Russia Now - Japanese edition

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ウラジーミル・ プーチン大 統 領は5 月7 日に 就任式を行い、3 期目の政権をスタートさせた。 プーチン大統領は2000 年から2 期8 年間で ロシア社 会の秩 序を回 復し、 経 済 成 長を軌 道に 乗せて大国・ロシア復活の基盤を固めた。では、 3 期目の6 年間︵任期が2年延長︶は何を目標 に、 どういう政 治を行 うべきなのか。 世 論 調 査 結果をもとに、ロシア国民がプーチン政権に何を 求めているのかについてまとめてみた。 大統領就任式の後、独 立の世論調査機関﹃レバ ダ・センター﹄ は、 クレ チン氏に国 民がどのよう

ムリンに返り咲いたプー な改 革を期 待しているか を調査した。 その結果、 国民は大統 領が政 治 的 安 定と経 済 的 立 場 を 強 化 し、 国 の 国 際 的 威 信 を 高 め、 社 会の安定と生活水準の向 上を望んでいることが分 かった。これらの項 目 は

ロシアは「第3の首都」 を必 要としている?!

プーチン政権3期目スタート

国民の不満にどう対処

いずれも回 答 者の半 数の 支持を得ている。 だが、国民がそれ以上 にプーチン氏に期 待して %が

賛成している政治・経済

いるのは、 国 民の

オピ ニ オン ( 5 面 )

望 者 全 員に小 さな 土 地 を 持つことを 許 可 し た。 それは、 共 産 主 義 思 想からの大 きな逸 脱 で あった が、 国 の食 料 事 情を少なからず助け た。 才 覚 ある市 民は自

価が上がったと感じる﹂。 なくてはならず、 その具

は 心 を 留 め ず、 た だ 物 する要求こそが満たされ

市 民はインフレの鈍 化に ﹁民 主 主 義と正 義﹂ に対

で実感できる指標の一つ。 長の考えでは、まず第一に

物 価 の 上 昇 は 市 民 が 肌 ニー・ ミ ー ンチェンコ所

通 じて呼 びかけたとこ

助 を インター ネット を

コワ ちゃんの治 療 費 援

歳 女 児 アンナ・メリニ

渡ったハバロフスクの1

病の治 療のた め 日 本へ

症 例 がまれな 白 血

万 ドル

活に必 要なインフラの欠 べる。﹁

年 前 に プー チ

サービスの質や快適な生 トロイツキイ氏はこう 述

政 治 学 者のニコライ・

引き続き支 援を呼 びか

う会﹂のメンバーたちが

め、﹁アンナちゃんを救

そ れでも 足 り ないた

4月末、交流サイト・

けている。

如 に 不 満 を 抱 いている、 ン氏が初めて大統領の座 に就いた時、 社会は民主

が国立国際医療研究セ

断 さ れた アンナ ちゃん

性混合性白血病﹂ と診

業の状況は、国民と政府 対応が遅れれば、 不満は

ンター附属病院︵東京︶

フェイス ブックに、﹁ 急

の溝を深めかねない問 題 募る一方になるだろう﹂。

に 入 院 している、 との

のリー リヤ・ オフチャー 必 要としていた。 今は状

財 団﹃ペテルブルグの

だ。 不 満がかなり高まっ

率的な国の政策の結果と チ ン 氏 の 弱 点 の一つは、

の日常生活の問題を非効 グラードフ会長は、 プー みなしている﹂と語った。 この 年間に大きな勢力 今 年、 公 共 サ ー ビ ス に 成 長 し た 若 年 お よ び 料 金は地 域によって3 ∼ 中 年 の 有 権 者 を 取 り 込

% 値 上 が り し、 国 民 めな かったことにあると はすぐに物価の上昇を感 指摘する。6年後にプー

スティングボー トを 握る

向 上にははるかに多 くの は、まさにこの勢力がキャ

じるが、 サー ビスの質の チン政権を総括する際に 時間が必要だ。

﹃ ソ ー コ ル ﹄ は、 1923年に建設され たモスクワで最初の協 同 組 合 住 宅 街。﹃ ソー コル﹄の建築家たちは、 世 紀 初 めに人 気の あった﹁田園都市﹂とい う構想を実現した。     都 会 と 田 舎 の いい 面 を 合 わ せ もつ都 市 形 態 は、 世 紀 末 に イ ギ リ スの 社 会 改 良 家 エ ベ ネ ー ザ ー・ ハ ワードが提唱したもの。 1979年から、この 街はソ連初期の都市建 設を今に伝える文化財 として国家の保護下に 置かれている。

