U1301
早稲田大学創造理工学部建築学科卒業論文 指導教授 渡辺仁史
「張る」被服 ー着替える天井ー
An 'Over' to be put on with your Mood
有川 愛彩
Department of Architecture, School of Science and Engineering, Waseda University
「張る」被服 ー 着替える天井ー An 'Over' to be put on with your mood
目次
第 1 部 本編
1
はじめに
2
研究背景 2.1. 現代日本の住宅事情 001 2.1.1 賃貸住宅 2.1.2 インテリアの不自由 2.1.3 季節感の喪失
2.2 被服としてのインテリア 014 2.2.1 「被服」とは 2.2.2 「被い」の空間とは 2.2.3 インテリアの現状
2.3 天井アーカイブ 018 2.3.1 天井の歴史 2.3.2 天井の今 2.3.3 進化する天井
2.4 研究の位置づけ 029
3
研究概要 3.1. 用語の定義 030 3.2 研究の目的 031 3.3 研究の流れ 032
4
実験 1 4.1. 実験 1 の目的 034 4.2 実験 1 の方法 035 4.2.1 実験概要 4.2.2 実験方法 4.2.3 実験手順 4.2.4 教示内容
4.3 実験 1 の結果と分析 047 4.4 実験 1 の考察 052
5
実験 2 5.1. 実験 2 の目的 053 5.2 実験 2 の方法 054 5.2.1 実験概要 5.2.2 実験空間 5.2.3 実験手法 5.2.4 実験手順 4.2.5 教示内容
5.3 実験 2 の結果 068 5.4 実験 2 の分析 076 5.5 実験 2 の考察 089
6
まとめ 6.1 結論 090 6.2 展望 091 6.2.1 天井の可能性 6.2.2 「被服」としての天井 6.2.3 ダイヤグラム
7
おわりに 7.1 参考文献 094 7.2 謝辞 096 第 2 部 資料編
第 1 部 本編
1 はじめに
「日常」の中の「非日常」 平凡でつまらない「日常」にも 「非日常」はある。
それは、ふとした瞬間の 小さな発見や ちょっとした変化。 そう、気分転換の瞬間。
毎日洋服を着替えるように、 自分の「暮らし」も もっと簡単に、自由に 着替えることができたら・・・
「着替え」によって生まれる 「非日常」の瞬間。 非日常の連続によって 紡ぎだされる 新たな「暮らし」 を想像して・・・
2 研究背景
2.1. 現代日本の住宅事情 2.1.1 賃貸住宅 2.1.2 インテリアの不自由 2.1.3 季節感の喪失
2.2 被服としてのインテリア 2.2.1 「被服」とは 2.2.2 「被い」の空間とは 2.2.3 インテリアの現状
2.3 天井アーカイブ 2.3.1 天井の歴史 2.3.2 天井の今 2.3.3 進化する天井
2.4 研究の位置づけ
1 2. 研究背景
2.1 現代日本の住宅事情 2.1.1 日本の住宅の実態 Ⅰ . 溢れかえる日本の賃貸住宅 日本は空き家で溢れかえっている。2008 年時点で、日本に住宅は 5769 万戸 あり、うち借家は 2190 万戸ある。その借家のうち、空室となっている戸数は 413 万にのぼる。実に、18.8%の空室率である。この数字を欧米と比較してみ ると、その数値の高さが際立つ。アメリカの借家空室率は、11%、イギリスの 借家空室率は、9%と日本の半分以下となっている。首都圏では、16%、東京で は 14%と人工密度の高さに応じて低くなってはいるものの、先の 2 都市全体よ りも遥かに借家空室率が高いことが分かる。 表 2-1 住宅ストック数と空き室数 *1
図 2-1 借家の空室率の比較 出典 *1 リクルート総研 NYC,London,Paris,&TOKYO 賃貸住宅生活実態調査
http://www.jresearch.net/house/jresearch/chintai/
2 2. 研究背景 2.1 現代日本の住宅事情
2.1.1 Ⅱ . 賃貸住宅居住者の世帯構成 日本の賃貸居住者は他国と比べて圧倒的に「単独世帯」が多い。欧米諸国の 中心都市が、いずれのエリアベースでも 5 割を超えていないのに対して、日本 は全国でも 57%と過半を超え、特に東京では 63% と3分の2を超える世帯が、 単独世帯となっている。 *2 表 2-2 賃貸居住者の世帯構成
出典 *2 リクルート総研 「NYC,London,Paris,&TOKYO 賃貸住宅生活実態調査」
http://www.jresearch.net/house/jresearch/chintai/
3 2. 研究背景 2.1 現代日本の住宅事情
2.1.1 Ⅱ . 賃貸住宅居住者の世帯構成 さらに、借家住居世帯の世帯構成の割合の 1990 年からの変化を見てみると、 いずれの地域も年々「単独世帯」が増加しており、一層「個」化が進んでいく 傾向がみられる。
図 2-2 借家住居世帯の世帯構成 *3
出典 *3 リクルート総研 「NYC,London,Paris,&TOKYO 賃貸住宅生活実態調査」
http://www.jresearch.net/house/jresearch/chintai/
4 2. 研究背景 2.1 現代日本の住宅事情
2.1.1 Ⅲ . 異常な狭さ 東京の賃貸住宅の狭さはもはや異常と言ってよい。専有面積で比較すると、N.Y は 75.1㎡、ロンドンは 84.4㎡、パリは 71.4㎡であるのに対して、東京は 42.3 ㎡と欧米諸国の都市の5割程度となっている。世帯人数別に平均面積を確認して みても、N.Y.63.1㎡、ロンドン 70.5㎡、パリ 43.8㎡であるのに対して、東京は 28.1㎡と 4 東京の狭さが目立つ。 ちなみに、パリでは 19㎡以下未満の部屋は、住宅として貸すことが禁止され ている。東京でも単身者の最低居住面積水準は 25㎡となっているが、それを大 幅で下回る 20㎡未満に、28% もの人が住んでおり、都市型誘導居住面積水準の 40㎡を満たす住まいに住んでいるのは2割に満たない。専有面積の狭さから考 えると、東京の1人暮らしの居住環境は、欧米諸国に比べても国内水準に照らし ても、劣悪と言わざるを得ない。 表 2-3 各国・各都市の世帯別専有面積の平均 *4
図 2-3 世帯別の専有面積の平均の都市間比較 *4 出典 *4 リクルート総研 「NYC,London,Paris,&TOKYO 賃貸住宅生活実態調査」
http://www.jresearch.net/house/jresearch/chintai/
5 2. 研究背景 2.1 現代日本の住宅事情
2.1.2 インテリアの不自由 Ⅰ . 原状回復の義務 ただでさえ、その狭さのために劣悪な環境である賃貸住宅であるが、 その「住まい」としての質の向上を阻んでいるのは、間違いなくこの「原状回復」 の制度である。特に、頻繁に問題として取り上げられる、天井・壁の原状回復に ついて例に挙げる。国土交通省住宅局の「原状回復をめぐるトラブルとガイドラ イン(改訂版)」によると、「下地ボードの張替が必要」な程度の釘穴や鍵穴には 原状回復の義務が生じると明記されている。しかし、賃貸人の不適切な認識や拡 大解釈によって、通常の生活の損耗の範囲であり、下地ボードの張替までは不必 要な程度の損傷にまで、退居時に原状回復の義務を負わされるのが現状である。 日本の賃貸住宅は、文字通り「壁に釘一本打てない」環境と言える。 表 2-4 壁、天井の原状回復にかかるガイドライン *5
出典 *5
国土交通省 「原状回復をめぐるガイドライン」 損耗・毀損の事例区分一覧表 http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/torikumi/honbun2.pdf
6 2. 研究背景 2.1 現代日本の住宅事情
2.1.2 Ⅱ. 原状回復に付随して、問題となるのが「敷金」である。英語圏では、'security deposit' が、敷金に対応するものであるが、「保証金」の訳に相応しく、図のよ うに、欧米諸国では退居時の敷金の 100% の返還率が、60%を超えている。し かし、東京は平均の敷金の返還率が 42.3% と、他都市と比較すると著しく低く、 返還率 0% の割合も最も高くなっている。すなわち、日本は、原状回復に対する 借り手の費用負担が大きいと言える。
図 2-4 前の賃貸住宅退居時の敷金の返還率 *6
出典 *6 リクルート総研 「NYC,London,Paris,&TOKYO 賃貸住宅生活実態調査」
http://www.jresearch.net/house/jresearch/chintai/
7 2. 研究背景 2.1 現代日本の住宅事情
2.1.2 Ⅱ. (図 2-5)に見られるように、入居後に部屋の模様替えや改修を施した箇所、 また、その実施率を日本と欧米諸国で比較すると、いずれの項目においても、日 本の実施率が極めて低いことが分かる。特に欧米諸国では、「壁や天井などを塗 り直した、壁紙を貼り変えた」割合が 40%前後であるのに対して、日本はわず か 3.3%と 1 割に満たない結果となっている。この差の要因は定かでは無いが、 制約の多すぎる日本の原状回復の制度が大きく関与していることは否定できない であろう。 表 2-5 入居時の部屋の模様替え・改修経験
*7
出典 *7 リクルート総研 「NYC,London,Paris,&TOKYO 賃貸住宅生活実態調査」
http://www.jresearch.net/house/jresearch/chintai/
8 2. 研究背景 2.1 現代日本の住宅事情
2.1.2
Ⅲ . 賃貸住宅選択時の期待感の希薄化 次ページ(表 2-5)と(表 2-6)が示すように、東京で住まいを探す時に、建 物の良さや、部屋の良さといった空間的要素を重視する人の割合は、欧米の各都 市と比較して非常に少ない。部屋のインテリアやデザインを重視している人は僅 か 5%程度となっている。単に日本人はデザインに対する意識が低いのか、原状 回復等の制約によってインテリアの自由を奪われた結果、インテリアの取り扱い 方が分からなくなってしまったからなのか、定かではないが、空間の質の向上に 対する期待よりも利便性を追求するようになっていまっていることは明らかだ。 「住まい探しが、『住宅の質の改善』のためで『ライフスタイルの実現』という動 機が大きい欧米」* X との格差が如実に現れた結果となっている。
出典 リクルート総研 「NYC,London,Paris,&TOKYO 賃貸住宅生活実態調査」 http://www.jresearch.net/house/jresearch/chintai/
9 2. 研究背景 2.1 現代日本の住宅事情
2.1.2 Ⅲ.
表 2-6 住宅選びの際、重視したポイント[非常に重視した ] *8
表 2-7 建物や部屋に関して重視したポイント *9
出典 *8 リクルート総研 「NYC,London,Paris,&TOKYO 賃貸住宅生活実態調査」
http://www.jresearch.net/house/jresearch/chintai/ *9 同資料 p.
