測することが望ましい。さらには住宅の収 納設備にどれくらいの重さの物がありどのような位置に収納されているかということまで調査を行い、それらが住宅内でど のような動線をで移動しているかまで調査してから評価プログラムを作成すればより現実に近い負荷値の算出が出来るだろ う。しかし、本研究ではそこまで取り扱わず、今後の改良課題として保留するものとした。今後これらのテーマが継続的に 研究され、理想的な評価プログラムへとインテグレート(統合)されてゆくことを期待したい。 尚、本研究は文部科学省の科学研究費「加齢対応住宅における腰部負荷軽減を目的とした動作寸法体系の研究」 (2003-2006)を受けて行った。
100 90
有訴者率(人/1000 人)
80 70 60 50 40 30 20 10 0 腰痛
咳・痰
肩こり
鼻づまり
かゆみ・湿疹
自覚症状
図 1.1 自覚症状有訴者率(平成 13 年)男性上位 5 件 (平成 13 年度国民生活基礎調査より作成)
1 研究目的
13
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研究方法 Method
Two
2 14
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2-1 用語定義 収納動作 ある高さの面に置かれた物体を手に取ったり、あるいは手に持った物体をある高さの面に置く時の、ある時間幅を持って 連続する人間の動作のこと。
健康リスク 平成 16 年度版厚生労働白書によると、「人の健康に生ずる障害又はその発生頻度や重大性」と定義され、本研究はこれ に準拠する。また、健康を害する可能性のある環境や物体のことを「健康ハザード」と呼び、それによる被害のことを「健 康リスク」と定義するものもある。
三次元動作解析(VICON・バイコン) 人体の各部位ごとの運動履歴を記録し、医療や映像処理などの分野に応用可能な統合三次元モーションキャプチャーシス テムとそれによる解析処理のこと。本研究では Vicon Motion Systems 社の開発した VICON 612 を用いた。
収納パターン(動作パターン) 実験時に被験者が試行した 23 種類の試行動作を促す収納設備の形態のこと。これらは後述の仮想棚によって得られるも のである。尚、着目すべきは収納設備の形態というよりもむしろ、収納設備の形態によって「そうせざるを得なくなる人間 の姿勢変化」の方である。収納の形態に動作の形態が一対一対応するので、これを動作パターンと呼んでも差し支えない。
仮想棚 市販のスチールラックを用いて組み立てられた実験用の収納設備のこと。棚を想定しているので仮想棚と呼ぶ。スチール ラックは ERECTA 社の Home ERECTA(Black)を用いた。黒色を使用したのは、VICON によるマーカー撮影に影響し ないように考慮したことによる。
2 研究方法
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収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
負荷 三次元動作解析によって計測された第五腰椎(L5)と第一仙椎(S1)との間に作用する腰部モーメント、あるいは筋ト ルクのこと。物体に回転運動を生じさせる力。この値が大きいほど負荷が高いとみなす。
負荷値 本研究では、計測負荷の最大値と動作開始前の安静時の負荷との差を特に負荷値と呼ぶことにする(図 2.1)。 最大値と平常姿勢時との差としたのは次のような理由による。いずれの被験者も平常姿勢時に示される負荷の値は 0 で はなく、わずかであれ何らかの負荷がかかっていることが示された。このことは被験者個々の平常姿勢が常に前傾か後傾に 寄っている事に起因するものである。したがって、その姿勢をその被験者にとっての安静姿勢と見るならば、動作によって 生じた負荷の大きさを見るには差の値を用いる方がより適切であると判断したためである。 マーカー VICON によって被験者の動きを得る際に、被験者の体の各部位に貼り付けられる直径 2.5(cm)程度の銀色の玉のこと。 ガラス繊維が塗りつけられた表面は赤外線を反射し、VICON はこれを撮影することで玉の動きを捉え、人体の 3D モデル を描き出す。
指標値 得られた負荷値を被験者の身長と体重の積で除したもの。単位は(N*m/kg*m)である。なお便宜上、以降の本文中、図 中において単位中の分母子 m は約していない。本論文前半の分析で差の検定や多重比較に用いるのはこの値である。また、 後半の評価プログラム中では、この指標値とユーザーによって入力された身長と体重の数値とを用いることで負荷値の予測 数値を計算している。 Cappozzo、山本・勝平らの研究成果によると、負荷は身長と体重の積に比例することがわかっているので、本研究でも これに倣って同様の数値処理を行った。この処理のことを本文中では正規化と呼んでいる。
200 175 150 118.61
125
(N*m)
100 75 50
負荷値
25 0 -25
1
201
601
-7.9828
-50 -75 -100
(Fields)
図 2.1 負荷と負荷値
2 研究方法
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2-2 関連ICFコード 本研究に関連するICFコードを次ページ(表 2.1)にまとめた。 *1
また、コードの抽出には「ICF検索エンジン 」を用い、「痛み」「腰」「移動」「収納」をキーワードとして検索した結 果から意味と研究趣旨が合致するものを抽出した。
*1 ICF検索エンジン 法令出版「国際生活機能分類」に掲載されている文言を対象に、自由キーワードで検索をすることが出来る。 http://www.watanabe.arch.waseda.ac.jp/hw/2003/entasan/icf/
2 研究方法
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表 2.1 関連ICFコード コード
b28013
分類 1
心身機能
分類 2
感覚機能と痛み
分類 3
痛み
分類 4
痛みの感覚
分類 5
身体の局所的な痛み
分類 6
背部の痛み
概要
身体部位の損傷やその可能性を示す、背部の不愉快な感覚。
含まれるもの
体幹の痛み、腰痛。
除かれるもの コード
d430
分類 1
活動と参加
分類 2
運動・移動
分類 3
物の運搬・移動・操作
分類 4
持ち上げることと運ぶこと
分類 5 分類 6 概要 含まれるもの
カップを持ち上げたり、子どもをある部屋から別の部屋へ運ぶ時のように、物を持ち上げること、ある場所から別の場 所へと物を持っていくこと。 持ち上げること。手に持ったり、腕に抱えたり、肩や腰、背中、頭の上に載せて運搬すること。物を置くこと。
除かれるもの コード
d4303
分類 1
活動と参加
分類 2
運動・移動
分類 3
物の運搬・移動・操作
分類 4
持ち上げることと運ぶこと
分類 5
肩・腰・背に担いで運ぶ
分類 6 概要
大きな荷物を運ぶことのように、肩、腰、背を使って、物をある場所から別の場所へと持っていく、あるいは移動させ ること。
含まれるもの 除かれるもの コード
s12002
分類 1
身体構造
分類 2
神経系の構造
分類 3 分類 4
脊髄と関連部位の構造
分類 5
脊髄の構造
分類 6
腰仙髄
概要 含まれるもの 除かれるもの コード
s76002
分類 1
身体構造
分類 2
運動に関連した構造
分類 3 分類 4
体幹の構造
分類 5
脊柱の構造
分類 6
腰部脊柱
概要 含まれるもの 除かれるもの
2 研究方法
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2-3 実験方法 1 設定 1.1 被験者 20 代の若年層被験者 6 名と 60 代の高齢層被験者 5 名とを対象にした。いずれも実験で行う試行に差し障る病症や外傷 などはない。
1.2 実験会場 国際医療福祉大学(栃木県大田原市)内にある「動作計測実験室」で行われた。
1.3 実験日程 「取る」動作の実験は 12 月 8 ~ 10 日、14 ~ 16 日の計 6 日間で行われた。 *1
尚、本文中でデータとして利用している「置く」動作の実験については、松井・長澤らの実験 (10 月 4、5、14、15 日に実施)で取得されたものを利用している。被験者は若年層1名を除き、 「取る」 「置く」双方の実験で共通の被験者とした。
1.4 実験設備 分解・組み立てが可能な金属性シェルフを用い、仮想収納設備(仮想棚)を用意する。高さ方向の 5 段階(イ)~(ホ) で区分は「建築設計資料集成(人間)」からの資料を基に決定した(図 2.2)。奥行き方向の 2 段階区分は、前傾姿勢が大き く変化する境目が 300(mm)であることが事前実験で推測できたのでこれを用いた。また収納設備の意匠的違いから、踏 み込み空間が無い場合(A)、踏み込み空間がある場合(B)、前傾ができない場合(C)、手前に張り出し面のある場合(D)、 引き出し型の場合(E)とに細分類し、次ページ図 2.3 中の番号の通りに仮想棚の収納パターン 23 種類を設定した。
1.5 実験試行 被験者は仮想棚に置かれた体重比 4%重量の箱(300×300×200mm)を手に取り胸元に捧げ持つまでの一連の「取る」 動作を試行した。また、若年者のうち 3 名については体重比 8%重量の箱を使った計測も行った。高齢者に対しては身体的
*1 松井香代子、長澤夏子、勝平純司、山本澄子、渡辺仁史 「身体への負担からみた収納行動とデザインの研究 -腰部負荷を中心とした収納計画評価-」(2004)
2 研究方法
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負担を考慮し、この計測は行っていない。実験中の試行動作は三次元動作解析機器で撮影・計測され、データとして取得さ れた。 尚、これらの設定は「置く」動作(胸元に持った箱を仮想棚に置く)の実験と共通させている。
2 研究方法
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イラレから印刷
2 研究方法
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2 実験フロー 実験の流れを図 2.4 に記す。 実験に要する作業人員は、被験者に指示を出す者 1 名、VICON の操作を行う者 1 名、仮想棚を組み立てる者 1 ~ 2 名が *2
必要となる 。タイムスケジュールなどの管理は被験者に指示を出す者が行い、一人の被験者あたりおよそ 2 時間半から 3 時間の実験時間を要する。一日あたり最大でも 4 名しか実験することは出来ない。 実験を始める前に、被験者に指示を出す役割の者は被験者に実験の趣旨と内容を口頭で教示を行う。被験者に趣旨を理解 してもらったあとは同意書に署名をもらい、所定の実験着に着替えてもらう。その後、体の各部位にマーカーを貼付し、実 験準備が完了する。 被験者は長時間単純作業に従事し、また半裸の格好を強制されるという忍耐を強いられることになるので、適当な時間間 隔で休憩時間を取る必要がある。
段階 準備
被験者
VICON
仮想棚
機器のキャリブレーション作業 会場到着 実験内容の説明を受けた後、同意書にサイン
準備
身長測定・体重測定
測定データを元に仮想棚の高さ、箱の重量を決定する
着替え
仮想棚の組立作業
マーカーをつける 立位の計測
立位の計測 最初の収納パターンの仮想棚を用意する
収納パターンに応じた動作の説明(踏み込みなど)を受ける 準備 指定位置に立ち、静止
収納パターンに応じた仮想棚の設置
計測開始
20秒静止 動作開始 動作中 動作終了
計測終了
(空いている時間で次の仮想棚の準備)
(計測データの処理時間) 実験
30秒静止 ルーチンの終了 計測データに問題がある場合 → やり直し
計測データに問題がある場合 → やり直し
ない場合 → 二回目の試行へ
ない場合 → 二回目の試行へ
二回目の試行も適切なデータが取得できた場合
二回目の試行も適切なデータが取得できた場合
次の収納パターンの計測へ
次の収納パターンの計測へ
次の収納パターンの計測へ
全パターンの計測が完了した場合
全パターンの計測が完了した場合
全パターンの計測が完了した場合
実験終了
実験終了
実験終了
図 2.4 実験タイムテーブル
*2 実際の実験では被験者の心拍数を計測する作業も同時に行ったのでもう一人補助者がいたが、本論文中ではその内容については触 れないので割愛する。
2 研究方法
22
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2-4 分析方法 1 データの整形 計測直後のデータにはマーカーの不備や認識違い箇所などがあるので、VICON Workstation(VW)内の修正画面でこ れを修正する。また、分析に必要な箇所のデータのみ算出したいので、動作開始から前 200 フレームを始点とし、それ以 前のデータについては切り捨てる。マーカーを直線で連結して描かれた人体フレームモデルを見ながら、動作中にマーカー が著しく消失してしまう(20 フレーム以上消失が続く)場合はこのデータを抜き出す。これらのデータは負荷を計算する ことが出来ないので利用することが出来ないためである。以上の作業の後、VW で計測データを整形するフィルタ処理を行 う。この処理に続いて VICON Body Builder 内の操作画面でモーメント算出のための処理作業を行い、最終的にテキスト 形式のデータとして出力される。以上の作業の後に得られたデータが本実験の一次データとなる。
2 データの性質 2.1 データの種類 VICON による三次元動作解析によって得られるのは、計測時間、VICON のサンプリングフレーム番号、マーカーの位 置座表、そして指定箇所の XYZ 軸方向各々の負荷である。本研究で負荷と呼ぶのは、第 5 腰椎と第 1 仙椎との間にかかる 負荷(一次データ中で「LBMoment」として得られる数値)のことである。
2.2 データの正負号 本研究では前傾と後傾時に発生する負荷を捉えるので、それに該当する X 軸方向の負荷のみを扱うこととする。データ の仕様として上体の前傾時に発生する後屈モーメントを負の値として算出するが、これは直感的にわかりにくいので正負号 を逆転させて以降の処理を行う。つまり、前傾時に上体を支える方向(後ろ向きに働く)負荷が正の値となる。したがって、 一次データより作成されたグラフにおいて正の値を取る箇所は、姿勢が前傾した際に発生した後屈モーメントの、後屈方向 の負荷の大きさを示すことになる。
2 研究方法
23
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
2.3 最大値と最小値 負荷の最大値は動作時間中に負荷が最大を示す点とした。 物体が手から離れる又は手に取る瞬間が最大を示すと考えられがちだが、これは動作のある「点」での負荷を見ているに 過ぎない。収納動作というある時間幅を持った行為の中での最大値を考えるのならば妥当であるとは考えにくい。したがっ て本研究では行為の時間幅の中での最大値を示す点について着目することとし、またこの時点を最大のリスク点であるとす る。 最小値については動作開始前の安静時 200 フレームにおける負荷の平均値とした(図 2.5)。 この時の姿勢は立位であり、「取る」動作時は何も持たないが、「置く」動作時は手に箱を持った姿勢となる。データを読 むときに注意しなければならないのは、「置く」時の最小値が物を持っているときの負荷であり、必然的に負荷値は「置く」 時のほうが小さい値となる。こうすることで「持っている」という状態から「持っていない」状態に変化するまでの時間幅 の中での負荷の最大を見る事が出来る。
2.4 データ数 被験者 11 名が「取る」動作について 23 パターン、「置く」動作について 23 パターン試行し、うち 3 名については箱の 重量を 2 倍(体重比 8%)に設定して更に「取る」「置く」23 パターンずつ試行した。これにより得られたデータ数は合計 で 644 試行に及んだ。
2.5 グラフ化と集計 全データについてグラフ化を行った。いずれのデータもグラフの概形は図 2.5 のようになる。尚、グラフ化されたデー タについては付録のデータ CD に収録している。 得られたすべてのデータから最大値、最小値、負荷値を抜粋し、これを集計した。各被験者の身体データと収納パターン ごとの負荷値とを用いて以降の分析作業を行う。
200 175 150
最大値
125 100
(Nm)
75 50
負荷
25 0 -25
負荷値
最小値 1
安静区間
-50 -75 -100 (Fields)
図 2.5 グラフと最大値、最小値
2 研究方法
24
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
3 分析項目 3.1 被験者の正規性の検証 被験者の身長と体重の積が正規分布に従っているかどうか、正規性の検証を行う。 指標値を計算する際に負荷値を身長と体重の積で除するが、これは負荷が身長と体重の積に比例しているという前提の元 の処理である。よって本実験で標本となる被験者の身長と体重の積が、同様に比例する母集団からの抽出であるか検証する 必要がある。
3.2 最大負荷を示す姿勢 試行動作の時間幅の中で負荷が最大となる姿勢について、収納パターンごとに検証を行う。 手に取る、あるいは手から離れる瞬間以外の時点で負荷が最大を示す収納パターンがないか、負荷グラフと人体フレーム モデルの示す姿勢状態から定性的に検証する。これにより、リスクの高い姿勢状態を確認する。
3.3 指標値と基本統計量 各被験者の負荷値から指標値を計算し、収納パターンごとに平均値を算出する。また基本統計量(不偏分散と標準偏差) についても算出を行い、これを用いてグラフ化を行う。「取る」動作と「置く」動作双方についてこれを行い、大きな指標 値を示す収納パターンについて考察を行う。
3.4 年齢層間における指標値の差の検定 各収納パターンごとに。若年層の指標値と高齢層の指標値とに有意な差があるか検定を行う。 データは3.3で算出した各収納パターンごとの指標値の平均値を用いる。はじめに F 検定を行い、独立二群(若年層と 高齢層)の母分散が等しいかどうか、有意水準 5%の両側検定を行う。検定の結果、等しいと判定された場合は Student's t-Test(ステューデントの t 検定)を、等しくないと判定される場合は Welch's t-Test(ウェルチの t 検定)を行う。t 検定 では独立二群の母平均が等しいかどうかの検定が得られる。いずれの検定方法でも有意水準 5%の両側検定を行う。
2 研究方法
25
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
3.5 収納パターン間の多重比較 負荷値に有意な差の見られる収納パターンの組み合わせを検証する。 比較は 23 パターンすべてを一度に行うのではない。比較は同一年齢層内でのみ行い、(1)同一意匠、同一奥行き間での 比較、 (2)同一意匠、同一高さ間の比較、 (3)意匠によらない同一高さ間の比較、以上 3 種類の区分の中で該当する収納パター ン同士で比較を行う。尚、多重比較は「取る」「置く」各々行う。 多重比較は比較する群の数によって検定方法が大きく異なる。群の数(この場合は比較する収納パターンの数)が 2 つ の場合は3.4の差の検定と同様に F 検定、t 検定と順に行い、母平均に有意な差があるかどうか検定を行えばよい。3 つ以 上の場合はまず Bartlett Test(バートレット検定)で母分散が等分散であるかどうか検定する。分散が均一ならば一元配置 分散分析(One-Factor ANOVA)を行い、不均一ならば Kruskal-Wallis Test(クラスカル・ワーリス検定)を行う。 一元配置分散分析で母平均に差があると判定された場合、検定に用いた各収納パターンのデータ数が均一ならば Tukey 法(テューキー法)で、不均一ならば Scheffe's F Test(シェフェの F 検定)を行う。また、母平均に差があるとはいえな いと判定された場合は、Bonferroni/Dunn 法(ボンフェローニ・ダン法)を行う。また Kruskal-Wallis Test で差があると 検定された場合は Scheffe's F Test を行い、差がないと判定された場合は Bonferroni/Dunn 法を行う。
3.6 分析手段 本論文中で用いる統計解析は、「4Steps エクセル統計 第二版」(柳井久江 2004 OMS 社刊)を参考に、付属の Microsoft Excel アドイン「Stacel2」を用いて行う。
2 研究方法
26
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分析 Analysis
Three
3 27
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
3-1 被験者の正規性の検証 1 目的 被験者の身長と体重の積が正規分布に従っているかどうか、正規性の検証を行う。
2 分析結果 図 3.1 の被験者データを用い、統計解析手法を用いて分析を行った。 分析の結果、図 3.2 のヒストグラムが得られた。 また、帰無仮説「データは正規分布と見なせる」を有意確立 5%で上側検定を行った結果、若年群では P=0.6231、高齢 群では P=0.5019、全体では P=0.4784 でいずれも棄却されないことがわかった(図 3.3)。よって、被験者の身長と体重 の積が正規分布に従っている事が確かめられた。
3 分析
28
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
属性
身長
体重
属性
身長
体重
若年
1.700
54.0
身長*体重 91.80
高齢
1.621
64.0
身長*体重 103.74
若年
1.732
60.0
103.92
高齢
1.660
80.0
132.80
若年
1.730
60.0
103.80
高齢
1.675
59.0
98.83
若年
1.700
65.0
110.50
高齢
1.658
65.0
107.77
高齢
1.569
55.0
86.30
若年
1.732
62.5
108.25
若年
1.743
67.5
117.65
若年
1.762
58.0
102.20
図 3.1 被験者データ
階級値
身長*体重
7
度数
比率%
累積比率%
100
90
80
0
0
0
80
90
1
8.333333333
8.333333333
70
100
2
16.66666667
25
60
110
6
50
75
50
120
2
16.66666667
91.66666667
40
130
0
0
91.66666667
30
140
1
8.333333333
100
5
度数
4
3
2
比率
6
20 1
合計
10
12
0
0 80
90
100
11 0
120
13 0
140
階級値 度数
累積比率%
図 3.2 ヒストグラム
若年
高齢
標準化値 理論確率
∞ 合計
観察度数
期待度数
全体
標準化値 理論確率
観察度数
期待度数
標準化値 理論確率
観察度数
期待度数
-1 0.158655
1
1.110586778
-1 0.158655
1
0.79327627
-1 0.158655
2
1.903863047
0 0.341345
3
2.389413222
0 0.341345
2
1.70672373
0 0.341345
5
4.096136953
1 0.341345
2
2.389413222
0.158655
1
1.110586778
1
7
7
データ数 平均値 標準偏差 自由度 値 P値(上側確率)
7 105.4455 8.002268225 1 0.241516123 0.62311323 3.841459149
∞ 合計
1 0.341345
1
1.70672373
0.158655
1
0.79327627
1
5
5
