131th KOGIRE-KAI AUCTION CATALOG

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入札オークション

下見会<京都市勧業館 みやこめっせ・1F>

2023年7月11日● 火

10:00~17:00

7月12日● 水

10:00~16:00

東京下見会<東京プリンスホテル>11Fピオニー・マーガレット

2023年7月15日● 土  12:00~18:00

16日● 日  10:00~16:00

完全予約制(受付は7/11まで) 詳細はお問い合わせください。

京都予約下見<古裂會本社>

2023年6月19日~2023年7月7日まで

(日・祝日は除く) 京都市中京区堺町通夷川下る亀屋町176

最新情報は弊社ホームページ・SNS・メール・ 電話等にてご確認下さい。

<入札締切>

2023年7月20日(木)必着

カタログ掲載の全作品に経年損傷、実作品の色目等に多少の差異があり、下見会での実見 確認を原則としております。下見会へのご来場が困難な場合には、コンディションレポートを 受け付けます。お申し込み順での対応となりますので、お早めにお問い合わせください。真贋 については未詳。

TEL:075-254-8851 FAX:075-254-8854

e-mail:office@kogire-kai.co.jp

目次

特集 屏風祭 涼の器.............................................2~55 公家文華..............................................................................56~68 佛教美術...........................................................................69~113 武家.....................................................................................114~165

書畫家 166~223

藝能 香道 茶道 224~284 華道 人形 燈火器 285~287 文房 景道 堤物ほか

□掲載については、出品物の多寡に応じて傾向別の分別を心掛けたが、結果的に は同系統のものでありながら項目を隔てるような不統一も発生している。 □記事については、いずれも概略を示す程度である。錯誤も誤謬も予測されるが、 現段での理解に基づいている。判断のつきかねるものには言及していない。 □時代判別については、日本及び舶載のものは通例の表記法を採用。外国は世紀 で表記するよう努めた。判断のつきかねるものには表記を控えた。 □時代判別等において、特に出品者の意向に従ったものは、(出)をマークした。 □生産地について日本のものは、特に地域の特定されるもの以外はそれらの表記 を除いた。また、日本(国名)の表記は省いた。諸外国については、採取地を もとにした出品者の申告を重視した。

□損傷についての記載は、微妙且つ煩雑なので、一部を除いて割愛した。 □本文中の敬称は、物故・現存にかかわらず全て略した。

□寸法の記載は、ヨコ×タテ×タカサ(ただし、硯はタテ×ヨコ×タカサ)とし た。単位はセンチ。着物類のヨコは、袖口から袖口まで。タテは、肩口から裾 端まで。袖は、その天地の長さ、筒袖は、袖口の寸法をヨコ、タテのあとに追 記した。ものによってはその高、巾、長、だけを記したものもある。また不要 と考えられるものは省いた。

□家紋の呼称は、『紋之泉』伊藤嘉市.洛東書院.大正十五年によった。

□記事に関する参考文献は、特例を除き、巻末に一括して表示した。

□子供着物の表記について  子供の着物の表記については一ツ身のうち、背守り縫いのあるものを「祝い 着」、ないものを「一ツ身」と表記した。一ツ身以上の大きさで、背縫いのあ るものは、全てその大きさの差にかかわらず、これを「子供着物」とのみ表記 した。

□打掛の表記について

小袖、あるいは、振袖と、打掛の形態的変化は殆どない。ここでは、織物と、 婚礼衣裳として着用されたものを打掛と表記した。

□屏風の表記について  一対のものを一双とし、片双を一隻とした。風炉先などの場合、一隻のものに ついては特記していない。

□付属箱の表記について  時代箱:古製のオリジナル箱。桐、杉樅、不明(無表記)/古箱:古製の代用 箱/箱:上記に該当しない古箱/共箱:作者によって識字された箱  識箱:何人かによって識字された箱/新箱:新造箱 □生没年の西暦表記について  歴史大辞典等に記載されるものについてはこれを引用し、没年没年齢のみ判明 している場合には西暦年から没年を単純に引いて表記した。

凡例
288~292 石造美術 293~295 陶磁器 人間国宝 明治工藝 296~325 漆藝 金工 貴石 宝石 326~343 江戸の科学 紅毛文化 344~345 考古 諸外国骨董 染織 346~351 西洋骨董 史料ほか 352~360 畸人・多田敏捷 361~363 床の間遊びの提案 364 中国美術 朝鮮美術 365~394 規約・参加方法 巻末

祇園御霊會 屏風祭 第十七回

#001 栗田真秀 祇園山鉾画幅 ¥200000~ 付共箱(桐)  絹本 若狭塗軸端 36×103 表具40×214 シミ 表具シミ、スレ 栗田真秀(明治四・1871~昭和十七・1942)は三重県生まれ、土佐派 の絵師。帆山唯念に入門、後に木村金秋に師事。その後京都で活躍。

#002 神坂雪佳 祇園祭礼歌賛幅 ¥120000~ 付木箱(杉) 絹本 朱塗軸端 22×49 表具23×123 ヤケ シミ

神坂雪佳(慶応二・1868~昭和十七・1942)京都生まれ。琳派を継承 した日本画家であり工芸作品の図案家。西欧の美術工芸運動を調査し、 伝統的な日本の美を基に新たな芸術を模索した。京都市立美術工芸学校 の教師。

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信行賛

#003 三苫英之

博多祇園山笠遣唐使臣栄画幅 ¥160,000~  付時代箱(桐) 紙本 黒塗軸端 51×132  表具64×181 ヤケ シミ スレ オレ 博多祇園山笠は博多の総鎮守である櫛田神社の奉納神 事で、正式には「櫛田神社祇園例大祭」。起源は仁治二年 (1241)に遡り、博多に疫病が蔓延し、聖一国師(円爾 12021280)が祈祷水を撒いてこれを退散せしめたことにはじま る。動かない「飾り山笠」と担ぐ「舁き山笠」があり、博 多っ子が熱狂することで知られる。

#004 墨絵博多祇園山笠幅 ¥100000~ 紙本 骨軸端(蓋一欠) 41×141 表具53×220 ヤケ シミ スレ  オレ 表具オレ、ヤケ、スレ、シミ 「天保四年(1834)山笠□屋町 五倡義破賊艦 毛利元就見送り」巻止識

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#006 月鉾画幅 ¥50,000  紙本 黒塗軸端 20×125 表具23×169 シミ オレ ヨゴレ  表具ヨゴレ、虫穴 「曲亭馬琴翁筆」巻止識

#007 一老亭 宵山画幅 ¥30,000~ 紙本 黒塗軸端 295×125 表具33×188 ヤケ  シミ スレ

#008 春渓 祇園祭礼画 額 ¥30,000~ 絹本 42×136 額58×171 ヤケ シミ  スレ 表具ヤケ、シミ、虫穴

#009 江見清風 竹茶杓 ¥30,000~ 付共箱(杉) 共筒  総長185 「大正十三年(1924)七月  官弊大社八坂神社宮司江見清風」 箱識 銘「榊」

#010 村田東圃 博多祇園山笠屏風 中形 六曲 一双 ¥100,000~ 紙本 276×134 屏風280×138 ヤケ 大シミ スレ 虫穴 村田東圃(享和二・1802~慶応元・1865)は江戸後期の日本画家。斉藤秋圃の門人。筑前の人。

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「 天 つ ち の か み に た む く る そ の つ ゆ の め ぐ み ぞ う れ し か り け る 」

#011 祭礼唐人指呼人形

¥300,000~ 像高86 手足胡粉部ヒビ、剥離 山車を飾った生人形と目される。

像主の特定には至らないが、唐人の装束は極めて上質である。

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#013 金地花鳥屏風 本間 四曲 一隻 ¥2,800,000~ 紙本 262×152 屏風280×171 スレ オレ 穴 背面小穴 雪を戴く山頭を遠景におき、松や紅白の牡丹、水仙と思しき草花などが咲き競う冬景の中、尉鶲をはじめ五種の小禽が遊ぶ。 永徳画のような荒々しさは抑えられており、後続する狩野派大家の作とみて大過ないであろうが、作者の特定は至難である。作期については桃山後期 を想定する。

掲出は四曲一隻の構成で、各扇に引手の痕跡をみることから本来は襖であったことが想定される。

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#014 伝岩佐又兵衛 扇流屏風 中形 六曲 一隻 ¥850000~ 付所載コピー 紙本 308×150 屏風322×163 ヤケ シミ キレ

1892)所載 岩佐勝以(天正六・1578~慶安三・1650)は画家。父は信長の家臣荒木村重。俗称又兵衛。摂津国伊丹城主荒木村重の子で村重が主君織田信長反逆に失 敗し、石山本願寺にかくまわれ、母方の姓を名乗った。信長の子である信雄に仕え、絵を狩野内膳に学び詩や画で生計をたてた。土佐派・狩野派・雲谷派・ 海北派などの影響を受けながらも、独自の境地を開いた。元和二年(1616)福井藩主に仕え、寛永十四年(1637)将軍徳川家光に招かれ江戸に出た。古典的 主題を好み三十六歌仙、源氏物語図などを描いた。

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『當市某舊家所蔵品入札目録』(東京美術倶楽部 明治25
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#015 阿国歌舞伎屏風 本間 六曲 一隻 ¥700,000~ 紙本 358×137 屏風376×168 大ヤケ シミ スレ キレ 南蛮装束の人物をみるが、江戸時代に流行した日本人による時世相のお洒落とみられる。
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13 # #016 洛中洛外屏風 本間 六曲 一双 ¥850,000~ 紙本 356×155 屏風370×171 スレ
14 # #017 源氏絵四季遊楽屏風 本間 六曲 一双 ¥800000~ 紙本 366×155 屏風382×171 スレ
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16 # #018 祭礼画貼交屏風 本間 六曲 一双 ¥600000~ 紙本 59×155 屏風384×172 ヤブレ補修 祇園会、競馬ほか
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#019 柴田義董 動物画貼交屏風 本間 六曲 一双

¥550000~ 付溜塗箱(杉) 紙本 54×125 屏風379×171 シミ スレ

柴田義董(安永九・1780~文政二・1819)は日本画家、呉春の門 人。岡山邑久町出身。字威仲、通称喜太郎、号琴江、琴渚、名義董。

同門の岡本豊彦、松村景文より画壇に出たのは遅れたが、画域は広 く、多流派と交流するなど幅広く活躍。

#020 潮干狩遊興屏風 小形 六曲 一双

¥500,000~ 付木箱(杉) 紙本 244×78 屏風256×89  シミ スレ 潮干狩は三月の年中行事で、難波津や須磨あたりまで足を伸ば して楽しんだ。掲出のような屏風は、こうした時季に部屋に拡げ、 潮干狩の気分に興じたものとみられる。

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本間 六曲 一双 ¥460,000~ 紙本 366×165 屏風382×182 ヤケ シミ スレ 背面損傷

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#022 砂子地風俗屏風 中形 六曲 一双 ¥350000~ 紙本  358×110 屏風372×123 ヤケ スレ #023 金地源氏絵屏風
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本間 八曲 一隻 ¥300,000~ 紙本 482×154 屏風496×168

22 # #026 源氏物語屏風 中形 六曲 一隻 ¥330000~ 紙本 248×95 屏風264×111 ヤケ スレ キレ 穴 #025 本州城郭地図屏風
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#028 韃靼人狩猟屏風

小形 八曲 一隻

¥270,000~ 紙本 363×93 屏風378×105 ヤケ  シミ スレ オゼ脆弱

#029 帝鑑図屏風 本間 六曲 一隻 ¥250,000~ 紙本 358×153 屏風367×171 ヤケ シミ 無款

小形 六曲 一隻 ¥150000~ 紙本 209×65 屏風223×83 ヤケ シミ 森川許六(明暦二・1656~正徳五・1715)は彦根藩重臣。本名森川百仲、別号五老井・菊阿佛など。桃隣の勧めで元禄五(1692)年に芭蕉の門に入門、 芭蕉からも尊重され「蕉門十哲」に数えられる。許六の名は、画をはじめ六芸に通じていたことによる。

#030 森川許六 花鳥屏風

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装飾的だといわれた。京都の狩野派の中心的人物で山水・人物・花鳥獣を能くした。法橋に叙せられる。

25 # #032 源平合戦画貼交屏風 中形 六曲 一隻 ¥150,000~ 紙本 50×111 屏風373×140 ヤケ シミ スレ #033 波鶴屏風 本間 六曲 一隻 ¥150000~ 紙本 344×149 屏風367×169 ヤケ シミ キレ #031 狩野山雪 楼閣山水屏風 本間 六曲 一隻 ¥150000~ 紙本 348×155 屏風364×171 シミ スレ 「蛇足軒」白文印 背面貼札識
狩野山雪(天正十五・1587~慶安四・1651)は本名は千賀光家。別に蛇足軒、桃源子と号す。狩野山楽の門人で女婿。宋の牧溪等を研究し、山楽よりも

本間 六曲 一双 ¥250000~ 紙本 352×154 屏風370×171 ヤケ シミ 背面損傷 「安政己未(1859)年初冬」画中 画人未詳

中形 六曲 一双 ¥250,000~ 紙本 268×111 屏風280×122 オゼ脆弱

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#035 金地槙屏風 本間 六曲 一双 ¥300,000~ 紙本 359×156 屏風376×170 シミ #036 中岳 双虎屏風 #037 源氏絵屏風
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#039 狩野永笑 農耕風俗屏風 本間 六曲 一双 ¥250,000~ 紙本 359×153 屏風376×170 ヤケ 大シミ スレ  款記:古法眼元信図 正玉斎永笑筆 狩野永笑(生年未詳~明治二十一・1888)は狩野派絵師。名親信。弘化四年に高松藩御用となる。

#040 酒宴屏風 本間 六曲 一双 ¥200000~ 紙本 340×111 屏風358×175 シミ 金地損傷 桟ヒビ 背面損傷

#041 李朝三国志画貼交屏風 中形 六曲 一隻 ¥100,000~ 紙本 39×54 屏風322×137 ヤケ シミ

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29 # #042 李朝農耕風俗屏風 中形 八曲 一隻 ¥100000~ 紙本 383×122 屏風396×137 ヤケ シミ スレ オゼキレ 背面損傷 無款

本間 六曲 一双 ¥150,000~ 紙本 52×124 屏風375×170 ヤケ シミ 虫穴 屏風ヤケ、シミ、 虫穴、背面損傷 「己亥(1779)季夏」画中

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#044 金地蝶幸風流陣屏風 中形 六曲 一双 ¥150000~ 紙本 360×152 屏風376×168 ヤケ シミ スレ #045 山本守礼 諸画貼交屏風 #046 曾我蕭白 山水画貼交屏風 本間 六曲 一双 ¥150,000~ 紙本 52×132 屏風370×171 ヤケ シミ スレ オゼ脆弱

「風流陣」「蝶幸」はともに唐の玄宗皇帝と楊貴妃の逸楽に纏わる画題である。酒宴の余興として、花を手にした官女を二軍に分け、戦の真似事(花軍) をした故事による。

山本守礼(宝暦元・1751~寛政二・1790)は京都の絵師。諱守貞、のち守礼。代々狩野派の家系ながら円山応挙に弟子入りし、大乗寺障壁画制作にも参 加した。

曾我蕭白(享保十五・1730~安永十・1781)は本姓三浦、名は暉雄。字師龍、別号蛇足軒、鬼神斎など。初め高田敬輔に画を学んだとされ、後に独創の力 強い筆致の奇想天外な作風を確立した。円山應挙に劣らぬ名声があり、池大雅とも交友があった。

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#048 宮川長春 美人風俗絵巻断簡貼交屏風

小形 二曲 一隻 ¥280000~ 絹本 81×31 屏風182×109  薄ヤケ 小シミ 金地キレ 宮川長春(天和二・1682~宝暦二・1752)は浮世絵師、宮川派の祖。尾 張宮川村に生まれ、宮川姓を名乗った。通称長左衛門、号春旭堂。初め土 佐派を学び、菱川師宣を慕った。また懐月堂安度に影響をうけ、遊女・ 遊里風景などの江戸庶民の風俗を肉筆で描いた。

#049 原在照 岩礁双鶴屏風 本間 二曲 一隻

¥150000~ 絹本 186×168 屏風190×172 「安政戊午(1858)仲冬」画中 原在照(文化十・1813~明治四・1871)は原在明の婿養子、原派三代、 禁裏御用絵師。京都生まれ。字子写、号観瀾、南荊、夕鸞。和宮の婚儀の 際に屏風を、また慶応三年明治天皇の即位式に曲水宴の屏風を描いた。

#050 源氏絵貼交風炉先屏風 一双 ¥100,000~ 紙本 23×26 屏風188×69

#051 岸駒 金地岩波風炉先屏風 ¥65,000~ 紙本 161×54 屏風165×58 「文政紀元戊寅(1818)」画中 岸駒(寛延二・1749~天保 九・1838)は岸派の祖。越中ま たは加賀生まれと伝える。姓 佐伯、岸、初名矩(はじめ)、名 駒、昌明、蘭斎、雅楽助、字賁 然、号に華陽、同功館、可観堂、 天開屈ほか。

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#052 伊年印 草花画貼交屏風 中形 二曲 一隻  ¥90000~ 紙本 55×120 屏風151×152 ヤケ シミ

#053 長瀬翠塘 唐人風俗屏風 中形 六曲 一隻 ¥80,000~  紙本 259×121 屏風277×136 ヤケ シミ 穴 長瀬翠塘(明治十七・1884~歿年未詳)は岡山県出身の画家。名を欣次郎。画 を上村松園、寺崎廣業の門に学ぶ。

#054 鷹屏風 中形 二曲 一隻 ¥50,000~ 紙本 114×100  屏風126×122

#055 鷹画貼交屏風 中形 二曲 一隻 ¥50,000~ 紙本  46×105 屏風128×125 アレ

#056 金地魚貝屏風 小形 二曲 一隻 ¥50000~ 絹本 174×76 屏風186×88

#057

金地花鳥屏風

中形 二曲 一隻 ¥30000~ 紙本 158×95 屏風174×111

#058 湘東 楠正成合戦画貼交屏風 本間 二曲 一隻 ¥50000~ 絹本 54×139 屏風150×170 ヤケ シミ ヤブレ  縁ヤケ、ヤブレ 背面損傷

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#061 楼閣山水屏風 本間 六曲 一双  ¥100000~ 紙本 364×151 屏風382×171

#060 農耕屏風 中形 六曲 一双 ¥100000~ 紙本 354×151 屏風370×167 ヤケ シミ スレ キレ 虫穴 本紙補修 無款

#062 近江街道名所屏風 中形 六曲 一双 ¥100000~ 紙本 344×79 屏風361×126 大ヤケ シミ スレ 背面損傷

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ヤケ シミ

本間 六曲 一隻 ¥100,000~ 紙本 38×114 屏風382×172 ヤケ シミ スレ キレ 大友月湖は肥前長崎の画家、号沈清、字月湖、画を熊斐に学んだ。天明頃。

#064 年中風俗画貼交屏風 小形 六曲 一隻 ¥100,000~ 紙本 27×48 屏風228×77 背面損傷

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#063 大友月湖 諸画貼交屏風
本間 六曲 一隻
#065 養蚕屏風
¥80000~ 紙本 354×152  屏風370×171  ヤケ シミ スレ

本間 六曲 一双 ¥190000~ 絹本 50×140 屏風364×176 ヤケ シミ 背面銀紙

本間 六曲 一双 ¥150000~ 紙本 359×152 屏風376×171 ヤケ シミ

本間 六曲 一双 ¥150,000~ 紙本 354×154 屏風370×170 ヤケ シミ スレ 背面損傷

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#067 土佐光起 月次風俗画貼交屏風 #068 住吉屏風 #069 渡辺華山 嵐山花見遊興屏風

土佐光起(元和三・1617~元禄四・1691)は光則の子。土佐派中興の祖。堺の人。承応三年宮廷の絵所預となり、内裏造営に参加。延宝九年剃髪、法 名常昭、法橋に叙せられた。鶉図をよくした。

渡辺華山(寛政五・1793~天保十二・1841)は田原藩家老、洋学者、画家。はじめ華山のちに崋山と号す。

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本間 六曲 一双 ¥150,000~ 付識箱(杉) 紙本 348×152 屏風370×174

本間 六曲 一双 ¥100000~ 紙本 350×159 屏風370×178 ヤケ 大シミ

小形 六曲 一双 ¥100000~ 紙本 37×68 屏風277×94 大ヤケ 大シミ 大アレ 背面損傷

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#071 曾我蕭白 人物屏風 #072 藤島静村 農耕屏風 #073 洛中風俗画貼交屏風

曾我蕭白(享保十五・1730~安永十・1781)は本姓三浦、名は暉雄。字師龍、別号蛇足軒、鬼神斎など。初め高田敬輔に画を学んだとされ、後に独創の力 強い筆致の奇想天外な作風を確立した。円山應挙に劣らぬ名声があり、池大雅とも交友があった。

藤島静村(文久三・1864~昭和十・1935)は盛岡藩生の絵師。川口月村に師事し四条派を学ぶ。

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中形 六曲 一双

¥90,000~ 紙本 40×107 屏風310×147

ヤケ シミ スレ  キレ ヨゴレ

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#075 前田呉耕 金地源氏絵屏風 本間 六曲 一双 ¥200,000~ 紙本 360×155 屏風376×171 #076 狩野印 花鳥画貼交屏風 本間 六曲 一双 ¥150,000~ 絹本 51×124 屏風370×172
源氏絵貼交屏風
#077
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#079 唐人茶業養蚕屏風

中形 六曲 一隻 ¥80,000~ 紙本 228×94 屏風242×107 ヤケ 大シミ

#080 冨田渓仙 諸画貼交屏風 中形 六曲 一隻 ¥120,000~ 紙本 31×110 屏風268×133 シミ 「明治甲辰(1904)」画中 冨田渓仙(明治十二・1879~昭和十一・1936)は福岡県生まれ。明治二十九年京都に出て都路華香に師事。大正元年文展入選し、大正四年日本美術院同 人。大正十一年駐日仏大使の詩人ポール・クローデルと詩画集を合作。昭和十年帝国美術院会員。京都市で没。

#081 杉本栖霞 松鶴屏風

本間 六曲 一隻 ¥80,000~ 紙本 356×155 屏風376×171

杉本栖霞(明治九・1876~没年未詳)は京都の画家。本名仁三郎、竹内栖鳳に師事。

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#085 金地鳥羽絵貼交風炉先屏風 ¥30,000~ 紙本  44×24ほか 屏風174×68 ヤケ シミ キレ 穴 屏風シミ

¥50,000~  付共箱蓋(杉) 紙本 184×69 屏風188×73 シミ 生田花朝女(明治二十二・1889~昭和五十三・1978)は大坂市生れの 画家。本名は稔、初号は花朝。父は国学者の生田南水。はじめ菅楯彦に師 事し、大和絵や有職を学び、のち北野恒富に学ぶ。大正十五年第七回帝 展に「浪速天神祭」を出品、女性初の帝展特選受賞で注目された。大阪市 民文化賞、大阪府芸術賞を受賞。

#087 銀地奈良絵貼交風炉先屏風 ¥30,000~ 紙本  22×16ほか 屏風174×43 ヤケ シミ スレ キレ 屏風スレ

#084 岸連山 春秋風炉先屏風 一双 ¥50,000~ 絹本  174×51 屏風184×64  嵐山春景(ヤケ、シミ) 高尾秋景(ヤケ、大シミ) 岸連山(享和三・1803~安政六・1859)は京都生まれの画家。本姓は 青木。名は徳。字は士道。幼名は徳次郎。別号に文進、萬象楼。岸駒に師 事し、婿養子となった。山水・花鳥画をよくした。平安四名家の一。

#086 花鳥風炉先屏風 ¥30,000~ 紙本 182×70 屏風186×74 シミ

173×75 屏風185×87

43 #
#083 宇治川合戦屏風 中形 二曲 一隻 ¥70,000~ 紙本 154×68 屏風164×113 裏面草花(不明画人 大シミ) #082 生田花朝女 菊画風炉先屏風 #088 金地花籠風炉先屏風 ¥30,000~ 絹本

海北友松(天 文二・1533~慶 長二十・1615) は海北派の祖。 近江の人。名は 紹益。もと東福 寺の僧、のち還 俗し文禄年間よ り画家として活 動する。

#090 海北友松 人物画貼交屏風

中形 六曲 一隻 ¥60,000~ 紙本 40×104 屏風316×140 スレ 背面損傷

#091 浅江柳喬

雪景港湾屏風

本間 六曲 一隻 ¥50000~  紙本 360×157 屏風376×172 小孔補修 ヤケ シミ 虫穴  オゼ脆弱 背面損傷 浅江柳喬(生歿年未詳)は四条 円山派の画家。幸野楳嶺に師事。

#092 金地竹鶏屏風

本間 六曲 一隻 ¥50,000~ 紙本 354×153 屏風370×170  ヤケ シミ スレ キレ  款記不読

#093 源平合戦画貼交屏風 中形 六曲 一隻 ¥50000~ 紙本 45×114 屏風331×146 大ヤケ 大シミ スレ 穴  金地損傷

44 #

# #094 長田雲堂 草花画賛貼交屏風

小形 六曲 一双 ¥100,000~ 付木箱(杉 蓋破損) 紙本 35×47 屏風271×77 シミ スレ  表具スレ、穴 #095 無地金屏風 中形 六曲 一双 ¥100000~ 紙本 273×131 屏風277×135

長田雲堂 (嘉永二・1849~大正十一・1922)日本画家。京都で日根対山や中西耕石、のち長崎で鉄翁祖門に学ぶ。明治三年清に渡り、名画旧跡をたずねる。

#096 鈴木百年 宮詣画貼交屏風 本間 二曲 一隻  ¥30,000~ 紙本 51×136 屏風144×175  シミ スレ 虫穴 鈴木百年(文政八・1825~明治二十四・ 1891)は京都生まれの画家。名は世寿、字は 子孝、通称図書。別号大椿翁、大年。

#097 松下人物屏風 中形 二曲 一隻 ¥30,000~ 紙本  107×139 屏風121×154 スレ キレ 虫穴

#098 凧乱舞絵屏風 本間 二曲 一隻  ¥30,000~ 紙本 183×169 屏風187×173 シミ

45

#100 柴田春慶 草花屏風 小形 四曲 一隻 ¥30000~  絹本 168×82 屏風180×92 絹地に由来する波模様をみる

#101 銀地草花屏風 小形 四曲 一隻 ¥30000~ 紙本  228×79 屏風252×93 ヤケ 大シミ

#105 白無地 二枚折 屏風 本間  一隻 ¥50,000~  紙本 186×168 屏風 190×172

#104 風炉先屏風 二 ¥50,000~ 紙本

金160×35 屏風164×45 霞158×41 屏風162×44

#106 花車屏風額 ¥50,000~ 紙本 121×65 額128×82

#107 吉向十三軒 金彩織部屏風押 一対 ¥30,000~  付識箱(杉) 105×15×11 吉向治兵衛(天明三・1784~文久元・1861)は陶工。姓戸田。別号に十 三軒松月など。大坂の十三で楽焼をはじめる。大坂城代水野忠邦から吉向 の号をあたえられ、吉向焼と称した。津山藩、岩国藩、須坂藩の御庭焼を つくり、江戸の向島に窯をひらいた。

46 #
#103 白無地風炉先屏風 ¥30,000~ 紙本 180×60 屏風184×64 #102 金砂子地菊花蜂風炉先屏風 ¥30,000~ 紙本  173×77 屏風185×87

¥60,000~ 紙本 348×157 屏風364×172 ヤケ シミ 背面損傷 熊谷直彦(文政十一・1828~大正二・1913)は京都生まれ。四条派の 画家。岡本茂彦に師事。帝室技藝員。

¥55,000~ 紙本 33×136 屏風361×175 シミ スレ 背面損傷  熊沢泰禅(明治六・1873~昭和四十三・1968)は愛知県出身の曹洞宗 の僧。号祖学。諡号は大光円心禅師。総持寺貫主の後、永平寺貫主を二十 五年間つとめる。

土井聱牙(文化十四・1818~明治十三・1880)は伊勢国生まれの儒者。 名は有恪、字は士恭、通称は幾之輔、号はじめ松徑、のち聱牙と称す。

47 #
#108 熊谷直彦 金地山水屏風 本間 六曲 一双 #109 熊沢泰禅 一行書貼交屏風 本間 六曲 一双 #110 月次風俗画貼交屏風 中形 六曲 一双 ¥50000~  絹本 41×75 屏風316×109 ヤケ スレ 穴 ウキ #111 土井聱牙 書画貼交屏風 本間 二曲 一隻  ¥50000~ 紙本 59×136 屏風174×176

涼の器

¥1,800,000~ 付二重箱(内時代識桐) 追加段箱 145×145×21 総重量4547g (一段1400g 二段1300g 三段1200g 蓋647g) 蓋内小ソゲ 身内小ソゲ 「英昭皇太后御遺物 明治三十年(1897)恩賜 元資」箱識  下二段は黄味を帯び、上段および蓋は比べて白い。

同手の三段重がサントリー美術館に蔵されており、その解説文を引用したい。掲出との相違は、掲出の方がわずかに小さ く、角を鋭角にして籠目をもたないあたりである。両者を比較すると、同じ工房で製作されたことは間違いなく、色味の不 安定などの完成度からみて掲出の方が先行していると見たい。それに伝来した英照皇太后遺物の立場を勘案するならば、こ れが成功した喜び、そして時代の珍器趣向の反映が指摘されよう。蛇足ながら、英照皇太后(1834-1897)は孝明天皇(18311867)の女御であり、明治天皇の嫡母にあたる。

①『一瞬のきらめき まぼろしの薩摩切子』サントリー美術館 2009 蓋面や身の側面全体に、彫の浅い八角籠目文を施した三段重。無色透明の切子であることから従来、江戸切子として紹介されてきた。カット面が滑らに 研磨されており、光を複雑に反射してやわらかな輝きを放つ。重箱という器種や、鉛ガラス製であることを考えると和製の切子には相違ないが、しかし産 地については今なお議論の余地を残している。

②『和ガラス』サントリー美術館 2010

江戸でカット(切子)が施されるようになったのは、天保五年(1834)のこと。ガラス問屋加賀屋の文次郎という者が始めたという。当時、厚手で限りなく 無色に近いガラスを作るには、高い技術を要した。江戸の人々は、ヨーロッパ製の高級ガラスや、或いは日本製でも良質なものや切子を施した器などを、 「ギヤマン」(オランダ語のダイアモンドの意)と呼んだ。八目籠文のカットで全体を覆ったこの重箱は、江戸の粋人好みを反映する洒落た食器であったと 思われる。

48 #
#130 江戸切子蓋付三段重

#133 鳥文斎栄之 夏美人画幅 ¥60000~ 付木箱(桐 貼札) 絹本  陶磁軸端 15×39 表具18×133 ヤケ  表具ヤケ、シミ 乙卯(1795)初秋画中 鳥文斎栄之(1756~1829)は細田氏で名を時富、 俗称を民之丞、弥三郎といい、五百石取の旗本の 出身である。安永元年家督を継いで小納戸役な どを務めるも寛政元年には早くも致仕隠居し、 以来歿年まで絵師をして余生を楽しんだ。画事 は狩野栄川院典信、文龍斎などに学び、鳥居清長 の影響を受け歌麿と拮抗する寛政美人の旗手と なった。

49 #
#131 鼈甲硝子笄ほか 八 ¥80,000~ 付合箱(桐) 総長22ほか #134 切子三ツ組盃 ¥100,000~ 付木箱(桐) 9×9×3ほか
#135 江戸切子盃 ¥50000~ 付木箱(桐) 5×5×35 #136 紫硝子徳利 ¥50000~ 付木箱(桐) 65×65×18
#132 蜻蛉玉笄 三 ¥50000~ 付合箱(桐) 総長21ほか

#140 垣内雲嶙

蛍画幅 ¥30000~ 付木箱(杉) 絹本 骨軸端

37×128 表具45×170

ヤケ 表具ヤケ、シミ、 キレ、虫穴 「癸未」画中

#138 小泉斐  群鮎画額

¥70,000~ 絹本

34×95 額48×123

ヤケ シミ 小泉斐(明和七・ 1770~嘉永七・1854) は画人。下野国の人。 島崎雲圃に画をまな び、とくに鮎図で知 られる。

#139 楠本龍仙

蓮画双幅 ¥50,000~ 紙本 骨軸端 30×125 表具42×193 ヤケ シミ オレ 表具ヤケ

#141 垣内雲嶙

蛍画幅 ¥30000~

付木箱(杉) 紙本

P軸端 47×133

表具59×196 ヤケ 虫穴

垣内雲嶙は飛騨高山出身の日本画家。別号錦嶺、右竹斎。 塩川文隣に師事する。

#142 橋本光風 漆絵蛍幅 ¥35000~  付木箱(桐) 絹本 骨軸端

21×125 表具27×191

ヤケ シミ 表具シミ 橋本光風は明治三十三年 (1900)鳥取県生。

#143 田中頼章

瀧画幅 ¥30000~ 付時代識箱(桐) 紙本 骨軸端 31×135

表具34×205 ヤケ シミ  オレ 田中頼完箱識 田中頼章(慶応四・1868 ~昭和十五・1940)。

#144 川俣公邦

淀水車画幅 ¥30000~  付共箱(桐) 絹本 骨軸端 32×117 表具44×199 ヤケ シミ  表具ヤケ、シミ

50 #
涼をさそう

#145 白磁面取徳利 ¥60,000~

付木箱(桐) 95×11×215 口縁ヒビ  柿右衛門手 縁紅

#146 色絵金魚文三ツ重鉢 ¥50,000~ 付時代識箱(杉) 21×21×105ほか  小:ヒビ、ソゲ金補修 伊万里

#147 南京染付捻文輪花鉢 ¥50,000~ 付木箱(モミ) 22×22×95  大明成化年製銘

#148 幽霊画幅

¥50000~ 付木箱(桐)

絹本 朱塗軸端 40×106 表具44×189 ヤケ シミ 表具ヤケ 「北斎宗理」款記

#149 陶山 盆踊画賛幅 ¥50000~

付共箱(杉) 紙本 朱塗軸端 70×95 表具85×202 「大正十四(1925)」画中 上下寄

#150 小茂田青樹

粟畑画幅 ¥30000~ 付合箱(桐) 絹本

骨軸端(蓋一欠) 49×131 表具62×210 ヤケ シミ  オレ 表具オレ、ヤケ 小茂田青樹(明治二十四・ 1891~昭和八・1933)は、日本 画家。「詩情の画家」と呼ばれ る。

#151 笛堂

アナナス画幅 ¥30000~ 付木箱(桐 貼札) 絹本  骨軸端 41×122 表具54×202 ヤケ シミ

51 #

#153  和蘭陀金彩蓋付角瓶

¥50,000~ 7×7×16

#154 和蘭陀硝子薬瓶

¥50,000~ 付時代識箱(杉 蓋補修) 11×11×26

#155 ガラスデカンタ

¥30,000~ 付木箱(桐) 11×11×26

¥40,000~ 13×9×17

#157 型硝子徳利 一対  ¥30,000~ 7×7×205 シーズニングボトル

#158 白硝子菓子入 ¥40,000~ 15×15×7

#159

十一角ガラスアイスペール

¥35,000~ 18×18×17  ベネチア

¥60,000~ 14×14×13  花文グラヴュール

#161 コップ 六 ¥50,000~  大8×8×16ほか 大阪浅井麦酒商会発売

浅井光著麦酒

#162 ゆらゆら硝子杯 五 ¥30,000~  付合箱(杉 貼札) 7×7×13

#164

硝子杯 大小四 ¥50,000~

付時代識箱(桐) 5×5×35ほか

#163 リッベイ ジュースグラス 八 ¥30,000~ 付共ケース 85×85×12 陽刻商標 1950年代 アメリカ

#165

¥40,000~ 付時代箱(杉 貼札) 銅蓋 19×17×21

52 #
#160 縁緑アイスペール #156 硝子銚子 茄子耳釣釜

¥60,000~  付時代識箱(桐) 23×14×11 「ギヤマン切子舟形鉢」箱識

#167 グラヴュール葉文蓋物 ¥40000~ 18×18×17

#168 ラスターガラスタンブルアップ ¥30000~ 9×9×19

#169 アメリカンブリリアント カットガラス手付皿 ¥30,000~  185×15×7 1876~1917年

#170 ボヘミア 青被花瓶 一対  ¥30,000~ 55×55×20 縁極小ソゲ 1920年頃

#171 白地縁青フレア電笠  ¥40,000~ 21×21×9

#172 プレスガラス銘々皿 五  ¥30,000~ 155×155×15

十 ¥30,000~  付木箱(桐) 24×8×2

#174 白地縁薄紅フレア電笠 ¥50,000~ 23×23×9

#177 昇外義 朝顔画扇面幅 ¥35,000~ 付共箱(桐) 紙本  蒔絵軸端 42×15 表具54×124

#175 色硝子板 六 ¥50000~ 46×24ほか

#176 ガラス燈火器 十三 ¥30000~ 43×43×45ほか 六種

53 #
#166 切子舟形鉢 #173 型硝子笹形皿

★この頁の建具は下見会に持参しません。 詳細お問合せください(075-254-8851)

54 #
ゆらゆら硝子建具
#182 型硝子戸 大2 小4 ¥50000~ 大98×175 小92×174 #180 硝子戸 三種六 ¥60000~ 92×175ほか 補修1 #179 障子付ゆらゆら硝子戸 七 ¥70,000~ 73×174 #181 ゆらゆら硝子戸 四 ¥50000~ 81×178 #183 小形ゆらゆら硝子戸 四 ¥40000~ 74×123 #178 硝子戸 七 ¥100,000~  91×178

★この頁の建具は下見会に持参しません。 詳細お問合せください(075-254-8851)

55 #
#185 ゆらゆら硝子戸 二 ¥30,000~ 100×178 #184 格子付磨硝子戸 二 ¥30000~ 98×175ほか 格子欠損 #186 型硝子香狭間戸 二 ¥30,000~ 61×169 #187 型硝子戸 二 ¥30,000~  67×172 網代戸開 #188 型硝子扉 ¥30000~ 80×188 蝶番付

公家文華 有職

A-001 有職故実控帳 五 ¥150000~ 大38×28ほか

A-002 有職裂帖 二 ¥100000~ 大18×22×6 小18×22×4 大28枚 小30枚 A-003 源良近 太刀 付黒漆衛府太刀拵 ¥580000~ 付時代箱(杉) 白刀袋 長さ639 反り23 目くぎ穴1 佩表物打鎬地小鍛キズ  佩裏炭ゴモリ 昭和天皇即位礼調進 佩表銘:源良近 佩裏銘:昭和三年(1928)仲秋 神奈川県第81401号

56 A

A-004 銅鍍金鈴 ¥200000~ 付時代合箱(杉) 21×21×23(紐含まず)「文永甲子(1264)年七月吉」刻銘

A-005

桜橘蒔絵楾  ¥130000~ 付時代箱 (杉 貼札) 仕覆 16×17×24 塗補修 小ソゲ 内梨子地

A-006 梨子地蒔絵眉作箱 ¥120,000~ 付木箱(桐) 155×105×10 縁損傷 内梨子地 蓋裏女三宮猫蒔絵

A-007 黄銅泔杯 ¥50000~ 付蓋 14×14×13  受皿欠

A-008 通用帯 ¥50000~ 総長69ほか 剥離

巡方を前後に各二 、丸鞆を内に五 を混淆し、晴略儀に兼用する。裏の仕立は確認で きず、山科流ないし高倉流の確認は叶わない。

57 A

A-010 藤原俊成 顕広切幅

¥700000~ 付二重箱(内識桐 外黒塗) 古筆了任極札 紙本 牙軸端  16×24 表具38×135 表具虫穴 小松茂美箱識 藤原俊成(永久二・1114~元久元・1204)は歌人、藤原定家の父。藤原俊忠の子で歌学を藤原基俊に学んだ。千載和歌集 の撰者で家集『長秋詠藻』、歌論書『古来風躰抄』の作者。

58 A

A-011 藤原定家 記録切幅 ¥300,000~ 付時代識箱(杉) 紙本 牙軸端 50×31 表具52×109  ヤケ オレ 虫穴 表具アレ 藤原定家(応保二・1162~仁治二・1241)は俊成の子で詩歌にすぐれ、若くよりすでに名高く、その学問的業績も多彩で、文 学、歌論、有職故実など現存する著書も多い。「明月記」は定家の日記で治承四年(1180)十九歳の時より嘉禎元年(1235)七十 四歳に至る五十六年間反古の裏に書いたもので、鎌倉初期の京都側情勢を知る最も重要な史料の一つである。

A-012 藤原定家 後撰集切幅 ¥300000~

付二重箱(内識桐) 古筆了音極札 紙本 牙軸端 15×22 表具36×132 ヤケ スレ オレ 独活大王箱識

59 A

A-014 世尊寺行能 和漢朗詠断簡幅 ¥300000~ 付二重箱(内識桐 外黒塗) 猪熊信男折紙 紙本 牙軸端 30×32 表具43×117  ヤケ シミ キレ 表具ヤケ 猪熊信男箱識 世尊寺行能〔ゆきよし〕(久安五・1149~建長七・1225)は世尊寺流八代。公卿・書家・歌人。世尊寺伊経の子。法名寂能、従三位。世尊寺の三筆の一人。

A-015 三十六歌仙和歌色紙貼交帖 ¥300,000~ 付時代識箱(桐) 古筆了信折紙 紙本 17×20 帖27×30

1妙法院宮尭恕親王(柿本人麻呂)2近衛殿家熙公(紀貫之)3醍醐殿冬基公(凡河内躬恒)4大炊御門殿経光公(伊勢)5曼珠院宮良尚親王 (中納言家持)6川鰭殿實陳卿(山部赤人)7今出川殿伊季卿(在原業平)8千種殿有維卿(僧正遍昭)9柳原殿資廉卿(素性法師)10中院殿通茂 公(紀友則)11裏松殿意光卿(猿丸大夫)12日野殿資茂卿(小野小町)13持明院基時卿(中納言兼輔)14姉小路殿公量卿(中納言朝忠)15廣幡 殿豊忠卿(中納言敦忠)16堀川殿康綱卿(藤原高光)17知恩院宮尊統親王(源公忠朝臣)18今城殿定経卿(壬生忠岑)19飛鳥井殿雅章卿(斎宮 女御)20樋口殿信康卿(大中臣頼基)21園殿基勝公(藤原敏行朝臣)22押小路殿公量卿(源重之)23梅小路殿共方卿(源宗于朝臣)24三室戸 殿誠光卿(源信明)25正親町殿公通卿(藤原清正)26中山殿篤親卿(源順)27藪殿嗣孝卿(藤原興風)28風早殿實種卿(清原元輔)29愛宕殿通

福卿(坂上是則)30萩原殿員従卿(藤原元真)31石井殿行豊卿(三條院女蔵人左 近)32清閑寺殿熙房卿(藤原仲文)33万里小路殿淳房卿(大中臣能宣朝臣)34竹 内殿惟庸卿(壬生忠見)35中院殿通躬公(平兼盛)36照高院宮道晃親王(中務)

A-016 狩野尚信  業平歌賛幅

¥100,000~ 付二重箱(内識桐 外溜塗)  紙本 牙軸端 49×22 表具61×102 烏丸光広賛  田山方南箱識 狩野尚信(慶長十二・1607~慶安三・1650) は孝信の次男、京都の人。木挽町狩野家の祖。 号自適斎、通称主馬。寛永七(1630)年江戸に 下り、幕府の御用絵師となる。

60 A

A-017 烏丸光広 草花下絵和歌巻物 ¥500,000~ 付時代箱(桐 貼札) 所載コピー 紙本 骨軸端 605×29 表具645×29 ヤケ シミ  オレ 虫穴 『展観入札売立会』(東京美術倶楽部・昭和49)所載 烏丸光広(天正七・1579~寛永十五・1638)は公卿、歌人。猪熊事件に連坐し官を止められたが、のち還任。和歌を細川幽斎に学び、古今伝授を受け二 条派歌人として活躍。書は本阿弥光悦に学んだ。多彩多芸で知られる。日光東照宮の創建にも尽力。著『新古今集私抄』『耳底記』家集『黄葉和歌集』。

三 ¥150,000~ 付時代識箱(桐)  古筆了意折紙各一 紙本 牙軸端 51×375 表具788×375  シミ オレ 表具シミ

付時代識箱(桐) 七代神田道伴極札 紙本 唐木軸端 50×32ほか 表具455×32 ヤケ シミ 虫穴 八宮良純法親王(慶長八・1603~寛文九・1669)は後陽成帝の第八皇子。 知恩院門跡の始祖。

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A-018 春日歌会懐紙貼交巻物 A-019 良純法親王 詩歌十枚継巻物 ¥80000~

A-021 煉韋黒漆塗二十八間筋兜鉢 ¥150,000~

鉢裏に「春日御祭礼 御具足ノ内 安政二(1855)乙 卯 九月吉祥 春田猪左衛門」の朱書をみる。ここに 言う「春日祭礼」とは「若宮おん祭」であり、「おん 祭」においては、宵宮詣の流鏑馬を奉仕する大和士の 随兵(警護役)の甲冑姿が知られる。現在は、烏帽子形 に鹿角脇立の当世赤具足で威儀を整えるが、掲出は 当世具足に先行する時代の古式を伝えるもので、宵 宮詣を描く屏風や絵巻に見られる室町式鎧に合致す る筋兜鉢である。

春田猪左衛門は、南都春田家系の江戸後期の甲冑 師で、尾張徳川藩、彦根藩、金沢藩に具足鍛冶として 仕え、掲出を鉢裏のごとく鑑定した。すなわち「当世 赤具足」以前の、古兜鉢と確認したのである。 鉢形は大円山形とし、八幡座の孔は大きく直径で 約4㎝を計測させ、眉庇は額形を奈良菊鋲で留め、黄 銅薄板を前立の代用のごとく打つ。腰巻板は横に張 り、四天鋲と響孔を下目に具える。響孔には古風な発 色の組紐が響孔を貫いて残存する。鋲は前正中に銅 鋲二点を見るが四天鋲と同じく後補とみたい。銅鍍 金に奈良菊彫の笠印付鐶を後正中の板に打つ。 参考『奈良甲冑師の研究』宮崎隆旨 吉川弘文館 2010

A-022 枚岡神社供物長盤 ¥50,000~ 65×245×65 焼印

平城京の守護神として春日大社が春日山に創建されたとき、第一殿に は鹿島神宮から武甕槌命、第二殿に香取神宮の経津主命、第三殿には枚 岡神社から天児屋根命、第四殿も枚岡神社から姫神が影向された。枚岡 神社が元春日と尊称される由縁である。

62 A 春日
A-020 春日厨子 ¥300000~ 付木箱(桐) 385×29×55 三十二尊扉絵

A-023 伊勢神宮資料 一口 ¥70000~

暦十二冊(寛政九・文化四・文化九・文政十一・文政十二・天保 八・天保十六・弘化三・嘉永三・安政六・文久四・慶應二)、六根清 浄加持一冊、砂、鍬、神祭方、祭文勧請文、服忌令(寛政二)、皇大神宮 額、神木古材、雨宝童子、八足台、一万度

A-024 井村一廓 土宮神社古材翁面

¥50,000~ 15×20 シミ 「昭和五十六年(1981)五月 土宮神社古材井村一廓作」 墨識

A-025 伊勢神宮玉串案

¥50000~ 52×31×38 シミ

A-026 木彫天神坐像  ¥70000~ 像高39

A-027 狩野富廣 怒天神画幅

A-028 中村不折 天神画幅 ¥80000~ 付共箱(桐) 絹本 牙軸端 36×113 表具51×209 シミ 中村不折(慶応二・1866~昭和十八・1943)は洋画家、書家。小山正太郎、浅井 忠に画を学び、明治三十四年(1901)渡仏。三十八年帰国し太平洋画会会員として 活躍した後、太平洋美術学校校長となった。書家としても有名で、六朝風の書法を 学び、個性的な書を書く。

63 A 伊勢
天神
¥70,000~  紙本 雑木軸端 49×84 表具57×177 ヤケ スレ  オレ

石清水八幡宮

A-031 岸誠

光明天皇御幸双幅

¥150,000~ 付時代識箱(杉) 紙本 潤塗軸端 29×117  表具41×199 シミ オレ  夜中加茂 雨中石清水

A-030 池田遥邨 石清水八幡宮画幅 ¥200000~ 付二重箱(内共桐 外溜塗) 絹本 牙軸端 41×61 表具55×157  シミ

岸誠(文政十・1827~慶応三・1867)は岸派の絵師。岸岱の子。

A-032 宝剣 三 ¥50,000~  大17×81 小15×55

小剣茎部欠失

「文政三辰年(1820)奉納神明官」

小剣刻銘

A-033 花形供物台

¥50,000~ 43×385×10

天板スレ 足カケ、 ソゲ接合補修 倣粉地花形方几 倣正倉院宝物

A-034 都風俗画色紙 未装 五 ¥50,000~ 紙本 24×20  シミ スレ 穴 桜 端午 加茂川 七夕 重陽

64 A

A-035 物語絵巻 ¥800,000~ 付合箱(桐) 紙本 硝子軸端 1240×34 表具1270×34 ヤケ 大シミ オレ

65 A

A-037 烏丸光広 和歌短冊幅 ¥80000~  付時代識箱(桐) 紙本 黒塗軸端 55×35 表具37×159 ヤケ シミ オレ 表具ヤケ、虫穴 烏丸光広(天正七・1579 ~寛永十五・1638)は公卿、 歌人。猪熊事件に連坐し官 を止められたが、のち還任。 和歌を細川幽斎に学び、古 今伝授を受け二条派歌人と して活躍。書は本阿弥光悦 に学んだ。多彩多芸で知ら れる。