10 2. 研究背景 2.1 現代日本の住宅事情
2.1.3 季節感の喪失 Ⅰ . 日本の季節と行事 現在、我々は季節を春夏秋冬の「四季」として認識しているが、かつて日本人 は四季をさらにそれぞれ 6 つに分けた「二十四節季」に、それを補完する 6 つの 「雑節」を加えた 30 区分で季節の移り変わりを認識していた。年中行事や、民族 行事となっているもの以外あまり馴染みはないが、この細かい季節区分は、いず れも生活や農作業に対応して作られており、生活に深く根ざしたものである。
図 2-5 二十四節季と日本の行事 *10 参照 *10
「ヨード卵光薬膳マップ」http://www.yodoran.com/recipe/images/pro/yakuzen_map.jpg、 「日本の行事・暦」 二十四節季・雑季 http://koyomigyouji.com/24.htm より作成
11 2. 研究背景 2.1 現代日本の住宅事情
2.1.3 Ⅱ . 海外と比較した日本の行事 日本伝統の行事は、「節」という季節の変わり目に、無病息災、豊作、子孫繁 栄などを願い、お供え物をしたり、邪気を祓ったりしていた「節句」に基づいて いる。前ページの図 2-5 に示した行事の中でも特に、人日(じんじつ・1 月 7 日)、 上巳(じょうし・3 月 3 日)、端午(たんご・5 月 5 日)、七夕(7 月 7 日)、重陽(ちょ うよう・9 月 9 日)の 5 つを五節句という。中国の歴法と、日本の風土や農耕を 行う生活の風習が合わさり、宮中行事となったものが「節句」の始まりとされて いる。 一方で、海外、特に欧米諸国の行事は、表 2-8 に示すように、宗教的・人文的・ 社会的要因に基づいている。つまり、季節の移り変わりから自然発生的に行事が 生まれた日本とは対照的に、外国は行事を通して季節を認識するという全く逆の 構図になっているのである。 表 2-8 主なアメリカの年中行事とその発生要因 *11
参照 *11 「アメリカの年中行事」
http://www.geocities.jp/kuta_satoko/sanjosel/annual_event/annual_event.htm より作成
12 2. 研究背景 2.1 現代日本の住宅事情
2.1.3 Ⅲ . 住宅の欧米化 文化だけではなく、住宅様式も欧米化が進んだ現代日本の住宅では、季節感が 喪失している。伝統家屋、和室という様式は、自然と親密で、自然をうまく生活 の中に取り入れることを可能にしてきた。例えば、湿気が多く、夏暑くて冬寒い 日本の環境に合わせて畳の文化は築かれてきた。また、内と外との境界を半透明 な障子にすることで、透過される自然の光や音と、その変化を敏感に感じ取って きた。
図 2-6 和室のイメージ
*12
図 2-7 障子のイメージ
*13
出典 *12 http://us.123rf.com/400wm/400/400/psudochromis/psudochromis0806/psudochromis080600002/3140109-traditional-
japanese-tatami-room.jpg *13 佐藤理監修「初めての茶室」p.23
13 2. 研究背景 2.1 現代日本の住宅事情
2.1.3 Ⅳ . 茶室空間 日本の伝統建築の空間の中でも、最も自然と向き合い、自然との親和性を尊重 してきた空間は、茶室である。床の間には、その時季の掛軸を飾り、花を生ける。 茶席に使用する茶道具や、茶菓子にも季節感は欠かせない。また、茶室は空間の 設えそのものも、自然を内に取り込もうと趣向を凝らされている。円窓から見る 茶庭、障子や、突き上げ窓(図 2-9)越しに感じる自然の気配など、季節とその 移ろいを愛でる日本人本来の美意識が、この茶室空間には凝縮されているのであ る。
図 2-8 茶室のイメージ *14
図 2-9 突上げ窓
*15
図 2-10 円窓 *16
出典 *14 「叶 匠寿庵」http://www.kanou.com/img/shop/chashitsu/img_main006.png *15 「窓クラブ」 http://ps.nikkei.co.jp/YKKAP/season5/sikitari/01/03.html *16 「tenki.jp」 http://tenki.jp/user/photo/detail?member_photo_id=44
14 2. 研究背景
2.2 被服としてのインテリア
2.2.1 「被い」の空間とは 「被」と「覆」。この 2 語は、「おおう」という読み方こそ同じであるが、異な る意味を持っている。「おおう」という意味以外に、 「覆」は、 「かぶせる・つつむ・ かばう・かくす」という意味を持つ。一方で、「被」は「かぶる」という意味に 加えて、「着る・身につける」、さらには「かつら・夜着・かけぶとん・ふすま」 という意味をも含むのである。 つまり、「覆い」と「被い」は図 2-11、2-12 のようなイメージで認識される。 その蓋をされたように閉鎖的で、包み隠された「覆い」を現代建築の空間とする なれば、「被い」の空間として、もっと軽やかで開放的で、柔軟性のある建築空 間を創造できると考えられる。
図 2-11 「覆い」のイメージ
図 2-12 「被い」のイメージ
参照 「新版 漢語林」 鎌田正・米山寅太郎 著
15 2. 研究背景 2.2 被服としてのインテリア
2.2.2 「被服」の再定義 2.2.1 の「被」の定義から、「被服」は、「人体の表面近傍に存在するもので、 人間に何らかの気配や作用をもたらすもの、その形態は状況や心理に柔軟に応じ、 可変であるもの。」と解釈する。 この解釈からすると、「被服」は、一般的な装飾品や衣服だけではなく、身体 に密着した女性の化粧から、気配として間接的に人間に影響を及ぼすインテリア の要素まで、広義に捉えることができる。事実、「着る」を意味する英語の put on には、「衣服を着る」という意味の他に、「<帽子などを>かぶる<手袋など を>はめる<眼鏡を>かける」といった装飾品を身に纏う意味、更に「<化粧を >する」という意味まで含まれている。つまり、 put on するものを「被服」で あると考えると、化粧は「塗る被服」と表現できる。 'put on' する化粧や衣服を気分や環境に応じて変化させるように、インテリア にも「被服」性を実現する可能性は十分にあると考えられる。
図 2-13 「被服」の範囲 参照 「新英和中辞典」 竹林滋・東信行・諏訪部仁・市川康男 編集 研究社
16 2. 研究背景 2.2 被服としてのインテリア
2.2.3 インテリアの現状 2.1.2 で述べたように、日本の住宅のインテリアは不自由であるとはいえ、近 年リノベーションの需要の高まりや、それに伴うセルフリノベーションの普及か ら、大きく形態を変えようとしているのも事実である。例えば、原状回復の義務 無しに壁だけ自由なカスタマイズを可能にした UR のリノベーションや* 17、「住 み手の理想の暮らしに合わせて、家を着こなしていく」といったコンセプトで下 町の木造のリノベーションを行っている例* 18 等がある。リノベーションにより、 人それぞれが持つ好みや理想を反映した住まい選びや、住まいづくりを可能にし ようとする動きはますます加速することが予想される。
図 2-14 東京 R 不動産 - カスタマイズ UR プロジェクト*17
図 2-15 東 京 R 不 動 産 -HOUSE VISION
図 2-16 blue studio
「編集の家」
月島 2 丁目住宅「HOUSE&RECIPE」
出典・参照 *17 「東京 R 不動産」http://www.realtokyoestate.co.jp/ *18 「blue studio」 http://www.bluestudio.jp/
*18
17 2. 研究背景 2.2 被服としてのインテリア
2.2.3 また、経済的理由や既存の住宅の制約を受け、大幅に内装を変えることができ ない人でも、空間を自分仕様にカスタマイズしたいという需要の高まりによって、 'DIY=Do It Yourself という考え方に注目が集まっている。リノベーション事業例 で挙げた東京 R 不動産は、「tool box」という「自分の空間を編集する」*19 DIY ア シストのサービスも展開している。また、施工が容易で DIY に適した輸入壁紙を 専門に展開する「WALPA」、好みに合わせて壁用ペンキの色を簡単に調合してく れる「Benjamin moore paints」など、DIY 先進国である、欧米のシステムを輸入 する事例も多い。リノベーションにせよ、DIY にせよ、「自分の空間を自分好み にカスタマイズする」、「飽きたらまた変えればいい、変えることができる」とい う柔軟性が、「被服」的なインテリアの発現であると言える。
図 2-17 tool box*19
図 2-18 WALPA *20
図 2-19 ベンジャミンムーア*21
引用・出典・参照 *19 「tool box」http://www.r-toolbox.jp/「tool box とは」より引用 *20 「輸入壁紙専門オンラインショップ WALPA」http://walpa.jp/ *21 「ベンジャミン・ムーアペイント」ホームページ http://www.benjaminmoore.co.jp/
pinterest ページ http://www.pinterest.com/benjamin_moore/ より作成
18 2. 研究背景
2.3 天井アーカイブ
2.3.1 天井の歴史変遷 Ⅰ . 西洋建築史における天井 「天井」と「屋根」は表裏一体である。本来、「天井」は、「屋根」の形状の現 れであった。特に、より高い天井の実現を追求した中世以前の教会建築において、 その構造は進化してきた。屋根を支えるものとしての機能性だけではなく、その 構造体としての「天井」の美しさは、教会の内部空間を構成する上で欠かせない 要素だったのである。 西洋建築における「天井」の形状の特徴は、アーチ構造である。アーチ自体に も地域や時代によって様々な構造がある。(図 2-20)さらに、そのアーチ構造を 連続させることで「ヴォールト」、回転させることで「ドーム」の形状が実現した。
図 2-20 アーチの種類 *22
出典 *22 「建築史」編集委員会 編著 「コンパクト版 建築史【日本・西洋】」, p.69
19 2. 研究背景 2.3 天井アーカイブ
2.3.1 Ⅰ. 以下、(図 2-21)に、ヴォールト型天井の変遷を示す。 1の「ラ・マドレーヌ大聖堂(フランス)」は交差ヴォールトを、2の「ダラ ム大聖堂(UK)」はリブ・ヴォールトを最初に用いた。3の「エクシター大聖堂 (UK)」は構造体であるはずのリブが装飾化した例であり、4 の「キングス・カレッ ジ礼拝堂(UK)」の天井は複雑なファン・ヴォールトの例である。 1093 1220 年頃
1120 60 年頃
1 2 4 3
1446 1515 年頃 図 2-21 ヴォールトの変遷
1280 1350 年 *24
出典 *23 1"Basilique Sainte Madeleine" http://www.flickr.com/photos/51366740@N07/4951878239/in/set-72157624337707452/
2."Durham Cathedral " http://www.imagesofdurham.com/images/image1.jpg" 3."King's Collage Chapel" http://static.panoramio.com/photos/large/4343931.jpg 4."Exter Chapel"http://4.bp.blogspot.com/-3cZo6jBl6Vo/Uby0wI4zBpI/AAAAAAAABLw/vFS_aKNz6r0/s1600/cathedral2.jpg
20 2. 研究背景 2.3 天井アーカイブ
2.3.1 Ⅰ. 以下、(図 2-22)に、ドーム型天井の例を示す。 ドーム型天井の例としては、 (図 2-22)左の「サン・マルコ聖堂(イタリア)」、 「セ ント・ジュヌヴィエーヴ聖堂(フランス)」が挙げられる。後者は現在、「パンテ オン」と呼ばれている