文化財の街﹁ソーコル﹂

フェー イ・ シャー ツ キ フ 一つとみている。 国 際 政 マー ン・ ヴォロヴィヨ ー 勢 だ。 し か し、 よ り 詳 がえる。 経済分野におけ て 史 上 最 低 水 準 と な る る。 メディアグループ﹃ロス 氏 はこう 語 る。﹁ 消 費 者 治 調 査 研 究 所のエフゲー フ︼

しく分析すると、 項目に る 優 先 事 項 は 生 活 水 準 6・1 % だった が、 依 然

週末はダーチャ行き   家族の幸せに浸る

分の土 地で野 菜や果 物

数 年 前、 ロ シ ア 当

ア文 学にも登 場 し、 イ も栽培していた。

まるで集 団 疎 開、 都 た 凝った 意 匠の施 さ れ りるようになった。ロシ を 何 十 キロも 何 百 キロ

狭いけど ダーチャ︵別荘︶は、

かつては 国 か ら 信 頼 さ 市からの脱出のようだ。 た御殿もある。

現 在、 ロ シ ア で は ワン・ ツル ゲ ー ネフや

後には家 庭に彩 りを 添 逃 れ、 二、三 日 で も 心 菜 園 や ダー チャの数 が アントン・チェーホフと 局 は、 ダ ー チャを 持つ

れている証とみなされ、 人 々 は 都 会 の 日 常 を

1 9 1 7 年の社 会 主 チャの持 ち 主 た ちは 自

の約 3 人に1 人 がそれ 品の舞台となっている。 た。ソ連 崩 壊 後、 ダー

えて生 活 を 助 けもする 置 きなく羽 を 伸 ばせる 4 千 万を超える。 国 民 いった 文 豪 の 多 くの作 人々に一つの贈り物をし ダ ー チャは、 広 大 な らの所有者となっている

と 考 え られていた。 今 ダーチャを目指す。 では 休 息の手 段である

世 紀 初 め され、 個 人 所 有は不 要 なった が、 権 利 書 がな

は ブル ジョアの 名 残 と たり贈 与 したりしたく

が、 最 も 人 気のあるレ 国 土 を 有 するロシアな が、 事の起こりは か な 義 革 命の後、 ダー チャ 分の財 産として販 売 し 早くも

ジャーで、 多 くの国 民 らではの現 象 だが、 特 り昔にさかのぼる。 が 夏 休 み を ダー チャで 別 な ものという 感 じは

しない。 約6 0 7 平 方 に、ロシアの歴 史 家 カ とみなされた。しかし、 いた めにか な わ な かっ

春 に な る と、 ロシア メートルの狭い土地に、 ラム ジー ンは、 夏 には スター リン時 代にま た た。 そこで、 当 局 は 新

過ごすという。

ロシアと 日 本 に口 座

父 親エフ ゲニ ー・ メ を呼びかけた。

リニコフさ ん は、 昨 年

ロシア情報をお届けします

読者の皆様、 ﹁ロシア・

日の東日 本 大 震 が開 設 されると、 世 界 ビヨンド・ザ・ヘッドラ

脱モスクワ現象

万 ド ル が 集 まった。 新 聞の折 り 込 みとして

これは治 療に必 要 な 額 を発 行 する運 びとなり

ました 。7月、1月を

私 た ち﹁ロシアN O

発行されます。

また、 大 口の支 援 を 除く毎 月 第2 木 曜日に

銀 行 口 座 な どの問

万 ド ﹁フ・コンタクチェ﹂ の ア発の興 味 ある記 事 を

﹁ ア ン ナ ちゃん を 救 う お 届 け し、ロシア理 解

ロシアは 現 在、 政 治

ロシア新 聞 社 副 社 長

をお待ちしております。

ます。 ご意 見・ ご感 想

ツが 毎 日 更 新 されてい

記 事 や 多 様 なコンテン

は 追 加の roshianow.jp

日 本 語 版 ウェブサイ ト

化 の 過 程 に あ り ま す。

︻﹁ロシア通信﹂・クセ から文 化に至るまで変

ズ ネツォフス キ ー・ ト 1 9 8 8 年のアジア危

代表のビクトル・イシャ い。 極 東はアジア太 平 と語る。

エフ氏 が 担 当 大 臣に任 洋 地 域にお けるロシア

同省が取り組む課題

歳の若 者の 息は誰 もが手 軽に楽し

www.roshianow.jp

ル﹂より︼

3 ( 面に関連記事

)