データ数 平均値 標準偏差 自由度 値 P値(上側確率)
5 105.8868 17.07458649 1 0.450779297 0.501965112 3.841459149
∞ 合計
1 0.341345
3
4.096136953
0.158655
2
1.903863047
1
12
12
データ数
12
平均値
105.629375
標準偏差
11.87415759
自由度
1
値
0.502486633
P値(上側確率)
0.478409552 3.841459149
図 3.3 解析データ
3 分析
29
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
3-2 最大負荷を示す瞬間と姿勢 1 目的 試行動作の時間幅の中で負荷が最大となる姿勢について、収納パターンごとに検証を行う。
2 分析結果 すべての被験者の人体フレームモデルと最大値を記録したフレーム番号とを比較した。 箱を手に取った瞬間、あるいは手から離れた瞬間のことを「接触した瞬間」と以下の文中では表現する。また、「瞬間」 の時間的範囲は箱の先端のマーカーが着地あるいは初動した時点を中心に前後 30 フレーム、合計で 0.5 秒区間を範囲とし た。以下の文中で「顕著に」と表現するのは、各収納パターンの有効データ数における接触した瞬間以外に最高負荷点を持 つサンプル数の割合が 50%を越えるもののこととする。 「取る」動作において顕著に違いが見られたのは、5,9、10、16 番の収納パターンであった。 「置く」動作において顕著に違いが見られたのは、1、2、5、6、7、8、9、10、12、17、19、20、22、23 番の収納パター ンであった。 共通するものは、5、9、10 番であった。 動作の方向の違いで比較したとき、顕著な違いが見られたパターン数は「取る」が 4 パターン、 「置く」が 14 パターンであっ た(図 3.4)。「置く」の方がパターン数が多いのは、「置く」動作が遠心性の動作(エクセントリック運動)であるからだ と推測できる。つまり、体に近い方から遠い方へ向かう向きの動作は、筋力が伸張しながら力を発揮する動作となり、求心 的な姿勢(コンセントリック運動)で支えていた時の筋力よりも小さい力しか発揮せず、より大きな負荷が直接身体に作用 するようになったのだと考えられる。また、「負荷から解放されたい」という意識が動作に勢いを付け、腰を中心とした上 体の角加速度が大きくなったのが接触の瞬間ではなくその直前であったと考えることも出来る。 最大値を示す時の姿勢については特徴的なものは見られなかった。すべての収納パターンで仮想棚の造作に対応した姿勢 で最大値を取っていると言ってよい。
3 分析
30
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
表 3.4 最大負荷点 パターン 取
有効データ数(A )
5
9
接触時以外(B )
(B )/ (A ) 5
姿勢 56% 前かがみ
傾向 取った後の姿勢をもどす時に最大となる被験者が多い
取
9
10
7
70 % 胸元
取った後の上体をそらしてから胸元にもどす間に最高値となる被験者が多い
取
10
6
4
67 % 胸元
取った後の胸元にもどす時に最高値を取る被験者が多い
取
16
9
5
56 % 前かがみ
取ってから姿勢をもどす間に最高値を取る被験者が多い
置
1
9
7
78% 腕のばし
置く直前に至るまでの胸元からの持ち上げから腕を伸ばすまでの間
置
2
9
8
置
5
11
11
89% 腕のばし 100% 前傾、前かがみ
置く直前の腕を伸ばした状態で最大値をとる被験者が多い 手から離すまでの前傾から前かがみの姿勢で最大値を取る被験者が多い
置
6
9
5
56% 腕のばし
置く直前の腕を伸ばした状態で最大値を取る被験者が多い
置
7
6
3
50% 前かがみ
置く直前の前傾・前かがみ姿勢での最大値を取る被験者が多い
置
8
9
5
56% 前傾、前かがみ
置く直前の腕を伸ばした時に最高値となる被験者が多い
置
9
10
7
70 % 腕のばし
置く直前の前傾から前かがみ姿勢で最高値となる被験者が多い
置
10
10
6
60% 腕のばし
置く直前の腕を伸ばした時に最高値となる被験者が多い
置
12
10
8
80% 腕のばし
置く直前の腕を伸ばした時に最高値となる被験者が多い
置
17
6
3
50 % 前かがみ
置く直前の前傾・前かがみ姿勢での最大値を取る被験者が多い
置
19
10
9
90% 腕のばし
置く直前の腕を伸ばした時に最高値となる被験者が多い
置
20
11
6
55% 腕のばし
置く直前の腕を伸ばした時に最高値となる被験者が多い
置
22
9
9
100% 前傾、前かがみ
置く直前の前傾・前かがみ姿勢での最大値を取る被験者が多い
置
23
9
9
100% 前かがみ
置く直前の前傾・前かがみ姿勢での最大値を取る被験者が多い
3 分析
31
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
3-3 指標値と基本統計量 1 目的 各被験者の負荷値から指標値を計算し、収納パターンごとに平均値を算出する。また基本統計量(不偏分散と標準偏差) についても算出を行い、これを用いてグラフ化を行う。
2 分析結果 若年層・高齢層各々の「取る」動作と「置く」動作について体重比 4%の場合の負荷値、指標値、基本統計量について表 3.5、 表 3.7 にまとめ、グラフは指標値の高い順に収納パターンをソートして図 3.6、図 3.8 に図示した。また、若年層と高齢層 の指標値を比較するために、動作別で作成したグラフが図 3.11 と図 3.12 である。 若年層についてはさらに体重比 8%の場合の負荷値、指標値、基本統計量を表 3.9 に掲載し、グラフも同様に指標値の高 い順に収納パターンをソートして図 3.10 に図示した。 2.1 体重比 4% 体重比 4%の「取る」動作では、老若共通して 22 番が突出して大きな指標値を示しているが、13 と 21 番のパターンも 高い水準にある。また、1、9、10、12 番は老若共通して指標値は小さい水準にある。おなじく体重比 4%の「置く」動作 では、これも老若共通して 13 と 22 番のパターンが他に較べて大きな水準にあり、1、9、10、12 番は小さな水準にある。 大きい水準と小さい水準にある収納パターンはいずれも老若共通であり、年齢層の違いによって負荷の大小傾向が変わると は考えにくいことが考察できる。
2.2 体重比 8% 若年層の体重比 8%の指標値については、重りの重量が倍になることで全体の負荷値は増加するが、4%の時に突出して いた 22 番の負荷値の伸び率はそれほど大きくなく、他の収納パターンの負荷値の伸び率に較べるとむしろ小さい。これは 22 番の収納パターンで体重比 8%の収納動作をするには身体的負荷が大きく、通常の(4%の時の)収納動作の姿勢から大 きく変化してしまったことで負荷が腰部以外の箇所に分散したのだと考察できる。
3 分析
32
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
ここより考えられることは、どのような収納パターンでも通常姿勢で動作が出来る限界の重量が存在するということであ る。その限界を超える重量の物で収納動作をしようとすると、人間は反射的に姿勢を変えてこれに対応しようとする。した がって、体重比 4%の負荷値が高い水準にあったもののうち 8%の負荷値が 4%の時の値を明らかに下回る 16 番や 22 番の 動作では、その限界値境界が体重比 4%と 8%の間にあったことが推測できる。
2.3 意匠との関係 動作の 21、22 番はEの収納パターンで引出型の意匠である。これらが大きな値を取るのは、箱の手前に高さ 200(mm) の障害があり、持ち上げる動作の邪魔となることで姿勢が変化したことに起因していると考えられる。同じ高さの 4、5、 15、16 に較べて前傾姿勢が深くなることで、上体と箱の重さを支えるために腰が発揮する筋トルクが大きくなると考えら れる。 また、小さな指標値を示したものはこれらは高さがイ、ロのもので、仮想棚の上方の収納パターンである。指標値が小さ いのは、棚の上の方のものを取り上げるときに上体が前傾しないことに起因していると考えられる。
次の項では、ここで得られた指標値が被験者の年齢層によって有意に異なるかを検討するために次の分析を行う。
3 分析
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3 分析
34
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3 分析
35
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3 分析
36
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3 分析
37
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3-4 年齢層間における指標値の差の検定 1 目的 各収納パターンごとに。若年層の指標値と高齢層の指標値とに有意な差があるか検定を行う。
2 分析結果 各収納パターンについて若年層と高齢層の指標値の母平均の差を検定した。これにより、有意な差が検出されたものを以 下に挙げ、検定結果を表 3.9 と表 3.10 に掲載する。 「取る」動作において母平均に有意な差が見られたのは、4、15、16 番の収納パターンであった。 「置く」動作において母平均に有意な差が見られたのは、1、2、19、21 番の収納パターンであった。 共通するものはなかった。 分析結果ではある特定の収納パターンについては有意な差が見られたが、これらの動作では年齢層間で動作姿勢に違いが あると判断できる。「取る」動作については仮想棚の低い位置の動作、「置く」動作については棚の高い位置の動作で違いが 見られている。これらの違いの原因は、高齢被験者の背骨が湾曲していることや筋力の低下などといった身体的特徴に起因 するか、あるいは箱を取る際の心理的不安から姿勢に変化が生じたのではないかと考えられる。 身長と体重の積の値がほぼ同じ関係にあるならば、年齢という要因で負荷値に差が現れるものは上記の収納パターンであ ると考えてよい。
3 分析
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3 分析
39
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3 分析
40
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3-5 収納パターン間の多重比較 1 目的 負荷値に有意な差の見られる収納パターンの組み合わせを検証する。
2 分析結果 多重比較と独立二群の差の検定を行い、年齢層別に以下の 3 区分で差のある組み合わせを検定した。 (1)同一意匠、同一奥行き間での比較 (2)同一意匠、同一高さ間での比較
*3
*4
(3)意匠によらない同一高さ間での比較
*5
検定結果と組み合わせは表 3.12 ~表 3.15 にまとめた。有意差のある組み合わせは以下に挙げる通りであった。 「取る」若年層(1):1-2、1-3、1-4、1-5、6-8、9-11、10-11、12-13、21-22、22-23 「取る」若年層(2):11-13 「取る」若年層(3):1-19、9-19、2-20、10-20、7-13、13-17、4-22、15-22 「取る」高齢層(1):1-2、1-3、1-4、1-5、6-8、9-11、10-11、12-13、21-22、22-23 「取る」高齢層(2):2-6、11-13 「取る」高齢層(3):1-19、9-19、2-10、10-20、13-17、4-15、4-22、15-22、5-16、16-23 「置く」若年層(1):1-3、1-5、6-8、9-11、10-11、12-13、21-22、22-23 「置く」若年層(2):10-12、11-13 「置く」若年層(3):1-19、1-19、9-19、2-10、10-20、13-17 「置く」高齢層(1):1-2、1-3、1-4、1-5、9-10、10-11、12-13、21-22、22-23 「置く」高齢層(2):なし 「置く」高齢層(3):1-19、9-19、2-10、10-20、14-21、4-22、15-22
*3 例:1-2-3-4-5 の組み合わせなど *4 例:2-6 の組み合わせなど *5 例:1-9-19 の組み合わせなど
3 分析
41
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3 分析
42
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3 分析
43
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3 分析
44
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3 分析
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ダイアグラム Diagram
Four
4 46
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
4-1 利用の手引き 1 解説 1.1 作図 ダイアグラムの概形は図 4.1 のようになる。 横軸(X 座標)の 0、20、40、85、100 は仮想棚の高さを示し、縦軸(Y 座標)は負荷値を示す。有意な差が検出され たある組み合わせ A-B があるとき、各々の高さ位置を X 軸の該当する高さ位置にとる。Y 軸の値は各々の指標値で設定し、 A 点と B 点とを線で連結することで A-B の関係性が作図される。
1.2 関係性 別な組み合わせ A-C があるとき、A-B と同様に設定し連結するが、この時 A 点と B 点、A 点と C 点が線で結ばれ、B 点 と C 点が間接的に繋がったように見える。しかし、直接連結されたもの以外は有意差が認められない関係である事に注意 しなければならない。
1.3 負荷値の変動 図 4.1 中の C から A に収納パターンを変えるとき、負荷値の変動は C 点の Y 座標と A 点の Y 座標との差にユーザーの 身長と体重の積をかけた値になる。つまり、上にあるものから下にあるものへと収納パターンを変えるとき負荷値は減少し、 Y 軸の上下の差が広い程負荷値の変動は大きい。具体的な数値ではなく、感覚的に変動を知りたいときはこのダイアグラム を活用すればよい。
1.4 種類と組み合わせ ダイアグラムは前項「収納パターン間の多重比較」で求められた関係性を用いて作成し、分類も同様に(1)~(3)を 用いることとする。
1.4 1.2 1 0.8
C
0.6
B
0.4
A
0.2
0
20
40
85
100
図 4.1 ダイアグラム作例
4 ダイアグラム
47
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
4-2 負荷値変動ダイアグラム 次ページ以降、図 4.2 ~図 4.5 に作成したダイアグラムを掲載する。
4 ダイアグラム
48
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
イラレから印刷
4 ダイアグラム
49
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4 ダイアグラム
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4 ダイアグラム
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評価プログラム Program
Five
5 53
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5-1 利用の手引き 実験と分析から得られたデータをもとに、設計寸法の評価プログラムを作成する。前項のダイアグラムは直感的な判断の ために作成したモデルであり、全体を把握する用途には向かないが、計算と図化を自動で行う本プログラムを利用すること でより詳細で統計的な判断を補助することをができる。 1 概要 本プログラムは Perl で記述することとし、ウェブサーバー上で稼働させるので一般的なウェブブラウザで利用すること が出来る。ユーザーがローカル環境で作成した指定形式の収納データファイルをサーバーにアップロードすることで、それ をプログラム側で処理し、評価結果を表示させるという手順になる。ウェブサーバ上で稼働させるため、ユーザーの環境は マルチプラットフォームに設定でき、本プログラムの広範な利用を期待することが出来る。
2 利用方法 ユーザーはプログラムの設置されたサーバーにウェブブラウザでアクセスし、投稿フォームに必要事項を記入し、データ を送信することで処理結果を得ることが出来る。ユーザーがプログラムに送るべきデータは、ユーザーが任意に設定した利 用者(住み手)の身体データ(身長、体重、年齢)と収納設備データ(「意匠パターン」、「収納面高さ」、「収納面奥行き」、 「設備グループ番号」)である(図 5.1)。寸法データはプレーンテキスト形式とし項目の区切りをタブ区切りとすることで CSV 形式のデータとして扱うことが出来、データベースソフトなどでの作成・編集作業が容易に出来るよう配慮した。 以降、本文中で「送信データ」というときはこのデータ群のことを指すこととする。
3 算出項目 3.1 収納パターンの判別 送信データに記載された「意匠パターン」、「収納面高さ」、「収納面奥行き」を数理処理し、収納パターン 23 種類のいず
玄関 収納棚 1� E�
90 �
350 �
440 �
1
玄関 収納棚 2� E�
240 �
350 �
440 �
1
玄関 収納棚 3� E�
390 �
350 �
440 �
1
玄関 収納棚 4� E�(タブ区切り) 540 (タブ区切り) � 350 (タブ区切り) � 440 (タブ区切り) � 1 玄関 収納棚 5� E�
623 �
350 �
440 �
1
玄関 収納棚 6� E�
748 �
350 �
440 �
1
玄関 収納棚 7� E�
810 �
350 �
440 �
1
玄関 収納棚 8� E�
900 �
350 �
440 �
1
・ ・ ・
図 5.1 送信用データ作例
5 評価プログラム
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れに該当するか判別を行う。 尚、判別性の向上と収納設備を実際に利用する際の動作を考慮して、意匠 A と B における高さ(イ)の奥側に該当した 場合をそれぞれ 1 番と 9 番に、また意匠 A と C における高さ(ホ)の奥側に該当した場合をそれぞれ 5 番と 16 番に該当 させることとした。これらの場所は立ち位置から手の届かない範囲にあり、一度その手前側に置くなどの中間動作が行われ ると考え、それらの位置に該当する番号を割り当てることとした。 以降の分析項目における数値計算では、ここで判別された収納パターンを参照して指標値を得る。
3.2 収納パターン別負荷値と該当収納箇所数 収納パターン各々について負荷値を算出する。前項3.1で判別されなかったものについても指標値を利用して計算して 表示する。 負荷値は収納パターンごとに設定された指標値に送信データ中の身長と体重の積をかけた値で計算され、プログラム中で 自動的にグラフ描画を行いブラウザに表示する(図 5.2)。グラフは「取る」動作と「置く」動作を別にし、図中折れ線グ ラフが体重比 4%と 8%の場合の負荷値を、棒グラフが各収納パターンに該当した収納設備の該当箇所数を示す。尚、高齢 層の体重比 8%の負荷値については、実験による身体的負担への配慮により計測できないので、若年層の指標値を代用する こととした。 これにより、送信されたユーザーの身体条件での予測負荷値を見ることが出来、負荷値の大きさがどれほどか予測するこ とが出来る。また、設備箇所数も描画されるので収納パターンの分布も見ることが出来、どんな収納パターンに偏っている か検討することが出来る。 先に述べた通り、負荷値は収納パターンごとに設定された指標値に送信データ中の身長と体重の積をかけた値で計算され るので、収納パターンの種類によって負荷値は一意的に決定されてしまう。したがって、算出される負荷値の大小順位は負 荷値順位の並びと同じであり、送信データの身長と体重の大小にかかわらずどんなユーザーでも同じ順番になってしまう。 収納設備を身体へ及ぼす負荷という視点で批評するとき、このままでは指標値の大きい順から上位数パターンを除けばいい ということになってしまう。したがって、これだけでは目論むリスク回避の度合いに応じて収納パターンから上位の数件の 収納パターンが検出されないように変更すればよい、というだけの利用方法にしかならず、実用性は薄い。
5 評価プログラム
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そこで、指標値の大きい収納パターン数件についてはこれはこれで除くようにアラート(警告文)を出すと共に、同時に 以下に続く評価を行うことで別な評価のアプローチを試みる。
3.3 収納パターン別総負荷値 各収納パターン各々の負荷値総和(負荷値×箇所数)を算出する。 収納パターンごとに算出された負荷値と判定された設備箇所数をもとに各収納パターンごとの負荷値総和を算出し、グラ フ描画を行う(図 5.3)。グラフ化を行うのは、「取る」動作と「置く」動作両方における体重比 4%重量の場合とした。こ のグラフにより、収納パターンごとの負荷値分布状況を見ることが出来、どの収納パターンによる負荷が最も多くなるか考 察できる。
3.4 収納グループ別総負荷値 収納グループとはいくつかの収納箇所がまとまったひとつの単位のことであり、箪笥や食器棚などのことを指す。ここで はそれらグループごとに負荷値の総和を計算する(図 5.4)。 総和はあるグループに属する収納設備箇所(棚一段一段など)ごとに負荷値を算出し、それらを合計した値で収納グルー プごとに総和を算出することで、概念的には、健康リスクの高い収納設備とその特徴を見ることが出来る。また、すべての グループの負荷値総和を比較することで、その建物内の収納グループの傾向を読み取ることができ、住宅の建設年代や部屋 数、規模や形態などで特徴の違いを検出するという考察の仕方も提供できる。
3.5 収納グループ別総負荷値と平均 3.4で算出したグループ別総負荷値をもとに、これをグループ内の設備箇所数で除し、一設備あたりの平均値を算出する。 グラフは平均値の高い順からソートし直して描画する(図 5.5)。 グラフ中、折れ線グラフが平均値、棒グラフが総負荷値である。この結果により、概念的にはある収納グループにおいて 一度収納動作を行うときの負荷値、つまりリスクが推定できる。総負荷が同じ値でも平均値が高い方がよりリスクが高い収 納設備であると考えることとする。
5 評価プログラム
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3.6 ヒストグラム 収納グループごとの平均負荷値がどのような分布を示しているかを検討するためヒストグラムを作成する。前項で描画し たグラフでは身長と体重の積の値の差(体格差)を考慮した比較が出来ないので、度数分布表を作成することで比較材料と する。
3.7 個別負荷値一覧 各収納設備一箇所ずつの負荷値について、 「取る」動作と「置く」動作各々で体重比 4%と 8%重量の場合の負荷値を算出し、 それらを一覧で表示する。一覧には、負荷値の上位三件に該当するものにはアラートを付けることとした。
5 評価プログラム
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* いずれも実際の画面で出力される画像データである。 解像度の関係でかなり不鮮明であるが、実際はそれなりの可読性を持っている。