図 2-22 ドーム型天井の例 *25
出典 *25 左:"Basilica di San Marco" http://www.turisteuropa.ro/wp-content/uploads/2009/09/Basilica-Sfantul-Marcu-interior-mare.jpg
右:"Paris Pantheon "http://www.dudziak.com/pictures/europe_summer2007/paris/pantheon/paris_pantheon_dome_2_1600.jpg
21 2. 研究背景 2.3 天井アーカイブ
2.3.1 Ⅱ . 日本建築史における天井 日本建築史における、伝統的な建物の屋根の形状は、切妻型や寄棟型、入母屋 型が基本である。曲線的な形状を有する中世以前の西洋建築と比較すると、直線 的な特徴があることが分かる。その違いの決定的要因は、西洋の建築は石造であっ たのに対して、日本の建築は木を組んで構造体としていたことにある。
図 2-23 日本建築に代表的な屋根の形状の例
*26
出典 *26 住吉大社:http://osaka-senka.up.d.seesaa.net/osaka-senka/image/200901_04.jpg?d=a0
正福寺地蔵堂:http://www.city.higashimurayama.tokyo.jp/tanoshimi/rekishi/furusato/bunkazai/fukikae.images/shofukuji.jpg 熊野神社長床 http://www.ntt-fukushima.com/tokushu/014/images/spot/aizu-p1.jpg
22 2. 研究背景 2.3 天井アーカイブ
2.3.1 Ⅱ. 屋根を支える構造体の美としての天井の特徴は日本建築史においてはあまり見 られないが、着目すべきは茶室・数寄屋の様式の天井である。 数寄屋の天井の種類は、その形状から平天井、棹縁天井、格天井、折上各天井、 折上各天井、折上平天井、亭式天井、舟底天井、吊天井、張違い天井、掛込天井、 落ち天井、葺下天井があり、材料にから、網代天井、長片木天井、簾張り天井、 土天井、紙張天井、竹張天井などがある。*27 以上の天井から抜粋して、以下(図 2-24)と(図 2-25)に図示する。
図 2-24 数寄屋における天井伏図
*27
図 2-25 茶室の天井の形状の種類 *28 出典 *27
北尾春道編「数寄屋図解事典」, p.230 *28 インテリアコーディネーター試験対策用語辞典
http://intericoo.com/2006/04/post_310.html より作成
23 2. 研究背景 2.3 天井アーカイブ
2.3.1 Ⅱ. 茶室(書院造)と、数寄屋について、特徴的な形状の天井を持った建築空間の 例を以下(図 2-26)に示す。
図 2-26 茶室の天井の形状の種類 *28
出典(左上から時計回りに) *28
・「成巽閣 2 階群青書見の間」http://www.seisonkaku.com/midokoro/midokorotop.html ・「桂離宮月波楼」http://www.geocities.co.jp/Hollywood/2964/2013/60geppa/04.jpg ・佐藤理監修「初めての茶室」, p.38(大徳寺) ・「妙喜庵 待庵」http://livedoor.blogimg.jp/aoi515horikawa/imgs/b/5/b5233646.jpg
24 2. 研究背景 2.3 天井アーカイブ
2.3.2 天井の今 現在、あらゆる建築物の内部で、フラットな形状以外の天井を目にすることは ほとんどない。壁紙や床材には多かれ少なかれ建物による個性があるが、天井は 一様である。 天井に求められているのは「機能性」だけである。耐震性能をいかに高めるか、 配線や配管、空調等の設備をいかに上手く「隠す」か、またいかに防音できるか といった観点からしか捉えられていない。 その結果、特にオフィス空間は、無機質でフラットな「システム天井」( 図 2-27)ばかりになってしまっている。住宅においても同様にフラットな天井し か見られず、デザイン性は完全におざなりにされていると言える。
図 2-27 耐震性を強化したシステム天井
出典 *29 「耐震性を大幅に強化した大林組のシステム天井『O-GRID』」
http://www.obayashi.co.jp/press/news20130226_01
*29
25 2. 研究背景 2.3 天井アーカイブ
2.3.3 進化する天井 近年、天井にデザイン性を付加することによって、新たな室内空間を生み出そ うする流れがある。特に、海外の店舗での実施事例が多い。以下の 3 点に分類して、 実例を挙げる。 Ⅰ . グラフィカルなもの Ⅱ . 天井に大胆な装飾を施すことで、新たな形状を生み出しているもの Ⅲ . プロジェクションにより視覚的な形状変化を生み出そうとするもの
参照 ・FRAME #93 ・SPA-DE Vol.19
26 2. 研究背景 2.3 天井アーカイブ
2.3.3 Ⅰ . グラフィカルなもの ① Future Society Mama shelter(デザイン:Phillippe Starck)
図 2-28 グラフィカルな進化型天井の例 1
*30
② RGB(デザイン:Carnovsky) ・・・RGB の照射で柄が変化する壁紙
図 2-29 グラフィカルな進化型天井の例 2
*31
出典 *30 http://www.starck.com/en/architecture/categories/hotels.html#mama_shelter_lyon "STARCK®" *31
"Cohabitaire" http://www.starck.com/en/architecture/categories/hotels.html#mama_shelter_lyon
27 2. 研究背景 2.3 天井アーカイブ
2.3.3 Ⅱ . 天井に大胆な装飾を施すことで、新たな形状を生み出しているもの ① Froyo Yogurteria in Volos
図 2-30 大胆な装飾を付加した進化型天井の例 1
*32
② Ice Cream Castle(デザイナー:Scenario Interior Architects)
図 2-30 大胆な装飾を付加した進化型天井の例 2
*33
出典 *32 "Ahylo studio"http://studio.ahylo.com/froyo-yogurteria-volos *33
"jornaldudesign" http://www.journal-du-design.fr/wp-content/thumbnails/uploads/2012/11/Diplom-tt-width-590-height- 388-crop-1-bgcolor-000000-except_gif-1.jpg
28 2. 研究背景 2.3 天井アーカイブ
2.3.3 Ⅲ . プロジェクションにより視覚的な形状変化を生み出そうとするもの ○ Mi-sha(デザイナー:Simone Micheli)
図 2-31 プロジェクションによる進化型天井の例
*34
出典 *34 "Archello"
http://www.archello.com/sites/default/files/imagecache/header_detail_large/MiSha003.jpg
29 2. 研究背景
2.4 研究の位置づけ 天井に関する既往研究については以下の 5 つの研究が挙げられる。 6.4.1 北川らは、ヴォールト天井の形態変化に伴い、拡散光が変化することで、明る さと広さも変化することを明らかにした。しかし、北川らは心理的効果について は明らかにしていない。実験は CG を用いて行っている。 *35 6.4.2 高田らは、曲面天井の曲率と色彩を変化させることで、空間を広く見せること が可能であること、明度の高い色においては曲率を操作することで更に広さ感を 増すことが可能であることを明らかにした。実験は 1/10 の模型を使用して行っ ている。*36 6.4.3 河原林らは、地下街のような閉塞空間において、天井のくぼみをもつ通路の空 間形状意識について明らかにしたが、実験は CG を用いて行っているため、その *37
評価は視覚的印象に止まったものである。 6.4.4
天野らは、内部と外部が一体的に設計された実空間において、傾斜型天井の形 態が印象に及ぼす影響を明らかにした。心理評価というよりは、特に視覚性に関 する印象評価を明らかにしている。実験は実空間を被験者に体験させることで 行っている。
*38
6.4.5 服部らは、舟底天井の住宅居室の室空間を対象とし、その天井の勾配・壁面高・ 平面形状の変化により、空間の広がりや質に関しての印象が変化することを明ら かにした。実験は、模型の内部を撮影したものを用いて行っている。 *39
参照 *35 ヴォールト天井の断面変化と間接照明光が与える心理効果に関する研究 http://ci.nii.ac.jp/naid/110009521940(2011)北川真悠 *36 曲面天井を持つ有彩色空間の印象評価(環境工学)http://ci.nii.ac.jp/naid/110008595100(2011)高田佳栄 *37
閉塞空間における天井のくぼみをもつ通路の空間形状意識 http://ci.nii.ac.jp/naid/110007988603(2009)河原林健 *38
空間での天井形態タイプによる心理評価の分析 : ランドスケープ的視点による天井形態の研究 http://ci.nii.ac.jp/naid/110007077677(2008)天野由佳 *39
舟底天井空間のスケール感および印象評価に関する研究 http://ci.nii.ac.jp/naid/110006597133(2001)服部剛典
3 研究概要
3.1. 用語の定義 3.2 研究の目的 3.3 研究の流れ
30 3. 研究概要
3.1 用語の定義
被い : 本研究では、気配として身体に作用を及ぼすものを「被い」と定義する。「すっ ぽり隠すもの」といった意味を有する、 「覆い」とは区別して、 「被い」を用いる。 例えば、ベールやコート、布団等のイメージである。
被服: 「被服」とは、「人体の表面近傍に存在するもので、人間に何らかの気配や作用 をもたらすもの」であり、その意味では、衣服だけではなく、装飾品や寝具も「被服」 に含まれる。また、この定義によっては、化粧も「塗る被服」と呼ぶことができる。
張る被服: 本研究では、天井のことを「張る被服」と定義する。上記の「被服」の解釈の 適用から、インテリアの要素も「被服」と呼ぶことができる。室内空間において 身体に作用する最大単位の「被い」として天井を捉えた。
31 3. 研究概要
3.2 研究の目的 本研究は、住空間における天井の形状の違いが、感情に影響を及ぼすこ と、またその影響の形状別の特徴を明らかにし、可変的な「被服」として の天井の可能性を示すことを目的とする。
32 3. 研究概要
3.3 研究の流れ 本研究は次のような流れで進める。
第 2 章 基礎研究 「過去の天井へのアプローチをアーカイブすることで、本研究で使用する 天井の形状のヒントを得る」 目的:試験体とする天井の形状を決定。 調査対象:文献。商業施設の天井。 方法:特徴的な形状を持った天井を、文献からとフィールドワークにより抽出し、 様式別に分類する。
↓ 第 4 章 実験 1 「天井の形状がもたらす感情の変化の有無の観測」 目的:特徴的な天井空間における感情の変化の有無の観測と、実験 2 に用いる 天井の形状の決定 場所:可変的な天井を施工した研究室 対象行動:特徴的な天井空間の体験時の行動の変化、脳波の変化、発話
↓ 第5章 実験 2 「天井の形状の違いがもたらす感情変化の特徴の抽出」 目的:特徴的な天井空間がもたらす感情の変化の特徴の抽出。 場所:可変的な天井を施工した研究室 対象行動:特徴的な天井空間の体験時の行動の変化、アンケートによる印象評価、 発話