ロシアは、 欧 州 との ンネルの開 通 を 考 慮 し 機の際に中 国は少 し躓 投 資 を していない。 自 展にも心 を 配り、 日 本 認のた め 政 府に回 され た極 東 発 展 省に関 する 貿 易 だ け で は 年 6 ∼ て も 2 千 2 百 万 ト ン いた だ け だ が、ロシア 国に投 資 する方が得 策 企 業の参 入 を 期 待 して 法 案による もので、 極 8 %の成 長 率︵現 在の だ。さらに、石炭、鉱石、 の林 業 複 合 体 は すっか なのだ。 彼 ら はロシア いる。 た だ し、 日 本 だ 東連邦管区大統領全権 目標値︶を確保できな 木材などの貨物もある﹂ り低 迷した。 協 力 ゾー に資源を求めているが、 けでなく、 中 国 や韓 国 ンを 設 けて加工 業 を 生 ロシアへはがらくたを寄 の企 業 も誘 致 する考 え イシャエフ氏は中国と み出 す必 要がある。 中 こしている﹂。 だ。 ︻情報サイト﹁ サハ・

なった。 6 月 1 日に承 迫られたからだ。

治 が 導 入 されることに 場を強化する﹂ 必要に か千 2 百 万 トンだ。 ク 出 に 依 存 し て い る。

ロシアに極 東 発 展 省 語ったところによれば、 送しなくてはならない。 うに語った。 国外発行版編集長     が 新 設 さ れ、 極 東 連 省新設は﹁国家の政治・ 現在のバイカル・アムー ﹁ロ シ ア 経 済 は、 多 ユ ージン・アボフ    邦 管 区に特 別な国 家 統 経 済における極 東の立 ル鉄 道の輸 送 能 力は僅 く の 点 で 中 国 への 輸 もっと読む

初代担当相   イシャエフ氏

ナちゃんのホームページ

にインターネットにアン ニア・ナカ︼

こで﹁救う会﹂は数日後

が、 及 ば な かった。 そ で。

不 動 産 と 車 を 売った 会 ﹂ のホ ー ムペー ジま の一助になることです。

ルかかる。

での治 療には 約

にした。 しかし、 日 本 い合 わせは 交 流 サイト W﹂チームの目標はロシ

へ娘 を 連 れてい くこ と

可 能 だった た め、 東 京 申し出る人もいる。

治 療 を 受 けることは不

ハバロフスクで十分な の %に相当する。

員の1人。

ア非 常 事 態 省の救 助 隊

者の捜索にあたったロシ シアと 日 本で 合 わせて 介 する日 本 語 版を毎日

れ、 瓦 礫の撤 去や生 存 れ、 たった ひ と 月 でロ そ。このたびロシアを紹

災 直 後に現 地に派 遣さ 中から寄 付 金が寄せら イン﹂︵RBTH︶ へようこ

3月

ホーム・ページでお勧め

を作成し、 治療費援助

「ロシアNOW」

の前 線であり、 近 隣に の 協 力 について 特 別 の 国には東 北 発 展 計 画が 命された。 イ シャエフ 氏 は、 ク この省 は、 極 東 連 邦 は 発 展 を 続 ける 中 国、 見 通 し を 持って 次のよ あるが、彼らはロシアへ リール︵千島︶諸島の発 管 区への他の連 邦 機 関 日本、韓国、シンガポー の介 入 を 制 限 もしくは ル、 マレー シアな どの ・

排 除 する。 法 案が承 認 国々がある。 さ れ れ ば、 国 土 の

を 占 めるこの地 域の統 ラを速やかに創 出 する

3%、GDPの5・4% は、 極 東に輸 送インフ 治の中心がハバロフスク ことである。 具 体 的に へ移 るこ と に な る。 同 は、 サハリンへの架 橋、 省 は 2 0 1 5 年 ま で 鉄 道によるサハリンと 2 0 2 0 年 までに9 兆 フス ク 間 とハバロフス

に 3・3 兆 ル ー ブ ル、 の 連 結、 チ タ・ハバロ

イ シャエ フ 氏 は

の道路の整備などだ。

ルー ブルの予 算 を 担 当 ク・ ウラジオスト ク間 する。 イ シャエフ 氏 が、 大

臣就任後に﹃コムソモリ ﹁ 2 0 2 5 年 ま で に られて誰の邪 魔 もしな スカヤ・プラウダ﹄紙に 1 億 8 百 万 ト ン を 輸 い。このようにダーチャ