A-039 望月玉渓 六歌仙画額 ¥50000~ 紙本 90×51

額109×72 アレ

望月玉渓(明治七・1874~昭和十三・1983)は京都生まれ。本名重信、 重蔵。号玉蝉(玉禅とも)。父望月玉泉に画を学び、明治二十九(1896)に 日本絵画協会第一回絵画共進会で二等褒状を受賞した。日本美術協会会 員、日本画会会員、京都美術協会終身会員。

¥150000~ 付識箱(杉) 絖本 黒塗軸端  138×52 表具160×189 ヤケ シミ 「明治二十五年(1892)」書中

A-040 三体和歌巻物 ¥50000~ 紙本 牙胎蒔絵軸端  265×285 ヤケ シミ オレ 虫穴

A-041 絵巻切額 ¥50,000~ 紙本 46×32 額57×45 ヤケ シミ スレ

A-042 絵巻切額 ¥50,000~ 紙本  45×32 額56×42 ヤケ シミ スレ ウキ

¥50,000~ 紙本  44×31 額54×42 ヤケ シミ キレ

66 A
A-043 絵巻切額
寛 永 九 年 試 筆 明 渡 子 空 に か さ な る 春 と て や 年 の を な か □ た ち か へ る ら ん
A-038 有栖川宮威仁親王 二字書大幅

年中行事 正月初子

五月端午節供

七月七夕節供

A-044 狩野永信 根引松画幅 ¥50,000~ 付木箱(桐) 絹本 牙軸端 35×88 表具48×178 シミ 狩野永信(慶應三・1867~歿年未詳)は大阪生 まれ、本姓土井、号山屋、狩野永祥の門人、大阪 住。

A-045 鈴木鵞湖 鍾馗画幅 ¥50,000~ 付木箱(桐) 絹本 唐木軸端 30×84 表具40×162 ヤケ オレ 「安政丙辰(1856)」画中 鈴木鵞湖(文化十三・1816~明治三・1870)は 千葉の出身、谷文晁、相沢石湖に師事、名は雄、 字は雄飛、幼名は筆三、通称は漸造、別号は一鶯、 我古山人、水雲山房、東台山麓。

A-046 駒井源琦 七夕画幅 ¥50,000~ 付時代箱(桐) 絹本 牙軸端 54×114 表具67×181 ヤケ シミ オレ 表具ヤケ、シミ、虫穴 「寛政丁巳(1797)」画中 駒井源琦(寛延二・1749~寛政九・1797)は画 家。姓源、駒井、名琦、字子 、通称幸之助。根付 彫職人の子として京都に生まれる。円山應挙に 師事、應門十哲、應門四天王の一人。唐美人や花 鳥をよくした。

重陽節供

一対 ¥50,000~  付時代識箱(杉)2 女雛像高40ほか 二番

A-048 端午馬飾 ¥50,000~  42×17×49 ヒビ 剥離

内田稲葉(明治三十四・1901~昭和五十八・ 1983)

67 A
A-047 古今雛
上巳節供
A-049 内田稲葉 重陽節供画額 ¥60000~ 絹本 72×70 額93×90

¥100,000~ 紙本 130×42 額134×46  シミ スレ キレ 三輪田米山(文政四・ 1821~明治四十一・1908) は伊予生まれの神官、書家。 名は常貞・清門、幼名を秀 雄。字は子謙別号は得正軒 主人。日尾八幡神社の神官 の家に生まれ、日下伯巌の 手本で唐様の書を学んだ。

68 A
¥150000~
A-051 威儀鉾形 ボンボニエール
3×35×18
A-052 吊燈籠形ボンボニエール ¥100,000~ 5×55×5 A-053 三輪田米山  銀地書横額 A-055 銀菊紋桐唐草三重盃 ¥50,000~ 付合箱(杉)  大12×12×5ほか 計375g 「大正四年大礼恩賜」刻印 A-054 有職彩絵箱 五 ¥70,000~ 23×26×11ほか  方箱彩色ウキ 六角ほか

佛教美術

B-001 銅造誕生釈迦佛

¥3,500,000~ 付木箱(桐) 飾台 像高18 総高195 右腕接合  後補 右手第二指と第三指を伸ばして天を指す。右上腕に接合痕こそみるものの、本来は右手指先から蓮座までを一鋳 したとみられ、大人びた表情で首を大きく倒す。下半身を覆う裳は足首まで伸び、前後の正面に襞を整える。裳の上 端は臍上で巻留める。掲出の他に例を見ない工作は、垂下した左手が握る蓮の蕾と荷葉である。釈迦の持蓮華といえ ば、拈華微笑の説話が知られるが、誕生佛の持蓮華となると、何に由来するものか、浅学には理解が及ばない。作期 には白鳳期を設定したい。 部は本体部と組成を異にしており、後補と見受ける。

69 B

推古天皇と聖徳太子の母堂(間人皇后)によって法隆寺に奉献さ れたと伝わる堂内荘厳具(几帳)の唐組飾紐に、他の金具とともに 付された鈴金具。鈴は蓮実形を呈し、六葉の蓮華文を刻む。B-003 の唐組飾紐に綴付けられていた座金(七花形金具)には飛鳥の鮮烈 な赤色の布片が挟まる。B-004は布片欠失。

『掌の美』(瀬津巌 新潮社・1996)に掲載された「日本を代表す る美術商が明かす、とっておきの話。」では、その魅力を以下のよ うに紹介する。

「……この鈴の一番美しいのは、何といっても音色である。いか にも澄み切って透きとおって、清潔な恥じらいさえあるその音が すばらしい。」

70 B
B-004 鍍金鈴 ¥900,000~ 付木箱(桐) 16×16×74 B-003 鍍金鈴 ¥1,200,000~ 付木箱(桐) 16×16×73 飛鳥布(組帯片)

B-005 銅鍍金 十一面千手観音立像

¥600000~ 付木箱(桐)  飾台 像高17 総高21 澄んだ表情と過不足の無い正 確な鋳技が、貴人の信仰対象に 足る像容を整えさせている。脇 手の欠失が惜しまれるものゝ、 総体が放つ安定感を喪失させる ものではない。

71 B
72 B
B-009 銅鍍金 毘沙門天掛佛 ¥450000~ 付木箱(桐) 像高13  持物欠損
B-007 銅鍍金釈迦如来掛佛 ¥80,000~ 22×22 B-008 銅鍍金掛佛 ¥80,000~ 付木箱(桐) 18×19

B-010 興福寺永恩愚経

¥5,500,000~ 付合箱(杉) 紙本 9×255×2 大般若経三百五十二 永恩具経は、南都興福寺の蔵司であった永恩が貞永年間(1232-1233)頃、天平年間から平安初期の大般若経六百巻を蒐集し、それを一具として河内の 玉屋神に施入したもので、のち流出して、京博(第514522)、奈良博(第205)、東博(第522)をはじめ諸家に収蔵されている。近年になり薬師寺で20巻が発 見され、都合一割の残存が確認された。なお、京博の二巻は、天平二年の奥書をもち重文に指定。

73 B

菅原道真は祖を土師氏とする。渡来系の土師氏は、土木事業に長け、 大王の時代の大型古墳の築造を指導するなどして実務方としての地 歩を固め、高度な学問を司って宮廷での信任を高めた。

道真(845-903)は、中流貴族に出自したが、学問だけでなく詩歌に才 を発揮して宇多天皇の破格の信任を得、遣唐使を廃するなど政治的な 目覚ましい活躍を遂げ、醍醐天皇には右大臣に任命されて、左大臣(藤 原時平)家を脅かす存在になり、時平らの讒言によって大宰府に流さ れ憤死を遂げた。のち、怨霊となって「みやこ」を脅かし、怨霊慰撫の 必要から天神として学問の神として尊崇されることになった。菅公に まつわる伝承遺品の多さも、その熱烈な信仰によることは言をまたな い。

74 B B-012 伝菅原道真 紺紙金泥経 一冊 ¥1500000~ 付時代箱(桐) 太宰府天満宮折紙(享和二・1801)
妙法蓮華経常不輕菩薩品第二十ほか
9×30×3

B-014 法隆寺百万塔 ¥600,000  付識箱(モミ) 10×10×21 相輪小カケ 木造百万塔は、藤原仲麻呂の乱を鎮圧した孝謙上皇が、 淳仁天皇を廃し、重祚して称徳天皇となり、改めて国家 鎮護を願って、十大寺(東大寺 西大寺 元興寺 大安寺 興福 寺 薬師寺 法隆寺 川原寺 四天王寺 崇福寺)に各十万体の 木造三重塔百万体と一万塔ごとに造られた七重塔(節塔) 百体、及び十万体ごとの十三重塔十体が、神護景雲年間 に着手され、宝亀元年には約五年を費やして完成し、十 大寺に納められた。なお、現存するのは、法隆寺に残る 四万三千体と法隆寺から出蔵し、巷間に残るものだけで ある。掲出も後記した出蔵の一体にほかならない。『御 寶物図絵』では「無垢浄光塔 百萬塔とも」。

75 B
B-013 紺紙金泥経断簡額 ¥150,000~ 紙本 48×20 額62×47 シミ

B-016 聖徳太子摂政像画幅

¥750000~ 付二重箱(内識桐 外溜塗) 太巻 絹本 金軸端 40×88 表具56×178  大ヤケ スレ 「平成四(1992)」瀧藤尊教箱識

上辺に色紙形を配し、巾子冠を戴き、両手 で笏をもち、大刀を佩き、赤衣を被着して座 す。太子の49歳像とされる。上辺の色紙形か ら水鏡御影に包摂される画像と見られるも のゝ、通例の褥でなく六脚座に座す。鎌倉時 代の聖徳太子信仰の盛行は、多くの鎌倉時代 の太子像の名品を今日に残すが、その信仰の 核には、興正菩薩叡尊(1201-90)による西大 寺を拠点とした佛教の原点回帰の提起と戒律 の復興があった。

76 B
77 B
B-017 木彫千体観音立像  ¥500,000~ 付木箱(桐) 像高 37 総高41

¥120000~ 付木箱(桐) 総長36

¥200000~  付黒塗厨子 像高14 総高24 厨子24×17×33  吉祥天、童子 「弘化三丙午年 以元興寺大塔刹柱之木使京師佛工山 本茂祐彫刻之豊山妙満院比丘海如謹誌」台坐底書付

¥50000~  付識箱(桐 ワレ、シミ) 11×9×21  エクボ 注口補修 蓋欠失

¥200000~ 像高42 スレ 剥離

78 B
B-019 銅鍍金柄香炉 B-020 銅水瓶 B-021 木彫毘沙門天二脇侍 B-022 木彫文珠菩薩坐像

B-023 当麻曼荼羅大幅  ¥1,700,000~ 付識箱(桐)  絹本 金軸端 117×121  表具134×182 シミ オレ  表具オレ、スレ 「光明寺旧蔵」箱識 天平宝字七年歳次癸卯季夏六 月廿三日

79 B

B-025 当麻曼荼羅幅 ¥600000~ 付木箱(桐) 紙本 金軸端 73×77 表具95×169 ヤケ シミ スレ キレ  墨摺版彩色

80 B

字のごとく修験者が峯入りのとき先頭の行者が用いる儀式具。聖護院派の採灯大護摩では、その前作法に用いる。掲出は聖護院派の所用具。

95×95×325

81 B
B-026 入峯斧 ¥100000~ 総長214 鉄刃先、石突 木胎漆塗斧身(一部時代補修) 鍍金毛彫金具 B-028 鋳銅経筒 ¥300,000~ 付溜塗箱(桐 貼札) 仕覆 B-027 鋳銅経筒 ¥450,000~ 付木箱(桐) 115×115×28

¥50,000~  135×135×22 星供養梵字  年紀、寺名の墨書は見受けられない

¥50,000~ 付合箱(桐 貼札) 245×17×4 「延長五年(927)六月」彫銘

¥50,000~  12×12×13 三部式

¥250,000~ 付時代箱(桐 貼札) 仕覆  9×9×18

¥250,000~ 37×27×13

82 B
B-030 御星供函 B-031 金剛盤 B-032 黄銅火舎香炉 B-034 銅板張蓮華文経箱 B-033 鍛銅経筒

B-035 海上山妙福寺伽藍画幅 ¥100,000~ 付木箱(桐) 紙本 金軸端 61×37 表具70×163 ヤケ 大シミ 表具大シミ、ヤブレ  裏面日慶墨識貼付 千葉県銚子市妙見町に伽藍を構える。正和3(1314)、日蓮の直弟子である日高を開基 とし、中山法華寺三世・日祐によって開創された日蓮宗寺院。

B-036 馬頭観音坐像画断片 ¥50,000~ 絹本 45×6

B-037 聖徳太子孝養画幅 ¥300,000~ 絹本 金軸端  48×108 表具67×203 大ヤケ スレ オレ キレ

B-038 阿弥陀三尊来迎画幅 ¥200,000~ 付木箱(桐) 太巻 絹本 金軸端 30×66 表具44×153 スレ オレ キレ  高野印金裂中廻

83 B

B-040 摩利支天図像断簡幅 ¥300000~ 付木箱(桐) 紙本 唐木軸端 50×28 表具63×116 ヤケ シミ 虫穴

B-041 日天画幅 ¥130,000~  付木箱(桐) 絹本 金軸端 38×100  表具55×178 ヤケ シミ キレ 虫穴  表具シミ、虫穴、キレ

B-042 刺繍子安観音画幅  ¥100,000~ 付黒塗箱(杉) 絹本 唐木軸端 30×64 表具49×159 ヤケ シミ ヨゴレ  表具大アレ

B-043 狩野松林 辨財天画幅 ¥80,000~ 付木箱(桐) 絹本 黒塗軸端 32×87 表具44×175 ヤケ シミ 狩野松林(元禄三・1690~元文四・1739)は一 本松狩野家の絵師。名淳信、別号に琴風軒。

84 B

総高65 ヒビ 剥離 接合補修 玉眼

85 B
B-044 木彫千体地蔵 三 ¥100000~  像高11ほか B-045 木彫法華二尊佛  ¥150000~ 像高12 総高44  銅鍍金光背 B-047 木彫彩色不動明王二童子立像 ¥150,000~ 像高45
¥180000~ 像高55 総高74
B-046 木彫毘沙門天立像

B-049 木彫阿弥陀六尊曼荼羅 ¥100,000~  付黒塗厨子(剥離) 厨子17×13×23

¥130,000~ 付黒塗厨子  毘沙門天総高26ほか 厨子34×24×47 中尊不在

B-051 木彫十一面観音立像 ¥150,000~ 像高80 総高128  漆箔 玉眼

B-052 木彫子安観音坐像 ¥120,000~ 像高31 総高66  玉眼

86 B
B-050 木彫彩色二脇侍

B-053 天治二年銘銅鰐口

¥250,000~ 付識箱(桐 貼札) 138×12×42 孔

銅色は伝世の「山銅色」を呈し、表裏の銘帯に以下の銘文をみる。

表銘:奉納 筑前国夜須東郡奈良原山虚空蔵寺

裏銘:天治二歳次乙巳(1125)九月七日 宗像郡竹丸村 矢野六太夫貞次

上記により、掲出が長野県松本で発掘され東博に蔵される長保三年(1001)銘の最古例(重文)に続く平安後期の紀年銘鰐口であり、平安期遺品の三例目の 新出遺品と知れる。既述のように当期の遺例は極端に少ないので、細部について細かく報告したい。なお、掲出については、同年(天治二年)、同所(奈良原 山虚空蔵寺)に埋経された経塚遺品が報告され、遺品が甘木市歴史資料館(福岡県朝倉市)に保管されており、掲出と経塚遺品との近接関係が注目される。 大正五年(1916)に新調された桐箱に納められ、「天治弐年ヨリ大正五年迄凡八百年トナル」の墨書をみる。 表面は、耳は鎬を持ち、耳形の祖形らしき体裁を見せる。目は、上辺を水平に伸ばし、張り出しの短い下辺に内刳りに繋ぐ。口は、その開口を10mmと計 測させる。撞座は二条線で囲み、蓮房に蓮子、葉部には八葉蓮弁を鋳出す。内区は子持ち式の三条線で囲い、上辺に「奉(旧字)納」と細字で刻み、下辺は蓮 華文を置き、左右に唐草を伸ばす。外区は一条で囲み、「筑前国」以下の銘文を彫る。 裏面は、表面に比べ簡略を顕著にする。撞座は、一条線で囲み、中心に平丸様を置く。内区は表面とおなじ三条線で囲み、外区も表面に従い、「天治二 年」以下の銘帯とする。参考:『佛具大辞典』

87 B
B-056 灰練不動明王 ¥50,000~  付二童子扉絵厨子 硝子覆 像高35  総高9 厨子6×5×135 B-055 木彫鬼 ¥50,000~ 38×24×37 虫喰 朱塗 B-054 銅造誕生佛 ¥50,000~  像高165

B-058 浮田一蕙 荷葉乗地蔵画幅 ¥50000~ 付時代箱(桐) 紙本 唐木軸端  57×21 表具59×108 シミ オレ ヨゴレ 表具オレ 浮田一蕙(寛政七年・1795~安政六年・1859)は復古大和絵派の画家。京都の人。名は公信、のち可 為、豊臣を称す。別号に昔男精舎。画を土佐光孚、田中訥言に学ぶ。勤皇の志士としても活動、安政の 大獄に連座し釈放後、病没。

B-061 木彫阿弥陀如来立像  ¥50,000~ 像高24 総高42

B-059 中尾宗貞 黄銅五具足 ¥50000~

燭台総高27ほか 鋳銘 中尾宗貞なる金工師について詳しい情報を得ない。

B-060 金龍子 色漆塗大木魚

¥50000~ 40×40×44 ヒビ共色補修  剥離 「神応山興禅々寺 九世霊紋代」彫銘

B-062 弘海肖像画賛幅 ¥50,000~  付識箱(杉) 絹本 金軸端 42×99  表具58×170 ヤケ 大シミ カビ オレ  表具アレ 弘覚賛

B-063 楊柳観音画賛幅 ¥50,000~

付木箱(桐) 折紙 紙本 骨軸端 49×129  表具61×207 ヤケ シミ スレ オレ 穴 「天和癸亥(1683)」画中

B-064 木彫菩薩立像 ¥70,000~  総高37 右手指一部欠損

88 B

B-065

慈雲 一行書幅 ¥350000~ 付木箱(杉)  紙本 唐木軸端 26×121  表具29×197 キレ

慈雲(享保三・1718~文化 元・1804)は真言宗の僧、名 飲光、号葛城山人、大阪中之 島生まれ、十三歳で河内の真 言宗法薬寺で出家、また伊藤 東涯に儒学を学んだ。後に長 栄寺、桂林寺などを歴任、晩 年は大阪南河内葛城山中の 高貴寺に住した。

B-066 上司海雲 一行書幅 ¥80,000~  付識箱(桐) 紙本 唐木軸端 41×133 表具51×213  シミ 佐保山尭海箱識 上司海雲(明治四十・1907~昭和五十・1975)。元東大寺 管長、随筆家。奈良生れ。

B-067 慈雲 詠歌幅 ¥120,000~ 付識箱(桐)  紙本 骨軸端 13×64 表具17×144 ヤケ シミ キレ  金仙閣主諦了箱識 大坂城天守閣出陳証

89 B
南都名僧

B-069 佐伯定胤 書状幅 ¥80,000~ 付識箱(桐) 紙本  唐木軸端 48×18 表具51×104 今村貞治宛 清水公照箱識

佐伯定胤(慶応三・1867~昭和二十七・1952)は法隆寺百三世、仏教 学者。奈良生まれ。焼損した金堂の再興修理に尽力。

浄家

B-070 清水公照 書横額 ¥50,000~ 紙本

135×49 額167×65

清水公照(明治四十四・1911~平成十一・1999)は東大寺長老。兵庫 県の人。昭和四十九(1974)年東大寺別当、五十年華厳宗管長、五十六年 東大寺長老。文人画、書、陶芸を能くした。

B-071 大谷句佛 一行書幅

¥50,000~ 付二重箱(内桐 外溜塗) 紙本  朱塗軸端 29×132 表具31×200 オレ 裏箔

B-072 大谷句佛 鶴句賛幅 ¥50,000~ 付共箱(桐 桟一欠) 絹本 骨軸端 26×133 表具30×194 ヤケ シミ オレ

大谷句佛(明治八・1875~昭和十八・1943)浄土真宗の僧・俳人。東本願寺第二十三代法主。諱は 光演、法名は釈彰如、俳号は春坡、蕪孫、句佛。別に愚峯、獅子窟主人と号す。明治二十一年得度、四 十一年法燈を継ぎ管長となり、大正十二年伯爵を継ぐ。

B-073 末広雲華 梅画賛幅 ¥50,000~ 付木箱(桐) 紙本 唐木軸端 31×119 表具45×201 ヤケ シミ オレ  表具オレ、ヤケ、シミ 雲華上人(天明三・1783~嘉永三・1850)は画 僧・詩僧。名は末弘・大倉、別号に鴻雪・染香人 ほか。東本願寺最高学職の講師である反面、肉食 妻帯という破戒僧としても知られる。豊後の人。

90 B

表具41×161 ヤケ シミ スレ オレ キレ 「天保六乙未年五月義環修補之」箱識 真盛(1443-95)は伊勢一志郡に生まれ、比叡山に上り修学 し、文明十八年(1486)、横川戒心谷の衆徒の招請で西教寺に 入寺し、西教寺を念仏弘通の道場とした。真盛の浄土信仰は、 良源(慈恵大師)、源信(恵心僧都)の浄土教の本源を継承して、 土御門天皇に円頓戒を、皇太子(後柏原天皇)に十念を授ける など宮中の帰依を深くした。

B-075 本如 花鳥画双幅 ¥300,000~ 付時代識箱(桐) 絹本  潤塗軸端 38×100 表具49×182 ヤケ シミ 本如(安永七・1778~文政九・1827)は浄土真宗の僧、西本願寺十九世宗主。諱は 光摂。

91 B B-074 真盛 名号幅 ¥200,000~ 付時代識箱(桐) 紙本 金軸端 27×82

絶 食 宗 純 謹 書 之

僧 無 福 坐 消 信 施 遂

務 密 而 去 之 百 丈 云 老

象 満 門 不 忍 其 作

田 古 霊 山 懶 安 龍

身 黄 檗 五 峯 平

簔 衣 笠 不 曽 離

九 十 五 歳 頭 刀

不 作 一 日 不 食 年 高

百 丈 大 智 禅 師 一 日

B-077 一休宗純 書幅 ¥800000~ 付二重箱(内時代黒塗識杉 外識) 宗賢、挙一極札 古筆了仲折紙  紙本 牙軸端 54×32 表具56×121 ヤケ シミ スレ オレ 権田雷斧箱識 一休宗純(明徳五・1394~文明十三・1481)は室町中期の禅僧。京都生まれ。別号狂雲子ほか。文明六年大徳寺四十七 世となるもすぐに退寺。没後大徳寺に真珠庵が建てられた。

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禅家

B-078 一休宗純 書幅 ¥600000~ 付時代溜塗箱(桐 貼札) 紙本 黒塗軸端 54×43 表具62×127 ヤケ シミ スレ オレ 穴  表具ヤケ、スレ、オレ、虫穴 一休宗純(明徳五・1394~文明十三・1481)は室町中期の禅僧。京都生まれ。別号狂雲子ほか。文明六年大徳寺四十七世となるもすぐに退寺。没後大徳 寺に真珠庵が建てられた。

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B-080 南浦紹明 二字書幅 ¥900,000~ 付時代黒塗箱(桐 貼札) 真珠庵宗賢折紙 紙本 牙軸端 65×27 表具68×110  ヤケ シミ スレ オレ キレ 「喫茶」 南浦紹明(嘉禎元・1235~延慶元・1309)は禅僧。はじめ蘭渓道隆に参禅。宋の虚堂智愚に学び、帰国後は肥前、筑前の禅寺に身を置いた。のち建長寺に 歴住。後宇多天皇から「円通大応」の国師号を贈られた。

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B-081 宗峰妙超 消息幅 ¥250000~

付二重箱(内時代貼札桐) 真珠庵宗玄折紙 紙本  牙軸端 48×29 表具51×99  シミ スレ オレ 虫穴 大燈国師(弘安五・1282~建武四・1337)は播磨生ま れの臨済宗の僧。諱は妙超、道号は宗峰、大燈国師は通 称。南浦紹明の法を継ぐ。後醍醐天皇、花園上皇の帰依 を得て大徳寺を開いた。

B-082 玉室宗珀 細字幅 ¥450,000~ 付時代箱(桐) 紙本 牙軸端 88×26 表具92×118 ヤケ シミ 玉室宗珀(元亀三・1572~寛永十八・1641)は臨済宗の僧。春屋宗園の法嗣。大徳寺第百四十七世。徳川家、前田家の帰依を受け、前田利家(天文七・ 1538~慶長四・1599)の正室・まつ(天文十六・1547~慶長十七・1612)のために大徳寺境内に芳春院を開いた。

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B-085 沢庵宗彭 元日和歌幅 ¥100,000~ 付時代識箱(桐 貼札) 古筆了意、了延極札 紙本 黒塗軸端 445×30 表具47×1105 ヤケ シミ オレ  表具オレ、ヤケ、スレ、虫穴 沢庵宗彭(天正一・1573~正保二・1646)は臨済宗の僧。但馬国出石 の人。一凍紹滴の法嗣、大徳寺第百五十三世。寛永六年紫衣事件で出羽 に流されたが後帰洛。品川に東海寺を開いた。

B-084 沢庵宗彭 頌幅 ¥200,000~ 付時代識箱(桐 貼札) 清水了因折紙 紙本 牙軸端 57×30 表具59×115 ヤケ スレ オレ  キレ 表具オレ、ヤケ、シミ、虫穴 春澤宗晃箱識 沢庵宗彭(天正一・1573~正保二・1646)は臨済宗の僧。但馬国出石の 人。一凍紹滴の法嗣、大徳寺第百五十三世。寛永六年紫衣事件で出羽に流 されたが後帰洛。品川に東海寺を開いた。

B-086 一休宗純 達磨画賛幅 ¥90,000~ 付合箱(桐)  紙本 骨軸端 60×37 表具71×134 スレ オレ キレ 表具アレ 一休宗純(明徳五・1394~文明十三・1481)は室町中期の禅僧。京都 生まれ。別号狂雲子ほか。文明六年大徳寺四十七世となるもすぐに退寺。 没後大徳寺に真珠庵が建てられた。

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伝授書道が専ら主流の徳川期にあって、良寛の書はひと際異彩を放っていよう。

良寛は書の師を摸刻本に求め、王羲之ら唐代前後の書家や道風筆と伝わる『秋萩帖』に学んだ が、それらの型を破り離れた、飄々とした墨蹟を今に伝える。良寛の書は一見下手に見えかねな いが、その実、確かな書道観に裏打ちされている。修得したことを意識せずして表出させること は至難だが、何ら計画性を看取させない流麗な水茎を観るに、良寛は書を以てそれを体現して いると感じずにいられない。

「……由来、最高と称う芸術は、絵であっても、書であっても、いと事もなげに無造作にでき ているものである。無法の法を悟っているからであろう。美的達人にして、はじめてできること である。」良寛の書に心酔した一人、北大路魯山人の書論からの引用である。

(『魯山人書論』五月書房、1980)

B-087 良寛大愚 二字書幅 ¥700,000~ 付識箱(桐) 紙本 牙軸端 48×25 表具61×131 薄ヤケ シミ 「回生」 安田靫彦箱識 良寛(宝暦八・1758~天保二・1831)は歌人で曹洞宗の禅僧。越後出雲崎の人。安永四年頃出家、大愚とも号した。諸国を行脚した後に帰郷、脱俗生活 を送る。書、漢詩、和歌は天衣無縫で高く評価された。

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B-089 良寛大愚 三行書幅 ¥700,000~ 付二重箱(内識桐 外溜塗) 原田勘平折紙 紙本 牙軸端 46×122 表具60×206 薄シミ  表具ヤケ 相馬御風、安田靫彦、原田勘平 箱識

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B-090 良寛大愚

二行書幅 ¥500000~  付識箱(桐) 紙本  牙軸端 20×57 表具22×137  スレ オレ 穴 安田靫彦箱識

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B-092 良寛大愚 三首和歌幅 ¥270000~ 付識箱(桐) 紙本 唐木軸端 31×93 表具45×171 シミ オレ  原田勘平箱識 安田靫彦巻止識

B-093 良寛大愚 短冊幅  ¥220000~ 付二重箱(内貼札識桐 外黒塗)  紙本 牙軸端 6×34 表具23×128  ヤケ オレ 金沢大乗寺板橋興宗旧蔵 蓋裏川口霽亭名刺貼付

良寛(宝暦八・1758~天保二・1831)は歌人で曹洞宗の禅僧。越後出雲崎の人。安永四年頃出家、大 愚とも号した。諸国を行脚した後に帰郷、脱俗生活を送る。書、漢詩、和歌は天衣無縫で高く評価され た。

B-094 良寛大愚 和歌短冊幅 ¥80000~ 付木箱(桐) 紙本  黒塗軸端(剥離) 6×33 表具23×146  大シミ スレ オレ ヨゴレ

B-095 良寛大愚 書幅 ¥100,000~  付二重箱(内貼札識桐 外溜塗) 紙本 雑木軸端 28×27 表具35×106 ヤケ 薄シミ  オレ 表具ヤケ、シミ 原田勘平箱識

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B-096 江雪宗立 一行書幅 ¥500000~ 付木箱(桐)

所載本 紙本 唐木軸端 40×131 表具43×209 オレ 『文字の力、書のチカラ』(出光美術館・2009)出展、図録掲載 江雪宗立(文禄四・1595~寛文六・1666)は大徳寺百八十一世。慶安 四年(1651)に品川東海寺の輪番職となり、寺内に桂昌庵を、また京北に 松泉庵、山城の大原に即心、東向の二庵を創した。自号は不如無、破鞋子、 枯髏子。

B-097 清巌宗渭 一行書幅 ¥480000~

付二重箱(内識桐 外黒塗) 紙本 牙軸端 27×133 表具30×195  ヤケ シミ 表具シミ、穴埋 立花大亀箱識 清巌宗渭(天正十六・1588~寛文元・1661)は近江生まれの臨済宗の 僧。大徳寺百七十世。諱は宗渭、号は弧陋、自笑。大徳寺百三十世の玉甫 紹琮につき出家、賢谷宗良に法嗣。高桐庵三世。豊後に祥雲寺、堺の南宗 寺内に徳泉、臨江の二庵、品川東海寺に清光院、肥後の泰雲寺など多く の寺を創建した。弟子に細川三斎、千宗旦などがいる。

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龍 袖 撥 開 全 躰 現 釈 迦
牟 尼 佛

B-099 遂翁元盧 蛤観音画賛幅 ¥400000~ 付識箱(桐)  紙本 黒塗軸端 28×123 表具38×203 ヤケ シミ キレ 表具穴 遂翁元盧(享保元・1716~寛政元・1789)は臨済宗の僧。駿河松蔭寺 二世。初名慧牧、字遂翁。白隠に師事した。また東嶺の勧めで松蔭寺に住 す。

B-100 宗峰妙超 三行書幅 ¥300000~

付時代溜塗識箱(桐) 紙本 黒塗軸端 26×82 表具30×170  ヤケ シミ オレ キレ 表具ヤケ、シミ、オレ 大燈国師(弘安五・1282~建武四・1337)は播磨生まれの臨済宗の僧。 諱は妙超、道号は宗峰、大燈国師は通称。南浦紹明の法を継ぐ。後醍醐天 皇、花園上皇の帰依を得て大徳寺を開いた。

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B-101 白隠慧鶴 名号幅 ¥350000~

付識箱(杉 貼札) 紙本 陶磁軸端 23×61 表具40×149  シミ オレ キレ 白隠慧鶴(貞享二・1685~明和五・1768)は臨済宗の禅僧。 駿河の人。多数の著作の他、若くして独特の作風を見せる書画 を能くした。宝暦八(1758)年には三島に滝沢寺を開き開祖と なった。

B-102 白隠慧鶴 唐臼画賛幅 ¥250,000~ 付識箱(桐 桟一欠) 紙本 黒塗軸端 58×42 表具61×129 シミ 穴 淡川康一箱識

B-103 仙厓義梵 寒山拾得画賛幅

¥100,000~ 付二重箱(内識桐) 絹本 唐木軸端 28×73  表具37×153 ヤケ シミ 表具ヤケ、スレ、 虫穴 淡川康一箱識

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B-105 白隠慧鶴 一つ目妖怪按摩画賛幅 ¥220,000~ 付時代識箱(桐 貼札) 紙本 牙軸端 54×25 表具56×109 ヤケ オレ  表具大シミ、ヤケ、スレ、シミ 白隠慧鶴(貞享二・1685~明和五・1768)は臨済宗の禅僧。駿河の人。多数の著作の他、若くして独特の作風を見せる書画を能くした。宝暦八(1758) 年には三島に滝沢寺を開き開祖となった。

B-106 仙厓義梵 涅槃画幅 ¥100,000~ 付二重箱(内桐 外溜塗) 紙本  黒柿軸端 37×119 表具48×195 ヤケ シミ  オレ 表具ヤケ、スレ

B-107 仙厓義梵 指月布袋画賛幅 ¥80,000~ 付合箱(桐) 紙本 陶磁軸端 17×90 表具25×148 シミ オレ

仙厓義梵(寛延三・1750~天保八・1837)は画僧。臨済宗妙心寺派。美濃武儀郡の人。僧名は義梵。 寛政元年筑前聖福寺第百二十三世住持となる。飄逸な画風で知られる。

B-108 鈴木大拙 三字書幅 ¥130,000~ 付木箱(桐) 紙本 黒塗軸端 27×66 表具29×153 鈴木大拙(明治三年・1870~昭和四十一年・ 1966)は仏教哲学者。文化勲章。日本学士院会員。

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B-109 春屋宗園 偈幅 ¥100000~

付二重箱(内時代杉・蓋欠 外溜塗) 紙本 唐木軸端 47×30 表具50×136 ヤケ スレ オレ 春屋宗園(享禄二・1529~慶長十一・1611)は大徳寺百十一世。俗姓 を園部氏、諱を宗園、号を一黙子とした。春屋の法を嗣ぐものに玉室宗 珀、江月宗玩などがおり、また、近衛信尹、信尋は春屋に参禅し、千利休、 古田織部、小堀遠州などはその俗弟子となった。京都の人。

B-110 明堂宗宣 柿画賛幅 ¥80000~ 付木箱(桐 貼札)  紙本 潤塗軸端 50×31 表具53×115 シミ 宙宝宗宇賛 明堂宗宣(明和五・1768~天保八・1837)は丹波生まれの臨済宗の僧。 大徳寺四百二十九世。別号春米子、返照山人。篠山藩老田塩家に生まれ る。詩書画をよくし、また茶の湯を好んだ。森川曽文に学び、墨竹を得意 とした。

B-111 魚籃観音画賛幅

¥280000~

付木箱(桐) 紙本 牙軸端 26×72 表具38×159 ヤケ スレ  オレ 大虫穴

春屋宗園賛 画人未詳 春屋宗園(享禄二・ 1529~慶長十一・1611) は大徳寺百十一世。俗姓 を園部氏、諱を宗園、号を 一黙子とした。春屋の法 を嗣ぐものに玉室宗珀、 江月宗玩などがおり、ま た、近衛信尹、信尋は春屋 に参禅し、千利休、古田織 部、小堀遠州などはその 俗弟子となった。京都の 人。

B-112 江雪宗立 一行書幅  ¥250000~ 付時代識箱(桐)  紙本 黒塗軸端 26×132  表具29×197 シミ オレ キレ  紫地印金表装 江雪宗立(文禄四・1595~寛文六・ 1666)は大徳寺百八十一世。慶安四年 (1651)に品川東海寺の輪番職となり、 寺内に桂昌庵を、また京北に松泉庵、 山城の大原に即心、東向の二庵を創し た。自号は不如無、破鞋子、枯髏子。

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心 随 万 境 転 転 処 実 能 幽

有風露香

B-114 大鼎宗允 四字書幅 ¥80,000~ 付木箱(桐) 紙本  黒塗軸端 54×32 表具57×125 ヤケ シミ 大鼎宗允(安永三・1774~天保三年・1832)大徳寺439世。大仙門下三 玄派。

B-115 横川景三 書幅 ¥50,000~ 紙本 黒塗軸端 19×17  表具36×103 ヤケ シミ 表具シミ 横川景三(永享元・1429~明応二・1493)は播磨国出身の臨済宗の僧。 道号横川、法諱景三。号はほかに金華、小補、補庵、万年村僧など。四歳 で相国寺常徳院へ入る。足利義政の崇敬をうけ、等持院住持などに就い た。文筆に優れ、後期五山文学の重要人物として名高い。著作に「補庵 集」「小補東遊集」「補庵京華集」など。

B-116 鶴亭 梅画賛幅 ¥130,000~  付木箱(桐) 紙本 唐木軸端 28×126 表具41×191 ヤケ シミ スレ 穴 鶴亭(享保七・1722~天明五・1786)名は浄博、 のち浄光。字は恵達、のち海眼。鶴亭、如是、五 字庵、南窓翁などと号した。

B-117 宙宝宗宇 一行書幅

¥80000~ 付時代識箱(桐 貼札) 紙本 潤塗軸端 29×121 表具32×200 ヤケ オレ 宙宝宗宇(宝暦十・1760~天保九・1838)は臨 済宗の僧、大徳寺四百十八世。塔頭芳春院第十三 世住職。号に洛陽人、松月老人、松月叟など。則 道宗軌について法を嗣ぐ。芳春院内に松月庵を 営む。詩偈、書に優れ、名筆と称された。また、 茶の湯を能くし製陶にも長じた。天保七年、仁孝 天皇より天光真照禅師の号を賜る。

B-118 大綱宗彦 二行書幅

¥60000~ 付木箱(桐) 紙本 黒塗軸端 30×113 表具33×191 シミ 表具ヤケ、シミ 「八十二翁」書中 大綱宗彦(安永元・1772~安政七年・1860)は 大徳寺第四百三十五世。同寺塔頭黄梅院第十四 世。昨夢、空華室と号したのち、向春庵と称し、 和歌や茶の湯をよくし書画に優れた。裏千家の 玄々斎千宗室や表千家の吸江斎千宗左、武者小 路千家の全道宗守らと親交し、茶道界の発展に 尽力した。

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B-119 良寛大愚 小色紙幅  ¥50,000~ 付木箱(桐) 紙本 唐木軸端 15×10 表具35×100 ヤケ 穴

B-120 良寛大愚 小色紙幅  ¥50,000~ 付木箱(杉) 紙本  潤塗軸端 15×20 表具25×127 シミ スレ  オレ

良寛(宝暦八・1758~天保二・1831)は歌人で曹洞宗の禅僧。越後出雲崎の人。安永四年頃出家、大 愚とも号した。諸国を行脚した後に帰郷、脱俗生活を送る。書、漢詩、和歌は天衣無縫で高く評価され た。

B-121 江月宗玩 消息幅 ¥50,000  付木箱(桐) 紙本 朱塗軸端 45×28  表具47×108 ヤケ シミ スレ オレ 江月宗玩(天正二・1574~寛永二十・1643)は 禅僧、大徳寺百五十六世。別号欠伸子ほか。津田 宗及の子。笑嶺宗訢のち春屋宗園に師事。方丈再 興等、大徳寺の復興に尽力。また龍光院内に茶室 孤篷庵を開く。墨蹟の鑑定に長じ、『江月和尚墨 蹟手写』がある。

B-122 松岡寛慶  書三幅対

¥50,000~

付木箱(桐) 紙本 黒塗軸端 28×121 表具31×200 ヤケ シミ 大徳寺 松岡寛慶(明治九・ 1876~昭和九・1934)は 臨済宗の僧。

B-123 紫野寧聲  一行書幅

¥50,000~ 付識箱(杉 ヨゴレ) 紙本 黒塗軸端 30×127  表具32×202 シミ オレ

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七福神

七種の福徳を支配する神、室町末頃、中国から輸入された思想と古来の俗信と佛教信仰の合揉から生まれた ものと見られる。なお、七福の語源は仁王経中の七難七福にはっするとも云う。

布袋

名は契此、中国四明山の僧。その体躯肥満し、常に大袋を背負い、日常生活の具つねにこの中に収む。故に布袋の 名あり。市井に出て乞食し、悠々自適す。その生活禅味に富む故に、中世以降の禅画にしばしば取り上げられた。 又弥勒菩薩の化身に擬せられ、黄檗山万福寺の木造布袋像は弥勒菩薩と呼ばれる。七福神の一。

(『仏像図典』佐和隆研.吉川弘文館.昭和37)

B-125 雪舟等楊 布袋山水三幅対 ¥350,000~ 付二重箱(内時代溜塗識桐) 紙本 唐木軸端 48×115 表具51×205 シミ スレ オレ 雪舟(応永二十七・1420~永正三・1506)は室町時代の禅僧画家。備中の人。諱は等楊。幼少で相国寺の春林に師事、画を周文に学ぶ。応仁元(1467)年、 明に渡り大陸の自然と水墨画を学び帰国。

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B-126 風外本高 布袋画幅 ¥350000~ 付木箱(桐) 紙本 骨軸端(蓋一欠) 37×29 表具45×108 ヤケ  シミ スレ 穴 表具オレ、スレ 風外本高(安永八・1779~弘化四・1847)は伊勢渡会郡押淵で生まれ、名本高、俗姓平氏、天保四(1833)に五十五歳で香 積寺の住職となる。また画をよくし「風流風外」「画聖風外」と呼ばれた。

B-127 松花堂昭乗 踊布袋画幅 ¥90,000~

付時代識箱(桐 虫喰) 紙本 唐木軸端 35×42 表具46×134  シミ オレ 虫穴 松花堂昭乗(天正十二・1584~寛永十六・1639)は学僧、書画家。堺の 人。俗名中沼式部、号に惺々翁、空識、晩年に松花堂と号した。男山岩清 水八幡宮の瀧本坊に住した。

B-128 布袋唐子画幅 ¥80,000~ 付時代識箱(桐) 紙本  牙軸端 58×32 表具72×120 スレ オレ キレ 穴 表具スレ

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無款

B-130 松花堂昭乗 布袋画幅

¥50,000~ 付合箱(桐) 紙本 潤塗軸端 42×28 表具45×115 オレ 松花堂昭乗(天正十二・1584~寛永十六・ 1639)は学僧、書画家。堺の人。俗名中沼式部、 号に惺々翁、空識、晩年に松花堂と号した。男山 岩清水八幡宮の瀧本坊に住した。

B-131 与謝蕪村 布袋画賛幅

¥90000~ 付時代箱(桐 貼札) 紙本

唐木軸端 30×82 表具32×159 ヤケ シミ  スレ ヨゴレ 表具シミ、オレ 与謝蕪村(享保元・1716~天明三・1783)は俳 人・画家。摂津国東成郡毛馬村の人。旧姓谷口。 名信章、寅、字春星、雅号四明、長庚、謝寅ほか。 俳号宰鳥、夜半翁、蕪村。作風は幅広く、独自の 様式を創造。池大雅と並ぶ日本南画の大成者。俳 諧では蕉風復興を提唱。

B-132 永徳印 松下布袋画幅 ¥50000~ 付木箱(桐 桟一欠) 紙本  牙軸端 42×104 表具52×185 シミ スレ  オレ キレ 虫穴 表具ヤケ、虫穴

B-133 仙厓義梵 指月布袋画賛幅 ¥150,000~ 付木箱(桐) 紙本 唐木軸端 31×89 表具45×152 ヤケ シミ  表具ヤケ、シミ 仙厓義梵(寛延三・1750~天保八・1837)は画 僧。臨済宗妙心寺派。美濃武儀郡の人。僧名は義 梵。寛政元年筑前聖福寺第百二十三世住持とな る。飄逸な画風で知られる。

B-134 英一蝶 布袋唐子画幅 ¥90,000~ 付時代識箱(杉) 大倉好斎極札 (大虫喰) 絹本 潤塗軸端 28×82  表具30×158 ヤケ 表具シミ、穴 英一蝶(承応元・1652~享保九・1724)は京都 の人。本姓藤原、多賀、のち英。別号朝湖・北窓 翁など。

B-135 伝芸阿弥 布袋画幅 ¥80,000~ 付識箱(桐 桟一欠) 下條正雄折紙 紙本 牙軸端 42×103 表具56×210 スレ 穴  無款 雲庵(下條正雄)箱識

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¥2,000,000~ 付二重箱(内共桐 外溜塗) 平櫛弘子鑑定書 像高16 「昭和乙巳(1965)十月十七日 九十四翁」箱識 平櫛田中(明治五・1872~昭和五十四・1979)は木彫家。岡山県西江原村に生まれ、東京都小平市で没。本名倬太郎、旧姓田中、後平櫛家の養子となる。 大阪で中田省古、上京して高村光雲に師事。明治四十年米原雲海らと日本彫刻会を結成。大正三年再興日本美術院彫塑部主宰、同人。東京芸術大学教授、 文化勲章。帝室技藝員。生地に井原市立田中美術館がある。また昭和四十六年白壽を記念し平櫛田中賞が設けられた。

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B-136 平櫛田中 福聚大黒天尊像

¥60,000~

付時代識箱(桐 破損) 絹本 牙軸端 43×101 表具56×186  ヤケ シミ キレ ヨゴレ B-139 菅楯彦 西宮恵比須画賛幅 ¥60,000 付二重箱(内共桐 外溜塗) 絹本 牙軸端 36×113 表具49×203 菅楯彦(明治十一・1878 ~昭和三十八・1963)は日 本画家。号は盛虎、静湖。

B-140 狩野探幽 福禄寿画幅 ¥50,000~ 付時代識箱(桐 破損)  大倉好斎極札 絹本 牙軸端 68×48 表具81×145 ヤケ シミ オレ 表具アレ 狩野探幽(慶長七・1602~延宝二・1674) は永徳を祖父に、孝信を父にもつ江戸幕府を 代表する御用絵師。諱は守信。京都の人、狩 野派中興の祖。

40×27×14 虫喰 ワレ接合補修 「千葉県大原町八幡宮境内生□一先年御神木」台坐墨識

儒教 儒者

B-142 矢野鉄山 若恵比須画賛幅 ¥50000~  付共箱(桐) 紙本 牙軸端 52×46 表具67×147 矢野鉄山(1894~1975)大正~昭和時代の日本画家。

B-143 山鹿素行 新詩三章序書横額 ¥70,000~ 紙本 166×29 額188×48 ヤケ シミ スレ 背面損傷 山鹿素行(元和八・1622~貞享二・1685)は儒学者・兵学者。古学派の祖。陸奥国会津生まれ。名高祐、字子敬、通称甚五右衛門。

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B-138 海北友竹 寿老鶴亀三幅対 B-141 木彫大黒天 ¥150000~ 大黒天40×55×57 木飾台

B-144 中江藤樹 書幅 ¥150000~ 付時代箱(桐 貼札) 大倉好斎極札 紙本 黒柿軸端 45×28 表具52×114 ヤケ 薄シミ  オレ 表具ヤケ、シミ、オレ 中江藤樹(慶長三・1608~慶安元・1648)は江戸初期の儒学者、日本 の陽明学の祖。近江高島郡生れ、名原、字惟命、通称与右衛門。独学で朱 子学を学び、のち陽明学に転向。近江聖人と呼ばれた。

B-145 頼山陽 消息幅 ¥65000~ 付時代識箱(桐) 紙本  唐木軸端 45×16 表具54×99 ヤケ ヨゴレ 柿衞文庫旧蔵 頼山陽(安永九・1781~天保三・1832)は儒者。頼春水の息。幼名久太 郎、諱襄、字子成、別号に三十六峯外史。大阪に生まれ、まもなく広島に 移る。江戸に出て尾藤二洲に経学・国史を学ぶ。博識で詩文をよく好ん だ。京都に書斎「山紫水明処」を構え、文人と交流。

道 教

B-146 中江藤樹 四行書額 ¥80,000~ 絹本 24×105 額41×130  ヤケ 虫穴 ヤブレ 中江藤樹(慶長三・1608~慶安元・1648)は江 戸初期の儒学者、日本の陽明学の祖。近江高島郡 生れ、名原、字惟命、通称与右衛門。独学で朱子 学を学び、のち陽明学に転向。近江聖人と呼ばれ た。

B-147 梁川星巌 三行書幅

¥50,000~ 付識箱(桐) 紙本 牙軸端 53×131 表具66×200 シミ

梁川星巌(寛政元・1789~安政五・1858)は漢 詩人。美濃の人。名を孟緯、字を公図とした。星 巌は号。

B-148 神農画賛幅 ¥50,000~  付木箱(杉) 紙本 唐木軸端 53×128  表具69×194 ヤケ シミ オレ  表具ヤケ、虫穴 頼杏坪賛

113 B

武家

C-001 向鉢巻総髪兜付緋絲威二枚胴具足  ¥5500000~

兜  鉢金を構成する部位で唯一視認できる額金を錆    色漆塗とし、鉢巻飾直下に一本角本を立てる。    前立は木胎箔押の鉢巻飾と同工にして「向こう    しばり」の結び目を形象し、総体として向鉢巻    の総髪兜と成す。額金裏は朱漆塗。