33 3. 研究概要 3.3 研究の流れ
次に、より具体的な研究の流れを説明する為に、フローチャートを作成する。
4 実験 1
「特徴的な天井空間における感情の変化の有無の観測と、 本実験に用いる天井の形状の決定」
4.1. 実験 1 の目的 4.2 実験 1 の概要 4.2.1 実験内容 4.2.2 実験方法 4.2.3 実験手順 4.2.4 教示内容
4.3 実験 1 の結果と分析 4.4 実験 1 の考察
34 4. 実験 1
4.1 実験 1 の目的 2 章 4 節において示したように、過去の天井に関する研究で、室内空間の天井 の形状の違いに着目したものは無い。また、天井の形状がもたらす感情への影響 を原寸大で評価した研究はほとんどない。そこで、本実験では、天井の形状を変 えることによる感情の変化の有無を観測すること、実験 2 で用いる天井の形状 と感情変化の測定方法を決定することの 3 点を目的とする。
35 4. 実験 1
4.2 実験 1 の方法
4.2.1. 実験概要 実施日:10 月 6 日・8 日 場所:早稲田大学西早稲田キャンパス 55 号館 S 棟 9 階 被験者:20 歳代の女性 3 名 所要時間:1 被験者当たり 60 分 実験機材: ・脳波計(nurowear 製 necomimi) ・カメラ(録画用、Nikon 製 COOLPIX 広角レンズ) ・三脚 ・iphone4S(ボイスレコーダー用)
図 4-1
図 4-2
図 4-3
三脚
(上 )NIKON 製 COOLPIX
nerowear 製
(下)Apple 社製 iphone4S
necomimi
36 4. 実験 1 4.2 実験 1 の方法
4.2.2 実験方法 Ⅰ . 実験室の図面 実験室となる部屋 z の実験空間の配置は以下図 4-4 の通りとする。
図 4-4 実験空間の図面
※条件を揃えるために、図 4-4 上方の開口部に設置されたブラインドは 常時閉めて実験を行った。
37 4. 実験 1 4.2 実験 1 の方法
4.2.2 実験方法 Ⅱ . 実験で使用した天井の形状と名称 2.2.3 を参考に、実験に用いる 4 つの天井の形状を決定した。 以下、その形状と名称を示す。(図 4-5)
図 4-5 実験に用いる天井の形状と名称
38 4. 実験 1 4.2 実験 1 の方法
4.2.2 実験空間 Ⅲ . 実験空間に用いた材料 本実験で使用した材料は以下の通りである。 <下地> 600mm スパンで石膏ボード吊り天井にヒートン白を打つ。 ・トグラー T9.5(石膏ボード 9.5mm 最適型 9-11mm 用) ・ヒートン 白(WAKI 中空壁用 壁厚 9-11mm)= Hw ・ヒートン 小(サイズ 22mm、線径 2.5mm)= Hs ・凧糸 3 号 ・ラミン丸棒 (1820 × 10 φ mm) <天井> ・カーテン (IKEA "VIVAN":1450 × 2500mm 、2 枚組) ・竹 (1800 × 10 × 3mm) ・カーテンクリップ 白 (25mm) ・カーテンクリップ シルバー(38mm) ・S 字フック(18mm) ・プラスチックリング 透明(15mm) ・安全ピン (43mm) ・強力マグネット(マグネット壁側用) ・画鋲(石膏下地壁側用) ※カーテンクリップは同一商品を必要個数入手できなかった為、2 種類 用しているが、どちらか同じサイズに統一することが好ましい。 <間仕切り> 1 つの部屋を 3 つの実験空間に間仕切る。 ・カーテン (IKEA "VIVAN":1450 × 2500mm、2 枚組)
使
39 4. 実験 1 4.2 実験 1 の方法
4.2.2 Ⅳ . 実験で使用した天井空間 本実験では、Ⅲの材料を用いて以下のような天井空間を施工した。 (図 4-6)∼(図 4-10) 詳しい施工方法は、資料編に記載する。 ◆天井下地
図 4-6 実験に用いた天井下地の詳細
40 4. 実験 1 4.2 実験 1 の方法
4.2.2 Ⅲ. ◆天井 A:キリツマ型
図 4-7 天井 A の全体像・パース・被験者からの風景
41 4. 実験 1 4.2 実験 1 の方法
4.2.2 Ⅲ. ◆天井 B:カテナリー型
図 4-8 天井 B の全体像・パース・被験者からの風景
42 4. 実験 1 4.2 実験 1 の方法
4.2.2 Ⅲ. ◆天井 C:アーチ型
図 4-9 天井 C の詳細・パース・被験者からの風景
43 4. 実験 1 4.2 実験 1 の方法
4.2.2 Ⅳ. ◆天井 D:ギャザー型
図 4-10 天井 D の詳細・パース・被験者からの風景
44 4. 実験 1 4.2 実験 1 の方法
4.2.2 Ⅴ . 次に、実験に用いた空間の形状と寸法の根拠を示す。
・天井高:2400mm 実験に用いた空間の元の天井高は H=3300mm であった。日本の住宅の平均的 な天井高と言われている高さにするために、600mm 下げた高さの位置に天井下 地を施工し、天井高を H=2400mm とした。
・実験室幅:3500mm 単独世帯用の賃貸住宅で一般的な部屋の広さである 6 畳間の寸法、2700mm × 3600mm を基準とした。本実験で用いた部屋の元々の寸法が 3500mm であっ たため長辺はその幅を利用した。短辺は、空調の設置位置の都合上 2700mm の空間が 2 つ作れなかったため、施工可能な最大幅をとって、実験室 X は 2150mm、実験室 Y は 2000mm とした。
・天井 A:キリツマ型 2.3.1 より、日本の伝統建築によく見られる屋根の形状の中で、最も単純な「切 妻型」を選んだ。
・天井 B:カテナリー型 本研究では天井の素材として布を用いたが、その特徴である「たわみ」が最も 強調された状態としてこの形状を選んだ。
・天井 C:アーチ型 2.3.1 より、西洋建築史の特徴として挙げた「アーチ」を基に選んだ。
・天井 D:ギャザー型 2.3.3 より、進化型の不規則な形状を表現すべく、本研究で用いた下地と布の 天井で実現可能なものとして、ギャザーの形状を選んだ。
45 4. 実験 1 4.2 実験 1 の方法
4.2.3 実験手順 以下のような手順で実験を行った。 1. 待機室 Z に入ってもらい、通常の天井の形状である、フラットな天井を体験 してもらう。 2. 被験者に脳波計を装着してもらい、慣れてもらう。 3. 2. の状態のまま、実験者は被験者に実験内容を教示する。 4, 脳波計をつけたまま、実験室 X に設置した天井 A 空間に入り、被験者のみ でその空間を 5 分間体験してもらう。脳波計 necomimi の耳の動きや、表情・視 線の変化を後で確認する為に、この様子はビデオカメラで録画しておく。 5. 5 分後、実験者が天井 A 空間に入る。 6. 天井 A 空間の中で、実験者は被験者に天井 A のイメージについてのヒアリ ングを行う。 7. 被験者に待機室 Z に一度戻ってもらい、フラットな天井空間の状態を思い出 してもらいつつ、次の実験まで待機してもらう。 8. 被験者の待機中に、実験者は実験室 X の天井を A → B に取り替える。 9. 被験者に 4. ∼ 6. の動作を実験室 X に設置された天井 B 空間においても同様 に実施してもらう。 10. 被験者に待機室 Z に戻ってもらった後、4. ∼ 6. の動作を今度は実験室 Y に設置された天井 C 空間で実施してもらう。 11. 被験者に一度待機室 Z に戻ってもらい、フラットな天井空間の状態を思い 出してもらいつつ、次の実験まで待機してもらう。 12. 被験者の待機中に、実験者は実験室 Y の天井を C → D に取り替える。 13. 被験者に 4. ∼ 6. の動作を実験室 Y に設置された天井 D 空間においても同 様に実施してもらう。
46 4. 実験 1 4.2 実験 1 の方法
4.2.4 教示内容 実験 1 での教示内容は以下の通りとした。
(待機室 Z で) まず、このフラットな天井空間を記憶して下さい。 今から、天井の形状が異なる天井 A 空間に入っ てもらいます。5 分間 1 人で、その空間を自由に体 験して下さい。 5 分後、実験者が一緒に天井 A 空間に入って、そ の空間に対するイメージについての質問をいくつか するので、思いつくままに、あまり考えこまずに答 えて下さい。 天井 A と同じ一連の動作を天井 B ∼天井 D にお いても同様に行ってもらいます。 質問は、いずれもフラットな場合と比較した場合 のイメージで答えて下さい。
47 4. 実験 1
4.3 実験 1 の結果と分析 天井 A ∼天井 D について、以下 2 点について結果を述べる。 α:ヒアリングの要約 β:モニタリングから得られた情報 ・αについて 「天井のイメージに関する質問」のヒアリング中に、被験者が発したワードを 抽出し、①その天井に対する印象②その天井を見て具体的にイメージするものや 場所③その天井が自分の住宅にあれば良い場所はあるか、の 3 つの項目に分け 表にまとめる。 それらのワードの中で特に、空間が感情に肯定的に作用したと推察される要素 をピンク、否定的に作用したと推察される要素を青で示す。 ・βについて ビデオカメラによるモニタリングによって、脳波計の動きから被験者の状態を 観測する。また、表情や視線の位置等、行動に変化が見られれば、その点につい ても示す。 なお、脳波計測については、'necomimi' の説明書に示された以下 4 つのモー ドサンプル(図 4.XX)を元に行う。
図 4-11 脳波で変わる 4 つのモード
*40
※被験者ⅰ∼ⅲのうち、被験者ⅰに関しては、天井 A・B のヒアリング結果しか 得られなかった。 参照 * 40
neurowear 製 "necomimi" 説明書
48 4. 実験 1 4.3 実験 1 の結果と分析
Ⅰ . 天井 A:キリツマ型 α:表 4-1 から、「リラックスできる」、「守られている」等、プラス因子が比 較的多く、かつマイナス因子は見られないことから、天井 A はフラットな天井に 比べて、感情がプラスに変化する傾向が見られたと言える。 また、プラスの印象を述べた被験者ⅰ・被験者ⅲは、具体的なイメージに「ロフト」 や「屋根裏部屋」と答えており、類似空間の体験の有無も、印象評価に関与する 可能性があることが考察された。 表 4-1 天井 A の印象に関するヒアリング
β:図 4-12 のように、被験者ⅱはゾーンモード、被験者ⅲは、リラックスモー ドとノーマルモードを交互に示した。ⅱの被験者は、口頭で得られた印象は強く ないものの、脳波計は激しい動きを示した。しかし、これが初めに体験する特徴 的な天井だった為、その影響もあると思われる。
図 4-12 天井 A の脳波計測
49 4. 実験 1 4.3 実験 1 の結果と分析
Ⅱ . 天井 B:カテナリー型 α:表 4-2 から、「狭い」、「圧迫感がある」等、マイナス因子が多い。しかし、 その天井の近さが逆に心地よくリラックスできるといった意見も聞かれた為、感 情にどのような影響を及ぼすか、一概に判断できない。しかし、フラットな天井 の時と比較して、天井 B は感情に何かしらの影響を与えるということは明らかと なった。 表 4-2 天井 A の印象に関するヒアリング
β:図 4-13 のように、被験者ⅱは主にノーマルモードで、たまにリラックス モード、被験者ⅲはノーマルモードとリラックスモードを交互に示した。ⅱは、 天井 B に否定的な印象を持っているが、脳波はリラックスモードになることもあ り、言語表現と脳波測定に差が生じる結果となった。
図 4-13 天井 B の脳波計測
50 4. 実験 1 4.3 実験 1 の結果と分析
Ⅰ . 天井 C:アーチ型 α:表 4-3 から、「広い」、「無心になれる」といった意見が聞かれた。リラッ クス度については、2 被験者間で意見の相違が見られるが、「リラックスはあま りできない」と答えた被験者ⅲについても、文脈から、空間に対するイメージは マイナスではないと言える。いずれにせよ、この天井 C が感情や気分に何らかの 影響を及ぼしていることは確認できた。 表 4-3 天井 C の印象に関するヒアリング