5 評価プログラム
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5 評価プログラム
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5-2 アルゴリズム 評価プログラムの処理アルゴリズム
*6
を次ページ図 5.6 に記す。また、プログラムコードについては巻末の資料編と付
属の CD に掲載している。 また、次項はこのプログラムを利用して実際の住宅の収納を評価した結果を用いて考察を行う。
*6 処理行程を簡便に示したものであり厳密な意味でアルゴリズムの表記とは異なる。 ただし、フローチャートの記号は JIS 規格で定められたものに準拠している。
5 評価プログラム
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5 評価プログラム
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批評 Critique
Six
6 62
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6-1 サンプル住宅データ 1 サンプル住宅の概要 サンプルとしてデータを集めることが出来たのは既存の 4 件の住宅に関してであった。これらはいずれも既存のもので あり、それぞれに居住年数は異なる。その属性は表 6.1 にまとめて掲載する。 住宅自体の出自についてであるが、サンプル住宅 1 は木造の在来軸組工法のもので地元の工務店が設計と施工を担当し たもの。サンプル住宅 2 と 3 は建築設計アトリエによる設計で、施工はアトリエと懇意にする工務店による施工である。 サンプル住宅 4 は不動産会社の建設した鉄筋コンクリート造の集合住宅(マンション)である。これら出自の違いや、住 宅の形態の違い、あるいは設計者の違いが収納とそれによる腰部負荷、すなわち健康リスクにどのように関係してくるのか という視点で考察を行う。
2 データ作成 サンプル住宅の図面資料から収納設備のデータを作成する。参考例としてサンプル中から一件、収納データをまとめたも のを次ページ以降の表 6.2 に掲載する。 実際の送信データはプレーンテキストデータで尚かつ各項目が改行とタブ区切りで分節されたものを用いる。データは左 の列から順に、 「項目の名称」 (「キッチン収納 1」など任意)、 「意匠分類」 (A ~ E)、 「床面から収納面までの高さ(mm)」、 「収 納面手前先端から最奥までの奥行き(mm)」、 「収納面の幅(mm)」、「収納グループ番号」とし、これをひと揃いにして行 方向にデータを重ねて行く。いずかに欠落がある場合は処理不能となりエラー画面が表示されてしまうので注意しなければ ならない。 作成には表計算ソフトかデータベースソフトを用い、ファイルを CSV 形式(タブ区切り)で書き出すのが簡便な作成方 法であろうと思われる。 また、参考例としてサンプル住宅 1 の図面データを図 6.3 に掲載した。平面図中の番号は収納グループの番号と設置位 置に対応している。 尚、他のサンプル住宅の図面資料と収納設備の詳細データについては巻末の資料編と付属の CD に掲載している。
サンプル番号
延べ床面積(m 2 )
延べ収納面積(m 2)
1
一戸建て住宅
形態
算定収納箇所数 245.0 0
91 .5 6
78.3 8
居住年数 26
2
一戸建て住宅
242.0 0
160.7 4
97 .0 3
4
3
一戸建て住宅
163.0 0
90 .0 5
51.2 1
1
4
マンション
161.0 0
70 .7 1
51.5 9
15
図 6.1 サンプル住宅の属性一覧
6 批評
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表 6.2 サンプル住宅 1 の収納データ
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6-2 サンプル住宅の評価と考察 本項では、前項で得たサンプル住宅の収納設備データを前章で作成した評価プログラムに通すことで評価結果を得、それ を用いて読み取れることについて考察を行ってゆく。以降、文中にアラビア数字ⅠやⅡで表されるものはサンプル住宅の番 号とし、ローマ数字 1 や 2 で表されるものは収納パターンとする。 なお、本項で掲載しているグラフは掲載用にすべて評価データから再作成した図であり、一部のグラフについては実際の プログラムでは描画されないものも含まれている。 1 設定 本項では、居住者の性質の違いでリスクがどのように異なるかを検討する。よって、若年層と高齢層の身体データは、日 本人 25 才男性と 60 才男性の平均値を用い、それぞれ身長:1.718(m)、体重:67.4(kg)と 1.615(m)、59.9(mm) *7
の値を用いることにする 。身長と体重の積は高齢層の値と若年層の値とでは大きく異なり、当然、高齢層の負荷値は若年 層の負荷値に較べてより小さくなる。本項で見られる負荷値の差は、年齢が要因になったものではなく体型の違いによるも のだということに注意しなければならない。 2 収納パターン分布 はじめに、各サンプル住宅の収納設備がどのような傾向で収納パターンの分布状況を示すか考察を行う。図 6.4 ~図 6.11 に評価結果グラフを掲載する。グラフは年齢層別に、「取る」動作と「置く」動作を並列させて
*8
負荷値総和と設備箇所数
とを収納パターンごとに分類したものである。 類似した傾向を示しているのはⅠ、Ⅱ、Ⅲである。16、17、18 番のパターンを中心に分布し、1、5、6、7、14 番に約 10 箇所ずつ分散する。Ⅲは住宅規模が小さく収納箇所数も少ないが、分布の傾向を見る限りⅠやⅡに較べて少ないぶんは 16、17、18 番の少なさに収束されると見ていい。年齢層によらず、これらのパターンは棚やクローゼットの下段、ある いはトイレや洗面所などの機能空間に付けられた壁面収納などが該当している。Ⅳは 3 に近いが 1、6、17 が少ないこと、 21、22 番が多いことが特徴的である。
*7 単純に年齢だけを要因としてリスクの違いを見るならば、身長と体重の値を同じにする必要がある。 *8 送信データの身長値が同じならば、「取る」動作と「置く」動作で収納パターンと収納パターンの該当数は変化しない。
6 批評
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また、ⅡとⅢはⅠとⅣに較べて 21、22、23 番が少ないが、これらの収納パターンはいずれも意匠 E、すなわち引出意匠 のパターンであり、引出を持つ収納設備がほとんど無いことが伺われる。キッチン周りに数カ所あるだけである。ⅡとⅢは 建築アトリエによる設計で、すべての収納が作り付けのものでまかなわれている。アトリエなどの現代的な意匠を好む者た ちにとって、引出収納は敬遠されているようだ。 意匠 E に属する収納パターンはいずれも高い指標値を示していることから、腰部負荷軽減という視点から見ればこのよ うな傾向は好ましいといえるだろう。それに較べて全体の収納数が少ない割に意匠 E に属する収納パターンの割合が多い Ⅳの住宅は、逆にリスクが高いといえるだろう。
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3 負荷値総和とグループ平均値の傾向 次に、収納グループ別負荷値総和とグループ平均値について考察を行う。収納グループ別に負荷値総和を算出し、それを 箇所数で除した平均値の高い順に収納グループを並び替えたグラフが図 6.12 ~図 6.19 である。 一目見て特徴的な傾向を示しているとわかるのはⅡのグラフである。総和の同じグループが複数あり、そのようなグルー プのまとまりが 4 つあることが読み取れる。これは端的に言って、全く同じ収納設備が複数あるということに他ならない。 さらに言えば、CAD 的なコピー&ペーストによる収納の設計が行われていたと推察できる。おなじアトリエによる設計で あるⅢも、グループ数は少ないがそのような傾向が見られる。ⅡもⅢも高齢層のデータになるとこの傾向は更によく見えて くる。これは建て付けの収納設備がふんだんに利用されているからこそ、このようにデータの傾向として見えてくるのであっ て、逆に元々建て付けの収納があまりなく、持ち込む家具で収納スペースを確保しなければならないⅠやⅣのような住宅で はそのような傾向は見えてこない。その意味で、グラフの特徴から設計者の特徴を予測することも可能であろう。 ⅠとⅣについては、住宅の設計上家具収納が中心となり、それによる収納箇所の集積、つまり負荷値の集積がおこってい る。しかし集積がおこっているからといってそれで必ずしも平均値が大きくなっているわけではなく、分母が大きくなる分 平均値は低い傾向にある。集積とグループ平均値との相関はほとんど見られず、集積収納設備が高負荷であるとはここから は判断できない。使用頻度などの関係を導入すれば別な結論が得られるかも知れないが、本研究の範囲を逸脱するのでここ ではそれについて検討しない。 若年層と高齢層のグラフの概形を比較すると、高齢層の方が負荷値総和が小さく、一見リスクが小さいように見えてしま うが、これは先に述べたようにユーザーデータの値の違い(身長と体重の積の値)に起因するものであって、負荷値の総和 で年齢層間のリスクを単純に比較することは出来ない。 次の項ではこの点に考慮し、体型の違いを考慮した比較を行う。
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4 居住者の属性を考慮した比較 4.1 概要 前項では収納グループごとの負荷値総和を比較したが、設定した居住者データにおける収納グループのリスクについての み検討できるものであった。そこで、収納グループの平均負荷値がどのような傾向で分布しているか検討することで、居住 者の属性の違いを考慮した比較を行う。
4.2 作図 前項で得られた平均負荷値のデータ群から、最大値と最小値を取り出し、その区間を 100 とするような度数分布を考える。 これにより得られたヒストグラムを次ページ以降の図 6.20 ~図 6.27 に掲載する。また、図中右上部 Δ は最大値と最小値 との差を 100 で除したものである。この値が大きいと最大最小区間の幅が大きいことになり、また前項のグラフ中におい て平均値を表した折れ線グラフの斜度が急になることを示すものでもある。単位は(N*m)であるが、斜度を表す値とし て考えれば係数的に扱うことが望ましいだろう。
4.3 Δ基準値の決定 Δの大小を区別する判断基準はこのプログラムの利用者に委ねられる。Δ を負荷値に戻すときは単純に 100 倍すればよ く、単位も(N*m)であるから、そのままグループ平均負荷値の最大値と最小値との差として見ることが出来る。つまり、 最大値と最小値の差をどれだけの区間で想定するか、どれだけの区間があるとハイリスクであるとするかは、設計者がユー ザーの属性を見て決めるべきである。 そこで、指標値を利用してΔの参考基準を決める方法を考える。指標値の最大値と最小値の差がユーザーの受ける負荷値 *9
の最大差であることから、この値の何割を許容区間とするかを利用して決めることとする 。仮に 7 割を基準に設定すると、 若年層の体重比 4%における指標値の最大と最小の差は、「取る」動作で 1.085、「置く」動作で 0.770、高齢層で「取る」 動作が 1.162、 「置く」動作が 0.915 であることから、ユーザーデータを用いて計算すると、Δ は若年層「取る」で 0.880、 「置く」で 0.62、高齢層「取る」で 0.787、「置く」で 0.620 となる。
*9 Δの元が収納グループの平均負荷値であることから、収納パターンによる負荷値と平均負荷値とを比較しても差し支えない。
6 批評
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4.4 読み取り方 前項の図中において、あるユーザーの評価結果が高い平均負荷値ばかりで構成されているとき、Δ が小さければそのユー ザーに作用する負荷が常に高水準であるとみなすことが出来、突出した過負荷の影響を受けているとはいえないことになる。 筋力維持の観点から見れば、このようなユーザーに対して負荷軽減の措置をとる必要はないと考えられる。 あるいは、二つの異なる傾向を示すヒストグラムがあり、それらの Δ の値が同じであるときは、分布が階級値の低い方に 寄っているものはそうでないものに較べて平均負荷値が低い収納設備で構成されていると考えることが出来る。また、分布 が同じような傾向を示している二つのヒストグラムがあるとき、Δ の値が小さい方が最大最小区間が小さく、リスクの低い 構成であると考えることが出来る。 以上の点を考慮し、年齢層の違い(体格の違い)に着目して考察を行う。
4.5 考察 全体を見渡すと、高齢層(体型が小さい)の方が若年層に較べて分布が右に寄っていることがわかる。同じ収納を利用し ていたとしても、高齢層(体型の小さい者)の方がよりリスクの高い収納設備を多く経験していることがわかる。 Ⅰは突出した部分は階級 40 から 30 に変化しているが、累積度数が 80%を越えるのが階級 50 から 60 に変わっている ことを考慮すると負荷値の高い方へ寄っていると見てよい。 Ⅱは若年層のΔの値が 4 件のサンプル中で最も大きく、高い値を示す収納グループ(15:シンク周り収納、42:キッチンテー ブル、12:洗面台収納)は積極的に改善されることが望ましいことがわかる。また、高齢層については、負荷値が低水準 の収納が多い中で、大きく突出しているわけではないが上位 9 グループが一群を形成しており、何らかの対応を考えるの が望ましい。 Ⅲでは若年層に較べ高齢層の分布が全体に右に寄り、階級の高いところに度数が飛んでいることから、幾つか高い負荷値 を示すものがある事がわかる。若年層のΔも比較的大きな水準にあるので、上位 2 件は改善する必要がある。
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Ⅳも若年、高齢ともにΔが大きく、上位に該当する箇所の改善が期待される。高齢層の累積比率を見ると、階級の上位の 方で傾斜が急になっていることから、高負荷のものが多く存在することがわかる。高齢層は高水準のものが 3 割近くも占 めており、これも改善すべきであることがわかる。
4.6 改善事例 例として、Ⅲの住宅の収納を改善する事例を検討する。 高齢層のヒストグラムから上位 7 件の収納グループが高負荷を示していることがわかるので、これらの負荷値を先に Δ 基準値を設けたときの比率 70%に減じるとする。この時に得られる負荷値総和、平均負荷値のグラフとヒストグラムは図 6.28、図 6.29 である。この時、Δは 0.3247 となり、かなりの低水準で推移していることがわかる。またヒストグラムの 尖度が低くなり、収納全体が同様の平均負荷値で構成されるようになったことがわかる。
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6-3 利用事例と考察・展望 評価プログラムを使ったリスク比較について前項では述べたが、本項では評価プログラムを実際に利用する場面を幾つか 想定し、それらの場面で評価として出てきた値をどうやって活用するかについて考察を行う。サンプル住宅のデータなどは すべて前項のものと同一とする。
1 設計段階でのリスク評価 事前に用意した収納設備データと居住者データを用いて評価を行うことで、施工に至る以前にその住宅の持つ収納の特性 と負荷値(リスク)を検討することが出来る。高齢者と同居するような住宅を設計する場合、高齢者にとって負荷が低くな るような収納計画を検討する必要があるが、本評価プログラムを用いる事でその資料となるデータを得ることが出来る。 あるいは、リフォームなどの事例では負荷値の高い箇所を事前に発見しておくことで改修の計画が立てやすくなる。特に リフォームなどの事例は築後数十年を経ている場合があり、世代の交代や居住者自体の変化など、居住者の属性が変化して いる事も考えられ、これらの変化に対応する収納計画を考える上でも活用することが出来る。
2 住居の移転に伴う負荷値変化予測 住居の移転や新築などにともない、収納設備が一部、あるいはすべて入れ替わるということがある。このようなとき、評 価プログラムを利用して転居の前後で負荷値の総和や分布がどのように変化するかを事前に予測しておくことで、負荷変化 を最小限に留めるような検討が可能である。負荷が大きく増加するようならば減じる必要があることは明らかだが、あまり 大きく減少するようでは逆に体への負荷が減ってしまい身体機能を低下させることにもなりかねない。 前項の例を用いると、規模の似通ったサンプル住宅ⅡからⅠへ転居した場合、負荷値総和が増加することから何らかの手 段でこれを減じることが体への負担を抑えるために必要であると考えられる。
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3 個人対応施設への応用 個人の身体プロパティに対応した空間をサービスで提供する施設などが検討されているが、腰への負荷を最小限に抑える ような機能を導入する場合に本評価プログラムを利用することが可能である。利用開始時に身体プロパティデータの入った IC カードなどを提示することで、事前に室空間のしつらえを変えるような装置が稼働する場面が想像できる。 また、このような近未来的な空間ではなく、現在あるような工業施設などのように長時間肉体労働に晒される可能性のあ る場所では、作業員の身体プロパティに合わせて作業空間が自動的に対応するなどの利用の仕方も考えられる。
4 ICF 対応建築に向けた利用 ICF コードを建築で利用する方法は様々に考えられ(、またどれもいまひとつ実現性に欠け)るが、その一つとして設計 段階で当該のコードに意識が向けられたかどうかを表示するという使い方もあると考えられる。例えば本評価プログラムの ように、一度に多くのものを同じ基準で評価することが出来るプログラムを用いれば、目的とする設計が他の設計を含めた 全体の分布の中でどの位置にあるか判定することが出来る。その上で再設計を行い、リスクを減じることが出来れば「ICF コードの XXXX 番に対応した」という言い方も出来るのではないか。 あるいは単純に、設計者の「健康建築への配慮」がどの点に向けられたのかを示すだけでもよい。建築の利用者がそれを 参照することが出来れば、施設選択の指針として利用することが出来る。高齢者や障害者など、建築空間あるいは環境空間 によるサポートが必要な者たちにとってこのような情報はとても有益である。もちろん「配所した」という事を示すために その証左となるデータや評価を得ることが必要となるが、本評価プログラムの利用でそれを得ることが出来るだろう。
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総括 Summary
Seven
7 89
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総括 本研究によって得られた結果と考察を以下にまとめる。 1 研究成果 本研究の成果を項目として挙げると以下の 6 点に要約される。 1. 三次元動作解析による収納動作解析データ 2. 収納動作による人体への負荷指標値 3. 統計解析による分析 4. 負荷指標値の変動ダイアグラム 5. 腰部疾患リスク評価プログラム 6. 住宅の収納設備に関するデータとその評価
2 結果・考察・成果の要約 2.1 最大負荷を示す瞬間と姿勢(3-2) 「取る」動作において顕著に違いが見られたのは、5,9、10、16 番の収納パターンであった。 「置く」動作において顕著に違いが見られたのは、1、2、5、6、7、8、9、10、12、17、19、20、22、23 番の収納パター ンであった。 共通するものは、5、9、10 番であった。 「置く」の方がパターン数が多いのは、 「置く」動作が遠心性の動作(エクセントリック運動)であるからだと推測できる。 つまり、体に近い方から遠い方へ向かう向きの動作は、筋力が伸張しながら力を発揮する動作となり、求心的な姿勢(コン セントリック運動)で支えていた時の筋力よりも小さい力しか発揮せず、より大きな負荷が直接身体に作用するようになっ たのだと考えられる。
7 総括
90
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2.2 指標値と基本統計量(3-3) 体重比 4%の「取る」動作では、老若共通して 22 番が突出して大きな指標値を示し、13 と 21 番のパターンも高い水準 にある。また、1、9、10、12 番は老若共通して指標値は小さい水準にある。 体重比 4%の「置く」動作では、老若共通して 13 と 22 番のパターンが大きく、1、9、10、12 番は小さい。 若年層の体重比 8%の指標値については、重りの重量が倍になることで全体の負荷値は増加するが、4%の時に突出して いた 22 番の負荷値の伸び率はそれほど大きくなく、これが動作姿勢の変化に起因するとするならば、通常姿勢で動作が出 来る重量の境界が存在するということが考えられる。 動作の 21、22 番はEの収納パターンで引出型の意匠である。これらが大きな値を取るのは、箱の手前に高さ 200(mm) の障害があり、持ち上げる動作の邪魔となることで姿勢が変化したことに起因していると考えられる。同じ高さの 4、5、 15、16 に較べて前傾姿勢が深くなることで、上体と箱の重さを支えるために腰が発揮する筋トルクが大きくなると考えら れる。
2.3 年齢層間における指標値の差の検定(3-4) 「取る」動作において母平均に有意な差が見られたのは、4、15、16 番の収納パターンであった。 「置く」動作において母平均に有意な差が見られたのは、1、2、19、21 番の収納パターンであった。 共通するものはなかった。 「取る」動作については仮想棚の低い位置の動作、「置く」動作については棚の高い位置の動作で違いが見られている。こ れらの違いの原因は、高齢被験者の背骨が湾曲していることや筋力の低下などといった身体的特徴に起因するか、あるいは 箱を取る際の心理的不安から姿勢に変化が生じたのではないかと考えられる。
2.4 収納パターン間の多重比較(3-5) 各区分における多重比較検定の結果、有意な差が検出されたのは以下の組み合わせであった。
7 総括
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「取る」若年層(1):1-2、1-3、1-4、1-5、6-8、9-11、10-11、12-13、21-22、22-23 「取る」若年層(2):11-13 「取る」若年層(3):1-19、9-19、2-20、10-20、7-13、13-17、4-22、15-22 「取る」高齢層(1):1-2、1-3、1-4、1-5、6-8、9-11、10-11、12-13、21-22、22-23 「取る」高齢層(2):2-6、11-13 「取る」高齢層(3):1-19、9-19、2-10、10-20、13-17、4-15、4-22、15-22、5-16、16-23 「置く」若年層(1):1-3、1-5、6-8、9-11、10-11、12-13、21-22、22-23 「置く」若年層(2):10-12、11-13 「置く」若年層(3):1-19、1-19、9-19、2-10、10-20、13-17 「置く」高齢層(1):1-2、1-3、1-4、1-5、9-10、10-11、12-13、21-22、22-23 「置く」高齢層(2):なし 「置く」高齢層(3):1-19、9-19、2-10、10-20、14-21、4-22、15-22
2.5 負荷値変動ダイアグラム(4-2) 本文中の図を参照のこと。
2.6 アルゴリズム(5-2) 本文中の図を参照のこと。
2.7 サンプル住宅データ(6-1) 資料編を参照のこと。
7 総括