は鉄切付札を黒漆塗とし、六段を紅絲で毛引    に威し、一段目を素文のまま小さく吹返す。 面具 鉄黒漆塗の烈勢頬。金銅歯を挿し、糟毛髭を植    える。裏は朱漆塗とし、耳に六曜を透かし、汗抜    孔を穿つ。なお顎先の漆剥離は補彩される。垂    は両面黒漆塗の鉄切付札四段を毛引に威す。 胴  板札は鉄切付の黒漆塗で、前立挙三段、後四段、    長側五段の二枚胴に構成して裏を茶革張とする。    三板は黒漆雁木篠とし、金銅桜花透金物を前後    に三、脇板に各四打ち飾り、外側へ湾曲させて    金銅唐草毛彫覆輪を廻らす。襟廻りは小さめの    亀甲金を包んで金茶絲で綴付け、金茶糸の這糸    として箔押韋で覆輪する。采配付鐶は裏菊座金    とし、背には角合当理、受筒と待受を具える。草    摺は練韋七間五段の腰革付とし、裾板に黒毛を    植える。

袖  鉄切付札六段の当世袖。上四段までを黒韋で裏張し、下二段の足掻を確保する。 三具 鉄九本篠の臑当は後代寄を想定するが、他二具は桜花を染抜いた木綿の家地、箔押韋による覆輪など仕立を共通する。鎖籠手は丸に桜花の金具を    配し、手甲にも切鉄で飾る。佩楯は踏込式の鎖。

附属 四角錘台形の溜塗一荷櫃が添う。

114 C
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C-003 鉄黒漆塗十六間筋兜付 胸取伊予札二枚胴具足 ¥1200000~

鉢金は前後頭の膨らみを強くし、十六間の各 筋と腰巻を銀泥で覆輪する。八幡座は金工四段。 一本角本に黄銅前立を飾る。 は板札五段、一段 目を小さく吹返す。肩摺板に漆ヒビ、剥離をみる。 面具は錆色漆塗、四段垂(後補)を付す。

胴は前後立挙を切付箔押、長側を矢筈頭板札 とする。三板・肩上は素文、黒漆の損傷が著しい。 襟廻りは亀甲金包。角合当理、待受を具えるが受 筒を欠く。草摺は六間五段威下げ。

山道刻板の袖、皺瓢籠手、練韋佩楯、七本篠臑 当、小振の黒塗一荷櫃が附属する。

116 C
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C-005 鉄五十間筋兜付 色々威二枚胴具足 ¥1,000,000~ 付具足櫃(底補修)

C-006 越中具足 ¥700000~

頭形兜鉢は腰巻板前半のみを鉄として黒漆塗 する。天辺は三段を薄く重ねた八幡座を置き、笠 印付鐶は「丸に三引両紋」の鋲頭とし、同工を両乳 鐶にもみる。眉庇に円孔を二点穿ち、玉縁を置く。 その中間に角本を具えた痕跡があり修補される。 は鉄板黒韋包五段、肩摺板を韋覆輪する。面頬 は黒漆塗、切付札四段垂は と同じく毛引威なが ら後補。

胸取二枚胴は練韋板札を黒韋包。背に丸合当理、待受と枕を具えるが受筒を欠く。草摺は七間五段威下げ。 籠手、佩楯は家地を共通する。臑当は家地、立挙を持たない。黒塗櫃に収める。

119 C
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C-008 鉄錆地二十四間筋兜 付面頬 ¥900,000~ 銘:明珍信家作
121 C
C-010
鉄地六十二間小星兜 ¥480,000~ 付白毛引廻 黄銅前立ワレ
¥500000~ 付木箱(桐) 兜立  銘:「…女家光」 早乙女家光か
C-009 鉄錆地六十二間 筋兜
122 C
C-013 鉄錆地四十八間筋兜 ¥200,000~ 漆剥離 銘:南紀住正信作 C-012 鉄錆地六十二間筋兜 ¥450,000~ 絵韋損傷 八幡座、笠印付鐶欠失 黒漆剥離 C-014 鉄地塗分頭形兜 ¥230,000~ 剥離 打出眉 C-015 鉄黒漆塗頭形兜 ¥200,000~ 付前立 漆補修
123 C
C-017 鉄褐色塗頭形兜 ¥150000~ C-016 鉄黒漆塗突 兜 ¥180000~ 付木箱(杉) 黒漆剥離 C-018 鉄黒漆塗烈勢頬 ¥150,000~ 漆補修  裏朱 鉄箔押四段垂 C-019 金箔押喉輪 ¥60000~  漆塗部脆弱、剥離 C-020 兜櫃 ¥80000~ 64×52×34  蓋半身補材 脚底虫喰 「前」金具

C-022 本小札丸胴 付広袖 ¥600,000~ 付時代箱(杉)

124 C
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小桜韋威 二枚胴 ¥150000~ 付太鼓櫃  襟廻大破
C-023
C-024 南蛮胴半身 ¥100,000~
¥300000~ 付櫃  女持 紺羅紗包
C-026 火事鎧
C-025 寄三具ほか  ¥70,000~  付袖一双

C-029 上坂丈右衛門旗指物 ¥150000~ 58×82  絹地丹塗 金箔押紙縫付 孔 キレ ヨゴレ

C-028 八幡大菩薩流幡  一旒 ¥180000~ 付二重箱(内溜塗識桐  外溜塗識桐) 重宝兜鎧並白旗記巻物 錦袋 435×389 ヤケ シミ スレ キレ 脆弱 「源氏白旗」箱識

一双 ¥50,000~ ヒビ 「照安作」金泥銘

一双 ¥50,000~ スレ ヒビワレ  小剥離

126 C
C-030 黒漆塗鐙 C-031 黒漆塗鐙

C-032 根来鞍 ¥130,000~ 40×37×37 スレ 剥離 ヒビ  丸に三割剣片喰紋

C-033 佐竹扇紋柄鏡 ¥75,000~ 付識箱(杉 貼札) 蒔絵鏡笥(スレ、 小アタリ) 24×35 中川山城守藤原清次銘

C-034 網代壺胡籙 ¥100,000~ 185×6×40 『鉄と漆の芸術 京都嵐山美術館蔵品集』(昭和61)所載

C-035 馬柄杓 三 ¥60,000~ 総長64ほか ヒビ 剥離  丸に釘貫紋 抱茗荷紋 抱茗荷唐草

C-036 家紋蒔絵柄紙采配

¥50000~ 柄長37 紙節キレ  丸に二引両紋

C-037 馬印 三 ¥50,000~  付飾台 総高201ほか  先端部欠失

127 C

C-039 河内守正廣 刀 付白鞘 ¥1200000~ 付紫刀袋 特別保存刀剣鑑定書(日刀保) 長さ714 反り21 目くぎ穴1 差表中腹地極小鍛キズ  差裏中腹刃先小サビ 差裏鎺元極小鍛キズ 白鞘小ワレ  裏銘:肥前国河内守藤原正廣 富山県第11498号 藤原正廣は脇肥前に相当する刀工。寛永年間に初代が正廣を名乗り、以降六代続く。河内守を受領す るのは二代(寛文頃)と五代(宝暦頃)。

C-040 青貝微塵棕櫚変塗鞘打刀拵 ¥420,000~ 付錦刀袋 特別保存刀装具鑑定書(日刀保) 総長98 鞘小アタリ 切羽金被ヤブレ 柄糸キレ(裏補修)

128 C
129 C

C-043 無銘「美濃千手院長広」 刀 付潤塗鞘糸巻太刀拵 白鞘 ¥530,000~ 付錦刀袋(小ヤブレ) 紫刀袋 保存刀剣鑑定書(日刀保) 長さ680 反り23 目くぎ穴1 棟誉キズ3 棟鍛ワレ 差表裏鎺元刃中炭ゴモリ 鞘ガタツキ 繋ぎ鎺ワレ 長野県第42613号

130 C

C-042 銘不詳 刀 付黒石目地鞘陣太刀拵 白鞘 ¥620,000~ 付錦刀袋 紫刀袋 尻毛鞘 長さ614 反り21 目くぎ穴2 切先刃コボレ  差表物打鍛キズ 鎺元肌アレ 渡巻糸ヨゴレ 帯執金物後補 柄糸キレ、ヨゴレ 鞘・柄ガタツキ 表銘:銘不詳 高知県第28160号

131 C

C-045 大与五国重 刀 付拵 白鞘 ¥500,000~ 付紫地菊鳳文錦刀袋 紺木綿刀袋 長さ688 反り16 目くぎ穴1 切先極小カケ  差表中腹鍛キズ、鎬筋鍛キズ 差裏物打小鍛キズ 栗形ウキ 鞘アタリ 切羽破損 繋ぎ欠損  表銘:備中国水田住大与五国重作(登録証「作」記載漏れ) 東京都第216098号

132 C

大与五国重は三代目水田国重とされる刀工。姓大月、通称与五郎、略し大与五とする。同じ国重系統に属する河野派に抗する大月派の第一とされる。作 刀は寛永頃。

C-046 黒漆石首魚研出鞘大小拵

¥480000~ 付錦刀袋2 保存刀装具鑑定書(日刀保) 大:総長92 栗形・鯉口塗補修 小柄欠 柄糸脆弱 小:総長68 鞘極小スレ 栗形・裏瓦・鯉口塗補修 小柄欠 柄糸キレ

133 C

付白鞘 ¥500,000~ 付紫刀袋 長さ二尺三寸 反り七分五厘 目くぎ穴三(埋一) 棟小サビ 差表平地炭ゴモリ  差裏鎬地鍛キズ 差裏鎺下鎬地鍛キズ 表銘:相州住助広 兵庫県第7325号 相州助廣は吉広門人の初代以降、南北朝期から戦国期にかけて五代知られる。

付白鞘 ¥300000~ 付紺刀袋 長さ726 反り10 目くぎ穴1 棟小サビ 鎺元付近小刃コボレ 差裏刃境小鍛キズ  表銘:(葵紋)康継以南蛮鉄 裏銘:於武州江戸作之 東京都第212926号 康継は初代(天文二十三・1554~元和七・1621)が家康・秀忠に招聘され、「康」の字を賜り康継に改名し、三ツ葉葵紋の鐫銘を許されたことに発端する。 二代康継は紺屋町に屋敷を与えられ江戸定住となったが、後代は江戸と越前に分家し、幕末明治まで続いた。

C-050 相州廣正 脇差 付白鞘 ¥400,000~ 付白刀袋 特別貴重刀剣鑑定書(日刀保) 長さ321 反り03 目くぎ穴2 差裏小炭ゴモリ2

表銘:相州住廣正 富山県第9358号 相州廣正については複数の同名刀工の存在により、南北朝から室町期にかけて数代続いた可能性が指摘されている。

134 C
C-048 相州住助広 刀 C-049 武州康継 刀
135 C
136 C

C-052 備州祐定 刀

付拵 白鞘 ¥300000~ 付錦刀袋 花文刀袋 特別貴重刀剣認定書(日刀保) 長さ701 反り20 目くぎ穴1 差表物打刃中薄サビ 中腹刃中薄サビ  鎺元刃中小サビ 差裏刃境小鍛キズ 表銘:備州長船祐定作 裏銘:永正十年八月日(※日刀保「天正ヲ永正ニ改鏨」) 福岡県第64701号

付半太刀拵 白鞘 ¥200000~ 付錦刀袋 紫刀袋 長さ646 反り26 目くぎ穴2 差表物打鍛ワレ、刃中鍛キズ  差裏総体サビ、中腹小鍛ワレ 鎺金被剥離 栗形後補 縁後補 岡山県第73537号

付紗綾文塗鞘梅鉢紋拵 白鞘 ¥250,000~ 付橙木綿刀袋 紫刀袋 長さ一尺一寸五分 反り二分五厘  目くぎ穴一 差表中腹小肌アレ 差裏物打鍛キズ 鐺銀象嵌ウキ 鎺スレ 表銘:和泉守兼定 京都府第5080号

137 C
C-053 無銘 刀 C-054 和泉守兼定 脇差

表銘:井上真改 裏銘:(菊紋)延宝八年(1680)(以下切) 新潟県第072407号 井上真改(寛永八・1631~天和二・1682)は摂津の刀工。本名井上八郎兵衛良次。熊沢蕃山の案で改名するまでは国貞を名乗る。御留鍛冶。

C-057 備州完戸定廣 刀

付白鞘 ¥200,000~ 付紺刀袋 特別貴重刀剣認定書(日刀保)  長さ二尺二寸六分 反り三分五厘 目くぎ穴一 差裏中腹炭ゴモリ  表銘:備州三次住完戸定廣 裏銘:慶應三年(1867)二月日 東京都第25390号 完戸定広(文化六・1809~明治十四・1889)は備州三次の刀工。青木定照から備前伝を教授されたとされ、安政六 年(1859)に浅野家抱鍛冶となり、動乱に揺らぐ世に実戦的な刀を提供した。「完戸」の他に「宍戸」を称していた時 期もあったようだが、明治四年の戸籍令布達以降は「宍戸」を名乗っている。(参考『君田村史』)

C-058 近江守継廣 脇差 付白鞘 ¥230,000~ 付薄茶地綸子刀袋 特別貴重刀剣認定書(日刀保)  長さ551 反り12 目くぎ穴1 鎺元棟小サビ 差表物打薄サビ、中腹小肌アレ  表銘:近江守藤原継廣 島根県第20110号 近江守継廣は越前関の刀工。三代康継の門人。江戸、膳所での作刀が知られる。

138 C
C-056 井上真改 脇差 付白鞘 ¥300000~ 付白刀袋 本阿弥弥十郎左衛門折紙 長さ536 反り10 目くぎ穴2 差表鎬地鍛ワレ
139 C

C-060 助廣 短刀

付印籠刻鞘短刀拵 白鞘 ¥300000~

付錦刀袋 納戸刀袋 長さ269 反り03 目くぎ穴2 差裏小肌アレ  棟寄小鍛ワレ 黒水牛栗形虫喰 表銘:助廣 愛知県第59798号

C-061 康光 短刀 付合口拵

白鞘 ¥300000~ 付白地錦刀袋 紫刀袋 特別貴重刀剣認定書(日刀保) 長さ八寸三分 反り二厘 目くぎ穴一 棟鎺元小サビ 白鞘水牛鯉口虫喰 表銘:康光 山口県第1453号 「昭和四十八(1973)」剱掃鞘識

C-062 千種有功 剣

付石目地鞘合口拵 ¥260,000~

付濃納戸刀袋 長さ286 反りなし 目くぎ穴1 鞘アタリ、塗補修

表銘:正三位有功作 裏銘:安政三年(1856)二月日 岩手県第19852号 千種有功(寛政九・1797~安政元・1854)は歌人、公卿。千々廼舎と称す。有條 の子。和歌を藤原忠良、有栖川熾仁親王、久世通理に学んだ。また香川景樹、加茂 季鷹と交わり、二条派を脱した歌を詠んだ。四条派の画、書も能くした。刀剣を愛 好し、蒐集のみならず自ら作刀した。正三位権中将。

140 C
差裏柄巻鮫革後補 柄ガタツキ
141 C

C-064 飛□守氏房 短刀 付合口拵 ¥250,000~

付香色地花文錦刀袋(キレ) 長さ284 反りなし 目くぎ穴1  差表刃境小鍛ワレ 差裏中腹地小鍛キズ 鞘ヒビ、塗補修

表銘:飛□守藤原氏房 千葉県第055521号 目釘穴による不読箇所があり、織田信長に仕えた刀工である二代藤原 氏房を想定できるものの確証を得ない。

C-065 月山貞一 短刀 付合口拵 ¥200000~

付縞木綿刀袋 長さ209 反りなし 目くぎ穴1 差裏薄サビ、小肌アレ  鞘スレ 鐺小剥離 馬手指風拵

表銘:月山貞一作 東京都第325933号 月山貞一は現代刀の名工。初代(天保七・1836~大正七・1918)は帝室 技藝員を拝命、二代(明治四十・1907~平成七・1995)は重要無形文化財 保持者に認定された。

C-066 真鍋純平 短刀 付渋布包合口拵 ¥200,000~  付黄土地木綿刀袋 長さ266 反りなし 目くぎ穴1 刃先小サビ  棟サビ 同作小柄 革下緒  表銘:播州住純平作

裏銘:昭和戊辰年(1988)三月十七日 兵庫県第102330号 真鍋純平(昭和二十八・1953~)は現代刀工。宮入行平門人、河内国平 師事。

142 C
143 C

C-068 芸州冬廣 刀 付白鞘 ¥180000~ 付紺刀袋 鑑定書(銃砲刀剣研究会) 長さ二尺九分五厘  反り四分 目くぎ穴一 差表鎬地鍛ワレ方々 差表物打下小鍛キズ 表銘:芸州住冬廣 京都府第7078号 冬廣は初代が相州から小浜に移住して作刀したことに発端し、広島や鳥取に勢力を伸ばした一門。芸州冬廣は幕末頃まで続 いた。

付拵 ¥150000~ 長さ675 反り11 目くぎ穴2 差表鎬地小キズ多数 焼刃判然とせず 鎺約8mm深入(棟区にかからず)  鞘小アタリ 千葉県第052256号

C-070 無銘「山村」 短刀 付白鞘 ¥150,000~ 付紫刀袋 保存刀剣鑑定書(日刀保) 長さ270 反り02 目くぎ穴2  棟小サビ 棟鎺元炭ゴモリ 差裏炭ゴモリ 切先小サビ 新潟県第039274号

144 C
C-069 無銘 刀

付白鞘 ¥100,000~ 付紫刀袋 長さ540 反り15 目くぎ穴1 表銘:芸州住藤原冬廣 広島県第17767号

C-072 信濃守国広 脇差 付白鞘 ¥100,000~ 長さ448 反り06 目くぎ穴2 物打刃コボレ 差表刃境鍛キズ、鎺元鎬地鍛キズ  差裏物打炭ゴモリ 表銘:洛陽一条信濃守藤原国広造 裏銘:慶長八年(1603)二月日 京都府第34479号

C-073 芸州廣隆 脇差

付白鞘 ¥80,000~ 付紫刀袋 長さ437 反り18  目くぎ穴1 差裏鎺元小炭ゴモリ 表銘:芸州住藤原廣隆  島根県第10295号

C-074

¥80,000~ 付錦刀袋(房一ホツレ) 総長107 鐺、返角、栗形、鯉口 補修 鞘小アタリ 柄目くぎ穴2

C-075 無銘 脇差 付白鞘 ¥70,000~ 付紫刀袋 長さ490 反り13 目くぎ穴1 差表鎺下鎬地鍛ワレ 差裏中腹鍛キズ 奈良県第17995号

C-076 縄廣 脇差 付拵 ¥50000~  長さ495 反り15 目くぎ穴1 差裏総体肌アレ 柄ガタツキ 表銘:縄廣 東京都第257181号

145 C
C-071 芸州冬廣 脇差 黒漆塗革巻柄打刀拵

C-078 無銘 火縄式銃砲 ¥220000~ 全長473

銃身長287 口径108 尾栓開閉確認不可 火蓋後補 絡繰不具合  木台不具合 玉詰まりか 香川県ろ第26669号

C-079 國友重恭 火縄式銃砲 ¥120000~ 全長1280 銃身長975 口径14 尾栓開閉不可 槊杖ワレ  木部ワレ 裏側黄銅板補修 丸に三つ柏紋銀象嵌  銘:二重巻張江州國友藤兵衛重恭 京都府第56636号 国友一貫斎(安永七・1778~天保十一・1840)は鉄砲鍛冶師。九代国友藤兵衛。諱重恭、号一貫斎ほか。発明家としての側面もあり、実用的な空気銃の制 作をはじめ、自作の反射望遠鏡による天体観測記録も残されている。

146 C
C-080 倭杖 ¥80000~ 総長130
147 C
C-082 撒菱 十五 ¥50000~ C-083 鹿角刀掛 ¥50000~  36×20×48 三本掛 C-081 鏃 十三 ¥50000~  付合箱(杉 蓋欠) 総長32ほか

C-085 四分一地唐獅子牡丹文鐔 縁頭 ¥1000000~ 付木箱(桐) 鐔76×79×05ほか 鐔・縁銘:横谷宗與(花押) 二代横谷宗與(元禄十三・1700~安永八・1779)は江戸生。初代宗與門下であった横谷宗寿の二男。宗珉の養子となり、享保十八年(1733)に家督を継い でいる。四分一磨地に片切彫の作品を遺す。

148 C

浜野直随(延享二・1745~文政二・1819)は刀装金工師。本姓遠山。号瑞雲軒、蓋雲軒、望窓軒ほか。中村直矩に学び、初代矩随に師事。

C-087 鉄地万歳透大小鐔 ¥340000~ 付木箱(桐) 保存刀装具鑑定書(日刀保)  大71×76×05 小69×74×05 銘:藻柄子宗典作 喜多川宗典(生没年未詳)は江戸中期の刀装金工師で、彦根中藪に住す。号藻柄子。作柄、鐫銘は変化 に富み、数代続いた可能性も指摘される。

149 C
¥400,000~ 付鐔箱(桐) 特別保存刀装具鑑定書(日刀保) 67×71×05  銘:蓋雲堂濱野直随(花押)
C-086 四分一磨地六玉川砧文鐔

C-089 鉄地武者透鐔 ¥200,000~ 付鐔箱(桐) 82×85×05

C-090 素銅石目地雲間桁橋文鐔

¥180,000~ 付識鐔箱(桐) 特別保存刀装具鑑定書(日刀保) 70×74×04 無銘(庄内)

¥140,000~ 付鐔箱(桐) 保存刀装具鑑定書(日刀保) 76×81×04

無銘(水戸)

C-092 四分一磨地一笑小禽文鐔

¥140000~ 付鐔箱(桐) 保存刀装具鑑定書(日刀保) 77×82×03  鍍金スレ 裏面小アタリ 無銘(水戸)

150 C
銘:藻柄子入道宗典作
C-091 四分一魚子地瀑布双獅子文鐔

84×84×03 無銘(肥前)

C-094 鉄地近江八景文鐔 ¥115,000~ 付鐔箱(桐)

保存刀装具鑑定書(日刀保) 80×85×04 無銘(水戸)

C-095 鉄槌目地浜松千鳥文鐔 ¥110000~ 付鐔箱(桐)

保存刀装具鑑定書(日刀保) 74×88×04

埋金小カケ 無銘(東龍斎派)

C-098 鉄地笹竹透鐔 ¥85,000~

付鐔箱(桐) 75×75×05

象嵌スレ 耳深サビ

C-099 鉄地群馬文鐔 ¥80,000~

付鐔箱(桐) 保存刀装具鑑定書(日刀保) 71×75×05

銘:会陽住(以下不明)(会津正阿弥)

88×9×02  銘:摂州大坂住二郎吉次重作 二郎吉は江戸初期、大坂の刀装金工師。鉄板鐔 に縦鑢、小透象嵌の作品を遺す。

C-100 鉄地蛇籠亀黄銅象嵌鐔 ¥80,000~ 付識鐔箱(桐) 82×82×04  無銘(平安城) 寒山箱識

151 C
C-096 鉄地波頭透鐔 ¥100000~  付鐔箱(桐) 7×73×04 C-097 鉄地桜花笠透鐔 ¥95000~  付鐔識箱(桐) C-093 鉄地赤銅覆輪南蛮人文鐔 ¥150,000~ 付鐔箱(桐)  保存刀装具鑑定書(日刀保)

C-102 素銅石目地小菊文八角鐔

¥80,000~ 付鐔箱(桐) 保存刀装具鑑定書(日刀保) 7×7×04  耳スレ 無銘(庄内)

C-103 鉄地汀三日月文鐔 ¥70,000~  付鐔箱(桐) 79×80×05 銘:政廣

C-104 鉄地信玄鐔 ¥70,000~  付鐔箱(桐) 85×87×05

C-105 鉄地鳳凰透鐔 ¥78000~  付鐔箱(桐) 77×82×04

C-106 鉄地松葉菱透鐔 ¥70000~  付鐔箱(桐) 9×9×04 象嵌剥離

C-107 鉄地遊牛文鐔 ¥70000~  付鐔箱(桐) 82×83×05 阿弥陀鑢

C-108 鉄地阿波鐔 ¥60000~ 付鐔箱(桐) 82×82×04

C-109 鉄地菊透鐔 ¥60000~ 付鐔箱(桐) 81×81×05

C-110 鉄地桐透鐔 ¥50000~ 付鐔箱(桐) 77×75×06 銘:忠好作 江戸後期、武州の刀装金工師の赤 坂忠好が想定される。

C-111 鉄地馬具透鐔 ¥50000~ 付合鐔箱(桐) 83×84×05 象嵌スレ

152 C

C-112

武者文刀装具 一口  ¥280,000~ 付木箱(桐) 鐔64×68×03ほか  縁頭 鐔 目貫 小柄

C-113 赤銅地桐文三所物 ¥250000~ 付木箱(桐) 保存刀装具鑑定書(日刀保) 笄総長215ほか 無銘(後藤)

C-114 赤銅魚子地宝尽文小柄 笄 ¥260000~ 付木箱(桐) 特別保存刀装具鑑定書(日刀保) 小柄総長98 笄総長21 無銘(京金工)

153 C

¥150,000~ 付縁頭箱(桐)

縁23×40×14ほか 銘:大森英秀(花押) 大森英秀(享保十五・1730~寛政十・1798)は江戸の刀装金工師。号一 濤斎、竜雨斎。横谷系の門流であり、大森浪、金梨地象嵌などの技法を工 夫した。

C-118 赤銅魚子地菊文笄 ¥100000~  付合笄箱(桐) 総長21 竿小曲がり  銘:月琴堂政龍(花押)

和田一真(文化十一・1814~明治十五・1882)は京都の刀装金 工師。藤原氏を称し、初期に政隆のち政龍を名乗る。後藤一乗に師 事、一真の名を授かる。号月琴堂、眉山ほか。

三ツ葉葵

C-119 鉄地鐔 三 ¥100,000  付鐔箱(桐)、貴重小道具認定書(日刀保)各一 84×84×04ほか  茄子散(貞廣) 小透(無銘正阿弥) 八方猪目透(無銘刀匠)

154 C
C-117 赤銅地群馬文縁頭 目貫 ¥95,000~ 付木箱(桐)  縁25×4×12ほか 縁極小スレ C-116 四分一地波涛文縁頭 C-120 家紋唐草蒔絵雛道具 ¥200,000~ 付木箱(杉) 懸盤18×17×10ほか スレ 小ソゲ 三ツ葉葵紋 蜂須賀卍紋

C-121 松平斉省 二字書幅 ¥150000~ 付木箱(桐) 紙本  唐木軸端 51×125 表具63×199 シミ オレ キレ  表具ウキ 松平斉省(文政 六・1823~天保十 二・1841)は川越藩 世嗣。徳川家斉の子 で、松平斉典の養子 となるが家督を継 ぐ前に夭折。

C-122 徳川家光 黒印状幅 ¥50000~ 付木箱(桐) 紙本 根来塗軸端 61×44 表具76×141 ヤケ スレ オレ  虫穴 松平対馬守宛 徳川家光(慶長九・1604~慶安四・1651)は江 戸幕府の第三代将軍。(在位は1623 1651)。二 代将軍秀忠の次男。諸法度・参勤交代の制度な どを定め鎖国を断行。徳川幕府の基礎を確立。

C-123 徳川家茂 黒印状 ¥50000~  付合箱(杉) 紙本 65×46 シミ カビ  林肥後守宛 徳川家茂(弘化三・1846~慶応二・1866)第14 代将軍。

C-124 三ツ葉葵紋蒔絵小箪笥 ¥90,000~ 付鍵(不具合) 40×23×35 ヒビ  アタリ 剥離 蓋裏菊流水

155 C

C-126 豊臣秀吉 和歌幅 ¥300000~

付二重箱(内桐 外溜塗) 古筆了泉極札 紙本 牙軸端 25×22

表具41×100 シミ スレ 朝鮮紗表具 豊臣秀吉(天文五・1536~慶長三・1598)は武将。尾張中村で生まれ、 幼名を日吉丸、籐吉郎とし、若くして織田信長に仕えて数々の戦いで功 績を挙げた。また信長が本能寺の変で明智光秀に討たれると、山崎の戦 いでその仇を討ち、天下統一をなした後は関白、太政大臣に就いた。秀 次に関白を譲ったあと太閤と称した。

C-127 伊達政宗 消息幅 ¥300000~ 紙本 牙軸端  53×37 表具66×122 スレ シミ 伊達政宗(永禄十・1567~寛永十三・1636)は独眼竜の異名で知られ る奥羽の武将。十八歳で家督を継ぎ、はじめ豊臣秀吉に仕えて小田原攻 めに参陣し、関ヶ原の戦いでは徳川家康につき伊達六十二万石を確定さ せ大名となった。また初の欧州派遣使節として支倉常長を送るなど世界 に視野を広げ国際的な活動にも努めた。

C-128 加藤清正 消息巻物

¥200,000~ 付木箱(桐) 紙本 牙軸端 81×20 表具130×25 シミ オレ 穴 加藤清正(永禄五・1562~万暦十一・1611)は安土桃山時代の武将、豊臣秀吉の家臣で賤ケ嶽七本槍の一人。関ヶ原の戦いでは家康方につき、戦 後肥後七十四万石の領主となり築城・治水・干拓に力を注いだ。尾張の人。

156 C

¥300000~ 付時代識箱(桐)  大倉好斎極札 紙本 牙軸端 5×34 表具34×141 シミ スレ 表具アレ 細川幽斎(天文三・1534~慶長十五・1610)、本名藤高、玄旨幽斎と号した。桃山時代の 大名、歌人、茶人、肥後細川藩の祖。足利将軍家、信長、秀吉、家康に仕えた。

C-129 細川幽斎 七夕和歌短冊幅

C-130 細川三斎 消息幅 ¥240000~ 付木箱(桐) 紙本  黒塗軸端 48×17 表具60×100 ヤケ スレ ローマ字印 細川三斎〈忠興〉(永禄六・1563~正保二・1645)は安土桃山から江戸 前期の武将、茶人。父の細川幽斎と共に信長に仕え、また広く芸道にも 通じて茶湯、能、和歌、連歌などを好み、特に茶湯は利休の高弟として利 休流の奥義を極め、利休七哲の一人に数えられる。夫人は明智光秀の娘 玉(ガラシャ)。

C-131 細川三斎 書状幅 ¥150000~ 付木箱(桐 貼札) 紙本 雑木軸端 45×285 表具55×1145 ヤケ 表具オレ、シミ  細川九曜紋表装

157 C
已 上 為 年 頭 之 祝 儀 、 差 越 使 者 、 毛 氈 一 枚 到 来 、 祝 着 候 、 尚 魚 住 伝 左 衛 門 尉 可 申 候 謹 言 二 月 四 日 宗 立 ( 花 押 )

C-133 増山雪斎

¥70,000~  付木箱(桐 貼札) 絖本 唐木軸端 (虫喰) 32×114 表具43×185 ヤケ 大シミ ウキ 「対月双睡之図」画中

C-134 増山雪斎 五行書大幅 ¥50,000~ 付木箱(杉) 紙本 唐木軸端 93×174 表具105×216  ヤケ シミ 虫穴 表具ヤケ

増山雪斎(宝暦四・1754~文政二・1819)は伊勢長島藩主、従五位下河内守。名は正賢、字は君選、別号に長 洲、愚山、玉淵、巣丘道人。藩学の振興につとめ、沈南蘋の画法を学び、詩文も能くした。

C-135 柳沢尭山 二行書幅 ¥50,000~ 付識箱(桐 貼札) 紙本  唐木軸端 34×121 表具46×182  ヤケ シミ オレ 柳沢保光(宝暦三・1753~文化十四・ 1817)は大和国の大名。郡山藩第三代藩 主。別名安信、諡号尭山。

C-136 三好正慶 梅画賛幅

¥50,000~ 付時代識箱(杉) 紙本 黒塗軸端 37×28 表具40×111 ヤケ 表具ヤケ、シミ 三好正慶(享保十四・1729~文化三・1806)は 商家の娘。柳沢淇園の下で書畫を学ぶ。「奴の小 万」として脚色された物語が知られる。

C-137 長湫合戦図

¥240,000 付木箱(桐 貼札) 紙本 116×149 全体123×165

158 C
月下梅叭々鳥画幅

C-138 西郷南洲 二行書幅 ¥500,000~ 付木箱(桐) 西郷南洲顕彰会鑑定書 太巻 絹本 唐木軸端 42×158 表具56×222 シミ ヨゴレ 西郷隆盛(文政十・1827~明治 十・1877)は薩摩藩士。通称を吉之 助、号を南洲。薩長同盟の立役者で、 戊辰戦争では江戸城の無血開城を 実現させた。明治十年(1877)新政 府軍に敗れて鹿児島で自刃。後、罪 を許され、正三位を追贈された。

159 C
維新

C-140 久坂玄瑞 三行書幅 ¥280,000~

付識箱(杉) 紙本 陶磁軸端 31×139 表具48×196

オレ キレ

久坂玄瑞(天保十一・1840~元 治元・1864)は長州藩士。久坂元 瑞とも表す。名は通武。字は実甫。 通称は義助。

C-141 渋沢栄一 三行書幅

¥200,000~ 付木箱(桐) 絖本 牙軸端 43×135 表具57×202 ヤケ シミ 渋沢栄一(天保十一・1840~昭和六・1931)は 近代日本を代表する実業家。十五代将軍徳川慶 喜に仕え、実弟の水戸藩主徳川昭武に随行して 渡欧。帰国後は明治新政府の大蔵省に仕え、第一 国立銀行創立をはじめ多くの社会公共事業に関 わった。

C-142 吉田松陰 細字幅 ¥230,000~  付識箱(杉) 紙本 唐木軸端 31×46 表具42×125  シミ スレ オレ 「士規七則」

吉田松陰(天保元・1830~安政六・1859)は思想家、教育者。 長州藩士、萩の生まれ。名矩方、字義卿、本姓藤原寅次郎、別 号二十一回猛士。江戸に出て佐久間象山に砲術と蘭学を学ぶ。 常に海外事情に意を用い、安政元年、下田で密航を企てるも失 敗、自首して投獄される。のち萩の松下村塾で子弟の教育に従 事。安政の大獄に座し、江戸で刑死。

160 C

C-143 西郷南洲 四行書幅 ¥130,000~  付木箱(桐) 紙本 唐木軸端 63×134 表具77×203  ヤケ シミ オレ 西郷隆盛(文政十・1827~明治十・1877)は薩摩藩士。 通称を吉之助、号を南洲。薩長同盟の立役者で、戊辰戦 争では江戸城の無血開城を実現させた。明治十年 (1877)新政府軍に敗れて鹿児島で自刃。後、罪を許さ れ、正三位を追贈された。

C-144 山内容堂 五行書幅 ¥100,000~  付木箱(桐) 紙本 唐木軸端 55×133 表具72×203  シミ オレ ヨゴレ 山内容堂(文政十・1827~明治五・1872)は土佐藩主、 公武合体論者。土佐十二代藩主山内豊資の弟、名豊信、 号容堂、別号鯨海酔侯・九十九洋外史・酔擁美人楼な ど。若くで十五代藩主となり、藩政の改革に推進す。ま た徳川慶喜に大政奉還をすすめ実現させた。島津久光、 伊達宗城、松平春嶽と並び幕末四賢候と呼ばれる。

C-145 西郷南洲 一行書幅 ¥70000~

付識箱(杉) 紙本 唐木、黒塗軸端(不揃) 28×126 表具40×187 シミ オレ キレ  虫穴

C-146 伊藤博文 三行書幅 ¥50,000~

付木箱(桐) 絹本 唐木軸端 40×138 表具55×209 ヤケ シミ オレ 伊藤博文(天保十二・1841~明治 四十二・1909)は政治家、初代内閣 総理大臣。維新の功臣。公爵。幼名 利助、のち俊輔、維新後博文。号春 畝、滄浪閣主人。明治三十八年韓国 統監。四十二年ハルビン駅頭で韓国 人安重根に暗殺された。国葬。

161 C

¥60,000~ 付識箱(桐) 絹本 唐木軸端 43×139 表具54×195  ヤケ シミ 表具シミ 東郷平八郎(弘化四・1848~昭和九・1934)は 鹿児島藩士、東郷吉佐衛門の四男。薩英・戊辰戦 争に参加した後、イギリスに留学。日清・日露戦 争では日本海軍の司令官として勝利に貢献した。 元帥・海軍大将・従一位大勲位功一級。

C-149 乃木希典 三行書幅 ¥50,000~ 付二重箱(内識桐 外溜塗・蓋欠)  紙本 P軸端 51×130 表具65×201 シミ  大島義昌箱識

C-150 乃木希典 三行書幅 ¥70,000~ 付二重箱(内識桐) 絖本 牙軸端 33×125 表具47×213

乃木希典(嘉永二・1849~大正元・1912)は明治時代の軍人、陸軍大将。長州藩出身。号静堂、秀顕 ほか。日露戦争に第三軍司令官として旅順攻撃を指揮。後に学習院院長。明治天皇大葬当日、妻静子と 共に自殺。日露戦後の姿は、戦争の悲運の象徴として国民の敬慕を集めた。

C-151 本阿弥光遜 目利手控巻物 六  ¥650,000~ 付段箱(桐) 紙本

牙軸端 1200×27

表具1233×32 シミ オレ 本阿弥光遜(明治十二・1879~

昭和三十・1955)は研師、刀剣研 究家。群馬県出身、本名川口定吉。

明治三十年に本阿弥成善に弟子入 りし、名跡を継ぐ。日本刀研究会の 設立、『刀の研究』の刊行で知られ る。

162 C
C-148 東郷平八郎 一行書幅

C-152 山本五十六 書簡幅

¥50,000~ 付木箱(桐) 紙本  黒塗軸端 68×19 表具78×149 シミ オレ 表具オレ、シミ 「昭和十七年(1942)一月」書中 澤宣一(男爵)宛 山本五十六(明治十七・1884~昭和十八・1943)は、明治から昭和時 代前期の海軍軍人。大艦巨砲主義が主流を占める海軍にあって、航空重 視の施策を断行し、日本海軍航空戦力を育成した。太平洋戦争開戦時の 連合艦隊司令長官。

C-153 荒木貞夫 一字書幅

¥50000~ 付識箱(桐) 紙本  黒塗軸端 88×47 表具92×139 シミ 荒木貞夫(明治十・1877~昭和四十一・1966)は陸軍大将、政治家。A 級戦犯として終身刑判決を受け、のち仮釈放。

163 C
164 C
C-155 芳光 赤穂藩士肖像画 四十八幅対 ¥300000~ 付溜塗識箱(杉) 紙本 潤塗軸端(剥離) 63×130 表具75×201 ヤケ シミ オレ 穴 「山科大石良雄士旧宅所蔵」箱識
165 C

書畫家

D-001 小栗宗丹 山水画賛幅 ¥450000~

付時代識箱(桐 貼札) 神田定武極札 大倉汲水折紙 田山方南添状  紙本 牙軸端 28×80 表具40×171 シミ スレ オレ 表具シミ  萬里集九賛 小栗宗丹(応永二十・1413~文明十三・1481)は室町幕府の御用絵師。 出家後は宗湛。字は 翁。別号に自牧。京都相国寺に入り周文に師事、ま た牧渓らに私淑し独自の画風を成した。

D-002 雪舟等楊 山水画賛幅 ¥400000~ 付時代識箱(桐 貼札) 神田道伴折紙 紙本 牙軸端 28×102  表具40×183 ヤケ シミ オレ 表具ヤケ、スレ、オレ  大徳寺栖雲賛 蓋裏狩野周信極札貼付 雪舟(応永二十七・1420~永正三・1506)は室町時代の禅僧画家。備 中の人。諱は等楊。幼少で相国寺の春林に師事、画を周文に学ぶ。応仁元 (1467)年、明に渡り大陸の自然と水墨画を学び帰国。

166 D

D-003 秋月等観 高士観瀑画幅 ¥300,000~

付二重箱(内識桐) 紙本 牙胎蒔絵軸端 26×79 表具37×155  薄シミ スレ 渡辺小華箱識

秋月は諱を等観、俗姓を高城氏、もと薩摩島津氏の家臣。雪舟の弟子 の中では最もその画風を受けつぎ著名である。明応五年(1496)遣明使 に同行し渡明、晩年は薩摩に帰り数人の画の弟子を育てたことが知られ ている。

D-004 伝周文等継 円窓山水画賛双幅

¥300000~  付時代溜塗識箱(桐) 紙本 牙軸端 27×26 表具44×98  シミ スレ オレ キレ 表具穴 如水、清播賛

D-005 虎画幅 ¥160,000~ 付識箱(杉) 紙本 唐木軸端  84×140 表具101×221 ヤケ シミ 牧谿印

167 D

D-007 海北友松 柳燕画幅 ¥280,000~ 付時代箱(桐) 紙本 牙軸端 53×129 表具56×218 ヤケ シミ スレ オレ キレ 海北友松(天文二・1533~慶長二十・1615)は海北派の祖。近江の人。 名は紹益。もと東福寺の僧、のち還俗し文禄年間より画家として活動す る。師は元信、永徳と二説あるが狩野派の域のみにとどまらず、宋元画 を研究、特に梁楷風の減筆画に長じ、優れた多くの障屏画を制作、独自 の作風を完成させた。

D-008 芸阿弥 雪渓画談画幅 ¥100,000~ 付識箱(桐) 大倉好斎折紙 紙本 骨軸端 45×100 表具65×177 シミ オレ キレ 古筆了仲箱識 芸阿弥(永享三・1431~文明十七・1485)は絵師、連歌師、表具師、鑑 定家。名は真芸、号は学叟。父である能阿弥の跡を継ぎ、足利義政に同朋 衆として仕えた。水墨画にすぐれ、連歌も能くした。

D-009 山田道安 松上鳩画幅 ¥100,000~

付時代識箱(桐) 古藤養山折紙 紙本 牙軸端 31×81 表具42×165 ヤケ シミ スレ オレ 山田道安(生年未詳~天正元・1573)は、名は順清、通称は太郎左衛門、 剃髪して道安と号す。初め周文・雪舟に私淑し、武将画家としても有名 で剣禅一致の思想を基盤に豪放な水墨画を残した。

168 D

D-010 英一蝶 巡礼落書画幅 ¥120000~ 付識箱(桐) 紙本 牙軸端 37×95 表具51×180 シミ スレ キレ 穴 表具ヤケ 英一蝶(承応元・1652~享保九・1724)は京都の人。本姓藤原、多賀、のち英。別号朝湖・北窓 翁など。寛文六年江戸に下り狩野安信に師事(後に破門)。松尾芭蕉に学び俳諧にも長じた。元禄 十一年、将軍徳川綱吉を諷刺した罪で三宅島に流された。後、大赦で江戸に帰り、一蝶と名乗った。 江戸の風俗を軽妙洒脱に描写し人気画家となった。

D-012 狩野洞雲 鯉画大幅  ¥80,000~ 付時代箱(桐 虫喰) 絹本  牙軸端 87×47 表具94×140 ヤケ シミ  オレ 表具大シミ、スレ 狩野洞雲(寛永二・1625~元禄七・1694)は駿 河台狩野家初代。釆女、益信と名乗る。探幽の養 子となるがのち別家。法眼。

D-013 狩野周信 旭日鶴竹梅画幅 ¥80000~ 付木箱(桐) 紙本 牙軸端 77×33 表具92×147 シミ スレ 三枚繋 狩野周信(万治三・1660~享保十三・1728)は 木挽町狩野家三代。常信の長男、江戸生まれ。通 称右近、号如川、泰寓堂ほか。徳川幕府の奥絵師、 江戸城障壁画を描く。享保四(1719)年法眼に叙 せられ、朝鮮国王へ贈る屏風を手がけた。

D-011 狩野永叔 行列画扇面幅

¥50000~ 付二重箱(内桐 外溜塗) 絹本  朱塗軸端 51×26 表具65×119 ヤケ シミ 狩野永叔(延宝三・1675~享保九・1724)は中橋狩野第九代。右京時信の子、祖父は永真安信。 幼名七三郎、初名敏信・明信、のち主信。大蔵卿法眼。

D-014 狩野常信 芦雁画幅 ¥50000~ 付木箱(桐) 紙本 牙軸端 54×34 表具56×121 ヤケ オレ  表具ヤケ、シミ、オレ 狩野常信(寛永十三・1636~正徳三・1713)は 尚信の長男、京都の人。木挽町狩野家二代。徳川 幕府の奥絵師、禁裏の御用絵師。号養朴、古川叟 ほか。

169 D

D-016 狩野典信 蓬莱紅白梅三幅対 ¥50000~  付時代識箱(桐 破損) 絹本 骨軸端(一欠) 38×94 表具50×175  ヤケ シミ オレ 表具大アレ 狩野典信(享保十四・1729~寛政二・1790)は木挽町狩野六代、榮川 古信の子、榮川院と称し、号白玉斎。宝暦十二年に法眼・中務卿に叙せ られた。

D-017 狩野養信 山水双幅 ¥50,000~  付識箱(桐) 絹本 骨軸端 32×70  表具50×162 ヤケ シミ オレ 表具オレ、スレ 「高然暉図」画中

狩野養信(寛政八・1796~弘化三・1846)は木挽 町狩野九代。栄信の長男。号晴川院、会心斎ほか。通 称庄三郎。天保四年法印。狩野派最後の大家。

D-018 狩野尚信  三笑画幅 ¥50000~  付時代識箱(桐 貼札)  紙本 牙軸端 45×82 表具58×169 ヤケ シミ  スレ オレ 表具シミ 狩野尚信(慶長十二・ 1607~慶安三・1650)。

D-019 尾形光琳

群鶴画幅 ¥85,000~

付二重箱(内時代桐) 絹本 牙軸端 41×111 表具57×207 ヤケ シミ 尾形光琳(万治元・1658~正徳 六・1716)は画家、工芸家。琳派の 大成者。名惟富、別号積翠、惟亮、 伊亮、青々、澗声、方祝、寂明ほか。

D-020 酒井抱一

蓬莱画賛幅 ¥90,000~ 付識箱(桐) 紙本 牙軸端 30×104 表具43×192 シミ オレ  穴 表具ヤケ 鈴木其一箱識

D-021 酒井抱一 草花画賛幅 ¥50,000~ 付識箱(桐) 紙本 牙軸端 37×103 表具50×207 シミ オレ  加藤千蔭賛

酒井抱一(宝暦十一・1761~文政十一・1828)は琳派の画家。姫路藩主 酒井忠以の弟、江戸生まれ。三十七歳の時、西本願寺の文如上人の弟子と なる。書、俳諧も能くした。尾形光琳に私淑し、『光琳百図』等を出版した。

D-022 鈴木其一

富士春景画幅 ¥60,000~ 付二重箱(内桐 外溜塗) 絹本  牙軸端 35×96 表具48×189  薄ヤケ シミ オレ 鈴木其一(寛政八・1796~安政 五・1858)は琳派の画家。名は元長、 字は子淵、別号必庵、為三堂、噌々、 菁々など。通称為三郎。

170 D

D-023 尾形光琳 茶碗画幅 ¥480000~

付二重箱(内時代桐 外溜塗) 大倉好斎極札 紙本 牙軸端 26×90 表具38×166 ヤケ オレ 「宝永五年(1708)元旦」画中 尾形光琳(万治元・1658~正徳六・1716)は画家、工芸家。琳派の大成者。 京の呉服商雁金屋に生まれる。名惟富、別号積翠、惟亮、伊亮、青々、澗声、 方祝、寂明ほか。乾山は弟。独自の装飾的大和絵画風を確立。陶器の絵付け も携わった。

D-024 俵屋宗達 雁画幅 ¥180000~ 付時代識箱(桐) 紙本 牙軸端 33×91 表具41×168  ヤケ シミ オレ 俵屋宗達(生年未詳~寛永十 七・1640頃)は琳派様式の創始 者。料紙装飾、扇面画、水墨画、 屏風と作域は広い。大胆な対象 描写を特色とする。光悦書「四 季花卉下絵古今集和歌巻」、「蓮 池水禽図」、「風神雷神図」屏風 など。

D-025 中村芳中 花卉画短冊幅 ¥150000~ 付識箱(桐 貼札) 絹本

朱塗軸端(剥離) 7×35 表具27×150 ヤケ  表具ヤケ、シミ、オレ、虫穴

中村芳中(生年未詳~文政二・1819)は江戸後 期の琳派の画家。号温知堂ほか。京都の人。光琳 に私淑、温和かつ装飾的な画風で知られる。著 『光琳画譜』。

171 D

¥2500000~ 付木箱(桐) 紙本 牙軸端 53×1145 表具66×203 シミ  表具ヤケ、スレ、シミ 伊藤若冲(享保元・1716~寛 政十二・1800)は画家、京都錦小 路の青物問屋枡屋に生れる。名 汝鈞、字景和、別号斗米庵、米斗 翁ほか。はじめ狩野派、のちに宋 元明の中国画を学び、琳派の画 風も取り入れ、写実性に装飾性 を加えた独自の作風を完成。生 涯独身、晩年は山城深草の石峰 寺の傍らに閑居した。

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D-027 伊藤若冲 猿廻画幅

D-028 長澤蘆雪  達磨画賛幅

¥550000~ 付時代識箱(桐 貼札)  所載コピー 紙本

骨軸端(蓋一欠) 29×108 表具42×189

ヤケ シミ オレ 大順宗慎賛 石川鴻斎箱識 『古画総覧(円山四条 派6)』、『当市和亭斎及某 名家御所蔵品展観入札』

所載

D-029 長澤蘆雪 郭子儀双幅 ¥150000~ 付時代識箱(桐 貼札 身桟一欠) 絹本 牙軸端 41×107 表具55×202 ヤケ シミ 国井応陽箱識 長沢芦雪(宝暦四・1754~寛政十一・1799)は京都の人。名は政勝、魚、字は氷計。円山應挙に入門、写 生画法を学ぶ。機知に富んだ題材の扱いや奔放な筆墨による個性的作風で著名。紀州の無量寺・草堂寺な どに大作あり。