β:図 4-14 のように、被験者ⅱは主にゾーンモード、被験者ⅲはリラックスモー ドと集中モードを交互に示した。ⅲについては 4 つの中でこの天井 C が 1 番リラッ クスモードになっている時間が長かった。この脳波測定の結果からも天井 C は感 情に何らかの影響を及ぼすことが分かった。
図 4-14 天井 C の脳波計測
51 4. 実験 1 4.3 実験 1 の結果と分析
Ⅳ . 天井 D:ギャザー型 α:表 4-4 から、「開放感がある」、「リラックスできる」等、プラス因子しか 見られないことから、天井 D はフラットな天井に比べて、感情が大きくプラスに 変化する傾向が見られたと言える。また、「狭くない」「天井が高い」という意見 が生じたのは、天井 D は天井最大高さよりも極端に下がっている場所が無いため、 天井を意識しすぎず、「気配」として捉えることが可能だからではないかと推察 される。 表 4-4 天井 D の印象に関するヒアリング
β:図 4-15 のように、被験者ⅲは、リラックスモードと集中モードを交互に 示したが、集中モードになっている時間の方が長かった。ⅲは勉強部屋に適して いると答えていたため、言語表現と脳波測定の結果が一致したと言える。(被験 者ⅱについては機器の影響で撮影できなかった。)
図 4-15 天井 D の脳波計測
52 4. 実験 1
4.4 実験 1 の考察 4.3 より、フラットな天井と比較して、特徴的な形状を持った天井 A ∼ D は、 いずれも感情に何らかの影響を及ぼすことが明らかになった。感情に肯定的な影 響を与えるか、否定的な影響を与えるかについては、天井の形状の種類単体で評 価するのは難しく、個人の好み、イメージするその天井の用途、類似空間体験の 有無の違い等が掛け合わされて評価できるものであると考えられる。 この 4 パターンの天井それぞれのもたらす印象と感情変化を詳細に明らかにし ていくために、実験 2 においても本実験と同じ形状の天井 4 パターンを用いるこ とにする。また、本実験では蛍光灯の下に布を吊っている為、布が透けており、 天井の形状による影響なのか、「透けている」ことによる影響なのか曖昧になっ てしまった。そのため、実験 2 では布が透けないように、布の上からの光を遮断 し、下から光を当てる実験も並行して行う。 次に、感情変化の測定についてだが、脳波計を用いた測定については、4.3 Ⅱ βで言語表現と脳波測定に相違が見られた。また、本実験で使用した 'necomimi' は、4 つの状態のモードしか識別できず、被験者の脳波の個人差により、計測さ れやすいモードに偏りがある可能性があった。(被験者ⅱは、ゾーンモードにな りやすくリラックスモードになりにくい。被験者ⅲはその逆であった。)以上の 理由から、感情変化の「有無」の測定には十分だったが、具体的な変化に関して は正確性に欠けるため、実験 2 では使用しない。'necomimi' より精度の高い脳波 計もあったが、bluetooth 機器であり、計測時に被験者の動きが制限され、実験 での使用に適さないため、脳波の測定は実験 2 では行わない。 本実験において、ヒアリングでは発話量に個人差が見られたため、実験 2 では SD 法を用いたアンケートを追加し、定量的評価を得る。また、ヒアリングにお いても、本実験での 3 つの質問項目に加えて、住宅に特化した過去の空間体験の 記憶についての質問項目を追加する。
11
5 実験 2
「天井の形状の違いがもたらす感情変化の特徴の抽出」
5.1. 実験 2 の目的 5.2 実験 2 の方法 5.2.1 実験概要 5.2.2 実験空間 5.2.3 実験手法 5.2.4 実験手順 4.2.5 教示内容
5.3 実験 2 の結果 5.4 実験 2 の分析 5.5 実験 2 の考察
53 5. 実験 2
5.1 実験 2 の目的 4 章において、天井の形状の違いが感情に何らかの影響を及ぼすことは明らか になった。そこで、本実験では、天井の形状の違いによって生じる感情の変化の 特徴の抽出と、その違いを生む要因を明らかにすることを目的とする。
54 5. 実験 2
5.2 実験 2 の方法
5.2.1. 実験概要 被験者に通常時のフラットな天井とは異なる、特徴的な形状を有した天井空間 を 4 つ体験し、印象評価してもらう。またそれぞれの天井に対して持つイメー ジや、今までの空間体験の記憶等に関するヒアリングを行うことで、天井の形状 がもたらす感情の変化の特徴について調べる。 実施日:10 月 16 日∼ 19 日 場所:早稲田大学西早稲田キャンパス 55 号館 S 棟 9 階 被験者:20 歳代の男女 8 名 所要時間:1 被験者当たり 60 分 実験機材: ・カメラ(録画用、Nikon 製 COOLPIX 広角レンズ) ・三脚 ・iphone4S(ボイスレコーダー用) ・ペン ・ワークランプ(夜光型用、IKEA 製 'KVART' ブラック :H420mm) ・養生テープ(ワークランプ設置の印をつける)
図 5-1
図 5-2
図 5-3
三脚
(上 )NIKON 製 COOLPIX
IKEA 製
(下)Apple 社製 iphone4S
ワークランプ
55 5. 実験 2 5.2 実験 2 の方法
5.2.2 実験空間 Ⅰ . 実験室の図面 実験空間の配置は、実験 1 と同様に以下図 5-4 の通りとする。
図 5-4 実験空間の配置図
56 5. 実験 2 5.2 実験 2 の方法
5.2.2 実験空間 Ⅰ. 本実験で、基準となるフラットな天井の空間 Z は、昼光型/夜光型それぞれ以 下の通りとなる。(図 5-5),(図 5-6)
図 5-5 基準となる
図 5-6 基準となる
フラットな天井空間<昼光型>
フラットな天井空間<夜光型>
57 5. 実験 2 5.2 実験 2 の方法
5.2.2 実験空間 Ⅱ . 実験で使用する天井の形状とその名称 本実験でも、実験 1 と同じ以下 4 種類の天井を用いる。(図 5-7)
図 5-7 実験に用いる天井の形状と名称
また、実験 1 の考察より、照明によって布が透けることによる影響 を考慮 して、<昼光型:作業時を想定した蛍光灯>に加えて、<夜光型: フロアラン プ等の間接照明を想定>を加えた 2 種類の照明条件で実験 を行う。<夜光型> の場合、布の下から照明を当てるため、布はほとん ど透けなくなる。
58 5. 実験 2 5.2 実験 2 の方法
5.2.2 Ⅳ . 実験で使用した天井空間 本実験では実験 1 と同様の材料を用いて以下のような天井空間を施 工し た。(図 5-8)∼(図 5-12) 詳しい施工方法は、資料編に記載する。
◆天井下地
図 5-8 実験に用いた天井下地の詳細
59 5. 実験 2 5.2 実験 2 の方法
5.2.2 Ⅲ. ◆天井 A:キリツマ型
図 5-9 天井 A の昼光型と夜光型の全体像・被験者からの風景
60 5. 実験 2 5.2 実験 2 の方法
5.2.2 Ⅲ. ◆天井 B:カテナリー型
図 5-10 天井 B の昼光型と夜光型の全体像・被験者からの風景
61 5. 実験 2
5.2 実験 2 の方法
5.2.2 Ⅲ. ◆天井 C:アーチ型
図 5-11 天井 C の昼光型と夜光型の全体像・被験者からの風景
62 5. 実験 2 5.2 実験 2 の方法
5.2.2 Ⅲ. ◆天井 D:ギャザー型
図 5-12 天井 C の昼光型と夜光型の全体像・被験者からの風景
63 5. 実験 2 5.2 実験 2 の方法
5.2.3 実験手法 ①被験者数の決定方法 ここでは、被験者数「8 名」の選定理由となった、被験者数の決定方法に ついて説明する。 秋田剛(2010)は、 『建築空間における感覚・近く心理シンポジウム(第 9 回) 「被験者は何人必要か?ー心理実験・調査研究におけるサンプリング 2 ー」』 * 41
において、次のことを示している。
順序効果と系列位置効果を複数の被験者を使って実験を行うことに よって総裁する実験の計画方法として、ラテン方格を利用する方法があ げられる。ラテン方格とは、n 行 n 列の行列を考えたときに、角行各列 それぞれ 1 から n までの数が1回だけ出てくるような行列のことをい う。この 1 から n までのそれぞれの数に、実験要因のある水準を割り 振ることにより、実験を計画する方法がラテン方格である。 ・・・中略・・・ 一般にラテン方格法によれば、実験要因の水準が偶数の場合、その水準 数と等しい数の実験を行えば(=等しい数の被験者を用いれば)順序効 果と系列位置効果が排除えきる。一方、水準数が奇数の場合は、水準数 の 2 倍の実験(=被験者)が必要になる。このように、ラテン方格法 を用いることにより、きちんとした実験を行うことができると同時に、
被験者数にも意味を持たせることができる。(p.11)
秋田は、「ラテン方格法」を用いることによって、「順序効果」と「系列位 置効果」を排除することができ、実験要因による効果を適切に抽出できるこ とを示した。また、秋田は、「ラテン方格法」を用いることによって、実験 に必要な「被験者数」に対して根拠を与えることができることを示した。本 研究は、まさにこの方法論を適応することができる実験研究とみることがで きる。つまり、本実験では、 「水準」が 4 つの「天井」にあたるので、 「水準数」 の 4 人単位が妥当な被験者数であるといえる。したがって、本実験では、 「ラ テン方格法」を用いて実験を計画し、「被験者数」を 8 人として決定した。
引用・参照 *41
日本建築学会編著『建築空間における感覚・知覚シンポジウム(第 9 回)
「被験者は何人必要か?ー心理実験・調査研究におけるサンプリング 2 ー」』(2010 年)
64 5. 実験 2 5.2 実験 2 の方法
5.2.3 ②実験構成 ① に お い て、「 ラ テ ン 方 格 法 」 を 用 い た 実 験 計 画 を 行 う こ と を 説 明 し た。 そ れ に よ り、「 順 序 効 果 」 と「 系 列 位 置 効 果 を 排 除 す る こ と が で き、 実 験 要 因 に よ る 効 果 を 適 切 に 抽 出 で き る こ と が 明 ら か に な っ た。 こ こ で は、 具 体 的 に こ の 実 験 に お け る「 ラ テ ン 方 格 」 を 作 成 し、実験順序を決定する。5.X.Y において示した天井の形状と名称を用 い て、「 ラ テ ン 」 方 格 を 構 成 す る。 構 成 は、 次 の よ う に な る( 表 5-1)
表 5-1 実験 2 のラテン方格
ここで、①で示した通り、本実験は「水準」が 4 つの天井であるため、 被験者の最小必要数は 4 人であり、必要な実験順序は 4 パターンである。 したがって、被験者を 4 人の 2 倍である 8 人用いる本実験では、被験者番 号ⅴ∼ⅷの順序は、被験者番号ⅰ∼ⅳの順序の組み合わせの反復となる。
65 5. 実験 2 5.2 実験 2 の方法
5.2.3 ③フラットな天井と比較した天井 A ∼ D に対する印象評価アンケート 天井 A ∼ D それぞれの天井空間体験時に、その天井空間がどのような印象 を与えるか(照明の光の性質や色の影響は除く)、心理量との関係を SD 法 を用いて、15 形容詞対、天井がフラットな状態の場合を 0 とした、-2 ∼ 2 の 5 段階で評価させた。形容詞対を作成するにあたっては、実験 1 のヒア リングで抽出された形容詞をもとに作成した。(図 5-13)
図 5-13 アンケート記入用紙の例
66 5. 実験 2 5.2 実験 2 の方法