は若 年 層にも人 気があ ロシアではこ う し た 休

事 なファクタ ーで も あ ごすと 答 えている。 今 しはじめたばかりだが、

は家 庭を円 満にする大

日本からロシアへの原子力潜水艦 の原子炉保管設備の引き渡し

投稿があった。

稚内(北海道)とコルサコフ(サハリン南部)を 結ぶフェリー便が冬の運休を終えて6月初めに 運航を再開した。最初のフェリーにはサハリン を訪問する日本のビザなし交流団(30 人)が乗 船した。サハリン州運輸道路事業省によれば、 2011 年に同航路では乗客 3 千 5 百人と貨物千 トンが運ばれた。【ロシア通信】

% が旅 行よりもダー め るので 流 行 と は まっ

消 費 動 向 調 査 会 社 り、

不 思 議 なことにダー る。

週 金 曜日は同じような 何 本 か 生 え、 人 参 な るた めモスクワは 人 気 特 権 としてであり、 高 た2 0 0 1 年 までに入 きい問 題 を 見 事に解 決 とお手上げである。

のどこの大 都 市でも 毎 ス グリや リンゴの木 が みんなこぞって郊外へ移 息を吹 き返 す。 それは しい土 地 法 典が発 効し 級 官 僚や作 家や学 者と 手した土 地の所 有 権 取 してくれている。ロシア

事を考 えたり世 界や人 や り たいこと を 見つけ ﹁ロ ミ ル ﹂ 社 の 世 論 調

世 紀 中 頃 に ダ ー いった社会のエリートに 得の手 続 きを簡 略 化し 人 は、 グロー バルに 物 チャでは 各 々 が 自 分の

光 景が見 られる。 午 後 どの野 菜 を 植 えた 畝 が が絶える、と記した。 四 時 頃 か ら、 郊 外へ向 あ り、 ちっちゃな 家 が

サハリンと日本結ぶフェリー再開

極東発展省を新設

ており、 人々は自分たち 政 治 ﹄のミハイル・ ビノ

ロワ所長は﹁住宅公益事 況が変化しており、 仮に

独 立 社 会 政 策 研 究 所 主義的自由よりも安定を

とみている。

足 しているものの、 公 共

公 共サービスの問 題も 体策として、 徹底した汚

議論を巡る識者2人の意見を紹

待ったなしだ。 連邦国家 職の取り締まり、司法制

する動きに呼応するものだ。この

集まった。

力を欧州からアジア地域にシフト

ろ、 1 か月で

議論が起きている。経済の原動

統計局は、国民の大半は 度改革、 政治分野のリベ

極東・シベリアに置くべきだとの

自 分の住 居の広さには満 ラル化を挙げている。

テルブルクに次ぐ第3の首都を

総じて国 民が望んでい よって国 民が求 める度 合 とインフレだ。 昨 年の物 として有 権 者にとって最 ビ ジネスコンサルティン 国 民 は、 汚 職 の 取 り ことになろう。 るのは、﹁是々非々﹂の姿 いに差のあることが うか 価上昇率は、ロシアにとっ も 深 刻 な ものの一つであ グ﹄のアナリスト、 チモ 締 ま り も 重 要 な 問 題 の ︻﹁ロシア N O W ﹂・ロ

改革の継続である。

7面

れ、 円 柱 や 欄 干 といっ すために田 舎に家 を 借 り、 ソビエト 政 権 は 希 とって 極 めて 関 心 の大 余 暇の過 ごし方となる や ペット は 好 きにさ せ 夏 休 みを ダー チャで 過 リズムと 称 されて流 行 ラーナ・スメターニナ︼

モスクワ大学の本館のトップにある星からのビュー=イリア・ワルラモフ撮影

極東で日本料理伝授 中野真道シェフ

今では郊外の別荘は、 類の運 命に気 をもん だ る。夫は壁に釘を打ち、 査 によ れ ば、ロシア 国 チャでの休息を望んでい た く 無 縁である。︻﹁ロ

たのである。

RBTH プロジェクトは 16 ヵ国 で、19 の新聞の折り込みとし て、11 の言語で発行されている。

プロジェクト全体の 発行部数

国の文化にも触れ合うのは、日本 語を学ぶロシア人も同じだ。日本 人、ロシア人の語学研修事情のほ かロシアの高等教育や家庭教育に ついて紹介する。 (4面参照)