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D-032 円山応挙 池田信輝肖像画幅 ¥150000~

付時代識箱(桐) 絹本 骨軸端 42×85 表具53×169 ヤケ シミ  表具大アレ 「安永八年亥(1779)」画中

D-033 円山応挙 蓮

小禽画賛幅 ¥85,000~

付識箱(桐) 紙本 角軸端  48×130 表具61×195 シミ  虫穴 表具大アレ

D-031 円山応挙 鯉画幅 ¥350,000~ 付時代識箱(桐)  絹本 牙軸端 34×107 表具47×186 ヤケ シミ 表具シミ 「乙卯(1795)初夏」画中 国井応文箱識

円山応挙(享保十八・1733~寛政七・1795)は諱は氐、のち応挙。号は一嘯・夏雲・仙嶺・僊斎。通称主水、 字仲選。京都に出、石田幽汀につき狩野派を学ぶ。

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D-034 曾我蕭白 楼閣山水画幅 ¥180000~ 紙本 牙軸端 57×33 表具69×125 大アレ 表具ヤケ 曾我蕭白(享保十五・1730~安永十・1781)は本姓三浦、名は暉雄。字師龍、別号蛇足軒、鬼神斎など。初め高田敬輔に画 を学んだとされ、後に独創の力強い筆致の奇想天外な作風を確立した。円山應挙に劣らぬ名声があり、池大雅とも交友が あった。

D-035 岡村鳳水 月夜山水画賛幅

¥80000~ 付時代識箱(桐) 絹本 骨軸端 34×104 表具45×185 ヤケ シミ オレ 岡村鳳水(明和七・1770~弘化二・1845)は姓 岩佐、通称左膳。応挙十哲の一。

D-036 岡春嶽 黄初平画幅 ¥80000~ 付識箱(桐) 絹本 牙軸端 34×106 表具45×192 ヤケ シミ 芳舟箱識

D-037 西山芳園 竹梅双幅 ¥80000~ 付識箱(桐) 紙本 牙軸端 31×135 表具43×213 シミ オレ 西山芳園(享和三・1803~慶応三・1867)は四 条派の画家。名成章、字子達。松村景文に師事。

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D-039 松村呉春 三友鶴亀画幅

¥60000~ 付識箱(桐) 絹本  牙軸端 43×106 表具57×188 シミ オレ  大倉好斎箱識 松村呉春(宝暦ニ・1752~文化八・1811)は四 条派の開祖。名豊昌、字伯望、号月渓ほか。

D-040 松村景文 旭日画幅

¥50000~ 付二重箱(内識桐) 絹本 牙軸端 42×108 表具56×195 シミ 横山清暉箱識 松村景文(安永八・1779~天保十四・1843)は 四条派の画家、京都の人。字士藻、号華渓、通称 要人。

D-041 呉春・景文 雪月花歌賛双幅  ¥50000~ 付木箱(桐) 紙本 黒塗軸端 19×113 表具27×190 シミ オレ

D-042 横山清暉

高尾紅葉画賛幅 ¥50,000~

付識箱(桐) 紙本 牙軸端 45×128 表具58×218 ヤケ シミ 大綱宗彦賛 国井応陽箱識 横山清暉(寛政四・1792~元治 元・1864)は四条派の画家。字成文、 通称主馬ほか、号吾岳ほか。

D-043 西山芳園

花蝶画幅 ¥50,000~ 付木箱(杉) 紙本 牙軸端 29×95 表具32×174 オレ

西山芳園(享和三・1803~慶応

三・1867)は四条派の画家。名成章、 字子達。松村景文に師事。人物花鳥 をよくした。大坂に住した。

D-045 田中日華

双鶴画賛幅 ¥50,000~ 付木箱(杉) 絹本 骨軸端 35×100 表具47×189 シミ オレ  キレ 虫穴 表具オレ、虫穴  藤原貞直賛(文政癸未・1823) 三谷五雲は江戸後期の絵師。呉春 門人。

念佛画幅 ¥50,000~ 付木箱(杉 貼札) 紙本 黒塗軸端 25×111 表具27×172  薄シミ オレ 表具オレ 田中日華(生年未詳~弘化二・ 1845)は四条派の画家。通称弁二、 別号月渚、九峯堂。岡本豊彦の門下。

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D-044 三谷五雲

D-046 谷文晁 蘭亭曲水画大幅 ¥350000~ 付識箱(桐)  絹本 牙軸端 82×171 表具103×310 ヤケ シミ  佐竹永陵箱識、巻止識 谷文晁(宝暦十三・1763~天保十一・1840)は画家、江戸の人。田安家 の家臣で漢詩人の谷麓谷の子。名正安、初号文朝、師陵、別号に写山楼、 画学斎、無二、一恕。法眼に叙された。

D-047 小田海僊 白蓮白鷺画幅 ¥350000~  付識箱(桐) 絹本 牙軸端 71×134 表具88×217  ヤケ シミ スレ 小田海僊(天明五・1785~文久二・1862)は周防生まれの 南画家。名は瀛、字を巨海、通称は良平、別号に百谷、百穀。

D-048 山本梅逸 花鳥画幅 ¥150000~ 付時代識箱(桐) 絖本  牙軸端 51×111 表具61×198 シミ オレ 南渓箱識(後藤田南渓か) 山本梅逸(天明三・1783~安政三・1856)は尾張名古屋藩の御用絵師、名古 屋の人。名親亮、字明卿、別号玉禅居士ほか。神谷天遊に師事。師没後上京、そ の後各地を遍歴。艶麗な花鳥画に特色がある。同門の中林竹洞と親交、名声を 競う。安政元年帰郷し藩の御用絵師格となった。

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D-050 田能村竹田 百合画賛幅 ¥250,000~ 付二重箱(内識杉) 紙本 水牛角軸端 31×111 表具45×193  シミ オレ

D-051 田能村竹田 女郎花画賛幅 ¥150,000~ 付二重箱(内識桐) 紙本 牙軸端 23×119 表具34×195 シミ スレ  白須心華箱識

D-052 田能村竹田 松渓仙会画賛幅  ¥200,000~ 付二重箱(内識桐) 紙本 牙軸端 43×160 表具60×234 ヤケ  渡辺小華箱識

田能村竹田(安永六・1777~天保六・1835)は文人画家。豊後竹田の人。名孝憲、通称行蔵、字君彜、別号田舎児ほか多数。初め儒学を修めたが、谷文晁 の教育を受けるなど、画や詩も学ぶ。詩書画三絶の清雅な作風を確立。頼山陽ほか多くの文人と交流した。

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D-053 貫名海屋 蘭竹画賛幅

¥150000~ 付識箱(桐) 絹本 唐木軸端 36×103 表具49×189 シミ  中沢雪城賛 華陽箱識 貫名海屋(安永七・1778~文久三・1863)は儒者、 書家、文人画家。幕末三筆の一人。別号菘翁。名苞 (しげる)。字君茂、子善。通称政三郎、のちに省吾、 泰次郎と改める。号に海仙、海客、海屋、海叟、摘菘 人、摘菘翁、菘翁ほか。別に方竹山人、須静主人、三 緘主人などとも称した。

D-054 池大雅 観音経賛幅

¥150000~ 付識箱(桐) 蒹葭堂書聯一対(牙軸端) 紙本  牙軸端 30×123 表具44×199  木村蒹葭堂、村田香谷箱識 池大雅(享保八・1723~安永五・ 1776)は画家、書家、京都の人。与謝蕪 村とともに「日本南画の祖」と呼ばれ る。姓は池野、名勤、無名。字公敏、貸 成。号大雅堂、霞樵、九霞山樵ほか。

D-055 柳沢淇園 花籠画幅

¥100000~ 付時代識箱(桐) 絹本 牙軸端 41×108 表具53×192  ヤケ シミ オレ 表具ヤケ、シミ、オレ 柳沢淇園(宝永二・1705~宝暦八・1758)は本姓曽根、 字は公美、通称を柳里恭、別号に玉桂、竹溪ほか。

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D-057 田能村竹田 淡彩春蘭画賛幅

¥100000~ 付識箱(桐) 紙本 牙軸端 30×105 表具47×185 表具シミ 「丙子(1816)初秋」画中

D-058 田能村竹田 秋景漁樵山水画賛幅 ¥90000~

付二重箱(内識桐 外溜塗) 絹本 牙軸端 42×127 表具56×201 ヤケ シミ オレ  田能村小竹箱識、折紙

田能村竹田(安永六・1777~天保六・1835)は文人画家。豊後竹田の人。名孝憲、通称行蔵、字君彜、 別号田舎児ほか多数。初め儒学を修めたが、谷文晁の教育を受けるなど、画や詩も学ぶ。詩書画三絶 の清雅な作風を確立。頼山陽ほか多くの文人と交流した。

D-059 田能村直入 鶴画賛幅 ¥80000~ 付識箱(桐) 紙本 牙軸端 60×132 表具74×213 オレ  田近竹邨、長松秀鳳箱識 田能村直入(文化十一・1814~明治四十・ 1907)は大分県生まれの南画家。字は顧絶。初め 小虎と号し、のち直入と称する。田能村竹田の門 下に入り、養子となった。

D-060 池大雅 山水画幅 ¥85000~  付識箱(桐) 紙本 牙軸端 25×78  表具36×173 ヤケ シミ オレ 池大雅(享保八・1723~安永五・1776)は画家、 書家、京都の人。与謝蕪村とともに「日本南画の 祖」と呼ばれる。姓は池野、名勤、無名。字公敏、 貸成。号大雅堂、霞樵、九霞山樵ほか。

D-061 広瀬臺山 山水画幅 ¥80000~ 付木箱(桐 貼札) 紙本  牙軸端 32×91 表具48×192 スレ

広瀬臺山(宝暦元・1751~文化十・1813)は津 山藩士広瀬義平の長男、字清風、号臺山。福原五 岳に学ぶ。

D-062 柳沢淇園 花鳥画幅 ¥70000~ 付木箱(桐) 絹本 牙軸端 41×125 表具55×208 ヤケ シミ オレ ウキ 柳沢淇園(宝永二・1705~宝暦八・1758)は本 姓曽根、字は公美、通称を柳里恭、別号に玉桂、 竹溪ほか。

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D-063 日根対山 秋景山水画賛幅 ¥65000~ 付識箱(桐 貼札 桟一欠) 絹本  唐木軸端 51×131 表具65×192 ヤケ シミ  オレ 表具ヤケ、シミ 安田鴨波箱識 日根対山(文化十・1813~明治二・1869)は南 画家。名は盛長、字は小年、別号茅海・錦林子・ 小墨庵など。姓は日根野とも称した。

D-064 安田老山 高士山水画賛幅 ¥50000~ 付木箱(桐) 紙本 P軸端 46×144 表具58×207 ヤケ シミ オレ 安田老山(天保元・1830~明治十六・1883)は 美濃生まれの南画家。名は養、字は老山、別号に 萬里翁。長崎で鉄翁祖門に、のち中国に渡り胡公 壽に師事。

D-065 中林竹洞 書幅 ¥50000~

付木箱(桐) 紙本 竹軸端 50×66  表具52×154 ヤケ シミ オレ  穴 表具ヤケ、オレ 中林竹洞(安永五・1776~嘉永六・1853)は南 画家。名古屋の医家に生まれる。名成昌、字伯明、 別号筆樵、東山隠士、沖澹ほか。通称中林泰蔵。

D-066 貫名海屋

山水画賛幅 ¥50,000~

付時代識箱(桐 貼札) 紙本 唐木軸端 33×135 表具48×201 シミ オレ 「庚子(1840)」画中  雪峯箱識 貫名海屋(安永七・1778~文久 三・1863)は儒者、書家、文人画家。 幕末三筆の一人。別号菘翁。

D-067 立原杏所

雨中山水画賛幅 ¥50,000~  付識箱(桐) 絹本 牙軸端 36×124 表具52×208 ヤケ シミ  オレ 立原翠軒賛 立原杏所(天明五・1785~天保十

1840)は水戸藩彰考館総裁立原 翠軒の子。名は任、字子遠、遠卿、 通称甚太郎、別号東軒など。

D-068 祇園南海 山水画賛幅 ¥50,000~ 付識箱(桐 貼札) 紙本 牙軸端 28×114 表具45×187 ヤケ オレ 南龍賛 習静堂主人箱識 祇園南海(延宝四・1676~宝暦 元・1751)は文人画家、儒学者。

D-069 浦上春琴

¥50,000~  絹本 唐木軸端 32×98 表具46×170 ヤケ オレ 浦上春琴(安永八・1779~弘化三・ 1846)は浦上玉堂の長男。名選、字伯 挙、号睡庵。画は父に学ぶ。花鳥山水 を得意とし、また詩文にも長じ、頼 山陽や田能村竹田らと親交があり 京都の文人グループに属した。

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花鳥画幅

¥230000~ 付木箱(杉) 絹本 潤塗軸端 38×95 表具49×176 ヤケ シミ キレ 山川滄洲(生歿未詳)は岡山番町の絵師。名忠陽、字子鳳。栖霞亭とも号す。花鳥画 をよくし、沈南蘋風であったとされる。

D-071 山川滄洲 花鳥画幅

D-072 三木分流 雑魚画幅 ¥50000~ 付木箱(桐) 絹本 唐木軸端 55×41 表具64×125 ヤケ シミ オレ  表具オレ、大シミ、スレ 三木分流(享保元・1716~寛政十一・1799)は 徳島藩の画家。名審、字君井。江戸に出て宋紫石 に南蘋派を学び、動物画を能くした。

D-073 玉翁 岩竹画幅 ¥50,000~  付木箱(杉) 絹本 骨軸端 71×41  表具76×123 シミ 表具虫穴

D-074 天橋立画幅

¥50,000~ 付木箱(桐) 絹本 唐木軸端 77×33 表具92×102 ヤケ シミ オレ キレ 「文政癸未(1823)盛夏於普門山」画中

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D-075 三熊思孝 達磨画賛幅 ¥120,000~ 付識箱(桐) 紙本 唐木軸端 29×117 表具38×182 シミ オレ  日輪當午賛 三熊思孝(享保十五・1730~寛政六・1794)号 花顛。殊に桜の画で知られる。

D-076 宋紫岡 白鷺画幅 ¥60,000~  付木箱(桐 貼札) 絹本 雑木軸端 35×94 表具43×153 ヤケ シミ 虫穴  表具ヤケ、シミ 宋紫岡(安永九・1780~嘉永三・1850)は本姓 は楠本氏、名は琳、字は玉林、雪溪、また聴松堂 と号す。江戸に沈南蘋派の写生的花鳥画を広め た宋紫石の孫で紫山の息子。

D-077 山姥金太郎画幅 ¥50,000~  付木箱(杉) 絹本 唐木軸端 50×111  表具66×180 ヤケ シミ

D-078 唐絵風俗画幅 ¥60,000~

付合箱(桐 破損) 紙本 牙軸端 36×91  表具48×174 大ヤケ シミ オレ キレ 穴  表具大アレ

D-079 海門 指墨竹画幅 ¥50,000~  紙本 雑木軸端 28×114 表具39×169  ヤケ オレ ウキ 表具ヤケ、スレ、オレ

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D-081 葛飾北斎 立美人画幅 ¥1000000~ 付二重箱(内桐 外溜塗) 絹本  ウニコール軸端 30×98 表具43×183  ヤケ シミ 表具ヤケ 葛飾北斎(宝暦十・1760~嘉永二・1849)は浮 世絵師。江戸生まれ。勝川春章に学び、役者絵と相 撲絵で頭角を現した。狩野派を勉学。頻繁に画号 と住居を変えつつ、洋風画を含む諸派を摂取。自 然と人間の調和や大胆な構成に確かな描写を加え た独自の様式を確立。晩年の作品は花鳥画、測量 図、美人画など。欧州印象派にも影響を及ぼした。 代表作「富嶽三十六景」「北斎漫画」ほか。

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D-082 歌川豊春 稽古本持美人立姿画幅 ¥500,000~  付二重箱(内識桐) 紙本 牙軸端 26×87 表具34×166 シミ オレ キレ

表具ヤケ 祖号一龍斎 旭峰箱識

掲出には浮世絵鑑定家として名高い金子孚水(1897-1978)の添状が付帯する。外 袋に「江戸浮世絵歌川派の祖歌川豊春筆の名画に添へ」と記し、「右の一幅は紙 本淡彩なるもその美的感覚から申し上げるなら極彩色の同人筆の美人画と比較 せる場合いささかもおとるものではありません名幅であります。豊春は歌川派の 祖でありその勢力の偉大なること日本美人絵を描きたる浮世絵師の画系は実に 見事なものであります。非常に貴重なる一幅であり御縁あって御入手の機会に恵 まれられたその御幸福を御喜び申し上げるものであります。

昭和五十一年二月十八日 金子孚水(花押)」

本幅の実見の機会に感謝してか、歌川派一派の系図を別紙に書き上げて添えて いる。また、同時に、二枚の出陳札も残され、一枚は、大阪市立美術館の展観で所 蔵を芝辻安吉とし、他は、光野家蔵とする。なお、芝辻安吉は浮世絵の美人画の 収集家として知られる。

歌川豊春(享保二十・1735~文化十一・1814)は歌川派の祖。名を昌樹、鳥山 石燕の門人、号を一龍斎、潜龍斎、松爾楼とし、西洋銅版画を写して西洋画法を 習得し、奥村政信が考案した浮絵をさらに発展させた。

D-083 蹄斎北馬 魚売画幅 ¥200000~

付木箱(桐 貼札) 絹本 牙軸端 33×85 表具46×157  ヤケ 薄シミ オレ 表具ヤケ、シミ、オレ、キレ 蹄斎北馬(明和八・1771~弘化元・1844)は浮世絵師。有坂氏、 本姓星野、号駿々斎、駿々亭、秋園など。北斎の門下。

D-084 三畠上龍 花魁立姿画幅

¥150,000~  付合箱(桐) 絹本 朱塗軸端 46×108 表具59×167  ヤケ シミ 三畠上龍は京都の人。字真真、別号乗良、乗龍ほか。岡本豊彦 に師事。天保年間に活躍。大坂住。門人には吉原真龍がいる。

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D-086 肉筆渡橋美人画幅 ¥140000~  付識箱(桐) 紙本 牙軸端 28×81  表具39×160 シミ スレ オレ 楢崎宗重箱識

D-087 鳥文斎栄之 立美人画賛幅  ¥150000~ 付時代識箱(桐 貼札) 紙本 骨軸端 28×93 表具31×174 シミ  オレ 表具ヤケ 有閑庵賛

D-088 鳥文斎栄之 蜃気楼美人画幅  ¥90000~ 付識箱(桐) 絹本 潤塗軸端 29×86 表具41×166 ヤケ シミ 西村南岳箱識

鳥文斎栄之(宝暦六・1756~文政十二・1829)は細田氏で名を時富、俗称を民之丞、弥三郎といい、 五百石取の旗本の出身である。安永元年家督を継いで小納戸役などを務めるも寛政元年には早くも 致仕隠居し、以来歿年まで絵師をして余生を楽しんだ。画事は狩野栄川院典信、文龍斎などに学び、 鳥居清長の影響を受け歌麿と拮抗する寛政美人の旗手となった。

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D-089 抱亭五清 根引松風俗画幅 ¥150000~ 絹本 潤塗軸端 80×29 表具96×120

大ヤケ 抱亭五清(生年未詳~天保六・1835)は浮世絵師、葛飾北斎門人。姓砂山、名金蔵。号をはじめ北鵞とし、の ち五清、東一など。

D-090 楊貴妃画幅 ¥65,000  付時代識箱(桐) 絹本 七宝軸端 52×108  表具66×188 ヤケ シミ 表具大シミ 無款

D-091 蜀亭玉水 美人画幅 55,000~ 付木箱(桐) 絹本 唐木軸端(カケ) 34×101 表具46×153 薄ヤケ シミ

表具シミ、小キレ

D-092 地獄太夫画賛幅 ¥50,000~  付木箱(杉) 絹本 唐木軸端 51×119  表具64×193 ヤケ シミ オレ ウキ  薩門宗温賛 薩門宗温(文化二・1805~明治四・1871)妙心 寺515世。

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D-094 伝岩佐又兵衛 花見風俗双幅 ¥300,000~ 付識箱(桐) 紙本 蒔絵軸端  52×99 表具64×196 ヤケ シミ スレ オレ 穴 表具大シミ 岩佐又兵衛(天正六・1578~慶安三・1650)は風俗画の名手で浮世又兵衛と称された。字勝以 (かつもち)。京都、福井、江戸などで製作した。狩野派などの漢画にも影響された。

D-095 葛飾北斎 和漢絵本魁下絵綴本 ¥500,000~ 紙本 21×29 シミ 葛飾北斎(宝暦十・1760~嘉永二・1849)は浮世絵師。江戸生まれ。勝川春章に学び、役者絵と 相撲絵で頭角を現した。狩野派を勉学。頻繁に画号と住居を変えつつ、洋風画を含む諸派を摂取。

自然と人間の調和や大胆な構成に確かな描写を加えた独自の様式を確立。晩年の作品は花鳥画、測 量図、美人画など。欧州印象派にも影響を及ぼした。代表作「富嶽三十六景」「北斎漫画」ほか。

D-096 窪俊満 梅歌賛幅 ¥100,000~ 付識箱(桐) 絹本 骨軸端 32×93 表具42×178 ヤケ シミ オレ  太田蜀山人ほか賛 窪俊満(宝暦六・1756~文政三・1820)は浮世 絵師。別号黄山堂・尚左堂など。画を楫取魚彦に、 浮世絵を北尾重政・勝川春章に学んだ。

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D-097 一勇斎国芳 「暑中の夕立」

三枚繋 ¥700,000~ 紙本 73×36 シミ オレ 穴 一勇斎国芳(寛政九・1797~文久元・1861)は江戸後期の浮世絵師。初代歌川豊国の門人。号を一勇斎、朝桜楼。諷刺画、戯画を得意とし、月岡芳年など の門人に影響を与えた。江戸の人。

D-098

三代豊国 雪遊版画  三枚繋 ¥250000~ 紙本 73×355 ヤケ 三代豊国とは歌川国貞(天明 六・1786~元治元・1865)のこと。

D-099

伝歌麿 「八幡太郎義家」 三枚繋 ¥250,000~ 紙本 72×37 ヤケ スレ 穴 補彩

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D-102 文明開化版木 ¥60,000~ 38×24  虫穴

D-101 一魁斎芳年 「東錦浮世稿談 神田伯勇」

¥170000~ 紙本 245×365 ヤケ 裏打 変色 月岡芳年(天保十・1839~明治二十五・1892)は浮世絵師。本名は吉岡 米次郎。のちに月岡雪斎の名跡を継ぎ月岡を名乗った。一魁斎芳年、のち に大蘇芳年と号した。血塗絵の作品で異彩を放ち、従来の浮世絵に新風を 巻き込んだ。明治の浮世絵の第一人者。

左右反転画像

D-103 洛北名所絵 未装 ¥50,000~ 紙本 48×33 ヤケ シミ  衣笠山

D-104 一勇斎国芳 「見立て五行 水」三枚繋  ¥100000~ 紙本 74×36 スレ 穴 裏打 補彩 一勇斎国芳(寛政九・1797~文 久元・1861)は江戸後期の浮世絵 師。初代歌川豊国の門人。号を一 勇斎、朝桜楼。諷刺画、戯画を得 意とし、月岡芳年などの門人に影 響を与えた。江戸の人。

D-105 金地松画扇面額 ¥80,000~  紙本 55×20 額71×41 薄シミ スレ 剥離

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D-106 河鍋暁斎 見立張良画幅 ¥800000~ 付木箱(桐) 絹本 唐木軸端 55×123 表具69×175 薄ヤケ 薄シミ オレ 虫穴 表具オレ、シミ

掲出では川に入って黄公石が脱ぎ 捨てた沓を拾う張良を「小鬼」に、橋 上で馬上する黄公石を「鍾馗」として 描く。その寓意するところは不知な がら、暁斎の鍾馗好きはよく知られ ており、暁斎の速筆は、武芸における 秘伝伝授の深秘を描出したのであろ うか。

張良は秦末期から前漢初期の軍師 にして政治家。劉邦に仕えて多くの 作戦を立案し、劉邦の覇業をおおき く助けた。唐土の故事である張良の 武芸伝授譚は、いかなるわけか和人 の心を捉えた。観世信光(1435-1516、 1450-1516の二説がある)が舞台化し た能楽の「張良」は、今も人気が根強 い。

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D-108 下村観山 鵜舟画幅 ¥350000~ 付二重箱(内共桐 外溜塗・蓋欠)  絹本 牙軸端 51×128 表具67×223 薄ヤケ  薄シミ 表具薄シミ 下村観山(明治六・1873~昭和五・1930)は名 は睛三郎、和歌山に生れる。狩野芳崖、橋本雅邦 に学ぶ。東京美術学校日本画科卒業後、母校で教 鞭をとる。大正二年横山大観と日本美術院を再 興する。文部省美術展覧会の審査員。帝室技藝員。

D-109 真野暁亭 鬼念佛画賛幅 ¥100000~

付木箱(桐) 紙本 潤塗軸端 61×125 表具76×178  シミ 穴 龍渓賛

真野暁亭(明治七・1874~昭和九・1934)は画家。東京の 質商の家に生まれる。本名八十五郎。十一歳で河鍋暁斎に入 門、内弟子として研鑚を積む。二十七歳頃より各種展覧会に 出品、受賞。

D-110 鈴木華邨 虎画幅 ¥150000~ 付木箱(桐) 絹本  牙軸端 25×97 表具35×181  ヤケ シミ 表具オレ 鈴木華邨(安政七・1860~大正八・ 1919)は本名惣太郎。華村、忍青とも 号す。中島亨斎に師事。

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D-111 川合玉堂 秋景山水画幅 ¥1,000,000~ 付二重箱(内共桐 外溜塗)  東京美術倶楽部鑑定証書 絹本 牙軸端 42×138 表具56×230 シミ 「池畔晩秋」原題

川合玉堂(明治五・1873~昭和三十二・ 1957)は通称芳三郎。初め京都に出て望月玉 泉、幸野楳嶺に学び、後東京に移り橋本雅邦 に学ぶ。帝国美術院会員、帝室技藝員、東京 美術学校教授。昭和十五年文化勲章受章。

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D-113 川合玉堂 秋景山水画幅

¥250,000~ 付共箱(桐) 川合修二鑑定書  絹本 骨軸端 41×127 表具57×198 薄シミ  オレ 「晩秋」原題 川合玉堂(明治五・1873~昭和三十二・1957) は通称芳三郎。初め京都に出て望月玉泉、幸野楳 嶺に学び、後東京に移り橋本雅邦に学ぶ。帝国美 術院会員、帝室技藝員、東京美術学校教授。昭和 十五年文化勲章受章。

D-114 川端玉章 浜離宮松辺御茶屋画幅

¥200,000~ 付二重箱(内共桐 外溜塗) 絹本 牙軸端 56×128 表具71×221

川端玉章(天保十三・1842~大正二・1913)は日本画家。京 都生まれ。円山派の中島来章に師事後、江戸に移り高橋由一 に洋画を学ぶ。東京美術学校創設時、円山派系写生画を担当。 明治二十九年(1896)帝室技藝員。同四十二年(1909)川端画 学校を創立。花鳥・山水に秀れた。

D-115 竹内栖鳳 鹿画幅  ¥150,000~ 付二重箱(内共桐・ 桟一欠 外溜塗) 絹本 牙軸端 28×122 表具42×213 シミ  表具シミ、キレ 竹内栖鳳(元治元・1864~昭和十 七・1942)は京都生まれの日本画家。 本名恒吉。初めは棲鳳と号した。昭 和十二年(1937)文化勲章受章。大 正二年(1913)帝室技藝員任命。

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D-116 幸野楳嶺・望月玉渓 花鳥画衝立 ¥200000~  付替簾障子 100×36×118

楳嶺(菊小禽、旭鶴) 玉渓(親子鶏、秋草)

幸野楳嶺(天保十五・1844~明治二十八・1895)は京都の人。名直豊、 字思順、号楳嶺、鶯夢ほか。明治二十六年帝室技藝員。

望月玉渓(明治七・1874~昭和十三・1983)は京都生まれ。本名重信、 重蔵。号玉蝉(玉禅とも)。父望月玉泉に画を学び、明治二十九(1896)に 日本絵画協会第一回絵画共進会で二等褒状を受賞した。日本美術協会会 員、日本画会会員、京都美術協会終身会員。

D-117 冨田渓仙 蓬莱仙境画幅 ¥250,000~

付二重箱(内共桐 外溜塗) 絹本 牙軸端 50×44 表具65×142  薄ヤケ シミ 冨田渓仙(明治十二・1879~昭和十一・1936)は福岡県生まれ。明治 二十九年京都に出て都路華香に師事。大正元年文展入選し、大正四年日 本美術院同人。大正十一年駐日仏大使の詩人ポール・クローデルと詩画 集を合作。昭和十年帝国美術院会員。京都市で没。

D-118 土田麦僊 鴛鴦画幅 ¥250,000~

付二重箱(内共桐 外溜塗) 絹本 牙軸端 43×39 表具57×133 土田麦僊(明治二十・1887~昭和十一・1936)は日本画家。新潟県佐 渡生まれ。本名金二。十六歳で京都に出て、鈴木松年、竹内栖鳳に師事。

明治四十二年(1909)京都市立絵画専門学校入学。大正七年(1918)村上 華岳らと国画創作協会設立。昭和九年(1934)帝国美術院会員。近代的感 覚による清新な様式をつくりあげた。

D-119 堂本印象 松汀画幅 ¥100,000~

付二重箱(内共識桐 外溜塗) 絹本 牙軸端 37×32 表具51×124  シミ 「潮乃香」原題 堂本尚郎箱識 堂本印象(明治二十四・1891~昭和五十・1975)は京都市生まれ、京 都市立絵画専門学校に学び、西山翠嶂の青甲社に入門し、主に帝展で活 躍した。昭和三十六年(1961)文化勲章受章。文化功労者。

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D-121 小早川秋聲 隠士読書画幅

¥300000~ 付共箱(桐) 絹本 骨軸端 33×120 表具46×203 シミ 表具シミ 小早川秋聲(明治十八・1885~昭和四十九・ 1974)は鳥取県生まれの日本画家。本名は盈麿。 谷口香 に師事。中国へ渡り水墨画も学ぶ。文 展・帝展を中心に活躍。満州事変から従軍画家 として派遣された。日展委員。

D-122 山口蓬春 鶉画幅

¥350000~ 付二重箱(内共桐 外溜塗) 東京美術倶楽部鑑定証書 太巻 絹本 牙軸端 43×125 表具57×217 「深秋」原題

山口蓬春(明治二十六・1893~昭和四十六・ 1971)は北海道に出生し、東京美術学校西洋画科 に入学するが、のち日本画科に再入学し日本画 科を主席で卒業した。

¥150000~ 付木箱(杉) 絹本 唐木軸端 41×130 表具52×204 ヤケ シミ 表具シミ 松尾晩翠(明治十・1877~歿年未詳)は山口県 生まれの日本画家。名は忠吉。内海吉堂に師事。

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D-123 松尾晩翠 蓮鴛鴦画賛幅

D-124 今尾景年 花鳥画幅 ¥150000~ 付二重箱(内共桐) 絹本 牙軸端 51×136 表具67×225 シミ 今尾景年(弘化二・1845~大正十三・1924)は 京都の友禅師悉皆業の家に生まれる。別号聊自 楽、養素斎。幼名猪三郎、名永勤、字子裕。梅川 東居、鈴木百年に師事。帝室技藝員、文展審査員、 帝国美術院会員。

D-125 今尾景祥 松画幅 ¥130000~  付二重箱(内共桐 外溜塗) 絹本 P軸端 57×149  表具73×216 シミ 今尾景祥(明治三十四・1902~平成五・1993)は京 都生まれ。名を孝則、静観とも号した。今尾景年の養 嗣子で画は景年に学んだ。

秋汀孤鵜画幅 ¥120000~ 付識箱(桐) 絹本 唐木軸端 41×135  表具58×199 ヤケ シミ 萱島秀山(安政五・1858~昭和十三・ 1938)は大宰府の画家。多くの師に就いて 画技を研鑽し、吉嗣拝山らと共に大宰府の 文化活動を支えた。

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D-126 萱島秀山

松永天章

松永天章は岐阜県の日本画家。川端玉章門下で、特に鯉を得意 とした。

D-128 松永天章 鯉画幅 ¥150000~ 付共箱(桐) 絹本  骨軸端 42×126 表具56×215 シミ オレ 表具シミ

D-129 松永天章 鯉画幅 ¥120000~ 付木箱(桐) 絹本  骨軸端 41×110 表具56×176 ヤケ シミ 表具シミ

D-130 松永天章 花鳥双幅 ¥75000~ 付共箱(桐) 絹本  骨軸端 36×114 表具49×206 ヤケ シミ オレ

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D-131 山崎澹斎 孔雀画幅

¥100000~ 付木箱(桐 貼札) 絹本 牙軸端 45×128 表具59×202 ヤケ シミ オレ  表具ヤケ、シミ、オレ 掲出の画人について、江戸後期の泉南で活動し たらしい痕跡をみるが仔細未詳。

D-132 望月玉渓 池塘春雨画幅

¥100000~ 付識箱(桐) 絹本 牙軸端 52×132 表具66×227 シミ 望月玉成箱識 望月玉渓(明治七・1874~昭和十三・1983)は 京都生まれ。本名重信、重蔵。号玉蝉(玉禅とも)。

D-133 柴田是真 糸瓜画幅

¥80000~ 付二重箱(内識桐 外溜塗) 絹本  牙貼軸端 36×96 表具41×197 ヤケ シミ  瀧精一箱識 柴田是真(文化四・1807~明治二十四・1891) は画家、漆芸家。江戸両国の人。字は 然、号は 令哉、枕流亭、対柳居。明治二十三年帝室技藝員。

D-134 渡辺公観 画幅 ¥85,000~  付共箱(桐) 絹本 牙軸端 50×142 表具65×223 シミ 「海鳴和晴」原題 渡辺公観(明治十一・1878~昭和十三・1938) は滋賀県生まれ。本名耕平、別号狂魚洞、遊魚洞。

D-135 島田墨仙 竹里館画幅 ¥80,000~ 付二重箱(内共桐 外溜塗) 絹本  牙軸端 50×136 表具67×227 シミ オレ 島田墨仙(慶応三・1867~昭和十八・1943)は 越前生。本名豊作のち豊。

D-136 渡辺省亭 藤燕画幅

¥60,000~ 付合箱(桐) 絹本 骨軸端 40×102 表具52×194 大シミ オレ 表具アレ 渡辺省亭(嘉永四・1851~大正七・1918)は江 戸神田の人。菊池容斎の門人。

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D-138 竹内栖鳳

闘鶏画幅 ¥50,000~

付共箱(桐 貼札) 絹本 骨軸端 42×116 表具59×209 ヤケ  表具シミ

D-139 竹内栖鳳

細石画賛幅 ¥50,000~ 付共箱(桐) 絹本 牙軸端 25×118 表具34×187 薄ヤケ オレ

竹内栖鳳(元治元・1864~昭和十七・1942)は京都生まれの日本画家。本 名恒吉。初めは棲鳳と号した。昭和十二年(1937)文化勲章受章。大正二年 (1913)帝室技藝員任命。

D-140 高倉観崖

松下高士画幅 ¥50,000~

付二重箱(内共桐 外溜塗) 絹本  唐木軸端 43×138 表具57×206  シミ オレ 高倉観崖(明治十七・1884~昭和 三十七・1962)大分県生。名は孫三 郎、通称は宏明。竹内栖鳳・菊池芳 文・山元春挙らに師事。

D-141 小野竹喬

早春梅屋画幅 ¥50,000~ 付二重箱(内共桐 外溜塗) 絹本 牙軸端 43×118 表具53×201 シミ 小野竹喬(明治二十二・1889~昭 和五十四・1979)は岡山県生まれ。 本名英吉。はじめ竹橋のちに竹喬と 号した。

D-142 鈴木松年

鬼念佛画賛幅 ¥50000~

付合箱(桐) 共箱蓋 紙本 牙軸端 31×123 表具44×189

ヤケ シミ オレ 表具オレ、スレ、シミ 鈴木松年(嘉永元・1848~大正 七・1918)は日本画家、百年の息。

高士観瀑画幅 ¥50000~ 付木箱(桐 貼札) 絹本 牙軸端 42×126 表具57×206 ヤケ  シミ オレ 田中頼璋(慶應四・1868~昭和十 五・1940)は島根県生まれの日本画 家。名は大治郎。

雪中鴨画幅 ¥50000~ 付時代箱(桐 貼札) 絹本 唐木軸端 53×146 表具67×201

ヤケ シミ オレ 表具ヤケ、シミ、オレ 中島有章(天保八・1837~明治三 十八・1905)は来章の子。

明治神宮画賛幅 ¥50000~  付共箱(桐) 絹本 唐木軸端 50×126 表具63×204 薄ヤケ  薄シミ 藤原雅之賛 経歴未詳

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D-143 田中頼璋 D-144 中島有章 D-145 田中昭信

D-146 川北霞峰 春景画幅 ¥50,000~ 付二重箱(内共桐 外溜塗) 絹本  骨軸端 27×119 表具39×195 薄シミ 「山村春色」原題 川北霞峰(明治八・1875~昭和十 五・1940)は京都生まれの日本画家。 本名は源之助。はじめ幸野楳嶺に、 のち菊池芳文に師事。京都美術工芸 学校教諭。帝展審査員。

D-147 山口華楊

稲穂画幅 ¥50,000~ 付木箱(桐) 絹本 牙軸端 25×112 表具27×188 ヤケ シミ  表具ヤケ、シミ 山口華楊(明治三十二・1899~昭 和五十九・1984)は、本名米次郎。 山口玲 の弟。西村五雲に学ぶ。画 塾晨鳥社を主宰。芸術院会員。文化 勲章。

D-148 池田遥邨 犬山城画短冊幅 ¥50,000~  付二重箱(内共桐 外溜塗) 太巻  絹本 牙軸端 7×36 表具31×153 シミ

池田遥邨(明治二十八・1898~昭 和六十三・1988)は岡山県生まれ。 名は昇一。勲三等瑞宝章、文化功労 賞、文化勲章受章、帝展推薦。

D-149 橋本関雪

三行書幅 ¥50,000~ 付共箱(桐) 紙本 牙軸端 32×150 表具46×216 シミ オレ 橋本関雪(明治十六・1883~昭和 二十・1945)は神戸生まれの日本画 家。片岡公曠、竹内栖鳳に師事、四 条派を学ぶ。昭和十年帝国美術院会 員。昭和十二年帝国芸術院会員。古 美術の収集家としても著名。

D-150 竹内栖鳳 白菜画幅

¥50,000~ 付二重箱(内識桐 外溜塗) 絹本  牙軸端 23×26 表具36×114 ヤケ 大シミ  暉峰箱識

竹内栖鳳(元治元・1864~昭和十七・1942)は 京都生まれの日本画家。本名恒吉。初めは棲鳳と 号した。

D-151 橋本関雪 中国帆舟画幅 ¥50,000~ 付共箱(桐) 絹本 P軸端 24×27  表具48×172 ヤケ

橋本関雪(明治十六・1883~昭和二十・1945) は神戸生まれの日本画家。

D-152 川合玉堂 帆舟歌賛幅

¥80,000~ 付共箱(桐 貼札) 紙本 角軸端 24×27 表具61×133 表具シミ 川合玉堂(明治五・1873~昭和三十二・1957) は通称芳三郎。帝国美術院会員、帝室技藝員、東 京美術学校教授。昭和十五年文化勲章受章。

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D-154 森守明 花鳥画幅 ¥80000~ 付木箱(桐 貼札) 紙本 牙軸端 52×44 表具67×141 薄ヤケ 薄シミ オレ 表具ヤケ

D-155 森守明 桃鳩画幅 ¥55000~ 付二重箱(内共桐) 絹本 牙軸端 42×36 表具56×128 ヤケ シミ

森守明(明治二十五・1892~昭和二十六・1951)は、京都に生まれる。西山翠嶂に師事、画塾青甲社に入塾する。第四回帝展に『遊仙洞』で初入選。以後 ほぼ毎回入選し、昭和六年(1931)帝展推薦となる。昭和十一年(1936)に水明会の結成に参加。日本画家森公孝は弟、堂本印象は義弟にあたる。

D-156 西郷孤月 小禽画扇面幅 ¥75,000~ 付識箱(杉)  紙本 唐木軸端 51×14 表具56×130 薄ヤケ シミ 表具ヤケ  菱田春夫箱識 西郷孤月(明治六・1873~大正元・1912)日本画家。

D-157 池田遙邨 二見ヶ浦画幅 ¥50,000~ 付二重箱(内 共桐 外溜塗) 絹本 牙軸端 51×44 表具66×135 薄シミ 池田遙邨(明治二十八・1895~昭和六十三・1988)は岡山県生まれの 日本画家。本名は昇一。松原三五郎門下で洋画を学んだが、竹内栖鳳の 竹杖会に入門し日本画に転向した。京都市立絵画専門学校卒。青塔社を 主宰。文化功労者。倉敷市名誉市民。文化勲章受章。

D-158 浜田観 白梅画扇面幅 ¥50000~

付二重箱(内共桐 外溜塗) 太巻 紙本 牙軸端 52×19  表具75×143 表具シミ 浜田観(明治三十一・1898~昭和六十・1985)は兵庫県出身、本名仙 太郎。竹内栖鳳に師事。

D-159 金波 名所四季風俗画巻物 ¥90000~

付木箱(桐) 紙本 牙軸端 2240×20 表具2360×25 シミ 二十図

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D-160 村上華岳 書簡貼交巻物 ¥200,000~ 付木箱(桐) 紙本 牙軸端 80×20 表具394×23 シミ 表具シミ 二通 田中為造宛 村上華岳(明治二十一・1888~昭和十四・1939)は大阪市生まれ、京都市立絵画専門学校卒業、大正七(1918)に土田麦僊、小野竹喬らと国画創作協会 を結成。のち京都を去り芦屋に転居し西洋絵画を取り入れた幽玄で宗教的な作品を描いた。

D-161 村上華岳 書簡貼交巻物

¥200,000~ 付木箱(桐 貼札) 紙本  牙軸端 99×23 額348×29 ヤケ シミ

D-162 守住貫魚 戯神楽画幅 ¥50,000~

付木箱(杉 貼札) 絹本 牙軸端 49×33 表具60×128 ヤケ 表具オレ、ヤケ 守住貫魚(文化六・1809~明治二十五・1892)は阿波の人。本姓清原、 名は輝義、字は士斉、通称は徳次郎。住吉広定の門下。帝室技藝員を務め た。

D-163 森魚海 日月双幅 ¥50000~ 付共箱(桐 貼札)  絹本 骨軸端 50×129 表具65×213 薄ヤケ 薄シミ 森魚海(明治九・ 1876~昭和三・ 1928)は徳島住吉 派の画家。森魚渕 の次男。

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三通 田中為造宛

D-165 富岡鉄斎 五穀奉進画賛幅 ¥450,000  付二重箱(内識桐) 絹本 牙軸端 36×113 表具47×193  ヤケ シミ 冨田渓仙箱識

D-166 富岡鉄斎 平家物語嵯峨深秋画賛幅 ¥450,000  付二重箱(内共桐 外溜塗) 絹本 牙軸端 49×136 表具65×225  ヤケ シミ 表具ヤケ 明治二十六年(1893)画中 八十六才箱識

富岡鐡斎(天保七・1836~大正十三・1924)は南画家。京都の人。名は百錬、字は無僊、別号に鐡荘、鐡崖、鐡史がある。帝室技藝員、帝国美術院会員。 幼時に国学・漢学を学び、十八歳頃から絵を学ぶ。幕末、国事に奔走。維新後は石上神社・大鳥神社の宮司となる。明治十五年京都に転居、「万巻の書を 読み、万里の路を往く」という理想を実践した。

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白衣観音経賛幅 ¥200,000~ 絖本  唐木軸端 34×136 表具46×189 薄シミ  オレ 表具虫穴

D-168 富岡鉄斎 岩竹画賛幅 ¥150000~ 付二重箱(内識桐 外溜塗)  紙本 牙軸端 32×131 表具45×200 シミ オレ 和田三造箱識

D-169 富岡鉄斎 訪友山水画賛幅 ¥120000~ 付識箱(桐) 絹本 唐木軸端 51×140 表具67×205 シミ

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D-167 富岡鉄斎

D-171 富岡鉄斎 蝦夷踊画賛幅 ¥130,000~ 付木箱(桐)  紙本 唐木軸端 28×36 表具40×104 シミ

D-172 富岡鉄斎 牡丹画賛幅 ¥100,000~ 付識箱(桐) 絹本 牙軸端 30×29 表具44×119 ヤケ

富岡鐡斎(天保七・1836~大正十三・1924)は南画家。京都の人。名は百錬、字は無僊、別号に鐡荘、鐡崖、鐡史がある。帝室技藝員、帝国美術院会員。 幼時に国学・漢学を学び、十八歳頃から絵を学ぶ。幕末、国事に奔走。維新後は石上神社・大鳥神社の宮司となる。明治十五年京都に転居、「万巻の書を 読み、万里の路を往く」という理想を実践した。

D-173 富岡鉄斎 橘妙冲画賛額 ¥100,000~ 絹本  15×22 額35×41 ヤケ

D-174 大田垣蓮月 杜若歌賛幅 ¥88000~ 付識箱(杉 貼札) 紙本 黒塗軸端 42×30 表具45×111 ヤケ シミ 「蓮月七十六才」画中 ※P325にも掲載あり 大田垣蓮月(寛政三・1791~明治八・1875)は女流歌人。名は誠(の ぶ)。京都出身。夫の死後、剃髪して法名蓮月と号す。手作りの陶器に自 詠の歌をつけて生活の糧とした。孤高で閑雅・清新な歌風で知られる。

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お か ざ き の さ と の ね ざ め に 聞 こ ゆ な り き た し ら か わ の 山 ほ と と ぎ す

D-175 富岡鉄斎 孔子遺訓画賛幅 ¥75000~ 付二重箱(内共桐) 紙本 牙軸端 45×134 表具59×204 ヤケ シミ オレ 「大正紀元(1912)十一月」箱識

D-176 富岡鉄斎 天受女画賛幅 ¥60000~ 付識箱(桐) 紙本 牙軸端 33×125 表具48×191 シミ オレ 秋坪箱識

D-177 富岡鉄斎 渓山秋色画賛幅 ¥70000~ 付共箱(桐) 紙本 唐木軸端 33×129 表具44×198 ヤケ シミ オレ

富岡鐡斎(天保七・1836~大正十三・1924)は南画家。京都の人。名は百錬、字は無僊、別号に鐡荘、鐡崖、鐡史がある。帝室技藝員、帝国美術院会員。 幼時に国学・漢学を学び、十八歳頃から絵を学ぶ。幕末、国事に奔走。維新後は石上神社・大鳥神社の宮司となる。明治十五年京都に転居、「万巻の書を 読み、万里の路を往く」という理想を実践した。

D-178 富岡鉄斎 四字書額 ¥150,000~ 紙本 128×32 額160×47

207 D
カビ

D-180 松林桂月 秋江独釣画賛幅 ¥280000~ 付二重箱(内共桐 外溜塗) 絹本  牙軸端 41×141 表具55×215 シミ

D-181 松林桂月 松樹画賛幅 ¥250000~  付二重箱(内鏡共桐 外溜塗) 太巻 絹本  蒔絵軸端 36×105 表具48×191 ヤケ シミ

D-182 松林桂月 秋江漁夫画賛幅

¥120000~ 付共箱(桐 シミ) 紙本 牙軸端 37×150 表具50×217 シミ オレ 松林桂月(明治九・1876~昭和三十八・1963)は萩市生まれ。本名は伊藤篤、字は子敬。別号に香外、玉江漁人。文晁派の野口幽谷に師事、小室翠雲とと もに日本南画界の双璧とされる。帝室技藝員、日展顧問、芸術院会員、南画院長など。弟子には西野新川らがいる。

208 D

D-183 谷口藹山 松林山水画幅 ¥250,000~  付木箱(杉) 絹本 唐木軸端 58×130 表具74×210  ヤケ シミ 谷口藹山(文化十二・1815~明治三十二・1899)は名貞 二、本姓西村、画を谷文晁・高久藹崖に師事、詩を広瀬淡 窓に学んだ。京都住。越中の人。

D-184 平野古桑 蓬莱春色画賛幅 ¥120,000~ 付共箱(桐) 絹本 唐木軸端 52×161  表具66×233 ヤケ シミ 平野古桑(明治十四・1881~昭和六・ 1931)は大分県生まれの南画、日本画家。名 は要道。田近竹邨に師事。

D-185 矢野鉄山 蓬莱画賛幅 ¥120,000~ 付共箱(桐) 絹本 牙軸端 42×133 表具58×211 シミ オレ  表具シミ 矢野鉄山(明治二十七・1894~昭和五十・ 1975)は南画家。本名民雄。小室翠雲に学び、 叔父矢野橋村が創立した大阪美術学校に入 学。特に現代水墨画発展に寄与。