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2.8 サンプル住宅の評価と考察(6-2) 1.収納パターン分布 いずれの住宅も、前傾の出来ない意匠の収納設備で、床に近い箇所の収納が多いことが読み取れる。アトリエなどの現代 的な意匠を好む者たちにとって、引出収納は敬遠されているようだ。
2.負荷値総和とグループ平均値の傾向 ⅡやⅢのアトリエ設計による住宅では、収納はほとんど建て付けの物でまかなわれており、それらは CAD 的なコピー& ペーストによる設計が行われていたと推察できる。持ち込む家具で収納スペースを確保しなければならないⅠやⅣのような 住宅ではそのような傾向は見えてこない。 ⅠとⅣについては、住宅の設計上家具収納が中心となり、それによる収納箇所の集積がおこっている。しかし集積がおこっ ているからといってそれで必ずしも平均値が大きくなっているわけではなく、分母が大きくなる分平均値は低く算出される 傾向にある。集積とグループ平均値との相関はほとんど見られず、集積収納設備が高負荷であるとはここからは判断できな い。使用頻度などの関係を導入すれば別な結論が得られるかも知れないが、本研究の範囲を逸脱するのでここではそれにつ いて検討しない。
3.居住者の属性を考慮した比較 高齢層(体型が小さい)の方が若年層に較べてヒストグラムの分布が右に寄っていることがわかる。同じ収納を利用して いたとしても、高齢層(体型の小さい者)の方がよりリスクの高い収納設備を多く経験していることがわかる。 Ⅰは突出した部分は階級 40 から 30 に変化しているが、累積度数が 80%を越えるのが階級 50 から 60 に変わっている ことを考慮すると負荷値の高い方へ寄っていると見てよい。 Ⅱは若年層のΔの値が 4 件のサンプル中で最も大きく、高い値を示す収納グループ(15:シンク周り収納、42:キッチンテー ブル、12:洗面台収納)は積極的に改善されることが望ましいことがわかる。また、高齢層については、負荷値が低水準
7 総括
93
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
の収納が多い中で、大きく突出しているわけではないが上位 9 グループが一群を形成しており、何らかの対応を考えるの が望ましい。 Ⅲでは若年層に較べ高齢層の分布が全体に右に寄り、階級の高いところに度数が飛んでいることから、幾つか高い負荷値 を示すものがある事がわかる。若年層のΔも比較的大きな水準にあるので、上位 2 件は改善する必要がある。 Ⅳも若年、高齢ともにΔが大きく、上位に該当する箇所の改善が期待される。高齢層の累積比率を見ると、階級の上位の 方で傾斜が急になっていることから、高負荷のものが多く存在することがわかる。高齢層は高水準のものが 3 割近くも占 めており、これも改善すべきであることがわかる。
2.9 利用事例と考察・展望 1.設計段階でのリスク評価 事前に用意した収納設備データと居住者データを用いて評価を行うことで、施工に至る以前にその住宅の持つ収納の特性 と負荷値(リスク)を検討することが出来る。高齢者と同居するような住宅を設計する場合、高齢者にとって負荷が低くな るような収納計画を検討する必要があるが、本評価プログラムを用いる事でその資料となるデータを得ることが出来る。 あるいは、リフォームなどの事例では負荷値の高い箇所を事前に発見しておくことで改修の計画が立てやすくなる。特に リフォームなどの事例は築後数十年を経ている場合があり、世代の交代や居住者自体の変化など、居住者の属性が変化して いる事も考えられ、これらの変化に対応する収納計画を考える上でも活用することが出来る。
2.住居の移転に伴う負荷値変化予測 住居の移転や新築などにともない、収納設備が一部、あるいはすべて入れ替わるようなとき、評価プログラムを利用して 転居の前後で負荷値の総和や分布がどのように変化するかを事前に予測しておくことで、負荷変化を最小限に留めるような 検討が可能である。負荷が大きく増加するようならば減じる必要があることは明らかだが、あまり大きく減少するようでは 逆に体への負荷が減ってしまい身体機能を低下させることにもなりかねないからである。
7 総括
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3.個人対応施設への応用 個人の身体プロパティに対応した空間をサービスで提供する施設などが検討されているが、腰への負荷を最小限に抑える ような機能を導入する場合に本評価プログラムを利用することが可能である。利用開始時に身体プロパティデータの入った IC カードなどを提示することで、事前に室空間のしつらえを変えるような装置が稼働する場面が想像できる。 また、このような近未来的な空間ではなく、現在あるような工業施設などのように長時間肉体労働に晒される可能性のあ る場所では、作業員の身体プロパティに合わせて作業空間が自動的に対応するなどの利用の仕方も考えられる。
4.ICF 対応建築に向けた利用 ICF コードを建築で利用する方法として、設計段階でどのコードに意識が向けられたかどうかを表示するという使い方も あると考えられる。例えば本評価プログラムのように、一度に多くのものを同じ基準で評価することが出来るプログラムを 用いれば、目的とする設計が他の設計を含めた全体の分布の中でどの位置にあるか判定することが出来る。その上で再設計 を行い、リスクを減じることが出来れば「ICF コードの XXXX 番に対応した」という言い方も出来るのではないか。 あるいは単純に、設計者の「健康建築への配慮」がどの点に向けられたのかを示すだけでもよい。建築の利用者がそれを 参照することが出来れば、施設選択の指針として利用することが出来る。もちろん「配所した」という事を示すためにその 証左となるデータや評価を得ることが必要となるが、本評価プログラムの利用でそれを得ることが出来るだろう。
3 課題
本研究では負荷に対して、収納設備を利用する回数や姿勢の保持時間などのファクターを取り扱っていない。本来的には、 ユーザーのプロパティに応じた一日の動作パターンをモデル化し、それをもとに平均利用回数などから負荷値を予測するこ とが望ましい。さらには住宅の収納設備にどれくらいの重さの物がありどのような位置に収納されているかということまで 調査を行い、それらが住宅内でどのような動線で移動しているかまで調査してから評価プログラムを作成すればより現実に 近い負荷値の算出が出来るだろう。今後これらのテーマが継続的に研究され、理想的な評価プログラムへとインテグレート (統合)されてゆくことを期待したい。
7 総括
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参考文献 References
Eight
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参考文献 1 研究論文 「腰に負担のかからない健康な住まいの研究」 研究室論文 牛山琴美(2003) 「身体への負担からみた収納行動とデザインの研究 -腰部負荷を中心とした収納計画評価-」 研究室論文 松井香代子(2004)
「腰部負荷から見た手をつく立ち上がり動作 -加齢対応住宅における腰部負担軽減を目的とした動作寸法体系の研究 その 1 -」
日本建築学会計画形論文集 第 586 号 51-56 2004 年 12 月 牛山琴美、長澤夏子、勝平純司、山本澄子、横田善夫、渡辺仁史(2003) 「居住空間評価のための動作の力学的シミュレーション -身体負荷による居住空間評価への応用-」 日本建築学会大会学術講演梗概集 1991 年 9 月 横井孝志、堀田明裕、吉岡松太郎(1991)
2 参考図書
「すぐわかる統計解析」 石村貞夫 東京図書 1993 年 「腰痛 119 番」 山田仁 双葉社 1996 年 「4Steps エクセル統計解析」 柳井久江 OMS 出版 2004 年 「入門 統計解析法」 永田靖 日科技連出版社 1992 年 「ICF 国際生活機能分類」 世界保健機関 中央法規 2002 年 「新・日本人の体力標準値」 東京都立大学体力標準値研究会 2000 年 「建築設計資料集成(人間)」 日本建築学会 丸善 2003 年
8 参考文献
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3 参考ウェブサイト
「統計学自習ノート」 青木繁伸 http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/lecture/index.html 「平成 16 年度版厚生労働白書」 厚生労働省 http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/04-2/index.html 「health クリック」 PCN 株式会社 http://www2.health.ne.jp/ 「知っておこう!腰痛」 アゼガミ治療室 http://www.azegami.com/youtuu/index.htm
8 参考文献
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謝辞 Gratitude
Nine
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謝辞 この一年はいろいろな意味で私にとって試練であった。 テーマが決まりきらず、あれにしようかこれにしようかフラフラと迷っていた前期。学会で聴いた渡辺先生の講演に感銘 を受けて研究テーマを思いついたあの夏。栃木の凍える寒さの中で連日強行された実験。夜に昼を接いでひたすらデスクワー クに没頭した年末年始。これまでの人生で最大の愛別離苦を経験し、そんな精神状態でも翌日の梗概提出に向けて徹夜作業 せずにはいられなかった 1 月 24 日。予定していた製本締め切りを過ぎても本文の最後尾が書き終わりきらず、不安に駆ら れていた昨日の夜。すべての通過点の光景がフラッシュバックする。そして今、ようやくここにたどり着いた。なのに、モ ニタに映し出される入力ポインタはまたすぐにここを通りすぎてゆく―――― この論文が完成できたのは本当に多くの方の助力があったからである。月並みな書き方ではあるが、まさしくその通りな のだから仕方がない。きっと恒例の「謝辞ダービー」もあることだから、なるべく多くの人たちの名前を挙げておこう。 夏の大会の講演で研究のヒントを与えてくださった渡辺仁史先生。潤沢な予算を提供してくださり、尚かつ多岐に亘って 助言を与えてくださった長澤さん。実験のすべてを把握して取り仕切り、その後の作業についても多くのアドバイスをくれ た松井さん。「実務訓練」という名目で作業を手伝ってくれた大竹さんと米沢くん。実験の被験者(兼サポート役)となっ てくれた福西くん、川島社長、田中くん、永池くん、平田くんと、シルバーセンターからきてくださった 5 名のお爺さまがた。 実験サポートに来てくれた熊倉くん、大塚さん。この時期にレポートを 4 つも書かねばならない私に救いの手をさしのべ てくれた河内さん。酒の席でも厳しい批評で私をこてんぱんに叩いてくださった HER 研究会の渡辺秀俊先生、高橋先生、 佐野さん、林田さん。論文となると駆り出されて単純作業をやらされる羽目になってしまう兄の順氏。主婦の視点による意 見を聞かせてくれた母。図面の入手に協力してくださった某アトリエの njun 氏。愚痴の相手からストレス発散のカラオケ、 考察に行き詰まったときの助言など多くの協力を頂いた工事中氏。気分転換に読んでいたらいつしか 3 周も読み返してい た「のだめ」。そして論文の完成を待たずに天国へ逝ってしまった、最愛の妹であり永遠の恋人、コロ助、じゃなくてコロ。 ここに名前が挙がっていない方にも協力を頂いているかも知れないが、まだまだやるべき作業が残っているのでこのあた りで。第二版を作る予定なので思いだしたりツッコミを頂ければ必ず加筆します。まぁ意味無いですケド。 ――――研究へと連なる道は、ここから始まってゆく。
9 謝辞
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収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
The Design Evaluation Method for Relieving Health-risks Caused by Storing Motion
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
1
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
Introduction
はじめに 2
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
はじめに 本論文は読む者に対し最小限の労力で最大限の理解が得られるよう、構成に配慮したつもりである。 「1-1 研究背景」は私自身の建築やデザインに対する思想的な内容を書いたものである。 「健康」「情報」「人間」「作法」など、執筆段階で興味や関心が向くキーワードをひとつに結ぶことを目的に書いたもので ある。これを読めば私が今どういう事を考えているか理解することが出来、本研究を発想した意図が理解できるだろう。 「1-2 研究目的」はこの研究によって得ようとするものとその範囲について簡潔に述べたものである。 本研究の狙いについて理解するにはこれを読めばとりあえず理解できるかと思う。本研究の継続あるいは類似研究をしよ うとする者は、ここで述べられていることを深めたり敷衍するなどしてさらなる研究テーマを導くといいだろう。 「2 研究方法」では本文中で用いる専門用語の意味や定義、実験手順や分析項目、分析手順について述べている。 少なくとも「2-2 用語定義」には目を通しておくほうがいい。分析項目については「目次」の「3 分析」以下の項目 名を見ればよく、具体的にどのような方法で検定を行ったかなどについて興味のないものはそのまま「3 分析」に進んで 良い。尚、分析には分散分析や多重比較などの数理処理を多用しているので、これについて理解したい者は市販の統計学テ キストを参照して頂きたい。 「3 分析」では取得されたデータを処理した結果と、そこから読み取れる考察を掲載している。 よく分析項目ひとつひとつにいちいち全部のデータを掲載する者がいるが、どこに何が書いてあるのかわからず検索性に 劣り、また初見の者にとって何が重要なデータなのかわかりにくいことこの上ない。本論文ではそのようなことを避けるた め、「3 分析」で掲載するデータはすべて結果をまとめたものを掲載することとし、まとめる以前の一次データや中間生成 したデータについては巻末のデータ編にすべて寄せることとした。ここ以外の箇所でも研究理解に直接役に立たないと思わ れる図表などはすべて巻末の資料編に掲載している。これらについては本文中で該当資料ページとして付記するので、必要 に応じて参照して頂きたい。 「4 負荷値変動ダイアグラム」はこの研究の成果を簡潔に図としてまとめたものである。どの収納パターンからどの収納 パターンに変更すると負荷がどれだけ小さくなるか、ということが直感的にわかるように工夫したつもりである。実務など で負荷軽減のためにデザインを変更する際など、その変動を感覚的に求めたい場合はここを参照すればよい。
はじめに
3
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
「5 評価プログラム」はプログラムの処理内容について書かれたものである。 内部の処理について理解したい者はここを読めばよい。ここでは各評価項目の意図、描画されるグラフの概形やアルゴリ ズムのフローチャートを掲載している。実際のプログラムコードは資料編と付録の CD とに納められているので、参考にし たい者はそちらを見ると良い。 「6 批評」は、本研究で作成した評価プログラムを使って既存住宅の収納を評価したときの評価結果や、現実的に利用目 的ある場面を想定した使い方と結果の読み取り方について書いたものである。 本研究の最大の成果でもあるこの評価プログラムを実際に使って、既存の住宅収納を批評しその特徴や傾向について分析 を行うと共に、この評価プログラムを実際に利用する場面を想定したデータの読み取りシミュレーションを行っている。評 価データの読み取り方法を知りたいものはここを参考にするとよい。 「7 総括」では各章で得られた結果と考察、今後の改善課題をダイジェストでまとめたものである。本文を全く読まずに 結果のみ知りたい場合、あるいは結果の検索を行いたい場合はここを参照するのがよい。 * 安易な厚み対策で読者のユーザビリティとサーチャビリティを落とすなどということは、デザインを考える者にとってあ るまじき行為であろう。ましてや二次データとしての利用などを考えればデジタルデータの方がハンドリングにも優れてい る。これまでの悪しき慣習への挑戦として、本論文では上記のような趣旨で構成を行い、掲載する必要がないと判断したデー タについては付録の CD に収録することとした。 後進の読者の利用を考慮し、最大限にして最小限の資料分量を用意するのもまたデザインである。
はじめに
4
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
Index
目次 5
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
目次
2
はじめに
6
目次 第一部 論文編 1 研究目的
9
1-1 研究背景
13
1-2 研究目的 2 研究方法
15
2-1 用語定義
17
2-2 関連ICFコード
19
2-3 実験方法
23
2-4 分析方法 3 分析
28
3-1 被験者の正規性の検証
30
3-2 最大負荷を示す瞬間と姿勢
32
3-3 指標値と基本統計量
38
3-4 年齢層間における指標値の差の検定
41
3-5 収納パターン間の多重比較 4 ダイアグラム
47
4-1 利用の手引き
48
4-2 負荷値変動ダイアグラム 5 評価プログラム
54
5-1 利用の手引き
60
5-2 アルゴリズム 6 批評
63
6-1 サンプル住宅データ
68
6-2 サンプル住宅の評価と考察
87
6-3 利用事例と考察・展望
90
7 総括 8 参考文献 9 謝辞 第二部 資料編
目次
6
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
Thesis
Chapter One
論文編
第一部
7
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
研究目的 Purpose
One
1 8
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
1-1 研究背景 「バリアフリー」というテーゼがあらゆる産業に浸透して久しい。もはやこれは「ISO****」と同じで、企業のヒューマニ ズムと貢献度をアピールするためのある種のプロパガンダとなっている。その一般化と同時に形骸化も進行しつくし、「バ リアフリー」という言葉が当初に持っていた意味も役割も、ある種の神通力も、もうほとんど意味をなさなくなった。送り 手も受け手もその言葉の空々しさを白々しい顔をして遣り取りしているように見える。むしろ真顔で「バリアフリー」と唱 えることのほうが滑稽に見えてしまうのが現実であろう。 これはすべての価値と優位性を食い物にし、良くも悪くもあらゆる価値を均一化してしまう現代メディアの功罪といって もいい。「バリアフリー」も貪欲なマスメディアの餌食となった結果、こうして一通りの陳腐化を経験し、今に至っている。 しかしこれは経験論的ではあるが、人も物も言葉も、メディアによる蹂躙のあとにいかに存在意義を失わず、またいかに挽 回してゆくかというこの一点にこそ、その真価が問われるところとなるであろう。その意味で「バリアフリー」というテー ゼはまだこれからの言葉なのではないかとも思われる。 翻って、私は以前から「バリアフリー」に対して反抗的ともいえる態度を取ってきた。あまつさえ「バリアフル」などと いう言葉を使って挑発するような事もあった。真に健康的であるには、老化現象を極限まで抑えるために恒常的に負荷をか け続ける必要があり、そのためには「バリアフル」であった方が良いのではないかという見方である。これは「バリアフリー」 とは全く逆行するアグレッシブな考え方である。そうまでして「バリアフリー」に反抗的なのには二つ理由がある。 ひとつは「バリアフリー」と唱える社会が見つめる先が、いわゆるマイノリティにしか向いていないことにあることへの 感情的反発である。社会環境の中に潜む「バリア」はマイノリティにだけ牙をむいているわけではないにもかかわらず、社 会挙げてのマイノリティ擁護ばかりが目に付くので健常者である我々は無視されているような苛立たしささえ感じる。これ は意外と多くの人が抱いている(が口にはしない)不満でもあるようだ。更にいえば、「バリアフリー」をアリガタ顔で唱 える企業や行政が、マイノリティにさえいい顔をしていれば社会貢献をしているのだとでもいいたげに脂ぎった顔をしてい るのが気にくわなくもあるのだが、これは個人的な問題か。 もうひとつは現実問題として、果たして物理的な「バリア」のない生活環境が人間の身体と精神、あるいは文化にとって 良い作用を及ぼすのかという疑問が消えないことにある。段差をなくしてつまづきの危険を減らし、負担を軽くするという ことはそれだけ筋力負荷が減るということになる。筋力負荷が減るということは逆に筋力の低下を促す危険性を孕むという ことでもある。あるいは相応のしつらえによって筋力負担を別な箇所に分散させるということは、リスクの所在が分散、あ るいは曖昧になってしまい、逆に問題を複雑にする可能性もある。敷居をなくすということひとつをとっても、文化的な側 面から見れば「敷居をまたぐ」という言葉も、敷居の段差が持っていた精神的な境界という文化的意味も同時に失うことに なりかねない。これは単なるノスタルジーなのかも知れないが、言葉の存亡は文化の存亡である。これを黙認し続けること
1 研究目的
9
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
の危険性を私は思わずにいられない。 リスクをいかに小さくし、いかにメリットを最大限に引き出すかという考え方もあるだろうが、私はこの「バリアフリー」 の問題に関してはゼロサムゲームのようなものではないかと思っている。どこかに大きくアドバンテージを取ると、他方で どこかに大きなリスクを抱え込むのではないか。こういった問題にはどこかに基準を設けて固定解を設定してしまうより、 様々な可能性を内包させながらある場面での定常を設定し、ユーザーの自由意志によってそれが適宜変更可能であることが 望ましい。ユーザーの必要に応じて解の置き所をいろいろに設定できるというその多様性こそが、現代が近代以降に獲得し た豊かさといえるものの最たるものであるからだ。 多様性を生み出すものの根幹にあるものは、人間はそれ自体が一人一人異なった存在であるという認識である。「ユニバー サル」から「パーソナル」へというデザインの流れとは、つまるところ経済力と技術力に支えられた存在の可能性が多様化 したということである。また一方で、問題に対する解としてのデザインと、その役割という観点でこれを考えると、解の「パー ソナル」化とは問題それ自体が「パーソナル」なものとして捉えられてきていることの裏返しであると見なすことが出来る。 そして問題の「パーソナル」化を裏付けるのも、人間が一人一人異なる存在なのだという認識なのである。 超高齢社会の現代を豊かに暮らしていくためには QOL(Quality Of Life)を高水準で維持してゆくことが不可欠である。 精神面での質、物質面での質、QOL を支えるものは幾つかあるが、その中で最も重要なものは生命それ自体の質、いわば 健康の質であろう。こうした考えに基づき、健康の質を脅かすリスクを評価しようという動きがある。建築における「健康 リスク」の評価というと、元々は環境工学が専門としていた領域である。ホルムアルデヒドやベンゼン、キシレン、トルエ ンなどによるシックハウス対策がよく知られた例であるが、これらは微細な化学物質による内的疾患を対象とした研究であ る。他にもストレスや温熱、空調などによる環境負荷を扱ったものがあるが、これらも内的なものの部類に数えられる。 ところが QOL を脅かすのは内的疾患だけではない。高齢者が転倒し骨折をすることで寝たきりとなるように、外傷が QOL を著しく損なうこともある。特に外傷の場合は内的疾患と違って症状が突然発生的に襲って来るので、QOL は急激に 低下する。その落差に人は戸惑い、落胆し、不安に苛まれ、気を病んでしまう。外傷が QOL に及ぼす影響は明白であるに もかかわらず、これを「健康リスク」として評価しようという取り組みと研究はこれまでなされてきていないのが実情である。 衝撃や慣性モーメントなど、人体に加わる物理的負荷は計測機器の進歩によってこれを具体的な数値として計測すること が可能となってきた。これを用いることで、生活動作とそれによって発生する身体的負荷をリアルタイムにとらえることが 可能となり、これをリスク計算に用いることが一応は可能になった。ところが先に述べたように、負荷や負担をすべて取り