5.2.3 実験手順 以下のような手順で実験を行った。 1. 待機室 Z に入ってもらい、通常の天井の形状である、フラットな天井の蛍光 灯照明での状態<昼光型>を体験してもらう。 2. 実験者は被験者に実験内容を教示する。 3. 本研究実験に対する同意書を書いてもらう。 4. 蛍光灯を消し、フラットな天井のワークランプ照明での状態<夜光型>を体 験してもらう。 5. <昼光型>天井 A 空間に入り、被験者のみでその空間を体験しながら、椅子 に座ってアンケートに答えてもらう。 6. アンケートに記入し終わったら、空間内を自由に動いてもらい、様々な目線 から、空間を眺めてもらう。 7. 5. ∼ 6. の一連の動作が終わったら、実験者が空間 A に入る。 8. 天井 A 空間の中で、実験者は被験者にヒアリングを行う。 9. 照明を変え、<夜光型>天井 A 空間についても、5. ∼ 8. を行う。 10. 被験者に待機室 Z に一度戻ってもらい、フラットな天井空間の状態を思い 出してもらいつつ、次の実験まで待機してもらう。 11. 被験者の待機中に、実験者は天井を A → B に取り替える。 12. 被験者に 5. ∼ 9. の動作を実験室 X に設置された天井 B 空間においても同 様に実施してもらう。 13. 被験者に待機室 Z に戻ってもらった後、5. ∼ 9. の動作を今度は実験室 Y に 設置された天井 D 空間で実施してもらう。 14. 被験者に一度待機室 Z に戻ってもらい、フラットな天井空間の状態を思い 出してもらいつつ、次の実験まで待機してもらう。 15. 被験者の待機中に、実験者は実験室 X の天井を B → D に取り替える。 16. 被験者に 5. ∼ 9. の動作を実験室 Y に設置された天井 D 空間においても同 様に実施してもらう。 ※体験してもらう天井の順序は 5.2.2- Ⅱのラテン方格法に従うため、被験者に応 じて、上記の A ∼ D の順序は適宜変更して実験を実施する。
67 5. 実験 2 5.2 実験 2 の方法
5.2.3 教示内容 実験 2 での教示内容は以下の通りとした。
(待機室 Z で) ⃝実験要項 この実験は、インテリアの要素の中で、今まで壁や床に比べて注目 されてこなかった「天井」、特にその形に着目したものです。 特に住宅など一般的な建物では、この空間のようにフラットな天井し か見られません。そこで、天井の形状が変化したら、感情にどのよう な影響を及ぼすかを明らかにするために、これから4つの特徴的な形 状を持った天井空間を体験してもらいます。
⃝実験手順の説明 1. まずこのフラットな天井の ( 通常時:蛍光灯 ) 昼モデルと、(照明 を変えて)夜モデルを記憶して下さい。この状態が、本実験での基準 となります。 2. 4 つ空間を順に案内するので、案内された空間を体験しながら2分 程度でアンケートに答えて下さい。 3. アンケートに全て答えたら、立つ、椅子に座る、地面に座るなど、 その空間を1分程度自由に動いてみて下さい。自由に動くことができ るとしたら、どのような状況が一番心地良いかを想像してみて下さい。 4. その後、実験者がその空間に一緒に入り、いくつか質問するのでそ れに答えて下さい。 5. 以上の昼モデルの実験が終わったら、照明を変えるので、同様に夜 モデルの実験も行って下さい。
68 5. 実験 2
5.3 実験 2 の結果 Ⅰ . 被験者の基本データと住まい略歴 実験 2 の被験者 8 人の基本データとして、身長と今まで暮らしてきた住宅環境 の変遷の略歴の 2 点を示す。 (表 5-2)
表 5-2 被験者の基本データ
69 5. 実験 2 5.3 実験 2 の結果
Ⅱ . アンケートによる印象評価 「フラットな天井と比較した天井 A ∼天井 D に対する印象評価アンケート」に よって以下のような結果を得た。本実験で用いた 15 個の形容詞はその性質によ り、「高さ・快活性・視覚性」の 3 タイプに分類して結果を示す。 (表 5-3)(表 5-4) 表 5-3 各天井毎の得点平均値<昼光型>
表 5.-4 各天井毎の得点平均値<夜光型>
70 5. 実験 2 5.3 実験 2 の結果
Ⅲ . ヒアリング結果 本実験では、それぞれの天井空間を体験してもらった直後に、以下 3 点の質問 を基本にした、天井のイメージに関するヒアリングを行った。
Q1: この天井空間についてどういうイメージを持ちますか? 形容詞や、擬音語などを使って自由に表現して下さい。 Q2: この天井空間について、具体的に連想するものや、思い浮かぶ 場所、風景、シーン等はありますか? Q3: この天井空間がもし自宅の部屋にあれば、その中で暮らしたい ですか?部屋全体ではなくても、フラットな天井よりもこの天 井があればよいなと思う具体的な場所があれば、挙げて下さい。 また、この天井空間の下で暮らしたくないと思う場合、その理 由を教えて下さい。
71 5. 実験 2 5.3 実験 2 の結果
Ⅲ. 各天井について、昼光型・夜光型のヒアリング結果を以下に示す。 ①天井 A:キリツマ型 表 5-5 天井 A:キリツマ型のヒアリング結果<昼光型>
表 5-6 天井 A:キリツマ型のヒアリング結果<夜光型>
72 5. 実験 2 5.3 実験 2 の結果
Ⅲ. ②天井 B:カテナリー型 表 5-7 天井 B:カテナリー型のヒアリング結果<昼光型>
表 5-8 天井 B:カテナリー型のヒアリング結果<夜光型>
73 5. 実験 2 5.3 実験 2 の結果
Ⅲ. ③天井 C:アーチ型 表 5-.9 天井 C:アーチ型のヒアリング結果<昼光型>
表 5-10 天井 C:アーチ型のヒアリング結果<夜光型>
74 5. 実験 2 5.3 実験 2 の結果
Ⅲ. ④天井 D:ギャザー型 表 5-11 天井 D:ギャザー型のヒアリング結果<昼光型>
表 5-12 天井 D:ギャザー型のヒアリング結果<夜光型>
75 5. 実験 2 5.3 実験 2 の結果
Ⅳ . 各天井空間の容積 本実験で使用した天井空間 A ∼ D の容積を、以下のように簡易化して概算する。 (図 5-14)
図 5-14 天井空間 A ∼ D の容積概算
76 5. 実験 2
5.4 実験 2 の分析 天井 A ∼天井 D についてそれぞれ、5.3 の結果を元に分析を行い、以下の 2 点 の事項を明らかにする。
α:天井の形状による特徴 β:個人差とその要因 ・αについて 天井の 4 形状(天井:A ∼ D)の印象評価アンケートの平均値を、2 形態(昼光型・ 夜光型 ) に分けて、次ページ(図 5-XX)と(図 5-XX)に示す。 これらのグラフにおいて、基準の0はそれぞれフラットな天井の時の昼光型と夜 光型の空間である。基準と比べて、それぞれ天井 A ∼ D がどの程度の感情変化を 生むかを棒グラフで示している。 以下の 3 点から分析を進める。
①グラフの絶対的評価(平均値の純粋な大きさ) ②グラフの相対的評価(他の形状の天井と比較した場合の平均値の大小) ③ヒアリングの結果(表 5.X ∼ X)による一般化可能なイメージの抽出
・βについて 平均値の標準偏差を求めることで、以下(図 5-XX)において本実験で得られ た値のばらつきが大変大きいことが示される。αの③では、ヒアリングの結果の 多数派の意見を用いて一般化可能なイメージを抽出するが、βについては、少数 派のイメージとその原因を分析することで、個人差を生じる要因を明らかにする。
77 5. 実験 2 5.4 実験 2 の分析
図 5-15 天井の印象評価アンケート<昼光型>
図 5-16 天井の印象評価アンケートの平均値<夜光型>
78 5. 実験 2 5.4 実験 2 の分析
図 5-17 各天井、各形態の標準偏差を含んだグラフ
79 5. 実験 2 5.2 実験 2 の方法
Ⅰ . 天井 A:キリツマ型 α:「印象的ではない・固い・透明度が高い」 この形状は、「屋根裏」や「ロフト」を想起する被験者が、特に昼光型の場合 で多かった。そのため、キリツマ型は体験したことがある、もしくは実際にそう いう空間に住んでいる人が多数を占め、慣れが大きく、印象に特に大きな影響を 与えない空間になったと考えられる。 また、固いという印象が他の 3 つに比べて極めて大きいのは、この天井は中央 を固定して、両端を引っ張って壁に取付けて施工している為、布本来の特徴であ る「たわみ」を感じにくかったからだと考えられる。また、実際の類似した建築 空間の印象が強いことから、そのイメージが先行して今回の実験での印象が誘発 された可能性もあると推察される。 透明度が高く感じられることに関しては、天井の素材も、空間の条件も一定に して行っている為、理由は推測できない。 昼夜の比較としては、昼光時よりも夜光時の方が、快活性(5.3- Ⅱで、アンケー ト項目を「高さ・快活性・視覚性」の 3 つに分類」)に関してほぼ全ての値で高 い数値を示した。 用途としては、昼夜問わず、「食卓」や「食べる空間」に用いたいという意見 が多く聞かれた。イラストで描かれる一般的な住宅の屋根がキリツマであること からも、キリツマ型は「家(家庭)」の印象が強いことが考察された。
80 5. 実験 2 5.4 実験 2 の分析
Ⅰ. β:「夜光型は好みが 2 分する」 昼光型は、被験者全員に同様の傾向が見られたが、夜型に関しては、快活性に 関する項目での評価が分かれた。照明を夜型に変えることで、暗く、狭くなり、 圧迫感を感じる被験者が多かったが、その視覚性のネガティブ要素が逆に、「閉 鎖的だが落ち着く」(表 5-6 被験者ⅶの Q1 に対する回答、以下ⅶ -Q1 のように 示す)といった好印象をもたらすグループ(被験者 ID:ⅰ、ⅲ、ⅴ、ⅶ、ⅷ)と、 視覚性の印象通り、快活性も悪いと回答するグループ(被験者 ID: ⅱ、ⅳ、ⅵ) に分かれた。夜光型に好印象を持つ被験者のみで平均値を求めると、「落ち着く /落ち着かない」の得点が +0,8 になり、この空間が好きな人にとっては「落ち着き」 をもたらす空間であると言える。
81 5. 実験 2 5.4 実験 2 の分析
Ⅱ . 天井 B:カテナリー型 α:「低い・暗い・狭い・重々しい、しかし面白い・印象的だ」 昼光型時は、全員が最も「低い」という評価を行った。また、 「広さ」、 「明るさ」 の項目についても、他の天井と比較して非常にネガティブな値となっている。確 かに、被験者の視界に入ってき易い中央が低い為、その低さが強調された可能性 もあるが、5.3- Ⅳ「実験空間の容積」より、他の天井空間よりも著しく狭いとい うわけではない。この空間を好む人はおらず、「落ち着き」や「気持ち良さ」の 度合いについても平均値はマイナスとなっていることからも、窮屈で居心地が悪 い空間であると言える。 夜光時は、 「低さ」や「暗さ」はあるものの、昼光時はほぼ全ての項目マイナ スであった快活性の項目が、全てプラスの評価に変化している。ヒアリングでも、 昼光時に比べて、圧迫感についての言及が減り、「夜1人でリラックスする空間」 (表 5-8 ⅰ -Q1)や、「寝る時」( 表 5-8 ⅳ -Q1)をイメージするといった意見 も聞かれた。昼光時に「嫌い」と評価していた被験者の大半が夜光時には「好き」 という評価に変わっている。 また、この天井は、快活性の中でも、「印象的だ/印象的でない」・「面白い/ つまらない」といったエンターテイメント要素のある項目に関しては、非常に高 い値を示した。特に夜は 4 つの天井の中でも両方の項目で1番高い平均値となっ ている。 用途としては、自分の部屋には必要がないという意見と、ベッドの上だけなら 用いたいという意見が半々程度であった。
82 5. 実験 2 5.4 実験 2 の分析
Ⅱ. β:「身長という個性」 比較的好印象をもたらした、夜光型であったが、被験者ⅵとⅷだけは、昼光 型からあまり印象が好転しなかった。その原因として、この 2 名が、被験者の 中で高身長の 2 名であったことが挙げられる。5.3- Ⅰより、被験者ⅷは 173cm、 被 験 者 ⅵ は 164cm( ヒ ー ル の あ る 靴 の 着 用 に よ り 実 質 170cm 超 ) で あ り、 H=1750mm である天井 B の最下部は 2 名にとっては頭上に接近し過ぎてしまう。 全体がもっと高ければ反応が変わる可能性はあるが、今回の天井に関しては、高 身長の被験者にはポジティブな感情変化を生じることはできないことが明らかに なった。
83 5. 実験 2 5.4 実験 2 の分析