209 D

D-187 鈴木鵞湖 山水双幅 ¥200000~

付時代識箱(桐) 絹本 角軸端 51×118 表具63×201

シミ 錦山箱識

鈴木鵞湖(文化十三・1816~明治三・1870)は千葉の出身、 谷文晁、相沢石湖に師事、名は雄、字は雄飛、幼名は筆三、通称 は漸造、別号は一鶯、我古山人、水雲山房、東台山麓。

D-188 小杉放庵

竹林高士画幅 ¥150000~

付二重箱(内桐 外溜塗・破損) 紙本  牙軸端 41×154 表具56×220  シミ オレ 小杉放庵(明治十四・1881~昭和三十 九・1964)は栃木出身。洋画、日本画家で 随筆でも知られる。別号に未醒ほか。

D-189 高木美石 金魚画幅 ¥120000~ 付共箱(桐) 絹本 骨軸端 34×116 表具46×198 シミ 高木美石(明治十九・1886~昭和二十 二・1947)は岐阜県生まれの画家。大橋翠 石に私淑した。

210 D

D-190 幸松春浦 月下馬画幅 ¥100,000~ 付木箱(桐)

絹本 陶磁軸端 84×152 表具100×209 ヤケ シミ 幸松春浦(生年未詳~昭和三十七・1962)は大分県出身の画家。姫島 竹外と水田竹圃に師事した。

D-191 野口幽谷 花卉画巻物 ¥150,000~ 付識箱(桐) 紙本 雑木軸端 1193×31 表具1218×31 シミ 野口幽谷(文政十・1827~明治三十一・1898)は名續、通称巳之助、別 に和楽堂と号し、椿椿山に花鳥画を、大黒梅隠に典籍を学んだ。ウィーン 万国博覧会、第一回内国勧業博覧会に出展し名声を得て、明治二十六年 (1893)に帝室技藝員となった。江戸の人。

D-192 小川芋銭 風神画幅 ¥80,000~ 付共箱(桐 貼札) 紙本 牙貼軸端 31×107 表具44×188

ヤケ 薄シミ オレ  表具ヤケ、シミ 小川芋銭(慶応四・1868~昭和十三・1938)は日本画家。茨城県牛久 村に生まれる。

観瀑画幅 ¥65,000~ 付二重箱(内共桐) 絹本 牙軸端 27×124 表具39×211  ヤケ シミ 表具ヤケ、シミ

D-194 浅井柳塘 高士観瀑画賛幅 ¥50,000~ 付木箱(桐 貼札) 絖本 唐木軸端 52×139 表具66×200  薄シミ 表具シミ 浅井柳塘(天保十三・1842~明治四 十・1907)日本画家。

山水画賛幅 ¥50,000~ 付木箱(桐) 紙本 牙軸端 33×133 表具47×210 薄シミ 矢野橋村(明治二十三・1890~昭 和四十・1965)は愛媛県生まれの南 画家。名は一智、別号に知道人ほか。

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D-195 矢野橋村 D-193 小川芋銭

D-196 伊東深水 納涼美人版画 ¥280,000~ 紙本  28×425 シミ 穴 顔補彩 伊東深水(明治三十一・1898~昭和四十七・1972)は東京の人。鏑木 清方の門人。此君亭と号す。昭和三十三(1958)年日本芸術院会員。昭和 四十四(1969)年日展顧問。昭和四十五(1970)年勲三等旭日中綬章を受 章。

D-198 春山 美人画賛幅 ¥50000~

付共箱(桐) 絹本 黒塗軸端 42×111 表具52×184 ヤケ シミ オレ 表具シミ 竹久夢二賛

D-197 大林千萬樹 振袖美人画幅

¥100,000~  付木箱(桐・蓋大破 貼札) 絹本 P軸端 41×127 表具55×192  ヤケ シミ オレ 大林千萬樹(明治二十・1887~昭和三十四・1959)は、日本画家。娘の 大林蘇乃も日本画家。

D-199 瀬尾鶴汀 髑髏画幅

¥50000~ 付木箱(杉 貼札) 絹本 唐木軸端 33×113 表具42×178 ヤケ シミ 「六十六翁」画中

D-200 金華 幽霊画幅 ¥50000~  付木箱(モミ) 絹本 牙軸端 32×103  表具44×164 シミ キレ 穴 表具スレ

212 D

D-201 堀井香坡

春日画幅 ¥50,000~

付共箱(桐) 絹本 蒔絵軸端 35×124 表具48×205 ヤケ 表具ヤケ 堀井香坡(明治三十・1897~平成 二・1990)は京都市に生まれ、本名 清太郎。菊池契月に師事した。

D-202 近藤浩一路 秋景山水画幅 ¥50,000~ 付木箱(桐) 紙本 牙軸端 48×81 表具63×181 オレ 表具オレ

近藤浩一路(明治十七・1884~昭 和三十七・1962)は、東京美術学校 西洋画科に在学中の明治四十年 (1907)、第十一回白馬会展に初入 選した。

D-203 広島晃甫

雨中翡翠画幅 ¥50,000~ 付二重箱(内共桐 外溜塗) 絹本  牙軸端 42×128 表具56×224  ヤケ シミ 表具ヤケ、シミ 「汀雨」原題

広島晃甫(1889~1951)徳島県徳 島市出身の日本画家。

D-204 穐月明

野の佛画幅 ¥50,000~ 付二重箱(内共桐 外溜塗) 紙本  雑木軸端 22×34 表具38×123  シミ 穐月明(昭和四・1929~平成二十 九・2017)は和歌山県高野山生まれ の画家。京都市立美術大学卒。平成 二十八年(2016)青山讃頌舎・美術 館を開館した。

D-205 山下繁雄

軍鶏画幅 ¥60,000~  付共箱(桐) 紙本

骨軸端 45×131

表具57×194 シミ 山下繁雄は大正~昭和の 日本画家。奈良県出身。

D-206 木山楳斎 百福画賛大幅 ¥50,000~ 付木箱(杉) 紙本 黒塗軸端 95×172 表具114×211 大シミ オレ 表具オレ、虫穴

D-207 宝英 蓬莱島鶴亀三幅対 ¥50,000~ 付木箱(桐)  絹本 牙軸端 35×107 表具48×187 ヤケ シミ 表具ヤケ、シミ

213 D

D-209 不染鉄 色紙 二 ¥100000~ 紙本 36×27ほか シミ 不染鉄(明治二十四・1891~昭和五十一・1976)は日本画家。東京小石川生まれ。本 名哲治のち哲爾。号鉄二。伊豆大島、式根島に写生旅行に行き、漁師をして暮らす。大 正七年京都市立絵画専門学校入学、上村松篁と親交を結ぶ。帝展・日本美術展で活躍。 戦後は正教高等学校校長などを歴任。画壇から距離をおいて制作した。

D-210 中村大三郎 童女画幅 ¥70000~  付二重箱(内識桐 外溜塗) 絹本 牙軸端 42×33  表具56×133 ヤケ 薄シミ 表具ヤケ、シミ  中村道太郎箱識

中村大三郎(明治三十一・1898~昭和二十二・1947)は 京都生まれの日本画家。京都市立美術工芸学校絵画科、同 絵画専門学校を卒業後、西山翠嶂に師事。

D-211 粛粲寶 金魚画扇面幅 ¥50,000~ 付共箱(桐)

紙本 牙軸端 47×14 表具57×115 薄シミ 表具オレ、シミ 粛粲寶(明治三十五・1902~平成六・1994)は本名水島太一郎。黒田 清輝に師事。

D-212 翠光 猫画幅 ¥50,000~ 付共箱(桐 ヨゴレ) 絹本  牙軸端 52×46 表具66×138 表具大シミ

ヤケ シミ スレ 無款

214 D
D-213 嵐山春景襖 四 ¥50,000~ 紙本 99×171 ヤケ  大シミ スレ 無款 D-214 神域春景襖 四 ¥50,000~ 紙本 97×172

須田剋太

D-215 須田剋太 地獄谷画額 ¥400000~ 紙本 72×46 額83×58 須田剋太(明治三十九・1906~平成二・1990)は洋画家。埼玉県生まれ。昭和十年光風会展に初入選後、文展、帝展等 で活躍。四十六年司馬遼太郎の『街道をゆく』の挿絵を製作。具象抽象両面にわたり、生命感あふれる作風を展開した。

付三越シール 37×53 額57×73 「1989」画中 紙本に向日葵を描く。葉は裁断した紙を貼付けて表現する。

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D-217 須田剋太 弥勒菩薩画額 ¥170000~ 紙本 38×52 額43×60 D-216 須田剋太 「黒い太陽」画額 ¥400000~

D-219 初代五姓田芳柳 明治天皇肖像画額

¥350000~  絹本 26×35 額56×66  薄ヤケ 薄シミ  額縁スレ、小ソゲ 初代五姓田芳柳(文政十・1827 ~明治二十五・1892)は浮世絵お よび狩野派から出発し、これに オランダ風の手法を加え、西洋 風の画法を独創した。

D-221 川端龍子 鶴画額 ¥200,000~ 絹本

87×66 額125×104 大シミ 剥離 背面損傷 川端龍子(明治十八・1885~昭和四十一・1966)は日本画家。和歌山 県出身。本名は昇太郎。白馬会洋画研究所、太平洋画会研究所に学ぶ。文 展・院展で活躍。戦前戦後を通じて独創的な作品を描いた。「ホトトギ ス」同人の俳人でもあった。

D-222 中川一政 魚画額 ¥250,000~ 付共シール 紙本  58×48 額83×72

中川一政(明治二十六・1893~平成三・1991)は東京生まれ。大正三 年巽画会に油絵初入選 。翌年巽画会最高賞受賞、大正四(1915)年草土社 を岸田劉生・木村荘八らと組織、同人となる。新文展審査員、春陽会会 員。昭和五十年文化勲章受賞 。

216 D

D-223 三輪良平 舞妓画額 ¥250000~ 付共シール 紙本

44×59 額64×79 三輪良平(昭和四・1929~平成二十三・2011)は京都生まれの日本画 家。京都市立美術専門学校卒。山口華楊に師事。新日展で白寿賞、菊華賞 など受賞。日展評議員。京都府文化賞功労賞受賞。

D-225 奥村土牛 枇杷画扇面額 ¥220000~ 付共シール  紙本 64×39 額85×69 シミ 奥村土牛(明治二十二・1889~平成二・1990)は東京生まれの日本画 家。梶田半古、小林古径に師事。昭和二年(1927)院展初入選。日本芸術 院会員。文化勲章受章。

D-224 浅井忠 絵葉書額

¥150,000~ 付浅井眞識シール  紙本 9×14 額35×39 浅井忠(安政三・1856~明治四十・1907)は江戸の佐倉藩邸で、浅井 常明の長男として生まれる。国澤新九郎の画塾彰技堂で油彩を学び、の ちに工部美術学校に入学してイタリア人教師のフォンタネージに師事。

¥100000~ 紙本 75×124 額103×153 シミ 川崎小虎(明治十九・1886~昭和五十二・1977)日本画家。岐阜県生。 旧姓中野、本名隆一。祖父の日本画家川崎千虎に大和絵を学び、のちに 小堀鞆音に師事する。東京美術学校日本画科卒。戦後は、国土会を結成、 日展評議員を務める。第17回日本芸術院賞恩賜賞を受賞、日展幹事、武 蔵野美術大学名誉教授、日展顧問など。

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D-226 川崎小虎 瓶花画額

D-228 大矢紀 富貴画額

¥180,000~ 付共シール 紙本  60×45 額83×68 薄シミ 大矢紀(昭和十一・1936~)は新潟出身の日本画家。平山郁夫に師事。

D-229 倉島重友 菫画額 ¥120,000~ 付共シール 紙本  52×40 額74×62

倉島重友(昭和十九・1944~)は長野県千曲出身の日本画家。平山郁夫 に師事。

D-230 岩橋英遠 秋景画額 ¥120,000~ 付共シール 紙本 62×47 額83×67 「秋」原題 岩橋英遠(明治三十六・1903~平成十一・1999)は北海道出身の日本画 家。山内多門、安田靫彦に学ぶ。

D-231 加藤東一 入江画額 ¥100,000~

付土屋禮一識シール 紙本 71×46 額91×67 加藤東一(大正五・1916~平成八・1996)は岐阜県岐阜市生れの画家。 兄は加藤栄三。山口蓬春に師事する。

D-232 那波多目功一 芥子画扇面額 ¥150,000~

付共シール 紙本 60×28 額71×36 那波多目功一(昭和八・1933~)は茨城県出身の日本画家。松尾敏男に 師事。

D-233 浜田台児 葡萄画額 ¥100000~ 付共シール

溜塗箱(桐 ワレ) 絹本 56×44 額83×71 「秋果」原題 浜田台児(大正五・1916~平成二十二・2010)は鳥取県出身の日本画家。 本名健一。橋本明治、伊東深水に師事。

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D-234 福王子法林 朝富士画額 ¥70000~ 付共シール  紙本 60×45 額84×69 額アタリ 福王子法林(大正九・1920~平成二十四・2012)は米沢出身の日本画家。 殊にヒマラヤに取材した作品で知られる。

D-235 扇敏之 風景画額 ¥50000~ 付共シール 紙本  22×15 額40×33 「山湖」原題 扇敏之(昭和十四・1939~)は京都府出身の日本画家。山口華楊に師事。

D-236 佐藤大寛 富士画額 ¥50000~ 紙本 119×65 額152×99 大シミ 佐藤大寛(明治三十一・1898~昭和五十八・1983)は東京生まれの日 本画家。本名政雄。はじめ東洋外史、晶村と号す。高森碎巌に学び、大正 九年から二十七年間中国に滞在し歴遊。朝鮮金剛山の百景を描いた。帰 国後は、水墨画を中心に描いた。

D-237 猪原大華 小鳥画額 ¥50000~ 付共シール 紙本 21×13 額36×28 背面損傷 猪原大華(明治三十・1897~昭和五十五・1980年)は広島県生まれの 日本画家。本名は寿。京都市立絵画専門学校卒。土田麦僊にまなぶ。日展 参与。京都市文化功労賞・京都府美術工芸功労賞受賞。福山市名誉市民。

D-238 山岸純 風景画額 ¥50,000~ 付共シール 紙本  51×34 額74×57 額シミ 「径」原題 山岸純(昭和五・1930~平成十二・2000)は京都市生まれ。徳岡神泉に 師事。

¥55,000~ 付生田花朝女識シール  紙本 42×10 額65×45 薄ヤケ 薄シミ 菅楯彦(明治十一・1878~昭和三十八・1963)は鳥取県生まれの日本 画家。号は盛虎、静湖。

D-239 菅楯彦 扇面額

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D-241 柳原義達 素描鳩画額 ¥80000~

紙本 38×29 額58×49 薄ヤケ 1973

柳原義達(明治四十三・1910~平成十六・2004)は彫 刻家。神戸市生まれ。東美校彫刻科卒。朝倉文夫に師事。

D-242 佐藤忠良 素描犬画額 ¥60000~  付佐藤忠良の会証明書 紙本 41×18 額55×46  薄ヤケ シミ 佐藤忠良(明治四十五・1912~平成二十三・2011)は 宮城県生まれの彫刻家。少年期を北海道で過ごす。

D-243 芝田米三 素描風景画額 ¥50,000~ 紙本 15×11  額32×27 ヤケ シミ 芝田米三(大正十五・1926~平成十八・ 2006)は洋画家。京都市生ま れ。須田国太郎に師事。日本芸術院会員。独立美術協会会員。

D-244 吉田多最 素描裸婦画額 ¥50,000~ 付共シール  紙本 44×59 額71×86 吉田多最(昭和二十二・1947~)は神奈川出身の日本画家。加倉井和夫 に師事、日展で活躍。

D-245 鈴木信太郎 挿絵額 ¥50,000~ 紙本 12×19 額33×42 鈴木信太郎(明治二十八・1895~平成元・ 1989)は東京生まれの画家。黒田清輝に師事。文 展・二科展に入選。日本芸術院会員。

D-246 奥村土牛 書額

¥70,000~ 付共シール 紙本 23×26 額47×49 九十一翁 奥村土牛(明治二十二・1889~平 成二・1990)は東京生まれの日本画 家。梶田半古、小林古径に師事。

D-247 町春草 秋草詠歌賛額

¥50,000~ 紙本 36×51 額56×71 薄シミ  画:鈴木美江 町春草(大正十一・1922~平成七・1995)は東 京生まれの女流書家。飯島春敬門下。なにはづ書 芸社主宰。日本書道美術院のかな部門で最高賞 を受賞。毎日書道展審査員。

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D-248 梅原幸雄 印度美人画額 ¥150000~ 付共シール  紙本 45×59 額62×77 「門の春」原題

D-249 梅原幸雄 印度美人画額 ¥150000~ 付共シール  紙本 48×72 額69×91 薄シミ 額アタリ 「星逢う夜」原題

梅原幸雄(昭和二十五・1950~)は三重県出身の日本画家。平山郁夫に師事。東京藝術大学名誉教授、日本美術院同人。

D-250 北田克己 美人画額 ¥250,000~ 付共シール 紙本 59×71 額74×86 「花枇杷のころ」原題 北田克己(昭和三十・1955~)は東京出身の日本画家。平山郁夫に師事。 日本美術院同人。

D-251 宮永岳彦 油彩舞踏画額 ¥300,000~ 付共シール 37×44 額57×65 「翔」原題 カンバス

宮永岳彦(大正八・1919~昭和六十二・1987)は静岡県磐田郡生まれ。 日本芸術院賞受賞、勲三等瑞宝章受章。昭和六十一年(1986)には二紀会 理事長に就任。

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D-253 小林萬吾 油彩春景画額 ¥300,000~ 付日動画廊シール 40×30 額68×59 カンバス 小林萬吾(明治三・1870~昭和二十二・1947)は、香川県生まれ。原田直次郎に師事。明治二十八年天真道場に入る。三十一年東京美術学校西洋画科卒。 四十四年から渡欧。大正五年光風会会員。東京美術学校教授。帝国芸術院会員。

D-254 柏本龍太 油彩静物画額 ¥200000~  付日動画廊シール 52×32 額68×49 カンバス 裏サイン 「funnyvalentine」原題 柏本龍太(昭和四十八・1973~)は長崎県出身の洋画家。長崎美術学院 卒。

D-255 田崎広助 油彩富士画額 ¥170000~ 17×12 額31×27 カンバス

田崎広助(明治三十一・1898~昭和五十九・1984)は洋画家。本名広 次。関西美術院に学ぶ。坂本繁二郎に師事。二科展入選。渡仏し、サロ ン・ドートンヌに入選。阿蘇山を好んで描き、東洋的観照を基底に豪快 な造形展開を示した。芸術院会員、文化勲章受章。軽井沢に田崎美術館 がある。

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D-256 山下新太郎 油彩林間画額 ¥120,000~

付日動画廊シール カンバス 44×53 額69×78 額裏サイン

「神苑の一隅」原題

山下新太郎(明治十四・1881~昭和四十一・1966)は東京生まれの画 家。東京美術学校で黒田清輝の指導をうけ、渡仏してラファエル・コラ ン、フェルナンド・コルモンに師事。帰国して石井柏亭らと二科会を創 立。絵画の修理について研究、渡仏の際に在仏東洋画の修復を行いレジ オン=ドヌール勲章を受けた。文化功労章。著書に『油絵の科学』。

D-257 鳥海青児 静物画額 ¥120000~

付鳥海青児の会登録証書 カンバス 40×31 額58×49  裏サイン 「土器」原題 鳥海青児(明治三十五・1902~昭和四十七・1972)は洋画家。神奈川県 生まれ。本名正夫。関西大学卒。在学中に春陽会展に初入選。昭和五年 (1930)渡欧、ゴヤ、レンブラントの影響を受ける。春陽会会員。独立美術 協会会員。三十一年(1956)芸術選奨文部大臣賞受賞。三十四年(1959)毎 日美術賞受賞。東洋・日本美術の蒐集家でもあった。

D-259 荻須高徳 油彩風景画額 ¥50,000~ 32×23 額48×39 剥離 ヒビ 板 荻須高徳(明治三十四・1901~昭和六十一・1986) は愛知県生まれの画家。川端画学校にて藤島武二に師 事。東京美術学校卒業後、渡仏し、戦中の一時期を除い てパリで制作活動した。新制作協会会員。文化功労者。 文化勲章受章。

D-258 山下新太郎 油彩静物画額 ¥100000~

付兜屋画廊シール カンバス 54×45 額77×68 額裏サイン

D-260 金田辰弘 油彩梟画額 ¥50000~ 23×32 額41×50 カンバス 金田辰弘(大正五・1916~平成八・1996) は、大阪生まれ。京都府文化功労賞受賞。京都 精華大学教授。

D-261 中村善種 油彩裸婦画額 ¥50000~ 23×32 額40×49 板 中村善種(大正三・1914~平成七・1995) は和歌山県生まれの画家。二度の渡欧を経て 京都市芸術大学の教授を務める。十果会結成。 京都府文化功労賞受賞ほか。

223 D

藝能

E-001 堀安右衛門 小面 ¥150,000~ 付共箱(桐) 面袋 13×21 堀安右衛門は能面師。初代・博之は昭和六年(1931)福知山に生まれ、北沢耕雲に師事。現在は二代 目・佐和子が面打を担う。

E-002 切箔蒔絵鬘桶 ¥50000~  25×25×33 狂言柿山伏

E-004 二井栄逸 杜若画額 ¥50000~ 付共シール 絹本 67×56 額92×81

二井栄逸は三重県の日本画家。大正元年 (1912)生。本名は栄一。荻生天泉、喜多六平太・ 喜多実に師事。能楽・華道にも長ける。能楽協会 会員。能楽喜多流準職分。華道青雅流家元宗室。

E-005 牧俊高 木彫弱法師 ¥50,000~ 付共箱(桐) 像高305 「俊高作」台坐刻

E-003 太鼓 ¥50,000~  付架(火焔欠) 撥二 全体66×53×108

E-006 木彫伎楽面酔胡王 ¥50,000~ 18×335×14 スレ カケ メクレ 剥離

224 E

香道

E-007 龍笛 ¥100,000~ 付雲錦蒔絵筒 総長40 頭錦

F-001 梨子地桐蒔絵錫縁香合 ¥150,000~ 付識箱(桐) 65×9×35 内梨子地

F-003 赤織部鷺文香合 ¥160,000~  付時代箱(桐) 9×9×4 規方補修 磁貫

F-002 梨子地蔦鹿蒔絵錫縁香合 ¥150,000~ 付識箱(桐) 65×65×3 蓋裏梨子地松桐

F-004 型物赤絵兎文香合 ¥130,000~  付木箱(桐 虫喰) 65×65×45 蓋裏釉剥離  ソゲ 磁貫

225 F

F-006 永楽保全 染付扇形香合 ¥180,000~  付共箱(桐) 7×6×35 縁スレ補修、小ソゲ 永楽保全(寛政七・1795~安政元・1854)は千家十職の 一、土風炉師永樂善五郎家の十一代。文化十四年(1817)襲 名。文政十年(1927)紀州家十代徳川治宝に招かれ偕楽園焼 に携わり、「河濱支流」金印、「永樂」の銀印を拝領した。

F-007 交趾花文丸形香合  ¥120000~ 付時代合箱(桐) 5×5×3 釉剥離

F-008 信楽丸香合 ¥100000~ 付時代識箱(桐) 7×7×4 窯キレ 銘「西王母」 宙宝宗宇箱識、在判

F-009 真葛長造 模仁清都鳥香合 ¥60,000~ 付時代共箱(桐) 95×55×35 眞葛長造(寛政七・1796~万延元・1860)は陶 工、宮川家十一代。

F-010 菊蒔絵貝重錫縁香合 ¥60,000~ 付時代箱(桐) 105×5×2  内菊小禽

F-011 安南染付輪花形香合 ¥50,000~ 付溜塗箱(桐 蓋後補) 7×7×45

F-012 平澤九朗 志野鶴香合 ¥50000~ 付識箱(桐)

平澤清九朗(安永元・1772~天保十一・1840) は、尾張藩の臣で九朗、今昔庵と号した。

F-013 奥田木白 笠香合

¥50,000~  付時代識箱(桐 貼札) 8×8×4

奥田木白(寛政十二・1800~明治四・1871)は 江戸末期から明治初期の陶工。赤膚焼の中興の 祖として知られる。別号に木々斉、五行庵がある。

F-014 真葛香斎 隅田川文香合

¥50000~ 付共識箱(桐) 6×6×4  尋牛斎箱書

宮川長造の縁戚が香斎と名乗り作陶。

226 F
8×5×65  加藤春仙箱識

F-015 楠部彌弌  青磁牡丹文香炉

¥300,000~ 付共箱(桐)  蝶透銀火舎(宗巌造) 11×11×9 楠部彌弌(明治三十・ 1897~昭和五十九・1984) は京都生まれ。大正七年赤 土社結成に参加。昭和二年 帝展初入選。日本芸術院会 員、文化功労者、文化勲章。

¥190000~ 付識箱(桐 桟一欠) 8×8×75 磁貫 無印 「伝仁清」箱識

一対 ¥120000~  付時代合識箱(桐) 8×8×75

227 F
F-016 古清水桐文香炉 F-017 木地秋草蒔絵聞香炉

F-019 偕楽園 牧童騎牛香炉

¥250000~ 付時代溜塗箱(桐) 16×6×13 左前足、笛接合補修 底印 偕楽園焼は紀州藩の御庭 焼。藩主治寶が文政二年 (1819)に開窯し、嘉永五年 (1852)に廃窯となる。樂了 入、旦入、慶入、仁阿弥道八、 永樂保全らが携わった。

F-020 古清水笈櫃香炉 ¥100000~ 付時代識箱(桐) 7×7×10 足オレ金補修

F-021 鍋島青磁六角香炉  ¥50000~ 付合箱(桐) 牙蓋 55×5×85

F-022 七宝蒔絵香炉 ¥50000~ 付木箱(杉)  木胎金溜火舎 8×8×75 小ソゲ

F-023 香割鋸鉈 ¥50,000~ 鋸総長26 牡丹唐草蒔絵

F-024 香火箸 四 ¥50,000~

付偽革紙貼箱 洋更紗袋 総長17ほか

228 F

茶道

229 G
G-001 絵伊羅保茶碗 ¥1,500,000~ 付時代識箱(桐) 135×125×8 口縁小ソゲ 伝杉木普斎箱書 杉木普斎(寛永五・1628~宝永三・1706)は茶人。伊勢外宮御師の家に生まれ、千宗旦の門に入る。名光敬、通称吉太夫。別号に宗喜、直入庵など。

G-003 井戸茶碗 ¥2200000~ 付二重箱(内時代貼札桐 外識) 浮織仕覆 小堀権十郎金書挽家 17×17×5 ヒビ 小堀宗慶外箱識 挽家金書:小堀権十郎(寛永元・1625~元録七・1694)は、名を政尹、篷雪と号す。流祖宗甫の二男で、二代宗慶の弟。茶法を父に受けて同流の奥義を 極めると共に、書風も父に付随し、画もまた得意とした。

外箱識:小堀宗慶(大正十二・1923~平成二十三・2011)は遠州茶道宗家十二世。十一世宗明の長男。東京美術学校在学中、満州に従軍。終戦後シベリ アで四年間の抑留生活を送る。昭和二十五年遠州公嫡子大膳宗慶公の号を襲名、三十七年十二世を継承。「国民皆茶」をモットーに茶道界発展に貢献。都 知事表彰、勲四等旭日小綬賞。

230 G
231 G

G-005 如心斎 手捏赤茶碗 ¥1,500,000~ 付二重箱(内時代共識桐 外識) 不審庵覚書 125×11×8  銘「崑崙」 啄斎内箱書 惺斎外箱書 如心斎宗左(宝永二・1705~寛延四・1751)は不審菴の七代。六代覚々斎(久田宗全)の長男、別号を丁々軒、天然、椿斎、松風楼。大徳寺大龍宗丈に参 禅。紀州徳川家の茶頭。幼くして茶道に通じる傍ら、画や俳句にも秀で多くの作品をのこした。

232 G

G-006 一入 黒茶碗

¥1,000,000~ 付識箱(桐) 12×12×85 ヒビ補修 惺入箱底識 一入(寛永十七・1640~元禄九・1696)は樂家四代。朱釉黒樂茶碗を創始した。幼名左兵衛、明暦二年(1656)、四代吉左衛門を襲名。元禄四年(1691) 養子宗入に家督を譲る。

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G-008 志野茶碗 ¥1,000,000~ 付時代黒塗識箱(杉) 白縮緬仕覆 135×13×9 ソゲ ヒビ 銘「はつ霜」

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G-009 川喜田半泥子 萩茶碗 ¥750,000~ 付共箱(桐) 115×115×9 磁貫 銘「千年寿」

川喜田半泥子(明治十一・1878~昭和三十八・1963)は陶芸家、実業家。三重県の素封家の十六代、伊勢木綿問屋のほか電力、銀行などの実業に関係し たが、はやくから趣味生活に入る。自宅に楽窯を築いた後、大登窯を築窯。晩年には広永の山中に移窯し弟子を養成。

235 G

G-011 仁阿弥道八 誰が袖絵茶碗

¥800,000~ 付二重長方箱(内共桐 九代道八・鵬雲斎書付追箱) 135×13×85 磁貫

道八は京都清水焼の陶工、高橋氏代々の通名。伊勢亀山藩士出身で初代(元文五・1740~文化元・1804)の時、京へ出て粟田口で開窯。松風亭、空仲、周 平と号し、動物・人物置物、香合・酒器を製作した。二代仁阿弥道八(天明三・1783~安政二・1855)は光時、法螺山人、松風亭、華中亭とも称し、京焼中 興の名工といわれ、歴代で最も有名。青木木米、永樂保全と共に頴川門下の逸材、幕末の三名工として知られ、当時の文人趣味、煎茶趣味に走らず、伝統 的な仁清風、乾山風な雅陶をよくした。

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G-012 仁阿弥道八 黒茶碗 ¥800,000~ 付二重箱(内時代共桐 外識) 12×12×75 ヒビ 九代道八外箱識 道八は京都清水焼の陶工、高橋氏代々の通名。伊勢亀山藩士出身で初代(元文五・1740~文化元・1804)の時、京へ出て粟田口で開窯。松風亭、空仲、周 平と号し、動物・人物置物、香合・酒器を製作した。二代仁阿弥道八(天明三・1783~安政二・1855)は光時、法螺山人、松風亭、華中亭とも称し、京焼中 興の名工といわれ、歴代で最も有名。青木木米、永樂保全と共に頴川門下の逸材、幕末の三名工として知られ、当時の文人趣味、煎茶趣味に走らず、伝統 的な仁清風、乾山風な雅陶をよくした。

237 G

G-014 一入 黒茶碗

¥800,000~ 付二重箱(内時代貼札識桐 外識) 11×11×8 ヒビ 銘「宝槌」

如心斎内箱書 即中斎外箱書

一入(寛永十七・1640~元禄九・1696)は樂家四代。朱釉黒樂茶碗を創始した。幼名左兵衛、明暦二年(1656)、 四代吉左衛門を襲名。元禄四年(1691)養子宗入に家督を譲る。

G-015 了入 富士絵黒茶碗

¥800,000~ 付二重箱(内共桐 外識) 125×12×8 磁貫

了入(宝暦六・1756~天保五・1834)は樂家九代。七代長入の二男。明和七年に家督を継いだ。文化八年に近江 に隠居。紀州御庭焼に従事するなど樂家中興と称えられる。

238 G
樂直入外箱識

銘「青苔」 在判 不及斎内箱書 二代住山楊甫外箱識 覚々斎宗左(延宝六・1678~享保十五・1730)は表千家六代。号は原叟、流芳軒。久田宗全の子で、五代随流斎の養子となって六代を継承。紀州徳川家、 頼方に仕えた。

外箱:二代住山楊甫(天明二・1782~安政二1855)は了々斎宗左門人。号は楊甫・吸清庵・西江軒・吽々斎・云々斎。泉州堺の人中村屋三郎右衛門の子 で、はじめ宗仙と称すが、のちに初代・楊甫の養嗣子となり、茶法を了々斎に受けた。了々斎没後は幼少の吸江斎の後見人となり、紀州徳川家に随行した。

G-017 一指斎 手捏赤茶碗

¥500,000~ 付共箱(桐) 縮緬仕覆 12×12×75 磁貫 銘「福牡丹」 一指斎宗守(嘉永元・1848~明治三十一・1898)は武者小路千家十一世。表千家十代吸江斎宗左の第二子。茶法は父に学び、十代以心斎の養子となり、 宗主を継いだ。一叟とも称す。

239 G
G-016 覚々斎 手捏赤茶碗 ¥800000~ 付二重箱(内時代識桐 外識) 145×145×85

G-019 左入 赤平茶碗

¥700,000~ 付二重箱(内時代識桐、追箱 外黒塗) 14×14×55 磁貫

一啜斎箱書 追箱:樂直入箱識、不徹斎箱識 左入(貞享二・1685~元文四・1739)は樂家六代。本姓田中、名嘉顕。京都大和屋嘉兵衛の次男。宗入の養子と なり、樂家六代を継ぐ。左の一字は千家如心斎(宗左)から拝領したとされ、光悦模などを得意とし、左入釉の語 を残した。 箱書:一啜斎(宝暦十三・1763~天保九・1838)は武者小路千家八世休翁宗守。号円明、溪澗。川越兵庫頭の子、 七代堅叟宗守の養子。讃岐高松藩主松平侯の茶頭。一方庵の復興にあたり、四畳半に改め半方庵と名付けた。茶通 箱点の新手順を考案。

G-020 得入 赤茶碗

¥650,000~ 付二重箱(内時代貼札識桐) 仕覆 12×12×7 歌銘 了入箱識  淡々斎外箱書

樂得入(延享二・1745~安永三・1774)は長入の長男。宝暦十二年(1762)に八代吉左衛門を襲名。明和七年 (1770)剃髪隠居し佐兵衛と号す。作品は歴代中で最も少なく、ほとんど二十五歳までの若い時期の作品であり、 父、長入の影響が指摘される。

240 G

G-021 了入 黒茶碗

¥500000~ 付共箱(桐) 紫縮緬仕覆 125×125×75 小ヒビ補修 了入(宝暦六・1756~天保五・1834)は樂家九代。七代長入の二男。明和七年に家督を継いだ。文化八年に近 江に隠居。紀州御庭焼に従事するなど樂家中興と称えられる。

G-022 一入 兎画賛黒茶碗

¥500,000~ 付二重箱(内時代識桐) 仕覆 11×105×125 ヒビ

一入(寛永十七・1640~元禄九・1696)は樂家四代。朱釉黒樂茶碗を創始した。幼名左兵衛、明暦二年(1656)、 四代吉左衛門を襲名。元禄四年(1691)養子宗入に家督を譲る。

箱書: 啄斎宗左(延享元・1744~文化五・1808)は表千家八代。幼名は与太郎。別に件翁の号がある。

241 G
啄斎箱書

¥480000~ 付二重箱(内時代識桐・虫喰 外黒塗) 11×10×95  金補修 磁貫 堀内至慎斎箱書 銘「雪朝」 本阿弥光悦(永禄元・1558~寛永十四・1637)は芸術家。京都生まれ。号徳友斎、大虚庵ほか。本阿弥家の分家 に生まれる。寛永の三筆のひとり。角倉素庵と嵯峨本を制作。家康から鷹峰を賜り、芸術家村を作り上げた。陶 芸では「不ニ山」などが著名。蒔絵では意匠を与えるなど、指導的役割を果たしたと推測される。

G-024 本阿弥光悦 赤茶碗

G-025 益田鈍翁 手捏黒茶碗 ¥450,000~ 付識箱(桐 貼札) 印度更紗仕覆 14×135×8  紅葉庵主人箱識

益田鈍翁(嘉永元・1848~昭和十三・1938)は三井物産を創始し大実業家として活躍するかたわら、茶湯を好 み野崎幻庵や松永耳庵とともに小田原の三茶人として近代茶湯復興に力を尽くした。

242 G

G-026 了入 黒筒茶碗 ¥400,000~ 付二重箱(内共桐) 即中斎書付蓋 95×95×105 口辺補修  銘「福寿草」

了入(宝暦六・1756~天保五・1834)は樂家九代。七代長入の二男。明和七年に家督を継いだ。文化八年に近 江に隠居。紀州御庭焼に従事するなど樂家中興と称えられる。

G-027 旦入 黒茶碗 ¥400,000~ 付時代共箱(桐) 12×12×75 磁貫

旦入(寛政七・1795~嘉永七・1854)は樂家十代。了入の次男、文化八年に十代吉左衛門を襲名。弘化二年に 剃髪隠居して号を旦入とした。

243 G

G-029 萩茶碗 ¥400000~ 付二重箱(内時代桐) 15×15×9 磁貫 銘「武蔵野」 川上閑雪外箱書 外箱書:川上閑雪(昭和五・1930~)は茶道家。江戸千家十代家元。別号に不白、不式庵、蓮華庵。八代川上不白 (一元斎)の次男。昭和四十年十代を継ぐ。東京出身。

G-030 萩茶碗 ¥250,000~ 付識箱(桐) 紫縮緬仕覆  135×135×85 磁貫 即中斎箱書 銘「山色」か 箱書:即中斎宗左(明治三十四・1901~昭和五十四・1979)は表千家 十三代。十二代惺斎の次男。昭和十二年襲名。幼名は覚二郎、号に無尽・ 清友軒。

¥150,000~ 付識箱(桐) 仕覆(大破) 12×12×9 大綱宗彦箱識 銘「和歌浦」 割高台 箱識:大綱宗彦(安永元・1772~安政七年・1860)は大徳寺第四百三 十五世。同寺塔頭黄梅院第十四世。昨夢、空華室と号したのち、向春庵と 称し、和歌や茶の湯をよくし書画に優れた。

G-031 御本立鶴茶碗

244 G

G-032 御本刷毛目茶碗 ¥250,000~ 付黒塗箱(桐) 15×14×8

G-033 御本刷毛目茶碗 ¥250,000~  付時代識箱(杉 蓋桟一欠) 15×145×8 釉剥離 切高台

G-034 高麗堅手茶碗 ¥220,000~

付二重箱(内時代溜塗貼札識桐) 萌黄縮緬仕覆 135×135×8  磁貫 銘「井筒」 鵬雲斎外箱書

外箱書:鵬雲斎玄室(大正十二・1923~)は裏千家十五世。先代淡々 斎の長男。鵬雲斎玄秀宗興居士、また妙心寺管長梶原逸外老師より虚心 の斎号を受けた。紫綬褒章、文化勲章ほか受章多数。

G-035 徳化窯白茶碗 ¥200,000~ 付二重箱(内識桐) 14×14×8 「文化十四年(1817)拝領」凝翠軒箱識

書付にみる凝翠軒とは福山藩家老の内藤角右衛門景充のこと。

245 G

G-037 尾形乾山 椿画賛茶碗 ¥350,000~

付時代識箱(桐 貼札) 仕覆 13×13×65 磁貫

G-038 尾形乾山 立鶴文黒茶碗 ¥200000~ 付識箱(桐) 105×10×85 竹窓紹智箱書 銘「老松」

尾形乾山(寛文三・1663~寛保三・1743)は江戸中期の陶工、画家。光琳の弟。軟質の雅味あふれる作風で、阿蘭陀焼の影響が窺える。二代伊八、三代呉 介といった風に代々乾山を名乗ったが、弟子師匠というより、私淑するような形が多かったようである。六代乾山たる三浦乾也は著名。

G-039 三代高橋道八 青井戸写茶碗 ¥200000~

付二重箱(内共桐 外識) 15×15×6 九代道八外箱識

三代道八(文化八・1811~明治十二・1879)は二代の長男。幼名道三、 名光英。号華中亭、道翁。嘉永三年、高松藩に招かれ讃岐窯を開窯。明治二 年、佐賀藩の招聘により有田焼技術指導。仁和寺宮より法橋に任じられ る。晩年は祖父の桃山窯に引退。青磁、雲鶴模様、三島手、刷毛目を得意と し、煎茶器を多数製作した。

G-040 永楽保全 安南写茶碗

¥150000~ 付共箱(桐) 105×105×8 磁貫 永楽保全(寛政七・1795~安政元・1854)は千家十職の一、土風炉師 永樂善五郎家の十一代。文化十四年(1817)襲名。文政十年(1927)紀州 家十代徳川治宝に招かれ偕楽園焼に携わり、「河濱支流」金印、「永樂」 の銀印を拝領した。

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G-041 了入 黒茶碗 ¥300,000~ 付共箱(桐)  紫縮緬仕覆 12×12×8 磁貫

G-042 了入 黒茶碗 ¥300,000~ 付共箱(桐) 12×13×85

了入(宝暦六・1756~天保五・1834)は樂家九代。七代長入の二男。明和七年に家督を継いだ。文化八年に近江に隠居。紀州御庭焼に従事するなど樂家 中興と称えられる。

G-043 了入 数印黒茶碗 ¥250,000~ 付識箱(桐)  紫縮緬仕覆 12×12×8 口縁補修  覚入箱識 鵬雲斎箱書 銘「相生」

G-044 了入 検校写赤茶碗 ¥250,000~ 付共箱(桐) 14×14×75 磁貫 口辺ソゲ補修

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G-046 宗入 黒茶碗 ¥200,000~ 付時代識箱(桐) 紫縮緬仕覆 115×115×8 窯ヒビ 了入箱識 宗入(寛文四・1664~享保元・1716)は京都の陶工。樂五代。尾形光琳 の従兄弟で、四代一入の弟子。初代長次郎への回帰を目指し作陶。「カセ 釉」の技法で知られる。

G-047 了入 赤茶碗 ¥200,000~ 付時代共箱(桐) 仕覆  12×12×8 口辺ヒビ共色補修 了入(宝暦六・1756~天保五・1834)は樂家九代。七代長入の二男。明 和七年に家督を継いだ。文化八年に近江に隠居。紀州御庭焼に従事する など樂家中興と称えられる。

G-048 一入 黒茶碗 ¥190,000~ 付識箱(桐 鼠害) 115×115×8 ヒビ 磁貫  啄斎箱書 銘「春色」

一入(寛永十七・1640~元禄九・1696)は樂家四代。朱釉黒樂茶碗を 創始した。幼名左兵衛、明暦二年(1656)、四代吉左衛門を襲名。元禄四 年(1691)養子宗入に家督を譲る。

G-049 旦入 黒茶碗

¥200,000~ 付識箱(桐) 11×11×7 口辺ヒビ補修 愈好斎箱書 銘「吉慶」

旦入(寛政七・1795~嘉永七・1854)は樂家十代。了入の次男、文化八 年に十代吉左衛門を襲名。弘化二年に剃髪隠居して号を旦入とした。

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G-050 紀太理平 三ツ葉葵紋黒茶碗 ¥250,000~  付二重箱(内溜塗挽家) 仕覆 125×12×75  挽家:「昭和十六年(1941)」愈好斎書付 紀太理平は理平焼窯元当主が代々受け継ぐ名跡で、初代高松藩藩主・松 平頼重が京都より陶工を招聘したことに始発する。現在は十四代目。

G-051 慶入 黒筒茶碗 ¥120,000~ 付共識箱(桐) 95×95×10 弘入箱識 慶入(文化十四・1817~明治三十五・1902)は樂家十一代の陶工。旦入 の養子。紀伊和歌山藩、西本願寺の御庭焼に従事し、大谷光尊から「雲亭」 印を受領する。丹波出身。

G-052 瀬戸黒茶碗 ¥150,000~ 付識箱(桐) 11×11×95  ヒビ 底漆補修 銘「三番叟」 淡々斎箱書

¥150,000~ 付識箱(桐) 115×105×65 磁貫

249 G
G-053 薩摩籬菊絵茶碗

¥120,000~ 付共箱(桐) 12×12×7 初代真葛香山(天保十三・1842~大正五・1916)は、横浜の陶家。始め 虫明焼に従事したが、後に横浜で窯を開く。作品の多くは海外に輸出さ れ、高い評価を得た。息子半之助が大正六年に二代目を襲名。

G-056 仁阿弥道八 赤茶碗 ¥100,000~

付二重箱(内識桐 外黒塗) 11×11×7 磁貫 八世高橋道八箱識 道八は京都清水焼の陶工、高橋氏代々の通名。

G-057 十代三輪休雪 萩茶碗 ¥100000~ 付共箱(桐) 12×12×95

十代三輪休雪(明治二十八・1895~昭和五十六・1981)は本名邦廣。1927 年に萩藩御用窯である三輪窯第十代休雪を襲名。1967年弟の節夫に十一 代休雪を譲り「休和」と名乗る。1970年重要無形文化財「萩焼」保持者に認 定。

¥100000~ 付時代識箱(桐)  カピタン縞仕覆 125×125×11 磁貫 銘「雨菊」

G-059 八代坂高麗左衛門 萩平茶碗

¥70,000  付識箱(桐) 15×15×5 磁貫

透月斎箱書 十一代高麗左衛門箱識 八代坂高麗左衛門(寛政八・1796~明治十・1877)

G-060 了入 富士抜絵黒茶碗 ¥90,000~ 付識箱(桐) 125×125×7 ヒビ 口縁、見込補修 底印 了入(宝暦六・1756~天保五・1834)は樂家九代。七代長入の二男。明 和七年に家督を継いだ。文化八年に近江に隠居。紀州御庭焼に従事する など樂家中興と称えられる。

250 G
G-055 真葛香山 祥瑞写茶碗 G-058 絵萩茶碗

G-061 初代矢口永寿 仁清写茶碗 ¥60,000~ 付共箱(桐) 13×13×8 初代矢口永寿(明治三・1870~昭和二十七・ 1952)は九谷の陶工。石川県生まれ。名岩吉、号 清々軒。山中町に永寿窯を築窯。

G-062 十七代永楽善五郎 色絵梅羊雲茶碗 ¥60,000~ 付共識箱(桐) 125×125×8 磁貫  銘「東雲」 而妙斎箱書

当代永樂善五郎(昭和十九・1944~)は平成 十年(1998)に十七代永樂善五郎を襲名。

G-063 四代真清水蔵六 茶碗

¥60,000~ 付共識箱(桐) 14×12×75 磁貫  鵬雲斎箱書 四代真清水蔵六(昭和八・1933~)は陶工。三 代蔵六に師事し、1971年襲名。

¥50,000~ 付識箱(桐) 更紗風呂敷 17×15×75 磁貫 ヒビ 銀補修 「享保時代」十一代高麗左衛門箱識

三代坂新兵衛(慶安元・1648~享保十四・ 1729)は、二代忠李の長男。宝永二年奈良東大寺 の落慶式に際し、碗を寄進したとされる。

G-065 十一代坂高麗左衛門 萩茶碗  ¥50,000~ 付共識箱(桐) 13×13×7  即中斎箱書

十一代坂高麗左衛門(明治四十五・1912~昭 和五十六・1981)は下関市出身。号韓峯。昭和三 十三年(1958)十一代高麗左衛門襲名。昭和五十 年山口県無形文化財。

G-066 十三代中里太郎右衛門 唐津三島茶碗 ¥50,000~ 付共識箱(桐) 15×15×45 尋牛斎箱書 十三代中里太郎右衛門(大正十二・1923~平 成二十一・2009)は唐津市生まれ。本名は忠夫、 号は逢庵。中里無庵(十二代)の長男。昭和四十 四年襲名。

G-067 奥田木白 色絵秋草茶碗 ¥50000~ 12×115×85 ヒビ 磁貫  切高台 底印

G-068 奥田木白 暦手茶碗 ¥50000~ 付識箱(杉) 11×11×75 磁貫

奥田木白(寛政十二・1800~明治四・1871)は江戸末期から明治初期の陶工。赤膚焼の中興の祖と して知られる。別号に木々斉、五行庵がある。

G-069 十一代紀太理平 桃形茶碗 ¥60000~ 付識箱(杉) 115×11×95 磁貫 十一代紀太理平は京の高橋道八に学び、名を 紀太理平と改め明治三十三年に理平焼として再 興した。

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G-064 三代坂新兵衛 萩俵形茶碗

G-070 二代加藤春二 円相天目茶碗  ¥50,000~ 付共識箱(桐) 13×13×7 磁貫  銘「開」 即中斎箱書 二代加藤春二(明治二十五・1892~昭和五十 四・1979)は愛知県瀬戸の陶芸家。葵窯、竹里庵 と号す。大正十五年二代春二襲名。昭和五十年古 瀬戸と織部で愛知県無形文化財指定。

G-071 加藤春仙 志野茶碗

¥50,000~ 付共箱(桐) 125×125×6  円山伝衣絵付、箱識 円山伝衣(明治四・1871~昭和十五・1940)は 臨済宗の僧。大徳寺488世。

G-072 今村静斎 彫三島写茶碗

¥50,000~ 付共箱(杉 貼札) 115×115×65  篠山焼 今村静斎(明治二十・1887~大正十一・1922) は丹波篠山の陶工。

G-073 小川長楽 蕪絵茶碗 ¥50000~ 付識箱(桐) 15×12×7  透月斎箱書

長樂家は樂十一代慶入に仕え、十二代弘入代 に別家した大治郎を初代とする。建仁寺黙雷に 「長樂号」を賜わった。

G-074 猗々斎 手捏茶碗 ¥50000~

付共箱(桐) 13×13×7 磁貫 猗々斎(明治三十七・1904~昭和五十四・1979) は藪内家十二代家元。名紹秋、紹智ほか。別号竹風。 十一代透月斎の長男として京都に生まれる。1942 年に家元を継ぎ、戦後の新しい時代に即した体制、 門人組織の設立に尽力した。