1 研究目的
10
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
除けば良いというものでもない。筋力的負荷のない生活がいかに不健康なものであるかは今更言うに及ぶまい。負荷を除く こととリスクを除くこととは全く別な問題である。つまり、同じ負荷量でも年齢や性別、既往病歴などによってそれがリス キーな値として評価できるかどうか異なってくる。いわば、負荷は「ユニバーサル」な水準にあり、リスクは「パーソナル」 な水準にあるのだ。そしてこの違いもまた、人間が物理的存在においても経験的履歴においても一人一人異なった存在であ るという事実に由来しているのである。 さて、「バリアフリー」の功罪から発した問題意識を敷衍して様々に述べてきたが、ここで「リスクアナリシス(Risk Analysis)」という言葉を紹介したい。これは「ある事象について想定される危険性を事前に分析する」という意味である。 しかしこの言葉がそれ以上に有意義であるのは、「リスクアセスメント(Risk Assessment)」、「リスクマネジメント(Risk Management)」、「リスクコミュニケーション(Risk Communication)」、という三つの要素、言い換えれば三つの行為を 包含しているところにあり、そしてこれこそがまさに現代的なデザインの意義であると呼ぶに相応しいと思うからである。 先の「敷居」の例だけではないが、日本の伝統的な建築とその細部の意匠が美しいのは、単に研ぎ澄まされた美意識があ るからだけではない。それに接しようとする人間の精神と行為に対して規律を要求し、人間の緊張感に満ちた所作の美しさ と物とが一致したところに現れる人物一体の世界こそが美しいのである。言うまでもなくデザインの美しさとは物の形態の 美しさにだけあるのではない。それを用いる人間に作法を要求するところにもあり、用いる人間の行為の美しさにもある。 デザインの美しさを規定する要素のひとつは、このような人と物とのインタラクティビティにあると言ってもよく、そして 日本には伝統的にそのようなものを愛でる美意識があったのだ。 ところが現代に至りそのような美意識は廃れてしまった。少なくとも精神面への要請は棄却されたと言っていいだろう。 これは近代化の流れの中で住空間が変容していったこと、封建的家族観が崩壊しそれを支えていた宗教的観念が受け容れら れなくなっていったこと、あるいはデザインそれ自体が美しくなくなっていったことが理由に挙げられるだろう。事ここに いたり、その美意識を取り戻そうとすることにも重要な意義はあるのだろうが、今更旧時代の生活様式が受け容れられるは ずもなく、ならば日本の伝統的な美意識にも内在していたデザインの本質的な意義を斟酌して現代に応用可能な意義に解釈 し直すことの方がより前向きな取り組みであろう。 ユーザーとの間に意識と行為の両面においてインタラクティブな関係性を作り出すというところにデザインの本質の一端 があるとするなら、これを建築のデザインに読み替えるとどうなるのか。そこで「リスクアナリシス」である。QOL の維 持という文脈で建築のデザインを考えるとき、住空間に内在する健康リスクの所在を分析し(Analysis)、住み手にとって
1 研究目的
11
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
できるだけリスクが少なく、なおかつ適度に負荷のある状態を維持するように更新と管理を行い(Management)、またそ の事実を住み手に伝えてゆく(Communication)ということは住空間と住み手との間に発生したインタラクティブな遣り 取りであり、これはこの意味においてまさしくデザインである。そしてこれを実現するための技術的な手段、いかにして分 析を行い、管理し、伝えるか、というソフトウェア的プロセスの構築もまた同様にデザインである。 中世的な意匠の役割が利用者に要求していた作法における暗黙知は現代ではすでに失われたといっていい。意匠はそれ単 体では何も語らず、何も伝えなくなった。ところが現代のマイクロマシニングは物それ自体に情報を載せ、また発信させる ことを可能にした。ということはつまり、中世の意匠が利用者の暗黙知を前提にしていたインタラクティブな遣り取りを、 現代の意匠は暗黙知を必要とすることなく先端のテクノロジを用いてそれをエミュレートすることが可能になったのだ。失 われつつあったデザインの本質を情報技術が補完する可能性がここに見いだせるのである。もちろん、ここでエミュレート されるのは個々の意匠に仮託されていた具体的なインタラクションではなく、インタラクションの可能性である。デザイン 段階でどういったインタラクションを予期するかについてはデザイナーの職能の領域であり、またあるいはデザイナーの予 想に反してユーザーが独自に獲得してゆくものなのかも知れない。
この研究は、建築空間の中に潜む QOL を脅かすリスクを発見・分析し、個々人の身体的プロパティに合わせてリスクを コントロールする方法を検討するものである。しかし人間の生活は流動的で常に変化してゆく。常にオートポイエティック である。したがって、単なる分析にとどまるのではなく、住み手としてのユーザーとそれを取り巻く周辺環境との関係性に おいて評価を様々に変え、研究成果の適用方法とその選択可能性をユーザーに対して示すというプロセスまで含めた提案、 すなわちデザインが要求される。つまりそれは、住み手の生活行為や生活意識と、建築の意匠とのインタラクションのデザ インに他ならないのである。
1 研究目的
12
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
1-2 研究目的 住空間に内在する「健康リスク」として腰部疾患に対するリスクを取り上げ、特に収納動作によって生じる負荷について 検討を行う。これを分析したデータを用い、個人の身体的プロパティ(身長、体重、年齢)に合わせたリスクの所在を明ら かにすることで、最適な収納計画を提案するための指針となる評価手法を作成する。 本研究で腰部疾患を取り上げるその理由は、日本人の自覚症状有訴者率の中でこれが男女ともに上位を占める(図 1.1) こと、一度罹患すると症状が慢性化してしまうことなどから、腰部疾患が現代人のQOL低下を引き起こす重大なファクター (健康ハザード)であると考えたからである。また、腰部に負荷を及ぼす動作として収納動作を取り上げたのは、これが生 活者の特性による特殊性が介在しない日常的な動作であり、研究成果の利用対象となる生活者が広く一般に設定できること が期待されるからである。 本研究では負荷に対して、収納設備を利用する回数や姿勢の保持時間などのファクターを取り扱っていない。評価プログ ラムにおける負荷値の算出はあくまで「その収納パターンを利用した際の負荷値」であり、負荷値総和とは「すべての収納 パターンを一回ずつ使用した際の負荷の総和」ということになる。もちろん本来的には、ユーザーのプロパティに応じた一 日の動作パターンをモデル化し、それをもとに平均利用回数などから負荷値を予測することが望ましい。さらには住宅の収 納設備にどれくらいの重さの物がありどのような位置に収納されているかということまで調査を行い、それらが住宅内でど のような動線をで移動しているかまで調査してから評価プログラムを作成すればより現実に近い負荷値の算出が出来るだろ う。しかし、本研究ではそこまで取り扱わず、今後の改良課題として保留するものとした。今後これらのテーマが継続的に 研究され、理想的な評価プログラムへとインテグレート(統合)されてゆくことを期待したい。 尚、本研究は文部科学省の科学研究費「加齢対応住宅における腰部負荷軽減を目的とした動作寸法体系の研究」 (2003-2006)を受けて行った。
100 90
有訴者率(人/1000 人)
80 70 60 50 40 30 20 10 0 腰痛
咳・痰
肩こり
鼻づまり
かゆみ・湿疹
自覚症状
図 1.1 自覚症状有訴者率(平成 13 年)男性上位 5 件 (平成 13 年度国民生活基礎調査より作成)
1 研究目的
13
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
研究方法 Method
Two
2 14
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
2-1 用語定義 収納動作 ある高さの面に置かれた物体を手に取ったり、あるいは手に持った物体をある高さの面に置く時の、ある時間幅を持って 連続する人間の動作のこと。
健康リスク 平成 16 年度版厚生労働白書によると、「人の健康に生ずる障害又はその発生頻度や重大性」と定義され、本研究はこれ に準拠する。また、健康を害する可能性のある環境や物体のことを「健康ハザード」と呼び、それによる被害のことを「健 康リスク」と定義するものもある。
三次元動作解析(VICON・バイコン) 人体の各部位ごとの運動履歴を記録し、医療や映像処理などの分野に応用可能な統合三次元モーションキャプチャーシス テムとそれによる解析処理のこと。本研究では Vicon Motion Systems 社の開発した VICON 612 を用いた。
収納パターン(動作パターン) 実験時に被験者が試行した 23 種類の試行動作を促す収納設備の形態のこと。これらは後述の仮想棚によって得られるも のである。尚、着目すべきは収納設備の形態というよりもむしろ、収納設備の形態によって「そうせざるを得なくなる人間 の姿勢変化」の方である。収納の形態に動作の形態が一対一対応するので、これを動作パターンと呼んでも差し支えない。
仮想棚 市販のスチールラックを用いて組み立てられた実験用の収納設備のこと。棚を想定しているので仮想棚と呼ぶ。スチール ラックは ERECTA 社の Home ERECTA(Black)を用いた。黒色を使用したのは、VICON によるマーカー撮影に影響し ないように考慮したことによる。
2 研究方法
15
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
負荷 三次元動作解析によって計測された第五腰椎(L5)と第一仙椎(S1)との間に作用する腰部モーメント、あるいは筋ト ルクのこと。物体に回転運動を生じさせる力。この値が大きいほど負荷が高いとみなす。
負荷値 本研究では、計測負荷の最大値と動作開始前の安静時の負荷との差を特に負荷値と呼ぶことにする(図 2.1)。 最大値と平常姿勢時との差としたのは次のような理由による。いずれの被験者も平常姿勢時に示される負荷の値は 0 で はなく、わずかであれ何らかの負荷がかかっていることが示された。このことは被験者個々の平常姿勢が常に前傾か後傾に 寄っている事に起因するものである。したがって、その姿勢をその被験者にとっての安静姿勢と見るならば、動作によって 生じた負荷の大きさを見るには差の値を用いる方がより適切であると判断したためである。 マーカー VICON によって被験者の動きを得る際に、被験者の体の各部位に貼り付けられる直径 2.5(cm)程度の銀色の玉のこと。 ガラス繊維が塗りつけられた表面は赤外線を反射し、VICON はこれを撮影することで玉の動きを捉え、人体の 3D モデル を描き出す。
指標値 得られた負荷値を被験者の身長と体重の積で除したもの。単位は(N*m/kg*m)である。なお便宜上、以降の本文中、図 中において単位中の分母子 m は約していない。本論文前半の分析で差の検定や多重比較に用いるのはこの値である。また、 後半の評価プログラム中では、この指標値とユーザーによって入力された身長と体重の数値とを用いることで負荷値の予測 数値を計算している。 Cappozzo、山本・勝平らの研究成果によると、負荷は身長と体重の積に比例することがわかっているので、本研究でも これに倣って同様の数値処理を行った。この処理のことを本文中では正規化と呼んでいる。
200 175 150 118.61
125
(N*m)
100 75 50
負荷値
25 0 -25
1
201
601
-7.9828
-50 -75 -100
(Fields)
図 2.1 負荷と負荷値
2 研究方法
16
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
2-2 関連ICFコード 本研究に関連するICFコードを次ページ(表 2.1)にまとめた。 *1
また、コードの抽出には「ICF検索エンジン 」を用い、「痛み」「腰」「移動」「収納」をキーワードとして検索した結 果から意味と研究趣旨が合致するものを抽出した。
*1 ICF検索エンジン 法令出版「国際生活機能分類」に掲載されている文言を対象に、自由キーワードで検索をすることが出来る。 http://www.watanabe.arch.waseda.ac.jp/hw/2003/entasan/icf/
2 研究方法
17
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
表 2.1 関連ICFコード コード
b28013
分類 1
心身機能
分類 2
感覚機能と痛み
分類 3
痛み
分類 4
痛みの感覚
分類 5
身体の局所的な痛み
分類 6
背部の痛み
概要
身体部位の損傷やその可能性を示す、背部の不愉快な感覚。
含まれるもの
体幹の痛み、腰痛。
除かれるもの コード
d430
分類 1
活動と参加
分類 2
運動・移動
分類 3
物の運搬・移動・操作
分類 4
持ち上げることと運ぶこと
分類 5 分類 6 概要 含まれるもの
カップを持ち上げたり、子どもをある部屋から別の部屋へ運ぶ時のように、物を持ち上げること、ある場所から別の場 所へと物を持っていくこと。 持ち上げること。手に持ったり、腕に抱えたり、肩や腰、背中、頭の上に載せて運搬すること。物を置くこと。
除かれるもの コード
d4303
分類 1
活動と参加
分類 2
運動・移動
分類 3
物の運搬・移動・操作
分類 4
持ち上げることと運ぶこと
分類 5
肩・腰・背に担いで運ぶ
分類 6 概要
大きな荷物を運ぶことのように、肩、腰、背を使って、物をある場所から別の場所へと持っていく、あるいは移動させ ること。
含まれるもの 除かれるもの コード
s12002
分類 1
身体構造
分類 2
神経系の構造
分類 3 分類 4
脊髄と関連部位の構造
分類 5
脊髄の構造
分類 6
腰仙髄
概要 含まれるもの 除かれるもの コード
s76002
分類 1
身体構造
分類 2
運動に関連した構造
分類 3 分類 4
体幹の構造
分類 5
脊柱の構造
分類 6
腰部脊柱
概要 含まれるもの 除かれるもの
2 研究方法
18
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
2-3 実験方法 1 設定 1.1 被験者 20 代の若年層被験者 6 名と 60 代の高齢層被験者 5 名とを対象にした。いずれも実験で行う試行に差し障る病症や外傷 などはない。
1.2 実験会場 国際医療福祉大学(栃木県大田原市)内にある「動作計測実験室」で行われた。
1.3 実験日程 「取る」動作の実験は 12 月 8 ~ 10 日、14 ~ 16 日の計 6 日間で行われた。 *1
尚、本文中でデータとして利用している「置く」動作の実験については、松井・長澤らの実験 (10 月 4、5、14、15 日に実施)で取得されたものを利用している。被験者は若年層1名を除き、 「取る」 「置く」双方の実験で共通の被験者とした。
1.4 実験設備 分解・組み立てが可能な金属性シェルフを用い、仮想収納設備(仮想棚)を用意する。高さ方向の 5 段階(イ)~(ホ) で区分は「建築設計資料集成(人間)」からの資料を基に決定した(図 2.2)。奥行き方向の 2 段階区分は、前傾姿勢が大き く変化する境目が 300(mm)であることが事前実験で推測できたのでこれを用いた。また収納設備の意匠的違いから、踏 み込み空間が無い場合(A)、踏み込み空間がある場合(B)、前傾ができない場合(C)、手前に張り出し面のある場合(D)、 引き出し型の場合(E)とに細分類し、次ページ図 2.3 中の番号の通りに仮想棚の収納パターン 23 種類を設定した。
1.5 実験試行 被験者は仮想棚に置かれた体重比 4%重量の箱(300×300×200mm)を手に取り胸元に捧げ持つまでの一連の「取る」 動作を試行した。また、若年者のうち 3 名については体重比 8%重量の箱を使った計測も行った。高齢者に対しては身体的
*1 松井香代子、長澤夏子、勝平純司、山本澄子、渡辺仁史 「身体への負担からみた収納行動とデザインの研究 -腰部負荷を中心とした収納計画評価-」(2004)
2 研究方法
19
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
負担を考慮し、この計測は行っていない。実験中の試行動作は三次元動作解析機器で撮影・計測され、データとして取得さ れた。 尚、これらの設定は「置く」動作(胸元に持った箱を仮想棚に置く)の実験と共通させている。
2 研究方法
20
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
イラレから印刷
2 研究方法
21
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
2 実験フロー 実験の流れを図 2.4 に記す。 実験に要する作業人員は、被験者に指示を出す者 1 名、VICON の操作を行う者 1 名、仮想棚を組み立てる者 1 ~ 2 名が *2
必要となる 。タイムスケジュールなどの管理は被験者に指示を出す者が行い、一人の被験者あたりおよそ 2 時間半から 3 時間の実験時間を要する。一日あたり最大でも 4 名しか実験することは出来ない。 実験を始める前に、被験者に指示を出す役割の者は被験者に実験の趣旨と内容を口頭で教示を行う。被験者に趣旨を理解 してもらったあとは同意書に署名をもらい、所定の実験着に着替えてもらう。その後、体の各部位にマーカーを貼付し、実 験準備が完了する。 被験者は長時間単純作業に従事し、また半裸の格好を強制されるという忍耐を強いられることになるので、適当な時間間 隔で休憩時間を取る必要がある。
段階 準備
被験者
VICON
仮想棚
機器のキャリブレーション作業 会場到着 実験内容の説明を受けた後、同意書にサイン
準備
身長測定・体重測定
測定データを元に仮想棚の高さ、箱の重量を決定する
着替え
仮想棚の組立作業
マーカーをつける 立位の計測
立位の計測 最初の収納パターンの仮想棚を用意する
収納パターンに応じた動作の説明(踏み込みなど)を受ける 準備 指定位置に立ち、静止
収納パターンに応じた仮想棚の設置
計測開始
20秒静止 動作開始 動作中 動作終了
計測終了
(空いている時間で次の仮想棚の準備)
(計測データの処理時間) 実験
30秒静止 ルーチンの終了 計測データに問題がある場合 → やり直し
計測データに問題がある場合 → やり直し
ない場合 → 二回目の試行へ
ない場合 → 二回目の試行へ
二回目の試行も適切なデータが取得できた場合
二回目の試行も適切なデータが取得できた場合
次の収納パターンの計測へ
次の収納パターンの計測へ
次の収納パターンの計測へ
全パターンの計測が完了した場合
全パターンの計測が完了した場合
全パターンの計測が完了した場合
実験終了
実験終了
実験終了
図 2.4 実験タイムテーブル
*2 実際の実験では被験者の心拍数を計測する作業も同時に行ったのでもう一人補助者がいたが、本論文中ではその内容については触 れないので割愛する。
2 研究方法
22
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
2-4 分析方法 1 データの整形 計測直後のデータにはマーカーの不備や認識違い箇所などがあるので、VICON Workstation(VW)内の修正画面でこ れを修正する。また、分析に必要な箇所のデータのみ算出したいので、動作開始から前 200 フレームを始点とし、それ以 前のデータについては切り捨てる。マーカーを直線で連結して描かれた人体フレームモデルを見ながら、動作中にマーカー が著しく消失してしまう(20 フレーム以上消失が続く)場合はこのデータを抜き出す。これらのデータは負荷を計算する ことが出来ないので利用することが出来ないためである。以上の作業の後、VW で計測データを整形するフィルタ処理を行 う。この処理に続いて VICON Body Builder 内の操作画面でモーメント算出のための処理作業を行い、最終的にテキスト 形式のデータとして出力される。以上の作業の後に得られたデータが本実験の一次データとなる。
2 データの性質 2.1 データの種類 VICON による三次元動作解析によって得られるのは、計測時間、VICON のサンプリングフレーム番号、マーカーの位 置座表、そして指定箇所の XYZ 軸方向各々の負荷である。本研究で負荷と呼ぶのは、第 5 腰椎と第 1 仙椎との間にかかる 負荷(一次データ中で「LBMoment」として得られる数値)のことである。
2.2 データの正負号 本研究では前傾と後傾時に発生する負荷を捉えるので、それに該当する X 軸方向の負荷のみを扱うこととする。データ の仕様として上体の前傾時に発生する後屈モーメントを負の値として算出するが、これは直感的にわかりにくいので正負号 を逆転させて以降の処理を行う。つまり、前傾時に上体を支える方向(後ろ向きに働く)負荷が正の値となる。したがって、 一次データより作成されたグラフにおいて正の値を取る箇所は、姿勢が前傾した際に発生した後屈モーメントの、後屈方向 の負荷の大きさを示すことになる。
2 研究方法
23
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
2.3 最大値と最小値 負荷の最大値は動作時間中に負荷が最大を示す点とした。 物体が手から離れる又は手に取る瞬間が最大を示すと考えられがちだが、これは動作のある「点」での負荷を見ているに 過ぎない。収納動作というある時間幅を持った行為の中での最大値を考えるのならば妥当であるとは考えにくい。したがっ て本研究では行為の時間幅の中での最大値を示す点について着目することとし、またこの時点を最大のリスク点であるとす る。 最小値については動作開始前の安静時 200 フレームにおける負荷の平均値とした(図 2.5)。 この時の姿勢は立位であり、「取る」動作時は何も持たないが、「置く」動作時は手に箱を持った姿勢となる。データを読 むときに注意しなければならないのは、「置く」時の最小値が物を持っているときの負荷であり、必然的に負荷値は「置く」 時のほうが小さい値となる。こうすることで「持っている」という状態から「持っていない」状態に変化するまでの時間幅 の中での負荷の最大を見る事が出来る。
2.4 データ数 被験者 11 名が「取る」動作について 23 パターン、「置く」動作について 23 パターン試行し、うち 3 名については箱の 重量を 2 倍(体重比 8%)に設定して更に「取る」「置く」23 パターンずつ試行した。これにより得られたデータ数は合計 で 644 試行に及んだ。