ロシアでは今頃が期末試験、終 業、卒業の季節で、学生たちはそ の準備に追われている。この中に は日本人留学生も多く含まれてい る。ロシア語に取り組む中で、異

36

もっと読む www.roshianow.jp/14414

WWW.ROSHIANOW.JP

6面

優美で繊細な 女優・栗原小巻さん に聞く

2面

新潟で北方領土論議 D. コワレーニン 特別寄稿

1 9 6 0 年 代には真

25

タチアナ・シュラムチェンコ撮影

8面

や ペット や あ り と あ ら は立 派な郊 外の家が現 夏 を 自 然のなかで過 ご のダ ー チャ革 命 が 起こ 余 暇 というロシア 人 に りすることは得意でも、 妻は土 をいじり、 子 供 民の3 分の1 は 今 年の る。 欧 米 ではエコツー シ ア N O W ﹂・ ス ベト ゆる荷物で埋まる。

かつてのロシアには、モスクワやサンクト ペテルブルグに近いほど良いとする傾向が あった。だが、これとは逆の傾向も起き始め ている。ビジネスはモスクワを離れ、地方に 移ろうとしている。製菓工場「ボリシェビク」は 工場と管理職全員が丸ごと移転した。これは 特殊な例ではない。オフィスに勤務する人々 がモスクワ中心部から離れるという新しい現 象が生まれている。

700 万部 16ヵ国

47

タス通信撮影

で複雑な国・ロシアは、深 く掘り下げた分析によって こそ理解可能であると私た ちは信じている。その素材 となる情報を「ロシアNO W」を通じて届けていきた い。

RBTHはグローバルなメ ディアプロジェクトである。   2 0 0 7 年 以 来、 ロシ ア最大の日刊紙ロシースカ ヤ・ガゼータは、世界の主 要新聞に折り込まれる月刊 付録を制作してきた。多様

数字あれこれ

47

6月初め、日本の専門家たちは、退役し解 体されたロシア太平洋艦隊の原子力潜水艦の 原子炉長期保管施設に必要な設備を極東放射 性廃棄物処理センターに引き渡した。式典には、 ロシア国営『ロスアトム』と放射性廃棄物処理機 関『ロスラオ』 、日本外務省の代表ら約 30 人が 参加した。【ロシア通信】

95

経済特区『リペツク』で横浜ゴムの タイヤ工場が始動 19

50

12

Distributed with The Mainichi Shimbun

か う 道 路 は びっしり 車 立っているだけだ。もっ チャはロシア 全 国 に 広 与えられていた。

20

11

ロシア語学ぶ日本人、日本語学ぶロシア人

介する。 PressPhoto 撮影

物価高、汚職、政治の硬直化 で埋 まり、 車 内 も人 間 と も、 近 年、ロシアに まり、 多 少 裕 福な人は

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漫 画 に 慣 れて い なかったロシア人も 若い世代を中心に 漫 画 に 関 心 を 示し 始 め た。 大 手 出 版 社も人気のあるオリ ジ ナ ル 作 品 を 探し ている。

19

ネット通じ日露で寄付呼びかけ

短信 12

漫画文化、 ロシアにも 19

白血病のアンナを救え

ロシアにモスクワ、サンクトペ 25

2012 (平成24年) 6月14日 (木曜日)  2012 年5月、3期目の政権をスタートさせた ウラジーミル・プーチン・ロシア大統領 (写真下) 。 1999 年 12 月 31 日に当時 のボリス・エリツィ ン大統領から政権を託されて (大統領代行)以来、 4年間の首相期間も含めてロシアをリードしてき た。3期目となる今回はこれまでと違って、プー チン氏を公然と批判する市民大衆が現れた。こ うした状況でプーチン氏がいかなる指導力を発 揮するかロシアも世界も注目している。

ロシア初の日本のタイヤメーカーの工場とな る。敷地 24 ヘクタール、面積は約 4 万 3 千平 方メートルで、年間 140 万本のタイヤを生産す る第一期分の投資額は 48 億ルーブル。今後は 年間生産量が 350 万本となり、1300 人分の雇 用が生まれる。横浜ゴムの南雲忠信会長兼最 高経営責任者(CEO)は開所式で「2008 年にロ シアを訪れた際、私は、ロシアの自動車ビジネ スは成熟しつつあり今後発展する大きなポテン シャルを秘めていると感じ、まさにその時、ロ シアに工場を建設することを決意した」と語っ た。【 「エクスペルト」 誌】

35

70

www.roshianow.jp SECTION SPONSORED BY ROSSIYSKAYA GAZETA, RUSSIA DESIRIBUTED WITH THE MAINICHI SHIMBUN

ロシア NOW 2012年(平成24年)6月14日(木)

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