G-075 八木一夫 鉄釉茶碗

¥50000~ 付識箱(桐) 11×11×9 磁貫  八木明箱識 八木一夫(大正七・1918~昭和五十四・1979) は京都生まれの陶芸家。沼田一雄に師事。前衛陶 芸団体「走泥社」を結成。

¥60000~ 付木箱(桐 貼札) 11×11×6

¥50000~ 付黒塗箱(桐) 16×16×9 磁貫 ヒビ ソゲ  小カケ金補修

古清水菊唐草文茶碗

¥50000~ 付二重箱(内桐)  仕覆 11×11×65 ヒビ 磁貫

¥50000~ 付木箱(桐) 12×115×10

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G-076 南京赤絵手茶碗 G-077 朝鮮茶碗 G-078 G-079 相馬茶碗

G-080 御本耳付山水画彫水指 ¥1,000,000~ 付時代段箱(杉 貼札) 黒塗蓋  宗哲浪蒔絵黒塗蓋(付桐識箱・宗哲覚書) 29×18×135 惺斎箱書

箱書:惺斎宗左(慶応元・1865~昭和十二・1937)は表千家十二代。十一代碌々斎の長男。幼名は与太郎、名は宗員のち宗左。号は惺斎、敬翁。明治三十 九年に失火焼失した不審菴を大正二年再興、十年松風楼を増築。好みの茶道具は歴代中最多。十職以外の工芸家や各地方の国焼の育成にも尽力する。

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G-083 南京染付芋頭水指 ¥500,000

付二重箱(内溜塗識桐) 共蓋 朱溜塗蓋 16×16×22 器腹に山水を染付け上辺に二重条線を廻らし、「福寿康寧  忠孝廉節」の八字を記す。健康長寿の祈念と儒教的道徳思 想を説くものだが、本来の表記は「廉潔」であり、二字間の類 似性に因る混同の可能性を指摘させる。

G-082 仁阿弥道八 山水絵水指 ¥500000~ 付共箱(桐) 黒塗蓋  26×26×13 磁貫 岡本豊彦二見ヶ浦絵付

道八は京都清水焼の陶工、高橋氏代々の通名。伊勢亀山藩士出身で初代(元文五・1740~文 化元・1804)の時、京へ出て粟田口で開窯。松風亭、空仲、周平と号し、動物・人物置物、香 合・酒器を製作した。二代仁阿弥道八(天明三・1783~安政二・1855)は光時、法螺山人、松 風亭、華中亭とも称し、京焼中興の名工といわれ、歴代で最も有名。青木木米、永樂保全と共 に頴川門下の逸材、幕末の三名工として知られ、当時の文人趣味、煎茶趣味に走らず、伝統的 な仁清風、乾山風な雅陶をよくした。

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G-084 漳州窯呉須馬文壺改水指 ¥250000~  付時代溜塗箱(桐 補材) 黒塗蓋(漆剥離) 18×18×14  磁貫 窯キレ

G-086 備前緋襷水指

¥200,000 付時代箱(桐 虫喰) 黒塗蓋 ハンネラ替蓋 15×15×15  口辺補修 ヒビ

G-085 古染付平水指 ¥200000~ 付時代識箱(桐 貼札) 黒塗蓋 21×21×85 虫喰 窯キレ 巾盥形

G-087 信楽矢筈口水指

¥180000~ 付時代識箱(桐) 共蓋 茶塗蓋 175×16×145 縁補修

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G-089 備前矢筈口福耳水指

¥3,500,000~ 付時代箱(桐 貼札) 黒塗蓋 所載本 桂又三郎折紙  25×195×21 「滴翠美術館」蓋裏貼札識 『古備前名品圖譜』(河出書房新社・昭和36)所載 滴翠美術館は四代目山口吉郎兵衛(明治十六・1883~昭和二十六・1951)の旧宅で、氏の蒐集品を展示する。建築は 安井武雄の設計。

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G-091 野々村仁清 白釉手付水指 ¥250,000~

付時代識箱(桐 蓋端虫喰) 黒塗割蓋 16×16×26

G-092 野々村仁清 瓢形水指 ¥160,000~

付時代識箱(桐) 時代黒塗蓋 14×14×17

野々村仁清(慶長元・1596~万治三・1660)は陶工。丹波国桑田郡野々村出身。通称清兵衛・清右衛門。色絵陶器の創始者。作風は清純優雅で蒔絵風の ものがある。京焼の巨匠である仁清だが、わずかに画作もある。

G-093 野々村仁清 菊色絵管耳水指 ¥150000~

付時代箱(杉) 共蓋 21×15×23 磁貫 底印

G-094 永楽保全 黄釉水指 ¥150000~ 付時代共箱(杉)  黒塗蓋 21×21×11

永楽保全(寛政七・1795~安政元・1854)は千家十職の一、土風炉師 永樂善五郎家の十一代。文化十四年(1817)襲名。文政十年(1927)紀州 家十代徳川治宝に招かれ偕楽園焼に携わり、「河濱支流」金印、「永樂」 の銀印を拝領した。

258 G

G-095 旦入 赤水指 ¥250,000~ 付二重箱(内時代共杉)  共蓋 黒塗蓋 165×165×15 内銀 樂直入箱識 旦入(寛政七・1795~嘉永七・1854)は樂家十代。了入の次男、文化八 年に十代吉左衛門を襲名。弘化二年に剃髪隠居して号を旦入とした。

G-096 川上不白 赤水指 ¥190,000~ 付時代共箱(桐) 共 蓋(小ソゲ) 18×18×17 底ヒビ 磁貫 川上不白(享保元・1716~文化四・1807)は茶人不白流の開祖。紀伊 生。如心斎宗左に入門。大徳寺大龍和尚に参禅。初号宗雪、別号に蓮華庵、 黙雷庵、円頓斎、不羨斎、弧峰ほか。水野侯の茶頭。江戸千家を称した。

G-097 三浦竹軒 金襴手八角大鉢改水指 ¥200000~  付二重箱(内共桐) 黒塗割蓋(蓋裏波蒔絵) 28×28×15 三浦竹軒(明治三十三・1900~平成二・1990)は初代三浦竹泉の三男。 三代竹泉を継ぐ。昭和九年竹軒と改号。政府認定技術保存資格者。主に 金襴手が得意で、茶道具、花器等を作る。

G-098 安部安人 備前飾耳水指 ¥150000~ 付共箱(桐)  共蓋 26×20×21

安部安人(昭和十三・1938~)は初め宮本三郎に洋画を学んだ後、昭 和四十七年(1972)に愛媛県東予市に地下穴窯を築いた。また岡山県牛 窓にも新窯を開設。

259 G

付識箱(桐 貼札) 黒塗蓋 19×19×15  底銘「扶桑宝永乙酉雍州乾山陶隠造之:尚古印 陶隠印」

尾形乾山(寛文三・1663~寛保三・1743)は江戸中期の陶工、画家。光 琳の弟。軟質の雅味あふれる作風で、阿蘭陀焼の影響が窺える。二代伊 八、三代呉介といった風に代々乾山を名乗ったが、弟子師匠というより、 私淑するような形が多かったようである。六代乾山たる三浦乾也は著名。

¥90,000~ 付溜塗箱(桐 貼札)  新作黒塗蓋 21×18×17 ヒビ ソゲ

¥50000~ 付合箱(杉) 黒塗蓋 21×21×12 磁貫 ヒビ 高台小ソゲ

G-101 八田円斎 藤牡丹文管耳水指

¥90,000  付共箱(桐) 黒塗蓋 18×17×21 仁清写 八田円斎(生年未詳~昭和十一・1936)本名、富三郎。陶芸家、古美術 商。戸越銀座の藤井長作の窯を受け継ぎ、八田窯を開く。裏千家円能斎 から円の字を賜り円斎と号す。井上馨、益田鈍翁らと交流。

¥90,000~ 付時代箱(桐 補材)  時代黒塗割蓋(スレ) 唐織仕覆 29×18×13 口縁小窯キレ

付時代識箱(杉) 溜塗割蓋 17×155×15  底印 「慶応元年(1865)」箱識

260 G
G-100 尾形乾山 雪中高士舟遊水指 ¥100,000 G-102 遠州伊賀飾耳水指 G-103 瀬戸糸目耳付水指 G-104 御深井八ツ藤紋水指 G-106 備前飾耳水指 ¥50000~  付木箱(桐) 共蓋 18×17×14 G-105 古曽部釣瓶形水指 ¥50000~

G-107 瀬戸双耳茶入 ¥180000~ 付時代識箱(桐 貼札) 古製仕覆(大破) 唐木蓋 9×95×65

G-108 薩摩肩衝茶入 ¥100000~ 付識箱(桐)  唐錦仕覆(虫喰) 牙蓋 6×6×105 淡々斎箱書

G-109 阿波焼茶入 ¥150,000~ 付二重箱(内時代識桐) 仕覆三 牙蓋  7×7×8 口辺小ソゲ補修 銘「鳴戸」 鵬雲斎箱書

G-110 十四代亀井味楽 高取双耳茶入 ¥50,000~ 付共識箱(桐) 格子裂仕覆 牙蓋 55×55×9 即中斎箱書 十四代亀井味楽(昭和六・1931~平成二十六・2014) は、十三代の孫にあたる。福岡生。日本工芸会正会員。 文化連盟理事。福岡市無形文化財保持者。

261 G

G-112 十一代中村宗哲 独楽棗 ¥230000~

付共識箱(桐) 85×85×65 即中斎箱書、在判 内溜塗 十一代宗哲(明治三十二・1899~平成五・1993)は名忠蔵。号元斎、叩 城、九土。九代宗哲の次男。戦中戦後の多難な時期に多数の名作を製作。 京都府文化功労者。

G-113 駒沢春斎 玉蒔絵棗 ¥180000~ 付共識箱(桐) 即中斎書付蓋 65×65×65 内黒 吸江斎好 即中斎在判 駒沢春斎(明和七・1770~安政二・1855)は指物師の七代駒沢利斎。 漆工としてもすぐれ「春斎」の号で了々斎や不識斎好みを制作した。駒沢 家の中興とされる。

G-114 西村松逸 夕顔蒔絵平棗 ¥150000~

付二重箱(内共識桐 外溜塗) 8×8×65 鵬雲斎箱書、在判  内梨子地 西村松逸は蒔絵師。初代(1895~1891)は近田市太郎、津田鉦一郎に師事。 加賀蒔絵の名工として茶道具などを手掛けた。当代は三代目。

G-115 初瀬川柳庵 松葉蒔絵中棗 ¥120000~  付識箱(桐) 仕覆 7×7×7 即中斎箱書、在判 内青漆塗 初瀬川柳庵は京都の漆芸家。寛政三(1791)年創業。本願寺の用度品を 制作、明治から箪笥なども製造。先代より即中斎の好み物を制作。当代 (昭和二十三・1948~)は本名を博紀。

262 G

G-116 湯浅華暁

秋草蒔絵大棗 ¥100,000~ 付二重箱(内共識桐 外溜塗)  仕覆 75×75×7 鵬雲斎箱書 内金溜

蓋裏月蒔絵

湯浅華暁(明治八・1875~昭和二十七・1952)。本名守一。父は蒔絵師 の湯浅守隆。森川曽文に絵画を学ぶ。

G-117 山下甫斎 千鳥蒔絵大棗

¥100,000~ 付二重箱(内共識桐 外溜塗) 75×75×7 鵬雲斎箱書、在判 内梨子地 山下甫斎(昭和十九・1944~)は石川県生まれの 塗師。父である山下清峰に師事。独学で下地や蒔絵 の技術を習得した。

G-118 中山幸比古  青貝宝舟蒔絵大棗

¥100,000~ 付二重箱(内共識桐) 75×75×8

而妙斎箱書、在判 内梨子地

G-119 三池宗逸 夕顔蒔絵平棗

¥100,000~ 付共識箱(桐) 85×85×55  即中斎箱書、在判 内黒

G-120 一后一兆 菊桐蒔絵棗 ¥100000~ 付合箱(桐) 85×85×6  針銘 内銀 一后一兆(明治三十一・1898~平成三・1991)は 輪島塗の名工。

G-121 梨子地菊蒔絵平棗 ¥120000~

付木箱(桐 補黒柿) 8×8×5 内梨子地

263 G

G-123

菊桐蒔絵大雪吹 ¥100000~

付時代識箱(桐) 8×8×8  極小ソゲ 内黒  直斎箱書、在判

G-124 秋草蒔絵棗 ¥100,000~

付時代箱(桐) 75×75×75 ヒビ時代補修  内黒

G-125 伝古宗哲 小棗 ¥80000~

付時代識箱(桐) 古緞子仕覆 6×6×6  底ヒビ 直斎箱書、在判

G-126 御所車紅葉神官蒔絵棗

¥65,000~ 付木箱(桐 虫喰) 仕覆 6×6×6  内黒

G-127 久佐 宝尽蒔絵大棗

¥65,000~ 付二重箱(内共識桐 外溜塗) 7×7×7 鵬雲斎箱書、在判 内梨子地

¥60,000~ 付共識箱(桐) 85×85×6 而妙斎箱書、在判

G-129 高崎秋峰 松汀葛屋蒔絵棗 ¥50,000~  付共箱(桐) 7×7×7 内金溜

G-130 春高

竹胎忍草蒔絵茶器 ¥50,000~ 付共箱(桐) 65×65×75 内黒

G-131 一閑張杉木地茶器  ¥50000~ 付識箱(桐) 65×65×68 内同  宗徧流九代山田宗白箱書、在判

264 G
G-128 福島一恵 梨子地扇蒔絵平棗
内同

G-132 利休 竹茶杓 ¥500,000~ 付識箱(桐) 縮緬仕覆  追筒 総長18 二所オレ補修 櫂先補漆 銀補修 「文禄四壬辰(1596)夏」筒識 碌々斎箱書 利斎作箱

G-133 元伯宗旦 竹茶杓 ¥500,000~ 付識箱(桐)  文叔追筒(鎹補修) 総長19 一翁下削 愈好斎箱書

265 G

G-135 甫竹 竹茶杓 ¥500,000~ 付木箱(桐 貼札) 共筒  更紗仕覆 総長19 甫竹は江戸時代前期の茶杓師。大阪の人で千利休に茶杓削りを学ぶ。 徳川秀忠に茶杓を献上し、以後四代にわたり甫竹を名乗った。

G-136 一翁 竹茶杓 ¥500,000~ 付二重箱(内識桐  外黒塗) 共筒 総長175 銘「西湖」 有隣斎箱書 一翁宗守(慶長十・1605~延宝四・1676)は武者小路千家四代家元。 箱書:徳翁宗守有隣斎(大正二・1913~平成十一・1999)は武者小路 千家十三世。昭和十六年女婿として官休庵に入る。

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G-137 直斎 竹茶杓 ¥400,000~

付共箱(桐) 共筒 総長19 銘「丹頂」 直斎(享保十・1725~天明二・1782)は武者小 路(官休庵)七世で堅叟宗守。官休庵における新 しい茶の湯制度(家元制度)を確立。また、如心 斎らと「千家七事式」を制定した。

G-138 片桐石州 竹茶杓 ¥400,000~

付時代識箱(桐) 共筒 元住庵常可追筒 総長18 片桐石州(元和元・1605~寛文十二・1672)は大和 小泉藩二代藩主。片桐且元の甥。幼名長三郎、長じて貞 俊のち貞昌とす。小堀遠州の跡を継ぎ、将軍家茶道師 範となり武家流茶道を完成させた。石州流茶道の祖。

G-139 本阿弥空中 竹茶杓 ¥300000~ 付時代識箱(桐) 直斎追筒  総長175 針書銘 本阿弥光甫(慶長六・1601~天和二・ 1682)は光悦の養子光瑳の長子。空中斎と 号し、家業の刀剣鑑定のほか作陶に長じ、 空中信楽とも称される茶陶を制作。

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G-141 元伯宗旦 竹茶杓 ¥300,000~  付二重箱(内時代識桐) 共筒(ヒビ) 仕覆  総長18 銘「志賀」 覚々斎箱書 元伯宗旦(天正六・1578~万治元・1658)は千 家第三世。千利休の孫で少庵(二世)の子。号を 咄々斎、咄斎とし、茶禅同一味(禅と茶は一つ) を説き侘茶に徹した茶人。

G-142  啄斎 竹茶杓 ¥200,000~  付時代共箱(桐) 共筒 総長185 銘「若葉」  伝紀州家伝来

G-143  啄斎 竹茶杓 ¥150,000~  付二重箱(内時代識桐) 共筒 総長185  銘「氷柱」 一啜斎箱書

啄斎宗左(延享元・1744~文化五・1808)は表千家八代。幼名は与太郎。別に件翁の号がある。川 上不白らの援助を受け、叔父一燈宗室の指導を仰ぎ茶湯に励んだ。十四歳で宗左を名乗り八世家元を 継承。利休二百回忌の茶会、宗旦百五十回忌などを催す。

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G-144 一啜斎 二本入竹茶杓

¥150,000~ 付共箱(桐) 共筒 総長18ほか  銘「尉姥」

一啜斎(宝暦十三・1763~天保九・1838)は武 者小路千家八世休翁宗守。号円明、溪澗。川越兵 庫頭の子、七代堅叟宗守の養子。讃岐高松藩主松 平侯の茶頭。一方庵の復興にあたり、四畳半に改 め半方庵と名付けた。茶通箱点の新手順を考案。

G-145 惺斎 竹茶杓 ¥150,000~

付共箱(桐) 共筒 総長185 銘「初音」

¥150,000~  付共箱(桐) 共筒 総長185 銘「若松」

惺斎宗左(慶応元・1865~昭和十二・1937)は表千家十二代。十一代碌々斎の長男。幼名は与太郎、 名は宗員のち宗左。号は惺斎、敬翁。明治三十九年に失火焼失した不審菴を大正二年再興、十年松風 楼を増築。好みの茶道具は歴代中最多。十職以外の工芸家や各地方の国焼の育成にも尽力する。

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G-146 惺斎 竹茶杓

G-148 元伯宗旦 竹茶杓

¥150,000~ 付時代識箱(桐) 共識筒  総長17 櫂先極小カケ 銘「大黒」

神屋宗湛、独庵宗譲追書

元伯宗旦(天正六・1578~万治元・ 1658)は千家第三世。号を咄々斎、咄斎 とし、茶禅同一味(禅と茶は一つ)を説 き侘茶に徹した茶人。

G-149 惺斎 松竹梅茶杓

¥100,000~ 付共箱(桐) 共筒  総長185ほか 三本入 惺斎宗左(慶応元・1865~昭和十二・ 1937)は表千家十二代。号は惺斎、敬翁。

G-150 川上不白 竹茶杓

¥100,000~ 付時代識箱(桐) 共筒  総長18 撓金補修 銘「すね者」 川上不白(享保元・1716~文化四・ 1807)は茶人、不白流の開祖。初号宗雪、 別号に蓮華庵、黙雷庵、円頓斎、不羨斎、 弧峰ほか。

G-151 碌々斎 竹茶杓

¥60,000~ 付共箱(桐) 共筒  総長185 銘「小長刀」 碌々斎(天保八・1837~明治十 三・1910)は表千家十一代。号瑞翁、 碧雲軒など。

G-152 惺斎 竹茶杓

¥70,000~ 付二重箱(内共桐)  共筒 総長183 銘「榊」

G-153 愈好斎 竹茶杓 ¥50,000~ 付共箱(桐) 共筒  総長19 銘「草薙」

愈好斎宗守(明治二十二・1889~ 昭和二十八・1953)は武者小路千家 十二世、聴松宗守。

G-154 沢庵宗彭 竹茶杓  ¥70,000~ 付時代識箱(桐)  万仭宗岱追筒 総長18  大口樵翁箱識 沢庵宗彭(天正一・1573~正保 二・1646)は臨済宗の僧。

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G-155 惺斎 巻水蒔絵竹置筒花入 ¥250,000~  付二重箱(内共識桐・シミ) 115×115×35 銘「鶯」 黒田正玄下削 惺斎宗左(慶応元・1865~昭和十二・1937)は表千家十二代。十一代 碌々斎の長男。幼名は与太郎、名は宗員のち宗左。号は惺斎、敬翁。明治 三十九年に失火焼失した不審菴を大正二年再興、十年松風楼を増築。好

みの茶道具は歴代中最多。十職以外の工芸家や各地方の国焼の育成にも 尽力する。

竹窓紹智(慶応元・1865~昭和十七・1942)は藪内家十一代。宝林斎の 長男。透月斎竹窓と号す。岡山曹源寺の枕流軒老師に参じた。山本亡羊に 漢籍と書を学び、画は森寛斎に師事した。

G-157 江岑 竹一重切花入 ¥90000~ 付識箱(桐) 9×10×29 ワレ時代補修 銘「まだら」 不見斎箱書 江岑宗左は(慶長十八・1612~寛文十二・ 1672)は表千家四代。幼名十三郎。宗受、宗佐、 宗左と名を代える。堪笑軒、逢源斎と号す。紀州 徳川家に茶頭として出仕した。

G-158 永楽正全 青交趾寿字文花瓶  ¥85000~ 付共箱(桐 底穴) 20×165×30

永樂正全(明治十二・1879~昭和七・1932)は 永樂善五郎十五代。京都生。本名山本治三郎。妙 全の甥。伊賀・信楽の写しを得意とした。

G-159 陽炎園 鉄釉花入 ¥50000~  付共識箱(桐) 7×7×23 即中斎箱書

271 G
G-156 備前耳付花入 ¥200,000~ 付時代識箱(桐) 15×11×26 銘「木枯」 藪内透月斎箱書

G-161 宗入 独楽写香合 ¥180000~ 付識箱(桐) 75×75×45 在印 一啜斎箱書 宗入(寛文四・1664~享保元・1716)は京都の陶工。樂五代。尾形光琳 の従兄弟で、四代一入の弟子。初代長次郎への回帰を目指し作陶。「カセ 釉」の技法で知られる。

G-162 益田鈍翁 日の丸香合 ¥150000~ 付共箱(桐) 10×10×25 内黒

益田鈍翁(嘉永元・1848~昭和十三・1938)は三井物産を創始し大実 業家として活躍するかたわら、茶湯を好み野崎幻庵や松永耳庵とともに 小田原の三茶人として近代茶湯復興に力を尽くした。

G-163 十一代中村宗哲 「誠」香合 ¥100,000~

付共識箱(桐) 55×7×15 内銀溜 惺斎箱書 「天満宮神前ノ扉」箱識

十一代宗哲(明治三十二・1899~平成五・1993)は名忠蔵。号元 斎、叩城、九土。九代宗哲の次男。戦中戦後の多難な時期に多数の 名作を製作。京都府文化功労者。

G-164 平安清鳳 松葉形溜塗香合 ¥50000~ 付共識箱(桐) 12×45×2

即中斎箱書、在判 「桂離宮引手形」箱識  内箔押

G-165 飛来一閑 梅絵香合 ¥50000~ 付共識箱(桐) 8×8×25

明治十三年(1880)春碌々斎箱書、在判 一閑張の飛来一閑は千家十職の一。初代は中 国明代の人で寛永年間に来日帰化して京都に住 した。千宗旦が作品を賞したことから知られる ようになった。現在は十六代。

G-166 一入 黒丸香合 ¥50000~  付時代識箱(桐) 仕覆 65×65×3 了入箱識 一入(寛永十七・1640~元禄九・1696)は樂家 四代。朱釉黒樂茶碗を創始した。幼名左兵衛、明 暦二年(1656)、四代吉左衛門を襲名。元禄四年 (1691)養子宗入に家督を譲る。

272 G

G-167 手取釜 ¥1,200,000~ 付識箱(桐)共蓋 21×18×30 獣足、鐶付、口後補 「室町最末期から天正年間初頭頃の天命製」二代長野垤志箱識

273 G

G-169 大西浄久

撫肩釜 ¥500000~

付識箱(桐) 銅蓋

28×28×18 「寛文年時代」

当代清右衛門箱識

草花地文(春蘭、蒲公英)

大西浄久(生年未詳~貞 享三・1686)は京都の釜師。

大西家二代浄清の弟。名は 記壽。浄久は号。名手とい われた。

G-170 竹影堂栄真

兜形銀釜 ¥500000~

付共箱(桐) 共蓋

24×24×21 2530g

竹影堂栄真は、寛政時代 から錺金具を制作。当代は 六代。

274 G

大西浄長折紙 銅蓋 27×27×16 松地文

G-172 奥平了保 刷毛目姥口釜 ¥150,000~  付時代共識箱(杉) 銅蓋 27×23×13 了々斎箱書 奥平了保(生年未詳~嘉永五・1852)は奥平家初代。釜師大西家九代 浄元の次男、大西家十代浄雪(安永五・1776~嘉永五・1852)の弟。通称 を佐兵衛。三条釜座に分家。刷毛目の釜を多く作った。

G-173 花筏蒔絵炉縁 ¥250,000~  付時代箱(杉) 425×425×65

G-174 一后一兆 桐蒔絵炉縁 ¥150,000~ 付共識箱(桐) 42×42×65  鵬雲斎箱書、在判 一后一兆(明治三十七・1904~平成三・1997) は蒔絵師。輪島塗作家。

G-175 変七宝繋蒔絵炉縁 ¥50,000~ 付木箱(杉)

42×42×65 小キレ2 小剥離

G-176 炉縁 三 ¥50,000~ 付共箱(桐2 モミ1) 42×42×7ほか 輪島隅アタリ 漆山輪島塗 孝雄遠山 宗慶唐松蒔絵

275 G
G-171 古天明広口王寺地文釜 ¥350,000~ 付時代箱(杉)

G-178 二代大西五郎左衛門 巻貝耳布団釜 ¥140000~

付二重箱(内時代共桐) 鉄蓋 銅蓋 28×28×20 大西五郎左衛門は釜師江戸大西家代々の通名。明暦二年(1656)以来、 初代大西定林から三代目まで幕府御用釜師を務めた。

G-179 辻与次郎 大丸釜 ¥100000~ 付識箱(杉) 銅蓋  30×27×24 「天正時代」大西浄長箱識 辻与次郎は近江国高野庄辻村の出身で、西村道仁の弟子といわれ、桃 山時代に京三条釜座に住み、天下一を号した。弟子の弥四郎、藤左衛門 とともに利休好みの阿弥陀堂釜、雲竜釜、四方釜を作ったとされる。

G-180 大西浄長 丸釜

¥100,000~ 付共箱(杉) 銅蓋

26×25×19 延清軒(碌々斎花押)地文 大西浄長(慶応元・1865~昭和十八・1943)は十三代大西清右衛門。 浄典の長男。幼名清三郎、諱孝信。十一代浄寿、玉村徳兵衛に師事。惺斎 宗左より浄長の号を受ける。 山元春挙や橋本関雪の下絵を釜に鋳込み 新しい京釜の展開を試みた。

付時代識箱(杉) 42×365×20 「寛永年時代」大西浄雪箱識 名越三昌(生年未詳~寛永十五・1638)は京都の釜師。後代同号と区別 して「古浄味」と称される。方広寺大佛殿の大鐘鋳造にも参加。

276 G
G-181 古浄味 唐銅真ノ風炉 ¥100,000~ G-182 象牙柄鉄火箸 ¥50,000~ 付識箱(桐) 総長24 G-183 桑柄鉄六角火箸 ¥50,000~ 付黒塗箱(桐) 総長28

G-187 中川浄益 筋煙管 一双 ¥50000~ 付共箱(桐) 総長35 吸江斎好

中川浄益は千家十職の金物師。代々武具を鋳造する家であったが、初 代紹益(永禄二・1559~元和八・1622)が京都に出て利休の茶道具を作 り始めた。以後は浄益を名乗り皆具、水指、建水、水次薬鑵などを製作。

G-188 十一代中川浄益 南鐐銀杏文煙管 一双  ¥50,000~ 付共箱(桐) 総長305 純銀刻印 十一代浄益(大正九・1920~平成二十・2008)は、十代の長男として 生まれ、京都市立第二工業高校金属工芸科卒業。父死去の後、昭和十五 年に十一代清右衛門を襲名。紹真。

永樂正全(明治十二・1879~昭和七・1932)は 永樂善五郎十五代。京都生。本名山本治三郎。妙 全の甥。伊賀・信楽の写しを得意とした。

277 G
G-185 車軸釜 ¥50,000~  付時代箱(杉 貼札) 銅蓋 15×15×17 G-184 治郎兵衛 唐銅朝鮮風炉 真形釜 ¥80000~ 付共識箱(杉) 銅蓋  風炉30×30×20ほか 淡々斎箱書 G-186 丹波四耳茶壺 ¥50,000~  付識箱(杉) 仕覆 20×20×25 G-189 飛来一閑 捻梅形菓子盆 ¥50,000~ 付共箱(杉) 25×25×2 G-192 塚本木葉 自在棚 ¥50,000~ 付共識箱(杉) 87×37×22 一啜斎好 有隣斎箱書 G-191 古染付唐人絵六角皿 ¥50,000~ 付時代合箱(桐) 21×17×3  磁貫 虫喰 G-193 南京染付氷裂文小皿
十七 ¥50000~  付時代識箱(杉) 9×9×2 虫喰
G-190 永楽正全 染付蓮絵鉢 ¥50,000~ 付共箱(桐) 19×19×8

G-195 慶入 青釉網絵隅入三段重 ¥230,000~ 付二重箱

(内溜塗段桐 外共杉) 20×20×22 磁貫 慶入(文化十四・1817~明治三十五・1902)は樂家十一代。十代旦入 (1795~1854)の婿養子。丹波国(現在京都府亀岡市)の酒造家小川直八 の子。弘化二(1845)に十一代樂吉左衛門を襲名。明治四(1871)に剃髪 隠居して慶入と号した。

G-196 旦入 三彩瓜文大皿 ¥170,000~ 付識箱(桐)

38×38×6 「長次郎二彩瓜文盤写 旦入造 拝領印」樂直入箱識 旦入(寛政七・1795~嘉永七・1854)は樂家十代。了入の次男、文化八 年に十代吉左衛門を襲名。弘化二年に剃髪隠居して号を旦入とした。

G-197 呉須赤絵甲鉢 ¥200,000~ 付木箱(桐 貼札) 215×215×5 口辺共色補修 窯キレ

G-198 朝鮮堅手鉢 ¥150,000~ 付時代識箱(桐 貼札) 19×19×9 磁貫 大破金補修

278 G

G-199 古染付蓋置 ¥120000~ 付時代識箱(桐) 65×6×45  虫喰 ソゲ

G-200 古染付向付 五 ¥100000~ 付時代識段箱(桐) 16×10×3 虫喰 ソゲ 同形二種

G-201 宗入印猪口 十 ¥100,000~  付木箱(桐) 6×6×7

G-202 蒟醤姫茶箱 ¥100,000~  付時代箱(杉) 11×85×9 ヒビ 剥離 内朱

G-203 四代真葛香斎 蓮池鷺文蓋置  ¥50,000~ 付共識箱(桐) 55×55×5  即中斎箱書

279 G

¥500000~ 付二重箱(内時代識桐 桟一欠) 不明極札 紙本 牙軸端 37×16 表具49×100 ヤケ シミ オレ  表具ヤケ、シミ、オレ 千利休(大永二・1522~天正十九・1591)は茶人、侘び茶の完成者。和泉堺の魚問屋に生れる。幼名与四郎、法名宗易、別号抛筌斎。大徳寺の大林宗套に 法嗣を受け、武野紹鴎に茶の湯を学ぶ。織田信長・豊臣秀吉に仕えた。秀吉の北野大茶会の茶頭(茶の湯の師匠)として尽力。

280 G
G-205 千利休 消息幅
一 大 壺 の 口 を い か ゝ な わ ま い ら せ 候 、 長 三 尺 ほ そ さ は く ち の 緒 ほ と を 御 う か ゝ い し て 筋 可 有 候 か し く 十 一 月 十 三 日 宗 易 ( 花 押 ) 秀 公 か 用 共 ニ て 御 座 候 い か に も さ き に て 可 有 候

G-206 片桐石州 書状幅 ¥550,000~ 付木箱(桐) 紙本 骨軸端 44×32 表具47×109 シミ オレ 穴 表具ヤケ、虫穴 江雲和尚宛 片桐石州(元和元・1605~寛文十二・1672)は大和小泉藩二代藩主。片桐且元の甥。幼名長三郎、長じて貞俊のち貞昌とす。小堀遠州の跡を継ぎ、将軍家 茶道師範となり武家流茶道を完成させた。石州流茶道の祖。

G-207 武野紹鴎 二字書幅

¥490,000~ 付時代識箱(桐) 紙本 黒塗軸端 35×26 表具39×102 ヤケ オレ 「一貫」

武野紹鴎 (文亀二・1502~弘治元・1555)は堺の富商で茶人。通称新五郎、名仲材、歌道を好み三条西実隆の門に入門。天文元年に剃 髪して紹鴎と称し、京都市中に大黒庵を構えて茶の湯に専念。また利休の師でもあり珠光・紹鴎・利休の茶道の樹立を促した。

281 G
其 已 後 無 音 に 打 過 候 私 儀 一 め ハ 先 日 之 茶 用 事 候 御 暇 被 下 候 や う も 今 度 罷 登 治 而 と 御 國 廻 被 仰 付 候 故 其 儀 二 付 此 中 御 老 中 へ 談 合 申 候 御 用 多 毎 日 登 城 仕 候 い つ を も 公 儀 請 給 翌 日 仕 可 罷 立 と 用 事 仕 候 大 徳 寺 へ 御 用 被 仰 付 候 さ り な か ら 従 在 取 出 京 ハ 少 休 息 仕 可 罷 登 候 御 所 御 状 な ど 毎 日 可 相 届 近 日 暇 豊 沢 へ 御 遺 候 様 可 申 候 事 恐 惶 謹 言

G-209 直斎 橋画賛幅 ¥400000~ 付識箱(桐) 紙本

唐木軸端 59×33 表具61×120 不徹斎箱書 直斎(享保十・1725~天明二・1782)は武者小路(官休庵)七世で堅叟 宗守。官休庵における新しい茶の湯制度(家元制度)を確立。また、如心 斎らと「千家七事式」を制定した。

G-210 如心斎 梅画賛幅 ¥200000~ 付時代識箱(桐)  紙本 潤塗軸端 49×29 表具515×120 薄シミ 如心斎宗左(宝永二・1705~寛延四・1751)は不審菴の七代。六代 覚々斎(久田宗全)の長男、別号を丁々軒、天然、椿斎、松風楼。大徳寺 大龍宗丈に参禅。紀州徳川家の茶頭。幼くして茶道に通じる傍ら、画や 俳句にも秀で多くの作品をのこした。

G-211 小堀宗本 月画賛幅 ¥120,000~ 付木箱(桐)

紙本 角軸端 80×35 表具84×131 宗中賛 小堀宗中(1786~1867)遠州流、8世。小堀大膳亮政寿の嫡子として近 江の小室に生まれた。幼名は梅之助。正優、正保。号・宗中、和翁、塩味。

小堀宗本(1813~1864)遠州流、9世。文化十年に父宗中が未だ浪々の 身で孤篷庵にて生まれる。茶法及び書などは、父宗中に学んだ。正和、静 太郎。号・宗本、大道子。

G-212 松平不昧 消息幅 ¥270,000~ 付識箱(杉) 紙本  唐木軸端 57×15 表具64×112 シミ オレ 表具大シミ 「六月十二日」書中 不染軒箱識 松平不昧(宝暦元・1751~文政元・1818)は出雲松江七代藩主。茶人 大名として有名で、自ら不昧流を創った。また美術品の収集や書道、和 歌、俳句などの諸芸にも力を注いだ。

282 G
う つ る と は 月 も お も は す う つ は と ハ 水 も お も は ぬ ひ ろ 澤 の い け

G-213 元伯宗旦 書状幅 ¥150000~ 付識箱(桐) 紙本

黒塗軸端 45×30 表具48×103 ヤケ シミ オレ 虫穴

表具オレ、ヤケ、スレ 是澤恭三箱識 元伯宗旦(天正六・1578~万治元・1658)は千家第三世。千利休の孫 で少庵(二世)の子。号を咄々斎、咄斎とし、茶禅同一味(禅と茶は一つ) を説き侘茶に徹した茶人。

G-214 田中仙樵

¥80,000~

32×103 表具44×182  オレ ヨゴレ 田中仙樵(明治八・1875~昭 和三十五・1960)は茶匠。大日 本茶道学会創立者。京都福知山 生まれ。名鼎、諱孝篤、号三徳 庵ほか。二十歳のとき京都に出 て前田瑞雪に入門、のち裏千家 十三代円能斎に師事。

G-215 川上閑雪

一行書幅 ¥80,000~ 付木箱(桐) 紙本 黒塗軸端 24×118 表具26×196 シミ 川上閑雪(昭和五・1930~) は茶道家。江戸千家十代家元。 別号に不白、不式庵、蓮華庵。 八代川上不白(一元斎)の次男。 昭和四十年十代を継ぐ。東京出 身。

付時代箱(桐・虫喰 貼札) 大倉汲水折紙

55×36 表具26×153

表具ヤケ、穴 千利休(大永二・ 1522~天正十九・ 1591)は茶人、侘び茶 の完成者。幼名与四郎、 法名宗易、別号抛筌斎。

G-218 即中斎 槌画賛幅

¥80000~ 付木箱(桐) 紙本 黒塗軸端 54×45 表具56×139 即中斎宗左(明治三十四・1901~昭和五十四・1979) は表千家十三代。十二代惺斎の次男。昭和十二年襲名。 幼名は覚二郎、号に無尽・清友軒。

283 G
一行書幅
G-217 鵬雲斎  一行書幅 ¥120,000~ 付共箱(桐)  紙本 黒塗軸端 31×114 表具34×191  シミ G-216 千利休 和歌短冊幅 ¥150000~
紙本 牙軸端
付木箱(桐) 紙本 竹軸端

G-220 光芒文銅鑼 ¥250,000~ 付時代箱(杉 貼札) 架  網代柄撥 銅鑼45×45×9

G-223 青木木米  染付花入 ¥55000~  付時代識箱(杉) 8×8×155 「聾米造」底銘 青木木米(明和四・1767 ~天保四・1833)は陶工、南 画家。通称木屋佐兵衛、八十 八。号青来、百六散人、聾米 ほか。

G-222 永楽和全 染付山水文煎茶碗 五 ¥100000~

付共箱(桐) 65×65×45 「大日本永楽造」底銘 縁紅 永樂和全(文政六・1823~明治二十九・1892)は永樂家十二代。十一代永 樂保全の長男。仁清の窯跡を再興し「おむろ」名を使用、慶応年間には加賀 山代窯に滞在、また明治六年は愛知県岡崎で作陶した。晩年は京都下河原に て菊渓窯を築窯。

G-224 煎茶関連書籍 十四  ¥50,000~ 19×26ほか

284 G
G-221 桑遠州棚 ¥180,000~ 75×39×59 天板ワレ
煎茶

¥560000~ 付時代識箱(杉 貼札) 90×48×17 「明治三庚午(1870)歳初夏才向求之 清水坊」箱識

285
H-001 銅獅子耳大砂鉢 H-003 砂張寸胴形花入 ¥90,000~  付時代箱(桐 貼札) 13×13×23 H-002 銅遊鐶立華瓶 ¥100,000~  27×27×29
H
H-004 南蛮切溜花入 ¥100,000~  付時代溜塗箱(桐 貼札) 15×15×31
華道

H-006 名越昌晴 柑子口花入 ¥60,000 付木箱(桐 貼札) 9×9×18 「昌晴(花押)」底鋳銘 名越昌晴(天保二・1831~明治四 十四・1911)は釜師。江戸名越家十 代。通称は弥五郎。八代名越昌孝に 師事。九代昌芳に嗣子がないため、 昌孝の長女の婿となり跡を継ぎ、幕 府の御釜師となった。

H-007 銅鶴首花入 ¥50000~ 付木箱(桐 貼札) 9×9×27 アタリ

H-008 正文 銅杵形花瓶  ¥50000~ 付共箱(桐) 10×10×30

H-009 南蛮切溜壺 ¥50000~ 付識箱(桐) 12×12×295 「古備前長胴壺」 箱識

H-010 銅松皮菱形砂鉢 ¥90,000  付識箱(杉) 46×33×12 亀甲繋文

i-001 半屋春光 茶運び人形 ¥200,000~

付共箱(桐) 茶碗 茶托 像高38 江戸からくり

286
人形 H i

燈火器

K-001 色絵鼠短檠

¥300,000~ 付木箱(桐 貼札)  黒塗飾台(識貼札) 55×10×16  背面釉裏文字刻(不読) 九谷手 鼠部の口に孔はなく、滴油されな い。

287
K-002 銅網上鮑形燭台 一対 ¥150,000~ 25×25×64 K-003 銅昇龍燭台 ¥100000~  総高57
K

文房

L-002 八代象嵌硯 ¥50000~ 付合箱(桐) 15×9×25

銅葛屋形水滴 ¥50,000 付識箱(桐) 65×5×6  鋳銘

¥60,000~ 付水滴 硯石  21×235×4 蓋裏叢梨子地群鷺蒔絵

L-005 黄瀬戸一閑人水盂 ¥50000~ 付木箱(桐 貼札) 黒塗割蓋 匙 8×7×5

六 ¥90,000~ 11×8×95ほか 七宝(付桐箱) 素銅向鶴毛彫  銅花籠 銅鳩鈕水注形 銅玄武風 銅手付水注形

景道

L-006 銅水滴 三 ¥60,000~ 付合箱(桐)  竹月55×4×5ほか 薬罐形(宝正製) 竹月(龍雲堂製)  荷葉形

288
L-001 川遊蒔絵錫縁硯箱 L-003 整眠 L-004 水滴 L-008 菊花石 ¥50,000~ 付唐木台  40×15×23 L-007 日月鑑賞石 ¥50,000  付合箱(桐) 木胎波彫台 9×55×7 L-009 盆石 二 ¥50,000  付時代識箱(杉) 飾台 11×10×13ほか
L

提物ほか

¥630,000~ 付木箱(杉) 125×14×3 煙管筒漆ヒビ

革胎龍虎蒔絵煙管筒(松玉斎銘) 銀竹虎文煙管 緒締(瑪瑙、鶴天)

289
M-001 綴織巾着腰差煙草入
M
M-002 光長 金口煙管 ¥160000~ 付木箱(桐) 総長195 刀工文 鐫銘

M-004 金唐革腰差煙草入 ¥150,000~ 付木箱(桐) 12×8×3 スレ  抱沢瀉紋前金具 水晶緒締 鹿角煙管筒(瓢抱賢人、桃果抱猿)

M-005 金唐革腰差煙草入 ¥100,000~  付煙管(金吸口・富岡銘) 105×7×25 金工傘鷺前金具 永楽赤玉緒締  籐編破笠細工煙管筒

M-006 梶川延寿斎 山水蒔絵四段印籠 ¥250,000~ 付印籠箱(桐) 5×3×8 小ソゲ 内梨子地 青貝蒔絵緒締 鹿角根付 底蒔絵銘

M-007 堆朱楊成 菊花三段印籠 ¥250,000~ 6×25×7 内黒 赤珊瑚緒締 彫銘 堆朱楊成は南北朝から代々続く堆朱工。足利義詮に仕えた長充を祖と し、十代目以降は幕府御用となる。明治維新の際に廃業するが、二十代 目が芸術院会員となるなど内外で活躍。

290
M

M-008 とんこつ ¥120000~ 付木箱(桐) 95×5×65

彫漆緒締 木彫牛乗童子根付(友忠銘)

M-009 象牙彫刻飾 ¥50000~ 付唐木飾台 総長23

M-011 玉山 象牙鍾馗小鬼根付 ¥300000~ 付木箱(モミ)  飾台 5×35×7

M-010 磁製根付 三 ¥60,000~ 付合箱(桐)

菊花4×4×1ほか 桃形(小カケ) 鶴亀山製菊花

M-013 小川巌水 鹿角柴舟石見根付  ¥120,000~ 付木箱(モミ) 総長17 小川巌水(1809~1848)は島根県江津の根付師。石見根付の祖 である清水富春(号巌)の孫にあたる。

M-012 友忠

象牙臥牛根付 ¥200000~  7×35×25 右前脚接合補修 友忠は京都の根付師。天明頃の 人。通称は和泉屋七右衛門。牛を得 意とし、友忠の牛と称された。

291
M

¥225000~ 付国際希少野生動植物種登録票 木箱(桐) 唐木飾台 全長1148 763kg  登録記号番号第120-001975号

¥250,000~ 付木箱(桐) 唐木飾台 7×7×11(飾台含) ヒビ

¥120,000~  8×7×7 「吉川」底彫銘

292
M-015 全形象牙 M-016 象牙高士山水彫筆筒
M
M-017 象牙三獣彫置物

石造美術

※石造美術は下見会へ持参しません。 詳細お問い合わせください。075-254-8851

N-001 宮前燈籠 ¥380,000~ 60×60×200 笠一部カケ  白川石 六部式

N-002 宮前燈籠 ¥280,000~ 60×59×195 笠カケ 火袋ヒビ  本御影石 六部式

293
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N-004 波文六角水鉢 ¥220000~ 105×95×77 本鞍馬石 二部式

N-005 井筒石 ¥200,000~ 140×130×60 太閤石

¥60,000~  87×68×48 太閤石

294
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N-006 石切矢跡水鉢

N-008 小形春日六角燈籠

¥50,000~ 地上62×70×162  火袋カケ補修 奈良石

N-007 標柱 ¥100,000~  地上29×24×101  白川石 「柳緑花紅」

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N-009 欄干擬宝珠 ¥50,000~ 28×28×105 白川石

N-010 六角五重塔 ¥350,000~ 総高403 笠ワレ接合補修  ソゲ 一層目台石飾カケ 十三部式

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陶磁器

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O-001 越前壺 ¥600000~ 付木箱(桐 貼札) 375×375×42 胴ヒビ 口辺補修 窯印
297 O
O-002 信楽桧垣文中壺 ¥800000~ 付木箱(桐) 24×24×35 口辺カケ

O-004 常滑三筋壺 ¥500000~ 付木箱(桐) 17×17×23  口辺カケ

O-005 瀬戸散華印文梅瓶 ¥400000~ 付黒塗箱(桐) 15×15×20 口辺ソゲ

O-006 常滑中壺 ¥90,000~  付識箱(桐) 20×20×23 口辺ソゲ

O-007 常滑中壺 ¥80,000~  付識箱(桐) 20×19×22 胴ワレ 口辺カケ 物原出土

O-008 瀬戸印花文瓶子 ¥80,000~  付識箱(モミ) 175×17×275 ヒビ 窯キレ

298 O

O-009 色絵備前鴛鴦 ¥300000~ 付時代箱(桐 貼札) 23×16×195 合口補修 御庭焼 二部式

O-010 天文年銘備前木瓜形水指 ¥280000~

付時代溜塗識箱(桐) 黒塗蓋 21×18×15 ヒビ補修 『古備前名品図譜』類品(応永年銘)所載

14×14×14

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O-012 備前蹲 ¥150,000~ 付時代箱(桐 貼札) O-011 信楽蹲 ¥150,000~ 付木箱(桐) 16×16×19 口辺カケ 窯ヒビ銀補修

O-014 備前四耳茶壺 ¥400000~ 付識箱(桐) 39×39×34 耳補修

O-015 備前三耳壺 ¥100,000~ 付木箱(桐) 桂又三郎折紙 21×21×25  胴ヒビ

O-016 備前三耳壺 ¥60,000~

付木箱(桐) 26×26×31 口辺共色補修

O-017 備前三耳壺 ¥50,000~  付識箱(桐) 25×25×32

300 O

O-021 備前蕪徳利 ¥150,000~ 付木箱(杉) 18×18×26  口辺ソゲ補修

O-019 備前手付鉢 ¥70,000~ 付時代識箱(杉) 26×26×12 ソゲ金補修

O-020 古窯立四耳壺 ¥50,000~  32×32×37 耳全欠 口辺補修 胴孔

22×22×23  口辺カケ 胴窯ヒビ

301 O
O-022 備前蕪徳利 ¥100,000~ 付木箱(桐) O-018 備前徳利 ¥500,000~ 付時代箱(桐) 75×75×125

12×12×26

302 O
O-024 黄瀬戸平鉢  ¥400,000~  付時代箱(桐 貼札) 15×15×3 磁貫 ソゲ O-025 織部徳利 ¥100000~  付木箱(桐) 10×10×21 O-027 織部菊紋鉢 ¥60000~  付木箱(材不詳) 25×25×55  縁銀補修 小ヒビ 小ソゲ スレ O-026 瀬戸黒釉瓶 一対  ¥50000~ 付黒塗箱(杉) O-028 織部食籠 ¥50000~  付木箱(桐 貼札) 19×19×12 ソゲ
303 O
O-029 五彩手輪花縁皿 五 ¥750,000~ 付段箱(桐) 145×145×2 ソゲ2 金補修 ヒビ 古九谷手
304 O
O-031 染付蛸唐草文大瓶  ¥500000~ 付木栓 26×26×48 伊万里