2.5 グラフ化と集計 全データについてグラフ化を行った。いずれのデータもグラフの概形は図 2.5 のようになる。尚、グラフ化されたデー タについては付録のデータ CD に収録している。 得られたすべてのデータから最大値、最小値、負荷値を抜粋し、これを集計した。各被験者の身体データと収納パターン ごとの負荷値とを用いて以降の分析作業を行う。
200 175 150
最大値
125 100
(Nm)
75 50
負荷
25 0 -25
負荷値
最小値 1
安静区間
-50 -75 -100 (Fields)
図 2.5 グラフと最大値、最小値
2 研究方法
24
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
3 分析項目 3.1 被験者の正規性の検証 被験者の身長と体重の積が正規分布に従っているかどうか、正規性の検証を行う。 指標値を計算する際に負荷値を身長と体重の積で除するが、これは負荷が身長と体重の積に比例しているという前提の元 の処理である。よって本実験で標本となる被験者の身長と体重の積が、同様に比例する母集団からの抽出であるか検証する 必要がある。
3.2 最大負荷を示す姿勢 試行動作の時間幅の中で負荷が最大となる姿勢について、収納パターンごとに検証を行う。 手に取る、あるいは手から離れる瞬間以外の時点で負荷が最大を示す収納パターンがないか、負荷グラフと人体フレーム モデルの示す姿勢状態から定性的に検証する。これにより、リスクの高い姿勢状態を確認する。
3.3 指標値と基本統計量 各被験者の負荷値から指標値を計算し、収納パターンごとに平均値を算出する。また基本統計量(不偏分散と標準偏差) についても算出を行い、これを用いてグラフ化を行う。「取る」動作と「置く」動作双方についてこれを行い、大きな指標 値を示す収納パターンについて考察を行う。
3.4 年齢層間における指標値の差の検定 各収納パターンごとに。若年層の指標値と高齢層の指標値とに有意な差があるか検定を行う。 データは3.3で算出した各収納パターンごとの指標値の平均値を用いる。はじめに F 検定を行い、独立二群(若年層と 高齢層)の母分散が等しいかどうか、有意水準 5%の両側検定を行う。検定の結果、等しいと判定された場合は Student's t-Test(ステューデントの t 検定)を、等しくないと判定される場合は Welch's t-Test(ウェルチの t 検定)を行う。t 検定 では独立二群の母平均が等しいかどうかの検定が得られる。いずれの検定方法でも有意水準 5%の両側検定を行う。
2 研究方法
25
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
3.5 収納パターン間の多重比較 負荷値に有意な差の見られる収納パターンの組み合わせを検証する。 比較は 23 パターンすべてを一度に行うのではない。比較は同一年齢層内でのみ行い、(1)同一意匠、同一奥行き間での 比較、 (2)同一意匠、同一高さ間の比較、 (3)意匠によらない同一高さ間の比較、以上 3 種類の区分の中で該当する収納パター ン同士で比較を行う。尚、多重比較は「取る」「置く」各々行う。 多重比較は比較する群の数によって検定方法が大きく異なる。群の数(この場合は比較する収納パターンの数)が 2 つ の場合は3.4の差の検定と同様に F 検定、t 検定と順に行い、母平均に有意な差があるかどうか検定を行えばよい。3 つ以 上の場合はまず Bartlett Test(バートレット検定)で母分散が等分散であるかどうか検定する。分散が均一ならば一元配置 分散分析(One-Factor ANOVA)を行い、不均一ならば Kruskal-Wallis Test(クラスカル・ワーリス検定)を行う。 一元配置分散分析で母平均に差があると判定された場合、検定に用いた各収納パターンのデータ数が均一ならば Tukey 法(テューキー法)で、不均一ならば Scheffe's F Test(シェフェの F 検定)を行う。また、母平均に差があるとはいえな いと判定された場合は、Bonferroni/Dunn 法(ボンフェローニ・ダン法)を行う。また Kruskal-Wallis Test で差があると 検定された場合は Scheffe's F Test を行い、差がないと判定された場合は Bonferroni/Dunn 法を行う。
3.6 分析手段 本論文中で用いる統計解析は、「4Steps エクセル統計 第二版」(柳井久江 2004 OMS 社刊)を参考に、付属の Microsoft Excel アドイン「Stacel2」を用いて行う。
2 研究方法
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収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
分析 Analysis
Three
3 27
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
3-1 被験者の正規性の検証 1 目的 被験者の身長と体重の積が正規分布に従っているかどうか、正規性の検証を行う。
2 分析結果 図 3.1 の被験者データを用い、統計解析手法を用いて分析を行った。 分析の結果、図 3.2 のヒストグラムが得られた。 また、帰無仮説「データは正規分布と見なせる」を有意確立 5%で上側検定を行った結果、若年群では P=0.6231、高齢 群では P=0.5019、全体では P=0.4784 でいずれも棄却されないことがわかった(図 3.3)。よって、被験者の身長と体重 の積が正規分布に従っている事が確かめられた。
3 分析
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収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
属性
身長
体重
属性
身長
体重
若年
1.700
54.0
身長*体重 91.80
高齢
1.621
64.0
身長*体重 103.74
若年
1.732
60.0
103.92
高齢
1.660
80.0
132.80
若年
1.730
60.0
103.80
高齢
1.675
59.0
98.83
若年
1.700
65.0
110.50
高齢
1.658
65.0
107.77
高齢
1.569
55.0
86.30
若年
1.732
62.5
108.25
若年
1.743
67.5
117.65
若年
1.762
58.0
102.20
図 3.1 被験者データ
階級値
身長*体重
7
度数
比率%
累積比率%
100
90
80
0
0
0
80
90
1
8.333333333
8.333333333
70
100
2
16.66666667
25
60
110
6
50
75
50
120
2
16.66666667
91.66666667
40
130
0
0
91.66666667
30
140
1
8.333333333
100
5
度数
4
3
2
比率
6
20 1
合計
10
12
0
0 80
90
100
11 0
120
13 0
140
階級値 度数
累積比率%
図 3.2 ヒストグラム
若年
高齢
標準化値 理論確率
∞ 合計
観察度数
期待度数
全体
標準化値 理論確率
観察度数
期待度数
標準化値 理論確率
観察度数
期待度数
-1 0.158655
1
1.110586778
-1 0.158655
1
0.79327627
-1 0.158655
2
1.903863047
0 0.341345
3
2.389413222
0 0.341345
2
1.70672373
0 0.341345
5
4.096136953
1 0.341345
2
2.389413222
0.158655
1
1.110586778
1
7
7
データ数 平均値 標準偏差 自由度 値 P値(上側確率)
7 105.4455 8.002268225 1 0.241516123 0.62311323 3.841459149
∞ 合計
1 0.341345
1
1.70672373
0.158655
1
0.79327627
1
5
5
データ数 平均値 標準偏差 自由度 値 P値(上側確率)
5 105.8868 17.07458649 1 0.450779297 0.501965112 3.841459149
∞ 合計
1 0.341345
3
4.096136953
0.158655
2
1.903863047
1
12
12
データ数
12
平均値
105.629375
標準偏差
11.87415759
自由度
1
値
0.502486633
P値(上側確率)
0.478409552 3.841459149
図 3.3 解析データ
3 分析
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3-2 最大負荷を示す瞬間と姿勢 1 目的 試行動作の時間幅の中で負荷が最大となる姿勢について、収納パターンごとに検証を行う。
2 分析結果 すべての被験者の人体フレームモデルと最大値を記録したフレーム番号とを比較した。 箱を手に取った瞬間、あるいは手から離れた瞬間のことを「接触した瞬間」と以下の文中では表現する。また、「瞬間」 の時間的範囲は箱の先端のマーカーが着地あるいは初動した時点を中心に前後 30 フレーム、合計で 0.5 秒区間を範囲とし た。以下の文中で「顕著に」と表現するのは、各収納パターンの有効データ数における接触した瞬間以外に最高負荷点を持 つサンプル数の割合が 50%を越えるもののこととする。 「取る」動作において顕著に違いが見られたのは、5,9、10、16 番の収納パターンであった。 「置く」動作において顕著に違いが見られたのは、1、2、5、6、7、8、9、10、12、17、19、20、22、23 番の収納パター ンであった。 共通するものは、5、9、10 番であった。 動作の方向の違いで比較したとき、顕著な違いが見られたパターン数は「取る」が 4 パターン、 「置く」が 14 パターンであっ た(図 3.4)。「置く」の方がパターン数が多いのは、「置く」動作が遠心性の動作(エクセントリック運動)であるからだ と推測できる。つまり、体に近い方から遠い方へ向かう向きの動作は、筋力が伸張しながら力を発揮する動作となり、求心 的な姿勢(コンセントリック運動)で支えていた時の筋力よりも小さい力しか発揮せず、より大きな負荷が直接身体に作用 するようになったのだと考えられる。また、「負荷から解放されたい」という意識が動作に勢いを付け、腰を中心とした上 体の角加速度が大きくなったのが接触の瞬間ではなくその直前であったと考えることも出来る。 最大値を示す時の姿勢については特徴的なものは見られなかった。すべての収納パターンで仮想棚の造作に対応した姿勢 で最大値を取っていると言ってよい。
3 分析
30
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
表 3.4 最大負荷点 パターン 取
有効データ数(A )
5
9
接触時以外(B )
(B )/ (A ) 5
姿勢 56% 前かがみ
傾向 取った後の姿勢をもどす時に最大となる被験者が多い
取
9
10
7
70 % 胸元
取った後の上体をそらしてから胸元にもどす間に最高値となる被験者が多い
取
10
6
4
67 % 胸元
取った後の胸元にもどす時に最高値を取る被験者が多い
取
16
9
5
56 % 前かがみ
取ってから姿勢をもどす間に最高値を取る被験者が多い
置
1
9
7
78% 腕のばし
置く直前に至るまでの胸元からの持ち上げから腕を伸ばすまでの間
置
2
9
8
置
5
11
11
89% 腕のばし 100% 前傾、前かがみ
置く直前の腕を伸ばした状態で最大値をとる被験者が多い 手から離すまでの前傾から前かがみの姿勢で最大値を取る被験者が多い
置
6
9
5
56% 腕のばし
置く直前の腕を伸ばした状態で最大値を取る被験者が多い
置
7
6
3
50% 前かがみ
置く直前の前傾・前かがみ姿勢での最大値を取る被験者が多い
置
8
9
5
56% 前傾、前かがみ
置く直前の腕を伸ばした時に最高値となる被験者が多い
置
9
10
7
70 % 腕のばし
置く直前の前傾から前かがみ姿勢で最高値となる被験者が多い
置
10
10
6
60% 腕のばし
置く直前の腕を伸ばした時に最高値となる被験者が多い
置
12
10
8
80% 腕のばし
置く直前の腕を伸ばした時に最高値となる被験者が多い
置
17
6
3
50 % 前かがみ
置く直前の前傾・前かがみ姿勢での最大値を取る被験者が多い
置
19
10
9
90% 腕のばし
置く直前の腕を伸ばした時に最高値となる被験者が多い
置
20
11
6
55% 腕のばし
置く直前の腕を伸ばした時に最高値となる被験者が多い
置
22
9
9
100% 前傾、前かがみ
置く直前の前傾・前かがみ姿勢での最大値を取る被験者が多い
置
23
9
9
100% 前かがみ
置く直前の前傾・前かがみ姿勢での最大値を取る被験者が多い
3 分析
31
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
3-3 指標値と基本統計量 1 目的 各被験者の負荷値から指標値を計算し、収納パターンごとに平均値を算出する。また基本統計量(不偏分散と標準偏差) についても算出を行い、これを用いてグラフ化を行う。
2 分析結果 若年層・高齢層各々の「取る」動作と「置く」動作について体重比 4%の場合の負荷値、指標値、基本統計量について表 3.5、 表 3.7 にまとめ、グラフは指標値の高い順に収納パターンをソートして図 3.6、図 3.8 に図示した。また、若年層と高齢層 の指標値を比較するために、動作別で作成したグラフが図 3.11 と図 3.12 である。 若年層についてはさらに体重比 8%の場合の負荷値、指標値、基本統計量を表 3.9 に掲載し、グラフも同様に指標値の高 い順に収納パターンをソートして図 3.10 に図示した。 2.1 体重比 4% 体重比 4%の「取る」動作では、老若共通して 22 番が突出して大きな指標値を示しているが、13 と 21 番のパターンも 高い水準にある。また、1、9、10、12 番は老若共通して指標値は小さい水準にある。おなじく体重比 4%の「置く」動作 では、これも老若共通して 13 と 22 番のパターンが他に較べて大きな水準にあり、1、9、10、12 番は小さな水準にある。 大きい水準と小さい水準にある収納パターンはいずれも老若共通であり、年齢層の違いによって負荷の大小傾向が変わると は考えにくいことが考察できる。
2.2 体重比 8% 若年層の体重比 8%の指標値については、重りの重量が倍になることで全体の負荷値は増加するが、4%の時に突出して いた 22 番の負荷値の伸び率はそれほど大きくなく、他の収納パターンの負荷値の伸び率に較べるとむしろ小さい。これは 22 番の収納パターンで体重比 8%の収納動作をするには身体的負荷が大きく、通常の(4%の時の)収納動作の姿勢から大 きく変化してしまったことで負荷が腰部以外の箇所に分散したのだと考察できる。
3 分析
32
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
ここより考えられることは、どのような収納パターンでも通常姿勢で動作が出来る限界の重量が存在するということであ る。その限界を超える重量の物で収納動作をしようとすると、人間は反射的に姿勢を変えてこれに対応しようとする。した がって、体重比 4%の負荷値が高い水準にあったもののうち 8%の負荷値が 4%の時の値を明らかに下回る 16 番や 22 番の 動作では、その限界値境界が体重比 4%と 8%の間にあったことが推測できる。
2.3 意匠との関係 動作の 21、22 番はEの収納パターンで引出型の意匠である。これらが大きな値を取るのは、箱の手前に高さ 200(mm) の障害があり、持ち上げる動作の邪魔となることで姿勢が変化したことに起因していると考えられる。同じ高さの 4、5、 15、16 に較べて前傾姿勢が深くなることで、上体と箱の重さを支えるために腰が発揮する筋トルクが大きくなると考えら れる。 また、小さな指標値を示したものはこれらは高さがイ、ロのもので、仮想棚の上方の収納パターンである。指標値が小さ いのは、棚の上の方のものを取り上げるときに上体が前傾しないことに起因していると考えられる。
次の項では、ここで得られた指標値が被験者の年齢層によって有意に異なるかを検討するために次の分析を行う。
3 分析
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3 分析
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3 分析
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3 分析
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3 分析
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3-4 年齢層間における指標値の差の検定 1 目的 各収納パターンごとに。若年層の指標値と高齢層の指標値とに有意な差があるか検定を行う。
2 分析結果 各収納パターンについて若年層と高齢層の指標値の母平均の差を検定した。これにより、有意な差が検出されたものを以 下に挙げ、検定結果を表 3.9 と表 3.10 に掲載する。 「取る」動作において母平均に有意な差が見られたのは、4、15、16 番の収納パターンであった。 「置く」動作において母平均に有意な差が見られたのは、1、2、19、21 番の収納パターンであった。 共通するものはなかった。 分析結果ではある特定の収納パターンについては有意な差が見られたが、これらの動作では年齢層間で動作姿勢に違いが あると判断できる。「取る」動作については仮想棚の低い位置の動作、「置く」動作については棚の高い位置の動作で違いが 見られている。これらの違いの原因は、高齢被験者の背骨が湾曲していることや筋力の低下などといった身体的特徴に起因 するか、あるいは箱を取る際の心理的不安から姿勢に変化が生じたのではないかと考えられる。 身長と体重の積の値がほぼ同じ関係にあるならば、年齢という要因で負荷値に差が現れるものは上記の収納パターンであ ると考えてよい。
3 分析
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3 分析
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3 分析
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3-5 収納パターン間の多重比較 1 目的 負荷値に有意な差の見られる収納パターンの組み合わせを検証する。
2 分析結果 多重比較と独立二群の差の検定を行い、年齢層別に以下の 3 区分で差のある組み合わせを検定した。 (1)同一意匠、同一奥行き間での比較 (2)同一意匠、同一高さ間での比較
*3
*4
(3)意匠によらない同一高さ間での比較
*5
検定結果と組み合わせは表 3.12 ~表 3.15 にまとめた。有意差のある組み合わせは以下に挙げる通りであった。 「取る」若年層(1):1-2、1-3、1-4、1-5、6-8、9-11、10-11、12-13、21-22、22-23 「取る」若年層(2):11-13 「取る」若年層(3):1-19、9-19、2-20、10-20、7-13、13-17、4-22、15-22 「取る」高齢層(1):1-2、1-3、1-4、1-5、6-8、9-11、10-11、12-13、21-22、22-23 「取る」高齢層(2):2-6、11-13 「取る」高齢層(3):1-19、9-19、2-10、10-20、13-17、4-15、4-22、15-22、5-16、16-23 「置く」若年層(1):1-3、1-5、6-8、9-11、10-11、12-13、21-22、22-23 「置く」若年層(2):10-12、11-13 「置く」若年層(3):1-19、1-19、9-19、2-10、10-20、13-17 「置く」高齢層(1):1-2、1-3、1-4、1-5、9-10、10-11、12-13、21-22、22-23 「置く」高齢層(2):なし 「置く」高齢層(3):1-19、9-19、2-10、10-20、14-21、4-22、15-22
*3 例:1-2-3-4-5 の組み合わせなど *4 例:2-6 の組み合わせなど *5 例:1-9-19 の組み合わせなど
3 分析
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3 分析
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3 分析
43
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3 分析
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3 分析
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ダイアグラム Diagram
Four
4 46
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4-1 利用の手引き 1 解説 1.1 作図 ダイアグラムの概形は図 4.1 のようになる。 横軸(X 座標)の 0、20、40、85、100 は仮想棚の高さを示し、縦軸(Y 座標)は負荷値を示す。有意な差が検出され たある組み合わせ A-B があるとき、各々の高さ位置を X 軸の該当する高さ位置にとる。Y 軸の値は各々の指標値で設定し、 A 点と B 点とを線で連結することで A-B の関係性が作図される。
1.2 関係性 別な組み合わせ A-C があるとき、A-B と同様に設定し連結するが、この時 A 点と B 点、A 点と C 点が線で結ばれ、B 点 と C 点が間接的に繋がったように見える。しかし、直接連結されたもの以外は有意差が認められない関係である事に注意 しなければならない。
1.3 負荷値の変動 図 4.1 中の C から A に収納パターンを変えるとき、負荷値の変動は C 点の Y 座標と A 点の Y 座標との差にユーザーの 身長と体重の積をかけた値になる。つまり、上にあるものから下にあるものへと収納パターンを変えるとき負荷値は減少し、 Y 軸の上下の差が広い程負荷値の変動は大きい。具体的な数値ではなく、感覚的に変動を知りたいときはこのダイアグラム を活用すればよい。
1.4 種類と組み合わせ ダイアグラムは前項「収納パターン間の多重比較」で求められた関係性を用いて作成し、分類も同様に(1)~(3)を 用いることとする。
1.4 1.2 1 0.8
C
0.6
B
0.4
A
0.2
0
20
40
85
100
図 4.1 ダイアグラム作例
4 ダイアグラム
47
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4-2 負荷値変動ダイアグラム 次ページ以降、図 4.2 ~図 4.5 に作成したダイアグラムを掲載する。
4 ダイアグラム
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4 ダイアグラム
49
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4 ダイアグラム
50
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4 ダイアグラム
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4 ダイアグラム
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評価プログラム Program