Ⅲ . 天井 C:アーチ型 α:「天井が高い・気持ちよい、昼は開放感・夜は包まれる」 昼光時、夜光時共に、快活性の項目全てにおいて、プラスの評価となってお り、4 つの形状の中で、一般的にポジティブな感情変化を最も生じやすい形状で あると言える。特に、昼光時は全ての項目についてプラスの評価となっており、 夜光時よりも数値が高い項目が多い。夜光時の方が印象が良くなる他の 3 つの天 井と比較しても、昼の方が好印象であるのは、「高さ」の感じ方が影響している と推察される。他の天井は夜光時の方が、天井が高いという印象に変化している のに対して、この天井 C だけは、昼光時の方が天井を高く感じている。その値は +0,25 と小さいながらも、フラットな天井と比較して、下がっている部分の多い 今回の 4 形状(A ∼ D)、2 形態(昼/夜)の天井の中で、唯一フラットよりも高 く感じるという評価を得ており、ヒアリングでも「開放感がある」といった意見 を多く得た。 また、夜光時については、この天井に対するイメージの質問の中で、「おおわ れている」(表 5-10 ⅱ -Q1)、 「包まれている」(表 5-10, ⅶ -Q1)、 「囲まれている」 (表 5-10 ⅷ -Q1)といった発言が見られた。これらのイメージ等から「狭い」 ・ 「暗 い」という印象が強くなっているものの、その守られている感じによって「落ち 着く」・「気持ちの良い」の項目で、平均値が +1.125 と非常に高い値を示した。 (図 5-16) 用途としては、ベッドの上に用いたいという意見が多かった。また、昼光時 に限定すると、「天井が開閉して夜空が見えるお風呂」(表 5-9 ⅶ -Q1)、や「光 が差し込んでくるような廊下」(表 5-9 ⅳ -Q1)に用いたいという意見もあった。 いずれにせよ「開放感」を求める場所に好まれるのではないかと推察される。
84 5. 実験 2 5.4 実験 2 の分析
Ⅲ. β:「連想する具体的なものや場所のイメージに引っ張られた印象評価」 夜光型は好みが 2 分する傾向が見られたが、この点に関しては天井 A の場合と 同様であるので、省略する。 また、この天井において顕著に見られたのは、具体的に連想されるものや場所 の種類の多さである。(表 5-9)、(表 5-10)から、各天井に対して具体的に連想 したもののや場所の数を昼光型・夜光型合計して概算すると、天井 A が 14 種類、 天井 B が 15 種類であるのに対して、天井 D が 25 種、天井 C は 26 種類と C と D が圧倒的に多い。特に、天井 D よりも天井 C の方が、抽出されたものに具体性 が高いことが特徴である。 具体性が高いがゆえに、属性の特異なものを連想してしまうと、他の被験者の 印象とのずれが生じる可能性が高い。例えば、昼光型に対して、「北極の民族が 住んでいる家の入り口」(表 5-9, ⅴ -Q1)と具体的に図示した被験者ⅴと、「屋内 テニス場」(表 5-9, ⅷ -Q2)と被験者ⅷだけが、「柔らかい/固い」の項目で「固 い」と評価している。また、夜光型に対して、「酸素カプセル」(表 5-10, ⅵ -Q2) と答えた被験者ⅵは「空虚な」に、「文化祭で製作したお化け屋敷(お化けはい ない明るい状態の時の空間)」(表 5-10, ⅳ -Q2)と答えた被験者ⅳは「気持ちの 悪い」・「馴染みにくい」と、快活性の項目でネガティブな評価をしたのはこの 2 人のみという結果になった。 特異なイメージの方が目立つが、Ⅰ . 天井 A- αの事象も同様で、形状に対する 印象評価をする際には、連想される具体的なイメージが先行して、それに引っ張 られてしまう可能性があることが明らかになったと言える。
85 5. 実験 2 5.4 実験 2 の分析
Ⅳ . 天井 D:ギャザー型 α -1:「柔らかい・印象的だ・落ち着く」 この天井の特徴は、 (図 5-15)、 (図 5-16)の「柔らかい/固い」に対する項目で、 昼光型は +1.125、夜光型は +1.5 と極めて「柔らかい」という印象が強いことで ある。また、 「印象的だ/印象的でない」 ・ 「面白い/つまらない」の 2 つの項目でも、 ほぼ 1 番高い評価を得ている。 特に夜光型では、快活度に関する項目ほぼ全てで、4 つの天井の中で最も好印 象となっている。また、夜光時は、「落ち着き」・「気持ち良さ」・「充実度」の 3 つの項目全てがフラットな場合と比較して、+1 を超える大変高い値になっており、 高いリラックス効果や気分を高揚させる効果が期待できる。 用途としては、ベッドの上だけ用いたいという意見が多かった。また、その面 白さから、子供部屋や、特別な部屋、パーティー等の非日常なシチュエーション の時に、この天井を用いたいという意見も複数聞かれた。
86 5. 実験 2 5.4 実験 2 の分析
Ⅳ. α -2:「C は『覆い』、D は『被い』のイメージ」 ヒアリングからは、昼夜共通して、その布のたわみによって不規則に凹凸の生 まれた形状から、 「洞窟」や「鍾乳洞」というイメージ、また、昼光型は「子供部屋」 といったイメージが複数回抽出された。ここで着目したいのが、夜光型でのイメー ジである。「クッションがたくさん置いてありそうな部屋」(表 5-12 ⅱ =Q2)、 「マ シュマロ」 (表 5-12 ⅴ =Q2)と「柔かさ」を象徴する物のイメージが抽出できた。 また、「二段ベッドの下」(表 5-12 ⅲ =Q2)、「布団の中、冬の毛布」(表 5-12 ⅳ =Q2)、「ベッドの中で布団を被って本を読んでいる様子」(表 5-12 ⅵ =Q2)と、 8 人中 4 人が寝具にまつわるイメージ、特に被験者ⅵは寝具に被われている様子 を具体的に述べている。 つまり、5.4- Ⅲ - 天井 C の「包まれている、覆われている」といった印象よりも、 感覚的な密着度が低く、もっと軽やかに「被われている」印象を受けていると言 える。5.3- Ⅳより、4 つの天井空間の中で、容積も比較的大きく、天井の最低高 さは 4 つの中では 1 番高いにも関わらず、(図 5-16)において 1 番「狭い」とい う印象をうけつつ、「軽快な/重々しい」の項目においては、天井 D のみが重々 しいという評価に傾いていなかったことからも、天井 D を「被いの空間」つまり、 空間を身体に軽やかに、親密に感じることのできる空間であると言える。
87 5. 実験 2 5.4 実験 2 の分析
Ⅳ. β:「嗜好性がもたらす印象評価の差」 基本的に天井 D は好印象であったが、形に対する嗜好性が最もよく現れた結果 となった。被験者ⅰは、昼夜問わず「嫌い」という評価をしているため、ほぼ全 ての項目で、標準となるフラットな天井よりもネガティブな評価となっている上、 (表 5-11,12 ⅰ -Q1,Q2)のように、ヒアリングにおいてもネガティブな印象しか 抽出されなかった。また、被験者ⅴは、昼光型に「嫌い」という評価をしており、 他の項目でもネガティブな評価が目立っている。 ポジティブな評価にも嗜好性が大きく現れると言え、被験者ⅲと、被験者ⅶは 「好き」という評価をした他の被験者よりも、より嗜好性が強く、用途の質問に おいては「この天井 D を天井の一部ではなく、全体に張りたい」と述べた。(表 5-11,12 ⅲ -Q3, ⅷ -Q3)他の天井については、自宅の部屋のどこか一部に用いたい、 もしくは必要ないといった意見しか聞かれなかったが、恐らく、天井 D は、天井 高が最低部でも 2000mm 程度あり、被験者が実用をイメージする際に、部屋の 他の要素に対する懸念が無いことや、凹凸はあるものの、水平面での広がりを想 像し易かったことが理由であり、もっと実用的なスケールで天井空間を体験する ことが出来れば、他の形状についても嗜好性が現れた可能性は十分に考えられる。
88 5. 実験 2 5.4 実験 2 の分析
*補足:照明効果 本実験において、事前に被験者に照明の変化による印象評価では無い旨を教示 しておいたが、やはり照明が印象評価に与える影響は無視できない。そこで、昼 光型と夜光型で天井の形状に関わらず共通に変化している因子を分析すること で、照明による効果を明らかにする。(図 5-18)
図 5-18 各天井の昼光型/夜光型比較
以上、図 5-18 より、上方から布を照らす蛍光灯から、下方から布を照らすフ ロアランプに変えると、透明度が下がる・柔らかい印象が強くなる・重々しい印 象になる・温かみが増す・落ち着き度が増す・気持ち良さが上がると言える。
89 5. 実験 2
5.5 実験 2 の考察 5.4 の実験の分析によって、A ∼ D の 4 種類の天井の形状が、それぞれ感情に 及ぼす具体的な変化の特徴を抽出することができた。天井の形状と感情変化の関 係性について、1 対 1 に近い対応を導きだせたと考える。もし 1 対 1 に対応して いるとすれば、理想的な感情の状態に応じてある有用な天井が決定し、その天井 空間を実現できれば良いということになる。 しかし、今回抽出された特徴はあくまでメジャーな傾向であり、個人差が大き いことは無視できず、完全に 1 対 1 の対応であるとは言えない。個人差を生む要 因は、形状の違いという絶対的な指標だけではなく、実際は個人の身体的特徴や 属性、過去の空間体験や記憶といった個人のバックグラウンド、また個人の嗜好 性であることが本実験で明らかになった。 以上により、本実験の目的は達成したと言えるが、実験内容には不十分な点が あった為、ここで述べておきたい。まず、サンプル数が少ないこと、属性に偏り がある可能性があることである。本実験での被験者は、実験者の知り合いである 為、属性が偏った可能性は否定できない。また、この問題を解消すれば、属性に よる傾向が抽出される可能性もある。次に、実験空間の天井の設置方向に問題が あったと考えられる。施工の理由上、天井 A:キリツマ型、天井 B:カテナリー 型の断面方向は長辺と並行であるのに対して、天井 C:アーチ型は断面方向が、 短辺と並行になり、(D は方向性無し)被験者が空間を体験する方向が反転し、C のみ奥行き感が出てしまった。今後同様の実験を実施する場合は、方向性を考慮 すべきである。 また、天井 D(ギャザー)に関する分析から、本研究の研究背景となっている「覆 い」の建築空間から一歩進んだ、「被い」の建築空間の創造の可能性が示唆され たと言える。 「覆い」の空間であると言える天井 C(アーチ)と D を比較すると、 D は「柔らかい」という印象が極めて強い。これは、規則的にデザインして はいるものの、ランダムな布のたわみが発生することが要因であると考えられる。 そのたわみによる凸凹の隙間に、空気の存在を感じられることで、天井が柔らか い「気配」になっていると言える。つまり、身体の上方にやわらかく、軽やかな 「気配」としての天井を作ることが、「被い」の空間作りのヒントになるのではな いかと考える。
6 まとめ
6.1. 結論 6.2 展望 6.2.1 天井の可能性 6.2.2 「被服」としての天井 6.2.3 ダイアグラム
90 6. まとめ
6.1 結論 本研究において、天井の形状が感情に影響を及ぼすこと、そして形状によって 異なる感情変化を生じさせることが明らかになった。例えば、本研究で用いた 4 つの形状の天井に関しては以下のような特徴が得られた。 ・キリツマ型:「食卓」のイメージ。馴染み深い形状であり、印象は薄い。 ・カテナリー型:圧迫感が強いが、インスタレーション空間には適する。 ・アーチ型の天井:天井の高さを高く見せる。 ・ギャザー型、:柔らかい雰囲気を生む。 また、形状に対する印象に関しての個人差は大きく、個人の身体的特徴や属性、 嗜好性はもちろん、今までの空間体験や記憶というバックグラウンドも大きく印 象評価に影響することが明らかになった。
91 6. まとめ
6.2 展望