O-032 色絵松梅文細口瓶 ¥150,000~ 16×16×32  底窯キレ補修 伊万里

¥150,000~ 付木箱(桐) 10×10×19  胴釉剥離補修 底銘

二 ¥50000~ 7×7×10ほか  両頸接合補修 磁貫 初期伊万里

染付椿文徳利 ¥100000~ 付木箱(桐) 115×115×245  初期伊万里

¥50,000~  20×8×22 O-037 白磁拉鎬盃 ¥50,000~

付木箱(桐) 7×5×35 磁貫  初期伊万里 発掘手

五  ¥50,000~ 付識箱(杉) 12×105×25  磁貫1 銀補修1 九谷手

305 O
O-035 染付秋草文小徳利 O-034 O-036 平佐染付角徳利 O-033 吉田屋瓢徳利 O-038 赤絵曳舟文角皿

O-040 色絵壺 ¥400,000~ 付溜塗合箱(杉 破損) 155×155×17 底窯キレ、ヒビ 口辺スレ、ソゲ 古九谷手

O-041 赤絵徳利 ¥180,000~ 付時代黒塗箱(桐) 13×13×26  古九谷手

O-042 柿右衛門手乳瓶乗美人徳利 ¥250000~  付木箱(桐) 21×13×25 取手、首接合補修 釉剥離共色補修

O-043 五彩手汲出碗 五 ¥150000~ 付時代箱(桐) 9×9×55 磁貫 高台ソゲ 補修 古九谷手 「宣徳年製」染付銘

306 O

O-044

色鍋島束柴文台皿 ¥350000~ 付木箱(桐) 20×20×6 再窯 大破金補修

O-045 染付七寸皿 五 ¥200000~ 21×21×3 窯キレ  芙蓉手 初期伊万里

O-046 色絵雲龍浮文角鉢 ¥150000~ 付木箱(桐) 36×36×10 底窯キレ 「大明成化年製」染付銘

307 O

O-049 染付花唐草文鉢 ¥60,000~

付木箱(桐) 145×145×65 南紀男山銘

O-050 色絵染付八角深鉢 ¥50,000~  付木箱(杉 貼札) 185×185×85  大明成化年製染付銘

O-048 色絵草花双魚文十二角鉢 ¥80000~ 25×25×7  大明萬暦年製銘 西洋彫金覆輪

O-051 後期鍋島山水文皿 ¥50,000~  付木箱(桐) 20×20×55

O-052 染付膾皿 五 ¥60,000~

155×155×4

O-053 染付蛸唐草文大皿 ¥50,000~ 50×50×7 大明年製銘

O-054 成化年製染付皿 二  ¥50,000~ 31×31×65ほか

O-055 染付八角皿 五 ¥50,000~

14×135×4

O-056 萬暦写大皿 三 ¥50,000~  39×39×85ほか 萬暦歳製銘

O-057 色絵大皿 一対 ¥50,000~  47×47×6

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O-047 錦手兎文大鉢  ¥100000~ 345×345×125 O-058 源内焼 竹林七賢文大皿 ¥300000~ 付木箱(杉) 33×33×6 口縁小ソゲ3 O-059 源内焼羅馬字文膾皿 十 ¥250,000  付時代識箱(杉) 16×16×4 ヒビ3 ソゲ  志度舜民印5 民印2 無印3

O-061 源内焼古代銅器写花瓶 ¥100,000~ 付時代合箱(杉) 24×19×26 両耳接合補修 高台脇共色補修 「舜民」彫銘

O-062 源内 焼双耳花瓶 ¥100000~  付二重箱 (内時代識杉) 19×17×46 ソゲ 「鳩渓平賀」彫銘

O-064 源内焼菓子鉢 ¥50000~ 付時代識箱(桐) 21×105×6 ヒビ 縁接合補修

O-065 陶胎色絵皿 ¥50,000~  付木箱(桐) 20×20×4 磁貫  九谷手

付木箱(桐) 20×20×85 磁貫 小判印

10×10×21 梅花貼文 古伊万里

310 O
O-066 珉平石榴鳥文深鉢 ¥50,000~ O-063 源内焼小皿 十  ¥80,000~ 付木箱(杉 貼札) 95×95×15 O-067 鉄砂瑠璃瓢徳利 ¥80,000~  付識箱(桐)

尾形乾山(寛文三・1663~寛保三・1743)は江戸中期の陶工、画家。光琳の弟。軟質の雅味あふれる作風で、阿蘭陀焼の影響が窺える。二代伊八、三代呉 介といった風に代々乾山を名乗ったが、弟子師匠というより、私淑するような形が多かったようである。六代乾山たる三浦乾也は著名。

19×185×95 磁貫 底銘

奥田頴川(宝暦三・1753~文化八・1811)陶工。早々に趣味活動に入り、 京焼初の磁器焼成、後進の育成など京焼発展に貢献した。

311 O
O-068 尾形乾山 鉄絵梅四方皿 ¥180,000~ 付木箱(桐) 15×15×2 磁貫 O-069 尾形乾山 鉄絵松四方皿 ¥180,000~  付木箱(桐 貼札) 16×16×2 釉剥離 縁、ヒビ共色補修 O-070 尾形乾山 雲錦鉢 ¥150,000~  付二重箱(内時代貼札識桐 虫喰) O-071 奥田頴川 赤絵鉢 ¥200,000~ 付時代箱(杉) 28×27×75 底赤絵銘

新陶磁

O-073 北大路魯山人 織部鉢 ¥600,000~ 付共箱(桐) 21×21×10 磁貫 北大路魯山人(明治十六・1883~昭和三十四・1959)は陶芸家。本名房次郎。京都生まれ、北鎌倉で没。書画、篆刻、漆芸にもすぐれる。大正十四年超高 級料亭星岡茶寮顧問として料理・食器など指導。北鎌倉に星岡窯を築き、独特の雅陶を製作。陶技は志野・織部・備前・信楽から染付・赤絵と多岐にわ たった。

312 O

O-074 北大路魯山人 染付鶏合文筒茶碗 ¥350,000~ 付識箱(桐) 仕覆 105×105×85 磁貫 「令和壬寅(2022)」黒田陶々庵箱識 北大路魯山人(明治十六・1883~昭和三十四・1959)は陶芸家。本名房次郎。京都生まれ、北鎌倉で没。書画、篆刻、漆芸にもすぐれる。大正十四年超高 級料亭星岡茶寮顧問として料理・食器など指導。北鎌倉に星岡窯を築き、独特の雅陶を製作。陶技は志野・織部・備前・信楽から染付・赤絵と多岐にわ たった。

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O-075 北大路魯山人 備前徳利 ¥200,000~ 付共箱(桐) 85×85×16 O-076 北大路魯山人 栗小禽文平鉢 ¥100,000~  26×255×35 磁貫 窯印

O-078 三浦竹泉 萬暦写大花瓶 ¥300,000~ 付共箱(桐) 22×22×40 三浦竹泉は京焼の名跡。初代が明治十六年に独立し五条坂に開窯して 以降、五代(昭和九・1934~令和三・2021)まで続いた。

O-079 十五代酒井田柿右衛門 濁手団栗文瓶  ¥300,000~ 付共箱(桐) 19×19×20 十五代酒井田柿右衛門(昭和四十三・1968~)は陶工。十四代柿右衛門 に師事。2014年襲名。

O-080 初代徳田八十吉 五彩手大皿 ¥300,000~

付共箱(桐) 315×315×5 徳田八十吉は九谷焼の陶工。初代八十吉(明治六・1873~昭和三十 1956)は号鬼仏。昭和二十八年、九谷焼の無形文化財に認定される。

O-081 十一代今泉今右衛門 桜文五寸台皿 五  ¥300,000~ 付共箱(桐) 15×15×4 十一代今泉今右衛門(明治六・1873~昭和二十三・1948)は本名熊一。 昭和二年(1927)襲名。

314 O

O-082 バーナード・リーチ 壺 ¥350000~ 付共箱(桐) 25×25×56 「B.L1971」箱識

O-083 バーナード・リーチ 柿釉壺 ¥150000~

付共箱(桐) 265×265×28 「B.L73」箱識 バーナード・リーチ (明治二十・1887~昭和五十四・1979)はイギリ スの陶芸家。香港生まれ。ロンドン美術学校でエッチングを学んだ後、 明治四十二年来日。六世尾形乾山に師事。富本憲吉、柳宗悦、濱田庄司ら と交流。大正九年帰国、セント・アイヴスに築窯。東洋陶磁の特質にイ ギリスの技法を適用、独自の作風を展開した。

O-084 加守田章二 炻壺 ¥280000~ 付識箱(桐)

33×18×16 加守田昌子箱識

加守田章二(昭和八・1933~昭和五十八・1983)は大阪生。富本憲吉、 近藤悠三に指導を受けた。昭和三十四(1959)益子で独立。昭和四十四年 (1969)岩手県遠野に築窯。創造的な作風で新境地を切り開いた。昭和四 十九年(1974)芸術選奨文部大臣賞受賞ほか受賞多数。

O-085 河井寛次郎 辰砂花瓶 ¥200000~ 付識箱(桐) 65×65×17 河井敏孝箱識 河井寛次郎(明治二十三・1890~昭和四十一・1966)は陶芸家。島根 県安来生まれ。東京高等工業学校窯業科卒業後、京都市立陶磁器試験所 にて研究と制作に従事。大正九年京都五条坂に鐘渓窯を開窯。大正末期 より民芸運動に参画。重厚な形態と釉法に、素朴な美しさの宿る作品を つくった。昭和四十八年自宅に河井寛次郎記念館が開設された。

315 O

O-087 辻村史朗 信楽徳利 ¥150000~ 付共箱(桐) 16×16×16

O-088 辻村史朗 自然釉花入 ¥150000~ 付共箱(桐) 11×10×20 箱側面素描裸婦

辻村史朗(昭和二十二・1947~)は奈良県生まれの陶芸家。初め画家を志し、のち師を持たず作陶を始める。同五十二(1977)年の初個展以降、国内外で 発表を行う。息子二人も陶芸家。

O-089 岡部嶺男 青織部湯呑 六  ¥100,000~ 付共箱(桐) 6×6×9

O-090 岡部嶺男 粉引茶碗

¥80,000~ 付共箱(桐) 155×155×65 磁貫

岡部嶺男(大正八・1919~平成二・1990)は瀬戸市生まれ、加藤唐九郎の長男。織部、志野、黄瀬戸、 灰釉、鉄釉などの技法をもとに創作。また、青瓷の研究をし独特の釉調を持つ作品を創出した。

O-091 加藤唐九郎 瀬戸黒ぐい呑 ¥100,000~ 付二重長方箱(内識杉、内箱一欠) 8×8×5 加藤重高箱識 加藤唐九郎(明治三十・1897~昭和六十・ 1985)は陶芸家、陶磁史研究家。織部焼で国重要 無形文化財の指定を受けるも、永仁の壺事件に よってその資格を剥奪される。しかしその後も 昭和における桃山復興の旗手として精力的な活 動を続け、評価を揺ぎ無いものとした。愛知県文 化功労者。

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O-092 楠部彌弌 釉裏紅魚文鉢 ¥200000~

付二重箱(内共桐 外溜塗) 21×21×8 楠部彌弌(明治三十・1897~昭和五十九・1984)は京都生まれ。大正 七年赤土社結成に参加。昭和二年帝展初入選。日本芸術院会員、文化功 労者、文化勲章。

O-093 川瀬忍 青磁鶴置物 一対 ¥200000~  付共箱(桐) 総高28ほか 「鶴汀」原題 川瀬忍(昭和二十五・1950~)は神奈川出身の陶芸家。二代竹春の長 男。祖父の初代竹春のもとで陶技を学んだ。鮮やかな青磁の作品が特徴。 受賞多数。

O-094 初代諏訪蘇山 青磁蕪花瓶 ¥110,000~

付共箱(桐) 145×145×23 初代諏訪蘇山(嘉永五・1852~大正十一・1922)は本名好武、金沢に 生まれ、明治八年(1875)に東京に出て陶画を学んだのち、金沢にもどっ て製陶場や教職に就いた。その後京都に移り、明治四十一年(1908)五条 坂で独立。青磁、白磁、彩磁のほか釉薬の研鑽につとめた。帝室技藝員。

O-095 二代諏訪蘇山 青磁竹節双耳花入 ¥94,000~  付二重箱(内共桐) 125×125×25

二代諏訪蘇山(明治二十三・1890~昭和五十二・1977)は初代の姪で、 養女となった。名は虎子。大正十一(1922)二代を襲名。

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O-099 森翠峰 萬古写花入 ¥50,000~ 付識箱(桐) 飾台 9×9×24 丸印 杉半翁箱識 森翠峰(慶応元・1865~昭和四・ 1929)は三重県桑名出身の陶工。

O-097 永楽保全 染付くらわんか盃  五 ¥150000~ 付時代共箱(桐) 8×8×35 「淀川雑盃模五 己酉初秋保全戯造」箱識 永楽保全(寛政七・1795~安政元・1854)は千 家十職の一、土風炉師永樂善五郎家の十一代。文 化十四年(1817)襲名。

O-102 丹波かめをか窯墨流汲出碗 五 ¥50000~

付共箱(桐) 10×10×75 磁貫 練上手

O-098 加藤静允 染付柘榴文皿 五  ¥80000~ 付共箱(桐) 145×145×3  箱底描絵 加藤静允(昭和十一・1936~)は京都の江戸時 代より代々医者の家に生まれる。小児科医であ り陶芸家。

O-101 二代中野霓林 蟹 ¥50,000  付蟹描絵箱(杉) 43×21×20 爪一接合補修 二代中野霓林は萩の陶工。唐津焼の初代霓林の二 男で、終戦後東光寺窯を開く。

O-103 色絵カップ&ソーサー 六客 ¥80000~

付溜塗識段箱(桐) カップ11×85×5ほか

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O-100 伝二代杉江寿門  常滑珊瑚釉平鉢 ¥50,000~ 付識箱(杉) 16×16×45

山下清(大正十一・1922~昭和四十六・1971)は東京生まれの画家。「裸の大将」として親しまれた。

319 O
O-105 山下清 蝸牛絵茶碗 ¥500,000~ 付山下清鑑定会鑑定書 12×12×79 O-104 山下清 蜻蛉絵茶碗 ¥500,000~ 付山下清鑑定会鑑定書 125×125×86

人間国宝

O-106 加藤卓男 三彩四方大鉢  ¥400000~ 付共箱(桐 ヨゴレ・ 底鼠害) 41×41×17 正倉院復元 加藤卓男(大正六・1916~平成十七・ 2005)は陶芸家。岐阜県多治見の幸兵衛窯、 丸幸陶苑の家に生まれる。日展特選北斗賞、 紫綬褒章など受賞。多治見市無形文化財、岐 阜県無形文化財保持者。平成七年(1995)重 要無形文化財保持者認定。

O-107 浜田庄司 鉄絵水指 ¥150,000~

付共箱(モミ) 黒塗蓋 19×19×17

O-108 浜田庄司 掛合釉壺 ¥100,000~ 付共箱(桐) 23×23×24 磁貫

濱田庄司(明治二十七・1894~昭和五十三・1978)は神奈川県生まれ。本名象二。東京高等学校(現在の東京工業大学)窯業科で板谷波山に師事した。 卒業後京都市立陶磁器試験場で研究を重ね、大正九年(1920)バーナード・リーチと渡英、帰国後は益子に移住して制作に励んだ。柳宗悦、河井寛次郎、 芹沢銈介とともに民芸運動の中心人物として活躍。昭和三十年(1955)重要無形文化財「民芸陶器」保持者に認定。文化勲章受章。

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O-109 近藤悠三 染付薊文花瓶 ¥180000~ 付共箱(桐) 14×14×205 近藤悠三(明治三十五・1902~昭和六十・1985)は京都市生まれの陶 芸家。本名は雄三。京都市立陶磁器試験場附属伝修所卒業。日本工芸会 発足と同時に参加した。京都市立芸術大学学長、名誉教授。京都市文化 功労者。京都市名誉市民。昭和五十二年(1977)染付技法の重要無形文化 財保持者に認定された。

O-110 藤本能道 染付小禽文八角皿 ¥100000~  付共箱(桐) 32×32×4 藤本能道(大正八・1919~平成四・1992)は東京生まれの陶芸家。東 京美術学校卒業後、文部省技術講習所に入所。加藤土師萌に師事。富本 憲吉の助手を務めながら、九谷焼色絵磁器の技法を習得。日本工芸会正 会員。日本陶磁協会理事。東京芸術大学学長。昭和六十一(1986)年に重 要無形文化財「色絵磁器」保持者認定。

O-111 金城次郎 抱瓶

¥100000~ 付共箱(桐)

22×11×16 磁貫

金城次郎(大正元・1912~平成十六・2004)は沖縄県生まれの陶芸家。 壺屋に築窯。濱田庄司・柳宗悦らの支持を得て、戦後数々の陶芸展に出 展。昭和六十年重要無形文化財「琉球陶器」保持者に認定。勲六等瑞宝章。

O-112 三浦小平二 青磁ぐい呑

¥80000~ 付共箱(桐) 7×7×55 磁貫

三浦小平二(昭和八・1933~平成十八・2006)は新潟県生まれの陶芸 家。三代常山の孫、三浦小平の長男。小平窯を継承。東京芸術大学卒。加 藤土師萌に師事。東京芸術大学名誉教授。日本工芸会理事。1997年重要 無形文化財「青磁」保持者に認定。

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O-114 金重陶陽 備前中皿 五 ¥50000~ 付共箱(桐) 14×14×35

金重陶陽(明治二十九・1896~昭和四十二・1967)は備前焼初の重要 無形文化財保持者。備前市伊部に生まれ、父楳陽に陶技を学び、陶土、窯 詰め、焼成法などの研究につとめ、現代に桃山風備前を甦らせた。

O-115 松井康成 練上嘯裂文銘々皿 五 ¥60000~

付共箱(桐) 12×12×3

松井康成(昭和二・1927~平成十五・2003)は長野県生まれの陶芸家。 本名は美明。義父の後を継ぎ月崇寺住職となり、築窯して月崇寺焼を復 興。練上手と象嵌の研究に着手。練上嘯裂文、堆瓷など技法を新たに創 案した。日本工芸会常任理事。平成五年(1993)に「練上手」で重要無形 文化財保持者に認定。

O-116 富本憲吉 染付薊文蓋付飯碗  ¥50000~ 付識箱(桐) 11×11×85  藤本能道箱識 底銘

富本憲吉(明治十九・1886~昭和三十八・ 1963)は陶芸家。奈良県の人。明治四十二年東京 美術学校図案科卒業後、英国に留学、工芸に対す る知見を広める。帰国後はバーナード・リーチ と親交を結び、故郷で樂焼を試みて大正四年本 窯を築く。昭和三十年重要無形文化財「色絵磁 器」保持者認定。三十六年文化勲章受賞。

O-117 近藤悠三 染付穀倉書枕 ¥72000~ 付共箱(桐) 7×25×4 「茨木初窯」底刻字 近藤悠三(明治三十五・1902~昭和六十・ 1985)は京都市生まれの陶芸家。本名は雄三。京 都市立陶磁器試験場附属伝修所卒業。日本工芸 会発足と同時に参加した。京都市立芸術大学学 長、名誉教授。京都市文化功労者。京都市名誉市 民。昭和五十二年(1977)染付技法の重要無形文 化財保持者に認定された。

O-118 藤原雄 備前四方皿  ¥50000~ 付共箱(桐) 35×35×3 藤原雄(昭和七・1932~平成十三・2001)は岡 山県生まれの陶芸家。藤原啓の長男。明治大学卒。 昭和五十五年(1980)岡山県重要無形文化財保持 者、平成八年(1996)「備前焼」重要無形文化財 保持者に認定。

O-119 三代徳田八十吉 彩釉丸壺

¥65,000~ 付共箱(桐) 15×15×18 磁貫 三代徳田八十吉(昭和八・1933~平成二十一・ 2009)は石川県生まれ。本名正彦。初代、二代に 師事。昭和六十三年に三代を襲名。平成五年紫緩 褒章受賞。平成九年に重要無形文化財「彩釉磁 器」の保持者に認定される。

O-120 浜田庄司 柿釉赤絵筆筒

¥50,000~ 付識箱(桐) 11×11×15  浜田晋作箱識

濱田庄司(明治二十七・1894~昭和五十三・ 1978)は神奈川県生まれ。本名象二。大正九年

(1920)バーナード・リーチと渡英、帰国後は益 子に移住して制作に励んだ。昭和三十年(1955) 重要無形文化財「民芸陶器」保持者に認定。文化 勲章受章。

O-121 伊勢崎淳 備前破花生 ¥50,000~ 付共箱(桐)

13×13×22 伊勢崎淳(昭和十一・1936~)は岡山県生まれ の陶芸家。伊勢崎陽山の次男。岡山大学教育学部 特設美術科卒業。平成十(1998)年に日本工芸会 理事、岡山県重要無形文化財に認定。平成十六 (2004)年「備前焼」重要無形文化財保持者認定。

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明治工藝

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O-124 蒔絵小槌 ¥60,000~ 付木箱(桐) 8×7×17 剥離 O-123 刺繍獅子額 ¥50,000~ 付識箱(杉) 44×29 額63×47 シミ O-122 薩摩錦手大壺 ¥400,000~ 付識箱(桐) 24×24×32 磁貫 「光涛画」底銘

初代井上良斎(文政十一・1828~明治三十二・1899)は瀬戸出身の陶 工。上京して樂焼を始め、浅草橋場町に築窯して以降は本格的に製陶に 着手する。また陶磁器商の島田惣兵衛の協力を得て磁器焼成も行い、複 雑な技巧による良斎作品に活かされることになる。内国勧業博覧会や万 博などに作品を出品し、国内外から評価を得る。

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O-126 薩摩茶筅形花入 ¥150000~ 付溜塗箱(杉) 14×13×24 磁貫 高台ヒビ O-130 錦光山 瑠璃金彩花入  ¥70000~ 付合箱(桐) 8×8×15  底銘 O-129 錦光山 瑠璃金彩花入 ¥100000~ 11×10×15 底銘 錦光山家は京都粟田口を代表する陶家。 O-128 輝山 薩摩金彩色絵透香炉 ¥100000~ 付合箱(桐) 仕覆 14×14×16  底銘 O-127 井上良斎 象貼文甕 ¥100,000~ 付時代箱(杉) 35×35×32 貼文破損 窯印 隅田川焼

酒器を愉しむ

D-174 大田垣蓮月 杜若歌賛幅 ¥88,000 付識箱(杉 貼札) 紙本 黒塗軸端 42×30 表具45×111  ヤケ シミ 「蓮月七十六才」画中 ※P206にも掲載あり 大田垣蓮月(寛政三・1791~明治八・1875)は女流歌人。名は誠(の ぶ)。京都出身。夫の死後、剃髪して法名蓮月と号す。手作りの陶器に自 詠の歌をつけて生活の糧とした。孤高で閑雅・清新な歌風で知られる。

O-132 菅次細工銚子 ¥35000~ 付合箱(桐) 9×7×23

O-133 大田垣蓮月 和歌彫盃 ¥35000~ 付木箱(桐) 65×65×45

O-134 桑四方盆 ¥30000~ 30×22×35

O-135 染付二葉葵文徳利 盃 ¥30,000  徳利7×7×19 盃9×9×35 磁貫 O-136 古材平卓 ¥30,000~ 64×44×8 虫喰

O-141 山田平安堂 杜若金箔絵宗貫盆 ¥30000~

付共箱(桐) 45×45×7 剥離 小アタリ 山田平安堂は漆器専門店で創業八十余年。宮 内庁御用達。

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O-142 淀水車蒔絵三脚鉢 ¥30000~ 30×30×12 脚オレ補修2 O-138 赤絵金彩酢猪口 十  ¥30000~ 4×4×5 口辺小ソゲ1 O-140 南京染付芙蓉手小鉢 五  ¥30000~ 14×14×3 O-139 染付降雨草花文小向付 五  ¥30000~ 75×75×55 小ソゲ3 O-137 盃洗 ¥30000~ 18×18×16  磁貫 口辺ヒビ 「九谷」底銘
お か ざ き の さ と の ね ざ め に 聞 こ ゆ な り き た し ら か わ の 山 ほ と と ぎ す

漆藝

P-001 牛車蒔絵錫縁硯箱 ¥800,000~ 付時代溜塗箱(桐 虫喰) 銀紅葉形水滴 硯石 235×26×6 蓋裏:月下鵜飼蒔絵 内:葛屋蒔絵

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P-002 原羊遊斎 花鳥蒔絵文庫 硯箱 ¥600,000~ 付二重箱(内溜塗識桐 外共溜塗)二  銀鶴水滴 硯石 墨 刀子 錐 筆二 文庫26×34×15 硯箱17×21×5 硯箱蓋ワレ 内薄梨子地、蒔絵銘 原羊遊斎(明和六・1769~弘化二・1845)は江戸後期の蒔絵師。江戸神田に住み、通称は久米次郎、更山と号する。酒井抱一の下絵による江戸琳派の印 籠・櫛類を工房で多く制作した。谷文晁、大田南畝など当時一流の文化人との交流が知られる。

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¥340,000~ 付時代黒塗箱(桐) 32×18×32 スレ 小ソゲ 朱平盃金補修  内朱

付木箱(桐) 315×185×31 重箱隅キレ 内朱

障子75×70 衝立103×26×112 障子留具不具合

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P-004 南天竹蒔絵 野弁当 P-005 鱗文蒔絵 野弁当 ¥300,000~ P-006 三ツ葉葵紋掛衣桁 ¥300,000~ 187×116
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P-007 花鳥蒔絵衝立 ¥250,000~ 付永暉筆人物画障子(裏面古木翡翠)

P-008 亀甲唐花蒔絵手箱

¥100,000~ 24×30×22 蓋・身隅キレ 剥離 スレ 小アタリ 内慶長摺箔裂貼  鍍金五弁花座金、切子鋲頭

P-012 月下松林蒔絵硯箱 ¥50000~

付時代識箱(桐) 素銅水滴 硯石 21×23×45 蓋ユガミ 隅キレ補修  内雷雲蒔絵

P-011 扇紋

¥50,000~ 付時代識箱(杉) 54×23×57 スレ 小アタリ 梅花散

P-009 桐蒔絵香箱  ¥70000~  付懸子 115×14×105  隅キレ補修  内黒

P-015 根来杓子 ¥80000~

付木箱(桐) 27×75×2 櫂先時代補修

P-013 三上楊光堂 蝋色塗硯箱 ¥50000~ 付共箱(桐) 鍍銀水滴 硯石 22×25×4 内梨子地

P-014 根来塗鐙

P-016 根来杯 ¥50000~ 付木箱(桐) 9×9×3 小剥離

付識箱(桐) 73×30×27 脚隅キレ、漆剥離 天板ヒビ、小アタリ

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一双 ¥50000~  14×28×28 剥離進行中 P-017 朱漆塗卓 ¥50000~ P-010 曳舟蒔絵丸盆 ¥50,000~ 315×325×4 スレ ソゲ
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蒔絵手拭掛
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P-019 根来瓶子 ¥500000~ 39×39×50 剥離
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漆剥離 ソゲ スレ  アタリ
P-020 根来隅入高杯 ¥500,000~ 付識箱(杉) 34×34×33 継手ヒビ P-021 漆絵葡萄文四ツ椀 五組 ¥300000~ 付時代合箱(杉)  大14×13×8ほか
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P-022 根来三脚盥 ¥180000~ 付木箱(杉 貼札) 41×41×20 見込漆補修 脚ヒビ

新漆藝

二十世堆朱楊成(明治十三・1880~昭和二十七・1952)は、明治工藝の漆藝部門にあって、彫刻石川光明、蒔絵を白山松哉、絵を佐竹永湖に学び、彫漆に 新工夫を加え、今日の彫漆技術発展の端緒を開いたと評される。

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P-024 二十世堆朱楊成 彫漆飾盆 ¥800,000~ 付共箱(桐) 325×325×5 蓬莱山
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P-025 玉楮象谷

付共箱(桐) 8×8×35 内黒 玉楮象谷(文化三・1806~明治二・1869)は高松 出身。本姓藤川。幼少より父の教えを受け、塗りと 彫刻の技術を修得。写実性あふれた花、野菜、鳥、 虫、などを緻密に彫刻で表現した。また中国、東南 アジアの堆朱、堆黒、蒟醤などの技法研究に力を注 ぎ、独自の漆技法を築いた。讃岐漆芸の祖。

P-026 音丸耕堂 堆漆象嵌盆 ¥100,000~ 付共箱(杉) 39×39×45 ヒビ ヒビ漆補修

音丸耕堂(明治三十一・1898~平成九・1997)は漆芸家。重要無形文化財保持者(彫漆)。香川県高松市生まれ。本名芳雄。十三歳で石井磬堂に師事、讃 岐彫を学ぶ。昭和七年帝展初入選。十七年文展特選。二十四年日展特選。日本工芸会参与。香川の漆芸の伝統を継承、発展させた。

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P-027 音丸耕堂 蜂之子文香合 ¥80000~  付共箱(桐) 6×6×25 堆黒芦乗達磨文香合 ¥350000~
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P-029 西村象彦 蒔絵鯉 一対 ¥100,000~ 付共箱(杉) 31×11×9ほか

P-030 玉楮象谷 木椀片口 ¥80,000~ 付識箱(桐) 銀蓋 95×85×125 文綺堂黒斎箱識 玉楮象谷(文化三・1806~明治二・1869)は高松出身。

¥50000~ 付共箱(桐) 21×21×12  銀縁 内黒 川端家は千家塗師。

P-032 彫漆孔雀絵衝立 ¥50,000~  135×44×138

P-033 几帳衣桁 ¥50,000~ 全体152×153

P-034 出目泰満 木彫龍 ¥80000~ 付時代彩色共箱(桐) 23×8×10 龍爪欠失 底彫銘

P-035 銭箱 ¥80000~ 33×25×12 虫喰 杉

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P-031 川端近左 網絵丸食籠 P-039 小形帳場箪笥 ¥50000~ 66×35×57  春慶塗 杉 P-037 古材丸柱台 ¥50000~ 32×33×14 P-038 木彫獅子 ¥50000~ 48×33×33 ヒビ
木工
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P-036 古材文机 ¥50000~ 76×38×28

加納鉄哉(弘化二・1845~大正十四・1925)は岐阜出身。古典を学び、彫刻、絵画、工芸の多分野で独自の世界を作り上げた。明治十四(1881)年、第二 回内国勧業博覧会で妙技三等賞を、第十次、第十一次奈良博覧会では一等賞を受賞している。その後奈良、京都で古寺の文化財調査を実施、東京美術学校 の彫刻科設置に関わった。

P-046 佐藤玄々 木彫鶴香合 ¥60,000~

付二重箱(内共桐 外溜塗) 45×12×35 佐藤玄々(明治二十一・1888~昭 和三十八・1963)は彫刻家。

P-047 星ていこ 木彫彩色鴛鴦

¥50000~ 付共箱(桐) 11×6×6ほか

P-048 鬼童 木彫獅子鼻 二対 ¥50000~  大46×28×28ほか 名古屋

335 P-045 竹径 扇掛  ¥80000~ 付共箱(杉) 総長128
¥150000~ 53×40×395
P-041 舟箪笥
金具サビ
P-040 欅舟金庫 ¥250,000~ 40×48×45 三友鉄透扉 P-042 知工箪笥
¥130,000 付鍵 隠し引出 54×30×27
P-044 加納鉄哉 木彫普賢菩薩面 ¥100,000~  付共箱(桐) 20×25 倣圓澄寺什宝 P-043 加納鉄哉 木彫彩色夷 ¥200,000~ 付共箱(桐) 像高20 「大正甲子(1924)」箱識
P

金工

Q-001 玉川美則 高砂 ¥1500000~

付二重箱(内識桐 外溜塗) 翁像高16ほか 「金銀赤銅四分一製」箱識 翁足裏鐫銘 水戸金工

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Q-003 南天家紋図大柄鏡

¥200,000~ 付鏡笥 33×46 「天下一清水丹後守」鋳銘 久世出雲守廣明所用 江戸中期、18世紀中頃の柄鏡に鈕を見ることはないが、掲出は小型の鈕を持つ。鋳技は上等を極め、小星で地を造り、上 辺に久世家紋(丸に並び鷹の羽)を据え、鈕を囲むように、州浜から伸びた双幹の南天を配す。「大坂御城代 明和年中 久 世出雲守廣明所用」と記した絵絹片が柄に貼付されており、後代の資料ながら題等はこれに拠った。 久世氏は大身旗本で廣明(享保十六・1732~天明五・1785)は、寺社奉行、大坂城代、京都所司代を歴任し、のち死去す るまで老中を務めた。鈕には白紫段の小房が付され、黒塗の鏡笥が添う。

Q-004 銅水晶玉握龍飾 ¥150000~ 付合箱(桐 貼札)  水晶玉大小 25×11×11

Q-005

鋏鈴ほか豆鈴コレクション  ¥350000~ 付二重箱(内時代溜塗段桐) 15×15×15ほか 馬鈴形2 象嵌17 魚形16(内1点大破)  釣鐘形6 人面13 倶利4  有文95 素文10 小型色々 11

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Q

一対 ¥160000~ 付識箱(桐) 19×13×15 蓋裏印

¥110,000~ 付木箱(桐) 8×8×75 240g 純銀刻印

75×9 墨打

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Q-007 純銀梅文阿古陀香炉 Q-008 銅鍍金舞楽文火鉢 ¥110,000~ 55×44×24
一対
¥50,000~ 像高24
Q-011 銅走獅子飾金具 ¥50000~ 26×12 Q-010 黄銅狸 Q-009 伝二条城天守閣引手 ¥70000~ 付木箱(桐 貼札)
Q
Q-006 知新斎勝信 三友鶴亀文銀銚子

Q-013 桂光春 彫金寒山拾得扇面額 ¥80,000~  付共箱(桐) 46×15 額74×35

Q-014 銀八角面取瓶 ¥50,000~ 10×10×22 小ヘコミ

Q-015 自在 二 ¥50,000~  総長125、195

Q-016 大須賀喬 金工双鹿額 ¥50,000~ 付共箱(桐) 15×15 額48×46 大須賀喬(明治三十四・1901~昭和二・1987)は香川県出身の彫金家。 東京美術学校卒。昭和二年(1927)工人社を設立。日展評議員。芸術院賞 受賞。

Q-017 鉄地七宝繋地文銚子 一対 ¥50,000  付時代識箱(杉) 23×16×17 七宝焼蓋

Q-018 北村西望 ブロンズ「将軍の 孫」

¥60,000~ 付共箱(桐) 飾台 総高50 北村西望(明治十七・1884~昭和六十二・ 1987)は長崎県生まれの彫刻家。京都市美術学校、 東京美術学校を主席で卒業後、建畠大夢らと彫 刻研究会「八手会」を結成。東京美術学校教授。 昭和三十三年(1958)は文化勲章、文化功労者顕 彰。昭和四十四年(1911)には紺綬褒賞を授章。 東京・井の頭公園に記念館。

Q-019 中川清 ブロンズ裸婦

¥60,000~ 付『中川清作品集』 総高68  作品集所載品の習作 中川清(明治三十一・1898~昭和五十二・ 1977)は滋賀県出身、東京美術学校卒業、芸術院 賞、日展参与。

Q-020 杉村尚 ブロンズ裸婦 ¥50,000~ 付共箱(桐) 像高46 総高49 「67尚」台坐銘 杉村尚(大正十二・1923~平成十六・2004)は 奈良県生まれの彫刻家。東京美術学校卒。日展審 査員、同評議員。日本美術家連盟会員。京都教育 大学名誉教授。

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Q

R-001 翡翠リング ¥300,000 付ケース 宝石鑑別書(CGL) 151×123×72mm 18号 有色樹脂含浸 1203ct 脇石063ct Pt900

R-002 翡翠ペンダント ¥120,000~ 付ケース

宝石鑑別書(CGL) 152×125×74mm 総長42  有色樹脂含浸 1250ct 脇石023ct トップK18WG  他Pt850

R-003 スターサファイアリング

¥150,000~ 付ケース 宝石鑑別書(CGL) 12号 566ct 脇石122ct Pt900

R-004 ブルーサファイアリング ¥140,000~ 付ケース 宝石鑑別書・ソーティングメモ(CGL) 12号  加熱 239ct 脇石086ct Pt900

R-005 ダイヤモンドブレスレット

¥85000~ 付ケース 宝石鑑別書(CGL)  総長18 100ct K18

R-006 ダイヤモンドブレスレット

¥75000~ 付ケース 宝石鑑別書(CGL)  総長19 100ct K18WG

R-007 珊瑚ペンダント ¥50,000~  付ケース 宝石鑑別書(CGL) 総長43 K18

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貴石・宝石
R

R-009 オパールリング

¥95000~ 付ケース

宝石鑑別書(CGL)

134×105×61mm 11号 414ct

脇石029ct K18

R-010 オパールリング

¥90000~ 付ケース

宝石鑑別書(CGL)

193×88×48mm 12号 493ct  脇石計604ct Pt900

R-011 ホワイトオパール リング ¥70000~ 付ケース

宝石鑑別書(CGL) 92×70×25mm

12号 099ct 脇石043ct Pt900

R-012 イエローサファイアリング  ¥85000~ 付ケース

宝石鑑別書・ソーティングメモ

(CGL) 70×48×31mm 12号

加熱 093ct 脇石038ct Pt950

リング ¥85000~ 付ケース

宝石鑑別書・ソーティングメモ

(CGL) 58×49×35mm 10号 0973ct 脇石033ct Pt900

¥95000~ 付ケース

真珠鑑別書(CGL) 直径151mm 10-11号 脇石028ct Pt900

¥95000~ 付ケース

宝石鑑別書・ソーティングメモ (CGL) 直径142mm 9号

脇石013ct Pt900

¥95000~ 付ケース

宝石鑑別書(CGL) 直径129mm 13-14号 充填 脇石036、021ct Pt900

¥90,000~ 付ケース 宝石鑑別書

(CGL) 156×92×44mm 12号 463ct 脇石052ct K18WG

¥75,000~ 付ケース 宝石鑑別書 (CGL) 直径120mm 11号 充填

腕ヨゴレ 脇石0208ct Pt900

R-019 アクアマリン リング ¥60000~ 付ケース  宝石鑑別書(CGL) 90×70×45mm

12号 150ct 脇石030ct Pt900

¥60,000~ 付ケース 宝石鑑別書(CGL、対緑石) 14号  透明剤含浸 E006、S031、R028、 D027刻印 K18

¥100,000~ 付ケース 宝石鑑別書(CGL) 35×44 色素残留 K18

¥85,000~ 付ケース 宝石鑑別書(CGL) 37×55 K18

ペンダントトップ ¥50,000~

付ケース 宝石鑑別書(CGL) 20×30 050ct K18WG

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R-013 キャッツアイ R-014 真珠リング R-016 珊瑚リング R-017 珊瑚リング R-015 珊瑚リング R-018 珊瑚リング R-020 マルチリング R-021 枝珊瑚ペンダントトップ R-022 彫刻珊瑚ペンダントトップ R-023 ダイヤモンド
R

R-024 マルチペンダント

¥130,000~ 付ケース

宝石鑑別書(CGL、対薄青石)

トップ09×45 総長395 加熱 273、0688刻印 K18

R-025 翡翠ペンダント

¥110,000~ 付ケース

宝石鑑別書・分析報告書(CGL)

トップ25×46 総長36 943ct 脇石014ct トップPt900 他Pt850

R-026 オパールペンダント

¥95,000~ 付ケース

宝石鑑別書(CGL)

トップ13×33 総長45 791ct

脇石010ct K18WG

R-027 エメラルドペンダント

¥90,000~ 付ケース  宝石鑑別書(CGL) トップ19×16 総長40 透明剤含浸 重量表示なし  トップPt900 他Pt850

R-028 ゴールデンサファイア ペンダント ¥80,000~

付ケース 宝石鑑別書(CGL) 105×67×36mm 総長39 加熱 268ct 脇石038ct  トップPt900 他Pt850

R-029 ダイヤモンドペンダント

¥65,000~ 付ケース  宝石鑑別書(CGL)  トップ14×14 最長44 050ct K18

R-030 キャッツアイペンダント

¥50,000~ 付ケース

宝石鑑別書(CGL) 64×65×41mm 総長39 165ct  脇石022ct トップPt900  他Pt850

R-031 南洋真珠ペンダント

¥50,000~ 付ケース 真珠鑑別書(CGL)  直径116mm 総長40 K18

R-032 真珠ネックレス

¥50,000~ 付ケース

真珠鑑別書(CGL)

最大径129-130mm 総長42 SILVER925

R-033 アコヤ真珠ピアス

¥50,000~ 付ケース

真珠鑑別書(CGL) 直径80-85mm  総長63 K18

R-034 ダイヤモンドピアス

¥60,000~ 付ケース 宝石鑑別書

(CGL) 06×06 各040ct Pt900

R-035 ダイヤモンドピアス

¥50,000~ 付ケース 宝石鑑別書 (CGL) 総長22 各017ct 750

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江戸の科学

¥450,000~ 付時代識箱(杉) 32×23×35 宇和島伊達家家紋

「家蔵珍宝」底銘 旅持か

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S-001 砲台式日時計
S
S-002 銅香時計 ¥50000~ 10×10×8

紅毛文化

S-003 初期洋画紅毛美人額 ¥350000~  付橋本関雪書付額覆 紙本 33×46 額56×70 キレ

S-005 司馬江漢 渡舟画幅 ¥180,000~ 付木箱(桐)

絹本 牙貼軸端 50×27 表具59×107 表具ヤケ 司馬江漢(延享四・1747~文政元・1818)は洋風画家。江戸の人。本名 安藤峻、字君嶽、号不言道人、春波楼ほか。狩野派、南蘋派を学んだ後、 平賀源内、小田野直武の影響を受け安永年間に洋風画に転向。日本初の エッチングの製作に成功、油絵も製作した。天明八年には長崎に遊学し た。

S-004 司馬江漢 風景画幅 ¥120,000~ 付識箱(桐)  絹本 牙軸端 42×103 表具58×193 シミ スレ

S-006 泥絵富士望遠額 ¥80,000~ 絹本 37×27 額53×43  ヤケ シミ スレ 穴

345
S

考古

T-003 金鐶ほか 七 ¥60000~  大鐶35×3×1ほか

T-002 勾玉

四 ¥120,000~  出雲石大45×1×1ほ か 翡翠1、出雲石2、 黒石1

T-005 石鏃 242 ¥60,000~  付大工箱2 総長5ほか

諸外国骨董

T-004 縄文平碗 ¥50000~

付合箱(杉) 175×175×55 大破接合補修 「陸奥国是川遺跡出土」

T-007 絨毯 ¥200000~ 付時代識箱(杉 破損) 128×258 「萬歴緞通」箱識 18世紀 印度産

T-006 翡翠玉斧 ¥50,000~  3×15×5

346
T-001 女子半身埴輪 ¥400,000~ 付識箱(桐) 飾台 像高35 総高54
T

¥200000~ 付木箱(桐) 36×36×47  口辺ソゲ 底ヒビ、窯キレ

¥90,000~ 付識箱(桐) 37×24×21 嘴根本接合補修 「紀元前1000年アゼルバイジャン出 土」加藤卓男箱識

347
T-010 印度更紗・ペルシャ モール裂縫合額 ¥60000~  59×38 額74×54 T-013 ペルシャモール 上衣額 ¥80,000~ 39×37  額70×81 T-009 ペルシャ錦額 ¥60000~ 40×28 額67×55 T-008 安南染付壺 T-012 アステカ石面 ¥80,000~ 18×19 ワレ接合補修 T-018 銅鍍金南伝佛具鋺 二  ¥50,000~ 115×115×6 T-019 木彫彩色女神群像 ¥50,000 64×24 T-015 蜻蛉玉 十八  ¥50000~ 1×1×2ほか T-016 アンデス人物坐像  ¥50000~ 像高37 右足先カケ T-014 塑像半身 頭部二  ¥50000~ 付飾台 像高12  総高25ほか T-017 ペルシャ燭台  ¥50000~ 付木箱(桐) 115×115×16 剥離 T-020 ラフィア布額 ¥50,000~  51×60 額81×91
T
T-011 ペルシャ動物付土器

染織

V-001 唐織桐文能衣装 ¥200000~ 付萬野美術館展観札 140×146×49 「梅芳家」墨識

V-002 芭蕉布コレクション 六種一口 ¥200,000~  付網代箱 380×27ほか

四種 ¥150,000~  長33×146、33×162 短34×83、33×73

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V-003 丹波布
V

116×76×12 虫孔多数  合印布を右肩に付す

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V-004 刺子長半纏 ¥100,000~  126×123×35 V-005 赤呉呂陣羽織 ¥60,000~  45×90 縁布欠失 V-007 葛布羽織 ¥50,000~  130×88×47 V-006 夏火事羽織 ¥60,000~ 付胸当 120×89×44 色ムラ シミ V-011 和更紗布 ¥70,000~ 130×176  四巾縫合 布団 V-009 藍麻鎖帷子 ¥60000~ V-008 洋毛織布鎖帷子 ¥60000~  110×108×16 鎖孔 V-010 唐獅子牡丹筒描馬掛 ¥100000~ 65×130
V
V-012  鍾馗幟 ¥50,000 74×320 広巾

V-014 竹屋町月下鶴幅 ¥50,000~

朱塗軸端 26×67 表具34×144  ヤケ シミ 虫穴

V-017 吉田愛子 万葉綴錦帯

V-015 竹屋町旭日叭々鳥幅

¥50000~ 付時代識箱(桐) 彫漆軸端 44×159 シミ オレ キレ 穴 表具アレ  一軸物

V-016 竹屋町瓜下鶏幅

¥50,000~  付木箱(桐) 骨軸端 35×170 虫穴 一軸物

¥100,000~ 付蓬莱山絵付共箱(杉) 飾台 30×379 彩色芯木剥離

正倉院式の蓬莱彩画を施した杉箱に納まり、蓋裏に以下の墨書をみる。

「昭和十六年(1941)五月 高松宮家に伺候し妃殿下御前にて 天平綴錦の植物性染料に記て御説明申あ げ 妃殿下より秩父宮妃殿下ゑ御贈りの綴錦織拝命 九月御上納伺時大宮御所に参候して□□□の光栄 に拝し 其時の残糸染料にて紀念のため 正倉院御物文様を織なしてこの帯を作りぬ 佐佐木博士より 萬葉綴錦と名命されその御歌に 青丹よし奈良の大御代の綾錦 いまあらたしく輝きにほふ 寧楽春日 野里吉田愛子謹記」。

作品は、手紬の顕著な織糸を丹色に染め、正倉院鳳凰紋 を綴技に織りなす。帯は額縁仕立とし、芯木にも天平式彩 絵が施され、素木の帯衣桁が添う。

吉田愛子については未詳ながら、総体の仕立て具合か ら、奈良の漆工家で正倉院御物の模写・模造に活躍した吉 田包春夫人が染色や刺繍に堪能であったと聞き、その当 人である可能性があるように推察する。

参考:『大和古物漫遊』岡本彰夫 ペリカン社 2003

V-018 川島織物 天津手織緞通

¥50000~ 69×124 シミ

V-019 芹澤銈介 文字絵「河」幅  ¥80,000~ 付共箱(桐) 絹本 牙軸端 33×43 表具47×133 芹澤銈介(明治二十八・1895~昭和五十 九・1984)は染織工芸作家。静岡市生まれ、 東京で没。雑誌『工芸』の表紙装幀を契機に 民芸運動に参加。重要無形文化財「型染絵」保 持者。登呂遺跡のなかに静岡県立芹澤銈介美 術館がある。

350
V
351
V-020 天津丸段通 ¥50,000~ 246×246 フリンジ欠損 V-025 型紙 五百 ¥250,000~ 42×28ほか V-024 型紙 二百 ¥100,000~ 73×53ほか V-022 天津長方段通 ¥50,000~ 92×305 V-021 天津方段通 ¥50,000~  182×278
V
V-023 龍村敷物 ¥50,000~ 付識箱(桐) 93×97 龍村美術織物 報恩座

西洋骨董

W-003 ツイストステムグラス 二  ¥50000~ 6×6×155ほか 1760~1780年  イギリス

W-001 バカラ ダイヤモンド格子文ゴブレット

¥80000~ 付飾台 95×95×15 1837年版ロニー・オータン社カタログ所載(P13 No1070) illverredediamantsetfilet 1830年頃

W-002 サンルイ リース文ゴブレット ¥80,000~ 付飾台 9×9×14 1837年版ロニー・オータン社 カタログ所載(P59No1981) Verred'eau 1830年頃

W-004 ボヘミア グラヴュール鹿文八角花瓶 ¥50000~ 75×75×185

W-005 ドレスデン 狩猟文蓋付 飾壺 一対 ¥50000~ 10×10×24 口辺、蓋接合補修 窯印 19世紀末~20世紀初頭

W-006 KPM アールデコ花入 ¥50,000~ 9×9×12 窯印

W-007 洋燈 四 ¥50000~ 15×11×31ほか

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W

W-008 銀装彫金台ガラスランプ ¥180,000~ 総高70

W-009 アンリ・ダンティ 油彩ピエロ画額 ¥100000~ 18×64 額38×85 カンバス

W-011 洋錦花鳥幅 ¥50000~ 付識箱(桐 桟一欠)  金軸端 52×114 表具54×195

W-012 羊皮紙 グレゴリオ聖歌譜額 ¥50,000~ 27×42 額47×63

W-010 ヘレケ絨毯 ¥160,000~  62×93 シルク 約256万ノット

W-013 ヘレケ絨毯 ¥80,000~ 62×95  シルク 約144万ノット

353
W

史料ほか

Z-001 松尾芭蕉 句短冊幅 ¥400,000~

付二重箱(内時代黒塗識・小虫喰 外識杉) 紙本 牙軸端 6×36 表具26×158 ヤケ 表具虫穴 松平志摩守内箱識

古筆了悦、了仲極札包紙(両札欠失) 『芭蕉翁遺墨集』所載 松尾芭蕉(寛永二十一・1644~元禄七・1694)は俳諧師。伊賀上野の 人。北村季吟に師事。やがて蕉風を創始。主著『野ざらし紀行』『笈の小 文』『奥の細道』等。門人多数。貞門・談林の句風を止揚し中世的美意識 の「さび」を俳諧の「かるみ」の中に完成させた。