Five
5 53
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5-1 利用の手引き 実験と分析から得られたデータをもとに、設計寸法の評価プログラムを作成する。前項のダイアグラムは直感的な判断の ために作成したモデルであり、全体を把握する用途には向かないが、計算と図化を自動で行う本プログラムを利用すること でより詳細で統計的な判断を補助することをができる。 1 概要 本プログラムは Perl で記述することとし、ウェブサーバー上で稼働させるので一般的なウェブブラウザで利用すること が出来る。ユーザーがローカル環境で作成した指定形式の収納データファイルをサーバーにアップロードすることで、それ をプログラム側で処理し、評価結果を表示させるという手順になる。ウェブサーバ上で稼働させるため、ユーザーの環境は マルチプラットフォームに設定でき、本プログラムの広範な利用を期待することが出来る。
2 利用方法 ユーザーはプログラムの設置されたサーバーにウェブブラウザでアクセスし、投稿フォームに必要事項を記入し、データ を送信することで処理結果を得ることが出来る。ユーザーがプログラムに送るべきデータは、ユーザーが任意に設定した利 用者(住み手)の身体データ(身長、体重、年齢)と収納設備データ(「意匠パターン」、「収納面高さ」、「収納面奥行き」、 「設備グループ番号」)である(図 5.1)。寸法データはプレーンテキスト形式とし項目の区切りをタブ区切りとすることで CSV 形式のデータとして扱うことが出来、データベースソフトなどでの作成・編集作業が容易に出来るよう配慮した。 以降、本文中で「送信データ」というときはこのデータ群のことを指すこととする。
3 算出項目 3.1 収納パターンの判別 送信データに記載された「意匠パターン」、「収納面高さ」、「収納面奥行き」を数理処理し、収納パターン 23 種類のいず
玄関 収納棚 1� E�
90 �
350 �
440 �
1
玄関 収納棚 2� E�
240 �
350 �
440 �
1
玄関 収納棚 3� E�
390 �
350 �
440 �
1
玄関 収納棚 4� E�(タブ区切り) 540 (タブ区切り) � 350 (タブ区切り) � 440 (タブ区切り) � 1 玄関 収納棚 5� E�
623 �
350 �
440 �
1
玄関 収納棚 6� E�
748 �
350 �
440 �
1
玄関 収納棚 7� E�
810 �
350 �
440 �
1
玄関 収納棚 8� E�
900 �
350 �
440 �
1
・ ・ ・
図 5.1 送信用データ作例
5 評価プログラム
54
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
れに該当するか判別を行う。 尚、判別性の向上と収納設備を実際に利用する際の動作を考慮して、意匠 A と B における高さ(イ)の奥側に該当した 場合をそれぞれ 1 番と 9 番に、また意匠 A と C における高さ(ホ)の奥側に該当した場合をそれぞれ 5 番と 16 番に該当 させることとした。これらの場所は立ち位置から手の届かない範囲にあり、一度その手前側に置くなどの中間動作が行われ ると考え、それらの位置に該当する番号を割り当てることとした。 以降の分析項目における数値計算では、ここで判別された収納パターンを参照して指標値を得る。
3.2 収納パターン別負荷値と該当収納箇所数 収納パターン各々について負荷値を算出する。前項3.1で判別されなかったものについても指標値を利用して計算して 表示する。 負荷値は収納パターンごとに設定された指標値に送信データ中の身長と体重の積をかけた値で計算され、プログラム中で 自動的にグラフ描画を行いブラウザに表示する(図 5.2)。グラフは「取る」動作と「置く」動作を別にし、図中折れ線グ ラフが体重比 4%と 8%の場合の負荷値を、棒グラフが各収納パターンに該当した収納設備の該当箇所数を示す。尚、高齢 層の体重比 8%の負荷値については、実験による身体的負担への配慮により計測できないので、若年層の指標値を代用する こととした。 これにより、送信されたユーザーの身体条件での予測負荷値を見ることが出来、負荷値の大きさがどれほどか予測するこ とが出来る。また、設備箇所数も描画されるので収納パターンの分布も見ることが出来、どんな収納パターンに偏っている か検討することが出来る。 先に述べた通り、負荷値は収納パターンごとに設定された指標値に送信データ中の身長と体重の積をかけた値で計算され るので、収納パターンの種類によって負荷値は一意的に決定されてしまう。したがって、算出される負荷値の大小順位は負 荷値順位の並びと同じであり、送信データの身長と体重の大小にかかわらずどんなユーザーでも同じ順番になってしまう。 収納設備を身体へ及ぼす負荷という視点で批評するとき、このままでは指標値の大きい順から上位数パターンを除けばいい ということになってしまう。したがって、これだけでは目論むリスク回避の度合いに応じて収納パターンから上位の数件の 収納パターンが検出されないように変更すればよい、というだけの利用方法にしかならず、実用性は薄い。
5 評価プログラム
55
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そこで、指標値の大きい収納パターン数件についてはこれはこれで除くようにアラート(警告文)を出すと共に、同時に 以下に続く評価を行うことで別な評価のアプローチを試みる。
3.3 収納パターン別総負荷値 各収納パターン各々の負荷値総和(負荷値×箇所数)を算出する。 収納パターンごとに算出された負荷値と判定された設備箇所数をもとに各収納パターンごとの負荷値総和を算出し、グラ フ描画を行う(図 5.3)。グラフ化を行うのは、「取る」動作と「置く」動作両方における体重比 4%重量の場合とした。こ のグラフにより、収納パターンごとの負荷値分布状況を見ることが出来、どの収納パターンによる負荷が最も多くなるか考 察できる。
3.4 収納グループ別総負荷値 収納グループとはいくつかの収納箇所がまとまったひとつの単位のことであり、箪笥や食器棚などのことを指す。ここで はそれらグループごとに負荷値の総和を計算する(図 5.4)。 総和はあるグループに属する収納設備箇所(棚一段一段など)ごとに負荷値を算出し、それらを合計した値で収納グルー プごとに総和を算出することで、概念的には、健康リスクの高い収納設備とその特徴を見ることが出来る。また、すべての グループの負荷値総和を比較することで、その建物内の収納グループの傾向を読み取ることができ、住宅の建設年代や部屋 数、規模や形態などで特徴の違いを検出するという考察の仕方も提供できる。
3.5 収納グループ別総負荷値と平均 3.4で算出したグループ別総負荷値をもとに、これをグループ内の設備箇所数で除し、一設備あたりの平均値を算出する。 グラフは平均値の高い順からソートし直して描画する(図 5.5)。 グラフ中、折れ線グラフが平均値、棒グラフが総負荷値である。この結果により、概念的にはある収納グループにおいて 一度収納動作を行うときの負荷値、つまりリスクが推定できる。総負荷が同じ値でも平均値が高い方がよりリスクが高い収 納設備であると考えることとする。
5 評価プログラム
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3.6 ヒストグラム 収納グループごとの平均負荷値がどのような分布を示しているかを検討するためヒストグラムを作成する。前項で描画し たグラフでは身長と体重の積の値の差(体格差)を考慮した比較が出来ないので、度数分布表を作成することで比較材料と する。
3.7 個別負荷値一覧 各収納設備一箇所ずつの負荷値について、 「取る」動作と「置く」動作各々で体重比 4%と 8%重量の場合の負荷値を算出し、 それらを一覧で表示する。一覧には、負荷値の上位三件に該当するものにはアラートを付けることとした。
5 評価プログラム
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* いずれも実際の画面で出力される画像データである。 解像度の関係でかなり不鮮明であるが、実際はそれなりの可読性を持っている。
5 評価プログラム
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5 評価プログラム
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5-2 アルゴリズム 評価プログラムの処理アルゴリズム
*6
を次ページ図 5.6 に記す。また、プログラムコードについては巻末の資料編と付
属の CD に掲載している。 また、次項はこのプログラムを利用して実際の住宅の収納を評価した結果を用いて考察を行う。
*6 処理行程を簡便に示したものであり厳密な意味でアルゴリズムの表記とは異なる。 ただし、フローチャートの記号は JIS 規格で定められたものに準拠している。
5 評価プログラム
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5 評価プログラム
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批評 Critique
Six
6 62
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6-1 サンプル住宅データ 1 サンプル住宅の概要 サンプルとしてデータを集めることが出来たのは既存の 4 件の住宅に関してであった。これらはいずれも既存のもので あり、それぞれに居住年数は異なる。その属性は表 6.1 にまとめて掲載する。 住宅自体の出自についてであるが、サンプル住宅 1 は木造の在来軸組工法のもので地元の工務店が設計と施工を担当し たもの。サンプル住宅 2 と 3 は建築設計アトリエによる設計で、施工はアトリエと懇意にする工務店による施工である。 サンプル住宅 4 は不動産会社の建設した鉄筋コンクリート造の集合住宅(マンション)である。これら出自の違いや、住 宅の形態の違い、あるいは設計者の違いが収納とそれによる腰部負荷、すなわち健康リスクにどのように関係してくるのか という視点で考察を行う。
2 データ作成 サンプル住宅の図面資料から収納設備のデータを作成する。参考例としてサンプル中から一件、収納データをまとめたも のを次ページ以降の表 6.2 に掲載する。 実際の送信データはプレーンテキストデータで尚かつ各項目が改行とタブ区切りで分節されたものを用いる。データは左 の列から順に、 「項目の名称」 (「キッチン収納 1」など任意)、 「意匠分類」 (A ~ E)、 「床面から収納面までの高さ(mm)」、 「収 納面手前先端から最奥までの奥行き(mm)」、 「収納面の幅(mm)」、「収納グループ番号」とし、これをひと揃いにして行 方向にデータを重ねて行く。いずかに欠落がある場合は処理不能となりエラー画面が表示されてしまうので注意しなければ ならない。 作成には表計算ソフトかデータベースソフトを用い、ファイルを CSV 形式(タブ区切り)で書き出すのが簡便な作成方 法であろうと思われる。 また、参考例としてサンプル住宅 1 の図面データを図 6.3 に掲載した。平面図中の番号は収納グループの番号と設置位 置に対応している。 尚、他のサンプル住宅の図面資料と収納設備の詳細データについては巻末の資料編と付属の CD に掲載している。
サンプル番号
延べ床面積(m 2 )
延べ収納面積(m 2)
1
一戸建て住宅
形態
算定収納箇所数 245.0 0
91 .5 6
78.3 8
居住年数 26
2
一戸建て住宅
242.0 0
160.7 4
97 .0 3
4
3
一戸建て住宅
163.0 0
90 .0 5
51.2 1
1
4
マンション
161.0 0
70 .7 1
51.5 9
15
図 6.1 サンプル住宅の属性一覧
6 批評
63
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表 6.2 サンプル住宅 1 の収納データ
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6 批評
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6 批評
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6 批評
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6 批評
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6-2 サンプル住宅の評価と考察 本項では、前項で得たサンプル住宅の収納設備データを前章で作成した評価プログラムに通すことで評価結果を得、それ を用いて読み取れることについて考察を行ってゆく。以降、文中にアラビア数字ⅠやⅡで表されるものはサンプル住宅の番 号とし、ローマ数字 1 や 2 で表されるものは収納パターンとする。 なお、本項で掲載しているグラフは掲載用にすべて評価データから再作成した図であり、一部のグラフについては実際の プログラムでは描画されないものも含まれている。 1 設定 本項では、居住者の性質の違いでリスクがどのように異なるかを検討する。よって、若年層と高齢層の身体データは、日 本人 25 才男性と 60 才男性の平均値を用い、それぞれ身長:1.718(m)、体重:67.4(kg)と 1.615(m)、59.9(mm) *7
の値を用いることにする 。身長と体重の積は高齢層の値と若年層の値とでは大きく異なり、当然、高齢層の負荷値は若年 層の負荷値に較べてより小さくなる。本項で見られる負荷値の差は、年齢が要因になったものではなく体型の違いによるも のだということに注意しなければならない。 2 収納パターン分布 はじめに、各サンプル住宅の収納設備がどのような傾向で収納パターンの分布状況を示すか考察を行う。図 6.4 ~図 6.11 に評価結果グラフを掲載する。グラフは年齢層別に、「取る」動作と「置く」動作を並列させて
*8
負荷値総和と設備箇所数
とを収納パターンごとに分類したものである。 類似した傾向を示しているのはⅠ、Ⅱ、Ⅲである。16、17、18 番のパターンを中心に分布し、1、5、6、7、14 番に約 10 箇所ずつ分散する。Ⅲは住宅規模が小さく収納箇所数も少ないが、分布の傾向を見る限りⅠやⅡに較べて少ないぶんは 16、17、18 番の少なさに収束されると見ていい。年齢層によらず、これらのパターンは棚やクローゼットの下段、ある いはトイレや洗面所などの機能空間に付けられた壁面収納などが該当している。Ⅳは 3 に近いが 1、6、17 が少ないこと、 21、22 番が多いことが特徴的である。
*7 単純に年齢だけを要因としてリスクの違いを見るならば、身長と体重の値を同じにする必要がある。 *8 送信データの身長値が同じならば、「取る」動作と「置く」動作で収納パターンと収納パターンの該当数は変化しない。
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また、ⅡとⅢはⅠとⅣに較べて 21、22、23 番が少ないが、これらの収納パターンはいずれも意匠 E、すなわち引出意匠 のパターンであり、引出を持つ収納設備がほとんど無いことが伺われる。キッチン周りに数カ所あるだけである。ⅡとⅢは 建築アトリエによる設計で、すべての収納が作り付けのものでまかなわれている。アトリエなどの現代的な意匠を好む者た ちにとって、引出収納は敬遠されているようだ。 意匠 E に属する収納パターンはいずれも高い指標値を示していることから、腰部負荷軽減という視点から見ればこのよ うな傾向は好ましいといえるだろう。それに較べて全体の収納数が少ない割に意匠 E に属する収納パターンの割合が多い Ⅳの住宅は、逆にリスクが高いといえるだろう。
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3 負荷値総和とグループ平均値の傾向 次に、収納グループ別負荷値総和とグループ平均値について考察を行う。収納グループ別に負荷値総和を算出し、それを 箇所数で除した平均値の高い順に収納グループを並び替えたグラフが図 6.12 ~図 6.19 である。 一目見て特徴的な傾向を示しているとわかるのはⅡのグラフである。総和の同じグループが複数あり、そのようなグルー プのまとまりが 4 つあることが読み取れる。これは端的に言って、全く同じ収納設備が複数あるということに他ならない。 さらに言えば、CAD 的なコピー&ペーストによる収納の設計が行われていたと推察できる。おなじアトリエによる設計で あるⅢも、グループ数は少ないがそのような傾向が見られる。ⅡもⅢも高齢層のデータになるとこの傾向は更によく見えて くる。これは建て付けの収納設備がふんだんに利用されているからこそ、このようにデータの傾向として見えてくるのであっ て、逆に元々建て付けの収納があまりなく、持ち込む家具で収納スペースを確保しなければならないⅠやⅣのような住宅で はそのような傾向は見えてこない。その意味で、グラフの特徴から設計者の特徴を予測することも可能であろう。 ⅠとⅣについては、住宅の設計上家具収納が中心となり、それによる収納箇所の集積、つまり負荷値の集積がおこってい る。しかし集積がおこっているからといってそれで必ずしも平均値が大きくなっているわけではなく、分母が大きくなる分 平均値は低い傾向にある。集積とグループ平均値との相関はほとんど見られず、集積収納設備が高負荷であるとはここから は判断できない。使用頻度などの関係を導入すれば別な結論が得られるかも知れないが、本研究の範囲を逸脱するのでここ ではそれについて検討しない。 若年層と高齢層のグラフの概形を比較すると、高齢層の方が負荷値総和が小さく、一見リスクが小さいように見えてしま うが、これは先に述べたようにユーザーデータの値の違い(身長と体重の積の値)に起因するものであって、負荷値の総和 で年齢層間のリスクを単純に比較することは出来ない。 次の項ではこの点に考慮し、体型の違いを考慮した比較を行う。
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4 居住者の属性を考慮した比較 4.1 概要 前項では収納グループごとの負荷値総和を比較したが、設定した居住者データにおける収納グループのリスクについての み検討できるものであった。そこで、収納グループの平均負荷値がどのような傾向で分布しているか検討することで、居住 者の属性の違いを考慮した比較を行う。
4.2 作図 前項で得られた平均負荷値のデータ群から、最大値と最小値を取り出し、その区間を 100 とするような度数分布を考える。 これにより得られたヒストグラムを次ページ以降の図 6.20 ~図 6.27 に掲載する。また、図中右上部 Δ は最大値と最小値 との差を 100 で除したものである。この値が大きいと最大最小区間の幅が大きいことになり、また前項のグラフ中におい て平均値を表した折れ線グラフの斜度が急になることを示すものでもある。単位は(N*m)であるが、斜度を表す値とし て考えれば係数的に扱うことが望ましいだろう。
4.3 Δ基準値の決定 Δの大小を区別する判断基準はこのプログラムの利用者に委ねられる。Δ を負荷値に戻すときは単純に 100 倍すればよ く、単位も(N*m)であるから、そのままグループ平均負荷値の最大値と最小値との差として見ることが出来る。つまり、 最大値と最小値の差をどれだけの区間で想定するか、どれだけの区間があるとハイリスクであるとするかは、設計者がユー ザーの属性を見て決めるべきである。 そこで、指標値を利用してΔの参考基準を決める方法を考える。指標値の最大値と最小値の差がユーザーの受ける負荷値 *9
の最大差であることから、この値の何割を許容区間とするかを利用して決めることとする 。仮に 7 割を基準に設定すると、 若年層の体重比 4%における指標値の最大と最小の差は、「取る」動作で 1.085、「置く」動作で 0.770、高齢層で「取る」 動作が 1.162、 「置く」動作が 0.915 であることから、ユーザーデータを用いて計算すると、Δ は若年層「取る」で 0.880、 「置く」で 0.62、高齢層「取る」で 0.787、「置く」で 0.620 となる。
*9 Δの元が収納グループの平均負荷値であることから、収納パターンによる負荷値と平均負荷値とを比較しても差し支えない。
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4.4 読み取り方 前項の図中において、あるユーザーの評価結果が高い平均負荷値ばかりで構成されているとき、Δ が小さければそのユー ザーに作用する負荷が常に高水準であるとみなすことが出来、突出した過負荷の影響を受けているとはいえないことになる。 筋力維持の観点から見れば、このようなユーザーに対して負荷軽減の措置をとる必要はないと考えられる。 あるいは、二つの異なる傾向を示すヒストグラムがあり、それらの Δ の値が同じであるときは、分布が階級値の低い方に 寄っているものはそうでないものに較べて平均負荷値が低い収納設備で構成されていると考えることが出来る。また、分布 が同じような傾向を示している二つのヒストグラムがあるとき、Δ の値が小さい方が最大最小区間が小さく、リスクの低い 構成であると考えることが出来る。 以上の点を考慮し、年齢層の違い(体格の違い)に着目して考察を行う。
4.5 考察 全体を見渡すと、高齢層(体型が小さい)の方が若年層に較べて分布が右に寄っていることがわかる。同じ収納を利用し ていたとしても、高齢層(体型の小さい者)の方がよりリスクの高い収納設備を多く経験していることがわかる。 Ⅰは突出した部分は階級 40 から 30 に変化しているが、累積度数が 80%を越えるのが階級 50 から 60 に変わっている ことを考慮すると負荷値の高い方へ寄っていると見てよい。 Ⅱは若年層のΔの値が 4 件のサンプル中で最も大きく、高い値を示す収納グループ(15:シンク周り収納、42:キッチンテー ブル、12:洗面台収納)は積極的に改善されることが望ましいことがわかる。また、高齢層については、負荷値が低水準 の収納が多い中で、大きく突出しているわけではないが上位 9 グループが一群を形成しており、何らかの対応を考えるの が望ましい。 Ⅲでは若年層に較べ高齢層の分布が全体に右に寄り、階級の高いところに度数が飛んでいることから、幾つか高い負荷値 を示すものがある事がわかる。若年層のΔも比較的大きな水準にあるので、上位 2 件は改善する必要がある。
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Ⅳも若年、高齢ともにΔが大きく、上位に該当する箇所の改善が期待される。高齢層の累積比率を見ると、階級の上位の 方で傾斜が急になっていることから、高負荷のものが多く存在することがわかる。高齢層は高水準のものが 3 割近くも占 めており、これも改善すべきであることがわかる。
4.6 改善事例 例として、Ⅲの住宅の収納を改善する事例を検討する。 高齢層のヒストグラムから上位 7 件の収納グループが高負荷を示していることがわかるので、これらの負荷値を先に Δ 基準値を設けたときの比率 70%に減じるとする。この時に得られる負荷値総和、平均負荷値のグラフとヒストグラムは図 6.28、図 6.29 である。この時、Δは 0.3247 となり、かなりの低水準で推移していることがわかる。またヒストグラムの 尖度が低くなり、収納全体が同様の平均負荷値で構成されるようになったことがわかる。
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6-3 利用事例と考察・展望 評価プログラムを使ったリスク比較について前項では述べたが、本項では評価プログラムを実際に利用する場面を幾つか 想定し、それらの場面で評価として出てきた値をどうやって活用するかについて考察を行う。サンプル住宅のデータなどは すべて前項のものと同一とする。