6.2.1 天井の可能性 本研究において、インテリアの要素の中で、今までおざなりにされてきた天井 が、実は人間の感情を大きく変化させる看過すべき重要な要素であることを明ら かにした。 そこで、気分転換のために欠かせない 1 つのツールとして、天井が可変的にな ることで、従来の蓋的な「覆い」としてではなく、もっと軽やかな「被い」とし て新たな空間構成要素になると考える。その「被い」としての天井は室内空間を 劇的に豊かにする可能性がある。 本研究ではあくまで DIY 的な可変的天井の構築に留まり、形状を変えるのに、 「付け替える」という一仕事をしなければならない。実用化を想定する上では、 天井を「変える」のではなく、天井が「変わる」必要があり、そのシステム構築 が今後の課題であると言える。 シーツを変えるように、天井も簡単に着替えることがスタンダードになってい る将来の住まい、気分転換のために有機的に天井を変化させ、柔らかく空間をゾー ニングするために天井を変える、そんなシーンを実現すべく、研究を継続してい きたい。
図 6-1 天井の可能性 イメージ
92 6. まとめ 6.2 展望
6.2.2 「被服」としての天井 6.1 で、天井の「被い」としての可能性は示した。では、単なる「被い」ではなく、 「被服」としての天井とはどのようなものなのであろうか。 被服は、個人の意志によって自由に選択できるものであり、実際に被服を装う 段階で決定要因となるものは、「気分・季節感・場合」 の 3 点である。 したがって、「被服」としての天井とは、その空間にいる個人の個性と気分に 寄りうだけではなく、季節感を取り入れ、またその場に応じた適切なシチュエー ションを創造できる天井のことである。 天井で季節感を実現することが可能になれば、現代の日本の住宅のインテリア で喪失されつつある季節感を再び取り戻すきっかけになるかもしれない。
図 6-2 「被服」としての天井イメージ
93 6. まとめ 6.2 展望
6.2.3 以下(図 6.X)に、展望のダイアグラムを示す。
図 6-3 天井の展望ダイアグラム
7 おわりに
7.1 参考文献 7.2 謝辞
94 8. おわりに
7.1 参考文献
1) リクルート総研 「NYC,London,Paris&Tokyo 賃貸住宅生活実態調査」 http://www.jresearch.net/house/jresearch/chintai/ (2013/10/8 閲覧) 2) 国土交通省 「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」 http://www.jresearch.net/house/jresearch/chintai/ (2013/10/8 閲覧) 3) 「建築史」編集委員会編著 『コンパクト版 建築史【日本・西洋】』 彰国社、2009 年 4) 佐藤理監修『初めての茶室 京都・大徳寺で基本を学ぶ』 建築資料研究社、2000 年 5) 北尾春道編『数寄屋図解事典』彰国社、p.203 6) 『SPA-DE』vol.19、六耀社、2013 年、pp.32-35,pp62-68 7) 『FRAME』Issue 93、オランダ、2013 年 ,pp.116-117 8) 東京 R 不動産 http://www.realtokyoestate.co.jp/ (2013/10/23 閲覧) 9) tool box http://www.r-toolbox.jp/ (2013/10/23 閲覧) 10) blue studio http://www.bluestudio.jp/ (2013/10/23 閲覧)
95 7. おわりに 7.2 参考文献
11) 北側真悠・高柳英明 : 「ヴォールト天井の断面変化と間接照明光が与える心理効果に関する研究」 http://ci.nii.ac.jp/naid/110009521940、2011 (2013/10/23 閲覧) 12) 高田佳恵・大井尚行・高橋浩伸: 「曲面天井を持つ有彩色空間の印象評価(環境工学)」 http://ci.nii.ac.jp/naid/110008595100、2011 (2013/10/23 閲覧) 13) 河原林健・松本直司 「閉塞空間における天井のくぼみをもつ通路の空間形状意識」 http://ci.nii.ac.jp/naid/110007988603、2009 (2013/10/23 閲覧) 14) 天野由佳・栗生明・積田洋・鈴木弘樹・長谷川香: 「空間での天井形態タイプによる心理評価の分析 : ランドスケープ的視点に よる天井形態の研究」 http://ci.nii.ac.jp/naid/110007077677、2008 (2013/10/23 閲覧) 15) 服部剛典・松本直司・佐藤宏: 「舟底天井空間のスケール感および印象評価に関する研究」 http://ci.nii.ac.jp/naid/110006597133、2001 (2013/10/23 閲覧)
96 7. おわりに
7.2 謝辞
本研究の題材決定にあたり、まずは様々なアイディアをいただきながら、ご指 導いただいた仁史先生、良三先生、林田先生ありがとうございます。 そして、論文の細かい内容から書き方までご指導いただいた伊永さん、本当に ありがとうございます。いつも反応遅くて申し訳ございませんでした。 馬淵さん、私のあまりにも論理性の薄かった研究の分析方法を何度もご指導い ただき、大変感謝しています。修論では、研究計画から論理性をもっと持てるよ うに頑張ります。 菊池さん、英語のタイトルの添削含め、論文に関する様々な事を教えていただ き、ありがとうございました。「ライオン」これからも大活躍させます! 希望さん、実験に協力していただいて本当にありがとうございました!それま での被験者の様子から、とても不安になっていましたが、楽しい実験だと言って 下さったことが大変励みになりました。 良爾さん、夜中に研究室にやって来られて、師匠と 3 人で会話したのは、と ても良い気分転換になっていました。ありがとうございます。 研究室で共に夜を過ごした、同期たちにも感謝の気持ちでいっぱいです。 そして、実験に協力して下さった皆さん、本当にありがとうございました。
第 2 部 資料編
Data 1. 実験空間 1.1. 材料編 1.2 施工法編
2 実験 2 の資料 2.1. 実験 2 のアンケート用紙 2.2 実験 2 の同意書
1 資料編
1. 実験空間
1.1 材料編 本研究で可変的な天井システムを製作するために使用した材料は、以下 の通りである。 <下地> 600mm スパンで石膏ボード吊り天井にヒートン白を打つ。 1. トグラー T9.5(石膏ボード 9.5mm 最適型 9-11mm 用) 2. ヒートン 白(WAKI 中空壁用 壁厚 9-11mm)= Hw 3. ヒートン 小(サイズ 22mm、線径 2.5mm)= Hs 4. 凧糸 3 号 5. ラミン丸棒 (1820 × 10 φ mm) <天井> 6. カーテン (IKEA "VIVAN":1450 × 2500mm 、2 枚組) 7. 竹 (1800 × 10 × 3mm) 8. カーテンクリップ 白 (25mm) 9. カーテンクリップ シルバー(38mm) 10. S 字フック(18mm) 11. プラスチックリング 透明(15mm) 12. 安全ピン (43mm) 13. 強力マグネット(マグネット壁側用) 14. 画鋲(石膏下地壁側用) ※カーテンクリップは同一商品を必要個数入手できなかった為、2 種類 使用しているが、どちらか同じサイズに統一することが好ましい。 <間仕切り> 1 つの部屋を 3 つの実験空間に間仕切る。 15. カーテン (IKEA "VIVAN":1450 × 2500mm、2 枚組) <照明器具>※実験 2 のみ 16. ワークランプ (IKEA "KVART" ブラック:H420mm)
2 資料編 1. 実験空間
以下、前ページに示した材料の詳細を示す。
3 資料編 1. 実験空間
1.2 施工法編 本実験で使用した空間の施工方法は以下の通りである。
<下地> 1. 石膏ボードの吊り天井に、φ 8mm の電動ドリルで穴をあける。 2. 1. の穴にトグラーを取り付ける。 3. 2. のトグラーによってできたねじ穴に H w を取り付ける。 4, ラミン丸棒に、300mm 毎に Hs を取り付ける。 5. 4. を凧糸で 3. のヒートンに吊る。この時、4. が石膏ボードの天井の位置か ら、300mm 下りた所に来るように、凧糸の長さを調節する。
図 1 天井下地の完成の様子
4 資料編 1. 実験空間
<天井> 1. 2 枚のカーテンの短辺同士を接ぎ合わせて、天井 A(キリツマ ) 天井 B( カテナリー)用の天井を作る。(図 3)さらに、短辺同士を接ぎ合われ て、約 1450 × 4850mm となったカーテンの、今度は長辺同士を縫い合わせて、 天井 C(アーチ)、天井 D(ギャザー)用の布を作る。(図 4)
図 2 カーテンの説明
図 3 天井 A・B 用の布の完成図
図 4 天井 C・D 用の布の完成図
5 資料編 1. 実験空間
2. 天井 A は、1. で作製し、約 1450mm × 5000mm になった布の長辺の、 両端から 600mm のところに線を引いて印をつける。 その線上と、中央に 6 ヶ所(下地のヒートンのスパンと同じスパン)、 カーテンクリップ 白を取り付ける。 3. 天井 A は壁側を下地から 600mm 下ろす必要がある為、凧糸の長さを調整 して吊るし(図 6)、壁から布が浮き上がらないようにマグネット 又は画鋲で固定する(図 7)。中央はそのまま下地の中央に引っ掛ける。
図 5 天井 A の両端の施工法
←図 6 下地に吊るされた A を上から見た様子
↓図 7 A を壁に固定している 様子(マグネット)
6 資料編 1. 実験空間
4. 天井 B は、1. で作製し、約 1450mm × 5000mm になった布の辺の、両端から 800mm のところに線を引いて印をつける。 その線上の 6 ヶ所(下地のヒートンのスパンと同じスパン)に、 カーテン クリップシルバーを取り付ける。 5. 4. で取付けたクリップを、両壁側の下地のヒートン Hs に引っ掛ける。 6. 天井 C は、1. で作製し、約 2900mm × 5000mm になった布に、中心を挟んで 1200mm スパンで、30mm の縫い代をとりながら印をつける。(図 8)
図 8 天井 C の縫い代の付け方
7. 6. で印をつけた布で、図 4-8 で 30mm スパンに引いた緑の線が重なるように、 並縫いする。これによって出来た隙間に、竹を通す。(図 4-10)
図 9 縫い合わせ後の完成拡大図
図 10 竹を通している様子(自然にたわむ)
7 資料編 1. 実験空間
8. 7. で、竹の中央が、布の中央にくるように通したら、布の中央部にプラスチック リングをしっかり縫い付け、S 字フックを使ってヒートン Hs に取付けて施工する。
図 11 プラスチックリングの取り付け方
図 12 プラスチックリングの取り付け後
図 13 天井 C の下地への取付け方
8 資料編 1. 実験空間
9. 天井 D は、1. で作製し、約 2900mm × 5000mm になった布に、 中心を含む、600mm スパンの 7 ヶ所に線を引いて印をつける。 (図 14)
図 14 天井 D の印の付け方 -1
10. 9. でつけた線上で、中心を含む 650mm スパンの所、5 ヶ所に、 安全ピン(留め具用)を留めるための印をつける。(図 15)
図 15 天井 D の印の付け方 -2
9 資料編 1. 実験空間
11. 10 で取付けた安全ピンを、下地のヒートン Hs にジグザグに引っ掛けな がら天井 D の布を吊るしていく。
図 16 天井 D の取付け方
図 17 天井 D の取付け方 - ディテール
10 資料編
2 実験 2 の資料
2.1 実験に用いたアンケート
以下、実験で用いたアンケートの一部(昼光型/夜光型)の 2 種類を示す。
11 資料編 2. 実験 2 の資料
12 資料編 2. 実験 2 の資料
2,2 実験の同意書
U1301
早稲田大学創造理工学部建築学科卒業論文 指導教授 渡辺仁史
「張る」被服 ー着替える天井ー
An 'Over' to be put on with your Mood
有川 愛彩
Department of Architecture, School of Science and Engineering, Waseda University
U1301
﹁ 張 る ﹂ 被 服 ー 着 替 え る 天 井 ー
有 川 愛 彩