Z-002

松永貞徳肖像画賛幅 ¥150,000~ 付時代識箱(杉) 紙本 潤塗軸端 28×88 表具30×165 ヤケ シミ  山口羅人賛 遠霞文庫主人箱識

山口羅人(元禄十二・1699~宝暦二・1752)俳人。

Z-003 東常縁 歌小品幅 ¥150,000~ 付識箱(桐) 紙本  唐木軸端 30×18 表具33×95 柿衞文庫旧蔵 東常縁(応永八・1401~明応三・1494)は美濃篠脇城主、足利義政に 仕え左近将監、下野守、世に東野州と称せられる。和歌を堯孝、正撤に学 び、『古今集』の秘奥を極め飯尾宗祇に伝授。近衛政家・三条公敦・足利 義尚らに歌道を授け、二条派歌学の正統を伝えた。著書に『東野州聞書』 『古今伝授切紙口訣』『常縁集』等。

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Z

Z-004 山東京伝 鉄漿狂歌賛幅

¥90,000~ 付識箱(桐) 紙本 朱塗軸端 23×94 表具26×175 ヤケ スレ キレ 虫穴

四方赤良賛 更紗紙表装 山東京伝(宝暦十一・1761~文化十三・1816) は江戸後期の戯作者。江戸深川木場町の質屋伊 勢屋に生まれ、十五歳で浮世絵師の北尾重政に 入門し、画号北尾政演(まさのぶ)を名乗った。

Z-005 成田蒼虬 句短冊幅 ¥50000~ 付二重箱(内時代識杉) 紙本  角軸端 6×36 表具21×136  ヤケ オレ 表具アレ 成田蒼虬(宝暦十一・1761 天保十三・1842)は俳人。加賀 の人。元金沢藩士。名利定。通 称彦助、久左衛門。別号槐庵、 南無庵、対塔庵。

Z-006 伴信友肖像画賛幅 ¥50,000~ 付識箱(杉

虫喰) 絹本 P軸端 29×91  表具40×173 ヤケ シミ  表具虫穴 覚巌賛 覚巌は曹洞宗の僧、永平寺監 院、玉島円通寺住職。安政三年 (1856)歿。

Z-007 大田垣蓮月

短冊幅 ¥50000~ 付識箱(桐) 歌賛半紙(未装)  紙本 黒塗軸端 6×26 表具36×150 ヤケ シミ スレ 台紙シミ 大田垣蓮月(寛政三・1791~ 明治八・1875)は女流歌人。名 は誠(のぶ)。京都出身。夫の死 後、剃髪して法名蓮月と号す。

Z-008 観藤花漢詩貼交巻物 ¥50000~ 付木箱(桐) 紙本 唐木軸端 玄々堂主人43×27ほか 表具1356×29  ヤケ シミ スレ 穴 於玄々堂 保厳前文(寛政己酉、1789) 長元徽扉絵  深井彪 後藤芝山 朱芝岡 費晴湖ほか

Z-009 原田観峰 書横額 ¥50,000~ 紙本 89×33 額109×48 薄シミ 背面スレ 原田観峰(明治四十四・1911~平成七・1995)は書道 家。筑後生。吉田苞竹、辻本史邑、松本芳翠に師事。

Z-010 穐月明 消息額

¥50,000~ 紙本  110×22 額138×36 背面封筒貼付 穐月明(昭和四・1929~平成二十九・2017)は和歌山 県高野山生まれの画家。京都市立美術大学卒。平成二十 八年(2016)青山讃頌舎・美術館を開館した。

355
Z

Z-012 動植画巻 ¥500000~ 付合箱(桐) 紙本 黒塗軸端 786×375 ヤケ シミ オレ ヤブレ 虫穴  款記:姉小路本繪師法眼快□(花押)(書き印) 弘安七年卯月廿一日相傳之 藤原朝臣長隆(花押)(書き印)

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Z-013 分銅金 図面幅 ¥100000~ 付木箱(桐) 紙本 P軸端 34×71 表具40×158 シミ オレ 穴
Z
Z-014 万国異人画賛切 十一 ¥100,000~ 紙本 20×29ほか ヤケ シミ

Z-015 日下部鳴鶴

三行書幅 ¥50,000~

付識箱(桐) 紙本 唐木軸端

47×144 表具62×192 スレ 虫穴 日下部鳴鶴(天保九・1838~大正 十一・1922)は書家。日下部家の養 子。本名東作、字は子暘、別号に野 鶴・鶴廬など。

Z-016 高浜虚子 俳句幅

¥60,000~ 付共箱(桐) 紙本  潤塗軸端 29×129 表具40×208

ヤケ シミ

Z-017 高浜虚子 俳句幅

¥50,000~ 付二重箱(内共桐)  紙本 竹軸端 31×131 表具43×208 シミ オレ 表具シミ

高浜虚子(明治七・1874~昭和三十四・1959)は愛媛県生まれの俳人、 小説家。本名は清。正岡子規に師事。「ホトトギス」を主宰。客観写生、「花 鳥諷詠」論を説いた。句集『五百句』、小説『俳諧師』など。文化勲章受章。

Z-018 幸田露伴

二行書幅 ¥50,000~ 紙本 P軸端 34×139 表具44×201  シミ オレ 幸田露伴(慶応三・1867~昭和二 十二・1947)は小説家、擬古典派。 江戸下谷生れ。本名成行、別号に蝸 牛庵、雪音洞主ほか。

Z-019 南条文雄

三行書幅 ¥50,000

付木箱(桐) 紙本 唐木軸端 51×125 表具69×194

シミ カビ ヨゴレ 南条文雄(嘉永二・1849~昭和 二・1927)は梵語仏典研究の先駆者。

Z-020 原三渓 書画貼交幅 ¥50,000

付木箱(桐) 紙本 唐木軸端 30×23ほか 表具39×116 シミ

原三渓(慶応四・1868~昭和十 四・1939)は実業家・茶人。本名は 富太郎、号は三渓。美濃生まれ。青 木久衛の長男。

一行書幅 ¥50,000

付合箱(桐) 紙本 白塗軸端(剥離) 33×105 表具44×185 ヤケ シミ オレ 表具ヤケ、シミ 岡田茂吉(明治十五・1882~昭和 三十・1955)は東京生まれの宗教家。

¥50000~ 付二重箱(内識桐)  紙本 黒塗軸端 25×73  表具32×159 ヤケ シミ  外法はしごそり

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Z-021 岡田茂吉 Z-022 大津絵幅
Z

Z-024 平櫛田中 名号幅  ¥150000~

付二重箱(内共桐 外溜塗) 紙本 黒塗軸端 34×137 表具48×205 平櫛田中(明治五・1872~昭和五十 四・1979)は木彫家。明治四十年米原 雲海らと日本彫刻会を結成。大正三年 再興日本美術院彫塑部主宰、同人。文 化勲章。帝室技藝員。生地に井原市立 田中美術館がある。また昭和四十六年 白壽を記念し平櫛田中賞が設けられた。

Z-025 地獄谷十一面観音拓本幅

¥50,000~ 紙本 牙軸端 60×102  表具73×156 シミ 表具シミ

Z-026 佛具拓本幅

¥50,000~ 紙本 竹軸端 34×106 表具45×190 ヤケ  シミ オレ 表具オレ、 スレ 香取秀真(昭和十一年)添書

Z-027 長尾雨山 三行書幅 ¥50000~ 付木箱(桐) 紙本 唐木軸端 33×131 表具48×189 シミ  オレ 表具ヤブレ 長尾雨山(元治元・1864~昭和 十七・1942)は香川県生まれの書 家、漢学者。名は甲、字は子生、通 称は槙太郎、別号に石隠など。

Z-028 柳宗悦 書額 ¥70,000  付浜田庄司識シール 紙本 32×44 額57×68

¥70,000 付浜田庄司識シール 紙本 32×47 額56×69 シミ

Z-029 柳宗悦 書額

柳宗悦(明治二十二・1889~昭和三十六・1961)は民藝運動の提唱者。宗教哲学者。美術評論家。東京都出 身。東大卒。

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Z-030 東大寺二月堂光背宝相華拓本幅 ¥50,000~

付識箱(杉) 紙本 潤塗軸端 45×34 表具54×102 筒井英俊箱識

Z-031 高札 ¥60,000~ 74×43 虫喰 慶応四年(1868)

Z-032 マッチ箱 コレクション 三百五十二 ¥50,000  京都276 その他76

Z-033 天和二年切支丹制札 ¥60000~ 付切支丹関係文書 100×40

Z-034 寿量院 消息幅 ¥50,000~ 付木箱(桐)

紙本 唐木軸端 44×19 表具69×130 ヤケ シミ  松平甲斐守二女

Z-035 木造弁才船

¥150000~ 120×42×110 全長120cm、高さ110cm、使用す る材質や細部に嵌め込んだ銅板 など忠実に再現された木造弁才 船。

弁才船は17世紀初頭に瀬戸内 を主流とした廻船の一つであっ たが、徳川時代の江戸-大阪間、 瀬戸内や日本海の幹線航路の発 達による海運流通業の合理化に 適応し、他の廻船を圧倒して全国

的に普及する。いわゆる千石船や北前船は弁才船の別称である。 明治期に入っても西洋船の特徴を取り入れて改良を重ね、昭和初期の 機帆船の出現まで日本国内を運航し物流を支え続けた。

359
定 き り し た ん 宗 門 ハ 累 年 御 禁 制 た り 。 自 然 不 審 な る も の 有 之 ハ 申 出 へ り 御 ほ う ひ と し て は て れ ん の 訴 人 銀 五 百 枚 い る ま ん の 訴 人 銀 三 百 枚 立 か へ り 者 の 訴 人 同 断 同 宿 井 宗 門 の 訴 人 銀 百 枚 右 の 通 可 被 下 之 。 た と ひ 同 宿 宗 門 の 内 た り と い ふ と も 訴 人 に 出 る 品 に よ り 銀 五 百 枚 可 被 下 之 。 か く し 置 、 他 所 よ り あ ら は る ゝ に お ゐ て は 、 其 所 の 名 主 并 五 人 組 ま で 一 類 と も に 可 被 処 厳 科 者 也 。 仍 下 知 知 件 。 天 和 二 年 五 月 日 奉 行 Z

Z-037 琉球長柄大鼓 ¥150000~ 33×65×85 スレ

Z-038 琉球沈金六角三段重 ¥120000~ 17×15×21  小カケ 剥離 内黒

Z-039 江洲 蝦夷風俗画幅 ¥100,000~  絹本 骨軸端 44×110 表具51×182 ヤケ シミ

Z-040 アイヌ緒締 一口 ¥50,000~  9×4×7ほか 十二片 鹿角彫

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琉球 アイヌ Z

多田の再発掘を快挙と呼ばずにはいられない。池田屋事件に遭遇しながら、 そして長州藩邸ほかに逃れた志士が決して少なくなかったことも合点させ ることになった。

また、人を誑(たら)しこんだ多田の絶妙な話芸には、あの吉本興業入りを 勧められた秘話もある。(平成11年前後) 勿論、万歳などの芸人として要請 ではない。大阪の特異な文化人としての文化部への勧誘だった。が、多田は 迷うことなく辞退した。

多田には、テレビ文化に対して、演出による事実の歪曲の常態化への冷 徹な批判があった。

「鑑定をする鑑定士の鑑定人」。多田が川柳に込めた鋭い皮肉めいた批判 はともかく、多田は、どこまでも原物主義に拘り、「もの」への愛情を貫き 通した志士であった。今回、多田が亡くなり、その遺品整理を手伝うことに なった。遺された“もの”は、思いのほか少なかった。ここに出品を得た五 点だけである。やはり、敬愛を込めて、見事な生涯だったと称えるほかには 言葉が見当たらない。

多田先生、彼岸でも珍品をぎょうさん集めておいてください。生前のよ うに、“払下げ”をお願いします。そう永く先生を待たせることなく、私も そちらに向かいます。不肖の弟子の到着を待っていてください。

森川 潤一

Z-042 国士坂本志魯雄史料 一口 ¥50000~

坂本志魯雄(1871-1931)は、高知の立志舎で学んだのち板垣退助に従って 1892年(明治25)の選挙大干渉では自由党側の闘士として活動し、東京に出 て早川源治の知遇を得、台湾に渡り乃木希典の信任を得、乃木の命でフィ リピンの政局の視察に渡比し、スペインからの独立運動に加わり、アギナ ルドが大統領に就任するや、日本人会の会長をするなどし、対アメリカ勢 力に対抗する日本軍の派遣の要請に努力したが失敗し、帰国して、満州、蒙 古、朝鮮、樺太に渡り、政治的な活動を展開した。1928年(昭和3)には衆議院 議員に当選したが、1931年(昭和6)に病没した。志魯雄の比島での活動につ いては、史料に付帯する『フィリピン革命と南海の風雲児』(近藤正博 1991) に詳しい。

Z-043 壬生屯所(前川荘司邸)図面ほか 五 ¥100,000~  39×27ほか

詳しくは、前記本文を参照願いたい。

Z-044 京都気象台資料 一口 ¥100,000~

付蒔絵文庫(39×30×16) 冨島元美(根岸元美)家に伝蔵されていた文書類とみられる。元美は1884 とうじま 年(明治17)から京都御苑(御所)のなかに設置された京都府測候所に勤務し、 のちに所長に任じられた人物と知れる。彼が遺した測候所の創建時(明治13 年10月15日)の資料を含む、京都気象台の初期の様子を知る根本資料である。 大塚信豊による1881年(明治14)12月の京都府測候所実況報告のほかに、 冨島元美の手控帳(含外国語習得のための自筆単語帳)30冊余りも含まれて おり、このなかにはアメリカ合衆国海軍のチャールズ・ボールドウィンの 洛中の行動記録も散見される。ボールドウィンは、日本における近代気象 台・天文台建設の早期の関係者として知られる。資料には輸出蒔絵の文庫 が添う。

Z-045 アドルフ・ヒトラー遺品

ナプキン・テーブルクロス ¥250,000~ 付合箱(桐 破損) ナプキン345×345 テーブルクロス249×180 シミ 多田は、歴史的に有名な人物に対する強い興味と関心を保持していた。

遺筆により、多田は1995年(平成7)までにこれらを入手しており、ドイツ のミリタリーオークションでの落札品と知れる。

亜麻生地にAdolphHitlerのイニシャルである「A.H.」と「花模様」を刺繍す る。ラベルにより、ミュンヘン市のCARLSCHLEIFER & SOHNの制作と知る。

Z-046 大阪ホテル開業記念品小箱

帙に入った和綴本の体裁をした古小箱

“大阪ホテル”のルーツには、日本人で最初の洋食調理人・草間丈吉の数 奇な人生があった。草野丈吉(1840-1886)は、長崎出島のオランダ商館の皿 洗いをしながら西洋料理を習得し、1863年(文久三)には政商 五代友厚 (1836-1885)の勧めに従い、西洋料理店・良林亭(伊良林 長崎若宮稲荷神社 下)を開業し、1868年(明治元)には、五代の復命に従い、大坂川口居留地の 外国人止宿所(ホテルの前身)司長に就任し、以後、1871年(明治4)には『自由 亭ホテル』を開業、1878年(明治11)には長崎に『自由亭』を開業、その後、長

362
¥50,000~ 10×13×55
Z

崎西京に一店、大坂に二店、さらに長崎馬町に一店を開業。1881年(明治4) には中之島自由亭支店を出店した。1886年(明治19)に丈吉は病を得て死亡。

事業は丈吉の意志を継いだ、星丘安信を総支配人に選んで経営を継続し、 1895年(明治28)1月、大阪自由亭ホテル東店、1896年(明治29)5月には大阪自 由亭西店を開業し、さらに西店を「大阪ホテル」に改称した。

掲出は、「大阪ホテル」の開店に配られた記念品とみられる。箱の扉には 総支配人の星丘安信による「大阪ホテルの由来」、次に「大阪ホテルの特 色」が綴られ、つづいて庭山耕園(1869-1942)の原画から写された銅版画が、 三階建のルネサンス様式の雄姿を伝えている。耕園は大阪を拠点に「船場 の絵描き」として活躍した四条派の大阪画人。

ホテルは堂島川からも望まれて人気を博したが、星丘安信が1898年(明 治31)に亡くなり、1899年(明治32)には、丈吉の娘 草野錦によって大阪倶楽 部に売却することになり、草野丈吉とこれを後継した草野錦、そして星丘 安信が繋いだ大阪ホテルの夢は幕を下ろした。

そしてその遺構は、大阪倶楽部ホテルに引き継がれるが、二年後1901年 (明治34)に焼失し、1903年(明治36)、大阪倶楽部ホテルは、跡地にホテルを 再建し、創業の名を継いで大阪ホテルと改称した。が、1924年(大正13)、再 び災難に見舞われ、全焼してしまい、これを最後に大阪ホテルが復興され ることはなかった。

参考:『西洋料理店の魁・草野丈吉展』(長崎市歴史民俗資料館 平成2122)

多田敏捷は、20221222、2が六つ繋がる日に彼岸に旅立った。そして古 い書籍の体裁をし、中身を失くした古ぼけた小箱を手元に残して、日本人 に最初に洋食を提供した草間丈吉の生涯に興味を抱かせ、彼らが繰り広げ た物語を私達に伝え、大阪ホテルの夢に誘った。

多田は古器物を通して歴史を手玉にとる妙を私たちに教え、私達は、大 阪ホテルを頭の中に復元して遊ぶことを学んだ。

363
Z

床の間遊びの提案

Z-048

富本憲吉 書横額 ¥35000~ 紙本 51×15  額76×23 ヤケ シミ 富本憲吉(明治十九・ 1886~昭和三十八・1963)。

Z-049

中村尚涛済 黒塗卓 ¥35,000~ 付共箱(桐) 43×31×215 小ソゲ  蝋色 Z-050 銅尊形花入  ¥30,000~ 105×105×18 口辺穴

Z-051

水車板故材垂撥  ¥30000~ 総長163 Z-052 鉄竹形掛花入 ¥30000~ 75×6×15

¥30000~  10×10×11 「大阪天彩画塾三十季記念」底鋳銘 天彩画塾は大阪初の洋画塾で、主宰は松原三 五郎。明治大正にかけて大阪洋画界に貢献した。

Z-053

建長六年銘地蔵菩薩拓本幅 ¥35,000~ 紙本 陶磁軸端 64×131 表具74×183 ヤケ オレ  建長六年(1254)八月 観人多聞 Z-054 木彫大黒 ¥30,000~  総高20

Z-055 根来長方台 ¥30,000~ 41×27×22

Z-056 森徹山 双鶴画幅 ¥30000~

付時代合箱(桐) 絹本 牙軸端 51×28 表具54×103  ヤケ 薄シミ スレ オレ 表具スレ、ヤケ 森徹山(安永四・1775~天保十二・1841)は画家。

Z-057 京薩摩三足丸水盤 ¥35,000~  29×29×11 磁貫 脚カケ

364
Z-059 染付水鳥香炉 ¥40000~  付木箱(桐) 6×35×4 Z-058 鉄三ツ足香炉
スレ ヒビ
Z
Z-060 銅酒仙水滴 ¥30000~ 6×4×4

中国美術

365
CN-001 銅鍍金緑多羅菩薩倚像  ¥1200000~ 総高22 CN
366
CN-003 銅造四臂観音坐像
CN
¥1,200,000~ 総高28 一鋳
367
CN-004 銅鍍金菩薩立像 ¥450000~ 総高15 CN-006 銅鍍金経筒 六 ¥120,000~ 付唐木ケース(蓋不具合)  金板経各一 9×9×24
CN
CN-005 銅鍍金菩薩立像 ¥250000~ 総高25
368
CN-008 木彫入定印坐像 ¥200000~ 付溜塗箱(桐)  総高18 CN-011 西蔵銅造四臂大黒天 ¥120,000~ 総高10  臥象を足下する 二部式 CN-009 銅造持経観音菩薩立像 ¥150000~ 付識箱(杉)  像高31 小エクボ
CN
CN-010 西蔵涅槃佛 ¥150,000~ 総長24
369
CN-017 銅造如来倚像 ¥50,000~  総高25 CN-018 錫造菩薩立像  ¥50,000~ 総高16  冠、両手欠 CN-015 金銅十一面観音菩薩立像  ¥60,000~ 像高25 総高31 CN-013 金銅菩薩立像 ¥60,000~  像高21 総高27 CN-016 銅鍍金菩薩坐像  ¥50,000~ 総高7 CN-014 水晶観音立像 ¥80,000~  付唐木台 像高85 裾アタリ
CN
CN-012 木彫箔押神仙倚像  ¥80,000~ 総高285 背未開孔
370
CN-022 唐三彩鎮墓獣 ¥500000~ 付木箱(桐) 総高585 角接合補修  脚部ほか共色補修 CN-020 銅造童子立像 ¥100,000~ 付合箱(桐) 総高12
CN
CN-021 西域杮経 二十 ¥120,000~ 5×26ほか
371
CN-026 唐三彩武人俑 ¥100,000~ 付木箱(桐) 総高45 CN-023 青銅爵 ¥350,000~ 付合箱(桐) 165×9×18 CN-024 加彩武人俑 ¥50,000~ 付木箱(桐) 総高31
CN
CN-025 銅鍍金金具 十 ¥100,000~ 大8×5×3ほか

CN-028 翡翠飾 ¥400000~ 付唐木台 翡翠22×11×14

372
CN-029 玉琮 ¥350,000~ 付黒塗箱(桐) 16×16×9 CN-031 玉 七 ¥500000~ 付朱塗高台箱 12×115×05ほか CN-030 玉垂飾 七 ¥50000~ 25×15
CN

CN-032 唐物青貝唐美人文四方盆 ¥300,000~  付時代識箱(桐 貼札) 205×205×25 小剥離

CN-033 唐物青貝寿老文香合 ¥200,000~  付時代識箱(桐 貼札) 8×8×25 剥離  内黒 小堀政貴箱書(大倉澗水極貼付)

95×95×3 内黒

373
CN-035 堆朱蝙蝠文香合 ¥150000~ 付木箱(桐)
CN
CN-034 堆朱楼閣山水文四方香盆 ¥250000~  付識箱(桐) 245×245×35 隅キレ、ヒビ

CN-037 唐物銅蓋物 ¥150000~ 付木箱(桐) 75×7×6

CN-038 龍眼木臥蝦蟇仙人 ¥100000~  付朱塗箱(杉 貼札) 33×14×14 ヒビ 指欠損

CN-039 荷葉盆 ¥100000~ 46×31×14 虫喰 表裏同文

CN-040 木彫如意 ¥70000~ 総長44

¥50000~ 付木箱(桐) 23×9×7  色石梅花

374
CN-041 黄楊置飾
CN
375
CN-043 漳州窯呉須赤絵鳳凰文大皿 ¥350,000~  付識箱(桐・カビ 貼札) 38×38×7 窯キレ CN-044 漳州窯呉須赤絵鳳凰文皿 ¥150,000~  付木箱(杉) 28×28×5
CN
CN-042 青磁大盤 ¥500,000~ 付時代箱(杉) 39×39×8 スレ 龍泉窯

CN-046 青磁魚耳花入 ¥400,000~ 付時代識箱(桐) 7×7×18 磁貫

CN-047 米色青磁双耳香炉 ¥250,000~ 付木箱(桐) 銀火舎(純銀刻印) 14×11×9 底ヒビ 磁貫

CN-048 磁州窯扁壺 ¥200000~ 付木箱(桐) 23×11×26 口辺、耳共色補修

CN-049 青磁馬上杯 ¥130000~ 付合箱(桐 蓋不揃) 14×14×12 磁貫 ヒビ

376
CN

CN-050 影青小壺 ¥100000~ 付唐木箱 12×12×15 磁貫  底窯キレ 口辺金補修

CN-051 青磁飾耳香炉 ¥100000~ 付二重箱(内貼札識桐)  銀火舎 9×8×9 磁貫

CN-052 素三彩魚文盤 ¥110,000~ 付木箱(桐) 21×21×35

CN-053 黄釉獅子耳丸壺 ¥70,000~ 245×23×215  ヒビ トリアシ 高台小ソゲ

CN-054 珠光青磁刻花茶碗 ¥50,000~ 付木箱(桐 貼札) 17×16×65 窯キレ

CN-055 青白磁碗 ¥50,000~ 付合箱(桐) 155×155×7 窯キレ 影青

CN-056 青磁染付網手鉢  ¥50,000~ 付木箱(杉) 23×22×10 高台カケ 「清初期新渡鉢」紙札

CN-057 粉彩草花唐草地文鉢 ¥50,000~ 付時代溜塗箱(桐) 19×19×9 小ヒビ 「大清乾隆年製」染付銘

377
CN

CN-059 漢緑釉銀化壺 ¥85,000~

付木箱(桐) 29×28×40  鐶ヒビ 口縁ヒビ補修

CN-060 遼緑彩革袋形壺 ¥80,000~ 19×10×31 窯キレ ソゲ 剥離

CN-061 青磁彫文花入 ¥50,000~  付合箱(桐 内寸不適) 20×20×30  磁貫 口辺銀補修

CN-062 呉須染付花鳥文皿 ¥50000~ 付時代識箱(桐) 皿立 245×245×4 虫喰

CN-063 唐物染付平皿ほか 十二 ¥50000~ 平皿13×13×25ほか  平皿5 碗3(トリアシ1) 向付4(ソゲ2)

CN-064 陶板額 ¥50,000~ 22×29 額37×50

CN-065 白磁白衣観音立像 ¥50,000~ 像高43 右第二指欠失、 第三指小カケ、第四指接合補修 「久弘」銘

CN-066 青磁佛龕 ¥50,000~  付識箱(桐 貼札) 総高40 カケ 磁貫

378
CN

¥100,000~ 付竹形唐木蓋(縁カケ) 23×15×35 ソゲ 文徴明詩文彫

CN-068 端渓大硯 ¥50,000~  付唐木ケース(蓋ヒビ) 39×24×3

CN-069 端渓硯 ¥50,000  付唐木ケース 16×10×45

CN-070 歙州硯 ¥50,000  付木箱(桐 貼札) 19×13×3

CN-071 端渓硯 ¥50,000~ 17×12×8

CN-072 端渓硯 ¥70,000~ 付識箱(桐 貼札) 唐木ケース  31×19×45

CN-073 鉄瓶 三 ¥50,000~ 付銅蓋各一 大21×18×24ほか

CN-074 亀文堂 鉄瓶 ¥50000~

付銅蓋 18×15×23 胴印銘

CN-075 南部竹雀文鉄瓶 ¥50000~  付共蓋 27×25×35 把手付部後補

CN-076 南部孝保 唐獅子牡丹文鉄瓶 ¥50000~ 付共蓋 26×22×31 把手付部後補

379
CN-067 端渓長方硯
CN

十代中川浄益(明治十三・1880~昭和十五・1940)は、九代の息子。名は淳三郎・紹心。父の死により家督を相続。第一次世界大戦勃発による軍需景気 にのり、中川家再建の基盤を作る。

380 CN-078 獣口金銀象嵌鉄瓶  ¥600,000~ 付共蓋 17×14×17 CN-079 十代中川浄益 南鐐茶托 十  ¥300,000~ 付共箱(桐) 13×75×4 各100g CN-080 十代中川浄益  南鐐銘々盆 十 ¥250,000~  付共箱(桐) 15×15×2 各90g
CN

CN-081 素銅胎七宝大花瓶 ¥200,000~ 付時代識箱(桐) 20×17×45

CN-082 銀造文殊菩薩香炉 ¥120000~ 14×8×11  菩薩178g 銅獅子 二部式

CN-083 七宝袋形堤物 ¥150,000  付合箱(桐 貼札) 11×8×3

CN-085 青銅犀 ¥50,000~  総長45

CN-084 唐錦補紋ビロード裂 三 ¥300,000~ 56×118ほか

ヤケ 小穴 シミ スレ

CN-086 寿山石故印 ¥50,000~ 19×19×84

381
CN

CN-088 東皐心越 書巻物 ¥700,000~ 付木箱(桐・桟一欠 貼札) 紙本 牙軸端(一欠) 510×22 表具544×23

シミ オレ 虫穴 表具虫穴

東皐心越(明・崇禎十二・1639~元禄八・1695)は曹洞宗の渡来僧。諱兆隠、興儔、号東皐。浙江省浦江県生まれ、三十二歳で杭 州永福寺住持、三十七歳のとき日本に来訪し、長崎の興福寺に住して七弦琴や黄檗文化を広めた。書、画、楽、篆刻に長じた。水戸 光圀に招かれて同地に祇園寺を開山。

CN-089 東皐心越 一行書幅 ¥300000~ 付木箱(杉) 紙本 雑木軸端 28×100 表具30×176 ヤケ  オレ 表具ヤケ、 オレ、虫穴 「丁巳(1677)」書中

CN-090 孫億 花鳥画幅 ¥70,000~ 付木箱(桐) 絹本  唐木軸端 24×40 表具36×133 ヤケ シミ オレ 孫億は中国清初の花鳥画家。号を于山、於山、于峰道者、江蘇省蘇州の 人。装飾的な細密描写が特徴。

382
CN

CN-093 王克三 梅花画帳 ¥50,000~ 付時代箱(桐) 紙本 17×29×2 ヤケ 虫穴

CN-092 周松泉 倣古山水画帖

¥70000~ 付時代識箱(桐) 帙 紙本 15×23×25 燕台珍蔵(細野燕台旧蔵) 七図

CN-091 卞文瑜 山水画幅 ¥50,000~ 付木箱(桐) 紙本  唐木軸端 39×121 表具53×207  ヤケ オレ 表具オレ、ヤケ、シミ 「癸巳嘉平月」画中

CN-094 華肪 金地叭々鳥画扇子

¥70000~ 付時代箱(桐 桟二欠) 紙本 総長36

CN-095 倣古曼荼羅額 ¥50,000~ 絹本 53×53 額72×72

383
CN

CN-097 趙子昂 洗馬画幅 ¥500,000~ 付時代識箱(杉) 絹本 唐木軸端 67×160 表具82×220 ヤケ シミ オレ  表具オレ、ヤケ 趙子昂(宝祐二・1254~至治二・1322)は、元時代の官僚・書画家。子 昂は字。名を趙孟頫とし、松雪道人・甲寅人と号した。浙江省出身で、宋 の太宗十一代の孫にあたる。書画ともに元代随一といわれ、とりわけ書 においては、真・行・草の各書体に通じ、その書風は日本も影響を受け た。

¥300,000~ 付識箱(桐) 絹本  牙軸端 49×38 表具60×118 ヤケ スレ オレ キレ 表具穴

角軸端 46×45 表具58×141 ヤケ スレ オレ

384
CN-098 趙子昂 馬画幅
CN
CN-099 唐絵唐人風俗幅 ¥300,000~ 付木箱(桐) 絹本

朝鮮美術

妙法蓮華経巻第四 妙法蓮華経授学無学人記品第九、十、十一 巻頭:妙法蓮華経五百弟子受記第四

385
KR
KR-001 藍紙金泥金界高麗経巻物 ¥1,600,000~ 付木箱(桐) 紙本 水晶軸端 938×30 表具972×30
386 KR-003 鶏龍山徳利 ¥800000~ 付時代識箱(杉) 10×10×155 KR-004 高麗 銅浄瓶 ¥200000~ 付黒塗箱 (桐) 12×115×33  注口カケ 高台小カケ KR-005 紺紙金泥 高麗経 未装  ¥100000~ 付合箱(桐) 紙本 82×26 シミ オレ  キレ 虫穴 KR
387
KR-007 鍛鉄象嵌貼合壺 ¥200000~ 28×28×31 KR-008 青貝器局 ¥150000~ 38×28×24 ヒビ 内朱
KR
KR-006 高麗青磁梅瓶 ¥800000~ 付時代識箱(桐) 18×18×30 口辺共色補修
388
KR-012 高麗青磁素文盤口瓶 ¥150,000~ 付木箱(桐) 14×14×27 KR-010 高麗藻魚文象嵌徳利 ¥500,000~ 付木箱(桐) 11×11×16 口辺金補修
KR
KR-011 青磁陰刻文香合 ¥250,000~ 付時代溜塗箱(桐) 6×6×35 磁貫
389
KR
KR-013 李朝染付龍文長壺 ¥2,200,000~ 付木箱(桐) 33×33×54 スレ ソゲ

KR-015 李朝染付秋草文水滴 ¥350,000~ 付木箱(桐) 9×8×35 注口ソゲ

KR-016 李朝染付草花文瓶 ¥200,000~ 付木箱(桐 貼札) 9×9×9

KR-017 李朝染付龍文徳利 ¥350000~ 付木箱(桐) 17×17×26 銀補修

390
KR-018 李朝輪形水滴 ¥200,000~ 付木箱(桐) 10×10×3  注口ソゲ
KR

¥150000~ 付識箱(桐) 15×15×11  見込「祭」文字

¥120000~ 13×13×19  口辺ソゲ 磁貫

KR

¥100,000~ 付時代識箱(桐) 8×8×14  口辺金補修 高台後補

KR-022 李朝白磁盤口瓶 ¥60,000~ 付木箱(杉 貼札) 12×12×22 口辺ヒビ、ソゲ

391
KR-020 李朝染付草花文瓶 KR-019 李朝白磁祭器 KR-021 鶏龍山徳利

KR-024 李朝高台膳

¥100,000~ 37×37×19

KR-025 李朝紙縒文箱 ¥80,000~

付溜塗箱(桐 貼札) 32×105×6 浜田庄司旧蔵(晋作識シール)

KR-028 米色青磁蓮弁刻茶碗

¥80,000~ 付識箱(桐) 175×175×8  ヒビ 磁貫

KR-027 犠尊 ¥50,000~ 12×195×15 高麗

獣形を象った儒教の儀礼具には、牛形の犠尊と象形をなした象尊の二種 が知られる。これらは祖形を中国に仰ぐもので、祖先崇拝の儀式で用いる 器物だが、朝鮮では高麗 李朝の両朝にわたって、儀礼として重視され続け た。それは巷間に残る膨大な祭器の伝存に確かめられよう。

掲出は、先祖供養の儀式のとき、参席した子孫は、儀式の最初に、各自の 盃に酒を満たし、その酒を先祖の霊に供して尊崇の念を表す。獣尊は、その 供酒を受けるための器。なお、種々の祭器のなかで獣尊の遺例は、なぜか少 ない。

付識箱(モミ) 15×15×25 口辺共色補修

¥50,000~

付識箱(モミ) 19×17×28

KR-031 李朝石人 一対 ¥350,000~  地上像高108 ※この作品は下見会へは持参しません。 詳細お問い合わせください。(075-254-8851)

392
KR-026 李朝八角ソバン ¥50,000~ 43×42×28 KR-029 高麗青磁鉄絵瓶 ¥50,000~ KR-030 高麗灰陶扁壺 KR

KR-032 謙斎 人物画幅

¥500,000~ 付木箱(杉) 絹本 黒塗軸端 29×68 表具42×151 大ヤケ 薄シミ スレ オレ キレ 表具オレ

KR-033 大院君 蘭画幅

¥200,000~  付識箱(杉 貼札) 絹本 角軸端 34×120 表具47×188 オレ 李是応

393
KR

李朝梅画賛幅

¥150,000~ 付木箱(桐)  絹本 唐木軸端 37×106 表具50×182  ヤケ シミ スレ オレ  表具大シミ、ヤケ

KR-037 李朝民画藤下鹿幅 ¥100000~  付木箱(杉) 紙本 唐木軸端 28×104 表具30×142  ヤケ シミ オレ 表具オレ、ヤケ、スレ、穴、ウキ

KR-038 伝李朝花鳥画幅

¥90,000~ 付合箱(桐) 紙本

黒塗軸端 31×65 表具33×134 ヤケ スレ オレ ヨゴレ 表具大アレ

KR-039

李朝民画文字絵額

¥50,000~ 紙本 36×89  額52×115 ヤケ

KR-040 李朝画幅 三 ¥60000~  梅40×109 表具56×178ほか  ヤケ シミ オレ 梅画賛(岳南 絹本 唐木軸端 杉箱) 山水画賛(紙本 P軸端)  高士山水(絹本 唐木軸端 蓋無杉箱)

394
KR-036 KR

参考文献一覧

辞典 基本文献

『国史大辞典』吉川弘文館 平成2

『廣文庫』昭和4(6版)

『国書総目録』岩波書店 昭和42

『国書人名辞典』岩波書店 1996

『大百科事典』平凡社 昭和8

『世界大百科事典』平凡社 1992

『国宝』毎日新聞社 昭和43

『重要文化財』毎日新聞社 昭和48

『原色日本の美術』小学館 昭和48

『現代日本の美術』小学館 昭和55

至文堂版「日本の美術」の表記は(日美)とした。

『近代日本美術事典』講談社 1989

『関東水墨画の200年』栃木県立博物館、神奈川県立歴史博物館                               1998 『円山応挙』京都国立博物館 平成7 『近世の大坂画壇』大阪市立美術館 昭和56 『京都と近代美術』橋本喜三 京都書院 昭和57 『洋画のあけぼの』京都文化博物館 平成11 『京都画壇100年の名作展』京都市美術館 1979

公家

『集古十種』(復刻 名著普及会・1980)

『京都大事典』佐和隆研ほか 淡交社 昭和59

『読史備要』東京帝大史料編纂所 昭和10

『有職故実大辞典』鈴木敬三 吉川弘文館 平成8

『公卿辞典』坂本武雄 七丈書院 昭和19

『皇室辞典』井原頼明 富山房 昭和57

『皇位継承儀式宝典』 新人物往来社 1990

『天皇家系譜総覧』 新人物往来社 1990

『日本風俗史事典』日本風俗史学会 弘文館 昭和54

『源氏絵』(日美119)秋山光和 昭和51

『伊勢物語絵』(日美301)千野香織 1991

『垂迩画』(日美274)関口正之 1989

『参詣曼荼羅』(日美331)下坂守 1993

『望月仏教大辞典』世界聖典刊行協会 昭和47

『日本仏家人名辞典』東京美術 平成4(復刻)

『仏具大事典』岡崎嬢 鎌倉新書 昭和57

『仏像図典』佐和隆研 吉川弘文館 昭和37

『仏教絵画』富山美術館 昭和61

『古写経綜鑒』田中塊堂 昭和17

『虚空蔵菩薩』(日美380) 泉武夫 1998

『浄土教画』(日美43) 岡崎譲治 昭和44

『日本佛塔』石田茂作 講談社 昭和44

『ブッダ釈尊』奈良国立博物館 1984

『日本仏教人名辞典』法蔵館 1992

『密教法具』奈良国立博物館 平成5

『経物遺宝』奈良国立博物館 昭和52

武家 『日本の甲冑武具事典』笹間良彦 柏書房 1994 『日本の合戦武具事典』笹間良彦 柏書房 1999 『日本甲冑図鑑』上中下 笹間良義彦 雄山閣 昭和39 『日本の名兜』上中下 笹間良義彦 雄山閣 昭和47 『刀装金工事典』若山猛 雄山閣 平成8 『金工事典』若山泡沫 刀剣春秋出版社 平成11(改)

『刀工総覧』川口陟 刀剣春秋出版社 平成11

『新甲冑師銘鑑』笹間良彦 里文出版 平成12

書画 『古画総覧』佐々木丞平 正子 国書刊行会 2000

『古画備考』(復刻 吉川弘文館・明治45)

『前賢故実』菊地容斎 天保七

『東洋画題総覧』金井紫雲 平成9(復刻版)

『大日本書画名家大鑑』荒木矩編 第一書房 平成3(復刻)

『日本書画骨董大事典』池田常太郎 聚芳閣 大正15

『書画落款印譜大全』狩野亨吉 岩上方外 1996

『中国書画家印鑑款識』上下 上海博物館 1982

『落款花押大辞典』淡交社 昭和57

『日本南画史』梅沢精一 洛東書院 昭和8

『日本南画史』山内長三 瑠璃書房 昭和56

『近代日本絵画史』河北倫明 南階秀爾 中公 昭和53

『浮世絵事典』吉田暎二 画文堂 昭和46

『版画事典』室伏哲郎 東京書籍 1985

『江戸の狩野派』(日美262) 細野正信 昭和63

『狩野派と福岡展』福岡市美術館 1998

『師宣と初期浮世絵』(日美363) 小林忠 1996

『宋紫石と南蘋派』(日美326) 鶴田武良 1993

『谷文晁』(日美257) 河野元昭 1987

『京の絵師は百花繚乱』 京都文化博物館 1998

『桃山絵画』(日美208) 武田恒夫 昭和58

『初期洋風画』(日美80) 坂本満 至文堂 昭和48

『南蛮美術』(日美19) 岡本良知 平凡社 昭和42

『絵馬』(日美92)河田貞 昭和49

『支那人名辞典』上・中・下 大正15

『書画鑑定法』平渡緒川 大正7

『中国歴代書画篆刻家字号索引』中国書画研究資料社

中華民国69

中国 朝鮮『中国美術家人名辞典』兪剣華編 1987 『中国絵画史事典』王伯敏 雄山閣出版 平成八年 『中国書道史』赤井清美 東京堂出版 昭和54 『中国書道辞典』中西慶爾 木耳社 昭和56 『支那絵画史』内藤湖南 弘文堂 昭和15

『中国歴代書画篆刻家字号索引』中国書画研究資料社 民国69 『韓国絵画史』安輝濬 吉川弘文館 昭和62 『朝鮮古書画総覧』李英介 昭和46 『朝鮮書画人物辞典』呉世昌 国書刊行会 平成4 『韓国絵画大観』劉復烈 文教院 1979 『韓国人名字号辞典』李斗煕ほか 啓明文化社 1988 『韓国書画家人名辞典』韓文影 汎友社 2000

書家 『くずし字解読字典』 東陽出版 昭和63 『日本書流全史』上下 小松茂美 講談社 昭和45 『古筆大辞典』 淡交社 昭和54 『俳諧大辞典』伊地知鐵男ほか 明治書院 昭和32

茶道 『原色茶道大辞典』井口海仙ほか 淡交社 昭和51 『現代煎茶道辞典』主婦の友社 昭和56 『茶碗窯別銘款』黒田和哉 グラフィック社 平成10 『茶湯便利帳』宮帯出版〔改訂版〕 平成24

諸器 『平凡社・陶器全集』全32 昭和41 『中世・近世の鏡』(日美394) 久保智康 1999 『和鏡』(日美42) 中野政樹 昭和44 『和鏡』 保坂三郎 昭和48 『柄鏡大鑑』小林達雄監修 平成6 『現代名工・職人人名辞典』日外アソシエーツ 1990 『日本美術家事典』O&M 1998 『遊戯具』(日美32) 関忠夫 昭和43 『古鏡』樋口隆康 新潮社 昭和54 『原色陶器大辞典』加藤唐九郎編 淡交社 昭和17 『陶器大辞典』小野賢一郎 合資会社冨山房 昭和11 染織 『原色染織大辞典』淡交社 昭和52 『染』(日美7) 山辺知行 昭和41 『原色日本服飾史』井筒雅風 平成10 『祇園祭の染織美術』京都書院アーツコレクション167                         吉田孝次郎 1998 芸道 『能狂言事典』西野春雄・羽田昶 平凡社 1987 「『能楽蘊奥集』の資料性」伊藤正義 平成8 「世襲面打家の概要-出目家の周辺-」 見市泰男 平成13 「能面考」 見市泰男 (『観世』連載/平成12年1、2、3、4、5、6、7、                         9、10、11、12月号) 『能狂言面』(日美108) 金子良運 昭和50

漆芸 『棗』池田巌 淡交社 昭和62

『香合』池田巌 淡交社 平成6 『大和古物散策』 岡本彰夫 ぺりかん社 2000 『大和古物漫遊』 ぺりかん社 2003 『日本の漆芸』全六巻 中央公論社 1991 『朱漆』堺市博物館 1986

諸家 『事物起源辞典』 朝倉治彦ほか 東京堂出版 昭和48 『唐船輸出入品数量一覧』 永積洋子 創文社 昭和62 『日本の意匠事典』 岩崎治子 岩崎美術社 1991 『西洋人名辞典』 岩波書店 昭和31 『守貞言謾稿図版集成』 高橋雅夫 雄山閣 2002 『工芸にみる古典文学意匠』 京都国立博物館 昭和55

新刊紹介(一割引きでお取り次ぎいたします)

閨秀書画家辞典  本体 2,300円

仏家

入札する    オークションご利用ガイド

はじめての方でも安心してご参加いただけるシステムです。海外からの入札にも対応いたします。

1)カタログ発行

カタログがお手元に届きますと、オークション開始です。下見会までの期間でも入札することが出来ます。

2)下見会

・カタログに掲載された作品すべてを展示いたします。すべての作品に多少の経年損傷がございますので、作品のコ ンディションや色味など実見にてご確認ください。

〔予約下見会〕

事前に日時と作品をご指定いただきご来社ください。

〔コンディションレポート〕

作品の詳細画像やダメージなどのコンディションレポートを作成しお送りいたします。お申し込み順での対応とな りますので、お早めにお申し込みください。

3)入札

・所定の入札用紙に入札希望の作品番号や入札金額など必要事項を記入し、入札締切日までに郵送・FAX・メールで ご提出ください。

・到着次第、確認書を送付いたします。入札の追加や金額の変更・取消しは入札締切日まで可能です。

4)結果発表

締切翌日より数日間かけて、開札いたします。入札結果は、落札・不落札に拘らず参加者全てに書面で通知いたします。

各作品の一番札(最高額の入札)が落札となり、最高額の入札が複数の場合は、入札の先着順で落札者を決定します。 締切後の遅着入札は、すでに該当作品が落札されている場合は無効、不落札作品の場合は、再販扱いといたします。

入札締切日から14日間を再販期間とし、オークションで落札されなかった作品は先着順にカタログ記載の最低価格で ご購入いただけます。(別途手数料など)

カタログ発行 下見会 結果発表 お支払い お引渡し
5)再販

6)お支払い

落札価格と、それに応じた手数料をお支払いいただきます。

落札作品1点につき、100万円以内の金額には15%(別途消費税)、

100万円を超えた金額には10%(別途消費税)の手数料をいただきます。

入札締切より14日以内に、現金・郵便振替・銀行振込のいずれかの方法でお支払いください。ご来店いただける場合 のみ、クレジットカードでの決済が可能です。

<振込先> 京都中央信用金庫 西御池支店 当座 1815131 カ)コギレカイ

7)お引渡し

ご入金確認後、作品をお渡しいたします。

原則、弊社にご来社いただいての引き渡しとなります。ご要望がございましたら、梱包の代行・宅配便の手配も承ります。 作品の引き渡し期間は入札締切日より30日間となり、

以降の保管は1作品1日300円の保管料が発生しますので、ご注意ください。

作品1点を120万円で落札した場合 100万円以内の金額にかかる手数料1 :100万円×15%=150,000 100万円を超えた金額にかかる手数料2:20万円0×10%=020,000

手数料1、2合計+手数料消費税(10%)=170,000+17,000=187,000

携 敬恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵恵

軸雫 宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍

(梱包料含む)

重量物及び離島へのお届けは別途費用が加算されます。

その他オークションに関する詳細は弊社までお問い合わせください。

TEL:075-254-8851 FAX:075-254-8854

E-mail:office@kogire-kai.co.jp

沖縄 九州 中国・四国 近畿 北陸・東海 関東・信越 東北 北海道 縦+横+高 沖縄 福岡・佐賀・長崎 熊本・大分・宮崎 鹿児島 岡山・広島・鳥取 島根・山口 徳島・香川・愛媛 高知 奈良・滋賀・京都 大阪・兵庫・和歌山 富山・石川・福井 静岡・愛知・岐阜 三重 茨城・栃木・群馬 埼玉・千葉・神奈川 山梨・東京 新潟・長野 青森・岩手・宮城 秋田・山形・福島 北海道 サイズ (cm) ¥2300 ¥1600 ¥1500 ¥1500 ¥1500 ¥1600 ¥2000 ¥2300 1~60 ¥2800 ¥2100 ¥2000 ¥2000 ¥2000 ¥2100 ¥2500 ¥2800 61~100 ¥3,000 ¥2,300 ¥2,200 ¥2,200 ¥2,200 ¥2,300 ¥2,700 ¥3,000 101~140 ¥4,600 ¥4,000 ¥3,700 ¥3,600 ¥3,700 ¥4,000 ¥4,400 ¥4,600 141~170 ¥24,900 ¥8,000 ¥8,000 ¥7,900 ¥7,900 ¥8,000 ¥8,300 ¥8,700 171~200 ¥33,000 ¥11,900 ¥11,900 ¥11,800 ¥11,800 ¥11,900 ¥12,100 ¥12,500 201~220 ¥41500 ¥12000 ¥12000 ¥11900 ¥11900 ¥12000 ¥12200 ¥12600 221~240 ※配送の場合、別途配送保険料をご負担いただく場合がございます。保険料につきましては弊社までお問い合わせください。
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〒604-0811

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176, Kameya-cho, Nakagyo-ku, Kyoto, 604-0811 JAPAN.

発行日 2023年6月19日

issued; 19th Jun. 2023

http://www.kogire-kai.co.jp

e-mail office@kogire-kai.co.jp

禁、無断転載・複製
今後の開催予定と出品締切日 133回 特集 甲冑・武具    (11月下見会)8月中旬 134回 特集 有職・公家文華・清華譜    (1月下見会)10月中旬

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