1 設計段階でのリスク評価 事前に用意した収納設備データと居住者データを用いて評価を行うことで、施工に至る以前にその住宅の持つ収納の特性 と負荷値(リスク)を検討することが出来る。高齢者と同居するような住宅を設計する場合、高齢者にとって負荷が低くな るような収納計画を検討する必要があるが、本評価プログラムを用いる事でその資料となるデータを得ることが出来る。 あるいは、リフォームなどの事例では負荷値の高い箇所を事前に発見しておくことで改修の計画が立てやすくなる。特に リフォームなどの事例は築後数十年を経ている場合があり、世代の交代や居住者自体の変化など、居住者の属性が変化して いる事も考えられ、これらの変化に対応する収納計画を考える上でも活用することが出来る。
2 住居の移転に伴う負荷値変化予測 住居の移転や新築などにともない、収納設備が一部、あるいはすべて入れ替わるということがある。このようなとき、評 価プログラムを利用して転居の前後で負荷値の総和や分布がどのように変化するかを事前に予測しておくことで、負荷変化 を最小限に留めるような検討が可能である。負荷が大きく増加するようならば減じる必要があることは明らかだが、あまり 大きく減少するようでは逆に体への負荷が減ってしまい身体機能を低下させることにもなりかねない。 前項の例を用いると、規模の似通ったサンプル住宅ⅡからⅠへ転居した場合、負荷値総和が増加することから何らかの手 段でこれを減じることが体への負担を抑えるために必要であると考えられる。
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3 個人対応施設への応用 個人の身体プロパティに対応した空間をサービスで提供する施設などが検討されているが、腰への負荷を最小限に抑える ような機能を導入する場合に本評価プログラムを利用することが可能である。利用開始時に身体プロパティデータの入った IC カードなどを提示することで、事前に室空間のしつらえを変えるような装置が稼働する場面が想像できる。 また、このような近未来的な空間ではなく、現在あるような工業施設などのように長時間肉体労働に晒される可能性のあ る場所では、作業員の身体プロパティに合わせて作業空間が自動的に対応するなどの利用の仕方も考えられる。
4 ICF 対応建築に向けた利用 ICF コードを建築で利用する方法は様々に考えられ(、またどれもいまひとつ実現性に欠け)るが、その一つとして設計 段階で当該のコードに意識が向けられたかどうかを表示するという使い方もあると考えられる。例えば本評価プログラムの ように、一度に多くのものを同じ基準で評価することが出来るプログラムを用いれば、目的とする設計が他の設計を含めた 全体の分布の中でどの位置にあるか判定することが出来る。その上で再設計を行い、リスクを減じることが出来れば「ICF コードの XXXX 番に対応した」という言い方も出来るのではないか。 あるいは単純に、設計者の「健康建築への配慮」がどの点に向けられたのかを示すだけでもよい。建築の利用者がそれを 参照することが出来れば、施設選択の指針として利用することが出来る。高齢者や障害者など、建築空間あるいは環境空間 によるサポートが必要な者たちにとってこのような情報はとても有益である。もちろん「配所した」という事を示すために その証左となるデータや評価を得ることが必要となるが、本評価プログラムの利用でそれを得ることが出来るだろう。
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総括 Summary
Seven
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総括 本研究によって得られた結果と考察を以下にまとめる。 1 研究成果 本研究の成果を項目として挙げると以下の 6 点に要約される。 1. 三次元動作解析による収納動作解析データ 2. 収納動作による人体への負荷指標値 3. 統計解析による分析 4. 負荷指標値の変動ダイアグラム 5. 腰部疾患リスク評価プログラム 6. 住宅の収納設備に関するデータとその評価
2 結果・考察・成果の要約 2.1 最大負荷を示す瞬間と姿勢(3-2) 「取る」動作において顕著に違いが見られたのは、5,9、10、16 番の収納パターンであった。 「置く」動作において顕著に違いが見られたのは、1、2、5、6、7、8、9、10、12、17、19、20、22、23 番の収納パター ンであった。 共通するものは、5、9、10 番であった。 「置く」の方がパターン数が多いのは、 「置く」動作が遠心性の動作(エクセントリック運動)であるからだと推測できる。 つまり、体に近い方から遠い方へ向かう向きの動作は、筋力が伸張しながら力を発揮する動作となり、求心的な姿勢(コン セントリック運動)で支えていた時の筋力よりも小さい力しか発揮せず、より大きな負荷が直接身体に作用するようになっ たのだと考えられる。
7 総括
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2.2 指標値と基本統計量(3-3) 体重比 4%の「取る」動作では、老若共通して 22 番が突出して大きな指標値を示し、13 と 21 番のパターンも高い水準 にある。また、1、9、10、12 番は老若共通して指標値は小さい水準にある。 体重比 4%の「置く」動作では、老若共通して 13 と 22 番のパターンが大きく、1、9、10、12 番は小さい。 若年層の体重比 8%の指標値については、重りの重量が倍になることで全体の負荷値は増加するが、4%の時に突出して いた 22 番の負荷値の伸び率はそれほど大きくなく、これが動作姿勢の変化に起因するとするならば、通常姿勢で動作が出 来る重量の境界が存在するということが考えられる。 動作の 21、22 番はEの収納パターンで引出型の意匠である。これらが大きな値を取るのは、箱の手前に高さ 200(mm) の障害があり、持ち上げる動作の邪魔となることで姿勢が変化したことに起因していると考えられる。同じ高さの 4、5、 15、16 に較べて前傾姿勢が深くなることで、上体と箱の重さを支えるために腰が発揮する筋トルクが大きくなると考えら れる。
2.3 年齢層間における指標値の差の検定(3-4) 「取る」動作において母平均に有意な差が見られたのは、4、15、16 番の収納パターンであった。 「置く」動作において母平均に有意な差が見られたのは、1、2、19、21 番の収納パターンであった。 共通するものはなかった。 「取る」動作については仮想棚の低い位置の動作、「置く」動作については棚の高い位置の動作で違いが見られている。こ れらの違いの原因は、高齢被験者の背骨が湾曲していることや筋力の低下などといった身体的特徴に起因するか、あるいは 箱を取る際の心理的不安から姿勢に変化が生じたのではないかと考えられる。
2.4 収納パターン間の多重比較(3-5) 各区分における多重比較検定の結果、有意な差が検出されたのは以下の組み合わせであった。
7 総括
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「取る」若年層(1):1-2、1-3、1-4、1-5、6-8、9-11、10-11、12-13、21-22、22-23 「取る」若年層(2):11-13 「取る」若年層(3):1-19、9-19、2-20、10-20、7-13、13-17、4-22、15-22 「取る」高齢層(1):1-2、1-3、1-4、1-5、6-8、9-11、10-11、12-13、21-22、22-23 「取る」高齢層(2):2-6、11-13 「取る」高齢層(3):1-19、9-19、2-10、10-20、13-17、4-15、4-22、15-22、5-16、16-23 「置く」若年層(1):1-3、1-5、6-8、9-11、10-11、12-13、21-22、22-23 「置く」若年層(2):10-12、11-13 「置く」若年層(3):1-19、1-19、9-19、2-10、10-20、13-17 「置く」高齢層(1):1-2、1-3、1-4、1-5、9-10、10-11、12-13、21-22、22-23 「置く」高齢層(2):なし 「置く」高齢層(3):1-19、9-19、2-10、10-20、14-21、4-22、15-22
2.5 負荷値変動ダイアグラム(4-2) 本文中の図を参照のこと。
2.6 アルゴリズム(5-2) 本文中の図を参照のこと。
2.7 サンプル住宅データ(6-1) 資料編を参照のこと。
7 総括
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2.8 サンプル住宅の評価と考察(6-2) 1.収納パターン分布 いずれの住宅も、前傾の出来ない意匠の収納設備で、床に近い箇所の収納が多いことが読み取れる。アトリエなどの現代 的な意匠を好む者たちにとって、引出収納は敬遠されているようだ。
2.負荷値総和とグループ平均値の傾向 ⅡやⅢのアトリエ設計による住宅では、収納はほとんど建て付けの物でまかなわれており、それらは CAD 的なコピー& ペーストによる設計が行われていたと推察できる。持ち込む家具で収納スペースを確保しなければならないⅠやⅣのような 住宅ではそのような傾向は見えてこない。 ⅠとⅣについては、住宅の設計上家具収納が中心となり、それによる収納箇所の集積がおこっている。しかし集積がおこっ ているからといってそれで必ずしも平均値が大きくなっているわけではなく、分母が大きくなる分平均値は低く算出される 傾向にある。集積とグループ平均値との相関はほとんど見られず、集積収納設備が高負荷であるとはここからは判断できな い。使用頻度などの関係を導入すれば別な結論が得られるかも知れないが、本研究の範囲を逸脱するのでここではそれにつ いて検討しない。
3.居住者の属性を考慮した比較 高齢層(体型が小さい)の方が若年層に較べてヒストグラムの分布が右に寄っていることがわかる。同じ収納を利用して いたとしても、高齢層(体型の小さい者)の方がよりリスクの高い収納設備を多く経験していることがわかる。 Ⅰは突出した部分は階級 40 から 30 に変化しているが、累積度数が 80%を越えるのが階級 50 から 60 に変わっている ことを考慮すると負荷値の高い方へ寄っていると見てよい。 Ⅱは若年層のΔの値が 4 件のサンプル中で最も大きく、高い値を示す収納グループ(15:シンク周り収納、42:キッチンテー ブル、12:洗面台収納)は積極的に改善されることが望ましいことがわかる。また、高齢層については、負荷値が低水準
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の収納が多い中で、大きく突出しているわけではないが上位 9 グループが一群を形成しており、何らかの対応を考えるの が望ましい。 Ⅲでは若年層に較べ高齢層の分布が全体に右に寄り、階級の高いところに度数が飛んでいることから、幾つか高い負荷値 を示すものがある事がわかる。若年層のΔも比較的大きな水準にあるので、上位 2 件は改善する必要がある。 Ⅳも若年、高齢ともにΔが大きく、上位に該当する箇所の改善が期待される。高齢層の累積比率を見ると、階級の上位の 方で傾斜が急になっていることから、高負荷のものが多く存在することがわかる。高齢層は高水準のものが 3 割近くも占 めており、これも改善すべきであることがわかる。
2.9 利用事例と考察・展望 1.設計段階でのリスク評価 事前に用意した収納設備データと居住者データを用いて評価を行うことで、施工に至る以前にその住宅の持つ収納の特性 と負荷値(リスク)を検討することが出来る。高齢者と同居するような住宅を設計する場合、高齢者にとって負荷が低くな るような収納計画を検討する必要があるが、本評価プログラムを用いる事でその資料となるデータを得ることが出来る。 あるいは、リフォームなどの事例では負荷値の高い箇所を事前に発見しておくことで改修の計画が立てやすくなる。特に リフォームなどの事例は築後数十年を経ている場合があり、世代の交代や居住者自体の変化など、居住者の属性が変化して いる事も考えられ、これらの変化に対応する収納計画を考える上でも活用することが出来る。
2.住居の移転に伴う負荷値変化予測 住居の移転や新築などにともない、収納設備が一部、あるいはすべて入れ替わるようなとき、評価プログラムを利用して 転居の前後で負荷値の総和や分布がどのように変化するかを事前に予測しておくことで、負荷変化を最小限に留めるような 検討が可能である。負荷が大きく増加するようならば減じる必要があることは明らかだが、あまり大きく減少するようでは 逆に体への負荷が減ってしまい身体機能を低下させることにもなりかねないからである。
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3.個人対応施設への応用 個人の身体プロパティに対応した空間をサービスで提供する施設などが検討されているが、腰への負荷を最小限に抑える ような機能を導入する場合に本評価プログラムを利用することが可能である。利用開始時に身体プロパティデータの入った IC カードなどを提示することで、事前に室空間のしつらえを変えるような装置が稼働する場面が想像できる。 また、このような近未来的な空間ではなく、現在あるような工業施設などのように長時間肉体労働に晒される可能性のあ る場所では、作業員の身体プロパティに合わせて作業空間が自動的に対応するなどの利用の仕方も考えられる。
4.ICF 対応建築に向けた利用 ICF コードを建築で利用する方法として、設計段階でどのコードに意識が向けられたかどうかを表示するという使い方も あると考えられる。例えば本評価プログラムのように、一度に多くのものを同じ基準で評価することが出来るプログラムを 用いれば、目的とする設計が他の設計を含めた全体の分布の中でどの位置にあるか判定することが出来る。その上で再設計 を行い、リスクを減じることが出来れば「ICF コードの XXXX 番に対応した」という言い方も出来るのではないか。 あるいは単純に、設計者の「健康建築への配慮」がどの点に向けられたのかを示すだけでもよい。建築の利用者がそれを 参照することが出来れば、施設選択の指針として利用することが出来る。もちろん「配所した」という事を示すためにその 証左となるデータや評価を得ることが必要となるが、本評価プログラムの利用でそれを得ることが出来るだろう。
3 課題
本研究では負荷に対して、収納設備を利用する回数や姿勢の保持時間などのファクターを取り扱っていない。本来的には、 ユーザーのプロパティに応じた一日の動作パターンをモデル化し、それをもとに平均利用回数などから負荷値を予測するこ とが望ましい。さらには住宅の収納設備にどれくらいの重さの物がありどのような位置に収納されているかということまで 調査を行い、それらが住宅内でどのような動線で移動しているかまで調査してから評価プログラムを作成すればより現実に 近い負荷値の算出が出来るだろう。今後これらのテーマが継続的に研究され、理想的な評価プログラムへとインテグレート (統合)されてゆくことを期待したい。
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参考文献 References
Eight
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参考文献 1 研究論文 「腰に負担のかからない健康な住まいの研究」 研究室論文 牛山琴美(2003) 「身体への負担からみた収納行動とデザインの研究 -腰部負荷を中心とした収納計画評価-」 研究室論文 松井香代子(2004)
「腰部負荷から見た手をつく立ち上がり動作 -加齢対応住宅における腰部負担軽減を目的とした動作寸法体系の研究 その 1 -」
日本建築学会計画形論文集 第 586 号 51-56 2004 年 12 月 牛山琴美、長澤夏子、勝平純司、山本澄子、横田善夫、渡辺仁史(2003) 「居住空間評価のための動作の力学的シミュレーション -身体負荷による居住空間評価への応用-」 日本建築学会大会学術講演梗概集 1991 年 9 月 横井孝志、堀田明裕、吉岡松太郎(1991)
2 参考図書
「すぐわかる統計解析」 石村貞夫 東京図書 1993 年 「腰痛 119 番」 山田仁 双葉社 1996 年 「4Steps エクセル統計解析」 柳井久江 OMS 出版 2004 年 「入門 統計解析法」 永田靖 日科技連出版社 1992 年 「ICF 国際生活機能分類」 世界保健機関 中央法規 2002 年 「新・日本人の体力標準値」 東京都立大学体力標準値研究会 2000 年 「建築設計資料集成(人間)」 日本建築学会 丸善 2003 年
8 参考文献
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3 参考ウェブサイト
「統計学自習ノート」 青木繁伸 http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/lecture/index.html 「平成 16 年度版厚生労働白書」 厚生労働省 http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/04-2/index.html 「health クリック」 PCN 株式会社 http://www2.health.ne.jp/ 「知っておこう!腰痛」 アゼガミ治療室 http://www.azegami.com/youtuu/index.htm
8 参考文献
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謝辞 Gratitude
Nine
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謝辞 この一年はいろいろな意味で私にとって試練であった。 テーマが決まりきらず、あれにしようかこれにしようかフラフラと迷っていた前期。学会で聴いた渡辺先生の講演に感銘 を受けて研究テーマを思いついたあの夏。栃木の凍える寒さの中で連日強行された実験。夜に昼を接いでひたすらデスクワー クに没頭した年末年始。これまでの人生で最大の愛別離苦を経験し、そんな精神状態でも翌日の梗概提出に向けて徹夜作業 せずにはいられなかった 1 月 24 日。予定していた製本締め切りを過ぎても本文の最後尾が書き終わりきらず、不安に駆ら れていた昨日の夜。すべての通過点の光景がフラッシュバックする。そして今、ようやくここにたどり着いた。なのに、モ ニタに映し出される入力ポインタはまたすぐにここを通りすぎてゆく―――― この論文が完成できたのは本当に多くの方の助力があったからである。月並みな書き方ではあるが、まさしくその通りな のだから仕方がない。きっと恒例の「謝辞ダービー」もあることだから、なるべく多くの人たちの名前を挙げておこう。 夏の大会の講演で研究のヒントを与えてくださった渡辺仁史先生。潤沢な予算を提供してくださり、尚かつ多岐に亘って 助言を与えてくださった長澤さん。実験のすべてを把握して取り仕切り、その後の作業についても多くのアドバイスをくれ た松井さん。「実務訓練」という名目で作業を手伝ってくれた大竹さんと米沢くん。実験の被験者(兼サポート役)となっ てくれた福西くん、川島社長、田中くん、永池くん、平田くんと、シルバーセンターからきてくださった 5 名のお爺さまがた。 実験サポートに来てくれた熊倉くん、大塚さん。この時期にレポートを 4 つも書かねばならない私に救いの手をさしのべ てくれた河内さん。酒の席でも厳しい批評で私をこてんぱんに叩いてくださった HER 研究会の渡辺秀俊先生、高橋先生、 佐野さん、林田さん。論文となると駆り出されて単純作業をやらされる羽目になってしまう兄の順氏。主婦の視点による意 見を聞かせてくれた母。図面の入手に協力してくださった某アトリエの njun 氏。愚痴の相手からストレス発散のカラオケ、 考察に行き詰まったときの助言など多くの協力を頂いた工事中氏。気分転換に読んでいたらいつしか 3 周も読み返してい た「のだめ」。そして論文の完成を待たずに天国へ逝ってしまった、最愛の妹であり永遠の恋人、コロ助、じゃなくてコロ。 ここに名前が挙がっていない方にも協力を頂いているかも知れないが、まだまだやるべき作業が残っているのでこのあた りで。第二版を作る予定なので思いだしたりツッコミを頂ければ必ず加筆します。まぁ意味無いですケド。 ――――研究へと連なる道は、ここから始まってゆく。
9 謝辞
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Materials
Chapter Two
資料編
第二部
101
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
2-3 収納動作実験
資料編
102
収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
資料編
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収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
資料編
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収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
5-1 プログラムコード
資料編
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収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
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収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
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収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
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収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
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収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
6-1 サンプル住宅 収納データ
資料編
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収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
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収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
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収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
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収納動作により生じる健康リスク緩和のための設計評価手法に関する研究
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6-1 サンプル住宅 図面データ
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